<紅蓮轟龍>暗雲の煌めき
<紅蓮轟龍>暗雲の煌めき



 とある村には、地下に巨大な空洞の迷路が広がっている。竜脈という特異点が近いからなのかどうなのか、なんのために空洞が広がるのか解明はされていないが、ある意味ここは禍なる者達の巣窟にもなっている。
 本来、その地下へいくには特別な方法があったのだが、もっと簡単な方法は天井を割る事だ。文字通り、村の中央部は何者かにより砕かれて穴がぽっかりと空いている。
 空けた本人は今、目下地下。

 目を開けても、瞑っても、同じ景色だけが広がる世界。

 一寸先も見えず。
 一歩間違えれば意識さえ混濁しそうな程、濃密に凝縮された暗闇の檻。
 大地の雄々しい輪郭も、空に灯る優しい星と月明りも全て隠された。
 辛うじて、足が地面を踏んでいる感覚が、この世界に自分を繋ぎ止めているのだと再確認させてくれる。
 音ひとつさえ消え去り、静寂(しじま)が悲しく抜けていくだけ。それに支配された世界で瑠璃色の蝶が来訪者を歓迎するように舞って、そして誰にも気づかれずに消えた。
 『暁』小垣斗真(nCL2000135)は守護使役により足音をかき消し、そして左手に帯刀された刀の鍔を親指で弾く。
 暗闇には無数の赤い瞳が斗真を追いかけていた。小刻みに笑い声をあげる喉が、漸く日本語を紡いだのは間もない頃で。それは、詠唱にも似た響きを秘めていた。
「オイ愚図、死にたく無ければ手伝いやがれ。早急に、迅速に、該当指示だけを実行しろ。型は双龍、名は血吸、命は天罰、主はこの俺様だこん畜生!!」
 フードの下、あまり感情を表に出さなかった口が、三日月のように裂けた。

 小垣斗真――とは。

 そう名乗っておいた方が楽になれる魔法の呪文以外の何者でも無い。


 黎明という組織を、助けて欲しいと叫ぶ暁という少年が居た。
 彼の要求……いや、今では思惑と言った方がらしいが。それ通りにFiVEは黎明組織をヒノマル陸軍から守った。
 それから。
 当然の事であるが、黎明組織からも、FiVEからも突如姿を消した暁少年、もとい斗真により、混乱は激化していた。黎明は斗真の不測の行動と事態に着いていけずに、知らぬ存ぜぬを突き通す一方。
 FiVE側は既に気づいているかもしれないが、彼は斗真という名前よりも、更に知れた名前を持っている。
「そうか。斗真君……いや、逢魔ヶ時は、逢魔ヶ時紫雨は、訪れていたか」
 中・恭介(nCL2000002)はこれまでに感じていた不安の正体を見つけたように、手の平の汗を拭った。
 かくして、彼は『FiVEが五麟市に存在する』という事実を掴んだ時点で、彼の役目というものは既に終わっていた。故に、隠す気さえ無い言動と行動には、己が五麟に存在する事で、『FiVEに逃げ場は無い』という一種の脅しとして君臨していた事だろう。
「しかし彼は『血雨』という厄災を倒して欲しいと我々に依頼している。
 それに、FiVEの情報を七星剣に漏らさない代わりに、正体不明として世間で通っている逢魔ヶ時の情報を漏らさないで欲しいという条件で、両立している」
 言ってしまえば、彼と激突する理由というものが、今現在『まだ』無いのだ。
 緊張の一本で繋がれた不可侵条約は、お互いの『たかが口約束』という壊れかけた信頼関係で成り立っているに過ぎない。
 ならば何故、今この時点で信頼を壊しかねない行動――逃げるという行動を取ったか。
 答えは、ここまで壮大に引き延ばしておきながら、至極簡単だ。
「彼、多分、……飽きっぽい性格で、身体を動かしていないと死ぬ性格なんじゃ。
 あと、黒札……か」
 厄災を倒すには、まだ足りないものがある。
 FiVEの数居る覚者の中でも、まだ、たった一人の少女しか入手していない封印具の為。
「兎に角、彼を追うしか無いな。誰か、彼がいそうな場所を知っている人はいないか、早急に当たってくれ」


 FiVEの覚者が彼のいる場所に追いついた時、巨大な蜷局を巻く白蛇が無数の切り傷と共に血の海の中、細い息をして倒れ込んでいた。
 獣の金切り声を発しながら苦しみ出したかと思えば、胴体の中腹あたりから縦一線に刃が飛び出し、中からぐっちょりと胃液と血に塗れた斗真が元気に出て来た。
「あ、FiVE。
 僕今ね、ぱっくんされちゃって栄養になる前に脱出してきた所。蛇は踊り食いが好きだったっけ?
 こいつの後ろに隠したものを返して貰いに来たんだけど、妨害喰らって、殺しちゃおうかなーって。いや? そうじゃないな、僕が戦いたかっただけかもしんない。へっくしゅん!! 寒いっ!!」
 ぶるぶる震えてから、奥を指差す斗真。
「黒札はこの奥。行きたいんなら行きなよ。僕、止めないし。
 あーこの大蛇、ここの特異点の守護神様ってやつじゃないよ。
 竜脈って縦に広いからね、守り切れない箇所にはこうやって代替えを置いているみたいなんだけど、地下に行けば行く程妨害してくる設定されてるただの分身みたいな蛇だから、倒しても問題無い。ていうか倒さないと進めなーい。全く、余計な事してくれちゃって」
 ずびびと鼻水を啜った斗真。
「道に迷ったら瑠璃色の光を探すといいよ。あと、ここにいるのは大蛇だけじゃないから、一人になるのはオススメしない」
 一寸先は、闇の中。蛍程に儚い光が奥へと消えた。
「ところで、僕のこと誰かわかった?」
 斗真は首を横に捻りながら無邪気に笑った。


