今宵、降る雨模様
●
一体、今の状況がどうなっているのか説明が欲しい。
おかしいじゃないか。
自分達は夢見が視た未来を変えるべく、この地に来た。
そして依頼の内容はそつ無くこなした。
ハッピーエンドで終わるはずだった。
帰路につく足取りは軽かった。
なのに、どうしてこんな仕打ちを受けなければならない。
そういえば、年始のおみくじは大凶であったか。そういう事か。
道中、靴ひもが切れたものそういう予言であったのか。
そんな事、今更考えてどうすればいいというのだ。
仲間は皆、消え去った。
あの白い魔神に全て食われた。
そう、俺は見た。全員ぱくっと食われて、ぶしゅっとプレスされて、そして、血だけがぼたぼた零れてた。そしたらあいつの肉が増えて。
嗚呼、嗚呼嗚呼、こっちに来るな。
「ば、化け物……」
その化け物は、非常に美しく。そして、馬鹿げている。
確かにこれは、能力者でも妖でも古妖でも無い。
『あらあら、可愛い。
どうしたの、脅えているの? 解答しましょう、問題ありません。正常な反応です。貴方はおかしくありません。
貴方もすぐ、私とひとつになるのです。素晴らしい事でしょう? この八尺の一部に』
「い、いやだ、いやだあああああああーッぎゃぷbhぢあぃg――――――」
ぐちゅ。ぽたぽた……。
ぽ。ポポ。ぽぽぽぽぽ。
●
「ねえ」
逢魔ヶ時氷雨(七星剣幹部の逢魔ヶ時紫雨の実妹であり、つい先日五麟に連れて来られた)は地図の図面の上を指で辿った。
振り返った『小鬼百合』樹神枢(nCL2000060)。
「うむ。どうしたのだ、氷雨殿」
「ひいっ!! 近寄らないで、能力者!!」
壁際まで後退して背をつけた氷雨。嫌々と、顔を振るのは彼女が能力者嫌いな憤怒者であったからだ。
「今後テンプレ化しそうな露骨な反応なのだ! で、どうしたのだ」
「うん。五麟の人達が言ってたけど、智雨お姉ちゃんって、今ここに向かってるかもしれないんだよね」
「予想の範囲を出ないがな。でもここに来るのはおかしいのだ。
この世界でも唯一、血雨の行動をある程度制御できる、氷雨殿の兄上殿が、五麟には手を出さぬと言っていたのだ」
「でも、しーちゃん嘘つきだよ? もう存在が嘘みたいなものだよ」
「うむ。そうだな……」
「ってそうじゃなくて。新聞の記事に沿って、地図でお姉ちゃんの足取りを追ってみたの。
そしたら、智雨お姉ちゃんが通るかもしれない場所と、数時間前に出発したFiVEさんの組織の人達が行く場所が、合致するんじゃないの? て思って」
「!! でも血雨を止められた事は、今までに無いはずなのだ」
「うん。あれは遭遇した時の致死率100%の話だよね。だから、遭遇するまえに回収しよ。妖討伐する依頼だったよね。呼び戻した方が……いいんじゃないの?」
「今すぐ手の空いてるものに、回収に向かわせるのだ!!」
「うん。あと……それ、私もついていっていい? お姉ちゃんに会いたいの」
●
けれど、遅かった。
覚者達が到着した頃には、既に、全て、血雨と化していた。
依頼に参加した覚者の数は八人。
八つの水溜り。
そして、八つの―――妖。
一体、今の状況がどうなっているのか説明が欲しい。
おかしいじゃないか。
自分達は夢見が視た未来を変えるべく、この地に来た。
そして依頼の内容はそつ無くこなした。
ハッピーエンドで終わるはずだった。
帰路につく足取りは軽かった。
なのに、どうしてこんな仕打ちを受けなければならない。
そういえば、年始のおみくじは大凶であったか。そういう事か。
道中、靴ひもが切れたものそういう予言であったのか。
そんな事、今更考えてどうすればいいというのだ。
仲間は皆、消え去った。
あの白い魔神に全て食われた。
そう、俺は見た。全員ぱくっと食われて、ぶしゅっとプレスされて、そして、血だけがぼたぼた零れてた。そしたらあいつの肉が増えて。
嗚呼、嗚呼嗚呼、こっちに来るな。
「ば、化け物……」
その化け物は、非常に美しく。そして、馬鹿げている。
確かにこれは、能力者でも妖でも古妖でも無い。
『あらあら、可愛い。
どうしたの、脅えているの? 解答しましょう、問題ありません。正常な反応です。貴方はおかしくありません。
