破砕の力
【五行巡りて】破砕の力


●夜明けの一幕
 ホテルの一室、サイドボードに置かれた古めかしい電話のベルが鳴り響く。
 念の為にと北海道まで移動し、作戦の成功を祈って眠った後の明け方のことだ。
 半目閉じた瞳のまま不機嫌そうに起き上がると、受話器を持ち上げる。
「おはよう……。うん、知ってる。今、次の未来を見せられたところだから」
 絨毯の敷かれた床へと足を下ろして座ると、肩からずり落ちたネグリジェの紐を正していく。
「ううん、これは自分のミスだよ。確りと作戦を立てずにお願いした、自分が悪い」
 手元に揃ったカードは相手より十分強かった。
 それなのに負けたのは、しっかりと舵切りをしなかった自分のミスだ。
 亡き父から聞かされていたのは、どんな形であれ、命を下す者がダメなら強い兵士も活かせない。
 彼らには彼らのやり方があると思い、敢えてモデルとなる作戦を提唱しなかったのが仇となった結果だ。
 即ち、これは彼らのミスではなく自分のミスなのだと、姉に負けた悔しさを押し殺しながら受け止めるしかない。
 受話器を耳と肩の間に挟むとPDAを手に取る。
 昨日のうちに仕入れた北海道支社の倉庫情報を開くと、使えそうなモノにチェックマークをつけていく。
「次は派手に行くよ、クソ姉貴に……一体誰を敵にしてるのか、骨の髄まで分からせてやる」
 あまり思い詰めるなよと、初老の低い声が苦笑いと共に通話は切断された。
 袋田と呼ばれた男が心配したのも無理は無いだろう、年に似合わぬ暗い笑顔を拵えていたのだから。

●笑顔
「さて、戦況予報するよ?」
 『Murky Prophet』西園寺・護(nCL2000129)は何時もと変わらぬ笑みで一同を出迎える。
 エムシは奪わられてしまい、状況は最悪に陥っても彼は笑みを絶やさない。
「大丈夫だよ、まだ殺されちゃうって決まったわけじゃないから」
 まだどうにか出来ると、希望を携えた言葉を語ると、部屋の明かりを落とす。
 プロジェクターで映し出されたのは、エムシが必要となる結界の張られた森だ。
 森の中へは比較的平坦な獣道のようなルートが有り、公道から数kmほど進むとたどり着けるようだ。
 そこには少々不自然なほど開けた草地が広がっている。
「ここで伝承通りの作法で刃を振るうと、結界を一時的に解除できるみたい。その後一斉に雪崩れ込むと思う」
 使用できる火器、車両、装備。
 壊れても代わりの効くものならありったけ用いてここを死守するだろう。
 覚者達が必死に守ろうとしたレタルを殺すために。
 前回よりも最悪かもしれない状況を説明するものの、さもありなんといった様子で護は薄っすらと微笑み、彼らを見渡すと小首を傾げた。
「……大丈夫だよ? だって今回は……何も遠慮しなくていいんだから。目撃者も、邪魔な部外者も居ないし」
 たとえ とつぶやくと、護はゆっくりと目を細めて満面の笑みを浮かべる。
「悲鳴が上がっても、血が飛び散っても、手足が千切れて、内臓が飛び出してもね?」
 小さな体に少女のような顔立ち、甘いロリータ服。
 唯一かみ合ったのは、雪の結晶飾りから思わせる冷たさだけか。
 しんと静まり返った会議室で、静寂の原因は眉をひそめながらクスクスと笑っていた。
「冗談だよ。 そこまでやっちゃってなんて言わないけど、それぐらい邪魔が入らないって事だから」
 それに緊張が解けたかどうかは分からないが、護はすっとテーブルの上に一枚の写真を差し出す。
「これは自分が出せるカード、しっかりと向こうを詰みに追い込まないとね?」

