ジュラシック・ゾーン
●
とある町の博物館。
冬の短い日が落ちて、あたりがすっかり闇に包まれた頃。
館内では閉館の時刻を告げる旋律が流れはじめた。
二階、恐竜フロア。大小様々な復元骨格が立ち並ぶ展示の目玉。昼には多くの人で賑わうこの場所も、いまはしんと静まり返っている。
蛍の光の音色だけが、虚しく鳴り響く。
残っているのは二人だけだ。
ひとりは少年。フロア中央の、他より一際目立つ標本を、目を輝かせ見つめている。視線の先に置かれているのは、恐竜の王、ティラノサウルス。その大きさ、その形式美。年頃の少年で、それに夢中にならない者などきっといない。
ひとりは中年男性。フロア隅の休憩用ベンチのうえで、ずいぶん長いあいだ、難しげな顔つきで考え込むように座っている。ときおり手にした手帳を開いては、なにやら独り言を口にしている。
二人はともに自分の世界に浸っていて、閉館の合図に気がつかない。
じきに蛍の光が止み、見回りの女性職員が現れた。
「すみません、閉館のお時間となります」
女性職員の声で、少年が後ろに向き直る。
少年は不思議に思った。
なぜならその女性職員が、恐怖に引きつったような顔で自分を見ていたからだ。
女性職員が自分を指差し、口をぱくぱくとさせながら、声にならない声をあげている。
「あの、どうかしましたか……」
顔になにかついているのだろうか。手で触って確かめてみる。しかしとくに変わったところはない。
いったいどうしたと言うのだろう。
けれども、よく見てみると女性職員の指先は、自分ではなくその背後に向けられているようだ。
(後ろ……?まさか)
少年は恐る恐る背後を振り返った。
目の前にあったのは、さきほどまで夢中で眺めていた、ティラノサウルスの――頭蓋骨!
悲鳴をあげる間もなく、少年のちいさな身体は、その巨大な牙によって噛みちぎられてしまった。
――そのとき、すこし離れた場所では。
この光景を見ていた中年男性の口元に、ふっと笑みが浮かんだ。
●
「――というわけで今回は、妖化した恐竜の骨格標本2体の討伐をお願いしたいと思います。手強い相手ですから、みなさんくれぐれも気をつけてくださいね」
久方 真由美(nCL2000003)は穏やかな声音で、夢に見た惨劇の情景と任務の概要を淡々と伝える。
「戦闘の際は一般人がいるので巻き込まないよう注意してください。とくに敵のすぐ近くにいる少年と女性職員については、戦闘前に非難させるなどしたほうが安全かもしれません。それから――」
中年の男性の正体について、だそうだ。
「どうやら怪奇小説の作家みたいですね。創作のアイデアを探すため、奇怪な出会いを求めて全国津々浦々を放浪する変わり者のようです。この場所にはたまたま居合わせたらしく、妖との遭遇にすこし興奮している様子です。戦闘の邪魔をされることはないと思いますが、おそらく職業柄からみて、戦闘後に取材を申し込まれるかもしれません。FiVEは秘匿組織ですから、うまく質問をかわして、情報をうっかり漏らさないよう注意してくださいね」
とある町の博物館。
冬の短い日が落ちて、あたりがすっかり闇に包まれた頃。
館内では閉館の時刻を告げる旋律が流れはじめた。
二階、恐竜フロア。大小様々な復元骨格が立ち並ぶ展示の目玉。昼には多くの人で賑わうこの場所も、いまはしんと静まり返っている。
蛍の光の音色だけが、虚しく鳴り響く。
残っているのは二人だけだ。
ひとりは少年。フロア中央の、他より一際目立つ標本を、目を輝かせ見つめている。視線の先に置かれているのは、恐竜の王、ティラノサウルス。その大きさ、その形式美。年頃の少年で、それに夢中にならない者などきっといない。
ひとりは中年男性。フロア隅の休憩用ベンチのうえで、ずいぶん長いあいだ、難しげな顔つきで考え込むように座っている。ときおり手にした手帳を開いては、なにやら独り言を口にしている。
二人はともに自分の世界に浸っていて、閉館の合図に気がつかない。
じきに蛍の光が止み、見回りの女性職員が現れた。
「すみません、閉館のお時間となります」
女性職員の声で、少年が後ろに向き直る。
少年は不思議に思った。
なぜならその女性職員が、恐怖に引きつったような顔で自分を見ていたからだ。
女性職員が自分を指差し、口をぱくぱくとさせながら、声にならない声をあげている。
「あの、どうかしましたか……」
顔になにかついているのだろうか。手で触って確かめてみる。しかしとくに変わったところはない。
いったいどうしたと言うのだろう。
けれども、よく見てみると女性職員の指先は、自分ではなくその背後に向けられているようだ。
(後ろ……?まさか)
少年は恐る恐る背後を振り返った。
目の前にあったのは、さきほどまで夢中で眺めていた、ティラノサウルスの――頭蓋骨!
