青鷺火
●
「う、うわああああ!?」
鈴白は、悲鳴を上げながら走っていた。
刻限は夜。五麟市小泉水川下流。残業の帰りに川の畔を歩いていた鈴白は、夜の水面に不思議なものを見た。鷺だ。青みがかった灰色の羽毛に身を包んだ細身の鳥が、川の真ん中に佇んでいた。鈴白は思わず足を止めた。コンクリートとアスファルトに囲まれたこの川に、鷺が来ることなど滅多に無いからだ。
しばらく見ていると、鷺も鈴白を振り返った。そして翼を拡げ、
「――!?」
その翼が、やがて鷺の身体全体が、蒼い光を放ち始めた。ケェェェェッ、とけたたましい声を上げる。そして羽ばたき、真っ直ぐ鈴白に向かって飛んだ。「お、おいおいおい!?」鈴白は思わず身を屈め、ガードレールの陰に隠れた。
「!?」
つんざくような音を上げ、鷺の嘴がガードレールを破砕した。鷺の横顔と目が合う。殺意に濁った金色の眼。殺される。本能的に悟り、鈴白は弾かれたように走り出した。
鷺が再びけたたましく叫び、鈴白を追って飛翔する。「う、うわああああ!?」
「何だよ!? 何で俺が!? こんなのおかしいだろ! 誰か! 誰か助けてくれ!」
「いいでしょう」
「――え!?」
声が聞こえた。鈴白は前方を見やる。――誰かが、立っていた。いや、人ではない。青みがかった灰色の羽毛。二匹目。挟み撃ち。鈴白は絶望した。二匹目が翼を拡げ、その身が蒼く輝きだし、鈴白に向かって飛翔する。
観念した鈴白の傍らを飛び去り、二匹目の嘴が一匹目のそれと打ち合った。
「――え?」
死んでないことに気づき、鈴白は振り返る。二匹目が大きく羽ばたき、空中で身を翻して着地する。嘴を打たれた一匹目はバランスを崩して地面を滑り、起き上がって二匹目を睨みつけた。お互いに威嚇の声を上げ、翼を拡げる。
「ど、同士討ち……?」
「失礼な。こんな野蛮な獣と一緒にしないでくださいな」
二匹目が蒼い光を放ちながら、不満げな声でそう言った。――同じにしか見えない。
●
「……というわけで、とりあえず、第一目標は鷺型妖の撃破だ」
久方相馬(nCL2000004)は予知夢の顛末を説明し、最後にそう締めくくった。「――どっちの?」覚者の一人が尋ねる。
「一匹目だ。というか、鷺型妖は始めから一匹だけだ」
「いや、だって」
「冗談だよ。妙な夢だったから俺も調べてみたんだけど――二匹目は、どうも古妖らしいんだな」
「――え?」
きょとん顔の覚者に、相馬はしたり顔で頷く。
「古妖・青鷺火《あおさぎのひ》。齢を重ねた青鷺で、夜になるとその翼が光るらしい。そしてその嘴も、妖力を得てより鋭くなるんだってさ。
今回の依頼は鷺型妖の撃破と、古妖・青鷺火の調査だ。鷺型妖の方は生物系ランク2。注意すべきは鋭い嘴と飛行能力だな。遠距離攻撃主体で攻めるか、飛行能力を封じる作戦が必要だろう。こっちも空飛んで空中戦ってのも勿論ありだ。
青鷺火のほうは、とりあえず人間の味方をしてくれてるみたいだが、目的とかは今ひとつ不透明だ。援護するのかしないのか、話してみるのかどうか、話すとして何を話すのか、そのくらいのことを考えておいてくれ」
言って、相馬は話を締めくくった。「あ、すっかり忘れてたけど、一般人の保護も忘れずに、な。頼んだぜ」
「う、うわああああ!?」
鈴白は、悲鳴を上げながら走っていた。
刻限は夜。五麟市小泉水川下流。残業の帰りに川の畔を歩いていた鈴白は、夜の水面に不思議なものを見た。鷺だ。青みがかった灰色の羽毛に身を包んだ細身の鳥が、川の真ん中に佇んでいた。鈴白は思わず足を止めた。コンクリートとアスファルトに囲まれたこの川に、鷺が来ることなど滅多に無いからだ。
しばらく見ていると、鷺も鈴白を振り返った。そして翼を拡げ、
