血ノ雨ノ夜・壱の陣
●
殺して、と。
思う事さえ許されないのか。
八尺の中で眠れども、瞳は開き、いくつもの悲劇を見て来た。
終りを迎えるその時まで。人柱として染まる赤色が。
最早心地い。
●
「視えた―――ッ!!」
久方相馬(nCL2000004)は大声を上げて飛び上がる。
あの厄災を直接視る事はできなかったが、次に血雨と化した場所が予知できた。
今はまだ、その場所で血雨が発生した一報を受けていない。
ならば。
今宵初めて、血雨の発生を食い止められた、初の組織になる為に。
「血雨の討伐を依頼する!!」
相馬は集まった覚者達へ説明を開始した。
「けど、あの厄災だ!! 十分に警戒はしていくつもりだぜ。
あれは、血雨は、逢魔ヶ時智雨っていう破綻者(ランク4)と八尺っていう呪具の融合体だ。
片方だけでも厄介だけどさ、両方一緒だと今の俺達じゃキツイ。だから、3班編成でなんとかする!!」
相馬が示した作戦はこうだ。
まず、壱の陣が血雨とぶつかり、壱の陣が負傷したら後退、次の弐の陣が血雨と戦い、負傷したら後退、次に参の陣が血雨に接触する。その間、出ていない班は回復と、入れ替わる時の支援を務め、ローテーションで戦う事となった。
「もちろんだけど、いけると思ったら総攻撃を仕掛けても良いんだぜ。ただ、相手も滅茶苦茶強いから、根気よく、な!
なら、最初から総攻撃すれば……っていうのはそうなんだが、血雨の能力がなかなか厄介なんだ。範囲的に攻撃してくる可能性が高いし、なによりあいつは八尺にはえてる目でも視界を補助してくる。死角が無いのはそうだけど、攻撃も360度から行って来るから、気を付けてくれ。
そんでもって、異常性と呼べる程に、一撃一撃が重い。
ほんと、それは気を付けて……俺も、手伝えるのがここまでで、ごめんな。
でもローテーション以外でも、作戦があればそっちを優先して行動してくれてもいいんだぜ、あくまでローテーションなのは、俺が考えた最良の作戦!! ってやつだし……皆の方が現場の経験も長いしさ。
でも大丈夫なのか……逢魔ヶ時紫雨も一緒みたいだけど……」
●
太陽が山の奥に飲み込まれるとき。
「よっ、新興組織! 俺様は血雨に近づけねえから勘弁な!」
隔者組織七星剣幹部、逢魔ヶ時紫雨は立ち上がる。
「さーて、始めるかァ。上手く行き過ぎて、一生分の運使い果たした気がすっけど!!」
もう笑ってもいい頃だろう。
奇声を上げながら笑う、大笑する。
「なぁ、智雨ェ……今日で死の? 俺様、姉ちゃんの事一生忘れないわーーー、さ、楽になれ死ね死ね死ね死ね、今日から俺様がその役割果たしてやるから死のうぜぇぇ!! あははははははははは!!!」
紫雨は両手に刃を持つ。龍は鳴く、そしてFiVEの長い壱日は始まった。
●
逢魔ヶ時智雨は、弟を護る為に呪具『八尺』を手に取った。
だが八尺を智雨が操る事は不可能だった。
力に飲まれ、八尺の一部と化した逢魔ヶ時智雨は、人の血肉を喰らう化け物と化す。
肉体を飲み込み血を撒き散らす厄災は、人々に血雨と呼ばれて恐れられた。
そして今、その厄災は京都を脅かす。
破綻者×呪具の、最悪の協奏曲は響き渡る。
(2016.2.19追加)
●
「ヘイ! 鬼火ちゃん、出番だっぜ!!」
紫雨が指を鳴らす刹那、血雨と数十人のFiVE覚者達の周囲を大きく囲う様にして炎が舞い上がった。
冬という時期を感じさせぬ、夏よりも灼熱の小さな世界。
それはまるで煉獄の炎よりも深紅に染まる檻である。まるで此処から逃がさないと言わんばかりの。
「楽しくやろうぜッ! 俺様とお前等は暫くこの閉鎖された空間で、ランデブー。なぁーんちゃって!!
……ま、教えてやる義理はねぇが。教えてやった方が、楽しそうだから特別サービス。
俺様がFiVEを内側から破壊できると言ったのは、既に百鬼を潜り込ませてあるからで。
お前等とした約束通り、『血雨も。俺様も。五麟に襲撃しなかった』ぜ?
あとは察しろよ。 ギャハハハハハハハ!!
そう怒んなよ、血雨を倒したらきちんと解放してやるから安心しなよ。ね、可愛いFiVEちゃん?」
殺して、と。
思う事さえ許されないのか。
八尺の中で眠れども、瞳は開き、いくつもの悲劇を見て来た。
終りを迎えるその時まで。人柱として染まる赤色が。
最早心地い。
●
「視えた―――ッ!!」
久方相馬(nCL2000004)は大声を上げて飛び上がる。
あの厄災を直接視る事はできなかったが、次に血雨と化した場所が予知できた。
今はまだ、その場所で血雨が発生した一報を受けていない。
ならば。
今宵初めて、血雨の発生を食い止められた、初の組織になる為に。
「血雨の討伐を依頼する!!」
相馬は集まった覚者達へ説明を開始した。
「けど、あの厄災だ!! 十分に警戒はしていくつもりだぜ。
あれは、血雨は、逢魔ヶ時智雨っていう破綻者(ランク4)と八尺っていう呪具の融合体だ。
片方だけでも厄介だけどさ、両方一緒だと今の俺達じゃキツイ。だから、3班編成でなんとかする!!」
相馬が示した作戦はこうだ。
まず、壱の陣が血雨とぶつかり、壱の陣が負傷したら後退、次の弐の陣が血雨と戦い、負傷したら後退、次に参の陣が血雨に接触する。その間、出ていない班は回復と、入れ替わる時の支援を務め、ローテーションで戦う事となった。
「もちろんだけど、いけると思ったら総攻撃を仕掛けても良いんだぜ。ただ、相手も滅茶苦茶強いから、根気よく、な!
なら、最初から総攻撃すれば……っていうのはそうなんだが、血雨の能力がなかなか厄介なんだ。範囲的に攻撃してくる可能性が高いし、なによりあいつは八尺にはえてる目でも視界を補助してくる。死角が無いのはそうだけど、攻撃も360度から行って来るから、気を付けてくれ。
そんでもって、異常性と呼べる程に、一撃一撃が重い。
ほんと、それは気を付けて……俺も、手伝えるのがここまでで、ごめんな。
でもローテーション以外でも、作戦があればそっちを優先して行動してくれてもいいんだぜ、あくまでローテーションなのは、俺が考えた最良の作戦!! ってやつだし……皆の方が現場の経験も長いしさ。
でも大丈夫なのか……逢魔ヶ時紫雨も一緒みたいだけど……」
●
太陽が山の奥に飲み込まれるとき。
「よっ、新興組織! 俺様は血雨に近づけねえから勘弁な!」
隔者組織七星剣幹部、逢魔ヶ時紫雨は立ち上がる。
「さーて、始めるかァ。上手く行き過ぎて、一生分の運使い果たした気がすっけど!!」
もう笑ってもいい頃だろう。
奇声を上げながら笑う、大笑する。
「なぁ、智雨ェ……今日で死の? 俺様、姉ちゃんの事一生忘れないわーーー、さ、楽になれ死ね死ね死ね死ね、今日から俺様がその役割果たしてやるから死のうぜぇぇ!! あははははははははは!!!」
紫雨は両手に刃を持つ。龍は鳴く、そしてFiVEの長い壱日は始まった。
●
逢魔ヶ時智雨は、弟を護る為に呪具『八尺』を手に取った。
だが八尺を智雨が操る事は不可能だった。
力に飲まれ、八尺の一部と化した逢魔ヶ時智雨は、人の血肉を喰らう化け物と化す。
肉体を飲み込み血を撒き散らす厄災は、人々に血雨と呼ばれて恐れられた。
そして今、その厄災は京都を脅かす。
破綻者×呪具の、最悪の協奏曲は響き渡る。
(2016.2.19追加)
●
「ヘイ! 鬼火ちゃん、出番だっぜ!!」
紫雨が指を鳴らす刹那、血雨と数十人のFiVE覚者達の周囲を大きく囲う様にして炎が舞い上がった。
冬という時期を感じさせぬ、夏よりも灼熱の小さな世界。
それはまるで煉獄の炎よりも深紅に染まる檻である。まるで此処から逃がさないと言わんばかりの。
「楽しくやろうぜッ! 俺様とお前等は暫くこの閉鎖された空間で、ランデブー。なぁーんちゃって!!
……ま、教えてやる義理はねぇが。教えてやった方が、楽しそうだから特別サービス。
俺様がFiVEを内側から破壊できると言ったのは、既に百鬼を潜り込ませてあるからで。
お前等とした約束通り、『血雨も。俺様も。五麟に襲撃しなかった』ぜ?
あとは察しろよ。 ギャハハハハハハハ!!
