殺し屋たちの挽歌(幻のアーケード版)
●殺し屋たちの挽歌
『世界トップクラスの殺し屋である君たちに依頼するのは、殺し屋の暗殺だ。
6人の殺し屋たちにお互いをターゲットにした依頼を出してある。
報酬の一億ドルを手にするのは、生き残った1人だけだ……』
20年以上前のこと。こんな語りから始まるテレビゲームがあった。
『殺し屋たちの挽歌』というこのゲームはほんの僅かな間に出現したアーケード版と大幅にグレードダウンしたコンシューマー版の二つが存在しており、アーケード版の基盤には相当なプレミア価格がついていた。
そんなゲームが……。
「妖となって発見されたそうだ」
中 恭介(nCL2000002)が紹介するのは古いコレクターの使っていた貸し倉庫の一角である。
ここに保存されていたゲーム基板が長年にわたってしみこんだ情熱や夢をエネルギーとするかのように物質系妖となり、持ち主であるコレクターを取り込んでしまう……という事件が起ころうとしていた。
「夢見の予知によって事件発覚前に倉庫を押さえることができたが、妖の危険は未だに続いている。外からの攻撃にどのような反応をするか分からず、そのまま取り逃がし何らかの人的被害を起こしてしまうとも限らない。よって、確実な殲滅手段ををとることになった」
本件の妖を確実に殲滅する方法。
それは、妖の中に存在する仮想空間にあえて取り込まれ、指示通りに『殺し合いゲーム』を完遂させるというものだ。
「妖はゲームの内容にのっとり取り込んだ人間を殺し合わせ、最後に残った人間をも殺すという非常に残虐な手段をとろうとしていた。しかし覚者には殺しても死なない超常的な生命力がある。それに……無防備に近づいてきた妖を倒すこともまた、皆にはたやすいことだろう」
車が例の倉庫へと近づいていく。
「なに、折角の機会だ。殺し屋ゲームを楽しんでくるといい」
『世界トップクラスの殺し屋である君たちに依頼するのは、殺し屋の暗殺だ。
6人の殺し屋たちにお互いをターゲットにした依頼を出してある。
報酬の一億ドルを手にするのは、生き残った1人だけだ……』
20年以上前のこと。こんな語りから始まるテレビゲームがあった。
『殺し屋たちの挽歌』というこのゲームはほんの僅かな間に出現したアーケード版と大幅にグレードダウンしたコンシューマー版の二つが存在しており、アーケード版の基盤には相当なプレミア価格がついていた。
そんなゲームが……。
「妖となって発見されたそうだ」
中 恭介(nCL2000002)が紹介するのは古いコレクターの使っていた貸し倉庫の一角である。
ここに保存されていたゲーム基板が長年にわたってしみこんだ情熱や夢をエネルギーとするかのように物質系妖となり、持ち主であるコレクターを取り込んでしまう……という事件が起ころうとしていた。
「夢見の予知によって事件発覚前に倉庫を押さえることができたが、妖の危険は未だに続いている。外からの攻撃にどのような反応をするか分からず、そのまま取り逃がし何らかの人的被害を起こしてしまうとも限らない。よって、確実な殲滅手段ををとることになった」
本件の妖を確実に殲滅する方法。
それは、妖の中に存在する仮想空間にあえて取り込まれ、指示通りに『殺し合いゲーム』を完遂させるというものだ。
「妖はゲームの内容にのっとり取り込んだ人間を殺し合わせ、最後に残った人間をも殺すという非常に残虐な手段をとろうとしていた。しかし覚者には殺しても死なない超常的な生命力がある。それに……無防備に近づいてきた妖を倒すこともまた、皆にはたやすいことだろう」
車が例の倉庫へと近づいていく。
「なに、折角の機会だ。殺し屋ゲームを楽しんでくるといい」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.殺し屋ゲームを完遂させる
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
皆さん(6人)は妖の仮想空間にあえて取り込まれ、殺し屋となった皆さんよる殺し合いゲームを行ないます。
ゲームに取り込まれるのを嫌がって物理破壊を敢行したり、わざとゲームを台無しにするプレイをすると何が起こるかわかりません。その場合は失敗の危険がありますので注意ください。
●ゲーム展開
ひとつの箱庭型仮想空間の中に6人がバラバラに配置され、ゲームがスタートします。
ルールは簡単。自分以外の全員を倒せばクリアです。
といっても命数を一回削っただけで妖は『死亡した』と勘違いして仮想空間の外にはき出してしまうため、命数復活をしてもしなくてもリタイア扱いになります。よって命数復活はコールしても無効扱いとなります。
