【紳士怪盗】追跡、ナナハン刑事!
●刑事の勘
宝石の盗まれた美術館に、茶色い古びたコートを羽織った壮年の男が現われた。
普通の人間は夏場だというのにロングコートを着る異常さに驚き、目の利いた人間は彼の鋭いまなざしに驚き、業界をよく知る人間は彼がこの場に現われたという事実に驚いた。
「あ、あなたは……」
「ICPOの七半・四五六(ナナハン・ジゴロウ)だ」
手帳を翳し、ロングコートの男ナナハン刑事は頷いた。
「ここにラビットナイトが現われたと聞いてな」
台座に突き刺さったカードを、手袋ごしに掴み取る。
「本物に間違いないな」
「わ、分かるんですか……?」
「ワシの勘がそう告げている。刑事の勘というやつだ」
「は、はあ……」
科学万能の信仰にとらわれた若い捜査官は『なにを言ってるんだこのおっさんは』という顔をした。
だが知っている者は知っている。
人が自力で空を飛び火を噴いて姿を変えるこの時代、最も頼れるのは研ぎ澄まされた感覚に他ならないということを。
その中でも、超人的なまでに刑事として感覚を研ぎ続けたこの男こそ、超常的な覚者犯罪の切り札になり得るということを。
ナナハンはきびすを返し、唸りながら首を傾げた。
「だが何かがおかしい」
「おかしいとは?」
「ラビットナイトは単独犯。多くても二人か三人で活動する泥棒だ。だがこの犯罪はより複数いるように思える」
「そんなことまで……」
「何か怪しい。裏の狙いがあるかもしれんぞ。暫くワシに人員を預けてくれんか」
●ナナハン、エンカウント
泥棒には二種類いる。
良い泥棒と悪い泥棒だ。
簡単に言えば、人が悲しまないように悪い品物を盗んでいくのが良い泥棒だ。
「さてと、ちゃっちゃと済ますかな」
良い泥棒に属するところの義高たちは、休館中の美術館へと忍び込んでいた。
今回はわざと警報を鳴らす必要はない。物質透過で壁から入り、窓を開けて仲間を引き入れる。
全ての扉は閉じられ、展示品にもブルーシートがかかっているが、頼蔵が透視を働かせて警備の様子を確認した。
「今なら大丈夫そうだ。行きたまえ」
「ぴょんっ!」
ラビットナイトが壁にジャンプ。ぺたりと壁に張り付くと、そのままぺたぺたと天井を進んでいく。
王冠を取り出し、ちらりと振り返った。
「ホントに返すぴょん?」
「早くやれって」
「惜しいピョン……」
ケースを開き、王冠を戻す。
その瞬間、館内に警報が鳴り響いた。
「ぴょん!?」
「空の台座に感圧センサーがついていたようだ。急げ、撤収するぞ」
返したとしても窃盗は窃盗。捕まっては大変だ。
義高たちが急いで外に出ると……。
「そこまでだラビットナイト! やはり王冠を戻しに来たな!」
無数のスポットライトを光らせ、ロングコートの男が立ち塞がった。
眉間に皺を寄せる頼蔵。
「ナナハン刑事か……厄介な相手にかぎつけられたな」
「知ってるのか!?」
振り向く義高。
ナナハンはニヤリと笑って手錠を取り出した。
「狙いは署で聞くことにしよう。とにかく貴様らは窃盗と不法侵入の容疑で逮捕だ!」
「ちょっと待て、これには事情ってモンが――」
「問答無用! ムッ!?」
足下に突き刺さるバラ。飛び退くナナハン。
屋根の上にスタンバイしていたフィオナとクーがワイヤーで速度を軽減させながら飛び降りて合流してきた。
「まずいな、見つかったか!」
「時間を稼ぎます、車へお早く」
「にがさん!」
走り出すナナハンを押さえるべく、フィオナとクーが道を塞いだ。
剣を同時に取り出し、両サイドから挟み込むように繰り出す。
峰打ち、というか腹打ちだ。殺すつもりは毛頭無い。
が、それに対してナナハンはフィオナの剣を回避。懐に潜り込むと、腕を掴んでクーの方へと強引に投げた。
「にゃにぃ!?」
上下反転したままクーにキャッチされるフィオナ。
そこへ、雷鳥の車が突っ込んできた。
素早くワイヤーを飛ばして車に固定。フィオナを抱えたままルーフに飛び乗るクー。
強引なアタックに飛び退いたナナハンだが、すぐに近くの公衆電話へと走った。
「逃がさん! 応援を呼べい!」
宝石の盗まれた美術館に、茶色い古びたコートを羽織った壮年の男が現われた。
普通の人間は夏場だというのにロングコートを着る異常さに驚き、目の利いた人間は彼の鋭いまなざしに驚き、業界をよく知る人間は彼がこの場に現われたという事実に驚いた。
「あ、あなたは……」
「ICPOの七半・四五六(ナナハン・ジゴロウ)だ」
手帳を翳し、ロングコートの男ナナハン刑事は頷いた。
「ここにラビットナイトが現われたと聞いてな」
台座に突き刺さったカードを、手袋ごしに掴み取る。
「本物に間違いないな」
「わ、分かるんですか……?」
「ワシの勘がそう告げている。刑事の勘というやつだ」
「は、はあ……」
科学万能の信仰にとらわれた若い捜査官は『なにを言ってるんだこのおっさんは』という顔をした。
だが知っている者は知っている。
人が自力で空を飛び火を噴いて姿を変えるこの時代、最も頼れるのは研ぎ澄まされた感覚に他ならないということを。
その中でも、超人的なまでに刑事として感覚を研ぎ続けたこの男こそ、超常的な覚者犯罪の切り札になり得るということを。
ナナハンはきびすを返し、唸りながら首を傾げた。
「だが何かがおかしい」
「おかしいとは?」