悲鳴をあげる間もなく、少年のちいさな身体は、その巨大な牙によって噛みちぎられてしまった。
――そのとき、すこし離れた場所では。
この光景を見ていた中年男性の口元に、ふっと笑みが浮かんだ。
●
「――というわけで今回は、妖化した恐竜の骨格標本2体の討伐をお願いしたいと思います。手強い相手ですから、みなさんくれぐれも気をつけてくださいね」
久方 真由美(nCL2000003)は穏やかな声音で、夢に見た惨劇の情景と任務の概要を淡々と伝える。
「戦闘の際は一般人がいるので巻き込まないよう注意してください。とくに敵のすぐ近くにいる少年と女性職員については、戦闘前に非難させるなどしたほうが安全かもしれません。それから――」
中年の男性の正体について、だそうだ。
「どうやら怪奇小説の作家みたいですね。創作のアイデアを探すため、奇怪な出会いを求めて全国津々浦々を放浪する変わり者のようです。この場所にはたまたま居合わせたらしく、妖との遭遇にすこし興奮している様子です。戦闘の邪魔をされることはないと思いますが、おそらく職業柄からみて、戦闘後に取材を申し込まれるかもしれません。FiVEは秘匿組織ですから、うまく質問をかわして、情報をうっかり漏らさないよう注意してくださいね」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.妖の討伐
2.一般人の生存
3.ファイヴの情報を漏らさない
2.一般人の生存
3.ファイヴの情報を漏らさない
今回も妖の討伐がメインとなりますが、以前よりほんのりやること多めです、がんばりましょう!
●敵
物質系の妖(ランク2)×1 ティラノサウルスの骨格標本
物質系の妖(ランク1)×1 ヴェロキラプトルの骨格標本
▽ティラノサウルスの骨格標本
大型肉食恐竜の骨。高さ4メートル、全長10メートル。
動きは速くないが、攻撃力と耐久力はともに高い。
突進……物単貫 頭からすごい勢いで突っ込む
テイルアタック……物列 しっぽで攻撃
地震……物全(BS混乱) 地団駄を踏んで地面を揺らす
▽ヴェロキラプトルの骨格標本
小型肉食恐竜の骨。高さ0.5メートル、全長2メートル。
攻撃力と耐久力はともに低いが、素速さがある。
かみつき……物単 牙でかみつく
体当たり……物単 いきおいをつけて相手に体当たり
●状況
場所は博物館内の恐竜フロアです。
直径30メートルの円形空間で、入口と出口が一つずつあります。
中央にはティラノサウルスの標本が一体のみ。その他の恐竜標本は円の外周に沿って数十体配置されています。
少年と女性職員は中央付近に、中年男性は入口付近のベンチに座っています。
位置関係としては、三人ともティラノサウルスの正面側にほぼ直線上に並んでいます。
以下のようなイメージです。(>や=はだいたいの距離感)
【入口】>中年男性>>>女性職員=少年=ティラノサウルス>>>>【出口】
ちなみにヴェロキラプトルは出口に近い側から、ティラノサウルスとの戦闘開始後に現れます。
●一般人
▽少年
鈴木吾郎、11歳。
▽女性職員
吉田由紀恵、37歳。
▽中年男性
海苔月はじめ、46歳。
怪奇小説作家。小説のネタを求めて全国を旅しながら、奇怪な事件が起こりそうな場所へと夜な夜な足を運んでいます。取材魔でもあり、面白そうな人物の話はとくに聞きたがります。見聞きした情報などは、肌身離さず携帯しているネタ帳に欠かさず書き込んでいるようです。
●補足
▽戦闘後の行動について
中年男性が取材にやってきた場合の注意点です。
現状のFiVEは秘匿組織ですので、一般人に対してその情報を漏らす行為は避けなければなりません。
そこでみなさんには、男性の質問に対して、FiVEに関わる情報をうまくはぐらかすよう行動していただければと思います。
たとえば、無視して答えない、組織名や活動内容について聞かれたらまったくデタラメな返答をする、逆に質問して相手の質問を遮る、などなど。情報を隠せさえすればOKですので、やりかたはおまかせします。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2016年01月02日
2016年01月02日
■メイン参加者 8人■

●
恐竜。かつて栄華をきわめた地上の主。その太古の痕跡は長い時を経てなお、人びとを魅了し当時の威厳を保ち続けている。
いまこの瞬間も、ある少年の心が、そんな栄華の痕跡にとりさらわれていた。
とある街の博物館、その恐竜フロア。
閉館時刻を過ぎ静寂に包まれたその場所の中央に、少年は立っていた。彼を虜にしているのは、目の前で鎮座する恐竜の王、ティラノサウルス。
その巨大な骨格標本は、はるか昔に地上を闊歩した姿そのままの状態で置かれていた。大きく、そして強い。少年の心を惹きつけるには、それだけで十分だ。
少年は空想した。生前のティラノサウルスが、獲物を求め駆けまわる当時の光景を。
そのとき――突如、空想混じりの視界に、見慣れぬ人影が飛び込んできた。
