≪百・獣・進・撃≫送り狼のプライド
≪百・獣・進・撃≫送り狼のプライド



 ワタルが帰路についたのは、もう随分と遅い時間だった。
 奈良の終電は結構早い。飲み会があっても早めに帰れるから翌日にひびきにくいのは利点だが、「もうかよ」と言われつつ盛り上がりの中をぬけ出すのはどうにも気が重い。
 それでも帰るのだ。
 なんせ家には、妻が、生まれたばかりの子が待っている。
 そのことを思うと、それだけでも頬が緩む。
 ワタルは愛妻家だった。
「お? ……やっぱりお前らか。今日もご苦労なことだなあ」
 こうして終電間近に帰る時、いつもワタルの前に現れるものがいる。
 黒い、大きな犬が2匹。まるで道案内をしてくれているかのように家の近くまでを同行してくれるのだ。毛艶の良い犬たちだが、首輪がない。それでもこちらに対し敵意よりも、「ついてこい」と言わんばかりの穏やかな風貌に、どこかで飼われているのだろうと思う。ちょっとした餌(おやつ)がほしいのだろうから、家に着く度、出汁取りに使うために買い込んである煮干をやっている。
 ――彼らに会う時、ワタルはいつも酔っている。
 だから、気がついていない。酔った彼はいつも道を間違えて、山へと続く道に迷い込んでいる。それを黒い犬たちが連れ戻しているのだ。
 その犬は、尋常の犬ではなかった。
 送り犬、送り狼――つまりは古妖である。
 ワタルと古妖のそれは、日常に近いやり取りだった。
 だが。
「……なんだ、あれ」
 今日に限っては、それを逸脱した。
 がつがつという音がした。
 何かを考えるより早く、ワタルはそっちを見る。
 そこには大きな犬のような姿があった。
 それは実のところ、狼の妖であったが、ワタルにはそんなことはわからない。
 狼たちは一心不乱に土を掘り返している。
(あの辺って)
 確か、鉄道の通るトンネル、その真上だったはずだ。
 そのトンネルは大阪と奈良をわける山に開けられた穴だ。
 標高はそんなに高いわけではないが、それでも住宅地には向かない急勾配で、奈良側にも大阪側にも神社だのがちょくちょくある程度には信仰の対象にもなりがちなちょっと大きな山だ。大阪の方の神社は最近刀がイケメンになるゲームとかで話題らしいが、美女ではないのでワタルはよく知らない。
 知っているのは、そのトンネルが崩落でもした日には物凄まじく不便になるということくらいだ。
 犬がただ掘り返したくらいでは、そんなことになるはずがない。
 はずはないのに。ワタルの背に冷たいものが走る。
 それは直観的なものだったが――ワタルは思わず、声を上げる。
「お前ら、何やってるんだ!?」
 狼達はその手を止めて、ワタルを見た。

 ――以上、これらはすべて今宵、今から数時間後の出来事である。


「AAAから要請があった。
 奈良で頻発している、鉄道への攻撃を仕掛ける妖への対応を協力して欲しい、とのことだ」
 資料に目を落としながら、吾妻 義和(nCL2000088)はそう言って唸った。
「歴史の授業で一度は習っただろうか。奈良というのは」
 義和は紙に、ぐるっと適当な縦長の楕円を描くとその左上四分の一にまた似たような楕円を描き、適当に塗りつぶす。大雑把な奈良の形、を書きたかったらしい。
「このあたりが盆地になっている。四方、塗りつぶさなかった辺りは殆ど山だ。厳密には多少、他の地域に向かいやすい土地もあるが……」
 無線通信が発達しなかった現代において、地方の過疎化は一層進んでいる。
 情報には鮮度があるからだ。
 奈良も例外ではない。まだ大阪という多少発展した土地の近くにあるため、大阪から溢れた人の受け皿になっているが、その他に、働く世代にとって魅力的なものはあまりない。
 だが――その、大阪への道も、そう多くない。さらにはそのうちの幾つかは鉄道が担っている
 鉄道というライフライン。言葉はありきたりだが、本当に文字通りの『生命線』なのだ。
「妖が暴れる。それは本能的なものだろう。だが……何か、妙な物を感じるな」
 鉄道というのは、その存在上、得てして人里に近い。
 人を襲うのは妖の存在意義のようなものだろうが、それにしては義和の言うとおり、奇妙だった。
 これではまるで、人里への攻撃の、下準備のような――。
「ともかく、考えていても仕方がない。行動に移ろう。
 自分にできることは……そうだな、この青年の保護くらいは」
 義和は情けないことを、妙に堂々と言い切った。


