絵本妖『目覚めない白雪姫』
●誰も起こしてなんて、くれやしない
昔々あるところに可愛らしいお嬢さんがいました。白い肌の美しい彼女は白雪姫と呼ばれ、森で小人達と平和に暮らしておりました。ある日の事、この国の女王様が魔法の鏡に向かって聞きます。
「鏡よ鏡、この世で一番美しいのは誰だ?」
女王様はは返答を楽しみに待ちます。「あなたさまでございます」と告げられ、自分が最も美しいのだと自尊心に浸れるからでした。しかし、この日は違いました。
「白雪姫でございます」
「……誰だそれは?」
一気に不機嫌になった女王様は鏡から詳しい話を聞き、老婆の格好をして毒リンゴを持って森の小屋へ出かけて行きました。白雪姫の暮らす小屋の戸を叩き、真っ赤で美味しそうなリンゴを差し出します。
「白雪姫さんや、美しいと噂のあんたの為に、うちで作った美味しいリンゴを持ってきたよ」
「まぁ、ありがとう!」
疑いもせずにリンゴをかじってしまう白雪姫。フッと意識を失い崩れ落ち、もう二度と目覚めることはありませんでした。森の中には、老婆のしわがれた声だけがいつまでも響いていました……。
●現れない王子様
「と、言う話になってるらしい」
久方 相馬(CL2000004)は説明を終えて、とある空き地を示した。
「ここに子どもにページを破られて捨てられた絵本が妖化したものが出るらしい。見た目はただの本なんだけど、触っちゃうと絵本の世界に引きずりこまれて、白雪姫役として永遠に眠らされることになるんだ。みんなには一般人が取り込まれる前にこの世界に飛び込んで、女王を倒してきてほしい。そうすれば妖を倒すことができる」
しかし、一筋縄ではいかないのだろう。相馬の表情が曇る。
「けど、厄介な事にページを破られたシーン、つまり白雪姫が眠らされるまではどうすることもできない。みんなの中の誰かが白雪姫として、一度リンゴを食べて眠らなくちゃいけないんだ。その後老婆はいなくなるけど、他の誰かが王子様役としてキスをすれば目を覚ませるし、本来の妖のシナリオからずれたことで、もう一度老婆現れるから、そこでやっつけて欲しい」
ちなみに、あくまで役割でしかないから男の白雪姫でも女の王子様でもいいし、キスだって唇でも頬でも額でもいい。あくまでも本来のシナリオっぽい再現が大切なのだと語る。
「それじゃ皆、よろしく頼むぜ!」
昔々あるところに可愛らしいお嬢さんがいました。白い肌の美しい彼女は白雪姫と呼ばれ、森で小人達と平和に暮らしておりました。ある日の事、この国の女王様が魔法の鏡に向かって聞きます。
「鏡よ鏡、この世で一番美しいのは誰だ?」
女王様はは返答を楽しみに待ちます。「あなたさまでございます」と告げられ、自分が最も美しいのだと自尊心に浸れるからでした。しかし、この日は違いました。
「白雪姫でございます」
「……誰だそれは?」
一気に不機嫌になった女王様は鏡から詳しい話を聞き、老婆の格好をして毒リンゴを持って森の小屋へ出かけて行きました。白雪姫の暮らす小屋の戸を叩き、真っ赤で美味しそうなリンゴを差し出します。
「白雪姫さんや、美しいと噂のあんたの為に、うちで作った美味しいリンゴを持ってきたよ」
「まぁ、ありがとう!」
疑いもせずにリンゴをかじってしまう白雪姫。フッと意識を失い崩れ落ち、もう二度と目覚めることはありませんでした。森の中には、老婆のしわがれた声だけがいつまでも響いていました……。
●現れない王子様
「と、言う話になってるらしい」
久方 相馬(CL2000004)は説明を終えて、とある空き地を示した。
「ここに子どもにページを破られて捨てられた絵本が妖化したものが出るらしい。見た目はただの本なんだけど、触っちゃうと絵本の世界に引きずりこまれて、白雪姫役として永遠に眠らされることになるんだ。みんなには一般人が取り込まれる前にこの世界に飛び込んで、女王を倒してきてほしい。そうすれば妖を倒すことができる」
しかし、一筋縄ではいかないのだろう。相馬の表情が曇る。
「けど、厄介な事にページを破られたシーン、つまり白雪姫が眠らされるまではどうすることもできない。みんなの中の誰かが白雪姫として、一度リンゴを食べて眠らなくちゃいけないんだ。その後老婆はいなくなるけど、他の誰かが王子様役としてキスをすれば目を覚ませるし、本来の妖のシナリオからずれたことで、もう一度老婆現れるから、そこでやっつけて欲しい」
ちなみに、あくまで役割でしかないから男の白雪姫でも女の王子様でもいいし、キスだって唇でも頬でも額でもいい。あくまでも本来のシナリオっぽい再現が大切なのだと語る。
「それじゃ皆、よろしく頼むぜ!」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.老婆(女王)の撃破
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
何にもない空き地
とんでもない時間でもかからない限り、一般人も来ないため安心して戦えます
絵本の中は森の中の小屋であり、小人はいません
ちょっと時間が経つと老婆が戸を叩きます
●毒リンゴを運ぶ老婆:物質系妖、ランク3
毒リンゴをお食べ(物、近単)
皆も食べるかい?(物、近列)
●STより
皆さんの中から代表者二名で白雪姫と王子様の寸劇をやって頂く必要があります。が、別に白雪姫も王子も必ず一人である必要はありません。一人の白雪姫を巡る王子様たちとか、やたら多い白雪姫に困惑する老婆とか、何か違うものが見られるかもしれませんね
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2016年07月30日
2016年07月30日
■メイン参加者 6人■

●ちょっと真っ直ぐ過ぎぃ!?
