<古妖覚醒>人も妖も踊り、武器を取る、牙をむく。
●作られた情報
それはある動画サイトへの投稿からはじまった。
「我々は様々な調査の結果、古妖と呼ばれている封印された危険なアヤカシの情報を手に入れました」
映し出される映像には顔を隠した女がカメラに向かって淡々と状況を説明していた。
「この情報を我々『良き隣人の会』はしかるべきところに通報し、対処を仰ぎました。しかし彼らは取り合わず、我々を病人扱いしたのです。
よって我々は封印された古妖の情報をここに公開します」
画像が変わり、各地に複数の印が書き込まれた日本地図が映し出される。
「この情報を信じるか否かは皆さんにお任せします、ですがアヤカシの跋扈するこの日本に危険があることは事実です。皆さん、賢明な選択をお願いします」
その後、この動画は不適切なものとして削除された。しかし、何人のものが見たのかは誰も分からない……。
●人も古妖も踊る
「みんな、武器は持ったか!? 」
一人の軍服を着た男がライフルを掲げ街宣車から訴えた。
彼の眼下には武器を持った同志、彼らに誘われた何も知らない学生を中心とした市民。人々は歓声とともに武器を掲げると、軍服の男は満足して頷き。
「では行こう! 古妖を討伐へ! 覚者など頼りにならないのは動画を見て分かった! これからは我々がアヤカシを倒すのだ!! 」
男の言葉に応える人々、聴衆の反応を美酒に酔う様に堪能した男は街宣車を動かすことを指示した。
そして、それを遠くから双眼鏡で見る男が二人。
「なかなかの役者ぶりだな、うちの者か? 」
「いえ、アヤカシの存在によって自らの意義を見失っていた活動家に情報と武器を与え、扇動しました。サクラも入れておきましたが、もう引き上げさせております」
「なるほど力もなく、憤怒も持たぬが存在を示したい彼らにとっては絶好の機会だったという訳か」
男の一人は苦笑して双眼鏡から目を離した。
「さて、では我々はそろそろ退場しよう」
「良いのですか? 顛末を見なくても? 」
付き従っていたもう一人の男も双眼鏡から目を離し問いかける。
「これまでの戦いで我々の相手は予知に優れ、最善手を取ることが可能だと分かっている。この会話とて聞かれているかもしれんぞ」
男はそう答えると背中を向け、歩み始めた。
彼らの背後で落雷と銃声がなるのは、それからすぐの事だった。
●古妖覚醒
「ここにいる皆さんは動画の事はご存知ですね?」
久方 真由美(nCL2000003)は深刻な表情で覚者達を見回した。
「その動画の情報ですが、今回の夢見で真実の可能性を帯びました。同時にその情報に基づいて人々が古妖に立ち向かい死亡するという結末まで予知しました」
真由美は地図と文献から撮影したと思われる写真を用意した。
「順を追って説明します。場所は地図の通り、ここまでの移動に関してはこちらで手配できました。
次に武装する市民に関してですが、千堂という男に率いられていて、各自銃器などで武装しています。
そして古妖ですが、名前は辰巳、夢見に基づいて文献を調査したところ人間嫌いで自ら封印されたとされる古妖です。水と雷を操り、封印を解かれたことで非常に攻撃的になっています」
地図と写真を提示しながら説明する真由美、彼女の言葉は続く。
「皆さんは辰巳と市民が遭遇したタイミングで介入できます。やるべきことは市民の安全の確保、そして辰巳の無力化です」
最後に覚者達を見つめると真由美はこう言った。
「辰巳も武装している市民も何者かに踊らされた被害者のようなものです、この悪夢を止めてください」
それはある動画サイトへの投稿からはじまった。
「我々は様々な調査の結果、古妖と呼ばれている封印された危険なアヤカシの情報を手に入れました」
映し出される映像には顔を隠した女がカメラに向かって淡々と状況を説明していた。
「この情報を我々『良き隣人の会』はしかるべきところに通報し、対処を仰ぎました。しかし彼らは取り合わず、我々を病人扱いしたのです。
よって我々は封印された古妖の情報をここに公開します」
画像が変わり、各地に複数の印が書き込まれた日本地図が映し出される。
「この情報を信じるか否かは皆さんにお任せします、ですがアヤカシの跋扈するこの日本に危険があることは事実です。皆さん、賢明な選択をお願いします」
その後、この動画は不適切なものとして削除された。しかし、何人のものが見たのかは誰も分からない……。
●人も古妖も踊る
「みんな、武器は持ったか!? 」
一人の軍服を着た男がライフルを掲げ街宣車から訴えた。
彼の眼下には武器を持った同志、彼らに誘われた何も知らない学生を中心とした市民。人々は歓声とともに武器を掲げると、軍服の男は満足して頷き。
「では行こう! 古妖を討伐へ! 覚者など頼りにならないのは動画を見て分かった! これからは我々がアヤカシを倒すのだ!! 」
男の言葉に応える人々、聴衆の反応を美酒に酔う様に堪能した男は街宣車を動かすことを指示した。
そして、それを遠くから双眼鏡で見る男が二人。
「なかなかの役者ぶりだな、うちの者か? 」
「いえ、アヤカシの存在によって自らの意義を見失っていた活動家に情報と武器を与え、扇動しました。サクラも入れておきましたが、もう引き上げさせております」
「なるほど力もなく、憤怒も持たぬが存在を示したい彼らにとっては絶好の機会だったという訳か」
男の一人は苦笑して双眼鏡から目を離した。
「さて、では我々はそろそろ退場しよう」
「良いのですか? 顛末を見なくても? 」
付き従っていたもう一人の男も双眼鏡から目を離し問いかける。
「これまでの戦いで我々の相手は予知に優れ、最善手を取ることが可能だと分かっている。この会話とて聞かれているかもしれんぞ」
男はそう答えると背中を向け、歩み始めた。
彼らの背後で落雷と銃声がなるのは、それからすぐの事だった。
●古妖覚醒
「ここにいる皆さんは動画の事はご存知ですね?」
久方 真由美(nCL2000003)は深刻な表情で覚者達を見回した。
