飛行妖を狭い足場でやっつける依頼
●
立山ロープウェイは日本最長のロープウェイとして知られ、徒歩ではおよそ九時間かかると言われる原生林の上空をものの数十分で移動できるという文明の利器である。
涼しい山々と広大な池に囲まれた土地ゆえに気候も涼しく、四季折々の高原植物を一望できるということで高い人気を誇っていた……が、しかし。
昨今の妖発生に伴って運行を停止。現在は頑丈なロープだけがむなしく伝っているのみである。
「ご覧ください。館山アルペンルートは全長20メートル近い雪が積もり、その間を重機でカンナのごとく削って削って除雪しております。そのため周囲が巨大な雪に覆われた山道ができるのです。この費用は毎年約一億円といわれ、アルペンルートのチケット代から捻出されております。ですが運行を停止した今、この作業も満足に行なえません。地元の気合いでなんとか道だけは確保できていますが、このままでは……このままではー!」
四角い顔の運転手も顔を手で覆い、めそめそと泣き始める始末。
そんな彼らを救えるのは他の誰でも無い、君なのだ!
●
「なんで夏は暑いんでしょうか。海に行っても涼しくなれないし、一年中暑くない場所に行きたいですね……」
額と胸の谷間から汗をぬぐいながら、久方真由美は弱った顔をした。
巨乳ならなんでもいいって皆言うけどね、谷間のあせもは重大な肌荒れを生み出すのだよ。手入れが大変なうえファッションや動作など様々な制限がかかる非常に取り回しずらい重装備なのだよ!
……さておき。
「避暑地と言えば昔から山と海といいますけどぉ……そういう所は妖が出ちゃって、大変みたいですねえ」
今回の任務はそんな妖被害に悩む山間の観光地を救うというものだ。
この問題を解決していけば観光地は潤い、管理費用も増え、地域に活気が戻るだろう。
「今回戦うのは、ロープウェーの中腹に発生する飛行タイプの妖なの」
妖種別タイプ1生物系鳥型。『雷鳥妖(らいちょうのあやかし)』。
立山名物で知られる雷鳥を三倍ほどに大型化した妖で、ロープウェーの車両が中腹に至った時点で下の原生林から飛び立つ形で襲ってくるのだ。
作戦として、覚者たちはロープウェーの車両に乗り込み、協力者の運転手によって一定時間中腹で停車してもらう。
扉と窓は特別に開放しているので、襲ってくる妖に射撃攻撃が可能だ。
近接戦闘も、途中で車両上部へよじ登って行なうことができる。勿論全員に命綱が装着されているので落下の心配はない。
メンバーに翼因子の覚者がいるなら、外に出て飛行戦闘を行なうことも可能になるだろう。
「とっても涼しい場所で戦えるとおもうから、みんながんばってくださいね~」
立山ロープウェイは日本最長のロープウェイとして知られ、徒歩ではおよそ九時間かかると言われる原生林の上空をものの数十分で移動できるという文明の利器である。
涼しい山々と広大な池に囲まれた土地ゆえに気候も涼しく、四季折々の高原植物を一望できるということで高い人気を誇っていた……が、しかし。
昨今の妖発生に伴って運行を停止。現在は頑丈なロープだけがむなしく伝っているのみである。
「ご覧ください。館山アルペンルートは全長20メートル近い雪が積もり、その間を重機でカンナのごとく削って削って除雪しております。そのため周囲が巨大な雪に覆われた山道ができるのです。この費用は毎年約一億円といわれ、アルペンルートのチケット代から捻出されております。ですが運行を停止した今、この作業も満足に行なえません。地元の気合いでなんとか道だけは確保できていますが、このままでは……このままではー!」
四角い顔の運転手も顔を手で覆い、めそめそと泣き始める始末。
そんな彼らを救えるのは他の誰でも無い、君なのだ!
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「なんで夏は暑いんでしょうか。海に行っても涼しくなれないし、一年中暑くない場所に行きたいですね……」
額と胸の谷間から汗をぬぐいながら、久方真由美は弱った顔をした。
巨乳ならなんでもいいって皆言うけどね、谷間のあせもは重大な肌荒れを生み出すのだよ。手入れが大変なうえファッションや動作など様々な制限がかかる非常に取り回しずらい重装備なのだよ!
