<双天>あの弟にしてこの兄
<双天>あの弟にしてこの兄



「七星剣から挑戦状が来たんだぜ」
 久方 相馬(nCL2000004)は集まった覚者たちへそう言ってから―――。

 しーん……。

 ――――次に進まない。

「それだけ!!」

 本当にそれだけだった。

●ここから下は読まなくても良い
 傾き始める竹水仙が石に弾かれ、かぽんと音を放つ。
 まるでこれこそ日本の和であると主張する庭園が望める、幾星霜の歴史を重ねた日本家屋の一室。
 夜もすがら激しい熱に煽られ、波を超え。長い金髪を乱れさせた男が裸のままで起き上がる。彼は、女と間違う美貌を持っていた。
 瞳は左右で金と銀。宝石のように、しかし狐のように瞳を細めて笑う男は女の唇を満足させる方法を知っている。
 そして、うっとりと頬を朱に染め、一点を見つめる黒髪の女は彼の名を知っている。
「……庚様」
「貴方の御依頼。破綻者は討伐しておいたよ。
 これで、貴方の御父上君の無念は晴らされた。復讐は終わったのです。
 報酬は海外口座のほうに振り込み済のようだね。これにて、僕と君の関係は終了です。あまり、僕らに関わらない方が貴方の為」
 庚(かのえ)と呼ばれた男はそそくさと、白く絹のような肌の上に雄々しい軍服を羽織った。
 まるで定時になったから帰るサラリーマンのような雰囲気で支度を終えた庚であるが、猫のように足もとで甘える女は帰すつもりは無いようだ。
「庚様! 貴方は家具であるのなら、どうか私のものになってくださいませ。
 あの不出来な弟のもとに帰るよりも、ずっと、ずっと! 私が幸せを運びましょごぽびゅ……?」
 朝日を透き通らせた障子に、赤く艶やかな鮮血が飾られた。
 白軍服の足もとに縋った女の頭が、ごろんと畳の上で転がり。
 欠伸をした庚の片腕には、片割れた鋏が冷たく光輝いていた。
 庚は女の胴体を蹴ってから障子扉を開け、出る。少しずつ閉じていく扉、覗き込むような庚の瞳が凍っていた。
「弟の悪口は許さないよ……?」
 トン、と襖は閉る。
 朝日に照らされ、障子に映る庚の影は巨大な鬼の影を作っていた。
「……ああ、もう、この怒り、どうすればいいの? 何にぶつければいいの?
 僕はどうすれば発散できる? ねえ、ねえ、ねえ、教えてよ、嗚呼、嗚呼、嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼!!」
 弟を卑下と見た主の失言の為に、屋敷中の命が一瞬にして奪われたという――。

 ――七星剣には、『御子神』と呼ばれる『双子の家具』が存在している。
 主君は一人であるが、命令が無いときは雇われで仕事を請け負う。
 赤子の面倒見から敵の討伐、本の読み聞かせから一般人虐殺、果てはUFOの捕獲(出来るとは言ってない)まで、金額に応じて請け負うのだとか――

 屋敷から出てきて門を超えた庚は、
「兄者」
 塀に背を預けていた辛(かのと)と呼ばれる弟を目にした。
「はいはい、兄者ですよっと」
「兄者、何をされていたのです。妙に血の臭いと、女の臭いがします。お怪我を?」
「僕の血じゃあ無いから心配ご無用。女の臭いは、……まあ、色々あったんだよ、ほんと色々。それよりも兄弟、お前の身体のほうが心配だよ。
 FiVEはどうだったかい? この兄に、教えておくれよ」
「はい! 兄者のお陰で。愉快な時間でありました。しかし、鬼の邪魔が入り……全員とは。残念です」
「それは……仕方ないよ。鬼なんてどこにでもいるようなものさ。けれどいけないね、攻撃を受け過ぎだ。君は防御の仕方を覚えたほうがいい」
「まだまだ精進が足りなく。兄者の足もとにも及びません」
「ふふ、お前はいいこだ。そのままで育っておいで」
 庚は顎に指を置き、何か考えながら目線は横へと動いていく。
「FiVE……か」
 そして不適に、未だ女の味が残る唇を舐めた。
「美味しそう。僕の欲も満たしてくれるかな?」


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:工藤狂斎
■成功条件
1.七星剣に勝つ
2.なし
3.なし
 OP、最初のブロックだけわかればその他は蛇足です、蛇足でした

 超純戦

●状況
 七星剣が勝負を言い渡してきた
 受けるか、受けないかは、貴方次第――!