「その動画の情報ですが、今回の夢見で真実の可能性を帯びました。同時にその情報に基づいて人々が古妖に立ち向かい死亡するという結末まで予知しました」
真由美は地図と文献から撮影したと思われる写真を用意した。
「順を追って説明します。場所は地図の通り、ここまでの移動に関してはこちらで手配できました。
次に武装する市民に関してですが、千堂という男に率いられていて、各自銃器などで武装しています。
そして古妖ですが、名前は辰巳、夢見に基づいて文献を調査したところ人間嫌いで自ら封印されたとされる古妖です。水と雷を操り、封印を解かれたことで非常に攻撃的になっています」
地図と写真を提示しながら説明する真由美、彼女の言葉は続く。
「皆さんは辰巳と市民が遭遇したタイミングで介入できます。やるべきことは市民の安全の確保、そして辰巳の無力化です」
最後に覚者達を見つめると真由美はこう言った。
「辰巳も武装している市民も何者かに踊らされた被害者のようなものです、この悪夢を止めてください」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.古妖『辰巳』の無力化
2.一般市民の安全の確保
3.なし
2.一般市民の安全の確保
3.なし
どうも塩見です。今回はちょっとした個人企画です。続くかどうかは塩見の頑張り次第ですので努力します。
以下、詳細です。
・古妖『辰巳』
白髪長身で痩せた人間の姿をした古妖です。人との違いは頭部に生えている麒麟の角。
人間を嫌うがゆえに自ら封印されることを望んだ古妖です、封印が解かれたため非常に攻撃的になっています。
人間に対しては不遜な態度で臨み、ある程度の力を示して納得させないと交渉に持ち込むことは難しいと思います。
攻撃方法としては
・降雷:特遠列 【痺れ】
・雷撃疾走:特遠単【貫3[20%,100%,80%]】
・雨の叢雲:特遠全【弱体】
・獣の爪:物近単【出血】
・武装した一般市民
千堂という右か左か分からない活動家に率いられた20名の人間です。
彼の演説と動画の情報、武器の供与によって古妖を倒そうという空気に囚われています。
装備:ライフルとか散弾銃とか火炎瓶とか投石とかゴルフクラブとか金属バット
・戦場
街からちょっと外れた公園にある池のほとり。
激しくアクションするには問題ありませんが状況によっては市民が巻き添えを受ける可能性があります。
それでは皆さん、踊らされた者達を舞台から下してください。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2016年03月09日
2016年03月09日
■メイン参加者 8人■

●演者入場
歩く、歩く、人々が歩く、足音を鳴らして。
手に持つのはライフルに散弾銃、火炎瓶にゴルフクラブ、果てには金属バット。どれも人を殺すには十分だが妖も古妖も殺せはしない。
何も知らずに熱狂に酔う人々が街宣車の上に立つ男に率いられ、封印の地へと着いた。
「あれだ!」
熱狂する人々の船頭を務める千堂が叫び、ライフルを構える。池のほとりに建っていた石碑を銃弾が撃ち抜くと轟音と共に石碑が割れ、麒麟の角を持った白髪長身の男が現れる。歓声が上がり、人々が武器を構えると封印から目覚めたばかりの古妖、辰巳はため息をつき、自らの力を振るおうと手を動かした。
その時である――
「待てっ、その人たちに手を出すな! 僕達と戦え!」
御白 小唄(CL2001173)が双方に割って入るように飛び込んだ。後方では『金狼』ゲイル・レオンハート(CL2000415)も攻撃の機会を伺っている。
「ほう……同族か、それとも蝦夷の輩か?」
物珍しそうに見つめ、口を開く辰巳を前に梶浦 恵(CL2000944)が考える。
(見たところ相当古くからの古妖。出来る限り友好な関係を築いておきたい所ですが……しかし、古妖を利用しようとする者も現れる始末とは)
見たところ会話は成立しそうではあるが、交渉まで持っていけるか……。
「じゃあ殿(プリンス)、壁頑張ってー」
「うん、余はあっちで遊んでくるから、ツム姫お願いね」
恵が思考する一方、『彼誰行灯』麻弓 紡(CL2000623)とプリンス・オブ・グレイブル(CL2000942)が何気なく会話を交わし、二手に分かれた。一方は古妖へ、一方は群衆へ。
「何にしても……」
辰巳の周り霧が舞い、湿度が上がるのを感じる。
「我は眠りを妨げられて不快だ、命の一つや二つで満足すると思うなよ」
●演目開始
霧が辺りを立ち込める、湿り気を伴ったそれは斑の雲――叢雲となり、覚者の力を奪っていく。立ち込める湿気にゲイルは着流しを片肌脱ぎ、辰巳の業を見極めにかかる。恵も辰巳に抗するために纏霧を呼び起こし、戦場は濃霧に覆われる。
(心を落ち着かせて。平常心で挑むんだ)
小唄の演舞・清爽が呼び起こす空気がまとわりつく湿気を払い、覚者達の力を引き出す。
「……同じ技?」
桂木・日那乃(CL2000941)が翼をはためかせ呟いた。飛翔しているからなのか、後ろに下がっていたからか、お互いが同じ技を使っているように見えたのだ。
「これで……いける?」
深想水がプリンスへ注がれ、BS耐性機化硬マンとなった王子が前進する。それをカバーするようにゲイルの星群の軌跡から光の糸が古妖へと伸びた。
「しゃらくさい」
辰巳が糸を手で払いのける。それが引き金になって覚者と古妖が動きだした。
「同族か蝦夷の輩か分からんが何故、人の味方をする?」
問いと共に覚者へと降り注ぐ雷。その中を突っ切って最初に動いたのは小唄。
「僕たちは覚者だ! 一般人を危険にさらすわけにはいかない!」
身を低く、深く踏み込んでからの地を這うようなショベルフック、そしてアッパー。地烈を叩き込む少年の心にはこの舞台を仕組んだ『良き隣人』への怒りが満ちていた。
(くそっ……とにかく、今回は絶対に被害出さないで終わらせる!)
