≪百・獣・進・撃≫雷鳴、空に奔る
●
微睡より目覚めた、『それ』は風の中に漂ってくる匂いから不穏なものを感じた。
たしかに、群れの数が減っている。 臣下が数を減じたという事実は、王である『それ』にとって度し難いことであった。
「人間ドモメ……」
『それ』は毛皮に包まれた体を大きく震わせると、驚いたことに言葉を発した。
どう見ても、獣にしか見えない。だが、その瞳には狂暴な知性と人に対する憎悪が渦巻いていた。
そして、『それ』は大きく伸びをすると、力強く咆哮した。
ただ怒りを込めて大きく声を上げたに過ぎない。しかし、それでも木々は震え、『ただの』獣たちは逃げ出していった。
怒りを紛らわせた後で、『それ』は冷静になる。予想よりも被害が大きいことは紛れもない事実だ。原因が自分の不明によるものか、人間たちが予想以上に精強だったのかは明らかではない。だが、そんなことはどうでもいい。
この群れを傷つけられた以上、同等かそれ以上の血を流してやらねばならない。
すでに自分が力を認めた者たちも動いている。目的は近く達せられることだろう。しかし、その前に報復だ。
バサッと羽音が聞こえた。
そこに姿を見せたのは、常識では考えられないサイズを持ったイヌワシだ。『彼ら』程ではないが、『それ』が頼りとする1匹である。
「行ケ。ソシテ、殺セ」
牙をもつ王の、極めて単純な命令に、臣下である巨鳥は大きく翼を広げる。
そして、辺りに雷をばらまきながら、飛び立っていく。
全ては人間を滅ぼすために。
●
「はーろろん♪ みんな、今日は集まってくれてありがとー!」
『イエロー系女子』大岩・麦(nCL2000116)は集まった覚者達に挨拶をする。人が集まったことを確認すると、発生した事件の説明を始めた。
「うん、危険な妖が暴れる夢を見たの。みんなの力を貸して!」
麦の渡してきた資料には、その身の回りに纏うイヌワシの姿が描かれていた。
ここ最近、奈良県で動物系妖の襲撃が多数確認されている。これもどうやら、一連の事件に関わるもののようだ。
「出てきたのは動物系の妖、ランクは3だよ。数は少ないけど強力な奴だから気を付けて」
妖は鳥が元になったものであり、当然飛行能力を持っている。まずは遠距離攻撃によって、こちらに注意を惹き付けなくてはいけない。もしそうなれば、攻撃を行った覚者達に対して反撃を行うため近づいてくるはずだ。そうすれば、近接攻撃も行える距離で戦えるようになる。
「うん、この妖も電車の攻撃に向かおうとしているの。一応、向かう途中を攻撃出来ると思うけど、取り逃がしたら大変なことになっちゃうから気を付けて」
電車が来たタイミングであれば、妖は近接攻撃可能な距離まで降りてこざるを得ない。そうすれば攻撃は容易になるが、無辜の人々の命を危険にさらすことでもある。
移動中の妖を引き付けて戦うか、電車を庇いながら戦うか。
それは覚者達が自分達に合わせた戦い方を選ぶ必要がある。
「妖が人を襲うのは本能って言われるけど、さすがにここまでくると変だよね」
覚者の中にも違和感を感じるものは多い。何かしら、組織的なものを感じる。
そして麦は元気を振り絞って、覚者達を送り出す。
「無事に帰って来てね? みんなのこと信じているから!」
微睡より目覚めた、『それ』は風の中に漂ってくる匂いから不穏なものを感じた。
たしかに、群れの数が減っている。 臣下が数を減じたという事実は、王である『それ』にとって度し難いことであった。
「人間ドモメ……」
『それ』は毛皮に包まれた体を大きく震わせると、驚いたことに言葉を発した。
どう見ても、獣にしか見えない。だが、その瞳には狂暴な知性と人に対する憎悪が渦巻いていた。
そして、『それ』は大きく伸びをすると、力強く咆哮した。
ただ怒りを込めて大きく声を上げたに過ぎない。しかし、それでも木々は震え、『ただの』獣たちは逃げ出していった。
怒りを紛らわせた後で、『それ』は冷静になる。予想よりも被害が大きいことは紛れもない事実だ。原因が自分の不明によるものか、人間たちが予想以上に精強だったのかは明らかではない。だが、そんなことはどうでもいい。
この群れを傷つけられた以上、同等かそれ以上の血を流してやらねばならない。
すでに自分が力を認めた者たちも動いている。目的は近く達せられることだろう。しかし、その前に報復だ。
バサッと羽音が聞こえた。
そこに姿を見せたのは、常識では考えられないサイズを持ったイヌワシだ。『彼ら』程ではないが、『それ』が頼りとする1匹である。
「行ケ。ソシテ、殺セ」
牙をもつ王の、極めて単純な命令に、臣下である巨鳥は大きく翼を広げる。
そして、辺りに雷をばらまきながら、飛び立っていく。
全ては人間を滅ぼすために。
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「はーろろん♪ みんな、今日は集まってくれてありがとー!」
