【月夜の死神】死神の子守唄
●
「……で、結局その子は殺さなかったわけ?」
「そうなんすよ」
「元AAAの精鋭、日向朔夜……キリングマシーンたる月夜の死神がみすみす?」
「F.i.V.E.の連中に、色々邪魔されて。結局、依頼キャンセルされちゃったすから。ねえ、朔夜先輩?」
会員制の薄暗いバー。
ここは裏家業を生業とする者への斡旋所だった。
「……」
横でかしましく世間話に興じる女二人……バーのマスターと、自分のアシスタントを無視して。
月夜の死神の異名を持つ、職業的暗殺者。
日向朔夜はカウンター席の片隅で、丹念に愛銃の手入れをしていた。
「あれ? 朔夜先輩、ご機嫌斜めな感じっすか?」
死神の助手を務める少女が、ぽんぽんと肩を叩いてくる。
「それは、あれよ。ボディーガードの真似までして、助手と二人忍び込んだのにF.i.V.E.に追い返されたんだもの。とんだ、失態じゃない」
バーのマスターが、鼻で笑う。
「クライアントの意向に従っただけだ」
淡々と、朔夜は銃のメンテを終えた。
話題にしているのは、以前受けた暗殺依頼の一件。F.i.V.E.の介入もあり、紆余曲折を経て依頼人でありターゲットでもある一人の少女を、月夜の死神は殺し損なっていた。
それは確かな事実だ。
「終わったことは、どうでも良い。次の仕事の話を頼む」
「それがねえ……終わったことでもないのよ。ちょうど、貴方をご指名している依頼人が来ているんだけどね」
斡旋屋であるバーのマスターはおどけたように。
一人の子供を連れてくる。それは――
「……お久しぶりです、朔夜さん」
先程まで話題に上がっていた。
暗殺未遂に終わった少女だった。
「結城凛。何の用だ?」
「朔夜さんに、また仕事を頼みたいんです」
九歳の少女は、死神の眼をしっかりと見据え。
不釣り合いなトランクを取り出す。中を開けると、大量の紙幣が顔を出した。
「どうか、私の復讐を手伝って下さい」
絞り出すように。
凛は恩人たるF.i.V.E.の覚者からもらった、折鶴をそっと握りしめていた。
●
「ねえねえ、お兄ちゃん!」
「オママゴトしようよ!」
「えー! かくれんぼだよ!」
子供達にもみくちゃにされて。
可愛らしいエプロンを身に着けた、月夜の死神はそっと天を仰いだ。
「ここまで無力を味わったのは最後の任務以来か……ここが、俺の死に場所なのかもしれないな」
「朔夜先輩、イケメン顔で何を黄昏ているんすか」
同じく子供の相手をする助手は、妙に手慣れている。
とある孤児院。朔夜達は、故あって住み込みで働いていた。
「あらあら。大人気ね、朔夜さん。凛さんには、良い人を紹介してもらったわ」
「はい、私も紹介した甲斐がありました。院長先生には、お世話になりましたから」
孤児院の院長と、朔夜達をここに送り込んだ張本人である凛はくすくすと笑っている。
結局、日向朔夜はママゴトに付き合い、かくれんぼの鬼を務め、その他子供達の遊びにさんざん付き合った。
そして、ようやく孤児達が寝静まった頃。
月夜の晩。
元AAAの死神は、孤児院の周りに多数の罠を設置していた。今回の依頼人である凛もいる。
「何をしているんですか、朔夜さん」
「この孤児院を狙う相手は隔者。地の利を活かすにこしたことはない」
今回、凛が朔夜に託した依頼。
それは、孤児院を強引に地上げせんとする隔者の撃退だった。数日後の夜が決戦だ。
「朔夜さん……どうしても、孤児院の人達を守ってもらうのは無理ですか?」
少女の問いに。
死神は、あっさりと答える。
「無理だな。俺が請け負ったのは敵の殲滅だけだ。そういったことは、F.i.V.E.にでも頼め」
●
「大変なことになった。F.i.V.E.が保護を検討していた結城凛が、病院から姿を消した」
中 恭介(nCL2000002)が、苦々しく覚者達に説明を始める。
結城凛は、とある事件でF.i.V.E.が関わった少女だ。親類から命を狙われ。身体が弱く入院していたのだが、事件を契機に驚異的な回復を見せ。折を見て、また接触しようとしたところ。
忽然と行方をくらませたという。
「どうやら、元AAAの日向朔夜のところに身を寄せているらしい」
月夜の死神と呼ばれた職業的暗殺者。
何故、そんな者の元を頼ったのか。その真意は謎だが。何かの仕事を複数依頼しているようだ。
「現在彼らはある孤児院に、滞在していることが判明している。そして、その孤児院を調べてみたところ、隔者の強引な地上げの対象になっていることが分かった」
朔夜達は、その隔者を迎え撃つ用意をしている。
そこで、覚者達も現場の孤児院に赴いて欲しいという。
「隔者達は、孤児院の者達を皆殺しにするつもりだ。この点だけでも放っておくわけにはいかない」
孤児院は住み込みの働き手を欲している。
そこから入り込んで、朔夜達に接触することも可能だろう。
「第一は隔者の撃退と、孤児院の人々の警護を頼む。日向朔夜や結城凛達のことも気になるが……その対応は現場の判断に任せる。どうか、よろしく頼む」
「……で、結局その子は殺さなかったわけ?」
「そうなんすよ」
「元AAAの精鋭、日向朔夜……キリングマシーンたる月夜の死神がみすみす?」
「F.i.V.E.の連中に、色々邪魔されて。結局、依頼キャンセルされちゃったすから。ねえ、朔夜先輩?」
会員制の薄暗いバー。
ここは裏家業を生業とする者への斡旋所だった。
「……」
横でかしましく世間話に興じる女二人……バーのマスターと、自分のアシスタントを無視して。
月夜の死神の異名を持つ、職業的暗殺者。
日向朔夜はカウンター席の片隅で、丹念に愛銃の手入れをしていた。
「あれ? 朔夜先輩、ご機嫌斜めな感じっすか?」
死神の助手を務める少女が、ぽんぽんと肩を叩いてくる。
「それは、あれよ。ボディーガードの真似までして、助手と二人忍び込んだのにF.i.V.E.に追い返されたんだもの。とんだ、失態じゃない」
バーのマスターが、鼻で笑う。
「クライアントの意向に従っただけだ」
淡々と、朔夜は銃のメンテを終えた。
話題にしているのは、以前受けた暗殺依頼の一件。F.i.V.E.の介入もあり、紆余曲折を経て依頼人でありターゲットでもある一人の少女を、月夜の死神は殺し損なっていた。
