【緋色の羊】悪魔のナイト・ビショップ
●夢見が見たもの
「立て」
冷ややかな声が聞こえて、額に触れていた掌が離れていく。
目を開けるとそこは見知らぬ廊下で、前には見知らぬ青年が立っていた。
「さて、宮下刹那。お前には、その力で1人の少女を殺害してもらう」
青年から発せられた言葉に、困惑する。
なぜ自分が青年の前で跪いていたのかも憶えていなかったし、殺害なんていう言葉が現実とは思えなかった。
「そんな事……する訳がない」
こちらの否定の言葉にハッと笑って、緋色の瞳の青年が背後にある扉を開ける。
「お前はそう言うって知ってるさ。だから、奥の手を用意してある」
窓から光が注ぐ部屋で、1人の少女が椅子に拘束されていた。
「永久!」
妹の名を呼べば、口を布で塞がれた永久が瞳で訴えてくる。その顔は怯えていると言うよりも、悲しみに満ちているように見えた。
何かを伝えたそうに、懸命に首を横に振っている。
「妹は、体が弱いんだ!」
永久に近付こうとした自分の前に、青年が割り込む。逆手に握ったナイフを、永久の白き首筋へと宛がった。
「ああ、それも知ってる。彼女の『能力』もな。助けたければ、こちらの言う通りにするんだ」
永久の顔色が良くない。
助けなければ、と思った。
幼い頃から体が弱く、純白で儚い妹を、何としても守らなければと。
「――何を、すればいい?」
搾り出した声に、青年は事も無げに微笑んでみせた。
「哀れなる子羊に、血塗れの死を」
机上の電話を取り、「癒雫を来させろ」と命令する。数分も経たぬうちに、扉がノックされた。
扉が開き現れたのは、神父姿の青年。
「癒雫、新しく仲間になった灰音だ。新人同士、仲良くやるんだな」
「新人?」
:聞き返す声に、緋色の瞳の青年がクツリと肩を揺らした。
「そうだ」
瞠目した神父が、「聖羅、あなたは……」と青年を凝視する。
「余計な事は言うな。今回の任務、お前等2人でやってもらう」
●今朝の出来事
駅のホーム。
人混みの中、両手をブレザーのポケットに入れ電車を待っていた花井凜は、強く背中を押されて前へと倒れ込む。
「えっ。……誰!?」
両手を地面に付き振り返れば、皆が驚いた様子で自分を見ていた。誰もが「自分じゃない」といった顔をしている。
「大丈夫ですか?」
聞こえた声に顔を前へと戻せば、金髪の青年が自分へと手を差し延べていた。
「あ……りがとうございます」
手をとり立ち上がって、青年の胸で揺れる十字架が目に留まる。
「では、気を付けて」
微笑み言うと、コートの裾を翻して青年は去って行った。
「おっはよ! 凜!」
ポンと肩を叩かれて顔を向ければ、友人の松本茜が笑顔を浮かべ立っている。
「はよー。今日はちょっと肌寒いね」
笑顔で返し、何気に手を入れたブレザーのポケットの中で、カサリと音がした。
取り出せば、折り畳まれた小さな紙切れ。
「?」
開き見れば、見覚えのない字。そして覚えのない内容が書き込まれていた。
『誰にも内緒で、AAAを通しF.i.V.E.に助けを求めなさい。
ルファと灰音に狙われていると。
あなたを助けられるのは、彼等のみ。
学校からの帰り。
常に目をさましていなさい。』
ハッとして青年を視線で捜すが、人混みに紛れてしまって見つけられない。
――けれども。彼がメモを入れたとしか、思えなかった。
●深夜の会議室
久方 真由美(nCL2000003)が夢の内容を話し終えれば、中 恭介(nCL2000002)が朝、花井凜に起きた出来事を語った。
「その青年――容姿を聞く限り、前回の事件で隔者達に連れ去られたルファ司祭だろうと思うが。……彼が人を騙すようには見えなかったと、花井凜は風邪と偽り高校を休み、母親がAAAに知らせてきた」
そこまで言って、眉を寄せた恭介が覚者達を見回した。
「真由美君の見た夢と、花井さんに起こった出来事は繋がっているだろう。そして……花井さんの周りに翼人が居ないかを確認した処、1人の少女が浮かび上がった」
後藤菜月。
登校は別々だが、下校時は花井凜、松本茜と一緒なのだという。
「一箇所、人通りの少ない路地を通るらしい。……以前の事件と同じなら、花井が殺害され、後藤が破綻者となり、松本が目撃者になる、という構図が浮かび上がる」
それと同時に、事件が起こるのを知っているのが松本茜である事も。
「だが事前に接触すれば、前回同様こちらから向かう者と同じ人数・因子の隔者達が現れる可能性が高い。そうなれば、敵の逃亡を許してしまう事になるかもしれない」
前回捕えた隔者達同様、不自然に灰音の記憶は欠落しているようではあるが――。
「まずは、灰音を捕えよう」
それから、と確かめるように恭介が見回した。
「ルファ司祭だが……信用出来ると思うか?」
このメモが、罠の可能性はないか?
