覚者のメシがまずい
●ある男性の慟哭
FiVE所属の覚者がいた。
人望、実力ともに申し分のない頼れる男である。
最近は同じ覚者仲間の女性と結婚した。
事件で殺伐となりがちな組織の雰囲気の中で、めでたい出来事だと大変盛大に祝福を受け幸せの真っ只中。
期待に胸が膨らむ結婚生活、愛し合う者同士の甘いひと時、愛しい人が愛情をたっぷりと込めて作ってくれた愛妻料理。
あぁ、目の前はバラ色だ、疲れた心を癒してくれる人がいることのなんと素晴らしきことか。
二人は結婚前はお互い忙しいこともあり、デートでは外食がほとんどだった。
そう、ここに来てやっと彼女の手料理を堪能できる、と思っていた、信じて疑わなかった。
目の前の現実を見るまでは。
ウキウキ気分で妻がテーブルに並べるのは何やら形容しがたい物体。
錬金術に失敗した残骸とでも言おうか、元は何なのか見ただけではちょっと判別がつかない物の数々。
ここにきて男の脳裏にある不安がよぎる。
もしや、料理が苦手なのでは?
箸をつけてみる、にちゃりとした手ごたえと妙に絡みつくたんぱく質が変化した物。
あんかけでもないのに糸を引くのはどういうことだ?
ああ、でも向かい合って座っている愛しい彼女はとてもかわいらしい笑みを浮かべていて。
あんな笑顔を見せられたら食べないわけにはいかない、男というのは損な生き物らしい。
ぱくっ
「ぬううっ!」
呻いた、なんだこれは、俺は食べ物を口に入れたはずだ。うっ、このにおい!
「ね、どうかな♪」
あぁ、彼女が感想を欲している、。
あんなふうに一番欲しい言葉を期待する愛する女性に男として、覚悟を決めなければならい。
これは愛だ、どんなものでもおいしいと言える器の大きさを試されている。
「うおおおっ!」
まるで憎き隔者に己の技をぶつけるかのように吠え、皿に挑んだ。
後日、同僚の前で男が泣いていた。
どんな拷問にも屈せず、苦境であっても活路を見出し、鋼の肉体で数々の劣勢をひっくり返してきた男が、だ。
これはいったいどうしたことか、まるで事件でも起こったかのように同僚は表情を引き締める。
何が起きたと同僚が聞いてみると、絞り出すような声で一言だけ言葉を紡いだ。
「嫁の飯がまずいんだ……」
●他人事じゃありませんよ?
「なんて話を最近聞きまして、これって結構深刻だと思ったんですよ」
久方 真由美(nCL2000003)の机に積まれたありとあらゆる料理教本、テレビで有名な料理人の秘伝レシピを録画したビデオ、果ては投稿サイトに何万人と登録があったレシピを手当たり次第にコピーした紙などなど。
本当に切って盛りつけただけのものから、だしを取るための材料からこだわり、たった一つの工程に何時間もかけるものまでさまざま。
簡単に手抜きともとれる調理法で作ってもでもおいしいものはおいしい、逆にどんなに凝って時間をかけてもひどいものが出来上がることもある。
それが、料理。
「そこで皆さんのことが心配になったんです、外食ばかり、出来合いのものばかり、店屋物ばかりじゃないのかなって。いえ、それでも悪くないと言えばそうなんですが、やはり将来のことを考えると、ね」
結婚生活に重大な問題を起こしたか夫婦が脳裏に浮かぶ。
愛しい妻の手料理は新婚生活の醍醐味でもある、旦那様においしいものを作って、褒めてもらって。
また旦那は愛情のこもった料理を食べて結婚したことを実感し、この上ない喜びを感じる。
しかしそれは料理の腕前という前提の上に成り立つ。
戦いと同じそこには基本がある、「ある程度」食べられる料理を作るための技法を身に着けていなければ甘い生活も塩をぶちまけたものになってしまうだろう。
覚者は戦うための術を身につけた、ならば料理の術を覚えていても損はない。
なにせ、戦うよりも圧倒的に日常生活の方が長いのだから。
「今回はみなさんにお料理を作ってもらいます。作るのは何でも構いませんが今回は初級編ということで、簡単で誰もが大好きな料理がいいんじゃないかと。でも、チャレンジすることを止めはしません。失敗もまた経験だと思いますから」
初めからうまくできれば練習などいらない、剣の素人がいきなり達人になるわけがないのだから。
「じゃあ、頑張ってお料理作りましょうね。女性はもちろん男性だって公平にですよ? 料理の作れる男の人ってかっこいいじゃないですか。何ができるか、楽しみですね」
そう言って、真由美は朗らかに笑うのだった。
FiVE所属の覚者がいた。
人望、実力ともに申し分のない頼れる男である。
最近は同じ覚者仲間の女性と結婚した。
事件で殺伐となりがちな組織の雰囲気の中で、めでたい出来事だと大変盛大に祝福を受け幸せの真っ只中。
期待に胸が膨らむ結婚生活、愛し合う者同士の甘いひと時、愛しい人が愛情をたっぷりと込めて作ってくれた愛妻料理。
あぁ、目の前はバラ色だ、疲れた心を癒してくれる人がいることのなんと素晴らしきことか。
二人は結婚前はお互い忙しいこともあり、デートでは外食がほとんどだった。
そう、ここに来てやっと彼女の手料理を堪能できる、と思っていた、信じて疑わなかった。
目の前の現実を見るまでは。
ウキウキ気分で妻がテーブルに並べるのは何やら形容しがたい物体。
錬金術に失敗した残骸とでも言おうか、元は何なのか見ただけではちょっと判別がつかない物の数々。
ここにきて男の脳裏にある不安がよぎる。
もしや、料理が苦手なのでは?
箸をつけてみる、にちゃりとした手ごたえと妙に絡みつくたんぱく質が変化した物。
あんかけでもないのに糸を引くのはどういうことだ?
