正しき拳
【翼開ク刻】正しき拳


●転機
「大変だ大変だ! こいつを見てくれ!」
 久方 相馬(nCL2000004)が何やら慌てた様子で会議室に駆け込んでくる。その手には一羽の鳩。だが単なる鳩ではなく、脚の部分に紙が結びつけられている。
「覚者用の門に止まってたんだ。見るからに怪しいだろ? 要は俺達F.i.V.E.に用があって送ってきたってことなんだしさ。それに今時伝書鳩だぜ?」
 言いながら文書を外すと、鳩は相馬の頭の上で羽を休めて返信がくくりつけられるのを待った。
「すげぇ利口な鳥だな……じゃなくて! 本題はこっちだ!」
 紙の皺を伸ばし、そこに書かれた文章を読み上げる相馬。
「ええと、なになに――」

●武人の巣
 鬱蒼とした山林の奥深くに、威勢のいい掛け声が幾重にも折り重なって響いている。
「セイ、ハッ、てやぁ!」
 たとえば、大樹の幹に向けて何度も何度も上段蹴りを浴びせ続ける青年。たとえば、切れ味鋭い足刀での回し蹴りを自身が納得するまで繰り返す女傑。たとえば、全ての雑念を捨て去ったかのように一心不乱に竹光で素振りに励む若者。たとえば、自分より二回り大きな体躯の壮年男性に組手を頼む少女。
 広がっていたのは男女が練武に勤しむ光景だ。
 その模様を微動だにせず見守る一人の男がいる。抜き身の真剣めいた精悍な顔立ちと、墨を流したような漆黒の髪が印象的な人物である。
「師父」
 そこに一声掛かる。彼の元に歩み寄ってきたのは、まだ若く溌溂とした、十代と思しき少年。
「いつ京都を離れるおつもりなのでしょう。僭越ながら、これまでの旅路に比べ少々滞在が長く思えます」
 男は答えない。少年は意を決して訊く。
「やはり件の覚者組織が気になりますか」
 昨年暮れにその存在を公表した新興勢力――『F.i.V.E.』。主な活動内容は因子の力の究明と、そして脅威への対処だという。
「何を気にする必要があるのでしょうか。所在を明らかにしたということは、対抗勢力を跳ね返せる勝算があるのでしょう。いずれにせよ我々根無し草には関係のない事柄です」
「果たして」
 男は、そこでようやく口を開いた。
「それだけの力量が現時点の彼らに、本当に備わっているのでしょうか。壮大な理念を掲げるに相応しい力が」
「……眉唾ですね。何せ新進も新進ですから」
「確かに彼らはまだ生まれたばかりの雛。ですが、鳳凰の雛である可能性も否めません」
 林には、今も鍛錬に精を出す者達の声が響き渡っている。
「その可能性が、妙に気に掛かるのです。私は予感の真偽を確かめたい」
「と、言いますと?」
「彼らと一戦交えて、皆にその武力を推し測っていただきたいのです」
 男はさらりと言い淀むことなく答えた。
「向かわせる面々を見繕いましょう。烈、あなたも行きなさい。貴重な実戦の機会です」
 烈と呼ばれた少年は直々に指名を受けて一瞬目を丸くしたが、即座に肩膝を立てて低頭した。
「はっ! 大役務め上げさせていただきます!」
 それだけ返答すると、来るその時に備えて修行の場へと戻っていった。
 男は少年の背中を見送りながら思案する。
 政府御用命の覚者組織『AAA』の第三次妖討伐抗争での歴史的敗戦以降、妖を始めとした国内の騒乱は絶えず起こり続けている。
 F.i.V.E.なる勢力は混迷を収束させる鍵足り得るだろうか。
「大いなる志を掲げるだけの資質、見定めさせていただきます」
 そう呟いて男は筆を取った。