「ラビットナイトは単独犯。多くても二人か三人で活動する泥棒だ。だがこの犯罪はより複数いるように思える」
「そんなことまで……」
「何か怪しい。裏の狙いがあるかもしれんぞ。暫くワシに人員を預けてくれんか」
●ナナハン、エンカウント
泥棒には二種類いる。
良い泥棒と悪い泥棒だ。
簡単に言えば、人が悲しまないように悪い品物を盗んでいくのが良い泥棒だ。
「さてと、ちゃっちゃと済ますかな」
良い泥棒に属するところの義高たちは、休館中の美術館へと忍び込んでいた。
今回はわざと警報を鳴らす必要はない。物質透過で壁から入り、窓を開けて仲間を引き入れる。
全ての扉は閉じられ、展示品にもブルーシートがかかっているが、頼蔵が透視を働かせて警備の様子を確認した。
「今なら大丈夫そうだ。行きたまえ」
「ぴょんっ!」
ラビットナイトが壁にジャンプ。ぺたりと壁に張り付くと、そのままぺたぺたと天井を進んでいく。
王冠を取り出し、ちらりと振り返った。
「ホントに返すぴょん?」
「早くやれって」
「惜しいピョン……」
ケースを開き、王冠を戻す。
その瞬間、館内に警報が鳴り響いた。
「ぴょん!?」
「空の台座に感圧センサーがついていたようだ。急げ、撤収するぞ」
返したとしても窃盗は窃盗。捕まっては大変だ。
義高たちが急いで外に出ると……。
「そこまでだラビットナイト! やはり王冠を戻しに来たな!」
無数のスポットライトを光らせ、ロングコートの男が立ち塞がった。
眉間に皺を寄せる頼蔵。
「ナナハン刑事か……厄介な相手にかぎつけられたな」
「知ってるのか!?」
振り向く義高。
ナナハンはニヤリと笑って手錠を取り出した。
「狙いは署で聞くことにしよう。とにかく貴様らは窃盗と不法侵入の容疑で逮捕だ!」
「ちょっと待て、これには事情ってモンが――」
「問答無用! ムッ!?」
足下に突き刺さるバラ。飛び退くナナハン。
屋根の上にスタンバイしていたフィオナとクーがワイヤーで速度を軽減させながら飛び降りて合流してきた。
「まずいな、見つかったか!」
「時間を稼ぎます、車へお早く」
「にがさん!」
走り出すナナハンを押さえるべく、フィオナとクーが道を塞いだ。
剣を同時に取り出し、両サイドから挟み込むように繰り出す。
峰打ち、というか腹打ちだ。殺すつもりは毛頭無い。
が、それに対してナナハンはフィオナの剣を回避。懐に潜り込むと、腕を掴んでクーの方へと強引に投げた。
「にゃにぃ!?」
上下反転したままクーにキャッチされるフィオナ。
そこへ、雷鳥の車が突っ込んできた。
素早くワイヤーを飛ばして車に固定。フィオナを抱えたままルーフに飛び乗るクー。
強引なアタックに飛び退いたナナハンだが、すぐに近くの公衆電話へと走った。
「逃がさん! 応援を呼べい!」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.ナナハン刑事から逃げ切れ!
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
●状況解説
一旦ナナハン刑事から逃れたファイヴの怪盗団(実はまだ名前がない)は合流地点で一度休んでシンフォニーダイヤをジョンに届けよう……という段階で、こっそりマークしていたナナハン刑事に踏み込まれます。
(※前回参加者とメンバーが入れ替わった場合は、このタイミングで交代したという扱いになります)
この後、合流地点を破棄して車で逃走することになります。
ナナハン刑事に捕まれば留置所行きは避けられません。
シナリオが失敗した場合は一旦留置所に入ってから釈放されます。偉い人が頑張りますが、色んな意味でデカいダメージが入ります。
逮捕されることなく、ナナハン刑事の手から逃れましょう。
●成功条件の補足
チェイスバトルを30ターン継続するか、追いかけてくるパトカーを全て走行不能にし、尚且つ車にしがみつく警官などを引きはがすことができたら逃走成功の扱いとなります。
●シチュエーションデータ
自動車の通りが少ない夜の道路へと出て、逃走していきます。
運転担当者は、運転に集中することでアグレッシブかつギリギリなドライブテクニックを行使できます。
現在追ってきているパトカーは5台。
応援を呼ばれると倍くらいまで増えますが、この世界は無線が使えないので応援が来るまでかなり時間がかかります。
前半のパートで5台。後半にはもう5台増えると考えて置いてください。
●チェイスバトル
自動車でのチェイスバトルは通常の戦闘状況と異なるため、今回限りの判定規則をいくつか設けます。
・パーツ破壊:充分視界に入ってかつ露出している自動車のパーツを一部分破壊できます。それには単体攻撃であることと、100%ヒット(回避補正については後述)する必要があります。
・自動車回避補正:運転手と乗員の平均値を自動車全体の回避補正値として扱います。それに加えて、『自動車の走行にとってどれだけ重要であるか』に応じて回避補正が加わります。
例として、ガソリンタンクと運転手の脳天には100の補正がかかり、バンパーやドア、ガラスには5。タイヤはそれぞれ30ほどです。
・命中補正:状況によっては命中に補正がかかります。また、今回に関しては足場ペナルティはナシとします。