そう含んだ言葉をかけ、
「捕えた隔者から仕入れた情報等は、手元に配った資料に纏めてある。――判断は、お前達に任せる」
その言葉で、締め括った。
「立て」
冷ややかな声が聞こえて、額に触れていた掌が離れていく。
目を開けるとそこは見知らぬ廊下で、前には見知らぬ青年が立っていた。
「さて、宮下刹那。お前には、その力で1人の少女を殺害してもらう」
青年から発せられた言葉に、困惑する。
なぜ自分が青年の前で跪いていたのかも憶えていなかったし、殺害なんていう言葉が現実とは思えなかった。
「そんな事……する訳がない」
こちらの否定の言葉にハッと笑って、緋色の瞳の青年が背後にある扉を開ける。
「お前はそう言うって知ってるさ。だから、奥の手を用意してある」
窓から光が注ぐ部屋で、1人の少女が椅子に拘束されていた。
「永久!」
妹の名を呼べば、口を布で塞がれた永久が瞳で訴えてくる。その顔は怯えていると言うよりも、悲しみに満ちているように見えた。
何かを伝えたそうに、懸命に首を横に振っている。
「妹は、体が弱いんだ!」
永久に近付こうとした自分の前に、青年が割り込む。逆手に握ったナイフを、永久の白き首筋へと宛がった。
「ああ、それも知ってる。彼女の『能力』もな。助けたければ、こちらの言う通りにするんだ」
永久の顔色が良くない。
助けなければ、と思った。
幼い頃から体が弱く、純白で儚い妹を、何としても守らなければと。
「――何を、すればいい?」
搾り出した声に、青年は事も無げに微笑んでみせた。
「哀れなる子羊に、血塗れの死を」
机上の電話を取り、「癒雫を来させろ」と命令する。数分も経たぬうちに、扉がノックされた。
扉が開き現れたのは、神父姿の青年。
「癒雫、新しく仲間になった灰音だ。新人同士、仲良くやるんだな」
「新人?」
:聞き返す声に、緋色の瞳の青年がクツリと肩を揺らした。
「そうだ」
瞠目した神父が、「聖羅、あなたは……」と青年を凝視する。
「余計な事は言うな。今回の任務、お前等2人でやってもらう」
●今朝の出来事
駅のホーム。
人混みの中、両手をブレザーのポケットに入れ電車を待っていた花井凜は、強く背中を押されて前へと倒れ込む。
「えっ。……誰!?」
両手を地面に付き振り返れば、皆が驚いた様子で自分を見ていた。誰もが「自分じゃない」といった顔をしている。
「大丈夫ですか?」
聞こえた声に顔を前へと戻せば、金髪の青年が自分へと手を差し延べていた。
「あ……りがとうございます」
手をとり立ち上がって、青年の胸で揺れる十字架が目に留まる。
「では、気を付けて」
微笑み言うと、コートの裾を翻して青年は去って行った。
「おっはよ! 凜!」
ポンと肩を叩かれて顔を向ければ、友人の松本茜が笑顔を浮かべ立っている。
「はよー。今日はちょっと肌寒いね」
笑顔で返し、何気に手を入れたブレザーのポケットの中で、カサリと音がした。
取り出せば、折り畳まれた小さな紙切れ。
「?」
開き見れば、見覚えのない字。そして覚えのない内容が書き込まれていた。
『誰にも内緒で、AAAを通しF.i.V.E.に助けを求めなさい。
ルファと灰音に狙われていると。
あなたを助けられるのは、彼等のみ。
学校からの帰り。
常に目をさましていなさい。』
ハッとして青年を視線で捜すが、人混みに紛れてしまって見つけられない。
――けれども。彼がメモを入れたとしか、思えなかった。
●深夜の会議室
久方 真由美(nCL2000003)が夢の内容を話し終えれば、中 恭介(nCL2000002)が朝、花井凜に起きた出来事を語った。
「その青年――容姿を聞く限り、前回の事件で隔者達に連れ去られたルファ司祭だろうと思うが。……彼が人を騙すようには見えなかったと、花井凜は風邪と偽り高校を休み、母親がAAAに知らせてきた」
そこまで言って、眉を寄せた恭介が覚者達を見回した。
「真由美君の見た夢と、花井さんに起こった出来事は繋がっているだろう。そして……花井さんの周りに翼人が居ないかを確認した処、1人の少女が浮かび上がった」
後藤菜月。
登校は別々だが、下校時は花井凜、松本茜と一緒なのだという。
「一箇所、人通りの少ない路地を通るらしい。……以前の事件と同じなら、花井が殺害され、後藤が破綻者となり、松本が目撃者になる、という構図が浮かび上がる」
それと同時に、事件が起こるのを知っているのが松本茜である事も。
「だが事前に接触すれば、前回同様こちらから向かう者と同じ人数・因子の隔者達が現れる可能性が高い。そうなれば、敵の逃亡を許してしまう事になるかもしれない」
前回捕えた隔者達同様、不自然に灰音の記憶は欠落しているようではあるが――。
「まずは、灰音を捕えよう」
それから、と確かめるように恭介が見回した。
「ルファ司祭だが……信用出来ると思うか?」
このメモが、罠の可能性はないか?
そう含んだ言葉をかけ、
「捕えた隔者から仕入れた情報等は、手元に配った資料に纏めてある。――判断は、お前達に任せる」
その言葉で、締め括った。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.花井凜の命を護る。
2.灰音の身柄拘束。
3.一般人の被害者を出さない。
2.灰音の身柄拘束。
3.一般人の被害者を出さない。
『雨の夜に現れし悪魔』
『悪魔は2度嗤う』
に続く、【緋色の羊】シリーズの3話目となります。
宜しくお願いします。
今回は、花井凜の命を護り、灰音の身柄拘束に挑んで頂きます。
ルファにつきましては、恭介の言葉通り、皆様の判断にお任せする形となります。
ルファを信用する・しない、により、作戦も変わってくるでしょう。勿論結果もです。メモとルファを信用するかどうかは、しっかりと皆様の方向性を統一しての作戦をお立て下さい。
これまでと同様に、皆様の行動や言葉が、次回のシナリオへと影響を与え、情報として繋がっていきます。そして1つの言葉や行動が、良い方向へと導く場合も、悪い方向へと繋がる場合も、在り得ます。
●戦闘場所
横に4人並べる幅の路地。時間帯は陽が暮れてから。
所々に脇へと入る細い通路があります。これまでの襲撃方法から、脇通路から出現し、脇通路のない場所での挟み撃ちが予想されます。
灰音を拘束する必要があるという事は、一般人達を護るのに加え、逃げられぬようこちらも灰音を挟み撃つなど何かしらの計画を立てなくてはいけない、という事になります。
また、事前にこちらの存在に気付かれた場合、前回同様こちらと同じ因子・術式の敵達が現れ敵の人数が増える危険があります。
●リプレイ
襲撃当日。少女3人の帰宅途中、電車の中での追跡部分から始まります。
●AAA
今回は、AAAの協力があります。主に皆様が現場に入った後の現場封鎖・皆様が敵を捕えた後の拘束・連行を行います。
電車内ではAAAの隊員が1人(前回とは別の隊員です)、皆様とは少し離れて少女達を追跡しています。電車を降りれば、一足先に現場の路地へと向かいますので、皆様とは別行動になります。
●灰音(はいね)
本名は宮下刹那(せつな)。20代前半程の青年。翼人・水行。
以前より聖羅と共に隔者として活動している筈ですが、現在はその記憶がありません。
夢見により彼が今回隔者として動くのは、妹の命を護る為と判明しています。
逃亡を許さず、身柄を拘束して下さい。
『エアブリット』・『水龍牙』・『伊邪波』・『閂通し』を使用。
●癒雫(ゆだ) 26歳