●果たし状
「前略、ふぁいぶ一同殿」
 相馬が目を通していく。この時勢には珍しく、全文毛筆でしたためられている。
「突然の書状誠に失礼つかまつる。されど急場にて、ひとまずは用件のみお伝え申し上げる……なんだか大げさな書き方だな」
 書面の続きはこうだ。
 某は日々武芸に興じる炉端の石どもの一団である。
 貴公らの益々の御活躍を大いに期待する傍ら、老婆心ながらいささか懸念もあり。
 当方貴公らの実力を知りたく存じ上げる。ゆえに――
「こちらから間者数名を赴かせるゆえ、ひとつ手合わせ願いたく思う所存」
 相馬がその一文を読み上げると、覚者達の間に若干の緊迫が走る。
「承諾くださるならば、後日参るべき日付等添えて返信されたし。草々……だそうだぜ」
 差出人『飛鷹飛鳥』と記された手紙をひらひらさせる相馬。
 不審であることは歴然。ただ文面上では、然程敵意は見当たらない。
「道場破り、とはちょっと違う感じだな……これは俺の考えだけど、受けてみたらどうだ? 対人戦闘に慣れるチャンスだしさ。それにもしやばい連中だったとしても、そのくらい返り討ちに出来ないとな」
 複数の夢見を抱えているおかげで本部への奇襲は予測可能になっているとはいえ、実際に迎撃に当たるのは実働部隊であることに変わりはない。
 この機を利用して実戦経験を積んでおくに越したことはないだろう。こちらとしてもメリットがなくはない話ではある。
「あ、そうだ、中さんに了承もらってくる!」
 言い置くと相馬は、頭に鳩を乗せたまま司令官の元に出掛けていった。


■シナリオ詳細
種別:シリーズ
難易度:普通
担当ST:深鷹
■成功条件
1.刺客八人全員の撃退
2.なし
3.なし
 OPを御覧頂きありがとうございます。
 こちらの依頼はシリーズシナリオになります。全二回を予定しております。
 シナリオ参加者は次回の予約時に優先権が付与されます。

 以下プレイヤー向けの簡単な概要。

 ・飛鷹飛鳥なる人物が先頃存在を公にしたF.i.V.E.の素質を知りたがっている
 ・飛鷹飛鳥は「武技を磨く」という共通の目的を持つ同志と行動を共にしている
 ・どうやら隔者組織ではないらしい

 前編にあたる今回では皆様の力量を測るために八名の体術熟練者が派遣されてきます。
 そして司令官の認可が下りたので他流試合が成立しました。
 研究機関だけではない、戦力としてのF.i.V.E.の威信を存分に示してください。

●目的
 ★敵全員を戦闘不能にさせる

 ※降参、戦意喪失、こちらの腕に感服して交戦を中断する等の場合も戦闘不能に含まれます

●現場
 ★五麟学園、覚者専用訓練施設
 屋内。模擬戦も想定して作られているため、非常に戦いやすい空間です。
 地形に関して不安視する要素は一切ありません。
 ここで敵勢と真っ向から戦闘に臨む形式となります。

●敵について
 構成は男女が半々。素手だけでなく、竹刀や棍を得物にしている者もいます。
 全員がレベル1の体術のみを用いて戦います。武人集団だけあり、中々の手練揃いです。
 ネームドNPCは一人。使命に燃えており、他の者に比べ戦意は高いです。

 ★烏坂烈(からすざか・れつ)
 十代半ばと見られる少年。身長は160cmくらい。
 飛鳥の愛弟子であり、優れた体術の使い手。武器は己自身の肉体。
 飛燕、小手返し、重突、貫殺撃あたりのスキルを使用してきます。

 ★他NPC ×7
 その他の面々です。全員共通で正拳と鋭刃脚を使ってきます。
 更に竹刀装備者は疾風斬りを、棍装備者は閂通しを使用可能です。
 

 解説は以上になります。それではご参加お待ちしております。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(1モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
公開日
2016年02月03日