……さておき。
「避暑地と言えば昔から山と海といいますけどぉ……そういう所は妖が出ちゃって、大変みたいですねえ」
今回の任務はそんな妖被害に悩む山間の観光地を救うというものだ。
この問題を解決していけば観光地は潤い、管理費用も増え、地域に活気が戻るだろう。
「今回戦うのは、ロープウェーの中腹に発生する飛行タイプの妖なの」
妖種別タイプ1生物系鳥型。『雷鳥妖(らいちょうのあやかし)』。
立山名物で知られる雷鳥を三倍ほどに大型化した妖で、ロープウェーの車両が中腹に至った時点で下の原生林から飛び立つ形で襲ってくるのだ。
作戦として、覚者たちはロープウェーの車両に乗り込み、協力者の運転手によって一定時間中腹で停車してもらう。
扉と窓は特別に開放しているので、襲ってくる妖に射撃攻撃が可能だ。
近接戦闘も、途中で車両上部へよじ登って行なうことができる。勿論全員に命綱が装着されているので落下の心配はない。
メンバーに翼因子の覚者がいるなら、外に出て飛行戦闘を行なうことも可能になるだろう。
「とっても涼しい場所で戦えるとおもうから、みんながんばってくださいね~」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.妖をぜんぶ倒すこと
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
ちょっと状況が複雑……そうに見えて実は単純なシナリオです。
あまり複雑に考えず、シンプルにお楽しみください。
●戦闘配置について
妖との戦闘は基本的にロープウェー車両内で行ないます。
車両内部で窓から射撃する後衛。
乗降用ドアに陣取って戦う中衛。
車両の上によじ登って戦う前衛。
という組み合わせです。
戦闘可能な飛行能力がある場合は外に出て戦うこともできます。この場合飛行ペナルティが発生するので一応計算に入れて置いてください。
(敵は強くないのでペナルティはさほど気になりません)
雷鳥妖は飛行能力を持った妖で、妖力の羽を飛ばす射撃とくちばしでつつく直接攻撃を持っています。
妖は全部で5体おり、これを全て討伐すればシナリオクリアとなります。
●おまけ要素
妖討伐がうまくいけばロープウェーの運行を再開できるかもしれません。
四角い顔の運転手さんも喜びます。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:0枚 銅:3枚
金:0枚 銀:0枚 銅:3枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
9/9
9/9
公開日
2015年08月29日
2015年08月29日
■メイン参加者 9人■

●
立山ロープウェーの上方ステーションには展望台が存在する。丁度山々に囲まれた黒部湖というかなり非日常的なロケーションを楽しめるということで人気を博し、丁寧にコイン双眼鏡まで設置されている。
『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)はそれをのぞき込みながら両脇の髪をぴこぴこと上下させていた。
「わー、高い! 俺高いとこ大好き! ロープウェーなんて日本最長なんだよね、楽しみー!」
「完全に観光の気分ねえ」
ゆるく腕を組むエルフィリア・ハイランド(CL2000613)。
「んー、でも。本当に観光によさそうな場所なのよね。山脈を横断してるだけなのにテーマパーク感があるというか。それが全面休業してたら、商売あがったりよね」
「周辺の土地もココの収益で成り立ってる雰囲気でしたもんねえ。ふもとのコンビニなんてサンダーバードって名前でしたよう。今にも地面が割れてメカが発進しそうな名前でしたよう?」
若い子には分からないですよねえこういうの、と言いながら首を傾ける御堂 那岐(CL2000692)。
「サンダーバードと言えば」
展望デッキから離れて椅子に腰掛けていた『便利屋』橘 誠二郎(CL2000665)が、くるりとこちらを向いた。
「雷鳥はヨーロッパでは食用らしいですよ」
「食用か……思い出すさね。ハト」
顎肘をついて物憂げに山々を眺める篠塚・海斗(CL2000783)。
「あれ、意外と食べがいがないんさ。なんでかね」
「食用の鳥はあえて太らせているからですよ。公園の鳩は難しいでしょう。せめて舞浜あたりのものでないと」
「あれはチキンたらふく喰ってるから、きっとおいしいさね」
「理解はできないけど、危ない話してるってのだけはわかる」
ジト目で振り返る奏空。
別のテーブルでは、『深緑』十夜 八重(CL2000122)と『深炎』十夜 七重(CL2000513)がニコニコ顔で向き合っていた。ニコニコしているのは主に八重ばかりだが。
「兄様、鳥ですって。焼肉のタレを持ってきてよかったですね。おむすびも作ったんですよ。やっぱりお肉には白米がないと」
「ピクニック気分だな、八重。油断しすぎると事をし損じるぞ」