ああ、でも向かい合って座っている愛しい彼女はとてもかわいらしい笑みを浮かべていて。
あんな笑顔を見せられたら食べないわけにはいかない、男というのは損な生き物らしい。
ぱくっ
「ぬううっ!」
呻いた、なんだこれは、俺は食べ物を口に入れたはずだ。うっ、このにおい!
「ね、どうかな♪」
あぁ、彼女が感想を欲している、。
あんなふうに一番欲しい言葉を期待する愛する女性に男として、覚悟を決めなければならい。
これは愛だ、どんなものでもおいしいと言える器の大きさを試されている。
「うおおおっ!」
まるで憎き隔者に己の技をぶつけるかのように吠え、皿に挑んだ。
後日、同僚の前で男が泣いていた。
どんな拷問にも屈せず、苦境であっても活路を見出し、鋼の肉体で数々の劣勢をひっくり返してきた男が、だ。
これはいったいどうしたことか、まるで事件でも起こったかのように同僚は表情を引き締める。
何が起きたと同僚が聞いてみると、絞り出すような声で一言だけ言葉を紡いだ。
「嫁の飯がまずいんだ……」
●他人事じゃありませんよ?
「なんて話を最近聞きまして、これって結構深刻だと思ったんですよ」
久方 真由美(nCL2000003)の机に積まれたありとあらゆる料理教本、テレビで有名な料理人の秘伝レシピを録画したビデオ、果ては投稿サイトに何万人と登録があったレシピを手当たり次第にコピーした紙などなど。
本当に切って盛りつけただけのものから、だしを取るための材料からこだわり、たった一つの工程に何時間もかけるものまでさまざま。
簡単に手抜きともとれる調理法で作ってもでもおいしいものはおいしい、逆にどんなに凝って時間をかけてもひどいものが出来上がることもある。
それが、料理。
「そこで皆さんのことが心配になったんです、外食ばかり、出来合いのものばかり、店屋物ばかりじゃないのかなって。いえ、それでも悪くないと言えばそうなんですが、やはり将来のことを考えると、ね」
結婚生活に重大な問題を起こしたか夫婦が脳裏に浮かぶ。
愛しい妻の手料理は新婚生活の醍醐味でもある、旦那様においしいものを作って、褒めてもらって。
また旦那は愛情のこもった料理を食べて結婚したことを実感し、この上ない喜びを感じる。
しかしそれは料理の腕前という前提の上に成り立つ。
戦いと同じそこには基本がある、「ある程度」食べられる料理を作るための技法を身に着けていなければ甘い生活も塩をぶちまけたものになってしまうだろう。
覚者は戦うための術を身につけた、ならば料理の術を覚えていても損はない。
なにせ、戦うよりも圧倒的に日常生活の方が長いのだから。
「今回はみなさんにお料理を作ってもらいます。作るのは何でも構いませんが今回は初級編ということで、簡単で誰もが大好きな料理がいいんじゃないかと。でも、チャレンジすることを止めはしません。失敗もまた経験だと思いますから」
初めからうまくできれば練習などいらない、剣の素人がいきなり達人になるわけがないのだから。
「じゃあ、頑張ってお料理作りましょうね。女性はもちろん男性だって公平にですよ? 料理の作れる男の人ってかっこいいじゃないですか。何ができるか、楽しみですね」
そう言って、真由美は朗らかに笑うのだった。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.調理技術の向上を目指す
2.出来たものはおいしく食べましょう
3.なし
2.出来たものはおいしく食べましょう
3.なし
今回はみなさんに料理を作っていただきます、何ができるかわたしも楽しみですね。
ちなみに僕は自炊をします、おいしいかどうかは別として。
では以下詳細になります
■ロケーション
五麟学園の調理実習室が基本となりますが、これに限らず。
お友達の家で集まってワイワイ
アウトドアで野外料理に挑戦する
本格的に行きたいなら五麟学園の食堂調理場
など制限は設けません、皆さんの好きな場所を選んでください。
野外は五麟学園キャンプ場施設、海の料理に挑戦するならばクルーザー船など設備が借りられます。
■作るもの
何でもいいです。
一般的に料理であればお菓子であろうと制限はありません。
何を作るか決められない場合のためにカレールーだけ置いておきます。
■設備、材料
調理実習室で作る場合は一般的な調理機材も充実しています。
ほかの場所で行う場合は各種調理設備はその場所に準じます。
学園のキャンプ場なら一般的なキャンプの調理施設、クルーザーなら一般的な船内調理設備。
ご家庭でしたら何があるか相談卓に記載していただければ大丈夫です。
材料は一般的なスーパーにあるものが揃っています、自分たちで買いだしてそろえてください。
季節は秋です、野外、海などは持ち込みのほかに現地調達もできます。
毒物など分かっていて持ち込んだりしたらひどいことになります。
■参加資格
どなたでも参加していただけます。
ずぶの素人から調理師の仕事をしている方老若男女問いません。
料理が得意な方が素人の方に教えるのも技術向上につながるかもしれませんね。
■できたものはきちんと食べる
今回の依頼は技術向上が目的であるため、おいしいに越したことはないですが味でどうのこうのと評価はしません。
料理の失敗で依頼失敗とはなりませんので、思う存分腕を振るってください。
それでは、皆様のご参加を心からお待ちしております。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:0枚 銅:3枚