■メイン参加者 8人■

『緋焔姫』
焔陰 凛(CL2000119)
『冷徹の論理』
緒形 逝(CL2000156)
『獣の一矢』
鳴神 零(CL2000669)
『豪炎の龍』
華神 悠乃(CL2000231)

●竜攘虎搏
 外的要素の一切を遮断する天井と壁面。弾力性に富む合成樹脂の床。
 不確定な事象に左右されない五麟学園の訓練施設は純然たる戦場といえる。
「時間指定でお迎えするんだし、準備不足なんて失礼できないよね」
 誰よりも早く現場に到着した華神 悠乃(CL2000231)は入念にストレッチを繰り返し、寒さで硬直した筋肉をじっくり時間を掛けてほぐしている。その傍らではあぐらを掻いた鯨塚 百(CL2000332)が神具のパーツの着脱に精を出しており、『ヒカリの導き手』神祈 天光(CL2001118)は瞼を閉じて黙々と集中力を高めてている。壁際に膝を抱えて座り込み、ぼうっと虚空を見つめて持て余した時間を潰す緒形 逝(CL2000156)の姿も見られた。
「私達はある意味、F.i.V.E.の代表ってことになるんだよね。粗相のないようにしないと!」
 幾度となくF.i.V.E.の一員として尽力してきた『裏切者』鳴神 零(CL2000669)はその素質を測られるというシチュエーションに心弾ませ、来客を待ち切れない様子だ。
「おお、やっとるなぁ」
 道場に踏み入る際と同様に一礼してから門を潜った『緋焔姫』焔陰 凛(CL2000119)は試合の準備に励む仲間の様子を眺めながらも、軽く肩を回して自らの士気を奮わせた。
 次いで自信に満ち溢れた表情の『紅戀』酒々井 数多(CL2000149)が、更には印象的な真珠色の髪を揺らす京極 千晶(CL2001131)が、続々と訓練所に足を運ぶ。
 ――やがて。
 その瞬間は訪れた。開放された入り口から列を崩すことなく、次々に道着を身に付けた者達が礼と共に入場してくる。最後に屈強な男衆の中にあって一際小兵な、同僚の女性武道家とそう変わらない体躯の少年が現れると、深く下げた頭を持ち上げると同時にそのまま覚者の方向へ視線をスライドさせ、闘志を全面に押し出した瞳で睨んだ。
 八人。これが此度送られてきた技量審査の刺客である。
「我等は所詮流浪の身。特に名乗るほどの者では――」
 筋肉質の男性が言い終えるよりも先に、千晶はぴんと手を垂直に伸ばした。
「京極千晶です! 今日はよろしくおねがいします!」
 まずは自己紹介から、という剣術の師の教えを忠実に守って快活に挨拶をする。横一列に並んだ武人達は呆気に取られた顔をするが、一人、最端の少年が率先してその掛け声に応じた。
「烏坂烈。流派は無銘、されど錆びず。訳あって手合わせに参った」
「キミが、烈くんね」
 悠乃が細めた目を向けると烈は目線をやや下げて、物言いたげに頬の内側を噛む。その態度に悠乃はくすりとする。肩肘を張っているのは対抗心を燃やしているだけでなく、虚勢と、そして一門の代表という重圧のせいでもあるのだろう。
「ねえねえ、今回私達が貴方達に勝てたら飛鷹飛鳥って人と戦わせてくれるってことでしょ?」
 数多の質問に一行は顔を見合わせて相談し、検討はしてもらうとの答えを出した。
「そう……俄然やる気が沸いてきたわ。私も剣術を習ってる以上、別流派と剣を交えてみたいしね。さ、レギュレーションの確認をしましょ。得物の威力は合わせとく?」
 緋色の鞘に封じたままの刀を見せながら問う数多。
「あたしはハナから抜くつもりはないで。こっちだけ真剣やと遠慮してしまいそうやしな。加減されるのはそっちも本意やないやろ?」
 そう語る凛の愛刀は鞘がガチガチに固定され、木刀とそう変わらぬ殺傷力に引き下げられている。武器にそうした処置を施しているのは刃物を扱う他の覚者達もであり、鞘紐で雁字搦めになった刀剣を各々差していた。
 鞘の僅かな隙間から溢れ出る黒色の瘴気を払いながら逝は訪問客を見渡して言う。
「おっさんのこれ、諸刃だからねぇ。峰打ちとかそういう器用な芸当は難しいのさ」
「こちらとしてもそう願いたい。我々が望むのは命のやり取りではなく、純粋な武の競争だ」
「ふむ、それは重畳。怪我をさせるのは望外でござるからな。ならば拙者の『流転』、存分に振るわせてもらうでござるよ」
 刀の柄を握る天光は鯉口をしゃりんと鳴らすことなく、恵まれた巨躯ゆえに醸し出される威風堂々とした立ち姿で、納刀した状態のまま正眼に構えた。
「じゃあさ、オイラのこれ、邪道だったりしないかな?」
 右手の機械化部と一体化したパイルバンカーを恐る恐る見せる百だったが、特に問題なく了承を得られた。先端を設置面の大きい木材に変えた分、性質としては打撃型の兵装に近くなっており、激しい出血を伴う致命傷を引き起こすことはないだろうとの判断である。
「確認はいい? それじゃ、始めましょうか。櫻火真陰流、酒々井数多。往きます!」
 その気力の籠った言葉を端緒に、覚者達は。組織としての力量を見るのであれば、実戦を想定した乱取りであろうというのは相互見解。相手の八人もそれぞれ臨戦態勢に入る――かくて、戦闘の火蓋は切って落とされようとしていた。
「こういう時、銅鑼や法螺貝でもあれば映えるんやけどなぁ」
 開戦の合図の不在に少し残念そうにする凛。
「お互い良き試合になるよう、参ります!」
 千晶は感情を切り替えるために束ねた髪を更に纏め、帽子を深々と被る。笑顔を基調とした底抜けに明るい顔つきが一気に引き締まり、姿勢をやや屈め、後の先を取る居合術の真髄の発揮に専心。
「F.i.V.E.! 十天が一人、鳴神、零! よろしくお願いします!」
 仮面の下に表情の綻びを隠した戦闘狂は、抑え切れない気持ちを溌溂とした啖呵に乗せる。
「貴方達に失礼のないよう、ここにいない皆を失望させないよう、そして何より自分のために! 全力を出すからね!」
 他方。
 火花散らす舞台に登壇している事実を噛み締める悠乃は、その喜びを共有するかのように、微笑みかけながら篭手を装着した拳を対角線上にいる烈へ突き出し――
 対決の意志を明示した。

