川底からの救難信号
●SOSは瓶の中
覚者の一人が小泉水川を通りかかった際、ボトルメールが流れ着いているのを発見する。何か浪漫を感じたのか、好奇心からか、覚者が拾い上げ、中身の便箋を確認する。
汚い字で書かれ、ところどころ濡れているせいでインクが滲んだそれをどうにか解読する。
内容としてはこうだ。
『上流に住む河童です。本当です。最近近くに大熊が出ます。助けてください。』
との事だ。拾い上げた覚者は仲間たちと相談をしつつ、確認するだけでもしてみようと仲間を集め、川を遡りつつ源流のある山の方へと足を踏み入れていく。
山の中腹辺りでぱしゃりと水面で何かが跳ねる。そちらを見てみると、蛙のような水掻きのある手が出てくる。その肌には美しい緑色の下地の上に黒い斑模様が張り付いている。
「覚者の皆さんですね? お待ちしておりました」
そう言い河童は川から顔を出すと流暢な人語で話しかけてきた。
●隠れし者共
「我々この辺りの河童は争いを避けてきました。人に近いところに住んでおります故、無用ないざこざは起こしたくありませぬ」
そう言い、覚者たちに川の幸を振る舞う河童。火さえも器用に扱い、調理されたそれらの料理は文化の違いを感じさせないほど人間の味覚に合っていた。そんな彼のもてなす姿をみると、一部に居る人を襲う者共とはまた違う種なのだと感じさせられる。
「しかし、最近この山に外から来たのか、おかしくなってしまったのか、暴れはじめた獣共が現れ始めました。このあたりに住む河童には戦う力はありませぬ。皆さまのお力添えを頂きたく思います」
河童は深々と頭を下げる。水が頭の皿からこぼれ落ち、慌てて川の水を皿に足す。
覚者達が顔を見合わせ、それに応じようとしたその時、周囲の森がざわめき立つ。
「き、来ました! 奴らです!」
大熊を筆頭に、数匹の狼が茂みから飛び出してくる。その口からは飢えているのか涎がダラダラと滴り続けている。
「彼奴等は我々一族も喰らった畜生共、何卒お力添えを!」
河童は爪を剥き出しにして臨戦態勢をとるものの、その姿は弱弱しい。
成り行きだが仕方ない。かかる火の粉は打ち払うのみ。
覚者の一人が小泉水川を通りかかった際、ボトルメールが流れ着いているのを発見する。何か浪漫を感じたのか、好奇心からか、覚者が拾い上げ、中身の便箋を確認する。
汚い字で書かれ、ところどころ濡れているせいでインクが滲んだそれをどうにか解読する。
内容としてはこうだ。
『上流に住む河童です。本当です。最近近くに大熊が出ます。助けてください。』
との事だ。拾い上げた覚者は仲間たちと相談をしつつ、確認するだけでもしてみようと仲間を集め、川を遡りつつ源流のある山の方へと足を踏み入れていく。
山の中腹辺りでぱしゃりと水面で何かが跳ねる。そちらを見てみると、蛙のような水掻きのある手が出てくる。その肌には美しい緑色の下地の上に黒い斑模様が張り付いている。
「覚者の皆さんですね? お待ちしておりました」
そう言い河童は川から顔を出すと流暢な人語で話しかけてきた。
●隠れし者共
「我々この辺りの河童は争いを避けてきました。人に近いところに住んでおります故、無用ないざこざは起こしたくありませぬ」
そう言い、覚者たちに川の幸を振る舞う河童。火さえも器用に扱い、調理されたそれらの料理は文化の違いを感じさせないほど人間の味覚に合っていた。そんな彼のもてなす姿をみると、一部に居る人を襲う者共とはまた違う種なのだと感じさせられる。
「しかし、最近この山に外から来たのか、おかしくなってしまったのか、暴れはじめた獣共が現れ始めました。このあたりに住む河童には戦う力はありませぬ。皆さまのお力添えを頂きたく思います」
河童は深々と頭を下げる。水が頭の皿からこぼれ落ち、慌てて川の水を皿に足す。
覚者達が顔を見合わせ、それに応じようとしたその時、周囲の森がざわめき立つ。
「き、来ました! 奴らです!」
大熊を筆頭に、数匹の狼が茂みから飛び出してくる。その口からは飢えているのか涎がダラダラと滴り続けている。
「彼奴等は我々一族も喰らった畜生共、何卒お力添えを!」
河童は爪を剥き出しにして臨戦態勢をとるものの、その姿は弱弱しい。
成り行きだが仕方ない。かかる火の粉は打ち払うのみ。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.妖の撃破
2.河童の保護
3.なし
2.河童の保護
3.なし
今回は河童に導かれて、力ない彼らを助けるシナリオになります。
河童を守ってあげよう!
