■ブレスト■<第四機関>修羅の誘
●
――さようなら、私の恋人よ。
終わりました戦闘に参加した部隊は全滅。
――さらば、さらば、さらば。
回収すべきアイテムは全て奪われたとの報告。
――別れねば、別れねばならない。
次は如何しますか?
作戦を立て直してからもう一度――。
――××の栄光、栄光、栄光こそ肝要なのだ。
はあ? 馬鹿ですの?
あちらには未来予知が存在すると調査された上で、作戦?
馬鹿馬鹿しい!
どうせ筒抜けですの。
今頃、奴等が捕えた兵へ、尋問に相当するものも終了し、ですわ。
積み上げたパズルを更に塗り潰してくる予想が出来ているのなら、そんな諸刃の剣に何が切れるというのです。
どうせ打破されるのなら、別を用意しますわ!
あの白蛇のように、私が引き裂いて差し上げますからお楽しみに。
――万歳万歳勝利あれ!
「Sieg――あら? あら? あらあらあらあら!!
恍惚です! 恍惚ですの! 圧倒的絶対的恍惚ですの!!
他人の粗探しが大好物な糞にも劣る顧客様様方の御言葉による殴り合いよりも、なんて直情的で短絡的で非生産的で非人道的で暴力的なのでしょう!!
素晴らしいですわ日本!
古よりの文化さえ霞み、今が最高の絶頂期、華々しく感じますわ!
これですわ、私(わたくし)が求めていたものは全て此処にありますわ。
嗚呼、お父様、絶好の機会を与えて下さり感謝ですの。
此の日本必ずしも根こそぎ力を探り出し、果ては世界全てに同じ力を――いえ!!
くっだらない! 何が同じ力を世界によ、そんな理由、Wahnsinn!!
その力を巡って世界同士いえいえこの際世界の隔たりなんでどうでもよくなるくらいに、醜くも地獄のような争いへと発展させる為!!
――日本は可能性を秘めているのですからあぁぁ!!」
●
その日、2人の夢見が同時に同じ夢を見た。
1人は、久方相馬。
もう1人は七星剣の神無木蝶花という少年だ。
2人は全く別の場所にいながな、全く同じ話を一番信頼せし覚者へと話した。
「「第四機関が攻めて来る」」
第四機関。
国籍不明の多国籍軍と謳われている彼らであるが、先日捕らえた第四機関の兵から情報を得るに(とは言え末端の兵から得られるものは少なく)、彼らは国を客に武力を売っているものたちである可能性が高い。
現時点、彼らの標的は今この日本である。
彼の飼主が何を企てているのかはわからないが、しかし野放しにしておくことはできまい。
彼ら第四機関が狙っているのは龍脈という特異点持った、拠点――逢魔ヶ時紫雨と縁がある場所を狙っている。何故なら今そこは、特異点――本来なら守護者がいるはずだが――に守護者が不在の、ガラ空きの状態であるからだ。
紫雨という七星剣幹部クラスの敵がいようが、彼一人の身体では、特異点という山規模の広さを守りきることは不可能に近い。
彼が持つ『百鬼』という部下たち――群れの力を行使したくても、紫雨はそれを使わない事とした。七星剣は第四機関と戦争をするのを避けているからだ。
というわけで七星剣とは関係がない紫雨のもう一つの人格、小垣斗真が主体に動いているわけだが。
割と普通にてくてく歩いてきては、FiVEの守護部隊の前に姿を現した。
「お、逢魔が……」
「ううん斗真のほう、暁って呼ばれてる方」
特異点頭上。
此処は何もない、ただの山。
以前は、村があった場所。
今はもうない、廃れた故郷。
「気休めだけれど、第四機関の半分は僕が相手にするから、そっちはもう半分をお願い。
夢見からもう話は聞いているだろうけど、彼等は作戦という秩序に頼ることを放棄した。歴戦の知識と、リアルラックと物量で攻めてくる。
それに、偶々発現してしまった第四機関の覚者部隊が投入された。
まあ……気をつけて、ね」
斗真は首をキョロキョロと横にふる。
「さっき、古妖を見かけたんだけど。
それについて、話がある。
『神城アニス』を僕の前に連れてきて欲しいと、伝えて。紫雨が、どぉいうことだ説明しろこらぁ!! て言ってた、って。
彼女はよく僕を驚かせてくれる。そろそろ僕が、彼女の為に動くときかもしれない」
――さようなら、私の恋人よ。
終わりました戦闘に参加した部隊は全滅。
――さらば、さらば、さらば。
回収すべきアイテムは全て奪われたとの報告。
――別れねば、別れねばならない。
次は如何しますか?
作戦を立て直してからもう一度――。
――××の栄光、栄光、栄光こそ肝要なのだ。
はあ? 馬鹿ですの?
あちらには未来予知が存在すると調査された上で、作戦?
馬鹿馬鹿しい!
どうせ筒抜けですの。
今頃、奴等が捕えた兵へ、尋問に相当するものも終了し、ですわ。
積み上げたパズルを更に塗り潰してくる予想が出来ているのなら、そんな諸刃の剣に何が切れるというのです。
どうせ打破されるのなら、別を用意しますわ!
あの白蛇のように、私が引き裂いて差し上げますからお楽しみに。
――万歳万歳勝利あれ!
「Sieg――あら? あら? あらあらあらあら!!
恍惚です! 恍惚ですの! 圧倒的絶対的恍惚ですの!!
他人の粗探しが大好物な糞にも劣る顧客様様方の御言葉による殴り合いよりも、なんて直情的で短絡的で非生産的で非人道的で暴力的なのでしょう!!
素晴らしいですわ日本!
古よりの文化さえ霞み、今が最高の絶頂期、華々しく感じますわ!
これですわ、私(わたくし)が求めていたものは全て此処にありますわ。
嗚呼、お父様、絶好の機会を与えて下さり感謝ですの。
此の日本必ずしも根こそぎ力を探り出し、果ては世界全てに同じ力を――いえ!!
くっだらない! 何が同じ力を世界によ、そんな理由、Wahnsinn!!
その力を巡って世界同士いえいえこの際世界の隔たりなんでどうでもよくなるくらいに、醜くも地獄のような争いへと発展させる為!!
――日本は可能性を秘めているのですからあぁぁ!!」
●
その日、2人の夢見が同時に同じ夢を見た。
1人は、久方相馬。
もう1人は七星剣の神無木蝶花という少年だ。
2人は全く別の場所にいながな、全く同じ話を一番信頼せし覚者へと話した。
「「第四機関が攻めて来る」」
第四機関。
国籍不明の多国籍軍と謳われている彼らであるが、先日捕らえた第四機関の兵から情報を得るに(とは言え末端の兵から得られるものは少なく)、彼らは国を客に武力を売っているものたちである可能性が高い。
現時点、彼らの標的は今この日本である。
彼の飼主が何を企てているのかはわからないが、しかし野放しにしておくことはできまい。
彼ら第四機関が狙っているのは龍脈という特異点持った、拠点――逢魔ヶ時紫雨と縁がある場所を狙っている。何故なら今そこは、特異点――本来なら守護者がいるはずだが――に守護者が不在の、ガラ空きの状態であるからだ。
紫雨という七星剣幹部クラスの敵がいようが、彼一人の身体では、特異点という山規模の広さを守りきることは不可能に近い。
彼が持つ『百鬼』という部下たち――群れの力を行使したくても、紫雨はそれを使わない事とした。七星剣は第四機関と戦争をするのを避けているからだ。
というわけで七星剣とは関係がない紫雨のもう一つの人格、小垣斗真が主体に動いているわけだが。
割と普通にてくてく歩いてきては、FiVEの守護部隊の前に姿を現した。
「お、逢魔が……」
「ううん斗真のほう、暁って呼ばれてる方」
特異点頭上。
此処は何もない、ただの山。
以前は、村があった場所。
今はもうない、廃れた故郷。
「気休めだけれど、第四機関の半分は僕が相手にするから、そっちはもう半分をお願い。
夢見からもう話は聞いているだろうけど、彼等は作戦という秩序に頼ることを放棄した。歴戦の知識と、リアルラックと物量で攻めてくる。
それに、偶々発現してしまった第四機関の覚者部隊が投入された。
まあ……気をつけて、ね」
斗真は首をキョロキョロと横にふる。
「さっき、古妖を見かけたんだけど。
それについて、話がある。
『神城アニス』を僕の前に連れてきて欲しいと、伝えて。紫雨が、どぉいうことだ説明しろこらぁ!! て言ってた、って。
彼女はよく僕を驚かせてくれる。そろそろ僕が、彼女の為に動くときかもしれない」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.第四機関の撤退
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
以下の詳細は全て小垣斗真も把握済みのものとします
覚者を、敵側から見た化け物チックに描写すると思います
●状況
第四機関という組織が攻めてきた。彼等の狙いは守護者の消えた特異点である。
以前にも同じような状態で攻めてきた彼等であるが、今度は質と量を合わせ待った構成で攻めてきたとか。
一方、斗真は古妖に出会っていた。『神城アニス』をだせ、とのこと。
●敵:第四機関(拙作:誰も知らない世界戦を見ておいた方が楽しめるかと思います)
隔者でも憤怒者でも妖では無い敵、国籍不明(笑)の多国籍軍(笑)
寄せ集めの軍ですが、寄せ集めの中でもかなりきわどい人たちを揃えた編成となってます
失敗の確率は大いにありますので、お気をつけて
斗真はオープニングで『半分』と言いました
敵戦力は半分で、『普通難易度相当』となります。
それ以上となるならば難、または至難レベルに達することもあります
難レベル以上の働きをした場合は大成功とします
☆半分こなので、FiVEが担当する半分と、別の半分は斗真が担当します。数字の1か2か選んでくれると助かる。1も2もだ!っていう考え方は嫌いじゃないです
(とは言え、作戦の幅を狭めることはしません。トリックスターな作戦は許容しますので、僕にわかりやすくプレ書いてくれれば好意的に判断します。例えば斗真と一緒に端から倒していくとか)
これは独り言ですが、『普通』難易度に関しては、依頼の出発可能人数で戦える程度の戦力だよ
【1】非覚者部隊
主な攻撃方法は以下
・ストレングス(人が乗っているのでカデコリ的には超武装した憤怒者に近いものだと思って下さい)
全長7m大の、四腕二足の機械です
中央の箱のようなコクピットに人間が搭乗しており、本来神祝というアイテムを乗せて完成でしたが、今回は神祝はありません
数は15体、集中攻撃を受けると覚者一人くらい速攻落とせます(斗真は入りませんが)
四腕には、
巨大なスポイトのようなもの(前回は地脈の力吸うようでしたが、今回は鈍器です)
ハンマーのようなもの(攻撃威力大、近接物理)
連射式の銃のようなもの(遠距離武器)
火炎放射器のようなもの(広範囲系、BS付)
・非覚者部隊
わらわら、数は認識できておりませんがかなりの数です
体術で基本的に攻撃してきます、体力はそんなにありませんが数で押してきます
【2】覚者部隊
少女が率いる特殊部隊です、全員が覚者です
☆アデリナ
アデリナと呼ばれた黒い軍服姿の少女です、夢見が補足しました
恐らく今回の部隊を率いている少女ですが、見た目通りの年齢ではないでしょう
覚者であり、なんらかの執着心が高いです
彼女の国出身者の第四機関兵は、彼女のみです
種族不明×因子は火です、主にナイフと銃を使ってきます
遠近、不得意な場所はありませんしこの戦場で一番強いと思われます
斗真をぶつけるのが最良の手ですが、十人で集れば倒せない相手でもないです
・アデリナ部隊
わらわら、数は認識できておりませんがかなりの数です
術式で基本的に攻撃してきますが、体術ができないわけでもないです
体力はそんなにありませんが数で押してきますし、回復手も揃っております
●味方陣営
・『暁』小垣・斗真
怠惰の意味で隔者
記憶共有の二重人格。もう一人は逢魔ヶ時紫雨
獣憑×火行
武器は清光、血吸という武器所持
危険が迫ると紫雨と人格が交代します
体術+轟龍二式
龍心、エネミースキャン
・古妖???
