光映さぬ瞳
●
たしか暗視能力があるよね。視神経はどうなっているのかな。頭も切開してみようか。
身体能力の違いも調べたいけど、見た感じ特別な事はなさそうだよね。あぁ、やはり本格的に解剖してみるべきだな。
「……ゃ、め……ろ……」
手術台に乗せられた俺は、身動きの取れないまま声を絞り出す。さっきからぶつぶつと独り言を口にするアイツは、俺の言葉なんて耳に入らない。
「よーし、大体流れは掴んだ。それじゃ、はじめようか」
そしてメスを手に、笑顔でそう言いやがるのだ。
●
朝日の眩しさで目が覚めた。公園のベンチから、身体を起こす。
けれど、眩しさを感じたのは右目だけ。左目は何も見えなくなっていた。ま、それは昨日の夜から分かっていた事だ。もしかしたら暗視が使えなくなっただけ、という希望もあったが、そんな事はなかった。
だけど、それ以外はさほど問題は無い。強いて言うなら、気分が悪いくらいだ。
腕は動く、足は上がる。左目は利き目だったから不便だが、ま、何とかなるだろう。
アイツ……殺してやる。
●
「男の人が1人、隔者に捕まってしまったんだ」
ブリーフィングルームに集まった君達を見まわし、久方 相馬(nCL2000004)は語り始める。その語り口は重い。
「……彼は覚者だった。そして隔者に身体中をいじくりまわされた。一般人との違いを知るために解剖されたんだ」
本当にただの興味本位で。知的好奇心を満たすためだけに、それは、生きたまま行われた。死なれても困るから、術式によって生命力を繋ぎながら。
「散々いじくり回したものの、得るものは何もなかった。当たり前だ。医学じゃ解明できないから神秘なんだ」
その男は衰弱したまま放り出された。滅茶苦茶だった。
そして復讐を決意した男は、返り討ちにあって命を落とす。
「どうか力になってやってほしい」
たしか暗視能力があるよね。視神経はどうなっているのかな。頭も切開してみようか。
身体能力の違いも調べたいけど、見た感じ特別な事はなさそうだよね。あぁ、やはり本格的に解剖してみるべきだな。
「……ゃ、め……ろ……」
手術台に乗せられた俺は、身動きの取れないまま声を絞り出す。さっきからぶつぶつと独り言を口にするアイツは、俺の言葉なんて耳に入らない。
「よーし、大体流れは掴んだ。それじゃ、はじめようか」
そしてメスを手に、笑顔でそう言いやがるのだ。
●
朝日の眩しさで目が覚めた。公園のベンチから、身体を起こす。
けれど、眩しさを感じたのは右目だけ。左目は何も見えなくなっていた。ま、それは昨日の夜から分かっていた事だ。もしかしたら暗視が使えなくなっただけ、という希望もあったが、そんな事はなかった。
だけど、それ以外はさほど問題は無い。強いて言うなら、気分が悪いくらいだ。
腕は動く、足は上がる。左目は利き目だったから不便だが、ま、何とかなるだろう。
アイツ……殺してやる。
●
「男の人が1人、隔者に捕まってしまったんだ」
ブリーフィングルームに集まった君達を見まわし、久方 相馬(nCL2000004)は語り始める。その語り口は重い。
「……彼は覚者だった。そして隔者に身体中をいじくりまわされた。一般人との違いを知るために解剖されたんだ」
本当にただの興味本位で。知的好奇心を満たすためだけに、それは、生きたまま行われた。死なれても困るから、術式によって生命力を繋ぎながら。
「散々いじくり回したものの、得るものは何もなかった。当たり前だ。医学じゃ解明できないから神秘なんだ」
その男は衰弱したまま放り出された。滅茶苦茶だった。
そして復讐を決意した男は、返り討ちにあって命を落とす。
「どうか力になってやってほしい」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.隔者5名全員の討伐、または捕縛
2.二条月彦の生存
3.なし
2.二条月彦の生存
3.なし
状況は以下の通りです。
青年、二条月彦とは、公園か施設で接触可能です。
●舞台
郊外の廃工場を違法改造した研究施設。
時間帯は朝。
十分な照明、問題なく動ける程度の足場です。
というより研究室以外には大したものは置いておらず、殺風景な印象を受けます。
●覚者
・二条月彦
左目は失明。一晩休んだものの、依然衰弱状態であり、軽傷扱いです。
天行、暦の因子、使役は植物。武器はハンドガン。
念弾、鋭刃脚、召雷、填気、暗視、生執着を取得しています。
腕はF.i.V.E.平均より劣ります。
●隔者側
・古川
研究者ですが腕はF.i.V.E.上位陣と比べても引けを取りません。
木行、彩の因子、使役は猫。武器は薙刀。
五織の彩、飛燕、地烈、深緑鞭、棘一閃、樹の雫、医学知識、迷彩を取得しています。
中衛に位置します。
・取り巻き×4
古川の友人と協力者です。
全員が医学知識を取得しています。
前衛
現×木:B.O.T.、深緑鞭、棘一閃、非薬・鈴蘭
械×火:機化硬、炎撃、醒の炎、斬・一の構え、貫殺撃
