紅蓮を従え龍は鳴く
●何かがおかしい
ひょっとしたら……大きな勘違いをしているのかも知れないから、ここらへんで整理しておこう。
議題は『逢魔ヶ時紫雨』についてである。
彼は、『正体不明の都市伝説』だ。
一般的には、存在するのかさえ怪しいとされる、隔者組織七星剣の幹部である。
というのも、彼を見たという人々の証言は全て異なっているからだ。
「男だった」
とか、
「女だった」
とか、
「少年だった」
とか、
「美しい女性」
だったとか。
そして、最も恐ろしい噂は、彼が鳴くと、血雨が降るのだというものだ。
血雨とは人も、村も、残さず血溜まりに変えられ行方不明となる厄災の事である。
だから彼を鳴かせてはいけないのだ。
ここまでが、噂の領域。
ここからが、ファイヴの域。
過去、一度だけ逢魔ヶ時紫雨と相対した事がある。
若い少年のようであった。
本当にそれが紫雨であると仮定し、若くして七星剣の幹部という席を置く彼の、戦闘能力というのは天才という言葉が正しいだろう。
だがしかし、そこまでして一騎当千可能なクラスの強者が、何故、姿を隠しているのだろうか。
理由は簡単。
『姿を隠しておいた方が利益が多い』からだ。
正体不明であるからこそ、あらゆる分野で、あらゆる面から、あらゆる行動をしても、誰もそれが紫雨であると気づかない。
故に、彼は七星剣の暗部であり、諜報を得意とする。
だから彼が動くのは大抵そのあたりの命が下ったと見るのが正しい。
これが、ある意味正解で、ある意味勘違い。
ファイヴも、姿を隠して動いているという点では彼と同じだ。
だが、紫雨とファイヴは真逆の存在である。
紫雨は、利益があるからこそ姿を隠し、ファイヴは不利益があるから姿を隠す。
共通事項があるとすれば、どちらもお互いの存在を知られたくないという点だ。
しかし逢魔ヶ時紫雨は、どうやら、ファイヴの拠点を割り出す事ができているというのだ。
手紙には、『親愛なる五麟市民へ』と書いてあった。これが、何よりの証拠。
故に、既に彼の役目はほぼ終わっているはず。
さっさと七星剣の八神勇雄にチクって、あとは扇を片手にしてやったりと高見の見物をしていればいいものを。
態々、『続き』を用意したのには『理由』があるのだ。
そこに大きな勘違いの原因がある。
勘違いを正し、新たな議題はこれだ。
『彼は七星剣として動いているのでは無く、逢魔ヶ時紫雨として動いているのではないか』。
そう、中・恭介(nCL2000002)は言っていた。
「彼は今日中にも動き出す。頼む、追ってくれ――手紙の内容は犯行予告だ。
ちくしょう、警察は事件が起きないと動かない。ましてや、都市伝説相手には動いてくれない。事が起きてからでは、遅すぎる相手だっていうのに!!」
指定地区の天気予報は、晴れのち血雨。ときおり炎が灯るでしょー。
地図は赤いインクで真っ赤に塗られていた。
●何もかもおかしい
「……俺様、迷ってンだよね。困ってンだよねぇぇ」
ふと気づくと空の朱は闇に飲まれ始めていた。
薄い乳白色の月が煌めきの雫を零し、遠くの朱と漆黒のグラデーションには星が流れ始めている。
時刻は逢魔ヶ時。
間も無く、暁から一番遠い時間がやってくる。
今日は頭の上から足の先まで覆えるローブに、フードを被る奇異な姿。
――逢魔ヶ時紫雨だ。
彼は無防備な状態で、屋上の絶壁に座っていた。黄昏の紅に照らされながら、足をぶらつかせている。時折、大きく溜息をついては首を横に振っていた。あんにゅい。
「最近小さな村が血雨になってた。泣き虫とあんた達が出会った村だ。
あそこの夢見を引き入れるはずだったんだけど……智雨が殺してた。あいつは病的に俺が好きだから、嫉妬っていう本能だけで殺す。協力とは上辺であり、本当は俺に関わる全てを殺したい。
あーどうしよう。
俺様も及ばない場所で不利益が。
でも、俺様はあいつに近づけない。智雨のマーキングを受けてるから、近寄られると吐き気がする。
困った!!
だから、ひらめいた!!
アンタラに血雨をぶつけてみようかな?? て。
そうしたら、智雨が死んでくれるかもしれない!!」
立ち上がった彼は、絶壁を綱渡りのように辿りながら言う。
「でも俺様に負ける程度なら智雨なんて倒せないだろう。だから、証明してみせてくれよぉぉ。
力を示せ。
死に物狂いで戦え。
叩き潰されても立ち上がってみせろ。
弱者なら死ね。
俺様は、強者が好きだ。
雑魚で止まってんじゃねえぞ、新興組織の狼共!!
憤怒者ばっかり構ってんじゃねェよ!!
俺達は強いんだって証明してみろ!!
価値があると。
あの『八神を倒せる』組織だと証明してみろ!! ……あっ!! 口が滑った、ここオフレコで。
奇跡や運に縋ってんじゃねえぞ、実力でこの俺を退けてみろ!!
でも、ただ頼んだってやってくれないでっしょー?
だから、こうしよ!!
……俺を退かせたら、五麟に血雨をかますのは避けてやる。
さー! 五麟地区幾千人の命がアンタラ十人の背にかかってるぜ!