「よし! まずは突撃だな!!」
『星護の騎士』天堂・フィオナ(CL2001421)が消えた。
「……ふぁっ!?」
一瞬わけがわからず、目が点になってしまった『猪突猛進』葛城 舞子(CL2001275)があたふた。
「フィオナさんが消えったっスー!? どどどどういう事っスか!? 落とし穴でもあったスか!?」
「落ち着いて」
鈴白 秋人(CL2000565)が舞子の肩を叩いて一旦ブンブン振り回される両腕を止めつつ、フィオナが姿を消した地点に落ちている本を示した。
「たぶん、先に絵本の世界に行っちゃったんだよ。触れれば取り込まれるって言ってたし……善は急げっていうけど、ちょっとブレーキ踏んでくれてもいいと思うんだよな……」
単身妖の世界へ飛んでいったフィオナを心配して、秋人も続いて本に触れ、消える。
「結末を消されるのと、ネタバレされるのと。どちらが酷かろうかなぁ」
うむむー? と首を傾げて華神 刹那(CL2001250)はパタパタと絵本に駆け寄り、手を伸ばした。
「俺達も急ぐぞ!」
「時雨ちゃんとっつげきーっす!」
『B・B』黒崎 ヤマト(CL2001083)が本に触れ、水端 時雨(CL2000345)がその後に続く。
「え、え、え?」
つい最近覚醒したばかりの舞子は取り残されてしまい……。
「お、置いてかないでっスよー!?」
慌てて本を掴むのだった。
「悪い魔法使いをやっつける、これぞ騎士の面目躍如だな! よし! 張り切ってノブレス・オブリージュを果たすぞ!」
「いや、違うから」
扉が叩かれた瞬間に木製の板ごと叩き切るんじゃねぇかってくらい剣を素振りする騎士様に秋人が困り顔。そんな彼にキリッと笑みを浮かべるフィオナ。
「分かっているとも、まずは老婆を待ち構えて、姫君が眠らされたら口づけで起こせばよいのだろう!?」
「あってる……あってるけど……まずは隠れよう?」
「何っ!?」
ドヤァ、な顔から一転、背後に般若の幻覚を背負ったフィオナが秋人に迫る!
「騎士たるもの正々堂々と正面から仕合うもの。それを、この私に! 身を潜めるなどと!! 卑怯な真似をしろというのか!?」
「いや違うから、まずはシナリオ再現の為に王子がいたらまずいって話で……」
額を突き合わせ兼ねない距離に迫るフィオナを秋人が宥めているうちに、彼女の姿がスッと薄れて消えていく。
「き、き、消えたー!? オバケはフィオナさんだったんっスか!?」
「ちゃうちゃう、あと舞子はん? オバケとフィオナはんが逆やで?」
あわわわ……と今にも悲鳴を上げそうな舞子に、口調が何故か関西風な時雨がツッコミ。
「見てみ、ヤマトもおらんやん? 多分、ウチらは既にシナリオに組み込まれてもうて、物語は始まっとるんやないの?」
「という事は、拙は今回西洋の物語において極東の姫になるのか」
刹那が自分の体を見下ろせば、そこにはいつもの花柄の着物に緑の羽織。役柄に合わせて姿が変えられることは無いようだ。
「……ん?」
ふと、刹那は自分の体について思い当ることが一つあったらしい。
「白い肌の、白雪姫?」
褐色肌の、刹那姫。うん、真逆だね!!
「まぁ、いいか」
いいんだ!? 細かいことは気にしないのか、刹那は老婆の訪問に備えて扉の前へ。その時、コンコン、と乾いた音がする。
「はいはいぃ、どちらさんだべぇ?」
ド田舎風!? 各地を転々として、その口調を真似ようとする時雨。だからって安定しなさすぎじゃない!?
「じゃあ次から安定させるっすね!」
あっ、はい。
「うむ、ご老体よ、何用かな?」
とかなんとか言ってる間に、刹那が戸を開ける。そこには、黒いローブに身を包んだ老婆が立っていた。
●実は高級品?