文面で伝わりづらいのであえて補足するが、兄様こと七重は十歳。義妹こと八重は十五歳。年下の兄とは、また珍しい間柄である。
八重はバッグから折りたたみシートを取り出した。
「大丈夫。兄様用のチャイルドシートならちゃんと持ってきましたから」
「チャイルドシートはいらないと言ったよな!?」
「ピクニックかあ。ボクもできればピクニックで来たかったなあ」
会話に混ざるか混ざらないかのギリギリラインでミミをぱたぱたさせる『未知なる食材への探究者』佐々山・深雪(CL2000667)。
谷を通り抜ける風に目を瞑り、冷たい空気を堪能する。
「んーっ、さいこー! でもちょっと寒いかな。どう思う?」
「ふ」
不敵に、ないしは重厚に笑う『Максимум』巻島・務(CL2000929)。
「こんな言葉を知っているか。『筋肉は世界の問題の99%を解決する』」
「はじめてきいた」
「寒さは筋肉で防げる。暑さも筋肉で耐えられる。そういうことだ」
「どういうこと?」
返答をえるまでもあるまいという顔で頷く務。
そうこうしているうちに、ロープウェイ発進準備完了の知らせが届いた。
●
立山ロープウェーは一般的なそれと同じで遠隔操作ができる。ゴンドラには乗り込まず、固定しているワイヤー側を動かすのだ。
ゴンドラに乗り込むのは覚者たちだけだ。彼らが車内から攻撃する中後衛メンバー以外はじめから上によじ登った状態で、ゴンドラは発車した。
谷の中央にかかるにつれ地面が遠くなり、遠近感がおかしくなっていく。
ブロッコリーか雑草の集合体に見えるそれは高さ数メートルの樹林帯で、かたわらに氷塊のごとく残っている雪は軽く人を圧殺できるほどの重量をもっているという。なかなか現実離れした光景だ。
安全のために両手をついた姿勢で笑う海斗。
「鳥の世界ってこんなふうなんさね。滅多に出来ない体験さねー」
「武者震い……いや筋肉震いがしてくるぜ」
「なにさねそれは」
「みんな、構えて。来るよ!」
ゴンドラの中から声がする。奏空が覚醒状態で窓から顔を覗かせていた。
見ると、地上の樹林帯から数羽の小鳥が飛び出してくる。
いや小鳥ではない。2メートル大はあろうかという鳥の怪物、雷鳥妖(らいちょうのあやかし)である。
妖は重力を無視したかのような直上への高速飛行をかけ、ゴンドラめがけて突っ込んでくる。
「さて、本領発揮ね」
扉からスカイダイビングの要領で飛び降りるエルフィリア。これ幸いとばかりに食いつきにかかる妖。
一方エルフィリアは空中で覚醒。翼を広げてボンテージ衣装にチェンジすると、螺旋回転で妖を回避した。
「ふふ、お姉さんの鞭使いはいかが?」
不可視のアテンドから鞭を引き抜く。
すれ違いざまに鞭を放ち、カーブを描いてゴンドラと同じ高さまで上昇。
反対側の扉からは御堂 那岐(CL2000692)が飛び出し、途端に濃密な霧を展開。
妖たちは霧の中へ突入したが、お互い無傷のまますれ違う。
「そう簡単にはやらせませんよう」
「やはり飛行能力があるのは便利だな」
扉の縁につかまって外を覗く七重。その横を七重がすり抜け、後ろ手を振った。
「それじゃあ私も行ってきますね。小さい兄様でも届くように追い立てますからっ」
「なに、面倒はかけんさ」
振り向いた頃には、七重は大人の姿にかわっていた。大きな刀を手に、早く行けとジェスチャーしている。
「残念、小さい方が可愛いのですけど」
などと言いながら、八の字カーブでホバリングした妖たちへと視線を移す。
妖は八重めがけて羽根の矢を乱射。一方の八重はジグザグに飛んで羽根をかわしにかかる。
かわしつつ、妖に対してもエアブリットを乱射。
空中での打ち合いへと発展していった。
「空は飛べないけど、俺だって……!」
そんな妖たちに、奏空はスリングショットの狙いを絞りに絞った。
「あたれっ!」
放たれた鉛玉が空を穿ち、妖のボディに直撃。バランスを崩した妖に八重の空圧弾が命中し、ぐるぐると回転しながらゴンドラの方へと流れてくる。
好機。
そうとった七重は突きの構えをとると、波動弾を発射。波動は刀そのもののように妖を貫き、そのまま眼下の樹林帯へと螺旋運動で墜落していく。
その様子を見て、誠二郎は帽子を被り尚した。手元には登山杖のように整えられた木製の棒が握られている。ずいぶんと年季の入ったものだが、誠二郎はそれをビリヤードのように構えると妖に標準。
――しつつ、奏空に問いかけた。
「ところで死体、欲しいですか?」
「えっ? ああ、まあ……」
顔色をうかがうが、糸目の誠二郎から思考を察するのは難しい。
「では努力しましょう」
対して誠二郎はそうとだけ言って、妖に小さな弾のようなものを射出。
次の瞬間妖の翼部分から展開したトゲの実が露出し、行動を大きく狂わせた。
風に流され、ゴンドラの上へと降ってくる。務は肉体をパンプアップさせると、上半身の服をパージした。
「筋肉の出番だな!」
号と共に踏み込む足。振動は不可思議にゴンドラへと伝わり、天井のフレーム部分が激しく露出。槍のように妖を貫くと、すぐさまもとの状態へと戻った。