楽しくなってきただろー!! 早くしないと、ここでも血雨降っちゃうよぉぉ、逃げれると、思ってンじゃねぇぞ!!」
ビル屋上をなぞるように、炎が覚者達と紫雨を取り囲み、紫雨が吐息を吐く度に口から炎が漏れ出ていた。鼻から上は、ローブに隠れて、見えない。が、次の瞬間、『彼』はローブを掴んで脱ぎ去ったのだ―――。
そこには、白銀の髪が美しい小柄な『女性』が立っていた。曲線の美しいシルエット、胸元は膨らみ、長細い足とハイヒール。口からは未だ絶えず炎を吐き出す。
「自己紹介しとくぅ?? 俺様の名前は『紅蓮轟龍』逢魔ヶ時紫雨!!
正! 真! 正! 銘! の! 『正体不明』の『都市伝説』様だぜ!!
お会いできて、拝見できて光栄でーす、ってかァァ!! そんな喜ぶなよ、濡れちゃうジャン!!」
今年最大の自己中は、幾ヶ月我慢し続けた戦いに胸躍らせる。
紫雨の考えは至ってシンプルだ。
勝った方が偉い。強い方が凄い。
それだけ。
●同刻
「のう、暁。覚者が紫雨を追ったんやって」
「……ふぅん」
「……?」
ひょっとしたら……大きな勘違いをしているのかも知れないから、ここらへんで整理しておこう。
議題は『逢魔ヶ時紫雨』についてである。
彼は、『正体不明の都市伝説』だ。
一般的には、存在するのかさえ怪しいとされる、隔者組織七星剣の幹部である。
というのも、彼を見たという人々の証言は全て異なっているからだ。
「男だった」
とか、
「女だった」
とか、
「少年だった」
とか、
「美しい女性」
だったとか。
そして、最も恐ろしい噂は、彼が鳴くと、血雨が降るのだというものだ。
血雨とは人も、村も、残さず血溜まりに変えられ行方不明となる厄災の事である。
だから彼を鳴かせてはいけないのだ。
ここまでが、噂の領域。
ここからが、ファイヴの域。
過去、一度だけ逢魔ヶ時紫雨と相対した事がある。
若い少年のようであった。
本当にそれが紫雨であると仮定し、若くして七星剣の幹部という席を置く彼の、戦闘能力というのは天才という言葉が正しいだろう。
だがしかし、そこまでして一騎当千可能なクラスの強者が、何故、姿を隠しているのだろうか。
理由は簡単。
『姿を隠しておいた方が利益が多い』からだ。
正体不明であるからこそ、あらゆる分野で、あらゆる面から、あらゆる行動をしても、誰もそれが紫雨であると気づかない。
故に、彼は七星剣の暗部であり、諜報を得意とする。
だから彼が動くのは大抵そのあたりの命が下ったと見るのが正しい。
これが、ある意味正解で、ある意味勘違い。
ファイヴも、姿を隠して動いているという点では彼と同じだ。
だが、紫雨とファイヴは真逆の存在である。
紫雨は、利益があるからこそ姿を隠し、ファイヴは不利益があるから姿を隠す。
共通事項があるとすれば、どちらもお互いの存在を知られたくないという点だ。
しかし逢魔ヶ時紫雨は、どうやら、ファイヴの拠点を割り出す事ができているというのだ。
手紙には、『親愛なる五麟市民へ』と書いてあった。これが、何よりの証拠。
故に、既に彼の役目はほぼ終わっているはず。
さっさと七星剣の八神勇雄にチクって、あとは扇を片手にしてやったりと高見の見物をしていればいいものを。
態々、『続き』を用意したのには『理由』があるのだ。
そこに大きな勘違いの原因がある。
勘違いを正し、新たな議題はこれだ。
『彼は七星剣として動いているのでは無く、逢魔ヶ時紫雨として動いているのではないか』。
そう、中・恭介(nCL2000002)は言っていた。
「彼は今日中にも動き出す。頼む、追ってくれ――手紙の内容は犯行予告だ。
ちくしょう、警察は事件が起きないと動かない。ましてや、都市伝説相手には動いてくれない。事が起きてからでは、遅すぎる相手だっていうのに!!」
指定地区の天気予報は、晴れのち血雨。ときおり炎が灯るでしょー。
地図は赤いインクで真っ赤に塗られていた。
●何もかもおかしい
「……俺様、迷ってンだよね。困ってンだよねぇぇ」
ふと気づくと空の朱は闇に飲まれ始めていた。
薄い乳白色の月が煌めきの雫を零し、遠くの朱と漆黒のグラデーションには星が流れ始めている。
時刻は逢魔ヶ時。
間も無く、暁から一番遠い時間がやってくる。
今日は頭の上から足の先まで覆えるローブに、フードを被る奇異な姿。
――逢魔ヶ時紫雨だ。
彼は無防備な状態で、屋上の絶壁に座っていた。黄昏の紅に照らされながら、足をぶらつかせている。時折、大きく溜息をついては首を横に振っていた。あんにゅい。
「最近小さな村が血雨になってた。泣き虫とあんた達が出会った村だ。
あそこの夢見を引き入れるはずだったんだけど……智雨が殺してた。あいつは病的に俺が好きだから、嫉妬っていう本能だけで殺す。協力とは上辺であり、本当は俺に関わる全てを殺したい。
あーどうしよう。
俺様も及ばない場所で不利益が。
でも、俺様はあいつに近づけない。智雨のマーキングを受けてるから、近寄られると吐き気がする。
困った!!
だから、ひらめいた!!