ルファ・L・フェイクス。本来は兵庫県の南東部・西宮市郊外にある小さな教会の司祭。
灰音と聖羅に殺害された少女・大月盞花の死を引き摺っていると推測されます。
隔者達の仲間として行動している彼の真意と狙いは、今の処判っていません。
『エアブリット』・『薄氷』・『水礫』・『癒しの滴』を使用。
●聖羅(せいら)
緋色の瞳の青年。
他の隔者達に命令を下せる立場にあり、彼等のリーダーだと思われます。
●宮下永久(とわ)
刹那の妹。元々体が弱いらしく、相当衰弱しています。
何かしらの能力を所持していると思われます。
●花井凜・松本茜・後藤菜月。共に16歳。
状況は、OPで説明した通りです。後藤菜月(翼人・水行)は破綻者となった時点で、一般人ではなくなります。
●H.S.(ハーエス)
『隔者や破綻者にしか攻撃しない』を掲げている憤怒者組織。
念の為にと中恭介とAAAから「今回の事件で通報があっても出動せぬよう」連絡済です。代表者の吉野 枢が了承し「その場合は逆探知を試みる」事を約束しています。
※以下、前回事件後の情報資料。
●重傷を負ったAAA隊員2人は、「何も覚えていない」と証言しています。
しかし奇襲をかけられる寸前までの記憶はあり、「ルファ司祭に怪しい動きはなかった」と報告しています。
●ルファが隔者達に連れ去られた事は、前回任務にあたった覚者の1人が目撃しています。その時に緋色の瞳をした青年の守護使役が植物系であった事にも気付いています。それにより、AAAの隊員は気を失った後、『すいとる』により記憶を消されたものと思われます。
但し緋色の瞳の青年に肘を掴まれていたとはいえ、ルファが抵抗せずに隔者達に付いて行った事も目撃しており、中恭介に報告しています。
●捕えた隔者達ですが、自分達の拠点を記憶していない事が判明しています。それにより、当人達も動揺を隠せぬ状態にあり、今は何も語ろうとしません。
彼等の状態は、『すいとる』だけでは説明出来ない部分があります。これからの尋問により、何かしらの情報を得られるだろうと思われます。
●前田辰巳 56歳。
最初の事件で、ルファを破綻者にして司祭を続けられなくなるよう、隔者達に依頼した教会の信徒。
緋色の瞳の青年に言葉巧みに誘導されたとの見方もありますが、同じ教会の信徒が殺害される事を知っていながら彼等を呼び出し、殺害されるよう仕向けました。計画は未遂に終わっています。大月盞花の死とは直接の関係はありませんが、まだ命を狙われる危険もあり、保護も兼ねて警察に収容されています。
現在取調べを受けていますが、覚者達に命を救われた事と説得により、素直に自供しています。
以上です。
それでは、皆様とご縁があります事、楽しみにしております。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
7/8
7/8
公開日
2016年06月03日
2016年06月03日
■メイン参加者 7人■

●
『変装の達人』を用いる深緋・幽霊男(CL2001229)は、仕事帰りのOLに扮して花井凜達3人を追跡する。
電車内、同じ車両へと乗り込ん幽霊男だったが、何度も視線を送る事はせずに、朔太郎のかぎわけるで彼女達の匂いを確認していた。
(キリスト教への執着か? ……翼人に対する執着も、その延長かの。過去に失敗したが、翼人の周囲の一般人殺害と翼人の破綻化を狙う。現状、手駒というでもなし。何ぞ儀式的なモンなのか)
敵の狙いが解らぬ以上、そういった推論も浮かんでくる。
電車を降りてからは隔者達に察知されぬよう、少女達を見失ってしまわぬ程度に距離をあけ、暗き街並みを追跡した。
――悲劇再びなんてさせるわけにはいきません。
『中学生』菊坂 結鹿(CL2000432)は、通りがかった学生のフリで襲撃があるだろう路地を歩く。
(お姉さん達の未来を奪うような企みを何度もするような、そんな組織は許すわけにはいきません。そのためにもなんとか証拠にもなるものをつかまなくちゃいけません)
それには灰音も司祭も捕まえなくては、と思う。
(ききたいことは、山ほどあるんですから)
少女達3人が路地へと差し掛かるだろうのとは反対側。路地の出口近くでは、『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)と三島 椿(CL2000061)がダストボックスと電柱の陰に隠れ、待ち伏せる。
――今回犯行を及ぶ灰音は、癒雫共々翼の因子。
そして、狙われている花井さんの友人である覚者もまた、翼。
(聖羅は翼の因子を破綻させて……そんな覚者を集めているのかな)
奏空もまた、彼らが翼の因子である事に意味があるのかと、それが狙いなのではないかと考えていた。
(ビショップは僧正。って事はルファ司祭の事で――ナイトは灰音って事か。さしずめ緋色の羊……聖羅の手駒って事かな)
思考を巡らせながら見える範囲の路地の様子を暗視で覗い、ライライさんを夜空へとていさつに飛ばした。
「背景を切り離せば、隔者の起こす事件を防止するだけの、良くある仕事です」
そう呟く『教授』新田・成(CL2000538)は、路地の両側に幾つか建つビルの1つ、その屋上に身を潜めながら待機する。
空からの襲撃を警戒しながら暗視を使い、通路にて待ち伏せているだろう隔者を捜していった。
エルフィリア・ハイランド(CL2000613)もまた、屋上にて待機する。襲撃されるだろう路地は特定されていた。が、脇通路がいくつかある路地の中、どの通路とどの通路の間で襲撃されるのかは、特定出来ていない。そして所々に通路があるという事は、それだけの建物がある、という事でもあった。
屋上や屋根の上を飛行し、渡っていく。
だが暗視をセットしていないエルフィリアの目では、屋上から見下ろしても相手が闇に紛れ潜んでいるのなら、発見出来ない。
成が屋上から別の屋上へと渡るのを手伝う。通路に出来る闇中の敵を捜すのは、成の暗視だけが頼りとなった。
今から少女達が路地に入るという連絡が、幽霊男から仲間達へと送受心で送られてくる。
そしてその直後、飛行での敵の接近を警戒していた成が、気配に顔を向けた。
1人の翼人が、近付いて来る。
「敵です」
短い成の言葉にエルフィリアが顔を向け、すぐさま棘散舞の種を放つ。確かな手応えがあった。
落ちてゆく翼人を凝視していた成が、「灰音君達より年齢が上のようです」と呟く。
どういう事? と一瞬で巡らせたエルフィリアの脳が、1つの結論を導き出した。
「アタシ達の存在、気付かれたのね」
あれは、自分の姿が把握された事での増員だ。
「では、1人だけではないですね。私の分は、下ですか」
答えた成が路地を覗き込み状況を確認してから、飛び降りた。
つまり。敵も高い場所から標的を見張っていた、という事なのだ。そうなれば、屋上での自分達の行動は、一目瞭然。事前に気付かれるには充分であっただろう。
(我々2人だけの増員であるならば、路地の内側は見えぬ場所――路地内ではない建物の上から、という事になりますか)
エルフィリアも成の後を追いながら、前回の任務の時を思い出していた。
(この前も、アタシ達が聞き込みをしている間に人数分の同じ因子を出してきたわね。夢見の情報? それとも――)
考えながら、前回幽霊男が目撃したというルファ連れ去りの状況も浮かぶ。
隔者達に囲まれていた、と言っていたのだ。
――それとも。いつでもどの因子・術式の駒でも出せるよう用意して見張っている、という事なのかしら?