そう怒んなよ、血雨を倒したらきちんと解放してやるから安心しなよ。ね、可愛いFiVEちゃん?」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.血雨の討伐
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
●状況
ついにあの厄災が姿を現した。
場所は京都、事前に発見できた今、一般人避難は全終了している
破綻者と呪具の合わせ技になっている厄災を今、この場で倒すのだ
●特殊ルール
壱の陣(当依頼)→弐の陣→参の陣→再び壱の陣→弐の陣→参の陣
上記の形で血雨を討伐作戦を開始する
血雨とぶつかっていない班は、血雨より40m以上範囲外にいるとする。範囲外にいる時はファイヴNPCがHPMP回復をかけてくれます。回復の度合いはターン数に比例します。このNPCは戦闘には参加しない支援型のモブNPCとなります
班交代の際、逃げ遅れるPCが発生する場合もあります
また、30人規模が入り乱れる可能性がある為、回復や支援スキルは基本的に自分の依頼の参加者に優先的に使用されるというルールを課します。切羽詰まった状況だと、例外はあります。そこらへん意地悪はしないので大丈夫です
描写は基本的に自身の参加した依頼の参加者が主ですが、情況により他の陣の参加者名が出る事もあります
●血雨
一晩にして、村を巨大な血だまりに変えたり、人を行方不明にしたりと恐れられる厄災。
正体は、破綻者と呪具の融合体。今までのどんな敵よりも強い為、注意
逢魔ヶ時智雨(破綻者)と、八尺は移動のみを同じくする別個体です
その為、智雨の攻撃手番と、八尺の攻撃手番は別であり、BSスキルや体力計算も、個体別計算になります
・逢魔ヶ時智雨
破綻者(ランク4)、覚者の際は火行×彩でした
特攻撃威力が高い為、注意
灼熱化のようなもの
双撃のようなもの
火柱のようなもの
豪炎撃のようなものを主に使用します
智雨の手番にて、10m以内を自由に瞬間移動します
またこれにはブロックや移動妨害などに捕らわれる事はありません
・八尺
人の命をたらふく食った呪具、自由に変型し、無数の目と、ひとつ大きな口があります
食べれば食べる程強さを増し、PCを戦闘不能にした場合は倍の数強化します
出血を伴うダメージを与えた場合、与えたダメージ総数の二分の一を、八尺は回復します
物理攻撃威力が高い為、注意
攻撃は、斬撃、槌、捕食等等ありますが、基本的に列貫通スキルが多彩です
特に、捕食は防御を貫通し、PCに与えたダメージだけ回復します
シネルトオモウナヨ……(八尺の特殊能力。智雨に体力を分け与えます)
ニゲラレルトオモウナヨ……(八尺の特殊能力。手番開始にて、八尺から10m~20m範囲に適用。BS麻痺封印を付与します)
●黒札
当依頼には黒札というアイテムが使用可能です
枚数は全部で12枚あり、参加者の誰もが使用できますが、同じ条件下での使用においては過去の依頼にて取得に関わったPCが優先されます
また、壱~参通して12枚となります。(なお、一枚は紫雨が所有している為、彼から貰わない限りFiVEが使用できるのは11枚までです)
使用する場合、プレイングもしくはEXプレイングに黒札使用の四文字を下さい(ですが、必ず使用できる訳ではありません、血雨は必ず妨害します)
使用するには、八尺の近接にて、八尺に直に貼りつける事
黒札使用時点での、残っている気力(MP)の量に比例して、八尺の動きが鈍って行きます。使用者は使用時点で気力(MP)が完全に無くなる為注意してください
黒札を使う、使わないで紫雨の行動が分岐します
●逢魔ヶ時紫雨
七星剣幹部、禍時の百鬼を率いる隔者、記憶共有の二重人格
唯一血雨に狙われないようで、智雨討伐に関しては超協力的。智雨は、紫雨が敵に回っていても紫雨に攻撃する事は絶対にありません
紫雨は、味方ではありません、何かしら機を伺っているふしはあります
また、紫雨がFiVEの敵になる可能性も高いです
血雨の能力により、本来の力が発揮できない状態となっております
配置は中衛、本来前衛
獣憑×火行
武器は刀、二刀流。速度特化、速度を威力に変える神具持ち
その他神具二種、眼鏡(正体不明)とピアス(影法師)
体術スキル ???
技能スキル 龍心 (鉄心の上位版のような効果)
●場所
・京都市街、時刻は逢魔時。視界へのペナルティ無し
一般人無し
●注意
・血ノ雨ノ夜は壱~参の陣まで全て同時刻、同じ場所で行われる依頼です。
その為、PCが同タグに参加できるのはひとつだけとなっております。重複して参加した場合は、両方の参加資格を剥奪し、LP返却は行われないので注意してください。
それではご縁がありましたら、宜しくお願いします
(2016.2.19追加)
●追加情報
・『血ノ雨ノ夜』参加者は『緊急依頼』には参加できません。
・FiVE覚者たちを大きく囲う炎の檻が発生しました。これを超えて離脱する場合、かなりの重傷を負う事となります。唯一、飛行離脱は認められます。
また、炎に近づかなければ戦場でのペナルティはありません。
鬼火の本体は紫雨の持つランタンの中に存在しております。倒せない事は無いです。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
150LP[+予約50LP]
150LP[+予約50LP]
参加人数
10/10
10/10
公開日
2016年03月04日
2016年03月04日
■メイン参加者 10人■

●壱陣/初陣
目に染みる程鮮やかな赤の世界。
濃いえんじ色に瞬き、輝く月をなぞってから。
背後の気配に振り向いた――首謀者逢魔ヶ時紫雨。
「ハロー。正義厨で、能天気で、お気楽で、無智なFi―――」
――VE。
と言いかけた所で、紫雨より更に背後に君臨していた血雨が持つ八尺が大上段から振り落され、地面が避け、断面が見えるくらいズレ上がり、道を挟むビルの硝子は衝撃で全て砕けて舞う。
衝撃で覚者の身体は一斉に茜色の空へと放り投げられた。
「ちょっとおおお!! 最後まで言わせてくれない!!」
一人。
地面に足をつけて、頭を抱えて首を振る紫雨。まあ彼はいっそ、無視だ無視。
彼より遥か上では、天空へと身体を吹き飛ばされた覚者十人がスローで舞っている。
マーメイドドレスに隠れた足へ力を込めた血雨が、コンクリートの道路を粉砕しながら跳躍。
戦闘開始から待機を決め込んだ覚者達は、八尺の先制を許したのだ。
虚空から刃を抜き取る『白焔凶刃』諏訪 刀嗣(CL2000002)の眼前、智雨の顔がキスができる程近づいた。
血雨が八尺を横に振り被り、同じく刀嗣も振りかぶる。今だけ、言葉を混じらせる時だけ時間はゆっくりと流れた。
「やっと会えたなぁ、血雨。覚えてるか? お前の唇を奪った俺様の事をよ」
『回答します。覚えておりますとも。これから食われゆく運命の貴方を忘れる訳ありません。さあ』
さあ。ひとつになりましょう。
「やなこった」
華神 悠乃(CL2000231)の発言、刹那。
轟。
空を切り裂き、金切音を爆音で奏でる八尺の刃が刀嗣を始めとした前衛、そして中衛の身体を貪り食いながら、薙ぎ飛ばす。
悠乃は起き上がり、周囲を見回した。幾人か飛ばされてしまったか。そして襲い来る腹痛。下を見る。腹が喰われていた。
「厄災たぁ、真面目にそれらしいね」
悠乃は構える。
『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)の腹部から肋骨が飛び出した状態で、道路を挟むビルを貫通し、更にその奥のビルの壁にぶち当たってやっと衝撃が収まった。
瓦礫から足だけ飛び出ている。足が語る。
「む……無茶苦茶な」
壁にめり込んだ奏空の頬から汗が流れた。口から血がごぽごぽと零れ、腹部を抑えれば腹というものが無い事に気づけは唖然とした。
――喰われた、か。
でも。
奏空はビルの壁を蹴る。今自分が作った穴を通り抜け、そして双頭の刃を抜く。
『狗吠』時任・千陽(CL2000014)と『戦場を舞う猫』鳴海 蕾花(CL2001006)は、弐陣と参陣が控えている場所までバウンドしながら飛ばされ、最終的に両足で着地し、それでも勢いが止まらず地面を抉りながら勢いが止まるまで後方に下がり続けた。
やっと勢いた止まった時、二人は顔を見合わせて再び戦場に戻る為にスタートダッシュ。今しがた後ろへ消えた二人が、再び高速で前へと進んでいったのを弐陣と参陣は見ていたとかなんとかでさておき。
八尺を携え、漸く地面に再び足をつけた血雨。
血雨の背後から『突撃巫女』神室・祇澄(CL2000017)、緒形 逝(CL2000156)が左右から刃を鋏のような形で挟んで切る。狙いは、八尺だ。だが、智雨が右腕で刃を受け止め弾く。
「血雨……久しぶり、ですね。今度こそ、決着を、つけましょうか」
『回答します。お久しぶりです、少し……お痩せになったのではありませんか?』
「嗚呼、いいね。その八尺。禍々しい妖気に、厄災の名。是非此の手に馴染ませたいものだ」
『回答します。物好きですね、私など欲しがるとは』