最後に残った一人を報酬受け渡し時に依頼人が殺してしまうというラストシーンなのですが、その依頼人を逆に瞬殺することでこの妖を確実に自己崩壊させることができます。
ということで、最後に残った1名にはMVPとボーナス描写枠を差し上げます。
●ステージ紹介
大きなタンカー船の中でバトルを行ないます。
船はなんでか無人で動いており、たまにものすごく大きく揺れたりデッキに波がかかったりします。
また、船内のあちこちに爆発物や熱すぎる蒸気が噴き出す管などがあり、あなたはその場所を大体把握できている設定になっています。
船内の部屋を軽く説明しますので、移動や待ち伏せ、メインの行動場所などにご利用ください。
・ベッドルーム:固定二段ベッドが沢山置いてあるスタッフの寝起き部屋。
・食堂とキッチン:長机と椅子が沢山並んでいる食堂と、大きなキッチンルームがあります。勿論キッチンルームは危険がいっぱいです。
・ボイラー室:船を動かすための炉がある大きな部屋です。そこら中が危険地帯です。
・デッキ:コンテナが沢山置かれていますが、なにを間違ったか爆発物がぎっしり詰まったコンテナがいくつか混じっています。大揺れの際にはめっちゃ波がきます。
・操舵室:ある程度の広さがあり計器や操縦機械が集まっています。高電圧をもつ機械も多いので危険です。
●その他の補足
カテゴリーは物質系妖ランク3。強力ではありますが特定の手順を用いることで確実に撃破できる妖です。
仮想空間内は外と同じように活動が可能で、勿論戦闘もいつも通りに行なえます。
殺し屋っぽい格好に着替えたり、設定を盛ってみたりして楽しむのもアリでしょう。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2016年09月20日
2016年09月20日
■メイン参加者 6人■

●フェイズ1
東雲 梛(CL2001410)はベッドルームの扉を閉めると、シーツや枕カバーをはいでたすき掛けに結んだ。
「古妖の気配じゃない……やっぱり妖か。悪趣味」
何かの役に立つかも知れないが、持ち運びに難儀する量はいらない。となると一枚ずつが妥当なところだ。
準備を終え、扉に仕掛けたちょっとした罠を解いてからドアノブに手をかけた。
「殺し屋になるなら、やっぱりこうでないとね」
葉柳・白露(CL2001329)は上着のフードを目深に被ると、口元だけで笑った。
「さて、まずはどこへ行こうかな」
案内図を横目に見る。
「ベッドルーム、か……」
次の目標は決まった。
白露はとくに迷うことなく、ベッドルームのドアの前に立った。
ドアノブに、手をかける。
――その瞬間、白露は他者の気配に気がついた!
華神 刹那(CL2001250)は船内をふらふらと移動していた。目的地があるわけでなく、一つ所に留まりたくないのだ。
(しかし、この手の仕事も懐かしい。銃使いが居ないというのも悪くないな)
刹那の格好はシャツにジーンズ。上着は軽いパーカーで靴はスニーカーという、いつもの和服からはかなり遠い格好をしていた。髪もしっかり結んでいる。
まずはどこへ向かうか。移動中に遭遇する可能性は充分にあるが……。
緒形 逝(CL2000156)は食堂のテーブルに腰掛け、だらんと両腕を垂らしていた。
「おなかすいた……おいしそう……おいしそうな……こ……こども……こども……」
ヘルメットの内側で何かを呟いているようだが、はっきりと聞き取るのは難しかった。誰が聞き取っているのかといえば、食堂の扉前に潜む『鬼籍あるいは奇跡』御影・きせき(CL2001110)である。
(殺し合いっていってもゲームなんだよね。負けたらチョココロネを奢っちゃう覚悟だよっ)
今一度、感情探査を発動。きせきには他のプレイヤーがどの辺りにいるのかをかなりリアルタイムに把握できていた。
それで、厨房へ向かう前に逝の存在に気づいたわけだが……。
(不意打ちしたら気づかれちゃうかな。うーん……試してみよっ)
きせきは思い切って飛び出し、捕縛蔓を発動させた。
『戦場を舞う猫』鳴海 蕾花(CL2001006)は小声で文句を言いながら、ベッドルームで自らに変装を施していた。
「みんなもみんなだ……。とにかく、あたしは絶対死ぬわけにはいかないんだ」
女性や女性的な人物はそこそこいるが、変装が楽そうな相手かといえばそうでもない。一瞬騙す程度ならいいが、超直観持ちと当たったら即座に見破られかねないのでここは入念にやっておく必要があった。
とりあえず、一番楽そうな緒形逝にばけておく。カウンタータイプの土行らしいし、相手が警戒してくれたら儲けものだ。なによりあのヘルメットとごてごてした風体からして、多少中身が入れ替わったくらいではそうそう他人に気づかれまい。
「よし、と」