それは確かな事実だ。
「終わったことは、どうでも良い。次の仕事の話を頼む」
「それがねえ……終わったことでもないのよ。ちょうど、貴方をご指名している依頼人が来ているんだけどね」
斡旋屋であるバーのマスターはおどけたように。
一人の子供を連れてくる。それは――
「……お久しぶりです、朔夜さん」
先程まで話題に上がっていた。
暗殺未遂に終わった少女だった。
「結城凛。何の用だ?」
「朔夜さんに、また仕事を頼みたいんです」
九歳の少女は、死神の眼をしっかりと見据え。
不釣り合いなトランクを取り出す。中を開けると、大量の紙幣が顔を出した。
「どうか、私の復讐を手伝って下さい」
絞り出すように。
凛は恩人たるF.i.V.E.の覚者からもらった、折鶴をそっと握りしめていた。
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「ねえねえ、お兄ちゃん!」
「オママゴトしようよ!」
「えー! かくれんぼだよ!」
子供達にもみくちゃにされて。
可愛らしいエプロンを身に着けた、月夜の死神はそっと天を仰いだ。
「ここまで無力を味わったのは最後の任務以来か……ここが、俺の死に場所なのかもしれないな」
「朔夜先輩、イケメン顔で何を黄昏ているんすか」
同じく子供の相手をする助手は、妙に手慣れている。
とある孤児院。朔夜達は、故あって住み込みで働いていた。
「あらあら。大人気ね、朔夜さん。凛さんには、良い人を紹介してもらったわ」
「はい、私も紹介した甲斐がありました。院長先生には、お世話になりましたから」
孤児院の院長と、朔夜達をここに送り込んだ張本人である凛はくすくすと笑っている。
結局、日向朔夜はママゴトに付き合い、かくれんぼの鬼を務め、その他子供達の遊びにさんざん付き合った。
そして、ようやく孤児達が寝静まった頃。
月夜の晩。
元AAAの死神は、孤児院の周りに多数の罠を設置していた。今回の依頼人である凛もいる。
「何をしているんですか、朔夜さん」
「この孤児院を狙う相手は隔者。地の利を活かすにこしたことはない」
今回、凛が朔夜に託した依頼。
それは、孤児院を強引に地上げせんとする隔者の撃退だった。数日後の夜が決戦だ。
「朔夜さん……どうしても、孤児院の人達を守ってもらうのは無理ですか?」
少女の問いに。
死神は、あっさりと答える。
「無理だな。俺が請け負ったのは敵の殲滅だけだ。そういったことは、F.i.V.E.にでも頼め」
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「大変なことになった。F.i.V.E.が保護を検討していた結城凛が、病院から姿を消した」
中 恭介(nCL2000002)が、苦々しく覚者達に説明を始める。
結城凛は、とある事件でF.i.V.E.が関わった少女だ。親類から命を狙われ。身体が弱く入院していたのだが、事件を契機に驚異的な回復を見せ。折を見て、また接触しようとしたところ。
忽然と行方をくらませたという。
「どうやら、元AAAの日向朔夜のところに身を寄せているらしい」
月夜の死神と呼ばれた職業的暗殺者。
何故、そんな者の元を頼ったのか。その真意は謎だが。何かの仕事を複数依頼しているようだ。
「現在彼らはある孤児院に、滞在していることが判明している。そして、その孤児院を調べてみたところ、隔者の強引な地上げの対象になっていることが分かった」
朔夜達は、その隔者を迎え撃つ用意をしている。
そこで、覚者達も現場の孤児院に赴いて欲しいという。
「隔者達は、孤児院の者達を皆殺しにするつもりだ。この点だけでも放っておくわけにはいかない」
孤児院は住み込みの働き手を欲している。
そこから入り込んで、朔夜達に接触することも可能だろう。
「第一は隔者の撃退と、孤児院の人々の警護を頼む。日向朔夜や結城凛達のことも気になるが……その対応は現場の判断に任せる。どうか、よろしく頼む」
■シナリオ詳細
■成功条件
1.隔者の撃退
2.孤児院の死傷者を十人以内に抑える
3.なし
2.孤児院の死傷者を十人以内に抑える
3.なし
シナリオ参加者に次回のシナリオへの予約優先権を付与する形で連続していきます。
●日向朔夜(ヒュウガ・サクヤ)
十九歳。覚者ではなく、高度な訓練を受けた職業的暗殺者。
月夜の死神の異名を持つ。
元AAAの精鋭で、ある任務の最中に姿を消していたが詳細は不明。今回は、結城凛から孤児院を襲う相手の撃退の依頼を受けている模様。ただし、孤児院の者達を守る気はなし。隔者や妖との戦闘に関してはエキスパートであり、覚者であろうとも危険な相手です。
今回は、事前に孤児院の働き手として潜り込んで接触することが可能。
【月夜の死神】元AAAの暗殺者で以前に登場しており、結城凛を殺そうとした過去があります。
(主な攻撃方法)
リボルバー 物遠単 〔出血〕
手榴弾 物遠敵全 〔溜め1〕
鋼糸 物遠列 〔鈍化〕
●結城凛
九歳の少女。
資産家の親の遺産を受け継ぎ、それを理由に親類達から命を狙われています。
覚者達に救われ、衰弱していた身体が回復し。自ら行方をくらませました。その真意は謎です。
【月夜の死神】元AAAの暗殺者で以前に登場しています。
●朔夜の助手
日向朔夜の助手の一人である女性。
火行の覚者。【月夜の死神】元AAAの暗殺者で、朔夜と共にボディーガードとして忍び込みました。
●隔者八人
孤児院を地上げしよう企てる隔者達。
闇夜に紛れて、皆が寝静まった頃に孤児院の人々を虐殺せんと強行手段に出ようしています。
天行二人、火行二人、水行二人、土行二人。
●現場
とある孤児院。
古い三階建ての建物と、その周りに広いグラウンドを所有しています。
周囲には他に人気はありません。
孤児達と職員が百人ほどが滞在。
日向朔夜とその助手と結城凛が住み込みで手伝いをしており、密かに隔者の撃退するつもりの模様。また、朔夜が敷地に多数の罠を設置しています。
孤児院の院長は、凛と知り合い。
孤児院では、住み込みの働き手を募集しており。隔者達の襲撃の前に潜りこみ、朔夜達に接触することが可能です。
隔者が襲撃してくるのは、真夜中。孤児院の者達は、全員が室内で寝ています。