【場所】
山中の川辺になります。時間は昼頃。
【敵】
大熊(獣型:妖ランク2)
突進攻撃:貫3[貫:100%,60%,30%]+流血
ベアハッグ:単体攻撃+必殺
ベアハッグ命中時、次のターンも強制的にダメージ。その間両者の行動手番はスキップされる。
振り払い:強烈な列攻撃+溜1
大振りな攻撃が多いですが、その分タフで一撃が重いです。
狼(獣型:妖ランク1)
咬みつき:単体攻撃+鈍化
威嚇:自身の速度・攻撃力の上昇
の二種類の敵が登場します。
【河童】
この付近の河童は戦闘能力を忘れ、のんびり暮らすことをしている者たちです。
その反作用で戦闘能力は期待できないない種です。戦いには向いていません。
ですが、回復の術法は使えます。
キャラクター指示がある場合はその指示に従います。
ない場合は前列で戦闘に参加します。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
5/8
5/8
公開日
2016年08月27日
2016年08月27日
■メイン参加者 5人■

●抗しうる者たち
目の前に躍り出てきた獣たちは明らかに常軌を逸していた。その眼は狂気の色を浮かべ、その口からは貪欲なまでの食欲が溢れていた。四頭の狼に一匹の大熊。どちらも同じ状態に見える。
「河童殿よ。事が済んだら岩魚の塩焼きで一杯いきたい。付き合うてくれ」
そう言い放った華神 刹那(CL2001250)はゆらりと立ち上がると。刀を抜き放つ。その髪はいつの間にやら白銀の色を帯びている。
「え、そ、それでは我々の願いは……」
「当然。困ってる人達を守るのが俺達の仕事だ。行くぜみんな、守備は俺に任せな!」
突然の敵の襲来に慌てて構えを取った河童が刹那に投じた疑問には『意識の高いドM覚者』佐戸・悟(CL2001371)が答える。彼もまた既に体をそれまでの姿と違う風に変化させている。四肢に盾を構え、さながら一枚の大きな盾の如き風貌にさえ見える。その顔に狂気じみた欲求が浮かんでいるのを除けば勇ましいことこの上ない。
「人と古妖が力をあわせて苦難を乗り越えるというのもいいものだな。河童らよ、決して無理はするなよ。「友人」としてお前たちが傷つくのは忍びないお前らもそうだと嬉しいな」
ほれほれ、とパイルバンカーを構えた『約束』指崎 心琴(CL2001195)が手で後ろに行くように指示を河童に出す。
「相手は獣、俊敏ですので皆さんとリンクしておきます。朧、視界を」
上月・里桜(CL2001274)が朧と呼ばれた守護使役を空に放つ。同時に里桜は札を手に野獣達の前に立ちはだかる。
獣たちは喉を唸らせ、立ちはだかる者たちに狙いを定める。目の前の獲物を何であれ喰らおうという本能のようなものを感じさせる。
狼の一匹が悟の足に噛みついてくる。
「グ……へへっ、どうした獣風情が! もっと力を出して見せろよぉ!」
そう叫ぶのは悟だが、その足には狼の牙が抉りこんでいる。
噛みついていた獣を『感情探究の道化師』葛野 泰葉(CL2001242)がその爪で振り払う。顔には黄色をベースにした面、『楽』の象徴が着けられている。
「佐戸君、もしかして、引きはがさないほうがよかったかな?」