●
敵増員の情報は、ていさつで確認していた奏空の『送受心・改』で仲間達へと送られる。
そして少女達もまた、異変に気付いたようだった。
「あれ? 何か……」
背後の夜空を仰ぎ見た後藤菜月が呟く。
「――あなたは……」
そして前方に現れた男に花井凜が声を洩らし、退路を塞ぐように背後に立った灰音を松本茜が無言で振り返っていた。
すぐさま接触を奏空が仲間達へと伝え潜んでいた場所から飛び出し、結鹿と椿が続く。
奏空と結鹿が癒雫と少女達との間に割り込み、椿はそのまま少女達を追い越して灰音との間に立った。
背後から迫り灰音を抜けようとする幽霊男と『誰が為に復讐を為す』恩田・縁(CL2001356)の前には、灰音の隣に降りてきた翼人が立ち塞がる。
灰音が放った閂通しを、落下制御で飛び降りてきた成が壁となり受け、ガードする椿が凜を庇い受けていた。
振り返った奏空は、この状況に目の前の癒雫の抑えよりも灰音達への攻撃を優先する。
掲げた双刀が天より雷獣を喚んで灰音と翼人へと落とすが、幽霊男達の背後に立った現の男もまた、波動弾を飛ばしていた。
射線を塞いだ成と庇う椿を貫き、凜を射る。
「まずは、なんとしてでも前の2人を抜けねばの」
少女達の避難を担当する幽霊男の呟きには、縁が頷く。
結鹿が霧を発生させ敵達の身体能力を下げた直後、縁の発生させた雷雲が前を阻む2人へと落とされた。
避けた灰音だったが、その隙を突き幽霊男が翼人との間を抜け少女達のガードへと回る。
「大丈夫か?」
幽霊男の声に、蒼褪めた凜が震える手で胸を押さえたまま頷く。だがかなり動揺し、怯えていた。
視線を、少女達から癒雫へと移す。
――これが神父に対する『踏み絵』か。盞花と近い年頃の者を、積極的に害せるのか?
「とりあえずのアタシの相手は、アナタって事になるのかしらね?」
背後からの声に、変化人が振り返る。ビシッ! と両手で鞭を引っ張り鋭く鳴らしたエルフィリアが、口角を上げる。自由落下でギリギリまで翼を広げなかったエルフィリアは、敵達の退路を断つ場所へと降り立っていた。
鞭で絡めて投げ、地面に叩き付けられた変化人がその重圧に顔を顰める。
「これ以上ないってくらい、イジメてあげる♪」
灰音と翼人には奏空が雷獣を落とすが、灰音は己のダメージなど構いもしない。高圧縮した空気で凜を狙い、しかし椿の味方ガードが凜に届くのを阻んでいた。
その間にも続いていた幽霊男の説得に、菜月が震えながらも怒りの籠もる声を出す。
「どうして、こんな事になってるの? あの人達が狙ってるの、まるで……」
途切れた菜月の言葉に、更に凜が怯えた。
「なんで私を……」
「菜月が、能力を持ったから。――菜月が覚者だから、私達がこんな目に合うんじゃ……」
続け言った茜に「なんですって?」と菜月が目を剝いて聞き返し、「だって」と茜が反論する。
「菜月と同じように翼を持った人達が多いじゃないッ!」
「だからって私、関係ないわ!」
菜月の怒りが、茜が凜に植え付けようとしているかのような不信感が、彼女達を更に危険な状況へと追い込んでしまいそうだった。
「いいから、今は逃げるんじゃ。巻き込まれれば――死ぬぞ」
幽霊男の言葉に少女達は黙り込み、「兎に角」と幽霊男は少女達の背中を押す。
敵の多い入口側は避け、出口側の癒雫の脇を抜ける事にした。
ルファを信じている凜は震えてはいるが抵抗なく、ふらつく足を踏み出す。
「待て! 逃がすな、癒雫!」
叫んだ灰音に縁が飛燕で続けざまの攻撃を喰らわせ、結鹿が癒雫へと蒼龍で素早き突きを繰り出す。
「盞花さんのような悲しみを再び作ることは許しません」
刃を男の腹部に沈めたまま睨むように見上げた結鹿を、見開く瞳が見返した。
「抜けられるぞ!」
「くそッ!」
癒雫の脇を駆け抜ける4人に翼人と変化人が棘一閃とB.O.T.を放つが、成と椿に射線を塞がれ、幽霊男に護られ逃げる凜までは、届かない。
無言のまま癒雫が癒しの滴で灰音を回復し、歯を食い縛った灰音が少女達を追いかけようとする。
それをブロックした成へと、「どけッ!」と灰音が必死の形相で叫ぶ。鋭い拳が成を貫通するが、その背後、攻撃の届く範囲に少女達の姿はすでになかった。
エルフィリアの放つ種が急成長し変化人の自由を奪う。灰音と翼人を、続き奏空の雷獣が襲っていた。
そうして椿が降らせる癒しの雨が、仲間達を優しく回復してゆく。
縁の召雷に膝を折った翼人に、初めて癒雫が口を開いた。
「撤退なさい」
2人だけではなく灰音も驚きに目を瞠る。構わずに、癒雫が続けた。
「倒され捕まり、あなた達2人で聖羅と灰音の足を引っ張りますか? 灰音、彼等が捕まる事で、聖羅が何をするか判りませんよ」
――私達は、失敗したのですから。
ギリッと歯を食い縛った男達が、癒雫を睨む。それでも灰音が「逃げろ」とエルフィリアを生成した荒波で飲み込むと、2人は空と地から彼女を抜け、姿を消した。
●
「これでやっと、手が届くわ」
灰音の胸倉を掴むようにして、エルフィリアが圧投を喰らわせる。
捕縛が目的だけど、と心の中で呟き声へと出した。
「抵抗できないように叩きのめす分には、良いでしょ」
この状況では、飛行し逃げる可能性もある。
少しの動きも見逃さぬよう、エルフィリアは灰音から目を離さずにいた。
「あなたたちは何度悲しみを生み出せば気が済むんですか? 人の悲しみを生み出すのがそんなに楽しいんですか? だとすれば、あなたたちは間違ってます。わたしはそれを正さなければいけないです」
背後にいる灰音にも顔を向け言った結鹿は、視線を癒雫へと戻す。
「司祭様、第2の盞花さんを作るつもりですか? それで満足なんですか? でしたら許すわけにはいかないです」
真っ直ぐな瞳で見つめる結鹿に、男は深い緑色の瞳を返した。