アンタラに血雨をぶつけてみようかな?? て。
そうしたら、智雨が死んでくれるかもしれない!!」
立ち上がった彼は、絶壁を綱渡りのように辿りながら言う。
「でも俺様に負ける程度なら智雨なんて倒せないだろう。だから、証明してみせてくれよぉぉ。
力を示せ。
死に物狂いで戦え。
叩き潰されても立ち上がってみせろ。
弱者なら死ね。
俺様は、強者が好きだ。
雑魚で止まってんじゃねえぞ、新興組織の狼共!!
憤怒者ばっかり構ってんじゃねェよ!!
俺達は強いんだって証明してみろ!!
価値があると。
あの『八神を倒せる』組織だと証明してみろ!! ……あっ!! 口が滑った、ここオフレコで。
奇跡や運に縋ってんじゃねえぞ、実力でこの俺を退けてみろ!!
でも、ただ頼んだってやってくれないでっしょー?
だから、こうしよ!!
……俺を退かせたら、五麟に血雨をかますのは避けてやる。
さー! 五麟地区幾千人の命がアンタラ十人の背にかかってるぜ!
楽しくなってきただろー!! 早くしないと、ここでも血雨降っちゃうよぉぉ、逃げれると、思ってンじゃねぇぞ!!」
ビル屋上をなぞるように、炎が覚者達と紫雨を取り囲み、紫雨が吐息を吐く度に口から炎が漏れ出ていた。鼻から上は、ローブに隠れて、見えない。が、次の瞬間、『彼』はローブを掴んで脱ぎ去ったのだ―――。
そこには、白銀の髪が美しい小柄な『女性』が立っていた。曲線の美しいシルエット、胸元は膨らみ、長細い足とハイヒール。口からは未だ絶えず炎を吐き出す。
「自己紹介しとくぅ?? 俺様の名前は『紅蓮轟龍』逢魔ヶ時紫雨!!
正! 真! 正! 銘! の! 『正体不明』の『都市伝説』様だぜ!!
お会いできて、拝見できて光栄でーす、ってかァァ!! そんな喜ぶなよ、濡れちゃうジャン!!」
今年最大の自己中は、幾ヶ月我慢し続けた戦いに胸躍らせる。
紫雨の考えは至ってシンプルだ。
勝った方が偉い。強い方が凄い。
それだけ。
●同刻
「のう、暁。覚者が紫雨を追ったんやって」
「……ふぅん」
「……?」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.逢魔ヶ時紫雨の撃退
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
●状況
・京都に血雨を降らせる予告をしてきた逢魔ヶ時紫雨。どうやら、紫雨は京都に血雨を誘導したようだ。
このまま血雨を降らせる訳にはいかない。
彼を追い、彼は『勝てば今此処と、五麟に血雨を降らせないでやる』と言って来た。
まずは目の前の血雨を回避する為に、彼と戦闘を行わなければいけない。
……七星剣の一幹部に、勝てるのだろうか。
力量は圧倒的。彼が何をもって勝ち負けを決めるのか、そこには単なる勝敗だけでは無いようだ。
●『紅蓮轟龍』逢魔ヶ時紫雨
・世間的には『正体不明の都市伝説』
智雨が制御できず、不利益を喰らっている為、智雨を殺害する形で止めようとしている
『男』です(拙作『クリアブラック』より)
・姉は逢魔ヶ時智雨(破綻者)→血雨を起こす正体であり、紫雨に何かしら呪い(マーキング)をかけている為に、紫雨の居場所に寄ってくる
妹は逢魔ヶ時氷雨(憤怒者)→イレブン保護下の憤怒者
因子獣憑(辰)×火行
めちゃくちゃ強いですが、かなり舐めてかかってきます
まず、武器を出さない
術式を使わない
体術も使わない
彼が所有する神具……は何かしら発動させている模様
攻撃は基本、通常物理攻撃で仕掛けて来ます
EX???(よっぽどの事が無い限り使って来ません。体術です)
●古妖:鬼火
・基本的に何もしてきません。覚者の逃走阻止用に炎を撒いた程度です
近寄ると燃えます、相応に体力が減ります
●場所
・繁華街上、ビル屋上
ペナルティ一切無し。落ちる前に、燃えます(古妖鬼火参照)
●捕捉
・繁華街下に一般人はおります。中恭介曰く、『警察は事件が起こらないと動かない』
・作戦や行動は勿論大事ですが、何より心情を重視致します
何に想いを賭けるのか、何で彼に強さを示すのか
淡々とした感情よりも彼をぶち抜くくらいの想いをお待ちしております
八百文字めいいっぱい使ってみてください
●血雨とは?