祇澄と逝は間合いを取りながら、切っ先を向けて構えた。その間に、血雨の後方に近づいた冬佳が黒札を指に挟んで八尺へと伸ばしたが、八尺の目玉が冬佳を見た瞬間、智雨がこちらを向いていないにも関わらずに、智雨の腕が冬佳の腕を掴む。
『発言します。本日は刺激的な夜ですね、紫雨の為に食べましょう食べましょう誰一人残らず』
血雨は冬佳の腕を握力だけでへし折ってから、そのままの意味で投げ、祇澄と逝へとぶつける。
ビル上空から奏空が降ってきた。血雨へ双子の刃に霧を乗せ、そして血雨へと霧を被せる。
「これで!!」
奏空が微笑したのを、血雨は瞳に映していた。その瞳が左右を見れば、千陽と蕾花が黒札を手に左右から挟み込んだ所。
だが、智雨の身体が馬鹿力で横に回転。長い足で千陽と蕾花を纏めて隣のビルの入り口奥まで蹴り飛ばした。
「よう八尺! 村では世話になったな! またぶっ飛ばしてやるよ!」
『想い受け継ぎ‘最強’を目指す者』天楼院・聖華(CL2000348) が蹴撃で八尺の口を閉じさせ、一度跳躍。刃を振り落し八尺へ、そして智雨へ瞬発的に複数人を斬りつける斬撃を放つ。
矢張り智雨が攻撃を受け、八尺を後方へと隠したか。聖華は唇と尖らせつつ着地。
「智雨の身体を大切にしないと持ち主がいなくなるぜ」
『回答します。ご心配なく、身体を死なせない保険は貴方達を食い散らかす事です』
「めんどくさい設定だぜ、ならふたつとも同時に狩るまで――!!」
因みにこの間、『五行の橋渡し』四条・理央(CL2000070)は既に回復を強いられていた。初回、確かに黒札が無く全快で戦う八尺の、物理攻撃の威力はこれまで戦って来た並みの敵を優位に超えている。
「食い意地だけは魔物級ね」
なお、初回理央は血雨から十一メートルという強制麻痺封印の位置に立っていたが、血雨が割と勝手に移動した為に十メートル以内に勝手になったから動けているとか。
「あれ、俺様要らない感じ? 俺様の話も聞いて欲しいーのー」
十秒の間、紫雨は窓硝子破壊されたビルの一階にあるコンビニからポテトチップスを万引きして開けて食べていた。
「大人しくしろ!!」
悠乃はエネミースキャンを開始。黒札が貼れるならば御の字。だが。
「どうやら、黒札を警戒されているようですね」
折れた腕を抑えながら、冬佳は背中に感じる悪寒に抗い続けた。
「変に待機したから、智雨が八尺の庇いについたかね」
逝が首をごきごき鳴らしながら言った。
ぽ、ぽ、ぽ。
八尺の刀身から泡が膨れて弾けて、形を変えた――あれは、鉈というよりは口か。此処にいる全てが、餌だと言いたげか、餌と思われ人間だとも周知されていないという事か。
「嗚呼、でもイイネ。悪食は今も欲しい欲しいって言ってくれているよ。禍も呪詛も全て腹に入れれば同じってね」
妖刀の類に取り扱い説明書なんて無いだろうが、使いこなせる逝は幾らか紫雨よりもハードに狂っている。
歪んで美人な女の腹を裂き、妖刀は笑っているのだろう。血を吸い、命を吸い、肉を食う悪食は八尺と何が変わらないというのか。
挑発するような攻撃の流れに、逝は悠乃へ目線を送る。だが悠乃は分っていた、智雨の警戒は解かれていない。重要な手番を、ただ貼るという作業で費やし棒に振るのは賢くは無いだろう。
悠乃の拳が怒り混じりに敵を射抜いた。
千陽が言う。
「所で、紫雨」
紫雨はポテトチップスを最後まで食べきってから、袋をポイ捨て。塩気のついた指を舐めてから、千陽に突撃して彼の事をぎゅうーと抱きしめた。
「どんだけ傷つけようとも傷さえつかない君達の為に、お家を火事にしておいた俺様のイカした演出は気に入ってくれた??」
「いや……流石に無理だわ、受け入れられないし」
悠乃が、「はあ」と溜息をついた。
「ガーン! まさか、火災保険に入って無かったとか!? お家に携帯忘れてすきな子のメアドが無くなったとか!? あ、でも電波通じないかぁぁ」
ごめん。紫雨は軽く言った。
「ごめん!! で済むのなら俺達は必要ないんだぜぇぇ!」
聖華は紫雨の両肩を掴んで、がくがく振る間。紫雨は大爆笑していた。
今度は千陽が溜息をつく。
「まるで教科書に書いたかのような詭弁ですね。逢魔ヶ時紫雨」
「サンキューサンキュー!」
「とりあえずは、君の筋書きには乗りますので、黒札はこちらによこしてください」
「オイオイ、狗の割りには尻尾の振り方がド下手じゃねえか」
「まずは八尺を封じる、もしくは完全体化が必要でしょう」
「お前等が俺様の思惑に、『FiVEとして目的が合致しない場所』まで手伝ってくれるなんざ思ってねえよ」
紫雨の指の間で札が揺れる。
「現に見てみろ、お前等一陣は黒札が貼れてねえじゃねえか、爆笑大賞だぜこりゃあ」
聞かなくても分る。
七星剣の幹部とやらが、FiVEにとって優しい存在では無い事を。
「機会は探したか? 敵が敵の脅威に警戒しないと思ったか? 準備は万全か? 悪夢のような予想はしたか?」
いよいよ大詰めを迎えようとしている血雨の一連も、紫雨の一連も、全て彼の思惑の通りに動かされて来た事象に過ぎなく。
未だそして、紫雨のお遊びに付き合わされているだけなのか。
奥歯を噛んだ蕾花が紫雨の頬をぶん殴った。
「言わせておけば!!」
「殴ってスッキリすんならもう一発いくぅー? でもさ蕾花ちゃん。俺様はとうにプライドは捨てた身でな」
空中に影。
「うるせー!!」
聖華が紫雨を足蹴にしてから、八尺へ向かう。
五麟の為、世界の為。また一人、大きなものを背負って戦う少女が存在している。
癒力活性、そして飛燕。流れるように攻撃を繰り出し、笑顔を携えていく。希望を信じてやまない少女の微笑みだ。
もし、たったひとつ。
一縷の望みがあるとするならば。
「暁は」
冬佳は言う。
「暁は、そこにいるのですか? 諦観、してしまっているのですか」
紫雨と記憶を共有している身で、行動を起こさないのは紫雨の行動を是としているからかもしれない。
天才と自分とでは差が大きいと遜るのが好きな彼だが、本当に彼は何も行動を起こせない身なのか。
「斗真は」
紫雨は笑顔をぴたりと止めた。
「いない。いない間にまた全てを失うんじゃねえの。次は、『黎明』じゃなくて『FiVE』を名乗ったら楽しいと思わね?」
「ってそれ、まさか」
悠乃は紫雨の胸倉を掴む。
「マンネリは良くないって話?」
「ちがうわ!! 次はって、事は。黎明って」
「本家の黎明ならとっくに潰したけど。俺様が、お前等と同じような形で襲撃して。かなり呆気なく崩壊したなあ。あそこの本拠地は村だったよ」
「愚図め」
「よく言われるわワギャアア!!」
悠乃は紫雨の眉間に頭突きしてから、放った。
●壱陣/弐
「二周目だよおおおお!!!」
目が><←こんな感じになってカメラ目線の紫雨が画面いっぱいに楽しそう。
冬佳は思う。智雨が黒札を警戒し過ぎている。故に彼女の役割は八尺の護衛であろう。圧撃で遠退けるか――いや、元よりくっついている二つを分断する事は不可能だ。
だが、例えば智雨から攻撃に切り替えたとすれば――冬佳の背中から手が回され、紫雨が耳元のすぐ隣で吐息を吐く。
「智雨から倒しちゃいなよ、それしか無いよ。聡い君の事だ、分ってンだろ?」
「……それをすれば、貴方は八尺を奪うでしょう」
冬佳は紫雨を振りほどく。不気味に笑う紫雨が両手を広げて首を振ったてから、右手をちょんちょんと触っている。
「――ッ」
冬佳が振り向いた時、智雨が背後で振りかぶっている。聖華が飛び込み、だが間に合わない。刹那、冬佳の右半身が一気に食われた。
「黒札ごと――喰った!?」
冬佳は命数を犠牲にして立ち上がるが、戦闘不能にした分は八尺の強化が進む。冬佳の身体を担いだ聖華は一旦引いた。
黒札を狙うのなら、次に狙われるのは同じく黒札を持つ誰かであるかもしれない。たった一撃で、ほぼほぼの体力をもっていく化け物に、聖華はそれでも武者震いした。
戦いに身を投じる少女――いや、先程は少女といったが少年と言った方がらしいだろう。剣士になる為にはどんな敵にも屈しず、例え負けたとしても折れず、向上心を持ち。
ただ、死ぬ事はできない。聖華はその直死を見間違えぬ。
いつまでこの鬼ごっこも続けていくのだろうか。切れば切る程、こちらも切られれば切られる程、八尺の攻撃が徐々に重くなっているのは体感できよう。
後ろから狙うなんて言語道断。正面切って立ち向かう刀嗣の刃が智雨の心臓部から背中までに貫通する。
「ノらねェなぁ」
ため息交じりの刃が白炎と共に横に引かれて、八尺の瞳のひとつを潰した。
「ノらねえよ」
こんな集団で一人の女をリンチなんて、趣味では無い。されど、やれと言われればやるしか無く、それさえ刀嗣にとっては命令するなと中恭介あたりを切ってしまいたい気分ではあった。
「刀嗣、しっかりしろ!」
「こりゃあ、俺様人生生きてて初めての鬱ってやつぁ」
「馬鹿言うなよ!」
「ヘイヘイ、冗談だ」
蕾花が刀嗣の背中を叩く。
「そこ、遊んでないで!」
理央は言った。ここは学園か。
強烈な乱戦の中、理央は周囲を見回した。回復を、回復を。それだけだ、やることは至って単純。糸穴のように細い穴や、髪の毛と髪の毛を繋げるような作業。