「私が、そうすると思われましたか? 大月さんと同じ年頃の少女を、この手にかけると――」
怒りを宿したのでも、責めるでもない。言葉と共に、結鹿をただ見つめる。
そうして奏空が、送受心・改でルファの本心を聞き出そうとしていた。
(「俺も……皆も貴方の事信じてます。何があったのか教えてください!」)
暫くの沈黙の後、返ってきたのは疑問の言葉であった。
(「信じてる? 皆が……ですか?」)
男の声は静かで、穏やかで、そして僅かにだけ哀しそうだと奏空は感じる。
1人1人を見回したルファに、縁が口を開いた。
「ふむ……貴方の行動、確かに疑われてもしょうがありませんね」
視線を止めた男と目が合うと、笑みを浮かべて縁は送受心で語りかける。
(「私は信じてます、貴方の『大月盞花の為の復讐心』――貴方は復讐者として……わざとそちら側に着いた……。復讐相手を知る為、そしてその悪意から罪なき者達を救う為にね。……亡き盞花さんに誓い、例えどう疑われても私だけは信じ味方しましょう……貴方の復讐を」)
――故にお互い協力しましょう……貴方の復讐を果たすその時まで。
縁を見返したまま、ルファは静かに首を振る。
(「私にとって大切なのは、己の怒りや復讐心などではなく、大月さんの『望む事』なのです。あなたになら、解るかもしれませんね。何度も彼女の言葉を伝えて下さった、あなたになら。――私の耳にはね、疑いようもない彼女の『声』が聞こえている。私はそれを叶える為だけに、こうしています。失望させてしまったのなら、すみません」)
探るように見た縁の背後から、男が口を開いた。
「任務には失敗した。あいつら2人は逃がした。それで――どうするんだ?」
灰音からすれば、無言で立っているようにしか見えない癒雫へと問うた。
「あなたは、この方達に捕まりなさい。そして、助けを求めなさい」
「ふざっ……」
けるなーッ! と。灰音の絶叫が路地に響いた。
灰音の水龍が、ルファを襲う。飛行しようとした灰音の腕を同じく翼を広げたエルフィリアが掴み、成がすぐさま波動弾を飛ばした。
貫かれた腹部を押さえ降りた灰音は前へと出ぬよう成の仕込み杖に阻まれる。戻って来た幽霊男が、苦痛に膝を付く灰音の前に屈んだ。
「ヌシ、妹いるか?」
顔を覗き込み低く問うた声に、灰音が目を剝く。
「喋ったのか!」
全ての怒りを癒雫へと向けた灰音に、「違うわ」と椿が伝えた。
「夢見から聞いたの。貴方は妹さんの為に行動しているのよね。このまま利用され続けて妹さんの無事は本当に守れるの? 私たちが貴方の力になる。私たちに負けたふりをして。――大丈夫。貴方の妹さんに不思議な力があるのなら、貴方が例え失敗してもすぐには殺されないわ」
「何故、言いきれる! 早く助けなければ、永久が――」
不安と怒りで撃ち出されたエアブリットは椿を撃ち、縁が前へと立ちはだかった。
「貴方が今こうして戦っているのは……妹さんの為でしょう。このまま従っても妹さんを真の意味で助ける事は出来ないですよ。……どうです? 我々と一緒に妹さんを助けませんか? 貴方の本心を教えて下さい」
「必ず助け出す。だからお願い。私たちを信じて」
縁と椿の言葉に、「信じていいのか」と灰音の瞳が揺れる。
「助けてくれ……妹を」
言葉を落とし、灰音の力が抜ける。
「敵が見張ってるかもしれない。少し痛いけど、ガマンね」
灰音の背後から囁いたエルフィリアが、間近より、高圧縮空気を灰音へと打ち込んだ。
●
「君達の組織には『夢見』がいる。それが宮下永久君では無いですか?」
――最初の事件や今回のように『測ったような』タイミングで事を起こすには、未来予知やそれに準ずるものが無ければ難しい。
そう考える成は、灰音と癒雫に導き出した推論を向けていた。
「事件の成立する諸条件が、現場にキャストが欠けること無く揃っている『運』に左右されている。となれば、夢見という推測が成り立つのはごく自然ですから」
「俺も夢見がいると思っています。それが灰音さんの妹であるとも。いくら夢見でも、心までは見えないだろうし」
続いた奏空の言葉に頷いて、「じゃが今回は」と幽霊男が首をひねる。
「何となく夢見の夢に違和感があったの。灰音の感情の動きに。主観の違いが何なのか――」
そもそも、と思った。
何故、これまでも忠実に従っていた灰音の記憶を消す必要があったのか。被害者の殺害だけであるなら、その必要はなかったのではないかと思う。翼人の水行というだけなら、灰音の他にも居るのではないかと思えた。
「妹の『能力』が鍵か。記憶や感情をいじるのか……」
すみませんが、と癒雫が言う。
「今はまだ、彼女については私も知らぬ事が多いのです」
「……人質と獅子身中の虫。組織の長には人望が無いとお見受けします」
成の呟きにはしかし、「いいえ」と癒雫が首を振った。
「灰音や以前捕まった者達の記憶は、聖羅に人望があるが故、ですよ」
瞼を伏せ言って、立ち去ろうとするルファの腕を、椿が掴む。
「私は貴方を信じてる」
何か危険な事をしようとしているのではないか、そう案じる椿は、その言葉だけを小さく伝える。
「……花井さん達を癒してあげて下さい。灰音を、頼みます」
私を信じて下さった方は有難うございます。
そう微笑し、男は通路へと消えた。
「……記憶が消えた灰音は兎も角、通路に隠れていたルファは、路地を歩く菊坂さんがFiVEだと知っていた。それを仲間に知らせていない事が、彼の心を表しているのじゃないかしら……」
呟いた椿は、ショックのあまり口を開かぬ灰音を振り返る。
「永久さんを、助けましょう」
彼を元気付けるように言った結鹿の言葉に、頷いた。
「なぜ、今回の件を知っていたの?」
友人2人から離れた場所で、奏空は茜へと問いかける。