・紫雨の姉、逢魔ヶ時智雨と呪われた神具八尺(鉈)が起こしている厄災
一晩で村ひとつが消滅し、血溜まりになるという現象で、現時点まで誰も止められない
ご縁がありましたら、宜しくお願い致します
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
150LP[+予約50LP]
150LP[+予約50LP]
参加人数
10/10
10/10
公開日
2015年12月26日
2015年12月26日
■メイン参加者 10人■

●Unidentifiable
油の中に火を投げ入れて、炎が爆発的に広がっていくような。
逢魔ヶ時紫雨の闘気は、肌が震える程、感じる事が可能だ。
それが戦場を満たしきっている。
巡り巡って集いし十人の覚者を前に、正に炎を吐く龍が塔の上で勇者たちを歓迎している様に笑った。
「待って、準備体操するから!」
おいっちに、おいっちに。
紫雨は身体を捻る。その度に胸が揺れていた。なんてこった奴め、ノーブラじゃないか。『BCM店長』阿久津 亮平(CL2000328)は事実に気が付き、頭の中でお店の新メニューを徐に考え始めた。
なんだろうこの空間は一体。という目線で、『落涙朱華』志賀 行成(CL2000352)は見ていた。
『教授』新田・成(CL2000538)が、仕込み杖を地へつけた。
成は、この場で最も老成した人物である。それ故に、潜り抜けた死戦のお蔭で、戦場戦闘戦士は見慣れている。
例えば鉤十字の残党、赤い秘密警察、女王陛下の諜報組織。名立たる『世界の触れてはいけない彼等』は、それこそ清々しい程に強者だ。
だが、それとしてもだ。
眼前の、超最軽量の戦車には肝が冷えた。それは能力者だからと言ってしまえば終わってしまうのかもしれないが。
「それ故に、滾るというものですよ」
「今誉められた気がするぜぃ」
炎で閉鎖された小さな空間は、そこだけ世界から見放されて死で満たされている。
空間内の死では無い。
誰とも顔も知らぬ者達の死だ。
行成の手に汗が滲んだ。
「大丈夫?」
「ああ、ほんと。まだ何もしてないのにな」
三島 椿(CL2000061)の顔が横から彼を覗き込む。
顔色が悪いのはお互い様だ。戦闘が始まる前から、こうなのか?
行成は汗を握り締めた。
身体にぶつけられている絶望感は、何を物語るのか。脳内の危険信号は赤色点滅、逃げろと言うのだ。
以前の『水の祝福』神城 アニス(CL2000023)であれば、現時点で吐き気を催し膝をついていた事だろう。
だがアニスは一歩前へと足を押し出し、女性型の紫雨にお辞儀をひとつこんにちは。
「御機嫌よう、紫雨様。自己紹介がまだでしたね。神城アニスと申します。よろしくお願いいたしますね」
「俺ね、逢魔ヶ時紫雨! あれさっきも言ったっけ」
初めて会った時は、顔が見えなかったから。
「先日氷雨さんにお会いいたしました。とてもいい妹様ですね」
「氷雨ぇ? あー、ひっさびさに聞いたわぁ!! 元気そうだったぁ?」
「ええまあ、それなりに」
「最近どう? 古妖狩人にいじめられたりしたの?」
「ええ、はい、えっと」
ファミレスでドリンクバーを囲みながら話しをする勢いで語られると調子を崩しそうだ。
そんな事よりも。
「そして貴方の事も教えていただきました」
「ガーン!! 何喋ったのあの子ぉぉ!」
氷雨は言っていた。
彼は『三種の神器』のひとつで姿が変わる。
だからこそ、目の前の女性は幻以外の何者でも無いだろう。
それが、剣の仕業か、勾玉の効果か、鏡の悪戯かは分からず。
深緋・幽霊男(CL2001229)は問う。
「初めて会った時も逢魔が時か。ヌシの神具と時間帯は関係あるか? 鏡は太陽、勾玉は月の象徴でもあるが」
「俺様がさぁ、虚言の情報を教える確率は織り込み済みだろ! 言わせんな恥ずかしい!」
●
「いくぞ、逢魔ヶ時紫雨!!」
「おっしゃこーい!」
楽しそうだなぁ……とここだけ、のほほんした亮平が空間の風を操り、味方の防御に適した風向きを送り出す。
「いいよ、売られた喧嘩は買ってやるからさ」
十人で、彼の鼻を明かすのだ。
『狂気の憤怒を制圧せし者』鳴海 蕾花(CL2001006)が苦無を握り、当初、紫雨が立っていた位置まで全力疾走を開始。
だがだが、それより圧倒的にだ。
紫雨は『狗吠』時任・千陽(CL2000014)の前に到達し、女性の顔で彼の顔を下から覗き込んだ。
「は!?」
蕾花は目をこじ開けて後ろを振り向いた、今の今まで目の前に居たはずだったのに何故そっちに、もう。
「間に合わな……い!!」
未だ、亮平の付与もままならない時。
瞬きをしただけの、一瞬の出来事。
「いっくぜぇぇ!!!」
紫雨の腕が、ふり上がっていた。
「な……」
千陽が何かを言いかけ防御の姿勢を取る刹那。拳は彼の頬を穿ち、グギギィと首から生々しい音が響きながら、変な方向に頭が回転した。
大笑しながら腹を抱えた紫雨。
「あーッ!! 久しぶり、この感覚!! っと?」
「気に入らない!!」
蕾花はUターンし、紫雨の背中に爪を走らせた。宙を斬っていた腕を紫雨は掴み、勢いを逃がしながら彼女を引き寄せる。
「ポイント高いよぉ? 自分と仲間以外は全部ぶち殺って感じのその目ェ」
日々、憤怒者やAAAに憤りを隠せない蕾花。
今や、目の前の紫雨も牙の射程圏内か。
「それであんたは面倒事押し付けたいから試してやると、勝てなきゃ虐殺するってか? あんたも身勝手だな」
「隔者は自由が基本だぜぇ、何言ってるんだぁ! 蕾花ちゃんの組織はぁ、そういう悪い厄災も止めるのがお仕事だろ? 義務だよ、義務ぅ」
力任せに腕を振り切り、蕾花の爪は紫雨の頬に傷をつけた。
相容れない。
そう表現したように彼等は別ちながら。蕾花の瞳の中、紫雨が手招きを繰り返した。
「蕾花ちゃんは。俺様の所まで堕ちてみる? 納得いかないの全部ぶっ飛ばす! そっちのが、お似合いだぜぇ? おいでおいで、不満も全部俺様の中でぶち撒けちゃいなよ」
紫雨と蕾花の合間に影が割って入った。幽霊男が間を斬りながら、瞬時に片手を紫雨へと伸ばしていく。
「誘い文句のわりには色気が無いの」
「彼女いない歴年齢の俺様に色恋期待しちゃいやん! 今言ってて悲しい」
幽霊男の目的は一途。
問い一、彼の幻は本当の幻か?