械×土:機化硬、隆槍、蔵王、無頼、疾風斬り
後衛に1名
翼×水:エアブリット、水礫、癒しの雫、癒しの霧
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2016年04月03日
2016年04月03日
■メイン参加者 8人■

●
ベンチから身体を起こし、青年、二条 月彦は歩みを進めた。目指す場所は一つ。
と、月彦に向かってくる集団に気付いた。
「何だ?」
「おにーさん。君の復讐、手伝ってあげようか?」
葉柳・白露(CL2001329) の返した言葉に、意図が分からず押し黙った。
「私達はF.i.V.E.だ。お前の手助けに来た」
長い黒髪の女性、椿屋 ツバメ(CL2001351)が続ける。
「此方としても放って置けない案件だからな……」
「F.i.V.E.か……あぁ、なるほど」
「復讐したい本命はマッドサイエンティスト野朗だよね? でも今のままじゃあ行ってもただの犬死にだよ」
白露の言葉に黙る月彦。それは分かっているのだ。
どう返したものかと考え始めた月彦に、上月・里桜(CL2001274)が問いかける。
「二条さんが古川を殺すことを望んでいるのは知っています。でも、私は、それでいいのかしらと思います」
夢見の能力で得た、月彦が命を落とす事実。それを伝えたうえでさらに告げる。
「隔者に受けた仕打ちの記憶と一緒に……その上に、殺すという記憶も重ねていいのかどうか」
古川のような隔者はごまんといる。月彦がそういう人間に遭遇して、やはり同じ手段に出るとしたら、その記憶がさらに強まってしまうかもしれない。
「……古川の為に、そこまでする必要がありますか?」
里桜は月彦の目を見てそう告げた。その手を血で染める事をしてもらいたくない、真摯な気持ちだ。
「月彦様は人を殺めた事がおありですか?」
『二兎の救い手』秋津洲 いのり(CL2000268)が重ねて問いかける。
「いのりはあります。強化されすぎてもう人へは戻れなくなった憤怒者を」
続けて、訥々と語る。
「ですが、元に戻るとか戻らないとか、相手が悪人だとかは関係ありません。人を殺すという事はその人の抱いた夢も、望んだ明日も、全てを奪う事だといのりは思います」
突き刺すような瞳で月彦を見る。いや、見ているのは、月彦を見て思い出す、未だ頭から離れない過去の情景。
「いのりはそれを忘れない。忘れない人間でいたい。そう思っておりますわ。月彦様にはその覚悟がおありですか?」
「そんなの俺には分かんないよ」
一呼吸置いた後、月彦はそう口にした。
「ここまでされれば頭に来る。それだけだよ」
明らかに返答としては成り立っていない。お互いの温度差が違い過ぎるのだ。
命を奪う覚悟の話は、月彦には的外れすぎた。彼は戦士ではない。特別な力を持った、ただの被害者だ。説得ならば、もっと素直で良いのだ。
月彦は思案する。“復讐の手伝いをしてもらう”ならば、捕縛で留めるという提案に乗るのは変な話だと思った。手伝いはするが意向を変えてほしいというのは呑み込めない話だ。
大体、どうあっても彼らは隔者と戦うのだ。自分に協力するという立場を取らなくていい。むしろ自分は足手まといのはずだ。
それでも協力すると言ってくれたのは、自分の身を案じての事だ。その気持ちに応えるのも選択肢の一つだと思った。
「古川だったか? あいつは殺す。けど、他の奴らは好きにすればいい」
いのりの目を見て月彦は言う。
「これが俺の妥協出来る最低ラインだ」
●
「二条さん、ちょっと、傷見せて?」
公園を離れ、施設へ向かう途中。月彦を見上げて言う獅子神・玲(CL2001261)。疑問符を浮かべながら、月彦は少し屈んだ。
玲の何もない手のひらに、水が生み出される。そしてその水がパシャリと音を立てて跳ねると、月彦の左目に浸透していく。水行の基礎である、癒しの術式だ。
「見えるようになった?」
「ごめんな、ダメみたいだ」
けど、ありがとな。と、申し訳なさそうな顔で言った。
「あと、これ」
玲が差し出したそれは、銀紙に包まれた小さなチョコレート。
「これから仕返しに行くにしてもお腹すいてたら力出せないでしょ?」
いつか破綻者だった、過去の自分。それは、感情を吐き出しすぎたが故に起こった悲劇。
「……復讐したい気持ちはわかるよ。けど、やり過ぎはいけないと思う」
だが、どこからがやり過ぎなのか。片目から光を失った青年には、子供の喧嘩のような適正な仕返しのラインが分からない。相手を同じ目に合わせてそれで終わりと納得出来るかと聞かれれば、頷けはしない。それは“妥協出来る最低ライン”を打ち出した事からも明らかだ。ならば、命を奪えば納得できるのかと聞かれても、それも分からない。
感情の問題であるからこそ、言葉に詰まった。
「やり過ぎたら……戻って来られなくなるんだ」
「…………ん」
憎しみだけで行動しないでほしい、という玲の言葉に、月彦は曖昧に返してチョコレートを口にした。