今回のシリーズシナリオは、皆さんの行動によって次のシナリオの方向性が変わったり、話数が増えたり減ったりします。
シリーズの行く末は参加者の皆さんにかかっています。
よろしくお願いします。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2016年06月24日
2016年06月24日
■メイン参加者 8人■
●
「こんな格好じゃ元AAAのエース様も形無しだな」
「……」
件の孤児院。
スタッフとして潜入した『戦場を舞う猫』鳴海 蕾花(CL2001006)は、先輩の朔夜に場所と間取りを教わっていた。
「ははは! お姉ちゃん、遊ぼうよ!」
「あ、こら! 人の胸を触るな!」
「……人のことは言えんな、覚者」
日向朔夜は覚者達を見ても、顔色一つ変えず。
子供達はまとわりついて、ペタペタ触ってくるのが困りものだが。
(この子供たちの中にも憤怒者や妖に親を……)
と、無碍にもできない。
そんな蕾花を見やりながら、朔夜は淡々と説明を終えた。
「以上だ。後はその調子で、子供達の面倒を見ていてくれれば良い」
院内は、多くの子供に溢れ。
大声が絶えない。働き手として紛れ込んだ者達は大忙しだ。
(地上げ屋の会社を辿ると、結城グループという企業にまで行き当たりましたが。孤児院の方も、もう少し調べる必要がありますね)
地上げ屋関連の方は、電話番号や住所などからも調査を進めている。
超直観で孤児院に出入りする人間に怪しいものがいないのかチェック。襲撃しやすそうな場所にもあたりをつけ、わかったことは共有。
『狗吠』時任・千陽(CL2000014)は、現場でも情報収集にあたるが。
「怪しい人をみかけたことは――」
「知らない! 縄跳びしよう!」
「缶蹴り!」
「お絵かき!」
聞き込みは困難を極める。
「日向、今ならあなたの気持ちがわかります。子供とは度し難すぎる」
子供達への対応にあたふたしつつ。折を見て朔夜に接触を仕掛ける。隣にいた阿久津 ほのか(CL2001276)も、手招きして人目のない所に誘った。
「分からない所があるので教えてもらってもいいですか~?」
「……お前達もか」
二人の覚者と、元AAAは物陰で相対する。
前回、敵として戦った以来だ。
「内緒話なら、手短に頼む」
「今回は共闘をもちかけにきました」
「私達、孤児院を地上げ屋さんから守る為に来たんですけど。日向さんもですか?」
「……」
「ん~……日向さんって孤児院で働くというより、撃退する為にいるのかなぁと。前も潜入して下準備バッチリでしたし……はっ……まさか罠とか設置してます? もし罠とか設置してるなら教えて下さい! うっかり罠にかかるの怖いです……っ」
共闘をもちかけ、罠について聞く。
そんな覚者達へ、感情の読めぬ目を朔夜は向けた。
「まーた、朔夜先輩は怖い顔してー。素直に手伝ってもらえばいいじゃないっすかー」
沈黙を破ったのは、割り込んできた声。
朔夜の助手の女性が、いつの間にか人好きのする笑顔を浮かべている。
「あ。助手の方ですね、初めまして」
「ちゃんと挨拶するのは初めてっすね。アシのアリス・プライムす」
ほのかが頭を下げて挨拶すると、アリスと名乗った助手は気さくに答える。
前にボディーガードに扮していた女性だが、その時とは様子がかなり違う。
「あ、朔夜先輩。これ、仕掛け終えてきた罠の見取り図っす。覚者の皆さんも、どうぞー」
アリスは覚者達に紙片を渡す。
そこには孤児院周辺の地図と、罠を仕掛けた印がびっしり事細かに記されていた。
「アリス」
「まあまあ、色々知られているみたいだし。余計な混乱は避けた方が賢明っすよ」
「……」
肩を竦めて朔夜は、どこかへ去っていく。
アリスはそれを笑って見送って、覚者達を促す。
「じゃあ、凛ちゃんの所へ案内するっすよ。あの子、恥ずかしがっちゃって。皆さんから隠れちゃってるっすから」
●
(凛、元気になったんだな! 良かったけど、元気になって早々に家出ってなんかあったんか? しかもまた殺し屋雇ってるし。ま、その辺は会って聞けばわかるか)
『一級ムードメーカー』成瀬 翔(CL2000063)はキャップを被って顔がハッキリ見えないようにして、孤児院の子供のフリしてそのまま中へ入っていく。
なんかちょっとドキドキして楽しい。
「なあなあ、ここに最近ガラの悪い奴来てるの知ってるか?」
地上げ屋がどんな感じなのか聞いてみる。
ついでに孤児院の院長先生の事や凛の事も聞き込み。
(凛、こことどんな関係があるんだろう。大切な場所なのかな、ひょっとして)
その予想は当たっていた。
同じような年齢の気安さか、子供達は知っていることを話してくれる。
「うん、最近怖い人達が時々来るよー」
「その人達が来ると、院長先生がいつも困った顔をするの」
「凛ちゃんはね、昔はここにいたの」
「でもね、新しいお父さんとお母さんの所に行ったのー」
どうやら、凛も元々孤児であり。
結城家に引き取られたという経緯のようだ。
「孤児院で流行ってる噂話? うーん、新入りの日向って人のことを子供達は良く話しているかな」
「じゃあ、なにか変わったものが院内に無かったか?」
間取りや罠を事前に調べるべく。蕾花もスタッフなどに聞き込みを行っていた。そんな二人にもアリスは、目ざとく声を掛ける。
「お、そこのお二人さんも見た顔っすね。ちょうど良かったす」
連れてこられた個室。
結城凛は、所在なさげに顔を出した。
「えっと、皆さん……どうも」
「元気になって良かったな!」
縮こまる相手に。
翔は笑う。
「まるで覚醒でもしたみてーな回復力だな、病は気からってホントだなー」
「それは……自分でもびっくりです」
「手が必要なら何でオレらに言わねーんだよ、水くさい。友達だろ?」
「……友達」
凛は顔を赤くして、手にした折鶴を弄り出す。
ほのかは、そんな少女をぎゅっと抱きしめた。
「大切にしてくれてありがとう」
「……はい。大切な、ものですから」
その様子を千陽は少し引いて観察する。
質問をしすぎないように、タイミングを見計らっていた。
(守護使役の姿はなし。つまり、彼女の回復は覚醒とは関係ない……?)