●勤倹尚武
 対抗戦が幕を開ける。
 先手を取ったのは悠乃。軽快な身のこなしで誰よりも早く敵陣へと乗り込むが、他の相手には目もくれず唾を付けた標的である烈へと一気に隣接する。
 受ける烈の迎撃態勢は万全であった。悠乃が小手調べに放ったワンツーを両腕を盾にして防いだかと思えば、間断なく鋭い前蹴りを繰り出した。背後の空間ごと貫かんとしたその一撃は悠乃の脇腹を掠めるに留まる。事前に明確なアピールがあったために、彼もまた悠乃を自身が戦うべき相手だと認識している。当の悠乃からしてみれば、そうこなくては、と歓迎したくなる応対である。
「もっとたくさん、キミの全部を教えてよ。戦いを通してね!」
 悠乃はフットワークも軽く、つぶさに動向を観察して次なる一手に備える。
 そうする間にも試合は各所で繰り広げられていた。
「焔陰流二十一代目、焔陰凛!」
 瞳に真紅の火を灯した凜が対峙しているのは、棍を手にした女性棒術使いだ。まずは礼節を欠かさず頭を下げ、それから。
「ほな戦り合おうか!」
 歯を見せて笑うと鞘に込めた刀をだらりと力なく下げ、反撃重視の型を取る。範囲で勝る相手に自ら踏み込むのは得策ではない。凛は慎重に棍の先端がどう進むかを見定める。
 棒術使いが痺れを切らして先に動く。喉元に向けて伸びる突き――正攻法で来た。対処に回っている凛としては、組みし易し。予測の範疇にある。持ち上げた刀の側面を棍に当てて僅かに軌道を反らし、そのまま巻きつけるように手首を返して押さえつけ突撃の勢いを逸させると、意図せずバランスを損ねた相手の上体が左右にブレる。ここでようやく凛は一歩にじり寄り、無防備を晒しているところに棍から離した刀を素早く叩き込む。鞘越しで断てぬとはいえ、力と技の媒介となる武器であることには変わりない。威力十分。棒術使いは一瞬呼吸が止まり、脂汗を浮かべた。
 そのすぐ隣では逝もまた棍を握った武術家と競り合っていた。直面する男性はかなりの長身だが逝ほどではない。とはいえ得物の尺の差がリーチの不利を埋める。
「悪食が腹を空かせているんだよ、すまないが少し喰われておくれ」
「ならばやつがれの毒を喰らってもらおう!」
 男は風切る音を伴わせて棍をしならせた。棒術の特徴は臨機応変な技の数々にある。突く、薙ぐ、払う、振る、叩く。思い描く戦略に応じて使い分けが可能。
 しかしそうした自在性云々は実戦格闘術の専門家である逝にとってはどうでもいい話である。相手がどう出てこようが己が取るべき手段をあらん限りの力でぶつけてやろうという、思考を占めるのはただその一点。
 棍が間際まで迫り来る。『物質透過』でやり過ごせないか試みてみるが、対象が流動的なために上手くいかず、硬い赤樫の打撃が肩口にクリーンヒットする。
 痛みは無論ある。だが頑健さが信条の機械の肉体がこの程度で朽ち果てるはずもなく、体勢を整えた逝は棍を片手で掴み返して応戦。互いに棍を握った状態では力の加圧が均衡に保たれる。そこで逝は意表をついて力を抜くと、相手は行き場を急速に失った自分自身の力に引っ張られ、思いがけず前のめりになる。その様を確認した逝は再び握力を込めて棍を操作し、棒術使いを不恰好に転ばせた。言うまでもなく好機――刀を構え直して間合いを詰める。
「でやぁっ!」