そういう泰葉の口は楽しげだ。悟の様な感情は稀有な存在だろう。それ故に、彼の感情の噴出をより眺めたいと思う。
直後熊が猛突進し、覚者達の動きを止めようと向かってくる。悟達のいた地を抉り、砂煙が舞う。
「佐戸君、無事か!?」
近くにいた泰葉は一度距離を飛ぼうとしていたこともありどうにか躱せたが、どっしりと攻撃に備えていた悟には直撃したはずだ。彼には咬みつかれた傷もあり、軽傷ではあるが影響がないというわけではないのだ。
●不動の盾
「おぉ……おぉぉ……!」
熊の突進を両腕の盾で防ぎ、間一髪頭蓋を割られずに衝撃を受け切った悟。だがその頭部からこぼれた数滴の血が地面を濡らす。
「ハァ、ハァ……ハハッ、まだだ……もう一度だぁ!!」
血を流しながらも悟の顔には狂気の色が浮かぶ。獣たちが宿すそれとはまた別種の何かだ。
「か、覚者様、ご無事で?」
そう問いかけながら河童が癒しの滴を行使する。完治には至らないまでも傷はある程度塞がり悟の身にさらなる活力が与えられる。あのままであれば命が危うかったかもしれない。
(世界広しと言えども、あれは……)
刹那は狂喜の色を浮かべる仲間をちらりと見て感情を揺らせたものの、すぐさま独特の無感情な顔に戻ると刀に力を込める。
「閃!」
そのまま狼達や熊に対し、大きく踏み込んだとも思うと胴を大きく回しての薙ぎ払い。剣風に飲まれた熊は一度下がり距離を取る。
それに対し、狼はそれでもなお向かってくる。跳びかかり里桜の足首に齧り付こうとしたところを隆起した地面が槍となりその体を貫く。そのまま敵はピクリとも動かなくなる。
里桜の符が張られた地が蠢き次の獲物を狙わんとする。
しかし、他の獣たちはその様子にひるむことはないように見える。むしろ覚者達を倒した後に仲間の死肉を食おうとしそうなほどにさえ見えた。
「ここまでの事を見せられると、欲というのも恐ろしいですね」
「だからこそ、僕らでしとめなくっちゃ!」
心琴の詠唱と共に雷雲が敵の頭上に発生。敵陣に降り注いでいく。その肉が焼かれ、体の痺れに耐え兼ねたのか、狼達は一度その場に崩れそうになる。それを立て直し、再度牙をむく。その吼え声には先ほどまでの力はない。
その隙間を縫い大熊の足元まで接近した泰葉が飛び上がり、熊の顔面に炎を纏わせた拳を叩き込む。叩き込まれた拳に纏わりついていた炎が凝縮、直後小爆発を起こす。
だが熊が気絶することなくその両腕で泰葉を抱きしめようとする。
「そいつは俺のだ!」
飛び上がった悟が泰葉の服を掴み、彼と自分の位置を反転させる。
「君は……!」
そう小さく泰葉が呟くのと同時に、泰葉の視界は大熊のこげ茶毛に覆われた腕だけとなる。もしあの場にそのままいれば間違いなく泰葉の方が掴まれていただろう。
●追撃
「ギヒィイイイイ!! ハッ……ごはっ……ぁっ」
悟の骨が悲鳴を上げ、メキメキと離れていてさえ聞こえるその音に周囲は支配される。悟はそれでもなお、死にそうになりながらも、喜びの声を血と共に口から吐き出す。
「もっと……だ……」
「それ以上は死んでしまいますよ!」
そういって里桜が水行で悟の傷を癒やす。それに合わせるかのように河童もまた彼を癒していく。
(私たちが癒してる間に、悟さんを!)