●挑戦状の中身(要約)

 僕、御子神庚。
 FiVEさん遊んで。

 あとは日時や場所が記載されているのみであった。
(あまりにも悪意が見えなかった為、AAAを向かわせるなど手を打とうとはしなかった久方相馬)

●七星剣
・御子神庚(みこがみ・かのえ)
 因子は顔の頬に紋があるため、彩
 術式は不明
 常に笑っておりながら、考えていることは読めないけど
 あの弟の兄だから戦うことは好きそうな七星剣の家具

 巨大な鋏の片割れを所持し、それを振るいます

 弟は御子神辛(拙作<双天>片割れの刃に登場しております)

 その他一切の情報無し

・御子神辛(みこがみ・かのと)
 因子は顔の頬に痕があるため、彩
 術式は不明
 常に不機嫌極まりない表情をしており、巨大な鋏の片割れを所持し、それを振るいます
 
 当依頼には、一応程度には居ますが戦闘には参加しません
 というのも兄が辛に手を出さないよう命令したからとのこと

*強さ敵には、庚>>>辛
 万が一、二人と戦う場合は、現時点の参加人数では難易度上がります

●場所
 工場(障害物あり、重機の類が多い、電気生きてます、動かそうと思えば動かせます)
 時間は昼
 一般人無し、ペナルティ一切無し

それではご縁がありましたら、よろしくお願いします。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(0モルげっと♪)
相談日数
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
公開日
2016年06月02日

■メイン参加者 6人■

『白焔凶刃』
諏訪 刀嗣(CL2000002)
『突撃巫女』
神室・祇澄(CL2000017)
『突撃爆走ガール』
葛城 舞子(CL2001275)
『天使の卵』
栗落花 渚(CL2001360)