『イエロー系女子』大岩・麦(nCL2000116)は集まった覚者達に挨拶をする。人が集まったことを確認すると、発生した事件の説明を始めた。
「うん、危険な妖が暴れる夢を見たの。みんなの力を貸して!」
麦の渡してきた資料には、その身の回りに纏うイヌワシの姿が描かれていた。
ここ最近、奈良県で動物系妖の襲撃が多数確認されている。これもどうやら、一連の事件に関わるもののようだ。
「出てきたのは動物系の妖、ランクは3だよ。数は少ないけど強力な奴だから気を付けて」
妖は鳥が元になったものであり、当然飛行能力を持っている。まずは遠距離攻撃によって、こちらに注意を惹き付けなくてはいけない。もしそうなれば、攻撃を行った覚者達に対して反撃を行うため近づいてくるはずだ。そうすれば、近接攻撃も行える距離で戦えるようになる。
「うん、この妖も電車の攻撃に向かおうとしているの。一応、向かう途中を攻撃出来ると思うけど、取り逃がしたら大変なことになっちゃうから気を付けて」
電車が来たタイミングであれば、妖は近接攻撃可能な距離まで降りてこざるを得ない。そうすれば攻撃は容易になるが、無辜の人々の命を危険にさらすことでもある。
移動中の妖を引き付けて戦うか、電車を庇いながら戦うか。
それは覚者達が自分達に合わせた戦い方を選ぶ必要がある。
「妖が人を襲うのは本能って言われるけど、さすがにここまでくると変だよね」
覚者の中にも違和感を感じるものは多い。何かしら、組織的なものを感じる。
そして麦は元気を振り絞って、覚者達を送り出す。
「無事に帰って来てね? みんなのこと信じているから!」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.人々の被害を抑える
2.妖の撃破
3.なし
2.妖の撃破
3.なし
妖を舐めるなよ、KSK(けー・えす・けー)です。
今回はランク3妖と戦っていただきます。
●戦場
奈良県山中の一角になります。
時刻は夜です。
戦闘可能な場所は2カ所あります。
線路から離れた場所なら一般人の被害を考える必要はありませんが、遠距離攻撃等で注意を惹き付ける必要があります。
線路付近で戦うのなら、一般人の乗る電車を庇いながら戦うことになります。この場合、電車は後列に配置されているものとします。また、戦闘中には電車は戦場から移動することは出来ません。
いずれの場合も、明かりや足場についての心配はありません。
●妖
・雷鳥(らいちょう)
動物系の妖でランクは3。伝奇をその身に纏った巨大ないぬわしです。人間と同程度のサイズをしています。動物系の妖らしく、反応速度が高めです。
能力は下記。
1.強襲 物近単 二連、流血
2.雷撃 特近列貫3[100%,50%,25% 痺れ
3.飛行能力
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2016年06月24日
2016年06月24日
■メイン参加者 8人■

●
20数年前より、世界の理は変わってしまった。突如として現れた妖達の存在により、平穏が奪い去られてしまったからだ。
しかし、人の世はかろうじて保たれている。その背景には、覚者と呼ばれる者達の姿があった。
「最近、動物系の妖があちこちで暴れていますね。それらを操る存在でもいるのでしょうか」
上空に輝く妖の姿を確認し、『スピードスター』柳・燐花(CL2000695)はため息を漏らす。
FIVEはここの所、局地的に暴れる妖の対応に当たっている。何故このような事件が起きているのか、答えられるものはいない。
だが、燐花だって分かっている。大元を叩かない限り、この進撃が止まることは無い。
そして、そのためにも今目の前にいる妖を倒さないといけないのだ。
「頑張りましょう」
短く呟くと、燐花は両手に苦無を構えて覚醒する。
妖との距離を測りながら、同様に覚醒をしていく覚者達。
そして、気のせいだろうか。『雷麒麟』天明・両慈(CL2000603)は髪を銀色に染めながら薄く笑ったように見えた。
「ほう、敵は雷鳥と言うのか。雷を扱う身としては、中々に興味深い相手だな」
両慈はクールで無口な青年だ。笑う姿を見せることもほとんどない。
もっとも知識欲の強い一面もある。自分と同じく雷を使う相手に思う所もあるのだろう。あるいは、親しいものが同じ戦場にいるため、口も滑らかになっているのかも知れない。
「そう言えば、華神。その名は……もしや華神悠乃の関係者か?」
「さて、どうだったか」
両慈の問いにはぐらかすように答える華神・刹那(CL2001250)。
その答えに両慈はやれやれと肩を竦める。
「何、以前に共に行動する事があってな、宜しくと伝えておいてくれ」