・距離判定:近接攻撃は車が横並びになった時など、かなり接近している時に届きます。ただし相手の車に飛びつくなどすれば近接攻撃が可能です。
・走行不能:自動車の破壊が半分以上まで進むと走行できなくなり、乗員も実質戦闘不能となります。
なのでお勧めプレイはバンパーやガラスなどと当てやすい部分からばしばし当てまくるプレイです。逆にタイヤやエンジンを狙おうとするとかえって時間がかかるやもしれません。
●エネミーデータ
・ナナハン刑事
今チーム唯一の覚者。土行械の因子。推定レベル20前後。
犯罪に対する強力な精神力と勘の鋭さを備えた刑事。
装備している武器は手錠と拳銃。
防御を固めて体術で制圧するのが基本戦術。
とにかくしぶといので最後まで残っている可能性大。
・警官
非覚者。拳銃と警棒を装備しているが、覚者でいうところの5レベル(補正無し)くらいの戦闘力。
がんばって追いすがる要員。
(※もし参加メンバーが変わっていた場合、返す場面から誰かの役に入れ替わる扱いになります)
●車両選択
今回使う車両を指定できます。(最初からそういう車両を用意していたという扱いとなります)
選択範囲は一般的な販売店で購入できる普通自動車。エンジンやタイヤなどの改造は一通りしてあることになっています。拘りがあればプレイングに書いてください。(車種をまんま書いてもいいですし、漠然としたイメージでも構いません)
とりま今回の6人が(ルーフに1~2人張り付いてるパターンでもいいので)全員乗れる車両にしましょう。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2016年10月04日
2016年10月04日
■メイン参加者 6人■

●怪盗団のカーチェイス
八重霞 頼蔵(CL2000693)はネクタイを締め直し、革張りのシートによりかかった。
「盗みの次はカーチェイスとは、追跡をうけた時点で盗人としては半人前なのだろうが……熟達していなくて当然。はっはっは」
「わらいごとじゃないぞ! つかまったら、つかまるんだぞ!」
『怪盗騎士ガーウェイン』天堂・フィオナ(CL2001421)が目をぐるぐるさせながら意味の分からないことを言っていた。
「なに、捕まるつもりはないよ。だろう?」
「アハハ! 合流したと思ったら随分な状況だなあ」
いち早くルーフにかがんでいた緒形 逝(CL2000156)が後続の車たちを眺めた。
まだ距離はあるとはいえ、戦闘圏内に入るのも時間の問題だった。
ルーフをこんこんと叩いて知らせる逝。
「もうすぐバトルだぞう」
「そのようだ……」
『花屋の装甲擲弾兵』田場 義高(CL2001151)は頭をぐいっとなで上げ、バックミラーに目をやった。
車はランドクルーザー。トヨタ車のニューモデルを改造したものだ。
速度も頑丈さも、ついでに振動対策もばっちりのスグレモノである。
だが安心とはいいがたい。バックミラー越しに映るぎらりとした気配に、義高の背筋に冷たいものが走った。
「ナナハン刑事か。蛇や狼のようなしつこさとスッポンのような執念をもつ凄腕らしいな」
「先代も言っていました」
ルーフに自分の身体を固定するように糸を巻き付けると、『Queue』クー・ルルーヴ(CL2000403)は静かに呟いた。
「経験に基づく勘は恐ろしいもの。理論ではなく経験から見抜いてくる。……苦手なタイプですね。顔を覚えられたくはないものです。しつこそうですしね」
そう言って仮面をつけるクー。
「しつこすぎるピョン!」
『怪盗ラビットナイト』稲葉 アリス(CL2000100)が助手席の窓から顔をだして、拡声器ごしに叫んだ。
「ナナハンのとっつぁんおじ様! 宝物返したのについてくるなピョン! そんな時間があるなら巨悪を倒してくるピョン!」
「そう思うならとっととお縄につけ! 逮捕だァ!」
●ドライブアンドアライブ
食い逃げでも国外逃亡でもカーチェイスでも基本は同じ。
囲まれないこと。
途中で事故をおこさないこと。
追いついてくる前にできるだけふるい落とすこと。
「俺もドライビングにゃ自信があるんだよ!」
義高は緩急をつけた絶妙なカーブで細い路地に入ると、急速なカーブでもって私有地の庭を突っ切った。
後ろで塀にぶつかって止まるパトカー。その後続までもがつっかえる状態に、義高は不敵に笑った。
「この先は!?」
「右いって右いって更に右ピョン!」
「なるほど……って回るのか!?」
助手席で地図を片手に周囲をぐるりと見回すラビットナイト(アリス)。
「微妙な細道あるピョン。今ねじ込めば数台巻き込んで止められるピョン!」
周辺地図を完璧に頭に叩き込んだ上で、透視能力で大体のパトカーの位置を把握しているのだ。
大通りに出るまではこれでかなりの割合を足止めできるだろう。
問題とすべきは、それでも執念深く追いかけてくるパトカーだ。
「地元警察をごまかせても、ワシの目を誤魔化そうたってそうはいかんぞ!」
大通りに出た所で、先回りしていたナナハン刑事の車とプラス一台が後ろにつけてきた。
助手席から身を乗り出し、銃を向けてくるナナハン刑事。
狙いはルーフに立ち上がる逝だ。
「……」
三連発砲。
逝は身を固め、刀を右へ左へ振り込むことで弾丸を打ち弾いた。
三発目が防御をすり抜け、肩へと命中する。
「おっと」