行くあてがないのであればFiVEもすすめるつもりだ。
もちろん孤児院を守るためにここにいるのなら強要はしないが。
「どうして1人でこんな無茶なことを。五麟に帰ってな、殺されるかもしれないんだよ? 朔夜に頼むなんてことをせずにFiVEに任せておけばいいだろ」
復讐は止めはしない。殺すかどうかは好きなように。
そう考える蕾花の言葉に、凛はほのかに抱きすくめられたまま。
静かに答えた。
「すいません。FiVEには……皆さんには頼めないことなんです」
●
(死神さんの事も気がかりですが、前回の事もありますし、お友達になった凛さんの事が心配です……今回の依頼では、孤児院の皆さんの被害をゼロにしたいと、強く思います)
賀茂 たまき(CL2000994)は変装をしていた。
朝は、新聞配達員になりすまし。孤児院やその近辺の様子を建物の配置なども含めて観察する。昼は、引越しして来た住人に変装し、最近の孤児院周りに関するお話や噂話等を集め、情報収集をする。
「地上げするには何らかの理由がある筈だ、情報収集で探してみよう」
日中、緒形 逝(CL2000156)も近隣住民に情報収集を行っていた。
フルフェイスは外して雑誌記者を装い。孤児院から少し離れた所で孤児院に関する情報……特に経済状況や近隣開発、噂話などを集めた。情報は、手帳型ノートに書き留める。
「あの孤児院? あー、何かお金に困っているみたいね」
「でも、開発するって話は聞かないのよ」
「ここだけの話なんだけどね。どこかの大金持ちが嫌がらせしているって噂よ」
外からの情報だけではない。
上月・里桜(CL2001274)は、図書館のデータベースなどをあたっていた。
(……それにしても色々気になりますけれど。日向朔夜さんが姿を消した任務について、中さんにAAAにこっそり聞いてもらう訳にはいかないでしょうか?)
……朔夜さん、殺したい隔者でもできたのかしら?
と考えつつも、凛のことを探る。
「結城総合病院を運営している親族は、凛さんの後見人のようですね……結城征十郎。結城グループという大会社を経営するやり手、ですか」
現在凛の資産の大部分を管理しているのが、凛の叔父である彼だ。
そして、凛の両親が亡くなった事故については――
「第三次妖討伐抗争の、混乱の最中に事故死……現場はひどく荒れており詳細は不明」
更に凛は子供離れした頭脳の持ち主として、期待されていたことも判明する。もしかしたら、自身で朔夜達と渡りをつけたのか。
孤児院の外で、調査する面々も分かったことを共有していった。
●
「……そういえば、覚者として以外で働くのって初めてだ」
念の為、他のメンバーとのやり取りは送受心・改で。
凛達にも近づかない。
『月下の黒』黒桐 夕樹(CL2000163)は孤児院で働きながら。大人が見落としがちな抜け穴のようなものはないか。ここ最近雇われた人物がいないか。建物を確認する。
(杞憂ならいいけど、同じく敵が事前に潜入してたら困るしね)
間もなく、朔夜達以外にも新しく入ってきた男がいることを掴む。
仕事中も挙動不審。千陽に超直観で確認してもらったところ。怪しい、という送心が来た。
(あー、…‥お腹が緩くなる薬を入れた飲み物をそれとなく差し入れとくよ)
目論見通り、その男は体調を崩し。起き上がることさえできず、行動不能になった。
やがて、陽が傾き。
外と内の者達が集めた情報を交換し。夜になると全員が合流する。
「夕樹君、しっかり見張りましょう」
「あんたが阿久津さんの妹…‥うん、よろしく」
覚者達は、孤児院内を見回り。二人一組で配置につく。
ほのかは暗視を活用して外からの侵入を警戒。ペアの夕樹と一緒に就寝所近辺を警護する。他の面子は、外で三角形を作るように陣取った。
「罠に掛からないようにしないといけませんね」
「翼人いるかもだから上空にも気を付けないとな」
たまきは、太郎丸のしのびあしを使って孤児院の周りを警戒。傍らの翔は暗視を活性化して、ていさつも行っていた。
どこからから聞こえてくる子守唄。
子供達は寝静まり。空には見事な月が浮かび――敵の姿を淡くうつす。
「来ました。こちらに二人です」
「突入してくる……迎撃します」
守護使役の朧からのていさつに引っ掛かり。隠れていた里桜は、暗視でしかと隔者の姿を確認する。一緒にいる千陽は送受心・改で皆に知らせてから、蔵王・戒で防御力をあげた。
「こっちも二人来た」
「暗視でも見えたよ。どうやらバラバラに四方から来たようだ……分かるのは六人」
用意した電灯を頼りに。蕾花のていさつでも、敵の姿が見える。
それを暗視してから、逝は感情探査で侵入者がばらけていることを認める。
(早とちりせんように気を付けて、その場で侵入者の足止めに移る)
前衛へと出て、逝は蔵王・戒を使用。
一番近付いていた敵へと、圧投を仕掛ける。
「覚者かっ。仕事の邪魔をするな!」
「ただでさえ仕打ちは受けてるんだ。子供には何の罪もないだろう」
味方に情報を流し。
蕾花も接敵し、天駆を発動。手に炎を宿した敵へと、飛燕を見舞う。
「子供達や孤児院の皆さんを手にかけるなんて、私が許しません……!」
たまきも、味方が動きやすいように前に出て。
錬覇法で強化してから、近場の敵へと向かう。無頼漢のプレッシャーで、相手の行動を阻害にかかった。
「他からも連絡が来ているけど、オレ達の相手は土行みたいだな」
翔は罠に気をつけつつ移動し。
初手は雷獣の電撃を轟かす。土行の技で防御を固める敵に、激しい稲妻が吹き荒れた。
「ちっ。上手く手引きされる手筈じゃなかったのかっ?」
「わからん。内に侵入させた奴とは、連絡がとれなくなった。とにかく、こいつらを片付けろ!」
隔者達が喚きながら、覚者達とそれぞれぶつかる。