貴方もすぐ、私とひとつになるのです。素晴らしい事でしょう? この八尺の一部に』
「い、いやだ、いやだあああああああーッぎゃぷbhぢあぃg――――――」
ぐちゅ。ぽたぽた……。
ぽ。ポポ。ぽぽぽぽぽ。
●
「ねえ」
逢魔ヶ時氷雨(七星剣幹部の逢魔ヶ時紫雨の実妹であり、つい先日五麟に連れて来られた)は地図の図面の上を指で辿った。
振り返った『小鬼百合』樹神枢(nCL2000060)。
「うむ。どうしたのだ、氷雨殿」
「ひいっ!! 近寄らないで、能力者!!」
壁際まで後退して背をつけた氷雨。嫌々と、顔を振るのは彼女が能力者嫌いな憤怒者であったからだ。
「今後テンプレ化しそうな露骨な反応なのだ! で、どうしたのだ」
「うん。五麟の人達が言ってたけど、智雨お姉ちゃんって、今ここに向かってるかもしれないんだよね」
「予想の範囲を出ないがな。でもここに来るのはおかしいのだ。
この世界でも唯一、血雨の行動をある程度制御できる、氷雨殿の兄上殿が、五麟には手を出さぬと言っていたのだ」
「でも、しーちゃん嘘つきだよ? もう存在が嘘みたいなものだよ」
「うむ。そうだな……」
「ってそうじゃなくて。新聞の記事に沿って、地図でお姉ちゃんの足取りを追ってみたの。
そしたら、智雨お姉ちゃんが通るかもしれない場所と、数時間前に出発したFiVEさんの組織の人達が行く場所が、合致するんじゃないの? て思って」
「!! でも血雨を止められた事は、今までに無いはずなのだ」
「うん。あれは遭遇した時の致死率100%の話だよね。だから、遭遇するまえに回収しよ。妖討伐する依頼だったよね。呼び戻した方が……いいんじゃないの?」
「今すぐ手の空いてるものに、回収に向かわせるのだ!!」
「うん。あと……それ、私もついていっていい? お姉ちゃんに会いたいの」
●
けれど、遅かった。
覚者達が到着した頃には、既に、全て、血雨と化していた。
依頼に参加した覚者の数は八人。
八つの水溜り。
そして、八つの―――妖。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.妖の討伐
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
●状況
数時間前に出発したFiVE覚者が、血雨に遭遇する可能性が高い。
今から行って、全員無事に呼び戻すのだ。
だが状況は既に手遅れであった。先行した覚者たちは既に血雨となっており、そして残留思念が形を変え、妖となっている。
これはFiVE覚者の無念だ。これを倒すのも、私達の仕事だというのか。
●妖×8
ランクは1、FiVE覚者の無念の怨讐
怨嗟と憎悪と悲しみを口ずさみながら、襲い掛かってきます
見た目は生前の姿
友達だったとか、よくカフェで飲んでいたとか、そういう設定は勝手につけてくださって結構です
死体が確認できていない為、現時点では『行方不明』として扱われています
心霊系の為、PC物理攻撃の威力は低くなります。
攻撃は基本、殴ったり蹴ったり、掴まれるとBS麻痺として動けなくなります
●場所:山中
足場が悪いです、月明りの無い夜中となります
赤い水溜りがありますが、時間と共に土に吸われていく模様
技能スキル次第では、何があったか読み取る事が可能かと思います
●血雨とは
一晩の内に忽然と人や村が消え、血だまりと化す現象
紫雨の姉である智雨(破綻者)と八尺という得物が起こす厄災
(主な関連依頼は『幸薄の少年』、『<黎明>白は嗤って回帰せん』等々)
●逢魔ヶ時氷雨とは
七星剣幹部逢魔ヶ時紫雨の実妹
イレブン所属の憤怒者でしたが、FiVE覚者に五麟に招待されました
能力者に触れると蕁麻疹が出る特殊能力がある(覚者が好きじゃないようだ)一般人
当依頼では無理を押し切ってついて来たようです。
彼女が起こす行動としては、『なんとなく……こっちのような気がする』という形で智雨を追いますが(見つけられる訳では無い)、死ぬときは死にます、今回の場合は行方不明になると言った方がいいかもですね
それではご縁がありましたら、宜しくお願い致します
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:0枚 銅:3枚