「……知らないわ! 私じゃなく、菜月に聞いてみれば?」
まだ若い少女は、前回の前田よりも判りやすく動揺を見せた。縁が、嘘をついても『超直観』で見抜ける事を茜に伝える。
「お友達には貴女が裏切り者である事は伏せます。『口封じ』に殺される可能性もありますので保護もします」
前田の時の事を話せば、茜はすぐに口を割った。
片想いしている彼が、菜月に翼が生えた途端彼女を気にかけ出した事。
まるで天使みたいだなと彼が友人達と話しているのを聞いた事。
「それまでは、全然目立たない子だったのに! 消えてくれたらいいって思ってた。そしたら緋い瞳の、若い男の人が現れたの――」
顔を両手で覆い泣き出した茜に、縁と奏空は顔を見合わせる。
「全ての元凶は……聖羅にあるようですね」
再び飛行で屋上へと上がったエルフィリアは、周りを見渡し聖羅が見張っていたと思えるビルを見上げた。
だが。もうその姿はない。
「妹さんを人質にお兄さんをこき使う。……しかも記憶に手を加えるとか黒幕さん、やる事が酷いわね~。俄然、会ってイジメたくなってきたわ」
待ってなさい、と鞭を握る手には、強く力が込められていた。
『変装の達人』を用いる深緋・幽霊男(CL2001229)は、仕事帰りのOLに扮して花井凜達3人を追跡する。
電車内、同じ車両へと乗り込ん幽霊男だったが、何度も視線を送る事はせずに、朔太郎のかぎわけるで彼女達の匂いを確認していた。
(キリスト教への執着か? ……翼人に対する執着も、その延長かの。過去に失敗したが、翼人の周囲の一般人殺害と翼人の破綻化を狙う。現状、手駒というでもなし。何ぞ儀式的なモンなのか)
敵の狙いが解らぬ以上、そういった推論も浮かんでくる。
電車を降りてからは隔者達に察知されぬよう、少女達を見失ってしまわぬ程度に距離をあけ、暗き街並みを追跡した。
――悲劇再びなんてさせるわけにはいきません。
『中学生』菊坂 結鹿(CL2000432)は、通りがかった学生のフリで襲撃があるだろう路地を歩く。
(お姉さん達の未来を奪うような企みを何度もするような、そんな組織は許すわけにはいきません。そのためにもなんとか証拠にもなるものをつかまなくちゃいけません)
それには灰音も司祭も捕まえなくては、と思う。
(ききたいことは、山ほどあるんですから)
少女達3人が路地へと差し掛かるだろうのとは反対側。路地の出口近くでは、『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)と三島 椿(CL2000061)がダストボックスと電柱の陰に隠れ、待ち伏せる。
――今回犯行を及ぶ灰音は、癒雫共々翼の因子。
そして、狙われている花井さんの友人である覚者もまた、翼。
(聖羅は翼の因子を破綻させて……そんな覚者を集めているのかな)
奏空もまた、彼らが翼の因子である事に意味があるのかと、それが狙いなのではないかと考えていた。
(ビショップは僧正。って事はルファ司祭の事で――ナイトは灰音って事か。さしずめ緋色の羊……聖羅の手駒って事かな)
思考を巡らせながら見える範囲の路地の様子を暗視で覗い、ライライさんを夜空へとていさつに飛ばした。
「背景を切り離せば、隔者の起こす事件を防止するだけの、良くある仕事です」
そう呟く『教授』新田・成(CL2000538)は、路地の両側に幾つか建つビルの1つ、その屋上に身を潜めながら待機する。
空からの襲撃を警戒しながら暗視を使い、通路にて待ち伏せているだろう隔者を捜していった。
エルフィリア・ハイランド(CL2000613)もまた、屋上にて待機する。襲撃されるだろう路地は特定されていた。が、脇通路がいくつかある路地の中、どの通路とどの通路の間で襲撃されるのかは、特定出来ていない。そして所々に通路があるという事は、それだけの建物がある、という事でもあった。
屋上や屋根の上を飛行し、渡っていく。
だが暗視をセットしていないエルフィリアの目では、屋上から見下ろしても相手が闇に紛れ潜んでいるのなら、発見出来ない。
成が屋上から別の屋上へと渡るのを手伝う。通路に出来る闇中の敵を捜すのは、成の暗視だけが頼りとなった。
今から少女達が路地に入るという連絡が、幽霊男から仲間達へと送受心で送られてくる。
そしてその直後、飛行での敵の接近を警戒していた成が、気配に顔を向けた。
1人の翼人が、近付いて来る。
「敵です」
短い成の言葉にエルフィリアが顔を向け、すぐさま棘散舞の種を放つ。確かな手応えがあった。
落ちてゆく翼人を凝視していた成が、「灰音君達より年齢が上のようです」と呟く。
どういう事? と一瞬で巡らせたエルフィリアの脳が、1つの結論を導き出した。
「アタシ達の存在、気付かれたのね」
あれは、自分の姿が把握された事での増員だ。
「では、1人だけではないですね。私の分は、下ですか」
答えた成が路地を覗き込み状況を確認してから、飛び降りた。
つまり。敵も高い場所から標的を見張っていた、という事なのだ。そうなれば、屋上での自分達の行動は、一目瞭然。事前に気付かれるには充分であっただろう。
(我々2人だけの増員であるならば、路地の内側は見えぬ場所――路地内ではない建物の上から、という事になりますか)
エルフィリアも成の後を追いながら、前回の任務の時を思い出していた。
(この前も、アタシ達が聞き込みをしている間に人数分の同じ因子を出してきたわね。夢見の情報? それとも――)
考えながら、前回幽霊男が目撃したというルファ連れ去りの状況も浮かぶ。
隔者達に囲まれていた、と言っていたのだ。
――それとも。いつでもどの因子・術式の駒でも出せるよう用意して見張っている、という事なのかしら?
