そこに君が居るから
●佇む美女
晴天。日差しが焼け付くほど痛い。
砂浜に置いては、服を着ている方が正解のようにさえ思える。
一面綺麗な水色の空と気持ちばかりの雲。
そこに丸くて白い暑さの元凶が何時まで経っても顔を引っ込めない。もう見飽きた。
だから今日は友人達を送るだけ送って、一人だけ車の中に居る事にした。
何、この中からでも外の様子はうかがえる。それだけで充分だ。
それにしても、あまり人気の無い海水浴場を選んだのは正解だったと思う。
砂浜で五人共遊んでいてまだスペースが有り余っている。
他の客は……まぁぼちぼちか。
家族連れより、カップルが多い。
お盆も過ぎたし、そんなものだろう。
車の中に残った男は、その中に一人逸れた所に立っている女性を見た。
海の浅瀬の所に立った彼女は黒い髪に白のワンピース。頭に被っているのは麦わら帽子……それも白い。
……誰も気付いてないのか?
その女性を凝視する内、男はそう思った。
確かに少し離れているが、あんなに華奢で、儚げで、そして美しい……。
意識もはっきりしないまま、男は熱い砂浜の上に足を踏み入れていた。
「おい! おい……って! クッソ何だコイツ、ビクともしねぇ!!」
男に計十本の腕が絡まる。
突然男が車から出て来たかと思えば、ふらふらした足取りで海へ入って行く。
原因は分かりきってる。
あの海の中に立っている女だ。
あれを目指して男は突き進んでいるのだ。
女はこちらに危害を加えて来る素振りは無い。
だが、奴の両の足元から湧き出る様に生えている青白い腕。
もし、この男がこのままあそこまで辿り着いたら……。
そう思うと、掴んでいる友人の一人はゾッとした。
だが、五人がかりで掴んでいるのに一向に引き戻せる気がしない。
それどころか、少しずつ海へ入ってしまっている。
このままでは全員引きずり込まれるのは目に見えた。
もう一度、距離を測る為にその女を見る。それが間違いだった。
「あ……?」
女の顔を見た途端、不思議と力が抜けて行く。
いや、逆だ。
自分が、男を押しているのだ。
五人の内、三人居た男は皆、女を凝視している。
「ちょ……!」
残った女性二人の力では、到底踏ん張れない。
そして。
踏み出した男の身体から、皆の手が引き剥がされた。
●
「妖だ。場所は海水浴場……男女含めた若い奴らが犠牲になるかもしれねぇ」
久方 相馬(nCL2000004)はそう言って説明を始める。
正確には三体の妖だ。
海の上に立ったそいつらが、犠牲者を海の中に引きずり込むらしい。
「男が急にそこへ向かい出したのも妙だけど、五人がかりで引き留められないのは流石におかしいぜ」
相馬によると、引き寄せられた男は別段体格が良い訳ではなかった。
身体を鍛えている節も無かったし、いわば普通の人間、といったところだ。
そうなったのは、妖が男共に何かしたのが原因なのかもしれない。
「戦う際には充分注意してくれ。男が妖の元まで辿り着いたら……」
そのまま引き込まれて終わりだろうな。
相馬は頭を振った。
「現れてからじゃないと倒せないから、皆はどうにかして男を止めてくれよ」
無事遊べる場所に戻してくれ。
覚者達へそう言って、相馬は息を吐いた。
晴天。日差しが焼け付くほど痛い。
砂浜に置いては、服を着ている方が正解のようにさえ思える。
一面綺麗な水色の空と気持ちばかりの雲。
そこに丸くて白い暑さの元凶が何時まで経っても顔を引っ込めない。もう見飽きた。
だから今日は友人達を送るだけ送って、一人だけ車の中に居る事にした。
何、この中からでも外の様子はうかがえる。それだけで充分だ。
それにしても、あまり人気の無い海水浴場を選んだのは正解だったと思う。
砂浜で五人共遊んでいてまだスペースが有り余っている。
他の客は……まぁぼちぼちか。
家族連れより、カップルが多い。
お盆も過ぎたし、そんなものだろう。
車の中に残った男は、その中に一人逸れた所に立っている女性を見た。
海の浅瀬の所に立った彼女は黒い髪に白のワンピース。頭に被っているのは麦わら帽子……それも白い。
……誰も気付いてないのか?