『紅戀』酒々井 数多(CL2000149) だ。
彼女は『韋駄天足』を使い、他の面々に先駆けてこの場所に到着した。風のような速さでフロアを駆け抜け、少年とティラノサウルスの間に割って入る。骨格標本はまだ動き出していない。数多はほっと胸をなでおろし少年を見た。彼はぽかんと口をあけている。
「もうそろそろ、帰る時間よ。もう外は暗いから早く帰ったほうがいいわよ」
そのとき、入口付近がにわかに騒がしくなる。
後続の覚者たちが到着したのだ。
「おっきいのっていいよね、つよいぞかっこいいぞ!」
『裏切者』鳴神 零(CL2000669) は巨大な骨の標本を前にして、おーっとテンション高く右腕をあげた。
一般人たちの視線が一斉に覚者たちに向いた。
工藤・奏空(CL2000955) はそのなかのひとり、博物館の女性職員のもとへ向かい、事情を説明した。
「すみません、ここの職員さんですね。じつはこのあと、展示している恐竜の骨が妖化するらしいのです。危険ですので避難していただけませんか」
「……そういわれましても」
女性職員はいきなりのことに、戸惑いの表情を浮かべた。いまのところ異常はないし、この人たちがいたずらをするため嘘を言っていないとも限らない。どうすべきか、思案した。
そのやりとりを見ながら興味津々に聞き耳を立てるのは、入口付近に座る中年の男性。
余計なことをされては厄介だ。四条・理央(CL2000070) はその男性の側に立ち警戒した。
そのとき、フロア中央から、不吉な音が響いた。人の立てる音ではない。ギシギシと骨のこすれる音。ティラノサウルスが動きだしたのだ。
驚愕の表情で見上げる少年。腰を抜かす女性職員。驚喜する中年男性。
「ほら、いきなさい」
「は、はいっ!」
数多が急かすようにいうと、少年は入口に向かい逃げるように駆けた。
説得の必要はなくなった。『だく足の雷鳥』風祭・雷鳥(CL2000909) は床にへたり込む女性職員を抱えると、『韋駄天』で素早く外へと連れ出した。
けれど、中年男性だけは動く気配がない。
『白焔凶刃』諏訪 刀嗣(CL2000002) が痺れを切らしたように男性のもとへ歩み寄る。
「失せろって言ってんだよ。痛い目が好きならお望み通りにしてやるが?」
男性の関心は妖化したティラノサウルスに釘付けで、まったく聞く耳をもたない。
「しょうがねぇな……」
刀嗣の手刀が男性の首筋を素早く打つ。男性は気絶しその場に倒れた。
「あとは任せた」
刀嗣はぞんざいにそう言うと、『連覇法』を使い、フロア中央へと向かった。
華神 刹那(CL2001250) は刀嗣のあとを受け、横たわる男性を抱き起し外へと運びだした。
「避難完了だね」
工藤は再び一般人が入ってこられないよう、扉に鍵をかけた。
「いけないいけない、遅くなってしまった」
すこし遅れて緒形 逝(CL2000156) が到着した。彼はあまりの懐かしさから宇宙フロアに見入ってしまっていたのだ。恐竜フロア入口前には、すでに避難を終えた三人の一般人がいた。厄介な中年男性は床に仰向けに伸びている。逝は素知らぬ顔で彼らの前を通り過ぎた。
「おや」
扉に鍵がかかっていて開かない。仕方がないなと、逝は物質透過を発動した。逝の身体が扉のなかへとずぶずぶと入り込み、やがて完全に反対側へと抜けた。
●
それが戦闘開始の合図であるかのように、ティラノサウルスの咆哮がフロア全体に児玉した。
長い首を持ち上げた敵は、頭蓋骨に空く二つの大きな黒い目で、覚者たちを天井近くから見下ろし睨めつける。あらためて見ると、その巨大さは圧倒的。けれど、いまさら恐れをなし逃げだす者はこの場にはいない。みな、手慣れた仕草で持ち場につくと、覚醒し武器を構えた。
まず先手を切ったのは、俊足が持ち味の雷鳥だ。地を蹴ると同時に、その身は敵の懐深くに潜り込んでいた。
「すっとろいねえ」
手にしたランスで、敵の脚部を突く。目にも止まらぬ速度で放たれる二連撃――飛燕。
硬い。妖化に伴い強化された骨は、まるで金属を打つような感触だ。
「櫻火真陰流、酒々井数多、往きます! 散華なさい!」
続けて前に出たのは数多。全身から赤い炎が間歇的にほとばしる。あらかじめ掛けていた『醒の炎』の効果だ。体内に宿る炎が活性化されたいまの数多の身体能力は、通常時よりも大幅に強化されている。
愛刀を抜いた。緋色の鞘から現れる銀の刀身。数多は駆け、それを二度振りぬく――飛燕。
「全く、たかだか恐竜の妖風情が、人間様に勝てるとは思わないでよね! 暴君っぷりなら私も負けないっての」
甲高い音、飛び散る火花。
二人の『飛燕』に脚部を打たれ、ティラノサウルスは若干のよろめきを見せた。その無機質な表情からはダメージの多寡は読み取れない。けれど、まったくの無傷というわけではなさそうだ。
態勢を崩したティラノサウルス。その隙を逃すまいと、後衛の奏空が右腕を突き出し詠唱する――召雷。
敵の頭上に黒雲が立ち込め、稲妻が落ちた。閃光と雷鳴がフロア中を駆け巡る。直撃された巨体は焦げた吐息をはきその場に崩れた。倒れた身体からビリビリと電流がほとばしる。
