純白の五月
●
――ユルサヌ、人間ドモメ――
東小路財前より、私兵の身。
ただ、孤児院の子供を守って貰いたいとの事で、頭を縦に振ったのは良いとして。
――ユルサヌ、我ガ居場所ヲ――
……この状況は一体。
―――ユルサヌ―――
雪崩れ込んできたのは、大小様々な妖怪で、一瞬にして朗らかな孤児院は戦場へと陥った。
私たちだけでは、対処しきれない。
本部に繋がる回線にSOSを放ってみても、返ってきたのは言い争いだ。
『高い金を払っているんだ! まだ対処できないのか』
『お、俺はこんな、責任は負わんぞ!! こういうときはそっちの部署で解決すべきだ!』
『こちらもこんな予想はできなかった。そういう時の為の対策部署だろう』
『妖怪に一般人の兵は送れん。化け物は化け物同士で――』
雇われただけの覚者は、苦い顔をした。
回線を切り、その場にへたり込む。何をどこで間違えたか知れず。問うにも、答えは返ってこない。
誰でもいいから、なんでもいいから、助けて。
その言葉さえ発せず。切ったはずの回線から、ふと耳にした言葉があった。
『面白くなってきた』
子供の声が聞こえたとき、覚者は背後より忍び寄った古妖の餌食へと――。
赤黒い花は咲いていく。その度に、遠くで笑い声が響いた。
●
「東小路財前から――」
中・恭介はそう言ったものの、その表情は曇っていた。
東小路財前とは、とある企業の重鎮である。
妻子持ちで、小太り。
芸能界、政界、企業、あらゆる分野でその名を轟かせるカリスマ的存在。
一方、妖怪などの被害を受けた一般人を救済する事業をも行う、所謂、弱者の英雄的存在である。
それはあくまで、表の世界。
裏の世界から彼を見れば、財前の地位の裏には多くの血と涙が流れているという。
過ぎた一月。
あらゆるものを持っている財前だが、彼も人の子並みに妖怪や能力者を恐れていた。
自身の身の安泰の為に七星剣を手に入れようとし、逢魔ヶ時紫雨の逆鱗に触れた。
発生した『漆黒の一月事件』は多くの一般人を巻き込み、最終的にはFiVEが間に入り事件は終息を迎えた。
だが財前の思惑は終わった訳では無い。
七星剣の次は、FiVEへと手を出してきたのだ。
「――ボイスメッセージで依頼が入った。
簡潔に言えば、所有している山に古妖が出て困っている。
山には孤児院がある。私兵が孤児院を守っているが、それだけでは不安だ。
君らFiVEの噂は聞いた。
実力を試す意味も込めて、放っては置けない孤児院を古妖から助けてくれ。
とまあ、……だが少しおかしい。
この山は元々、古妖が住まう山でな。山の持ち主も売りに出すことも無かった。
だが、何故買ったと……?
俺も調べてみたんだが、山の持ち主が行方不明だ。
現時点では、依頼を丸のみにするのは、考え物だな。
あの財前であれば、ウラがあるはず。
だが俺たちは名前を公開した組織。表舞台の英雄である財前と事を起こす訳にはいかない。
……俺たちがやるべき事は、世間的に英雄である財前の命令に背かない範囲で、盛大に抗うことだ。
まずは山へ行って、事情を調べてきてくれないか?」
●
空は、茜に染まる頃。
横転し、煙立つ護送車はひしゃげ。
周囲は檻の如く囲み逃がさぬと、炎々と燃える景色が闇という闇を駆逐していた。
護送車から這い上がるように出てきたのは、FiVEと呼ばれる組織の覚者たちだ。
依頼遂行の為、現場へ走行中。進行の妨害を受けた。
FiVE覚者であるからこそ、『炎色の景色』は見覚えがあった事だろう。
あの日は、五麟が燃えていた。
それを起こした能力者というのは、こんな姿では無かっただろうか。
「……帰って」
申し訳無さそうな表情をしたのは『暁』と呼ばれた少年だ。
彼は七星剣幹部の一人と共存する、もう一つの人格。つまり身体は、ビルを素手でかち割ったり、本部を刀二本で襲撃してきたものと同一。
だが、彼は紫雨程好戦的な性格はしていない。
むしろ戦う事を忌避する性格だ。
なのに、何故――。
「あと数分で、古妖が孤児院を襲撃する。結果は玉砕。
『神無木蝶花』ていう夢見が、言ってた。
古妖は、ここの地脈の上でしか生きていけない子達。名実ともに百鬼夜行。数は百、古妖としては弱い部類だけど、数で質を凌駕してる。
孤児院を守る覚者も事情を知らない子羊だ。
誰も悪くない。
居場所の為に戦うだけ」
暁は虚空より、刀を抜いた。
刃部が鋸のようにぎざぎざを描き、刃側面には赤黒い瞳が蠢く。
明らかに、まともな武器では無いものを、覚者たちへと向けたのだ。
意識が飛びかけている護送車の運転手が、運転席より這い出しながら、その瞳を丸くさせた。
「あ、あの刀は……『雷切』か!!
かの武将は、四肢を不随に陥らせながらも戦を駆け回ったという。使えば使う程、リスクが伴う呪具だ」
以上、解説でした。
暁は、苦笑いを見せる頬に血が流れた。既に、護送車を止める一撃により、反動を食らったと見える。
「紫雨でも使わない呪具なんだけど……。
……孤児院の、監視カメラの数は数百。バッテリー式で、主電源を落としただけじゃ、監視カメラは阻止できない。
あれは、『監視』の為のカメラじゃない。
『観戦』の為のカメラだ。
財前だけが関わっているなら、僕はこうして君たちのところには来ない。
君たちは行くべきじゃない。行くなら、古妖と孤児院側の衝突が終わり、『観戦』が終わってから行くんだ。
だから古妖と人間の衝突が終わるまで、ここは通さない。
暇つぶしと、娯楽に付き合ったら駄目だ。
行ったら、次、君たちが駒になる、標的になる。
そうしたら、君たちのところにいる氷雨が、また危険な目に合うじゃないか。
今更だけど、兄として、生きたいという妹の願いくらいは叶えたい。
事情が分からないなら、わからないままでいて欲しい。
イレブンの、幹部なんかの娯楽に付き合う必要は無い――!!」
――ユルサヌ、人間ドモメ――
東小路財前より、私兵の身。
ただ、孤児院の子供を守って貰いたいとの事で、頭を縦に振ったのは良いとして。
――ユルサヌ、我ガ居場所ヲ――
……この状況は一体。
―――ユルサヌ―――
雪崩れ込んできたのは、大小様々な妖怪で、一瞬にして朗らかな孤児院は戦場へと陥った。
私たちだけでは、対処しきれない。
本部に繋がる回線にSOSを放ってみても、返ってきたのは言い争いだ。
『高い金を払っているんだ! まだ対処できないのか』
『お、俺はこんな、責任は負わんぞ!! こういうときはそっちの部署で解決すべきだ!』
『こちらもこんな予想はできなかった。そういう時の為の対策部署だろう』
『妖怪に一般人の兵は送れん。化け物は化け物同士で――』
雇われただけの覚者は、苦い顔をした。
回線を切り、その場にへたり込む。何をどこで間違えたか知れず。問うにも、答えは返ってこない。
誰でもいいから、なんでもいいから、助けて。
その言葉さえ発せず。切ったはずの回線から、ふと耳にした言葉があった。
『面白くなってきた』
子供の声が聞こえたとき、覚者は背後より忍び寄った古妖の餌食へと――。
赤黒い花は咲いていく。その度に、遠くで笑い声が響いた。
●
「東小路財前から――」
中・恭介はそう言ったものの、その表情は曇っていた。
東小路財前とは、とある企業の重鎮である。
妻子持ちで、小太り。
芸能界、政界、企業、あらゆる分野でその名を轟かせるカリスマ的存在。
一方、妖怪などの被害を受けた一般人を救済する事業をも行う、所謂、弱者の英雄的存在である。
それはあくまで、表の世界。
裏の世界から彼を見れば、財前の地位の裏には多くの血と涙が流れているという。
過ぎた一月。
あらゆるものを持っている財前だが、彼も人の子並みに妖怪や能力者を恐れていた。
自身の身の安泰の為に七星剣を手に入れようとし、逢魔ヶ時紫雨の逆鱗に触れた。
発生した『漆黒の一月事件』は多くの一般人を巻き込み、最終的にはFiVEが間に入り事件は終息を迎えた。
だが財前の思惑は終わった訳では無い。
七星剣の次は、FiVEへと手を出してきたのだ。
「――ボイスメッセージで依頼が入った。
簡潔に言えば、所有している山に古妖が出て困っている。
山には孤児院がある。私兵が孤児院を守っているが、それだけでは不安だ。
君らFiVEの噂は聞いた。
実力を試す意味も込めて、放っては置けない孤児院を古妖から助けてくれ。
とまあ、……だが少しおかしい。
この山は元々、古妖が住まう山でな。山の持ち主も売りに出すことも無かった。
だが、何故買ったと……?