■シナリオ詳細
種別:通常(EX)
難易度:普通
担当ST:工藤狂斎
■成功条件
1.黒札を入手する
2.なし
3.なし
 血雨打倒準備
 何をする依頼かといえば、戦闘しながら突き進むだけ(斗真のステータスも含めて)
 OPに無い情報が下にあるので、合わせてみてください

●状況
 厄災血雨を倒すには、黒札が必須だ。
 五麟市から抜け出した小垣斗真を、ある場所で見つけた。
 彼は黒札を隠した場所に向かっているらしい。だがそこは特異点の力と守護する大蛇の力により、インスタントな大蛇(半実体の霊体)が特異点を護る場所であった。
 大蛇は半永久的に湧き続ける為、倒しながら進まなければならない。
 時間は沢山あるから、ゆっくり進んでいこう。

●大蛇
・特異点の力と特異点の守護者である本体大蛇の力により生成されるインスタントな分身
・無限湧き(最高三体、一体倒すと三ターン後にまた一体増える形)

 体力と防御は高いですが、攻撃力は低いです
 巻き付かれると行動不能になる為注意は必要です
 中衛後衛に進ませない為のブロックは二人必要

 これの本体の大蛇は(『<黎明>白は嗤って回帰せん』にて出て来た大蛇ですが、今回は不在)

●妖
 ランクは1程度、主に自然系の土人形が行く手を阻みます
 数で攻めて来るため、蓄積ダメージが増えるので放置は厳禁です

●胡蝶の夢
 瑠璃色の光を放つ古妖
 普段は蝶の姿ですが、稀に半透明の少女の姿もするようです
 道案内をしてくれるみたいです(『<黎明>白は嗤って回帰せん』に行殺程度に出てます)

●小垣斗真
 味方では無いが敵でも無い。

・火×獣(辰)
・黎明組織所属の暁。近頃その肩書も怪しい(『幸薄の少年』、『【日ノ丸事変】クリアホワイト』等々)
 力量としてはめちゃくちゃ強いですが、FiVE覚者と万が一戦闘するハメになったとしても、血雨を倒してくれるFiVEという事で超やりにくそうに手加減して怪我させないようにしてきます。手加減いらないと言えばそれはそれで全力出してきますが、展開は察して下さい。彼の戦い方を知る為の探索としても結構です
 余談ですが、東小路って言うとキレます

 EX???

●逢魔ヶ時紫雨とは
 一応彼の情報も載せておきます
 七星剣幹部、禍時の百鬼を率いる少年。
 FiVEとは血雨を倒せということと、情報をお互いに漏洩させない事で、五麟には『俺は手を出さない』と口約しております(彼と対峙した主な依頼は『クリアブラック』『紅蓮を従え龍は鳴く』)
 数多の呪具神具を使うのに長ける天才。というよりは禁忌級の神具を扱う術を見出していると言った方がらしい。

●血雨とは
 一晩の内に忽然と人や村が消え、血だまりと化す現象
 紫雨の姉である智雨(破綻者)と八尺という得物が起こす厄災
 (主な関連依頼は『幸薄の少年』、『<黎明>白は嗤って回帰せん』等々)

●黒札とは
 八尺専用の封印具。効果は今の所不明(初出『紅蓮を従え龍は鳴く』)

●場所
・小垣斗真の故郷地下、幾重にも分かれ道があります
 戦闘には支障が無い広さですが、暗闇です。斗真は暗視を使用しております

 それではご縁がありましたら、よろしくお願いします。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(0モルげっと♪)
相談日数
5日
参加費
150LP[+予約50LP]
参加人数
10/10
公開日
2016年02月07日