金:0枚 銀:0枚 銅:3枚
相談日数
5日
5日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2016年02月15日
2016年02月15日
■メイン参加者 6人■

●
けれど、遅かった。
覚者達が到着した頃には、既に、全て、血雨と化していた。
依頼に参加した覚者の数は八人。
八つの水溜り。
そして、八つの―――妖。
「確か……血雨の犠牲者が心霊系妖と化して彷徨っていた、と。以前にそんな話がありましたね」
『水天』水瀬 冬佳(CL2000762) は追憶を語る。呪具は肉体を食む、残された魂は……いや、それはこの世界に魂というものが存在するのかから考えねばならない事にはなるが。
現に存在している妖は、彼等の無念が祟り神として姿を変えたものに等しい。
境遇を呪い、生者を疎み、仲間さえ判別が不可能になった妖は襲い来る。
「おじさん!」
『ママは小学六年生(仮)』迷家・唯音(CL2001093) の首を、身長の高い男の大きな手が絞めた。
お前が代わりになれば良かったのに、もっと生きたかったのに。
怨嗟は例えいたいけな少女であろうとも容赦無く襲い掛かった。空気が薄く、ぼーっとしていく唯音の視界。『戦場を舞う猫』鳴海 蕾花(CL2001006) が回し蹴りで男を唯音から引き剥がし、獣耳の毛が逆立つ。
どうして、何故。
憤怒者と共に行動しなければならないのか。それは憤怒者を憎む蕾花であるからこそ、発生するごく自然な疑問ではあった。
逢魔ヶ時氷雨。
彼女は『百合の追憶』三島 柾(CL2001148) の背中の隠れながら、何処で調達したのか知れない自動小銃を構えた。
「氷雨、俺の傍から離れないでくれ」
柾はそう言ったのだが、氷雨はどこか遠くの方を見ながら反応しない。
「氷雨?」
「え? あ、ああ、なん……ですか」
「傍から、離れないでくれ」
「そ、そうだね……あんな、化け物がいるところで一人には、ならないようにします」
化け物。
氷雨にはそうしか見えないのだろうが、少なくとも五麟の仲間であった彼等。
緒形 逝(CL2000156)のペンライトで照らされた彼等はもう生前の姿とかろうじて保っているものの、ふやけて見るにも耐えない。
賀茂 たまき(CL2000994)は込み上げる気持ちを抑えながら、今はまだ彼等を落ち着かせなければと呪符と護符を構えた。
「どうか、安らかに眠れるように――」
こんなに苦しい戦いは、今までにあったものか……。
●
ぽ ぽ
ぽ ぽ ぽ
ぽ ぽぽ
こえが、する。
●
胸が鷲掴みにされて揺さぶられているようだ。唯音の肺から空気を取り込む作業も、今では不規則に行われている。
思い出すのは、こもれびでの出来事。
晴天と呼べる温かい日に、紅茶と甘いお菓子を囲んで。君と同い年くらいの娘がいるんだよ――と、優しい瞳で語っていた男は。
もう、いない。
目の前にいるのは成れの果て。
希望から逆転した未来無き者達を思えば、たった十三年しか生きていない少女でも涙を浮かべて、血雨へと憤った。
しゅん色に似た、橙色にも似た炎が地面から吹き荒れた。天へと昇る炎に、天国への道標を託す。
「ゆいねの仲間を血雨にするなんて許せない」
頷いた蕾花。
「必ずあたしらが敵をとってやるからね」
苦無の牙を携え、炎の中へと飛び込んでいく。唯音の炎は蕾花の通る道はきちんと避け、そして苦無は唯音の知っている男の首を掻っ切った。首の無い身体は力無く膝から崩れ、そして地面の下へと透き通って消えていく。
蕾花はそれで足を止めず、隣の男の胸へ肘を叩きこんだ。
『あはっ、あはははは!! おかしくて、くっ、ふふ』
暁であった紫雨の声が蕾花の思考回路に響いた。
今現在この光景、見たことがあるのだ。血雨に食われた者達が妖となり、襲って来たあの光景が。
『おかしいよね、一回死んでるのにさ、また死んじゃってるよあいつら、ははは!! あはははは!!』
思えば、紫雨はあの時から全てを掌握していた。
蕾花は頭を左右に何度も振りながら、紫雨の言葉を振りほどく。今は冷静さを欠いている場合では無い。自分達がしてやれる事があるとすれば、妖へとどめを刺してやる事。