「どうだい上月ちゃん。見えるかい?」
「裏口はありますね。すぐ脇にシャッターがあるので、搬入口でしょう。2階はなさそうです。窓が見当たりません」
玲達のそばで、緒形 逝(CL2000156)の質問に、里桜が返す。上空に飛ばした里桜の守護使役である朧の視点から、外観から得られる状況を確認する。
「なるほどね。じゃ、作戦通り二手に分かれようか」
「了解です」
逝は裏口へ、里桜は正面入り口に向かう手はずだ。
だから里桜は、『隔者狩りの復讐鬼』飛騨・沙織(CL2001262)の名を呼んだ。
「飛騨さん」
沙織は裏口へ向かう事になっているから、戦闘になる前に言っておきたかった。
「二条さんは捕縛でいいと言ってくださいました。だから――」
「古川以外はそうしろと言うのでしょう?」
分かっていますよ、と。呟くように言って、沙織は背を向けて歩き去る。
その背中を『ドキドキお姉さん』魂行 輪廻(CL2000534)の視線が追う。
「沙織ちゃん、大丈夫かしらねん……」
「僕が見ておくよ」
「お願いねん。ナーバスになってるみたいだからねん」
「うん。……あ、待ってよ沙織」
玲は小走りにその背を追い、逝とツバメもそれに続いた。
●
鍵は掛かっていない。ドアノブを引いて扉を開く。
果たして、彼らはそこにいた。
「ちょーっとお邪魔するわねん♪」
簡素なテーブルに簡素な椅子。腰かけた5人は、弾むような声音の、和服を着崩した妙齢の女性に、ぎょっとしたり色めき立ったり。
殺風景なこの場所には似つかわしくない輪廻に続いて、白露と里桜と月彦、そして赤いボンデージに身を包んだスタイルの良い女性。これは覚醒した姿のいのりだ。
隔者の5人は立ち上がると、銘銘がその手に、現出させた武器を握って、じりじりと布陣する。
「何だい、君の連れか。見たところ、全員覚者のようだけど。仕返しにでも来たかい?」
隔者の1人が月彦を見て、そう言った。それが古川のようだ。
「そりゃそうだろ」
「そうかい」
輪廻達に相対したうちの1人が、実力を推し測るかのように、舐めるように見ながら、古川に対してぼやく。
「ほれ、面倒な事になった。だから殺しちまえばよかったんだよ」
「そんな外道みたいな事出来ないでしょ」
「どの口が!!」
吠えたのは月彦ではない。隔者の背後、裏口から踏み入り、この部屋にたどり着いたツバメだ。
「……ふぅん、そういう事かい」
続いて逝、沙織、玲も部屋へと踏み入る。
挟撃は、逃がす気はないという意思表示だ。古川は、いや5人の隔者は後ろにまで気を配らねばならない。特に、日本刀を手にしたフルフェイスなどは見た目からして危なっかしい。
「ま、やる気だっていうんだから、やりますかね」
古川が薙刀を手に、背後の覚者に向き直った。
「色っぽいだけのお嬢さんじゃないってかよ……!」
後ろに飛び退き、衝撃を殺す隔者。だが、輪廻の拳は確実に隔者を捉えていた。流れる動作で、脇の隔者の足を払い、腕を掴んで自分の側に引き寄せる。そして、もう片方の手で掌底を叩き込んだ。
「復讐でも何でも、お仕事なら気分が乗ればだけど付き合うわよん♪」
そして追撃とばかりに白露が二刀で以て斬り付けた。純白をたたえた刀身を赤黒い血が染めるも、すぐに流れ落ちる。二刀にまつわる逸話の通り、その刀身はどれだけ血で汚れようとも純白であり続けようとする。
「そんなにいじくりまわしたきゃ、自分の身体でどーぞ!」
すぐさま態勢を立て直した隔者を濃密な霧が包む。いのりと玲がもたらした、動きを阻害する神秘だ。
「援護を!」
里桜が腕を振るうと、桜色の髪が揺れた。覚醒したと同時に、艶やかな黒髪は色を変えた。術符を媒体に、白露へと不可視の障壁たる術を施す。
同時に、月彦が構えたハンドガンから放たれた弾丸を、隔者は転がって避けてみせた。
「こなくそっ!」
纏わりつく霧を振り切るように、隔者が輪廻の首元へ槍を突き出すも、寸での所で輪廻はそれを掴むと、槍を軸にして身体をずらし、捌いてみせる。
そこへもう1人が手を突き出すと、衝撃が輪廻の頭を打った。
「よくあの足手まといを連れて攻めてきたもんだねぇ」
「おっさんは行儀の悪い連中に『マナーを守らないとこうなりますよ』ってのを教えにきただけさね」
薙刀の一振りを逝が捌く。が、速い。2撃目が来るのを分かっていても捌き切れない。いや、2撃どころではない。3撃、4撃と繰り出されたそれに、土塊を生み出す事で凌いでみせる。
「裏社会にマナーの話を持ち出すのかい」
「裏社会だって無法じゃないさ」
逝が古川を蹴りつける。
「そう上手くいくと思うかい?」
「いくさ。あんたは強いけど、それだけだからな」
こじ開けた隙をついて、悪食の名を冠する直刀を振るった。刀の振り方など習った事はないから、なんとなくで使っている。だが、踏んだ場数というものがある。正しい扱い方が分からずとも、それを用いた戦い方は身体に馴染んでいる。