「あぁ、アンタが白雪姫だね。美しいと有名なアンタの為に美味しいリンゴを……」
「わー! ありがとうっすー!!」
刹那かと思ったら時雨に取られて、「そっち!?」って顔する老婆。しかし目的は果たしたことで踵を返そうとする。
「待たれよ老婆。拙にリンゴを持ってきてくれたのではないのか?」
時雨の手にする色艶が軽く輝いて、絵に描いたかのように素晴らしい曲線を描き、自己主張しすぎない甘い香りを放つ真っ赤な果実を見つめ、帯の辺りからぐー、と音を立てる刹那が老婆をじー。
「あ、アンタが白雪姫かい。アンタの為に美味しいリンゴを……」
この老婆は用意されていた台詞しか話せないのだろう。ツッコミなどは特になく、もう一回最初からやり直そうとする。が。
「拙は刹那姫だが?」
え!? って顔で時雨を見る老婆。
「わったっしーは時雨姫っすよ」
ふぁっ!? て顔で固まる老婆。まさか!? と振り向いたのは舞子。
「私は可愛い小人ッス~!」
両手の人差し指を頬に添えてニコッ! 引きつった笑みしか出てこない老婆はアタフタした挙句、秋人の方を見たような気がしなくもないが、どうやら彼の姿は認識できていないらしい。
「へぇ、俺はナレーションってことになってたけど、そうすると登場人物に認識されないのか……」
一人納得して頷く秋人の前でようやく老婆の動きが止まった。
「う、美しいと噂のお前の為に美味しいリンゴを……」
考えることをやめたような、何かを悟った虚ろ目でリンゴを刹那に渡し、老婆はそそくさと帰っていく。
「あとはばりむしゃスヤァして王子様を待てばいいっすね」
リンゴをじーっと見つめる時雨。食欲をそそらせる芳醇な香りに鼻腔をくすぐられながらも、不安がよぎる。
「……アクションがあったら起きるっすよね?」
「時雨姫はリンゴは食べたいけれど、心配になってしまいました。もしリンゴを食べて起きられなかったら、王子様にあーんなことや、こーんなことをされてしまうかもしれないから……」
「秋人さん!? 人の不安を煽るのはやめてほしいっす!!」
カァァ……と紅潮する時雨がリンゴを持ってない手をブンブン振り回して抗議するも、当の彼は「あいあむなれーしょん」と書かれたフリップを掲げるのみ。
「うー……起きれることを祈るっす!」
ムシャ、ころん、すやぁ。
「時雨姫が寝てしまったっスー!?」
舞子が慌てた様子で、しかしスタンバイしてた毛布を時雨にかける。そしてまだかなー、と言わんばかりに刹那をチラッチラッ。
「一口かじれば夢の中、か」
シャク、こてん、すやぁ。
「あー!? 刹那姫も寝てしまったっスー!? ていうか二人とも、初対面の人からもらったリンゴを皮も向かずにかじるなんて、どんだけ食い意地張ってるんスか!?」
「そして小人は決意します。もし二人が目を覚ましたなら、その時は食い意地が張らなくなるくらい美味しい物を作ってあげようと。それに向けてまずは卵を割る練習を始め……」
「卵くらい今でも割れるっスよ!」
舞子がプンスコしているが、ナレーションの力は意外と偉大で、その姿がコックぽい物になっている。絵本において、地の文という物は不干渉にして絶対の部分なのだろう。しかし手元に卵がないあたり、完璧ではないようだ。その時、騒々しくドアを開け放ち、ヤマトが戻って来た。
「こっちはどうなってる!?」
「なんということでしょう。姫たちが倒れて間もなく、王子様が駆けつけてくれました」
「ちょっとそこの王子っぽい人達! 人助けと思って、姫にキスしてほしいッス! お姫様の眠りを覚ますのはキスって昔から決まってるッス!」
「フッ、ならば騎士たる者、敬愛を捧げよう……」
フィオナが刹那の手を取る傍ら、秋人がヤマトへ近づいていく。
「そっちは何があったんだい?」
「俺達は森の奥の花畑に飛ばされて、見えない壁みたいなものに閉じ込められて、そこから動けなくなってたんだ。それで黒い服の婆さんが歩いてくのが見えてから動けるようになってさ。婆さんの来た方向に走ってきたら案の定ってわけ」
情報交換がなされる傍ら、フィオナの唇が刹那の手に触れた。
●騎士様は美味しく頂かれました
「……目覚めない? おかしいな?」
そっと顔を上げて、フィオナは首を傾げる。事前説明によればこれで目を覚ますはずなのだが、刹那が瞼を開くことはなかった。
「手の甲じゃ足りない、のか……?」
いやまさかそんな……と右膝をついて、頭を垂れて、左の拳を床につけて右手にとった姫君の手にそっと口づけ。
「……何も間違ってない、よな?」
しかし目覚めない刹那姫の寝顔をじーっと見つめて、ポッと頬を添える騎士様。
「初対面にも関わらず熱い視線を注ぐ王子! まさか……これが恋!?」
「恋!? わ、私と姫様では身分の差が……!」
舞子のヤジにボッ! と茹であがったように真っ赤に染まるフィオナ。しかしこのままでは埒が明かないのもまた事実。
「さ、さすがに、手の甲以外だと物凄く緊張するな……!」
「おおーっと、ここで王子が動いた! とうとうキスするッスか!?」
髪をかき上げ、覆いかぶさるようにして刹那姫の顔を至近距離で見つめるフィオナに舞子がカメラスタンバイ。
「人の覚悟をかき乱す様な事を言うのはやめてくれ!!」
悲鳴にも近い叫びを上げながら額に『祝福』のキス。だがしかし!