蕾花は鏡で一通り確認すると、ベッドルームのドアを開けた。
ドアを挟んだすぐ裏で、白露が刀を抜いていた。
●フェイズ2
白露の先制攻撃。咄嗟にクナイを振り抜いた蕾花の腕を火炎放射で焼くと、クナイをかわして腕を切りつけにかかった。
対する蕾花はショットガントレットを叩き付けて緊急離脱。
通路を転がるようにして後退すると、応戦の構えをとる――が、しかし、白露は片眉を上げて笑った。
「邪魔したね緒形さん。まあ、ゆっくりしていてよ」
そう言って、刀を持ったまま身を翻し、逃走を始めた。
追うか追わざるか。一瞬だけ考えて、蕾花は追跡を開始した。
ベッドルームの扉を開く梛。
慎重に周囲を伺うが、特に誰も居ない。見落としの心配もない。
物音も……聞こえてこない。
「……」
まず向かうべきはデッキだ。爆発物や障害物を利用した戦い方を考えてある。
と。
そんな彼の背後に。
納刀状態の刹那が立っていた。
高速抜刀、同時に斬撃。
背中を切りつけられた梛は通路に転がり出て、咄嗟に植物の種子を握る――が、その手を刹那は素早く切りつける。
「――!」
圧倒的不利。
だが刹那は部屋の中へと後退すると、そのまま床を抜けて階下へと撤退していった。
「物質透過……」
それに足音も消していた。安全地帯と思っていた室内側から攻められるとは。
背中を確認して、丸めたシーツが切り裂かれていたことに気づいた。
不意打ち一発分ではあるが、おかげで軽傷で済んだ。
備えあれば憂いなしか。だが安堵に落ち着いている場合ではない。早くこの場を離れなければ。
梛はデッキへと駆けだした。
きせきの不意打ちは失敗した。
より正確に述べよう。
発動した時には既に、逝はテーブルから跳躍し、刀を大上段に振り上げていた。
「う――わあ!」
本能的に飛び退くきせき。
すぐそばの椅子と床が切断され、逝は着地と同時に身体を捻った。
俊敏でありながら強引な動線。刀もまるで獣の爪である。
きせきは飛び退いた姿勢のまま刀の鞘を投げつけた。
ほんの僅かにのけぞる逝。
その隙にテーブルの下を転がって奥へと逃げ込む。
ついさっきまでいた床に刀が突き立てられた。突き立てすぎて根元までめりこんだが、すぐに引き抜いて振り返った。
「オイシソウ」
振り向き、ハッキリと逝は言った。
きせきは刀を抜き、自分に沢山のことを言い聞かせた。
そして最後に。
「……ちがうもん。大丈夫、だもん」
意を決して、反撃に移った。
●フェイズ3
船内をひたすら逃げる白露。
ちらりと振り返ると、逝(に変装した蕾花)がものすごいスピードで追いかけてくるのが見える。
「参ったなあ、緒形さんとは相性悪いんだけど……」
対抗するには自分の攻撃に加えて何か激しいダメージを同時にぶつけてやるしかない。
デッキに上がって爆発物を利用する?
「だめだな、追いかけられながらじゃあこっちが危ないよ」
透視能力があるから万一にもハズレは引かないとしても、コンテナを開いた瞬間中へ叩き込まれる未来しか見えない。
「なら……!」
階段を駆け下り、手すりを飛び越え強引にショートカット。
目指す先はボイラー室だ。
よく磨かれたパイプに追跡してくる相手が見える。
ボイラー室に向かっていると分かって、なおもスピードを落とさない。
加熱したパイプや炉が並んでいる部屋へと駆け込み、反転。
手から炎を生み出し、相手を待つ。
「悪いけど、共倒れになってもらうよ」
蕾花にとって白露がボイラー室に飛び込んだのは想定内だった。
派手に爆発でも起こしてくれれば、火の心でもって熱のダメージを無力化できる。相手は自爆覚悟のようだが、こちらは無傷というわけだ。
問題があるとすれば爆発の勢いで変装が一部解けてしまう心配があるくらいだ。一部解けた変装などしていないほうがマシなくらいなので、相手を騙すのはおしまいになるが……一人倒せただけでも充分な成果だろう。
一方、刹那にとって白露がボイラー室に飛び込んできたのは想定外だった。
物質透過によって天井を抜け、冷却パイプや熱をもっていない板などを抜けて一旦身を隠して次の出方をうかがうつもりだったが、まさかダッシュで他のプレイヤーが乱入してくるとは。
今から物質透過を使って部屋に出ることはできるが、透過直後が隙になりやすい。『駆け込んできたはいいが相手がこちらの場所に気づいていない』というパターンを願いたいところだが……。
と思った矢先。
「悪いけど、共倒れになってもらうよ」
ボンッという音を立てて火を燃え上がらせる白露。
冗談では無い。このタイミングで爆発など起こされたらスモークソーセージになってしまう。
逃げようにもボイラー室は戦場の端も端。海側に離脱するのは可能かもしれないが船の装甲厚を考えるとかなり危険だ。
(やれやれ、背に腹はかえられんか……!)