■メイン参加者 10人■



 『暁』小垣・斗真(nCL2000135)の、自分は誰かという質問に、
「ヘッ! そんなの答えてやんないぜ!」
 『デジタル陰陽師』成瀬 翔(CL2000063) はそう言ったのだが。
 直後。
「紫雨でしょう」
 三島 椿(CL2000061)は呟くように回答し、翔の身体がガクっと揺れた。
 流れるように自然な流れに、斗真は、否、紫雨は首を縦に振った。
「ヒノマルに自分を襲わせるなんて神様でも思うまい。あそこで黎明を引き入れなかったら近畿で暴れ倒してでも炙り出そうとはしたかな」
「それは、あんまり笑えないなぁ」
 『BCM店長』阿久津 亮平(CL2000328)は諭すように言うのだが、紫雨は「普通だよ」と言ってから刀を鞘に仕舞う。
「それもそうだけど。貴方は、紫雨でしょう?」
「暁か逢魔ヶ時かと言われれば、逢魔ヶ時かもしれないね」
 慌てて紫雨に駆け寄った『水の祝福』神城 アニス(CL2000023)は、癒しの力で彼を助けようとする。
 本来なら、敵である身の彼を助けるなど言語道断なのだが。今は、今だけは。
「斗真さん! 大丈夫ですか!? 今お助け致します!」
「不要だよ、アニス」
 刀を持つ腕の切り傷ひとつだけで、泣きだしそうな程に慌てたアニスの眼差しに、それ以上は何も言わずに淡々と手当が始まった。
「斗真さんよかった……心配致しました。どうして去ってしまったのですか!?」
「退屈だったから。居辛かったし……いつAAA呼ばれるかと思うと」
 深緋・幽霊男(CL2001229)は、紫雨の横からがっちり腕を掴む。
「なに、幽霊男ちゃん」
「グレ助、一緒に行くぞ。れつごー。どうせヌシ分裂できんじゃろ?」
「あまり人の身体を借りるのは気が引けるだけで」
「なら、このグレ助壱号は暇なんじゃろ? じゃあ行こう。さぁ行こう」
「何故、僕が手伝うと思った!!?」
 ぐいーっと引っ張る幽霊男だが、断じて動こうとしない紫雨。
 『狗吠』時任・千陽(CL2000014)がティッシュを紫雨に押し付けながら、とりあえず血とか拭けよと。
「君は我々を利用しようとしている。ならば我々も君を利用したいと思います。双方の利害関係ほどお互いを信用するに足りる楔はないでしょう」
「どうして僕が君達を助けると思ったの」
「利害が一致しなくなった時点で戦争になる当然です。少なくとも現段階においては利害は一致しています。足を引っ張り合うことに意味はありません」
「お互い干渉しねぇっつー選択はねぇのかよ!!」
 千陽と紫雨の視線の中央当たりで静電気が弾け続けた。
 まあまあ、と間に割って入った『狐子の初恋の君』木暮坂 夜司(CL2000644)。姿は既に子供の姿へと代わっていても、遥か年月を生きた子供には風格があった。
「どこへ消えたかと思えば里帰りか水臭い。そう申せば喜んで手を貸したのに」
「なぜ俺がアンタラに一々居場所を報告しなきゃいけねぇんだっつーの」
「家出少年じゃろうて」
「まさかの餓鬼扱いか、じーさん」
 亮平は帽子を更に深く被ってから、問う。
「『今の君』は俺の両腕の関節を外したあの人っぽいけど……あってる?」
「まあ、あれは人の身体を借りたけど。僕かと言われれば僕だね」
「喋り方が、結構違う時があるよね」
「些細な事だよ」
 『水天』水瀬 冬佳(CL2000762)は構えた。
「お話の途中ですが、どうやら敵の登場のようですよ」
 地震では無いが地響きが鳴る。遠くより、怒涛の勢いで近づいてくるのは恐らくは蛇であろう。それは『誇り高き姫君』秋津洲 いのり(CL2000268)の守護使役が臭いで勘付いている。
 襲い来るプレッシャーは獣の牙のように鋭く、そして、怒りを持っている。
 侵入者は撃退するのみ。
「チッ」
 『白焔凶刃』諏訪 刀嗣(CL2000002) は目の前の紫雨というご馳走から目を背けつつ、蛇という前菜を喰らう為に贋作虎徹を抜いた。


 追っているのか、誘われているのか分からない。
 蝶は闇の奥で光る。
 本当にそちらであっているのかは知れず。
 千陽は蛇の牙を寸前の所でかわしながら、蠢く身体に銃を突きつけて、そして撃つ。穴が空き、そして洞窟中の壁にぶち当たりながら身もだえる蛇を斗真が斬った。
「おいしいところは貰い!!」
「やんちゃな事で。そうです、貴方に言いたい事がありました」
「おっ、この七星剣幹部様が聞いてやろう」
「氷雨嬢は生きています。助けたかどうかは今後次第ですが」
「フーン」
「助けてねと言われましたのでね」
「そうだったっけ」
「またそういう道化ですか。それと、蛇のオーバーキルは控えて下さい」
「なんぞ無茶苦茶だ」
 不承不承、千陽の言いつけ通りトドメは刺さずに、代わりに紫雨は舌打ちをした。
 ひらひら舞う蝶に手招きをした亮平。
 瑠璃の蝶は素直にこちらへと戻り、亮平の肩へと止まった。
「危ないから……そこにいてくれるかな?」
 蝶から返事は無いけれども、揚羽蝶くらいには大きい翅をひとつ羽ばたかせて返事の形となった。
「よし」
 演舞により仲間の出血を抑えながらも、更に雷撃を解放する。地を這うようにしてジグザグに進行する紫電は、土人形を射抜きながら飲み込んでいく。
 更に翔がアシストをする。
 亮平が辿った道を、同じく辿るようにして。雷の獅子がスマホから飛び出し、そして食らい尽くしていく。
「洞窟探検なら、アトラクションがあれば良かったんだけどな」
「トロッコとか」
「そんな感じ」
 千陽を誘う様に胡蝶は彼の手前を舞っていく。一瞬、千陽の瞳の中で駆けて奥へ行く少女の後姿。
「ああ、我々は黒札を回収する為に来ました。大蛇を止める事は可能ですか?」
 しかし、少女は言葉では答えずに。ただ、首を横に振って返事をし、闇の奥へと消えていく。
 幽霊男は千陽の隣に並びながら、ジキルハイドにこびり付いた血をひと払いした。
「黙ってついて来いって事かの」
「どうでしょうね。誘導されていると思いつつ、ただ闇雲に動いていないか心配です」
「まあ、軽いピクニックぞなもし」
「ピクニック……ですか、これ」
 千陽は眉間のあたりを抑えた。
 話が区切られた所で、幽霊男は紫雨の肩を叩く。
「いやな? ヌシ。正体不明だろ? 都市伝説だろ? そう足らしめてるのが、主に血雨だろ。叩いて良いんか?」
「いいよ。あれは厄災なんだから。君達の仕事だよ」
「『並』の相手なら、それで良いだろうが。ヌシの力量なら、仮想敵って七星剣の他幹部とかだろ?」
「そうだね。覇王諸共、この轟龍が食ってやる」
「ヌシの言う『不利益』を差し引いても十分な手札じゃね? ブラフとしても。それが無くなりゃ気づくだろ。手札の有無なぞ」
「うん、十分な手札だよ。だから殺すの、智雨の方を」
 幽霊男は首を横に傾けた。
 一見、支離滅裂な斗真の返しであるが、彼は一切の嘘もついていない。