 外界から漏れる熱の籠った光が、窓の数と壁に空いた穴の数に比例して明るさを灯していた。
 時刻通りの正午。
 長い針も、短い針も、共に12の数字を示し、秒を刻む短針だけが忙しく時間を駆け回っている。
 寝心地の悪そうな重機という名のベッドの上から、上半身を起こした『双天』の兄『御子神庚』が、覚者たちを見つめて嬉しそうに頬を緩ませた。
「怯えて来なくて僕は放置プレイ。FiVEは遊びも知らないだなんて!!
 ……なぁーんてことは、ミクロ程にも、いや? 可能性の0.0001%程も思っていなかった。いらっしゃい」
 つまり覚者が来ることは、必然であるように。
 庚は、首を傾げて。
「ああ、僕は、御子神庚。七星剣のやんごとなき暴君が所有する、ただの平凡なハサミだ。
 そうだ。一応……確認するけど、FiVEだよね。だめだね、僕は君たちという存在を確認する術を持ち合わせていなくてね」
「兄者。彼らはこの俺が――」
 兄の発言に応えるように、壁に背を預けて突っ立っていた弟・御子神辛が前へ出ようとしたが、庚は右手一つで静止させた。
「いかにも、僕たちがFiVE組織から派遣された覚者だ」
 『月下の黒』黒桐 夕樹(CL2000163) は舐めていた飴を噛み砕きながら言う。夕樹の目線は庚から、辛へ。彼との次なる再選は今だ先であろう。
「俺は黒桐。黒桐夕樹。気が向いたら覚えといてよ。……そっちの、片割れの家具さんも」
 辛は、律儀に頭を下げ反応とした。
 七星剣からの挑戦状。つまりは御子神兄弟はFiVE組織の本拠地の場所を知っていると言えよう。
 それは恐らく繋がりを持っているだろう逢魔ヶ時紫雨を仲介したと予想できる。
 それはさておいて。
 『天使の卵』栗落花 渚(CL2001360)は覚醒を果たす。見た目は全く変わったようには見えないものの、それは庚の宣戦布告に乗ったことの意思表示と同意。
「七星剣の一角、この前は邪魔が入ってちゃんと戦えなかったけど、今日はちゃんと相手をさせて貰うよ」
「一角だなんて恐れ多い。僕等はただの、幹部の所有物だよ。名を誇れる程のことはしていないし、できないさ」
 庚の言葉に渚は、そう、と呟いた。だがしかし、彼の言葉の裏には更なる強敵が潜んでいることを臭わせるようなものだ。
「葛城舞子ッス! お相手よろしくお願いするッス!」
 雰囲気をぶった切るように『猪突猛進』葛城 舞子(CL2001275)は右手を大きく挙げた。
 七星剣、FiVE、そんな堅いものは舞子にとっては取るに足らないことかもしれない。御子神という名前の人物が戦おうぜと言ってきただけの事。そこには何も柵は無く、柵が暗躍していたとしても気づかない。実際なんの柵も無いが。
 それが舞子の利点であろう。くるんと辛へ向き直った舞子。
「私のこと覚えてるッスか!? 今回は戦わないッスよね?」
「はい」
「じゃあコレをお願いしたいッス! お菓子ッス!! 疲れた時は甘い物っていうじゃないッスか! だからいっぱい持って来たッス!!」
「はぁ」
「何なら食べててもいいッスよ! お裾分けッス!!」
「残念だが、施しは受けない主義だ。折角だが」
「元気のいいお嬢さんだね。変に絡みついてくる馬鹿よりはよっぽど好感が持てるよ。貰っておきなよ兄弟」
「ン゛ン゛ン゛!!? 兄者がそう言うのであれば……」
 辛は渋々、舞子からお菓子を受け取った。憎めないなあ、と辛を見ながら。
「な、なんだかほんとに対照的だね……けど、間違いなく兄弟だって分かるこの残念さって何なのかな……?」
 渚はぽつりと呟いた。
「神室神道流、神室祇澄。一手、お相手仕ります!」
「櫻火真陰流、諏訪刀嗣。いくぜ」
 『突撃巫女』神室・祇澄(CL2000017) の左腕の紋様が暗色に輝きを放ち、輝くような金髪が漆黒に飲まれた『白焔凶刃』諏訪 刀嗣(CL2000002)。
「名乗る流派はありませんが――名は水瀬冬佳。いざ、参ります」
 そして、『水天』水瀬 冬佳(CL2000762) の髪が白銀に染まり、最早この場の空気は常人であればビリビリとした悪寒に包まれ卒倒しても良いほどだ。
 目下、厳戒態勢。庚が足ひとつ動かしたところで戦いの火蓋は切れるだろう。
「ふふ。もう遊びたいの? 仕方のない子たちだなぁ。ね、辛」
 辛は、庚と覚者六人の間へ入った。水平に右腕を伸ばして、言う。
「立ち合いは、僭越ながらこの御子神辛が行う。両陣とも、全力で戦うことは構わないが、怪我は重傷程度に抑えること。
 破るならば、この俺が試合の止めに入らせて頂く。
 それは兄者であっても、同じことだ」