「――!?」
その翼が、やがて鷺の身体全体が、蒼い光を放ち始めた。ケェェェェッ、とけたたましい声を上げる。そして羽ばたき、真っ直ぐ鈴白に向かって飛んだ。「お、おいおいおい!?」鈴白は思わず身を屈め、ガードレールの陰に隠れた。
「!?」
つんざくような音を上げ、鷺の嘴がガードレールを破砕した。鷺の横顔と目が合う。殺意に濁った金色の眼。殺される。本能的に悟り、鈴白は弾かれたように走り出した。
鷺が再びけたたましく叫び、鈴白を追って飛翔する。「う、うわああああ!?」
「何だよ!? 何で俺が!? こんなのおかしいだろ! 誰か! 誰か助けてくれ!」
「いいでしょう」
「――え!?」
声が聞こえた。鈴白は前方を見やる。――誰かが、立っていた。いや、人ではない。青みがかった灰色の羽毛。二匹目。挟み撃ち。鈴白は絶望した。二匹目が翼を拡げ、その身が蒼く輝きだし、鈴白に向かって飛翔する。
観念した鈴白の傍らを飛び去り、二匹目の嘴が一匹目のそれと打ち合った。
「――え?」
死んでないことに気づき、鈴白は振り返る。二匹目が大きく羽ばたき、空中で身を翻して着地する。嘴を打たれた一匹目はバランスを崩して地面を滑り、起き上がって二匹目を睨みつけた。お互いに威嚇の声を上げ、翼を拡げる。
「ど、同士討ち……?」
「失礼な。こんな野蛮な獣と一緒にしないでくださいな」
二匹目が蒼い光を放ちながら、不満げな声でそう言った。――同じにしか見えない。
●
「……というわけで、とりあえず、第一目標は鷺型妖の撃破だ」
久方相馬(nCL2000004)は予知夢の顛末を説明し、最後にそう締めくくった。「――どっちの?」覚者の一人が尋ねる。
「一匹目だ。というか、鷺型妖は始めから一匹だけだ」
「いや、だって」
「冗談だよ。妙な夢だったから俺も調べてみたんだけど――二匹目は、どうも古妖らしいんだな」
「――え?」
きょとん顔の覚者に、相馬はしたり顔で頷く。
「古妖・青鷺火《あおさぎのひ》。齢を重ねた青鷺で、夜になるとその翼が光るらしい。そしてその嘴も、妖力を得てより鋭くなるんだってさ。
今回の依頼は鷺型妖の撃破と、古妖・青鷺火の調査だ。鷺型妖の方は生物系ランク2。注意すべきは鋭い嘴と飛行能力だな。遠距離攻撃主体で攻めるか、飛行能力を封じる作戦が必要だろう。こっちも空飛んで空中戦ってのも勿論ありだ。
青鷺火のほうは、とりあえず人間の味方をしてくれてるみたいだが、目的とかは今ひとつ不透明だ。援護するのかしないのか、話してみるのかどうか、話すとして何を話すのか、そのくらいのことを考えておいてくれ」
言って、相馬は話を締めくくった。「あ、すっかり忘れてたけど、一般人の保護も忘れずに、な。頼んだぜ」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.鷺型妖の撃破
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
鷺型妖との戦闘及び古妖・青鷺火との会話シナリオです。青鷺火との会話内容・結果に関わらず、鷺型妖を撃破できればシナリオは成功となります。
敵及びサブキャラクターのご紹介です。
・鷺型妖
生物系ランク2。全高およそ1.5メートル。鋭い嘴と飛行能力が特徴。
・青鷺火
古妖。全高およそ1.5メートル。鷺とは違うのですわ、とでも言いたいらしい。
・鈴白
一般人。全高およそ1.7メートル。忘れないであげてください。
基本的には相馬が説明した通りです。特に追記すべき点はありません。
皆さんの行動によって青鷺火の今後の動向も大きく変わってくるでしょう。現状何も決めてません。皆さん次第です。……え? 殺した場合?