「トドメを頼めるか!」
「いーよー!」
深雪がゴンドラの上からためらいもなくダイブ。
体勢を立て直そうとしていた妖に高熱を帯びた蹴りを食らわせると、反動でゴンドラへと戻ってきた。
くるくると身体を回転させ、獣のように四肢をついて着地する。
「へへっ、大好きだ! この力!」
そうこうしていると、別の妖が側面から突撃。
深雪の肩をえぐりながら大きく突き飛ばす。
ゴンドラから投げ出されそうになったところを務がキャッチ。
と同時に海斗が妖の首を掴み取り、足場へと叩き付けた。
足で踏みつけ、小太刀を突き立てる。
「お前も唐揚げにしてやるさね。どんな味すんのか楽しみさねー!」
「えっと……雷鳥って、たしか……」
務の肩の上にバランス良く立ったまま声をかけてくる深雪。
「なんさね」
海斗が振り向いたその途端、周囲から大量の羽根矢が降り注いだ。
●
とある企業の試験問題に『百本の矢が降り注いできた時にどう対処するか』というものがあって、模範解答に『より強い矢を持てば矢のほうから離れていく』だったという、なんだか企業そのものが不安になりそうな小話があるが、五行界隈ではしばしばこれがホントに模範解答だったりする。
たとえば務。
「言った筈だ。『筋肉は世界の問題の99%を解決する』と!」
盛大にパンプアップ。しなやかな曲線でありながら硬く強い弾力をもった彼の筋肉が鋭い鏃を滑らせ、離れさせていく。人体が丸みを帯び、そして危機状態に油の強い汗が出るのはこのためだ……と、少なくとも務は思っている。
一方そんな筋肉芸はできない深雪は数本の矢を(ゴンドラの上でありながら)バク転や逆立ちでひょいひょい回避していく。だが先程うけた傷が原因だろうか、僅かにバランスを崩した。修正可能なブレではあったが、矢の回避には至らない。
そこで。
「仲間はおいらが守るさね!」
盾を翳して立ちはだかる海斗。
かわしはしない。そのせいで矢という矢が突き刺さり、各所から血を吹き出していく。
「大丈夫さね、このくらい」
確かに大丈夫。この程度なら耐えられないわけではない……が。先刻足下へ串刺しにしたはずの妖が飛び上がり、海斗へ直接襲いかかってくるではないか。
こうなってくると流石に間に合わない。
深雪は地面にダンと手を突くと、八重歯を向きだしにして叫んだ。
「痛かったじゃない、もうっ!」
途端に深雪の腕は炎に包まれ、炎は渦となって吹き上がる。
妖を焼き焦がし、トドメをばかりに突撃した務が豪快なシュートを放った。
「大人しく、俺のタンパク源となれええええ!」
凄まじい勢いで蹴り飛ばされ、絶景の果てへと飛んでいく妖。
あ、やってしまった。そういう顔をしていたが、二秒で戻った。
筋肉は人の悩みや後悔すらも解消してくれるのだ。
だが問題のすべてが解決したわけではない。未だに羽根矢の攻撃は弱まらず、海斗は氣力を体力に転換してなんとかしのいでいる状態だ。
そんな彼らのピンチを察し、奏空は窓から身を乗り出した。
「みんな伏せてて!」
手を翳し、雷雲を生成。放たれた雷が周囲の妖たちに直撃する。
「あらイケナイ子。窓から手を出しちゃダメってお母さんに言われたでしょう?」
などと言いつつ、エルフィリアは妖艶な笑みを浮かべた。
滑り込むように妖の下へ、仰向け状態で回り込む。そして鞭を複雑に振り回すと、空圧弾を生成して妖へと乱射した。
跳ね上げられる妖。
斜め上へ回り込む那岐。
「準備しておいてくださいよう?」
「えっ?」
奏空の疑問顔を無視して那岐もエアブリットを発射。
ひときわ大きな空圧弾が妖に命中し、弾かれるようにゴンドラ内へ転がり込んだ。窓辺にいた誠二郎が微笑顔のまま首を傾け、その隙間からまっすぐ入り込み、壁に当たって転がったのだ。
自棄気味に突撃しようとする妖に、思わずのけぞる奏空。
「まあまあ、そう慌てずに――橘の家に伝わる杖術の妙、お見せいたしましょう」
誠二郎は微笑みのまま杖で妖を打ち落とすと、杖をくるりと反転させて突き立てた。
腹部を潰され、動かなくなる妖。
「残るは一体。行けますか?」
「いけますとも。ねえ兄様!」
八重は最後の妖と空中で格闘していた。
くちばしで食いちぎろうとする妖をかわし、小太刀で切りつける。
妖はその小太刀を回避してすれ違う。
お互いに緊急制動。振り返ると、羽根矢とエアブリットを同時に乱射した。
数発ほど八重に命中したものの、ほとんどは景色の彼方へと消え、一方の妖は八重の空圧弾で無数の穴をあけていた。
最後の力を振り絞って突撃しようとする。制動からの射撃という無理のある姿勢をとっていた八重に回避は追いつかない。
見開いた目――の中に、七重が割り込んだ。
「触るな。俺の妹だ」
七重は刀に炎を纏わせ、妖の翼を切断。
墜落していく妖を見下ろしながら、命綱を掴んでぶら下がった。
「兄様っ!」
「ああ……」
八重を見て、七重は小さく頷いた。
「ロープウェーは残り半分あるらしい。観光を続けるか」
●
さて。