金:0枚 銀:0枚 銅:3枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2015年12月30日
2015年12月30日
■メイン参加者 6人■

●
年末特有のスーパーの喧騒が響き渡る中、各々料理に使う材料を買いに来る覚者の集団があった。
「いやー笑わせてもらったわー。人のメシマズ話ってなんでこう笑えるかなー」
「そんなに笑うでないぞ、当人たちには深刻な問題だからのぅ」
ケラケラと楽しそうに笑うエルフィリア・ハイランド(CL2000613)を『樹の娘』檜山 樹香(CL2000141)はたしなめる。
笑っていられるのは自分の身に降りかかっていないあからであろう、実際とんでもない料理が目の前に置かれて、さぁ食え、などと言われたらどうなることやら。
「まーご飯が作れるかどうかって大事だよね。朝早く起きて学校にお弁当なんてガラじゃないけど。あ、でも女の子的にそっちの方がポイント高い?」
一人暮らしとなれば食べるのは自分だけ、となればどうしてもおざなりになりがちなのも仕方がないのかもしれない。
手間を考えると食べられればいいやに落ち着いてしまう『デウス・イン・マキナ』弓削 山吹(CL2001121)にとって、料理というものは微妙な立ち位置のものらしい。
「でもさ、やっぱり女の子は料理ができなきゃって思う男の子は多いかも」
色々話を聞いたところではやはり女子は料理をできてほしいという意見が優勢である、一般的な男子諸君はやはりそうなのだろうかと『罪なき人々の盾』鐡之蔵 禊(CL2000029)はうーんと首をひねって見せる。
「料理のできる女の子はもてるって言うよ、ほら、胃袋を掴むって言葉あるでしょ」
「そうだね。まぁそうでなくても覚えられることは覚えた方が後々役に立ちそうだしね」
山吹も禊も年頃の女の子である、戦いばかりでは潤いのある生活とは言えない。
まだ見ぬ王子様のためにお料理を覚えるのもまた一興だろう。
「すみません逝さん、重いものを持たせてしまって、これを使ってください」
「なぁに、可愛い女の子に重いものを持たせるわけにゃいかないからね、おっ、ありがとうよ」
各々材料をぽいぽいと緒形 逝(CL2000156)の持つかごに入れていくせいでみるみる山盛りになっていく。
見かねたのか菊坂 結鹿(CL2000432)はカートを持ってきて逝への負担を軽くする。
隔者として強靭な肉体を持つとはいえ視覚的に山盛りのかごは重そうに見えてしまう、心優しい結鹿にはそれが居心地の悪いものに見えてしまうのだろう。
籠の中身は女性が多いからだろうか、野菜が多く次いで鶏肉とヘルシーなものが多いようだ、作るものが被らなかったせいかスーパーを一周するころにはかなりの量になっていた。
これだけあると会計も重労働、セルフレジで樹香が会計を行っていると何やら見慣れぬお菓子の袋が一つ。
「こういう所に来るとさ、つい余計なものも買っちゃうよね」
そういうエルフィリアが、てへと笑って視線をそらしている。
「……しょうがないのう」
セルフレジに商品を通している樹香はやれやれといった風にレジを通したのだった。
●
五麟学園の調理実習室は大きく清潔、器具も調味料もそろっている。
ホワイトボードにはなかなか達筆な字でメニューが記されていた。
「これはうまい具合にに分かれたね。バラエティに富んでいていいんじゃない?」
献立を見て山吹は素直な感想を漏らした、並べればちょっとした定食屋のバリエーションである。
逝はその中の一つに目を止めた。
「山吹ちゃんのオムライスはちょっと難易度高そうだね」
「まぁ卵の火加減がちょっと怪しいかな。でもそれを向上させるのが今回の目的だしね」
「違いないやね」
逝は黄色いエプロンをつけ準備万端だ。
「男性のエプロン姿ってちょっといいですね」
「結鹿ちゃん、おっさんを褒めても何も出ないよ? そっちはなかなか力の要りそうな料理だね」
結鹿はトルティーヤの生地を作っている、小麦粉にコーンミール、オリーブオイルなどを混ぜて捏ねる作業はなかなかに力のいる作業だ。
「美味しいものを作るためですから、手は抜きません」
いかにもまじめな結鹿らしい返答だった、そして生地を捏ねるその手つきに淀みはない。
「なかなか料理慣れしているようじゃな」
結鹿の手際に感嘆の声を漏らしつつ、樹香は水を入れたボウルとざるにしゃかしゃかとごぼうを笹垣にしていた。
ほかのボウルには豚肉やニンジン大根を一口大に切っている、となれば作っているのは豚汁か。
「樹香さんも結構慣れていますね、お料理されるんですか?」
「いやぁ、ばあさまの手伝いでやった程度じゃがのう、なかなかごぼうの大きさをそろえるのは難しいものじゃな」
結鹿に比べ少し拙いところがあるが、全く料理ができないというわけではないらしい。
「寮住まいだと料理をしようと思わないとやらないままだからのう、今回はいい機会だったかもしれぬな」
ごぼうは水に浸け過ぎると栄養や香りが逃げてしまう、ささがきが終わるとさっと水洗いして豚肉と一緒に鍋に投入した。
根菜類は火が通るまで時間がかかる、ゆっくり煮ながら灰汁を掬う作業が待っているのだ。
一方ではトントンと禊の小気味よい野菜を刻む音が調理室に響く。
「包丁を扱うときは手を猫の手にしないと危ないからね。隔者は体が頑丈だからって言ってもそれとこれとは別よね」
「こんな感じ?」
「そうそう」
野菜炒めを作るために禊が包丁を扱っているのを見て、エルフィリアが包丁の使い方を見ていたのだ。
彼女は見た目とは裏腹に人生経験の豊富だ、料理でも経験を積んでいるのだろう。