攻める側と守る側が、全力で叩き合い。
そして――その上空を舞う影を、翔は見逃さない。
「翼人だ、孤児院に向かっている」
残り二人の敵が飛行して戦場を越えるのを、翔は緊急で孤児院を守る仲間に伝える。
報告を受けた夕樹はライフルを構え。ほのかの第六感も、敵の不意打ちを告げていた。
「夕樹君、あちらの空から来ます」
「まずは威嚇射撃」
牽制を兼ねたB.O.T.。
近付いた隔者達はそれに反応して、一旦宙で止まる。そこから覚者達は本格的に狙撃に入った。
「撃ち落とします」
「っ!」
ほのかの破眼光が直撃する。
更に夕樹が早業で弾を装填し、同じ相手の翼を撃つ。たまらず一人は、そのまま地へと落ちた。
「覚者が、よくも!」
もう一人の隔者が、特攻してくる。
決死の速度で迫り。孤児院へと肉薄しかけたところへ――無慈悲な弾丸が、精密に浴びせられる。
「これで、敵戦力は全員確認したな」
その発砲者。
日向朔夜は、いつから居たのか。覚者達の後ろで銃を手に、自分が撃った相手が墜落するのを眺めている。それから夕樹の方をちらりと一瞥した。
「腹痛で倒れた男。あれは、隔者に脅され協力している一般人の内通者だ。敵を密かに手引きする予定だったようだが……あの男は運が良いな。お前が薬を盛らなければ、俺が始末していた」
淡々と告げ。
月夜の死神と呼ばれる元AAAは、外の敵へと歩を進める。
「これから敵を一点に集める……お前達は、どうする?」
「出来る事をするだけ。それだけだよ。いつも通りに、ね」
夕樹の答えに。
死神はほんの僅かに、冷たく笑ったように見えた。
●
「つ、月夜の死神!?」
「なんで、こんな所にっ」
「気をつけろ、そっちにはトラップが!」
狙ったように隔者達に対して罠が発動する。
張り巡らせた鋼糸が身を裂き、仕掛けられた手榴弾が爆発し、矢が飛び出し、落とし穴が生まれた。混乱する敵の動きを、朔夜は銃を連射して巧みにコントロールする。
「あのダンマリと共闘かよ、敵の手柄を取らせるなんて癪だね」
蕾花の疾風斬りが、罠から逃れてきた隔者へと命中する。
気が付けば。覚者、隔者ともに一か所に集合する形となっており。敵は罠と、こちらの追撃により相当疲弊していた。
「合流できましたね」
「覚者共が!」
千陽は地烈で、相手に回り込まれないように努めていた。
敵が拳を突き出してくるのを躱し、今度は積極的に無頼漢で相手を封じ込めにかかる。
「地上げの為に虐殺なんて、ずいぶん乱暴ですね。でも、子供たちに手出しさせる訳にはいきませんから」
錬覇法と蒼鋼壁をかけて。
里桜は隔者が孤児院に近づけないことを優先に、隆槍を繰り出し、術符で攻撃する。癒しの霧での回復も怠らない。
「貴様らもろとも虐殺してくれる!」
「虐殺? ‥‥自分の心配でもしてなよ」
優先撃破は火行。
建物を背に陣取り。夕樹は清廉香を使ってから、突貫してくる相手に棘一閃で裂傷を負わせ。畳み掛けるように深緑鞭で容赦なく打ち付ける。フェイントも織り交ぜ、相手の攻撃や防御のリズムを崩しに掛かった。
「もう、内部潜入の恐れはありませんからね」
ほのかは、鉄甲掌や無頼漢を使い分けつつ。行く手に立ち塞がって戦う。剛腕の一撃をまともに喰らった隔者は、吹き飛ばされて痙攣する。
「並んだ敵は、これで」
「翔さん、一緒に行きますね」
脣星落霜からB.O.T.に切り替え。
翔の波動弾が弾幕を張る。そこに連携して、隙をついたたまきの琴富士の強打が敵をKOした。自身も味方も紫鋼塞で強化しておいたため、敵の苦し紛れの反撃は意に返さない。
「おや、あの子は元気になったようさね」
相手を地烈で薙ぎ払っていた逝は、戦場の片隅で凛が隠れて様子をうかがっているのを目に留める。暗視で、前より格段に顔色が良いのがよく分かった。
「良い事だ。最初に見た時はスッカスカで美味しそうでは無かったからな。今回も遠巻きな所だが、まあ良い。やるべきをやるかな。為すべきを為せると言うのは実に気が楽でね、さて……お仕事だ」
一人は情報源として取って置きたいね、殺りそうだけどさ。
と、鉄甲掌を縦列に放ち。刀の瘴気から念弾を撃ち出す。覚者達の勢いに、最早敵は抗うことができず。
「ま、待て……降参だ!」
最後には逃げ遅れた敵一人のみ。
何か手掛かりでもと、たまきが一歩前に出る。
「何故この孤児院を? 誰に頼まれました?」
「ゆ、結城征十郎! 奴に頼まれたんだ!」
「……やはり、叔父でしたか」
暗がりに。
ゆっくりと現れた凛が、隔者と向き合う。
傍には朔夜の姿。
「私の拠り所を全て壊す気ですね、あの人は……私の両親を事故死と偽って殺したように」
決して許さない。
決して譲らない意志。
少女の眼はそう語っていた。
「結城嬢、君は家には帰りたくないのですか? だとしたら、理由を話せませんか? なんとかできる手段があるかもしれません。俺は君の力になりたいと思っています。君には新しい目標ができた、そうじゃないですか?」
千陽が言葉を掛け。
ほのかは、この前の「問題のあるクライアント」との発言を謝罪した。
「凛ちゃん本人が依頼人だったのを知らなかったとはいえ……もっと考えてから言うべきでした。もしかして私があんな事言ったから、凛ちゃんは私達に相談しにくかったのかも。だとしたら本当にごめんなさい……」
凛は悲しく微笑み。
首を小さく横に振った。
「……違いますよ。私の新しい目標……叔父を殺して復讐したい、だなんて……皆さんに、友達に、頼めるわけないじゃないですか」
瞬間。
隔者が凛を人質にと手を伸ばし――朔夜がその眉間を撃ち抜く。鮮血が舞い、血生臭い死体が転がった。
「依頼、完了」
ひとりごち。
死神は少女と共に、幻のごとく月夜に消える。
まるで子守唄でも聞いていたかのように、熱に浮かされた夜だった。