里桜が思念波を送り、泰葉が構えを取り大熊に再度接近し、その掌底を再び大熊の顔に向けて放つ。大きく揺らめいたものの、熊は悟を離さずガッチリと掴んでいる。
泰葉の着地に合わせたのか狼たちが隙を突き泰葉に襲い掛かる。
「雷撃のおかわりだ! 痺れろ!」
「放!」
その狼達や熊目掛けて雷撃と剣の嵐が駆け抜ける。狼たちのこと如くがその乱撃によって打ちのめされるも、大熊だけはいまだにその場で悟を締め上げる。
バキッ―― ギシッ――
再び悲鳴が木霊する。
「エゥッ……! ハッ……ぁっ……」
熊もさすがに堪えてきているか、一度大きく悟を締め上げるとそれ以上はせず、彼を放すとよろよろと体についた傷を庇うかのように後方にさがる。再び悟は吐血したと思うとついに体力の限界が来たのだろうか。その場に突っ伏す。
「悟さん! あぁ……よかった……まだ生きて……」
「へへへっ……まだま……だ。もっと……」
里桜が悟の傍へと駆け寄る。悟が幸運にも生き残ったのを確認すると、里桜はすぐさま回復術を行使する。そういったかと思えばまだ足腰が立たないというのに悟は四つん這いでさらに前へ出ようとする。その体をガシリと心琴が掴む。
「死んだら元も子もねえだろ! ほら、一旦下がるんだ! 」
「さてはて、そんなことをしてるうちに熊さん、何か仕掛けてきますよ」
そういう泰葉の眼の先には傷を受け下がったのではなく、距離を取った後に力を溜めている大熊の姿があった。熊は咆哮を上げ、今にも跳びかからんと構えを取っている。泰葉はそれまでつけていた黄色の面から赤色の面に付け替える。その様は『怒』のオーラを纏ったように見える。
「先ほどの借りを返さなくては。華神君、助力頼みますよ」
「応!」
刹那と泰葉が同時に切りこんでいく。残りは大熊一体。手負いだが、手負いの獣程油断ならない。タイミングを合わせるべく二人は一瞬目を合わせる。これまでの戦闘からして、あの熊は二人の速度についてこれないのは分かっていた。
「阿」
「吽」
刹那の声に泰葉が応じる。先手が決まった。その声と共に泰葉は大きく飛び上がると左腕の獣化がさらに高まる。炎が全身から吹きあがり、必殺の拳に力を込める。
先行する刹那はその太刀をまるで自分の体に一部のように扱い、大熊の体に傷をつけていく。ことその斬撃は足に集中し、動きを取れなくさせようとするものだ。
「こっちからも!」
泰葉の横を通り抜けるようにして上空から光弾が降り注ぐ。心琴のが刹那の攻撃に合わせ、相手の行動を封じ込めていく。
「お膳立て、感謝しますよ!」
そのまま泰葉は急降下し、体中から出た炎を左手に集中させながらその爪を大熊の頭部に叩きつける。
熊は一度大きく咆哮し近くにいる刹那、泰葉を薙ぎ払うかのごとくその腕を振り上げるも、その腕ではなく体全体が回転しあおむけに倒れ込む。
かくして、無事討伐に成功した覚者一行であった。
●無力の在り方
無事獰猛になった動物達を撃破した覚者達。山の中には静けさが戻っていた。それなりの怪我を負ったはずの悟も里桜、心琴、河童の治療により事なきを得る。
「心琴さんの医学の知識、助かりましたわ」
「はは、助けになったようなら何よりだ」
里桜の素直な賞賛の言葉に少々の気恥ずかしさを覚えながら照れ隠しをする心琴。
「ふぅ…今回も良い攻めを漫喫したよ。それはそうと河童君に怪我はないか?」
「はい。おかげさまで我々には被害はございませぬ。皆さま本当にありがとうございます」
悟が怪我なんて気にしてない風の笑顔で河童へ問いかけると、恭しく彼は頭を下げる。その様子を見て「おまえ少しは……」と心琴が言いかけたのを里桜が止め首を横に振る。
「へへっ。河童の皆に怪我がなくてよかったよ!」
そういう悟は彼らを怪我一つなく守ることが出来た。自分が死にかけるほどの傷を受ける歓びの次にそのことが心を占めていた。仲間たちの心配は確かにありがたいが、これも大事なことなのだ。