 気合の入った喚声は事実上の決着を迎えた逝ではなく、やや離れた位置の百が発したものだ。彼が対面している拳法家の女性はひたすら防御に徹し、技を逐一記憶しているようであった。
「チビだからって舐めんな、こんなことも出来るんだぜ!」
 小さな体全身を使って浴びせたのはパイルバンカーを装着した右手による拳打――そして、死角を衝いて飛ばした中段蹴りだ。ただ内に秘めた炎の激情に任せて殴り続けるだけでなく、効果的に連撃を交えることも出来る。その能力を百は示した。
 ほう、と、女性は感嘆にも似た息を漏らした。十歳。F.i.V.E.として活動している覚者の中では最年少に属する。でありながらこれだけの技術を持っているのだとすれば、組織全体の底上げが行き届いていることが窺えよう。
「ほら、隙が出来てるぜっ!」
 自分より頭ひとつ分以上大きい敵にも臆することなく、百は勇猛果敢に飛び込んだ。狙いは安定を支える下半身。先程見せた蹴りで相手の守備意識は腹部に剥いている。崩すならこの機しかない。
 脛に向けて木杭を射出。鍛えられない部位への攻撃を受け拳法家は激痛に見舞われるが、決死の覚悟で繰り出した返し技の足刀回し蹴りで百の体を跳ね除け、一旦距離を置いた。
「中々やるな……でも、オイラだってF.i.V.E.に入ってからいくつも修羅場くぐってきたんだ。この真剣勝負、負けてたまるか!」
 戦意は微塵も削がれない。少年は尚も前に出続ける。
 戦意、ならば零も負けていない。
「ほらほら、どんどんいくよっ!」
 道着越しにも分かるほど筋肉の隆起した男を前にして一切引けを取ることなく、線の細さに似合わぬ巨大な太刀を振り回す零が脳裏に浮かべているのは、攻撃の二文字のみ。攻撃に次ぐ攻撃。それこそが最善策と信じて苛烈な攻めを繰り返す。もっとも相手の男も腕に覚えがないわけではない。交錯するたびに深く腰を落とした正拳突きを放ち、重みのある一発を的確に返してくる。
 その痛覚さえも零は愛おしく感じた。仮面の下で満面の笑みを堪えられなかった。他所で独自に研鑽を積んだ実力者と後腐れなく戦えることの楽しさを心から実感する。
「素晴らしい腕だね、貴方みたいな人と戯れられるだなんて光栄だよ!」
 男は相槌の代わりに派手に足を上げた上段蹴りを見せる。
「貴方には鳴神はどう映ってるの?」
 神速の太刀捌きで切り返しながら尋ねる零。
「威力、切れ味、熟練度、いずれも申し分なし」
 飾り気のない、極めて率直な感想。零は小さく納得したように頷き、再度戦闘に没頭する。
 と、金属が何某かに弾き返される鈍い音が施設内に響く。
「お見事」
 弾かれたのは、天光が継承した刀『流転』。本来竹刀とのせめぎ合いなど起こり得るような代物ではないが、現在は鞘によって殺傷力に歯止めが掛かっている状態である。
「貴殿も相当の剛の者と見た。人は見かけによらぬでござるな」
 彼が対峙しているのは妙齢の女性。がっしりとした体格の天光と比較すれば遥かに矮躯であるが、剣の腕前で引けを取る気は毅然とした面構えからは欠片ほども窺えない。
「……お覚悟!」
 じりじりと距離を調整して差し合っていた両者であったが、女流剣士が機を見て仕掛けてきた。最小限の動作で竹刀を振り、電光石火の一太刀を天光の胴に浴びせる。
 だが天光は守勢に長けた剣士。薄く纏った深海のベールは衝撃を緩和し、多少のことでは揺るがない。