「念のため掛けておこうかな」
理央は術符をかざした。
――清廉香。理央は状態異常に備え、味方全員の自然治癒力をあげた。
ティラノサウルスは怒気を含んだ動作で、むくりとその場に起きあがった。
巨体を大胆に大きく横に捻る。骨がミシミシとしなった。一瞬の静止。そしてその長い尾を思い切り振りぬいた。
そのとき前衛にいた者のうち、雷鳥はランスで受けてうまくそらすことができたが、それ以外、零、逝、刀嗣の三人は攻撃を直に受けてしまった。
強烈な打撃で三人は後方に弾き飛ばされた。ダメージも大きい。
大振りで隙のできた敵に対し、雷鳥が『猛の一撃』を食らわせた。足を折らんばかりの気持ちで、渾身の攻撃を与える。ティラノサウルスはよろめいた。雷鳥はすかさず追撃しようと構える。しかしそこに、もう一体の敵、ヴェロキラプトルの骨格標本が姿を現した。
猛烈な速度で、雷鳥の身体に体当たりを食らわせる。雷鳥は弾かれ地面に転げた。ヴェロキラプトルは、さらに倒れた雷鳥の身体に噛みつこうと飛びかかった。
そのとき、後方から飛苦無が飛び、宙空のヴェロキラプトルを撃った。
「こいつは俺が抑えとくから!」
奏空が叫ぶ。
奏空は遠距離からの攻撃で、ヴェロキラプトルを牽制した。
その隙に零と刀嗣がティラノサウルスのもとに駆け寄り、『飛燕』の連続攻撃を浴びせた。
後衛では、刹那が戦況を見守りつつ、集中し攻撃の機会を待った。
ここまでは覚者有利に戦闘が進んでいる。
そんな不利な状況に痺れを切らしたように、ティラノサウルスは、全身を震わせ大きく吠えた。闇雲に身体を振り、懐に入られるのを牽制する。じりじりと後退したあとで、すっと身をかがめた。
そして、駆けた。突進の攻撃。重い身体を豪快に揺らし、どすどすと覚者たちへと頭から突っ込んでいく。数多と逝を跳ね飛ばし、巨体は自ら停止することなく、入口側の壁へと激突した。衝撃でびりびりとフロア全体が振動する。ティラノサウルスの頭部が固い壁に深くめりこむ。
●
突進で隙だらけとなったティラノサウルス。そのがら空きの後部を叩こうと刀嗣が詰め寄った。しかしそれを庇うように、ヴェロキラプトルがその間に割って入った。
「邪魔なんだよ雑魚骨」
刀嗣は圧撃を放ち、二体を引き離す。けれど、ヴェロキラプトルはしぶとく立ち上がり、再びティラノサウルスの前に立った。
「だったら、二体まとめて叩くだけだよ」
――貫殺撃。雷鳥のランスはヴェロキラプトルを貫き、勢いを止めぬままその身体ごと後ろに立つティラノサウルスをも突き刺した。
悶えの咆哮。
ティラノサウルスはめり込んだ頭部を引き抜くと、がばりと振り向いた。そして片足を思い切り振りあげる。
「地震の攻撃がくるよ!」
気づいた数多が警告するが、ときすでに遅かった。
高らかとあげられた敵の片足が、勢いよく踏み下ろされる。
どん、とものすごい衝撃がフロア中に伝わった。
ティラノサウルスはなおも動作を止めず、両足を交互に地面へと叩きつける。
地響きが鳴り、フロアが激しく揺れた。立っているのもつらい揺れだ。
回避困難な全体攻撃。
回復役を失ってはまずい。とっさに判断した逝は、近くにいた 刹那を庇うようにその身体を支えた。
――。
やがて静寂が戻った。
地面に刺したランスにしがみつき、なんとか揺れをやりすごした雷鳥は、あたりを見まわす。
みな、ダメージ自体は大したことはないようだ。
「ボクにまかせて」
理央が術符を手に詠唱した。『癒しの霧』ですぐさま全員の回復をはかる。けれど、工藤と緒形がなおも苦痛の表情を浮かべていた。ともに混乱の状態異常をもらったらしい。
――ぽこん。
数多の手刀が、混乱する奏空の頭を叩いた。荒療治ではあるが、状態異常回復スキルをもつのは工藤のみ。したがってこの手段をとるしかすべはない。
「どう、よくなった?」
数多は尋ねその顔を伺う。けれど、奏空の視線はまだ宙を彷徨っていた。奏空は苦無を握りしめ、数多に襲いかかる。
――ぽこん。
その後頭部をふたたび誰かか打った。理央だ。
「あたたー……」
地面に両腕をつく奏空。二度も叩かれ頭部がずきずきと痛む。けれど、さきほどまでの視界の歪みは完全に治まった。
「少年少女の夢をブチ壊すようで悪いが、相手が何であれ喰い散らす」
禍々しい瘴気を発する悪食。逝はその獲物を思い切り振りぬいた。しかしその矛先は敵ではない。
「おわっ。緒形さん、俺は敵じゃないよ!」
奏空はすんでのところで攻撃をかわし叫んだ。
すぐさま奏空は『演舞・舞衣』を発動し、逝の状態異常の回復を図る。
逝はぐらぐらと歪む視界が少し治まるのを感じた。目頭をおさえ、酔いを覚ますみたいにぶんぶんと頭を振る。
「すまない、おっさん少し混乱してたようだ」
●
やはり優先すべきはティラノサウルス。
ヴェロキラプトルの方は、近距離からは雷鳥が、遠距離からは奏空が、ヒットアンドアウェイでの牽制を続けた。おかげで他の者はティラノサウルスへの攻撃に集中できる。