「そういえば最近いろいろな場所で凶暴化している妖事件が増えてきているんだ。何かしらないか?」
心琴は溜息を一つついた後、ここ最近怪しげな人物や妖怪、古妖等を見なかったかを聞くも、河童は首を横に振るだけであった。
知らないのであれば仕方ないかと心琴が立つと泰葉が河童へと向かう。
「さて、河童君。これにて依頼は達成されたが……報酬を明確にしてもらおう。まさか、助けられておいて『ありがとう。それじゃさよなら』でお払い箱という訳ではないだろう? さあ、君達は俺達に何を差し出せるんだ?」
そういわれた河童はわずかの時間考え込む。
「我々には戦う力はございませぬ。そのため、皆さんの役に立てるような道具もございませぬ」
そう泰葉が言うと困ったような顔をしながら
「我々にはせいぜい、この自然の恵みを皆様に楽しんでいただくことしかできませぬ。そこで、いま一度お食事と我々なりの芸でおもてなしをしようと思うております」
「ふむ、ではもう一つ。君達は今回俺達の助力で助かったわけだが……今後似たような驚異が出現した際はどうするのかな? 君達は無力だ。少しなら俺が教授してもいい。または我々の庇護下に入るというならそれもいいだろう」
河童もおもてなしを嫌われたわけではなさそうということを一度喜ぶも再び困り顔になる。
「我々はこの山で穏やかに暮らしてきました。これからもこの在り方を変える気はありませぬ。力を得、驕った者たちは皆悲惨な末路を遂げました。ですから我々には力も、後ろ盾もいりませぬ。ただこの自然の中ゆったりと生きていければ……」
泰葉の読み取れない表情に怒りを覚えられていないかという若干の恐れを抱く河童。
彼が泰葉の様子を窺っていたところを刹那が割り込む。
「まぁまぁ、よいではないか。さ、河童殿、岩魚の塩焼きを拙らに馳走してくれる約束ぞ」
そういって河童にウィンクをする刹那。河童は「すぐに」と小さく告げると川の中へと潜っていってしまう。
「彼らの料理は大変美味でしたが……芸というのはどういうものなのでしょう?」
「わからないな。だからこそ拙は楽しみであるよ。さて、尻小玉でもでてくるかね」
くっくとイタズラな笑いを浮かべた刹那に里桜はすこし遠慮がちな顔をする。一説には肝臓とも言われる。そんなものを里桜も見たくはないのだ。そうこう語らってるうちに河童が複数人川から現れ、あれよあれよという間に宴の準備が進んでいった。
かくして、覚者達は河童達の振る舞う料理と共に、異文化の芸に一同様々な表情を浮かべる。あるものは笑い、あるものは驚き、あるものは手を叩いて喜んだ。このささやかな宴を人も古妖も楽しんだのであった。
目の前に躍り出てきた獣たちは明らかに常軌を逸していた。その眼は狂気の色を浮かべ、その口からは貪欲なまでの食欲が溢れていた。四頭の狼に一匹の大熊。どちらも同じ状態に見える。
「河童殿よ。事が済んだら岩魚の塩焼きで一杯いきたい。付き合うてくれ」
そう言い放った華神 刹那(CL2001250)はゆらりと立ち上がると。刀を抜き放つ。その髪はいつの間にやら白銀の色を帯びている。
「え、そ、それでは我々の願いは……」
「当然。困ってる人達を守るのが俺達の仕事だ。行くぜみんな、守備は俺に任せな!」
突然の敵の襲来に慌てて構えを取った河童が刹那に投じた疑問には『意識の高いドM覚者』佐戸・悟(CL2001371)が答える。彼もまた既に体をそれまでの姿と違う風に変化させている。四肢に盾を構え、さながら一枚の大きな盾の如き風貌にさえ見える。その顔に狂気じみた欲求が浮かんでいるのを除けば勇ましいことこの上ない。
「人と古妖が力をあわせて苦難を乗り越えるというのもいいものだな。河童らよ、決して無理はするなよ。「友人」としてお前たちが傷つくのは忍びないお前らもそうだと嬉しいな」
ほれほれ、とパイルバンカーを構えた『約束』指崎 心琴(CL2001195)が手で後ろに行くように指示を河童に出す。
「相手は獣、俊敏ですので皆さんとリンクしておきます。朧、視界を」