 敵は何も大蛇のみでは無い。
 大地からぬるりと這い出してきた人形の頭を、夜司の刃が両断する。未練がましく伸ばした土人形の腕は彼の頬を泥臭く染め、そして再び大地と一体化して消えていく。
「ぞんび、みたいじゃの」
 感想をひとつ。
 それより夜司が気になるのは胡蝶だ。稀に姿が見えたかと思えば、半透明の少女が手招きしている。
 髪の毛が伸びる日本人形を見ているように不気味だと、一般的な人は思うかもしれない。
 けれど、夜司は温かみある優しい視線を送っていた。それに気づいたいのりは、くすりと笑いを零しつつ。
「孫でも、観ているようですか?」
「そうじゃの……あれくらいの背丈じゃったかのう」
 思いはせるも、足を掴まれた夜司は刃を下へと向け、手際よく人形の手首を切り落とした。
「おぬしに聞きたい事がある。何故儂らに助太刀を? この土地にゆかりある古妖とお見受けしたが……おぬしもそこの斗真と、否、蛇神と浅からぬ因縁があるのかの」
 胡蝶は視線を紫雨へ移した。何か言わざると思えた所で、背後より忍び寄った蛇が少女を叩き潰す。
 ぎょっとした夜司は、即座に蛇を高鳴る灼熱の刃で切り返すも、少女の姿は無い。やられてしまったか、そう思った所だが地面から瑠璃色の蝶がふわりと浮き上がった。
「無事か、良かった」
 胡蝶は夜司の周囲を瑠璃に照らして、再び闇の奥へと消えていく。
「そういえば胡蝶の夢という言葉があるな」
 それまで紫雨を視界に入れずに、黙々と蛇を剥いて来た刀嗣。ついうっかり蝶を切りそうになったが、滑る刀身をすり抜けて蝶は奥へと進む。
「お前、前にも会ったな」
 呼応するように瑠璃の光は大きくなった。
「ぬしとか言ってたが大蛇の事か? 道案内する奴に邪魔する奴ねぇ、随分ちぐはぐな事するな」
 誘われているのか、遊ばれているのか。さて置き、刀嗣は蝶に手を伸ばす。 
 この時、一瞬であるが、刀嗣は動きを止めた。
「そっちじゃないよ」
 金属と金属が擦れ合った音が響く。刀嗣は刃を振り上げ、それを斗真が受け止めていた。
「……ハッ!」
 刀嗣は斗真に肩をぶつけてから、苛立ちをぶつけるように蛇へと向かった。
「……なんか、あったんだろうか?」
 亮平は怪訝そうに『おかしな動きをした刀嗣』を見た。そう、一瞬動かなくなったとき、彼の意識は別の場所に居たのだ。
 それは後で、纏めて覗いてみよう。