その女性を凝視する内、男はそう思った。
確かに少し離れているが、あんなに華奢で、儚げで、そして美しい……。
意識もはっきりしないまま、男は熱い砂浜の上に足を踏み入れていた。
「おい! おい……って! クッソ何だコイツ、ビクともしねぇ!!」
男に計十本の腕が絡まる。
突然男が車から出て来たかと思えば、ふらふらした足取りで海へ入って行く。
原因は分かりきってる。
あの海の中に立っている女だ。
あれを目指して男は突き進んでいるのだ。
女はこちらに危害を加えて来る素振りは無い。
だが、奴の両の足元から湧き出る様に生えている青白い腕。
もし、この男がこのままあそこまで辿り着いたら……。
そう思うと、掴んでいる友人の一人はゾッとした。
だが、五人がかりで掴んでいるのに一向に引き戻せる気がしない。
それどころか、少しずつ海へ入ってしまっている。
このままでは全員引きずり込まれるのは目に見えた。
もう一度、距離を測る為にその女を見る。それが間違いだった。
「あ……?」
女の顔を見た途端、不思議と力が抜けて行く。
いや、逆だ。
自分が、男を押しているのだ。
五人の内、三人居た男は皆、女を凝視している。
「ちょ……!」
残った女性二人の力では、到底踏ん張れない。
そして。
踏み出した男の身体から、皆の手が引き剥がされた。
●
「妖だ。場所は海水浴場……男女含めた若い奴らが犠牲になるかもしれねぇ」
久方 相馬(nCL2000004)はそう言って説明を始める。
正確には三体の妖だ。
海の上に立ったそいつらが、犠牲者を海の中に引きずり込むらしい。
「男が急にそこへ向かい出したのも妙だけど、五人がかりで引き留められないのは流石におかしいぜ」
相馬によると、引き寄せられた男は別段体格が良い訳ではなかった。
身体を鍛えている節も無かったし、いわば普通の人間、といったところだ。
そうなったのは、妖が男共に何かしたのが原因なのかもしれない。
「戦う際には充分注意してくれ。男が妖の元まで辿り着いたら……」
そのまま引き込まれて終わりだろうな。
相馬は頭を振った。
「現れてからじゃないと倒せないから、皆はどうにかして男を止めてくれよ」
無事遊べる場所に戻してくれ。
覚者達へそう言って、相馬は息を吐いた。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.妖、計三体の退治
2.男を妖に近寄らせない
3.男女計六名の保護
2.男を妖に近寄らせない
3.男女計六名の保護
今回は海岸の妖。
溺れないようにご注意を。宜しくお願いします。
●敵情報
・黒髪の亡霊
……心霊系。ランク2。
海の浅瀬に立ち、男性を中心に魅了して海へ引きずり込もうとする。
見た目は白いワンピースに華奢な体型、白の麦わら帽子を被って表情は良く見えない。
NPCの男を誘引するため動く事は無いが、回避や防御は行う。
・スキル
水泡
……近単。海の水から人一人を飲み込める水の泡を作り出し、対象一体を溺れさせる。
水薙ぎ
……列貫通2[90%,60%]
空間から複数の渦巻く水を放つ。
水の先端が尖っており、列に存在する相手を刺突する。
黄泉への誘い
……遠単
対象一体を誘惑し、『魅了』にさせる。
性別が男性の覚者が存在する場合、このスキルは男性を優先して使う。
男性が居らず、『女性』『不明』のみの場合は女性、不明の順で優先される。
・黄泉の手
女亡霊の左右から浮き出る青白い腕だけの妖。
ランク1。
特殊な行動は行わず、動かない。近づくと殴打される。
●場所、状況
昼間の海岸。
砂浜で一人の男を五人が引き留めているのが目に入る。
まだ力づくで引き留められているが、到着から戦闘に入るまでの時間を計算しても、戦闘が始まってからもって3ターンといったところ。
男は状況に関わらず妖の元へ向かおうとし、妖の元まで辿り着いたら助ける事は出来ないだろう。
全員の状態は六人が海の波打ち際に居る状態。その前方に黒髪の亡霊と黄泉の手(x2)、計三体の妖がいる。
1ターンごとに男は海へと近づいていく。
尚、男に対して物理的な行動は取れる。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2016年09月19日