上月・里桜(CL2001274)が朧と呼ばれた守護使役を空に放つ。同時に里桜は札を手に野獣達の前に立ちはだかる。
獣たちは喉を唸らせ、立ちはだかる者たちに狙いを定める。目の前の獲物を何であれ喰らおうという本能のようなものを感じさせる。
狼の一匹が悟の足に噛みついてくる。
「グ……へへっ、どうした獣風情が! もっと力を出して見せろよぉ!」
そう叫ぶのは悟だが、その足には狼の牙が抉りこんでいる。
噛みついていた獣を『感情探究の道化師』葛野 泰葉(CL2001242)がその爪で振り払う。顔には黄色をベースにした面、『楽』の象徴が着けられている。
「佐戸君、もしかして、引きはがさないほうがよかったかな?」
そういう泰葉の口は楽しげだ。悟の様な感情は稀有な存在だろう。それ故に、彼の感情の噴出をより眺めたいと思う。
直後熊が猛突進し、覚者達の動きを止めようと向かってくる。悟達のいた地を抉り、砂煙が舞う。
「佐戸君、無事か!?」
近くにいた泰葉は一度距離を飛ぼうとしていたこともありどうにか躱せたが、どっしりと攻撃に備えていた悟には直撃したはずだ。彼には咬みつかれた傷もあり、軽傷ではあるが影響がないというわけではないのだ。
●不動の盾
「おぉ……おぉぉ……!」
熊の突進を両腕の盾で防ぎ、間一髪頭蓋を割られずに衝撃を受け切った悟。だがその頭部からこぼれた数滴の血が地面を濡らす。
「ハァ、ハァ……ハハッ、まだだ……もう一度だぁ!!」
血を流しながらも悟の顔には狂気の色が浮かぶ。獣たちが宿すそれとはまた別種の何かだ。
「か、覚者様、ご無事で?」
そう問いかけながら河童が癒しの滴を行使する。完治には至らないまでも傷はある程度塞がり悟の身にさらなる活力が与えられる。あのままであれば命が危うかったかもしれない。
(世界広しと言えども、あれは……)
刹那は狂喜の色を浮かべる仲間をちらりと見て感情を揺らせたものの、すぐさま独特の無感情な顔に戻ると刀に力を込める。
「閃!」
そのまま狼達や熊に対し、大きく踏み込んだとも思うと胴を大きく回しての薙ぎ払い。剣風に飲まれた熊は一度下がり距離を取る。
それに対し、狼はそれでもなお向かってくる。跳びかかり里桜の足首に齧り付こうとしたところを隆起した地面が槍となりその体を貫く。そのまま敵はピクリとも動かなくなる。
里桜の符が張られた地が蠢き次の獲物を狙わんとする。
しかし、他の獣たちはその様子にひるむことはないように見える。むしろ覚者達を倒した後に仲間の死肉を食おうとしそうなほどにさえ見えた。
「ここまでの事を見せられると、欲というのも恐ろしいですね」
「だからこそ、僕らでしとめなくっちゃ!」
心琴の詠唱と共に雷雲が敵の頭上に発生。敵陣に降り注いでいく。その肉が焼かれ、体の痺れに耐え兼ねたのか、狼達は一度その場に崩れそうになる。それを立て直し、再度牙をむく。その吼え声には先ほどまでの力はない。
その隙間を縫い大熊の足元まで接近した泰葉が飛び上がり、熊の顔面に炎を纏わせた拳を叩き込む。叩き込まれた拳に纏わりついていた炎が凝縮、直後小爆発を起こす。
だが熊が気絶することなくその両腕で泰葉を抱きしめようとする。
「そいつは俺のだ!」
飛び上がった悟が泰葉の服を掴み、彼と自分の位置を反転させる。
「君は……!」
そう小さく泰葉が呟くのと同時に、泰葉の視界は大熊のこげ茶毛に覆われた腕だけとなる。もしあの場にそのままいれば間違いなく泰葉の方が掴まれていただろう。
●追撃
「ギヒィイイイイ!! ハッ……ごはっ……ぁっ」
悟の骨が悲鳴を上げ、メキメキと離れていてさえ聞こえるその音に周囲は支配される。悟はそれでもなお、死にそうになりながらも、喜びの声を血と共に口から吐き出す。
「もっと……だ……」
「それ以上は死んでしまいますよ!」
そういって里桜が水行で悟の傷を癒やす。それに合わせるかのように河童もまた彼を癒していく。
(私たちが癒してる間に、悟さんを!)