簡単ですが、説明は以上です。
皆様のご参加を心よりお待ちしております。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2016年02月09日
2016年02月09日
■メイン参加者 6人■

●
「失礼な。こんな野蛮な獣と一緒にしないでくださいな」
二匹目が蒼い光を放ちながら、不満げな声でそう言った。
「……同じにしか見えないよなあ……」
「見えませんよねえ」
「うお!?」
鈴白は驚いて傍らを見た。12歳ぐらいの黒髪の少女が、拳を握って力強く頷く。
「助けに来ました! 詳しいお話は後でします、信じてついて来てください!」
「た、助けだ――?」
「そうです。ここは私達に任せてください」
《韋駄天足》で颯爽と現れた納屋タヱ子(CL2000019)に続き、《音楽教諭》向日葵御菓子(CL2000429)がそう言った。「た、助けに来たんだな? まあいいか、とにかく逃げればいいんだろ!?」
「その通りだよ庶民! ここは余に任せて退がりたまえ!」
「うわ!?」
大仰なポーズとあと台詞と共にプリンス・オブ・グレイブル(CL2000942)が現れ、鈴白は思わずそちらを振り返る。「やあ、ニポンの民一号君。元気してる? 余だよ!」
「誰だよ!」
「話は後です。私と一緒に後方へ!」
「いや改めてお前ら誰なんだよ!」
「余だよ!」
「お前には聞いてねえ!」
「来る――! 納屋さん、早く!」
鷺型妖が奇声を上げ、四人に向かって翼を拡げる。対する青鷺火は――特に動かず、四人の方を見ていた。「……何ですの? 貴女たちは」
「お話は後でしましょう! 今は!」
「ふむ。まあそれもいいでしょう」
言ってる間に鷺型妖が飛翔する。急降下攻撃。御菓子が鈴白の前に立った。《水衣》。御菓子が差し伸べた掌の前に水のベールが現れ、鷺の嘴を受け止める。突破。ベールを破った嘴が御菓子の腕を斬り裂く。呻き、御菓子は咄嗟に後方へ跳んで距離を取った。鷺も一度羽ばたいてやや後方へ着地する。
そこへ、ばしゃり、と何かが当たった。鷺の灰色の羽が赤く染まる。
「来たね」
呟き、御菓子はにやりと笑った。
「よおし、当たったッス! これでバッチリ、赤い方が敵ッスよ!」
「うん、たぶん、あっち……ですよね。襲ってきたし」
「これで識別はオッケーだね。あとは――」
二匹の鷺を挟んだ反対側で、カラーボールを投げた《猪突猛進》葛城舞子(CL2001275)がガッツポーズする。その傍らで菊坂結鹿(CL2000432)が呟き、《彼誰行灯》麻弓紡(CL2000623)はちらりと彼方の鈴白を見やり、腰のランタンを灯して《演舞・清風》を使用した。ランタンの灯が舞うと同時に、周囲を涼やかな風が舞う。
「よーし、ちゃっちゃか敵は蹴散らして、青鷺火とお喋りと洒落込もう」
「恨みはありませんが、人を害する以上戦わざるをえません。すみません、退治いたします」
《土纏》。自己強化を施しつつ前進し、結鹿は太刀《蒼龍》を構える。続いて《蔵王》。「行くッスよー!」舞子がトンファーを構え踏み込む。鷺型妖が気づいて振り返る。《飛燕》。目にも止まらぬトンファーの二連撃は、しかし上空へ逃げてかわされる。反撃。鷺が青い光を放ちながら急降下する。命中。咄嗟にガードした舞子の腕を嘴が貫き、鮮血が吹き出す。
(あーあーごほん。青鷺火くん、聞こえるかな?)
(……うん?)