刹那は意を決して板を透過。白露の前へと飛び出し、刀を抜いた。
追って駆け込み、思わずブレーキをかける逝(蕾花の変装)。
追跡者の存在に新たな決断を迫られる刹那。
刹那の登場に驚く白露。
三つ巴の状況は不利になりやすいと考えてきびすを返そうと身を転じる逝(蕾花の変装)――の姿を見て、刹那はピンと来た。
「……っ」
素早く踏み込み、足を斬る。
思わず転倒し、ヘルメットが脱げ落ちる蕾花。
「おや、緒方さんじゃなかったのかあ」
「そのようだ。だから――」
白露は一瞬だけ考える顔をしてから、うっすらと笑った。
「でも、いいや」
白露はボイラー室いっぱいに炎を乱射した。
激しい爆発が巻き起こる。
きせきの腹を貫く刀。
逝は串刺しの要領で無理矢理きせきを持ち上げると、振り回す遠心力でもって投げ飛ばした。
椅子と机をなぎ倒しながら倒れるきせき。
「い、たたた……」
よろよろと起き上が――る瞬間を狙ってタックルを仕掛ける逝。
体勢を崩したきせきは背後の机を粉砕しながら、壁に打ち付けられた。
前後からのサンドに思わず血が喉からあふれ出た。
ヘルメットの頭をがつんと肩に叩き付けてくる。それも何度もだ。頭突きとは違う、まるで口輪をつけられた犬が食らいつこうとするさまに似ていた。
このままじゃまずい。
きせきは逝を抱きしめるように腕を回すと、双刀でもってクロスするように切りつけた。
背中から血を噴出し、反射的に身体をのけぞらせる逝。
きせきはその場から転がるように離脱した。
一度退かないと……。
きせきは傷ついた脇腹を押さえながら、一目散に逃げ出した。
「…………」
逝は逃げ去るきせきへ振り向き、次に崩れたテーブルへ振り向き、ため息をつくように肩を下ろした。
背中の傷がみるみるふさがっていく。
一方その頃、梛はデッキへたどり着いていた。
途中途中、曲がり角や細い通路があるたびに警戒していたので時間はかかってしまった。なにせ足音を殺して壁抜けしてくる暗殺者がいるのだ。360度どこも安全ではない。
「……うん、よし」
見回したかぎり危険はない。誰かが潜んでいるということもない。
仮に壁抜けされてもいいように、周囲のスペースに余裕をもたせるようにしながらコンテナへ近づいた。
念のため背中を壁につけて待機。
他のプレイヤーが現われたら射撃を中心に立ち回るのだ。
準備よし。
いつでも来い――と、拳を握ったその瞬間。船の横に大きな波が立ち上がった。
船が傾き、波が打ち付け、梛はデッキ端の手すりへ叩き付けられる。
●フェイズ4
物事は往々にして都合の悪いときにばかりおこる。
白露がボイラーしつで火柱を巻き起こしたその瞬間に、船が大きく傾いた。
破断するパイプやはじける燃料。
全ての破壊的な現象がドミノギミックのように連なり、ボイラー室のひときわ大きな炉が爆発を起こした。
一斉に吹き飛ばされる三人。
近くにいた白露は勿論、刹那と蕾花とて無事ではすまない。
蕾花も火の心で熱ダメージを免れたとはいえ物理的な衝撃まで無力化できるわけではないのだ。思い切り壁に叩き付けられ、反動でバウンドした。
三半規管がおかしくなっている。足下が定まらない。
だがこの場に残っていてもいいことはないのは確かだ。
転がってきたヘルメットをひっつかんでかぶり、蕾花は部屋を出るため歩き出す。
「あっ……!」
そんな彼女と、体中に包帯を巻き付けたきせきとで目が合った。
ヘルメットのバイザーごしに。
「こんなところに。次は負けないよ!」
刀を構えて思い切り突っ込んでくる。
前方にはきせき。後方には燃えさかるボイラー室と二人の敵。
だったら前に進んだ方がマシだ。きせきめがけ――。
蕾花が足を踏み出す。
きせきが飛び上がる。
ショットガントレットを引く。
きせきの靴底がヘルメットの全面をとらえる。
思い切り足をつっぱるきせき。
ショットガントレットの空振りと共に、蕾花は燃えさかるボイラー室へと強制的に放り込まれた。
いや、炎は恐るるに足らぬ。受け身さえとれれば――。
地面をこする両足、パイプを掴む手、胸から突き出た刀のきっさき。
「――!?」
背後に回っていた刹那の刀である。
引き抜き、側面へ回る刹那。
「あたしは、死ぬわけには……」
「皆そう言う」
刹那の、本作戦中に初めて発した言葉である。
刀が振り込まれ、血が吹き上がった。
白露は薄れ行く意識の中で、薄めを開けて周囲を見た。
かすむ視界。ゆれる炎と煙。
その中に立つ、きせきと刹那の姿。