 さて本題に入ろう。

 今までにも血雨の被害は大きく、報告されてはいないが既に消えてしまった人の数を数えればキリは無い。
 冬佳を喰わんと顎を大きく開けた蛇の、口を切り取りながらも考える。
 それ以前に復讐の呪いから生まれてしまった血雨の脅威により、これ以上犠牲は増やす事はできないと冬佳は思う。
 目の前の紫雨の妹でさえ、一歩間違えれば死んでいたものを。紫雨に対し、信頼をしていいのか、それともいけないのか、天秤に諮った所で答えは無いのか。
 蝶が舞っている。
 冬佳は手を伸ばし、蝶の羽を休ませようと止まらせた。
 そして、冬佳も動きを止めた。
 ぼうっとしていると言った方がらしいか。心がここに無いように。
「おい! どうしたってんの!!」
 翔が戦闘の手を止め、冬佳を揺さぶってみるが、戻らない。
「なあ、紫雨!」
「胡蝶の意地悪だよ、気にしないで」
「いや、滅茶苦茶気にするだろ!」
 同じころ、亮平の動きも止まっていた。
 いのりも手を止めずに、回復という役を全うしていく。だが、仲間がぴたりと動きを止める現象には驚いていた。
「皆さん、どうしてしまったのでしょう……?」
「大丈夫だよ、大丈夫」
「今の紫雨は信用できないですわ」
「がーん」
 と思えば、動き出した亮平は紫雨の両肩を掴んだ。
「駄目だよ、罰当たりは」
「え? なんのこと!?」
 仲間は全員、なんのことか分っていなかったが、亮平は至極冷静であった。
 椿は紫雨の後を追っていく。白蛇の唸り声と、暗闇に赤い瞳が蠢き、残像を連れて迫る。弓矢で射るのは蛇の瞳目掛けてだ。椿の指から離れた弓は見事に命中した。尾を無尽蔵に動かし、涼平の刃がその尾を引き裂き、温かな血が噴き出す。
 こんな状況ではあるが、椿は紫雨の傍で伝えたいことがあると言う。
「翔や神城さん、阿久津さん達と一緒に遊ぶ貴方と。私は笑ってまた話をしたい」
「うん。大丈夫、僕はずっと味方だしね。君達が……僕を敵と思わない限りは、ね」
 例えそれが愚かな行為だとしても、椿は暁を諦めない。きっとまだ、暁は訪れると信じた。
「おい!」
「あ」
 蛇の尾が前衛から貫通して椿に迫る。翔が椿を押して飛び込みつつ、椿の目の前を蝶が横切った。
 見惚れて目線で追えば、――。
 動かぬ二人。
 だが、二人はすぐに意識を取り戻した。二人して、一斉に並行して歩いている亮平を見て、ほっと胸を撫で下ろしたが、不安は募るばかりである。
 椿は、言う。
「ね、ねえ、紫雨」
「なに」
「また、笑って話せるわよね」
「……? うん。だって、僕はずっと味方だからね。あ、次は千葉の方の行楽地にいってみたいな!」
 椿は思う。
 思いたくなかったが、思ってしまう。
 うそつき、と。

 状況は平行線を辿っていく。
 蛇の三体は前衛(中衛を挟んで前後を前衛とする)を司る刀嗣、幽霊男、夜司、冬佳、千陽、翔が前後を手分けをして抑え込みながら、ダウン寸前まで追い込んで、また進む。
 それを支えるのは後衛(精密には中衛)の仕事はもちろん。アニスも回復の手を止めずに、そしてかったるげに欠伸をした紫雨を見た。
「こんな暗いと眠くなるよね」
「休憩出来ればよかったのですが……」
「要らない要らない、こんな場所とっとと帰りたいし。何か僕に言いたげ?」
 アニスは一度手を止め、本を閉じてから考える。
 考えてから、言葉にした。身の内に秘めた、闇のようなものを。
「私は……ファイヴに入って……色々な戦いを目の当たりにして体験して、色々な方や古妖様にも会って来ました」
「世界は広いね」
「ですが、未だに無知なのです……何にも知らない」
「へえ」
「私は知りたい……紫雨さんは何を見て世界に絶望してしまったのか。そう思うようになったのか……この能力者界隈の奥底に潜んでる闇を。覚者や隔者などに囚われずに、隔者の方ってだけで戦いたくないのです。
 正義を盾にその人を叫弾をしたくない……失っていい命なんてありません。だから私は知りたいのです」
「僕の事を知っても傷つくのは案外君かもしれないね」
「そんな事っ」
 アニスが紫雨の手に触れた瞬間、
「――え」
 へたり込んだアニスを現世に戻したのは、アニスの頬を叩いた冬佳であった。
「す、すみません、何か虚ろを見てぶつぶつ言っていたので……大丈夫ですか?」
「あ、あれ、今……」
「どうやら……ここは幽世(かくりよ)に紛れ込んでしまう事があるみたいですね」
「幽世ですか」
「ハイ。一般的には黄泉の国ですが、神域でもあります。神域が私達に何かを魅せて伝えているのかもしれませんね」

「ヒノマルん時、黎明だかの覚者の死体を回収したのヌシか?」
「いや……死体回収? なにそれ」
 幽霊男の問いに、紫雨は本気で知らない返しを魅せた。
 其の頃、ずずんと沈んだ蛇の上半身。切ったのは夜司であり、小さなその手が合わされ南無と言う。いくら襲い掛かってくる敵とはいえ、夜司としては友人のような白蛇の分身。これを切って、気分が良い訳はもちろん無く。
 土に帰っていく白蛇の分身。そしてまた新しい分身体がこちらへ近づいてくる音。
「のう、これほんとに終わらんのう」
 胡蝶がふらふらこちらへと飛んでくる。
 そして今度はこの二人が止まる。

 紫雨の袖をいのりは掴んだ。
「どうしたのいのりちゃん」
「誰かを護る為にその手を血で汚さなければいけないとしたら、それは”仕方のない事”なのでしょうか?」
「さあね。
 僕は誰が死のうが特になんにも思えないから、そう心が揺れ動けるのなら羨ましい限りだよ」
「血雨を止める為に智雨という方を殺さなければならないとしたら、それしかないのなら、いのりはそれを成す覚悟はあります」
「破綻者は、殺さないといけないね」
「でもいのりはそれを仕方なかったと思いたくはない。例えそれがどんな物だったとしても、命と共にその人の夢も、希望も奪った事をいのりは決して忘れない。忘れない人間でいたい。そう思っておりますわ」
「そっか、智雨かあ」
 いのりは頷いてから、杖を立てる。仲間へ回復を―――そして、とまた。
「一体、何が」
 不審に思う千陽。いのりの身体に触れてみる、刹那、触れたら千陽もシンクロしたように動かなくなる。