少年の心によぎるのかつて見た炎、その誓いは辰巳の胴を撃ち、顎先へと走る。
「覚者? 朝廷に与するものか?」
顎先を狙った拳を掌で受け止め古妖が問いかける?辰巳の手に力が入り小唄の骨が軋む。その音を打ち消すように空気が鳴り、霧を貫く弾丸が辰巳の胸を射貫き、少年の拳から手が離れる。
「読めない、自然現象を操るわけではないということ?」
エアブリットを放った恵が天の心で試みた先読みが外れたことを口にする。
「問うているのは我だ? 答えろ覚者とやら? 何故にただびとを守る?」
「まあ、それより余と遊ばないかい?」
いつも通常運行のプリンスが恒例の通貨発行を行うがそれも辰巳の肩で止まり振動が手に跳ね返る。
「……お主は身分がありそうだな?」
微動だにせずに辰巳が問うとプリンスも答える。
「王子だからね」
「皇子? 朝廷も眠っている間に変わったようだな」
辰巳が軽く手で押すとプリンスの体が浮く。体勢を立て直し着地すると大地が揺れるような気がした。
「効かない?」
小唄に深想水を注ぎ日那乃が聞く。
「いや、当たってるし効かないわけじゃないけど」
「頑丈ね」
狐の少年の答えに恵が続く。
「なら倒れるまでやればいいさ、回復はこっちがやる」
ゲイルが呼び起こす癒しの霧が前に立つ三人の傷を消す。
「よーし、では余も王家に伝わるカバディをするよ」
「……移動を阻害するの?」
プリンスの言葉を日那乃が確認した時、銃声が鳴った。
●扇動役者
「やったか!?」
興奮冷めやらぬ表情で千堂が呟いた。彼の心は今、様々なものが支配している。人々が認めてくれたという充足、アヤカシに立ち向かい一撃を見舞ったという高揚。武器が蛮勇という勇気をくれ、銃の反動がこれが現実だという夢を与えてくれた。
「よし、このまま突き進もう!」
熱意のまま振り向き叫ぶ。だがそこに居たのは戸惑うただの人々だった。
「銃はともかく、石とかバットで通じるの……?」
「やっぱり普通の人間が、あんなのと戦うとか無理ッス~!」
洋装を身にまとった華神 刹那(CL2001250)と『猪突猛進』葛城 舞子(CL2001275)が次々と人々に耳打ちし、現実へと引き戻す。
「そう……だよな?」
男の一人がその言葉に納得しようとした時。
「何をしている。ああやって勇気を持って戦っている人達だって居るんだ! 私達が戦わなくてどうする!?」
街宣車の男が人々を鼓舞する。その内容は街中での演説と全く違うものだが冷めかかった空気は再び熱を帯び、人々は前に進み始める。
そこへ紡が立ちはだかった。
「邪魔だ、どけ!」
「どかない」
千堂の言葉を紡は一蹴した。その言葉はワーズワースによって力を持ち、群衆の足を止める。
「命の危険を踏まえた上でボクらはココにいるのだけれど。キミらの情報源は…そこまで信用置けるの、かな?」
「名前も出ていない『しかるべきところ』って、実際どこよ?信じられる?」
紡の言葉に合わせるように刹那も疑念を振りまく。しかし……。
「あそこにアヤカシが居ることがその証拠ではないか! そしてしかるべきところが何もしなかったからこそ、彼らが戦っているのではないか!? それを放置しようとするのか!? いや私はできない、そうだろうみんな!」
街宣車の上に立つアジテーターが言葉をすり替え、自らの望む方向性へと持っていく。
(「Men willingly believe what they wish.」とは言ったものよ……)
刹那が心の中で皮肉った。
三人とも人々に訴えかける言葉を用意していた。だがそれを邪魔する存在、千堂という名のアジテーターへの対策を失念していた。
ワーズワースというスキルがなければ押し切られていただろう。舞子と刹那が疑念を振りまかなければ熱狂に酔い、突き進んでいただろう。だがそれでも武器の重さ、街宣車という巨大な鉄の塊、そしてその上で自ら銃を持ち先導する扇動者が人々をその場に踏みとどまらせた。
「行こうみんな! 勝利は我らの手に!」
「駄目だ!」
紡を押しのけてでも進もうとした街宣車、それに続く人々、止めようと紡が翼をはためかせ立ちはだかった時、背中で空気が割れる音がした。
●演目戦闘
(こりゃいけないね。民のみんな、もうちょっと遊んであげよう)
背中越しに聞こえる扇動者達の様子にプリンスは送受心・改を介して辰巳を意識をこちらの向けさせることを皆に確認する。
「どこに思いを馳せている?」
鉛弾がかすり、こめかみから血を流している古妖の手が肉食獣のそれと変わり爪を振り上げる。王子の頭上を小唄が舞い、回転、鋭刃脚が獣爪を弾き飛ばし、形態を人のものへと戻す。
「あなたに恨みはないけど、人を殺させるわけには行かないんだ!」
着地した少年が辰巳の目を正面から睨み、告げる。行きつく暇もなく恵が雷雲を呼び起こし獣のような雷を古妖に叩きつけた。
「こっちは……効果が薄いようですね。皆さん物理攻撃で!」
一通りのスキルを打ち込み、何が有効かを図っていた黄緑の髪の翼人が叫ぶ。しかし……
「ああ、面倒。面倒だ……まとめてやってしまおう」
苛立たし気に辰巳が右手を伸ばし、指を弾く。指先から迸る小さな放電が空を進むにつれて大きく膨れ上がり、日那乃とそして街宣車を妨げようとした紡を貫いた。
黒い羽根が舞い、翼を傷つけた少女が地に叩き伏せられ、その先に居たもう一人の翼人も背中を撃たれ、走り出す街宣車に衝突した。響く音はあっけなく、弾かれた紡は頭から落ち、赤いものが地を染める。