精密に、精密を重ねてそして回復は成り立っていく。
「私より、先に倒れたら承知しないからしっかなりなさい!!」
落ちる事さえ恍惚か。逝の悪食が妙なオーラを発しながら、智雨に噛みついた。キーキー、鳴く智雨は既に人間を止めた存在だ。逝が気になるのは彼女の喉元の傷だが、真実は刀嗣が知っている。
「八尺に切られた痕だ」
「主を殺す武器って怖いねえ」
「お前がいうか?」
「所でさあ」
逝の目線が悠乃にいく。
「どうする?」
「どうもこうも。八尺が庇われているのなら、智雨をあえて削って八尺が体力分配不可能な所までにするとかかな」
「なるほど」
正直に言ってしまえば、黒札を貼る作戦は破綻しかけていた。今更貼った所で、強化された分が振り出しに戻る程度だろう。
悠乃は少しの苛立ちを覚えたが、首を振って己を取り戻す。
ランク4の破綻者は一体であれ、脅威だ。まだ攻撃して来ないだけ幾分かマシではあるが。
奏空は、あの日の出来事を思い出していた。初めて、人を殺した時の話。怒りに飲まれかけた奏空はもういない。
今や、天地の双子を刃として持ち、信頼できる仲間が周囲を護り、守られ、信頼しあっている。
そして、参陣には――。
それだけで彼は満たされている気分を感じた。不思議と、全て何も怖くない。そう言える表情で、刃を八尺へ。
進むのだ、前へ。厄災だろうと怯む暇は無い。
祇澄の深い海を思わせる青色の瞳も、今日は紅と純白が入り混じった。
五麟も大事ではあるが、まずは目の前の邪神のなりかけをどうにかするのが部隊の最優先事項である。それを祇澄が間違える事は無い。
「いざ――」
彼女は駆ける。熱風を切り裂き、その先の闇を斬る為に。ボンと音がしたと思えば、智雨の胸前に大きく傷を開き、切り開いた祇澄の刃が血を纏って振り切られている。
「あ、くっ」
攻撃の後とは、最大の隙。祇澄の目には見えていた。空さえ飲み込む断絶の鉈が駆ける。上から下、巨大なわりにも風を斬る音を響かせ地面に殴り落とされた。
道を挟む建物の壁断面に大きくヒビが入り、崩れる音がした。
地面が大きくひび割れ、割れた断面がズレ上がり、ズレ下がり、足場は一体幾らかければ元の姿を取り戻せるか不明な程。
「え……」
奏空が愕然としながら、膝をついた。祇澄が――喰われた。そう、彼女は、上半身を丸っきり喰われて下半身と刀だけが崩れ落ちた。
たった、一瞬で鮮血が地面に流れていく。
誰もそれだけで怯まないが、圧倒的な攻撃に体力と命数がごっそり削り取られたのは言うまでもない。
「理央さん!!」
千陽が叫ぶ。
「アレ治せっての!? ……やってるけど!!」
確かに理央は戦闘不能者を出さない事に尽力していた。その回復が無ければ、もっと早い秒数で交代を強いられていただろう。故に回復役という要は編成に居たことは幸運である。
だが、些か予想よりも他陣営の交代が早かった。
「これが、ランク4と化け物の融合体だっての? ふざけないで!!」
理央の手元は温かい光に包まれる。焦るな、焦るな、祇澄はまだ大丈夫だ。命数をチップに彼女は再生され立ち上がる直前であるのだから。
「ああ、ほんと。ふざけが過ぎる」
蕾花が天駆に速度を施して、茜色から夜空に見えて来た空を舞う。
八尺の機動を回避、そして叩きこむは拳の一撃。今更敵より、詫びも降伏も泣き事もいらない。ただ一心腐乱に敵の破壊を。獣のごとき、力んだ瞳が更に細まっていく。
「AAAも、あんたらも、FiVEも、全く!」
そんな怒りで智雨の身体を地面崩落起こす程に叩きつけたのだ。
着地してから一人駆け出していた奏空の身体が投げ飛ばされ、宙を回転してから両足でふんばり着地する。それでも勢いは収まらずに、暫く地面に軌跡を抉りながら後退させられた。
「こっちだ!」
聖華は小さき身体を飛び跳ねさせて、自身へ攻撃が来るようにアピールした。傷の大きい冬佳たちを再び攻撃に巻き込ませるよりは、己が。
怖くないと言えば、嘘であるかもしれないが。聖華は仲間を大切に思う大事な心を忘れない。
「俺がいる限り、皆はやらせねーぜ!」
「智雨!!」
彼は黒札を貼る役目では無いが、近づけば、首を伸ばしてにぃと笑う智雨がそれを妨害してくる。正しくは、庇われたと言えば良いだろう。他の覚者が黒札貼に乗り出した所で終着点は、彼と同じ結果でしかない。
ゆらり、揺れる血雨の姿が消える。
そして出現したのは、覚者達陣営の中央などでは無い。『下がった』のだ。
冬佳が後ろを向いた。中衛より後ろ、後衛、10mギリギリのラインに立っていた理央相手に、智雨の縛りルールが課せられる。
逝が血雨の懐にまで身体を滑らせて、
「超ピンポイントで回復手を封じて来た訳ね」
蔵王・戒の携え、下段から滑るように上段へと切る。返り血を浴びながら、悪食は智雨の体液であるそれを吸い取っていく。
目の前に居た智雨が背後に迫る。千陽が構え、そして上から叩き落された八尺を抑えた。
口から、舌が出て来て彼を舐める。粘液が糸を伸ばし、千陽は息を飲んだ。腕が面白い方向に曲がり、関節と骨が飛び出るも力を緩めれば一体化同然だろう。
悠乃の攻撃に、八尺が引いた。口では黒札を一枚もぐもぐしている。
「黒札の破壊が、目的か」
冷静に、分析しろ。悠乃は己に言い聞かせた。序とは言え、体力はまだ有り余っているのだ。
龍の尾と共に空中へと舞い上がった。血雨の背後を取り、そして肢体を叩きつけていく。幾ばくか、己の中の骨が軋めど攻撃を止める理由にはならない。
悠乃はぐらりと揺らいだ血雨の足下を見逃さなかった。
「……血」
道理なら、智雨は確実にダメージを受けていた。ある意味それは突破口であり、八尺の回復が追いつかなくなってきた事を示している。
●壱陣/参
「総攻撃を、開始します!」
奏空の声が響く。
三陣全ての覚者達が攻撃を開始する。三百六十度から飛びかかる覚者の群は、津波のように迫り来るものだ。
参陣だけは、ちょっと遅れるものの。
「へえ?」
紫雨はここで初めて、二刀の刃を抜いた。
「そっちが本気で来るのなら、こっちも本気出して頑張らないと、ネ!」
「舞え、俺の魂!!」
奏空が叫ぶ。心を震わす、魂の鼓動。
足下から風雷が舞い、そして彼の金髪が強風に揺れていく。己の命を燃やし、彼が願うのは全陣の総回復である――願わくば、彼女にも届けと。
だが、結果としてみれば現時点のレベルでは三十人の体力精神力そしてBS回復までも賄いきる事は遥か難しい。彼が成し遂げたのは、彼が護るべき陣営全員の体力を半分以上に戻す事程度だ。
「くっ」
奏空の膝が地面に着く。極度の疲労感に、だがそれでも味方は前へと向ってくれる事は心強い。
「十分よ」
奏空に引き継ぎ、理央が力を使う。二十人全員を巻き込んで、そして回復を。弐陣の回復手と相成れば、怖いものなんぞ無いにも等しいだろう。
ただ、不安なのは血雨が庇いを解除している事。
「総攻撃、開始ィ!」
明るい悠乃の声が響き渡った。
声に出し、謝る事はせぬ刀嗣。
彼の頭の中では陳謝が渦巻いていたが、それもケジメを着けて感情を無かったことに強制ロスト。
この時点で、智雨は八尺を庇うのを止めていた、必要無くなったと言った方が正しいだろう。八尺は、それほどまでに大きく膨らんだのだ。
刃に殺意と白炎を染み込ませて血狂う刃が智雨と八尺を同時に裂く。裂かれた頭部の向う側、数多が振りかぶっていた。
「ぬかるなよ、ピンク」
「うっさいわね、次それで呼んだらそっちから昇天させるわよ」
「……? てめぇまさか」
「あ、バレちゃったーん☆ 龍心、奪ったりー☆」
数多は横に裂けば、刀嗣のと足して十字に裂かれた八尺の叫び声が地響きを築く。
八尺が流れ、前衛中衛が飛ぶ。片腕と顔半分無くなった千陽だが、残った腕だけで智雨を刺した。それだけで終わるとは思えぬもの、出血に倒れていく千陽。紡の回復も、今や間に合わない。
八尺を蹴りあげてから、祇澄は空中で身を翻す。
千陽を投げて戦場から解放、空かさず刃を叩きこむ。八尺の瞳のひとつを潰し、そして続いたのは、冬佳。蕾花から渡された黒札を持ち入り、八尺の柄に貼る。ぽ、ぽ、ぽ、泡ふく気泡、何十人かの断末魔。まるでこれだと――封印し、食べた魂も一緒に封印しているようだ。これではまるで、魂は解放されないんではないか。
悠乃は声を荒げた。智雨の攻撃が来ると。
放たれる衝撃、炎が渦のように巻き叩きこまれる。皮肉にも攻撃をまともに受けてしまう悠乃だが、根性で立ち上がった。
焦げる身体に見向きもせずに、やり返しだと拳を八尺へと叩きこむ。そしてスキャン、頭痛、伝説級の神具に行う調査は時として妨害が発生する。今や、八尺はエネミースキャンを弾く存在だ。
かと言え、悠乃がそれで諦める事は無い。
「いったいな、こら!!」
悠乃が頭突き、八尺がへにょりと変形した。
すかさず聖華が一撃を叩きこむ。風の如く流れて、音も無く去る。聖華はまた、この戦いの中でも更に腕を上げていた。
そして紫雨の前へと戻る。
「いっそがしいな、オマエ」
「ぜってー八尺を自分のモノにする気だよなー」
紫雨の両刃を受け止めた聖華。段々と押し込まれるが、紫雨は本気を出していないのは。剣をいく道を歩む聖華には分かりきっていた。
「馬鹿にすんなよ!!」
「ははっ、可愛いな。『お嬢ちゃん』」