俺も調べてみたんだが、山の持ち主が行方不明だ。
現時点では、依頼を丸のみにするのは、考え物だな。
あの財前であれば、ウラがあるはず。
だが俺たちは名前を公開した組織。表舞台の英雄である財前と事を起こす訳にはいかない。
……俺たちがやるべき事は、世間的に英雄である財前の命令に背かない範囲で、盛大に抗うことだ。
まずは山へ行って、事情を調べてきてくれないか?」
●
空は、茜に染まる頃。
横転し、煙立つ護送車はひしゃげ。
周囲は檻の如く囲み逃がさぬと、炎々と燃える景色が闇という闇を駆逐していた。
護送車から這い上がるように出てきたのは、FiVEと呼ばれる組織の覚者たちだ。
依頼遂行の為、現場へ走行中。進行の妨害を受けた。
FiVE覚者であるからこそ、『炎色の景色』は見覚えがあった事だろう。
あの日は、五麟が燃えていた。
それを起こした能力者というのは、こんな姿では無かっただろうか。
「……帰って」
申し訳無さそうな表情をしたのは『暁』と呼ばれた少年だ。
彼は七星剣幹部の一人と共存する、もう一つの人格。つまり身体は、ビルを素手でかち割ったり、本部を刀二本で襲撃してきたものと同一。
だが、彼は紫雨程好戦的な性格はしていない。
むしろ戦う事を忌避する性格だ。
なのに、何故――。
「あと数分で、古妖が孤児院を襲撃する。結果は玉砕。
『神無木蝶花』ていう夢見が、言ってた。
古妖は、ここの地脈の上でしか生きていけない子達。名実ともに百鬼夜行。数は百、古妖としては弱い部類だけど、数で質を凌駕してる。
孤児院を守る覚者も事情を知らない子羊だ。
誰も悪くない。
居場所の為に戦うだけ」
暁は虚空より、刀を抜いた。
刃部が鋸のようにぎざぎざを描き、刃側面には赤黒い瞳が蠢く。
明らかに、まともな武器では無いものを、覚者たちへと向けたのだ。
意識が飛びかけている護送車の運転手が、運転席より這い出しながら、その瞳を丸くさせた。
「あ、あの刀は……『雷切』か!!
かの武将は、四肢を不随に陥らせながらも戦を駆け回ったという。使えば使う程、リスクが伴う呪具だ」
以上、解説でした。
暁は、苦笑いを見せる頬に血が流れた。既に、護送車を止める一撃により、反動を食らったと見える。
「紫雨でも使わない呪具なんだけど……。
……孤児院の、監視カメラの数は数百。バッテリー式で、主電源を落としただけじゃ、監視カメラは阻止できない。
あれは、『監視』の為のカメラじゃない。
『観戦』の為のカメラだ。
財前だけが関わっているなら、僕はこうして君たちのところには来ない。
君たちは行くべきじゃない。行くなら、古妖と孤児院側の衝突が終わり、『観戦』が終わってから行くんだ。
だから古妖と人間の衝突が終わるまで、ここは通さない。
暇つぶしと、娯楽に付き合ったら駄目だ。
行ったら、次、君たちが駒になる、標的になる。
そうしたら、君たちのところにいる氷雨が、また危険な目に合うじゃないか。
今更だけど、兄として、生きたいという妹の願いくらいは叶えたい。
事情が分からないなら、わからないままでいて欲しい。
イレブンの、幹部なんかの娯楽に付き合う必要は無い――!!」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.山(孤児院込)の調査を行い、情報を持ち帰る
2.FiVE覚者の戦闘不能者を7人以上にしない
3.孤児院の子供への被害を抑える
2.FiVE覚者の戦闘不能者を7人以上にしない
3.孤児院の子供への被害を抑える
やる事多いEXなので、OP見て下さるだけでも感謝の嵐
●状況
・東小路財前からボイスメッセージでFiVE宛てに依頼が入った
財前が所有する山には孤児院が建設されている、既に孤児が暮らしている
そこによく古妖が襲いに来るようだ
財前の私兵だけでは古妖をどうにかすることができず、FiVEにそれを依頼してきた
孤児を守ってほしいと
……だが、本来の山の所有者は行方不明。財前が山の所有者である証拠も無い
古妖が住まう山であったはずが、いつの前にか開拓が施されている
怪しい点が満載なので調査して欲しい
が、『暁』が妨害に入り、FiVE覚者の足止めに来た
戦嫌いな彼が何故?
彼が言うに、数分後には古妖と孤児院側が衝突し玉砕するという
それが終わるまで介入するなと忠告してきた
●補足
・古妖の襲撃は、暁とFiVEがぶつかった数分後
暁を速攻で無力化すれば、古妖が孤児院へ入り込む前に、古妖か孤児院側に接触可能です
目安として、15ターン以内に暁を倒すか説得終わらせるのがベスト
●隔者
・『暁』小垣斗真
隔者、基本自堕落、無関心、よく泣く、よく騒ぐ、痛いの嫌い、戦うの嫌い、紫雨怖い、寝てたい
記憶共有の二重人格。もう一人は逢魔ヶ時紫雨
獣憑×火行
武器は斬馬刀。速度特化、速度を威力に変える体術取得
その他神具二種、眼鏡(正体不明)とピアス(影法師)
体術スキル 轟龍壱式・激鱗 物近単 威力は物攻+(速度1/2)BS致命流血
地烈、飛燕、念弾
技能スキル 龍心
以下の呪具を所有
・雷切
反動大、反動に見合う威力有。その他リスク有
・古妖:鬼火
周囲を囲む炎の檻を作り出す要因。上空40mの位置にいます。倒すと囲いが消えます
●百鬼夜行
・暁曰く、数は百
大小様々な魑魅魍魎であり、一部の龍脈に適応し、寄生し、糧にして生きている為、そこでしか生きていけない古妖たちです
つまり、彼等が生きていくには孤児院の場所を奪わねばなりません、その余命も近づいている為、戦争を起こしたことでしょう
言語は通じますが、荒れ狂ってると思います
孤児院、真正面(電気フェンスが無い正門)より侵入してきます。時間がたち過ぎていると孤児院内でバラけています
●財前私兵
・東小路財前に雇われた覚者の兵です。数は20
<漆黒の一月>のような、ヒャッハー系では無く、話せば通じ合える普通の一般人な覚者です
彼等も彼等で生活や事情があるため、私兵をやっていることでしょう
強さはFiVE覚者の平均レベルより下
感電フェンス内、孤児院周辺をうろうろしています。時間がたち過ぎていると孤児院内でバラけています
●孤児院の子供
・下は3歳から上は14歳までの少年少女
中には発現している子もいれば、していない子もいます
数は不明、そこらへんは私兵のほうが理解していると予想されます
孤児院の中にいます。たち過ぎていると孤児院内でバラけています
●場所
・山の中:足場ともにペナルティ無し
周囲を炎が囲っています。特攻するとかなり痛い目をみます
ただひとつ、飛んでしまえば抜けられます
↓
・孤児院:ペナルティ無し
周囲を電気フェンスで囲まれた施設です。広々とした土地の中央に学校のような孤児院があります
死角がほぼ無い形で監視カメラが設置され、暁曰く、観戦されているとのこと
それではご縁がありましたら、よろしくお願いします
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
150LP[+予約50LP]
150LP[+予約50LP]
参加人数
10/10
10/10
公開日
2016年05月23日
2016年05月23日
■メイン参加者 10人■

●
逃走も、離脱も、身動きも、認めぬ。赤錆のような暗い焔が覚者たちを取り巻き、茨の檻は完成されている。
『BCM店長』阿久津 亮平(CL2000328)は常に冷静で、状況を判断していく。十人の覚者は無事である。まだ歩ける足があるだけ、孤児院へ進むことは可能だろう。
それは、壁となるように立った小垣斗真をどうにかできればの話である。
亮平は頭では分かっていた。どのような状況なのか、だが敢えて……いや、これは斗真自身に確認させる為に聞くのだ。
これは、どういうことだ、と。
久々に会えたかと思えば、斗真は武器を携えた。亮平の疑問に、斗真は答えるのに困った表情をしていた。彼としてもこの状況は不本意なのであろうが、力づく以外の方法を彼は知らない。
故に斗真は覚悟という名であり、雷切という名の武器を持った。それには『白焔凶刃』諏訪 刀嗣(CL2000002)も拍手喝采の喜劇であっただろう。
戦わない選択肢が消えただけの事。斗真は雷切を両手に構えた。
「そっちが来ないのなら、こっちからいくよ」
「お待ちください!」
しかし戦いたくない者もいるものだ。
『水の祝福』神城 アニス(CL2000023)は斗真の前に飛び出した。斗真の無事は、アニスにとって心から嬉しい出来事であっただろう。だがその愉悦に浸る暇は当人が許さない。
斗真の瞳は、一切アニスを映さなかった。
雷切の狙いは深緋・幽霊男(CL2001229)だ。ジキルハイドの刃部と、雷切のギザギザの刃面が上手く噛み合い、擦れた部分から火花が生じる。
斗真はFiVEが握る情報以上に知っている事が多いのだろう。そうでなければこうして前に立つ事は無い。
幽霊男の興味はここだ。
「何を知っている」
「君たちが、知る必要は、無い!!」
解いた鍔ぜりは静電気でも起きたようなパチンという音が響く。
攻撃の反動に斗真は口から血を吐いたが、お構いなしに構えてくるあたり、妹を守る為に躍起になっている様子だ。
それは嬉しい事であると素直に『水天』水瀬 冬佳(CL2000762)と三島 椿(CL2000061)は感じていた。
それよりも、だ。
「……イレブンの幹部。成程、確かに面倒な話です。『東小路財前だけなら』と言う事は、両者が繋がっていると。そう言う事情なら……色々と話も変わります」
「僕は、君達に敵を作って欲しくない」
冬佳は水面下で思考を繰り返しながらも、幽霊男に腕を抑えられた斗真へ斬撃を二度放つ。一度は雷切に弾かれた、だが二回目は斗真の肩を大きく抉る。
