ゆきや、こんこ
●
ゆきんこ、と呼ばれる古妖がいるのだと、吾妻 義和(nCL2000088)は開口一番そう言った。
「その古妖たちが何体か、山から降りてくるのがわかっている。
雪を、己の周囲、局地的に降らせる能力を持つらしいが……他には人の子どもとほとんど変わらんそうだ。
……何があるというわけでもないが、雪遊びでもしてみるか?」
ゆきんこ、と呼ばれる古妖がいるのだと、吾妻 義和(nCL2000088)は開口一番そう言った。
「その古妖たちが何体か、山から降りてくるのがわかっている。
雪を、己の周囲、局地的に降らせる能力を持つらしいが……他には人の子どもとほとんど変わらんそうだ。
……何があるというわけでもないが、雪遊びでもしてみるか?」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.あそぼうぜー!
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
●時間と場所
関西のとある山裾。ちらちらと振り続ける雪は、視界を妨げたりしない程度。
●古妖
ゆきんこ。
藁の蓑、藁の靴、どてらを身につけて、一メートルくらいの身長。
知能も体格、力も小さい子供と大差ありませんが、言葉を発することはできません。
暑いところは耐えられず、自分の周囲に雪を降らせます。
今回、すでに周囲は結構積もっています。
プレイングで声をかけていただければ、遊びに行きます。
だいたい5体から10体くらいいます。
●吾妻 義和
そのへんうろうろしてます。
プレイングで誰からもお誘いなかった場合、Aで「ゆきんこ」の面倒見ようとして怖がられ、おろおろしています。
●プレイングに関して
以下の中から、やりたいことが可能な場所を選んでプレイングにご記載ください。
Aの後Bに行ってその後C、とかは「移動した」で描写が終わっちゃう可能性もあるのでおすすめしません。
なお、どの箇所においても「持ち運べる遊び道具」はアイテムに所持していなくても持ち込めます。
(例:スキー道具○ スノーモービル×)
A・広場
正確には広場のようになっている場所。雪は既に結構積もっています。
かまくらとか雪だるまとか、こちら。雪合戦だけは、別の場所(C)で
B・傾斜
スキーとか橇とかできます。落ちるようなことはない。だいじょうぶ。
その身一つで転がってもいい。きみはじゆうだ!
C・決闘場
詳しいことはどうだっていい。雪合戦をするんだ。
勝敗? そんなものここにはない!(自分たちで勝手に言い合うのは可!)
D・その他
雪があって、だったらABC以外でこういうことしたい。
そういうのがあればご提案ください。
ぶっちゃけ書いてるももんがは雪遊びとかそんな活発でない関西育ちなので、雪遊びのバリエーション少ないです。教えてください。
●イベントシナリオのルール
・参加料金は50LPです。
・予約期間はありません。参加ボタンを押した時点で参加が確定します。
・獲得リソースは通常依頼難易度普通の33%です。
・特定の誰かと行動をしたい場合は『御崎 衣緒(nCL2000001)』といった風にIDと名前を全て表記するようにして下さい。又、グループでの参加の場合、参加者全員が【グループ名】というタグをプレイングに記載する事で個別のフルネームをIDつきで書く必要がなくなります。
・NPCの場合も同様となりますがIDとフルネームは必要なく、名前のみでOKです。
・イベントシナリオでは参加キャラクター全員の描写が行なわれない可能性があります。
・内容を絞ったほうが良い描写が行われる可能性が高くなります。
●イベシナのルール(↑)に関して、ももんがの補足
・共通タグを設定している間柄で愛称呼びするのは、私のシナリオでは構いません。
が、「その愛称が誰のことかまったくわからない」状態は、どうかご勘弁ください。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:0枚 銅:1枚
金:0枚 銀:0枚 銅:1枚
相談日数
7日
7日
参加費
50LP
50LP
参加人数
33/50
33/50
公開日
2016年01月28日
2016年01月28日
■メイン参加者 33人■

●
よく晴れた空だ。
だというのにあたり一面は真っ白に塗り替わっていて、そのうえ雲もないのに雪がちらついているのはそれこそ『ゆきんこ』なる古妖の能力なのだろう。
紅崎・誡女は手袋で覆った指先を口元に当て、考えこむ。
(しかし、こんなに積もるとはすごいですよね。一体どうなっているのか興味が沸きます)
因子に関する研究を行う身ならばこそ、古妖の能力が気になりはしたが。寒さをまるで苦にした様子のない古妖たちを見ていると、ふつふつ、疑問が湧いてくる。
例えば、何を食べているんだろう、とか。
(温かいものは確実にNGですけど、アイスとかは食べれるのかしら?)
さらなる思索の森に迷い込みかけた誡女だったが、ふと顔を上げれば目に入ったのは、雪を固めて遊ぶ覚者の姿。雪だるまひとつとっても、目や鼻のバリエーションが豊富で、それぞれ個性的だ。
……こうして雪で遊ぶのなんて、いつ振りだろう?
(いまは無粋なことは考えずにこの光景を楽しみましょうか)
難しいかたちに凝り固まりそうになっていた表情を、誡女は和らげた。
一面の銀世界の中に、少々ぎこちなさのある一団がいた。
どうも、初対面の間柄同士で遊ぼうという呼びかけがあったようだ。
「まずは自己紹介だな!」
本当は照れ屋な身ながらも、言い出した責任感にか覚悟を決めた黒崎 ヤマトが自分の胸をどんと叩いて切り出した。
「黒崎ヤマト。高校一年でバンドしてる! 今年の目標は身長160センチ!」
あと9センチ。……目標があるのはいいことです。うん。
「いいきっかけだし、お友達増やそう作戦に乗っかることになりましたっ。
楠瀬 ことこ、中学2年生です。よっろしくー!」
おー、と。バンド、の一言に感嘆を漏らしたことこが、ヤマトに続いて手を上げた。彼女も楽器の演奏を練習しているあたり、共感するところがあるのかもしれない。そのまま、ことこは「はい!」とマイクを渡すような仕草で隣に自己紹介を促す。かなりの厚着をした少女が僅かばかり困ったようにも見える、仕方ないか、と額あたりに書かれていそうな顔で周りを見回す。
「アタシはありす、鈴駆・ありすよ。……まあ一応、よろしく」
ありすはそう言うと、はい次。とばかり唇を引き結んで押し黙り、マフラーに口を押し込めた。少しぶっきらぼうにも見える様子は、ありすに人間への興味が薄いせいでもあったのだろうが、それよりも寒さの方が理由として顕著なようだった。
「見知った人と遊ぶのは楽しいけれど、全然知らない人と遊ぶのも楽しいわよね」
今回は後者。そ付け足しながら、年長者の余裕を見せて和歌那 若草は微笑んだ。
「私だけじゃなくって、みんなで楽しめるといいわね。
――はじめまして。あらためて、和歌那若草よ。さ、せっかくだもの、大きいのを作りましょ」
若草のその提案で、大きな雪だるまを作ろう、という話でまとまったヤマトたちは、まず、とばかりに雪球を作り始めた。
ふと気づけば、ゆきんこたちが数人、お互いを抱きしめあうような状態で涙目になっていた。
義和はせめて怯えさせずに済む方法がないかと一歩、二歩物理的に後退する形で模索し、たつもりが。
「うおっ!?」
ぼふ、と。雪に足を取られて背中から倒れこみ、雪面に埋もれた。
全身で冷を感じている義和の耳に、呼びかける声が届く。埋まったまま顔を巡らせれば、三島 椿と阿久津 ほのかの姿が見えた。
「大丈夫?」
「大丈夫です?」
「うむ……」
椿が手を差し伸べて義和を立ち上がらせ、ほのかは義和の上着にどっさりついた雪を払ってやる。体格の分、ごっそりと落ちたその雪のかたまりにふと思うことがあり、ほのかは椿に顔を向けた。
「椿ちゃん、雪って食べた事ある?