「よし。乳もませろ。本物か確かめるでな」
「オッケー! おいで! 汚してぇ!」
もみもみ、寄せて。ふかふか、まわして。ぱふぱふ、弾力性確かめて。
……本物!! っぽい。
「で、それが『鏡』かね?」
「そっから先は有料チャンネルより高いぜえ!」
『金狼』ゲイル・レオンハート(CL2000415)と椿、そしてアニスは同時に動いた。
「くそったれ!」
ゲイルは鍛え上げられた両腕で奏でるように五指を動かし、
「すぐに、治します!」
椿は倒れ、口から唾液を零す千陽へと言葉を放つ。
体内に循環する血の流れさえ制御するように、小さな穴へ細い糸を通すように。繊細な術式を組み立て、千陽の意識を守るのだ。
例え小さな力でも。三人一緒に行えば、通常よりも遥かに大きな力になる。
だが三人がかりで動かなければならなくなった事実があった。
アニスは言う。
今宵、彼に力を見せるその方法は、何も物理や特での攻撃のみでは無い。
「私は皆さんをお守り、助ける力で貴方に証明してみせます!」
「いーね! アニスちゃんは見てて飽きないから大好き、俺、大好き!!」
●
「征きましょう共に。一人で戦うのでは無く、組織として」
千陽と入れ替わった成は、腕を横に引きつつ刀を抜く。
同時に地に呼びかけ、蕾花と幽霊男への護りを固めてから見上げた。嗚呼、夕焼け空のグラデーションに一寸の雑影(ノイズ)。
「スゥゥパー!! ミラクルえっと、カカトオトシ!!」
「そのうち舌を噛みますよ」
「それは嫌かも!」
紫雨が踵を高く振り上げ跳躍していた。着地点は勿論、眼下の己であろう。
成は両腕をクロスさせ、それを受ける。足下にヒビが入り、屋上の床は彼を中心に一気に陥没した。
「痛ッ、……?」
千陽の施したシールドが展開されつつ、それにより、紫雨の身体に反射の傷が走った。
また踵と腕の合間に見える水の薄い膜がちゃぷんと波立て、衝撃を和らげていた。
成は、意味あり気に不敵な笑みをひとつ零して、仕込み刀を振り上げた衝撃波で紫雨を引き裂く。
「あだだだ!!」
とか叫び声を上げながら地面にバウンドして吹き飛んでいく紫雨に、追撃、千陽はBerettaM9:3Fを構え、トリガーを引いた。
「これが群だ。仲間というものだ。貴様にはそれがあるのか? 逢魔ヶ時紫雨!」
「まるで俺様がぼっちみたいに!!」
ダァン!! と銃声が響きつつ、されど紫雨は弾丸を歯で止めている。
千陽は唇を噛みしめ、紫雨は歯を噛みしめ弾丸を砕いた。
「歯周病になったらどうしてくれるつもりだ、軍服ゥ!」
「大人しく捕まってくれれば、こちらで手配致しましょうか。歯医者」
「やーなこった! 俺様、アンタに捕まったら、脳内いじくりまわされくちゅくちゅされちゃいそう! 『百鬼斬』に言ってるんだよぉ。アンタと俺って似てると思わナーイ?」
その頃、成は両腕を下へ向けていた。
どう足掻いても、両腕が持ち上がらない。
「……馬鹿力ですか」
「いや? 違うよん」
両腕は小刻みに痙攣していた。今の衝撃だけで、両腕の中の骨とやらは粉砕されていたと言う事か。
彼は戯れに身体を振り回しただけで、三人がかりの回復を要する。
間違いなく、紫雨は単純な暴力の脅威として君臨していた。
胸糞悪い。
そう思ったのは、ゲイルの最初の印象だ。
撃退できなければ眼下の一般人が死んでいくだと。それだからこそ、一般人に憤怒者が発生してしまうのだ。
力に固執はしないゲイルでも、力があるからこそ厄災を起こしてしまう紫雨は煩わしいものだろう。
しかし、それは紫雨一人を葬った所で終わる事実では無い。絶えず、永遠の課題としてこの世界に蔓延るものなのかもしれない。
それとは別途。紫雨にせめて一発、吼え面をかかせる為に。ここにある。
「俺の想いを砕けるならやってみろ、このクソ野郎!!」
「アンタの想いってナニ。何故戦っている、何故探偵をやっている?