後衛より氷雨の援護は続く。イレブンだけに訓練はされていたのか小銃を扱う腕は可もなく不可も無く。けれど心霊系相手ではいまいち弾はすり抜け、氷雨は頭を傾けて焦っていた。
「間に合わなくてすまない。だがせめて安らかに」
同じ立ち位置で、柾は弓の弦を引く。柾が引く弓に、物理的な矢は無い。ただ、彼が弓を引けば轟と燃ゆる炎が細い矢となり出現し、飛んでいくのだ。
氷雨はそれを何度か目視してから、自分の手を見て、若干落ち込んだ。
「氷雨。無理はするな。お前があの時、守ってくれたように俺もお前を守りたい。失いたくないんだ。頼む」
「わかってる。役に立てないのが悲しいだけ。でも……ありがとう」
山を覆う水蒸気を掻き集め、冬佳が起こした白波は炎上していた敵の群を今度は叩きつけていく。
「その無念。我が神水を以て洗い浄め祓い鎮めます。――どうか、安らかに」
全身濡れた亡者が冬佳の首元に噛みつき、本来の冬佳なら厭わず回避ができただろうが。向って来た亡者はつい先日、学園で見かけた少女に間違いが無かった。
あの時少女は何枚もの書類を抱えながら歩いていたから、よく覚えていた。確かそれを盛大に床にぶちまけて困っていたのを助けていた。
「嗚呼……貴方も、戻れない場所まで……」
逝ってしまったのか。
彼女を押し返して傷口を押える。涙のように流す血は、零れ落ちて、山とひとつになっていく。
「おやすみなさい」
冬佳は小太刀を抜く。月明りも乏しい山で、刃は光輝いた。
空気を裂く刃の一撃は、少女の心臓部を貫通。少女は何故だか抵抗をしなかったようにも見えた――そして、ありがとうと言われた気がした。
一部始終を見ていた、たまき。どうにも、一連の妖事件が他人事には思えず、だが彼等の最後の声くらいは聞き届けたい為に行うのは交霊術。
「……?」
しかし、交霊術には何も答えてくれない。
「交霊術が拒否されている訳じゃなくて……、術の届かない『別の場所』にいるような……」
ざっくりとした感想だが、たまきはその感覚を掴んでいた。
妖とは、思念から生まれる別個体である為に、死者そのものでは無い。改変されたコピーという言い方が正しいかも知れないが。
では、元となった行方不明の魂たちはどこへ行ってしまったのか。
「閉じ込められているような……、どこかに詰め込まれて、そこから出て来れなくて、成仏もできていないみたいな……」
たまきは事実だけを並べていく。
●
着実に数を減らしていく覚者達。難なく行えてはいたものの、いい気はしない。
苦無が駆ける。
蕾花は舞うようにして戦場の敵の合間を抜けていく。口を盛大に開け、日本語さえ忘れた声を発する子供がたまきを噛まんとしたとき。
刃はタックルをかました勢いと共に、子供の妖の腹を抉ってゆく。がああ! と叫び声を上げた子供だが、蕾花の手元が緩む事は無い。
そこへたまきが強化した片腕を振り、子の背を穿つ。くの字に曲がった子はそのまま地面へ伏せって消えていく。
氷雨がふぅと息を吐きながら、
「あとちょっとか……」
と言った時、蕾花は呟く。
「私が戦った相手はね、片親なんだ」
「……?」
「あんたと同じ憤怒者に父親を殺されて、残った母親に少しでも楽させるためにファイヴに入ったんだ」
「そ、それは」
「まだ中学生だから他に入れるところが無いってさ、あんたにとってこいつらもあたしらもただの化物に過ぎないだろうけど。こいつらは数少ない仲間に変わりないんだ」
「……」
「まぁ、イレブンのあんたにゃ分からないだろ」
「化け物が徒党君だって怖いだけよっ。でも……皆支え合わないと生きていけない世界なんだね」
再び氷雨は遠くを見ていた。
「氷雨!」
彼女へ飛びかかる妖、氷雨を抱えて護る柾。
ハッとした氷雨は、だがまた目が泳いで遠くを見た。
「さっきから、何を……何故、集中を掻いているんだ」
「だって……あっちから、お姉ちゃんが来てる気がして、なんとなく。柾……血が」
交霊術が使えなくとも、たまきは声を荒げていた。
「何があったんですか、教えてください、お願いします!!」
『血雨が、食う、食う……!』
それを繰り返すばかり。掴みかかられたとしても、たまきは防御のほうが得意だ。難なく振りほどいてはみるのだが。防御だけでは勝つ事ができなのもまた知っている。硬質化させた左足を振り上げ、妖の腹部を射抜く。心の中では、謝罪をひとつ零した。