「ちぇ、あーあ。ボクの負けかぁ……まあ、いっか」
後は任せたよ。
そう言って、白露は目を閉じた。
コンテナが倒れるほどの波を受けて、梛は必死に手すりにつかまっていた。
先程開いていたコンテナから爆発物の入ったドラム缶が転がり出ては突っ込んでくる。
顔を庇うように腕を翳すが、全て梛をよけて船外へと飛び出していった。
揺れが収まる。
なんとかやり過ごしたか。息をついたその瞬間を狙ったように、逝の刀が飛んできた。
腕を貫く刀。
ダッシュで距離をつめにかかる逝。
梛は棘散舞を乱射しながらコンテナの裏へと逃げ込んだ。
途中で刀を抜いて捨てる。
捨てながら考える。
逝はこの揺れの中で足をとられることなく接近してきたというのか。
それだけのバランス感覚をもっていたということか。
しかし――。
「爆発なら」
転がるドラム缶に破眼光を発射。
直後、爆発。
港などで使用する引火性液体燃料の詰まったドラム缶である。爆発した際の炎と風圧は凄まじいものだ。
逝の身体が炎に包まれる。チャンスだ。梛は更に棘散舞をまき散らし、大量に炸裂させながら逃げた。
体中から炎をあげながらも追跡してくる逝。
梛はコンテナの一つに種子を投げつけ、炸裂。素早く扉を開かせると、倒れたまま中で詰まっていたドラム缶が無数に転がり出てきた。
それを飛び越えようとする逝。ジャンプした瞬間を狙って破眼光を放つ梛。
連鎖爆発がおき、逝は思い切り吹き飛ばされた。
やった――と、思ったその時。
梛の身体を瘴気を帯びた刀が貫いていた。
身体が傾く。
周囲を転がるドラム缶に引火し、激しい爆発が起こった。
同時刻。
仰向けに倒れた刹那が、深く細く呼吸をしていた。
正面から斬り合い、打ち合い、その結果として彼女は斬り倒されたのだ。
爆発のダメージが身体に残っていたのもあるだろう。
だが、その代わりに、相手の……きせきの身体にも相応のダメージは蓄積させたつもりだ。
「さて、どうなるやら」
●フェイズ5
船内をよたよたと歩くきせき。
軟膏を塗った包帯で腕をぐるぐる巻きにして首から吊っているが、それでもまだ完治はしていない。もう薬を作り出すだけの気力がないのだ。
足も、片足を引きずって歩くのが精一杯だ。
目も耳も、かなりかすんでいる。
ならばときせきは目を瞑った。
足を止める。
「オイシソウ!」
すぐ後ろの扉を突き破って現われる逝。
全身が焼け落ちた彼の身体を見ること無く。きせきは刀を握って一回転した。
どさりと崩れ落ちる逝の身体。
そして、ヘルメット。
「あれ……この、感覚」
●エンドロール
目を開けるとそこは高層ホテルの一室だった。
満身創痍のきせきは、広い窓ガラスからのぞむ夜景を眺めていた。
窓ガラスに反射するホテルのベッド。
半裸の男がねているが、その身体には刀がまっすぐに突き刺さっていた。それがこのゲームキャラ、ひいては妖の中枢存在なのだという。
じきにこの特殊空間も閉ざされ、自分は現実へとはき出されるだろう。
真っ赤に染まっていくベッドシーツとカーペット。
「帰ったら、チョココロネとたい焼きだ。やった……」
喜ぶべき事実を声に出してみるが、不思議と気持ちは晴れなかった。
手を広げる。
震えていた。
長時間力を込めすぎて手が震えることはあっても、今は充分休んだ後だ。
震えの意味を、きせきは自分に説明できずにいた。
「あのときと、同じ手応――ちがっ、ちがうもん!」
顔を手で覆う。
手を離し、窓を見る。
反射した自分の顔が血にまみれていた。
「あれはバケモノだもん。あれはバケモノ。僕は悪くない。僕は悪いことなんてしてない。してないよ。してない……」
やがて、まどろみとともに、きせきはログアウトした。
東雲 梛(CL2001410)はベッドルームの扉を閉めると、シーツや枕カバーをはいでたすき掛けに結んだ。
「古妖の気配じゃない……やっぱり妖か。悪趣味」
何かの役に立つかも知れないが、持ち運びに難儀する量はいらない。となると一枚ずつが妥当なところだ。
準備を終え、扉に仕掛けたちょっとした罠を解いてからドアノブに手をかけた。
「殺し屋になるなら、やっぱりこうでないとね」
葉柳・白露(CL2001329)は上着のフードを目深に被ると、口元だけで笑った。
「さて、まずはどこへ行こうかな」
案内図を横目に見る。
「ベッドルーム、か……」
次の目標は決まった。
白露はとくに迷うことなく、ベッドルームのドアの前に立った。
ドアノブに、手をかける。
――その瞬間、白露は他者の気配に気がついた!