青鷺火の脳裏に軽そうな声が響き、青鷺火は周囲を見回す。守護使役・チーカマが灯す明かりの下で、グレイブルがウインクした。
(……妙な術を使いますわね。バテレン人)
(力があるのはご理解いただけたかな? 鈴白氏を助けて向こうの鷺を倒すなら、余も手伝うよ。共同戦線といこう)
(――貴方たちがやるなら、私がやることはありませんわね。どうぞご勝手に)
(おおっとそうきたか。じゃあ一応こちらの作戦を伝えるよ。気が向いたら手伝ってね)
(ふん)
「さて――これでどうかな、と」
グレイブルと青鷺火が交信している間に、地上に降りた鷺型妖に紡が《クーンシルッピ》で狙いを定める。発射。鷺型妖が気づく。回避。
弾が、拡がる。「!?」
放射状に拡がった弾が鷺を捕らえ、絡まった鷺は地面に引き倒された。ネット。
「ここで待っていてください」
タヱ子は鈴白を連れて橋架下に来ていた。身を低くした鈴白が、タヱ子を見上げる。「な、なあ……いったい何が起こってるんだ? あんたらは」
「後でお話します」
「またそれかい」
「ここで静かにしててください。敵は必ず食い止めますから、ね」
言って、タヱ子は踵を返した。橋上へ戻る。
「《蒼鋼壁》――さあ、そろそろ行きましょうか」
術をかけ終えた結鹿が、ネットに絡まれた鷺を見据える。抜刀。「葛城さん、どうぞ」御菓子が《癒しの滴》で舞子の傷を癒し、「どーもッス! では!」
「今度は外さないッスよ! ダブルトンファー!」
ネットに絡まれた鷺に、舞子が再びトンファーを振り下ろす。《飛燕》。命中。強かに打ち据えられ、鷺が悲痛な叫びを上げる。反撃。「ぐあ!?」命中。突き上げられた嘴が舞子の脇腹を抉り、舞子は思わず地面に片膝をつく。嘴でネットを斬り裂き、鷺はようやく戒めから逃れた。
「では、そろそろ余も参ろうかな!」
《召雷》。グレイブルが放った雷を、しかし鷺は真上に飛んでかわした。「じゃあ、今度はトリモチ弾だ」紡がトリモチ弾を《クーンシルッピ》に番え、撃つ。これも鷺はひらりと羽ばたいてかわした。《纏霧》。結鹿の掌から放たれた霧が鷺に纏わりつき、その動きを鈍らせる。「はいはい回復回復」「ふっかぁつ! あ、飛んでるッスね。ならば!」御菓子に回復された舞子が起き上がり、鷺に《破眼光》を放つ。直撃。閃光が鷺の片翼を断ち斬り、翼を失った鷺が橋上に落ちる。「……ふむ」見ていた青鷺火が小さく唸る。
「妖術師の類かしら? それにしては数が多いし、何と言うか――個性的ですわね。揃いも揃って」
「ふむ。どうやら終わったようだね。妖の民もお茶でもどうだい? ……甘いもの平気?」
グレイブルがそう言って懐から持参したものを取り出す。ヨーグルにポテトフライにフーセンガム。「殿。なんで駄菓子ばっかなのさ」「庶民の味だろう? こういうの」ケエエ、と青鷺火が声を上げる。
「人間の菓子は口に合いませんわ。私達青鷺は肉食性。そこの奇形が人間を襲ったのも、それを考えれば答えは簡単。食うために襲ったのですわ。どうせなら肉持ってきなさい肉。焼肉干し肉燻製肉。百歩譲ってジャーキーなら可」
「青鷺の民は肉食うんだ。庶民的だねえ」
「……奇形、ですか」
青鷺火の言葉を聞きとがめて、結鹿が呟く。青鷺火はしたり顔で頷く。――鳥のくせに表情豊かである。
「それ以外にどういう表現が? 醜い姿に変わり、心を失った哀れな青鷺。問題を起こす前に始末しようと思ったまでのことですわ」
「……あれ。皆さん、もう終わったんですか?」
橋下からタヱ子が上がってくる。近くにいたグレイブルがやあ、と片手を挙げた。
「……鈴白さんを助けてくださりありがとうございます。あなたは助ける気がなかったとおっしゃるかもしれませんが、結果としてこうして助かっているんですから、どうかお礼を言わせてくださいね」