なんかいるらしい
●場所:地図から消えた村とその周囲
時刻は夕方、視界にペナルティ無し
●補足
・【1】は北から、【2】は南から攻めてきます
この【1】と【2】の間の移動には多少時間がかかります
乗り物とか用意を許可します。何が欲しいのか言ってごらん、無理なものは無理だけど
・FiVEが撤退した時点で失敗となります
・事前準備は十分に時間を与えますが、付与系には持続ターンにペナルティが発生します
それではご縁がありましたら、宜しくお願いします
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この依頼はブレインストリーミングスペースでのPCによる考察や意見を基に作成された依頼です。
発案者(依頼のもととなった発言を行ったキャラクター)は公開された翌日の正午までに
予約を行った場合、抽選になった場合も確実に参加できる権利が発生します。
発案者:神城 アニス(CL2000023)
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状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
5日
5日
参加費
150LP[+予約50LP]
150LP[+予約50LP]
参加人数
10/10
10/10
公開日
2017年01月15日
2017年01月15日
■メイン参加者 10人■

●
「で、どっちを選ぶの?」
小垣斗真は首を横に倒して聞いた。
「どっちもだよ!」
『sylvatica』御影・きせき(CL2001110)が片腕を大きく挙げて言った。
「え」
瞬間の斗真の愕然とした表情。
「ま、待って! だって片側だけでも君たち十人で頑張るくらいの戦力なのに両方って!!」
「うっせえ、もう決まった、変わんねェよ。次、ぐちぐち言ったら氷雨がどうなるかわかってんだろうな??」
「ひぃ!!?」
既に刀を左手に帯刀させている『白焔凶刃』諏訪 刀嗣(CL2000002)が、斗真の胸あたりを掴んで引き寄せガンつけた。斗真泣きそう。
「そうだね、淘汰だね。英語で言えば、ジェノサイドだね」
追い打ちをするように『行く先知らず』酒々井・千歳(CL2000407)が笑顔でそう告げた。
「にーーーしゃまああああああ!!!! みてみて私とにーさまが同じ戦場! これ! まさにですてにー!!!!」
「数多はちょっと落ち着こうね」
『紅戀』酒々井 数多(CL2000149)はあまりのテンションに愛縄地獄を振り回し、周囲の木々を数本、軽い気持ちで樵そうだったので『狗吠』時任・千陽(CL2000014)が彼女の腕を片手でなんとか抑えて止めている。
話を戻して。
『スピードスター』柳 燐花(CL2000695)は斗真へ説明を始めた。
「小垣さん。貴方の実力を侮るつもりはありません。が、全員で片方ずつを相手取りませんか?」
「一緒に? ……いいけど」
●
――Ade, mein liebes Schatzelein♪
その歌声は絶望か。
手招きするように戦乱を呼び、そして数々の弾痕を世界中に撒き散らしたその歌が。
――Ade, ade, ade♪
今度は日本へと矛先を向ける。
――Es mus, es mus geschieden sein♪
第四機関。
「ちょっ――思った以上に、多いと言いますか……」
悲しみ帯びるように濡れる『水の祝福』神城 アニス(CL2000023)の瞳は、先頭に立つ少女よりも、放たれている敵という影の多さに身震いをした。
敵は、圧倒的物量と質量で攻めてきたというのは巷の噂なんかでは無い。
黒い軍服は某国の亡霊か。金髪を揺らす見た目少女、アデリナが――しかし、その表情は思った以上に曇っていた。
「舐めてますの?」
第一声がそれ。そこには明確に憤りの感情が籠っていた。
「舐めてる……って?」
三島 椿(CL2000061)は翼を広げ、何時、戦火がありふれても対応できるように構える。
「子供ばかりじゃないですの!! 日本はわたくしたちを嘲笑ってますの!?」
「お主も似たようなもの――子供かどうか、試してみればいい。直ぐに分かる。どうせこっちも暴力のデパート揃い」
華神 刹那(CL2001250)は半ば薄く笑いながら言った。嘘は言っていないぞと手を振りながら。
「前の君たちもある意味おっさんたちを舐めてたさ。その結果はどうだ? 君たちの所に一人として帰った者が居たかね?」
緒形 逝(CL2000156)は事実を突き付ける。
「そう。そうですの……貴方方が。なら」
軍とはよく言ったものだ。ただの戦闘狂の集まりでは無いか。
アデリナは説く。
「安心して疾く殺します」
アデリナの手が手前に掲げられた刹那、背後に控える多くの兵が銃を構えた。
その瞬間、木の葉が一枚舞い上がる。
音も無く。一人。
最速という行動に身を任せ、戦闘を開始した小さな音である。
逝は、隣を音速に近い速度で抜けた『闇を孕んだ味方』の行動に、敢えて、敵を憐れに思い警告した。
「ああ、でも早速だけどね? 頭を護った方が、いいさね」
「キミの相手は、僕みたい。全く、無茶言ってくれるよねファイヴ」
並外れた勢いで風を置き去りにし、アデリナに到達した斗真が――彼女の顔面を蹴って回転させた。
●
かくして誰も知らない世界戦は二度目の戦火を燃やす。
「面白いね、弾丸だろうが戦車だろうが止めてやろうじゃないか」
千歳の瞳には動揺も忌避感も恐怖さえ無い。
櫻のように火の粉が舞い上がり、刀嗣は、数多は、同じタイミングで抜刀した。
「「櫻櫻火火真真陰陰流流、酒諏々訪刀井数嗣多いくぜ」――ってかぶんなや!」
刀嗣と数多が同時に喋り結局なんだかよく分からない名乗りになった。
「同じく、酒々井千歳」
研ぎ澄まされた三振りの刃には個性の色が見えている。同じ流派の名の下で我武者羅に育った三人の一騎当千に血の飛沫は上がる――。
先陣は酒々井兄妹よりも先に刀嗣が飛び込んだ。
同一の軍服の群れへ、金髪を闇色が飲み込みながらも白炎が吹き荒れる。最初は敵側も子供へと舐めてかかった。笑い声が聞こえた。
「死にてェ奴から前でろ」
扇状に切り伏せ、手足や首が飛ぶ。鮮血が飛ぶ。すぐに笑い声は止まった。
刀嗣は後ろ手に刀を廻し、振り落とされた刃を受けた。敵かと思えば、他の誰でもない千歳が刀を振り下げていた。
「テメェ、死角を狙うなら殺気くらい抑えろ」
「俺もまだ未熟ということかな?」
不自然な程に千歳は笑顔のまま、『刀嗣のついでに敵を斬っている』。
同じ櫻の流派として同一の戦場に立つのに懐かしさを感じながらも、常に千歳の殺意は一人に向けられていた。
第四機関、敵、味方、善悪、正直其処ら辺は千歳としては付属品に過ぎないのかもしれない。
そんな兄にとろんとした目線を向けている数多。
彼女も色んな意味で人間を止めかけているが、次代の禍津神候補としての刀は、濃い赤色に燃えている。
「はぁ……にーしゃまのために」
銃声、美しく揺れた桃色の髪が数本千切れ、腹部から背中にかけて増す痛みよりも、胸を埋めるような恍惚に数多の瞳がこれ以上無く輝いた。
一人斬っては兄の為。
二人切れば兄が被弾する数が減る。
参つ切っては兄が刀嗣を斬る機会が増える。
数多の全ては、千歳へ繋がっていた。彼女としても、敵は己と兄を盛り上げる材料なのかもしれない。
鮮血が降り注ぐ中、燐花は気配を殺して駆け抜けていた。
究極とは何ぞや。
強さとは何ぞや。
力とは何ぞや。
少女は今日も、突き出された命題の沼に全身浸して落ちていく。
燐花の頬に掠る一筋の弾丸――弾丸如きに打ち抜かれる速度とは?