華神 刹那(CL2001250)は船内をふらふらと移動していた。目的地があるわけでなく、一つ所に留まりたくないのだ。
(しかし、この手の仕事も懐かしい。銃使いが居ないというのも悪くないな)
刹那の格好はシャツにジーンズ。上着は軽いパーカーで靴はスニーカーという、いつもの和服からはかなり遠い格好をしていた。髪もしっかり結んでいる。
まずはどこへ向かうか。移動中に遭遇する可能性は充分にあるが……。
緒形 逝(CL2000156)は食堂のテーブルに腰掛け、だらんと両腕を垂らしていた。
「おなかすいた……おいしそう……おいしそうな……こ……こども……こども……」
ヘルメットの内側で何かを呟いているようだが、はっきりと聞き取るのは難しかった。誰が聞き取っているのかといえば、食堂の扉前に潜む『鬼籍あるいは奇跡』御影・きせき(CL2001110)である。
(殺し合いっていってもゲームなんだよね。負けたらチョココロネを奢っちゃう覚悟だよっ)
今一度、感情探査を発動。きせきには他のプレイヤーがどの辺りにいるのかをかなりリアルタイムに把握できていた。
それで、厨房へ向かう前に逝の存在に気づいたわけだが……。
(不意打ちしたら気づかれちゃうかな。うーん……試してみよっ)
きせきは思い切って飛び出し、捕縛蔓を発動させた。
『戦場を舞う猫』鳴海 蕾花(CL2001006)は小声で文句を言いながら、ベッドルームで自らに変装を施していた。
「みんなもみんなだ……。とにかく、あたしは絶対死ぬわけにはいかないんだ」
女性や女性的な人物はそこそこいるが、変装が楽そうな相手かといえばそうでもない。一瞬騙す程度ならいいが、超直観持ちと当たったら即座に見破られかねないのでここは入念にやっておく必要があった。
とりあえず、一番楽そうな緒形逝にばけておく。カウンタータイプの土行らしいし、相手が警戒してくれたら儲けものだ。なによりあのヘルメットとごてごてした風体からして、多少中身が入れ替わったくらいではそうそう他人に気づかれまい。
「よし、と」
蕾花は鏡で一通り確認すると、ベッドルームのドアを開けた。
ドアを挟んだすぐ裏で、白露が刀を抜いていた。
●フェイズ2
白露の先制攻撃。咄嗟にクナイを振り抜いた蕾花の腕を火炎放射で焼くと、クナイをかわして腕を切りつけにかかった。
対する蕾花はショットガントレットを叩き付けて緊急離脱。
通路を転がるようにして後退すると、応戦の構えをとる――が、しかし、白露は片眉を上げて笑った。
「邪魔したね緒形さん。まあ、ゆっくりしていてよ」
そう言って、刀を持ったまま身を翻し、逃走を始めた。
追うか追わざるか。一瞬だけ考えて、蕾花は追跡を開始した。
ベッドルームの扉を開く梛。
慎重に周囲を伺うが、特に誰も居ない。見落としの心配もない。
物音も……聞こえてこない。
「……」
まず向かうべきはデッキだ。爆発物や障害物を利用した戦い方を考えてある。
と。
そんな彼の背後に。
納刀状態の刹那が立っていた。
高速抜刀、同時に斬撃。
背中を切りつけられた梛は通路に転がり出て、咄嗟に植物の種子を握る――が、その手を刹那は素早く切りつける。
「――!」
圧倒的不利。
だが刹那は部屋の中へと後退すると、そのまま床を抜けて階下へと撤退していった。
「物質透過……」
それに足音も消していた。安全地帯と思っていた室内側から攻められるとは。
背中を確認して、丸めたシーツが切り裂かれていたことに気づいた。
不意打ち一発分ではあるが、おかげで軽傷で済んだ。
備えあれば憂いなしか。だが安堵に落ち着いている場合ではない。早くこの場を離れなければ。
梛はデッキへと駆けだした。
きせきの不意打ちは失敗した。
より正確に述べよう。
発動した時には既に、逝はテーブルから跳躍し、刀を大上段に振り上げていた。
「う――わあ!」
本能的に飛び退くきせき。
すぐそばの椅子と床が切断され、逝は着地と同時に身体を捻った。
俊敏でありながら強引な動線。刀もまるで獣の爪である。
きせきは飛び退いた姿勢のまま刀の鞘を投げつけた。
ほんの僅かにのけぞる逝。
その隙にテーブルの下を転がって奥へと逃げ込む。
ついさっきまでいた床に刀が突き立てられた。突き立てすぎて根元までめりこんだが、すぐに引き抜いて振り返った。
「オイシソウ」
振り向き、ハッキリと逝は言った。
きせきは刀を抜き、自分に沢山のことを言い聞かせた。
そして最後に。
「……ちがうもん。大丈夫、だもん」
意を決して、反撃に移った。
●フェイズ3
船内をひたすら逃げる白露。
ちらりと振り返ると、逝(に変装した蕾花)がものすごいスピードで追いかけてくるのが見える。
「参ったなあ、緒形さんとは相性悪いんだけど……」
対抗するには自分の攻撃に加えて何か激しいダメージを同時にぶつけてやるしかない。
デッキに上がって爆発物を利用する?