 さっきから適度に仲間が動かなくなる時がある。どうやら幽世に導かれているらしいというが。
 翔は首を捻りながらも、
「幽世にハマると過去にいけるのか?」
 と言いながら、土人形へ青色の電撃を迸らせる。
「そういう事では無い。むしろ蝶が魅せているんじゃなかろうかの」
「もっと分かりやすく!」
「ここは特異点に一番近い場所だからの。見えない力があるんじゃの、残留思念っていう」
「もっとわからなくなった!!」
 翔が頭を抱えているとき、紫雨が着け足した。
「胡蝶の夢っていう古妖は現と夢を行き来するんだ。見せかけに過ぎない夢も見せて来ることはある」
「ふーん」
 翔は言う。
「じゃあさ、オレ、難しいことはわかんねーけど、斗真がなんか企んでるんだったとして。それ全部話して欲しい、言って欲しい」
「僕は八神を殺してこの日本を落とす。その為に武力を集めている。たったそれだけだよ弟くん。あ、ほら、あそこの祠に黒札があるよ、良かったね、ここまで来られて」
「結構あっさり手に入るんですね」
 千陽は言う。
「難関なダンジョンか何かと勘違いしてない?」


 十人は何の夢を視ていたか、きちんと並べて答え合わせといこう。

 すると、刀嗣は白黒の世界に立っていた。
 周囲を見回す、しかし、さっきまで一緒にであった仲間が一人としていない。
 荒い吐息が聞こえた。
 刀嗣は振り向けば、白髪の美しい女性が必死の形相で走り込んで来る。刀嗣と女性がぶつかる――と思えたとき、女の身体は刀嗣の身体を貫通していった。
「なんだ……?」
 祠の手前、膝を折った女性は祠の神棚をこじ開け、中から手のひら大と内臓のようなものを取り出した。
『この村から、出ます。こんな所にいたら……皆、おかしくなってしまう』
 内臓は形を変え、小太刀程度の武器と変化した。
 小太刀は触手のようなものを女の腕に突き刺し、そして女はそれを拒絶するように小太刀を振り払った。だが繋がったそれは解く事ができない。
『ああっ、だ、だめよお願い、言う事を聞いて……あの子を守らないと』
 制御を失った、小太刀と繋がった腕は段々と女の喉に刃を近づけていく。女は抵抗し、空いている方の手で小太刀を押した。
 刀嗣は腕を抑えようと手を伸ばす。だが手は女をすり抜けて、触れない。
 女の喉には、彩の因子の紋様が描かれていたのだが。それを横に裂くように、小太刀は女の喉を切り裂いた。
 ひとしきり血を流し続け、背中の方にだらりと下がった首。だが首から下はびくりと震えてから機械のように動き出した。
 刀嗣は刃を向ける。同じく女は立ち上がり、首の位置を戻してから小太刀を振り上げた。

 足下もボコボコとおぼつかない。亮平は歩みが止まる。太い木の根かと思えば、人形が這い出て来て掴みかかってきた。
 受け流しながら地面へと投げつけ、躊躇い無く術符から雷神を呼ぶ。ふよふよ飛ぶ蝶が居た。危ない、そう言いかけて手を伸ばした所で、
「あれ」
 亮平は、森の中にいた。風景は止まっている様に静かで、そして白黒。
 ぽつんとあったのは、地蔵がひとつ。横を見れば、均等な位置に同じような地蔵があった。あれは、斜めに刺さっているが、刺さり方が重要な訳では無い。
 亮平は蜜柑でもあればお供えできたのになあと思いながら、手を合わせた。刹那、地蔵が首から肩まで一直線に亀裂が入ったかと思えば、ずるりとズレて、首から上が落ちる。断面は綺麗に、まるで切られた跡。
「罰当たりだよ……斗真くん」
 背後には、半透明の紫雨が立っていた。
『今更』
「こんな事したら、駄目だよ」
『八尺を外に出す為だよ』
「なんの為に?」
『もっと沢山喰らってもらう為に――』

 そう思ったのだが、周囲は、モノクロ。
「み、みなさん!?」
 辺りを見回しても、誰もいない。あ、いた、千陽が降ってきた。
 これが言われていた幽世か。
『は……あ、んっ……』
 呻き声のようなものが聞こえる。いのりは振り返った、千陽はいのりの目を塞いだ。
 いのりよりは背の高い女性が腕の先についた肉の様な物体を引きずって歩いていたのだ。
『いや、です……八尺には、なりたく、ありません……思い出も全て忘れて、化け物に、なるなんて』
 ふと、女性と千陽の目線があった気がした。彼の手を振り払ういのりの目線もまた、彼女と合致する。
「大丈夫ですか!?」
「何が、あったのです」
『こ、こんな所に、子供が……お、お逃げなさい、私はもうじき、自分を失くします』
「そ、そんな。それでは、貴方はどうなるのです」
「貴方の名前は智雨嬢でしょうか?」
『智雨、そうね。でも、きっと……多くの人々を喰らってしまう存在になるのでしょう。仕方ありません、今も、地上を真っ赤に染めてしまった。それを楽しいとさえ思ってしまう事は罪なのです』
「最初の、血雨……?」
「何か、我々にできることはありますか?」
『もし、私が我を忘れて八尺に操られているのなら、止めてください、お願い致します。呪具は意志を持ち、人を操ります。どうか、刀身には触れぬよう――思い残すことがあるとすれば、既にこの呪具に魅入られた弟が心配です……』