雷切を一回転、横へ振り幽霊男と冬佳を遠退かせつつ、斗真の眼は血走り始めていた。冬佳は直観で、雷切には何か別の効果があるのを知る。
「暁、雷切は使うのはよして」
椿は静止を求めたが、止まることは無い。刃を水平に構えた斗真は、まだまだまだやるようだ。
『かの武将は、四肢を不随に陥らせながらも戦を駆け回ったという。使えば使う程、リスクが伴う呪具』というのは本当であろう。
亮平のナイフとハンドガンが交差し、雷切を受け止めた。亮平から漏れ出る静電気と、斗真の炎が絡み合い爆発を起こしそうな直前で二人は別れて、亮平は弾丸を放ち、斗真はそれを切った。
「放っておきなよ!! 孤児なんて世界中どこにだっているだろう?」」
叫び声に混じった斬撃が地を抉り、空を削り、山の木を両断し、風圧が斗真から逃げるように吹雪いた。幽霊男は風を突っ切り、切り裂き、そして斗真の肩を切る。
「でもな暁よぉ。足りねぇなぁ、全然足りねぇよ」
刀嗣は地についた雷切を靴で踏み、がら空きの斗真の首に虎徹を走らせた。紅を黄昏の赤に灯したような色の血が噴き出し、周囲の緑を濡らす。
「そもそも氷雨はもうイレブンに目ぇつけられてる。その上俺らは七星に目ぇつけられてる、七星とやりあう以上イレブンの目ぇ掻い潜ろうなんざ無駄なこった」
「君たちが、紫雨を殺さなかった結果だよ!!」
確かに『あのとき』。『一級ムードメーカー』成瀬 翔(CL2000063)は、アニスは、斗真――紫雨を救うことに躍起になっていた。
その弊害は、『いつ決壊が起きるか分からないダム』のようなものになっているのだ。
雷鳴が轟く。
線引くように地面に焼け焦げた直線ができ、翔が片手を右から左へ振り切っていた。
微動した斗真と翔の視界が交差する。翔の瞳に宿るのは、何も怒りや憤りの感情では無いだろう。もっと、優しい瞳に近いものだ。
「妹可愛いのはわかる。でも孤児院の子供達も見捨てられねー。オレらは子供も古妖も……私兵のおっさん達も助けてーんだよ」
「全部助けるって……? いつでも君たちは、無茶苦茶を言う!!」
「無茶苦茶じゃねー、俺たちならできる」
「君たちは!! 一体、なんの味方なのさ!!」
そんなのは詭弁だ。そう言われてもおかしくない、全ての救済の言葉。義理も無く、果ては全く関係も無い人間にそこまで感情が入れるものか。斗真にとっては翔たちは眩し過ぎる存在である。
土を抉り、盛大に土の飛沫を飛ばしながら『使命を持った少年』御白 小唄(CL2001173)は駆けた。細い体に見合わぬ重量を拳に乗せて、身体を捻る。爪痕のよう生じた拳撃に斗真の身体を弾くのだ。ほぼ同時に、冬佳の刃が雷切ごと斗真を切り裂き、雷切の瞳を潰してみる。武器から血が出るとはなんとも不可解だが、冬佳の頬は武器の血で濡れる。
小唄は眉を潜めて心内に思う事を吐露した。
「紫雨さんじゃないんだね。どうして暁さんがここで出てくるの?」
「紫雨は―――……、今、事を、起こせるような立場じゃなくて……」
五麟へ仕掛けた七星剣幹部『逢魔ヶ時紫雨』は、彼自身は勝っていても組織として見れば大敗であった。その紫雨が今この時に負けた組織と関わりを持つことはご法度で、かつ、負けた分際の幹部がイレブンの幹部の瞳に留まり七星剣に更なる重荷を乗せるのは避けたのだろう。
小唄は再び構え、アニスと椿は回復へと手番を投じる。雷切は、斗真の体力を食いながらも威力を底上げしているのか。味方の負傷は激しく響いていた。
「僕達はイレブンの思い通りになんてならない。
財前とイレブンが何を企んでいるかはまだ分からないけど、だからこそそれを調べにいかなきゃいけないんだ。だから、道を開けてくれないかな?」
斗真の刃が前衛を薙ぎ払った。刹那、血の色は濃く濃く散布され、何を判別して斬ったのか不明なほど斗真の太刀筋は荒れていた。
難を逃れた賀茂 たまき(CL2000994)が、雷切の刃が通過した直後を狙って斗真へと飛び込んだ。指の合間に挟んでいる術札は呼吸するように淡い光を放ち、斗真の顔面に貼り付けるやいなや爆ぜた。臆病な一面を素顔の裏に隠すのが上手くなったたまきは、斗真に睨まれ様が背中に悪寒が走れど怯むことはなく。たまきが、扱う術札は通常のものよりも扱いが面倒な一面もある。しかし、彼女の力を最大にまで引き出す武器を信じて、背中の大きな鞄より一回り大きな札を抜き取った。
「私たちが「ファイブとして」わからなければ良いのでしょうか……?」
たまきが言っていることは全う至極だ。これには斗真も、そうだけとと言いかけて飲み込んだ。
「財前さんからの依頼は「ファイブ」としては 失敗したという形を取り、謎の隔者が 子供達を攫う目的で動いた……という事にすれば、これ以上「ファイブ」に財前さんや イレブンの方々が介入してくる事を少しでも減らせるのかな……と思います」
「……汚名を隠蔽しきる保障は無い。そも、攫った孤児がどこかでイレブンの目に留まればそんなの、知られる」
斗真は斗真で反論はしてみたものの、たまきの『きっと上手くやってみせます!』という輝く瞳には、たじろくのが精いっぱいであるようだ。それに呼応したように、広げた絨毯のような術札は誇らしく輝き、地の力を借りて斗真の足下より、槍を召喚。
納屋 タヱ子(CL2000019)は前衛に布陣している。つまりは斗真の斬撃を食らっている身ではあれど、彼女の身体に目立ちきるほどの大傷は無く。未だ、二本の足で初期位置から微動にしない山のような防御には感服せねばならない。
「暁……”あなたたち”に私達は以前、騙されました。けれど、そのお話を信じてみようと思います。そして、それでもそこを通らないといけません」
一度の仲違いに目を瞑り、FiVEがそこまで斗真に譲歩する必要は第三者目線では無いだろう。けれど、それでこそFiVEと言えるところはある。七星剣としては許せないが、個人を見れば情状酌量はあるか。
「夢見の視る結末は確定している訳じゃありません。賭けてみませんか、私達に」
「賭ける、ね。そんな、博打」
斗真は雷切を振り上げ、笑顔で斬り殺しに来ていた。
雷切を握る斗真は黄昏の逆光に表情が見えないが、口元は笑っているのだけは見える。
幽霊男と小唄の間に雷切が分かつように振り落とされた。幽霊男は身体を捻り、同じく反発するように飛んだ小唄。二人は機動を変えつつ、木を足場に蹴る。
右側からは幽霊男の刃が、左からは小唄が。両者の攻撃が鋏のように繰り出されつつも二人は言葉を止めようとはしない。
「問うぞ、財前はイレブンと繋がっておるのか?」
「財前は……知らないんじゃ、無い? かな……僕、も、家族状況、そこまで知らない」
「家族?」
「財前は、身内に幹部を飼う、可哀想なお父さんでさ」
ケラケラケラと笑う斗真だが、ウソはついていない。
「……僕は、暁さんとは戦いたくないし。戦うなら紫雨さんが良いな」
「うう、それは……もう少しでいやでも会うよ、きっと、財前殺しに、行かないといけない、からね」
シギルハイドに小唄の拳の衝撃が響く。回転した雷切に反動を受けながらも二人を裁いた斗真だが、一瞬ほどできた道筋の直線に立ったアニスは癒しを乞う為に手を動かしていた。
「斗真さん、お願いです。私はあの子達も、古妖さんも助けたいんです! みんなみんな必死に生きてて……古妖も孤児院の方も悪くないって斗真さんは言いました。私は……」
「アニス……」
「あの子達や古妖さんを助けるならどんな事情であれそのお話を聞きたい。
財前様は一体何者であり、斗真さんは何を知っているのか……私達はできることしたいんです!
ですが氷雨さんを危険な目に合わせたくはありません……」
「ざ、財前は、君たちが思っている通りに人間で問題ないかな……。
でも、彼よりも性根が腐った奴がいるんだ……、人を人をは思わず、駒でしか無く、チェスみたいに入れ替えては盤上を見て笑っているだけの、やつが」
雷切をそれ以上振らせまいと、翔と亮平は斗真の腕を抑えた。龍鱗がとげのように刺さる彼の腕を抑えるのは、生半可なことでは無いが。二人が持てる懇親の力で、これ以上の戦いは望まない意志を示すのだ。
「じゃあそいつにもわかんねーように。顔、覆面とかバンダナで隠して強盗にでもきたみたいにさ! FiVEは間に合いませんでした、って事で。それにさ」
翔は斗真の傷を埋める術札を口に挟んでいた。何度か、それに斗真も助けられている事を知っているからか自然と飲み込むように翔の意志は伝わっていく。
「できればお前とはもう戦いたくねーよ、兄貴」
「う、うう」
兄と呼ばれ、そこに血の繋がりなんぞ関係あるか。弾くように斗真は手を振り切り、雷切を振り上げた。
だが。
「……うぅぅぅ!!」
斗真は一瞬、ほんの……一瞬。雷切を振り上げた両腕が止まった。
交えた言葉は一瞬。
翔を映した瞳を閉じ、がたがた震える龍の腕で雷切を振り落とす。
しかしだ、その横暴を仲間が黙って見過ごす事は無い。冬佳に、亮平が割って入り、冬佳は雷切を刀で受け止め、亮平は翔を抱えた。たまきが術札を放り、血走る斗真の眼前で札を爆発させた。
よろけた斗真の懐を冬佳は掴み、そして引き寄せる。
「今日、あと数分で古妖が襲撃をかけてくると言う事……その確証、夢見の力を用いでもしない限り財前が把握しているとは思えません。
ならば、出し抜く手もあると思いますが……如何に? 財前から招待状が届いたと言う事は、彼等には既に大なり小なり目をつけられていると言う事でもあります」
「その覚悟の上で、抗うというの……君たちは」
「ええ、そのつもりです。今回を流せば大丈夫と言う話でも無いので、何時か必ず決着は付けねばならないでしょう。
その為の一歩……『氷雨さんの為』に、この場はご協力願えませんか?」
「氷雨……」
亮平は言い聞かせるように、いや、悟らせるような声色で説く。
「あのね、斗真君。俺達が東小路の言いなりになるだけだと思うのか?