いやぁ、私も食べた事なくて~いちごのシロップ持ってきたんだけど食べてみない?」
「かき氷とは違うのか……?」
不思議そうな顔をして義和がそう呟く。
椿は、ふむ、と少し考えた顔をし、翼を広げた。
「じゃあ綺麗な雪を集めましょう?」
「あやや。ふわ~っと飛んで綺麗な雪をとってきてくれるなんて流石だね~ありがと~♪」
周囲の木の上など、汚れておらず、新しいだろう場所から雪を集めて器に集めて、椿はほのかに器を渡す。器の中の白い雪にほのかがイチゴのシロップをかけ、二人揃ってぱくり、と口にした。
「初めて食べる食感?かき氷とは少し違うのね」
「ん~、ほんとだ。かき氷と違う食感だね、面白い☆」
かき氷のようなほろりと溶けるそれではなく、どこか硬さのある、だけどすぐ溶けるキャンディのような食感。味は当然、シロップのものしかわからないけれど。
「珈琲も持って来たから、よかったらどうぞ♪」
「有難う。寒い中、温かいものを飲むと温まるわ」
いろいろと用意してきていたほのかの淹れた珈琲に、椿は「美味しい」とそっと微笑む。
がしょがしょと雪を踏んで、固めたり削ったりをし始めた義和にリリス・スクブスが声をかける。
「子供が元気なのはいいよねぇ」
「……ゆきんこは菓子を食べたか?」
駄菓子系をすすめていたのを見ていたようで、義和はリリスにそう聞いてきた。
「米菓なら食べるようだよ。他は嫌がって首を振っていたね」
さもありなん、といった表情で頷きながらリリスはそう返す。せんべいだのは喜んでいたようだ。
義和は足元からひとつの雪球を手にした。それを雪の上に転がすと、べろんと雪を剥がすように雪がくっついていく。
「雪だるま?」
鈴白 秋人がそれを目ざとく見つけ、声をかける。義和が頷いたのを見て、秋人はあたりの雪質に目を向けた。スキーに向いているのはパウダースノーだが、雪だるまなどを作るには少し重くて湿った雪のほうがやりやすいからだが――この周囲はそう難しい雪ではなさそうだ。秋人は義和とともに雪球をゴロゴロ転がしはじめる。ゆきんこたちも、それを見て同じように雪球を転がし始めた。
「こったら雪の積もったの見るの、何年ぶりだべ」
目を細めて、宮沢・恵太がそう呟く。恵太の格好は腰にカイロを貼った上から着込んだスキーウェア。分厚さではなく機能。これが純正道産子の防寒対策か……!
シャベルやらスコップやらで恵太が雪を積んでいく一方、ゆきんこたちの助力もあり、いくつもの雪球が見る間に大きくなっていく。雪だるまだけでなく、雪像も作れそうだ。
「……雪遊びは子供の頃以来かも……。目指せ雪まつりににも負けない雪像作り」
少し楽しくなってきた。そんな顔をして、秋人はにっと笑ってみせる。
雪像のゾウ――らしき、軽い傾斜のある雪像。恵太の完成させたそれには、滑り台部分が付いている。強度を確かめようとして真っ先に滑った恵太に、一番に滑りたかったらしいゆきんこが軽いブーイングをしたが――安全確認は飾りじゃないんだ、子供にはそれがわからんのです。
「遊べるくらい雪が降るのって、何年かに一度だものね。ゆきんこさんたちに感謝しないとね」
ただ転がすだけでは、雪球は意外と丸くならない。ことこが転がしてきた雪球の形を整えてやりながら若草はそう言って微笑む。古妖の中にも友好的なものはいる。
「私は将来あいどるになるために歌とか頑張りたいんだけどねー。
気が付いたら楽器で敵さん倒すことになっちゃったよー」
だからだろうか。ことこが妖とかではなく『敵』という表現を選んだのは。
少しずつゆっくりと。そしてすっかり大きくなった雪球だが、高さがあると重ねるのは難しい。
「乗せるのは任せろー!」
それでも、ヤマトがここは男の意地の見せ所とばかりふんばって持ち上げて、二段の雪だるまの、ベースが完成し――ふと、ヤマトはありすが、今までじっと見ているだけだったことに気がついた。
「鈴駆!」
「……雪に触るの?