「どういたしまして。……まあ、もっとも、主に助けたのは貴女たちですけどね」
御菓子の言葉に青鷺火はそう答える。「青鷺の年を経しは、夜飛ときはかならず其羽ひかるもの也。目の光に映じ嘴とがりてすさまじきと也」
「……ん?」
暗唱する声に青鷺火は振り返る。――舞子だった。笑う。「あんたのことッスよね、青鷺火さん」
「……誰の言葉ですの?」
「絵本百物語とか、今昔図画続百鬼に載ってたッス。火を吐いたり火の玉になったりと色々噂はあるッスけど……人に害をなしたって話は聞いた事ないッスから、きっと仲良くなれると思うッス!!」
「……博識なのは好感が持てますわ。暑苦しいですけど」
「ところで青鷺の民。この街に来たのはどういう用件かな? 昔から棲んでたわけじゃないだろ? 聞いたこと無いし」
グレイブルの問いに、青鷺火はふっと視線を逸らす。「……ここには、仲間がいるから」
「仲間? ――妖かい? 青鷺? もしくは、古妖――?」
「ボクは麻弓紡。名前、聞いても良いかな?」
紡の言葉に、青鷺火は微かに俯く。「……忘れましたわ」「? 忘れた?」
「長く生きていると、色々と忘れるものです」
「……忘れたいことを? それとも、忘れるべきことを?」
「……」
「……きっと、人間を助けようと思って助けたわけじゃないんでしょうけど、それでも感謝です。青鷺火さんが人間をどう思ってるかわからないですけど、わたしは大好きですよ」
結鹿の言葉に、青鷺火は笑い、片翼を羽ばたかせる。――扇いでいるらしい。「大好き、ね。まあ別に、あなた達のためにやったわけじゃありませんけれども」
「……綺麗だね、その羽。よかったら、ちょっと見せてもらえないかな」
紡がそう言って歩み寄る。青鷺火はふっと笑い、大きく羽ばたいた。「わ」
「今日はここまでにしましょう。私もそろそろ眠いですわ。では、おやすみなさい」
言って、青鷺火は空に浮き上がる。その身体が蒼い光を放ち、飛翔する。端の上空を一度旋回して、青鷺火は夜空の向こうへ消えた。
「青鷺火さん……ありがとうございました。たとえそういう意図でなくても」
呟き、タヱ子は去っていく蒼光を見送った。
「失礼な。こんな野蛮な獣と一緒にしないでくださいな」
二匹目が蒼い光を放ちながら、不満げな声でそう言った。
「……同じにしか見えないよなあ……」
「見えませんよねえ」
「うお!?」
鈴白は驚いて傍らを見た。12歳ぐらいの黒髪の少女が、拳を握って力強く頷く。
「助けに来ました! 詳しいお話は後でします、信じてついて来てください!」
「た、助けだ――?」
「そうです。ここは私達に任せてください」
《韋駄天足》で颯爽と現れた納屋タヱ子(CL2000019)に続き、《音楽教諭》向日葵御菓子(CL2000429)がそう言った。「た、助けに来たんだな? まあいいか、とにかく逃げればいいんだろ!?」
「その通りだよ庶民! ここは余に任せて退がりたまえ!」
「うわ!?」
大仰なポーズとあと台詞と共にプリンス・オブ・グレイブル(CL2000942)が現れ、鈴白は思わずそちらを振り返る。「やあ、ニポンの民一号君。元気してる? 余だよ!」
「誰だよ!」
「話は後です。私と一緒に後方へ!」
「いや改めてお前ら誰なんだよ!」
「余だよ!」
「お前には聞いてねえ!」
「来る――! 納屋さん、早く!」
鷺型妖が奇声を上げ、四人に向かって翼を拡げる。対する青鷺火は――特に動かず、四人の方を見ていた。「……何ですの? 貴女たちは」
「お話は後でしましょう! 今は!」
「ふむ。まあそれもいいでしょう」