里桜が思念波を送り、泰葉が構えを取り大熊に再度接近し、その掌底を再び大熊の顔に向けて放つ。大きく揺らめいたものの、熊は悟を離さずガッチリと掴んでいる。
泰葉の着地に合わせたのか狼たちが隙を突き泰葉に襲い掛かる。
「雷撃のおかわりだ! 痺れろ!」
「放!」
その狼達や熊目掛けて雷撃と剣の嵐が駆け抜ける。狼たちのこと如くがその乱撃によって打ちのめされるも、大熊だけはいまだにその場で悟を締め上げる。
バキッ―― ギシッ――
再び悲鳴が木霊する。
「エゥッ……! ハッ……ぁっ……」
熊もさすがに堪えてきているか、一度大きく悟を締め上げるとそれ以上はせず、彼を放すとよろよろと体についた傷を庇うかのように後方にさがる。再び悟は吐血したと思うとついに体力の限界が来たのだろうか。その場に突っ伏す。
「悟さん! あぁ……よかった……まだ生きて……」
「へへへっ……まだま……だ。もっと……」
里桜が悟の傍へと駆け寄る。悟が幸運にも生き残ったのを確認すると、里桜はすぐさま回復術を行使する。そういったかと思えばまだ足腰が立たないというのに悟は四つん這いでさらに前へ出ようとする。その体をガシリと心琴が掴む。
「死んだら元も子もねえだろ! ほら、一旦下がるんだ! 」
「さてはて、そんなことをしてるうちに熊さん、何か仕掛けてきますよ」
そういう泰葉の眼の先には傷を受け下がったのではなく、距離を取った後に力を溜めている大熊の姿があった。熊は咆哮を上げ、今にも跳びかからんと構えを取っている。泰葉はそれまでつけていた黄色の面から赤色の面に付け替える。その様は『怒』のオーラを纏ったように見える。
「先ほどの借りを返さなくては。華神君、助力頼みますよ」
「応!」
刹那と泰葉が同時に切りこんでいく。残りは大熊一体。手負いだが、手負いの獣程油断ならない。タイミングを合わせるべく二人は一瞬目を合わせる。これまでの戦闘からして、あの熊は二人の速度についてこれないのは分かっていた。
「阿」
「吽」
刹那の声に泰葉が応じる。先手が決まった。その声と共に泰葉は大きく飛び上がると左腕の獣化がさらに高まる。炎が全身から吹きあがり、必殺の拳に力を込める。
先行する刹那はその太刀をまるで自分の体に一部のように扱い、大熊の体に傷をつけていく。ことその斬撃は足に集中し、動きを取れなくさせようとするものだ。
「こっちからも!」
泰葉の横を通り抜けるようにして上空から光弾が降り注ぐ。心琴のが刹那の攻撃に合わせ、相手の行動を封じ込めていく。
「お膳立て、感謝しますよ!」
そのまま泰葉は急降下し、体中から出た炎を左手に集中させながらその爪を大熊の頭部に叩きつける。
熊は一度大きく咆哮し近くにいる刹那、泰葉を薙ぎ払うかのごとくその腕を振り上げるも、その腕ではなく体全体が回転しあおむけに倒れ込む。
かくして、無事討伐に成功した覚者一行であった。
●無力の在り方
無事獰猛になった動物達を撃破した覚者達。山の中には静けさが戻っていた。それなりの怪我を負ったはずの悟も里桜、心琴、河童の治療により事なきを得る。
「心琴さんの医学の知識、助かりましたわ」
「はは、助けになったようなら何よりだ」
里桜の素直な賞賛の言葉に少々の気恥ずかしさを覚えながら照れ隠しをする心琴。