「よかろう。だが何分守る仕事ではあろうが、守って戦うなぞ性にあわぬ。無事に帰って伝えられるかどうか」
そして、刹那は刀を抜き放つ。かつて私財を投げ打って手に入れた大業物だ。
揃った覚者達はおしなべて前のめりな戦法を好む者達ばかり。そのような状況でわざわざ守りに回るのはかえって悪手というものだ。
向こうが襲い掛かりに来ている状況で、こっちが襲い掛かっていけない道理は無い。
「先ノ先にて、一撃必殺……魂、込めてみせようぞ」
魂を込める、一言で言うのは容易いが、そうそう達することが出来るものではない。
しかし、刹那の五感は今や極限まで研ぎ澄まされていた。今の彼女は刃そのもの。その全身全霊が、妖に一撃を入れるために最適化されていた。
「雷切か、燕返しか 決まれば喝采、ご覧あれ」
その瞬間の刹那は、ただ『斬る』ためだけの存在と化していた。疑似的に作り上げた無想剣の姿だ。
そして、絶妙のタイミングを持って、刃が引き抜かれる。すると、剣風は氷の刃を乗せて妖の身を切り裂いた。
斬撃を受けて上空の妖は、盛大に血飛沫を上げながらじろりと地上にいる覚者達に目を向ける。
妖は一般的に人間を襲うものだが、今まで覚者達に興味を見せた風は無かった。そうした判断を行っている時点で、やはり普通の妖とは言い辛い。それがたしかに、覚者達を獲物、いや敵と捉えたのだ。
そして、そんな妖に対して、鹿ノ島・遥(CL2000227)は会心の笑みを浮かべた。拳を握り締めると、指の隙間から光が漏れる。
「こっち来いよ、鳥さんよ! お仲間のカタキがここにいるぜ!!」
元気良く叫ぶと、遥は練り込んだ気を弾丸のように放つ。
少年の瞳に戦いに対する悲壮感は欠片も無い。元々戦うことが好きで好きでたまらない少年だ。先日、不気味な鼠の妖と交戦した時だって楽しんでいた。
戦いの中でしか生きられない、というのとは少し違う。
言うなれば一種のバトルマニア。戦うこと、それもとりわけ強い敵と戦うことが好きで好きでたまらないのだ。
その言葉に応じるように、妖は地上に向かってきた。ある程度の知性を有している妖である。どのみち、攻撃を仕掛けてきた覚者達が、自分にとって障害となると判断したのだろう。
「竜の次は鳥かね? よくもまあ、バリエーションが豊かだな」
「またこの手のやつかあ、ほんと最近は獣臭くてやだけど……それ以上にきな臭いってやつかな?」
フルフェイスの下で緒形・逝(CL2000156)は笑いを浮かべ、『裏切者』鳴神・零(CL2000669)は仮面をつけていても楽しげなのが分かる。
もちろん、覚者として妖の進撃を食い止めるためにやって来たというのもある。しかし、それ以上に強力な妖と戦うためにやって来た。この場にはそんな覚者が少なからず存在した。
「バリエーションと言えば、亀も……あゝそうか、そういう事か」
何かに得心いったような声を出すと、逝は愛おしげに刀を握り、くつくつ笑いだす。
「なら喰わんといかんな。四神に擬えたような妖を喰える事なぞ、そうは無いものな。竜はおあずけにしたからね、残りは是非とも喰いたいものだ。なあ悪食や」
刀が瘴気を放ったように見えたのは気のせいだったか。
その中で、冷静に妖の様子を眺めているのは、『偽弱者(はすらー)』橡・槐(CL2000732)だ。
「奈良のほうで獣型の妖どもが大挙してヒャッハー! しはじめているのですか……」
如何にも鬱陶しい、といった雰囲気だ。
実際、槐は基本的なスタンスとして、最低限度の働き以上のものをする気は無い。FIVEから除名されない程度に活動すれば十分だと考えている。
そんな状況でわざわざ強敵と戦うのは賢い振る舞いとは言えない。
しかし。
「わざわざ強敵と判っている奴の相手とか実に嫌なのですが、この先も続きそうなこの事態にこういう厄介なのが後に残った方が面倒なのです」
面倒くさそうに立ち上がると、槐はナイフを構える。
「今回は、高ランクの妖との戦闘ですわね。心して参りましょう」
『優麗なる乙女』西荻・つばめ(CL2001243)は双刀を油断なく構える。
零もまた、敵との距離が詰まったことで扱い辛そうな大太刀の持ち方を変える。
「まずは小さいところから地道に潰させてもらうよ。あんまり人間……舐めないでよね!!」
言葉と共に跳躍し、高速の斬撃を放つ零。
そこへ、妖は雷を奔らせた。
●
引き付ける策を取った覚者達の状況は一気に有利なものとなった。先制の機会を手にし、リスクを最低限に抑えた上で戦闘に望めるからだ。
それでも、覚者達に油断は無い。相手はランク3。
優勢を手に入れた上でも、対等と言い切れない相手だ。
実際、真っ向の勝負が始まってしまえば、ほぼ先手先手を打っての攻撃を行ってくる上、その威力も侮れない。
しかし、少なくともここに1人。素早さを信条とする妖よりも迅い覚者がいた。