吹き上がった鮮血に予想以上の手応えを感じた。見遣れば、古川の手足に深緑色の蔦が巻き付いている。沙織が生み出した蔦が、動きを制限させたが故だ。
「誰一人として逃がさない……」
萌黄の瞳の奥に闇をたたえ、沙織が呟く。
「貴様等鬼畜外道に慈悲などいらない……」
「お願い、沙織。無茶しないで」
懇願するその声、すらりとした体形の美女は、覚醒した姿の玲だ。その玲の言葉を聞いているのかいないのか分からないまま、沙織は正面の敵へ対峙している。
立ちはだかる、背に灰白色の翼を生やした隔者。
「おぉ、怖い怖い」
おどけるように肩をすくめ、涼やかな顔で杖を振るう。そして霧を発生させると、隔者達の傷が塞がっていく。
「私達もお前達も、同じ力を持つというのに……同じ覚者があんな事をするなど……!」
大鎌を携えたツバメは、そう言って古川を睨みつける。
「じゃあ、一般人がやる分にはいいってかい?」
「屁理屈を!」
構えを取り、距離を詰める。同時に展開した火の術式。ツバメの胸の内に火が灯った。
●
反応速度で頭一つ抜きん出た輪廻が、怒涛の勢いで攻め立てる。それは紫電か太刀風か。対峙している3人の隔者を容赦なく薙ぎ払っていく。
とはいえ、消耗も激しいのだ。脅威度が高く、かつ消耗度合いが早いからこそ、隔者達は輪廻にターゲットを絞った。
突き出した槍が、あえて露出させている輪廻の肩を貫き、その後方に位置する里桜にも傷を負わせる。
「……っ!」
痛みを堪えて里桜が術式を展開すると、コンクリートの床から鋭利な先端の土塊の槍が現出し、隔者の1人の腕を貫く。
「これで、どうです!」
隔者はその場にうずくまったかと思うと、次の瞬間、倒れ伏した。
「今、治しますわ」
いのりが杖をかざして生み出した霧が、里桜たちを癒した。
「ありがとうございます。余力はありますか?」
「ええ、これくらいならまだ」
輪廻が狙われる形になったため、結果としてほぼ自由に動き回れる白露が、遊撃という形で援護に回っていた。が、隔者が刀を一閃すると、輪廻ごと白露を斬り付けた。
「息あがってるけど、大丈夫?」
「他人の事言えんのかよ!」
決して一撃は浅くない。本来なら今の一撃で倒れている。軽口を叩いてはいるが、何とか立っているのが精一杯だ。
「古川とはやりあってみたかったんだけどねん」
軽い口調だが、息があがっているのは輪廻も同じだ。消耗を速めているのは、扱う技と集中砲火だけが理由ではない。先ほどからその身を毒が蝕んでいるのだ。
「手が空かないとよ」
その毒を与えた木行の隔者は、治癒を軸に据えて立ち回っていた。後方の水行の回復力と相まって、他の隔者よりは活力があった。
「守ってるだけじゃ勝てないよ」
隔者の視界の端で、紅蓮が迸る。白露が頭を目がけて燃え立つ二刀を振るった。
「私には理解できます……彼の憤怒も……憎悪も……」
沙織が思い出すのは、自分の過去。
何もかもを奪われたから、憤怒者にまでなってしまった自分の過去。
立ちはだかる隔者に、右手の一太刀を、いや、憎悪それ自体を浴びせかける。
だから、自分が血にまみれようが、相手が苦悶の表情で膝を折ろうが、容赦なく刀を振るう。
「死ね」
言うが早いか、左手の刀を振るう。吹き出した血にまみれながら、肉を切り裂き、刃を抉り込む。
「私は戦いに来たんじゃない。貴様等を殺しに来たんだ」
けれど、最終確認はしておこう、と。沙織の理性の部分が言った。
「……貴様等はもう二度とこんな事しないと誓うか? するならば、命だけは取らないでやる」
血の塊を吐いた隔者は、死を実感した。痛すぎて麻痺してきたために、痛みが分からなくなっていたが、恐怖だけは消えなかった。怯えた目で沙織を見る。
「わ、分かった……もう、しない……」
そう答えた隔者に、さらに刀を一閃する。両目を切り裂いたのだ。
「二条さんの痛みを知りながら……恐怖の中死ね」
「沙織!! やめて!!」
玲が絶叫して駆け寄り、両手でしがみついた。
「どうだい、降伏するかい?」
「冗談」
逝は古川を本気に、いや必死にさせる。防御面に優れた逝に連撃では分が悪いからと、手の甲にある文様を光らせる。
次いで一閃したその一撃に、逝はたたらを踏んだ。
そして、薙刀を振り抜いたその隙を見計らい、ツバメが飛び込むと、空気を切り裂く音とともに、大鎌で攻め立てた。
その一撃一撃はまるで獣だ。ツバメの振り回した大鎌は、古川をまるで狼が獲物を貪るかのように斬り付ける。
「椿屋ちゃん、それはおっさんも危ない」
「避けてくれ」
そばで大鎌を振り回すツバメに対し、姿勢を低くして古川の横合いから切り込む逝。暗に、それくらいは出来るはずだ、とツバメは言ったのだ。
獲物が大きい分、防ぎやすくはあった。だから、ツバメの攻撃は薙刀で抑え込み、逝の攻撃は最低限の体捌きでダメージを抑えた。が、負傷を大前提にせざるをえないからジリ貧だ。下手に身体を動かすと大鎌で首を撥ねられるから、最低限の体捌きしか出来ないのだ。
「もっかい言うけど、降伏するかい?」