●No mercy
 作戦結構時刻、夕暮れの森。
 公道から森へと広がる自然に作られた道へ入り込む車両の姿があった。
 独特な四角いデザインに、堅牢な装甲に包まれた軍用車両である。
 数kmの獣道を抜けると、開けた草地には向かい合うように停車した車両が一台。
 重厚な装甲に身を包んだ大型の軍用車両は、見つけたぞと言わんばかりにヘッドライトを彼らへ焚きつける。
「全車、ありったけ撃ちこめ!」
 ルーフに掛かったシートが取り払われると、爆発物を連射するグレネードマシンガンが備わっていた。
 停車しつつ銃座手がトリガーを絞ると、ガスの開放音と共に無数の爆発弾頭が車両へ吸い込まれていく。
 まるで絨毯爆撃を受けたような激しい爆音が鳴り響き、羽を休めていた鴉達が一斉に飛び立つ。
 何秒程それは響いただろうか、カランと40mmの空薬莢が転げ落ち、煙が晴れていく。
『When, or thought ?』
 グリルガードに着いた装甲の塗装が剥げ落ち、やったと思った? と嘲笑う一言が浮かび上がる。
 更に茂みから飛び出した同じ車両が、退路を立つように横向きに止まり、火力の下がった憤怒者達を封じ込めていく。
 対抗するための火力を削ぎ、退路を塞いだ。
 護の策はここまで、後は逃げ場を失った憤怒者を覚者達が蹴散らすのみ。
 今度はこちらが辛酸を嘗めさせてやると、覚者達は反撃と飛び出していく。


■シナリオ詳細
種別:シリーズ
難易度:普通
担当ST:常陸岐路
■成功条件
1.敵の殲滅
2.エムシの奪還
3.なし
【ご挨拶】
 初めましての方はお初にお目にかかります、再びの方はご愛好いただきありがとうございます。
 常陸 岐路です。
 今回は殲滅戦です、敵車両の何処かにエムシが収められていますのでここで奪還して集落に向かうのが作戦目標です。


【戦場情報】
[概要:獣道と森]
 両サイド(南と北)を森に囲まれた獣道です、東へ進むとエムシの結界にぶつかります。
 西へ向かうと数kmほどで公道に繋がります。
 両サイドの森は茂みが濃く、木々も多い為、射線が通りづらいです。
 オープニングで出現した西と東にいる装甲車両のどちらかを選び、そこから出撃することになります。
 また獣道に敵の軍用車両が若干ななめにずれながら一列に並んでおり、それぞれ1台につき5人の憤怒者が搭乗しています。
 車両内にエムシがありますが、強固なジュラルミンケースに収められているのを調査済みの為、気にせず戦っていただいて大丈夫です。

[装甲車両について]
 爆発物に大して高い防御力を誇る装甲車を検証用に輸入したものを、西園寺工業で更なる防御強化を行った動く要塞の様な車両です。
 後部に大型の搭乗口があり、そこから乗り降りできます。
 車両の中にいる間は憤怒者の攻撃が届くことはなく、憤怒者の攻撃では壊れることも無い為、遮蔽物としても十分です。
 車両自体が大きく重たいため、敵の軍用車両で体当りして退かすことも出来ません。
 また、負傷した状態で車両に戻ると車内にいる衛生兵が応急手当を行い、少程度にHPと氣力を回復します。

【敵情報】
 ・憤怒者×15
  内訳 アサルトライフル装備×10
     ライトマシンガン装備×3
     対物ライフル装備×2

 ・軍用車両×3

[概要:憤怒者]
 対覚者、隔者、破綻者の為に集まった精鋭達です。
 技術はとても高いですが、発現した者に比べ、体力はとても低いです。
 アサルトライフル持ちと、対物ライフル持ちがいます。

[攻撃方法:憤怒者・アサルトライフル装備]
・バースト射撃:正確な狙いで強烈な弾丸を放ちます。攻撃力は高く、有効射程が長いです。

・近距離格闘術:拳銃を組み合わせた格闘術です。格闘術で作った隙を狙って拳銃によるダメージを狙ってきます。攻撃力と命中力は並程度です。


[攻撃方法:憤怒者・ライトマシンガン装備]
・掃射攻撃:大量の弾薬を用いて、制圧射撃を放ちます。攻撃力は高いですが、命中率は低めです。また、有効射程が長く、列1範囲に敵味方問わずで攻撃を行います。