作っているクリームシチューも市販のルーを使わずの手作りだ、手間は相応にかかるがその分作り手の個性が出る逸品である。
ルーから作るのを見ることが多い禊は感心してそれを見ていた。
「ルーを使わないなんて珍しいよね、結構家でも料理するの?」
「年相応にはね。保温調理器なんかあると煮物とかは便利よ」
「鍋ごと入れとく奴?」
「そそ、まぁあるもので料理するのも腕のうちよ」
各自下ごしらえが進んでいく、この中で唯一の男である逝の手際が思いのほかいいのに山吹は感心していた。
「あれ? 結構料理とかするクチなの?」
逝の包丁さばきを見て山吹は自分よりもうまく包丁を使いこなしているように思った。
「まぁ、人並みにはするかな」
その動きは基本に忠実、ただの野菜だったニンジンや馬鈴薯、鳥の胸肉がどんどん材料から手を加えられたものへと変わっていくのはなかなかに気持ちがいい。
男の料理は豪快で奔放と一的なイメージを持つものが多いかもしれないが、逝のそれは一つ一つ丁寧な仕事なのをを見て樹香が感心する。
「ほほう? 見た目に反してというのは失礼じゃが、なかなかに芸が細かいことをするのう」
「まぁ、適当さね。料理ってのは」
「へ? それで適当なんですか?」
とてもいい加減に作っているとは思えない逝の作業に結鹿は驚きの声を漏らす。
パプリカの種を丁寧に取り除きながら逝は諭した。
「適当という意味を辞書で引いてみると良い、そうさね、適当な湯加減といえば分かりやすいかね」
「あ、なるほど」
いい加減という意味で使われがちな適当という意味だが、ちょうどよく合う、ふさわしいなどという意味もある。
しかしそれを正しい意味で使うには、経験がものをいうのだ。
素人が適当な味付け、などと言われてめちゃくちゃにやったらとんでもないものが出来上がるに違いない。
ある意味、基本ができた上で使える言葉だ。
「なるほどね、買ってきたものばかり食べてるイメージがあったよ、特に男の人は」
「まぁそう見られるのはしょうがないかね。外食ばかりだと飽きるしねぇ」
じゅうう、と肉の焼けるいい匂いが逝のフライパンから煙とともに立ち上がる。
肉に火が通ったかどうかの判断などは経験を必要とする、生焼け、もしくは焼き過ぎてぱさぱさになる失敗はよくある。
逝は肉汁の色の変化でそれを見極めていた、それを知っているだけでも逝の料理スキルは一定の水準であると言えよう。
●
一方その頃、その適当が一番掴みにくい山吹のオムライスはまさに佳境を迎えようとしていた。
「火加減はこれでいいかな、これ、結構緊張するかも」
オムライスの中に入れるケチャップライスレシピ通りに作った、数字さえ間違わなければ大きな失敗はしないのがレシピのいいところだ。
しかし火加減はそうはいかない、絶妙の火加減というのはまた戦いとは違う緊張感を伴う。
緊張を感じ取ったのか、禊が励ますように声をかける。
「大丈夫だよ山吹、失敗しても想いがこもっていれば!」
「ちょ、縁起の悪いこと言わないでよもう。失敗はしない……たぶん」
油の引いたフライパンに卵が投入される、ジャーといういい音と卵の焼けるにおいがふんわりと漂ってきた。
ここでいったん火を止め卵をかき混ぜフライパンいっぱいに広げる、大丈夫、ここまではいけてる。
「よっ!……んうう!」
思ったより火が強かったか卵の固まるスピードが速い。焦らず、しかし手早くケチャップライスを入れ周りから囲むように……!
「うぅん? なんか、微妙?」
「ここまでできればあとは練習すればうまくできるんじゃないですか?」
結鹿が励ます。
卵が破れそうなところがあったり焼きむらが所々見えたりはしたものの、おおむねオムライスと呼べるものがうまくできたようだ。
「ふー、ひっくり返すのってなかなか難しいね、具が入っているとなおさら」
山吹は皿に盛りつけられたオムライスを見て安堵の息をついていた。
「なら、今度はあたしの番だね!」
禊の作るのは野菜炒め、これも手際が肝心の代物だ、本当にうまく作ろうとすれば長い年月がかかるだろう。
目の前に揃えられた野菜、肉達はおいしく調理されるために今か今かと待ち構えている。
まずは肉を炒め野菜を加える、うまみを逃がさぬように強火で手早く、しかしこれがなかなか難しいのだ。
「美味しい中華料理屋さんはもしかしたら火行の人が多いかもしれないのう」
野菜炒めをはじめとする中華料理は炎の料理だ、業火を制し操ることができなければおいしい中華料理ははできない
そういう意味では、火行である禊の選んだ題材はぴったりだったかもしれない。
「おっと、逃げちゃだめだよ素材ちゃん!」
大きく鍋を振り飛び出ようとする素材をを鍋でキャッチし戻していく、おーという声がどこからか聞こえた。
調味料を事前に全部そろえておいたので手順にロスがない、最後に片栗粉でとろみをつければあんかけ風の野菜炒めの出来上がりである。
「おぉー、これはなかなかうまそうなんじゃないの?」
大皿に盛られた野菜炒めは出来立てほやほや、みんなで食べるくらいの量は十分あるだろう。
禊はちょっとつまんで味見をしてみる。
「うん、これはちょっと自分でもいいんじゃないかな!」
皆に食べてもらうのが楽しみだなと禊は思った。
「あ~、いい匂いがしてきましたね」
結鹿が実習室に立ち込める料理の香りに顔をほころばせる。
大きな鍋二つから上がる湯気、クリームシチューと豚汁。
寒い季節にはぴったりの2品だ、やはり冬は体の温まる料理がいい。
「シチューはかき混ぜておかないと焦げるから大変だのう」
「手間を惜しんでおいしいものは作れないわ、せっかく食べてもらう人がいるならおいしいものを食べてもらいたいと思うでしょ?