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:ももんが
■成功条件
1.トンネルの防衛
2.妖の全滅、もしくは撤退
3.ワタルの生存
ももんがです。過去のリプレイ、『黒犬は転倒を許さず』(ID:255)にも送り犬が出てきておりますが、シナリオに関連性はないため、読まなくても一切問題ありません。
あと、このシナリオはフィクションです。現実のトンネルがどういう構造になってるとかは一切合切無視して、このトンネルが壊されたら大変という話だと思ってください。
フィクションです。(大事なことなので二回)

●現場
山と人里の境目、山寄り。
勾配が急で、ガードレールはとうになく、アスファルトはそろそろ終わる。
そういった気配の、人が普段来ないところ。
そこをさらに山に向かって少ししたところに20m四方あるかないか程度のひらけた場所があり、アスファルトとそことの間には鉄道会社が置いたのだろうフェンスがあるが、破れている。
周囲には送電のためか、小さな鉄塔がいくつかある。そういう場所。
そこを妖が掘り返している。
広場状の場所の足元は、草が多い他はさほど問題はない。

●ワタル
普通のアラサー。彼が迷うことで送り犬が出現します。
その後の誘導などは義和にまかせて大丈夫です。
一人以上が横について現場から離れている限り、彼には何も起きません。
完全放置すると山に迷い込んだりします。

●送り犬
古妖。2体。狼への信仰が形を変えて残ったもの、とも言う説もある。
関西では『送り狼』呼びが多く、義和も送り狼と呼ぶ。
(※ただの呼び方の違いです。特に意味はありません)
送り狼に怯えた物や転んだ者を噛み殺すという言い伝えがあるが、転んだのではなく休憩であると思わせれば襲ってこないとも言われている。
また、落ち着いて接したり、命乞いをされたりすると相手を見逃したり護ったりする、という話も。
ただ――古妖というものに見られる傾向として、妖と手を組むことはないだろう。
体が黒く、人の目には夜闇で狙いをつけにくい。

・体当たり 物近単
・噛み付き 物近単 出血
・吠える 特遠単[貫3] ダメージ0 弱体

●妖狼
ランク2。4体。ガツガツと、トンネルに向けて掘り返している。
ワタルが見た時点で周囲の電線に接触、破壊しているが、それを自分の力としている。
こちらの修復は、倒した時点で連絡をすることで別班が対処に出向く予定。
獣程度の知性しかないが、電力の利用はどうやらこの妖たちの習性の模様。
妖全体に言えることだが、古妖に対しても敵対的態度をとる。

・噛み付き 物近単 痺れ
・咆哮 特遠列[貫2] ダメージ0 混乱
・雷電 特遠全 ※電線を利用するため、1ターンに1体しか使用できないが高威力

●吾妻 義和
暦の因子、火行。
ワタルの防衛に行きたがっている。
妻子がどうの、というのがおっさんの琴線に触れた模様。
※もし、どうしても他の作業についてほしい場合は
『2人以上』が、プレイングでその旨を記載してください。

その他のことでも、何か要望があればプレイングで指示をしてください。
無茶なことでないかぎりは従おうとするでしょう。
戦闘に参加する場合はとりあえず前衛に立つタイプ。
所持スキルは以下のとおり。
錬覇法、炎撃、爆裂掌、醒の炎
超視力
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(1モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
公開日
2016年06月22日

■メイン参加者 8人■

『弦操りの強者』
黒崎 ヤマト(CL2001083)
『ブラッドオレンジ』
渡慶次・駆(CL2000350)
『淡雪の歌姫』
鈴駆・ありす(CL2001269)
『突撃爆走ガール』
葛城 舞子(CL2001275)