振り向いた小唄達の目の前で落ちる少女、刹那と舞子の目の前で宙を舞う翼人。プリンスの視界には倒れる日那乃と紡。
「――――!」
辰巳に向き直り叩き込まれるインフレブレイカー。左の鋼に内蔵されたモーターとギアが過負荷で悲鳴を上げ、冷たい鉄に煮えたオイルが流れる。全力を以て振るわれた大槌の一撃が古妖を地から引き剥がし、池に叩き込んだ。水面を叩く音が覚者を現実に引き戻す。
「二人を回復させる! 奴を抑えてくれ!」
ゲイルが叫び、日那乃に近寄る。
「平気……それより、あっちを」
自らを癒しの滴によって回復させた日那乃が立ち上がり、ゲイルを手で制する。一番威力のある場所に居たためか負傷は残り、白い膝が震えるがそれでも折れることは無い。それを見てゲイルも倒れている紡へと回復を行う。
「く……くくくくっ。いい顔をしているな」
池から這い上がった古妖が嘲笑う、恵が空を舞い、小唄が地を這うように走る。エアブリットと地烈の協奏曲が炸裂し、二、三歩とたたらを踏ませるが倒れるに至らない。
「…………」
その二人を押しのけるようにプリンスが歩みを進め、古妖へと大槌を振り上げる。
(殿……僕なら大丈夫)
頭の中に聞きなれた声が響き、手が止まった。
「……またつまらん、顔になったな」
目の前への男に向かって、辰巳が残念そうに言葉を漏らした。
●舞台崩壊
翼人が立ち上がる。翼は折れ、所々血が汚している。舌は鉄の味がして喉が灼ける様に痛いがゲイルの回復がそれを忘れさせてくれる。
その姿を人々はただ見つめることしかできなかった。傷だらけの紡が言葉を紡ぐ。
「ボクの後ろにいる彼は、強いよ。生兵法でいけば怪我で済まない程度、にはね」
痛々しい姿がワーズワースにさらなる力を与える。
「そうですよこんなところで死にたくないッス~!」
舞子がそこへ切り込むように声を上げた、それを皮切りに人々から騒めきが生まれる。
「お、おい、何をやっているんだ! 早く、早く行こう!」
急かす様に千堂が声を上げる。
「アヤカシっても、顔とか人と同じじゃん……殺すとか、怖いよ」
さらに刹那が疑念を投げかける。人と同じ、殺人を連想させる言葉が熱を奪っていく。
「あふゥん!」
背後でプリンスの声が聞こえた、尻でも蹴られたか何かしたのだろう。振り向いた紡が冷めた目で指さすと。
「戦うっていうのはさ、ああいうのも含むけど……うん、マジ格好悪いよね。アレ」
「うわぁ……」
誰かが声を上げた、求めていたものと違うものへの不信感。それを打ち消すように千堂が声を上げようするが。
「武器なんて置いてっていいッスから早く逃げるッス! 命大事にッス!!」
舞子がそれを制するように逃げることを促した。それを皮切りに人々は下がり始める。
「ええい! 何をやってるんだ! ここで下がったら何のために集まったか――」
どうにて誘導しようとした千堂の言葉を紡は召雷を以てさえぎる。雷は街宣車に当たり、車体を引き裂く。それが引き金となって人々は武器を捨て、蜘蛛の子を散らすように逃げ始めた。
「なんで……どうしてだ?」
呆然としてその様子を見つめる千堂。刹那は彼に一瞥し覚醒する。
「覚者組織FiVE。独力で事態を察知して参上よ」
抜刀しつつ、下がる市民に囁きかける。
「よう下がってくれた。皆に怪我がないのが一番ゆえな」
続いて舞子も覚醒し、コンパウンドボウを持つ。
「正直ちょっと呆れてるッス」
化合弓の弦を引きながら溜息一つ。弓を持つ左手には第三の眼が開く。
「だからこんな舞台はさっさと幕を下ろすッス! もちろんできる限り大団円で! アンコールはなしッスよ!!」
憤怒者が作った舞台を終わらせるため、黄泉の少女は走り始めた。
「そういえば、今日は洋服なんだね?」
走る舞子の後ろで紡が刹那に問う。普段着流しの女はクスリと笑うと。
「似合わぬか? なに、先日のな。ああいう子供の顔を見るよりは、な」
その視線は古妖に立ち向かう翼人の少女と狐の少年へと向けられていた。
●演目終了
「さて、そろそろ余の尻の仇をとらせてもらうよ」
プリンスが大槌を回し、纏霧を呼び起こす。霧を貫くように舞子の弓から矢が放たれ、解放された弦が空気を振るわす。同時に槍と化した薄氷を刹那が投げ込む。矢は肩を射抜き。槍は脇腹を持っていく。
牽制とばかりに辰巳が前衛に雷を落とす。だがそれで止まる覚者達ではない。真実の体現者たるトゥルーサーは舞台から古妖を引き下ろすため、突き進む。霧が厚くなり、ゲイルの力が雷の傷を消し、空を舞う日那乃が状態異常からの回復を促す。
紡が舞い、青の羽が清風を引き起こす。霧が晴れ、小唄が跳ぶ。喉笛に突き刺さる鋭刃の蹴りが辰巳の息を止め、反射的に距離を取らせた。続けざまにその眉間へ圧縮空気の弾丸が突き刺さる。恵だ。
古妖が顔を抑える、その目は何かを伺い、右手は雷撃を走らせる。
「……離れて!」
気づいた恵が声を上げる。雷撃は全てを食らうことは叶わなかったが前に進む刹那を喰らう。雷撃の威力に鈍る足。『スイッチ』を入れることで鈍る足を動かし突き進む。その傷も着流しの狼が癒していく。
弓が射られた、直前で辰巳が矢をつかんだところで声が聞こえた。
「今ッス!」
プリンスが大槌を振り下ろす、一発の威力でなく動きを止めるために数で攻める。過剰な通貨発行はインフレーションを引き起こすが動きは止まる。好機と見た日那乃、紡、恵の三人の翼人が空を舞い、放たれる三連発のエアブリット。腕でかばう古妖。一発、体が揺らぐ。二発、腕が弾かれる! 三発、胸を撃つ!!