一般人に手を出すな……ね、俺は俺の意思で血雨を起こしてねぇ。誘導と制御はイコールじゃねえ。
アンタの行動にピッタリな言葉、教えてやる。
正義を盾にした八つ当たりだ。
単純に、ムカつくからぶっ飛ばすって事だろ、いいぜえ、俺はそういうのも嫌いじゃねえよ!!」
一人に集中攻撃をしてこない意味を訳すれば、『すぐ終わったら面白くない』と言いたいのだろう。
にへらと笑う紫雨であるが、闘気と戦気は収まる事を知らず。ただ、そこに一筋の殺意も無い事を椿は感じ取っていた。
弓矢を手に、構えるよりも。
周囲に存在する水の雫に癒しを乞いながら。
……気づいたら行動よりも先に言葉が出ていた。
「今度は自分も誰かを守れる人になりたかった」
今まで兄に守られてきた椿を、反転させる為。組織に身を置く理由もそれ。
一度護ると決めたら、守り抜くのだ。それはまるで、呪いのように。椿の行動を縛っている枷であるのかもしれない。けれど。
例えどんな脅威の相手だろうが。
例え護る相手が自分の事なんか存在さえ、戦っている事さえ気づいてくれなくても……。
揺れ動く気配さえ見せぬ決心。
果たしてそれを誰が嘲笑えるというのだろうか。
「紫雨――!! 私は……私たちは、必ず貴方に勝つ!!」
「そうだ!! 俺様はその目が好きだっぜ!!」
●
戦場に冥王の杖が垂直に立つ。
『誇り高き姫君』秋津洲 いのり(CL2000268)の施した霧の中から、幽霊男の影が現れ、紫雨の影がこれを追う鬼ごっこ。
幽霊男は後退せんと地を蹴ったが、その前に首を掴まれ許されず。
「駄目……駄目です!!」
杖を下から上に振り上げ、いのりの波動が紫雨だけに直撃。仰け反った彼であるが、幽霊男を解放するには至らず。
地面に足が着かず、首だけで持ちあがる幽霊男の身体が宙に揺れた。
だがここまで近接なのなら、なおもむしろ好都合というものでは無かろうか。
「八尺瓊勾玉と八尺とかけてあるんか? 八尺は剣で無く勾玉の象徴なんか?」
「どんな映画でもさー、知り過ぎたら、いの一番に殺されちゃうワケよ。こうやって」
紫雨の片手にくわれ込まれていた幽霊男の首が圧迫されていく。
それでも幽霊男の口は高らかに動いた。
「智雨がヌシの言うとおりなら妹の言と矛盾せんか?」
「何言ったか、俺様知らねえっけど!」
「関わる者を殺したい。居なかったように扱われる、だ。過去に殺されていてもおかしくない」
「何もおかしくねぇよ!」
「曲がりなりにも肉親だろ」
「俺は嫌いじゃねぇよ、氷雨ちゃんのコト! 可愛いしちっこいし」
刹那、びくんと幽霊男の身体が揺れた。
「あン? SAN値激減?」
痙攣する幽霊男を後衛陣へと投げ、ゲイルが受け止めた。
「何をした、紫雨!」
「むしろなんかしたのはそっち。俺の神具でも探ったか? 俺の神具は曲がりなりにも神話クラスの代物だぜえ」
なお、紫雨に関しては何も情報を得られなかった。空っぽである器をみたように。
行成は右から、亮平は左から。
刃で空を掻いて。紫雨は空中に逃げて。着地した所で成の刃が彼に傷を刻む。
ゆらり、揺れた彼に蕾花が接近、苦無を握り締めて差し出し、同じく椿が弓を引いた。
回し蹴りで苦無と矢を弾き、首をコキコキ鳴らしながら、紫雨はいのりを瞳に映した。
龍に睨まれ、びくりと一歩下がったのだが。震えた足は、今一歩前へと踏み出す。
唐突だが、一人の少女の話をしよう。
穏やかな笑顔と、長い三つ編みが似合う少女の話だ。
彼女は恵まれ、何不自由無く生きて死ねる事ができたはずだ。
けれど、平穏よりも別を選んだ。
人一倍優しかった彼女は、能力者として誰かの為に力を使う事を決心したのだ。
勿論、親は猛反対した。
それさえ押し切り、彼女が彼女であるがままに成す為に。
「決めたのです。お父様やお母さまが、かつてそうしたように、いのりの力で誰かを護るのだと!」
「だがな嬢ちゃん、震えてるぜぇ!!」
思いだけでは勝てない事を、十分に知りながら向かい合う。
きっと、世界は思う以上にも優しくない。
小学生という身分で、遥かに不釣り合いな戦場で。
大人の階段を登る少女。
気高く。
そして、諦めず。
「力を持つ者はそれを誰かの為に役立てなければならない。その力は救いを求める者の為に。ファイブに来て多くの理不尽な暴力に苦しめられる人達や古妖を見て、その思いはますます強くなりましたわ!」
見開いた紫雨の瞳。
「お前だ」
そう言った。
距離を詰めた蕾花の苦無と拳が、紫雨を殴りながら斬り飛ばす。バキィ! と無機質な音が響き、かつて無い程に蕾花は攻撃が当たったと確信した。
「……マジか、痛っ! おお? こりゃぁやってくれたな」
「チッ、そのまま素顔を見せてくれりゃよかったんだけどね」
紫雨は右手で、右目の上を抑えていた。僅かに指の隙間から、見える。『女の顔に亀裂が生じている』。
奥には紫雨の本当の顔がいるのだろうが、ヒビは小さく中を伺うのは不可能だ。
「すっげーよ!! 超ビビったわぁ」
顔のヒビをなぞりながら、紫雨は、蕾花、椿、アニス、亮平、幽霊男を順番に観た。
「んじゃあ、ご褒美で。直すついでだし、いっちょ面白いもの見せてやる」
紫雨は右手で顔を触れば、その姿は銀髪の美女から金髪で刺青のある少年の姿になった。
「俺は、なンにでもなるし」
次に顔を触れれば、頭に大きな角を生やし、目がとろんとした女性になった。
「ボクは~何にでも~なれるよー」
次に顔を触れれば、アニスの姿をした紫雨。
「だから、正体不明なんでしょうね……面白そうですから、この姿とかどうですか?」
次に触れ、最後。
この姿となった。