 古妖なりの矜持とでも言おうか。
 妖と古妖とが相容れぬのは、もう本能の域である。
 それが何を意味するのか――この古妖たちには興味などなかったが、ひとつわかっていたことがあった。
 それは、妖どもはヒトを嫌うということ。
 この古きケモノたちにしても、ヒトに対し好意があるわけではない。だが、転んだわけでもなくきちんと対価を払い続ける相手を、送り届けることが出来ない。それは許されざることだった。
 だから、
「お前ら、何やってるんだ!?」
 ワタルがそう声を上げた時、古妖狼たちもまた、低い唸り声をあげた。
 されど倍の数を相手に、足手纏になるだろうヒトを抱えたままでは、勝ち目はない。
 送り犬たちはワタルを護るような配置ながらもじり、と後退し。
「送り狼っつーと――」
 いくらか軽い声が届いたのは、その時だ。
「スケベ目当ての男が隙狙って女の子に襲いかかるアレってイメージしかないけど、こーゆー元ネタあったんだねー知らんかったわ」
 妖が胡乱な目を向けた先には、ぐっ、ぐと軽い伸脚運動をしながらごちる国生 かりん(CL2001391)の姿があった。そして、夜に現れるには少し目立つ、明るい光。
「タローとジローか? この前はごめんな。ワタルさん守るなら、一緒に戦おうぜ!」
 昼のような、とまで人目を引くほどではないが、それでもたいていの作業に支障ないだろう光度で己の身を発光させた『B・B』黒崎 ヤマト(CL2001083)の言葉に、古妖は首を傾げた。犬のよくやる仕草だ。その声をよく聞こうとするための。以前遭遇した古妖と彼らが同一の個体かどうか、確信を持つ方法はヤマトにはなかったが、その想像は間違っていない気がした。
「初めまして。あの酔っ払いに代わって礼を言っておくよ。ありがとう」
 わしわしと、『フローズン大斬り』渡慶次・駆(CL2000350)送り犬の耳の後ろを撫でてやる。落ち着いた対処をしさえすれば、この古妖たちの性質は実に大型犬によく似ていた。
「こんばんは、送り狼サン。いつもワタルさんを守ってくれてありがとう。
 そこに悪い狼がいるの。一緒に追いはらいましょう?」
 駆が撫でたのとは別の古妖の眼を見て、『溶けない炎』鈴駆・ありす(CL2001269)は丁寧に語りかける。ありすにとって、人間よりも古妖のほうが親近感を抱きやすいのだろう。送り犬はしっぽをゆったりと振った。
「なんだァ?」
「あれは妖。この場にいては危険だ」
 酔っぱらいことワタルには、当然のことながら状況がピンときていない。急に現れた人の姿におたおたするだけだ。万が一にも彼が転ばぬように注意しながらも、義和が端的すぎる言葉で説明と誘導をしようとする。
「吾妻さんは、ワタルさんの護衛を全面的にお願いします!」
「お前ぐらいの年の頃には自分の子も、……いや、なんでもない」
 行動指針はともかく、『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)に生え際をじっと見られた義和は軽く額を叩くと僅か、苦笑いを浮かべる。いつのまにやら、君呼びではなくなっていた。
「やっぱり妻子がいる男にはきちんと家に帰らないといけない理由ってのがあるからさ。
 俺達はこの依頼をやりつつ、彼をきっちり家に帰さないといけない。これは、義務だ!」
 正義感と、闘争心は必ずしも方向性の合うものではない。それでも戦わなければならないと、『ギミックナイフ』切裂 ジャック(CL2001403)は己を奮い立たせる。
 妻子。
 その言葉に、『騎士見習い?』天堂・フィオナ(CL2001421)はふと思う。
(ご妻子、か。
 私にも家族は居たんだろうか?)
 記憶がない、とはそういうことだ。
 誰か、自分が大切だと思っていた者のことだけでなく、自分を大切に思ってくれている者のことも、わからなくなるということだ。
(居るならば、元気でやっていると良いが……今はとにかく)
「ノブレス・オブリージュを果たそう!」
 今は善行あるのみと、言葉の多くを飲み込んでフィオナは謳う。
「送り狼に何度も送ってもらえるとか……くっ、うらやましいッス!!!
 ……じゃなくて、ワタルさんもトンネルもちゃんと守るッスよ!」
 ちょっぴり本音が漏れでた『猪突猛進』葛城 舞子(CL2001275)が、気合を入れて覚醒する。第三の目が、今日は綺麗に額に出た。