受けてみて気づいたが、ナナハン刑事は致命傷になりそうな箇所をわざとさけて射撃していた。正確な射撃能力で、なおかつ目標箇所が絞られるとなると、こちらはかなり防ぎやすくなる。
相手にとっては不利なはずだが、そこは職業柄といったところか。たとえ不利でも、守らねばならないものがあるのだ。
面倒なのはむしろ、ナナハン刑事ほどの腕が無い普通の警官だ。
自動車の横ぎりぎりに並び、支給されている拳銃を乱射してくる。
逝はそれを数発はじき飛ばし、残り数発を素手でキャッチ。チップ状に握りつぶして放り投げた。
「くそっ!」
警官たちが自棄になって銃を乱射していた。
全ての警察がそうというわけではないが、基本的に警察官に上等な装備は支給されない。それは彼らの仕事が捜査と逮捕にあって、武装した人間の殺害ではないからだ。あやしい人間を片っ端から撃ち殺しては国家が崩壊してしまう。それは警察が違法装備で固めた憤怒者に後れを取るりゆうの一つでもある……のだが。
こういう緊迫した状況ではなりふり構っていられない者も出てくるのだ。
「乗っている奴を撃て! どうにかなるはずだ! 横につけろ!」
「やあ」
横につけようと車を寄せた所で、窓ガラスが開いた。
頼蔵が手を翳し、手品のように拳銃を取り出すと警官たちへ発砲。
「うわあっ、撃たれた!」
慌ててハンドルをきる運転手。しかし、パトカーは煙をふいてガードレールにぶつかっただけで、乗組員は誰も怪我をしていなかった。
「な、なんだ? 俺たちじゃなくて……車体を攻撃したのか?」
「むう」
頼蔵の攻撃とリタイアしたパトカーを横目に、射撃を続けるナナハン刑事。
一方の頼蔵は窓から身を乗り出し、ナナハン刑事の車めがけて的確に発砲してくる。
「ええい、応援はまだなのか!」
「そろそろ――あ、来ました!」
大通りの途中で数台のパトカーが合流してきた。
予め呼んで置いた応援チームだ。
無線機でもあれば、巨大な一つの生物のごとく車を取り囲むことができたのかもしれないが、今は五台ほど追加するのが精一杯だ。
ナナハン刑事の車を追い抜いて、五台が先行して義高たちの車に追いつこうとスピードをあげる。
「予備として持ってきた武器ですが……」
クーはスリングショットを取り出すと、パチンコ玉を次々に発射。まるで拳銃の弾のごとく車のヘッドカバーやボンネットカバーを破壊していく。
「案外、取り回しはいいですね」
車体を破壊されながらも、スピードをぐいぐい上げて近づいてくるパトカー。
窓からぐいぐいとよじ登ったフィオナが、剣を手に体勢を整えた。
フィオナを中心に優しい光が解き放たれ、螺旋状に立ち上っていく。
「車に飛び乗って攻撃するぞ。クー!」
「いつでも――」
ルーフから大胆に跳躍するフィオナ。
まさか直接飛びかかってくるとは思わなかった警官たちはあわをくって身を縮めた。
一方のフィオナはボンネットに着地。剣を逆手に、そして高らかに振り上げると、強引に自動車の重要な機械部分を破壊していった。
小爆発をおこし、ボンネットを跳ね上げてスピンするパトカー。
フィオナは一緒に吹き飛ばされたのかと思いきや、腰に巻き付いた糸によって義高車のルーフへと戻されていた。
淡い笑みを浮かべるクー。
「痛くは無かったですか?」
「大丈夫だ、遠慮無くどんどんやってくれ! 次、行くぞ!」
再び飛び立つフィオナ。腰に巻いた糸を解き放つクー。
クーとフィオナは、まるでヨーヨーのごとく近づくパトカーをがしがしと攻撃していった。
●怪盗団・March Hare(三月兎)
小爆発を起こしたりスピンしたりと、仲間の攻撃によって次々とリタイアしていく警官のパトカーたち。
義高はそんな様子をバックミラー越しにながめながら、ラビットナイト(アリス)に呼びかけた。
「おいラビットナイト、そろそろ頃合いだぜ」
「ナビはいいピョン?」
「しばらくはまっすぐだ。相手も勝負をかけてくるっぽい雰囲気だしな。『見せ場』は今だろ」
「HAGEBE! ナイスアイストだピョン!」
ラビットナイトは助手席からするっとルーフへよじ登ると、後続のパトカーたちめがけてトランプカードをばらまいた。
どこからともなく取り出したステッキを振りかざし、激しいスパークを起こす。
「なんだァ!?」
「教えてやるピョン!」
ポーズをとるラビットナイト。
そのそばで身を屈めるクーと、糸の操作で戻ってきて着地するフィオナ。
後ろで背筋を伸ばす逝。
同じくルーフに乗って拳銃を天空に向ける頼蔵。
そして運転席から腕を出し、親指を立てる義高。
「宝とは魅惑に満ち溢れし心を狂わせる物、果たして狂っているのは祀り上げる人か盗む三月兎か? 我ら――」
スパークが逆光となり、六人のシルエットを夜の街に浮かび上がらせる。
「怪盗団『March Hare(三月兎)』!」
「三月兎……怪盗団だと!?」
「以後お見知りおきを」
深く頭を垂れるクー。
ナナハン刑事は手錠をぎゅっと握りしめた。
「各員、車体を直接叩き付けてでも足を止めろ!」
「「了解!」」
パトカーたちが速度をあげてくる。
といっても残っているのはナナハン刑事のパトカーと、ぼろぼろになったもう一台だけだ。
義高のドライビングテクニックとラビットナイトのナビゲーションによってかなりの割合で相手をふりきっているからだ。
「この!」
真横につけてきた車が、勢いよく車体を叩き付けにかか――ろうとした瞬間、義高は素早くハンドルをきった。