嫌よ、冷たいの嫌いだし、それにそんなことしたって……ほら、触ったら溶けちゃうもの。
アタシは見てるわ。だって溶かしちゃう……」
「雪だるまの飾り一緒に探さそう!」
急にかけられた声を拒否しかけたありすに、ヤマトはあえてそう切り出した。
「……え、飾り付け? ま、まあそれくらいなら出来るけど……。
……仕方ないから出来ることをするだけよ?」
「いっぱい飾り見つけよう!」
小石とか木の実も良さそうだな、と言い出したヤマトの向こう雪だるまの横ではことこが手袋を、若草が帽子を持って、ありすを見ている。待っている、と言った方がきっと、正解なのだろう。
「……お人好しよね、みんな。本当に。
もう、こうなったら徹底的に綺麗に飾り付けるわよ?」
ありすはそう言って唇を尖らせた。自分の言葉に、ただの気まぐれよ、と付け足しながら。
「…‥何これ」
スノーボードを抱え、雪兎の輪を見ながら黒桐 夕樹がそう、ぽつりと呟いた。
「多分ハルだな。やりそう」
雪兎にそんなことを呟いていると、うしろからぽこり、と何かぶつかった感触がする。頭を払えば、雪球の名残が落ちてきた。あたりを見回せば案の定、白枝 遥の姿があった。白い髪の遥は夕樹と目が合うと、くふふ、と笑う。雪合戦をしたいなら雪合戦組に混ざれば良い物を、と思いながら、夕樹はボードを傍に刺し、足元の雪をひとつかみする。
「……やられっぱなしは性に合わないから、ね!」
わあわあと雪球を投げ合った後、てい、と遥が夕樹を巻き込むように、雪面に倒れこんだ。
「ちょっと!」
「ね、ユウちゃん。スノボー教えて? やったことはないけれど、今なら滑れそうな気がするんだ」
自分ごと倒れこんで雪まみれになった遥が、不服そうに怒ってみせた夕樹の顔を見ながらそう言う。
さっさと立ち上がった夕樹は、遥が立ちあがるのに手を貸してやりながら口角を上げた。
「良いよ。一緒に滑れるようになるまで、教えてあげるよ」
「痛いのやだって……じゃあ何しに来たんだよ」
一人じゃ少し恥ずかしいからと、天野 澄香はいとこである成瀬 翔に一緒にきてもらったのだが。雪合戦は嫌だと言い出したばかりに翔は少々呆れた声を上げる。澄香が提案した雪だるま作りに落ち着いたはずが、その澄香自身が雪兎を作り始めてしまう始末である。
「子供なんだか大人なんだかわかんねーよな、姉ちゃん」
そう言いながらも翔は雪球を大きくするのに夢中になり――ふと、目を剥いた。
「これ、乗せることができねーぞ!? 姉ちゃん、これ、どうしよ……」
雪兎に葉の耳と南天の目をつけていた澄香が振り返れば、二人にはどう扱えばいいのか悩むサイズの雪の塊ができていた。飛行した澄香と、呼び止められた義和が二人がかりで抱えあげ、僅かでも小さい方の雪球を上段に積み上げる。
その貫禄ある出来栄えに満足そうな翔の横で、澄香は荷物を探り始めた。
「暖かいお茶いかがです? 吾妻さん」
「ありがたい、是非」
水筒を取り出した澄香に、即答で頷く義和。
「ゆきんこちゃんはアイスをどうぞ――翔君も食べる?」
「ちょっと寒いかな……」
一方の翔は、さすがに渋い顔をした。
パーカー程度の薄着でも平気な顔をしている水端 時雨もいるが、大小問わないくしゃみは時々聞こえていた。ゆきんこには必要な環境でも、大多数の人間は寒さに対策を必要とするのだ。
「雪大分積もったですって。
銀世界を見るの何時も楽しみでしたですって」
ああ、うん、ええと。語尾とかいろいろ、間違っていたならどうかご連絡を。なんだかステータスシートと大幅に違う語尾が前フリなしに指定されていて書いてる齧歯類泣きそうなくらい超困惑(メタ)なのですが、怪盗じゃないらしい稲葉 アリスがそう言い出し、寒さに打ち勝つためにもと、かまくら作りを始めた面々があった。
「いのりもかまくらはテレビでしか見た事がありませんので、作るのが楽しみですわ♪
アリス様、椿花様、頑張りましょう!」
「椿花はかまくらって作ったこと無いけれど……これだけあれば大丈夫なのかな?」
とはいえ、秋津洲 いのりも神楽坂 椿花もかまくら作りは初めてのようだ。アリスが胸を張って、基本的な造り方の説明を始める。
「では私がカマクラをご教授するですって。周囲をきれいに煉瓦みたいにするといいのですって」
「とりあえず、雪をいっぱい集めるんだぞ! 集めて集めて、山を作ってから中を刳り貫いて……」
「雪を運んできましたわ……わぷ!」
しかして椿花もいのりも、アリスの説明を特に聞いていない様子である。椿花は雪をとかく山にしようとして、いのりは雪を集めてくる途中、足を取られてころんだりしている。
それでも三人とも、完成したら火鉢を入れて、豚汁や磯辺焼きやらをやるんだ、と意気込んでいるのだが――小学生たちの野望が完遂するかどうか、雲行きは少々、あやしかった。
ざらざら、と。音や感触がだいぶ変わってきたように感じて梶浦 恵は足を止めた。
サッカーボール状の入れ物を蹴って遊んでいたのだが、もういい頃合いだろう。ゆきんこたちは急にボールの蹴り合い――ゆきんこたちの前で蹴ってみせたところ、これは蹴って遊ぶ鞠だと理解したらしい――をやめた恵に不思議そうな顔をしてみせた。
恵は入れ物をぱかりと開くと、微笑んでゆきんこたちにその中身を見せた。
中に詰まっていたのは、バニラエッセンスの香るアイスクリーム。材料を冷やしてかき混ぜることで作るアイスの、作成工程を蹴り転がすことで代用したのだ。中に牛乳や砂糖を入れたのを覚えていたゆきんこたちは目を丸くして、それからひとすくいずつもらった甘い味に、くすくすと楽しそうに笑いだした。
ところで、傾斜の方はというと――ほとんど貸切状態だった。
「今日は、宜しくお願い致しますわね。明石さん」
西荻 つばめが、そう言いながら斜面に対し垂直にスキー板を置く。
「地元、スキー場の近く、だったんだけど……スキー、怖くて、避けてて……。
でも……アタシ、今年こそは、挑戦してみるよ……。西荻さん、お願いします……」
決意を込めて、明石 ミュエルが頷いた。つばめの教えた通りに板に靴を固定して。
「スキー板を、ハの字に開いて……バランスとって……。
な、なんとか、雪の上に……立てた……!」
「明石さーん!」
気が急いたのか、ミュエルは斜面に対し水平に板を向けそのまま重心を前にかけてしまい――すなわち、滑りだしてしまう。実のところ、バランス感覚はスキルの域で卓越しているミュエルである。まずは、と立っていた超初心者コースを一気に滑りおりてしまった。