「オマエ!!」
「剣なんて似合わねえ体格とちっせえ手で、俺様を止めに来るたあ、見上げた根性だ――だがな」
紫雨が聖華を切る――そのときぴたりと刃が止まった。
「ふざけんな」
「守ると決めたら、最後まで守らんか。たわけ。独りで無理だというなら手伝ってやろう。女は根性じゃぞ?」
「覚悟しろ」
幽霊男が八尺に干渉した。神話級の神具、成程。ならば魂を使えば或いは――八尺とのリンクさえ切ってしまえれば。
「ふざけんなよ」
紫雨の表情が怒りで歪んだ。
「ふざけんなふざけんな、ふっっざけんな!!! てめぇらはいつもそうだ、奇跡か? 命か? そんなものに頼って、逆境かましやがらぁぁ!!」
幽霊男の得物が八尺と智雨の繋げる腕を狙う。鼓動する触手に刃を、精神に言葉を。嗚呼、あの時と同じだ。神話級とはよく言ったもの、伝説級の八尺に対しては脳内が激痛と悲鳴に目が廻る。
送り込み、逆流する意識の波の中。
ぶつん。
『きゃあああああああ!!!』
突如叫び声をあげたのは智雨だ。頭を押さえ、目が白目になるほど上向き。
彼女は『破綻者』である。
そこに既に、逢魔ヶ時智雨としての意識も、思考も、あるはずが無い。君臨するのは、ただ暴力という名前の力だけ。
空中に放り投げられた八尺が、足を生やして着地。そこには蕾花が構えて控えていた。
「受けてみなよ」
何が何でも致命を入れろ。
例えば今ここで隕石が降ってきたり、大地震が起きたり、果ては暴走トラックが突っ込んでこようが、蕾花は屈する事は無い。
これ以上喰われて、そして体力回復されても困るのだ。獣の本能、生存本能では無い、戦闘の本能。猛激を放ち、流星の如く放つ致命は色濃く存在する事となる。
「征くぞ、悪食。食え、たらふくな」
逝のヘルメットがひび割れ、真っ二つに割れ、仮面の下が公に晒された。人間の身体では受け止め切れない麻薬のようだ。魂を喰われる刺激と精神が、悪食の力になっていくことを直に感じている。
「頂きます」
音より早く、光より正確に。血雨へ突進し悪食を八尺に突き刺した。貫通し、そこから液体のような半透明のような顔のような、最早よく解らないものが流れ出ている。
亮平と、椿。二人が魂を燃やす。
故に、椿と亮平の攻撃は八尺へ到達した。だが、たったそれだけの『魂を課した撃』だけで、壊れる程では無い。
八尺は強化され過ぎて、体力も温存され過ぎた。
「アハハハハハハ!!」
紫雨が両刃構える。
「ゲームオーバーだ、覚者共」
蕾花と、時雨が同じタイミングで地面を蹴った。
「寝言は寝てから言え」
蕾花は顔面を殴り、地面に叩きこまれた紫雨の思考はハテナマークが連なっていた。
魂の鼓動。蕾花は強化され狂化され、そして二撃、三撃と紫雨の身体を更に地中深くにまで殴り込んでいく。
「あの時も――信頼しているふりをしてあたしたちを騙していた。それが、お前の罪だ!!」
憎しみと、行き場の無い怒りを込めて。殴り続ける拳は止まる事を知らない。
「馬鹿にしやがって、全て上手くいくと思うなよ!!」
紫雨は尾で蕾花を殴り、だが彼女は弾き飛ぶ事は無かった。
「楽しいか?」
嗤う。
「俺様を殴れて、楽しいか? 楽しいだろ、お前もこっち側だよ!!」
「お前等愚図と、一緒にするなああ!」
懇親の一撃で紫雨の腹部へ強打を与えた。唾液と血液を混同させたものを吐き出しながら、白眼を向く紫雨。
しかしそれでも、魂の使用には限界がある。一定の能力を底上げしたとて、幹部クラスの体力を削るには、一人では無謀だ。
「今度はこっちの番だな」
紫雨は刃を取り、刹那、蕾花の身体が裂けて弾け飛んだ。
血塗れた蕾花を引きずりながら、瓦礫の上で龍は吼える。
祈り手。
魂を削る。いのりの想いは届くのか。
『―――』
ゆらり、揺らめく智雨の身体。
だが彼女のランクは4である。意識は最早消え、八尺の制御が無くなった今。ただの、力と化した彼女に今更意識など。
精々、その魂は空振り三振。智雨は所詮、殺すしかない。そう終わる――はずだったのだが、僅かに、智雨は数歩歩いてから、言ったのだ。
「――殺して」
「ああ」
膝をついた智雨の腰に手を廻し、刀嗣は彼女の身体を支えた。
終わりは近い。せめて、終焉までの数十秒の生を、共に生きようでは無いか。
刀嗣は鉄の味が充満する唇へ噛みつくようにキスをした。短くて、それでも智雨にとっては永遠とも感じれる時間を。
唇は繋がったまま、刀嗣は心臓に刃を刺す。叫び声も、音も、無く、智雨は――そうして、ゆっくりと瞳を閉じ、美貌を隠していた帽子が地に落ちる。
「こいつは約束だ。地獄に落ちたお前を迎えに行くな。俺様がそっちにいく日まで、待ってろ」
地獄行の生者共。今更天国なんかに未練は無い。
今さえ地獄に代わりは無い。心優しき美女さえ容赦無く血で染めるセカイなんて。
「アアアアアアアアアアアアアア!!!」
紫雨は髪の毛をばりばりばりばりばり掻いてから、後ろへ倒れる。
「やーっちゃったよ……君達、ほんと……殺しちゃうとはね……、ふ、ふふふっアーーーーーーーーアハハハハハハハ! えー」
「貴方、蕾花に何を!!」
「あー? 致命くらい不思議でもねえだろ」
理央が抱えた蕾花の傷が治らない。目に見えぬ攻撃、速度を威力にして致命を施す紫雨の技。
紫雨は真面目な顔をしてから、一気にコミカルな絵柄になり「あわぁ」と言った。
「………やめて、パクんないでね、俺様の技」
「あんた、時折ギャグ混ぜて来るのやめなさいよね!!」
「いいだろう、委員長。戦いに休息は必要でなぁ」
「まあ……今頃、私達の夢見が貴方の襲撃を予知してるはず。余裕ぶっこいて、痛い目みるのはそっちよ」
「……夢見、なあ」
智雨が消えた結果、紫雨は本来の力を取り戻した。こめかみを抑えながら、笑う。
「ここらへんの頭痛が消えた!! なら、それ、帰して貰おうか」
燐花たちが紫雨を前にして倒れていく中、冬佳が紫雨の刃を受け止めた。
「貴方の口で、あの子に謝らせます」
「あの子ォ……?」
『ああ』と言いながら紫雨は冬佳の腹に刃を叩きこんだ。血吸、その名の通り、血管のように刃が血を吸い始めていく。
「氷雨は宜しくぅー。無理そうなら、俺様が引き取って、第二の血雨にしてやってもいいかな」
「貴方という人は!!」
冬佳の刀が紫雨の肩に食い込む、そのまま叩き切ってしまいたい。けど。
「冗談だ」
「黎明は。犠牲を厭わないのは、貴方の意図だからですか」
「そうだなあ。あと、俺様の所有物を好きしたっていいじゃん?」
地面に這う千陽が、紫雨の足を掴んだ。
「なんだよ、死にぞこない」
「逢魔ヶ時紫雨……君、に、聞きた……い。弱きもの………を守るといった君の、最終目標の、日本征服して、最強になって、その……あとのビジョン。
……考えているのか?」
「……ああ。最強になったら、その後は、無敵になる」
嘘の欠片も無い、屈託も無い、無邪気にして子供染みた笑みで返された。
嗚呼。千陽は真理を見た気がした。
彼は――、彼は、子供にして、力を持ち過ぎた。
「てめぇのケリは次でつけてやる」
刀嗣は宣戦布告してから――紫雨は楽しそうに笑い。
「今からでもいいよ?」
刃を振り翳し、攻めて来たー―。
智雨は死亡。
八尺は強奪され。
紫雨は五麟へと消える。
破綻者と呪具で完成された血雨はもう出る事は無い。
只……新しい厄災が生まれた、小さな小さな物語。
目に染みる程鮮やかな赤の世界。
濃いえんじ色に瞬き、輝く月をなぞってから。
背後の気配に振り向いた――首謀者逢魔ヶ時紫雨。
「ハロー。正義厨で、能天気で、お気楽で、無智なFi―――」
――VE。
と言いかけた所で、紫雨より更に背後に君臨していた血雨が持つ八尺が大上段から振り落され、地面が避け、断面が見えるくらいズレ上がり、道を挟むビルの硝子は衝撃で全て砕けて舞う。
衝撃で覚者の身体は一斉に茜色の空へと放り投げられた。
「ちょっとおおお!! 最後まで言わせてくれない!!」
一人。
地面に足をつけて、頭を抱えて首を振る紫雨。まあ彼はいっそ、無視だ無視。
彼より遥か上では、天空へと身体を吹き飛ばされた覚者十人がスローで舞っている。
マーメイドドレスに隠れた足へ力を込めた血雨が、コンクリートの道路を粉砕しながら跳躍。
戦闘開始から待機を決め込んだ覚者達は、八尺の先制を許したのだ。
虚空から刃を抜き取る『白焔凶刃』諏訪 刀嗣(CL2000002)の眼前、智雨の顔がキスができる程近づいた。
血雨が八尺を横に振り被り、同じく刀嗣も振りかぶる。今だけ、言葉を混じらせる時だけ時間はゆっくりと流れた。
「やっと会えたなぁ、血雨。覚えてるか? お前の唇を奪った俺様の事をよ」
『回答します。覚えておりますとも。これから食われゆく運命の貴方を忘れる訳ありません。さあ』
さあ。ひとつになりましょう。
「やなこった」
華神 悠乃(CL2000231)の発言、刹那。
轟。
空を切り裂き、金切音を爆音で奏でる八尺の刃が刀嗣を始めとした前衛、そして中衛の身体を貪り食いながら、薙ぎ飛ばす。
悠乃は起き上がり、周囲を見回した。幾人か飛ばされてしまったか。そして襲い来る腹痛。下を見る。腹が喰われていた。
「厄災たぁ、真面目にそれらしいね」
悠乃は構える。