風を、闇を切り裂いて、燐花は宙を駆ける。真っ直ぐに相手に肉薄し、目にもとまらぬ速度で両手の苦無を振るう。刃の軌跡を見ることは叶わないが、舞う血飛沫を見ればその攻撃が着実に妖の肉を切り裂いていることは分かる。
そんな燐花がすれ違いざま、妖へ言葉を向けた。
「命を取りたくはありません。引き返してはくれませんか?」
言葉をかけて妖に伝わるかは怪しい所だ。伝わった所で、相手の動きを考えれば、それだけで止まるとも思えない。それでも、燐花は言わずにいられなかった。
その時、燐花の言葉に反応するかのように、妖は視線を返してきた。だが、少なくとも妖の戦意は旺盛だった。強力な雷撃を持って、返事とする。
雷撃に身を焼かれながら、刹那は刀を胸の高さに構える。
「大鷲もサンダーバードも、メリケン名物であった気はするが、はて」
冗談めかして呟くと、全力の突きに向けて腰を落とす。紛れ込んだものが妖と化したか、はたまた誰も想像しない理由があるのか。はっきりと言えるのは、この獲物を狩ることが出来れば楽しそうだということだけだ。
そして、放たれるのは鋭い刺突。
だが、まだだ。まだ足りない。自分でも妖へ痛打を与えられていないことは分かるし、妖の様子は言わずもがなだ。
相手がそもそも、耐久力の高い妖である。攻撃に偏った覚者達と言えども、そう簡単に押し切れるものではない。いや、あるいはここまで攻撃に徹しているからこそ、ランク3という強敵相手にこれ程の戦いが出来ていると言えよう。
そして、覚者達の反撃に妖は戦術を変えてくる。機動力を生かして1人ずつ確実に殺すよう狙いを変えてきた。
だが、それは遥にとっては狙い通りの動きだった。
「その全てにカウンター食らわせてやるぜ!」
強襲を仕掛けてくる妖の攻撃に丁寧にタイミングを合わせて、遥は反撃を叩き込む。丁寧、というのは適切な判断ではないのかも知れない。ほとんど反射で体を動かしているようなものだ。それ程まで、少年の体の中には戦いの技が叩き込まれている。
「嘘か真かタケミカヅチの末裔、鹿ノ島遥!」
生憎と、遥はカウンターに徹し続ける程我慢が効く性格ではないし、何度も殴られて反撃しない程大人しい性質でも無い。
勝手に白溶裔が動き、遥の拳を覆うように纏わりつく。
握り締めた拳が派手に放電を始め、遥はそのままの勢いで思い切り妖を殴り抜ける。
「さあ雷勝負といこうか!」
戦いはこうして激しさを増していく。
妖が鋭い攻撃を加えれば、覚者も激しく応戦した。
つばめの双刀が閃き、燐花の刃が妖を切り刻む。
(自分が傷つくのは厭いません。目的を果たせたら良いのですから)
己の命数すら燃やす激しい刃の舞が妖へと向けられる。燐花の姿は凄惨なまでに美しかった。
これだけの戦いだ。攻撃一辺倒でいては、さしもの覚者達もここまで戦うことは出来なかったであろう。それを支えられたのは、両慈と槐の存在あってこそだ。
「雷鳥は雉の一種で、サンダーバードはメリケンの彼方なのですよ!」
やる気なさげなことを叫びながら、槐は両慈に自分の気力を分け与える。さすがに戦いが長引くと、覚者側の力にも限界が見えてくる。
命数を燃やしながら己を鼓舞する覚者達に、最後の力を与えるのは両慈だ。
「堅い守りだな、槐」
口数少なく槐に称賛を送ると、両慈は書物を手に辺りへ癒しの雨を降らせる。素っ気なく見える態度だが、普段の彼を思えば遥かに丸い態度だ。実際、妖の範囲攻撃がまともに決まれば、覚者達の動きは少なからず阻害される。それを防いできたのは槐なのである。
「守りが薄いこの機を逃す手は無い。緒形、信頼しているぞ」
回復のために前衛がいったん下がった所で、両慈に声を掛けられ中衛にいた逝が前衛に躍り出る。
妖のことはいざ知らず、覚者達の余裕は決してない。だからこそ、攻撃の手を緩めぬために、逝は体力を温存していた。
「悪食かね? ……それは、倒した後で喰えるのなら喰ってしまっても構わんのだろう? アハハ! 悪食が腹を空かせてると、おっさんもね……そういう事のためよ」
妖を引っ掴み、バランスを崩した所へ逝は刀を叩き込む。それは剣術などと言えるものではない。子供のチャンバラ遊びだってもう少しましな動きをするだろう。にも拘らず、その斬撃は確実に妖の命を削り取って行く。
狙う場所は妖の翼。
相手の機動力も戦闘力も、全ては空中にあってこそ。そこを奪えば、覚者達の戦いが有利になるのは道理だ。
覚者の動きに不穏なものを感じ取ったのだろう。妖は一旦距離を取ろうとする。
しかし、その時跳躍から距離を詰めた零が妖を挑発した。
「ねえ、妖の鳥さん。貴方も人語が話せるの?」
これはほとんど賭けのようなものだ。
一連の事件には当然の話だが、首謀者の存在が囁かれている。夢見の中にはおぼろげながら、そうしたものの存在を感じ取った者もいる。だとしたら、その名を出せば妖の注意を惹くことが出来るかも知れない。零が考えたのはそういうことだ。