 実際のところ、人の数が増えたのを見た妖たちは、その動向に警戒心を向けつつも『なぜか』穴を掘ることをやめていない。
 途中で一度、そのうちの一頭が大きく首をもたげて地面に飛びかかるような様子を見せた。一瞬だけ、まばゆく照らさる周囲。ばちり、という激しい音、少し距離のあるここまで届くオゾン臭。ちまちまとした掘り返し作業に見えたが、光が消えた後、地面は大きく穿たれていた。
 あれが、注意を促されていた『雷電』なのだろう。天行には見知ったいかずちによく似た力。
 ――妖たちも、それ以降はじっと覚者たちを注視している。隙を見せるか、近づくか――何をしても、それをきっかけに此処はすぐさま戦場へと変わるだろう。
 だからこそ、切り込むのは彼自身の仕事だ。
「もし良かったら……力を貸して。お前ら! 俺達が相手だ!」
 言葉の前半は古妖に。後半は妖に向けて、奏空は目と髪の色を変え、英霊の力を引き出す。
「古妖の!! そこの狼はワタルの帰路を邪魔する悪いのなんだ! 手を貸してほしい」
 義和がその場から引き離したワタルにくっついていこうとしていた古妖たちだったが、ジャックが畳み掛けた呼びかけたに、互いに顔を見合わせる。
「ワタルさんの事は私達……というか吾妻さんに任せて大丈夫ッス!
 見た目は怖いけど良い人ッス! ちゃんと送り届けるッスよ、ね!」
 舞子の駄目押しに古妖たちの腹も決まったようで、ワタルの手に鼻を押し付けてから、警戒も顕にじりじりと、妖に近づき始めた。
 妖狼たちは、含み笑いにも似た声を漏らすとうち2体が駆けだした。奏空に詰め寄ると牙を向いて噛みつく。残るうちの一匹は遠吠えにも似た咆哮をあげ、最後の一匹は地面に向けて垂れ下がった電線の先をくわえて放り投げる。
 ――そう雷を食していたからだろうか。妖狼達の体には時折、雷光に似た青白い光が走る。
 一斉に降り注ぐ雷電に、覚者たちの体を痺れこそないが全身に、肘を強く打ちつけた時にも似た痛みが走る。
「送り狼っていうと悪いイメージがあるけど、実際はこんなに素敵な狼じゃない。こんな良い子と妖を間違えるわけにはいかないわね……行くわよ、ゆる。開眼!」
 身を低くして唸りを上げる艶のある黒毛をした古妖と、静電気を帯びた髪の様にてんで散らばった毛先の妖を見比べ、ありすは呟く。額に第三の目を開き、体内の炎を灼熱と化しながら。
「古妖のほうは、転んでも休憩するって言やあゴマかせるんだねー。
 スケベ目当てのほうはむしろご休憩してもらうのが目当てなんだケドねー」
 動きにくいのも嫌だからだろう、シャツの裾を縛りながらかりんがお子様に聞かせにくい事を言う。露出した刺青は既に輝きを放っていた。
「さーて、アホな下ネタはこの辺にしといてそろそろ真面目にやりましょーっと。
 トンネルぶっ壊されたらアウトなんだし、ノンビリしてる暇ないよね!」
 掘り返し続ける妖がいないのを見て、ぶちのめすのが先決と炎を活性化させる、かりん。
「草履はもってないからなー」
 後で、今履いている靴でも与えてみようかと顎をさすりながら駆は最前に出る。腹の出たおっさんが見る間に、土を鎧とした精悍なイケメン青年と化す。彼は此度の顔ぶれで最も外観の変わる覚者であった。
 舞子は最後衛で、毒の皮膜を纏いながら妖狼の使った、破壊されている電線を目で探す。
 さっきは直接くわえていたが、その前はじゃれつくように跳びかかっていた。すぐ近くを高圧が流れている、というだけでも狼達には事足りるのかもしれない。
「無断で電力を使うとか、許せないッス! 停電になったらどうするッスか!?」
 だが、ここで切断されているからには、どこかで支障が起きているに違いない。舞子は脳裏を過る『支障』の数々に唇を噛み締めて主張した。
「お風呂で停電になった時の恐怖を知らないッスか!
 湯船で溺れるわ、滑ってこけるわ、散々な目に合うッスから!!
 どうしても使いたいなら、電気代払ってほしいッス!」
 ――怒りに満ちた声を遠くで耳にしたワタルは、こけるのはわかるがどうして溺れた、と突っ込みたいのを自制した。
 ヤマトも、前に出て灼熱化しながら電線を見やり、少し考えこむ。妖の手に届かないように切断したところで、別の場所で電線を切断しなおされたら――もう少し山深い場所に潜られれば、こっちが不利になるだけだ。
「それにしても、あいつら――」
「ああ。全部こっちに来たな」
 フィオナもまた、前に出ながらヤマトの言葉を受け、頷く。穴掘りに集中するかと思っていたが――とっとと邪魔を排除して作業に戻れば良いと、高をくくっているのかもしれない。
 甘く見られたものだ。
「本格的に剣を振るうのは、『私は』初めてだが……騎士の十戒のひとつ、勇気を持って!」
 勇敢であれとその銘に込めた剣を引き抜いて、フィオナは醒の炎をたぎらせる。
「トンネルへ向けてここほれワンワンたあ狼の妖も暇だなあ」
 デコられまくった錫杖らしき物体を掲げつつ、ジャックは後ろに下がり第三の目を開眼させる。
「最近お前たちみたいな獣が一斉に動き出してきな臭いったらありゃしねえ。
 平和にいきたいもんやけど、それも無理ってかー!」
 言葉は軽いが、そこに滲むのは殺生を――するのもされるのも――厭う生真面目さ。
 掌に顕れた新たな眼が、怪光線を妖狼に向けて放つ。
「勝ち取ってやるよ、平和ってやつをな」
 ジャックと、毛皮を削られた妖の目が合う。妖狼がニィと、嗤いかけたような気がした。