2016年09月19日
■メイン参加者 6人■

●誘惑の瞳と応えぬ背中
「時は一刻を争うってやつだな。とにかく……」
言葉通りに、到着直後に海の広がる砂浜の手前、海岸の堤防を踏み切り、『守人刀』獅子王 飛馬(CL2001466)は跳躍した。
思ったよりは広い砂浜だ。だからこそ、そこで揉めている五人の若者達の塊は目立った。
「まずはあのにーちゃんたちが水に入っちまうのを止めねーと」
彼の言う通り、現場の状態は深刻。
到着すればほとんど打ち合わせ無しに、事を運ばなければならないだろう。
飛馬の目標とするは五人の男女、ではなく、その先の妖。
(亡霊タイプの妖……今回は完全に悪、ですね)
飛馬に続いて、『天剣の巫女』宮川・エミリ(CL2000045)も相手を見据えて日に焼けた砂浜を蹴り上げて駆ける。
「これならば、遠慮なく斬ることが可能、です……」
「油断せずに戦おう」
やや後ろでは斎 義弘(CL2001487)がエミリの意気を汲み取ってかそう呼び掛ける。
彼の足元には既に靴は見えない。いつでも戦闘に臨める、といったところか。
だが、そこに到達するまでには目の前のように見えて距離が有る。
若者たちは何とか、僅かながらに健闘はしているようだ。
そこから聞こえる声は誰の耳にもハッキリと届いた。
「おい! おい……って!」
持ち堪えて一分……彼らの様子を見るに時計の秒針が一周する余裕は無さそうだ。
「クッソ何だコイツ、ビクともしねぇ!!」
徐々に、足元の砂が海の方へ線を付けて行く。
力の抜けたように足を引き摺ってはいるが、男に止まる気配は無い。
『躊躇する』といった理性の一切を捨て、その分を前進する力に加える。男の足に筋だった血管が浮かんでいるのもそう思わせた。
兎に角、止まっている時間は無い。
急ぐ飛馬達の両脇を影の風が横切る。
その影達は一気に目の前に躍り出ると、一度互いの位置を交錯しながら砂に軌跡を付け、上空からは黒い翼が後を追って飛来する。
「あ……?」
男を掴む友人の一人が一粒の声を上げた。
それは諦めと抵抗の、前者が勝ってしまった瞬間。
誘惑と狂気の対面。そこに第三者の立ち入る隙間は無く。
悲しいかな、どう足掻いても絶望の一歩を後押ししてしまった、その瞬間。
小さな孤を描いて妖と一般人の間に先程の影が割り込んだ。
砂煙が舞う。
その影、『フローズン大斬り』渡慶次・駆(CL2000350)は妖に身体を向けつつも横目で彼らに呼び掛ける。
「妖退治に来た、そいつは自分らに任せて逃げろ」
一瞬にして視界が途切れた為か、言葉の出ない彼らへ再度顔を向け、一呼吸の間に出来るだけの状況を再確認する。
上空からは五人の一般人へと迫った翼の主、『願いの翼』天野 澄香(CL2000194)が駆の言葉を補足するように続けた。
「救助に来ました」
「ア、アンタ達は……」
安心感の所為か力を抜かしてしまう友人達。束縛から解放された、男の身体が歩みを強め出した。
友人の一人が質問を言い切る前に、駆の瞳が鋭く光る。
「おらッ!!」
体当たり、仕掛けた先は男。
割とあったり地面へ打ち倒された。反動で、すぐ後ろに居た友人達の何人かも一緒に倒れ込んだが。
『戦場を舞う猫』鳴海 蕾花(CL2001006)がそこへ追いつくと、友人達は砂を身体にへばりつけながら立ち上がる。
「F.i.V.E.だ。あの男はあたしらで助けるから先に避難しな」
隙を見せずに構えながらも蕾花は告げる。
彼女の言葉と振る舞いに安堵を覚えたか、友人達は驚きと嬉しさの混じり合った、複雑な感情を浮かべながら脱力した。
助かった……のか……。
短い間に色々有り過ぎた。彼らに取っては、未だ同じ夢を視ているかの様な現実離れしたような記憶。
忘れてはいけない。自分達が居る世界の敵。それを忘れてしまったなら、誰だって危険に晒されるだろう。
そしてその敵が目の前にいる以上、未だ予断を許していない事も。
友人達の頭上から黒い翼が舞い降りる。
ふわりと辺りの砂が散ると、澄香は彼らに素早く伝達した。
「妖を見ないようにしてここから離れて下さい」
何の事だか今一つ理解出来なかったが、友人達もすぐに納得出来た事は有る。
今すぐ、この場から離れなければ。