 玩具のように重機が空を舞い、そして轟音を奏でつつ落ちた。
 砕けた部品が跳ねる中を庚はステップを踏むように右へ、左へと翔る。追いかけるのは前衛たる冬佳だ。白銀の刃を片手に携え、庚の背を追いかける。
 開けた場所で足を止めた庚は片割れの鋏を両手で持つ。飛び込んで来る冬佳でホームランでも打とうというのか構えたところ。圧倒的力で単純にねじ伏せてくるか。これは恐らく彼らの主人のやり方を真似ているのだろう。紫雨に、暴力坂、世界は広いものだと冬佳は想う。しかし立ち向かう勇気だけは負けぬ。
 正面切って受けて立つ。冬佳は避けることも出来たがあえて乗った。
 確か刀嗣が弟の辛と戦った時、煮え湯を飲まされたとか。冬佳は嫌な予感を直感で感じていた。だが上げたギアを止めることは叶わない。
 ぶつかる、衝撃。
 刹那跳ね返ったように飛んだ冬佳は壁にめり込みずれ落ちる。嗚咽も断末魔も出さず、冬佳の口元は笑った。
「ん?」
 庚の頬、二筋の傷跡から血が垂れたのだ。その血を拭う頃。
 庚の足元より檻の如く槍が奮起していく。祇澄が少し離れた位置より、片腕を上げていた。地に命を下し、庚の体を縫いとめるのだ。
「まずは、これから!」
「ンー」
 血の滴る顔面で、三日月のように裂けた庚の唇。祇澄を目にし、やってくれると呟き檻から這い出す。
 その姿の不気味なこと。祇澄の背が悪寒に揺れた。どくんどくんと高鳴る鼓動、噴きだす汗、まるで鬼に睨まれたようだ。だか彼の体を抑え込んだのは間違いはない。
「しっかり!!」
 夕樹の声に、我を取り戻す祇澄。祇澄の攻撃に足止めを食らう庚は、覚者より一斉攻撃を受けていた。
 その一つ、夕樹の刺突とも言える波動が空気を震わし、そして庚を貫いた。彼の体は重機や床を変形させながら飛び、砂煙の中へと消えていく。
(当たった……)
 夕樹は一瞬、ほっと息を吐いたその刹那。胴が爆ぜたように弾け熱い、夕樹の足元が膝から崩れた体勢で口から体温を混ぜ込んだ鉄の液体を吐き出す。
 鋏が飛んできたわけでは無い。単純な念弾か、彼に近づかないと留意していたが……。
「痛いのだぁーいすき」
 二本の脚で歩き、煙から出てきた庚は無傷――とはいかなかったようで、むしろ同じく血を吐きながら肋骨でも折れたか胴を抑えていた。

 早くも渚の回復は忙しさを極めていた。
「私の仕事はみんなが倒れないように支えること。だけど、私だってじっとしてるだけじゃないよ」
 止まらぬ手。強固な意思に力を乗せ、仲間の傷を埋めていく。だがしかし、当初は仲間の傷を埋めていたのだが、今や――。
 キヒッと笑う庚が空中に線を引いたとき、中衛位置に属していた渚も、祇澄も、夕樹も吹き飛ぶように波動を受けて転がる。狙いは定められたのだ、回復手から潰すこと。そして、回復手に庇い手が存在していないこと。
 ――故に、仲間の傷を埋めつつも渚は渚自身を助けなければいけぬことに。しかしそれでも、仲間に被害がいかないのなら、渚がここに立つ意味は濃い。
 応えるのだ、渚が落ちる前に。
 状況は肌で感じ取っていた。渚と庚の間に割って入った刀嗣。
「大人数でボコるってなりゃ、いざ尋常にたぁ言えねぇな」
 なに、ただの前菜に過ぎない現状況。本当に楽しみにしているのは、兄弟二人で食いかかって来る時だ。
 一閃で斬り払い、二閃目で庚の肩を抉る。横殴りの雨のように血の水滴が刀嗣の頬を染め、白き炎に反射する刃で庚を八つ裂きにしながら――しかし、違和感がある。
 庚は、笑っていた。涎垂らし、血を吐き、ちょっとばかり涙を流しながら、瞳の中をぐるぐる廻しつつ、くっくっと肩を揺らし、そして刀嗣の髪の毛を鷲掴む。
「笑っちゃうよ、今年入って最高の逸材たちだ!! 一か月は、この刻まれた傷だけで思い出に浸ってイっちゃえるね!!」
 庚は刀嗣を頭突いて投げれば、舞子が入れ替わりに閃光を放つ。
 薄暗い工場内を裂く光は、されど、庚の鋏に切り伏せられて塵へと返された。
 金と銀の瞳は舞子を映す。彼女の因子を見るのは初めてであったか、庚は舐めるように彼女の体を見た。そして舞子は重機の傍らに隠れながら、凍り付いた瞳に魅入られたのを払うように鼓動を落ち着かせんと深呼吸をひとつ。
「こそこそこそこそ、こそこそこそこそ。かくれんぼかい。葛城舞子ちゃん。出ておいでよ、このお兄さんと遊ぼう?」
 出てこないのなら。
「見つけて食べちゃうよお菓子みたいに」