燐花の眉間が不機嫌に寄った。己の速度にはまだまだまだまだ信頼が足りない。
まだ遅い――これじゃあ守れない。
まだ辿り着けない――誰を守るの。
まだ捕えられてしまう――この感情はなんなの!!
斗真の背中が遠い、あれは龍だ、ならば燐花は何になる? 鬼か、修羅か、それともなんだ。
「戦闘中に考え事なんて暇そうね」
敵の誰かがそう言った瞬間、燐花の頭上に剣が振り落とされる。嗚呼、まだ私は遅いのか――?
斗真の精度の高い攻撃をもって切り伏せ、しかしアデリナも負けてはいない。
現場の頂点を担うだけあり、アデリナは斗真の顔面を掴んで地面に叩きつけてから更に頭部を潰そうと地面に押し付けている。
「――やめて」
震えた祈りが響いた。
アニスは斗真を守りたい、がしかし、あまりの乱戦に最早前衛も、後衛も関係が無くなっている。
そもそも大多数の敵相手に布陣はその意味を失くしていた。
詰まる所、アニスが斗真に手を差し伸べても、それはかき消されてしまう。
体躯を切り刻まれ、弾丸が穴を空け、炎に焼かれようともアニスは斗真を優先するのだろう。
現に、守り不在の回復手などすぐに磨り潰されるも同然の存在。群れに視界を遮られ、回復が行き届かないのは椿さえ歯痒く思っていた。
「見えない」
どこ、どこ、誰はどこに、仲間はどこに。
「届かない」
首を振りながら、椿の翼は呆気なく折れてしまっている。
反応が遅れる一瞬の隙に、肩に食い込むナイフが瑠璃の翼さえ赤く飾るのだ。
後衛という身分、敵に接近されればこの上なく面倒なことが起きる。
椿が引き寄せたアニスの身体を抱いたとき、木々から飛び移ってきた狂気色に血狂った男が鈍器を振り上げた。当たれば柘榴のように弾けるのは、脳裏によぎっている。
その時夕焼けに、跳躍せし影が重なる。
剣を振り上げている男を潰す形で地面に落ちた千陽が、その足を着地させた途端。椿とアニスの前方が扇状に衝撃波を生み、敵を玩具のように蹴散らした。
「視界はよくなりましたか?」
「ええ、とっても」
●
少年の残酷さの中で、僅かに映し出される正義感を孕むきせき。その光と闇を両方魅せるように『不知火』の刃は明暗に分けて輝く。
龍脈を、この日本の秘密を、悪の手が奪いに来るとは許せず――というのは表の顔で、裏に魅せるそのかんばせは、とろけそうな、例えばとても美味しいものを食べたときのような表情に変わっていた。
「不知火さん、一緒に頑張ろうね!」
眼前。大きく横に振りかぶられた剣。
あれに斬られたら痛いのだろうか、ギリギリで避けたらゾクゾクと胸の奥が痙攣するだろうか!!
刹那、振り切られた剣。
きせきはその身に鉄の冷たさと痛みに娯楽さえ感じつつ、剣を振り切った男を踏み台に空へ身体を浮かせる。
「狙うなら、首だよね!」
至極、年齢に似合わぬ顔で笑っていた。抱えていた虚しさの沼から抜け出した少年は、今、花を手折るように刃を横に凪ぎ、刈り取る。
ごみのように転がった敵の頭に目もくれず、敵の奥へと飲み込むように進軍する刹那。彼女は敵の心の盾を破壊するように言霊を撒いていた。それが、たった一文字でも敵の心に突き刺さり、いずれ容赦無く致命を与える油断を引きだせれば御の字。
茶番のような誘い文句だ。
しかし小学生が悪意に悪口を言う言葉よりも、ナイフのような切れ味は持っているつもりだ。
だが相手も軍人。千陽が常に冷静に戦場を駆け、五指で状況を分けては手馴れたように最適解を出すのと、『ほぼ』同じように。
相手側の軍人たちも刹那の言葉に揺らぐことは――。
「馬鹿が。我々は個人的な故郷(国)規模に囚われずに世界を背中に控えている」
「あ、そっ。ていうか日本語通じるのか」
「一日十三時間勉強したからな」
言葉が一瞬交わった刹那、お互いの刃を交換して身体に貫通する刹那と機関。
へらへら笑う敵に刹那は仮面の奥に感情を押し殺して対抗していた。畏怖も畏敬も無く、そして作業のような流れで互いに再び刃を振り上げる。
「故にそのような戯言が通じるとでも?」
「日本に遊びに来た割りには、礼儀も知らない野蛮には丁度いいだろう」
敵の刃は刹那の片目を抉った。カウンター気味に、相手の動きが止まった瞬間を刹那は刃で肩を食い破る。
騒ぎ立てるような血が空中へ飛んだ腕から舞い散る。血の雨の中、無くなった腕の感覚に歯噛みした敵が言う。
「でもやっぱりムカついたから殺すわ」
「話がしやすくて助かるねえ」
刀嗣は斗真へ肩をぶつけた。
「おう、暁。ピンクゴリラと柳がテメェの技覚えてぇらしいから教えてやれよ」
「へ?」
もう一方の肩を数多は斗真にぶつけて、丁度彼と数多で斗真を挟む形になった。
「はぁい! 弐號! 元気? 私ちょーご機嫌ハッピー!」
「はぁい……僕今忙しいアンハッピー」
「弐號、ちょっと轟龍二式つかいなさいよ! っていうか教えなさいよ! 頭下げたら良い? 脱いだらいい?」
「え、ええぇ……壱式を識れば弐式も自ずと理解できるよ。今日はだから、無理――ってわわ」
数多を小脇に抱えて敵の弾丸から避難する斗真。
「おっぱいさわってもいいから教えなさいよ! 疲れる? 気にしないで! 私元気!」
「お、おぱっ……!! ぼ、僕の話意地でも聞かないつもりだね?」
斗真は数多の頬を両手でつまんで千切れない程度に伸ばした。前方、攻撃を終えた燐花が着地。
「轟龍の技。一つめは紫雨さんから頂きました。
……私には、総てをかけて守りたい存在がいます。守るための力が欲しいのです。
貴方の持つ二式。どうか私に見せてください」
斗真は斜め上を考えるように見つめてから。
「大事なものを守るために。力を欲するのは悪くないでしょう?」
そう言われてしまえば、斗真は何も言えなくなってしまう。
「弟子は取るつもりないけど、勝手に盗むのなら好きにしてよ」
「おい弐號、扱いが違う」
逝の悪食を持つ手が痙攣する。伝う血が、腕から刃に滴れば、悪食は血管のように赤い線を浮き上がらせて血を飲み込む。
一瞬の戦いのはずが、もう数十分は戦ったような疲労感が逝を襲っていた。刹那とアイコンタクトを取り、同じ敵を切り刻み、そしてまた次、この繰り返しの波である。
物量とはいえ、人が形作る津波にどこまで耐えれようものか。それよりもだ、アデリナが予想以上に面倒な相手だ。仲間の気力に注意を払う逝としては、人一番周囲へ気を使っていた。
斗真が抑えている分、精密な遠距離攻撃が適格に『斗真以外』を狙っている。よくよくファイヴの撤退条件を掻きわけたというよりは、敵側から見てボスを倒す前に取り巻きを先に蹴散らすという手法と取っているまでだろう。しかし椿の回復が皆を救う。椿は斗真を動かせるアニスにある意味尊敬の念を抱きながら、しかし自分とて彼等はなにもできぬ訳ではない。紫雨をどうにかすゆと誓った以上、今、この戦いさえ椿の望む終わりを発生させるために必要な一歩。それは、斗真の中の紫雨も椿のことを見ているに違いはない。
「大丈夫?」
「うん。椿、ごめんね、君を守りきれなくて」
「大丈夫よ、私は貴方を信じる」
「友達にそう言われたら、きちんとやらないとね」
世界広しとはいえ、彼女は何を見てきたのか。まるで完成されたきせきの様に戦闘を楽しんでいるのか、それとも別か。
逝も人の事は言えないだろうが、あれはもう人間だと思ったら負けの部類だろう。
アデリナのスカート下から出てきた銃が適格に椿とアニス、その最高尾を列で狙う。地を這うような衝撃に駆られ、嗤った。
「どの道全員血濡れの獣よぉ!! さあ踊りなさいよぉ、楽しくなさそうにしてたら沈めるわよ!!」
「うるさいなあ」
「おっさんとデュオだね斗真ちゃん」
「喜んで」
斗真と並んだ逝と同時に刃をアデリナへと。
斗真の二本と逝の一振りを合わせ、無数の刃が斬撃と音と火花を散らしながら攻防が開始された。逝も斗真も手を止めぬが、アデリナも短剣で弾き返していく。
逝の悪食はイイコだ。アデリナの肩を食い破ったんだから。そこに、燐花が加わった。斗真をチラ見しながら、それに気づいた斗真が燐花に応える。二式だ、下から上に抉りあげるような衝撃にアデリナとその後ろが衝撃波に吹き飛ぶ。早すぎて、燐花にはよくわからなかったのが事実だが、もしかしたら次は見えるかもしれないと燐花は薄く笑った。
「そう! もっと抵抗して、もっと抗って、じゃないと楽しくないわ!!」
嘆息する。こんな感情しかない軍人がいてたまるか。千陽は前に出てきたアデリナに突進しガンナイフを突き刺し、肩を押し、元の位置へお帰り願った。にぃ、と笑うアデリナは千陽へ膝を叩き込む。かち割られた脳天から血が顔へ滴り、千陽の口内は濃い血の味に覆われた。
「アデリナ女史、他国の軍人がこの国を脅かすことについて、寛容にはなれません。協力さえしていただければ非人道的な対応はしないと誓います」
「素敵ね、吐き気がしますわ。もう綺麗ごとで治まるの時はとっくに過ぎたのですよ。夢見がちな子供には、これをクリスマスプレゼントですの」
アデリナが千陽から離れ、右手を高らかに天空へと掲げた。その奥――自走する対空砲。
時に仲間の指揮を各段に上げ、時に敵の恐怖を掴み捻り出したそれの名は。
「まさか、――アハトアハトですか!?」
千陽でさえ理解が超えそうになった。日本の国土にそんなものを。
「こっちに来てからプラモデルみたいに組み上げましたの! では、味わってみてくださいまし!」
アデリナの腕が降り下がる直前。櫻火勢が揃って千陽のもとへ駆けてきた。
「なになになになに! チカ君あれなに!! 切ったらいいかんじ!!?」
「酒々井嬢、退避を……」
刀を夕焼けに翳した千歳。
「じゃあ俺が切ろうかな、刀嗣のついでに」
その隣で鬼の形相で千歳を睨んだ刀嗣。
「あ? 何言ってんだ、三下。俺様が切る」
「にーーーーしゃまがやるなら数多もーーーっ!」
「じゃあ僕もー!」
「よし、悪食、食い破ろう」
軍人一人を引きずってからぽいっと投げたきせきや、逝もやってきた。
アデリナの手が降り下げられ轟音が響く。
山を上空から見て、巨大な砂煙と共に、山の一部分が木々を薙ぎ倒すど太い線が描かれた(結局切れなかった)。
砂煙が止む頃。
「拷問死も交通事故死も航空事故死も殉死も戦死も同じ死で恐怖など皆無。今更非人道尽くされようがされまいが結果は不動」
全身の骨がほぼ砕け、血だまりに転がる千陽の頭を足で踏むアデリナ。
「貴方も軍人なら悠久の大義でも悦びに?