急いで追いついたつばめは、驚いた顔を浮かべたミュエルが無事なことに安堵し、それから――ああ、この顔なら大丈夫そうだな、と安心する。
「スキーは内股のスポーツなので、そこをしっかりと意識していれば滑れる筈ですので――初心者コースまで今日は進めたら良いですわね。
――少しずつ、ゆっくり滑って参りましょう?」
「昔のアタシなら、挑戦する勇気も、なかったから……どんな結果でも……大きな成長、だよ……」
ミュエルはつばめの言葉に、こくりと頷いてからようやく、緊張が溶けたようにふふ、と笑った。
●
法螺貝の音を、聞いたことはあるだろうか。
ドラマでも、映画でもなんでもいい。あのぶぉーーーーという、なんとも言えない音。
とにかく。あれが鳴ったと思ってもらいたい。
合戦の合図である。
わああ、と。一斉に雪球を投げ出す面々がいる中、その端を飄々、歩いているふたりがいた。
「雪でござるなあ、拙者地元ではいつも雪かきをしていたでござるよ」
遠目で雪球を投げ合っているのを、神祈 天光は目を細めて眺めた。
「エヌ殿はどうす、」
る、まで発音する前に、エヌ・ノウ・ネイムが構えた雪玉を無言で放り投げてきた。
「あいえええ、エヌ殿が無言で拙者に雪を投げつけてくるでござる!」
「…………」
最初の頃こそ、天光もエヌの悪巫山戯だろうかと思っていたものの、エヌは口端をにいと、三日月ほどに吊り上げるばかりである。
無言で。
(――さあ、存分に恐怖の悲鳴を上げてください。僕はそれが聞きたいのです)
声はない。しかしまるでそう囁くかのような笑顔。
「やめるでござる、拙者、冷たくはないでござるがひたすらに無言は怖いでござる!! 夢に出る!!」
訳がわからぬでござる、と悲鳴をあげて、逃げる天光。
ひたすら無言で投げ続けるエヌがもっと恐ろしい別の何かになっているのは、狙い通りである。
ダッフルコートに革手袋。そんな様の葛葉・あかりが目を丸くした。
「雪見ってもっと風流なものじゃないの!?」
残念ながらそいつは売り切れなんだ。
「み、皆さん、何だかすごいやる気になってますね。
だったら私も、ちょっとやる気出して頑張っちゃいます。ふふ、負けませんからねっ」
「あっ守衛野さんまで!」
愕然とするあかりの横で、守衛野 鈴鳴も気合を入れて、羽を広げる。
雪球を手早く作って羽ばたく鈴鳴を見上げたあかりの耳の傍を、雪球がびゅんと通り過ぎた。
「雪合戦はいつも最初は緩やかに始まる印象ですけれど、段々と遊ぶうちに白熱していきますよね!」
誰が投げた玉なのかわからなかったが、それがぶつかった賀茂 たまきは既にかなり熱中しているようだ。
「目標は、二人倒せたら良いかなぁ……。今回は私も負けませんよ!」
雪球を作っては投げするたまきを見て、誰と誰がチームなのか、とか。そういったものの有無を思わず確認するあかりだったが――どう見ても個人戦、混戦の乱戦である。
「まあいいや。父さんの故郷が雪国だったらしいけど、話で聞いただけなんだよね」
しゃがみこんで、雪球を作りだしたあかりのあたまに、ぼふ、と雪がぶつかった。
「雪だ! 勝負だ! 雪合戦だ!! 雪玉を持つやつはみんな敵でターゲットだ!
フフフフン、たとえ遊びであっても勝負は勝負、全力で勝ちにいく!」
勝ち誇ったのは、鹿ノ島・遥だ。あかりがきょとんとした顔で見ている前で、バスケットボール大の雪球を別の相手に向かって投げ始めた。どうやらあらかじめ作っておいたそれを、大砲のごとく投げつけているらしい。女子供であるあかりに赤い髪の遥が投げつけたのは軟球サイズなのだが、雪球が割れた今となってはそれを知るよしもない。
「…………子供の喧嘩をみせてやる!」
あかりもムキになって、雪球作っては投げ作っては投げを始めた。
「ぶっふ!? やったなー鹿ノ島先輩! 恨みっこなしだぜー!」
バスケットボール大のやつを投げられたのは、御白 小唄だった。子供じゃないかと言うなかれ、そも、投げた悪ガキの方の遥も年齢は大差なかったりするのだから。
小唄は、でりゃでりゃでりゃ! と、大量の雪玉をぼっふぼふ投げつける。
「クー先輩! 今だ!」
「はい。チャンスは逃しません――ちょうど、あの髪が目立っていい的になるのです」
そう言いながら狙いをつけようとしたクー・ルルーヴだが――ふいに、視線が足元におちる。
目の前にふるんふるん揺れる、小唄の狐尾。
「うひゃぁっ!? し、尻尾はダメー!?」
「……すみません。狙ってしまいました」
クーよ、狙ったのか。ツッコミ待ちなのかそれは。
まさかのバックアタックに、尻尾は弱点な小唄はがくりと膝をつく。
「ふにゃぁ……雪狐になってしまう……」
「大丈夫ですか?」
小唄の頭を撫でるクー。
「裏切ったクー先輩に慰められるのは複雑な気分……」
とか言いつつ、尻尾は正直にぱたぱたしている、小唄。
ところで。
「なんでゆいねは投げちゃだめなの! ぎったんぎったんにしちゃうんだからねっ」
と、怒る迷家・唯音を、義和がふるふるふるふると首を左右に振りながら全身でブロックしている。その全身が相当な内股中腰になっているあたりで、唯音が男性のどこを狙ったのかはお察し頂きたい。
「自分はまだいい……! だが、だが……!
未来ある少年たちにこのような思いをさせるわけにはいかないのだ、大人として……!」
頑として内股のおっさんである。
「ぼくこういう本格的な雪遊びって初めてなんだよー。
ほとんど雪なんて積もらないとこで育ったからねー!」
朗らかにそう言った御影・きせきは小さな雪球をとかくたくさん作って投げる物量作戦に出ていたが、雪遊び経験のなさゆえに薄着で来てしまい、動きが鈍りつつある。工藤・奏空がちまちまっと作っていた防御壁の裏側に身を寄せて、きせきは指先にはあっと息をかけて温めた。だが――二人も隠れた雪壁なんて、真っ先に崩したくなるレベルのもの。作っても作っても作っても崩れていく雪の防壁に、奏空がうきーーー! と唸って手当たり次第の砲台と化すのにそう時間はかからなかった。
だが、その雪球は唯音をとどめていた義和の頭をかすめる。
「わーー! ごめんなさい! 大丈夫ですかーー!?」
そういいながらも、奏空は思わず義和の頭髪をじっと見つめた。
「……いや、だから、頭からじかに生えてるからな?」
苦虫を噛み潰した顔で、義和は唸った。(なお実際のところ、義和が自分のナイフで適当に切っているせいでおかしな髪型になっているだけである)
「えぇーい、これが私の全力ですっ!