澄香の言う通りに、彼らは背を向けて走り出す。
その時、駆の背後で不穏な視線を感じた。
●
飛馬、義弘、エミリが逃げ行こうとする一般人達を目の前にしたのはその矢先の事だった。
力を使い果たしたのか、一般人達は小走りにも程遠い速度だったが。
直後、亡霊の視線が駆を捉えた。
一瞬、妖と駆の間に紫の様な空気が流れる。
誰より先に感じ取った蕾花はすぐさま身構えた。が、その視線が効力を発揮する事は無かった。
駆はそのまま男を持ち上げると、彼の友人達の後を追う。
「間に合ったようだな」
「あぁ、何とか」
すれ違い様、駆と義弘が言葉を交わした。
運が良かったと言うべきか。
妖が男だけに視線を向けている間に、砂地側へ押し寄せる為に回り込んで体当たりをする。
そのまま持ち上げて運ぶ。
つまり妖の一番近くに接近し、尚且つ常時背を向けていたその状態が、魅了の視線から逃れたのだ。
という事は。
友人達が一度立ち止まり、背後を振り返ろうとする。
友人の心配も有っただろうが、妖がどうなっているかの心配も有ったのだろう。
「目を見るな、走れ」
砂を蹴る音が減ったのを聞いた蕾花は、それを制止するよう言い放った。
そう、澄香や蕾花の言ったように目を見ないというのも間違っていなかった訳だ。
男を抱え後退する駆の元へ澄香も向かう。
入れ替わりに立ち塞がる三人。
合流直後に動いたのは、蕾花だった。
身体の細胞を活性化させると、後ろで駆が砂地に男を降ろし、その男へと澄香は神秘の力を施す。
「……うぅ……ん?」
光の無かった男の瞳が、生気有るものへと回復していく。
意識を放置していたところから一気に引き戻された。
「俺は……?」
「逃げな」
それだけ言って、駆は再び前を行く。
「ここは大丈夫です」
呆けている男に向かって澄香も安心させるように言うと、駆の後に続いた。
「遠慮はしません」
その間、中衛位置まで出たエミリは水に阻まれる足場も難なく突き進み、相手を横一列に捉えると振り払われた日本刀から気の弾丸を撃ち放つ。
舞い上がる波飛沫。
端の手から逆の手まで、烈風の気弾が三体を一度に襲う。
手前正面で飛馬が砂を土のように纏わせると、そこに揃った義弘も自身の因子で耐性の向上を図った。
対面の亡霊は手を翳し、空中に複数の水場を形成。
空間が、歪む。
するとそこに出現した幾つかの水は、瞬く間に渦となって飛馬、義弘、蕾花、エミリへと牙を向けた。
「む……!」
「精神支配に列貫通か……」
これは、あの男女が居たんじゃ骨が折れそうだったな……。
攻撃に耐えた義弘と飛馬は互いに水を打ち払うと、水の合間から蕾花が飛び出し、弾け飛ぶ水が落ち切る前に苦無を一閃させた。
「一人で水底にいるのは寂しいってか? はっきり言って迷惑だ、失せな」
そこへ舞い戻った駆が浮遊し、同じく砂を岩のように形成して纏わせると、澄香は癒しの香りを辺り一面に振り撒いた。
だが、振り撒かれたのは香りだけでは無い。
エミリが召喚した雷雲からもまた、激しい雷が三体の妖に降り注いだのだ。
飛馬の太刀も亡霊を斬り裂くと、炎を纏わせた義弘のメイスも続け様に叩きつけられた。
激しい猛攻に悶える亡霊。尚も、攻撃の手は続く。
即座に間合いを詰め直し、苦無の柄を回す蕾花は亡霊の隙を見極めると上段、胴切りと十字に線を重ねる。
その蕾花への反撃に亡霊は水の泡を作り出す。が、蕾花は間一髪のところで後退して避け、代わりに両隣で義弘と飛馬が這い出る手からの殴打を受けた。
義弘は盾を、飛馬は刀を器用に用いて攻撃を捌く。
先程の能力向上もあってか、完全に捌き切れはしなかったものの、お陰でだいぶん軽減されただろう。
飛沫と剣閃が混じり合う。
蕾花とエミリ、計四回の斬撃が飛び交うと、間を裂いて駆の鉈も上段から振り下ろされ、懐へ潜り込んだ飛馬が横薙ぎに亡霊を裂いた。
その飛馬の視線と、亡霊の視線が至近距離で合う。
それは、飛馬の直感的で異常な視力だからこそ、そう判断出来た。
自分達の中に男は三人。優先度と距離を照らし合わせても、自分に来る可能性は高い。
だからこそ、彼はその心構えを用意出来たのかもしれない。
目が合った瞬間、その一瞬だけ、飛馬は瞳を閉じた。
再び、亡霊と目が合う。