あの男がどんなヤツなのか知ってるし、あんな男……独房に入って臭い飯でも食ってろって思ってる位だし、いいようにされるつもりはさらさらない」
「この先に事情すら分からずにいる子供達も覚者の兵もいるなら、尚の事、東小路達の観戦を盛り上げる為に向かうつもりはない」
亮平の言葉に難しい顔をした斗真に、更にたまきが追い打ちをかける。たまきとしては、人身売買は裏での黒いものを見逃すことはできない。黒色という闇に染まる髪であるが、心は光り輝き、紫雨の前だろうと彼女は一歩も引かなかった。故に、斗真であれ怯えることはなく。ただ、純粋に思いを吐露するだけ。斗真ならきっと、わかってくれる。
「鬼火を解除して 私たちを孤児院へと向かわせて下さい!
時間を出来るだけ襲撃に備えたり 孤児院の皆さんを助けたり 財前さんの裏の面の証拠を集める為に使いたいですから……」
雷切は振り上げられた、だが斗真の両手は震えている。
「いくら強ぇっつってもなぁ! 覚悟が違いすぎる奴に負ける訳ぁねぇんだよ!!」
震えに怯え、一瞬の時間のズレを刀嗣は黙って許す事など無く。雷切が刀嗣に到達する前に、懐へ飛び込んだ彼は刀の柄で斗真を吹き飛ばす。
斗真の軽い体が宙に浮く間、無理やり雷切を地面へと突き刺し威力を殺した。
柄を支点にして鉄棒のようにぐるりと廻ってきた斗真の足が刀嗣を蹴り飛ばす直前、
「そこまでです!! これ以上の戦いは無意味ということを、知りなさい!!」
タヱ子が間に入りシールドが斗真を反射。
今度こそ弾けるように吹き飛ばされた斗真は背中から樹にぶつかり、濃い赤色を吐き出してから、片膝をついた。
逆毛立つ猫へ近づくように、椿は少しずつ斗真へと近づく。これ以上の攻撃は、必要ないだろうと片腕で仲間を静止させながら。
「暁」
椿は、雷切を握る斗真の手を丁寧に、指一本一本順番に外していく。
「暁。例え仕組まれた事でも、目の前で誰かの命が奪われそうなら、その命を守りたい。その為に私はここにいる」
雷切を取り、椿は下がった。刀嗣はへたり込む斗真に刃を突き付け、
「誰かの目にビビってこそこそ命だけは守ってそれで生きてるって言えんのかよ。そんな生き方をさせて胸ぇ張って妹守ったって言えんのか?」
しかし刃は彼を切らない。切るべき相手は紫雨であり、斗真では無く。納刀し、孤児院の方へ歩き出す刀嗣。去り際、ひとつ振り向き置き土産のように言葉を残した。
「俺は御免だな」
力を失ったように瞳を閉じた斗真の身体をアニスが抱きしめた。
「よかった。斗真さんが無事で。お力を……お貸しください。斗真さん……」
「……氷雨を必ず守るのなら」
消化されたように、炎は静かに消えていく。ここまでで、大凡一分と少しという所か、まだ、間に合う。鬼火は降りてきて、斗真の手に一度おさまってからたまきの手へと渡された。
「たまき、だっけ。さっきの、鬼火連れて行っていいよ。きっと役に立つから」
「ありがとう、ございます。あの、平気ですか?」
「うん、大丈夫」
「妹さんの事ですが」
タヱ子は膝を折り、斗真の目線に合わせた。
「氷雨さんは……私が守ります。私、嘘はつきません」
「……うん、お願いね」
斗真はタヱ子の約束を信じ、そして、誓わせた。氷雨はファイブが守ること、いや、この時点ではタヱ子が、氷雨を守ることをだ。イレブンの目論見だけでなく、今もなお氷雨には危機迫っている。それを承知でタヱ子は守りの意思を固めた。ていうか、タヱ子って、耐える子と書いてタヱ子なのかなぁ、なんて斗真は思ったとか。アニスの身体を引き寄せ、すりつきながら抱きしめた。
「少しだけこのままにしておいて。襲撃には、間に合うから。
ちょっと、斬りすぎて、身体の震えが止まらないだけだから……」
●
さて、話はここからである。
椿、小唄、翔、タヱ子、冬佳は古妖たちの進軍を止める為、変装しつつも山の急斜面を駆けていた。タヱ子の守護使役のかぎ分ける能力を使い、獣や古妖と思われる臭いの方へと向かっていく。
いくつもの木々を超え、そして色とりどりの大小様々な魑魅魍魎が跋扈。
小唄は両腕を精いっぱいに伸ばして大の字を作る。
「すとっぷすとーっぷ! とまってー!」
だが止まらない。
「僕達は戦いたいわけじゃないんだ! あの建物は僕達が何とかするから。だからちょっと待ってて貰えないかな!! ていうか聞いてる!?」
説得が苦手であると自負する小唄は、率直なことを素直に伝えるのが精一杯である。しかしそれで問題無いだろう、純粋なほど伝わりやすいものなど無い。
だがしかし、古妖たちは必死だ。それで、止まることはまずない。2、3体、止まってくれるものはいたものの、残り97体近くは小唄の声が届いていないのだろう。
「グガッ、ニンゲン……」
止まってくれた大きな鬼が小唄を見た。
「あのさ!! 孤児院は僕らがどうにかするからさ!!」
「オデタチの……場所、トリカエス」
「駄目駄目!! もっと穏便に、ね!」
小唄が全身を使って腕を振り回して、周囲に呼びかけつつ。鬼は鬼で珍し気に小唄を見ていた。
タヱ子も同じく、止まらない魑魅魍魎を抑えたり呼びかけたりしてみるものの、まるで彼らの世界にはタヱ子という小さな存在が映っていないのか、全く声が届かない。それ所か、声は足音に蹴散らされてしまっている。
「キリが、ありません。お願いですから、止まってください。この先に行っても、意味なんて無いのに。貴方達を、人の都合で飢えさせてしまって申し訳ありません」
とりあえずと止まった鬼にタヱ子は、周囲をどうにかできないかと聞いてみるものの、「オデタチ取り返す」を繰り返すばかりで話が繋がらない。
「仕方ありませんか」
「あ~! そうだね。んじゃあ、最終兵器!!」
タヱ子は胸元から拳大の鬼火がぬるりと出てきた。
「頼みますね」
「ぁぃ」
「喋れたの!!?」
「ぃちぉぅぃケルょ」
タヱ子は指をさしつつ、どこに鬼火に眼があるのかは知れないが炎を撒く場所を指示していく。
「鬼火さん、やれそうですか?」
「がんばゅょ」
「はい、頑張ってください」
鬼火は孤児院を囲う事は不可能であった。それは距離的な問題で、あまりにも広大過ぎる土地は囲むことができない。
可能な事といえば、古妖の群れのほうを囲んでしまう事だ。故に、鬼火は覚者を含めて古妖ごと全て囲んで古妖の進軍を止める。
「ぁつぁつダょ」
「鬼火ちゃんありがとう」
ほわほわ浮かぶ鬼火を椿が受け止め、再び世界は紅蓮に閉ざされた。不思議と触れなければ囲われた茨の炎は熱くはない。灼熱を背に、椿の長髪は雅に揺れた。
「貴方達の怒りは当たり前の事。誰だって自分の居場所や、自分自身の命、そして大切な仲間の命を奪われそうになれば怒るわ」
椿へ向かう魑魅魍魎の群れ。無数の腕が彼女の細い体と翼を引きちぎらんとし、鬼火が胸元でぷるぷる震えていた。
「こゎぃこゎぃこゎい」
「大丈夫よ、彼らは悪い子ではないわ」
椿は信じていた。人間のような醜悪で裏で何を考えているか分からない者もいる種族よりも、純粋無垢に単純を考える妖怪という種族を。
「私たちは今からここを貴方達に明け渡す。貴方達の居場所を人が奪ってしまって、本当にごめんなさい」
頭を下げた椿の手前で、冬佳も同じように止まって欲しいと促した。
「この山には二度と手出しはしません。それで、時間を少しでいいので頂けないでしょうか……?」
冬佳の問いかけに、古妖は微動した。止まった古妖もいれば、止まらないのも多く。火の嵐のなかでパニックが起こっているだけだ。
止まったのは未だ一部の古妖。
後ろから押し寄せる更なる群れに、翔は空気を吸って腹にためて、一気に叫び声のように響かせて吐き出す。
「古妖達! 頼む、止まってくれ!! お前達の気持ちは判る! だからこの場所はお前達に返す! 中の人間を外に出す間だけ待ってくれ!」
焔の中、右往左往する群れの血走る眼が翔を見た。武器を振り上げるものもいた、怒号と共に拳を振り出すものもいた。けれどその全てをあえて受けた翔。
「嘘だったらオレの命くれてやるから!」
きっと、必ず。全てを守るという言葉は嘘にしない為に。そして抵抗せず叫び続ければ、いつか暁が見えるように。
血を吐こうが、腕を掴まれようが立ち上がる。よろめいた彼を、タヱ子が支えた。
「これ以上やったら、本気で死にますよ」
「でも、分かってくれるまでやるんだ」
「ですが……! 翔さんが」
「いい。わかってくれよ……頼む」
古妖の振り上げた拳は――――そして。
●
こちら孤児院。覚者は変装済み。
「孤児院内に侵入者!? 何故この孤児院の場所がわかったんです!?」
「知るか! 兎に角、子供たちを安全な場所へ、俺たちは迎撃に!!」
「通信が途絶えているがどうした!!」
孤児院内、パニックである。
変装し、隔者を騙る覚者たちは院の中を駆けまわっていた。
駆けていく孤児院守護者たちから身を隠し、角にいた刀嗣と幽霊男。
刀嗣が角から覗いてみれば、うっかり敵と目があった。幽霊男は彼の服を掴んで引き寄せ、直後、銃声と弾丸が雨の如く横雨に降り注いでいく。