跳躍した妖が冬佳のもとへと降りかかる。
馬乗りの状態になった妖が口元をひと舐めしてから、両腕で彼女の首を絞める。彼女の首は細く、絞めてしまえばすぐに折れてしまいそうであったが、そうもいかない。
「ゆいねの仲間をこれ以上傷つけないで!」
ステッキをバットのように振り回して妖の頭を穿った唯音。やっている事はシンプルでいて、愛らしい形だがいたって真剣。
唯音と同じタイミングで妖を蹴り飛ばした冬佳は、即座に立ってからよろめいた妖を見据えた。
だが、更にその奥――何か白いものがチラついた。
「まずい、なんか来とるな」
逝の感情探査に何かしらのものが引っかかる。しかし刹那、逝の頭が割れそうに痛み出したかと思えば、平衡感覚を失った程に揺れながら崩れていく。
妖がブレる逝に爪で貫きながら、奇声を上げて笑う。だが逝はそれ所では無い。
「な、なん。数百人規模で、なんか近くに、感情が凝縮され――ッ」
あまりの膨大な人数の感情の怨嗟が流れ込み、思わず感情探査を切断した。
唯音がステッキを上にあげれば、最後の妖が一斉に飲み込まれて消え―――。
ぽ ぽ
ぽ ぽ ぽ
ぽ ぽ ぽ ぽ ぽ
ぽ ぽ
氷雨が言う。
「おねえちゃ――ん」
「撤退だ!!」
柾は氷雨と唯音を抱え、蕾花は逝を引きずりながら覚者は撤退を開始した。
の、だが。
そんなに上手く行く訳は無い、か。
フーッ、フーッと息をする唯音の口を押えた柾。七人は一際大きな木の後ろと、入り組んだ根の間に身体を入れて隠れていた。
背後では、真っ白のドレスに身を包んだ女性が木の合間に偶に姿を現す。歩いているよりは、平行移動しているような、生者には程遠い動き方で。
覚者たちは小声で作戦会議を始めた。
たまきは言う。
「ど、どうしましょうか……。あの場所に戻る事はできなさそうですね」
冬佳も頷き。
「そのようです。氷雨さん、ところで黒札の使い方は御存知ですか?」
氷雨は首を横に振った。
逝はマイペースに。
「いやー、あの八尺。是非コレクションのひとつに加えたい」
と言った刹那。
一筋の風が通り過ぎ、森の鳥たちも一斉に飛び立っていく。
血雨が立つ場所の木々が一斉に倒れ、断面は綺麗に食い千切られていた。一瞬にして見通しがよくなった場所では、血雨が八尺という鉈を振り切っていた。
「あれこれ構わず、おっさんたちをあぶりだすつもりだろうかね」
「なかなか笑えない冗談ですね」
逝と冬佳は一斉に頭をひっこめながら、まだ無事な大木の下に再度隠れた。
その頃、蕾花はギギギと機会のように小刻みに動きながら、自分の行動を抑え込んでいた。仇は目の前にいるのに、だが触れる事はできない。
「ゆいね、まだあそこ調査してないのに」
柾の腕をどかして発現した唯音。
智雨は段々と此方に近づいてくる。
風が通り過ぎる音が耳のすぐそばを駆けてゆく。
たまきは構えながら、
「氷雨さんだけでも……」
「ばっ、ばかいわないでよっ、そんな事されても嬉しくもなんともないんだからっ」
氷雨は首を振る。
「「あ」」
がさがさ、と二人の目の前を小鹿が駆けて行った。
小鹿は大木を飛び越え、そこで血雨の覇気に触れたのかぴくりと身体を震わせた刹那。地面にいまひとつ大きな地響きが鳴り、命がひとつ弾けた音がした。
だが不自然な事はあった。唯音や柾が見ていた血雨はまだ遠くにいたのだが、小鹿の場所へまるで瞬間移動したかのように速攻で追いついて来たのだ。
「あれ、血雨の特殊能力かな」
「数尺の移動が瞬時に可能とか笑えないな」
その日は、血雨に気づかれずにやり過ごす事はできたようであった。
「お願い。血雨に行かないで。行っちゃ駄目。気づいて、お願い、敵だよっ、お兄ちゃんのまわりにいる人、全部敵だよ!!」
氷雨は冬佳の両腕を掴む。
「お姉ちゃんたちのまわり、……街に、FiVEじゃないのがいる、よね?」
氷雨は覚者を見回した。
「まわり、敵がいっぱいいる。ど、どうして、FiVEはあの人たちと一緒に、街にいるの……?」
これはただの氷雨の我儘だ。
「血雨も倒さないといけないの知ってる。だから氷雨は、どうすればいいのかわからない!!