「だけど姫は目覚めない! だが王子も諦めない! 一体どっちが勝つのか!?」
「これは勝負ではにゃいぞ!?」
しかし残る選択肢の関係で言い間違えながらトマトのようになってしまうフィオナ。額の『祝福』、手の甲の『忠誠』……深呼吸して、『親愛』の頬に唇を捧げるが、未だ目覚めぬ姫君。
「さぁ追い詰められた! 王子様大ピンチ!! 残っているのは唇だッ!!」
キャー! と両手で頬を挟んで体を揺らし、その瞬間を期待する舞子。一方のフィオナは自分の口元を隠してアワアワ。
「く、唇はさすがに……想定していないぞ……!?」
「王子様は戸惑っていました。けれど、そこは騎士道精神に従う王子様。覚悟を決めて刹那姫の唇へ顔を寄せて行きます」
「騎士道精神を出すのは卑怯じゃないか!?」
まさかの秋人のナレーションに、目の端に涙を浮かべるフィオナだが、ギュッと目をつぶる。
「こ、これもノブレス・オブリージュ……!」
二人の距離がゆっくりと、縮まっていき……。
「おお白雪姫よ。死んでしまうとはなさけない……いや、これは違うな」
そんなフィオナの様子を見ていたヤマトが真似をして片膝をつき、時雨の手を取った。
「可愛いらしいお姫様。どうか目をお覚ましください」
そっと触れるだけの口づけ。微かに触れた温もりに、時雨が身を揺らし目を開ける。
「あら、王子様……私を助けてくださったのですね……」
ゆっくりと身を起こし、パーカーがずれて肩口の肌を晒してトロン、とした寝ぼけ眼でヤマトを見つめる時雨。お姫様っぽくお淑やかな言葉づかいも忘れない。
「ありがとうございます……」
ほわん、とどこかつかみどころのない、フワフワした微笑みを向ける時雨にヤマトはバッと顔を背けた。
「すっげー恥ずかしいなこれ!」
「あれー? 照れちゃったっすか?」
「いいからこっち見んな!」
ニヨニヨと回り込もうとする時雨から逃げ回るヤマトの後ろ、響くシャッター音とフィオナの悲鳴、そして秋人のこのナレーション。
「こうしてフィオナ王子は美味しく頂かれてしまいましたとさ、めでたしめでたし」
「頂かれてなーい!!」
ジタジタともがくフィオナへ、刹那がむぅ、と不満そうな顔で彼女を抱きしめていた腕を緩める。
「そこまで拒まずとも良いではないか」
「み、み、みみっ……!」
自由を得たフィオナは両手で片耳を押さえていて。
「ちょっと囁いただけではないか……何をそんなに……」
「顔が近い上に吐息がこそばゆいのだ!!」
はーはー、と荒い息を吐いて真っ赤に染まる彼女は刹那ははっはっは、と軽く笑う。
「それくらい気にするほどでもなかろう。拙は久しいくらいに気分のよい目覚めであった。ふぃおなよ、よければまた、拙の家に起こしにきてくれ。朝食くらいは出そう」
「朝食(意味深)ってやつっすね!?」
目を輝かせる舞子に、フィオナは全力で首を左右に振っていたという。
●救えない女王様
白雪姫たちが目覚めたことで妖の用意していてシナリオが変わってしまい、異常に気付いた老婆が戻ってくる。
「さっそく来やがったな。行くぜブレイジングスター! イグニッション!」
両脚のブーツからゴウ、と炎を噴き上げ、身構えるヤマトに目もくれず、老婆はリンゴを取り出した。
「あんたが白雪姫だね。美しいと噂のお前の為にリンゴを……」
「ヒッ!?」
「させん!」
老婆はその姿から想像もつかない速度で時雨に詰め寄ろうとするが、フィオナがその進路に立ちはだかり後ろの姫君へとたどり着かせはしない。しかし、老婆もまたやはり只者ではなかった。素手でガラティーンを掴み、無理やり押し通ろうとする。
「悪いけど、そのリンゴは受け取れねぇ!」
二人が鍔ぜりあう横合いからヤマトが突っ込み、老婆がリンゴを突き出している手を取るなりブレイジングスターに点火、フィオナとタイミングを合わせて受け流すようにして大回転させながらブン投げる!