追撃するのは刹那と小唄。狐の少年が腹に拳を打ち込み、頭が落ちたところをサマーソルトで蹴り上げる。そして踏み込む女、自らの名と同じ銘を持つ刀を握り。
「其、斬」
一の型。横凪の斬撃が腹を裂き、古妖の足元を朱に染める。辰巳は腹に手を触れ、赤く染まるのを確認する。
「体動かしてスッキリした?じゃちょっとお茶にしようよ、余が死にそうだし」
プリンスが提案する。白髪の古妖は笑みを浮かべ
「酒がいいな」
冗談を混じりに応じた。
●演者退場
「すまんな、覚者とやら。我も封印を解かれて気が立っていた許せ」
最初に詫びたのは辰巳であった。その傷はゲイルによって癒され、傷跡も残らない。
「こっちこそ本当にごめんなさいッス!!よければ何で人間嫌いなのか教えてほしいッス」
舞子がそれに応じるように謝罪の言葉を述べ、そして事情を聞く。古妖は自嘲の笑みを浮かべ。
「力があるから」
とだけ答える。
「貴方が静かに眠っている間に時代も変化しました……私達の様な不思議な力を用いない一般の人達にとって、通常の妖と 貴方の様な古くから在る古妖の区別がつかず、不安を抱いて過ごしている者が大多数なのです」
「それは変わらんよ、いつの世も」
恵が今の情勢を話すが、辰巳にとってそれは変わらないものだったらしい。
「それでだけど貴公、このままだとまた人間がやってくるし、封印を望んでも再度解かれる危険があるんだけど。どうする? とりあえず貴公を受け入れてくれる村もあるんだけど、ちなみに余が村長」
プリンスが現在の状況を鑑みて暫定の提案をする。
「ふむ、一理あるな。それにしても皇子が村一つとは主は帝に嫌われてるのか?」
「また封印でもよかったら。『蒐囚壁財団』っていうところ、古妖の封じ込め処置できるけど……」
日那乃は再封印の案を提示する。辰巳自身の望みがどちらにあるか、できれば意思を尊重したいという考えからだ。
「とりあえずは我の頭を覗こうとするな。嘘偽りは申す気はない。そうだな……」
感情探査をされたことに対して不快感を露わにしながらも辰巳は考え込む。
「では、お主の言う村に連れていけ、で村の名前はなんと申す?」
結論を出した古妖に対してプリンスは満面の笑みで答えた。
「その名も王子マッチョマックス村」
「皇子末躇末玖珠村……面妖な名前だな」
辰巳は正直に思ったことを口にした。
一方、踊らされた一人の男の前に立つのは刹那と紡。
「と…ちょっとソコの扇動してた千堂サン、お話しイイですか?」
紡が呆然自失としていた千堂に声をかけ現実に引き戻す。
「隣人とやらに会うたら伝えおけ。公衆電話にかけても繋がらぬぞ、とな」
「隣人? 何のことだ? 武器のことなら我々の思想を理解してくれる同志がくれたものだぞ」
二人は顔を見合わせた。彼もまた踊らされていた人間に過ぎなかったと理解し、それ以上何も得られない事が分かっただけだった。
舞台は終わった、けれど戦いは続く……。
歩く、歩く、人々が歩く、足音を鳴らして。
手に持つのはライフルに散弾銃、火炎瓶にゴルフクラブ、果てには金属バット。どれも人を殺すには十分だが妖も古妖も殺せはしない。
何も知らずに熱狂に酔う人々が街宣車の上に立つ男に率いられ、封印の地へと着いた。
「あれだ!」
熱狂する人々の船頭を務める千堂が叫び、ライフルを構える。池のほとりに建っていた石碑を銃弾が撃ち抜くと轟音と共に石碑が割れ、麒麟の角を持った白髪長身の男が現れる。歓声が上がり、人々が武器を構えると封印から目覚めたばかりの古妖、辰巳はため息をつき、自らの力を振るおうと手を動かした。
その時である――
「待てっ、その人たちに手を出すな! 僕達と戦え!」
御白 小唄(CL2001173)が双方に割って入るように飛び込んだ。後方では『金狼』ゲイル・レオンハート(CL2000415)も攻撃の機会を伺っている。
「ほう……同族か、それとも蝦夷の輩か?」
物珍しそうに見つめ、口を開く辰巳を前に梶浦 恵(CL2000944)が考える。
(見たところ相当古くからの古妖。出来る限り友好な関係を築いておきたい所ですが……しかし、古妖を利用しようとする者も現れる始末とは)
見たところ会話は成立しそうではあるが、交渉まで持っていけるか……。
「じゃあ殿(プリンス)、壁頑張ってー」
「うん、余はあっちで遊んでくるから、ツム姫お願いね」
恵が思考する一方、『彼誰行灯』麻弓 紡(CL2000623)とプリンス・オブ・グレイブル(CL2000942)が何気なく会話を交わし、二手に分かれた。一方は古妖へ、一方は群衆へ。
「何にしても……」
辰巳の周り霧が舞い、湿度が上がるのを感じる。
「我は眠りを妨げられて不快だ、命の一つや二つで満足すると思うなよ」
●演目開始
霧が辺りを立ち込める、湿り気を伴ったそれは斑の雲――叢雲となり、覚者の力を奪っていく。立ち込める湿気にゲイルは着流しを片肌脱ぎ、辰巳の業を見極めにかかる。恵も辰巳に抗するために纏霧を呼び起こし、戦場は濃霧に覆われる。