言ってる間に鷺型妖が飛翔する。急降下攻撃。御菓子が鈴白の前に立った。《水衣》。御菓子が差し伸べた掌の前に水のベールが現れ、鷺の嘴を受け止める。突破。ベールを破った嘴が御菓子の腕を斬り裂く。呻き、御菓子は咄嗟に後方へ跳んで距離を取った。鷺も一度羽ばたいてやや後方へ着地する。
そこへ、ばしゃり、と何かが当たった。鷺の灰色の羽が赤く染まる。
「来たね」
呟き、御菓子はにやりと笑った。
「よおし、当たったッス! これでバッチリ、赤い方が敵ッスよ!」
「うん、たぶん、あっち……ですよね。襲ってきたし」
「これで識別はオッケーだね。あとは――」
二匹の鷺を挟んだ反対側で、カラーボールを投げた《猪突猛進》葛城舞子(CL2001275)がガッツポーズする。その傍らで菊坂結鹿(CL2000432)が呟き、《彼誰行灯》麻弓紡(CL2000623)はちらりと彼方の鈴白を見やり、腰のランタンを灯して《演舞・清風》を使用した。ランタンの灯が舞うと同時に、周囲を涼やかな風が舞う。
「よーし、ちゃっちゃか敵は蹴散らして、青鷺火とお喋りと洒落込もう」
「恨みはありませんが、人を害する以上戦わざるをえません。すみません、退治いたします」
《土纏》。自己強化を施しつつ前進し、結鹿は太刀《蒼龍》を構える。続いて《蔵王》。「行くッスよー!」舞子がトンファーを構え踏み込む。鷺型妖が気づいて振り返る。《飛燕》。目にも止まらぬトンファーの二連撃は、しかし上空へ逃げてかわされる。反撃。鷺が青い光を放ちながら急降下する。命中。咄嗟にガードした舞子の腕を嘴が貫き、鮮血が吹き出す。
(あーあーごほん。青鷺火くん、聞こえるかな?)
(……うん?)
青鷺火の脳裏に軽そうな声が響き、青鷺火は周囲を見回す。守護使役・チーカマが灯す明かりの下で、グレイブルがウインクした。
(……妙な術を使いますわね。バテレン人)
(力があるのはご理解いただけたかな? 鈴白氏を助けて向こうの鷺を倒すなら、余も手伝うよ。共同戦線といこう)
(――貴方たちがやるなら、私がやることはありませんわね。どうぞご勝手に)
(おおっとそうきたか。じゃあ一応こちらの作戦を伝えるよ。気が向いたら手伝ってね)
(ふん)
「さて――これでどうかな、と」
グレイブルと青鷺火が交信している間に、地上に降りた鷺型妖に紡が《クーンシルッピ》で狙いを定める。発射。鷺型妖が気づく。回避。
弾が、拡がる。「!?」
放射状に拡がった弾が鷺を捕らえ、絡まった鷺は地面に引き倒された。ネット。
「ここで待っていてください」
タヱ子は鈴白を連れて橋架下に来ていた。身を低くした鈴白が、タヱ子を見上げる。「な、なあ……いったい何が起こってるんだ? あんたらは」
「後でお話します」
「またそれかい」
「ここで静かにしててください。敵は必ず食い止めますから、ね」
言って、タヱ子は踵を返した。橋上へ戻る。
「《蒼鋼壁》――さあ、そろそろ行きましょうか」
術をかけ終えた結鹿が、ネットに絡まれた鷺を見据える。抜刀。「葛城さん、どうぞ」御菓子が《癒しの滴》で舞子の傷を癒し、「どーもッス! では!」
「今度は外さないッスよ! ダブルトンファー!」
ネットに絡まれた鷺に、舞子が再びトンファーを振り下ろす。《飛燕》。命中。強かに打ち据えられ、鷺が悲痛な叫びを上げる。反撃。「ぐあ!?」命中。突き上げられた嘴が舞子の脇腹を抉り、舞子は思わず地面に片膝をつく。嘴でネットを斬り裂き、鷺はようやく戒めから逃れた。
「では、そろそろ余も参ろうかな!」
《召雷》。グレイブルが放った雷を、しかし鷺は真上に飛んでかわした。「じゃあ、今度はトリモチ弾だ」紡がトリモチ弾を《クーンシルッピ》に番え、撃つ。これも鷺はひらりと羽ばたいてかわした。《纏霧》。結鹿の掌から放たれた霧が鷺に纏わりつき、その動きを鈍らせる。「はいはい回復回復」「ふっかぁつ! あ、飛んでるッスね。ならば!」御菓子に回復された舞子が起き上がり、鷺に《破眼光》を放つ。直撃。閃光が鷺の片翼を断ち斬り、翼を失った鷺が橋上に落ちる。「……ふむ」見ていた青鷺火が小さく唸る。