・近距離格闘術:上記同様


[攻撃方法:憤怒者・対物ライフル装備]
・遠距離狙撃:有効射程の長い狙撃を行います。攻撃力と命中力がとても高く、ノックバックが発生します。但し、対象に10m範囲に入られると使用できなくなります。

・近距離格闘術:上記同様



[概要:軍用車両]
 大型の軍用車両です、ルーフに銃座が備えられており、オープニングで使用していたグレネードマシンガンが装着されています。
 しかしオープニングでマガジン内の弾を全て撃ち尽くしたため、再装填を行う必要があります。
 誰かが銃座につくことで、下記攻撃方法を使用することが出来ます。
 また、覚者との戦闘を念頭に置いた防御能力を備えてはいますが、ある程度攻撃を受け続ければ壊れてしまいます。

[攻撃方法]
・再装填:これを完了することで攻撃を行えるようになります。再装填を実行中の人物が宣言したターンの終了時まで残っていない場合、再装填は失敗します。

・グレネードマシンガン:40mmの爆発弾頭をガス圧で連続射出する重火器です。攻撃力が非常に高く、遠距離、列1範囲に敵味方問わずで攻撃を行います。3回攻撃をすると、再装填が必要となります。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(2モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
10/10
公開日
2016年07月13日

■メイン参加者 10人■



 爆煙が引いていく中、相手の重火器を物ともせず耐えた車両から覚者達が飛び出していく。
 博物館で苦汁を舐めさせられた記憶はまだ新しい。
(「ここまでお膳立てされなきゃってのも情けない限りだ」)
 『侵掠如火』坂上 懐良(CL2000523)の脳裏で、前回の失敗からの悔しさがよぎる。
 しかし、一度対峙したことで、覚者の様な圧倒する力こそ持たないが、戦いのプロであることは十分に感じ取れた。
 侮らず、確実に倒す。
 その為に、今回は装甲車の影から慎重に相手の様子を伺う。
(「前回はエムシ奪われちゃったけど、今回はばっちり頑張るよ」)
 『天使の卵』栗落花 渚(CL2001360)が先陣を切り、前へと飛び出していく。
 グレネードの嵐が全く効果がなかったのに驚きながらも、車両から飛び出す憤怒者達の姿を捉えると、腕章を見せつけるように右へと巨大な注射器を構えた。
 右から左へ、横薙ぎに振るわれた柱の様に大きな注射器からは一斉に氣力の弾丸が一列に撒き散らされる。
 運転席とその後部座席から降りた憤怒者達だが、一人はその注射器に面食らったのか、反応が遅れていく。
「ぐぁぁっ!?」
 ズドッ! と鈍い音を響かせる弾丸が無数に胴体へ直撃すると、堅牢な車両へと叩きつけられていく。
 肺の空気を全て吐き出すような呼吸を最後に、膝から崩れ落ちた憤怒者は動きを止める。
「絶対、あなた達を結界に近づかせたりしないから!」
 腕章を翳す決めポーズと共に、まずは一人目を撃破。
 勢いに乗った覚者達は更に攻撃を重ねていく。
「ノブレス・オブリージュを果たすぞ!」
 『騎士見習い?』天堂・フィオナ(CL2001421)が渚を追い越すように最前線に出ると、ガラティーンの柄を握りしめる。
 助手席と後部座席から現れた敵へと吶喊するような勢いで踏み込むと、その場で180度ターンの軌道を描きつつ刃を振りぬく。
 防刃効果のある装備ごと切り裂き、鮮血が一列に溢れかえり、憤怒者達がその破壊力に後ろへとよろめく。
「しっかりと潰させてもらう!」
 様子を見ていた懐良が動く。
 車両の影からあっという間によろめいた憤怒者達へと近寄れば、地面から掬いあげるような軌道で斜めに切り上げる。