戦争は己が地位を上げるチャンスです。さぁ首は此処ですわよ、ナイフなら貸して差し上げます。わたくしの命で美徳に満足してみては如何?」
千陽の眼前。ナイフが地に刺さった。
しかしそのナイフは千陽を嘲笑っていた。できるものなら、やってみろと。
「話は終わりましたか?」
燐花が弾丸のように勢いをつけつつアデリナへ飛び込む。
アデリナの髪の毛を掴んで、勢いのまま放り投げ、飛んでるアデリナが空中で体勢を変えている中で、燐花はアデリナへ追いついて蹴りを叩き込む。
「あら、さっきの悩んでいる子」
「大人しく引いて下さい。悪戯に踏み込んでいい場所ではありません。私の力、その身に刻み込んでほしいのですか?」
苦無を口に噛み、祈り手のようにした両手で大上段からアデリナを叩き落とす。
骨がきしみリアルな音を奏でたアデリナの身体がくの字に曲がりながら地面へと落ちた。
「はぁ……そうね」
ふと燐花は恐怖を覚えた。血を吐きながら笑い、そして痛みを受け入れるように『もっと』と乞う女の姿に、悪人を超えてしまった何かが見えた。
数を減らすに無双を繰り返す千歳、刀嗣、数多。
彼ら櫻火とは護身術に非ず。古流の流れを汲む殺人の業を磨いて来た門派だそうだ。
「首を落とせば人は死ぬ、四肢が飛べば動きは鈍る──まあ、必要以上にやる事はないけど」
「ってマジ? うちの流派って殺人術だったの?」
数多は刀嗣に目線を送った。
「……」
刀嗣はあえて返事しなかった。
「要は人の体は脆くて、同時に急所もまたそれなりに多いって事」
つまり人間誰だろうと何であろうと、斗真もアデリナも暴力坂も霧積も八神でさえ、必ず死ぬ事ができるということ。
千歳は数多を見た。芸術までに綺麗な切り口を作りながら、人間の四肢を吹き飛ばす機械と化していた。そこに感情は一点の想いしかなく、そして敵の弾丸を浴びながらも怪我をすればニーサマが心配してくれると、自ら浴びていく勢いがある。
それには敵も度々苦笑いしながら、
「このアマァ!!」
と数多を押し倒しマウントを取り殴りかかるときがあれど、数多は身の内から燃え上がる恋の炎で男を焼いていった。
「数多は今日も元気だね」
「ねえねえニーサマ! さっき数多、男の人に胸元の服びりびりさせられた、可哀想? ねえ、可哀想??」
「無事で何よりだよ。どれくらい倒せた?」
「三以上は数えられないの! でも一五くらいはいったわよ!」
「数多はすごいな」
千歳は自分の上着を数多に被せた。
刀嗣はあえて関わりたくないとそっぽを向いた。
猛威の弾丸の雨。未だ敵の量は衰えを知らぬ。
しかし序盤、ファイヴを子供と侮っていた者は一人として起き上がってはいないだろう。
アニスと椿はお互いにカバーし合いながら立ち上がっていたが、二人とも既に命数は等しく散らしていた。刺す様な敵意の視線は回復という二人を集中して狙っていたのだ。
それのお陰とは言えないが、前衛はよくよく自由に動けている。
「皆さん、頑張ってください! 今回復いたします!」
斗真はアデリナへ意を決して刃を突き立て肉を抉る。アデリナはそこで初めて顔を歪めた。彼女も人の子、常に限界はそこにあるのだ。
「アデリナ様……何で貴女は……人の命を何だと思っているのですか! わざわざ争いを起こす理由なんてないんです!」
傍観に徹し回復を続けたアニスが叫ぶ。
「笑止!! 争いのタネなんて何処にでも落ちている世界でなにを言いますの!!」
これは相容れない。アニスとアデリナは今度一切交わることのない同士のようなものだ。
重ねても重ねてもアニスの回復を嘲笑うように抉られていく傷口のように、終わり無い鼬ごっこに、アニスの僅かな正義感は必死に食らいつく。
「失っていい命なんて……無くなっていい命なんて有りはしないのです! それは貴女達にも言えること! 白蛇様を殺してしまった事は決して許されはしませんが……それでも!」
「残念ね、貴方とは意見が一生あいそうにもないですわ。
赦す赦さぬなど人間が作った概念に過ぎず、かくしてわたくしは争いを招きますわ。今も、これからも、『死んでも!!』」
駆け出しそうな勢いでアニスは一歩踏み出し、しかし斗真が右腕を横に出して彼女を止めた。
「アニス、彼女には何も言っても無駄だよ」
「ですが……」
「君の救済意識は僕が肯定する」
腹部に飛び込んできた男は数多のそこを大きく抉った。服は破れ血を染み込ませ、多少の羞恥はありそうな恰好で数多は焼け落ちるような業の炎で敵の首を飛ばした。
血飛沫、敵の生死は確認しない。どっちでもいい。それよりもと、頭の無い身体を蹴り飛ばし、数多は輝く瞳でアデリナへ切り込んだ。
「アデリナさん? マイネームイズ、ちがうわドイツ語ググったでしょ?
マインナーメイストアマタシスイ! オーカシンカゲリュー! グレーステ シュテルケ!」
「日本語でおk、ですわ!」
数多の一振りがアデリナの身体に赤い線を作る。
「つうかドイツ語かっこいいな!」
笑顔で語る姿はカフェで恋話する少女と変わらないが、刀は斬って切って切る動作を止めない。
「あとその軍服もかっこいいな!」
「ありがとうございます!」
刃を弾かれ、がら空きの胴にアデリナの銃が押し付けられた。
「貴方の桃色の髪も素敵ですわよ、どこのシャンプーを使ってますの?」
「よく言われる! ありがとう!!」
銃声ひとつふたつ、重なる度に腹部に穴空きながら会話は続く。
そろそろアデリナという人物は解っているだろう。
椿の止めぬ手と共に、彼女の心を図っていたが読み取れるのは戦闘と享楽を同一に見ているというものだ。
例えばきっと、今日の戦闘だろうと結果的な勝ち負けは大して彼女の興味とはかけ離れている。撤退したとて次の戦闘への準備を着実に始めるだろう。
故に、今日止めなければ明日の戦争は確実。
「そこまで執着して、可哀想ね。他に趣味は無いの?」
椿は引き絞った弓から矢を放ち、天空高く伸びていく。やがて光が弾け、癒しの雨が降り注ぐとき。アデリナは斗真の一撃を受け、横に回転しながら吼えた。
「まさか! ありますわ、乙女に秘密は多いですから、内緒ですけれど――」
轟音はひとつ――直撃。
椿の胸に咲いていく赤色。そして澄んだ輝きを魅せていた椿の瞳も、濁る。しかし倒れるより前に、翼を広げた。斜めに倒れかけた身体を宙に浮かせて浮上し。
「止めるわ。貴方を。ね。そうでしょう」
椿が呼びかけたのは仲間たちへ。再び回復の祈りに椿の周囲は彼女の翼と同じ色へと凍りつく。しかし不思議と寒くは無く、むしろ暖かな淡い光が戦場を覆った。無傷の兵士はここには一人としていない。故にそれを癒す椿の手も傷ついていたが、振り起こす奇跡に似た祈りは指揮上げには丁度良すぎるくらいだ。
きせきと刹那が構えた。積み上がった敵の死体、とまではいかないが、倒れた身体たちの上に君臨する二人がやっと顔を出した月明かりを背に立つ。その瞳の色だけ、いやに強調して発光している。
「そろそろ貴様の戯言も聞き飽きた」
「やっとお姉さんと戦えちゃうかも!!」
きせきと刹那は同時に切り込んだ。斗真が退いた刹那に入れ替わる。
疲労を感じさせぬ二人の動きに、手招くようにアデリナは受け入れた。最早彼女の刃も斗真の攻撃を受けて欠けていたものの、まだ心は一切欠けていないということだ。
確かに彼女に正論は通じないが、きせきや刹那、そして刀嗣のように肉体言語のほうがより言葉よりも通じるものがある。
きせきの刃が無数に貫き、刹那の猛攻が異常なまで研ぎ澄まされて一撃を重く叩きこんでいく。アデリナはナイフで対抗し、きせきの目にそれを突き刺してから、刹那の胴を蹴り抜いた。お互いに一度距離を取り、きせきはナイフを目から抜き涙のように血を流し、刹那は胃液を吐いてから立ち上がる。ゾンビか、アデリナはそう思った。
「組織やら道義やらの些事は、いらぬ。見込んだ相手を斬らずして、何のための剣か」
「うわー! アデリナさんすごい! やっぱ強いんだねー!」
アデリナはその攻撃を『全て受けた』。それは諦めか、いや、刹那の眉間が不機嫌に歪んだ。防御もする程でもないと言っているのか――!!