(心を落ち着かせて。平常心で挑むんだ)
小唄の演舞・清爽が呼び起こす空気がまとわりつく湿気を払い、覚者達の力を引き出す。
「……同じ技?」
桂木・日那乃(CL2000941)が翼をはためかせ呟いた。飛翔しているからなのか、後ろに下がっていたからか、お互いが同じ技を使っているように見えたのだ。
「これで……いける?」
深想水がプリンスへ注がれ、BS耐性機化硬マンとなった王子が前進する。それをカバーするようにゲイルの星群の軌跡から光の糸が古妖へと伸びた。
「しゃらくさい」
辰巳が糸を手で払いのける。それが引き金になって覚者と古妖が動きだした。
「同族か蝦夷の輩か分からんが何故、人の味方をする?」
問いと共に覚者へと降り注ぐ雷。その中を突っ切って最初に動いたのは小唄。
「僕たちは覚者だ! 一般人を危険にさらすわけにはいかない!」
身を低く、深く踏み込んでからの地を這うようなショベルフック、そしてアッパー。地烈を叩き込む少年の心にはこの舞台を仕組んだ『良き隣人』への怒りが満ちていた。
(くそっ……とにかく、今回は絶対に被害出さないで終わらせる!)
少年の心によぎるのかつて見た炎、その誓いは辰巳の胴を撃ち、顎先へと走る。
「覚者? 朝廷に与するものか?」
顎先を狙った拳を掌で受け止め古妖が問いかける?辰巳の手に力が入り小唄の骨が軋む。その音を打ち消すように空気が鳴り、霧を貫く弾丸が辰巳の胸を射貫き、少年の拳から手が離れる。
「読めない、自然現象を操るわけではないということ?」
エアブリットを放った恵が天の心で試みた先読みが外れたことを口にする。
「問うているのは我だ? 答えろ覚者とやら? 何故にただびとを守る?」
「まあ、それより余と遊ばないかい?」
いつも通常運行のプリンスが恒例の通貨発行を行うがそれも辰巳の肩で止まり振動が手に跳ね返る。
「……お主は身分がありそうだな?」
微動だにせずに辰巳が問うとプリンスも答える。
「王子だからね」
「皇子? 朝廷も眠っている間に変わったようだな」
辰巳が軽く手で押すとプリンスの体が浮く。体勢を立て直し着地すると大地が揺れるような気がした。
「効かない?」
小唄に深想水を注ぎ日那乃が聞く。
「いや、当たってるし効かないわけじゃないけど」
「頑丈ね」
狐の少年の答えに恵が続く。
「なら倒れるまでやればいいさ、回復はこっちがやる」
ゲイルが呼び起こす癒しの霧が前に立つ三人の傷を消す。
「よーし、では余も王家に伝わるカバディをするよ」
「……移動を阻害するの?」
プリンスの言葉を日那乃が確認した時、銃声が鳴った。
●扇動役者
「やったか!?」
興奮冷めやらぬ表情で千堂が呟いた。彼の心は今、様々なものが支配している。人々が認めてくれたという充足、アヤカシに立ち向かい一撃を見舞ったという高揚。武器が蛮勇という勇気をくれ、銃の反動がこれが現実だという夢を与えてくれた。
「よし、このまま突き進もう!」
熱意のまま振り向き叫ぶ。だがそこに居たのは戸惑うただの人々だった。
「銃はともかく、石とかバットで通じるの……?」
「やっぱり普通の人間が、あんなのと戦うとか無理ッス~!」
洋装を身にまとった華神 刹那(CL2001250)と『猪突猛進』葛城 舞子(CL2001275)が次々と人々に耳打ちし、現実へと引き戻す。
「そう……だよな?」
男の一人がその言葉に納得しようとした時。
「何をしている。ああやって勇気を持って戦っている人達だって居るんだ! 私達が戦わなくてどうする!?」
街宣車の男が人々を鼓舞する。その内容は街中での演説と全く違うものだが冷めかかった空気は再び熱を帯び、人々は前に進み始める。
そこへ紡が立ちはだかった。
「邪魔だ、どけ!」
「どかない」
千堂の言葉を紡は一蹴した。その言葉はワーズワースによって力を持ち、群衆の足を止める。
「命の危険を踏まえた上でボクらはココにいるのだけれど。キミらの情報源は…そこまで信用置けるの、かな?」
「名前も出ていない『しかるべきところ』って、実際どこよ?信じられる?」
紡の言葉に合わせるように刹那も疑念を振りまく。しかし……。
「あそこにアヤカシが居ることがその証拠ではないか! そしてしかるべきところが何もしなかったからこそ、彼らが戦っているのではないか!? それを放置しようとするのか!? いや私はできない、そうだろうみんな!」
街宣車の上に立つアジテーターが言葉をすり替え、自らの望む方向性へと持っていく。
(「Men willingly believe what they wish.」とは言ったものよ……)
刹那が心の中で皮肉った。
三人とも人々に訴えかける言葉を用意していた。だがそれを邪魔する存在、千堂という名のアジテーターへの対策を失念していた。
ワーズワースというスキルがなければ押し切られていただろう。舞子と刹那が疑念を振りまかなければ熱狂に酔い、突き進んでいただろう。だがそれでも武器の重さ、街宣車という巨大な鉄の塊、そしてその上で自ら銃を持ち先導する扇動者が人々をその場に踏みとどまらせた。