「こんな格好じゃ元AAAのエース様も形無しだな」
「……」
件の孤児院。
スタッフとして潜入した『戦場を舞う猫』鳴海 蕾花(CL2001006)は、先輩の朔夜に場所と間取りを教わっていた。
「ははは! お姉ちゃん、遊ぼうよ!」
「あ、こら! 人の胸を触るな!」
「……人のことは言えんな、覚者」
日向朔夜は覚者達を見ても、顔色一つ変えず。
子供達はまとわりついて、ペタペタ触ってくるのが困りものだが。
(この子供たちの中にも憤怒者や妖に親を……)
と、無碍にもできない。
そんな蕾花を見やりながら、朔夜は淡々と説明を終えた。
「以上だ。後はその調子で、子供達の面倒を見ていてくれれば良い」
院内は、多くの子供に溢れ。
大声が絶えない。働き手として紛れ込んだ者達は大忙しだ。
(地上げ屋の会社を辿ると、結城グループという企業にまで行き当たりましたが。孤児院の方も、もう少し調べる必要がありますね)
地上げ屋関連の方は、電話番号や住所などからも調査を進めている。
超直観で孤児院に出入りする人間に怪しいものがいないのかチェック。襲撃しやすそうな場所にもあたりをつけ、わかったことは共有。
『狗吠』時任・千陽(CL2000014)は、現場でも情報収集にあたるが。
「怪しい人をみかけたことは――」
「知らない! 縄跳びしよう!」
「缶蹴り!」
「お絵かき!」
聞き込みは困難を極める。
「日向、今ならあなたの気持ちがわかります。子供とは度し難すぎる」
子供達への対応にあたふたしつつ。折を見て朔夜に接触を仕掛ける。隣にいた阿久津 ほのか(CL2001276)も、手招きして人目のない所に誘った。
「分からない所があるので教えてもらってもいいですか~?」
「……お前達もか」
二人の覚者と、元AAAは物陰で相対する。
前回、敵として戦った以来だ。
「内緒話なら、手短に頼む」
「今回は共闘をもちかけにきました」
「私達、孤児院を地上げ屋さんから守る為に来たんですけど。日向さんもですか?」
「……」
「ん~……日向さんって孤児院で働くというより、撃退する為にいるのかなぁと。前も潜入して下準備バッチリでしたし……はっ……まさか罠とか設置してます? もし罠とか設置してるなら教えて下さい! うっかり罠にかかるの怖いです……っ」
共闘をもちかけ、罠について聞く。
そんな覚者達へ、感情の読めぬ目を朔夜は向けた。
「まーた、朔夜先輩は怖い顔してー。素直に手伝ってもらえばいいじゃないっすかー」
沈黙を破ったのは、割り込んできた声。
朔夜の助手の女性が、いつの間にか人好きのする笑顔を浮かべている。
「あ。助手の方ですね、初めまして」
「ちゃんと挨拶するのは初めてっすね。アシのアリス・プライムす」
ほのかが頭を下げて挨拶すると、アリスと名乗った助手は気さくに答える。
前にボディーガードに扮していた女性だが、その時とは様子がかなり違う。
「あ、朔夜先輩。これ、仕掛け終えてきた罠の見取り図っす。覚者の皆さんも、どうぞー」
アリスは覚者達に紙片を渡す。
そこには孤児院周辺の地図と、罠を仕掛けた印がびっしり事細かに記されていた。
「アリス」
「まあまあ、色々知られているみたいだし。余計な混乱は避けた方が賢明っすよ」
「……」
肩を竦めて朔夜は、どこかへ去っていく。
アリスはそれを笑って見送って、覚者達を促す。
「じゃあ、凛ちゃんの所へ案内するっすよ。あの子、恥ずかしがっちゃって。皆さんから隠れちゃってるっすから」
●
(凛、元気になったんだな! 良かったけど、元気になって早々に家出ってなんかあったんか? しかもまた殺し屋雇ってるし。ま、その辺は会って聞けばわかるか)
『一級ムードメーカー』成瀬 翔(CL2000063)はキャップを被って顔がハッキリ見えないようにして、孤児院の子供のフリしてそのまま中へ入っていく。
なんかちょっとドキドキして楽しい。
「なあなあ、ここに最近ガラの悪い奴来てるの知ってるか?」
地上げ屋がどんな感じなのか聞いてみる。
ついでに孤児院の院長先生の事や凛の事も聞き込み。
(凛、こことどんな関係があるんだろう。大切な場所なのかな、ひょっとして)
その予想は当たっていた。
同じような年齢の気安さか、子供達は知っていることを話してくれる。
「うん、最近怖い人達が時々来るよー」
「その人達が来ると、院長先生がいつも困った顔をするの」
「凛ちゃんはね、昔はここにいたの」
「でもね、新しいお父さんとお母さんの所に行ったのー」
どうやら、凛も元々孤児であり。
結城家に引き取られたという経緯のようだ。
「孤児院で流行ってる噂話? うーん、新入りの日向って人のことを子供達は良く話しているかな」
「じゃあ、なにか変わったものが院内に無かったか?」
間取りや罠を事前に調べるべく。蕾花もスタッフなどに聞き込みを行っていた。そんな二人にもアリスは、目ざとく声を掛ける。
「お、そこのお二人さんも見た顔っすね。ちょうど良かったす」
連れてこられた個室。
結城凛は、所在なさげに顔を出した。
「えっと、皆さん……どうも」
「元気になって良かったな!」
縮こまる相手に。
翔は笑う。
「まるで覚醒でもしたみてーな回復力だな、病は気からってホントだなー」
「それは……自分でもびっくりです」
「手が必要なら何でオレらに言わねーんだよ、水くさい。友達だろ?」
「……友達」
凛は顔を赤くして、手にした折鶴を弄り出す。
ほのかは、そんな少女をぎゅっと抱きしめた。
「大切にしてくれてありがとう」
「……はい。大切な、ものですから」
その様子を千陽は少し引いて観察する。
質問をしすぎないように、タイミングを見計らっていた。
(守護使役の姿はなし。つまり、彼女の回復は覚醒とは関係ない……?)