『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)の腹部から肋骨が飛び出した状態で、道路を挟むビルを貫通し、更にその奥のビルの壁にぶち当たってやっと衝撃が収まった。
瓦礫から足だけ飛び出ている。足が語る。
「む……無茶苦茶な」
壁にめり込んだ奏空の頬から汗が流れた。口から血がごぽごぽと零れ、腹部を抑えれば腹というものが無い事に気づけは唖然とした。
――喰われた、か。
でも。
奏空はビルの壁を蹴る。今自分が作った穴を通り抜け、そして双頭の刃を抜く。
『狗吠』時任・千陽(CL2000014)と『戦場を舞う猫』鳴海 蕾花(CL2001006)は、弐陣と参陣が控えている場所までバウンドしながら飛ばされ、最終的に両足で着地し、それでも勢いが止まらず地面を抉りながら勢いが止まるまで後方に下がり続けた。
やっと勢いた止まった時、二人は顔を見合わせて再び戦場に戻る為にスタートダッシュ。今しがた後ろへ消えた二人が、再び高速で前へと進んでいったのを弐陣と参陣は見ていたとかなんとかでさておき。
八尺を携え、漸く地面に再び足をつけた血雨。
血雨の背後から『突撃巫女』神室・祇澄(CL2000017)、緒形 逝(CL2000156)が左右から刃を鋏のような形で挟んで切る。狙いは、八尺だ。だが、智雨が右腕で刃を受け止め弾く。
「血雨……久しぶり、ですね。今度こそ、決着を、つけましょうか」
『回答します。お久しぶりです、少し……お痩せになったのではありませんか?』
「嗚呼、いいね。その八尺。禍々しい妖気に、厄災の名。是非此の手に馴染ませたいものだ」
『回答します。物好きですね、私など欲しがるとは』
祇澄と逝は間合いを取りながら、切っ先を向けて構えた。その間に、血雨の後方に近づいた冬佳が黒札を指に挟んで八尺へと伸ばしたが、八尺の目玉が冬佳を見た瞬間、智雨がこちらを向いていないにも関わらずに、智雨の腕が冬佳の腕を掴む。
『発言します。本日は刺激的な夜ですね、紫雨の為に食べましょう食べましょう誰一人残らず』
血雨は冬佳の腕を握力だけでへし折ってから、そのままの意味で投げ、祇澄と逝へとぶつける。
ビル上空から奏空が降ってきた。血雨へ双子の刃に霧を乗せ、そして血雨へと霧を被せる。
「これで!!」
奏空が微笑したのを、血雨は瞳に映していた。その瞳が左右を見れば、千陽と蕾花が黒札を手に左右から挟み込んだ所。
だが、智雨の身体が馬鹿力で横に回転。長い足で千陽と蕾花を纏めて隣のビルの入り口奥まで蹴り飛ばした。
「よう八尺! 村では世話になったな! またぶっ飛ばしてやるよ!」
『想い受け継ぎ‘最強’を目指す者』天楼院・聖華(CL2000348) が蹴撃で八尺の口を閉じさせ、一度跳躍。刃を振り落し八尺へ、そして智雨へ瞬発的に複数人を斬りつける斬撃を放つ。
矢張り智雨が攻撃を受け、八尺を後方へと隠したか。聖華は唇と尖らせつつ着地。
「智雨の身体を大切にしないと持ち主がいなくなるぜ」
『回答します。ご心配なく、身体を死なせない保険は貴方達を食い散らかす事です』
「めんどくさい設定だぜ、ならふたつとも同時に狩るまで――!!」
因みにこの間、『五行の橋渡し』四条・理央(CL2000070)は既に回復を強いられていた。初回、確かに黒札が無く全快で戦う八尺の、物理攻撃の威力はこれまで戦って来た並みの敵を優位に超えている。
「食い意地だけは魔物級ね」
なお、初回理央は血雨から十一メートルという強制麻痺封印の位置に立っていたが、血雨が割と勝手に移動した為に十メートル以内に勝手になったから動けているとか。
「あれ、俺様要らない感じ? 俺様の話も聞いて欲しいーのー」
十秒の間、紫雨は窓硝子破壊されたビルの一階にあるコンビニからポテトチップスを万引きして開けて食べていた。
「大人しくしろ!!」
悠乃はエネミースキャンを開始。黒札が貼れるならば御の字。だが。
「どうやら、黒札を警戒されているようですね」
折れた腕を抑えながら、冬佳は背中に感じる悪寒に抗い続けた。
「変に待機したから、智雨が八尺の庇いについたかね」
逝が首をごきごき鳴らしながら言った。
ぽ、ぽ、ぽ。
八尺の刀身から泡が膨れて弾けて、形を変えた――あれは、鉈というよりは口か。此処にいる全てが、餌だと言いたげか、餌と思われ人間だとも周知されていないという事か。
「嗚呼、でもイイネ。悪食は今も欲しい欲しいって言ってくれているよ。禍も呪詛も全て腹に入れれば同じってね」
妖刀の類に取り扱い説明書なんて無いだろうが、使いこなせる逝は幾らか紫雨よりもハードに狂っている。
歪んで美人な女の腹を裂き、妖刀は笑っているのだろう。血を吸い、命を吸い、肉を食う悪食は八尺と何が変わらないというのか。
挑発するような攻撃の流れに、逝は悠乃へ目線を送る。だが悠乃は分っていた、智雨の警戒は解かれていない。重要な手番を、ただ貼るという作業で費やし棒に振るのは賢くは無いだろう。
悠乃の拳が怒り混じりに敵を射抜いた。
千陽が言う。
「所で、紫雨」
紫雨はポテトチップスを最後まで食べきってから、袋をポイ捨て。塩気のついた指を舐めてから、千陽に突撃して彼の事をぎゅうーと抱きしめた。
「どんだけ傷つけようとも傷さえつかない君達の為に、お家を火事にしておいた俺様のイカした演出は気に入ってくれた??」
「いや……流石に無理だわ、受け入れられないし」
悠乃が、「はあ」と溜息をついた。
「ガーン! まさか、火災保険に入って無かったとか!? お家に携帯忘れてすきな子のメアドが無くなったとか!? あ、でも電波通じないかぁぁ」
ごめん。紫雨は軽く言った。
「ごめん!! で済むのなら俺達は必要ないんだぜぇぇ!」
聖華は紫雨の両肩を掴んで、がくがく振る間。紫雨は大爆笑していた。
今度は千陽が溜息をつく。
「まるで教科書に書いたかのような詭弁ですね。逢魔ヶ時紫雨」
「サンキューサンキュー!」
「とりあえずは、君の筋書きには乗りますので、黒札はこちらによこしてください」
「オイオイ、狗の割りには尻尾の振り方がド下手じゃねえか」
「まずは八尺を封じる、もしくは完全体化が必要でしょう」
「お前等が俺様の思惑に、『FiVEとして目的が合致しない場所』まで手伝ってくれるなんざ思ってねえよ」
紫雨の指の間で札が揺れる。
「現に見てみろ、お前等一陣は黒札が貼れてねえじゃねえか、爆笑大賞だぜこりゃあ」
聞かなくても分る。
七星剣の幹部とやらが、FiVEにとって優しい存在では無い事を。
「機会は探したか? 敵が敵の脅威に警戒しないと思ったか? 準備は万全か? 悪夢のような予想はしたか?」
いよいよ大詰めを迎えようとしている血雨の一連も、紫雨の一連も、全て彼の思惑の通りに動かされて来た事象に過ぎなく。
未だそして、紫雨のお遊びに付き合わされているだけなのか。
奥歯を噛んだ蕾花が紫雨の頬をぶん殴った。
「言わせておけば!!」
「殴ってスッキリすんならもう一発いくぅー? でもさ蕾花ちゃん。俺様はとうにプライドは捨てた身でな」
空中に影。
「うるせー!!」
聖華が紫雨を足蹴にしてから、八尺へ向かう。
五麟の為、世界の為。また一人、大きなものを背負って戦う少女が存在している。
癒力活性、そして飛燕。流れるように攻撃を繰り出し、笑顔を携えていく。希望を信じてやまない少女の微笑みだ。
もし、たったひとつ。
一縷の望みがあるとするならば。
「暁は」
冬佳は言う。
「暁は、そこにいるのですか? 諦観、してしまっているのですか」
紫雨と記憶を共有している身で、行動を起こさないのは紫雨の行動を是としているからかもしれない。
天才と自分とでは差が大きいと遜るのが好きな彼だが、本当に彼は何も行動を起こせない身なのか。
「斗真は」
紫雨は笑顔をぴたりと止めた。
「いない。いない間にまた全てを失うんじゃねえの。次は、『黎明』じゃなくて『FiVE』を名乗ったら楽しいと思わね?」
「ってそれ、まさか」
悠乃は紫雨の胸倉を掴む。
「マンネリは良くないって話?」
「ちがうわ!! 次はって、事は。黎明って」
「本家の黎明ならとっくに潰したけど。俺様が、お前等と同じような形で襲撃して。かなり呆気なく崩壊したなあ。あそこの本拠地は村だったよ」
「愚図め」
「よく言われるわワギャアア!!」
悠乃は紫雨の眉間に頭突きしてから、放った。
●壱陣/弐
「二周目だよおおおお!!!」
目が><←こんな感じになってカメラ目線の紫雨が画面いっぱいに楽しそう。
冬佳は思う。智雨が黒札を警戒し過ぎている。故に彼女の役割は八尺の護衛であろう。圧撃で遠退けるか――いや、元よりくっついている二つを分断する事は不可能だ。
だが、例えば智雨から攻撃に切り替えたとすれば――冬佳の背中から手が回され、紫雨が耳元のすぐ隣で吐息を吐く。
「智雨から倒しちゃいなよ、それしか無いよ。聡い君の事だ、分ってンだろ?」
「……それをすれば、貴方は八尺を奪うでしょう」
冬佳は紫雨を振りほどく。不気味に笑う紫雨が両手を広げて首を振ったてから、右手をちょんちょんと触っている。
「――ッ」
冬佳が振り向いた時、智雨が背後で振りかぶっている。聖華が飛び込み、だが間に合わない。刹那、冬佳の右半身が一気に食われた。