「道理じゃな」
エルフィリアがお玉で鍋の中身を掬うと一口大に切られた食材が程よく煮えている、ジャガイモにつまようじを刺してみるとすっと中まで突き刺さった。
少し味を見てみる、まだ完全に味を整えているわけではないがクリーミーさが良く出ているとエルフィリアは思った。
「頃合いね、あとは味を整えてもう少し似たら完成!」
樹香の方もそろそろ完成だろう、先に炊飯器で焚いておいたご飯はすでに保温になっている。
豚汁の方もよく具材が煮え、いい感じに大根も透明感が出ている。
「さて、ここからは基本に忠実じゃ。アレンジは手馴れている者がすることじゃからな、素人が下手に何かしようとしても悲惨なことになるだけじゃ」
お玉に味噌を入れて丁寧に溶いていくとふんわりとどこか家庭的なにおいが立ち上がる。
「ふふん、余計な手は加えない分愛情はたっぷりじゃ。まだ見ぬ旦那様にいつか食べさせる日が来るかのう?」
「女の子は大変だねぇ、おっさんは男だからそこは気楽よ」
「ほほう? 今のご時世男性も家事を求められておるぞ?」
「まぁ、できないわけじゃないからね」
「そう考えると、お前様はなかなかの優良物件ということになるかのう?」
はははと樹香が笑うその横で、逝はポリポリと頭を掻いていた。
「そろそろ発酵は終わったでしょうか、さて、パパッと作っちゃいます!」
記事を寝かせている間にサルサソースと具材を作っておいた結鹿は再び生地を捏ねで柔らかくする。
丸く伸ばした生地が焦げ付かないようにフライパンで次々と焼いていき、積み重ねていく。
「なんか、生地の厚いクレープみたいだね」
「そうですね、だいたいそう思ってもらっていいかもしれません」
トルティーヤは中の具で性質ががらりと変わる、作り手の創意と工夫でバリエーションはは大きく広がる、何より食べやすいのがいい。
「うーん、これはちょっと自分でも作ってみたいかも」
慣れた手つきで具材を巻いていく優香の作業を禊が興味深そうに見ている。
手巻きしかり、何かで食材を巻くというのはなかなか楽しそうな作業に見えるものだ。
皆が作業に集中しお腹の虫が鳴くころ、作業台の上は大量の料理でいっぱいになったのだった。
●
「いやぁ、こうして並べられるとなかなか壮観だねぇ」
調理実習室の机は大きい、それでも6人が多めに作った料理が盛られると見た目だけでかなりお腹いっぱいになりそうな光景が広がった。
「どれ、いただくとするかのう。む、この野菜炒めはなかなかじゃな。味付けが濃い目でご飯にも合う」
「そう? よかった」
樹香は禊の作った野菜炒めを食べている。濃い目の味付けはおかずとしてぴったりのようだ。
同じようにエルファリアも手を伸ばしている。
「きくらげなんかも入れると歯ごたえに変化が出ていいわよね」
「あれは結構好き嫌いが分かれるから、今回はパスしたんだ」
「野菜炒めに豚汁を合わせればちょっとした定食の出来上がりだねぇ。大根に味が染みててうまいよ」
逝は豚汁にも手を出している、やはり寒い時期にはこういった汁物は合うものだ。
「口に合うようでよかったの、豚肉のきれっぱしがあれば手軽に作れるしボリュームもあるしちょっとしたおかずににもなるからのう」
濃い目の味付けの野菜炒め、そして豚汁はご飯が進むの。
「こっちのトルティーヤもあんまり食べたことないけどおいしいね」
向うが中華和風のタッグならばこちらは洋風、山吹はトルティーヤにクリームシチューを手に取っていた。
トルティーヤはつけるソースによって味の変化に富んだ食品である、今回は肉と海鮮、そしてアボガドソースといくつかバリエーションを選べるようになっている。
若干簡単にできる料理と簡単に食べられる料理を勘違いした結鹿ではあったができたものは上々だ。
「なんかあれだね、タコスにちょっと似てる?」
「正確には生地そのものがトルティーヤで、具材を入れて軽く巻いた感じなのがタコスなんですよ」
「へー」
呼び名はどうあれ酸味や辛味のハーモニーとでも言おうか、味覚を刺激する味は一度食べればまた食べたくなる、そういった味に山吹は思えた。
「で、このオムライスですけど……何か書いているような?」
結鹿はオムライスのケチャップで書かれた文字が気になっているようだ。
「あ、わかる? 一応FIVEって書いているんだけど、文字を格って難しいね」
うーんと山吹は首をひねっている、デコレーション用のペンを使わなければ文字を書くのは難しいだろう。
それでも、山吹の遊び心に結鹿は笑みを漏らす。
「ふふっ、ハートか何かをうまく書ければ結婚したら役に立つかもしれませんよ?」
「そう? ……、ふふっ、あーん」
「へ?」
山吹がオムライスをスプーンで救うと結鹿の口元へと運ぶ、いきなりの事で結鹿は目を丸くしていた。
「ほら、これも予行練習、ほらほら口あけてよ」
「ええええ、そ、そんな女の子同士でなんて、あうぅ……」
あまりこういうことに慣れていないのか、結鹿は真っ赤になってしまっている」
そんな光景をエルフィリアは若いわねぇ、なんて言いながら逝の作ったパプリカの肉詰めとサラダを口に運んでいる。
「うーん、ホッとする味ねこういうの」
「まぁ簡単な家庭料理だからねぇ、ここで見栄を張る必要もないしね。シチューも優しい味じゃないか」
「そう? ありがと。こういうのは取り繕わない料理がいいのよね、こういう場では。そういうのは決戦の時に取っておけばいいわ」
「違いない」
料理の技術を向上する会なのだ、張り切って腕を振るうのはまだ見ぬ恋人、伴侶もしくは大切な人。
その人たちの前でいい。
こうやって作ったものをみんなで食べるのもいいものだなと逝は思う。
「さぁ、誰の料理が一番おいしかったか。なんていうのは野暮じゃの?」