「行こうみんな! 勝利は我らの手に!」
「駄目だ!」
紡を押しのけてでも進もうとした街宣車、それに続く人々、止めようと紡が翼をはためかせ立ちはだかった時、背中で空気が割れる音がした。
●演目戦闘
(こりゃいけないね。民のみんな、もうちょっと遊んであげよう)
背中越しに聞こえる扇動者達の様子にプリンスは送受心・改を介して辰巳を意識をこちらの向けさせることを皆に確認する。
「どこに思いを馳せている?」
鉛弾がかすり、こめかみから血を流している古妖の手が肉食獣のそれと変わり爪を振り上げる。王子の頭上を小唄が舞い、回転、鋭刃脚が獣爪を弾き飛ばし、形態を人のものへと戻す。
「あなたに恨みはないけど、人を殺させるわけには行かないんだ!」
着地した少年が辰巳の目を正面から睨み、告げる。行きつく暇もなく恵が雷雲を呼び起こし獣のような雷を古妖に叩きつけた。
「こっちは……効果が薄いようですね。皆さん物理攻撃で!」
一通りのスキルを打ち込み、何が有効かを図っていた黄緑の髪の翼人が叫ぶ。しかし……
「ああ、面倒。面倒だ……まとめてやってしまおう」
苛立たし気に辰巳が右手を伸ばし、指を弾く。指先から迸る小さな放電が空を進むにつれて大きく膨れ上がり、日那乃とそして街宣車を妨げようとした紡を貫いた。
黒い羽根が舞い、翼を傷つけた少女が地に叩き伏せられ、その先に居たもう一人の翼人も背中を撃たれ、走り出す街宣車に衝突した。響く音はあっけなく、弾かれた紡は頭から落ち、赤いものが地を染める。
振り向いた小唄達の目の前で落ちる少女、刹那と舞子の目の前で宙を舞う翼人。プリンスの視界には倒れる日那乃と紡。
「――――!」
辰巳に向き直り叩き込まれるインフレブレイカー。左の鋼に内蔵されたモーターとギアが過負荷で悲鳴を上げ、冷たい鉄に煮えたオイルが流れる。全力を以て振るわれた大槌の一撃が古妖を地から引き剥がし、池に叩き込んだ。水面を叩く音が覚者を現実に引き戻す。
「二人を回復させる! 奴を抑えてくれ!」
ゲイルが叫び、日那乃に近寄る。
「平気……それより、あっちを」
自らを癒しの滴によって回復させた日那乃が立ち上がり、ゲイルを手で制する。一番威力のある場所に居たためか負傷は残り、白い膝が震えるがそれでも折れることは無い。それを見てゲイルも倒れている紡へと回復を行う。
「く……くくくくっ。いい顔をしているな」
池から這い上がった古妖が嘲笑う、恵が空を舞い、小唄が地を這うように走る。エアブリットと地烈の協奏曲が炸裂し、二、三歩とたたらを踏ませるが倒れるに至らない。
「…………」
その二人を押しのけるようにプリンスが歩みを進め、古妖へと大槌を振り上げる。
(殿……僕なら大丈夫)
頭の中に聞きなれた声が響き、手が止まった。
「……またつまらん、顔になったな」
目の前への男に向かって、辰巳が残念そうに言葉を漏らした。
●舞台崩壊
翼人が立ち上がる。翼は折れ、所々血が汚している。舌は鉄の味がして喉が灼ける様に痛いがゲイルの回復がそれを忘れさせてくれる。
その姿を人々はただ見つめることしかできなかった。傷だらけの紡が言葉を紡ぐ。
「ボクの後ろにいる彼は、強いよ。生兵法でいけば怪我で済まない程度、にはね」
痛々しい姿がワーズワースにさらなる力を与える。
「そうですよこんなところで死にたくないッス~!」
舞子がそこへ切り込むように声を上げた、それを皮切りに人々から騒めきが生まれる。
「お、おい、何をやっているんだ! 早く、早く行こう!」
急かす様に千堂が声を上げる。
「アヤカシっても、顔とか人と同じじゃん……殺すとか、怖いよ」
さらに刹那が疑念を投げかける。人と同じ、殺人を連想させる言葉が熱を奪っていく。
「あふゥん!」
背後でプリンスの声が聞こえた、尻でも蹴られたか何かしたのだろう。振り向いた紡が冷めた目で指さすと。
「戦うっていうのはさ、ああいうのも含むけど……うん、マジ格好悪いよね。アレ」
「うわぁ……」
誰かが声を上げた、求めていたものと違うものへの不信感。それを打ち消すように千堂が声を上げようするが。
「武器なんて置いてっていいッスから早く逃げるッス! 命大事にッス!!」
舞子がそれを制するように逃げることを促した。それを皮切りに人々は下がり始める。
「ええい! 何をやってるんだ! ここで下がったら何のために集まったか――」
どうにて誘導しようとした千堂の言葉を紡は召雷を以てさえぎる。雷は街宣車に当たり、車体を引き裂く。それが引き金となって人々は武器を捨て、蜘蛛の子を散らすように逃げ始めた。
「なんで……どうしてだ?」
呆然としてその様子を見つめる千堂。刹那は彼に一瞥し覚醒する。
「覚者組織FiVE。独力で事態を察知して参上よ」
抜刀しつつ、下がる市民に囁きかける。
「よう下がってくれた。皆に怪我がないのが一番ゆえな」
続いて舞子も覚醒し、コンパウンドボウを持つ。
「正直ちょっと呆れてるッス」