 休憩を挟まんか? そう言いかけて手を伸ばした時、ふと、夜司が見ていた景色は色を失くした。
「お?」
「なんぞなもし」
 そこには幽霊男もいる。
 白黒の世界で、遠くの曲がり角から影が差していた。どうやらあそこに人がいるらしい、影は人の形をして動いているのだから。
『八尺を完成させたら、大きな力となる』
『その為に、黒札が必要だ』
 影は、札のようなものを手に取りながら賑やかに語り合っていた。幽霊男と夜司は顔を見合わせる。
「どういうことかの」
「さあのう……」
「思うに。黒札を貼ってこそ、八尺が完成されるんじゃないかと思ったのよなぞなもし」
「それじゃあ、また紫雨にいいように使われているんじゃ無かろうかの」
「うむ……だから黒札を集めないというのも、ひとつの選択肢にはなると思うのじゃ」
「黒札を使わないという選択肢……か」
「あったほうがショートカットが可能だが、無ければ無いでも良い。みたいな方法はあるんじゃないかの」
「そんなのどうすれば――」
「「あ」」
 二人は、何時の間にか現世に戻ってきていた。

「あれ」
「え?」
 白黒の世界に立っていた。
 椿と翔がいるのは、洞窟の中では無い。
 ここは、五麟だ。足下には、亮平が転がっていた。呼びかけても応答がない。賑やかな景観があった普段の日常では無く、この五麟は燃えていた。紅蓮に燃え、叫び声があらゆる場所から聞こえてくる。
『選んだのは、君達じゃないか』
 二人の目の前には紫雨が立っていた。腕には、巨大な鉈があった。
「紫雨。それは」
『なんだろうね』
「な、なあ、五麟はどうなってんだ!?」
『だから、選んだのは君達じゃないか』
「義務の為に虚実を重ねる事に意味があるというの。それで、貴方は傷ついたりしないの?」
『傷つく……? 僕にそんな感情は無いよ。今思うのは……絶望に打ちひしがれる君達を見るのが、楽しいって事かな』
「紫雨、お願い、戻ってきて。こんな事、止めて」
『止めたいなら殺すしかないね』
「オレ、斗真の事信じてるから。オレの事、弟分だって言ってくれた斗真を信じてる!」
『それは――』
 紫雨は八尺を振りかぶる、そして振り落す。二人の足下に大きな穴ができ、そこに吸い込まれるように落ちていく。
 翔は手を伸ばしながら、紫雨にいった。
「ぜってえええええ信じてるからなーーー!!!」
『うん。ありがとう』

 それにしても、だ。ふと冬佳は周囲を見た。
 白黒の世界だ。
 考え込んでいるうちに、別の場所に飛ばされてしまったか。周囲には『仲間』は一人もいなかった。
 瑠璃の蝶も見えぬ。
「これは……」
 完全孤立という事だ。

『――妹がね』

 ハッとする冬佳。
 目の前、歩いていく影。
 影はひとつなのに、しきりに隣にいる誰かに話しかけているようだった。
『妹がね、村の覚者の子に、崖から突き飛ばされてね、大怪我しちゃったんだ』
 冬佳は再度周囲を見回した。
 矢張り、誰もいない。
『うん。うん。僕が近づいてもがたがた震えてすぐ逃げちゃうんだ』
 冬佳は影の後ろを追った。虚空と話す声は不気味ではあったが、何故だかこの影が『彼』の残像であるように見える。
『関わらない事が彼女を助ける事かもしれないね、そう――あ』
 影は振り返る。
 思わず冬佳は口にした、伝えたほうが良かれと思い。
「ひ、……氷雨さんは、無事保護しておりますよ」
『……よかった』
 冬佳に見えるのは影でしかないもの、けれど、影は薄く笑ったような気がした。
『妹に、ごめんねって言っておいて欲しいな』
「それは、ご自分で言うべきですよ」
『そうかな? ううんダメだと思う。僕、そのときには人の事、可哀想って思えなくなってるかもしれない』
「何故です?」
『八尺が、きっと僕の心を食べちゃうから』
 瞬きした時には、瑠璃の蝶が冬佳の周囲を舞っている。

 白黒の世界にアニスは居た。
 目の前には血だらけになった紫雨が居た。
「斗真、さん……? け、怪我をされて!!? ひ!?」
 アニスと紫雨の周囲には人間が全て斬られて息絶え、転がっていた。
 アニスは紫雨の手を掴んでいたつもりだが、手はすり抜けて、別の何かが彼の手を取っている。アニスには見覚えがある、これはあの時よりは小さいが、八尺だ。
「斗真さん!! それを離してください!!」
『どうして? これは僕のものだよ、これからもずっと僕のものだよ、あげたくない、あげない』
「それは今、智雨さんのもので」
『違うよ。これは僕のものだよ』
 紫雨は絶えずゲラゲラ笑っていた。