遅い巨体に対しては、威力よりも、精度と速度を活かし数を重ねる。飛燕のラッシュだ。覚者たちは入れ替わり立ち替わり敵の前に出て、これでもかとばかりに無数の斬撃を浴びせた。
そして、やがて――。
刀嗣の斬撃が脚部を打ち、敵が倒れる。反対側にいた逝が、のしかかる重量をうまく利用しその身体を持ち上げた。
――小手返し。巨体がふわりと宙に浮き、どん、と衝撃とともに落下した。
びりびりと地面が振動する。
「遥か何億年前の記憶を呼び起してないで、今は展示物として大人しくしてなさい!! 貴方はもう死んでるの。もう、食べたり走り回ったりできないけれど、貴方は多くの子供達に、夢を与える代物なんだから!」
零による、止めの一撃。
ティラノサウルスの骨格標本は、倒れ、動きを止めた。
骨の内側からどす黒い瘴気が立ち昇り、蒸発するように消えた。
妖化が解けたティラノサウルスの骨は元の姿に戻った。
残るはヴェロキラプトル。
先ほどの敵より格段に劣るこの敵は、もはやここにいる覚者たちの相手ではなかった。
刀嗣が『飛燕』で斬り飛ばし、雷鳥がその顎を『鋭刃脚』で蹴り上げた。ヴェラキラプトルは後方へと飛び、地面に転げた。
よろよろと立ち上がると、目の前には刹那が立っていた。
「刹那さん、いったよ」
「承知」
これまで後方で集中を重ねていた刹那は、描いたイメージをなぞるように刀を振りぬく。
――薄氷。刃から放たれた無数の氷の槍が、ヴェロキラプトルの身体を刺し貫いた。
ヴェロキラプトルは崩れ、その内側に巣喰った妖もろとも灰と消えた。
戦闘の終わりである。
●
入口の扉が開いていた。
というより、周囲の壁ごと崩れ落ちている。ティラノサウルスが突進で壊した壁だ。
その入口にひとりの男性が立っていた。
「ふははははっ! きみたち! 見ていたぞわたしは!」
例の中年男性だ。見るからに嬉しげな顔で、高笑いしつつ戦闘を終えた覚者たちのもとへ歩み寄ってくる。
じつは気絶から目覚めた男性はずっと、扉の隙間から戦闘を観察していたのだった。
「きみたちは覚者だね? しかし見たところ素人ではないな。一体どこの組織のものかね」
「何言ってるかわかりません」(イタリア語)
刹那がマルチリンガルを使い答えた。
「ええっ? なんだって?」
「それでは拙が昔欧州を旅して回ったときの話でも聞かせましょうか。あれはまだ拙が十代の頃、イベリア半島からプロヴァンスまでの地中海沿岸を歩いて旅したときに起こった出来事です。夏の暑い時期のことでした。スペインとフランスの国境にある山岳地帯、その国道脇をひとり歩いていると――」(イタリア語)
「ああ、すまない、ありがとう」
男性は刹那への取材をあきらめ、隣にいた数多に向き直った。
「私? 歌って踊れて可愛くて天才気味な酒々井数多よ? 知らないの?」
男性はうなずき、今度はその横の奏空に視線を送った。奏空はとぼけて言った。
「ただ恐竜と戦ってみたかった通りすがりの覚者だよ」
男性の眼差しがぎらりと鋭く光った。
「ではあの骨が妖化することを知っていたのはなぜだね?」
男性の首筋に刀が当てられた。
「しつけぇぞオッサン。拾った命を今すぐ捨ててぇのか? あ?」
男性は動じずさらに質問を重ねた。
「これほど計画的に、妖化を特定し討伐することなど、ただの通りすがりの覚者にできるとは思えない。お前たちはおそらく何かの組織の者なのだろう。隠してもいずればれることだよ。だから教えてくれてもいいだろう。きみたちは一体――」
男性の身体が地面に倒れた。刀嗣が腹パンをお見舞いし気絶させたのだ。
「誰か記憶を消せる守護使役をもってるだろ。めんどくせえから、それでこいつの記憶を消してやれ」
理央は守護使役リーちゃんに命じ、男性がここで経験した出来事をすべて忘れさせた。
その間、男性の傍らに落ちた手帳をぱらぱらとめくっていた奏空は、そこに自分たちのことが書かれているのを見つけた。「ごめんね……」とベリベリ破って証拠を隠滅する。
「任務完了。さて、帰りますか」
数多が見回しいった。すると零が離れた場所でなにやらしていた。
「これでよし」
彼女は取材のあいだ、妖化が解け床に散らばったティラノサウルスの骨格標本を展示しなおしていたのだ。
元通り、展示物に戻ったティラノサウルス。
これが本来の姿。けれど、戦闘を経たからだろうか。はじめの印象とはずいぶん違って見える。
とくにその大きさ。
覚者たちは目の前に聳える骨格標本の巨大さをあらためて実感した。
ふたたび動き出すことがありませんように。
みなは内心でそう祈りつつ、それぞれの帰路へとついた。
恐竜。かつて栄華をきわめた地上の主。その太古の痕跡は長い時を経てなお、人びとを魅了し当時の威厳を保ち続けている。
いまこの瞬間も、ある少年の心が、そんな栄華の痕跡にとりさらわれていた。
とある街の博物館、その恐竜フロア。
閉館時刻を過ぎ静寂に包まれたその場所の中央に、少年は立っていた。彼を虜にしているのは、目の前で鎮座する恐竜の王、ティラノサウルス。