「真の目的はなんだ! 奈良を孤立させる事か! 『キバオウ』って奴に命令されてんだろ?」
 叫びながら、己に組み付こうとした2体の青白く光る狼へ、奏空は激しい雷を落とす。天行の技が効果を示さないおそれもあると覚悟していたが、何ら問題なく攻撃として通用したことに少しほっとする。戦闘に入る前、視界に入った時点で試した送受心・改が何の効果もなかったことが、不安を強めていたのだ。――尤も相手が妖であり、知性も、思考も人とはまるでかけ離れている以上当然ではあったのだが。物は試しというやつである。
 雷獣を受けた2匹に、黒毛の狼2匹が押しのけるような体当たりをくらわせる。取っ組み合うように転がった青毛玉たちだがすぐにまた、奏空へと押し寄せた。集中攻撃の魂胆だろう。
 中衛の妖狼が再び鼻筋に皺を寄せて、一匹は電線をぶん回し、もう一匹はさっきは大した意味を持たなかった咆哮を繰り返す。
 耳をつんざく轟音と痛み、脳を震わす音の振動が続けざまに覚者達を襲い――奏空とかりんのふたりは自分が今、どっちを向いているのか、わからなくなった。まっすぐに立っているのに平衡が狂っているような、ひどいめまいにも似た感覚にうまく狙いをさだめられない。
「なかなかひと固まりになっちゃくれないわね。
 だったら――全員まとめて消し炭にしてあげるわ!」
 ありすが両手に宿した炎を津波のように広げてすべての妖を襲わせ、唸る。術式での攻撃はかなりの高威力を誇るありすの技には、狙いを絞れるのならもっと強力なものもあるのだが。
 三鈷杵を模した柄を握りしめた駆は、さっき古妖に体当りされていた妖を巨大な鉈で駆け抜けるように斬りつける。
「こちらはあまり持久戦に向いた布陣ではない。
 ……俺がとち狂ったら構わねえからぶん殴ってくれ」
 舞子が奏空の混乱を深層水の持つ神秘の力で消し去っているのを、ふらつきながら頭を振っているかりんを交互に見て、駆は少し苦い顔をする。混乱への自衛手段を持たない彼には、確実なフレンドリーファイア対策が他に思いあたらないのだ。
「行くぜレイジングブル! これ以上掘らせるな!」
 ヤマトが続けて、燃えるメロディを産み出さんと炎の柱を生み出し、噛みつきに来ていた妖たちを飲み込ませる。
「アタシは敵攻撃に専念ってコトで!」
 火箸型の手裏剣を握りしめて、かりんは声を上げる。狙いがうまくつかめないながらに、それでも妖をぶん殴れることに賭けながら。だが、この場には人の方が数が多い。残念ながら手裏剣を振り下ろした先にいたのは古妖ではなく――ただ、それは誰にも当たることなく空を切る。
「記憶はなくともこの炎は確かだ。消せるものなら消してみろ!」
 一喝し、炎を纏わせた剣を振り下ろすフィオナ。その一撃が突いたのは、さっきジャックが削った毛皮の先だ。焦げた臭いをさせて、妖は飛びのく。
 火行の覚者が多い。火傷を追う妖も出てきた中で、ジャックは眉間に皺を寄せて奏空を見据える。集中攻撃を受けていた分傷が深い。一度や二度の回復で癒やしきれるとは思えないが――
(それでもやれなきゃ、偉大な魔術師には程遠いからな)
 内心で己を叱咤して、神秘の力を含んだ雫を生成する。自分にできる、全力で。