「確かに言語があれば統率とかとれる。もしかして今回の事件の首謀者さんなのかな? もし、そうだとしたら……」
妖がわずかに反応を見せる。
零は賭けに勝った。だからこそ、彼女は本音を抑えることが出来なくなる。
「それすーーーーーーーーーごい戦ってみたい!! それって絶対に強そうな敵さんじゃん!! 妖相手ならあとくされ無く戦える!! ここは通過点。私の糧になって、死になさい!!」
零の中にある狂気が顔を覗かせる。それはランク3の妖を戸惑わせるには十分だった。しかし、妖が逃げることを覚者は許さない。
「どうした、まさか逃げるのか? 山奥に引っ込んで出てこないお前の大将と同じで、臆病の弱虫かよ!!」
遥の言葉に怒ったか、雷撃を無差別に妖達へとばら撒く妖。しかし、遥はその身が焼かれることも意に介さず拳を振るう。
雷神が争ったら、その様はこのようなものになるのだろう。
「さっさと降りて来た方がマシなようだな、いくらランク3とはいえ、空での守りは高が知れているぞ」
両慈が珍しく冗談とも挑発とも取れない言葉を妖に向ける。零の「普段通り」の様子を見たからか、どこか口調が軽い。仲良くなるまで根気が必要な男だが、仲良くなると良い奴なのだ。そんな彼が周囲に展開させる癒しの雨は、覚者達に最後の力を与える。
「飛ぶなら翼を引き千切ってやれば良い。『地べた這い』も、そう悪く無い事を解らせてやらんとねえ」
「今度こそ、最強武器『地面』を受けるが良いのですよ!」
逝は地を這うような軌道から、妖の翼を狙って刃をかち上げる。
槐も最早、支援に回る必要は無い。波動弾を飛ばして妖を狙う。一応撤退させれば自分達の仕事は終わりだが、後々に面倒を残すことは彼女の本意では無かった。
それに初撃が思うほどの効果を上げなかったことには、槐だって怒りを覚えている。
覚者達の全てを絞り尽くすような渾身の攻撃。その嵐のような戦いの中で、傷つき倒れた刹那はゆらりと立ち上がる。
初太刀に比べれば、自身が鈍っていることなど百も承知。それでも、先の境地を目指して、刹那は構えを取り、突きを放つ。素早い相手へ確実に当てるための攻撃だ。
「これが、北辰一刀流の三段突きというやつよ」
刹那は満足げな様子で嘯く。
放たれた刃が妖の心の臓を寸分たがわず貫いた。
北辰一刀流は他流派であり、彼女の戦い方と関係は無い。三段付きというにはまだ鈍い。それでも、その一撃は必殺だった。
●
「前の竜は何か名前らしき物を呟いてたな、次はソイツが出るかね?」
悪食を満たしながら、逝は楽しげに笑みを漏らしている。まだ出会ってはいないが、きっと今まで戦った敵よりも、それは強敵なのだろう。想像するだけで心が弾んでくる。
つばめの方はそこまで愉快な気分になれないものの、この妖を操った者が気にならない訳ではない。
「これ程高ランクの妖が使いぱしりにされる程のものとは、一体どの様なものなのでしょう? 少し興味が湧いて来ましたわ」
それ程の相手だ。ライフラインを奪い、人間を食らう以外に、何か目的があるのかも知れない。
「討伐して問題解決、というわけではないんでしょうね」
答える燐花の耳と尻尾はへたりとしてしまっている。この度の妖が内包していたのは、人への怒りなのか恐れなのか。はたまた『指示する者への畏れ』なのか。想像するだけで気持ちが重たくなることばかりだ。
しかし、零は逆に覚悟を決めていた。
存分に戦うことが出来る相手が存在している。だから、たとえ妖の進撃が続こうとも、こんな所で負けるわけにはいかない。人々への害を防ぐためにも、何よりこの先にいる者を引きずり出すためにも。
「殺させないわ。誰1人、命ひとつ。髪の毛一本だってあげないんだからね!!」
危機を告げる雷は鳴り止んだ。
だが、妖の進撃はまだ、続いているのだ。
20数年前より、世界の理は変わってしまった。突如として現れた妖達の存在により、平穏が奪い去られてしまったからだ。
しかし、人の世はかろうじて保たれている。その背景には、覚者と呼ばれる者達の姿があった。
「最近、動物系の妖があちこちで暴れていますね。それらを操る存在でもいるのでしょうか」
上空に輝く妖の姿を確認し、『スピードスター』柳・燐花(CL2000695)はため息を漏らす。
FIVEはここの所、局地的に暴れる妖の対応に当たっている。何故このような事件が起きているのか、答えられるものはいない。
だが、燐花だって分かっている。大元を叩かない限り、この進撃が止まることは無い。
そして、そのためにも今目の前にいる妖を倒さないといけないのだ。
「頑張りましょう」
短く呟くと、燐花は両手に苦無を構えて覚醒する。
妖との距離を測りながら、同様に覚醒をしていく覚者達。