「お気に召したかよ」
「暁さん!!」
アニスは吼えた。
「……暁ぃ? こいつの名前は『小垣斗真(おがき・とうま)』だろ!」
●
行成の耳元で笑いを含んだ声が聞こえる。
薙刀は虚空を裂きながら、その間に手前に居たはずの敵が横から殴ってきた。横腹が凹み、胃液を撒き散らしながら、命を燃やして立ち上がった。
薙刀を再度握り締めて、立ち上がる。そこにはゲイルの回復が彼を守っていた。
「くそっ、回復が追いつかない」
イラつく事だが、紫雨は戦場の被ダメージバランスを握っていた。回復が行き届くようにされているのを何よりゲイルはよく解っていただろう。それでも手を止める事は許されない。前衛陣が、傷つく事を止められないのと同じく。
「倒れるな、倒れない」
言い聞かせる言葉で己を縛る。
激痛の走る身体。けど戦わねば。食いしばる奥歯。甘えぬ。甘えられぬ。
「もう、目の前で誰かを守れないのや嫌だ……ぁああ!!」
背を仰け反らせ、遥か天空に行成の咆哮が木霊した。
「うお!? 兄ちゃん、ゾンビかよお!」
力を籠めるのだ、動け。身体。休んでいる場合じゃねえ。
片腕で投擲した、槍。
「ぅ、ぐ!?」
これが紫雨の右肩に突き刺さった。
「殺されてたまるか、殺させてたまるか……退け……っ!」
「く、くはは! おもしれえ!」
行成の瞳が曇る事は無い。勝つまで戦うのだ。
だが、攻撃は別問題だ。
「名残惜しいけどーこれでーサヨナラだよニーチャン!」
助走をつけて、紫雨の両足が揃う。行成を蹴り飛ばさんとした、
だが、
「こっちだ紫雨!!」
ナイフ片手に、声ならぬ咆哮を上げながら亮平が飛び込んだ。
行成の前に影がかかる、狂った蛇が土を散らして尾を振るう如く、紫雨の身体を受け止めながら拳銃とナイフを持つ両手で彼を殴り、切り、零距離から弾丸を浴びせる。
彼が招く暴虐を決して起こしてはいけないのだと、瞳孔が縦に切れる瞳で紫雨の身体を捕え続けた。
「……痛い」
アニスの身体が震えた。紫雨……否、暁の瞳がアニスに助けを求めて泣いていた。
そう、彼はとっても怖がりで、臆病で、泣き虫で、たまにちょっと変なときはあったけれども。
「痛いよ、アニス……助けて、アニス」
「あ、あっ、ああ」
「アニス、アニス、僕が、分からないの? 僕の事、助けてくれないの?」
目の前の彼が、あの日、遊園地を共に駆けたあの少年と変わらずに見える。
優しい心を持った彼女として、彼女にしか開けない本に手がかかり、開かんとした。傷を、治すのだ。暁の傷を。
「その必要は、無いわよ」
椿が本にかかった手を握り、止めた。
あれは、暁じゃない、紫雨だ。椿の勘は、鋭く。それとしても、彼は『紫雨』である。
「紫雨……私は、貴方の本当に触れたい」
「……へぇ」
本当。それが見せられるのなら良かったのだが。
「じゃあ頑張らないとね! 俺様の本当を見つけるの!」
「そもそも……貴方が本当の紫雨様なのかどうかも私には分かりません。どれだけ凄い力を持っているのかも」
回復を灯し、されども信じる仲間へと向けて。
「ですが都市伝説とかそういうのは関係ないんです……今ここに危機が迫っています。大切な人が居なくなるかもしれないのです……それが私は嫌なんです。だったら守らないとじゃないですか!」
紫雨を目の前にして、なおも言い続けた。
「そして……それが私がここに居る理由なのですから!」
「だよねーわかってた!」
「そんな事、分かりきってたよ」
一周廻って、いつも通りの笑顔に変わった紫雨に亮平は溜息をついた。
「オニーサン、どれくらい人殺してるのぉ? 良い目つきだネ!」
「いやぁ……これは天然ものっていうか」
瞬間、伸ばされた紫雨の右腕が亮平の額まで伸びた。風船が割れるような音がした刹那、彼の身体は後ろへと飛ぶ。
何をしたかと問えば、ただのデコピンで。一般人が受ければ頭が綺麗に粉砕される程度の。
亮平としてみれば、足が折れようと腕が無くなろうと戦う心算だ。だが考えている頭が終わってしまえばどうするのか。
命を燃やして、立ち上がるのだ。
こめかみを貫く激痛に耐え、悲鳴を上げる事も許されず。
「今のは、結構痛かったよ。紫雨」
「でもどうせあいつが治しちゃうじゃん! 俺様は? ねえ、俺様には回復ないの??!」
ゲイルは当たり前だと嘆きながら、回復を続ける。決して止められない行動を。それをする事で、前衛を護り、結果、紫雨を退ける力となるのだ。
亮平に向けて笑った一瞬、その隙を逃さない。間合いを一気に詰めた蕾花。
身体のギアを高め、素早く繰り出す斬撃を放つ。
「お喋りは終わりだ、紫雨!!」
「やべ、ぃぎッ?!」
背中から食い込んでいく鋭利な苦無。血飛沫が噴き出しながら、蕾花の顔を染めていく。
幽霊男の銃剣が前から腹を突き刺した。刃は背中まで貫通しつつ、そして抜く。血霧が周囲に舞いながら、それでもなお、攻撃の手は止まらない。
紫雨は千陽が銃を構えているのが見えていた。下がらんと歩を後ろにつけるとき、背後から成が紫雨の腕を掴みながら刃を押し込んでいく。
「てめぇ!!」
身動きができない。
故に千陽の弾丸は一直線に彼を射抜く。直後のいのりの貫通に紫雨の身体は吹き飛びながら、霧の中へと消えていく。
「今まで自由気ままに勝手を突き通したアンタに団結の力なんざ分からないだろうね」
蕾花は告げた。
煙が膨れ上がり、いずれ風に流され消えていく。
こちらとしては既に体力も精神力も底をつかせる程の、連携プレーに確かな手応えは感じていた。
はずなのだが。
「次から、一対十は止めよう!! 俺様の目はふたつしかないんだよ!