まるでパンチをバックスウェーでかわすボクサーのごとく、相手の体当たりを回避したのだ。
「とにかくつかまるわけにゃあいかん。家庭もあるもんでな」
「いい腕さね。ほいっと」
逝は体当たりを失敗してバランスを崩したパトカーに飛び乗ると、ルーフの上で器用にバランスをとってみせた。
半狂乱になって車内から警官が銃撃してくるが、まるでタップダンスでも踊るように弾を回避していく。
そして、ルーフカバーを切りつけ、おおきく跳ね上げた。
視界をふさがれて急ブレーキをふむパトカー。
と同時にルーフから飛ぶ逝。
狙いは――。
「逃げ切れると思うなよ三月兎ィ!」
パトカーのルーフにとびのったナナハン刑事だ。
「逮捕だァ!」
ナナハン跳躍。
逝跳躍。
二人は交差し、破れたのはなんと逝の方だった。
戦闘による拮抗ではない。ナナハンが接触の瞬間に彼を掴んで放り投げたのだ。
とはいえそういった技術に長けているであろう逝を空中で投げ飛ばすとは、よほどの腕前とみるべきだろう。
義高車のルーフに飛び乗るナナハン刑事。
「フフフ、ついに追いついたぞ!」
フィオナ、クー、頼蔵がそれぞれ身構える。
ナナハン刑事は手錠をヌンチャクのように翳した。
「今更争っても無駄だ。警官たちが身を挺して取り押さえればこの人数ならば――」
「なるほど。いいことを聞いた」
頼蔵は刀に手をかけ、ナナハン刑事へ突撃――と見せかけてその横をすりぬけてジャンプ。
一度だけこちらに向き直って、こう言った。
「諸君、おさらば。健闘を祈る」
頼蔵はそのまま空中でムーンサルト回転。
ナナハン刑事がさっきまで乗っていたパトカーのルーフに着地すると、片側のタイヤだけを正確に拳銃で撃ち抜いた。
「うわわっ!?」
運転手が混乱し、激しくスピンし始めるパトカー。
バックミラー越しに見ていた義高は思わず名前を叫びそうになって口を押さえた。
「おい!? あいつ……身を挺して俺たちを守ったのか!」
「あいつなかなかやるピョン。男だピョン」
さらっと助手席に戻ってきてナビゲーションを続けるラビットナイト。
一方でルーフの上は戦場と化していた。
フィオナの斬撃をかがんでよけるナナハン刑事に、クーが素早く投げ技をしかける。
足が浮かないようにがしりと固定し、つかみ合いの状態に持ち込むナナハン。更に手錠をかけようとした所でクーは素早く離脱した。
「やはり解せん」
「な、なんだ?」
ナナハン刑事は独特の構えをとって、フィオナとクーをにらんだ。
「これほどの戦闘力をもったカクシャが六人も集まって、足のつきやすい宝石泥棒などありえん。銀行強盗のほうがよほど楽だというのに。一体狙いは何だ!」
「教えるわけには」
「いかないんだ!」
突撃を仕掛けるフィオナ。
ナナハンはそれを紙一重で回避。うっかり車外に飛び出したフィオナはそのままフェードアウト。
一方でクーとナナハンは至近距離でのボクシングに発展していた。
互いのパンチをギリギリでかわしながら打ち合う。
が、しかし。
「にゅおおお……!」
車の横を、足から炎の翼をはやし、背中からは光のマントをひらめかせながら走るフィオナがいた。
その存在に気づき、目を剥くナナハン。
「なんだと! 車に追いつけるはずが――はっ、糸か!」
「ご名答」
素早く糸を引っ張るクー。
車体を駆け上がったフィオナはナナハンを思い切り殴りつけ、車の外へと放り出した。
宙を舞い、アスファルトの道路に叩き付けられるナナハン刑事。
すぐにむくりと起き上がるが、義高の車は既に追跡不可能な距離まで遠ざかっていた。
「怪盗団『三月兎』、か……これは、長い日本滞在になりそうだ」
「警部!」
チャリンコで追いかけてきた警官たちが、ナナハンの前で止まった。彼の様子を見て苦々しい顔をする。
「逃げられましたか。こうなれば指名手配を!」
「いや、いい」
「……警部?」
ナナハン刑事はあごひげをさすり、深く思案顔をした。
「やつめ、さてはなにか大きなことを企んでいるな? しばらくは泳がせる。殺人事件に発展したらワシに知らせろ」
「は、はあ……」
言っている意味がわからないという顔の警官たち。
だがナナハンには、ある勘がはたらいていた。
「やつら、ただの泥棒とは限らんぞ」
●ジョン・スミスの依頼
巧妙に変装し、人混みにまぎれて警察の追跡をかわしていた頼蔵は、同じく警察の手から逃げ切ったであろう逝や義高たちとの合流を目指していた。
下手に公衆電話を使うのはさけたい。どこかの商店で電話を借りよう。
そう思って手頃な店を探していると……。
「八重霞頼蔵さんですね」
すぐ近くで声がした。
とっさに振り返り、懐の銃に手を当てる。
が、そこにいたのは一人の老人。ジョン・スミスだった。
「あなたか。驚かせないでくれ」
「はは、すみません。見事な変装だったもので、つい……」
ジョンはおっとりと笑うと、そばのブックカフェを指さした。
「よい隠れ家があるんです。よかったら、ご一緒にいかがですか?」
ジョンと共に入っていたのはブックカフェ。いわゆるカフェと図書館が一緒になったような店で、本棚が複雑に並ぶ構造とレトロモダンな雰囲気がどこか現実離れした気持ちにさせてくれる。
店の奥へ奥へ、更に厨房を抜けて更に奥へ入った所に、店の雰囲気そのままの広めの個室が存在していた。