その時、飛馬は強靭な精神を保ち、その邪悪な誘惑を見つめ返す。
交わり合う、数秒足らずの瞳の攻防。
打ち負けたのは……亡霊の方だ。
屈させる事が出来なかった。
あの少年の、鉄の心は。
覚者達は複数と言えど油断大敵。
しかし、今やその油断が逆に妖へと訪れたその時、炎を付与した義弘のメイスが唸った。
纏った炎が亡霊に移る。
臭いは焼け付くものかと思いきや、それは澄香によって変えられる。
妖達を覆う花の匂い。いや、奴らに取っては臭いか。
その毒素が纏わりつけば、身体の内から毒される。
妖の動きは明らかに鈍った。
目の前で項垂れるように姿勢を曲げているのを見れば、それは確実であった。
そこに、蕾花が飛び込む。
連撃の勢いを終わらせる事無く、一呼吸で亡霊の目の前に迫る。
味方は攻撃直後。前に居るのは亡霊達だけ。
見つけた、機会。
瞬きの合間に、蕾花の苦無は左から右へと駆け抜ける。
一秒の静寂……波打つ浅瀬。
亡霊を差し置き、両隣の黄泉の手が水中へと消え去る。
残る黒髪の亡霊を前に、飛馬はふと何かを想った。
「やっぱ海で事故にあった人間の幽霊だったりするんかな……」
その前で、義弘が添えた手から爆炎が生み出される。
炎に呑まれる亡霊に、飛馬は視線を向けた。
「ワンピースのねーちゃん、って呼び掛けても伝わらないかもしれねーけど」
風が唸るような低い叫び声が空気を伝わる。
決着は目前。だが、例え遅すぎたとしても。
「もうこんなことやめねーか?」
正直、これで止まるなら苦労は無いだろう。
それが故、亡霊の周囲にはまた水の渦が形成されつつある。
今、彼らの目の前に居るのは妖だ。
確かに全ての妖がそうだとは言い切れないかもしれない。
だがこれは、この亡霊は悪なのだ。
「ナウマクサンマンダ・バサラダン・カン!」
飛馬の言葉にも耳を傾けず、死に誘う為に義弘や蕾花、今、掌からの爆発によってまた爆炎を巻き起こす駆へ反撃の準備をする。
もうこの亡霊がどうしようも無い事は、後ろで回復を施す澄香も理解出来たのではないだろうか。
出来る事は、これ以上魅了されて被害が出ないようにする為に。
「その首、貰い受けます」
この場で叩きつぶす事。
エミリの持つ破邪刀が、亡霊の首を滑らかに薙いだ。
声の無い断末魔が亡霊の身を持って表される。
躊躇はしない。
それは、悲しみを増やす理由になるから。
●
「びしょ濡れだ……」
戦闘後に、駆は戦場周辺を探る。
目的は後始末……だが、半実体化の亡霊の名残は、何も無かったと言っても良い。
もしかしたら、水底に以前被害に遭ってしまった者の亡骸が見つかるかもしれないが。
駆より早く砂に上がった蕾花は、離れた場所に先の一般人達と澄香の姿を見つけ呟く。
「こんなご時世にのんびりバーベキューか、気楽なもんだ」
夏休みだからって浮かれすぎだよ、まったく。
と、駆も濡れ切った服の裾を絞りながら浅瀬から戻ってきた。
「何か有ったか?」
「いや、何も。鳴海の言うように、事後処理班に任せた方が良いかもしんねぇな」
それより、と駆は続く。
「こいつを倒しても別の妖が湧いて出ないとは限らん」
ちょっといってくる。と駆はその場を後にした。
「大丈夫でしたか?」
蕾花が見つけた視線の先では、澄香が一般人達へ向けてそう尋ねていた。
「あ、あぁ……大丈夫だよ、有難う」
飛馬と義弘、エミリが手分けして診て回ったが、どうやら外傷をつけられた人間は居ない様だ。
これも、迅速に救助できたお陰だろう。
そこへ、駆がやって来る。
「妖は倒した……が、別の妖が湧いて出ないとは限らん。死にたくなかったら、これ以上は近寄るな」
確かに、命に関わる事は今回の件で充分に確認出来た。
充分すぎる程に。
力無く、頷いて返事する一般人達を見送る為に、澄香は声を掛ける。
「では、お気を付けて……」
そう言うと、彼女は一人黒い翼を羽ばたかせた。
水面に、小さな影が落ちる。
その影を見ながら、澄香は想いを馳せた。
あの亡霊は、海で亡くなった魂の成れの果てなのだろうか。
だから、海の中に引き摺り込もうとしたり、溺れさせようとしたのだろうか。
無念だからといって生者を巻き込むんで良い訳でも無い。
だけど、と澄香は海上に一輪の花を浮かべた。
(亡霊さん、どうか空へ還って下さい)