 続けざまに手首を返し、相 伝当麻国包を今度は反対方向へと振りぬき、斬り上げた。
 バツの字状の軌道、それは憤怒者たちからは、刀身が放つ僅かな光の煌めきにしか見えなかったことだろう。
 反撃すら許されることなく憤怒者達は彼の刃に沈み、どさりと地面に崩れ落ちた。
(「本当の、戦争、みたい?」)
 仲間達の一斉攻撃で前線が押し上げられ、それに追従するように桂木・日那乃は前に出つつ、そんな言葉が心の中で溢れる。
 物々しい車両の群れ、左右の森に申し訳程度の道。
 テレビで見たニュースか映画のワンシーンを彷彿とさせたのだろうか。
 遠い場所の現実や空想と異なるのは、彼女には彼らを殺すつもりはない事だろう。
(「あと……12人、あの時と同じ、ね」)
 護の救出に向かった時と似た格好をした憤怒者達が放つ気配は、何も変わらない。
 憤怒者と呼ばれる所以、その憤りの全てがこちらへと圧縮された炎の如く、静かに力強く向けられていた。
(「これを使うのは……大嫌い、だけど」)
 今回の戦いにおいて、彼女が決意したこと。
 前回のような失敗をしないためにも、この力を使わざるを得ない。
 気持ちが揺るがぬ前に、ゆっくりと呼吸を整えて落ち着かせて問いかける。
「ねぇ、エムシはどこ?」
 だが、アサルトライフルを手にした憤怒者は、痛みに耐えながらも唇を閉ざしたまま睨みつけるだけだ。
 しかし、問い掛けに記憶は呼応してしまい、一瞬だけ中央の車両に積み込んだ映像が脳裏を過ぎる。
 同時に感じるのは、歳の割に落ち着き払った茶色の瞳が覗き見るイメージ。
 知られたと気づいた時には遅く、表情がみるみる怒りに満ち溢れた。
「変異体め……っ、人の頭を覗きやがって!」
「引くぞ! 後ろと合流する!」
 既に車両のチームの半分以上がやられ、手負いと無傷が一人ずつと壊滅状態にある。
 更に力を高めながら近づく賀茂 たまき(CL2000994 )の姿もあり、ここにいてもやられるだけだ。
 舌打ちをしながら手負いの男が中央の車両へと走り、呼びかけた方も銃座を放棄して後退。
 生き残りと入れ違うように、アサルトライフルを手にした男達が前進していく。
「火力を集中させろ!」
 前に出た憤怒者二人が、渚に狙いを定めてライフルを構える。
 一人目が渚へと数発ごとの指切り射撃を仕掛ければ、横へと飛びのきながら渚が回避し、そこへ二人目が射撃を重ねた。
「ぐっ……!?」
 着弾と同時に強烈な爆発を起こす弾丸は、小さな爆弾を浴びせられるかのようだ。
 痺れるような衝撃の痛みが、体の内部に染みこむ様なダメージを重ねる。
 最後尾の車両から降りた憤怒者二人が続き、アサルトライフルの射線を重ねていく。
 弾丸の雨霰と襲い来る連続攻撃に、渚の体力が一気に奪われてしまう。
 更に車体を挟んで向かい側に展開した憤怒者達は、フィオナを狙う。
 先んじて守護使役に偵察を命じていたのもあり、こちらを狙うと分かっていたが、音速で飛来する弾丸を避けるのは難しい。
(「このぐらいならっ!」)
 身構えていた事でダメージも大きくはなかったが、続け様に放たれた対物ライフルの弾丸はそうもいかなかった。
 被弾で少しバランスを崩した体では回避しきれず、直撃を避けようと体を傾けて肩に食い込んだ弾丸が強引にフィオナを後ろへと吹き飛ばす。
「追い打て!」
 地面を転がるフィオナへ照準を合わせ、最後尾の車両から降りたアサルトライフル持ちと対物ライフル装備の憤怒者がトリガーを絞る。
 フィオナは体制を整えつつ地面を滑ると、連射を右に左にとステップを踏んで回避し、回避の隙を狙う狙撃はおもいっきり横っ飛びにいなす。
(「今のは危なかったな……やはり、混戦に持ち込むのが良さそうだ」)
 しかし、敵の火力は完全に前に向かった。
 それは西側で息を潜めた5人にとっては好都合だろう。