ちーちゃんも倒さないといけないのわかってるけど、倒しに行けば、しーちゃんが目的のために動き出す。
でもでもでも、しーちゃん止めるためにはちーちゃんの場所にいったらいけないのに、でもちーちゃん倒さないと五麟が大変で、でもそうじゃなくても五麟は大変で。
しーちゃん動いてる、ずっとずっと前から機会を伺ってる」
わぁん! と泣き出した氷雨はそれ以上は言わなかった。
ただ、五麟に帰りたくないと最後まで泣き続けていた。
けれど、遅かった。
覚者達が到着した頃には、既に、全て、血雨と化していた。
依頼に参加した覚者の数は八人。
八つの水溜り。
そして、八つの―――妖。
「確か……血雨の犠牲者が心霊系妖と化して彷徨っていた、と。以前にそんな話がありましたね」
『水天』水瀬 冬佳(CL2000762) は追憶を語る。呪具は肉体を食む、残された魂は……いや、それはこの世界に魂というものが存在するのかから考えねばならない事にはなるが。
現に存在している妖は、彼等の無念が祟り神として姿を変えたものに等しい。
境遇を呪い、生者を疎み、仲間さえ判別が不可能になった妖は襲い来る。
「おじさん!」
『ママは小学六年生(仮)』迷家・唯音(CL2001093) の首を、身長の高い男の大きな手が絞めた。
お前が代わりになれば良かったのに、もっと生きたかったのに。
怨嗟は例えいたいけな少女であろうとも容赦無く襲い掛かった。空気が薄く、ぼーっとしていく唯音の視界。『戦場を舞う猫』鳴海 蕾花(CL2001006) が回し蹴りで男を唯音から引き剥がし、獣耳の毛が逆立つ。
どうして、何故。
憤怒者と共に行動しなければならないのか。それは憤怒者を憎む蕾花であるからこそ、発生するごく自然な疑問ではあった。
逢魔ヶ時氷雨。
彼女は『百合の追憶』三島 柾(CL2001148) の背中の隠れながら、何処で調達したのか知れない自動小銃を構えた。
「氷雨、俺の傍から離れないでくれ」
柾はそう言ったのだが、氷雨はどこか遠くの方を見ながら反応しない。
「氷雨?」
「え? あ、ああ、なん……ですか」
「傍から、離れないでくれ」
「そ、そうだね……あんな、化け物がいるところで一人には、ならないようにします」
化け物。
氷雨にはそうしか見えないのだろうが、少なくとも五麟の仲間であった彼等。
緒形 逝(CL2000156)のペンライトで照らされた彼等はもう生前の姿とかろうじて保っているものの、ふやけて見るにも耐えない。
賀茂 たまき(CL2000994)は込み上げる気持ちを抑えながら、今はまだ彼等を落ち着かせなければと呪符と護符を構えた。
「どうか、安らかに眠れるように――」
こんなに苦しい戦いは、今までにあったものか……。
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ぽ ぽ
ぽ ぽ ぽ
ぽ ぽぽ
こえが、する。
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胸が鷲掴みにされて揺さぶられているようだ。唯音の肺から空気を取り込む作業も、今では不規則に行われている。
思い出すのは、こもれびでの出来事。
晴天と呼べる温かい日に、紅茶と甘いお菓子を囲んで。君と同い年くらいの娘がいるんだよ――と、優しい瞳で語っていた男は。
もう、いない。
目の前にいるのは成れの果て。
希望から逆転した未来無き者達を思えば、たった十三年しか生きていない少女でも涙を浮かべて、血雨へと憤った。
しゅん色に似た、橙色にも似た炎が地面から吹き荒れた。天へと昇る炎に、天国への道標を託す。
「ゆいねの仲間を血雨にするなんて許せない」
頷いた蕾花。
「必ずあたしらが敵をとってやるからね」
苦無の牙を携え、炎の中へと飛び込んでいく。唯音の炎は蕾花の通る道はきちんと避け、そして苦無は唯音の知っている男の首を掻っ切った。首の無い身体は力無く膝から崩れ、そして地面の下へと透き通って消えていく。
蕾花はそれで足を止めず、隣の男の胸へ肘を叩きこんだ。
『あはっ、あはははは!! おかしくて、くっ、ふふ』
暁であった紫雨の声が蕾花の思考回路に響いた。
今現在この光景、見たことがあるのだ。血雨に食われた者達が妖となり、襲って来たあの光景が。
『おかしいよね、一回死んでるのにさ、また死んじゃってるよあいつら、ははは!! あはははは!!』
思えば、紫雨はあの時から全てを掌握していた。
蕾花は頭を左右に何度も振りながら、紫雨の言葉を振りほどく。今は冷静さを欠いている場合では無い。自分達がしてやれる事があるとすれば、妖へとどめを刺してやる事。