その巨大な骨格標本は、はるか昔に地上を闊歩した姿そのままの状態で置かれていた。大きく、そして強い。少年の心を惹きつけるには、それだけで十分だ。
少年は空想した。生前のティラノサウルスが、獲物を求め駆けまわる当時の光景を。
そのとき――突如、空想混じりの視界に、見慣れぬ人影が飛び込んできた。
『紅戀』酒々井 数多(CL2000149) だ。
彼女は『韋駄天足』を使い、他の面々に先駆けてこの場所に到着した。風のような速さでフロアを駆け抜け、少年とティラノサウルスの間に割って入る。骨格標本はまだ動き出していない。数多はほっと胸をなでおろし少年を見た。彼はぽかんと口をあけている。
「もうそろそろ、帰る時間よ。もう外は暗いから早く帰ったほうがいいわよ」
そのとき、入口付近がにわかに騒がしくなる。
後続の覚者たちが到着したのだ。
「おっきいのっていいよね、つよいぞかっこいいぞ!」
『裏切者』鳴神 零(CL2000669) は巨大な骨の標本を前にして、おーっとテンション高く右腕をあげた。
一般人たちの視線が一斉に覚者たちに向いた。
工藤・奏空(CL2000955) はそのなかのひとり、博物館の女性職員のもとへ向かい、事情を説明した。
「すみません、ここの職員さんですね。じつはこのあと、展示している恐竜の骨が妖化するらしいのです。危険ですので避難していただけませんか」
「……そういわれましても」
女性職員はいきなりのことに、戸惑いの表情を浮かべた。いまのところ異常はないし、この人たちがいたずらをするため嘘を言っていないとも限らない。どうすべきか、思案した。
そのやりとりを見ながら興味津々に聞き耳を立てるのは、入口付近に座る中年の男性。
余計なことをされては厄介だ。四条・理央(CL2000070) はその男性の側に立ち警戒した。
そのとき、フロア中央から、不吉な音が響いた。人の立てる音ではない。ギシギシと骨のこすれる音。ティラノサウルスが動きだしたのだ。
驚愕の表情で見上げる少年。腰を抜かす女性職員。驚喜する中年男性。
「ほら、いきなさい」
「は、はいっ!」
数多が急かすようにいうと、少年は入口に向かい逃げるように駆けた。
説得の必要はなくなった。『だく足の雷鳥』風祭・雷鳥(CL2000909) は床にへたり込む女性職員を抱えると、『韋駄天』で素早く外へと連れ出した。
けれど、中年男性だけは動く気配がない。
『白焔凶刃』諏訪 刀嗣(CL2000002) が痺れを切らしたように男性のもとへ歩み寄る。
「失せろって言ってんだよ。痛い目が好きならお望み通りにしてやるが?」
男性の関心は妖化したティラノサウルスに釘付けで、まったく聞く耳をもたない。
「しょうがねぇな……」
刀嗣の手刀が男性の首筋を素早く打つ。男性は気絶しその場に倒れた。
「あとは任せた」
刀嗣はぞんざいにそう言うと、『連覇法』を使い、フロア中央へと向かった。
華神 刹那(CL2001250) は刀嗣のあとを受け、横たわる男性を抱き起し外へと運びだした。
「避難完了だね」
工藤は再び一般人が入ってこられないよう、扉に鍵をかけた。
「いけないいけない、遅くなってしまった」
すこし遅れて緒形 逝(CL2000156) が到着した。彼はあまりの懐かしさから宇宙フロアに見入ってしまっていたのだ。恐竜フロア入口前には、すでに避難を終えた三人の一般人がいた。厄介な中年男性は床に仰向けに伸びている。逝は素知らぬ顔で彼らの前を通り過ぎた。
「おや」
扉に鍵がかかっていて開かない。仕方がないなと、逝は物質透過を発動した。逝の身体が扉のなかへとずぶずぶと入り込み、やがて完全に反対側へと抜けた。
●
それが戦闘開始の合図であるかのように、ティラノサウルスの咆哮がフロア全体に児玉した。
長い首を持ち上げた敵は、頭蓋骨に空く二つの大きな黒い目で、覚者たちを天井近くから見下ろし睨めつける。あらためて見ると、その巨大さは圧倒的。けれど、いまさら恐れをなし逃げだす者はこの場にはいない。みな、手慣れた仕草で持ち場につくと、覚醒し武器を構えた。
まず先手を切ったのは、俊足が持ち味の雷鳥だ。地を蹴ると同時に、その身は敵の懐深くに潜り込んでいた。
「すっとろいねえ」
手にしたランスで、敵の脚部を突く。目にも止まらぬ速度で放たれる二連撃――飛燕。
硬い。妖化に伴い強化された骨は、まるで金属を打つような感触だ。
「櫻火真陰流、酒々井数多、往きます! 散華なさい!」
続けて前に出たのは数多。全身から赤い炎が間歇的にほとばしる。あらかじめ掛けていた『醒の炎』の効果だ。体内に宿る炎が活性化されたいまの数多の身体能力は、通常時よりも大幅に強化されている。
愛刀を抜いた。緋色の鞘から現れる銀の刀身。数多は駆け、それを二度振りぬく――飛燕。
「全く、たかだか恐竜の妖風情が、人間様に勝てるとは思わないでよね! 暴君っぷりなら私も負けないっての」
甲高い音、飛び散る火花。
二人の『飛燕』に脚部を打たれ、ティラノサウルスは若干のよろめきを見せた。その無機質な表情からはダメージの多寡は読み取れない。けれど、まったくの無傷というわけではなさそうだ。