願わくば、貴女の魂が再び産まれてこれますように……。
「時は一刻を争うってやつだな。とにかく……」
言葉通りに、到着直後に海の広がる砂浜の手前、海岸の堤防を踏み切り、『守人刀』獅子王 飛馬(CL2001466)は跳躍した。
思ったよりは広い砂浜だ。だからこそ、そこで揉めている五人の若者達の塊は目立った。
「まずはあのにーちゃんたちが水に入っちまうのを止めねーと」
彼の言う通り、現場の状態は深刻。
到着すればほとんど打ち合わせ無しに、事を運ばなければならないだろう。
飛馬の目標とするは五人の男女、ではなく、その先の妖。
(亡霊タイプの妖……今回は完全に悪、ですね)
飛馬に続いて、『天剣の巫女』宮川・エミリ(CL2000045)も相手を見据えて日に焼けた砂浜を蹴り上げて駆ける。
「これならば、遠慮なく斬ることが可能、です……」
「油断せずに戦おう」
やや後ろでは斎 義弘(CL2001487)がエミリの意気を汲み取ってかそう呼び掛ける。
彼の足元には既に靴は見えない。いつでも戦闘に臨める、といったところか。
だが、そこに到達するまでには目の前のように見えて距離が有る。
若者たちは何とか、僅かながらに健闘はしているようだ。
そこから聞こえる声は誰の耳にもハッキリと届いた。
「おい! おい……って!」
持ち堪えて一分……彼らの様子を見るに時計の秒針が一周する余裕は無さそうだ。
「クッソ何だコイツ、ビクともしねぇ!!」
徐々に、足元の砂が海の方へ線を付けて行く。
力の抜けたように足を引き摺ってはいるが、男に止まる気配は無い。
『躊躇する』といった理性の一切を捨て、その分を前進する力に加える。男の足に筋だった血管が浮かんでいるのもそう思わせた。
兎に角、止まっている時間は無い。
急ぐ飛馬達の両脇を影の風が横切る。
その影達は一気に目の前に躍り出ると、一度互いの位置を交錯しながら砂に軌跡を付け、上空からは黒い翼が後を追って飛来する。
「あ……?」
男を掴む友人の一人が一粒の声を上げた。
それは諦めと抵抗の、前者が勝ってしまった瞬間。
誘惑と狂気の対面。そこに第三者の立ち入る隙間は無く。
悲しいかな、どう足掻いても絶望の一歩を後押ししてしまった、その瞬間。
小さな孤を描いて妖と一般人の間に先程の影が割り込んだ。
砂煙が舞う。
その影、『フローズン大斬り』渡慶次・駆(CL2000350)は妖に身体を向けつつも横目で彼らに呼び掛ける。
「妖退治に来た、そいつは自分らに任せて逃げろ」
一瞬にして視界が途切れた為か、言葉の出ない彼らへ再度顔を向け、一呼吸の間に出来るだけの状況を再確認する。
上空からは五人の一般人へと迫った翼の主、『願いの翼』天野 澄香(CL2000194)が駆の言葉を補足するように続けた。
「救助に来ました」
「ア、アンタ達は……」
安心感の所為か力を抜かしてしまう友人達。束縛から解放された、男の身体が歩みを強め出した。
友人の一人が質問を言い切る前に、駆の瞳が鋭く光る。
「おらッ!!」
体当たり、仕掛けた先は男。
割とあったり地面へ打ち倒された。反動で、すぐ後ろに居た友人達の何人かも一緒に倒れ込んだが。
『戦場を舞う猫』鳴海 蕾花(CL2001006)がそこへ追いつくと、友人達は砂を身体にへばりつけながら立ち上がる。
「F.i.V.E.だ。あの男はあたしらで助けるから先に避難しな」
隙を見せずに構えながらも蕾花は告げる。
彼女の言葉と振る舞いに安堵を覚えたか、友人達は驚きと嬉しさの混じり合った、複雑な感情を浮かべながら脱力した。
助かった……のか……。
短い間に色々有り過ぎた。彼らに取っては、未だ同じ夢を視ているかの様な現実離れしたような記憶。
忘れてはいけない。自分達が居る世界の敵。それを忘れてしまったなら、誰だって危険に晒されるだろう。
そしてその敵が目の前にいる以上、未だ予断を許していない事も。
友人達の頭上から黒い翼が舞い降りる。
ふわりと辺りの砂が散ると、澄香は彼らに素早く伝達した。
「妖を見ないようにしてここから離れて下さい」
何の事だか今一つ理解出来なかったが、友人達もすぐに納得出来た事は有る。
今すぐ、この場から離れなければ。
澄香の言う通りに、彼らは背を向けて走り出す。