「邪魔ですわよ」
アデリナの指が横に線引いたとき、じぐざぐに曲がった雷撃が蛇のように刹那ときせきを飲み込み動きを止めんとした。燐花がアデリナを捕らえ、そして押し倒す。マウントの位置、苦無を振り落とすだけの簡単な動作の途中で強引に押し返され首を掴まれ投げられた。燐花をキャッチした斗真。チッ、と舌打ちした斗真、いや、燐花は目を見開いたがもしかしてこれはすでに斗真ではなく紫雨だったかもしれない。
軍人を抑えきった千歳と刀嗣がアデリナを左右から挟んだ。
あくまで千歳の刃は刀嗣を狙っていた。
あくまで刀嗣の刃は千歳を狙っていた。
似た動作で振られた二撃にアデリナは体勢を低くしてから、二人の胸倉を掴んで引き合わせ衝突させる。頭を打った衝撃に刀嗣は舌打ちをした、千歳は白目をむいた。
刀嗣とは数年のブランクがある千歳は己の力量に歯噛みをした。
使命を受けた戦士のように瞳を開けた千歳。力量で負けようとも我慢比べならば気持ちの問題だ。限界を超えてこそ何かを掴めるもの。意地で振り上げた腕で、刀は振り切られた時、その刃はアデリナを引き裂いていた。返り血に、斬る人間違えたけど結果オーライと千歳は思いながら、言う。
「残念だね」
一撃を叩き込んで白目を向いた千歳はうつ伏せに倒れる。同じく周囲も静かになっていた。あれだけいた敵も、もうアデリナ入れて両指の数だ。
アデリナは不機嫌そうに顔を顰めた。やっと、一人か――やっと一人しか倒せないものか。追撃、千陽かアデリナへ接近。再び投降を呼びかけることはなく、実力で持ち帰る為に拳を叩き込み、アデリナの身体が回転しながら木へ衝突した。
「ファイヴ……ですか」
アデリナは周囲を見渡す。ふむ、どうしようかしら。
千陽の銃声、それと共にアデリナの肩ががくんと落ちた。穴あいた服に、頬を膨らましたアデリナ。
「最悪ね。この服、ちょっとお高いんですわよ?」
「……」
これはある意味時間稼ぎだ。
最早隠す気も無い時間稼ぎだ。
それに気づいた千陽は後ろを振り向く。恐らく『壁』を送っていなかったからこそ、予想以上に早く到達した『敵』、つまり。
椿を飲み込むような黒い影が出現し、ストレングスの連射式銃が轟く音が響いた。
状況は難易度を各段に上げていた。ストレングス四体に囲まれ集中攻撃を受けた刀嗣なら、ストレングス一五体の意味はよくよく理解していたはずだ。
刹那は覚者部隊を見れば、撤退する準備を始めている。
「あのさ」
苛立ったようにアデリナに切り込む。
「撤退ね、これは。どうしたものかしら」
アデリナは頬を片手で抑えつつ、刃を弾いた。次に刀嗣が割り込んだ。
「おうこらババア。人んちに押し込み強盗してタダで帰れると思うなよ」
「……あら、負けたっていってんのよ。優しくしなさい、ケチですわねえ」
我が身の昂ぶりをまるでへし折られるようなアデリナの消沈ぶりに刀嗣は苛立ちを更に燃え上がらせる思いである――。
結果として、アデリナの覚者部隊は撤退をした。
アデリナを捕縛したい覚者は多かったことだが、ストレングスの対応に追われアデリナどころでは無くなったのが原因である。
班隊のみ撤退させたファイヴのやることは十分であったと言えよう。アデリナの撤退が十全となったとき、ストレングスも自ずと撤退を開始した。
――――。
『お待たせだよー』
『お待たせしました』
雷獣二体がアニスの眼前に降り立ち、腰を折って挨拶をした。どこかで見かけたか、美雷と雷夢という雷獣だ。
『われわれ雷獣はー』
『貴女様の願いを叶えるべく参上つかまりました』
主従のように膝を折り、頭を下げた二体の雷獣。更にその後方に控えた、雷獣センメイが体中に静電気のようなものを纏わせ、のしりのしりとアニスへ歩み寄る。
『カッカッカ、この場所の龍脈の守護は任されよ。特異点も我々を認めて下さるそうだ』
「ありがとう……ございます……っ」
斗真へ振り返るアニス。
斗真は前、言っていた。此処の守りを行える古妖を連れてきたら、味方へ成ると。
今、その約束を護ってもらうときだ。
「雷獣様も協力してくださると言ってくださいました。守護者が居れば大丈夫なのですよね?」
「……そう、だね……」
「私は抗います……貴方達二人の絶望が少しでも晴れるように」
だからこれは、きっとその一歩。
――の、はずなんだが。
「……ありがとう」
その日から、斗真の姿は忽然と消えた。
「で、どっちを選ぶの?」
小垣斗真は首を横に倒して聞いた。
「どっちもだよ!」
『sylvatica』御影・きせき(CL2001110)が片腕を大きく挙げて言った。
「え」
瞬間の斗真の愕然とした表情。
「ま、待って! だって片側だけでも君たち十人で頑張るくらいの戦力なのに両方って!!」
「うっせえ、もう決まった、変わんねェよ。次、ぐちぐち言ったら氷雨がどうなるかわかってんだろうな??」
「ひぃ!!?」
既に刀を左手に帯刀させている『白焔凶刃』諏訪 刀嗣(CL2000002)が、斗真の胸あたりを掴んで引き寄せガンつけた。斗真泣きそう。
「そうだね、淘汰だね。英語で言えば、ジェノサイドだね」
追い打ちをするように『行く先知らず』酒々井・千歳(CL2000407)が笑顔でそう告げた。
「にーーーしゃまああああああ!!!! みてみて私とにーさまが同じ戦場! これ! まさにですてにー!!!!」
「数多はちょっと落ち着こうね」
『紅戀』酒々井 数多(CL2000149)はあまりのテンションに愛縄地獄を振り回し、周囲の木々を数本、軽い気持ちで樵そうだったので『狗吠』時任・千陽(CL2000014)が彼女の腕を片手でなんとか抑えて止めている。
話を戻して。
『スピードスター』柳 燐花(CL2000695)は斗真へ説明を始めた。
「小垣さん。貴方の実力を侮るつもりはありません。が、全員で片方ずつを相手取りませんか?」
「一緒に? ……いいけど」
●
――Ade, mein liebes Schatzelein♪
その歌声は絶望か。
手招きするように戦乱を呼び、そして数々の弾痕を世界中に撒き散らしたその歌が。
――Ade, ade, ade♪
今度は日本へと矛先を向ける。
――Es mus, es mus geschieden sein♪
第四機関。
「ちょっ――思った以上に、多いと言いますか……」
悲しみ帯びるように濡れる『水の祝福』神城 アニス(CL2000023)の瞳は、先頭に立つ少女よりも、放たれている敵という影の多さに身震いをした。
敵は、圧倒的物量と質量で攻めてきたというのは巷の噂なんかでは無い。
黒い軍服は某国の亡霊か。金髪を揺らす見た目少女、アデリナが――しかし、その表情は思った以上に曇っていた。
「舐めてますの?」
第一声がそれ。そこには明確に憤りの感情が籠っていた。
「舐めてる……って?」
三島 椿(CL2000061)は翼を広げ、何時、戦火がありふれても対応できるように構える。
「子供ばかりじゃないですの!! 日本はわたくしたちを嘲笑ってますの!?」
「お主も似たようなもの――子供かどうか、試してみればいい。直ぐに分かる。どうせこっちも暴力のデパート揃い」
華神 刹那(CL2001250)は半ば薄く笑いながら言った。嘘は言っていないぞと手を振りながら。
「前の君たちもある意味おっさんたちを舐めてたさ。その結果はどうだ? 君たちの所に一人として帰った者が居たかね?」
緒形 逝(CL2000156)は事実を突き付ける。
「そう。そうですの……貴方方が。なら」
軍とはよく言ったものだ。ただの戦闘狂の集まりでは無いか。
アデリナは説く。
「安心して疾く殺します」
アデリナの手が手前に掲げられた刹那、背後に控える多くの兵が銃を構えた。
その瞬間、木の葉が一枚舞い上がる。
音も無く。一人。
最速という行動に身を任せ、戦闘を開始した小さな音である。
逝は、隣を音速に近い速度で抜けた『闇を孕んだ味方』の行動に、敢えて、敵を憐れに思い警告した。
「ああ、でも早速だけどね? 頭を護った方が、いいさね」
「キミの相手は、僕みたい。全く、無茶言ってくれるよねファイヴ」
並外れた勢いで風を置き去りにし、アデリナに到達した斗真が――彼女の顔面を蹴って回転させた。
●
かくして誰も知らない世界戦は二度目の戦火を燃やす。
「面白いね、弾丸だろうが戦車だろうが止めてやろうじゃないか」
千歳の瞳には動揺も忌避感も恐怖さえ無い。
櫻のように火の粉が舞い上がり、刀嗣は、数多は、同じタイミングで抜刀した。
「「櫻櫻火火真真陰陰流流、酒諏々訪刀井数嗣多いくぜ」――ってかぶんなや!」