樹香の一言にすべてが集約していた、誰が一番でもない、おいしく食べるのが一番。
そういう意味では、この和やかな雰囲気が今回の会の成功を物語っていることだろう。
年末特有のスーパーの喧騒が響き渡る中、各々料理に使う材料を買いに来る覚者の集団があった。
「いやー笑わせてもらったわー。人のメシマズ話ってなんでこう笑えるかなー」
「そんなに笑うでないぞ、当人たちには深刻な問題だからのぅ」
ケラケラと楽しそうに笑うエルフィリア・ハイランド(CL2000613)を『樹の娘』檜山 樹香(CL2000141)はたしなめる。
笑っていられるのは自分の身に降りかかっていないあからであろう、実際とんでもない料理が目の前に置かれて、さぁ食え、などと言われたらどうなることやら。
「まーご飯が作れるかどうかって大事だよね。朝早く起きて学校にお弁当なんてガラじゃないけど。あ、でも女の子的にそっちの方がポイント高い?」
一人暮らしとなれば食べるのは自分だけ、となればどうしてもおざなりになりがちなのも仕方がないのかもしれない。
手間を考えると食べられればいいやに落ち着いてしまう『デウス・イン・マキナ』弓削 山吹(CL2001121)にとって、料理というものは微妙な立ち位置のものらしい。
「でもさ、やっぱり女の子は料理ができなきゃって思う男の子は多いかも」
色々話を聞いたところではやはり女子は料理をできてほしいという意見が優勢である、一般的な男子諸君はやはりそうなのだろうかと『罪なき人々の盾』鐡之蔵 禊(CL2000029)はうーんと首をひねって見せる。
「料理のできる女の子はもてるって言うよ、ほら、胃袋を掴むって言葉あるでしょ」
「そうだね。まぁそうでなくても覚えられることは覚えた方が後々役に立ちそうだしね」
山吹も禊も年頃の女の子である、戦いばかりでは潤いのある生活とは言えない。
まだ見ぬ王子様のためにお料理を覚えるのもまた一興だろう。
「すみません逝さん、重いものを持たせてしまって、これを使ってください」
「なぁに、可愛い女の子に重いものを持たせるわけにゃいかないからね、おっ、ありがとうよ」
各々材料をぽいぽいと緒形 逝(CL2000156)の持つかごに入れていくせいでみるみる山盛りになっていく。
見かねたのか菊坂 結鹿(CL2000432)はカートを持ってきて逝への負担を軽くする。
隔者として強靭な肉体を持つとはいえ視覚的に山盛りのかごは重そうに見えてしまう、心優しい結鹿にはそれが居心地の悪いものに見えてしまうのだろう。
籠の中身は女性が多いからだろうか、野菜が多く次いで鶏肉とヘルシーなものが多いようだ、作るものが被らなかったせいかスーパーを一周するころにはかなりの量になっていた。
これだけあると会計も重労働、セルフレジで樹香が会計を行っていると何やら見慣れぬお菓子の袋が一つ。
「こういう所に来るとさ、つい余計なものも買っちゃうよね」
そういうエルフィリアが、てへと笑って視線をそらしている。
「……しょうがないのう」
セルフレジに商品を通している樹香はやれやれといった風にレジを通したのだった。
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五麟学園の調理実習室は大きく清潔、器具も調味料もそろっている。
ホワイトボードにはなかなか達筆な字でメニューが記されていた。
「これはうまい具合にに分かれたね。バラエティに富んでいていいんじゃない?」
献立を見て山吹は素直な感想を漏らした、並べればちょっとした定食屋のバリエーションである。
逝はその中の一つに目を止めた。
「山吹ちゃんのオムライスはちょっと難易度高そうだね」
「まぁ卵の火加減がちょっと怪しいかな。でもそれを向上させるのが今回の目的だしね」
「違いないやね」
逝は黄色いエプロンをつけ準備万端だ。
「男性のエプロン姿ってちょっといいですね」
「結鹿ちゃん、おっさんを褒めても何も出ないよ? そっちはなかなか力の要りそうな料理だね」
結鹿はトルティーヤの生地を作っている、小麦粉にコーンミール、オリーブオイルなどを混ぜて捏ねる作業はなかなかに力のいる作業だ。
「美味しいものを作るためですから、手は抜きません」
いかにもまじめな結鹿らしい返答だった、そして生地を捏ねるその手つきに淀みはない。
「なかなか料理慣れしているようじゃな」
結鹿の手際に感嘆の声を漏らしつつ、樹香は水を入れたボウルとざるにしゃかしゃかとごぼうを笹垣にしていた。
ほかのボウルには豚肉やニンジン大根を一口大に切っている、となれば作っているのは豚汁か。
「樹香さんも結構慣れていますね、お料理されるんですか?」
「いやぁ、ばあさまの手伝いでやった程度じゃがのう、なかなかごぼうの大きさをそろえるのは難しいものじゃな」
結鹿に比べ少し拙いところがあるが、全く料理ができないというわけではないらしい。
「寮住まいだと料理をしようと思わないとやらないままだからのう、今回はいい機会だったかもしれぬな」
ごぼうは水に浸け過ぎると栄養や香りが逃げてしまう、ささがきが終わるとさっと水洗いして豚肉と一緒に鍋に投入した。
根菜類は火が通るまで時間がかかる、ゆっくり煮ながら灰汁を掬う作業が待っているのだ。
一方ではトントンと禊の小気味よい野菜を刻む音が調理室に響く。
「包丁を扱うときは手を猫の手にしないと危ないからね。隔者は体が頑丈だからって言ってもそれとこれとは別よね」
「こんな感じ?」
「そうそう」
野菜炒めを作るために禊が包丁を扱っているのを見て、エルフィリアが包丁の使い方を見ていたのだ。
彼女は見た目とは裏腹に人生経験の豊富だ、料理でも経験を積んでいるのだろう。