「黒札ごと――喰った!?」
冬佳は命数を犠牲にして立ち上がるが、戦闘不能にした分は八尺の強化が進む。冬佳の身体を担いだ聖華は一旦引いた。
黒札を狙うのなら、次に狙われるのは同じく黒札を持つ誰かであるかもしれない。たった一撃で、ほぼほぼの体力をもっていく化け物に、聖華はそれでも武者震いした。
戦いに身を投じる少女――いや、先程は少女といったが少年と言った方がらしいだろう。剣士になる為にはどんな敵にも屈しず、例え負けたとしても折れず、向上心を持ち。
ただ、死ぬ事はできない。聖華はその直死を見間違えぬ。
いつまでこの鬼ごっこも続けていくのだろうか。切れば切る程、こちらも切られれば切られる程、八尺の攻撃が徐々に重くなっているのは体感できよう。
後ろから狙うなんて言語道断。正面切って立ち向かう刀嗣の刃が智雨の心臓部から背中までに貫通する。
「ノらねェなぁ」
ため息交じりの刃が白炎と共に横に引かれて、八尺の瞳のひとつを潰した。
「ノらねえよ」
こんな集団で一人の女をリンチなんて、趣味では無い。されど、やれと言われればやるしか無く、それさえ刀嗣にとっては命令するなと中恭介あたりを切ってしまいたい気分ではあった。
「刀嗣、しっかりしろ!」
「こりゃあ、俺様人生生きてて初めての鬱ってやつぁ」
「馬鹿言うなよ!」
「ヘイヘイ、冗談だ」
蕾花が刀嗣の背中を叩く。
「そこ、遊んでないで!」
理央は言った。ここは学園か。
強烈な乱戦の中、理央は周囲を見回した。回復を、回復を。それだけだ、やることは至って単純。糸穴のように細い穴や、髪の毛と髪の毛を繋げるような作業。
精密に、精密を重ねてそして回復は成り立っていく。
「私より、先に倒れたら承知しないからしっかなりなさい!!」
落ちる事さえ恍惚か。逝の悪食が妙なオーラを発しながら、智雨に噛みついた。キーキー、鳴く智雨は既に人間を止めた存在だ。逝が気になるのは彼女の喉元の傷だが、真実は刀嗣が知っている。
「八尺に切られた痕だ」
「主を殺す武器って怖いねえ」
「お前がいうか?」
「所でさあ」
逝の目線が悠乃にいく。
「どうする?」
「どうもこうも。八尺が庇われているのなら、智雨をあえて削って八尺が体力分配不可能な所までにするとかかな」
「なるほど」
正直に言ってしまえば、黒札を貼る作戦は破綻しかけていた。今更貼った所で、強化された分が振り出しに戻る程度だろう。
悠乃は少しの苛立ちを覚えたが、首を振って己を取り戻す。
ランク4の破綻者は一体であれ、脅威だ。まだ攻撃して来ないだけ幾分かマシではあるが。
奏空は、あの日の出来事を思い出していた。初めて、人を殺した時の話。怒りに飲まれかけた奏空はもういない。
今や、天地の双子を刃として持ち、信頼できる仲間が周囲を護り、守られ、信頼しあっている。
そして、参陣には――。
それだけで彼は満たされている気分を感じた。不思議と、全て何も怖くない。そう言える表情で、刃を八尺へ。
進むのだ、前へ。厄災だろうと怯む暇は無い。
祇澄の深い海を思わせる青色の瞳も、今日は紅と純白が入り混じった。
五麟も大事ではあるが、まずは目の前の邪神のなりかけをどうにかするのが部隊の最優先事項である。それを祇澄が間違える事は無い。
「いざ――」
彼女は駆ける。熱風を切り裂き、その先の闇を斬る為に。ボンと音がしたと思えば、智雨の胸前に大きく傷を開き、切り開いた祇澄の刃が血を纏って振り切られている。
「あ、くっ」
攻撃の後とは、最大の隙。祇澄の目には見えていた。空さえ飲み込む断絶の鉈が駆ける。上から下、巨大なわりにも風を斬る音を響かせ地面に殴り落とされた。
道を挟む建物の壁断面に大きくヒビが入り、崩れる音がした。
地面が大きくひび割れ、割れた断面がズレ上がり、ズレ下がり、足場は一体幾らかければ元の姿を取り戻せるか不明な程。
「え……」
奏空が愕然としながら、膝をついた。祇澄が――喰われた。そう、彼女は、上半身を丸っきり喰われて下半身と刀だけが崩れ落ちた。
たった、一瞬で鮮血が地面に流れていく。
誰もそれだけで怯まないが、圧倒的な攻撃に体力と命数がごっそり削り取られたのは言うまでもない。
「理央さん!!」
千陽が叫ぶ。
「アレ治せっての!? ……やってるけど!!」
確かに理央は戦闘不能者を出さない事に尽力していた。その回復が無ければ、もっと早い秒数で交代を強いられていただろう。故に回復役という要は編成に居たことは幸運である。
だが、些か予想よりも他陣営の交代が早かった。
「これが、ランク4と化け物の融合体だっての? ふざけないで!!」
理央の手元は温かい光に包まれる。焦るな、焦るな、祇澄はまだ大丈夫だ。命数をチップに彼女は再生され立ち上がる直前であるのだから。
「ああ、ほんと。ふざけが過ぎる」
蕾花が天駆に速度を施して、茜色から夜空に見えて来た空を舞う。
八尺の機動を回避、そして叩きこむは拳の一撃。今更敵より、詫びも降伏も泣き事もいらない。ただ一心腐乱に敵の破壊を。獣のごとき、力んだ瞳が更に細まっていく。
「AAAも、あんたらも、FiVEも、全く!」
そんな怒りで智雨の身体を地面崩落起こす程に叩きつけたのだ。
着地してから一人駆け出していた奏空の身体が投げ飛ばされ、宙を回転してから両足でふんばり着地する。それでも勢いは収まらずに、暫く地面に軌跡を抉りながら後退させられた。
「こっちだ!」
聖華は小さき身体を飛び跳ねさせて、自身へ攻撃が来るようにアピールした。傷の大きい冬佳たちを再び攻撃に巻き込ませるよりは、己が。
怖くないと言えば、嘘であるかもしれないが。聖華は仲間を大切に思う大事な心を忘れない。
「俺がいる限り、皆はやらせねーぜ!」
「智雨!!」
彼は黒札を貼る役目では無いが、近づけば、首を伸ばしてにぃと笑う智雨がそれを妨害してくる。正しくは、庇われたと言えば良いだろう。他の覚者が黒札貼に乗り出した所で終着点は、彼と同じ結果でしかない。
ゆらり、揺れる血雨の姿が消える。
そして出現したのは、覚者達陣営の中央などでは無い。『下がった』のだ。
冬佳が後ろを向いた。中衛より後ろ、後衛、10mギリギリのラインに立っていた理央相手に、智雨の縛りルールが課せられる。
逝が血雨の懐にまで身体を滑らせて、
「超ピンポイントで回復手を封じて来た訳ね」
蔵王・戒の携え、下段から滑るように上段へと切る。返り血を浴びながら、悪食は智雨の体液であるそれを吸い取っていく。
目の前に居た智雨が背後に迫る。千陽が構え、そして上から叩き落された八尺を抑えた。
口から、舌が出て来て彼を舐める。粘液が糸を伸ばし、千陽は息を飲んだ。腕が面白い方向に曲がり、関節と骨が飛び出るも力を緩めれば一体化同然だろう。
悠乃の攻撃に、八尺が引いた。口では黒札を一枚もぐもぐしている。
「黒札の破壊が、目的か」
冷静に、分析しろ。悠乃は己に言い聞かせた。序とは言え、体力はまだ有り余っているのだ。
龍の尾と共に空中へと舞い上がった。血雨の背後を取り、そして肢体を叩きつけていく。幾ばくか、己の中の骨が軋めど攻撃を止める理由にはならない。
悠乃はぐらりと揺らいだ血雨の足下を見逃さなかった。
「……血」
道理なら、智雨は確実にダメージを受けていた。ある意味それは突破口であり、八尺の回復が追いつかなくなってきた事を示している。
●壱陣/参
「総攻撃を、開始します!」
奏空の声が響く。
三陣全ての覚者達が攻撃を開始する。三百六十度から飛びかかる覚者の群は、津波のように迫り来るものだ。
参陣だけは、ちょっと遅れるものの。
「へえ?」
紫雨はここで初めて、二刀の刃を抜いた。
「そっちが本気で来るのなら、こっちも本気出して頑張らないと、ネ!」
「舞え、俺の魂!!」
奏空が叫ぶ。心を震わす、魂の鼓動。
足下から風雷が舞い、そして彼の金髪が強風に揺れていく。己の命を燃やし、彼が願うのは全陣の総回復である――願わくば、彼女にも届けと。
だが、結果としてみれば現時点のレベルでは三十人の体力精神力そしてBS回復までも賄いきる事は遥か難しい。彼が成し遂げたのは、彼が護るべき陣営全員の体力を半分以上に戻す事程度だ。
「くっ」
奏空の膝が地面に着く。極度の疲労感に、だがそれでも味方は前へと向ってくれる事は心強い。
「十分よ」
奏空に引き継ぎ、理央が力を使う。二十人全員を巻き込んで、そして回復を。弐陣の回復手と相成れば、怖いものなんぞ無いにも等しいだろう。
ただ、不安なのは血雨が庇いを解除している事。
「総攻撃、開始ィ!」
明るい悠乃の声が響き渡った。
声に出し、謝る事はせぬ刀嗣。
彼の頭の中では陳謝が渦巻いていたが、それもケジメを着けて感情を無かったことに強制ロスト。
この時点で、智雨は八尺を庇うのを止めていた、必要無くなったと言った方が正しいだろう。八尺は、それほどまでに大きく膨らんだのだ。
刃に殺意と白炎を染み込ませて血狂う刃が智雨と八尺を同時に裂く。裂かれた頭部の向う側、数多が振りかぶっていた。
「ぬかるなよ、ピンク」
「うっさいわね、次それで呼んだらそっちから昇天させるわよ」
「……? てめぇまさか」