「降伏したら生き延びられるわけ?」
「二条ちゃんが頭を撃ち抜くか、そこの飛騨ちゃんが八つ裂きにするんでない?」
「後者がシャレになってないだろ」
「お前さんの言えたセリフか」
劣勢に追い込まれた古川だが、2対1くらいならば何とかなる。が、逝とツバメの後ろにもう2人いるのだ。
「こちらは終わりましたよ」
いのりの声に逝が一瞥すれば、隔者達の倒れ伏した姿が見える。が、味方も当然満身創痍だ。輪廻と白露はもちろんの事、里桜も傷が癒え切っていない。
「これで終わりだな」
ツバメは最終勧告を行わない。そんなものに意味はない。
「次は貴様だ」
ゆらり、と。まるで鬼か悪魔のようだと。古川は、沙織を見てそう思った。
「情状酌量もない隔者は……殺す……それが私の復讐だ」
ツバメと逝の間に割り込むようにして、幽鬼が斬り込む。
身体を捻って致命傷をさけるが、3人同時相手などやってられるはずもなかった。
●
あとは圧倒的に数の勝負だった。
逝が言った通り、古川は強い。そして、それだけだった。
結果はものの1分も経たないうちに出た。
「……実験体は、実験するものだよ。殺すものじゃない」
「黙れ」
仰向けになった古川に、月彦が銃口を向ける。
「それは裏社会とか関係なしにさ。ポリシーの問題」
「もう黙れ」
乾いた銃声が響いた。
白露に肩を貸したいのりは、倒れた隔者に近づく沙織の姿を見た。
「飛騨さん、そこまでする事はありません」
「沙織、やり過ぎだよ……」
「……すまない…けど私はもう……自分が止められないんだ……」
しがみついている玲を振りほどき、古川を見下ろす。そして、目に一太刀くれようとして、その腕を掴まれた。
「確かに好きにすればいいとは言ったけどな」
月彦が、その腕を掴んでいた。
「あなたが止めるんですか。そんなに酷い目に合わされたのに」
「俺だからこそ止めていいだろ」
復讐を胸に抱いた人間以外に、沙織が止まれる理由がない。それが明らかだから、復讐を誓った青年が止めたのだ。
「だって……そこまでされたんですよ……!」
「もう終わっただろ。さっき終わらせただろ」
ため息をひとつ。そして沙織の目を見て言った。
「俺を復讐の理由にするなよ」
「――――っ」
掴まれたままの腕を、そっと下ろす。気持ちが分かるからこそ、力になりたかった。そのはずだった。
同じ目に合わせたかっただけだっただろうか? 酷い目に合わせたかっただけだっただろうか?
「沙織、帰ろう?」
月彦が腕を離し、玲が手を握った。
その手を握り返し、自分の本心に向き合おうとする。“憎かったからそうした”のならば、それはすべて自分のためだったかもしれないから。
ベンチから身体を起こし、青年、二条 月彦は歩みを進めた。目指す場所は一つ。
と、月彦に向かってくる集団に気付いた。
「何だ?」
「おにーさん。君の復讐、手伝ってあげようか?」
葉柳・白露(CL2001329) の返した言葉に、意図が分からず押し黙った。
「私達はF.i.V.E.だ。お前の手助けに来た」
長い黒髪の女性、椿屋 ツバメ(CL2001351)が続ける。
「此方としても放って置けない案件だからな……」
「F.i.V.E.か……あぁ、なるほど」
「復讐したい本命はマッドサイエンティスト野朗だよね? でも今のままじゃあ行ってもただの犬死にだよ」
白露の言葉に黙る月彦。それは分かっているのだ。
どう返したものかと考え始めた月彦に、上月・里桜(CL2001274)が問いかける。
「二条さんが古川を殺すことを望んでいるのは知っています。でも、私は、それでいいのかしらと思います」
夢見の能力で得た、月彦が命を落とす事実。それを伝えたうえでさらに告げる。
「隔者に受けた仕打ちの記憶と一緒に……その上に、殺すという記憶も重ねていいのかどうか」
古川のような隔者はごまんといる。月彦がそういう人間に遭遇して、やはり同じ手段に出るとしたら、その記憶がさらに強まってしまうかもしれない。
「……古川の為に、そこまでする必要がありますか?」
里桜は月彦の目を見てそう告げた。その手を血で染める事をしてもらいたくない、真摯な気持ちだ。
「月彦様は人を殺めた事がおありですか?」
『二兎の救い手』秋津洲 いのり(CL2000268)が重ねて問いかける。
「いのりはあります。強化されすぎてもう人へは戻れなくなった憤怒者を」
続けて、訥々と語る。
「ですが、元に戻るとか戻らないとか、相手が悪人だとかは関係ありません。人を殺すという事はその人の抱いた夢も、望んだ明日も、全てを奪う事だといのりは思います」
突き刺すような瞳で月彦を見る。いや、見ているのは、月彦を見て思い出す、未だ頭から離れない過去の情景。
「いのりはそれを忘れない。忘れない人間でいたい。そう思っておりますわ。月彦様にはその覚悟がおありですか?」
「そんなの俺には分かんないよ」
一呼吸置いた後、月彦はそう口にした。
「ここまでされれば頭に来る。それだけだよ」