「ふっふっ、ただの小人だと思ったら大間違いッス! 小人というのは仮の姿……! 実は私はフェアリーゴッドマザー的な何かだったもしれないッス!」
カッ! と額に浮かぶ第三の目に両手のブイサインを当て、光を放ち床に叩きつけられた老婆に追撃する舞子だが、ローブを焼きながらビシッと指を突きつける。
「女王に必要なのは美しさじゃなくて民衆の支持ッス! 民に愛されてきた貴方なら、内面の美しさは誰にも負けないッスよ!」
「あんたが白雪姫かい?」
「……何言ってるッスか?」
首を傾げる舞子に、秋人は何かを悟ったように目を閉じた。
「そうか……」
どこか寂し気な声音に、嫌な予感がした時雨が彼の方へ振り向く。その答えは分かっている。けれど、それでも聞いてしまう。
「どういうことっす?」
「彼女はあくまでも物語の登場人物でしかない。だから、同じ台詞しか話せないし、俺達がどうあがいてもその運命は変えられない……」
「いや、そうでもなかろうて」
赤茶の髪をフワリと銀に染めて、刹那は己の名を刻んだ得物に手をかけた。
「婆を救えぬのはこの場の話、なれば早急に斬り捨て、本体である絵本の方に新たな未来を刻んでやればよい」
「そうか! ならば話は速い……」
フィオナは得物を腰だめに構え、自身を中心に円を描くようにジリジリと辺りを焼く炎を走らせる。
「ノブレス・オブリージュに乗っ取り、ここで貴女を斬り、掴み得なかった未来を綴ることでその魂を救済するのみ!」
「そっすね!」
時雨の目の前で水が螺旋を描き、細く絞られて一本の矢を形成。彼女の腕に合わせて見えない弓があるかのように引き絞られていく。
「悲しいお話しなんてつまんないっす。さっさと終わらせて、ハッピーエンドに変えちゃうっすよ!!」
その決意を表すかのように、放たれた水の矢は風切り音を残して老婆の胸を射抜く。悶え、苦しむ老婆へ秋人は手をかざした。
「ごめん、今はこんなことしかできないけれど……絶対、幸せにするから、待っていて」
微笑みと共に撃ち出された波動は老婆の身を吹き飛ばし、胸に刺さっていた矢を貫通させる。風穴を押さえるようにしてよろめく彼女へ、刹那が既に距離を『詰めていた』。
「顔も心も黒き身なれど 名にし負わばと示そうか いとしめやかな白雪を」
白刃が鞘を脱ぎ捨て煌めき、騎士を包んでいた炎がその身へと取り込まれるように消えていく。
「踊っておくれ、王子……いや、騎士殿よ。女王陛下を楽しませようではないか」
「あぁ、せめて一時でも、安らぎの舞踏を……!」
閃くは白刃。その名の同じ、刹那の間に駆ける刃が鮮血を纏い、虚空に紅き軌道を残す。その間を縫うように駆けるは騎士が剣。一度の剣戟に閃きは二つ。
「麗しき女王よ、必ず迎えに参ります、しばしお待ちを……!」
背を向けるフィオナへ、十字の斬痕を刻まれた老婆が手を伸ばすが、ヤマトがその眼前に滑り込む。
「お姫様を助けるのが王子様だろ? なら、女王様を助けちゃいけない道理はないよな?」
顎を打ちあげ、がら空きになった胴体を掴み、体を折り曲げて頭から叩きつける! ズダァン! と派手な音と共に老婆は動かなくなり、少しずつ体が薄くなっていく……消えゆく間際、わずかに浮かべたその微笑みは、儚い白雪のように美しかった。
「やったな、王子様!」
「フィー、お疲れ様! 王子姿、様になってたな!」
フィオナとヤマトがハイタッチをかわし、その音をトリガーに一同は元の世界へと帰っていく……。
「えぇと、鏡が黒幕で女王様も被害者で……」
残された絵本に書き加えるシナリオを秋人が頭をかきながらまとめていく。
「そこで女王様は鏡任せの怠惰な感じで、鏡は押しつけがましい傲慢な感じで教育的にいくっす!」
「ふふふ、イラスト代わりにこんなのどうッスか!?」
フィオナに見えないように時雨の陰で舞子が差し出したのは刹那が彼女を抱きしめたワンシーンの写真。その様子をチラと眺めて、刹那は静かに見守るのだった。
「よし! まずは突撃だな!!」
『星護の騎士』天堂・フィオナ(CL2001421)が消えた。
「……ふぁっ!?」
一瞬わけがわからず、目が点になってしまった『猪突猛進』葛城 舞子(CL2001275)があたふた。
「フィオナさんが消えったっスー!? どどどどういう事っスか!? 落とし穴でもあったスか!?」
「落ち着いて」
鈴白 秋人(CL2000565)が舞子の肩を叩いて一旦ブンブン振り回される両腕を止めつつ、フィオナが姿を消した地点に落ちている本を示した。
「たぶん、先に絵本の世界に行っちゃったんだよ。触れれば取り込まれるって言ってたし……善は急げっていうけど、ちょっとブレーキ踏んでくれてもいいと思うんだよな……」
単身妖の世界へ飛んでいったフィオナを心配して、秋人も続いて本に触れ、消える。
「結末を消されるのと、ネタバレされるのと。どちらが酷かろうかなぁ」
うむむー? と首を傾げて華神 刹那(CL2001250)はパタパタと絵本に駆け寄り、手を伸ばした。
「俺達も急ぐぞ!」
「時雨ちゃんとっつげきーっす!」
『B・B』黒崎 ヤマト(CL2001083)が本に触れ、水端 時雨(CL2000345)がその後に続く。
「え、え、え?」
つい最近覚醒したばかりの舞子は取り残されてしまい……。
「お、置いてかないでっスよー!?」
慌てて本を掴むのだった。
「悪い魔法使いをやっつける、これぞ騎士の面目躍如だな! よし! 張り切ってノブレス・オブリージュを果たすぞ!」
「いや、違うから」
扉が叩かれた瞬間に木製の板ごと叩き切るんじゃねぇかってくらい剣を素振りする騎士様に秋人が困り顔。そんな彼にキリッと笑みを浮かべるフィオナ。
「分かっているとも、まずは老婆を待ち構えて、姫君が眠らされたら口づけで起こせばよいのだろう!?」
「あってる……あってるけど……まずは隠れよう?」
「何っ!?」
ドヤァ、な顔から一転、背後に般若の幻覚を背負ったフィオナが秋人に迫る!