「だめだな、追いかけられながらじゃあこっちが危ないよ」
透視能力があるから万一にもハズレは引かないとしても、コンテナを開いた瞬間中へ叩き込まれる未来しか見えない。
「なら……!」
階段を駆け下り、手すりを飛び越え強引にショートカット。
目指す先はボイラー室だ。
よく磨かれたパイプに追跡してくる相手が見える。
ボイラー室に向かっていると分かって、なおもスピードを落とさない。
加熱したパイプや炉が並んでいる部屋へと駆け込み、反転。
手から炎を生み出し、相手を待つ。
「悪いけど、共倒れになってもらうよ」
蕾花にとって白露がボイラー室に飛び込んだのは想定内だった。
派手に爆発でも起こしてくれれば、火の心でもって熱のダメージを無力化できる。相手は自爆覚悟のようだが、こちらは無傷というわけだ。
問題があるとすれば爆発の勢いで変装が一部解けてしまう心配があるくらいだ。一部解けた変装などしていないほうがマシなくらいなので、相手を騙すのはおしまいになるが……一人倒せただけでも充分な成果だろう。
一方、刹那にとって白露がボイラー室に飛び込んできたのは想定外だった。
物質透過によって天井を抜け、冷却パイプや熱をもっていない板などを抜けて一旦身を隠して次の出方をうかがうつもりだったが、まさかダッシュで他のプレイヤーが乱入してくるとは。
今から物質透過を使って部屋に出ることはできるが、透過直後が隙になりやすい。『駆け込んできたはいいが相手がこちらの場所に気づいていない』というパターンを願いたいところだが……。
と思った矢先。
「悪いけど、共倒れになってもらうよ」
ボンッという音を立てて火を燃え上がらせる白露。
冗談では無い。このタイミングで爆発など起こされたらスモークソーセージになってしまう。
逃げようにもボイラー室は戦場の端も端。海側に離脱するのは可能かもしれないが船の装甲厚を考えるとかなり危険だ。
(やれやれ、背に腹はかえられんか……!)
刹那は意を決して板を透過。白露の前へと飛び出し、刀を抜いた。
追って駆け込み、思わずブレーキをかける逝(蕾花の変装)。
追跡者の存在に新たな決断を迫られる刹那。
刹那の登場に驚く白露。
三つ巴の状況は不利になりやすいと考えてきびすを返そうと身を転じる逝(蕾花の変装)――の姿を見て、刹那はピンと来た。
「……っ」
素早く踏み込み、足を斬る。
思わず転倒し、ヘルメットが脱げ落ちる蕾花。
「おや、緒方さんじゃなかったのかあ」
「そのようだ。だから――」
白露は一瞬だけ考える顔をしてから、うっすらと笑った。
「でも、いいや」
白露はボイラー室いっぱいに炎を乱射した。
激しい爆発が巻き起こる。
きせきの腹を貫く刀。
逝は串刺しの要領で無理矢理きせきを持ち上げると、振り回す遠心力でもって投げ飛ばした。
椅子と机をなぎ倒しながら倒れるきせき。
「い、たたた……」
よろよろと起き上が――る瞬間を狙ってタックルを仕掛ける逝。
体勢を崩したきせきは背後の机を粉砕しながら、壁に打ち付けられた。
前後からのサンドに思わず血が喉からあふれ出た。
ヘルメットの頭をがつんと肩に叩き付けてくる。それも何度もだ。頭突きとは違う、まるで口輪をつけられた犬が食らいつこうとするさまに似ていた。
このままじゃまずい。
きせきは逝を抱きしめるように腕を回すと、双刀でもってクロスするように切りつけた。
背中から血を噴出し、反射的に身体をのけぞらせる逝。
きせきはその場から転がるように離脱した。
一度退かないと……。
きせきは傷ついた脇腹を押さえながら、一目散に逃げ出した。
「…………」
逝は逃げ去るきせきへ振り向き、次に崩れたテーブルへ振り向き、ため息をつくように肩を下ろした。
背中の傷がみるみるふさがっていく。
一方その頃、梛はデッキへたどり着いていた。
途中途中、曲がり角や細い通路があるたびに警戒していたので時間はかかってしまった。なにせ足音を殺して壁抜けしてくる暗殺者がいるのだ。360度どこも安全ではない。
「……うん、よし」
見回したかぎり危険はない。誰かが潜んでいるということもない。
仮に壁抜けされてもいいように、周囲のスペースに余裕をもたせるようにしながらコンテナへ近づいた。
念のため背中を壁につけて待機。
他のプレイヤーが現われたら射撃を中心に立ち回るのだ。
準備よし。
いつでも来い――と、拳を握ったその瞬間。船の横に大きな波が立ち上がった。
船が傾き、波が打ち付け、梛はデッキ端の手すりへ叩き付けられる。
●フェイズ4
物事は往々にして都合の悪いときにばかりおこる。
白露がボイラーしつで火柱を巻き起こしたその瞬間に、船が大きく傾いた。
破断するパイプやはじける燃料。
全ての破壊的な現象がドミノギミックのように連なり、ボイラー室のひときわ大きな炉が爆発を起こした。
一斉に吹き飛ばされる三人。
近くにいた白露は勿論、刹那と蕾花とて無事ではすまない。
蕾花も火の心で熱ダメージを免れたとはいえ物理的な衝撃まで無力化できるわけではないのだ。思い切り壁に叩き付けられ、反動でバウンドした。