明らかに返答としては成り立っていない。お互いの温度差が違い過ぎるのだ。
命を奪う覚悟の話は、月彦には的外れすぎた。彼は戦士ではない。特別な力を持った、ただの被害者だ。説得ならば、もっと素直で良いのだ。
月彦は思案する。“復讐の手伝いをしてもらう”ならば、捕縛で留めるという提案に乗るのは変な話だと思った。手伝いはするが意向を変えてほしいというのは呑み込めない話だ。
大体、どうあっても彼らは隔者と戦うのだ。自分に協力するという立場を取らなくていい。むしろ自分は足手まといのはずだ。
それでも協力すると言ってくれたのは、自分の身を案じての事だ。その気持ちに応えるのも選択肢の一つだと思った。
「古川だったか? あいつは殺す。けど、他の奴らは好きにすればいい」
いのりの目を見て月彦は言う。
「これが俺の妥協出来る最低ラインだ」
●
「二条さん、ちょっと、傷見せて?」
公園を離れ、施設へ向かう途中。月彦を見上げて言う獅子神・玲(CL2001261)。疑問符を浮かべながら、月彦は少し屈んだ。
玲の何もない手のひらに、水が生み出される。そしてその水がパシャリと音を立てて跳ねると、月彦の左目に浸透していく。水行の基礎である、癒しの術式だ。
「見えるようになった?」
「ごめんな、ダメみたいだ」
けど、ありがとな。と、申し訳なさそうな顔で言った。
「あと、これ」
玲が差し出したそれは、銀紙に包まれた小さなチョコレート。
「これから仕返しに行くにしてもお腹すいてたら力出せないでしょ?」
いつか破綻者だった、過去の自分。それは、感情を吐き出しすぎたが故に起こった悲劇。
「……復讐したい気持ちはわかるよ。けど、やり過ぎはいけないと思う」
だが、どこからがやり過ぎなのか。片目から光を失った青年には、子供の喧嘩のような適正な仕返しのラインが分からない。相手を同じ目に合わせてそれで終わりと納得出来るかと聞かれれば、頷けはしない。それは“妥協出来る最低ライン”を打ち出した事からも明らかだ。ならば、命を奪えば納得できるのかと聞かれても、それも分からない。
感情の問題であるからこそ、言葉に詰まった。
「やり過ぎたら……戻って来られなくなるんだ」
「…………ん」
憎しみだけで行動しないでほしい、という玲の言葉に、月彦は曖昧に返してチョコレートを口にした。
「どうだい上月ちゃん。見えるかい?」
「裏口はありますね。すぐ脇にシャッターがあるので、搬入口でしょう。2階はなさそうです。窓が見当たりません」
玲達のそばで、緒形 逝(CL2000156)の質問に、里桜が返す。上空に飛ばした里桜の守護使役である朧の視点から、外観から得られる状況を確認する。
「なるほどね。じゃ、作戦通り二手に分かれようか」
「了解です」
逝は裏口へ、里桜は正面入り口に向かう手はずだ。
だから里桜は、『隔者狩りの復讐鬼』飛騨・沙織(CL2001262)の名を呼んだ。
「飛騨さん」
沙織は裏口へ向かう事になっているから、戦闘になる前に言っておきたかった。
「二条さんは捕縛でいいと言ってくださいました。だから――」
「古川以外はそうしろと言うのでしょう?」
分かっていますよ、と。呟くように言って、沙織は背を向けて歩き去る。
その背中を『ドキドキお姉さん』魂行 輪廻(CL2000534)の視線が追う。
「沙織ちゃん、大丈夫かしらねん……」
「僕が見ておくよ」
「お願いねん。ナーバスになってるみたいだからねん」
「うん。……あ、待ってよ沙織」
玲は小走りにその背を追い、逝とツバメもそれに続いた。
●
鍵は掛かっていない。ドアノブを引いて扉を開く。
果たして、彼らはそこにいた。
「ちょーっとお邪魔するわねん♪」
簡素なテーブルに簡素な椅子。腰かけた5人は、弾むような声音の、和服を着崩した妙齢の女性に、ぎょっとしたり色めき立ったり。
殺風景なこの場所には似つかわしくない輪廻に続いて、白露と里桜と月彦、そして赤いボンデージに身を包んだスタイルの良い女性。これは覚醒した姿のいのりだ。
隔者の5人は立ち上がると、銘銘がその手に、現出させた武器を握って、じりじりと布陣する。
「何だい、君の連れか。見たところ、全員覚者のようだけど。仕返しにでも来たかい?」
隔者の1人が月彦を見て、そう言った。それが古川のようだ。
「そりゃそうだろ」
「そうかい」
輪廻達に相対したうちの1人が、実力を推し測るかのように、舐めるように見ながら、古川に対してぼやく。
「ほれ、面倒な事になった。だから殺しちまえばよかったんだよ」
「そんな外道みたいな事出来ないでしょ」
「どの口が!!」
吠えたのは月彦ではない。隔者の背後、裏口から踏み入り、この部屋にたどり着いたツバメだ。
「……ふぅん、そういう事かい」
続いて逝、沙織、玲も部屋へと踏み入る。
挟撃は、逃がす気はないという意思表示だ。古川は、いや5人の隔者は後ろにまで気を配らねばならない。特に、日本刀を手にしたフルフェイスなどは見た目からして危なっかしい。