「どうぞ?」
「……」
中へ通される頼蔵。
するとそこには、義高やラビットナイト、フィオナやクー、逝たちがそろっていた。
これはペースに乗せられてしまったなと苦笑する頼蔵を、ジョンはソファへと案内した。
自らもソファに座り、ブランデーの瓶を開ける。
「皆さんは、怪盗団を名乗ることにしたそうですね」
「ええ。三月兎と……」
「ではそんな皆さんに、改めてお仕事を依頼いたしましょう」
「俺たちに? そいつは……」
「ええ、ある怪盗団より先に、あるお宝を盗み出して頂きたいのです」
ブランデーが、グラスになみなみと注がれていく。
八重霞 頼蔵(CL2000693)はネクタイを締め直し、革張りのシートによりかかった。
「盗みの次はカーチェイスとは、追跡をうけた時点で盗人としては半人前なのだろうが……熟達していなくて当然。はっはっは」
「わらいごとじゃないぞ! つかまったら、つかまるんだぞ!」
『怪盗騎士ガーウェイン』天堂・フィオナ(CL2001421)が目をぐるぐるさせながら意味の分からないことを言っていた。
「なに、捕まるつもりはないよ。だろう?」
「アハハ! 合流したと思ったら随分な状況だなあ」
いち早くルーフにかがんでいた緒形 逝(CL2000156)が後続の車たちを眺めた。
まだ距離はあるとはいえ、戦闘圏内に入るのも時間の問題だった。
ルーフをこんこんと叩いて知らせる逝。
「もうすぐバトルだぞう」
「そのようだ……」
『花屋の装甲擲弾兵』田場 義高(CL2001151)は頭をぐいっとなで上げ、バックミラーに目をやった。
車はランドクルーザー。トヨタ車のニューモデルを改造したものだ。
速度も頑丈さも、ついでに振動対策もばっちりのスグレモノである。
だが安心とはいいがたい。バックミラー越しに映るぎらりとした気配に、義高の背筋に冷たいものが走った。
「ナナハン刑事か。蛇や狼のようなしつこさとスッポンのような執念をもつ凄腕らしいな」
「先代も言っていました」
ルーフに自分の身体を固定するように糸を巻き付けると、『Queue』クー・ルルーヴ(CL2000403)は静かに呟いた。
「経験に基づく勘は恐ろしいもの。理論ではなく経験から見抜いてくる。……苦手なタイプですね。顔を覚えられたくはないものです。しつこそうですしね」
そう言って仮面をつけるクー。
「しつこすぎるピョン!」
『怪盗ラビットナイト』稲葉 アリス(CL2000100)が助手席の窓から顔をだして、拡声器ごしに叫んだ。
「ナナハンのとっつぁんおじ様! 宝物返したのについてくるなピョン! そんな時間があるなら巨悪を倒してくるピョン!」
「そう思うならとっととお縄につけ! 逮捕だァ!」
●ドライブアンドアライブ
食い逃げでも国外逃亡でもカーチェイスでも基本は同じ。
囲まれないこと。
途中で事故をおこさないこと。
追いついてくる前にできるだけふるい落とすこと。
「俺もドライビングにゃ自信があるんだよ!」
義高は緩急をつけた絶妙なカーブで細い路地に入ると、急速なカーブでもって私有地の庭を突っ切った。
後ろで塀にぶつかって止まるパトカー。その後続までもがつっかえる状態に、義高は不敵に笑った。
「この先は!?」
「右いって右いって更に右ピョン!」
「なるほど……って回るのか!?」
助手席で地図を片手に周囲をぐるりと見回すラビットナイト(アリス)。
「微妙な細道あるピョン。今ねじ込めば数台巻き込んで止められるピョン!」
周辺地図を完璧に頭に叩き込んだ上で、透視能力で大体のパトカーの位置を把握しているのだ。
大通りに出るまではこれでかなりの割合を足止めできるだろう。
問題とすべきは、それでも執念深く追いかけてくるパトカーだ。
「地元警察をごまかせても、ワシの目を誤魔化そうたってそうはいかんぞ!」
大通りに出た所で、先回りしていたナナハン刑事の車とプラス一台が後ろにつけてきた。
助手席から身を乗り出し、銃を向けてくるナナハン刑事。
狙いはルーフに立ち上がる逝だ。
「……」
三連発砲。
逝は身を固め、刀を右へ左へ振り込むことで弾丸を打ち弾いた。
三発目が防御をすり抜け、肩へと命中する。
「おっと」
受けてみて気づいたが、ナナハン刑事は致命傷になりそうな箇所をわざとさけて射撃していた。正確な射撃能力で、なおかつ目標箇所が絞られるとなると、こちらはかなり防ぎやすくなる。
相手にとっては不利なはずだが、そこは職業柄といったところか。たとえ不利でも、守らねばならないものがあるのだ。
面倒なのはむしろ、ナナハン刑事ほどの腕が無い普通の警官だ。
自動車の横ぎりぎりに並び、支給されている拳銃を乱射してくる。
逝はそれを数発はじき飛ばし、残り数発を素手でキャッチ。チップ状に握りつぶして放り投げた。
「くそっ!」
警官たちが自棄になって銃を乱射していた。
全ての警察がそうというわけではないが、基本的に警察官に上等な装備は支給されない。それは彼らの仕事が捜査と逮捕にあって、武装した人間の殺害ではないからだ。あやしい人間を片っ端から撃ち殺しては国家が崩壊してしまう。それは警察が違法装備で固めた憤怒者に後れを取るりゆうの一つでもある……のだが。
こういう緊迫した状況ではなりふり構っていられない者も出てくるのだ。
「乗っている奴を撃て! どうにかなるはずだ! 横につけろ!」