化合弓の弦を引きながら溜息一つ。弓を持つ左手には第三の眼が開く。
「だからこんな舞台はさっさと幕を下ろすッス! もちろんできる限り大団円で! アンコールはなしッスよ!!」
憤怒者が作った舞台を終わらせるため、黄泉の少女は走り始めた。
「そういえば、今日は洋服なんだね?」
走る舞子の後ろで紡が刹那に問う。普段着流しの女はクスリと笑うと。
「似合わぬか? なに、先日のな。ああいう子供の顔を見るよりは、な」
その視線は古妖に立ち向かう翼人の少女と狐の少年へと向けられていた。
●演目終了
「さて、そろそろ余の尻の仇をとらせてもらうよ」
プリンスが大槌を回し、纏霧を呼び起こす。霧を貫くように舞子の弓から矢が放たれ、解放された弦が空気を振るわす。同時に槍と化した薄氷を刹那が投げ込む。矢は肩を射抜き。槍は脇腹を持っていく。
牽制とばかりに辰巳が前衛に雷を落とす。だがそれで止まる覚者達ではない。真実の体現者たるトゥルーサーは舞台から古妖を引き下ろすため、突き進む。霧が厚くなり、ゲイルの力が雷の傷を消し、空を舞う日那乃が状態異常からの回復を促す。
紡が舞い、青の羽が清風を引き起こす。霧が晴れ、小唄が跳ぶ。喉笛に突き刺さる鋭刃の蹴りが辰巳の息を止め、反射的に距離を取らせた。続けざまにその眉間へ圧縮空気の弾丸が突き刺さる。恵だ。
古妖が顔を抑える、その目は何かを伺い、右手は雷撃を走らせる。
「……離れて!」
気づいた恵が声を上げる。雷撃は全てを食らうことは叶わなかったが前に進む刹那を喰らう。雷撃の威力に鈍る足。『スイッチ』を入れることで鈍る足を動かし突き進む。その傷も着流しの狼が癒していく。
弓が射られた、直前で辰巳が矢をつかんだところで声が聞こえた。
「今ッス!」
プリンスが大槌を振り下ろす、一発の威力でなく動きを止めるために数で攻める。過剰な通貨発行はインフレーションを引き起こすが動きは止まる。好機と見た日那乃、紡、恵の三人の翼人が空を舞い、放たれる三連発のエアブリット。腕でかばう古妖。一発、体が揺らぐ。二発、腕が弾かれる! 三発、胸を撃つ!!
追撃するのは刹那と小唄。狐の少年が腹に拳を打ち込み、頭が落ちたところをサマーソルトで蹴り上げる。そして踏み込む女、自らの名と同じ銘を持つ刀を握り。
「其、斬」
一の型。横凪の斬撃が腹を裂き、古妖の足元を朱に染める。辰巳は腹に手を触れ、赤く染まるのを確認する。
「体動かしてスッキリした?じゃちょっとお茶にしようよ、余が死にそうだし」
プリンスが提案する。白髪の古妖は笑みを浮かべ
「酒がいいな」
冗談を混じりに応じた。
●演者退場
「すまんな、覚者とやら。我も封印を解かれて気が立っていた許せ」
最初に詫びたのは辰巳であった。その傷はゲイルによって癒され、傷跡も残らない。
「こっちこそ本当にごめんなさいッス!!よければ何で人間嫌いなのか教えてほしいッス」
舞子がそれに応じるように謝罪の言葉を述べ、そして事情を聞く。古妖は自嘲の笑みを浮かべ。
「力があるから」
とだけ答える。
「貴方が静かに眠っている間に時代も変化しました……私達の様な不思議な力を用いない一般の人達にとって、通常の妖と 貴方の様な古くから在る古妖の区別がつかず、不安を抱いて過ごしている者が大多数なのです」
「それは変わらんよ、いつの世も」
恵が今の情勢を話すが、辰巳にとってそれは変わらないものだったらしい。
「それでだけど貴公、このままだとまた人間がやってくるし、封印を望んでも再度解かれる危険があるんだけど。どうする? とりあえず貴公を受け入れてくれる村もあるんだけど、ちなみに余が村長」
プリンスが現在の状況を鑑みて暫定の提案をする。
「ふむ、一理あるな。それにしても皇子が村一つとは主は帝に嫌われてるのか?」
「また封印でもよかったら。『蒐囚壁財団』っていうところ、古妖の封じ込め処置できるけど……」
日那乃は再封印の案を提示する。辰巳自身の望みがどちらにあるか、できれば意思を尊重したいという考えからだ。
「とりあえずは我の頭を覗こうとするな。嘘偽りは申す気はない。そうだな……」
感情探査をされたことに対して不快感を露わにしながらも辰巳は考え込む。
「では、お主の言う村に連れていけ、で村の名前はなんと申す?」
結論を出した古妖に対してプリンスは満面の笑みで答えた。
「その名も王子マッチョマックス村」
「皇子末躇末玖珠村……面妖な名前だな」
辰巳は正直に思ったことを口にした。
一方、踊らされた一人の男の前に立つのは刹那と紡。
「と…ちょっとソコの扇動してた千堂サン、お話しイイですか?」
紡が呆然自失としていた千堂に声をかけ現実に引き戻す。
「隣人とやらに会うたら伝えおけ。公衆電話にかけても繋がらぬぞ、とな」
「隣人? 何のことだ? 武器のことなら我々の思想を理解してくれる同志がくれたものだぞ」
二人は顔を見合わせた。彼もまた踊らされていた人間に過ぎなかったと理解し、それ以上何も得られない事が分かっただけだった。
舞台は終わった、けれど戦いは続く……。