「めんどくせぇ、全部端からのしていくか」
「殺したら駄目じゃぞ」
「院内の通信が効かねェわ、明かりが乏しいわ」
「うむ。入る前に電線等と思われる線を根こそぎ断線しておいたのじゃぜ」
「てめぇのせいか」
刀を帯刀し、角から今にも飛び出そうな刀嗣ではあったものの、幽霊男は別のものが気になっていた。地下へ向かって風が流れている、つまり何かがあるということか。
「ふむ」
刀嗣が角から飛び出した刹那、幽霊男は先程の子供を追うように自然な流れで二人は離れた。
子供たちは壁に背をつけて震え固まり、守護していた覚者は銃や剣や様々な武器を向けて立っていた。
彼らの前に立つのは亮平とたまき、そしてアニスと斗真である。
「大人しくしてくださいっ、隔者です、怖いですよっ!」
「うーん、隔者度9割減」
「ううっ」
男性の声ども、アニスは必死に演技し隔者を騙りつつ、斗真は前に出て雷切を取り出す。流石にぎょっとした亮平は出てきた雷切を斗真の守護使役に再び飲み込ませながら、首を横に振った。
「待って、斗真くん。雷切は、まずいよ」
「そうかなあ」
「そうだよ、またバーサーク状態になったら地獄絵図完成しちゃうからね」
「わかった」
口頭では話をしつつも、亮平は覚者たちへ状況の説明を挟んだ。それが全て飲み込めと言えども、無理な話ではあったが、たまきのマイナスイオンも相成って状況が殺伐とすることは無かった。
突然にも話しかけてきたのは守護者たちである。亮平は被っているフードを引いて、カメラから顔を隠しながら返事をする。
『その情報、信じられる根拠は無い……が、確かにこの孤児院は不自然な事が多いんだ』
『と、言うと? 一緒に俺らが調査するから、教えてくれると』
『……まあ、いいだろう。信用しよう。子供が消えるんだ……、たまに出所手続きも無いまま、忽然と消えてね』
『子供が消える……、わかりました。調べてみます』
亮平とたまき、そしてアニスは顔を見合わせてから頷き、たまきとアニスは声を張り上げた。
「さ! おまえらはこっちですよ! きをつけてくださいね、足もと見にくいですから」
「いうこときかないと、ぶっころすぞお。列から離れないようにしてください」
亮平は子供と手を繋いで歩きつつ
「うーん、いまいち遠足の引率加減増し増し」
と苦笑いである。
しかし、ふと。アニスは周囲を見回した。
「……斗真さん?」
が、いない。
●
翔とタヱ子の手前で、拳は解かれた。同時に、古妖たちは全員の動きが止まったのだ。
殴られる衝撃を待っていた翔は瞳を開けてから、一瞬、何が起こったか分からない顔ではあったが、タヱ子はハッとした。
「オデたちの居場所、取り返して『クレル』?」
「……はい!! 今、仲間が孤児院をどうにかしに行っているところです!!」
「おう!! だから、時間をくれ!! あんた達の居場所と、龍脈はきちんと返すから!!」
「オデたち、信じる。もうハラヘって、ウゴケネェで」
力なくへたり込んだ古妖たち。考えてみれば、力ある古妖がある意味人間ごときに玉砕を決することは無いだろう。しかし斗真は玉砕すると言っていた。つまりは、彼らも龍脈の加護が無く、力を出せず。その命の最後の一滴を燃やしてまでの襲撃であったのだろう。
ここで、別の勢力が龍脈を取り返してくれるなら好都合なことは無い。
「ぉさまった?」
「ええ、鬼火さん。炎の囲い、解いても構わないわ」
「っかれたょ、ぉゃすみ。とうまんとこ、かぇしてネ」」
くてっとした餅のように、椿の両手の中で鬼火は眠りについた。
「よし! じゃあ、おりゃりゃりゃー!」
小唄は耳をぴこぴこ動かしながら孤児院へと駆ける。
翔は守護使役を飛ばして上空から何かが無いかを探してみた。
タヱ子は土の心を使い、特に山の中の方を探っていく。
「あの、」
「ナンダイ」
冬佳は留まり、古妖に山の持ち主のことを聞いてみるのだ。
「イイニンゲンだった、フシギな力使う。オマエラと同じ力もったニンゲン。オデたちとトモダチ」
「はあ、覚者だったのですね」
「キエタナ。カレがキエテから、あの忌々しいテツのタテモノができた」
「孤児院のことですね」
「オデたちもマタ会いたい」
「……そうですか。ありがとうございます」
●
「斗真さん」
「アニスちゃん」
アニスは一瞬、違和感を覚えた。
「……孤児の避難は終わったの?」
「ええ、亮平さんが」
「そう」
更に後ろからたまきが息を切らして駆けてくる。
「あ、あの、この奥、」
「うん、そうだろうね」
たまきが言いかけたところで、斗真は更に奥へと進んだ。
「……? 斗真さん?」
「この先は、行かない方がいいと思うんだ。引き返したほうがいいかも」
「ですが」
「じゃあ僕だけが行くから。ちゃんとこっちに戻ってくるから。やめておいた方が、いいよ」
そこへ幽霊男がシギルハイドを斗真の首に突き付けた。
「楽しそうじゃな、混ぜろぞなもし」
「なんだ。気づいてたの? 話が早い、アニスちゃんはそこに居て。たまきちゃんは、どうする?」
「ぁ……えっと――その先に、たぶん、山の持ち主さんがいるみたいで」
斗真――いや。
「いつまで、斗真でいるのじゃ」
「起きたのはついさっきだ、身体が痛ェ原因と経緯くらいは知ってるがなァ」
「えっ!? 紫雨さんなんですか!?」
幽霊男とたまきは紫雨を連れ、腐臭漂う部屋へと入っていた。
「ここは」
「お察しの通り、実験場だろうな」
「お薬とかですか」
「その他諸々新兵器やら薬とかじゃねえの」
幽霊男は腐敗したベッドの布団を一枚捲り――捲ってから、再び元の形へ戻した。
「死体だらけじゃの」
「たりめーだ、アニスちゃんが来たらゲロじゃ済まねえぞ。お探し物はこれかァ?」
紫雨は大人が入る程度の寝袋を、幽霊男の足もとへと投げつけた。小さく口が開いたジッパーからは、やせ細った腕が出ていた。たまきはごくりと唾を飲み込んでから、中身を確認。すぐにジッパーを絞めて、両手を合わせた。
「山の持ち主さん、見つけました……」
「何を、知ってるのじゃ」
「『東小路煌軌(あずまこうじ・こうき)』。『東の煌帝』」
「財前の」
「ああ、息子だ。クソデブった道楽息子だ」
「それがイレブンの」
「俺様も探っても探っても尻尾が掴めねえ」
「つまり、自分は手を汚さないタイプじゃの」
「七星剣幹部にも、そういうのがいる。裏で操り人身売買から、きったねえ薬のブローカーなんてのもな。俺ァあいつ嫌いだからいつでも殺したいと思ってるが」
「紫雨もやってたじゃろ」
「ああ、孤児院の神父が見事破綻した事件かぁ? 残念だがあれが、件の七星剣幹部の管轄だ。俺は尻ぬぐっただけで俺じゃねえ」
「観戦……か」
「人を人とは思わず、イレブンという組織でさえ奴の玩具だ」
「そんな子供さんがいらっしゃるなら、学校とか」
「行ってたら、いいんだがな。写真一つでてきやしねえ」
「不思議ですね」
「不思議だろ。関わらない方が為だな、平気で五麟に飛行機落とすだろうしな」
死体袋を担いだ幽霊男が眼を離した隙に、
「そういえばお主の妹が呪いに」
「ええええええええ、ここどこ!!?」
元の斗真に戻っていた。
外の古妖をどうにかしていた覚者たちが孤児院内に入ったときには、
「よォ」
守護者であれど抵抗してきた敵を戦闘不能にして山ずみにした登頂で、刀嗣が納刀しきるところであった。
「それどうやって外に運ぼうかしら……」
「阿久津の警告を聞いても向かってきたこいつらが悪ぃ」
刀嗣が舌打ちしたところで、冬佳は頭を抱えた。
軒並み、手あたり次第に探索を行ってから孤児院は燃やされた。
轟轟燃える施設に、喜ぶ古妖たちは飲めや歌えやの大騒ぎであったが、守護として雇われていた覚者たちの面持ちは重い。財前やイレブン幹部が文字通りの性格をしているのなら、消えた覚者や孤児をそのままにしていくことは無いかもしれない。
その前に手を打たねばならない。財前との最終決戦の日は近づいていた。
逃走も、離脱も、身動きも、認めぬ。赤錆のような暗い焔が覚者たちを取り巻き、茨の檻は完成されている。
『BCM店長』阿久津 亮平(CL2000328)は常に冷静で、状況を判断していく。十人の覚者は無事である。まだ歩ける足があるだけ、孤児院へ進むことは可能だろう。
それは、壁となるように立った小垣斗真をどうにかできればの話である。
亮平は頭では分かっていた。どのような状況なのか、だが敢えて……いや、これは斗真自身に確認させる為に聞くのだ。
これは、どういうことだ、と。
久々に会えたかと思えば、斗真は武器を携えた。亮平の疑問に、斗真は答えるのに困った表情をしていた。彼としてもこの状況は不本意なのであろうが、力づく以外の方法を彼は知らない。
故に斗真は覚悟という名であり、雷切という名の武器を持った。それには『白焔凶刃』諏訪 刀嗣(CL2000002)も拍手喝采の喜劇であっただろう。
戦わない選択肢が消えただけの事。斗真は雷切を両手に構えた。
「そっちが来ないのなら、こっちからいくよ」
「お待ちください!」