「やあ」
横につけようと車を寄せた所で、窓ガラスが開いた。
頼蔵が手を翳し、手品のように拳銃を取り出すと警官たちへ発砲。
「うわあっ、撃たれた!」
慌ててハンドルをきる運転手。しかし、パトカーは煙をふいてガードレールにぶつかっただけで、乗組員は誰も怪我をしていなかった。
「な、なんだ? 俺たちじゃなくて……車体を攻撃したのか?」
「むう」
頼蔵の攻撃とリタイアしたパトカーを横目に、射撃を続けるナナハン刑事。
一方の頼蔵は窓から身を乗り出し、ナナハン刑事の車めがけて的確に発砲してくる。
「ええい、応援はまだなのか!」
「そろそろ――あ、来ました!」
大通りの途中で数台のパトカーが合流してきた。
予め呼んで置いた応援チームだ。
無線機でもあれば、巨大な一つの生物のごとく車を取り囲むことができたのかもしれないが、今は五台ほど追加するのが精一杯だ。
ナナハン刑事の車を追い抜いて、五台が先行して義高たちの車に追いつこうとスピードをあげる。
「予備として持ってきた武器ですが……」
クーはスリングショットを取り出すと、パチンコ玉を次々に発射。まるで拳銃の弾のごとく車のヘッドカバーやボンネットカバーを破壊していく。
「案外、取り回しはいいですね」
車体を破壊されながらも、スピードをぐいぐい上げて近づいてくるパトカー。
窓からぐいぐいとよじ登ったフィオナが、剣を手に体勢を整えた。
フィオナを中心に優しい光が解き放たれ、螺旋状に立ち上っていく。
「車に飛び乗って攻撃するぞ。クー!」
「いつでも――」
ルーフから大胆に跳躍するフィオナ。
まさか直接飛びかかってくるとは思わなかった警官たちはあわをくって身を縮めた。
一方のフィオナはボンネットに着地。剣を逆手に、そして高らかに振り上げると、強引に自動車の重要な機械部分を破壊していった。
小爆発をおこし、ボンネットを跳ね上げてスピンするパトカー。
フィオナは一緒に吹き飛ばされたのかと思いきや、腰に巻き付いた糸によって義高車のルーフへと戻されていた。
淡い笑みを浮かべるクー。
「痛くは無かったですか?」
「大丈夫だ、遠慮無くどんどんやってくれ! 次、行くぞ!」
再び飛び立つフィオナ。腰に巻いた糸を解き放つクー。
クーとフィオナは、まるでヨーヨーのごとく近づくパトカーをがしがしと攻撃していった。
●怪盗団・March Hare(三月兎)
小爆発を起こしたりスピンしたりと、仲間の攻撃によって次々とリタイアしていく警官のパトカーたち。
義高はそんな様子をバックミラー越しにながめながら、ラビットナイト(アリス)に呼びかけた。
「おいラビットナイト、そろそろ頃合いだぜ」
「ナビはいいピョン?」
「しばらくはまっすぐだ。相手も勝負をかけてくるっぽい雰囲気だしな。『見せ場』は今だろ」
「HAGEBE! ナイスアイストだピョン!」
ラビットナイトは助手席からするっとルーフへよじ登ると、後続のパトカーたちめがけてトランプカードをばらまいた。
どこからともなく取り出したステッキを振りかざし、激しいスパークを起こす。
「なんだァ!?」
「教えてやるピョン!」
ポーズをとるラビットナイト。
そのそばで身を屈めるクーと、糸の操作で戻ってきて着地するフィオナ。
後ろで背筋を伸ばす逝。
同じくルーフに乗って拳銃を天空に向ける頼蔵。
そして運転席から腕を出し、親指を立てる義高。
「宝とは魅惑に満ち溢れし心を狂わせる物、果たして狂っているのは祀り上げる人か盗む三月兎か? 我ら――」
スパークが逆光となり、六人のシルエットを夜の街に浮かび上がらせる。
「怪盗団『March Hare(三月兎)』!」
「三月兎……怪盗団だと!?」
「以後お見知りおきを」
深く頭を垂れるクー。
ナナハン刑事は手錠をぎゅっと握りしめた。
「各員、車体を直接叩き付けてでも足を止めろ!」
「「了解!」」
パトカーたちが速度をあげてくる。
といっても残っているのはナナハン刑事のパトカーと、ぼろぼろになったもう一台だけだ。
義高のドライビングテクニックとラビットナイトのナビゲーションによってかなりの割合で相手をふりきっているからだ。
「この!」
真横につけてきた車が、勢いよく車体を叩き付けにかか――ろうとした瞬間、義高は素早くハンドルをきった。
まるでパンチをバックスウェーでかわすボクサーのごとく、相手の体当たりを回避したのだ。
「とにかくつかまるわけにゃあいかん。家庭もあるもんでな」
「いい腕さね。ほいっと」
逝は体当たりを失敗してバランスを崩したパトカーに飛び乗ると、ルーフの上で器用にバランスをとってみせた。
半狂乱になって車内から警官が銃撃してくるが、まるでタップダンスでも踊るように弾を回避していく。
そして、ルーフカバーを切りつけ、おおきく跳ね上げた。
視界をふさがれて急ブレーキをふむパトカー。
と同時にルーフから飛ぶ逝。
狙いは――。
「逃げ切れると思うなよ三月兎ィ!」
パトカーのルーフにとびのったナナハン刑事だ。
「逮捕だァ!」
ナナハン跳躍。
逝跳躍。
二人は交差し、破れたのはなんと逝の方だった。
戦闘による拮抗ではない。ナナハンが接触の瞬間に彼を掴んで放り投げたのだ。
とはいえそういった技術に長けているであろう逝を空中で投げ飛ばすとは、よほどの腕前とみるべきだろう。