「ま、やる気だっていうんだから、やりますかね」
古川が薙刀を手に、背後の覚者に向き直った。
「色っぽいだけのお嬢さんじゃないってかよ……!」
後ろに飛び退き、衝撃を殺す隔者。だが、輪廻の拳は確実に隔者を捉えていた。流れる動作で、脇の隔者の足を払い、腕を掴んで自分の側に引き寄せる。そして、もう片方の手で掌底を叩き込んだ。
「復讐でも何でも、お仕事なら気分が乗ればだけど付き合うわよん♪」
そして追撃とばかりに白露が二刀で以て斬り付けた。純白をたたえた刀身を赤黒い血が染めるも、すぐに流れ落ちる。二刀にまつわる逸話の通り、その刀身はどれだけ血で汚れようとも純白であり続けようとする。
「そんなにいじくりまわしたきゃ、自分の身体でどーぞ!」
すぐさま態勢を立て直した隔者を濃密な霧が包む。いのりと玲がもたらした、動きを阻害する神秘だ。
「援護を!」
里桜が腕を振るうと、桜色の髪が揺れた。覚醒したと同時に、艶やかな黒髪は色を変えた。術符を媒体に、白露へと不可視の障壁たる術を施す。
同時に、月彦が構えたハンドガンから放たれた弾丸を、隔者は転がって避けてみせた。
「こなくそっ!」
纏わりつく霧を振り切るように、隔者が輪廻の首元へ槍を突き出すも、寸での所で輪廻はそれを掴むと、槍を軸にして身体をずらし、捌いてみせる。
そこへもう1人が手を突き出すと、衝撃が輪廻の頭を打った。
「よくあの足手まといを連れて攻めてきたもんだねぇ」
「おっさんは行儀の悪い連中に『マナーを守らないとこうなりますよ』ってのを教えにきただけさね」
薙刀の一振りを逝が捌く。が、速い。2撃目が来るのを分かっていても捌き切れない。いや、2撃どころではない。3撃、4撃と繰り出されたそれに、土塊を生み出す事で凌いでみせる。
「裏社会にマナーの話を持ち出すのかい」
「裏社会だって無法じゃないさ」
逝が古川を蹴りつける。
「そう上手くいくと思うかい?」
「いくさ。あんたは強いけど、それだけだからな」
こじ開けた隙をついて、悪食の名を冠する直刀を振るった。刀の振り方など習った事はないから、なんとなくで使っている。だが、踏んだ場数というものがある。正しい扱い方が分からずとも、それを用いた戦い方は身体に馴染んでいる。
吹き上がった鮮血に予想以上の手応えを感じた。見遣れば、古川の手足に深緑色の蔦が巻き付いている。沙織が生み出した蔦が、動きを制限させたが故だ。
「誰一人として逃がさない……」
萌黄の瞳の奥に闇をたたえ、沙織が呟く。
「貴様等鬼畜外道に慈悲などいらない……」
「お願い、沙織。無茶しないで」
懇願するその声、すらりとした体形の美女は、覚醒した姿の玲だ。その玲の言葉を聞いているのかいないのか分からないまま、沙織は正面の敵へ対峙している。
立ちはだかる、背に灰白色の翼を生やした隔者。
「おぉ、怖い怖い」
おどけるように肩をすくめ、涼やかな顔で杖を振るう。そして霧を発生させると、隔者達の傷が塞がっていく。
「私達もお前達も、同じ力を持つというのに……同じ覚者があんな事をするなど……!」
大鎌を携えたツバメは、そう言って古川を睨みつける。
「じゃあ、一般人がやる分にはいいってかい?」
「屁理屈を!」
構えを取り、距離を詰める。同時に展開した火の術式。ツバメの胸の内に火が灯った。
●
反応速度で頭一つ抜きん出た輪廻が、怒涛の勢いで攻め立てる。それは紫電か太刀風か。対峙している3人の隔者を容赦なく薙ぎ払っていく。
とはいえ、消耗も激しいのだ。脅威度が高く、かつ消耗度合いが早いからこそ、隔者達は輪廻にターゲットを絞った。
突き出した槍が、あえて露出させている輪廻の肩を貫き、その後方に位置する里桜にも傷を負わせる。
「……っ!」
痛みを堪えて里桜が術式を展開すると、コンクリートの床から鋭利な先端の土塊の槍が現出し、隔者の1人の腕を貫く。
「これで、どうです!」
隔者はその場にうずくまったかと思うと、次の瞬間、倒れ伏した。
「今、治しますわ」
いのりが杖をかざして生み出した霧が、里桜たちを癒した。
「ありがとうございます。余力はありますか?」
「ええ、これくらいならまだ」
輪廻が狙われる形になったため、結果としてほぼ自由に動き回れる白露が、遊撃という形で援護に回っていた。が、隔者が刀を一閃すると、輪廻ごと白露を斬り付けた。
「息あがってるけど、大丈夫?」
「他人の事言えんのかよ!」
決して一撃は浅くない。本来なら今の一撃で倒れている。軽口を叩いてはいるが、何とか立っているのが精一杯だ。
「古川とはやりあってみたかったんだけどねん」
軽い口調だが、息があがっているのは輪廻も同じだ。消耗を速めているのは、扱う技と集中砲火だけが理由ではない。先ほどからその身を毒が蝕んでいるのだ。
「手が空かないとよ」
その毒を与えた木行の隔者は、治癒を軸に据えて立ち回っていた。後方の水行の回復力と相まって、他の隔者よりは活力があった。
「守ってるだけじゃ勝てないよ」