その時、駆の背後で不穏な視線を感じた。
●
飛馬、義弘、エミリが逃げ行こうとする一般人達を目の前にしたのはその矢先の事だった。
力を使い果たしたのか、一般人達は小走りにも程遠い速度だったが。
直後、亡霊の視線が駆を捉えた。
一瞬、妖と駆の間に紫の様な空気が流れる。
誰より先に感じ取った蕾花はすぐさま身構えた。が、その視線が効力を発揮する事は無かった。
駆はそのまま男を持ち上げると、彼の友人達の後を追う。
「間に合ったようだな」
「あぁ、何とか」
すれ違い様、駆と義弘が言葉を交わした。
運が良かったと言うべきか。
妖が男だけに視線を向けている間に、砂地側へ押し寄せる為に回り込んで体当たりをする。
そのまま持ち上げて運ぶ。
つまり妖の一番近くに接近し、尚且つ常時背を向けていたその状態が、魅了の視線から逃れたのだ。
という事は。
友人達が一度立ち止まり、背後を振り返ろうとする。
友人の心配も有っただろうが、妖がどうなっているかの心配も有ったのだろう。
「目を見るな、走れ」
砂を蹴る音が減ったのを聞いた蕾花は、それを制止するよう言い放った。
そう、澄香や蕾花の言ったように目を見ないというのも間違っていなかった訳だ。
男を抱え後退する駆の元へ澄香も向かう。
入れ替わりに立ち塞がる三人。
合流直後に動いたのは、蕾花だった。
身体の細胞を活性化させると、後ろで駆が砂地に男を降ろし、その男へと澄香は神秘の力を施す。
「……うぅ……ん?」
光の無かった男の瞳が、生気有るものへと回復していく。
意識を放置していたところから一気に引き戻された。
「俺は……?」
「逃げな」
それだけ言って、駆は再び前を行く。
「ここは大丈夫です」
呆けている男に向かって澄香も安心させるように言うと、駆の後に続いた。
「遠慮はしません」
その間、中衛位置まで出たエミリは水に阻まれる足場も難なく突き進み、相手を横一列に捉えると振り払われた日本刀から気の弾丸を撃ち放つ。
舞い上がる波飛沫。
端の手から逆の手まで、烈風の気弾が三体を一度に襲う。
手前正面で飛馬が砂を土のように纏わせると、そこに揃った義弘も自身の因子で耐性の向上を図った。
対面の亡霊は手を翳し、空中に複数の水場を形成。
空間が、歪む。
するとそこに出現した幾つかの水は、瞬く間に渦となって飛馬、義弘、蕾花、エミリへと牙を向けた。
「む……!」
「精神支配に列貫通か……」
これは、あの男女が居たんじゃ骨が折れそうだったな……。
攻撃に耐えた義弘と飛馬は互いに水を打ち払うと、水の合間から蕾花が飛び出し、弾け飛ぶ水が落ち切る前に苦無を一閃させた。
「一人で水底にいるのは寂しいってか? はっきり言って迷惑だ、失せな」
そこへ舞い戻った駆が浮遊し、同じく砂を岩のように形成して纏わせると、澄香は癒しの香りを辺り一面に振り撒いた。
だが、振り撒かれたのは香りだけでは無い。
エミリが召喚した雷雲からもまた、激しい雷が三体の妖に降り注いだのだ。
飛馬の太刀も亡霊を斬り裂くと、炎を纏わせた義弘のメイスも続け様に叩きつけられた。
激しい猛攻に悶える亡霊。尚も、攻撃の手は続く。
即座に間合いを詰め直し、苦無の柄を回す蕾花は亡霊の隙を見極めると上段、胴切りと十字に線を重ねる。
その蕾花への反撃に亡霊は水の泡を作り出す。が、蕾花は間一髪のところで後退して避け、代わりに両隣で義弘と飛馬が這い出る手からの殴打を受けた。
義弘は盾を、飛馬は刀を器用に用いて攻撃を捌く。
先程の能力向上もあってか、完全に捌き切れはしなかったものの、お陰でだいぶん軽減されただろう。
飛沫と剣閃が混じり合う。
蕾花とエミリ、計四回の斬撃が飛び交うと、間を裂いて駆の鉈も上段から振り下ろされ、懐へ潜り込んだ飛馬が横薙ぎに亡霊を裂いた。
その飛馬の視線と、亡霊の視線が至近距離で合う。
それは、飛馬の直感的で異常な視力だからこそ、そう判断出来た。
自分達の中に男は三人。優先度と距離を照らし合わせても、自分に来る可能性は高い。
だからこそ、彼はその心構えを用意出来たのかもしれない。
目が合った瞬間、その一瞬だけ、飛馬は瞳を閉じた。
再び、亡霊と目が合う。
その時、飛馬は強靭な精神を保ち、その邪悪な誘惑を見つめ返す。