……とか調子に乗ってたら、危ないかも知れませんね」
飛行したまま雪球を投げた鈴鳴の雪球が、雪壁の上空から降って来る。
「おっ、そう来るか! ゆきんこ! どんどん雪を降らせてくれ! 弾を無尽蔵に作るために!!」
ナマズを連れている方の遥は楽しげに歯を剥いているが、もうかぶった雪でだいぶ白い。ざくざくと雪を撒き散らすようにかきあげて、鈴鳴に対抗しているようだ。そのせいで雪まみれになった鈴鳴も、楽しさに笑い出してしまう。
「……ふふ! 動いたら、少し暑くなって来ましたね」
たまきに至ってはもう、よほど楽しくなっているのか分厚いながらに上着の袖をまくってしまっている。
雪合戦は、誰が勝ったか負けたかもわからないくらい、みな雪で真っ白になるまで続いた。
●
「かれきのこらずはながさく」
節を付けてそう呟いて。納屋 タヱ子は目を伏せる。
美しい喩えでその情景を表す、誰が作ったのかもわからない文字列。
夕陽は、枯れ木に咲いた花をあますところなく紅葉させていた。
「今日は楽しかった……皆を見ているだけで楽しめました」
ゆきんこと目線をあわせて、タヱ子はそうと、口を大きくあけて発声し、伝える。
「そろそろ私も帰らなきゃ。
ゆきんこさんには、また会えるんでしょうか。来年、また冬に会えるでしょうか。
――また遊びたいって、伝えられるかな」
どうにか方法がないかとあたりを見回し、手袋を外して雪に突っ込んだタヱ子の手を、ゆきんこがあわてた様子で雪から抜こうとする。タヱ子はされるがままにさせていると、ゆきんこはその手にそぉっと触れてきた。 酷く冷たい手だ。わかっていたけれど、それはひとならざる体温。
ひんやりとした手はタヱ子の体温に少し溶けたけれど、手を離せばすぐに元に戻っていく。
大きく口を開けて、二回、息を吐き出すような仕草をして。
最後に一度、両の口角を横に広げてにっこりと笑う。
あ・あ・え。
――またね。
子供によく似た古妖たちは言葉を使えないけれど――楽しかったと。
彼らもまた、人にそう伝えたいようだった。
<了>
よく晴れた空だ。
だというのにあたり一面は真っ白に塗り替わっていて、そのうえ雲もないのに雪がちらついているのはそれこそ『ゆきんこ』なる古妖の能力なのだろう。
紅崎・誡女は手袋で覆った指先を口元に当て、考えこむ。
(しかし、こんなに積もるとはすごいですよね。一体どうなっているのか興味が沸きます)
因子に関する研究を行う身ならばこそ、古妖の能力が気になりはしたが。寒さをまるで苦にした様子のない古妖たちを見ていると、ふつふつ、疑問が湧いてくる。
例えば、何を食べているんだろう、とか。
(温かいものは確実にNGですけど、アイスとかは食べれるのかしら?)
さらなる思索の森に迷い込みかけた誡女だったが、ふと顔を上げれば目に入ったのは、雪を固めて遊ぶ覚者の姿。雪だるまひとつとっても、目や鼻のバリエーションが豊富で、それぞれ個性的だ。
……こうして雪で遊ぶのなんて、いつ振りだろう?
(いまは無粋なことは考えずにこの光景を楽しみましょうか)
難しいかたちに凝り固まりそうになっていた表情を、誡女は和らげた。
一面の銀世界の中に、少々ぎこちなさのある一団がいた。
どうも、初対面の間柄同士で遊ぼうという呼びかけがあったようだ。
「まずは自己紹介だな!」
本当は照れ屋な身ながらも、言い出した責任感にか覚悟を決めた黒崎 ヤマトが自分の胸をどんと叩いて切り出した。
「黒崎ヤマト。高校一年でバンドしてる! 今年の目標は身長160センチ!」
あと9センチ。……目標があるのはいいことです。うん。
「いいきっかけだし、お友達増やそう作戦に乗っかることになりましたっ。
楠瀬 ことこ、中学2年生です。よっろしくー!」
おー、と。バンド、の一言に感嘆を漏らしたことこが、ヤマトに続いて手を上げた。彼女も楽器の演奏を練習しているあたり、共感するところがあるのかもしれない。そのまま、ことこは「はい!」とマイクを渡すような仕草で隣に自己紹介を促す。かなりの厚着をした少女が僅かばかり困ったようにも見える、仕方ないか、と額あたりに書かれていそうな顔で周りを見回す。
「アタシはありす、鈴駆・ありすよ。……まあ一応、よろしく」
ありすはそう言うと、はい次。とばかり唇を引き結んで押し黙り、マフラーに口を押し込めた。少しぶっきらぼうにも見える様子は、ありすに人間への興味が薄いせいでもあったのだろうが、それよりも寒さの方が理由として顕著なようだった。
「見知った人と遊ぶのは楽しいけれど、全然知らない人と遊ぶのも楽しいわよね」
今回は後者。そ付け足しながら、年長者の余裕を見せて和歌那 若草は微笑んだ。
「私だけじゃなくって、みんなで楽しめるといいわね。
――はじめまして。あらためて、和歌那若草よ。さ、せっかくだもの、大きいのを作りましょ」
若草のその提案で、大きな雪だるまを作ろう、という話でまとまったヤマトたちは、まず、とばかりに雪球を作り始めた。
ふと気づけば、ゆきんこたちが数人、お互いを抱きしめあうような状態で涙目になっていた。
義和はせめて怯えさせずに済む方法がないかと一歩、二歩物理的に後退する形で模索し、たつもりが。
「うおっ!?」
ぼふ、と。雪に足を取られて背中から倒れこみ、雪面に埋もれた。
全身で冷を感じている義和の耳に、呼びかける声が届く。埋まったまま顔を巡らせれば、三島 椿と阿久津 ほのかの姿が見えた。
「大丈夫?」
「大丈夫です?」
「うむ……」
椿が手を差し伸べて義和を立ち上がらせ、ほのかは義和の上着にどっさりついた雪を払ってやる。体格の分、ごっそりと落ちたその雪のかたまりにふと思うことがあり、ほのかは椿に顔を向けた。
「椿ちゃん、雪って食べた事ある?