そして、気のせいだろうか。『雷麒麟』天明・両慈(CL2000603)は髪を銀色に染めながら薄く笑ったように見えた。
「ほう、敵は雷鳥と言うのか。雷を扱う身としては、中々に興味深い相手だな」
両慈はクールで無口な青年だ。笑う姿を見せることもほとんどない。
もっとも知識欲の強い一面もある。自分と同じく雷を使う相手に思う所もあるのだろう。あるいは、親しいものが同じ戦場にいるため、口も滑らかになっているのかも知れない。
「そう言えば、華神。その名は……もしや華神悠乃の関係者か?」
「さて、どうだったか」
両慈の問いにはぐらかすように答える華神・刹那(CL2001250)。
その答えに両慈はやれやれと肩を竦める。
「何、以前に共に行動する事があってな、宜しくと伝えておいてくれ」
「よかろう。だが何分守る仕事ではあろうが、守って戦うなぞ性にあわぬ。無事に帰って伝えられるかどうか」
そして、刹那は刀を抜き放つ。かつて私財を投げ打って手に入れた大業物だ。
揃った覚者達はおしなべて前のめりな戦法を好む者達ばかり。そのような状況でわざわざ守りに回るのはかえって悪手というものだ。
向こうが襲い掛かりに来ている状況で、こっちが襲い掛かっていけない道理は無い。
「先ノ先にて、一撃必殺……魂、込めてみせようぞ」
魂を込める、一言で言うのは容易いが、そうそう達することが出来るものではない。
しかし、刹那の五感は今や極限まで研ぎ澄まされていた。今の彼女は刃そのもの。その全身全霊が、妖に一撃を入れるために最適化されていた。
「雷切か、燕返しか 決まれば喝采、ご覧あれ」
その瞬間の刹那は、ただ『斬る』ためだけの存在と化していた。疑似的に作り上げた無想剣の姿だ。
そして、絶妙のタイミングを持って、刃が引き抜かれる。すると、剣風は氷の刃を乗せて妖の身を切り裂いた。
斬撃を受けて上空の妖は、盛大に血飛沫を上げながらじろりと地上にいる覚者達に目を向ける。
妖は一般的に人間を襲うものだが、今まで覚者達に興味を見せた風は無かった。そうした判断を行っている時点で、やはり普通の妖とは言い辛い。それがたしかに、覚者達を獲物、いや敵と捉えたのだ。
そして、そんな妖に対して、鹿ノ島・遥(CL2000227)は会心の笑みを浮かべた。拳を握り締めると、指の隙間から光が漏れる。
「こっち来いよ、鳥さんよ! お仲間のカタキがここにいるぜ!!」
元気良く叫ぶと、遥は練り込んだ気を弾丸のように放つ。
少年の瞳に戦いに対する悲壮感は欠片も無い。元々戦うことが好きで好きでたまらない少年だ。先日、不気味な鼠の妖と交戦した時だって楽しんでいた。
戦いの中でしか生きられない、というのとは少し違う。
言うなれば一種のバトルマニア。戦うこと、それもとりわけ強い敵と戦うことが好きで好きでたまらないのだ。
その言葉に応じるように、妖は地上に向かってきた。ある程度の知性を有している妖である。どのみち、攻撃を仕掛けてきた覚者達が、自分にとって障害となると判断したのだろう。
「竜の次は鳥かね? よくもまあ、バリエーションが豊かだな」
「またこの手のやつかあ、ほんと最近は獣臭くてやだけど……それ以上にきな臭いってやつかな?」
フルフェイスの下で緒形・逝(CL2000156)は笑いを浮かべ、『裏切者』鳴神・零(CL2000669)は仮面をつけていても楽しげなのが分かる。
もちろん、覚者として妖の進撃を食い止めるためにやって来たというのもある。しかし、それ以上に強力な妖と戦うためにやって来た。この場にはそんな覚者が少なからず存在した。
「バリエーションと言えば、亀も……あゝそうか、そういう事か」
何かに得心いったような声を出すと、逝は愛おしげに刀を握り、くつくつ笑いだす。
「なら喰わんといかんな。四神に擬えたような妖を喰える事なぞ、そうは無いものな。竜はおあずけにしたからね、残りは是非とも喰いたいものだ。なあ悪食や」
刀が瘴気を放ったように見えたのは気のせいだったか。
その中で、冷静に妖の様子を眺めているのは、『偽弱者(はすらー)』橡・槐(CL2000732)だ。
「奈良のほうで獣型の妖どもが大挙してヒャッハー! しはじめているのですか……」
如何にも鬱陶しい、といった雰囲気だ。
実際、槐は基本的なスタンスとして、最低限度の働き以上のものをする気は無い。FIVEから除名されない程度に活動すれば十分だと考えている。
そんな状況でわざわざ強敵と戦うのは賢い振る舞いとは言えない。
しかし。
「わざわざ強敵と判っている奴の相手とか実に嫌なのですが、この先も続きそうなこの事態にこういう厄介なのが後に残った方が面倒なのです」
面倒くさそうに立ち上がると、槐はナイフを構える。
「今回は、高ランクの妖との戦闘ですわね。心して参りましょう」
『優麗なる乙女』西荻・つばめ(CL2001243)は双刀を油断なく構える。