三半規管がおかしくなっている。足下が定まらない。
だがこの場に残っていてもいいことはないのは確かだ。
転がってきたヘルメットをひっつかんでかぶり、蕾花は部屋を出るため歩き出す。
「あっ……!」
そんな彼女と、体中に包帯を巻き付けたきせきとで目が合った。
ヘルメットのバイザーごしに。
「こんなところに。次は負けないよ!」
刀を構えて思い切り突っ込んでくる。
前方にはきせき。後方には燃えさかるボイラー室と二人の敵。
だったら前に進んだ方がマシだ。きせきめがけ――。
蕾花が足を踏み出す。
きせきが飛び上がる。
ショットガントレットを引く。
きせきの靴底がヘルメットの全面をとらえる。
思い切り足をつっぱるきせき。
ショットガントレットの空振りと共に、蕾花は燃えさかるボイラー室へと強制的に放り込まれた。
いや、炎は恐るるに足らぬ。受け身さえとれれば――。
地面をこする両足、パイプを掴む手、胸から突き出た刀のきっさき。
「――!?」
背後に回っていた刹那の刀である。
引き抜き、側面へ回る刹那。
「あたしは、死ぬわけには……」
「皆そう言う」
刹那の、本作戦中に初めて発した言葉である。
刀が振り込まれ、血が吹き上がった。
白露は薄れ行く意識の中で、薄めを開けて周囲を見た。
かすむ視界。ゆれる炎と煙。
その中に立つ、きせきと刹那の姿。
「ちぇ、あーあ。ボクの負けかぁ……まあ、いっか」
後は任せたよ。
そう言って、白露は目を閉じた。
コンテナが倒れるほどの波を受けて、梛は必死に手すりにつかまっていた。
先程開いていたコンテナから爆発物の入ったドラム缶が転がり出ては突っ込んでくる。
顔を庇うように腕を翳すが、全て梛をよけて船外へと飛び出していった。
揺れが収まる。
なんとかやり過ごしたか。息をついたその瞬間を狙ったように、逝の刀が飛んできた。
腕を貫く刀。
ダッシュで距離をつめにかかる逝。
梛は棘散舞を乱射しながらコンテナの裏へと逃げ込んだ。
途中で刀を抜いて捨てる。
捨てながら考える。
逝はこの揺れの中で足をとられることなく接近してきたというのか。
それだけのバランス感覚をもっていたということか。
しかし――。
「爆発なら」
転がるドラム缶に破眼光を発射。
直後、爆発。
港などで使用する引火性液体燃料の詰まったドラム缶である。爆発した際の炎と風圧は凄まじいものだ。
逝の身体が炎に包まれる。チャンスだ。梛は更に棘散舞をまき散らし、大量に炸裂させながら逃げた。
体中から炎をあげながらも追跡してくる逝。
梛はコンテナの一つに種子を投げつけ、炸裂。素早く扉を開かせると、倒れたまま中で詰まっていたドラム缶が無数に転がり出てきた。
それを飛び越えようとする逝。ジャンプした瞬間を狙って破眼光を放つ梛。
連鎖爆発がおき、逝は思い切り吹き飛ばされた。
やった――と、思ったその時。
梛の身体を瘴気を帯びた刀が貫いていた。
身体が傾く。
周囲を転がるドラム缶に引火し、激しい爆発が起こった。
同時刻。
仰向けに倒れた刹那が、深く細く呼吸をしていた。
正面から斬り合い、打ち合い、その結果として彼女は斬り倒されたのだ。
爆発のダメージが身体に残っていたのもあるだろう。
だが、その代わりに、相手の……きせきの身体にも相応のダメージは蓄積させたつもりだ。
「さて、どうなるやら」
●フェイズ5
船内をよたよたと歩くきせき。
軟膏を塗った包帯で腕をぐるぐる巻きにして首から吊っているが、それでもまだ完治はしていない。もう薬を作り出すだけの気力がないのだ。
足も、片足を引きずって歩くのが精一杯だ。
目も耳も、かなりかすんでいる。
ならばときせきは目を瞑った。
足を止める。
「オイシソウ!」
すぐ後ろの扉を突き破って現われる逝。
全身が焼け落ちた彼の身体を見ること無く。きせきは刀を握って一回転した。
どさりと崩れ落ちる逝の身体。
そして、ヘルメット。
「あれ……この、感覚」
●エンドロール
目を開けるとそこは高層ホテルの一室だった。
満身創痍のきせきは、広い窓ガラスからのぞむ夜景を眺めていた。
窓ガラスに反射するホテルのベッド。
半裸の男がねているが、その身体には刀がまっすぐに突き刺さっていた。それがこのゲームキャラ、ひいては妖の中枢存在なのだという。
じきにこの特殊空間も閉ざされ、自分は現実へとはき出されるだろう。
真っ赤に染まっていくベッドシーツとカーペット。
「帰ったら、チョココロネとたい焼きだ。やった……」
喜ぶべき事実を声に出してみるが、不思議と気持ちは晴れなかった。
手を広げる。
震えていた。
長時間力を込めすぎて手が震えることはあっても、今は充分休んだ後だ。
震えの意味を、きせきは自分に説明できずにいた。
「あのときと、同じ手応――ちがっ、ちがうもん!」
顔を手で覆う。
手を離し、窓を見る。
反射した自分の顔が血にまみれていた。
「あれはバケモノだもん。あれはバケモノ。僕は悪くない。僕は悪いことなんてしてない。してないよ。してない……」
やがて、まどろみとともに、きせきはログアウトした。