いやぁ、私も食べた事なくて~いちごのシロップ持ってきたんだけど食べてみない?」
「かき氷とは違うのか……?」
不思議そうな顔をして義和がそう呟く。
椿は、ふむ、と少し考えた顔をし、翼を広げた。
「じゃあ綺麗な雪を集めましょう?」
「あやや。ふわ~っと飛んで綺麗な雪をとってきてくれるなんて流石だね~ありがと~♪」
周囲の木の上など、汚れておらず、新しいだろう場所から雪を集めて器に集めて、椿はほのかに器を渡す。器の中の白い雪にほのかがイチゴのシロップをかけ、二人揃ってぱくり、と口にした。
「初めて食べる食感?かき氷とは少し違うのね」
「ん~、ほんとだ。かき氷と違う食感だね、面白い☆」
かき氷のようなほろりと溶けるそれではなく、どこか硬さのある、だけどすぐ溶けるキャンディのような食感。味は当然、シロップのものしかわからないけれど。
「珈琲も持って来たから、よかったらどうぞ♪」
「有難う。寒い中、温かいものを飲むと温まるわ」
いろいろと用意してきていたほのかの淹れた珈琲に、椿は「美味しい」とそっと微笑む。
がしょがしょと雪を踏んで、固めたり削ったりをし始めた義和にリリス・スクブスが声をかける。
「子供が元気なのはいいよねぇ」
「……ゆきんこは菓子を食べたか?」
駄菓子系をすすめていたのを見ていたようで、義和はリリスにそう聞いてきた。
「米菓なら食べるようだよ。他は嫌がって首を振っていたね」
さもありなん、といった表情で頷きながらリリスはそう返す。せんべいだのは喜んでいたようだ。
義和は足元からひとつの雪球を手にした。それを雪の上に転がすと、べろんと雪を剥がすように雪がくっついていく。
「雪だるま?」
鈴白 秋人がそれを目ざとく見つけ、声をかける。義和が頷いたのを見て、秋人はあたりの雪質に目を向けた。スキーに向いているのはパウダースノーだが、雪だるまなどを作るには少し重くて湿った雪のほうがやりやすいからだが――この周囲はそう難しい雪ではなさそうだ。秋人は義和とともに雪球をゴロゴロ転がしはじめる。ゆきんこたちも、それを見て同じように雪球を転がし始めた。
「こったら雪の積もったの見るの、何年ぶりだべ」
目を細めて、宮沢・恵太がそう呟く。恵太の格好は腰にカイロを貼った上から着込んだスキーウェア。分厚さではなく機能。これが純正道産子の防寒対策か……!
シャベルやらスコップやらで恵太が雪を積んでいく一方、ゆきんこたちの助力もあり、いくつもの雪球が見る間に大きくなっていく。雪だるまだけでなく、雪像も作れそうだ。
「……雪遊びは子供の頃以来かも……。目指せ雪まつりににも負けない雪像作り」
少し楽しくなってきた。そんな顔をして、秋人はにっと笑ってみせる。
雪像のゾウ――らしき、軽い傾斜のある雪像。恵太の完成させたそれには、滑り台部分が付いている。強度を確かめようとして真っ先に滑った恵太に、一番に滑りたかったらしいゆきんこが軽いブーイングをしたが――安全確認は飾りじゃないんだ、子供にはそれがわからんのです。
「遊べるくらい雪が降るのって、何年かに一度だものね。ゆきんこさんたちに感謝しないとね」
ただ転がすだけでは、雪球は意外と丸くならない。ことこが転がしてきた雪球の形を整えてやりながら若草はそう言って微笑む。古妖の中にも友好的なものはいる。
「私は将来あいどるになるために歌とか頑張りたいんだけどねー。
気が付いたら楽器で敵さん倒すことになっちゃったよー」
だからだろうか。ことこが妖とかではなく『敵』という表現を選んだのは。
少しずつゆっくりと。そしてすっかり大きくなった雪球だが、高さがあると重ねるのは難しい。
「乗せるのは任せろー!」
それでも、ヤマトがここは男の意地の見せ所とばかりふんばって持ち上げて、二段の雪だるまの、ベースが完成し――ふと、ヤマトはありすが、今までじっと見ているだけだったことに気がついた。
「鈴駆!」
「……雪に触るの?
嫌よ、冷たいの嫌いだし、それにそんなことしたって……ほら、触ったら溶けちゃうもの。
アタシは見てるわ。だって溶かしちゃう……」
「雪だるまの飾り一緒に探さそう!」
急にかけられた声を拒否しかけたありすに、ヤマトはあえてそう切り出した。
「……え、飾り付け? ま、まあそれくらいなら出来るけど……。
……仕方ないから出来ることをするだけよ?」
「いっぱい飾り見つけよう!」
小石とか木の実も良さそうだな、と言い出したヤマトの向こう雪だるまの横ではことこが手袋を、若草が帽子を持って、ありすを見ている。待っている、と言った方がきっと、正解なのだろう。
「……お人好しよね、みんな。本当に。
もう、こうなったら徹底的に綺麗に飾り付けるわよ?」
ありすはそう言って唇を尖らせた。自分の言葉に、ただの気まぐれよ、と付け足しながら。
「…‥何これ」
スノーボードを抱え、雪兎の輪を見ながら黒桐 夕樹がそう、ぽつりと呟いた。
「多分ハルだな。やりそう」
雪兎にそんなことを呟いていると、うしろからぽこり、と何かぶつかった感触がする。頭を払えば、雪球の名残が落ちてきた。あたりを見回せば案の定、白枝 遥の姿があった。白い髪の遥は夕樹と目が合うと、くふふ、と笑う。雪合戦をしたいなら雪合戦組に混ざれば良い物を、と思いながら、夕樹はボードを傍に刺し、足元の雪をひとつかみする。
「……やられっぱなしは性に合わないから、ね!」
わあわあと雪球を投げ合った後、てい、と遥が夕樹を巻き込むように、雪面に倒れこんだ。
「ちょっと!」
「ね、ユウちゃん。スノボー教えて? やったことはないけれど、今なら滑れそうな気がするんだ」
自分ごと倒れこんで雪まみれになった遥が、不服そうに怒ってみせた夕樹の顔を見ながらそう言う。
さっさと立ち上がった夕樹は、遥が立ちあがるのに手を貸してやりながら口角を上げた。
「良いよ。一緒に滑れるようになるまで、教えてあげるよ」
「痛いのやだって……じゃあ何しに来たんだよ」
一人じゃ少し恥ずかしいからと、天野 澄香はいとこである成瀬 翔に一緒にきてもらったのだが。雪合戦は嫌だと言い出したばかりに翔は少々呆れた声を上げる。澄香が提案した雪だるま作りに落ち着いたはずが、その澄香自身が雪兎を作り始めてしまう始末である。
「子供なんだか大人なんだかわかんねーよな、姉ちゃん」
そう言いながらも翔は雪球を大きくするのに夢中になり――ふと、目を剥いた。
「これ、乗せることができねーぞ!? 姉ちゃん、これ、どうしよ……」
雪兎に葉の耳と南天の目をつけていた澄香が振り返れば、二人にはどう扱えばいいのか悩むサイズの雪の塊ができていた。飛行した澄香と、呼び止められた義和が二人がかりで抱えあげ、僅かでも小さい方の雪球を上段に積み上げる。
その貫禄ある出来栄えに満足そうな翔の横で、澄香は荷物を探り始めた。