「ここまでお膳立てされてんだ。そう簡単にやらせてたまるか」
 装甲車の影で攻撃に集中する憤怒者達を見やりつつ、『正位置の愚者』トール・T・シュミット(CL2000025)がボソリとつぶやいた。
「そうなのです。前は油断して負けてしまいましたが、今回は汚名を返上するのです!」
 彼の傍で小声ながら元気いっぱいに、『赤ずきん』坂上・御羽(CL2001318)が応え、ぐっと両手を握りこぶしにしていく。
「前回の失敗を挽回する為にも頑張りましょう」
 対照的な暗い微笑みを浮かべながら、春野 桜(CL2000257)も頷いた。
(「まだ間に合うと言うのは幸いだったわ。ここまでお膳立てしてもらえたんだもの……注文通り殺して殺して殺しつくしましょう、悲劇が現実のものとなる前に」)
 隔者に寄って全てを奪われた彼女には、護が放った笑みの含みが同じ闇と見えたか、それともそれに乗じて狂気を深めているのか。
 ただ、彼女の放つ気配は味方にも不気味に感じたことだろう。
 その狂気に違う思いを抱く者もいた事を、今は知る由もない。
「そうだな、今度はちゃんと殺らんとな」
 緒形 逝(CL2000156)がプレッシャーを物ともせぬマイペースさで、明るく肯定していく。
 フルフェイスヘルメットに隠れた顔は、僅かながらに笑みを浮かべていた。
(「夢見ちゃんお怒りだったなあ。おっさん経緯なんて分からんけど、アレは怒ってるよ」)
 悲鳴があふれようと、血潮以上の残虐な事が起きても気づかないから。
 あの微笑みに隠しきれなかった怒りを、彼は感じ取っていた。
 あの言葉の前置き、その語尾に記憶を巡るような間があったことが、彼の確信を裏付けている。
 車の影から様子をうかがいつつ、完全に意識が西側から離れたのを確かめると、一度だけ仲間の方へと振り返る。
「1人で突っ込んじゃうが、付いてきておくれよ?待ってるからね 」
 車両の影からするりとぬけ出すと、韋駄天の名を冠する加速を以って一気に憤怒者の背後へと詰め寄る。
 長い翼のような腕の形状に肖るなら、敵からすればジェット機が駆け抜けるような一瞬に感じたことだろう。
 相手を投げ飛ばそうと手を伸ばした瞬間、振り返った狙撃手が一瞬のことに驚き、足を縺れさせる。
 尻餅をついたのは、何故このタイミングでと思わされるほど、逝にとっては運が悪い。
 相手を地面に叩きつけることは出来たが、浅い当たり方なのが分かる。
「後ろにいたのかっ!?」
 だが、彼に気を取られたのが運の尽きだ。
 逝へ振り返った隙を突いて、背後から綿貫の切っ先を彼らへ向ける桜が襲いかかる。
「こいつは……っ!?」
 足元から生える蔦があっという間に彼らへと絡みつき、体の自由を奪っていく。
 手足が完全に拘束されてはいないものの、身動きしづらいことに変わりない。
「眠りの底に押し流してやる! どこの傭兵だか知らないが、女子供を狙ってんじゃねーぞ!」
 動きが鈍ったところで、トールが氣力を空気に溶かしこみながら、戦場から切り離すような静寂を齎す。
 無音に近い世界に込められた神秘の力が、不可思議にも彼らに強い眠りを誘う。
 次々に倒れていく憤怒者達だが、グレネードの銃座手とトールから見て車両を挟んだ向かい側の二人が寸でのところで意識をどうにか繋ぎ止めていた。
「変異体どもが……っ、そう安々と」
 ボルトを引いて一矢報いようと銃座手が攻撃に移ろうとしたところで、白無垢と白露を手に腕を交差させて構えた葉柳・白露(CL2001329)が、憤怒者の眼前に飛び出す。
(「そこまで引き篭もってる無害な奴らを叩きのめしたいのかね」)
 妄執の様な彼らの殺意に冷ややかに心の中で呟きつつ、浮かぶ言葉が口から溢れる。
「わざわざ潰されに来てくれてご苦労様」
 その怒りを冷笑する一言と共に、刃を交差させるように刀を振りぬいた。
 左右から挟み切られる銃座手は、車に赤い飛沫を二対描いてだらりと意識を失っていく。
「やばいと思ったら降参するのです。今回は手加減なんてできないのですっ!」
 まだ意識を失っていない敵二人を射程に捉えた御羽が、空に手を掲げる。
 雲が一瞬の内に黒く染まると、青白い稲光を貯めこんでいく。
「ここまで来て、恐れるつもりはない!」
 ならば容赦しない、こちらにも譲れぬ理由があるのだから。
 手を振り下ろすと同時に、ズドォンッ! と雷鳴が響き渡る。
 強烈な雷が彼らを脳天から貫くと、焦げ付いた香りと共に膝から崩れ落ち、無言のまま前へと倒れていった。