義高車のルーフに飛び乗るナナハン刑事。
「フフフ、ついに追いついたぞ!」
フィオナ、クー、頼蔵がそれぞれ身構える。
ナナハン刑事は手錠をヌンチャクのように翳した。
「今更争っても無駄だ。警官たちが身を挺して取り押さえればこの人数ならば――」
「なるほど。いいことを聞いた」
頼蔵は刀に手をかけ、ナナハン刑事へ突撃――と見せかけてその横をすりぬけてジャンプ。
一度だけこちらに向き直って、こう言った。
「諸君、おさらば。健闘を祈る」
頼蔵はそのまま空中でムーンサルト回転。
ナナハン刑事がさっきまで乗っていたパトカーのルーフに着地すると、片側のタイヤだけを正確に拳銃で撃ち抜いた。
「うわわっ!?」
運転手が混乱し、激しくスピンし始めるパトカー。
バックミラー越しに見ていた義高は思わず名前を叫びそうになって口を押さえた。
「おい!? あいつ……身を挺して俺たちを守ったのか!」
「あいつなかなかやるピョン。男だピョン」
さらっと助手席に戻ってきてナビゲーションを続けるラビットナイト。
一方でルーフの上は戦場と化していた。
フィオナの斬撃をかがんでよけるナナハン刑事に、クーが素早く投げ技をしかける。
足が浮かないようにがしりと固定し、つかみ合いの状態に持ち込むナナハン。更に手錠をかけようとした所でクーは素早く離脱した。
「やはり解せん」
「な、なんだ?」
ナナハン刑事は独特の構えをとって、フィオナとクーをにらんだ。
「これほどの戦闘力をもったカクシャが六人も集まって、足のつきやすい宝石泥棒などありえん。銀行強盗のほうがよほど楽だというのに。一体狙いは何だ!」
「教えるわけには」
「いかないんだ!」
突撃を仕掛けるフィオナ。
ナナハンはそれを紙一重で回避。うっかり車外に飛び出したフィオナはそのままフェードアウト。
一方でクーとナナハンは至近距離でのボクシングに発展していた。
互いのパンチをギリギリでかわしながら打ち合う。
が、しかし。
「にゅおおお……!」
車の横を、足から炎の翼をはやし、背中からは光のマントをひらめかせながら走るフィオナがいた。
その存在に気づき、目を剥くナナハン。
「なんだと! 車に追いつけるはずが――はっ、糸か!」
「ご名答」
素早く糸を引っ張るクー。
車体を駆け上がったフィオナはナナハンを思い切り殴りつけ、車の外へと放り出した。
宙を舞い、アスファルトの道路に叩き付けられるナナハン刑事。
すぐにむくりと起き上がるが、義高の車は既に追跡不可能な距離まで遠ざかっていた。
「怪盗団『三月兎』、か……これは、長い日本滞在になりそうだ」
「警部!」
チャリンコで追いかけてきた警官たちが、ナナハンの前で止まった。彼の様子を見て苦々しい顔をする。
「逃げられましたか。こうなれば指名手配を!」
「いや、いい」
「……警部?」
ナナハン刑事はあごひげをさすり、深く思案顔をした。
「やつめ、さてはなにか大きなことを企んでいるな? しばらくは泳がせる。殺人事件に発展したらワシに知らせろ」
「は、はあ……」
言っている意味がわからないという顔の警官たち。
だがナナハンには、ある勘がはたらいていた。
「やつら、ただの泥棒とは限らんぞ」
●ジョン・スミスの依頼
巧妙に変装し、人混みにまぎれて警察の追跡をかわしていた頼蔵は、同じく警察の手から逃げ切ったであろう逝や義高たちとの合流を目指していた。
下手に公衆電話を使うのはさけたい。どこかの商店で電話を借りよう。
そう思って手頃な店を探していると……。
「八重霞頼蔵さんですね」
すぐ近くで声がした。
とっさに振り返り、懐の銃に手を当てる。
が、そこにいたのは一人の老人。ジョン・スミスだった。
「あなたか。驚かせないでくれ」
「はは、すみません。見事な変装だったもので、つい……」
ジョンはおっとりと笑うと、そばのブックカフェを指さした。
「よい隠れ家があるんです。よかったら、ご一緒にいかがですか?」
ジョンと共に入っていたのはブックカフェ。いわゆるカフェと図書館が一緒になったような店で、本棚が複雑に並ぶ構造とレトロモダンな雰囲気がどこか現実離れした気持ちにさせてくれる。
店の奥へ奥へ、更に厨房を抜けて更に奥へ入った所に、店の雰囲気そのままの広めの個室が存在していた。
「どうぞ?」
「……」
中へ通される頼蔵。
するとそこには、義高やラビットナイト、フィオナやクー、逝たちがそろっていた。
これはペースに乗せられてしまったなと苦笑する頼蔵を、ジョンはソファへと案内した。
自らもソファに座り、ブランデーの瓶を開ける。
「皆さんは、怪盗団を名乗ることにしたそうですね」
「ええ。三月兎と……」
「ではそんな皆さんに、改めてお仕事を依頼いたしましょう」
「俺たちに? そいつは……」
「ええ、ある怪盗団より先に、あるお宝を盗み出して頂きたいのです」
ブランデーが、グラスになみなみと注がれていく。

■あとがき■
お疲れ様でした。
怪盗団『三月兎』はファイヴから選ばれた六人の覚者怪盗の総称として今後シリーズ内で広く使われることになります。
メンバーの途中交代などはできるようになっています。
怪盗団『三月兎』はファイヴから選ばれた六人の覚者怪盗の総称として今後シリーズ内で広く使われることになります。
メンバーの途中交代などはできるようになっています。