「拙者はそう簡単に倒れるような者ではないでござるよ!」
 和装の青年は攻めに転じる。敵の側から接近してきてくれたのは幸いであった。射程圏内、振り下ろした刀が過不足なく届く範囲にある。懐の深さは天光屈指の利点、相手が攻め入ってくるのであれば、その分こちらにも攻撃のチャンスが生まれる。そして耐久力は回復手段を有するこちらのほうが上。ならば導き出される結論はひとつ――至極単純な減算だ。
「正しく構えて斬る……簡単なようで実に難しい作法でござる」
 だからこそ天光は焦らずに待ち構える。それ自体が強力な攻めの姿勢となる。
「へえ、貴方達のお師匠も個性に合わせて教え方を変える感じ?」
 その少し後方で数多が戦っている相手も同様に女性の剣道家であった。一気呵成に片付けて着々と数を減らしにいく算段だったが、中々に粘り強い。神具がいつもと勝手が違うのも作用しているのだろうが、それを差し引いても存外手を焼いていた。
「私一人倒せずして、飛鳥さんのお眼鏡に適うことは出来ませんよ」
「あら、言ってくれるじゃない。でもね、私、割と強いのよ」
 体内の炎を焚き上がらせる数多のブラウスから、微かに赤い輝きが透過する。個性を伸ばした結果が忍耐力であるなら、逆に他の要素に不安を抱えているはず。数多は自身の瞬発力を最大限に引き出せるタイミングを見計らって、強引に最終局面へと運んでいく。
「さあ、散華なさいっ!」
 勢いを増した数多の剣閃は女の想定を一段階越えていた。しかしその一段階こそが雌雄を分かつ決め手となり、それまでギリギリの線で喰い止めていた侵攻を許す結果を生み、鮮やかな赤で統一された数多の刀は女の胸部を完璧に捉えた。鞘が緩衝材となっているため斬られこそはしないが、十分な質量の金属塊が衝突してきたことに変わりはない。女は疼痛に顔を歪め、その渦中にありながらも密かに感服する。五行の術を武芸に見事に転用している、と。
 またしてもどこかで激しく接触する音が鳴った。けれどそれは、竹が裂ける乾いた音だった。
 握っていた竹刀が役立たずになったことを知った男は徒手空拳での格闘に切り替える。彼と対戦する千晶は依然として、身の丈に余る長尺の刀を腰の辺りに溜めて不適に笑っていた。
「居合術ってのは本来抜刀しないで戦うものだから、鞘に納めても戦えますよー」
 納刀した状態で低く構える。これこそが平時の千晶のスタイルである。そのまま刀を引き抜かずに剣撃を放てば擬似的な居合いの技は成立する。つまり感覚としては千晶に違和はない。当然破壊力は軽減されているが重要なのはそんな部分ではない。日々の鍛錬で培った剣の腕を見てもらう――その想いだけが千晶の胸にある。
「人々の助けになりたい一心で、強くなるために頑張ってきたんです。これが私の全部ですよ!」
 千晶はすぅと小さく深呼吸をすると、意を決して駆け出す。
 この一撃で自分の資質が見極められるかと考えると、緊張は拭い切れない。だけどその分だけ想念を思い切り乗せられる。
 相手の懐まで潜り込むや否や、そこから更に一歩踏み込み、刹那的に力を込めて薙ぎ払う。
 直撃を受けた男は苦痛に悶え、言語化不可能な呻き声を唇から零して崩れ落ちた。
 それは覚者としての千晶の技量が付け焼刃でないことの紛れもなき証明であった。