「暖かいお茶いかがです? 吾妻さん」
「ありがたい、是非」
水筒を取り出した澄香に、即答で頷く義和。
「ゆきんこちゃんはアイスをどうぞ――翔君も食べる?」
「ちょっと寒いかな……」
一方の翔は、さすがに渋い顔をした。
パーカー程度の薄着でも平気な顔をしている水端 時雨もいるが、大小問わないくしゃみは時々聞こえていた。ゆきんこには必要な環境でも、大多数の人間は寒さに対策を必要とするのだ。
「雪大分積もったですって。
銀世界を見るの何時も楽しみでしたですって」
ああ、うん、ええと。語尾とかいろいろ、間違っていたならどうかご連絡を。なんだかステータスシートと大幅に違う語尾が前フリなしに指定されていて書いてる齧歯類泣きそうなくらい超困惑(メタ)なのですが、怪盗じゃないらしい稲葉 アリスがそう言い出し、寒さに打ち勝つためにもと、かまくら作りを始めた面々があった。
「いのりもかまくらはテレビでしか見た事がありませんので、作るのが楽しみですわ♪
アリス様、椿花様、頑張りましょう!」
「椿花はかまくらって作ったこと無いけれど……これだけあれば大丈夫なのかな?」
とはいえ、秋津洲 いのりも神楽坂 椿花もかまくら作りは初めてのようだ。アリスが胸を張って、基本的な造り方の説明を始める。
「では私がカマクラをご教授するですって。周囲をきれいに煉瓦みたいにするといいのですって」
「とりあえず、雪をいっぱい集めるんだぞ! 集めて集めて、山を作ってから中を刳り貫いて……」
「雪を運んできましたわ……わぷ!」
しかして椿花もいのりも、アリスの説明を特に聞いていない様子である。椿花は雪をとかく山にしようとして、いのりは雪を集めてくる途中、足を取られてころんだりしている。
それでも三人とも、完成したら火鉢を入れて、豚汁や磯辺焼きやらをやるんだ、と意気込んでいるのだが――小学生たちの野望が完遂するかどうか、雲行きは少々、あやしかった。
ざらざら、と。音や感触がだいぶ変わってきたように感じて梶浦 恵は足を止めた。
サッカーボール状の入れ物を蹴って遊んでいたのだが、もういい頃合いだろう。ゆきんこたちは急にボールの蹴り合い――ゆきんこたちの前で蹴ってみせたところ、これは蹴って遊ぶ鞠だと理解したらしい――をやめた恵に不思議そうな顔をしてみせた。
恵は入れ物をぱかりと開くと、微笑んでゆきんこたちにその中身を見せた。
中に詰まっていたのは、バニラエッセンスの香るアイスクリーム。材料を冷やしてかき混ぜることで作るアイスの、作成工程を蹴り転がすことで代用したのだ。中に牛乳や砂糖を入れたのを覚えていたゆきんこたちは目を丸くして、それからひとすくいずつもらった甘い味に、くすくすと楽しそうに笑いだした。
ところで、傾斜の方はというと――ほとんど貸切状態だった。
「今日は、宜しくお願い致しますわね。明石さん」
西荻 つばめが、そう言いながら斜面に対し垂直にスキー板を置く。
「地元、スキー場の近く、だったんだけど……スキー、怖くて、避けてて……。
でも……アタシ、今年こそは、挑戦してみるよ……。西荻さん、お願いします……」
決意を込めて、明石 ミュエルが頷いた。つばめの教えた通りに板に靴を固定して。
「スキー板を、ハの字に開いて……バランスとって……。
な、なんとか、雪の上に……立てた……!」
「明石さーん!」
気が急いたのか、ミュエルは斜面に対し水平に板を向けそのまま重心を前にかけてしまい――すなわち、滑りだしてしまう。実のところ、バランス感覚はスキルの域で卓越しているミュエルである。まずは、と立っていた超初心者コースを一気に滑りおりてしまった。
急いで追いついたつばめは、驚いた顔を浮かべたミュエルが無事なことに安堵し、それから――ああ、この顔なら大丈夫そうだな、と安心する。
「スキーは内股のスポーツなので、そこをしっかりと意識していれば滑れる筈ですので――初心者コースまで今日は進めたら良いですわね。
――少しずつ、ゆっくり滑って参りましょう?」
「昔のアタシなら、挑戦する勇気も、なかったから……どんな結果でも……大きな成長、だよ……」
ミュエルはつばめの言葉に、こくりと頷いてからようやく、緊張が溶けたようにふふ、と笑った。
●
法螺貝の音を、聞いたことはあるだろうか。
ドラマでも、映画でもなんでもいい。あのぶぉーーーーという、なんとも言えない音。
とにかく。あれが鳴ったと思ってもらいたい。
合戦の合図である。
わああ、と。一斉に雪球を投げ出す面々がいる中、その端を飄々、歩いているふたりがいた。
「雪でござるなあ、拙者地元ではいつも雪かきをしていたでござるよ」
遠目で雪球を投げ合っているのを、神祈 天光は目を細めて眺めた。
「エヌ殿はどうす、」
る、まで発音する前に、エヌ・ノウ・ネイムが構えた雪玉を無言で放り投げてきた。
「あいえええ、エヌ殿が無言で拙者に雪を投げつけてくるでござる!」
「…………」
最初の頃こそ、天光もエヌの悪巫山戯だろうかと思っていたものの、エヌは口端をにいと、三日月ほどに吊り上げるばかりである。
無言で。
(――さあ、存分に恐怖の悲鳴を上げてください。僕はそれが聞きたいのです)
声はない。しかしまるでそう囁くかのような笑顔。
「やめるでござる、拙者、冷たくはないでござるがひたすらに無言は怖いでござる!! 夢に出る!!」
訳がわからぬでござる、と悲鳴をあげて、逃げる天光。
ひたすら無言で投げ続けるエヌがもっと恐ろしい別の何かになっているのは、狙い通りである。
ダッフルコートに革手袋。そんな様の葛葉・あかりが目を丸くした。
「雪見ってもっと風流なものじゃないの!?」
残念ながらそいつは売り切れなんだ。
「み、皆さん、何だかすごいやる気になってますね。
だったら私も、ちょっとやる気出して頑張っちゃいます。ふふ、負けませんからねっ」
「あっ守衛野さんまで!」
愕然とするあかりの横で、守衛野 鈴鳴も気合を入れて、羽を広げる。
雪球を手早く作って羽ばたく鈴鳴を見上げたあかりの耳の傍を、雪球がびゅんと通り過ぎた。
「雪合戦はいつも最初は緩やかに始まる印象ですけれど、段々と遊ぶうちに白熱していきますよね!」
誰が投げた玉なのかわからなかったが、それがぶつかった賀茂 たまきは既にかなり熱中しているようだ。
「目標は、二人倒せたら良いかなぁ……。今回は私も負けませんよ!」
雪球を作っては投げするたまきを見て、誰と誰がチームなのか、とか。そういったものの有無を思わず確認するあかりだったが――どう見ても個人戦、混戦の乱戦である。
「まあいいや。父さんの故郷が雪国だったらしいけど、話で聞いただけなんだよね」
しゃがみこんで、雪球を作りだしたあかりのあたまに、ぼふ、と雪がぶつかった。
「雪だ! 勝負だ! 雪合戦だ!! 雪玉を持つやつはみんな敵でターゲットだ!