「騎士たるもの正々堂々と正面から仕合うもの。それを、この私に! 身を潜めるなどと!! 卑怯な真似をしろというのか!?」
「いや違うから、まずはシナリオ再現の為に王子がいたらまずいって話で……」
額を突き合わせ兼ねない距離に迫るフィオナを秋人が宥めているうちに、彼女の姿がスッと薄れて消えていく。
「き、き、消えたー!? オバケはフィオナさんだったんっスか!?」
「ちゃうちゃう、あと舞子はん? オバケとフィオナはんが逆やで?」
あわわわ……と今にも悲鳴を上げそうな舞子に、口調が何故か関西風な時雨がツッコミ。
「見てみ、ヤマトもおらんやん? 多分、ウチらは既にシナリオに組み込まれてもうて、物語は始まっとるんやないの?」
「という事は、拙は今回西洋の物語において極東の姫になるのか」
刹那が自分の体を見下ろせば、そこにはいつもの花柄の着物に緑の羽織。役柄に合わせて姿が変えられることは無いようだ。
「……ん?」
ふと、刹那は自分の体について思い当ることが一つあったらしい。
「白い肌の、白雪姫?」
褐色肌の、刹那姫。うん、真逆だね!!
「まぁ、いいか」
いいんだ!? 細かいことは気にしないのか、刹那は老婆の訪問に備えて扉の前へ。その時、コンコン、と乾いた音がする。
「はいはいぃ、どちらさんだべぇ?」
ド田舎風!? 各地を転々として、その口調を真似ようとする時雨。だからって安定しなさすぎじゃない!?
「じゃあ次から安定させるっすね!」
あっ、はい。
「うむ、ご老体よ、何用かな?」
とかなんとか言ってる間に、刹那が戸を開ける。そこには、黒いローブに身を包んだ老婆が立っていた。
●実は高級品?
「あぁ、アンタが白雪姫だね。美しいと有名なアンタの為に美味しいリンゴを……」
「わー! ありがとうっすー!!」
刹那かと思ったら時雨に取られて、「そっち!?」って顔する老婆。しかし目的は果たしたことで踵を返そうとする。
「待たれよ老婆。拙にリンゴを持ってきてくれたのではないのか?」
時雨の手にする色艶が軽く輝いて、絵に描いたかのように素晴らしい曲線を描き、自己主張しすぎない甘い香りを放つ真っ赤な果実を見つめ、帯の辺りからぐー、と音を立てる刹那が老婆をじー。
「あ、アンタが白雪姫かい。アンタの為に美味しいリンゴを……」
この老婆は用意されていた台詞しか話せないのだろう。ツッコミなどは特になく、もう一回最初からやり直そうとする。が。
「拙は刹那姫だが?」
え!? って顔で時雨を見る老婆。
「わったっしーは時雨姫っすよ」
ふぁっ!? て顔で固まる老婆。まさか!? と振り向いたのは舞子。
「私は可愛い小人ッス~!」
両手の人差し指を頬に添えてニコッ! 引きつった笑みしか出てこない老婆はアタフタした挙句、秋人の方を見たような気がしなくもないが、どうやら彼の姿は認識できていないらしい。
「へぇ、俺はナレーションってことになってたけど、そうすると登場人物に認識されないのか……」
一人納得して頷く秋人の前でようやく老婆の動きが止まった。
「う、美しいと噂のお前の為に美味しいリンゴを……」
考えることをやめたような、何かを悟った虚ろ目でリンゴを刹那に渡し、老婆はそそくさと帰っていく。
「あとはばりむしゃスヤァして王子様を待てばいいっすね」
リンゴをじーっと見つめる時雨。食欲をそそらせる芳醇な香りに鼻腔をくすぐられながらも、不安がよぎる。
「……アクションがあったら起きるっすよね?」
「時雨姫はリンゴは食べたいけれど、心配になってしまいました。もしリンゴを食べて起きられなかったら、王子様にあーんなことや、こーんなことをされてしまうかもしれないから……」
「秋人さん!? 人の不安を煽るのはやめてほしいっす!!」
カァァ……と紅潮する時雨がリンゴを持ってない手をブンブン振り回して抗議するも、当の彼は「あいあむなれーしょん」と書かれたフリップを掲げるのみ。
「うー……起きれることを祈るっす!」
ムシャ、ころん、すやぁ。
「時雨姫が寝てしまったっスー!?」
舞子が慌てた様子で、しかしスタンバイしてた毛布を時雨にかける。そしてまだかなー、と言わんばかりに刹那をチラッチラッ。
「一口かじれば夢の中、か」
シャク、こてん、すやぁ。
「あー!? 刹那姫も寝てしまったっスー!? ていうか二人とも、初対面の人からもらったリンゴを皮も向かずにかじるなんて、どんだけ食い意地張ってるんスか!?」
「そして小人は決意します。もし二人が目を覚ましたなら、その時は食い意地が張らなくなるくらい美味しい物を作ってあげようと。それに向けてまずは卵を割る練習を始め……」
「卵くらい今でも割れるっスよ!」
舞子がプンスコしているが、ナレーションの力は意外と偉大で、その姿がコックぽい物になっている。絵本において、地の文という物は不干渉にして絶対の部分なのだろう。しかし手元に卵がないあたり、完璧ではないようだ。その時、騒々しくドアを開け放ち、ヤマトが戻って来た。
「こっちはどうなってる!?」
「なんということでしょう。姫たちが倒れて間もなく、王子様が駆けつけてくれました」
「ちょっとそこの王子っぽい人達! 人助けと思って、姫にキスしてほしいッス! お姫様の眠りを覚ますのはキスって昔から決まってるッス!」
「フッ、ならば騎士たる者、敬愛を捧げよう……」
フィオナが刹那の手を取る傍ら、秋人がヤマトへ近づいていく。
「そっちは何があったんだい?」