●破釜沈船
 全体的に劣勢である、とは烈本人も自覚していた。
 しかし自分自身の戦闘も敗色に傾いているとは決して認めなかった。
「これしきっ……!」
 気迫を振り絞って突き出した拳を受け止めた悠乃は、まだこれだけの応酬を繰り広げてくれる相手の存在に頬を緩ませ、竜の尾を小さく振った。
「凄く嬉しいよ、こんなに長く一対一で戦ってくれるなんて」
 悠乃は手を休めることなく小刻みに連打を浴びせ続ける。そして隙を見て焔を纏わせた拳で重い一発を披露する。爽快な汗を流しながら。元より体を動かすことは好きだったが、これほどまでに心地よく運動できるのは久しぶりに感じた。取った取られたの勝負でない戦いは妖や隔者にまつわる依頼ではそうそうない。
「キミの全てをぶつけてきてくれたお返し。私も全力、ぶつけるよ」
 篭手から伸ばした漆黒の爪を翳す悠乃。相手はそれにも怯まず、応戦する構えだが――
 水入りがあった。
「維持を張るな、烈。これは勝敗如何の試合ではない」
 割って入った男は周りを注視するように言う。
「我々の負けだ」
 見れば、全ての取り組みがF.i.V.E.の優勢で収束に向かっていた。

 敵味方問わず治療に奔走する天光が耳にした言葉は、以下の通り。
「いずれまた会うこともあるだろう」
 握手を交わす百や凛に対して武芸者達はそう語っていた。すなわち――F.i.V.E.を高く評価する旨の報告をするということであろう。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし



■あとがき■

この依頼成功によって、F.i.V.E.の武力は細部まで総本山に伝えられました。
今後の展開をお待ちください。




 
ここはミラーサイトです