「ふぅ…今回も良い攻めを漫喫したよ。それはそうと河童君に怪我はないか?」
「はい。おかげさまで我々には被害はございませぬ。皆さま本当にありがとうございます」
悟が怪我なんて気にしてない風の笑顔で河童へ問いかけると、恭しく彼は頭を下げる。その様子を見て「おまえ少しは……」と心琴が言いかけたのを里桜が止め首を横に振る。
「へへっ。河童の皆に怪我がなくてよかったよ!」
そういう悟は彼らを怪我一つなく守ることが出来た。自分が死にかけるほどの傷を受ける歓びの次にそのことが心を占めていた。仲間たちの心配は確かにありがたいが、これも大事なことなのだ。
「そういえば最近いろいろな場所で凶暴化している妖事件が増えてきているんだ。何かしらないか?」
心琴は溜息を一つついた後、ここ最近怪しげな人物や妖怪、古妖等を見なかったかを聞くも、河童は首を横に振るだけであった。
知らないのであれば仕方ないかと心琴が立つと泰葉が河童へと向かう。
「さて、河童君。これにて依頼は達成されたが……報酬を明確にしてもらおう。まさか、助けられておいて『ありがとう。それじゃさよなら』でお払い箱という訳ではないだろう? さあ、君達は俺達に何を差し出せるんだ?」
そういわれた河童はわずかの時間考え込む。
「我々には戦う力はございませぬ。そのため、皆さんの役に立てるような道具もございませぬ」
そう泰葉が言うと困ったような顔をしながら
「我々にはせいぜい、この自然の恵みを皆様に楽しんでいただくことしかできませぬ。そこで、いま一度お食事と我々なりの芸でおもてなしをしようと思うております」
「ふむ、ではもう一つ。君達は今回俺達の助力で助かったわけだが……今後似たような驚異が出現した際はどうするのかな? 君達は無力だ。少しなら俺が教授してもいい。または我々の庇護下に入るというならそれもいいだろう」
河童もおもてなしを嫌われたわけではなさそうということを一度喜ぶも再び困り顔になる。
「我々はこの山で穏やかに暮らしてきました。これからもこの在り方を変える気はありませぬ。力を得、驕った者たちは皆悲惨な末路を遂げました。ですから我々には力も、後ろ盾もいりませぬ。ただこの自然の中ゆったりと生きていければ……」
泰葉の読み取れない表情に怒りを覚えられていないかという若干の恐れを抱く河童。
彼が泰葉の様子を窺っていたところを刹那が割り込む。
「まぁまぁ、よいではないか。さ、河童殿、岩魚の塩焼きを拙らに馳走してくれる約束ぞ」
そういって河童にウィンクをする刹那。河童は「すぐに」と小さく告げると川の中へと潜っていってしまう。
「彼らの料理は大変美味でしたが……芸というのはどういうものなのでしょう?」
「わからないな。だからこそ拙は楽しみであるよ。さて、尻小玉でもでてくるかね」
くっくとイタズラな笑いを浮かべた刹那に里桜はすこし遠慮がちな顔をする。一説には肝臓とも言われる。そんなものを里桜も見たくはないのだ。そうこう語らってるうちに河童が複数人川から現れ、あれよあれよという間に宴の準備が進んでいった。
かくして、覚者達は河童達の振る舞う料理と共に、異文化の芸に一同様々な表情を浮かべる。あるものは笑い、あるものは驚き、あるものは手を叩いて喜んだ。このささやかな宴を人も古妖も楽しんだのであった。