零もまた、敵との距離が詰まったことで扱い辛そうな大太刀の持ち方を変える。
「まずは小さいところから地道に潰させてもらうよ。あんまり人間……舐めないでよね!!」
言葉と共に跳躍し、高速の斬撃を放つ零。
そこへ、妖は雷を奔らせた。
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引き付ける策を取った覚者達の状況は一気に有利なものとなった。先制の機会を手にし、リスクを最低限に抑えた上で戦闘に望めるからだ。
それでも、覚者達に油断は無い。相手はランク3。
優勢を手に入れた上でも、対等と言い切れない相手だ。
実際、真っ向の勝負が始まってしまえば、ほぼ先手先手を打っての攻撃を行ってくる上、その威力も侮れない。
しかし、少なくともここに1人。素早さを信条とする妖よりも迅い覚者がいた。
風を、闇を切り裂いて、燐花は宙を駆ける。真っ直ぐに相手に肉薄し、目にもとまらぬ速度で両手の苦無を振るう。刃の軌跡を見ることは叶わないが、舞う血飛沫を見ればその攻撃が着実に妖の肉を切り裂いていることは分かる。
そんな燐花がすれ違いざま、妖へ言葉を向けた。
「命を取りたくはありません。引き返してはくれませんか?」
言葉をかけて妖に伝わるかは怪しい所だ。伝わった所で、相手の動きを考えれば、それだけで止まるとも思えない。それでも、燐花は言わずにいられなかった。
その時、燐花の言葉に反応するかのように、妖は視線を返してきた。だが、少なくとも妖の戦意は旺盛だった。強力な雷撃を持って、返事とする。
雷撃に身を焼かれながら、刹那は刀を胸の高さに構える。
「大鷲もサンダーバードも、メリケン名物であった気はするが、はて」
冗談めかして呟くと、全力の突きに向けて腰を落とす。紛れ込んだものが妖と化したか、はたまた誰も想像しない理由があるのか。はっきりと言えるのは、この獲物を狩ることが出来れば楽しそうだということだけだ。
そして、放たれるのは鋭い刺突。
だが、まだだ。まだ足りない。自分でも妖へ痛打を与えられていないことは分かるし、妖の様子は言わずもがなだ。
相手がそもそも、耐久力の高い妖である。攻撃に偏った覚者達と言えども、そう簡単に押し切れるものではない。いや、あるいはここまで攻撃に徹しているからこそ、ランク3という強敵相手にこれ程の戦いが出来ていると言えよう。
そして、覚者達の反撃に妖は戦術を変えてくる。機動力を生かして1人ずつ確実に殺すよう狙いを変えてきた。
だが、それは遥にとっては狙い通りの動きだった。
「その全てにカウンター食らわせてやるぜ!」
強襲を仕掛けてくる妖の攻撃に丁寧にタイミングを合わせて、遥は反撃を叩き込む。丁寧、というのは適切な判断ではないのかも知れない。ほとんど反射で体を動かしているようなものだ。それ程まで、少年の体の中には戦いの技が叩き込まれている。
「嘘か真かタケミカヅチの末裔、鹿ノ島遥!」
生憎と、遥はカウンターに徹し続ける程我慢が効く性格ではないし、何度も殴られて反撃しない程大人しい性質でも無い。
勝手に白溶裔が動き、遥の拳を覆うように纏わりつく。
握り締めた拳が派手に放電を始め、遥はそのままの勢いで思い切り妖を殴り抜ける。
「さあ雷勝負といこうか!」
戦いはこうして激しさを増していく。
妖が鋭い攻撃を加えれば、覚者も激しく応戦した。
つばめの双刀が閃き、燐花の刃が妖を切り刻む。
(自分が傷つくのは厭いません。目的を果たせたら良いのですから)
己の命数すら燃やす激しい刃の舞が妖へと向けられる。燐花の姿は凄惨なまでに美しかった。
これだけの戦いだ。攻撃一辺倒でいては、さしもの覚者達もここまで戦うことは出来なかったであろう。それを支えられたのは、両慈と槐の存在あってこそだ。
「雷鳥は雉の一種で、サンダーバードはメリケンの彼方なのですよ!」
やる気なさげなことを叫びながら、槐は両慈に自分の気力を分け与える。さすがに戦いが長引くと、覚者側の力にも限界が見えてくる。
命数を燃やしながら己を鼓舞する覚者達に、最後の力を与えるのは両慈だ。
「堅い守りだな、槐」
口数少なく槐に称賛を送ると、両慈は書物を手に辺りへ癒しの雨を降らせる。素っ気なく見える態度だが、普段の彼を思えば遥かに丸い態度だ。実際、妖の範囲攻撃がまともに決まれば、覚者達の動きは少なからず阻害される。それを防いできたのは槐なのである。
「守りが薄いこの機を逃す手は無い。緒形、信頼しているぞ」
回復のために前衛がいったん下がった所で、両慈に声を掛けられ中衛にいた逝が前衛に躍り出る。
妖のことはいざ知らず、覚者達の余裕は決してない。だからこそ、攻撃の手を緩めぬために、逝は体力を温存していた。
「悪食かね? ……それは、倒した後で喰えるのなら喰ってしまっても構わんのだろう? アハハ! 悪食が腹を空かせてると、おっさんもね……そういう事のためよ」