隔者の視界の端で、紅蓮が迸る。白露が頭を目がけて燃え立つ二刀を振るった。
「私には理解できます……彼の憤怒も……憎悪も……」
沙織が思い出すのは、自分の過去。
何もかもを奪われたから、憤怒者にまでなってしまった自分の過去。
立ちはだかる隔者に、右手の一太刀を、いや、憎悪それ自体を浴びせかける。
だから、自分が血にまみれようが、相手が苦悶の表情で膝を折ろうが、容赦なく刀を振るう。
「死ね」
言うが早いか、左手の刀を振るう。吹き出した血にまみれながら、肉を切り裂き、刃を抉り込む。
「私は戦いに来たんじゃない。貴様等を殺しに来たんだ」
けれど、最終確認はしておこう、と。沙織の理性の部分が言った。
「……貴様等はもう二度とこんな事しないと誓うか? するならば、命だけは取らないでやる」
血の塊を吐いた隔者は、死を実感した。痛すぎて麻痺してきたために、痛みが分からなくなっていたが、恐怖だけは消えなかった。怯えた目で沙織を見る。
「わ、分かった……もう、しない……」
そう答えた隔者に、さらに刀を一閃する。両目を切り裂いたのだ。
「二条さんの痛みを知りながら……恐怖の中死ね」
「沙織!! やめて!!」
玲が絶叫して駆け寄り、両手でしがみついた。
「どうだい、降伏するかい?」
「冗談」
逝は古川を本気に、いや必死にさせる。防御面に優れた逝に連撃では分が悪いからと、手の甲にある文様を光らせる。
次いで一閃したその一撃に、逝はたたらを踏んだ。
そして、薙刀を振り抜いたその隙を見計らい、ツバメが飛び込むと、空気を切り裂く音とともに、大鎌で攻め立てた。
その一撃一撃はまるで獣だ。ツバメの振り回した大鎌は、古川をまるで狼が獲物を貪るかのように斬り付ける。
「椿屋ちゃん、それはおっさんも危ない」
「避けてくれ」
そばで大鎌を振り回すツバメに対し、姿勢を低くして古川の横合いから切り込む逝。暗に、それくらいは出来るはずだ、とツバメは言ったのだ。
獲物が大きい分、防ぎやすくはあった。だから、ツバメの攻撃は薙刀で抑え込み、逝の攻撃は最低限の体捌きでダメージを抑えた。が、負傷を大前提にせざるをえないからジリ貧だ。下手に身体を動かすと大鎌で首を撥ねられるから、最低限の体捌きしか出来ないのだ。
「もっかい言うけど、降伏するかい?」
「降伏したら生き延びられるわけ?」
「二条ちゃんが頭を撃ち抜くか、そこの飛騨ちゃんが八つ裂きにするんでない?」
「後者がシャレになってないだろ」
「お前さんの言えたセリフか」
劣勢に追い込まれた古川だが、2対1くらいならば何とかなる。が、逝とツバメの後ろにもう2人いるのだ。
「こちらは終わりましたよ」
いのりの声に逝が一瞥すれば、隔者達の倒れ伏した姿が見える。が、味方も当然満身創痍だ。輪廻と白露はもちろんの事、里桜も傷が癒え切っていない。
「これで終わりだな」
ツバメは最終勧告を行わない。そんなものに意味はない。
「次は貴様だ」
ゆらり、と。まるで鬼か悪魔のようだと。古川は、沙織を見てそう思った。
「情状酌量もない隔者は……殺す……それが私の復讐だ」
ツバメと逝の間に割り込むようにして、幽鬼が斬り込む。
身体を捻って致命傷をさけるが、3人同時相手などやってられるはずもなかった。
●
あとは圧倒的に数の勝負だった。
逝が言った通り、古川は強い。そして、それだけだった。
結果はものの1分も経たないうちに出た。
「……実験体は、実験するものだよ。殺すものじゃない」
「黙れ」
仰向けになった古川に、月彦が銃口を向ける。
「それは裏社会とか関係なしにさ。ポリシーの問題」
「もう黙れ」
乾いた銃声が響いた。
白露に肩を貸したいのりは、倒れた隔者に近づく沙織の姿を見た。
「飛騨さん、そこまでする事はありません」
「沙織、やり過ぎだよ……」
「……すまない…けど私はもう……自分が止められないんだ……」
しがみついている玲を振りほどき、古川を見下ろす。そして、目に一太刀くれようとして、その腕を掴まれた。
「確かに好きにすればいいとは言ったけどな」
月彦が、その腕を掴んでいた。
「あなたが止めるんですか。そんなに酷い目に合わされたのに」
「俺だからこそ止めていいだろ」
復讐を胸に抱いた人間以外に、沙織が止まれる理由がない。それが明らかだから、復讐を誓った青年が止めたのだ。
「だって……そこまでされたんですよ……!」
「もう終わっただろ。さっき終わらせただろ」
ため息をひとつ。そして沙織の目を見て言った。
「俺を復讐の理由にするなよ」
「――――っ」
掴まれたままの腕を、そっと下ろす。気持ちが分かるからこそ、力になりたかった。そのはずだった。
同じ目に合わせたかっただけだっただろうか? 酷い目に合わせたかっただけだっただろうか?
「沙織、帰ろう?」
月彦が腕を離し、玲が手を握った。
その手を握り返し、自分の本心に向き合おうとする。“憎かったからそうした”のならば、それはすべて自分のためだったかもしれないから。