後衛より氷雨の援護は続く。イレブンだけに訓練はされていたのか小銃を扱う腕は可もなく不可も無く。けれど心霊系相手ではいまいち弾はすり抜け、氷雨は頭を傾けて焦っていた。
「間に合わなくてすまない。だがせめて安らかに」
同じ立ち位置で、柾は弓の弦を引く。柾が引く弓に、物理的な矢は無い。ただ、彼が弓を引けば轟と燃ゆる炎が細い矢となり出現し、飛んでいくのだ。
氷雨はそれを何度か目視してから、自分の手を見て、若干落ち込んだ。
「氷雨。無理はするな。お前があの時、守ってくれたように俺もお前を守りたい。失いたくないんだ。頼む」
「わかってる。役に立てないのが悲しいだけ。でも……ありがとう」
山を覆う水蒸気を掻き集め、冬佳が起こした白波は炎上していた敵の群を今度は叩きつけていく。
「その無念。我が神水を以て洗い浄め祓い鎮めます。――どうか、安らかに」
全身濡れた亡者が冬佳の首元に噛みつき、本来の冬佳なら厭わず回避ができただろうが。向って来た亡者はつい先日、学園で見かけた少女に間違いが無かった。
あの時少女は何枚もの書類を抱えながら歩いていたから、よく覚えていた。確かそれを盛大に床にぶちまけて困っていたのを助けていた。
「嗚呼……貴方も、戻れない場所まで……」
逝ってしまったのか。
彼女を押し返して傷口を押える。涙のように流す血は、零れ落ちて、山とひとつになっていく。
「おやすみなさい」
冬佳は小太刀を抜く。月明りも乏しい山で、刃は光輝いた。
空気を裂く刃の一撃は、少女の心臓部を貫通。少女は何故だか抵抗をしなかったようにも見えた――そして、ありがとうと言われた気がした。
一部始終を見ていた、たまき。どうにも、一連の妖事件が他人事には思えず、だが彼等の最後の声くらいは聞き届けたい為に行うのは交霊術。
「……?」
しかし、交霊術には何も答えてくれない。
「交霊術が拒否されている訳じゃなくて……、術の届かない『別の場所』にいるような……」
ざっくりとした感想だが、たまきはその感覚を掴んでいた。
妖とは、思念から生まれる別個体である為に、死者そのものでは無い。改変されたコピーという言い方が正しいかも知れないが。
では、元となった行方不明の魂たちはどこへ行ってしまったのか。
「閉じ込められているような……、どこかに詰め込まれて、そこから出て来れなくて、成仏もできていないみたいな……」
たまきは事実だけを並べていく。
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着実に数を減らしていく覚者達。難なく行えてはいたものの、いい気はしない。
苦無が駆ける。
蕾花は舞うようにして戦場の敵の合間を抜けていく。口を盛大に開け、日本語さえ忘れた声を発する子供がたまきを噛まんとしたとき。
刃はタックルをかました勢いと共に、子供の妖の腹を抉ってゆく。がああ! と叫び声を上げた子供だが、蕾花の手元が緩む事は無い。
そこへたまきが強化した片腕を振り、子の背を穿つ。くの字に曲がった子はそのまま地面へ伏せって消えていく。
氷雨がふぅと息を吐きながら、
「あとちょっとか……」
と言った時、蕾花は呟く。
「私が戦った相手はね、片親なんだ」
「……?」
「あんたと同じ憤怒者に父親を殺されて、残った母親に少しでも楽させるためにファイヴに入ったんだ」
「そ、それは」
「まだ中学生だから他に入れるところが無いってさ、あんたにとってこいつらもあたしらもただの化物に過ぎないだろうけど。こいつらは数少ない仲間に変わりないんだ」
「……」
「まぁ、イレブンのあんたにゃ分からないだろ」
「化け物が徒党君だって怖いだけよっ。でも……皆支え合わないと生きていけない世界なんだね」
再び氷雨は遠くを見ていた。
「氷雨!」
彼女へ飛びかかる妖、氷雨を抱えて護る柾。
ハッとした氷雨は、だがまた目が泳いで遠くを見た。
「さっきから、何を……何故、集中を掻いているんだ」
「だって……あっちから、お姉ちゃんが来てる気がして、なんとなく。柾……血が」
交霊術が使えなくとも、たまきは声を荒げていた。
「何があったんですか、教えてください、お願いします!!」
『血雨が、食う、食う……!』
それを繰り返すばかり。掴みかかられたとしても、たまきは防御のほうが得意だ。難なく振りほどいてはみるのだが。防御だけでは勝つ事ができなのもまた知っている。硬質化させた左足を振り上げ、妖の腹部を射抜く。心の中では、謝罪をひとつ零した。