行くあてがないのであればFiVEもすすめるつもりだ。
もちろん孤児院を守るためにここにいるのなら強要はしないが。
「どうして1人でこんな無茶なことを。五麟に帰ってな、殺されるかもしれないんだよ? 朔夜に頼むなんてことをせずにFiVEに任せておけばいいだろ」
復讐は止めはしない。殺すかどうかは好きなように。
そう考える蕾花の言葉に、凛はほのかに抱きすくめられたまま。
静かに答えた。
「すいません。FiVEには……皆さんには頼めないことなんです」
●
(死神さんの事も気がかりですが、前回の事もありますし、お友達になった凛さんの事が心配です……今回の依頼では、孤児院の皆さんの被害をゼロにしたいと、強く思います)
賀茂 たまき(CL2000994)は変装をしていた。
朝は、新聞配達員になりすまし。孤児院やその近辺の様子を建物の配置なども含めて観察する。昼は、引越しして来た住人に変装し、最近の孤児院周りに関するお話や噂話等を集め、情報収集をする。
「地上げするには何らかの理由がある筈だ、情報収集で探してみよう」
日中、緒形 逝(CL2000156)も近隣住民に情報収集を行っていた。
フルフェイスは外して雑誌記者を装い。孤児院から少し離れた所で孤児院に関する情報……特に経済状況や近隣開発、噂話などを集めた。情報は、手帳型ノートに書き留める。
「あの孤児院? あー、何かお金に困っているみたいね」
「でも、開発するって話は聞かないのよ」
「ここだけの話なんだけどね。どこかの大金持ちが嫌がらせしているって噂よ」
外からの情報だけではない。
上月・里桜(CL2001274)は、図書館のデータベースなどをあたっていた。
(……それにしても色々気になりますけれど。日向朔夜さんが姿を消した任務について、中さんにAAAにこっそり聞いてもらう訳にはいかないでしょうか?)
……朔夜さん、殺したい隔者でもできたのかしら?
と考えつつも、凛のことを探る。
「結城総合病院を運営している親族は、凛さんの後見人のようですね……結城征十郎。結城グループという大会社を経営するやり手、ですか」
現在凛の資産の大部分を管理しているのが、凛の叔父である彼だ。
そして、凛の両親が亡くなった事故については――
「第三次妖討伐抗争の、混乱の最中に事故死……現場はひどく荒れており詳細は不明」
更に凛は子供離れした頭脳の持ち主として、期待されていたことも判明する。もしかしたら、自身で朔夜達と渡りをつけたのか。
孤児院の外で、調査する面々も分かったことを共有していった。
●
「……そういえば、覚者として以外で働くのって初めてだ」
念の為、他のメンバーとのやり取りは送受心・改で。
凛達にも近づかない。
『月下の黒』黒桐 夕樹(CL2000163)は孤児院で働きながら。大人が見落としがちな抜け穴のようなものはないか。ここ最近雇われた人物がいないか。建物を確認する。
(杞憂ならいいけど、同じく敵が事前に潜入してたら困るしね)
間もなく、朔夜達以外にも新しく入ってきた男がいることを掴む。
仕事中も挙動不審。千陽に超直観で確認してもらったところ。怪しい、という送心が来た。
(あー、…‥お腹が緩くなる薬を入れた飲み物をそれとなく差し入れとくよ)
目論見通り、その男は体調を崩し。起き上がることさえできず、行動不能になった。
やがて、陽が傾き。
外と内の者達が集めた情報を交換し。夜になると全員が合流する。
「夕樹君、しっかり見張りましょう」
「あんたが阿久津さんの妹…‥うん、よろしく」
覚者達は、孤児院内を見回り。二人一組で配置につく。
ほのかは暗視を活用して外からの侵入を警戒。ペアの夕樹と一緒に就寝所近辺を警護する。他の面子は、外で三角形を作るように陣取った。
「罠に掛からないようにしないといけませんね」
「翼人いるかもだから上空にも気を付けないとな」
たまきは、太郎丸のしのびあしを使って孤児院の周りを警戒。傍らの翔は暗視を活性化して、ていさつも行っていた。
どこからから聞こえてくる子守唄。
子供達は寝静まり。空には見事な月が浮かび――敵の姿を淡くうつす。
「来ました。こちらに二人です」
「突入してくる……迎撃します」
守護使役の朧からのていさつに引っ掛かり。隠れていた里桜は、暗視でしかと隔者の姿を確認する。一緒にいる千陽は送受心・改で皆に知らせてから、蔵王・戒で防御力をあげた。
「こっちも二人来た」
「暗視でも見えたよ。どうやらバラバラに四方から来たようだ……分かるのは六人」
用意した電灯を頼りに。蕾花のていさつでも、敵の姿が見える。
それを暗視してから、逝は感情探査で侵入者がばらけていることを認める。
(早とちりせんように気を付けて、その場で侵入者の足止めに移る)
前衛へと出て、逝は蔵王・戒を使用。
一番近付いていた敵へと、圧投を仕掛ける。
「覚者かっ。仕事の邪魔をするな!」
「ただでさえ仕打ちは受けてるんだ。子供には何の罪もないだろう」
味方に情報を流し。
蕾花も接敵し、天駆を発動。手に炎を宿した敵へと、飛燕を見舞う。
「子供達や孤児院の皆さんを手にかけるなんて、私が許しません……!」
たまきも、味方が動きやすいように前に出て。
錬覇法で強化してから、近場の敵へと向かう。無頼漢のプレッシャーで、相手の行動を阻害にかかった。
「他からも連絡が来ているけど、オレ達の相手は土行みたいだな」
翔は罠に気をつけつつ移動し。
初手は雷獣の電撃を轟かす。土行の技で防御を固める敵に、激しい稲妻が吹き荒れた。
「ちっ。上手く手引きされる手筈じゃなかったのかっ?」
「わからん。内に侵入させた奴とは、連絡がとれなくなった。とにかく、こいつらを片付けろ!」
隔者達が喚きながら、覚者達とそれぞれぶつかる。
攻める側と守る側が、全力で叩き合い。
そして――その上空を舞う影を、翔は見逃さない。
「翼人だ、孤児院に向かっている」
残り二人の敵が飛行して戦場を越えるのを、翔は緊急で孤児院を守る仲間に伝える。
報告を受けた夕樹はライフルを構え。ほのかの第六感も、敵の不意打ちを告げていた。
「夕樹君、あちらの空から来ます」
「まずは威嚇射撃」
牽制を兼ねたB.O.T.。