態勢を崩したティラノサウルス。その隙を逃すまいと、後衛の奏空が右腕を突き出し詠唱する――召雷。
敵の頭上に黒雲が立ち込め、稲妻が落ちた。閃光と雷鳴がフロア中を駆け巡る。直撃された巨体は焦げた吐息をはきその場に崩れた。倒れた身体からビリビリと電流がほとばしる。
「念のため掛けておこうかな」
理央は術符をかざした。
――清廉香。理央は状態異常に備え、味方全員の自然治癒力をあげた。
ティラノサウルスは怒気を含んだ動作で、むくりとその場に起きあがった。
巨体を大胆に大きく横に捻る。骨がミシミシとしなった。一瞬の静止。そしてその長い尾を思い切り振りぬいた。
そのとき前衛にいた者のうち、雷鳥はランスで受けてうまくそらすことができたが、それ以外、零、逝、刀嗣の三人は攻撃を直に受けてしまった。
強烈な打撃で三人は後方に弾き飛ばされた。ダメージも大きい。
大振りで隙のできた敵に対し、雷鳥が『猛の一撃』を食らわせた。足を折らんばかりの気持ちで、渾身の攻撃を与える。ティラノサウルスはよろめいた。雷鳥はすかさず追撃しようと構える。しかしそこに、もう一体の敵、ヴェロキラプトルの骨格標本が姿を現した。
猛烈な速度で、雷鳥の身体に体当たりを食らわせる。雷鳥は弾かれ地面に転げた。ヴェロキラプトルは、さらに倒れた雷鳥の身体に噛みつこうと飛びかかった。
そのとき、後方から飛苦無が飛び、宙空のヴェロキラプトルを撃った。
「こいつは俺が抑えとくから!」
奏空が叫ぶ。
奏空は遠距離からの攻撃で、ヴェロキラプトルを牽制した。
その隙に零と刀嗣がティラノサウルスのもとに駆け寄り、『飛燕』の連続攻撃を浴びせた。
後衛では、刹那が戦況を見守りつつ、集中し攻撃の機会を待った。
ここまでは覚者有利に戦闘が進んでいる。
そんな不利な状況に痺れを切らしたように、ティラノサウルスは、全身を震わせ大きく吠えた。闇雲に身体を振り、懐に入られるのを牽制する。じりじりと後退したあとで、すっと身をかがめた。
そして、駆けた。突進の攻撃。重い身体を豪快に揺らし、どすどすと覚者たちへと頭から突っ込んでいく。数多と逝を跳ね飛ばし、巨体は自ら停止することなく、入口側の壁へと激突した。衝撃でびりびりとフロア全体が振動する。ティラノサウルスの頭部が固い壁に深くめりこむ。
●
突進で隙だらけとなったティラノサウルス。そのがら空きの後部を叩こうと刀嗣が詰め寄った。しかしそれを庇うように、ヴェロキラプトルがその間に割って入った。
「邪魔なんだよ雑魚骨」
刀嗣は圧撃を放ち、二体を引き離す。けれど、ヴェロキラプトルはしぶとく立ち上がり、再びティラノサウルスの前に立った。
「だったら、二体まとめて叩くだけだよ」
――貫殺撃。雷鳥のランスはヴェロキラプトルを貫き、勢いを止めぬままその身体ごと後ろに立つティラノサウルスをも突き刺した。
悶えの咆哮。
ティラノサウルスはめり込んだ頭部を引き抜くと、がばりと振り向いた。そして片足を思い切り振りあげる。
「地震の攻撃がくるよ!」
気づいた数多が警告するが、ときすでに遅かった。
高らかとあげられた敵の片足が、勢いよく踏み下ろされる。
どん、とものすごい衝撃がフロア中に伝わった。
ティラノサウルスはなおも動作を止めず、両足を交互に地面へと叩きつける。
地響きが鳴り、フロアが激しく揺れた。立っているのもつらい揺れだ。
回避困難な全体攻撃。
回復役を失ってはまずい。とっさに判断した逝は、近くにいた 刹那を庇うようにその身体を支えた。
――。
やがて静寂が戻った。
地面に刺したランスにしがみつき、なんとか揺れをやりすごした雷鳥は、あたりを見まわす。
みな、ダメージ自体は大したことはないようだ。
「ボクにまかせて」
理央が術符を手に詠唱した。『癒しの霧』ですぐさま全員の回復をはかる。けれど、工藤と緒形がなおも苦痛の表情を浮かべていた。ともに混乱の状態異常をもらったらしい。
――ぽこん。
数多の手刀が、混乱する奏空の頭を叩いた。荒療治ではあるが、状態異常回復スキルをもつのは工藤のみ。したがってこの手段をとるしかすべはない。
「どう、よくなった?」
数多は尋ねその顔を伺う。けれど、奏空の視線はまだ宙を彷徨っていた。奏空は苦無を握りしめ、数多に襲いかかる。
――ぽこん。
その後頭部をふたたび誰かか打った。理央だ。
「あたたー……」
地面に両腕をつく奏空。二度も叩かれ頭部がずきずきと痛む。けれど、さきほどまでの視界の歪みは完全に治まった。
「少年少女の夢をブチ壊すようで悪いが、相手が何であれ喰い散らす」
禍々しい瘴気を発する悪食。逝はその獲物を思い切り振りぬいた。しかしその矛先は敵ではない。
「おわっ。緒形さん、俺は敵じゃないよ!」
奏空はすんでのところで攻撃をかわし叫んだ。
すぐさま奏空は『演舞・舞衣』を発動し、逝の状態異常の回復を図る。
逝はぐらぐらと歪む視界が少し治まるのを感じた。目頭をおさえ、酔いを覚ますみたいにぶんぶんと頭を振る。