フフフフン、たとえ遊びであっても勝負は勝負、全力で勝ちにいく!」
勝ち誇ったのは、鹿ノ島・遥だ。あかりがきょとんとした顔で見ている前で、バスケットボール大の雪球を別の相手に向かって投げ始めた。どうやらあらかじめ作っておいたそれを、大砲のごとく投げつけているらしい。女子供であるあかりに赤い髪の遥が投げつけたのは軟球サイズなのだが、雪球が割れた今となってはそれを知るよしもない。
「…………子供の喧嘩をみせてやる!」
あかりもムキになって、雪球作っては投げ作っては投げを始めた。
「ぶっふ!? やったなー鹿ノ島先輩! 恨みっこなしだぜー!」
バスケットボール大のやつを投げられたのは、御白 小唄だった。子供じゃないかと言うなかれ、そも、投げた悪ガキの方の遥も年齢は大差なかったりするのだから。
小唄は、でりゃでりゃでりゃ! と、大量の雪玉をぼっふぼふ投げつける。
「クー先輩! 今だ!」
「はい。チャンスは逃しません――ちょうど、あの髪が目立っていい的になるのです」
そう言いながら狙いをつけようとしたクー・ルルーヴだが――ふいに、視線が足元におちる。
目の前にふるんふるん揺れる、小唄の狐尾。
「うひゃぁっ!? し、尻尾はダメー!?」
「……すみません。狙ってしまいました」
クーよ、狙ったのか。ツッコミ待ちなのかそれは。
まさかのバックアタックに、尻尾は弱点な小唄はがくりと膝をつく。
「ふにゃぁ……雪狐になってしまう……」
「大丈夫ですか?」
小唄の頭を撫でるクー。
「裏切ったクー先輩に慰められるのは複雑な気分……」
とか言いつつ、尻尾は正直にぱたぱたしている、小唄。
ところで。
「なんでゆいねは投げちゃだめなの! ぎったんぎったんにしちゃうんだからねっ」
と、怒る迷家・唯音を、義和がふるふるふるふると首を左右に振りながら全身でブロックしている。その全身が相当な内股中腰になっているあたりで、唯音が男性のどこを狙ったのかはお察し頂きたい。
「自分はまだいい……! だが、だが……!
未来ある少年たちにこのような思いをさせるわけにはいかないのだ、大人として……!」
頑として内股のおっさんである。
「ぼくこういう本格的な雪遊びって初めてなんだよー。
ほとんど雪なんて積もらないとこで育ったからねー!」
朗らかにそう言った御影・きせきは小さな雪球をとかくたくさん作って投げる物量作戦に出ていたが、雪遊び経験のなさゆえに薄着で来てしまい、動きが鈍りつつある。工藤・奏空がちまちまっと作っていた防御壁の裏側に身を寄せて、きせきは指先にはあっと息をかけて温めた。だが――二人も隠れた雪壁なんて、真っ先に崩したくなるレベルのもの。作っても作っても作っても崩れていく雪の防壁に、奏空がうきーーー! と唸って手当たり次第の砲台と化すのにそう時間はかからなかった。
だが、その雪球は唯音をとどめていた義和の頭をかすめる。
「わーー! ごめんなさい! 大丈夫ですかーー!?」
そういいながらも、奏空は思わず義和の頭髪をじっと見つめた。
「……いや、だから、頭からじかに生えてるからな?」
苦虫を噛み潰した顔で、義和は唸った。(なお実際のところ、義和が自分のナイフで適当に切っているせいでおかしな髪型になっているだけである)
「えぇーい、これが私の全力ですっ!
……とか調子に乗ってたら、危ないかも知れませんね」
飛行したまま雪球を投げた鈴鳴の雪球が、雪壁の上空から降って来る。
「おっ、そう来るか! ゆきんこ! どんどん雪を降らせてくれ! 弾を無尽蔵に作るために!!」
ナマズを連れている方の遥は楽しげに歯を剥いているが、もうかぶった雪でだいぶ白い。ざくざくと雪を撒き散らすようにかきあげて、鈴鳴に対抗しているようだ。そのせいで雪まみれになった鈴鳴も、楽しさに笑い出してしまう。
「……ふふ! 動いたら、少し暑くなって来ましたね」
たまきに至ってはもう、よほど楽しくなっているのか分厚いながらに上着の袖をまくってしまっている。
雪合戦は、誰が勝ったか負けたかもわからないくらい、みな雪で真っ白になるまで続いた。
●
「かれきのこらずはながさく」
節を付けてそう呟いて。納屋 タヱ子は目を伏せる。
美しい喩えでその情景を表す、誰が作ったのかもわからない文字列。
夕陽は、枯れ木に咲いた花をあますところなく紅葉させていた。
「今日は楽しかった……皆を見ているだけで楽しめました」
ゆきんこと目線をあわせて、タヱ子はそうと、口を大きくあけて発声し、伝える。
「そろそろ私も帰らなきゃ。
ゆきんこさんには、また会えるんでしょうか。来年、また冬に会えるでしょうか。
――また遊びたいって、伝えられるかな」
どうにか方法がないかとあたりを見回し、手袋を外して雪に突っ込んだタヱ子の手を、ゆきんこがあわてた様子で雪から抜こうとする。タヱ子はされるがままにさせていると、ゆきんこはその手にそぉっと触れてきた。 酷く冷たい手だ。わかっていたけれど、それはひとならざる体温。
ひんやりとした手はタヱ子の体温に少し溶けたけれど、手を離せばすぐに元に戻っていく。
大きく口を開けて、二回、息を吐き出すような仕草をして。
最後に一度、両の口角を横に広げてにっこりと笑う。
あ・あ・え。
――またね。
子供によく似た古妖たちは言葉を使えないけれど――楽しかったと。
彼らもまた、人にそう伝えたいようだった。
<了>
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