近付いた隔者達はそれに反応して、一旦宙で止まる。そこから覚者達は本格的に狙撃に入った。
「撃ち落とします」
「っ!」
ほのかの破眼光が直撃する。
更に夕樹が早業で弾を装填し、同じ相手の翼を撃つ。たまらず一人は、そのまま地へと落ちた。
「覚者が、よくも!」
もう一人の隔者が、特攻してくる。
決死の速度で迫り。孤児院へと肉薄しかけたところへ――無慈悲な弾丸が、精密に浴びせられる。
「これで、敵戦力は全員確認したな」
その発砲者。
日向朔夜は、いつから居たのか。覚者達の後ろで銃を手に、自分が撃った相手が墜落するのを眺めている。それから夕樹の方をちらりと一瞥した。
「腹痛で倒れた男。あれは、隔者に脅され協力している一般人の内通者だ。敵を密かに手引きする予定だったようだが……あの男は運が良いな。お前が薬を盛らなければ、俺が始末していた」
淡々と告げ。
月夜の死神と呼ばれる元AAAは、外の敵へと歩を進める。
「これから敵を一点に集める……お前達は、どうする?」
「出来る事をするだけ。それだけだよ。いつも通りに、ね」
夕樹の答えに。
死神はほんの僅かに、冷たく笑ったように見えた。
●
「つ、月夜の死神!?」
「なんで、こんな所にっ」
「気をつけろ、そっちにはトラップが!」
狙ったように隔者達に対して罠が発動する。
張り巡らせた鋼糸が身を裂き、仕掛けられた手榴弾が爆発し、矢が飛び出し、落とし穴が生まれた。混乱する敵の動きを、朔夜は銃を連射して巧みにコントロールする。
「あのダンマリと共闘かよ、敵の手柄を取らせるなんて癪だね」
蕾花の疾風斬りが、罠から逃れてきた隔者へと命中する。
気が付けば。覚者、隔者ともに一か所に集合する形となっており。敵は罠と、こちらの追撃により相当疲弊していた。
「合流できましたね」
「覚者共が!」
千陽は地烈で、相手に回り込まれないように努めていた。
敵が拳を突き出してくるのを躱し、今度は積極的に無頼漢で相手を封じ込めにかかる。
「地上げの為に虐殺なんて、ずいぶん乱暴ですね。でも、子供たちに手出しさせる訳にはいきませんから」
錬覇法と蒼鋼壁をかけて。
里桜は隔者が孤児院に近づけないことを優先に、隆槍を繰り出し、術符で攻撃する。癒しの霧での回復も怠らない。
「貴様らもろとも虐殺してくれる!」
「虐殺? ‥‥自分の心配でもしてなよ」
優先撃破は火行。
建物を背に陣取り。夕樹は清廉香を使ってから、突貫してくる相手に棘一閃で裂傷を負わせ。畳み掛けるように深緑鞭で容赦なく打ち付ける。フェイントも織り交ぜ、相手の攻撃や防御のリズムを崩しに掛かった。
「もう、内部潜入の恐れはありませんからね」
ほのかは、鉄甲掌や無頼漢を使い分けつつ。行く手に立ち塞がって戦う。剛腕の一撃をまともに喰らった隔者は、吹き飛ばされて痙攣する。
「並んだ敵は、これで」
「翔さん、一緒に行きますね」
脣星落霜からB.O.T.に切り替え。
翔の波動弾が弾幕を張る。そこに連携して、隙をついたたまきの琴富士の強打が敵をKOした。自身も味方も紫鋼塞で強化しておいたため、敵の苦し紛れの反撃は意に返さない。
「おや、あの子は元気になったようさね」
相手を地烈で薙ぎ払っていた逝は、戦場の片隅で凛が隠れて様子をうかがっているのを目に留める。暗視で、前より格段に顔色が良いのがよく分かった。
「良い事だ。最初に見た時はスッカスカで美味しそうでは無かったからな。今回も遠巻きな所だが、まあ良い。やるべきをやるかな。為すべきを為せると言うのは実に気が楽でね、さて……お仕事だ」
一人は情報源として取って置きたいね、殺りそうだけどさ。
と、鉄甲掌を縦列に放ち。刀の瘴気から念弾を撃ち出す。覚者達の勢いに、最早敵は抗うことができず。
「ま、待て……降参だ!」
最後には逃げ遅れた敵一人のみ。
何か手掛かりでもと、たまきが一歩前に出る。
「何故この孤児院を? 誰に頼まれました?」
「ゆ、結城征十郎! 奴に頼まれたんだ!」
「……やはり、叔父でしたか」
暗がりに。
ゆっくりと現れた凛が、隔者と向き合う。
傍には朔夜の姿。
「私の拠り所を全て壊す気ですね、あの人は……私の両親を事故死と偽って殺したように」
決して許さない。
決して譲らない意志。
少女の眼はそう語っていた。
「結城嬢、君は家には帰りたくないのですか? だとしたら、理由を話せませんか? なんとかできる手段があるかもしれません。俺は君の力になりたいと思っています。君には新しい目標ができた、そうじゃないですか?」
千陽が言葉を掛け。
ほのかは、この前の「問題のあるクライアント」との発言を謝罪した。
「凛ちゃん本人が依頼人だったのを知らなかったとはいえ……もっと考えてから言うべきでした。もしかして私があんな事言ったから、凛ちゃんは私達に相談しにくかったのかも。だとしたら本当にごめんなさい……」
凛は悲しく微笑み。
首を小さく横に振った。
「……違いますよ。私の新しい目標……叔父を殺して復讐したい、だなんて……皆さんに、友達に、頼めるわけないじゃないですか」
瞬間。
隔者が凛を人質にと手を伸ばし――朔夜がその眉間を撃ち抜く。鮮血が舞い、血生臭い死体が転がった。
「依頼、完了」
ひとりごち。
死神は少女と共に、幻のごとく月夜に消える。
まるで子守唄でも聞いていたかのように、熱に浮かされた夜だった。

■あとがき■
ご参加ありがとうございました。
今回の結果は隔者は7人が撤退。1人が死亡。
孤児院側の犠牲者はゼロ。
日向朔夜、結城凛達は、また行動を共にするという形になりました。
もし前回のシナリオで凛が自害の意志を捨てていなければ、このシナリオはまたまったく違う話になっていました。そして、今回も皆さんの行動を受け。次の話もこれまでのことに、大小影響されて動く予定です。
今回の結果は隔者は7人が撤退。1人が死亡。
孤児院側の犠牲者はゼロ。
日向朔夜、結城凛達は、また行動を共にするという形になりました。
もし前回のシナリオで凛が自害の意志を捨てていなければ、このシナリオはまたまったく違う話になっていました。そして、今回も皆さんの行動を受け。次の話もこれまでのことに、大小影響されて動く予定です。