 手負いの具合は一長一短。
 渚の回復に間に合わぬものは、舞子が代わりに回復を行う形となったが。逆を言えば、攻撃する手数が減ってしまった現状である。
 本来なら地面を這うべきクレーン車が跳ねながら宙を舞ってくるのを、叩き切った刀嗣。
「もちっと楽しませろよ。弟より強いんだろ?」
 あの兄神は遊んでいるつもりだ。あくまでも、自分の命さえも軽く見ている節はある。戦いを楽しむのは良い。だが庚は、戦いを楽しんでいるのでは無い。もっと別のところを楽しんでいる。
 あの弟が馬鹿なら、兄も馬鹿か。しかし刀嗣は更にその上をいく馬鹿であることを自負しつつ尊び、乱れぬ思考は重厚な戦車の如く庚の腹部を一直線に突き刺した。
「ど変態が。てめぇ、殺すのが好きなんだろ?」
「ふふ、やんちゃな傲慢くんは口がよく動く。僕が塞いであげようか?」
 しかし庚は攻撃対象を見誤らない。
 回復手から潰すのは続行だ。再び、鋏はくるんと廻され地を爆ぜさせる風圧が中列を弾いた。祇澄が攻撃を防がんと合間に入るも、一緒に吹き飛ばされ即座に体勢を整える。片刃でこの威力ならば、2人であればどれほどか。前衛も限界に近い。祇澄は前へと駆け出し、刃を振り上げた庚とぶつかり合う。押されていく、押されていく、だが、ここで負けてなるものか。光る瞳は苦しさを滲ませていた。無様を見せびらかすよりは、いっそ四肢が曲げても戦い抜く。祇澄と距離をとった庚は腕が痺れていることに気づいた。
「戦巫女。ううん、戦姫ちゃんだね。何のために、戦うんだい君は」

 攻撃は続いた。何度もみた攻撃。だが避けられないことは悟った。渚は瞳を閉じながら衝撃に身を任せ、――踏みとどまる。命がひとつ、消えただけ。それは、負けたこととはイコールでは無い。
 兄の強さだけでこれならば兄弟合わさったときは確かに恐ろしい。それは勝てないと認めたことでは無い。まだ、まだ、光はある。勝利は見える。それは。
 渚の瞳はかっ開き。そのとき、渚は何を叫んだか自分でも覚えていないが、空気を震わす雄叫びをあげながら。
 気づいたときには庚の体は地面に衝突、渚の得物は二回目の振り上げを行い。そして衝撃、二人を中心に工場の地面は円状に陥没し、庚の笑い声が響いた。
「渇望ちゃん。いーや、とんだ策謀だ。頭が悪い僕とは相性悪いね」
 クリティカル。庚はひしゃげた足だろうと、立ち上がった。そこに痛みはあるだろうが、それさえ殺し合いの醍醐味であると言わんばかりに恍惚の笑みを浮かべている。

 気紛れに人を殺すか、庚は。辛と比較する冬佳は、兄の性格を見切っていた。
 あの二人は言わば、正反対という言葉が似あうだろう。ただひとつ、合致している部分があるとすれば全てに悪意が見れらないこと。
 それは物として命令を全うするだけの生に、己の意思を詰め込まないのだろう。
 同時に、それはある意味洗脳的で、彼らが物であることを思い込んで否定しないことから妄信的だ。
 ふわりと羽のごとく、冬佳はステップを踏んだ。渚を狙う攻撃は何も地烈だけでは無い。貫通でも狙える。
「知識の暴食さん。僕のこと知りたいような目をするね。いや、僕だけでは無いんだろうけど」
 重く、されど素早く動いてくる片割れた鋏の変則的な動きを読んで、白銀の刃で受け止める。手首が悲鳴を上げつつ軋み、押される、庚は押し込んでくる、力任せに。
 暫く庚の地烈を受けていた夕樹は、トタン壁にめり込み座り込んでいた。立ち上がる余力は残っている。だが立ち上がらない。
 その分の力はこちら(スキル)へ向けるのだ、見れば冬佳が競っている。辛は夕樹の動きを見てハッとした。だが一歩、足が動きかけた処ですべての行動を自制する。
「いい加減、大人しくしなよ……ってね」
 とっておきだ。
 ライフルを構え、そして放つ。一秒にも満たない時間で、庚の足がドピュと血を巻きながら弾丸を飲み込んだ。
 仕事柄、銃弾に被弾するというのはよくあることだ。庚は何食わぬ顔で夕樹を目に移しつつ、冬佳を弾く。歩みを一歩、夕樹へと向けたところで違和感に気づいた。
「君は、切り札くんだ。必要ないときもままあれど、逆転の一手」
 庚が夕樹のもとへと走る前に、夕樹が指を鳴らすほうが圧倒的に早い。
 瞬時、命令の下った弾丸――これは種子――は、庚の体の血と肉を養分にしつつ急成長を遂げ、その棘刺は庚の体を内側から切り裂いた。
 片足が崩れ、地面を這う庚。ここが好機だ。とはいえ、これは最初で最後の一手だろう。次、もし彼らと相対することがあれば、見切られることは読めている。まったく、しょうもない連中だ。
「今だ!!」
 夕樹は懇親の力で叫んだ。
 見逃さない。
 舞子は手を止め、攻撃へと変える。ノシつけて返り討ちにしてやると意気込んだ己を嘘にはしたくは無い。
「強欲な」
 庚がなんか言っていたのを無視し、今日の第3の目は右手の平に現れた。腕を前へと出し、少しずつ開眼していくそれが、完全に見開いたとき。闇を飲み込む衝撃を放つ。
 そして、祇澄と刀嗣は同時に出た。天地と虎徹を携え、シンクロしたように動く二人の刃。
「傲慢、渇望、切り札、戦巫女、暴食、……強欲ね。明日には忘れちゃうけど、あー、楽しかった!」
 にこ、と笑った庚が次の瞬間血達磨に転がり伏せた。