●
敵増員の情報は、ていさつで確認していた奏空の『送受心・改』で仲間達へと送られる。
そして少女達もまた、異変に気付いたようだった。
「あれ? 何か……」
背後の夜空を仰ぎ見た後藤菜月が呟く。
「――あなたは……」
そして前方に現れた男に花井凜が声を洩らし、退路を塞ぐように背後に立った灰音を松本茜が無言で振り返っていた。
すぐさま接触を奏空が仲間達へと伝え潜んでいた場所から飛び出し、結鹿と椿が続く。
奏空と結鹿が癒雫と少女達との間に割り込み、椿はそのまま少女達を追い越して灰音との間に立った。
背後から迫り灰音を抜けようとする幽霊男と『誰が為に復讐を為す』恩田・縁(CL2001356)の前には、灰音の隣に降りてきた翼人が立ち塞がる。
灰音が放った閂通しを、落下制御で飛び降りてきた成が壁となり受け、ガードする椿が凜を庇い受けていた。
振り返った奏空は、この状況に目の前の癒雫の抑えよりも灰音達への攻撃を優先する。
掲げた双刀が天より雷獣を喚んで灰音と翼人へと落とすが、幽霊男達の背後に立った現の男もまた、波動弾を飛ばしていた。
射線を塞いだ成と庇う椿を貫き、凜を射る。
「まずは、なんとしてでも前の2人を抜けねばの」
少女達の避難を担当する幽霊男の呟きには、縁が頷く。
結鹿が霧を発生させ敵達の身体能力を下げた直後、縁の発生させた雷雲が前を阻む2人へと落とされた。
避けた灰音だったが、その隙を突き幽霊男が翼人との間を抜け少女達のガードへと回る。
「大丈夫か?」
幽霊男の声に、蒼褪めた凜が震える手で胸を押さえたまま頷く。だがかなり動揺し、怯えていた。
視線を、少女達から癒雫へと移す。
――これが神父に対する『踏み絵』か。盞花と近い年頃の者を、積極的に害せるのか?
「とりあえずのアタシの相手は、アナタって事になるのかしらね?」
背後からの声に、変化人が振り返る。ビシッ! と両手で鞭を引っ張り鋭く鳴らしたエルフィリアが、口角を上げる。自由落下でギリギリまで翼を広げなかったエルフィリアは、敵達の退路を断つ場所へと降り立っていた。
鞭で絡めて投げ、地面に叩き付けられた変化人がその重圧に顔を顰める。
「これ以上ないってくらい、イジメてあげる♪」
灰音と翼人には奏空が雷獣を落とすが、灰音は己のダメージなど構いもしない。高圧縮した空気で凜を狙い、しかし椿の味方ガードが凜に届くのを阻んでいた。
その間にも続いていた幽霊男の説得に、菜月が震えながらも怒りの籠もる声を出す。
「どうして、こんな事になってるの? あの人達が狙ってるの、まるで……」
途切れた菜月の言葉に、更に凜が怯えた。
「なんで私を……」
「菜月が、能力を持ったから。――菜月が覚者だから、私達がこんな目に合うんじゃ……」
続け言った茜に「なんですって?」と菜月が目を剝いて聞き返し、「だって」と茜が反論する。
「菜月と同じように翼を持った人達が多いじゃないッ!」
「だからって私、関係ないわ!」
菜月の怒りが、茜が凜に植え付けようとしているかのような不信感が、彼女達を更に危険な状況へと追い込んでしまいそうだった。
「いいから、今は逃げるんじゃ。巻き込まれれば――死ぬぞ」
幽霊男の言葉に少女達は黙り込み、「兎に角」と幽霊男は少女達の背中を押す。
敵の多い入口側は避け、出口側の癒雫の脇を抜ける事にした。
ルファを信じている凜は震えてはいるが抵抗なく、ふらつく足を踏み出す。
「待て! 逃がすな、癒雫!」
叫んだ灰音に縁が飛燕で続けざまの攻撃を喰らわせ、結鹿が癒雫へと蒼龍で素早き突きを繰り出す。
「盞花さんのような悲しみを再び作ることは許しません」
刃を男の腹部に沈めたまま睨むように見上げた結鹿を、見開く瞳が見返した。
「抜けられるぞ!」
「くそッ!」
癒雫の脇を駆け抜ける4人に翼人と変化人が棘一閃とB.O.T.を放つが、成と椿に射線を塞がれ、幽霊男に護られ逃げる凜までは、届かない。
無言のまま癒雫が癒しの滴で灰音を回復し、歯を食い縛った灰音が少女達を追いかけようとする。
それをブロックした成へと、「どけッ!」と灰音が必死の形相で叫ぶ。鋭い拳が成を貫通するが、その背後、攻撃の届く範囲に少女達の姿はすでになかった。
エルフィリアの放つ種が急成長し変化人の自由を奪う。灰音と翼人を、続き奏空の雷獣が襲っていた。
そうして椿が降らせる癒しの雨が、仲間達を優しく回復してゆく。
縁の召雷に膝を折った翼人に、初めて癒雫が口を開いた。
「撤退なさい」
2人だけではなく灰音も驚きに目を瞠る。構わずに、癒雫が続けた。
「倒され捕まり、あなた達2人で聖羅と灰音の足を引っ張りますか? 灰音、彼等が捕まる事で、聖羅が何をするか判りませんよ」
――私達は、失敗したのですから。
ギリッと歯を食い縛った男達が、癒雫を睨む。それでも灰音が「逃げろ」とエルフィリアを生成した荒波で飲み込むと、2人は空と地から彼女を抜け、姿を消した。
●
「これでやっと、手が届くわ」
灰音の胸倉を掴むようにして、エルフィリアが圧投を喰らわせる。
捕縛が目的だけど、と心の中で呟き声へと出した。
「抵抗できないように叩きのめす分には、良いでしょ」
この状況では、飛行し逃げる可能性もある。
少しの動きも見逃さぬよう、エルフィリアは灰音から目を離さずにいた。
「あなたたちは何度悲しみを生み出せば気が済むんですか? 人の悲しみを生み出すのがそんなに楽しいんですか? だとすれば、あなたたちは間違ってます。わたしはそれを正さなければいけないです」
背後にいる灰音にも顔を向け言った結鹿は、視線を癒雫へと戻す。
「司祭様、第2の盞花さんを作るつもりですか? それで満足なんですか? でしたら許すわけにはいかないです」
真っ直ぐな瞳で見つめる結鹿に、男は深い緑色の瞳を返した。
「私が、そうすると思われましたか? 大月さんと同じ年頃の少女を、この手にかけると――」
怒りを宿したのでも、責めるでもない。言葉と共に、結鹿をただ見つめる。
そうして奏空が、送受心・改でルファの本心を聞き出そうとしていた。
(「俺も……皆も貴方の事信じてます。何があったのか教えてください!」)
暫くの沈黙の後、返ってきたのは疑問の言葉であった。
(「信じてる? 皆が……ですか?」)
男の声は静かで、穏やかで、そして僅かにだけ哀しそうだと奏空は感じる。
1人1人を見回したルファに、縁が口を開いた。
「ふむ……貴方の行動、確かに疑われてもしょうがありませんね」