あえて触れずにいたが。
「さあ皆さん。獲物がとれましたよ」
死体を手に、誠二郎がにっこりと笑った。
手をこすってだらりとした顔をする海斗。
「いやーどんな味するんか楽しみさね!」
「えっと、あの……」
すごく言いずらそうにしている深雪。
その後ろで仏頂面を決め込む四角顔のスタッフ。
奏空は彼らと鳥を交互に見た。
「お腹壊さないかな。というか大丈夫かな」
「ハトは死ぬほど下したけどきっと大丈夫さね」
「いや、そっちの『大丈夫』じゃなくて……ん?」
ふと見ると、誠二郎の手の中で鳥が奇妙な光を発し、やがて全体が包まれた。
光はすぐに消え、誠二郎の手に残ったのは先程の三分の一程度の鳥の死体。
というより、雷鳥の死体そのものである。
「兄様、これはどういう……」
「知らなかったのか八重」
腕組みする七重。
誠二郎は笑顔のまま言った。
「解説。妖は基本、倒すと元にした物体に戻ると言われています。そうでないケースも多々ありますが、妖状態が維持されるケースは見たことがありませんねえ」
知らない人は知らない話だが。
心霊系や自然系の妖は倒されると消滅し、生物系や物質系は倒されると元の物体に戻ることが多い。
時としてこれを『妖の死体』と表記することはあるが、厳密には元生物の死体である。
つまり今誠二郎がぶら下げているのは正真正銘雷鳥の死体ということになる。
「まあ、『妖から戻った生物に変化はあるのか』という研究テーマに応じて持ち帰るのもアリですが……どうします? 食べます?」
「いや、えっと、雷鳥って天然記念物だよね……違法合法以前に人として……あと、さっきからそこの人が……」
深雪がひどく言いづらそうに振り返った。
四角顔のスタッフが血の涙を流して唇を噛みしめていた。
「うわあ……」
「『土地のアイドルが妖化した上に死んでしまってなおかつ今から食べられるらしいが助けて貰った立場上何も言えない自分の非力さが悔しい』っていう顔してますよう」
ひどく冷静な顔で解説する那岐である。
務は神妙な顔で頷いた。
「筋肉を最も効率よく鍛えるには犬や人を食うべきだという説がある。しかしそうして鍛えた筋肉は精神を汚し、ひいては悪しき筋肉をもつに至ってしまう。この雷鳥を食べたとて、いい筋肉にはならんだろう……」
「あ、後味悪いさね……」
「そうねえ。でもアタシが見る限りだとそのコ、生きてるわよ?」
エルフェリアが言うと、全員一斉に彼女の顔を見た。そして一斉に雷鳥を見た。
こっくり首を傾げる誠二郎。
「解説その2。損傷の激しい場合は元生物が死んでしまいますが、軽い場合はこの通り――」
ぱっと手を離すと、意識を取り戻した雷鳥が羽ばたき、空へと飛び立っていった。
樹林帯からは四羽の雷鳥が飛び立ち、合流して山へと飛んでいく。
「ちゃんと生きていることがあるんですよ」
「い、意地が悪いさね……知ってて『傷付けないように』倒したんさね」
ジト目の海斗に、誠二郎は肩をすくめて見せた。
くすくすと笑うエルフィリア。
「すっかり彼にからかわれちゃったわね。でもいい勉強になったわ。それに……あの人も喜んでるみたいだし」
振り返ると、さっきの四角顔スタッフが綺麗な涙を流して満面の笑みを浮かべていた。
自分の顎に手を当てる那岐。
「『妖化して観光も雷鳥ももうダメだと思ったけれどみんな生きてて元通りになったと知って嬉しくて嬉しくて仕方ない』って顔ですよう」
「すごい分析だなあ」
「『このお礼に皆さんには富山県産の高級な鶏肉を贈呈します』って顔ですよう」
サムズアップして頷く四角顔スタッフ。
「すごい分析だなあ!」
「持ってきたおむすびが無駄にならずにすみましたね」
「雷鳥はクセが強いと聞いたから、むしろ嬉しい」
頷き会う七重と八重。
鳥の声が、応えるように天に響いた。
立山ロープウェーの上方ステーションには展望台が存在する。丁度山々に囲まれた黒部湖というかなり非日常的なロケーションを楽しめるということで人気を博し、丁寧にコイン双眼鏡まで設置されている。
『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)はそれをのぞき込みながら両脇の髪をぴこぴこと上下させていた。
「わー、高い! 俺高いとこ大好き! ロープウェーなんて日本最長なんだよね、楽しみー!」
「完全に観光の気分ねえ」
ゆるく腕を組むエルフィリア・ハイランド(CL2000613)。
「んー、でも。本当に観光によさそうな場所なのよね。山脈を横断してるだけなのにテーマパーク感があるというか。それが全面休業してたら、商売あがったりよね」
「周辺の土地もココの収益で成り立ってる雰囲気でしたもんねえ。ふもとのコンビニなんてサンダーバードって名前でしたよう。今にも地面が割れてメカが発進しそうな名前でしたよう?」
若い子には分からないですよねえこういうの、と言いながら首を傾ける御堂 那岐(CL2000692)。
「サンダーバードと言えば」