交わり合う、数秒足らずの瞳の攻防。
打ち負けたのは……亡霊の方だ。
屈させる事が出来なかった。
あの少年の、鉄の心は。
覚者達は複数と言えど油断大敵。
しかし、今やその油断が逆に妖へと訪れたその時、炎を付与した義弘のメイスが唸った。
纏った炎が亡霊に移る。
臭いは焼け付くものかと思いきや、それは澄香によって変えられる。
妖達を覆う花の匂い。いや、奴らに取っては臭いか。
その毒素が纏わりつけば、身体の内から毒される。
妖の動きは明らかに鈍った。
目の前で項垂れるように姿勢を曲げているのを見れば、それは確実であった。
そこに、蕾花が飛び込む。
連撃の勢いを終わらせる事無く、一呼吸で亡霊の目の前に迫る。
味方は攻撃直後。前に居るのは亡霊達だけ。
見つけた、機会。
瞬きの合間に、蕾花の苦無は左から右へと駆け抜ける。
一秒の静寂……波打つ浅瀬。
亡霊を差し置き、両隣の黄泉の手が水中へと消え去る。
残る黒髪の亡霊を前に、飛馬はふと何かを想った。
「やっぱ海で事故にあった人間の幽霊だったりするんかな……」
その前で、義弘が添えた手から爆炎が生み出される。
炎に呑まれる亡霊に、飛馬は視線を向けた。
「ワンピースのねーちゃん、って呼び掛けても伝わらないかもしれねーけど」
風が唸るような低い叫び声が空気を伝わる。
決着は目前。だが、例え遅すぎたとしても。
「もうこんなことやめねーか?」
正直、これで止まるなら苦労は無いだろう。
それが故、亡霊の周囲にはまた水の渦が形成されつつある。
今、彼らの目の前に居るのは妖だ。
確かに全ての妖がそうだとは言い切れないかもしれない。
だがこれは、この亡霊は悪なのだ。
「ナウマクサンマンダ・バサラダン・カン!」
飛馬の言葉にも耳を傾けず、死に誘う為に義弘や蕾花、今、掌からの爆発によってまた爆炎を巻き起こす駆へ反撃の準備をする。
もうこの亡霊がどうしようも無い事は、後ろで回復を施す澄香も理解出来たのではないだろうか。
出来る事は、これ以上魅了されて被害が出ないようにする為に。
「その首、貰い受けます」
この場で叩きつぶす事。
エミリの持つ破邪刀が、亡霊の首を滑らかに薙いだ。
声の無い断末魔が亡霊の身を持って表される。
躊躇はしない。
それは、悲しみを増やす理由になるから。
●
「びしょ濡れだ……」
戦闘後に、駆は戦場周辺を探る。
目的は後始末……だが、半実体化の亡霊の名残は、何も無かったと言っても良い。
もしかしたら、水底に以前被害に遭ってしまった者の亡骸が見つかるかもしれないが。
駆より早く砂に上がった蕾花は、離れた場所に先の一般人達と澄香の姿を見つけ呟く。
「こんなご時世にのんびりバーベキューか、気楽なもんだ」
夏休みだからって浮かれすぎだよ、まったく。
と、駆も濡れ切った服の裾を絞りながら浅瀬から戻ってきた。
「何か有ったか?」
「いや、何も。鳴海の言うように、事後処理班に任せた方が良いかもしんねぇな」
それより、と駆は続く。
「こいつを倒しても別の妖が湧いて出ないとは限らん」
ちょっといってくる。と駆はその場を後にした。
「大丈夫でしたか?」
蕾花が見つけた視線の先では、澄香が一般人達へ向けてそう尋ねていた。
「あ、あぁ……大丈夫だよ、有難う」
飛馬と義弘、エミリが手分けして診て回ったが、どうやら外傷をつけられた人間は居ない様だ。
これも、迅速に救助できたお陰だろう。
そこへ、駆がやって来る。
「妖は倒した……が、別の妖が湧いて出ないとは限らん。死にたくなかったら、これ以上は近寄るな」
確かに、命に関わる事は今回の件で充分に確認出来た。
充分すぎる程に。
力無く、頷いて返事する一般人達を見送る為に、澄香は声を掛ける。
「では、お気を付けて……」
そう言うと、彼女は一人黒い翼を羽ばたかせた。
水面に、小さな影が落ちる。
その影を見ながら、澄香は想いを馳せた。
あの亡霊は、海で亡くなった魂の成れの果てなのだろうか。
だから、海の中に引き摺り込もうとしたり、溺れさせようとしたのだろうか。
無念だからといって生者を巻き込むんで良い訳でも無い。
だけど、と澄香は海上に一輪の花を浮かべた。
(亡霊さん、どうか空へ還って下さい)
願わくば、貴女の魂が再び産まれてこれますように……。