「俺達は森の奥の花畑に飛ばされて、見えない壁みたいなものに閉じ込められて、そこから動けなくなってたんだ。それで黒い服の婆さんが歩いてくのが見えてから動けるようになってさ。婆さんの来た方向に走ってきたら案の定ってわけ」
情報交換がなされる傍ら、フィオナの唇が刹那の手に触れた。
●騎士様は美味しく頂かれました
「……目覚めない? おかしいな?」
そっと顔を上げて、フィオナは首を傾げる。事前説明によればこれで目を覚ますはずなのだが、刹那が瞼を開くことはなかった。
「手の甲じゃ足りない、のか……?」
いやまさかそんな……と右膝をついて、頭を垂れて、左の拳を床につけて右手にとった姫君の手にそっと口づけ。
「……何も間違ってない、よな?」
しかし目覚めない刹那姫の寝顔をじーっと見つめて、ポッと頬を添える騎士様。
「初対面にも関わらず熱い視線を注ぐ王子! まさか……これが恋!?」
「恋!? わ、私と姫様では身分の差が……!」
舞子のヤジにボッ! と茹であがったように真っ赤に染まるフィオナ。しかしこのままでは埒が明かないのもまた事実。
「さ、さすがに、手の甲以外だと物凄く緊張するな……!」
「おおーっと、ここで王子が動いた! とうとうキスするッスか!?」
髪をかき上げ、覆いかぶさるようにして刹那姫の顔を至近距離で見つめるフィオナに舞子がカメラスタンバイ。
「人の覚悟をかき乱す様な事を言うのはやめてくれ!!」
悲鳴にも近い叫びを上げながら額に『祝福』のキス。だがしかし!
「だけど姫は目覚めない! だが王子も諦めない! 一体どっちが勝つのか!?」
「これは勝負ではにゃいぞ!?」
しかし残る選択肢の関係で言い間違えながらトマトのようになってしまうフィオナ。額の『祝福』、手の甲の『忠誠』……深呼吸して、『親愛』の頬に唇を捧げるが、未だ目覚めぬ姫君。
「さぁ追い詰められた! 王子様大ピンチ!! 残っているのは唇だッ!!」
キャー! と両手で頬を挟んで体を揺らし、その瞬間を期待する舞子。一方のフィオナは自分の口元を隠してアワアワ。
「く、唇はさすがに……想定していないぞ……!?」
「王子様は戸惑っていました。けれど、そこは騎士道精神に従う王子様。覚悟を決めて刹那姫の唇へ顔を寄せて行きます」
「騎士道精神を出すのは卑怯じゃないか!?」
まさかの秋人のナレーションに、目の端に涙を浮かべるフィオナだが、ギュッと目をつぶる。
「こ、これもノブレス・オブリージュ……!」
二人の距離がゆっくりと、縮まっていき……。
「おお白雪姫よ。死んでしまうとはなさけない……いや、これは違うな」
そんなフィオナの様子を見ていたヤマトが真似をして片膝をつき、時雨の手を取った。
「可愛いらしいお姫様。どうか目をお覚ましください」
そっと触れるだけの口づけ。微かに触れた温もりに、時雨が身を揺らし目を開ける。
「あら、王子様……私を助けてくださったのですね……」
ゆっくりと身を起こし、パーカーがずれて肩口の肌を晒してトロン、とした寝ぼけ眼でヤマトを見つめる時雨。お姫様っぽくお淑やかな言葉づかいも忘れない。
「ありがとうございます……」
ほわん、とどこかつかみどころのない、フワフワした微笑みを向ける時雨にヤマトはバッと顔を背けた。
「すっげー恥ずかしいなこれ!」
「あれー? 照れちゃったっすか?」
「いいからこっち見んな!」
ニヨニヨと回り込もうとする時雨から逃げ回るヤマトの後ろ、響くシャッター音とフィオナの悲鳴、そして秋人のこのナレーション。
「こうしてフィオナ王子は美味しく頂かれてしまいましたとさ、めでたしめでたし」
「頂かれてなーい!!」
ジタジタともがくフィオナへ、刹那がむぅ、と不満そうな顔で彼女を抱きしめていた腕を緩める。
「そこまで拒まずとも良いではないか」
「み、み、みみっ……!」
自由を得たフィオナは両手で片耳を押さえていて。
「ちょっと囁いただけではないか……何をそんなに……」
「顔が近い上に吐息がこそばゆいのだ!!」
はーはー、と荒い息を吐いて真っ赤に染まる彼女は刹那ははっはっは、と軽く笑う。
「それくらい気にするほどでもなかろう。拙は久しいくらいに気分のよい目覚めであった。ふぃおなよ、よければまた、拙の家に起こしにきてくれ。朝食くらいは出そう」
「朝食(意味深)ってやつっすね!?」
目を輝かせる舞子に、フィオナは全力で首を左右に振っていたという。
●救えない女王様
白雪姫たちが目覚めたことで妖の用意していてシナリオが変わってしまい、異常に気付いた老婆が戻ってくる。
「さっそく来やがったな。行くぜブレイジングスター! イグニッション!」
両脚のブーツからゴウ、と炎を噴き上げ、身構えるヤマトに目もくれず、老婆はリンゴを取り出した。
「あんたが白雪姫だね。美しいと噂のお前の為にリンゴを……」
「ヒッ!?」
「させん!」
老婆はその姿から想像もつかない速度で時雨に詰め寄ろうとするが、フィオナがその進路に立ちはだかり後ろの姫君へとたどり着かせはしない。しかし、老婆もまたやはり只者ではなかった。素手でガラティーンを掴み、無理やり押し通ろうとする。
「悪いけど、そのリンゴは受け取れねぇ!」
二人が鍔ぜりあう横合いからヤマトが突っ込み、老婆がリンゴを突き出している手を取るなりブレイジングスターに点火、フィオナとタイミングを合わせて受け流すようにして大回転させながらブン投げる!