視線を止めた男と目が合うと、笑みを浮かべて縁は送受心で語りかける。
(「私は信じてます、貴方の『大月盞花の為の復讐心』――貴方は復讐者として……わざとそちら側に着いた……。復讐相手を知る為、そしてその悪意から罪なき者達を救う為にね。……亡き盞花さんに誓い、例えどう疑われても私だけは信じ味方しましょう……貴方の復讐を」)
――故にお互い協力しましょう……貴方の復讐を果たすその時まで。
縁を見返したまま、ルファは静かに首を振る。
(「私にとって大切なのは、己の怒りや復讐心などではなく、大月さんの『望む事』なのです。あなたになら、解るかもしれませんね。何度も彼女の言葉を伝えて下さった、あなたになら。――私の耳にはね、疑いようもない彼女の『声』が聞こえている。私はそれを叶える為だけに、こうしています。失望させてしまったのなら、すみません」)
探るように見た縁の背後から、男が口を開いた。
「任務には失敗した。あいつら2人は逃がした。それで――どうするんだ?」
灰音からすれば、無言で立っているようにしか見えない癒雫へと問うた。
「あなたは、この方達に捕まりなさい。そして、助けを求めなさい」
「ふざっ……」
けるなーッ! と。灰音の絶叫が路地に響いた。
灰音の水龍が、ルファを襲う。飛行しようとした灰音の腕を同じく翼を広げたエルフィリアが掴み、成がすぐさま波動弾を飛ばした。
貫かれた腹部を押さえ降りた灰音は前へと出ぬよう成の仕込み杖に阻まれる。戻って来た幽霊男が、苦痛に膝を付く灰音の前に屈んだ。
「ヌシ、妹いるか?」
顔を覗き込み低く問うた声に、灰音が目を剝く。
「喋ったのか!」
全ての怒りを癒雫へと向けた灰音に、「違うわ」と椿が伝えた。
「夢見から聞いたの。貴方は妹さんの為に行動しているのよね。このまま利用され続けて妹さんの無事は本当に守れるの? 私たちが貴方の力になる。私たちに負けたふりをして。――大丈夫。貴方の妹さんに不思議な力があるのなら、貴方が例え失敗してもすぐには殺されないわ」
「何故、言いきれる! 早く助けなければ、永久が――」
不安と怒りで撃ち出されたエアブリットは椿を撃ち、縁が前へと立ちはだかった。
「貴方が今こうして戦っているのは……妹さんの為でしょう。このまま従っても妹さんを真の意味で助ける事は出来ないですよ。……どうです? 我々と一緒に妹さんを助けませんか? 貴方の本心を教えて下さい」
「必ず助け出す。だからお願い。私たちを信じて」
縁と椿の言葉に、「信じていいのか」と灰音の瞳が揺れる。
「助けてくれ……妹を」
言葉を落とし、灰音の力が抜ける。
「敵が見張ってるかもしれない。少し痛いけど、ガマンね」
灰音の背後から囁いたエルフィリアが、間近より、高圧縮空気を灰音へと打ち込んだ。
●
「君達の組織には『夢見』がいる。それが宮下永久君では無いですか?」
――最初の事件や今回のように『測ったような』タイミングで事を起こすには、未来予知やそれに準ずるものが無ければ難しい。
そう考える成は、灰音と癒雫に導き出した推論を向けていた。
「事件の成立する諸条件が、現場にキャストが欠けること無く揃っている『運』に左右されている。となれば、夢見という推測が成り立つのはごく自然ですから」
「俺も夢見がいると思っています。それが灰音さんの妹であるとも。いくら夢見でも、心までは見えないだろうし」
続いた奏空の言葉に頷いて、「じゃが今回は」と幽霊男が首をひねる。
「何となく夢見の夢に違和感があったの。灰音の感情の動きに。主観の違いが何なのか――」
そもそも、と思った。
何故、これまでも忠実に従っていた灰音の記憶を消す必要があったのか。被害者の殺害だけであるなら、その必要はなかったのではないかと思う。翼人の水行というだけなら、灰音の他にも居るのではないかと思えた。
「妹の『能力』が鍵か。記憶や感情をいじるのか……」
すみませんが、と癒雫が言う。
「今はまだ、彼女については私も知らぬ事が多いのです」
「……人質と獅子身中の虫。組織の長には人望が無いとお見受けします」
成の呟きにはしかし、「いいえ」と癒雫が首を振った。
「灰音や以前捕まった者達の記憶は、聖羅に人望があるが故、ですよ」
瞼を伏せ言って、立ち去ろうとするルファの腕を、椿が掴む。
「私は貴方を信じてる」
何か危険な事をしようとしているのではないか、そう案じる椿は、その言葉だけを小さく伝える。
「……花井さん達を癒してあげて下さい。灰音を、頼みます」
私を信じて下さった方は有難うございます。
そう微笑し、男は通路へと消えた。
「……記憶が消えた灰音は兎も角、通路に隠れていたルファは、路地を歩く菊坂さんがFiVEだと知っていた。それを仲間に知らせていない事が、彼の心を表しているのじゃないかしら……」
呟いた椿は、ショックのあまり口を開かぬ灰音を振り返る。
「永久さんを、助けましょう」
彼を元気付けるように言った結鹿の言葉に、頷いた。
「なぜ、今回の件を知っていたの?」
友人2人から離れた場所で、奏空は茜へと問いかける。
「……知らないわ! 私じゃなく、菜月に聞いてみれば?」
まだ若い少女は、前回の前田よりも判りやすく動揺を見せた。縁が、嘘をついても『超直観』で見抜ける事を茜に伝える。
「お友達には貴女が裏切り者である事は伏せます。『口封じ』に殺される可能性もありますので保護もします」
前田の時の事を話せば、茜はすぐに口を割った。
片想いしている彼が、菜月に翼が生えた途端彼女を気にかけ出した事。
まるで天使みたいだなと彼が友人達と話しているのを聞いた事。
「それまでは、全然目立たない子だったのに! 消えてくれたらいいって思ってた。そしたら緋い瞳の、若い男の人が現れたの――」
顔を両手で覆い泣き出した茜に、縁と奏空は顔を見合わせる。
「全ての元凶は……聖羅にあるようですね」
再び飛行で屋上へと上がったエルフィリアは、周りを見渡し聖羅が見張っていたと思えるビルを見上げた。
だが。もうその姿はない。
「妹さんを人質にお兄さんをこき使う。……しかも記憶に手を加えるとか黒幕さん、やる事が酷いわね~。俄然、会ってイジメたくなってきたわ」
待ってなさい、と鞭を握る手には、強く力が込められていた。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