作っているクリームシチューも市販のルーを使わずの手作りだ、手間は相応にかかるがその分作り手の個性が出る逸品である。
ルーから作るのを見ることが多い禊は感心してそれを見ていた。
「ルーを使わないなんて珍しいよね、結構家でも料理するの?」
「年相応にはね。保温調理器なんかあると煮物とかは便利よ」
「鍋ごと入れとく奴?」
「そそ、まぁあるもので料理するのも腕のうちよ」
各自下ごしらえが進んでいく、この中で唯一の男である逝の手際が思いのほかいいのに山吹は感心していた。
「あれ? 結構料理とかするクチなの?」
逝の包丁さばきを見て山吹は自分よりもうまく包丁を使いこなしているように思った。
「まぁ、人並みにはするかな」
その動きは基本に忠実、ただの野菜だったニンジンや馬鈴薯、鳥の胸肉がどんどん材料から手を加えられたものへと変わっていくのはなかなかに気持ちがいい。
男の料理は豪快で奔放と一的なイメージを持つものが多いかもしれないが、逝のそれは一つ一つ丁寧な仕事なのをを見て樹香が感心する。
「ほほう? 見た目に反してというのは失礼じゃが、なかなかに芸が細かいことをするのう」
「まぁ、適当さね。料理ってのは」
「へ? それで適当なんですか?」
とてもいい加減に作っているとは思えない逝の作業に結鹿は驚きの声を漏らす。
パプリカの種を丁寧に取り除きながら逝は諭した。
「適当という意味を辞書で引いてみると良い、そうさね、適当な湯加減といえば分かりやすいかね」
「あ、なるほど」
いい加減という意味で使われがちな適当という意味だが、ちょうどよく合う、ふさわしいなどという意味もある。
しかしそれを正しい意味で使うには、経験がものをいうのだ。
素人が適当な味付け、などと言われてめちゃくちゃにやったらとんでもないものが出来上がるに違いない。
ある意味、基本ができた上で使える言葉だ。
「なるほどね、買ってきたものばかり食べてるイメージがあったよ、特に男の人は」
「まぁそう見られるのはしょうがないかね。外食ばかりだと飽きるしねぇ」
じゅうう、と肉の焼けるいい匂いが逝のフライパンから煙とともに立ち上がる。
肉に火が通ったかどうかの判断などは経験を必要とする、生焼け、もしくは焼き過ぎてぱさぱさになる失敗はよくある。
逝は肉汁の色の変化でそれを見極めていた、それを知っているだけでも逝の料理スキルは一定の水準であると言えよう。
●
一方その頃、その適当が一番掴みにくい山吹のオムライスはまさに佳境を迎えようとしていた。
「火加減はこれでいいかな、これ、結構緊張するかも」
オムライスの中に入れるケチャップライスレシピ通りに作った、数字さえ間違わなければ大きな失敗はしないのがレシピのいいところだ。
しかし火加減はそうはいかない、絶妙の火加減というのはまた戦いとは違う緊張感を伴う。
緊張を感じ取ったのか、禊が励ますように声をかける。
「大丈夫だよ山吹、失敗しても想いがこもっていれば!」
「ちょ、縁起の悪いこと言わないでよもう。失敗はしない……たぶん」
油の引いたフライパンに卵が投入される、ジャーといういい音と卵の焼けるにおいがふんわりと漂ってきた。
ここでいったん火を止め卵をかき混ぜフライパンいっぱいに広げる、大丈夫、ここまではいけてる。
「よっ!……んうう!」
思ったより火が強かったか卵の固まるスピードが速い。焦らず、しかし手早くケチャップライスを入れ周りから囲むように……!
「うぅん? なんか、微妙?」
「ここまでできればあとは練習すればうまくできるんじゃないですか?」
結鹿が励ます。
卵が破れそうなところがあったり焼きむらが所々見えたりはしたものの、おおむねオムライスと呼べるものがうまくできたようだ。
「ふー、ひっくり返すのってなかなか難しいね、具が入っているとなおさら」
山吹は皿に盛りつけられたオムライスを見て安堵の息をついていた。
「なら、今度はあたしの番だね!」
禊の作るのは野菜炒め、これも手際が肝心の代物だ、本当にうまく作ろうとすれば長い年月がかかるだろう。
目の前に揃えられた野菜、肉達はおいしく調理されるために今か今かと待ち構えている。
まずは肉を炒め野菜を加える、うまみを逃がさぬように強火で手早く、しかしこれがなかなか難しいのだ。
「美味しい中華料理屋さんはもしかしたら火行の人が多いかもしれないのう」
野菜炒めをはじめとする中華料理は炎の料理だ、業火を制し操ることができなければおいしい中華料理ははできない
そういう意味では、火行である禊の選んだ題材はぴったりだったかもしれない。
「おっと、逃げちゃだめだよ素材ちゃん!」
大きく鍋を振り飛び出ようとする素材をを鍋でキャッチし戻していく、おーという声がどこからか聞こえた。
調味料を事前に全部そろえておいたので手順にロスがない、最後に片栗粉でとろみをつければあんかけ風の野菜炒めの出来上がりである。
「おぉー、これはなかなかうまそうなんじゃないの?」
大皿に盛られた野菜炒めは出来立てほやほや、みんなで食べるくらいの量は十分あるだろう。
禊はちょっとつまんで味見をしてみる。
「うん、これはちょっと自分でもいいんじゃないかな!」
皆に食べてもらうのが楽しみだなと禊は思った。
「あ~、いい匂いがしてきましたね」
結鹿が実習室に立ち込める料理の香りに顔をほころばせる。
大きな鍋二つから上がる湯気、クリームシチューと豚汁。
寒い季節にはぴったりの2品だ、やはり冬は体の温まる料理がいい。
「シチューはかき混ぜておかないと焦げるから大変だのう」
「手間を惜しんでおいしいものは作れないわ、せっかく食べてもらう人がいるならおいしいものを食べてもらいたいと思うでしょ?