 後方が不意打ちにより瓦解していく。
 連携と戦略でこちらの土俵にあげて戦う彼らからすれば、今の展開はまさに最悪な状態だ。
 屈強の兵士とはいえ、表情に僅かながら焦りが滲み始める。
 今度は彼らが煮え湯を飲まされる番なのだ。
(「いいぞ、流れは完全にこっちのもんだ」)
 前に出たアサルトライフル持ち二人へと接近と同時に、地烈の二連撃を見舞っていく。
 続けて渚が巨大注射器のスイングから氣弾の波を放つものの、憤怒者達は地面を転がりその下を掻い潜る。
(「発現しないでこれだけの力……素直にすごいと思う」)
 脆さを技量と装備で補いながら覚者に食らいつく憤怒者の力を認めつつも、同時に思うのは、その力の使い様だ。
 だからといって、悪事を許す理由にはならない。
(「どんな理由があろうと止めないと!」)
 一層戦いの緊張の引き締まる表情、注射器を抱える腕にも力が篭もる。
 戦闘準備を終え、力を高めきったたまきが攻撃を避けた憤怒者達へ追い打ちをかける。
(「何故、そこまで覚者を憎むのでしょうか……よく分からない『力』を持っているから……?」)
 彼らの憎しみの理由に戸惑いはしても、渚と同じく揺らがずにいられるのは、どうあれ暴力を許す理由には成り得ない事実。
 それなら人を守るために力を振るおう、至近距離まで近づくと氣力を一気に解き放つ。
 所謂気配と呼ばれるものも、力を込められれば武器となり、見えぬ何かが憤怒者達の体を打ちつける。
 まるで彼女に気圧されたかのように、体力を奪われた憤怒者達が倒れていく。
「すぐ回復する、ね」
 大口径弾と小銃弾の嵐を浴びせられたフィオナへ、日那乃が神秘の水の雫を空から垂らしていく。
 透明な水が体中の痛みを引かせていけば、フィオナの険しそうな表情が消え、何時ものはつらつとした様子が戻る。
「ありがとう! さぁ今度はこっちの番だ!」
 御礼の言葉の後、再び駆け出せば狙撃手へと取り付きながら剣脊に掌をすべらせるようにしながら、青い炎を宿していく。
「私の炎、消せるものなら消してみろ!」
 挑発の言葉と共に刃を袈裟斬りに振り下ろせば、狙撃手はライフルで刃を受け止める。
 とは言え、力比べになれば圧倒的に不利な憤怒者に剣を受け止めきれるほどの力はなく、勢いを弱める程度だ。
 ザンッと切り裂かれ、バーナーの様な高音の炎が傷口を焼き潰され、血は滴らぬものの、苦悶の表情で敵がよろめく。
「1号車から戻った奴らと森に逃げろ!」
 ライフルを捨て、狙撃手は拳銃を片手にフィオナへ近づく。
 その合間に憤怒者の一人が車からエムシのケースを取り出すと、合流した仲間と共に森へと走る。
 僅かに気を取られた彼女の隙を逃さず、体術でよろめかせると、そこへ拳銃弾を撃ち込む。
 しかし、この程度ではフィオナに致命傷を与えることは出来ない。
 明らかな時間稼ぎだ。
 更に銃座手が、たまきと懐良へグレネード弾の連射を放つ。
「くそっ!」
「うぐっ……!」
 右から左から、そこらかしこで爆ぜる弾頭の破壊力は凄まじく、ガードをしてもダメージは大きい。
 しかし、彼らが途中で持ち逃げに走るのは予測済みだ。
「逃さないよ」
 白露が森の中へと駆け込み、二刀の間合いへと入ったところでケースを持った敵を捉える。
 苦し紛れに護衛についた仲間が代わりに刃を受け止めるが、続けて後を追った渚がケース持ちを狙って注射器を振りぬく。
「ぐはっ……!」
 手負いだった仲間が身を呈し、氣弾の盾となり、攻撃はまた届かない。
「ここから先へは、私が」
 逝と同じ、人成らざるスピードで一気に距離を詰めたたまきがケース持ちの前に立ちふさがる。
 ライフルの銃床を脇にはさみ、強引に撃とうとしても、たまきはそこを動くつもりはない。
「絶対に、向かわせません!」
 激しいプレッシャーに氣力を込め、放つ。
 ただそれだけで木々は激しくざわめき、緑葉が春一番が吹き抜けた様に散っていく。
 呻き声に混じった捨て台詞は葉が擦れる音でかき消され、ドサリと憤怒者は大の字に倒れるのだった。
「この化け物どもがっ!」
「やらせねぇよ!」
 エムシを奪おうと集まった覚者達へグレネードを浴びせようとした銃座手だったが、彼も近づいてきた懐良の刃に倒れる。
 戦いは終わり、常人離れした覚者たる所以を見せつけての勝利だ。