しかし戦いたくない者もいるものだ。
『水の祝福』神城 アニス(CL2000023)は斗真の前に飛び出した。斗真の無事は、アニスにとって心から嬉しい出来事であっただろう。だがその愉悦に浸る暇は当人が許さない。
斗真の瞳は、一切アニスを映さなかった。
雷切の狙いは深緋・幽霊男(CL2001229)だ。ジキルハイドの刃部と、雷切のギザギザの刃面が上手く噛み合い、擦れた部分から火花が生じる。
斗真はFiVEが握る情報以上に知っている事が多いのだろう。そうでなければこうして前に立つ事は無い。
幽霊男の興味はここだ。
「何を知っている」
「君たちが、知る必要は、無い!!」
解いた鍔ぜりは静電気でも起きたようなパチンという音が響く。
攻撃の反動に斗真は口から血を吐いたが、お構いなしに構えてくるあたり、妹を守る為に躍起になっている様子だ。
それは嬉しい事であると素直に『水天』水瀬 冬佳(CL2000762)と三島 椿(CL2000061)は感じていた。
それよりも、だ。
「……イレブンの幹部。成程、確かに面倒な話です。『東小路財前だけなら』と言う事は、両者が繋がっていると。そう言う事情なら……色々と話も変わります」
「僕は、君達に敵を作って欲しくない」
冬佳は水面下で思考を繰り返しながらも、幽霊男に腕を抑えられた斗真へ斬撃を二度放つ。一度は雷切に弾かれた、だが二回目は斗真の肩を大きく抉る。
雷切を一回転、横へ振り幽霊男と冬佳を遠退かせつつ、斗真の眼は血走り始めていた。冬佳は直観で、雷切には何か別の効果があるのを知る。
「暁、雷切は使うのはよして」
椿は静止を求めたが、止まることは無い。刃を水平に構えた斗真は、まだまだまだやるようだ。
『かの武将は、四肢を不随に陥らせながらも戦を駆け回ったという。使えば使う程、リスクが伴う呪具』というのは本当であろう。
亮平のナイフとハンドガンが交差し、雷切を受け止めた。亮平から漏れ出る静電気と、斗真の炎が絡み合い爆発を起こしそうな直前で二人は別れて、亮平は弾丸を放ち、斗真はそれを切った。
「放っておきなよ!! 孤児なんて世界中どこにだっているだろう?」」
叫び声に混じった斬撃が地を抉り、空を削り、山の木を両断し、風圧が斗真から逃げるように吹雪いた。幽霊男は風を突っ切り、切り裂き、そして斗真の肩を切る。
「でもな暁よぉ。足りねぇなぁ、全然足りねぇよ」
刀嗣は地についた雷切を靴で踏み、がら空きの斗真の首に虎徹を走らせた。紅を黄昏の赤に灯したような色の血が噴き出し、周囲の緑を濡らす。
「そもそも氷雨はもうイレブンに目ぇつけられてる。その上俺らは七星に目ぇつけられてる、七星とやりあう以上イレブンの目ぇ掻い潜ろうなんざ無駄なこった」
「君たちが、紫雨を殺さなかった結果だよ!!」
確かに『あのとき』。『一級ムードメーカー』成瀬 翔(CL2000063)は、アニスは、斗真――紫雨を救うことに躍起になっていた。
その弊害は、『いつ決壊が起きるか分からないダム』のようなものになっているのだ。
雷鳴が轟く。
線引くように地面に焼け焦げた直線ができ、翔が片手を右から左へ振り切っていた。
微動した斗真と翔の視界が交差する。翔の瞳に宿るのは、何も怒りや憤りの感情では無いだろう。もっと、優しい瞳に近いものだ。
「妹可愛いのはわかる。でも孤児院の子供達も見捨てられねー。オレらは子供も古妖も……私兵のおっさん達も助けてーんだよ」
「全部助けるって……? いつでも君たちは、無茶苦茶を言う!!」
「無茶苦茶じゃねー、俺たちならできる」
「君たちは!! 一体、なんの味方なのさ!!」
そんなのは詭弁だ。そう言われてもおかしくない、全ての救済の言葉。義理も無く、果ては全く関係も無い人間にそこまで感情が入れるものか。斗真にとっては翔たちは眩し過ぎる存在である。
土を抉り、盛大に土の飛沫を飛ばしながら『使命を持った少年』御白 小唄(CL2001173)は駆けた。細い体に見合わぬ重量を拳に乗せて、身体を捻る。爪痕のよう生じた拳撃に斗真の身体を弾くのだ。ほぼ同時に、冬佳の刃が雷切ごと斗真を切り裂き、雷切の瞳を潰してみる。武器から血が出るとはなんとも不可解だが、冬佳の頬は武器の血で濡れる。
小唄は眉を潜めて心内に思う事を吐露した。
「紫雨さんじゃないんだね。どうして暁さんがここで出てくるの?」
「紫雨は―――……、今、事を、起こせるような立場じゃなくて……」
五麟へ仕掛けた七星剣幹部『逢魔ヶ時紫雨』は、彼自身は勝っていても組織として見れば大敗であった。その紫雨が今この時に負けた組織と関わりを持つことはご法度で、かつ、負けた分際の幹部がイレブンの幹部の瞳に留まり七星剣に更なる重荷を乗せるのは避けたのだろう。
小唄は再び構え、アニスと椿は回復へと手番を投じる。雷切は、斗真の体力を食いながらも威力を底上げしているのか。味方の負傷は激しく響いていた。
「僕達はイレブンの思い通りになんてならない。
財前とイレブンが何を企んでいるかはまだ分からないけど、だからこそそれを調べにいかなきゃいけないんだ。だから、道を開けてくれないかな?」
斗真の刃が前衛を薙ぎ払った。刹那、血の色は濃く濃く散布され、何を判別して斬ったのか不明なほど斗真の太刀筋は荒れていた。
難を逃れた賀茂 たまき(CL2000994)が、雷切の刃が通過した直後を狙って斗真へと飛び込んだ。指の合間に挟んでいる術札は呼吸するように淡い光を放ち、斗真の顔面に貼り付けるやいなや爆ぜた。臆病な一面を素顔の裏に隠すのが上手くなったたまきは、斗真に睨まれ様が背中に悪寒が走れど怯むことはなく。たまきが、扱う術札は通常のものよりも扱いが面倒な一面もある。しかし、彼女の力を最大にまで引き出す武器を信じて、背中の大きな鞄より一回り大きな札を抜き取った。
「私たちが「ファイブとして」わからなければ良いのでしょうか……?」
たまきが言っていることは全う至極だ。これには斗真も、そうだけとと言いかけて飲み込んだ。
「財前さんからの依頼は「ファイブ」としては 失敗したという形を取り、謎の隔者が 子供達を攫う目的で動いた……という事にすれば、これ以上「ファイブ」に財前さんや イレブンの方々が介入してくる事を少しでも減らせるのかな……と思います」
「……汚名を隠蔽しきる保障は無い。そも、攫った孤児がどこかでイレブンの目に留まればそんなの、知られる」
斗真は斗真で反論はしてみたものの、たまきの『きっと上手くやってみせます!』という輝く瞳には、たじろくのが精いっぱいであるようだ。それに呼応したように、広げた絨毯のような術札は誇らしく輝き、地の力を借りて斗真の足下より、槍を召喚。
納屋 タヱ子(CL2000019)は前衛に布陣している。つまりは斗真の斬撃を食らっている身ではあれど、彼女の身体に目立ちきるほどの大傷は無く。未だ、二本の足で初期位置から微動にしない山のような防御には感服せねばならない。
「暁……”あなたたち”に私達は以前、騙されました。けれど、そのお話を信じてみようと思います。そして、それでもそこを通らないといけません」
一度の仲違いに目を瞑り、FiVEがそこまで斗真に譲歩する必要は第三者目線では無いだろう。けれど、それでこそFiVEと言えるところはある。七星剣としては許せないが、個人を見れば情状酌量はあるか。
「夢見の視る結末は確定している訳じゃありません。賭けてみませんか、私達に」
「賭ける、ね。そんな、博打」
斗真は雷切を振り上げ、笑顔で斬り殺しに来ていた。
雷切を握る斗真は黄昏の逆光に表情が見えないが、口元は笑っているのだけは見える。
幽霊男と小唄の間に雷切が分かつように振り落とされた。幽霊男は身体を捻り、同じく反発するように飛んだ小唄。二人は機動を変えつつ、木を足場に蹴る。
右側からは幽霊男の刃が、左からは小唄が。両者の攻撃が鋏のように繰り出されつつも二人は言葉を止めようとはしない。
「問うぞ、財前はイレブンと繋がっておるのか?」
「財前は……知らないんじゃ、無い? かな……僕、も、家族状況、そこまで知らない」
「家族?」
「財前は、身内に幹部を飼う、可哀想なお父さんでさ」
ケラケラケラと笑う斗真だが、ウソはついていない。
「……僕は、暁さんとは戦いたくないし。戦うなら紫雨さんが良いな」
「うう、それは……もう少しでいやでも会うよ、きっと、財前殺しに、行かないといけない、からね」
シギルハイドに小唄の拳の衝撃が響く。回転した雷切に反動を受けながらも二人を裁いた斗真だが、一瞬ほどできた道筋の直線に立ったアニスは癒しを乞う為に手を動かしていた。
「斗真さん、お願いです。私はあの子達も、古妖さんも助けたいんです! みんなみんな必死に生きてて……古妖も孤児院の方も悪くないって斗真さんは言いました。私は……」
「アニス……」
「あの子達や古妖さんを助けるならどんな事情であれそのお話を聞きたい。
財前様は一体何者であり、斗真さんは何を知っているのか……私達はできることしたいんです!