「あ、バレちゃったーん☆ 龍心、奪ったりー☆」
数多は横に裂けば、刀嗣のと足して十字に裂かれた八尺の叫び声が地響きを築く。
八尺が流れ、前衛中衛が飛ぶ。片腕と顔半分無くなった千陽だが、残った腕だけで智雨を刺した。それだけで終わるとは思えぬもの、出血に倒れていく千陽。紡の回復も、今や間に合わない。
八尺を蹴りあげてから、祇澄は空中で身を翻す。
千陽を投げて戦場から解放、空かさず刃を叩きこむ。八尺の瞳のひとつを潰し、そして続いたのは、冬佳。蕾花から渡された黒札を持ち入り、八尺の柄に貼る。ぽ、ぽ、ぽ、泡ふく気泡、何十人かの断末魔。まるでこれだと――封印し、食べた魂も一緒に封印しているようだ。これではまるで、魂は解放されないんではないか。
悠乃は声を荒げた。智雨の攻撃が来ると。
放たれる衝撃、炎が渦のように巻き叩きこまれる。皮肉にも攻撃をまともに受けてしまう悠乃だが、根性で立ち上がった。
焦げる身体に見向きもせずに、やり返しだと拳を八尺へと叩きこむ。そしてスキャン、頭痛、伝説級の神具に行う調査は時として妨害が発生する。今や、八尺はエネミースキャンを弾く存在だ。
かと言え、悠乃がそれで諦める事は無い。
「いったいな、こら!!」
悠乃が頭突き、八尺がへにょりと変形した。
すかさず聖華が一撃を叩きこむ。風の如く流れて、音も無く去る。聖華はまた、この戦いの中でも更に腕を上げていた。
そして紫雨の前へと戻る。
「いっそがしいな、オマエ」
「ぜってー八尺を自分のモノにする気だよなー」
紫雨の両刃を受け止めた聖華。段々と押し込まれるが、紫雨は本気を出していないのは。剣をいく道を歩む聖華には分かりきっていた。
「馬鹿にすんなよ!!」
「ははっ、可愛いな。『お嬢ちゃん』」
「オマエ!!」
「剣なんて似合わねえ体格とちっせえ手で、俺様を止めに来るたあ、見上げた根性だ――だがな」
紫雨が聖華を切る――そのときぴたりと刃が止まった。
「ふざけんな」
「守ると決めたら、最後まで守らんか。たわけ。独りで無理だというなら手伝ってやろう。女は根性じゃぞ?」
「覚悟しろ」
幽霊男が八尺に干渉した。神話級の神具、成程。ならば魂を使えば或いは――八尺とのリンクさえ切ってしまえれば。
「ふざけんなよ」
紫雨の表情が怒りで歪んだ。
「ふざけんなふざけんな、ふっっざけんな!!! てめぇらはいつもそうだ、奇跡か? 命か? そんなものに頼って、逆境かましやがらぁぁ!!」
幽霊男の得物が八尺と智雨の繋げる腕を狙う。鼓動する触手に刃を、精神に言葉を。嗚呼、あの時と同じだ。神話級とはよく言ったもの、伝説級の八尺に対しては脳内が激痛と悲鳴に目が廻る。
送り込み、逆流する意識の波の中。
ぶつん。
『きゃあああああああ!!!』
突如叫び声をあげたのは智雨だ。頭を押さえ、目が白目になるほど上向き。
彼女は『破綻者』である。
そこに既に、逢魔ヶ時智雨としての意識も、思考も、あるはずが無い。君臨するのは、ただ暴力という名前の力だけ。
空中に放り投げられた八尺が、足を生やして着地。そこには蕾花が構えて控えていた。
「受けてみなよ」
何が何でも致命を入れろ。
例えば今ここで隕石が降ってきたり、大地震が起きたり、果ては暴走トラックが突っ込んでこようが、蕾花は屈する事は無い。
これ以上喰われて、そして体力回復されても困るのだ。獣の本能、生存本能では無い、戦闘の本能。猛激を放ち、流星の如く放つ致命は色濃く存在する事となる。
「征くぞ、悪食。食え、たらふくな」
逝のヘルメットがひび割れ、真っ二つに割れ、仮面の下が公に晒された。人間の身体では受け止め切れない麻薬のようだ。魂を喰われる刺激と精神が、悪食の力になっていくことを直に感じている。
「頂きます」
音より早く、光より正確に。血雨へ突進し悪食を八尺に突き刺した。貫通し、そこから液体のような半透明のような顔のような、最早よく解らないものが流れ出ている。
亮平と、椿。二人が魂を燃やす。
故に、椿と亮平の攻撃は八尺へ到達した。だが、たったそれだけの『魂を課した撃』だけで、壊れる程では無い。
八尺は強化され過ぎて、体力も温存され過ぎた。
「アハハハハハハ!!」
紫雨が両刃構える。
「ゲームオーバーだ、覚者共」
蕾花と、時雨が同じタイミングで地面を蹴った。
「寝言は寝てから言え」
蕾花は顔面を殴り、地面に叩きこまれた紫雨の思考はハテナマークが連なっていた。
魂の鼓動。蕾花は強化され狂化され、そして二撃、三撃と紫雨の身体を更に地中深くにまで殴り込んでいく。
「あの時も――信頼しているふりをしてあたしたちを騙していた。それが、お前の罪だ!!」
憎しみと、行き場の無い怒りを込めて。殴り続ける拳は止まる事を知らない。
「馬鹿にしやがって、全て上手くいくと思うなよ!!」
紫雨は尾で蕾花を殴り、だが彼女は弾き飛ぶ事は無かった。
「楽しいか?」
嗤う。
「俺様を殴れて、楽しいか? 楽しいだろ、お前もこっち側だよ!!」
「お前等愚図と、一緒にするなああ!」
懇親の一撃で紫雨の腹部へ強打を与えた。唾液と血液を混同させたものを吐き出しながら、白眼を向く紫雨。
しかしそれでも、魂の使用には限界がある。一定の能力を底上げしたとて、幹部クラスの体力を削るには、一人では無謀だ。
「今度はこっちの番だな」
紫雨は刃を取り、刹那、蕾花の身体が裂けて弾け飛んだ。
血塗れた蕾花を引きずりながら、瓦礫の上で龍は吼える。
祈り手。
魂を削る。いのりの想いは届くのか。
『―――』
ゆらり、揺らめく智雨の身体。
だが彼女のランクは4である。意識は最早消え、八尺の制御が無くなった今。ただの、力と化した彼女に今更意識など。
精々、その魂は空振り三振。智雨は所詮、殺すしかない。そう終わる――はずだったのだが、僅かに、智雨は数歩歩いてから、言ったのだ。
「――殺して」
「ああ」
膝をついた智雨の腰に手を廻し、刀嗣は彼女の身体を支えた。
終わりは近い。せめて、終焉までの数十秒の生を、共に生きようでは無いか。
刀嗣は鉄の味が充満する唇へ噛みつくようにキスをした。短くて、それでも智雨にとっては永遠とも感じれる時間を。
唇は繋がったまま、刀嗣は心臓に刃を刺す。叫び声も、音も、無く、智雨は――そうして、ゆっくりと瞳を閉じ、美貌を隠していた帽子が地に落ちる。
「こいつは約束だ。地獄に落ちたお前を迎えに行くな。俺様がそっちにいく日まで、待ってろ」
地獄行の生者共。今更天国なんかに未練は無い。
今さえ地獄に代わりは無い。心優しき美女さえ容赦無く血で染めるセカイなんて。
「アアアアアアアアアアアアアア!!!」
紫雨は髪の毛をばりばりばりばりばり掻いてから、後ろへ倒れる。
「やーっちゃったよ……君達、ほんと……殺しちゃうとはね……、ふ、ふふふっアーーーーーーーーアハハハハハハハ! えー」
「貴方、蕾花に何を!!」
「あー? 致命くらい不思議でもねえだろ」
理央が抱えた蕾花の傷が治らない。目に見えぬ攻撃、速度を威力にして致命を施す紫雨の技。
紫雨は真面目な顔をしてから、一気にコミカルな絵柄になり「あわぁ」と言った。
「………やめて、パクんないでね、俺様の技」
「あんた、時折ギャグ混ぜて来るのやめなさいよね!!」
「いいだろう、委員長。戦いに休息は必要でなぁ」
「まあ……今頃、私達の夢見が貴方の襲撃を予知してるはず。余裕ぶっこいて、痛い目みるのはそっちよ」
「……夢見、なあ」
智雨が消えた結果、紫雨は本来の力を取り戻した。こめかみを抑えながら、笑う。
「ここらへんの頭痛が消えた!! なら、それ、帰して貰おうか」
燐花たちが紫雨を前にして倒れていく中、冬佳が紫雨の刃を受け止めた。
「貴方の口で、あの子に謝らせます」
「あの子ォ……?」
『ああ』と言いながら紫雨は冬佳の腹に刃を叩きこんだ。血吸、その名の通り、血管のように刃が血を吸い始めていく。
「氷雨は宜しくぅー。無理そうなら、俺様が引き取って、第二の血雨にしてやってもいいかな」
「貴方という人は!!」
冬佳の刀が紫雨の肩に食い込む、そのまま叩き切ってしまいたい。けど。
「冗談だ」
「黎明は。犠牲を厭わないのは、貴方の意図だからですか」
「そうだなあ。あと、俺様の所有物を好きしたっていいじゃん?」
地面に這う千陽が、紫雨の足を掴んだ。
「なんだよ、死にぞこない」
「逢魔ヶ時紫雨……君、に、聞きた……い。弱きもの………を守るといった君の、最終目標の、日本征服して、最強になって、その……あとのビジョン。
……考えているのか?」
「……ああ。最強になったら、その後は、無敵になる」
嘘の欠片も無い、屈託も無い、無邪気にして子供染みた笑みで返された。
嗚呼。千陽は真理を見た気がした。
彼は――、彼は、子供にして、力を持ち過ぎた。
「てめぇのケリは次でつけてやる」
刀嗣は宣戦布告してから――紫雨は楽しそうに笑い。
「今からでもいいよ?」
刃を振り翳し、攻めて来たー―。
智雨は死亡。
八尺は強奪され。
紫雨は五麟へと消える。
破綻者と呪具で完成された血雨はもう出る事は無い。
只……新しい厄災が生まれた、小さな小さな物語。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