(「ふむ、雪辱を果たせたかな。あちらさん達が悔しがってくれたら胸がすくってもんだけど」)
 刀を収めつつ、白露がゆっくりと息を吐きだし、汚名返上を噛みしめる。
 勝利し、雪辱は晴らせた。
 しかし、それで良しとしない者もいる。
「クズは死ね、死んで私達の糧になれ、死ね死ね死ね死ねあはははははは!」
 意識を奪われ、どうにも出来ない憤怒者達へ桜が無慈悲に綿貫を突き刺す。
 遠慮のない急所を貫く一撃は、確実に死に至らしめる筈だった。
 しかし刃は届かず、その手首を掴んだのは、御羽の小さな手。
 どんよりとした瞳が、その理由を問うように彼女へ向けられる。
「貴方の性格は知ってますが、殺すまでではないのです」
 これ以上はただの虐殺、このまま捕らえて情報を吐かせる為にも連れ帰る必要がある。
 勝利の余韻が冷たく冷えかかったところで、フィオナが二人へと駆け寄る。
「殺しは絶対に駄目だ! もう彼らに力はないんだ」
 持たざる者をこれ以上傷つけるのは、彼女の信念が許さない。
 張り詰めていく空気は、勝利した後とは思えないだろう。
「何人か捕まえられたし、こいつらから情報引き出せるかもしれねぇだろ?」
「そうだな。それにしてもこいつら、どこの特殊部隊だ?」
 活かすメリットを懐良が呟き、トールがそれに乗りながら苦笑いを浮かべながら愚痴をこぼし、険悪な空気を払拭していく。
「まぁ……いいわ」
(「まだ殺すタイミングが無いわけじゃない」)
 このお膳立てに報い、殺戮を望んだ彼の為にも。
 彼女の望み通りに消せたかは分からないが、この戦いの幕は降りていく。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし



■あとがき■

ご参加いただきありがとうございました!

見事に不意打ちも重ねて、より確実な作戦は憤怒者達の『相手の土俵に立たず、自分が優位なところで戦う』という、唯一の対抗手段を潰せていたと思います。
引き続き、ご参加いただけると嬉しいです。

ではでは、次回のご参加も心よりお待ちしております!




 
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