ですが氷雨さんを危険な目に合わせたくはありません……」
「ざ、財前は、君たちが思っている通りに人間で問題ないかな……。
でも、彼よりも性根が腐った奴がいるんだ……、人を人をは思わず、駒でしか無く、チェスみたいに入れ替えては盤上を見て笑っているだけの、やつが」
雷切をそれ以上振らせまいと、翔と亮平は斗真の腕を抑えた。龍鱗がとげのように刺さる彼の腕を抑えるのは、生半可なことでは無いが。二人が持てる懇親の力で、これ以上の戦いは望まない意志を示すのだ。
「じゃあそいつにもわかんねーように。顔、覆面とかバンダナで隠して強盗にでもきたみたいにさ! FiVEは間に合いませんでした、って事で。それにさ」
翔は斗真の傷を埋める術札を口に挟んでいた。何度か、それに斗真も助けられている事を知っているからか自然と飲み込むように翔の意志は伝わっていく。
「できればお前とはもう戦いたくねーよ、兄貴」
「う、うう」
兄と呼ばれ、そこに血の繋がりなんぞ関係あるか。弾くように斗真は手を振り切り、雷切を振り上げた。
だが。
「……うぅぅぅ!!」
斗真は一瞬、ほんの……一瞬。雷切を振り上げた両腕が止まった。
交えた言葉は一瞬。
翔を映した瞳を閉じ、がたがた震える龍の腕で雷切を振り落とす。
しかしだ、その横暴を仲間が黙って見過ごす事は無い。冬佳に、亮平が割って入り、冬佳は雷切を刀で受け止め、亮平は翔を抱えた。たまきが術札を放り、血走る斗真の眼前で札を爆発させた。
よろけた斗真の懐を冬佳は掴み、そして引き寄せる。
「今日、あと数分で古妖が襲撃をかけてくると言う事……その確証、夢見の力を用いでもしない限り財前が把握しているとは思えません。
ならば、出し抜く手もあると思いますが……如何に? 財前から招待状が届いたと言う事は、彼等には既に大なり小なり目をつけられていると言う事でもあります」
「その覚悟の上で、抗うというの……君たちは」
「ええ、そのつもりです。今回を流せば大丈夫と言う話でも無いので、何時か必ず決着は付けねばならないでしょう。
その為の一歩……『氷雨さんの為』に、この場はご協力願えませんか?」
「氷雨……」
亮平は言い聞かせるように、いや、悟らせるような声色で説く。
「あのね、斗真君。俺達が東小路の言いなりになるだけだと思うのか?
あの男がどんなヤツなのか知ってるし、あんな男……独房に入って臭い飯でも食ってろって思ってる位だし、いいようにされるつもりはさらさらない」
「この先に事情すら分からずにいる子供達も覚者の兵もいるなら、尚の事、東小路達の観戦を盛り上げる為に向かうつもりはない」
亮平の言葉に難しい顔をした斗真に、更にたまきが追い打ちをかける。たまきとしては、人身売買は裏での黒いものを見逃すことはできない。黒色という闇に染まる髪であるが、心は光り輝き、紫雨の前だろうと彼女は一歩も引かなかった。故に、斗真であれ怯えることはなく。ただ、純粋に思いを吐露するだけ。斗真ならきっと、わかってくれる。
「鬼火を解除して 私たちを孤児院へと向かわせて下さい!
時間を出来るだけ襲撃に備えたり 孤児院の皆さんを助けたり 財前さんの裏の面の証拠を集める為に使いたいですから……」
雷切は振り上げられた、だが斗真の両手は震えている。
「いくら強ぇっつってもなぁ! 覚悟が違いすぎる奴に負ける訳ぁねぇんだよ!!」
震えに怯え、一瞬の時間のズレを刀嗣は黙って許す事など無く。雷切が刀嗣に到達する前に、懐へ飛び込んだ彼は刀の柄で斗真を吹き飛ばす。
斗真の軽い体が宙に浮く間、無理やり雷切を地面へと突き刺し威力を殺した。
柄を支点にして鉄棒のようにぐるりと廻ってきた斗真の足が刀嗣を蹴り飛ばす直前、
「そこまでです!! これ以上の戦いは無意味ということを、知りなさい!!」
タヱ子が間に入りシールドが斗真を反射。
今度こそ弾けるように吹き飛ばされた斗真は背中から樹にぶつかり、濃い赤色を吐き出してから、片膝をついた。
逆毛立つ猫へ近づくように、椿は少しずつ斗真へと近づく。これ以上の攻撃は、必要ないだろうと片腕で仲間を静止させながら。
「暁」
椿は、雷切を握る斗真の手を丁寧に、指一本一本順番に外していく。
「暁。例え仕組まれた事でも、目の前で誰かの命が奪われそうなら、その命を守りたい。その為に私はここにいる」
雷切を取り、椿は下がった。刀嗣はへたり込む斗真に刃を突き付け、
「誰かの目にビビってこそこそ命だけは守ってそれで生きてるって言えんのかよ。そんな生き方をさせて胸ぇ張って妹守ったって言えんのか?」
しかし刃は彼を切らない。切るべき相手は紫雨であり、斗真では無く。納刀し、孤児院の方へ歩き出す刀嗣。去り際、ひとつ振り向き置き土産のように言葉を残した。
「俺は御免だな」
力を失ったように瞳を閉じた斗真の身体をアニスが抱きしめた。
「よかった。斗真さんが無事で。お力を……お貸しください。斗真さん……」
「……氷雨を必ず守るのなら」
消化されたように、炎は静かに消えていく。ここまでで、大凡一分と少しという所か、まだ、間に合う。鬼火は降りてきて、斗真の手に一度おさまってからたまきの手へと渡された。
「たまき、だっけ。さっきの、鬼火連れて行っていいよ。きっと役に立つから」
「ありがとう、ございます。あの、平気ですか?」
「うん、大丈夫」
「妹さんの事ですが」
タヱ子は膝を折り、斗真の目線に合わせた。
「氷雨さんは……私が守ります。私、嘘はつきません」
「……うん、お願いね」
斗真はタヱ子の約束を信じ、そして、誓わせた。氷雨はファイブが守ること、いや、この時点ではタヱ子が、氷雨を守ることをだ。イレブンの目論見だけでなく、今もなお氷雨には危機迫っている。それを承知でタヱ子は守りの意思を固めた。ていうか、タヱ子って、耐える子と書いてタヱ子なのかなぁ、なんて斗真は思ったとか。アニスの身体を引き寄せ、すりつきながら抱きしめた。
「少しだけこのままにしておいて。襲撃には、間に合うから。
ちょっと、斬りすぎて、身体の震えが止まらないだけだから……」
●
さて、話はここからである。
椿、小唄、翔、タヱ子、冬佳は古妖たちの進軍を止める為、変装しつつも山の急斜面を駆けていた。タヱ子の守護使役のかぎ分ける能力を使い、獣や古妖と思われる臭いの方へと向かっていく。
いくつもの木々を超え、そして色とりどりの大小様々な魑魅魍魎が跋扈。
小唄は両腕を精いっぱいに伸ばして大の字を作る。
「すとっぷすとーっぷ! とまってー!」
だが止まらない。
「僕達は戦いたいわけじゃないんだ! あの建物は僕達が何とかするから。だからちょっと待ってて貰えないかな!! ていうか聞いてる!?」
説得が苦手であると自負する小唄は、率直なことを素直に伝えるのが精一杯である。しかしそれで問題無いだろう、純粋なほど伝わりやすいものなど無い。
だがしかし、古妖たちは必死だ。それで、止まることはまずない。2、3体、止まってくれるものはいたものの、残り97体近くは小唄の声が届いていないのだろう。
「グガッ、ニンゲン……」
止まってくれた大きな鬼が小唄を見た。
「あのさ!! 孤児院は僕らがどうにかするからさ!!」
「オデタチの……場所、トリカエス」
「駄目駄目!! もっと穏便に、ね!」
小唄が全身を使って腕を振り回して、周囲に呼びかけつつ。鬼は鬼で珍し気に小唄を見ていた。
タヱ子も同じく、止まらない魑魅魍魎を抑えたり呼びかけたりしてみるものの、まるで彼らの世界にはタヱ子という小さな存在が映っていないのか、全く声が届かない。それ所か、声は足音に蹴散らされてしまっている。
「キリが、ありません。お願いですから、止まってください。この先に行っても、意味なんて無いのに。貴方達を、人の都合で飢えさせてしまって申し訳ありません」
とりあえずと止まった鬼にタヱ子は、周囲をどうにかできないかと聞いてみるものの、「オデタチ取り返す」を繰り返すばかりで話が繋がらない。
「仕方ありませんか」
「あ~! そうだね。んじゃあ、最終兵器!!」
タヱ子は胸元から拳大の鬼火がぬるりと出てきた。
「頼みますね」
「ぁぃ」
「喋れたの!!?」
「ぃちぉぅぃケルょ」
タヱ子は指をさしつつ、どこに鬼火に眼があるのかは知れないが炎を撒く場所を指示していく。
「鬼火さん、やれそうですか?」
「がんばゅょ」
「はい、頑張ってください」
鬼火は孤児院を囲う事は不可能であった。それは距離的な問題で、あまりにも広大過ぎる土地は囲むことができない。
可能な事といえば、古妖の群れのほうを囲んでしまう事だ。故に、鬼火は覚者を含めて古妖ごと全て囲んで古妖の進軍を止める。
「ぁつぁつダょ」
「鬼火ちゃんありがとう」
ほわほわ浮かぶ鬼火を椿が受け止め、再び世界は紅蓮に閉ざされた。不思議と触れなければ囲われた茨の炎は熱くはない。灼熱を背に、椿の長髪は雅に揺れた。
「貴方達の怒りは当たり前の事。誰だって自分の居場所や、自分自身の命、そして大切な仲間の命を奪われそうになれば怒るわ」
椿へ向かう魑魅魍魎の群れ。無数の腕が彼女の細い体と翼を引きちぎらんとし、鬼火が胸元でぷるぷる震えていた。
「こゎぃこゎぃこゎい」
「大丈夫よ、彼らは悪い子ではないわ」
椿は信じていた。人間のような醜悪で裏で何を考えているか分からない者もいる種族よりも、純粋無垢に単純を考える妖怪という種族を。
「私たちは今からここを貴方達に明け渡す。貴方達の居場所を人が奪ってしまって、本当にごめんなさい」
頭を下げた椿の手前で、冬佳も同じように止まって欲しいと促した。
「この山には二度と手出しはしません。それで、時間を少しでいいので頂けないでしょうか……?」