 黒札は全部で十枚回収が出来た。いのりが既に持ち合わせていた分と、紫雨を入れて十一人全員が黒札を持つ形となる。
 地上に帰ってきたときには、既に朝日がのぼりつつあった。
 今は腕を組んだ亮平の手前に紫雨が正座させられている。
「君には君の事情があるんだろうけど。突然出て行って、漆黒の一月事件を起こしたのは感心しない」
「はい」
「諜報が得意な君なら、冷静になって本気を出せば。一般人を巻き込む騒ぎを起こさずに潰せた筈だ」
「なんで一般人の命なんぞ考えないと、いけないの、イダッ!」
 亮平はチョップを繰り出した。
「あの事件で椿ちゃんは……目の前で子供の命を奪われて辛い思いをした。手を下したのは黒服で、百鬼ではないけど」
「知るかッ! いだっ!」
 2コンボ目のチョップが飛んだ。
「そうなる切っ掛けを作ってしまった事に変わりはない。お願いだ。もう二度とあんな事件を起こさないでくれ」
「教えてやる。俺が百鬼に言ってるのは『俺様の言う事は聞け』。ただそれだけだ。だからアンタの言う事を聞けなくはないが、聞く義務はねえ」
 千景は紫雨に問う。
「FiVE所属の夢見が五麟が真っ赤に燃えていると未来視しました。心当たりはありませんか?」
「正体を明かした弱小組織が、いつどこの誰に狙われたっておかしく無い。質問の仕方が優しいな、軍人坊主! こう聞きてえんだろ、お前が仕向けたのかってな」
「ということは」
「知らないよ!! だぁってあそこには黎明がいるんだ!! どうして僕がそんなことしないといけないの!!」
「東小路は百鬼の件を自分の手柄にしました。それが関係してるのか血雨が関わっているのか」
「それは無ェよ、ふざけんじゃねえ!! くそは一緒でもあのくそと一緒にされたかねえな!!」

「櫻火真陰流、諏訪刀嗣様だ。二度と忘れるなよ逢魔ヶ時ィ!」
「最強気取るには、まだ身体に残る傷が足りねえンじゃねぇか」
 最早ただの喧嘩であるが、良い機会だから少々お付き合い頂きたい。
「それがてめぇの構えか?」
 本来刀の刃は親指と人差し指の輪の中から飛び出している形だ。だが、紫雨は刀を逆手に持った。

 果たして――。

 両腕が無くなり、右足も取れかけている刀嗣はついに口で刃を持つ。荒ぶる獣如く、地を揺らす咆哮に似た声をあげて走る。
 紫雨は右腕の清光で受け止める予定だ。刀嗣の脳内では次の一手を考える事はせず無意識の一撃を繰り出した。
「諏訪ちゃんは頑張った、俺、一生諏訪ちゃんの事忘れないから早くねんねしよっか。蟻潰しても気分悪いじゃん?」
 飽きた。と言いたいのだろう。
「その驕りが、てめぇの弱点だ」
 飽きさせぬと、言いたいのだろう。
 熟練者であるからこそ予想し、推測し、対応する事がクセになる。
 だがらこそ予想も、推測からも、外れた攻撃に対応する事は不可能な場合もある。
 予期せぬ一撃は、紫雨の頬を傷つけた程度だが。おお、と感心した顔になった紫雨。瞬間、右腕は刀嗣の刃を打止めているにも関わらず、刀嗣の右足が切って取れた。
「てめぇ……二刀流だな」
「へえ?」
 左手はずっと何かを握っているのは確かであった。

 唐突だが、甘い香りがする雰囲気だ。
「約束……です。また仲間として戦ってください……私は斗真さん……いえ、『貴方』を信じています。大切な方ですから。だから必ず返してください。そしてまた、五麟でお会い致しましょう」
 アニスが本を手渡し、そして、彼女の唇が彼の唇まで届くように背を伸ばした。触れたのは一瞬だったが、これはきっと最初で最後。
 これがアニスの気持ち。大胆で、だが一種の賭け。
「ありがとう。嬉しいよ、アニス」
 けど。
 次の瞬間には、アニスの柔らかい身体が縦に裂かれた。斗真の抜刀、下段から上昇した刃が天に掲げられ、温かい血を零す。
「目ぇ覚ませ。俺とアンタは相容れねえよ」
 崩れゆくアニスを幽霊男が受け止めた。ジキルハイドを構えながらであったが、口調は優しい。
「いずれ敵になるだろうが。そん時に、僕らが勝ってヌシが生きてたら、僕んとこにくるんじゃぞ。百鬼諸共な」
「それは、無いよ。僕、負けないからね。君とも戦う予定だったけど、興が逸れたから……また、今度、約束するよ」
 アニスを抱きしめ、回復しながら、そして椿は言うのだ。
 この場を去る、後ろ姿に。
「力だけじゃない。心も一緒に、大切な人を、その笑顔を守る為に。私は強くなる。その為に傷つく事を恐れない」
 きっと真実は優しくない。それでも模索すると決めた。
 本当のあなたを知る為に。
 小垣斗真は、逢魔ヶ時のアナグラム。
 敵でありながら、優しい表情をする君へ。いや、暁の君へ。

 絶対に、暁を諦めない。
 もうすぐそこに、大禍時が来ていることを知りながら。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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