 次に庚が目が覚めたときには、舞子が一番始めに見えた。
「……、何、してるの?」
「そっちはどうか知らないッスケド、少なくとも私は殺し合いにきたわけじゃないッスから」
「うん、やっぱり強欲だ」
 舞子は庚の手を両手で握り、水気帯びた優しい光を纏う。庚は暫くぽかんと見つめていたが、舞子の処置を嫌がることは無く、むしろ心地よさそうにしていた。
「自分は鋏だっていうッスけど。庚の体を触っても切れたりしないッスよ!」
「ふふ、どうぞお好きなだけお確かめ下さい。体はきちんと人間のものか」
 夕樹は庚の脚に纏わりついた植物を枯らしつつ、取りながら、瞳の端であわあわとしている辛を見つけた。
「……落ち着きなよ。お兄さん死んでないし」
「か、かようなものたちに、あ、ああ兄者が土をかけられ、情けまでかけられるなどと……」
「おい」
 そこへ刀嗣が今だ抜き身の虎徹の、その先端を辛へと向けた。
 今だやる気だ。一回だけで良い、兄弟二人で仕掛けて来い、今すぐという意思表示である。
「もうヘトヘトで動けねえって訳でもねぇだろ。お前らは二人で一つだ。俺様は一人で一つだ。だからコイツは2体1の勝負じゃあねぇ」
 辛は呆けた顔から、元の不機嫌極まる顔へと戻った。実際に不機嫌なわけでは無くこれが真面目な表情なのだ。
「……では、またこの俺が相手になりましょう」
「二人で来いつってんだ」
「ふふ、傲慢くんはやる気満々だ。けどね、兄弟も傲慢くんもいけないよ。勝ちが見え透いた勝負なんて面白くないからね」
 刀嗣は一層増して気に食わない表情をしたが、あちらが攻めてこないなればことを起こすこともできず。
「おい弟神。前は舐めた口聞いてくれたな。次は俺が勝つぜ」
 刀嗣は首元を親指で裂く動作をした。

「名を問いましょう、双天の家具」

 去り際、祇澄は兄弟の去りゆく背を止めた。

「貴方達二人の主君の名を。これほどまでに鋭利な鋏を扱うのは誰なのか」

 新たな戦乱の種を持つ、その者の名を。

「……僕が。此度の戦いに負けたといえ、その名を晒すことは無い」
「例え、俺達が捕縛され、四肢を潰され強要されたとて、その名を曝すことは無い」
「我等が主君は、武術を極め君臨す」
「主君の槌は、ひとつ振らば、地を割り山を鳴らし海を裂く」
「ふたつ振らば、天を震わし恐怖を与えん」
「みっつ振らば、破滅を導き蹂躙す」
「だがしかし覚えておきなさい。心強き戦巫女」

「「我等双天を倒せぬものに、主君の槌を受けること能わず」」

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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