冬佳の問いかけに、古妖は微動した。止まった古妖もいれば、止まらないのも多く。火の嵐のなかでパニックが起こっているだけだ。
止まったのは未だ一部の古妖。
後ろから押し寄せる更なる群れに、翔は空気を吸って腹にためて、一気に叫び声のように響かせて吐き出す。
「古妖達! 頼む、止まってくれ!! お前達の気持ちは判る! だからこの場所はお前達に返す! 中の人間を外に出す間だけ待ってくれ!」
焔の中、右往左往する群れの血走る眼が翔を見た。武器を振り上げるものもいた、怒号と共に拳を振り出すものもいた。けれどその全てをあえて受けた翔。
「嘘だったらオレの命くれてやるから!」
きっと、必ず。全てを守るという言葉は嘘にしない為に。そして抵抗せず叫び続ければ、いつか暁が見えるように。
血を吐こうが、腕を掴まれようが立ち上がる。よろめいた彼を、タヱ子が支えた。
「これ以上やったら、本気で死にますよ」
「でも、分かってくれるまでやるんだ」
「ですが……! 翔さんが」
「いい。わかってくれよ……頼む」
古妖の振り上げた拳は――――そして。
●
こちら孤児院。覚者は変装済み。
「孤児院内に侵入者!? 何故この孤児院の場所がわかったんです!?」
「知るか! 兎に角、子供たちを安全な場所へ、俺たちは迎撃に!!」
「通信が途絶えているがどうした!!」
孤児院内、パニックである。
変装し、隔者を騙る覚者たちは院の中を駆けまわっていた。
駆けていく孤児院守護者たちから身を隠し、角にいた刀嗣と幽霊男。
刀嗣が角から覗いてみれば、うっかり敵と目があった。幽霊男は彼の服を掴んで引き寄せ、直後、銃声と弾丸が雨の如く横雨に降り注いでいく。
「めんどくせぇ、全部端からのしていくか」
「殺したら駄目じゃぞ」
「院内の通信が効かねェわ、明かりが乏しいわ」
「うむ。入る前に電線等と思われる線を根こそぎ断線しておいたのじゃぜ」
「てめぇのせいか」
刀を帯刀し、角から今にも飛び出そうな刀嗣ではあったものの、幽霊男は別のものが気になっていた。地下へ向かって風が流れている、つまり何かがあるということか。
「ふむ」
刀嗣が角から飛び出した刹那、幽霊男は先程の子供を追うように自然な流れで二人は離れた。
子供たちは壁に背をつけて震え固まり、守護していた覚者は銃や剣や様々な武器を向けて立っていた。
彼らの前に立つのは亮平とたまき、そしてアニスと斗真である。
「大人しくしてくださいっ、隔者です、怖いですよっ!」
「うーん、隔者度9割減」
「ううっ」
男性の声ども、アニスは必死に演技し隔者を騙りつつ、斗真は前に出て雷切を取り出す。流石にぎょっとした亮平は出てきた雷切を斗真の守護使役に再び飲み込ませながら、首を横に振った。
「待って、斗真くん。雷切は、まずいよ」
「そうかなあ」
「そうだよ、またバーサーク状態になったら地獄絵図完成しちゃうからね」
「わかった」
口頭では話をしつつも、亮平は覚者たちへ状況の説明を挟んだ。それが全て飲み込めと言えども、無理な話ではあったが、たまきのマイナスイオンも相成って状況が殺伐とすることは無かった。
突然にも話しかけてきたのは守護者たちである。亮平は被っているフードを引いて、カメラから顔を隠しながら返事をする。
『その情報、信じられる根拠は無い……が、確かにこの孤児院は不自然な事が多いんだ』
『と、言うと? 一緒に俺らが調査するから、教えてくれると』
『……まあ、いいだろう。信用しよう。子供が消えるんだ……、たまに出所手続きも無いまま、忽然と消えてね』
『子供が消える……、わかりました。調べてみます』
亮平とたまき、そしてアニスは顔を見合わせてから頷き、たまきとアニスは声を張り上げた。
「さ! おまえらはこっちですよ! きをつけてくださいね、足もと見にくいですから」
「いうこときかないと、ぶっころすぞお。列から離れないようにしてください」
亮平は子供と手を繋いで歩きつつ
「うーん、いまいち遠足の引率加減増し増し」
と苦笑いである。
しかし、ふと。アニスは周囲を見回した。
「……斗真さん?」
が、いない。
●
翔とタヱ子の手前で、拳は解かれた。同時に、古妖たちは全員の動きが止まったのだ。
殴られる衝撃を待っていた翔は瞳を開けてから、一瞬、何が起こったか分からない顔ではあったが、タヱ子はハッとした。
「オデたちの居場所、取り返して『クレル』?」
「……はい!! 今、仲間が孤児院をどうにかしに行っているところです!!」
「おう!! だから、時間をくれ!! あんた達の居場所と、龍脈はきちんと返すから!!」
「オデたち、信じる。もうハラヘって、ウゴケネェで」
力なくへたり込んだ古妖たち。考えてみれば、力ある古妖がある意味人間ごときに玉砕を決することは無いだろう。しかし斗真は玉砕すると言っていた。つまりは、彼らも龍脈の加護が無く、力を出せず。その命の最後の一滴を燃やしてまでの襲撃であったのだろう。
ここで、別の勢力が龍脈を取り返してくれるなら好都合なことは無い。
「ぉさまった?」
「ええ、鬼火さん。炎の囲い、解いても構わないわ」
「っかれたょ、ぉゃすみ。とうまんとこ、かぇしてネ」」
くてっとした餅のように、椿の両手の中で鬼火は眠りについた。
「よし! じゃあ、おりゃりゃりゃー!」
小唄は耳をぴこぴこ動かしながら孤児院へと駆ける。
翔は守護使役を飛ばして上空から何かが無いかを探してみた。
タヱ子は土の心を使い、特に山の中の方を探っていく。
「あの、」
「ナンダイ」
冬佳は留まり、古妖に山の持ち主のことを聞いてみるのだ。
「イイニンゲンだった、フシギな力使う。オマエラと同じ力もったニンゲン。オデたちとトモダチ」
「はあ、覚者だったのですね」
「キエタナ。カレがキエテから、あの忌々しいテツのタテモノができた」
「孤児院のことですね」
「オデたちもマタ会いたい」
「……そうですか。ありがとうございます」
●
「斗真さん」
「アニスちゃん」
アニスは一瞬、違和感を覚えた。
「……孤児の避難は終わったの?」
「ええ、亮平さんが」
「そう」
更に後ろからたまきが息を切らして駆けてくる。
「あ、あの、この奥、」
「うん、そうだろうね」
たまきが言いかけたところで、斗真は更に奥へと進んだ。
「……? 斗真さん?」
「この先は、行かない方がいいと思うんだ。引き返したほうがいいかも」
「ですが」
「じゃあ僕だけが行くから。ちゃんとこっちに戻ってくるから。やめておいた方が、いいよ」
そこへ幽霊男がシギルハイドを斗真の首に突き付けた。
「楽しそうじゃな、混ぜろぞなもし」
「なんだ。気づいてたの? 話が早い、アニスちゃんはそこに居て。たまきちゃんは、どうする?」
「ぁ……えっと――その先に、たぶん、山の持ち主さんがいるみたいで」
斗真――いや。
「いつまで、斗真でいるのじゃ」
「起きたのはついさっきだ、身体が痛ェ原因と経緯くらいは知ってるがなァ」
「えっ!? 紫雨さんなんですか!?」
幽霊男とたまきは紫雨を連れ、腐臭漂う部屋へと入っていた。
「ここは」
「お察しの通り、実験場だろうな」
「お薬とかですか」
「その他諸々新兵器やら薬とかじゃねえの」
幽霊男は腐敗したベッドの布団を一枚捲り――捲ってから、再び元の形へ戻した。
「死体だらけじゃの」
「たりめーだ、アニスちゃんが来たらゲロじゃ済まねえぞ。お探し物はこれかァ?」
紫雨は大人が入る程度の寝袋を、幽霊男の足もとへと投げつけた。小さく口が開いたジッパーからは、やせ細った腕が出ていた。たまきはごくりと唾を飲み込んでから、中身を確認。すぐにジッパーを絞めて、両手を合わせた。
「山の持ち主さん、見つけました……」
「何を、知ってるのじゃ」
「『東小路煌軌(あずまこうじ・こうき)』。『東の煌帝』」
「財前の」
「ああ、息子だ。クソデブった道楽息子だ」
「それがイレブンの」
「俺様も探っても探っても尻尾が掴めねえ」
「つまり、自分は手を汚さないタイプじゃの」
「七星剣幹部にも、そういうのがいる。裏で操り人身売買から、きったねえ薬のブローカーなんてのもな。俺ァあいつ嫌いだからいつでも殺したいと思ってるが」
「紫雨もやってたじゃろ」
「ああ、孤児院の神父が見事破綻した事件かぁ? 残念だがあれが、件の七星剣幹部の管轄だ。俺は尻ぬぐっただけで俺じゃねえ」
「観戦……か」
「人を人とは思わず、イレブンという組織でさえ奴の玩具だ」
「そんな子供さんがいらっしゃるなら、学校とか」
「行ってたら、いいんだがな。写真一つでてきやしねえ」
「不思議ですね」
「不思議だろ。関わらない方が為だな、平気で五麟に飛行機落とすだろうしな」
死体袋を担いだ幽霊男が眼を離した隙に、
「そういえばお主の妹が呪いに」
「ええええええええ、ここどこ!!?」
元の斗真に戻っていた。
外の古妖をどうにかしていた覚者たちが孤児院内に入ったときには、
「よォ」
守護者であれど抵抗してきた敵を戦闘不能にして山ずみにした登頂で、刀嗣が納刀しきるところであった。
「それどうやって外に運ぼうかしら……」
「阿久津の警告を聞いても向かってきたこいつらが悪ぃ」
刀嗣が舌打ちしたところで、冬佳は頭を抱えた。
軒並み、手あたり次第に探索を行ってから孤児院は燃やされた。
轟轟燃える施設に、喜ぶ古妖たちは飲めや歌えやの大騒ぎであったが、守護として雇われていた覚者たちの面持ちは重い。財前やイレブン幹部が文字通りの性格をしているのなら、消えた覚者や孤児をそのままにしていくことは無いかもしれない。
その前に手を打たねばならない。財前との最終決戦の日は近づいていた。