跳躍した妖が冬佳のもとへと降りかかる。
馬乗りの状態になった妖が口元をひと舐めしてから、両腕で彼女の首を絞める。彼女の首は細く、絞めてしまえばすぐに折れてしまいそうであったが、そうもいかない。
「ゆいねの仲間をこれ以上傷つけないで!」
ステッキをバットのように振り回して妖の頭を穿った唯音。やっている事はシンプルでいて、愛らしい形だがいたって真剣。
唯音と同じタイミングで妖を蹴り飛ばした冬佳は、即座に立ってからよろめいた妖を見据えた。
だが、更にその奥――何か白いものがチラついた。
「まずい、なんか来とるな」
逝の感情探査に何かしらのものが引っかかる。しかし刹那、逝の頭が割れそうに痛み出したかと思えば、平衡感覚を失った程に揺れながら崩れていく。
妖がブレる逝に爪で貫きながら、奇声を上げて笑う。だが逝はそれ所では無い。
「な、なん。数百人規模で、なんか近くに、感情が凝縮され――ッ」
あまりの膨大な人数の感情の怨嗟が流れ込み、思わず感情探査を切断した。
唯音がステッキを上にあげれば、最後の妖が一斉に飲み込まれて消え―――。
ぽ ぽ
ぽ ぽ ぽ
ぽ ぽ ぽ ぽ ぽ
ぽ ぽ
氷雨が言う。
「おねえちゃ――ん」
「撤退だ!!」
柾は氷雨と唯音を抱え、蕾花は逝を引きずりながら覚者は撤退を開始した。
の、だが。
そんなに上手く行く訳は無い、か。
フーッ、フーッと息をする唯音の口を押えた柾。七人は一際大きな木の後ろと、入り組んだ根の間に身体を入れて隠れていた。
背後では、真っ白のドレスに身を包んだ女性が木の合間に偶に姿を現す。歩いているよりは、平行移動しているような、生者には程遠い動き方で。
覚者たちは小声で作戦会議を始めた。
たまきは言う。
「ど、どうしましょうか……。あの場所に戻る事はできなさそうですね」
冬佳も頷き。
「そのようです。氷雨さん、ところで黒札の使い方は御存知ですか?」
氷雨は首を横に振った。
逝はマイペースに。
「いやー、あの八尺。是非コレクションのひとつに加えたい」
と言った刹那。
一筋の風が通り過ぎ、森の鳥たちも一斉に飛び立っていく。
血雨が立つ場所の木々が一斉に倒れ、断面は綺麗に食い千切られていた。一瞬にして見通しがよくなった場所では、血雨が八尺という鉈を振り切っていた。
「あれこれ構わず、おっさんたちをあぶりだすつもりだろうかね」
「なかなか笑えない冗談ですね」
逝と冬佳は一斉に頭をひっこめながら、まだ無事な大木の下に再度隠れた。
その頃、蕾花はギギギと機会のように小刻みに動きながら、自分の行動を抑え込んでいた。仇は目の前にいるのに、だが触れる事はできない。
「ゆいね、まだあそこ調査してないのに」
柾の腕をどかして発現した唯音。
智雨は段々と此方に近づいてくる。
風が通り過ぎる音が耳のすぐそばを駆けてゆく。
たまきは構えながら、
「氷雨さんだけでも……」
「ばっ、ばかいわないでよっ、そんな事されても嬉しくもなんともないんだからっ」
氷雨は首を振る。
「「あ」」
がさがさ、と二人の目の前を小鹿が駆けて行った。
小鹿は大木を飛び越え、そこで血雨の覇気に触れたのかぴくりと身体を震わせた刹那。地面にいまひとつ大きな地響きが鳴り、命がひとつ弾けた音がした。
だが不自然な事はあった。唯音や柾が見ていた血雨はまだ遠くにいたのだが、小鹿の場所へまるで瞬間移動したかのように速攻で追いついて来たのだ。
「あれ、血雨の特殊能力かな」
「数尺の移動が瞬時に可能とか笑えないな」
その日は、血雨に気づかれずにやり過ごす事はできたようであった。
「お願い。血雨に行かないで。行っちゃ駄目。気づいて、お願い、敵だよっ、お兄ちゃんのまわりにいる人、全部敵だよ!!」
氷雨は冬佳の両腕を掴む。
「お姉ちゃんたちのまわり、……街に、FiVEじゃないのがいる、よね?」
氷雨は覚者を見回した。
「まわり、敵がいっぱいいる。ど、どうして、FiVEはあの人たちと一緒に、街にいるの……?」
これはただの氷雨の我儘だ。
「血雨も倒さないといけないの知ってる。だから氷雨は、どうすればいいのかわからない!!
ちーちゃんも倒さないといけないのわかってるけど、倒しに行けば、しーちゃんが目的のために動き出す。
でもでもでも、しーちゃん止めるためにはちーちゃんの場所にいったらいけないのに、でもちーちゃん倒さないと五麟が大変で、でもそうじゃなくても五麟は大変で。
しーちゃん動いてる、ずっとずっと前から機会を伺ってる」
わぁん! と泣き出した氷雨はそれ以上は言わなかった。
ただ、五麟に帰りたくないと最後まで泣き続けていた。