刀嗣と数多が同時に喋り結局なんだかよく分からない名乗りになった。
「同じく、酒々井千歳」
研ぎ澄まされた三振りの刃には個性の色が見えている。同じ流派の名の下で我武者羅に育った三人の一騎当千に血の飛沫は上がる――。
先陣は酒々井兄妹よりも先に刀嗣が飛び込んだ。
同一の軍服の群れへ、金髪を闇色が飲み込みながらも白炎が吹き荒れる。最初は敵側も子供へと舐めてかかった。笑い声が聞こえた。
「死にてェ奴から前でろ」
扇状に切り伏せ、手足や首が飛ぶ。鮮血が飛ぶ。すぐに笑い声は止まった。
刀嗣は後ろ手に刀を廻し、振り落とされた刃を受けた。敵かと思えば、他の誰でもない千歳が刀を振り下げていた。
「テメェ、死角を狙うなら殺気くらい抑えろ」
「俺もまだ未熟ということかな?」
不自然な程に千歳は笑顔のまま、『刀嗣のついでに敵を斬っている』。
同じ櫻の流派として同一の戦場に立つのに懐かしさを感じながらも、常に千歳の殺意は一人に向けられていた。
第四機関、敵、味方、善悪、正直其処ら辺は千歳としては付属品に過ぎないのかもしれない。
そんな兄にとろんとした目線を向けている数多。
彼女も色んな意味で人間を止めかけているが、次代の禍津神候補としての刀は、濃い赤色に燃えている。
「はぁ……にーしゃまのために」
銃声、美しく揺れた桃色の髪が数本千切れ、腹部から背中にかけて増す痛みよりも、胸を埋めるような恍惚に数多の瞳がこれ以上無く輝いた。
一人斬っては兄の為。
二人切れば兄が被弾する数が減る。
参つ切っては兄が刀嗣を斬る機会が増える。
数多の全ては、千歳へ繋がっていた。彼女としても、敵は己と兄を盛り上げる材料なのかもしれない。
鮮血が降り注ぐ中、燐花は気配を殺して駆け抜けていた。
究極とは何ぞや。
強さとは何ぞや。
力とは何ぞや。
少女は今日も、突き出された命題の沼に全身浸して落ちていく。
燐花の頬に掠る一筋の弾丸――弾丸如きに打ち抜かれる速度とは?
燐花の眉間が不機嫌に寄った。己の速度にはまだまだまだまだ信頼が足りない。
まだ遅い――これじゃあ守れない。
まだ辿り着けない――誰を守るの。
まだ捕えられてしまう――この感情はなんなの!!
斗真の背中が遠い、あれは龍だ、ならば燐花は何になる? 鬼か、修羅か、それともなんだ。
「戦闘中に考え事なんて暇そうね」
敵の誰かがそう言った瞬間、燐花の頭上に剣が振り落とされる。嗚呼、まだ私は遅いのか――?
斗真の精度の高い攻撃をもって切り伏せ、しかしアデリナも負けてはいない。
現場の頂点を担うだけあり、アデリナは斗真の顔面を掴んで地面に叩きつけてから更に頭部を潰そうと地面に押し付けている。
「――やめて」
震えた祈りが響いた。
アニスは斗真を守りたい、がしかし、あまりの乱戦に最早前衛も、後衛も関係が無くなっている。
そもそも大多数の敵相手に布陣はその意味を失くしていた。
詰まる所、アニスが斗真に手を差し伸べても、それはかき消されてしまう。
体躯を切り刻まれ、弾丸が穴を空け、炎に焼かれようともアニスは斗真を優先するのだろう。
現に、守り不在の回復手などすぐに磨り潰されるも同然の存在。群れに視界を遮られ、回復が行き届かないのは椿さえ歯痒く思っていた。
「見えない」
どこ、どこ、誰はどこに、仲間はどこに。
「届かない」
首を振りながら、椿の翼は呆気なく折れてしまっている。
反応が遅れる一瞬の隙に、肩に食い込むナイフが瑠璃の翼さえ赤く飾るのだ。
後衛という身分、敵に接近されればこの上なく面倒なことが起きる。
椿が引き寄せたアニスの身体を抱いたとき、木々から飛び移ってきた狂気色に血狂った男が鈍器を振り上げた。当たれば柘榴のように弾けるのは、脳裏によぎっている。
その時夕焼けに、跳躍せし影が重なる。
剣を振り上げている男を潰す形で地面に落ちた千陽が、その足を着地させた途端。椿とアニスの前方が扇状に衝撃波を生み、敵を玩具のように蹴散らした。
「視界はよくなりましたか?」
「ええ、とっても」
●
少年の残酷さの中で、僅かに映し出される正義感を孕むきせき。その光と闇を両方魅せるように『不知火』の刃は明暗に分けて輝く。
龍脈を、この日本の秘密を、悪の手が奪いに来るとは許せず――というのは表の顔で、裏に魅せるそのかんばせは、とろけそうな、例えばとても美味しいものを食べたときのような表情に変わっていた。
「不知火さん、一緒に頑張ろうね!」
眼前。大きく横に振りかぶられた剣。
あれに斬られたら痛いのだろうか、ギリギリで避けたらゾクゾクと胸の奥が痙攣するだろうか!!
刹那、振り切られた剣。
きせきはその身に鉄の冷たさと痛みに娯楽さえ感じつつ、剣を振り切った男を踏み台に空へ身体を浮かせる。
「狙うなら、首だよね!」
至極、年齢に似合わぬ顔で笑っていた。抱えていた虚しさの沼から抜け出した少年は、今、花を手折るように刃を横に凪ぎ、刈り取る。
ごみのように転がった敵の頭に目もくれず、敵の奥へと飲み込むように進軍する刹那。彼女は敵の心の盾を破壊するように言霊を撒いていた。それが、たった一文字でも敵の心に突き刺さり、いずれ容赦無く致命を与える油断を引きだせれば御の字。
茶番のような誘い文句だ。
しかし小学生が悪意に悪口を言う言葉よりも、ナイフのような切れ味は持っているつもりだ。
だが相手も軍人。千陽が常に冷静に戦場を駆け、五指で状況を分けては手馴れたように最適解を出すのと、『ほぼ』同じように。
相手側の軍人たちも刹那の言葉に揺らぐことは――。
「馬鹿が。我々は個人的な故郷(国)規模に囚われずに世界を背中に控えている」
「あ、そっ。ていうか日本語通じるのか」
「一日十三時間勉強したからな」
言葉が一瞬交わった刹那、お互いの刃を交換して身体に貫通する刹那と機関。
へらへら笑う敵に刹那は仮面の奥に感情を押し殺して対抗していた。畏怖も畏敬も無く、そして作業のような流れで互いに再び刃を振り上げる。
「故にそのような戯言が通じるとでも?」
「日本に遊びに来た割りには、礼儀も知らない野蛮には丁度いいだろう」
敵の刃は刹那の片目を抉った。カウンター気味に、相手の動きが止まった瞬間を刹那は刃で肩を食い破る。
騒ぎ立てるような血が空中へ飛んだ腕から舞い散る。血の雨の中、無くなった腕の感覚に歯噛みした敵が言う。
「でもやっぱりムカついたから殺すわ」
「話がしやすくて助かるねえ」
刀嗣は斗真へ肩をぶつけた。
「おう、暁。ピンクゴリラと柳がテメェの技覚えてぇらしいから教えてやれよ」
「へ?」
もう一方の肩を数多は斗真にぶつけて、丁度彼と数多で斗真を挟む形になった。
「はぁい! 弐號! 元気? 私ちょーご機嫌ハッピー!」
「はぁい……僕今忙しいアンハッピー」
「弐號、ちょっと轟龍二式つかいなさいよ! っていうか教えなさいよ! 頭下げたら良い? 脱いだらいい?」
「え、ええぇ……壱式を識れば弐式も自ずと理解できるよ。今日はだから、無理――ってわわ」
数多を小脇に抱えて敵の弾丸から避難する斗真。
「おっぱいさわってもいいから教えなさいよ! 疲れる? 気にしないで! 私元気!」
「お、おぱっ……!! ぼ、僕の話意地でも聞かないつもりだね?」
斗真は数多の頬を両手でつまんで千切れない程度に伸ばした。前方、攻撃を終えた燐花が着地。
「轟龍の技。一つめは紫雨さんから頂きました。
……私には、総てをかけて守りたい存在がいます。守るための力が欲しいのです。
貴方の持つ二式。どうか私に見せてください」
斗真は斜め上を考えるように見つめてから。
「大事なものを守るために。力を欲するのは悪くないでしょう?」
そう言われてしまえば、斗真は何も言えなくなってしまう。
「弟子は取るつもりないけど、勝手に盗むのなら好きにしてよ」
「おい弐號、扱いが違う」
逝の悪食を持つ手が痙攣する。伝う血が、腕から刃に滴れば、悪食は血管のように赤い線を浮き上がらせて血を飲み込む。
一瞬の戦いのはずが、もう数十分は戦ったような疲労感が逝を襲っていた。刹那とアイコンタクトを取り、同じ敵を切り刻み、そしてまた次、この繰り返しの波である。
物量とはいえ、人が形作る津波にどこまで耐えれようものか。それよりもだ、アデリナが予想以上に面倒な相手だ。仲間の気力に注意を払う逝としては、人一番周囲へ気を使っていた。