 奏空自身も己を癒やした矢先、妖狼たちのうちの三匹が揃って前に出て、遠吠えのような咆哮をあげる。もしかしたら、それは何かしらの連絡だったのかもしれない。救援要請か、あるいは――。獣の言葉を知らない覚者たちには、知りようがなかったけれど。
 稲光を帯びた三匹の狼のうちの一頭に、黒い狼が二匹がかりで跳びかかり――そのなかの一体が、どさりと倒れた。どれが倒れたのかを見る前に、またも雷電が振りかかる。
 三連続の咆哮に、今度はありすと駆が敵味方の区別を失っていた。
 ひとりひとりの回復ではおいつくまいと、舞子は癒やしの力を含んだ霧をあたりに漂わせる。
 ヤマトはしっかりと目を凝らした。今、四本の足で立っているのは――黒いのが二匹、青光りするのが三匹!
 ついさっき咆哮をあげた残りの二匹にヤマトは更に火柱をけしかけ、混乱を脱したかりんが炎撃を振るう。
「今度、こそぉ……!」
 どっ、という音が鈍く響く。
「残り二体――燃え尽きろっ!」
 続けざまに斬りつけたフィオナの剣もまた、炎撃。
 ジャックは癒しの滴を生み出しながら、周囲を見回して思う。
 残る妖は、逃げることはないのかと。
 もちろん、最期まで好戦的な妖はいくらでもいる。
 だからそれは、まだ依頼に慣れていない者にこそ見える疑問でもあった。
 ――妖が人に仇なすものであるということを踏まえても、ここしばらく見かける妖事件には、奇妙なことがいくつもある。
(……この妖たちはなにか意思をもって人間へ攻撃してきてる。
 それもライフライン切断つー頭のいい方法で……なんもなきゃいいんだけどな)
 いまだ抵抗を諦めようとしない妖がまた、咆哮する。
 それはなんとも、無駄なあがきだった。


 ヤマトが発光で、事前に取り決めていた合図どおりの信号を送る。これで電線の修復などのために別班が来る手はずになっていた。駆が率先して片付けを始めていたが、電線の修理はさすがに技術がいるので、手がつけられないのだ。
「ご苦労様。これお礼な。ウマイぞ!」
 おにぎり弁当を手に、ヤマトが送り犬に声をかける。
「ありがとう、助かったわ」
「お礼とお近づきの印にビーフジャーキーどうぞッス! ついでにモフっても良いッスか!!?」
 ありすと舞子も声をかけたが、古妖たちはふんふんと鼻をならして差し出されたものの匂いを嗅いだ後、顔ごと目をそらした。犬的に言うと「今はそんな気分じゃない」というあれである。そのまま両方、地面を嗅ぎ始め、それぞれ鼻をすりつけるようにして歩き出した。おそらく、というか数十秒後にはワタルのいる場所に着くのだろう。送り届けるのを完遂することが、彼らのプライドらしかった。
 覚者たちは道に迷っていない、と。そういうことらしい。
「助太刀助かったぞ!」
 後ろ姿に向けて、フィオナが声をかける。二匹とも振り返らなかったが、一匹の尻尾が一度、右に揺れた。
「転ばないように気をつけて帰ろーっと。
 流石のアタシも元ネタでガチの送り狼に襲われるのは物理的にカンベンだしさ」
 薄着の結果、蚊にさされたらしいかりんが薬誰か持ってない? とうめく。水着の季節間近、引っ掻いたら肌に傷が残るので頑張って耐えているらしい。
「家に帰ったら、まず足を洗うッスよー」
「なにそれ?」
 趣味状態の古妖研究の成果だろう、舞子が言い出したトリビアにジャックが目を丸くした。
「上手くこうやって、人と古妖も付き合っていけたらいいよな」
 笑って、ヤマトはそう呟いた。

<了>

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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