「すまない、おっさん少し混乱してたようだ」
●
やはり優先すべきはティラノサウルス。
ヴェロキラプトルの方は、近距離からは雷鳥が、遠距離からは奏空が、ヒットアンドアウェイでの牽制を続けた。おかげで他の者はティラノサウルスへの攻撃に集中できる。
遅い巨体に対しては、威力よりも、精度と速度を活かし数を重ねる。飛燕のラッシュだ。覚者たちは入れ替わり立ち替わり敵の前に出て、これでもかとばかりに無数の斬撃を浴びせた。
そして、やがて――。
刀嗣の斬撃が脚部を打ち、敵が倒れる。反対側にいた逝が、のしかかる重量をうまく利用しその身体を持ち上げた。
――小手返し。巨体がふわりと宙に浮き、どん、と衝撃とともに落下した。
びりびりと地面が振動する。
「遥か何億年前の記憶を呼び起してないで、今は展示物として大人しくしてなさい!! 貴方はもう死んでるの。もう、食べたり走り回ったりできないけれど、貴方は多くの子供達に、夢を与える代物なんだから!」
零による、止めの一撃。
ティラノサウルスの骨格標本は、倒れ、動きを止めた。
骨の内側からどす黒い瘴気が立ち昇り、蒸発するように消えた。
妖化が解けたティラノサウルスの骨は元の姿に戻った。
残るはヴェロキラプトル。
先ほどの敵より格段に劣るこの敵は、もはやここにいる覚者たちの相手ではなかった。
刀嗣が『飛燕』で斬り飛ばし、雷鳥がその顎を『鋭刃脚』で蹴り上げた。ヴェラキラプトルは後方へと飛び、地面に転げた。
よろよろと立ち上がると、目の前には刹那が立っていた。
「刹那さん、いったよ」
「承知」
これまで後方で集中を重ねていた刹那は、描いたイメージをなぞるように刀を振りぬく。
――薄氷。刃から放たれた無数の氷の槍が、ヴェロキラプトルの身体を刺し貫いた。
ヴェロキラプトルは崩れ、その内側に巣喰った妖もろとも灰と消えた。
戦闘の終わりである。
●
入口の扉が開いていた。
というより、周囲の壁ごと崩れ落ちている。ティラノサウルスが突進で壊した壁だ。
その入口にひとりの男性が立っていた。
「ふははははっ! きみたち! 見ていたぞわたしは!」
例の中年男性だ。見るからに嬉しげな顔で、高笑いしつつ戦闘を終えた覚者たちのもとへ歩み寄ってくる。
じつは気絶から目覚めた男性はずっと、扉の隙間から戦闘を観察していたのだった。
「きみたちは覚者だね? しかし見たところ素人ではないな。一体どこの組織のものかね」
「何言ってるかわかりません」(イタリア語)
刹那がマルチリンガルを使い答えた。
「ええっ? なんだって?」
「それでは拙が昔欧州を旅して回ったときの話でも聞かせましょうか。あれはまだ拙が十代の頃、イベリア半島からプロヴァンスまでの地中海沿岸を歩いて旅したときに起こった出来事です。夏の暑い時期のことでした。スペインとフランスの国境にある山岳地帯、その国道脇をひとり歩いていると――」(イタリア語)
「ああ、すまない、ありがとう」
男性は刹那への取材をあきらめ、隣にいた数多に向き直った。
「私? 歌って踊れて可愛くて天才気味な酒々井数多よ? 知らないの?」
男性はうなずき、今度はその横の奏空に視線を送った。奏空はとぼけて言った。
「ただ恐竜と戦ってみたかった通りすがりの覚者だよ」
男性の眼差しがぎらりと鋭く光った。
「ではあの骨が妖化することを知っていたのはなぜだね?」
男性の首筋に刀が当てられた。
「しつけぇぞオッサン。拾った命を今すぐ捨ててぇのか? あ?」
男性は動じずさらに質問を重ねた。
「これほど計画的に、妖化を特定し討伐することなど、ただの通りすがりの覚者にできるとは思えない。お前たちはおそらく何かの組織の者なのだろう。隠してもいずればれることだよ。だから教えてくれてもいいだろう。きみたちは一体――」
男性の身体が地面に倒れた。刀嗣が腹パンをお見舞いし気絶させたのだ。
「誰か記憶を消せる守護使役をもってるだろ。めんどくせえから、それでこいつの記憶を消してやれ」
理央は守護使役リーちゃんに命じ、男性がここで経験した出来事をすべて忘れさせた。
その間、男性の傍らに落ちた手帳をぱらぱらとめくっていた奏空は、そこに自分たちのことが書かれているのを見つけた。「ごめんね……」とベリベリ破って証拠を隠滅する。
「任務完了。さて、帰りますか」
数多が見回しいった。すると零が離れた場所でなにやらしていた。
「これでよし」
彼女は取材のあいだ、妖化が解け床に散らばったティラノサウルスの骨格標本を展示しなおしていたのだ。
元通り、展示物に戻ったティラノサウルス。
これが本来の姿。けれど、戦闘を経たからだろうか。はじめの印象とはずいぶん違って見える。
とくにその大きさ。
覚者たちは目の前に聳える骨格標本の巨大さをあらためて実感した。
ふたたび動き出すことがありませんように。
みなは内心でそう祈りつつ、それぞれの帰路へとついた。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