展望デッキから離れて椅子に腰掛けていた『便利屋』橘 誠二郎(CL2000665)が、くるりとこちらを向いた。
「雷鳥はヨーロッパでは食用らしいですよ」
「食用か……思い出すさね。ハト」
顎肘をついて物憂げに山々を眺める篠塚・海斗(CL2000783)。
「あれ、意外と食べがいがないんさ。なんでかね」
「食用の鳥はあえて太らせているからですよ。公園の鳩は難しいでしょう。せめて舞浜あたりのものでないと」
「あれはチキンたらふく喰ってるから、きっとおいしいさね」
「理解はできないけど、危ない話してるってのだけはわかる」
ジト目で振り返る奏空。
別のテーブルでは、『深緑』十夜 八重(CL2000122)と『深炎』十夜 七重(CL2000513)がニコニコ顔で向き合っていた。ニコニコしているのは主に八重ばかりだが。
「兄様、鳥ですって。焼肉のタレを持ってきてよかったですね。おむすびも作ったんですよ。やっぱりお肉には白米がないと」
「ピクニック気分だな、八重。油断しすぎると事をし損じるぞ」
文面で伝わりづらいのであえて補足するが、兄様こと七重は十歳。義妹こと八重は十五歳。年下の兄とは、また珍しい間柄である。
八重はバッグから折りたたみシートを取り出した。
「大丈夫。兄様用のチャイルドシートならちゃんと持ってきましたから」
「チャイルドシートはいらないと言ったよな!?」
「ピクニックかあ。ボクもできればピクニックで来たかったなあ」
会話に混ざるか混ざらないかのギリギリラインでミミをぱたぱたさせる『未知なる食材への探究者』佐々山・深雪(CL2000667)。
谷を通り抜ける風に目を瞑り、冷たい空気を堪能する。
「んーっ、さいこー! でもちょっと寒いかな。どう思う?」
「ふ」
不敵に、ないしは重厚に笑う『Максимум』巻島・務(CL2000929)。
「こんな言葉を知っているか。『筋肉は世界の問題の99%を解決する』」
「はじめてきいた」
「寒さは筋肉で防げる。暑さも筋肉で耐えられる。そういうことだ」
「どういうこと?」
返答をえるまでもあるまいという顔で頷く務。
そうこうしているうちに、ロープウェイ発進準備完了の知らせが届いた。
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立山ロープウェーは一般的なそれと同じで遠隔操作ができる。ゴンドラには乗り込まず、固定しているワイヤー側を動かすのだ。
ゴンドラに乗り込むのは覚者たちだけだ。彼らが車内から攻撃する中後衛メンバー以外はじめから上によじ登った状態で、ゴンドラは発車した。
谷の中央にかかるにつれ地面が遠くなり、遠近感がおかしくなっていく。
ブロッコリーか雑草の集合体に見えるそれは高さ数メートルの樹林帯で、かたわらに氷塊のごとく残っている雪は軽く人を圧殺できるほどの重量をもっているという。なかなか現実離れした光景だ。
安全のために両手をついた姿勢で笑う海斗。
「鳥の世界ってこんなふうなんさね。滅多に出来ない体験さねー」
「武者震い……いや筋肉震いがしてくるぜ」
「なにさねそれは」
「みんな、構えて。来るよ!」
ゴンドラの中から声がする。奏空が覚醒状態で窓から顔を覗かせていた。
見ると、地上の樹林帯から数羽の小鳥が飛び出してくる。
いや小鳥ではない。2メートル大はあろうかという鳥の怪物、雷鳥妖(らいちょうのあやかし)である。
妖は重力を無視したかのような直上への高速飛行をかけ、ゴンドラめがけて突っ込んでくる。
「さて、本領発揮ね」
扉からスカイダイビングの要領で飛び降りるエルフィリア。これ幸いとばかりに食いつきにかかる妖。
一方エルフィリアは空中で覚醒。翼を広げてボンテージ衣装にチェンジすると、螺旋回転で妖を回避した。
「ふふ、お姉さんの鞭使いはいかが?」
不可視のアテンドから鞭を引き抜く。
すれ違いざまに鞭を放ち、カーブを描いてゴンドラと同じ高さまで上昇。
反対側の扉からは御堂 那岐(CL2000692)が飛び出し、途端に濃密な霧を展開。
妖たちは霧の中へ突入したが、お互い無傷のまますれ違う。
「そう簡単にはやらせませんよう」
「やはり飛行能力があるのは便利だな」
扉の縁につかまって外を覗く七重。その横を七重がすり抜け、後ろ手を振った。
「それじゃあ私も行ってきますね。小さい兄様でも届くように追い立てますからっ」
「なに、面倒はかけんさ」
振り向いた頃には、七重は大人の姿にかわっていた。大きな刀を手に、早く行けとジェスチャーしている。
「残念、小さい方が可愛いのですけど」
などと言いながら、八の字カーブでホバリングした妖たちへと視線を移す。
妖は八重めがけて羽根の矢を乱射。一方の八重はジグザグに飛んで羽根をかわしにかかる。
かわしつつ、妖に対してもエアブリットを乱射。
空中での打ち合いへと発展していった。
「空は飛べないけど、俺だって……!」
そんな妖たちに、奏空はスリングショットの狙いを絞りに絞った。
「あたれっ!」