斗真が抑えている分、精密な遠距離攻撃が適格に『斗真以外』を狙っている。よくよくファイヴの撤退条件を掻きわけたというよりは、敵側から見てボスを倒す前に取り巻きを先に蹴散らすという手法と取っているまでだろう。しかし椿の回復が皆を救う。椿は斗真を動かせるアニスにある意味尊敬の念を抱きながら、しかし自分とて彼等はなにもできぬ訳ではない。紫雨をどうにかすゆと誓った以上、今、この戦いさえ椿の望む終わりを発生させるために必要な一歩。それは、斗真の中の紫雨も椿のことを見ているに違いはない。
「大丈夫?」
「うん。椿、ごめんね、君を守りきれなくて」
「大丈夫よ、私は貴方を信じる」
「友達にそう言われたら、きちんとやらないとね」
世界広しとはいえ、彼女は何を見てきたのか。まるで完成されたきせきの様に戦闘を楽しんでいるのか、それとも別か。
逝も人の事は言えないだろうが、あれはもう人間だと思ったら負けの部類だろう。
アデリナのスカート下から出てきた銃が適格に椿とアニス、その最高尾を列で狙う。地を這うような衝撃に駆られ、嗤った。
「どの道全員血濡れの獣よぉ!! さあ踊りなさいよぉ、楽しくなさそうにしてたら沈めるわよ!!」
「うるさいなあ」
「おっさんとデュオだね斗真ちゃん」
「喜んで」
斗真と並んだ逝と同時に刃をアデリナへと。
斗真の二本と逝の一振りを合わせ、無数の刃が斬撃と音と火花を散らしながら攻防が開始された。逝も斗真も手を止めぬが、アデリナも短剣で弾き返していく。
逝の悪食はイイコだ。アデリナの肩を食い破ったんだから。そこに、燐花が加わった。斗真をチラ見しながら、それに気づいた斗真が燐花に応える。二式だ、下から上に抉りあげるような衝撃にアデリナとその後ろが衝撃波に吹き飛ぶ。早すぎて、燐花にはよくわからなかったのが事実だが、もしかしたら次は見えるかもしれないと燐花は薄く笑った。
「そう! もっと抵抗して、もっと抗って、じゃないと楽しくないわ!!」
嘆息する。こんな感情しかない軍人がいてたまるか。千陽は前に出てきたアデリナに突進しガンナイフを突き刺し、肩を押し、元の位置へお帰り願った。にぃ、と笑うアデリナは千陽へ膝を叩き込む。かち割られた脳天から血が顔へ滴り、千陽の口内は濃い血の味に覆われた。
「アデリナ女史、他国の軍人がこの国を脅かすことについて、寛容にはなれません。協力さえしていただければ非人道的な対応はしないと誓います」
「素敵ね、吐き気がしますわ。もう綺麗ごとで治まるの時はとっくに過ぎたのですよ。夢見がちな子供には、これをクリスマスプレゼントですの」
アデリナが千陽から離れ、右手を高らかに天空へと掲げた。その奥――自走する対空砲。
時に仲間の指揮を各段に上げ、時に敵の恐怖を掴み捻り出したそれの名は。
「まさか、――アハトアハトですか!?」
千陽でさえ理解が超えそうになった。日本の国土にそんなものを。
「こっちに来てからプラモデルみたいに組み上げましたの! では、味わってみてくださいまし!」
アデリナの腕が降り下がる直前。櫻火勢が揃って千陽のもとへ駆けてきた。
「なになになになに! チカ君あれなに!! 切ったらいいかんじ!!?」
「酒々井嬢、退避を……」
刀を夕焼けに翳した千歳。
「じゃあ俺が切ろうかな、刀嗣のついでに」
その隣で鬼の形相で千歳を睨んだ刀嗣。
「あ? 何言ってんだ、三下。俺様が切る」
「にーーーーしゃまがやるなら数多もーーーっ!」
「じゃあ僕もー!」
「よし、悪食、食い破ろう」
軍人一人を引きずってからぽいっと投げたきせきや、逝もやってきた。
アデリナの手が降り下げられ轟音が響く。
山を上空から見て、巨大な砂煙と共に、山の一部分が木々を薙ぎ倒すど太い線が描かれた(結局切れなかった)。
砂煙が止む頃。
「拷問死も交通事故死も航空事故死も殉死も戦死も同じ死で恐怖など皆無。今更非人道尽くされようがされまいが結果は不動」
全身の骨がほぼ砕け、血だまりに転がる千陽の頭を足で踏むアデリナ。
「貴方も軍人なら悠久の大義でも悦びに?
戦争は己が地位を上げるチャンスです。さぁ首は此処ですわよ、ナイフなら貸して差し上げます。わたくしの命で美徳に満足してみては如何?」
千陽の眼前。ナイフが地に刺さった。
しかしそのナイフは千陽を嘲笑っていた。できるものなら、やってみろと。
「話は終わりましたか?」
燐花が弾丸のように勢いをつけつつアデリナへ飛び込む。
アデリナの髪の毛を掴んで、勢いのまま放り投げ、飛んでるアデリナが空中で体勢を変えている中で、燐花はアデリナへ追いついて蹴りを叩き込む。
「あら、さっきの悩んでいる子」
「大人しく引いて下さい。悪戯に踏み込んでいい場所ではありません。私の力、その身に刻み込んでほしいのですか?」
苦無を口に噛み、祈り手のようにした両手で大上段からアデリナを叩き落とす。
骨がきしみリアルな音を奏でたアデリナの身体がくの字に曲がりながら地面へと落ちた。
「はぁ……そうね」
ふと燐花は恐怖を覚えた。血を吐きながら笑い、そして痛みを受け入れるように『もっと』と乞う女の姿に、悪人を超えてしまった何かが見えた。
数を減らすに無双を繰り返す千歳、刀嗣、数多。
彼ら櫻火とは護身術に非ず。古流の流れを汲む殺人の業を磨いて来た門派だそうだ。
「首を落とせば人は死ぬ、四肢が飛べば動きは鈍る──まあ、必要以上にやる事はないけど」
「ってマジ? うちの流派って殺人術だったの?」
数多は刀嗣に目線を送った。
「……」
刀嗣はあえて返事しなかった。
「要は人の体は脆くて、同時に急所もまたそれなりに多いって事」
つまり人間誰だろうと何であろうと、斗真もアデリナも暴力坂も霧積も八神でさえ、必ず死ぬ事ができるということ。
千歳は数多を見た。芸術までに綺麗な切り口を作りながら、人間の四肢を吹き飛ばす機械と化していた。そこに感情は一点の想いしかなく、そして敵の弾丸を浴びながらも怪我をすればニーサマが心配してくれると、自ら浴びていく勢いがある。
それには敵も度々苦笑いしながら、
「このアマァ!!」
と数多を押し倒しマウントを取り殴りかかるときがあれど、数多は身の内から燃え上がる恋の炎で男を焼いていった。
「数多は今日も元気だね」
「ねえねえニーサマ! さっき数多、男の人に胸元の服びりびりさせられた、可哀想? ねえ、可哀想??」
「無事で何よりだよ。どれくらい倒せた?」
「三以上は数えられないの! でも一五くらいはいったわよ!」
「数多はすごいな」
千歳は自分の上着を数多に被せた。
刀嗣はあえて関わりたくないとそっぽを向いた。
猛威の弾丸の雨。未だ敵の量は衰えを知らぬ。
しかし序盤、ファイヴを子供と侮っていた者は一人として起き上がってはいないだろう。
アニスと椿はお互いにカバーし合いながら立ち上がっていたが、二人とも既に命数は等しく散らしていた。刺す様な敵意の視線は回復という二人を集中して狙っていたのだ。
それのお陰とは言えないが、前衛はよくよく自由に動けている。
「皆さん、頑張ってください! 今回復いたします!」
斗真はアデリナへ意を決して刃を突き立て肉を抉る。アデリナはそこで初めて顔を歪めた。彼女も人の子、常に限界はそこにあるのだ。
「アデリナ様……何で貴女は……人の命を何だと思っているのですか! わざわざ争いを起こす理由なんてないんです!」
傍観に徹し回復を続けたアニスが叫ぶ。
「笑止!! 争いのタネなんて何処にでも落ちている世界でなにを言いますの!!」
これは相容れない。アニスとアデリナは今度一切交わることのない同士のようなものだ。
重ねても重ねてもアニスの回復を嘲笑うように抉られていく傷口のように、終わり無い鼬ごっこに、アニスの僅かな正義感は必死に食らいつく。
「失っていい命なんて……無くなっていい命なんて有りはしないのです! それは貴女達にも言えること! 白蛇様を殺してしまった事は決して許されはしませんが……それでも!」
「残念ね、貴方とは意見が一生あいそうにもないですわ。
赦す赦さぬなど人間が作った概念に過ぎず、かくしてわたくしは争いを招きますわ。今も、これからも、『死んでも!!』」
駆け出しそうな勢いでアニスは一歩踏み出し、しかし斗真が右腕を横に出して彼女を止めた。
「アニス、彼女には何も言っても無駄だよ」
「ですが……」
「君の救済意識は僕が肯定する」
腹部に飛び込んできた男は数多のそこを大きく抉った。服は破れ血を染み込ませ、多少の羞恥はありそうな恰好で数多は焼け落ちるような業の炎で敵の首を飛ばした。
血飛沫、敵の生死は確認しない。どっちでもいい。それよりもと、頭の無い身体を蹴り飛ばし、数多は輝く瞳でアデリナへ切り込んだ。
「アデリナさん? マイネームイズ、ちがうわドイツ語ググったでしょ?