「ふっふっ、ただの小人だと思ったら大間違いッス! 小人というのは仮の姿……! 実は私はフェアリーゴッドマザー的な何かだったもしれないッス!」
カッ! と額に浮かぶ第三の目に両手のブイサインを当て、光を放ち床に叩きつけられた老婆に追撃する舞子だが、ローブを焼きながらビシッと指を突きつける。
「女王に必要なのは美しさじゃなくて民衆の支持ッス! 民に愛されてきた貴方なら、内面の美しさは誰にも負けないッスよ!」
「あんたが白雪姫かい?」
「……何言ってるッスか?」
首を傾げる舞子に、秋人は何かを悟ったように目を閉じた。
「そうか……」
どこか寂し気な声音に、嫌な予感がした時雨が彼の方へ振り向く。その答えは分かっている。けれど、それでも聞いてしまう。
「どういうことっす?」
「彼女はあくまでも物語の登場人物でしかない。だから、同じ台詞しか話せないし、俺達がどうあがいてもその運命は変えられない……」
「いや、そうでもなかろうて」
赤茶の髪をフワリと銀に染めて、刹那は己の名を刻んだ得物に手をかけた。
「婆を救えぬのはこの場の話、なれば早急に斬り捨て、本体である絵本の方に新たな未来を刻んでやればよい」
「そうか! ならば話は速い……」
フィオナは得物を腰だめに構え、自身を中心に円を描くようにジリジリと辺りを焼く炎を走らせる。
「ノブレス・オブリージュに乗っ取り、ここで貴女を斬り、掴み得なかった未来を綴ることでその魂を救済するのみ!」
「そっすね!」
時雨の目の前で水が螺旋を描き、細く絞られて一本の矢を形成。彼女の腕に合わせて見えない弓があるかのように引き絞られていく。
「悲しいお話しなんてつまんないっす。さっさと終わらせて、ハッピーエンドに変えちゃうっすよ!!」
その決意を表すかのように、放たれた水の矢は風切り音を残して老婆の胸を射抜く。悶え、苦しむ老婆へ秋人は手をかざした。
「ごめん、今はこんなことしかできないけれど……絶対、幸せにするから、待っていて」
微笑みと共に撃ち出された波動は老婆の身を吹き飛ばし、胸に刺さっていた矢を貫通させる。風穴を押さえるようにしてよろめく彼女へ、刹那が既に距離を『詰めていた』。
「顔も心も黒き身なれど 名にし負わばと示そうか いとしめやかな白雪を」
白刃が鞘を脱ぎ捨て煌めき、騎士を包んでいた炎がその身へと取り込まれるように消えていく。
「踊っておくれ、王子……いや、騎士殿よ。女王陛下を楽しませようではないか」
「あぁ、せめて一時でも、安らぎの舞踏を……!」
閃くは白刃。その名の同じ、刹那の間に駆ける刃が鮮血を纏い、虚空に紅き軌道を残す。その間を縫うように駆けるは騎士が剣。一度の剣戟に閃きは二つ。
「麗しき女王よ、必ず迎えに参ります、しばしお待ちを……!」
背を向けるフィオナへ、十字の斬痕を刻まれた老婆が手を伸ばすが、ヤマトがその眼前に滑り込む。
「お姫様を助けるのが王子様だろ? なら、女王様を助けちゃいけない道理はないよな?」
顎を打ちあげ、がら空きになった胴体を掴み、体を折り曲げて頭から叩きつける! ズダァン! と派手な音と共に老婆は動かなくなり、少しずつ体が薄くなっていく……消えゆく間際、わずかに浮かべたその微笑みは、儚い白雪のように美しかった。
「やったな、王子様!」
「フィー、お疲れ様! 王子姿、様になってたな!」
フィオナとヤマトがハイタッチをかわし、その音をトリガーに一同は元の世界へと帰っていく……。
「えぇと、鏡が黒幕で女王様も被害者で……」
残された絵本に書き加えるシナリオを秋人が頭をかきながらまとめていく。
「そこで女王様は鏡任せの怠惰な感じで、鏡は押しつけがましい傲慢な感じで教育的にいくっす!」
「ふふふ、イラスト代わりにこんなのどうッスか!?」
フィオナに見えないように時雨の陰で舞子が差し出したのは刹那が彼女を抱きしめたワンシーンの写真。その様子をチラと眺めて、刹那は静かに見守るのだった。