放たれた鉛玉が空を穿ち、妖のボディに直撃。バランスを崩した妖に八重の空圧弾が命中し、ぐるぐると回転しながらゴンドラの方へと流れてくる。
好機。
そうとった七重は突きの構えをとると、波動弾を発射。波動は刀そのもののように妖を貫き、そのまま眼下の樹林帯へと螺旋運動で墜落していく。
その様子を見て、誠二郎は帽子を被り尚した。手元には登山杖のように整えられた木製の棒が握られている。ずいぶんと年季の入ったものだが、誠二郎はそれをビリヤードのように構えると妖に標準。
――しつつ、奏空に問いかけた。
「ところで死体、欲しいですか?」
「えっ? ああ、まあ……」
顔色をうかがうが、糸目の誠二郎から思考を察するのは難しい。
「では努力しましょう」
対して誠二郎はそうとだけ言って、妖に小さな弾のようなものを射出。
次の瞬間妖の翼部分から展開したトゲの実が露出し、行動を大きく狂わせた。
風に流され、ゴンドラの上へと降ってくる。務は肉体をパンプアップさせると、上半身の服をパージした。
「筋肉の出番だな!」
号と共に踏み込む足。振動は不可思議にゴンドラへと伝わり、天井のフレーム部分が激しく露出。槍のように妖を貫くと、すぐさまもとの状態へと戻った。
「トドメを頼めるか!」
「いーよー!」
深雪がゴンドラの上からためらいもなくダイブ。
体勢を立て直そうとしていた妖に高熱を帯びた蹴りを食らわせると、反動でゴンドラへと戻ってきた。
くるくると身体を回転させ、獣のように四肢をついて着地する。
「へへっ、大好きだ! この力!」
そうこうしていると、別の妖が側面から突撃。
深雪の肩をえぐりながら大きく突き飛ばす。
ゴンドラから投げ出されそうになったところを務がキャッチ。
と同時に海斗が妖の首を掴み取り、足場へと叩き付けた。
足で踏みつけ、小太刀を突き立てる。
「お前も唐揚げにしてやるさね。どんな味すんのか楽しみさねー!」
「えっと……雷鳥って、たしか……」
務の肩の上にバランス良く立ったまま声をかけてくる深雪。
「なんさね」
海斗が振り向いたその途端、周囲から大量の羽根矢が降り注いだ。
●
とある企業の試験問題に『百本の矢が降り注いできた時にどう対処するか』というものがあって、模範解答に『より強い矢を持てば矢のほうから離れていく』だったという、なんだか企業そのものが不安になりそうな小話があるが、五行界隈ではしばしばこれがホントに模範解答だったりする。
たとえば務。
「言った筈だ。『筋肉は世界の問題の99%を解決する』と!」
盛大にパンプアップ。しなやかな曲線でありながら硬く強い弾力をもった彼の筋肉が鋭い鏃を滑らせ、離れさせていく。人体が丸みを帯び、そして危機状態に油の強い汗が出るのはこのためだ……と、少なくとも務は思っている。
一方そんな筋肉芸はできない深雪は数本の矢を(ゴンドラの上でありながら)バク転や逆立ちでひょいひょい回避していく。だが先程うけた傷が原因だろうか、僅かにバランスを崩した。修正可能なブレではあったが、矢の回避には至らない。
そこで。
「仲間はおいらが守るさね!」
盾を翳して立ちはだかる海斗。
かわしはしない。そのせいで矢という矢が突き刺さり、各所から血を吹き出していく。
「大丈夫さね、このくらい」
確かに大丈夫。この程度なら耐えられないわけではない……が。先刻足下へ串刺しにしたはずの妖が飛び上がり、海斗へ直接襲いかかってくるではないか。
こうなってくると流石に間に合わない。
深雪は地面にダンと手を突くと、八重歯を向きだしにして叫んだ。
「痛かったじゃない、もうっ!」
途端に深雪の腕は炎に包まれ、炎は渦となって吹き上がる。
妖を焼き焦がし、トドメをばかりに突撃した務が豪快なシュートを放った。
「大人しく、俺のタンパク源となれええええ!」
凄まじい勢いで蹴り飛ばされ、絶景の果てへと飛んでいく妖。
あ、やってしまった。そういう顔をしていたが、二秒で戻った。
筋肉は人の悩みや後悔すらも解消してくれるのだ。
だが問題のすべてが解決したわけではない。未だに羽根矢の攻撃は弱まらず、海斗は氣力を体力に転換してなんとかしのいでいる状態だ。
そんな彼らのピンチを察し、奏空は窓から身を乗り出した。
「みんな伏せてて!」
手を翳し、雷雲を生成。放たれた雷が周囲の妖たちに直撃する。
「あらイケナイ子。窓から手を出しちゃダメってお母さんに言われたでしょう?」
などと言いつつ、エルフィリアは妖艶な笑みを浮かべた。
滑り込むように妖の下へ、仰向け状態で回り込む。そして鞭を複雑に振り回すと、空圧弾を生成して妖へと乱射した。
跳ね上げられる妖。
斜め上へ回り込む那岐。
「準備しておいてくださいよう?」
「えっ?」
奏空の疑問顔を無視して那岐もエアブリットを発射。
ひときわ大きな空圧弾が妖に命中し、弾かれるようにゴンドラ内へ転がり込んだ。窓辺にいた誠二郎が微笑顔のまま首を傾け、その隙間からまっすぐ入り込み、壁に当たって転がったのだ。
自棄気味に突撃しようとする妖に、思わずのけぞる奏空。