「妖術師の類かしら? それにしては数が多いし、何と言うか――個性的ですわね。揃いも揃って」
「ふむ。どうやら終わったようだね。妖の民もお茶でもどうだい? ……甘いもの平気?」
グレイブルがそう言って懐から持参したものを取り出す。ヨーグルにポテトフライにフーセンガム。「殿。なんで駄菓子ばっかなのさ」「庶民の味だろう? こういうの」ケエエ、と青鷺火が声を上げる。
「人間の菓子は口に合いませんわ。私達青鷺は肉食性。そこの奇形が人間を襲ったのも、それを考えれば答えは簡単。食うために襲ったのですわ。どうせなら肉持ってきなさい肉。焼肉干し肉燻製肉。百歩譲ってジャーキーなら可」
「青鷺の民は肉食うんだ。庶民的だねえ」
「……奇形、ですか」
青鷺火の言葉を聞きとがめて、結鹿が呟く。青鷺火はしたり顔で頷く。――鳥のくせに表情豊かである。
「それ以外にどういう表現が? 醜い姿に変わり、心を失った哀れな青鷺。問題を起こす前に始末しようと思ったまでのことですわ」
「……あれ。皆さん、もう終わったんですか?」
橋下からタヱ子が上がってくる。近くにいたグレイブルがやあ、と片手を挙げた。
「……鈴白さんを助けてくださりありがとうございます。あなたは助ける気がなかったとおっしゃるかもしれませんが、結果としてこうして助かっているんですから、どうかお礼を言わせてくださいね」
「どういたしまして。……まあ、もっとも、主に助けたのは貴女たちですけどね」
御菓子の言葉に青鷺火はそう答える。「青鷺の年を経しは、夜飛ときはかならず其羽ひかるもの也。目の光に映じ嘴とがりてすさまじきと也」
「……ん?」
暗唱する声に青鷺火は振り返る。――舞子だった。笑う。「あんたのことッスよね、青鷺火さん」
「……誰の言葉ですの?」
「絵本百物語とか、今昔図画続百鬼に載ってたッス。火を吐いたり火の玉になったりと色々噂はあるッスけど……人に害をなしたって話は聞いた事ないッスから、きっと仲良くなれると思うッス!!」
「……博識なのは好感が持てますわ。暑苦しいですけど」
「ところで青鷺の民。この街に来たのはどういう用件かな? 昔から棲んでたわけじゃないだろ? 聞いたこと無いし」
グレイブルの問いに、青鷺火はふっと視線を逸らす。「……ここには、仲間がいるから」
「仲間? ――妖かい? 青鷺? もしくは、古妖――?」
「ボクは麻弓紡。名前、聞いても良いかな?」
紡の言葉に、青鷺火は微かに俯く。「……忘れましたわ」「? 忘れた?」
「長く生きていると、色々と忘れるものです」
「……忘れたいことを? それとも、忘れるべきことを?」
「……」
「……きっと、人間を助けようと思って助けたわけじゃないんでしょうけど、それでも感謝です。青鷺火さんが人間をどう思ってるかわからないですけど、わたしは大好きですよ」
結鹿の言葉に、青鷺火は笑い、片翼を羽ばたかせる。――扇いでいるらしい。「大好き、ね。まあ別に、あなた達のためにやったわけじゃありませんけれども」
「……綺麗だね、その羽。よかったら、ちょっと見せてもらえないかな」
紡がそう言って歩み寄る。青鷺火はふっと笑い、大きく羽ばたいた。「わ」
「今日はここまでにしましょう。私もそろそろ眠いですわ。では、おやすみなさい」
言って、青鷺火は空に浮き上がる。その身体が蒼い光を放ち、飛翔する。端の上空を一度旋回して、青鷺火は夜空の向こうへ消えた。
「青鷺火さん……ありがとうございました。たとえそういう意図でなくても」
呟き、タヱ子は去っていく蒼光を見送った。