妖を引っ掴み、バランスを崩した所へ逝は刀を叩き込む。それは剣術などと言えるものではない。子供のチャンバラ遊びだってもう少しましな動きをするだろう。にも拘らず、その斬撃は確実に妖の命を削り取って行く。
狙う場所は妖の翼。
相手の機動力も戦闘力も、全ては空中にあってこそ。そこを奪えば、覚者達の戦いが有利になるのは道理だ。
覚者の動きに不穏なものを感じ取ったのだろう。妖は一旦距離を取ろうとする。
しかし、その時跳躍から距離を詰めた零が妖を挑発した。
「ねえ、妖の鳥さん。貴方も人語が話せるの?」
これはほとんど賭けのようなものだ。
一連の事件には当然の話だが、首謀者の存在が囁かれている。夢見の中にはおぼろげながら、そうしたものの存在を感じ取った者もいる。だとしたら、その名を出せば妖の注意を惹くことが出来るかも知れない。零が考えたのはそういうことだ。
「確かに言語があれば統率とかとれる。もしかして今回の事件の首謀者さんなのかな? もし、そうだとしたら……」
妖がわずかに反応を見せる。
零は賭けに勝った。だからこそ、彼女は本音を抑えることが出来なくなる。
「それすーーーーーーーーーごい戦ってみたい!! それって絶対に強そうな敵さんじゃん!! 妖相手ならあとくされ無く戦える!! ここは通過点。私の糧になって、死になさい!!」
零の中にある狂気が顔を覗かせる。それはランク3の妖を戸惑わせるには十分だった。しかし、妖が逃げることを覚者は許さない。
「どうした、まさか逃げるのか? 山奥に引っ込んで出てこないお前の大将と同じで、臆病の弱虫かよ!!」
遥の言葉に怒ったか、雷撃を無差別に妖達へとばら撒く妖。しかし、遥はその身が焼かれることも意に介さず拳を振るう。
雷神が争ったら、その様はこのようなものになるのだろう。
「さっさと降りて来た方がマシなようだな、いくらランク3とはいえ、空での守りは高が知れているぞ」
両慈が珍しく冗談とも挑発とも取れない言葉を妖に向ける。零の「普段通り」の様子を見たからか、どこか口調が軽い。仲良くなるまで根気が必要な男だが、仲良くなると良い奴なのだ。そんな彼が周囲に展開させる癒しの雨は、覚者達に最後の力を与える。
「飛ぶなら翼を引き千切ってやれば良い。『地べた這い』も、そう悪く無い事を解らせてやらんとねえ」
「今度こそ、最強武器『地面』を受けるが良いのですよ!」
逝は地を這うような軌道から、妖の翼を狙って刃をかち上げる。
槐も最早、支援に回る必要は無い。波動弾を飛ばして妖を狙う。一応撤退させれば自分達の仕事は終わりだが、後々に面倒を残すことは彼女の本意では無かった。
それに初撃が思うほどの効果を上げなかったことには、槐だって怒りを覚えている。
覚者達の全てを絞り尽くすような渾身の攻撃。その嵐のような戦いの中で、傷つき倒れた刹那はゆらりと立ち上がる。
初太刀に比べれば、自身が鈍っていることなど百も承知。それでも、先の境地を目指して、刹那は構えを取り、突きを放つ。素早い相手へ確実に当てるための攻撃だ。
「これが、北辰一刀流の三段突きというやつよ」
刹那は満足げな様子で嘯く。
放たれた刃が妖の心の臓を寸分たがわず貫いた。
北辰一刀流は他流派であり、彼女の戦い方と関係は無い。三段付きというにはまだ鈍い。それでも、その一撃は必殺だった。
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「前の竜は何か名前らしき物を呟いてたな、次はソイツが出るかね?」
悪食を満たしながら、逝は楽しげに笑みを漏らしている。まだ出会ってはいないが、きっと今まで戦った敵よりも、それは強敵なのだろう。想像するだけで心が弾んでくる。
つばめの方はそこまで愉快な気分になれないものの、この妖を操った者が気にならない訳ではない。
「これ程高ランクの妖が使いぱしりにされる程のものとは、一体どの様なものなのでしょう? 少し興味が湧いて来ましたわ」
それ程の相手だ。ライフラインを奪い、人間を食らう以外に、何か目的があるのかも知れない。
「討伐して問題解決、というわけではないんでしょうね」
答える燐花の耳と尻尾はへたりとしてしまっている。この度の妖が内包していたのは、人への怒りなのか恐れなのか。はたまた『指示する者への畏れ』なのか。想像するだけで気持ちが重たくなることばかりだ。
しかし、零は逆に覚悟を決めていた。
存分に戦うことが出来る相手が存在している。だから、たとえ妖の進撃が続こうとも、こんな所で負けるわけにはいかない。人々への害を防ぐためにも、何よりこの先にいる者を引きずり出すためにも。
「殺させないわ。誰1人、命ひとつ。髪の毛一本だってあげないんだからね!!」
危機を告げる雷は鳴り止んだ。
だが、妖の進撃はまだ、続いているのだ。