「まあまあ、そう慌てずに――橘の家に伝わる杖術の妙、お見せいたしましょう」
誠二郎は微笑みのまま杖で妖を打ち落とすと、杖をくるりと反転させて突き立てた。
腹部を潰され、動かなくなる妖。
「残るは一体。行けますか?」
「いけますとも。ねえ兄様!」
八重は最後の妖と空中で格闘していた。
くちばしで食いちぎろうとする妖をかわし、小太刀で切りつける。
妖はその小太刀を回避してすれ違う。
お互いに緊急制動。振り返ると、羽根矢とエアブリットを同時に乱射した。
数発ほど八重に命中したものの、ほとんどは景色の彼方へと消え、一方の妖は八重の空圧弾で無数の穴をあけていた。
最後の力を振り絞って突撃しようとする。制動からの射撃という無理のある姿勢をとっていた八重に回避は追いつかない。
見開いた目――の中に、七重が割り込んだ。
「触るな。俺の妹だ」
七重は刀に炎を纏わせ、妖の翼を切断。
墜落していく妖を見下ろしながら、命綱を掴んでぶら下がった。
「兄様っ!」
「ああ……」
八重を見て、七重は小さく頷いた。
「ロープウェーは残り半分あるらしい。観光を続けるか」
●
さて。
あえて触れずにいたが。
「さあ皆さん。獲物がとれましたよ」
死体を手に、誠二郎がにっこりと笑った。
手をこすってだらりとした顔をする海斗。
「いやーどんな味するんか楽しみさね!」
「えっと、あの……」
すごく言いずらそうにしている深雪。
その後ろで仏頂面を決め込む四角顔のスタッフ。
奏空は彼らと鳥を交互に見た。
「お腹壊さないかな。というか大丈夫かな」
「ハトは死ぬほど下したけどきっと大丈夫さね」
「いや、そっちの『大丈夫』じゃなくて……ん?」
ふと見ると、誠二郎の手の中で鳥が奇妙な光を発し、やがて全体が包まれた。
光はすぐに消え、誠二郎の手に残ったのは先程の三分の一程度の鳥の死体。
というより、雷鳥の死体そのものである。
「兄様、これはどういう……」
「知らなかったのか八重」
腕組みする七重。
誠二郎は笑顔のまま言った。
「解説。妖は基本、倒すと元にした物体に戻ると言われています。そうでないケースも多々ありますが、妖状態が維持されるケースは見たことがありませんねえ」
知らない人は知らない話だが。
心霊系や自然系の妖は倒されると消滅し、生物系や物質系は倒されると元の物体に戻ることが多い。
時としてこれを『妖の死体』と表記することはあるが、厳密には元生物の死体である。
つまり今誠二郎がぶら下げているのは正真正銘雷鳥の死体ということになる。
「まあ、『妖から戻った生物に変化はあるのか』という研究テーマに応じて持ち帰るのもアリですが……どうします? 食べます?」
「いや、えっと、雷鳥って天然記念物だよね……違法合法以前に人として……あと、さっきからそこの人が……」
深雪がひどく言いづらそうに振り返った。
四角顔のスタッフが血の涙を流して唇を噛みしめていた。
「うわあ……」
「『土地のアイドルが妖化した上に死んでしまってなおかつ今から食べられるらしいが助けて貰った立場上何も言えない自分の非力さが悔しい』っていう顔してますよう」
ひどく冷静な顔で解説する那岐である。
務は神妙な顔で頷いた。
「筋肉を最も効率よく鍛えるには犬や人を食うべきだという説がある。しかしそうして鍛えた筋肉は精神を汚し、ひいては悪しき筋肉をもつに至ってしまう。この雷鳥を食べたとて、いい筋肉にはならんだろう……」
「あ、後味悪いさね……」
「そうねえ。でもアタシが見る限りだとそのコ、生きてるわよ?」
エルフェリアが言うと、全員一斉に彼女の顔を見た。そして一斉に雷鳥を見た。
こっくり首を傾げる誠二郎。
「解説その2。損傷の激しい場合は元生物が死んでしまいますが、軽い場合はこの通り――」
ぱっと手を離すと、意識を取り戻した雷鳥が羽ばたき、空へと飛び立っていった。
樹林帯からは四羽の雷鳥が飛び立ち、合流して山へと飛んでいく。
「ちゃんと生きていることがあるんですよ」
「い、意地が悪いさね……知ってて『傷付けないように』倒したんさね」
ジト目の海斗に、誠二郎は肩をすくめて見せた。
くすくすと笑うエルフィリア。
「すっかり彼にからかわれちゃったわね。でもいい勉強になったわ。それに……あの人も喜んでるみたいだし」
振り返ると、さっきの四角顔スタッフが綺麗な涙を流して満面の笑みを浮かべていた。
自分の顎に手を当てる那岐。
「『妖化して観光も雷鳥ももうダメだと思ったけれどみんな生きてて元通りになったと知って嬉しくて嬉しくて仕方ない』って顔ですよう」
「すごい分析だなあ」
「『このお礼に皆さんには富山県産の高級な鶏肉を贈呈します』って顔ですよう」
サムズアップして頷く四角顔スタッフ。
「すごい分析だなあ!」
「持ってきたおむすびが無駄にならずにすみましたね」
「雷鳥はクセが強いと聞いたから、むしろ嬉しい」
頷き会う七重と八重。
鳥の声が、応えるように天に響いた。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