「道理じゃな」
エルフィリアがお玉で鍋の中身を掬うと一口大に切られた食材が程よく煮えている、ジャガイモにつまようじを刺してみるとすっと中まで突き刺さった。
少し味を見てみる、まだ完全に味を整えているわけではないがクリーミーさが良く出ているとエルフィリアは思った。
「頃合いね、あとは味を整えてもう少し似たら完成!」
樹香の方もそろそろ完成だろう、先に炊飯器で焚いておいたご飯はすでに保温になっている。
豚汁の方もよく具材が煮え、いい感じに大根も透明感が出ている。
「さて、ここからは基本に忠実じゃ。アレンジは手馴れている者がすることじゃからな、素人が下手に何かしようとしても悲惨なことになるだけじゃ」
お玉に味噌を入れて丁寧に溶いていくとふんわりとどこか家庭的なにおいが立ち上がる。
「ふふん、余計な手は加えない分愛情はたっぷりじゃ。まだ見ぬ旦那様にいつか食べさせる日が来るかのう?」
「女の子は大変だねぇ、おっさんは男だからそこは気楽よ」
「ほほう? 今のご時世男性も家事を求められておるぞ?」
「まぁ、できないわけじゃないからね」
「そう考えると、お前様はなかなかの優良物件ということになるかのう?」
はははと樹香が笑うその横で、逝はポリポリと頭を掻いていた。
「そろそろ発酵は終わったでしょうか、さて、パパッと作っちゃいます!」
記事を寝かせている間にサルサソースと具材を作っておいた結鹿は再び生地を捏ねで柔らかくする。
丸く伸ばした生地が焦げ付かないようにフライパンで次々と焼いていき、積み重ねていく。
「なんか、生地の厚いクレープみたいだね」
「そうですね、だいたいそう思ってもらっていいかもしれません」
トルティーヤは中の具で性質ががらりと変わる、作り手の創意と工夫でバリエーションはは大きく広がる、何より食べやすいのがいい。
「うーん、これはちょっと自分でも作ってみたいかも」
慣れた手つきで具材を巻いていく優香の作業を禊が興味深そうに見ている。
手巻きしかり、何かで食材を巻くというのはなかなか楽しそうな作業に見えるものだ。
皆が作業に集中しお腹の虫が鳴くころ、作業台の上は大量の料理でいっぱいになったのだった。
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「いやぁ、こうして並べられるとなかなか壮観だねぇ」
調理実習室の机は大きい、それでも6人が多めに作った料理が盛られると見た目だけでかなりお腹いっぱいになりそうな光景が広がった。
「どれ、いただくとするかのう。む、この野菜炒めはなかなかじゃな。味付けが濃い目でご飯にも合う」
「そう? よかった」
樹香は禊の作った野菜炒めを食べている。濃い目の味付けはおかずとしてぴったりのようだ。
同じようにエルファリアも手を伸ばしている。
「きくらげなんかも入れると歯ごたえに変化が出ていいわよね」
「あれは結構好き嫌いが分かれるから、今回はパスしたんだ」
「野菜炒めに豚汁を合わせればちょっとした定食の出来上がりだねぇ。大根に味が染みててうまいよ」
逝は豚汁にも手を出している、やはり寒い時期にはこういった汁物は合うものだ。
「口に合うようでよかったの、豚肉のきれっぱしがあれば手軽に作れるしボリュームもあるしちょっとしたおかずににもなるからのう」
濃い目の味付けの野菜炒め、そして豚汁はご飯が進むの。
「こっちのトルティーヤもあんまり食べたことないけどおいしいね」
向うが中華和風のタッグならばこちらは洋風、山吹はトルティーヤにクリームシチューを手に取っていた。
トルティーヤはつけるソースによって味の変化に富んだ食品である、今回は肉と海鮮、そしてアボガドソースといくつかバリエーションを選べるようになっている。
若干簡単にできる料理と簡単に食べられる料理を勘違いした結鹿ではあったができたものは上々だ。
「なんかあれだね、タコスにちょっと似てる?」
「正確には生地そのものがトルティーヤで、具材を入れて軽く巻いた感じなのがタコスなんですよ」
「へー」
呼び名はどうあれ酸味や辛味のハーモニーとでも言おうか、味覚を刺激する味は一度食べればまた食べたくなる、そういった味に山吹は思えた。
「で、このオムライスですけど……何か書いているような?」
結鹿はオムライスのケチャップで書かれた文字が気になっているようだ。
「あ、わかる? 一応FIVEって書いているんだけど、文字を格って難しいね」
うーんと山吹は首をひねっている、デコレーション用のペンを使わなければ文字を書くのは難しいだろう。
それでも、山吹の遊び心に結鹿は笑みを漏らす。
「ふふっ、ハートか何かをうまく書ければ結婚したら役に立つかもしれませんよ?」
「そう? ……、ふふっ、あーん」
「へ?」
山吹がオムライスをスプーンで救うと結鹿の口元へと運ぶ、いきなりの事で結鹿は目を丸くしていた。
「ほら、これも予行練習、ほらほら口あけてよ」
「ええええ、そ、そんな女の子同士でなんて、あうぅ……」
あまりこういうことに慣れていないのか、結鹿は真っ赤になってしまっている」
そんな光景をエルフィリアは若いわねぇ、なんて言いながら逝の作ったパプリカの肉詰めとサラダを口に運んでいる。
「うーん、ホッとする味ねこういうの」
「まぁ簡単な家庭料理だからねぇ、ここで見栄を張る必要もないしね。シチューも優しい味じゃないか」
「そう? ありがと。こういうのは取り繕わない料理がいいのよね、こういう場では。そういうのは決戦の時に取っておけばいいわ」
「違いない」
料理の技術を向上する会なのだ、張り切って腕を振るうのはまだ見ぬ恋人、伴侶もしくは大切な人。
その人たちの前でいい。
こうやって作ったものをみんなで食べるのもいいものだなと逝は思う。
「さぁ、誰の料理が一番おいしかったか。なんていうのは野暮じゃの?」
樹香の一言にすべてが集約していた、誰が一番でもない、おいしく食べるのが一番。
そういう意味では、この和やかな雰囲気が今回の会の成功を物語っていることだろう。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