マインナーメイストアマタシスイ! オーカシンカゲリュー! グレーステ シュテルケ!」
「日本語でおk、ですわ!」
数多の一振りがアデリナの身体に赤い線を作る。
「つうかドイツ語かっこいいな!」
笑顔で語る姿はカフェで恋話する少女と変わらないが、刀は斬って切って切る動作を止めない。
「あとその軍服もかっこいいな!」
「ありがとうございます!」
刃を弾かれ、がら空きの胴にアデリナの銃が押し付けられた。
「貴方の桃色の髪も素敵ですわよ、どこのシャンプーを使ってますの?」
「よく言われる! ありがとう!!」
銃声ひとつふたつ、重なる度に腹部に穴空きながら会話は続く。
そろそろアデリナという人物は解っているだろう。
椿の止めぬ手と共に、彼女の心を図っていたが読み取れるのは戦闘と享楽を同一に見ているというものだ。
例えばきっと、今日の戦闘だろうと結果的な勝ち負けは大して彼女の興味とはかけ離れている。撤退したとて次の戦闘への準備を着実に始めるだろう。
故に、今日止めなければ明日の戦争は確実。
「そこまで執着して、可哀想ね。他に趣味は無いの?」
椿は引き絞った弓から矢を放ち、天空高く伸びていく。やがて光が弾け、癒しの雨が降り注ぐとき。アデリナは斗真の一撃を受け、横に回転しながら吼えた。
「まさか! ありますわ、乙女に秘密は多いですから、内緒ですけれど――」
轟音はひとつ――直撃。
椿の胸に咲いていく赤色。そして澄んだ輝きを魅せていた椿の瞳も、濁る。しかし倒れるより前に、翼を広げた。斜めに倒れかけた身体を宙に浮かせて浮上し。
「止めるわ。貴方を。ね。そうでしょう」
椿が呼びかけたのは仲間たちへ。再び回復の祈りに椿の周囲は彼女の翼と同じ色へと凍りつく。しかし不思議と寒くは無く、むしろ暖かな淡い光が戦場を覆った。無傷の兵士はここには一人としていない。故にそれを癒す椿の手も傷ついていたが、振り起こす奇跡に似た祈りは指揮上げには丁度良すぎるくらいだ。
きせきと刹那が構えた。積み上がった敵の死体、とまではいかないが、倒れた身体たちの上に君臨する二人がやっと顔を出した月明かりを背に立つ。その瞳の色だけ、いやに強調して発光している。
「そろそろ貴様の戯言も聞き飽きた」
「やっとお姉さんと戦えちゃうかも!!」
きせきと刹那は同時に切り込んだ。斗真が退いた刹那に入れ替わる。
疲労を感じさせぬ二人の動きに、手招くようにアデリナは受け入れた。最早彼女の刃も斗真の攻撃を受けて欠けていたものの、まだ心は一切欠けていないということだ。
確かに彼女に正論は通じないが、きせきや刹那、そして刀嗣のように肉体言語のほうがより言葉よりも通じるものがある。
きせきの刃が無数に貫き、刹那の猛攻が異常なまで研ぎ澄まされて一撃を重く叩きこんでいく。アデリナはナイフで対抗し、きせきの目にそれを突き刺してから、刹那の胴を蹴り抜いた。お互いに一度距離を取り、きせきはナイフを目から抜き涙のように血を流し、刹那は胃液を吐いてから立ち上がる。ゾンビか、アデリナはそう思った。
「組織やら道義やらの些事は、いらぬ。見込んだ相手を斬らずして、何のための剣か」
「うわー! アデリナさんすごい! やっぱ強いんだねー!」
アデリナはその攻撃を『全て受けた』。それは諦めか、いや、刹那の眉間が不機嫌に歪んだ。防御もする程でもないと言っているのか――!!
「邪魔ですわよ」
アデリナの指が横に線引いたとき、じぐざぐに曲がった雷撃が蛇のように刹那ときせきを飲み込み動きを止めんとした。燐花がアデリナを捕らえ、そして押し倒す。マウントの位置、苦無を振り落とすだけの簡単な動作の途中で強引に押し返され首を掴まれ投げられた。燐花をキャッチした斗真。チッ、と舌打ちした斗真、いや、燐花は目を見開いたがもしかしてこれはすでに斗真ではなく紫雨だったかもしれない。
軍人を抑えきった千歳と刀嗣がアデリナを左右から挟んだ。
あくまで千歳の刃は刀嗣を狙っていた。
あくまで刀嗣の刃は千歳を狙っていた。
似た動作で振られた二撃にアデリナは体勢を低くしてから、二人の胸倉を掴んで引き合わせ衝突させる。頭を打った衝撃に刀嗣は舌打ちをした、千歳は白目をむいた。
刀嗣とは数年のブランクがある千歳は己の力量に歯噛みをした。
使命を受けた戦士のように瞳を開けた千歳。力量で負けようとも我慢比べならば気持ちの問題だ。限界を超えてこそ何かを掴めるもの。意地で振り上げた腕で、刀は振り切られた時、その刃はアデリナを引き裂いていた。返り血に、斬る人間違えたけど結果オーライと千歳は思いながら、言う。
「残念だね」
一撃を叩き込んで白目を向いた千歳はうつ伏せに倒れる。同じく周囲も静かになっていた。あれだけいた敵も、もうアデリナ入れて両指の数だ。
アデリナは不機嫌そうに顔を顰めた。やっと、一人か――やっと一人しか倒せないものか。追撃、千陽かアデリナへ接近。再び投降を呼びかけることはなく、実力で持ち帰る為に拳を叩き込み、アデリナの身体が回転しながら木へ衝突した。
「ファイヴ……ですか」
アデリナは周囲を見渡す。ふむ、どうしようかしら。
千陽の銃声、それと共にアデリナの肩ががくんと落ちた。穴あいた服に、頬を膨らましたアデリナ。
「最悪ね。この服、ちょっとお高いんですわよ?」
「……」
これはある意味時間稼ぎだ。
最早隠す気も無い時間稼ぎだ。
それに気づいた千陽は後ろを振り向く。恐らく『壁』を送っていなかったからこそ、予想以上に早く到達した『敵』、つまり。
椿を飲み込むような黒い影が出現し、ストレングスの連射式銃が轟く音が響いた。
状況は難易度を各段に上げていた。ストレングス四体に囲まれ集中攻撃を受けた刀嗣なら、ストレングス一五体の意味はよくよく理解していたはずだ。
刹那は覚者部隊を見れば、撤退する準備を始めている。
「あのさ」
苛立ったようにアデリナに切り込む。
「撤退ね、これは。どうしたものかしら」
アデリナは頬を片手で抑えつつ、刃を弾いた。次に刀嗣が割り込んだ。
「おうこらババア。人んちに押し込み強盗してタダで帰れると思うなよ」
「……あら、負けたっていってんのよ。優しくしなさい、ケチですわねえ」
我が身の昂ぶりをまるでへし折られるようなアデリナの消沈ぶりに刀嗣は苛立ちを更に燃え上がらせる思いである――。
結果として、アデリナの覚者部隊は撤退をした。
アデリナを捕縛したい覚者は多かったことだが、ストレングスの対応に追われアデリナどころでは無くなったのが原因である。
班隊のみ撤退させたファイヴのやることは十分であったと言えよう。アデリナの撤退が十全となったとき、ストレングスも自ずと撤退を開始した。
――――。
『お待たせだよー』
『お待たせしました』
雷獣二体がアニスの眼前に降り立ち、腰を折って挨拶をした。どこかで見かけたか、美雷と雷夢という雷獣だ。
『われわれ雷獣はー』
『貴女様の願いを叶えるべく参上つかまりました』
主従のように膝を折り、頭を下げた二体の雷獣。更にその後方に控えた、雷獣センメイが体中に静電気のようなものを纏わせ、のしりのしりとアニスへ歩み寄る。
『カッカッカ、この場所の龍脈の守護は任されよ。特異点も我々を認めて下さるそうだ』
「ありがとう……ございます……っ」
斗真へ振り返るアニス。
斗真は前、言っていた。此処の守りを行える古妖を連れてきたら、味方へ成ると。
今、その約束を護ってもらうときだ。
「雷獣様も協力してくださると言ってくださいました。守護者が居れば大丈夫なのですよね?」
「……そう、だね……」
「私は抗います……貴方達二人の絶望が少しでも晴れるように」
だからこれは、きっとその一歩。
――の、はずなんだが。
「……ありがとう」
その日から、斗真の姿は忽然と消えた。