ゲイルたん! 俺にも回復頂戴!! あ、駄目そ? やだ睨まないで怖い!!」
とことことことこ、と歩いて来た紫雨。
確かにぼろぼろの姿にはなったものの、ぷんすこ怒る余裕があるらしい。
「紫雨、まだ、平気なの?」
「そりゃそうだよ、椿ちゃん! 俺様なんだと思ってるの!」
そうだ、彼は本気では無い。
攻撃もあえて受けていたとすれば底知れない。
「仲間だのなんだの、俺様にねえって決めつけてるけど、あるよ。けどアンタらは群で戦える。だが俺は、一人だ」
「どういう、事だ」
ゲイルは聞き返した。
「少し語ってやる。休憩時間!
えーっと、俺が守ってあげないといけない子達がいるんだよね。なんだっけ、『禍時の百鬼』?
あの子達は弱い子達で、七星剣の中の落ち零れ。
……だもんで、俺が噂で守ってあげないと。俺が正体不明の脅威であり続けないと。
俺様はそいつらの王様として、戦わないといけねーんだ!」
加えて、亮平は機会だと問う。
「八神と上手くやれていないのか?」
「俺達はさ、仲良しこよしの集合体じゃないからさ。俺は八神が不利益喰らう事はしてないから、放任でも許されてるぜぇー」
「楽しく遊ぶ事が出来ないから駒を増やしてみたくなった……とかそういう目的?」
「あぁー? 俺様の事、殺人鬼や、変な性癖の遊び人みたいに思われてる!? あ、駒を増やしたいのはぁ、大正解。
なんてたって、俺様。この日本が欲しい」
地が揺れた。空気が震えた。
「そんじゃまあ、そろそろ俺様も『本気』出しちゃおうかな!」
覚者達は構えた。
「この世界はクソだ。
クソなら俺が全部塗り替えてやる。
俺の絶望、味わってみる?」
だが、ひとつ。
予想外の事が起きた。
「全員屋上から吊るしたら特等席で血雨が視れて楽しいと思わ……、ね? ……あ?」
何かがおかしい。
「それまでです、紫雨」
老成した声が響く。
暁の顔である紫雨が表情を歪め、構えたナイフを落し、
「ここまでの貴方の言葉に、嘘は無かった。ですが、私が欲しい情報はそこではありませんよ」
カラン、という音が渇いた世界に響く。
誰だ。
探っているのは。
誰だ。誰だ。誰だ――!!
「新田……成てめえ!!」
刹那、『成の身体』と『紫雨の身体』が反発したように吹き飛んでいく。
何が起きたのか、それは成が彼の中身を調べに調べていた。それは彼の魂を削ってまでも行われた所業で。
さっきは幽霊男が探りを入れて、反射されたはずだった。
だが、神具が想定していたものより、更に強力な探りを入れたのなら、どうだ。
神話級の神具は、それ相応の力ではないと探れないだろう。だが、それさえ破られたのなら術者もタダでは済まない。
成の身体は痙攣していく。
対して紫雨は、顔から血を流しながら叫んだ。
「てンめえぇええ!! てめぇらはまたそういう事を!! ふざけんなよ、俺に、俺様に、何をした――ッ!!!」
「確かに貴方は、逢魔ヶ時紫雨。ですが、……『本体はここにはいない』。違いますか?」
「――ッ」
「本体は、別にありますね?」
「……ッ」
「貴方はまだ神具を隠している。今発動させているのは姿見が変わる鏡と、数の概念を超えられる神具でしょうか。
日本には古くから、式神や。世界規模なら使い魔など方法はあるでしょう。今更、驚く事でもありま……せ」
そこで成は崩れた。目を真っ赤に染め、鼻から血を流し。脳になんからの異常事態が起きたか。
人は、簡単に二人になったりしない。A地点に存在してても、B地点にも同個体が同時刻に存在するのはあり得ない。
つまり、紫雨は別の場所に居ながら目の前にも存在するとんでもを起こしていた。
「いいよ、分かった。そこまでして探りたい、そこまでして俺を退けたいのは。
けどお前等は、まだ、俺様の掌に転がされていなよ。
いいよ、約束する。
『俺は』五麟に手を出さない。血雨も降らさないよう手を廻す。
口約束なんて、此の世で最も破れやすい契約だけど。
この戦いも。
これからの戦いも。
全部俺様の想定内だ。
けど、俺様、もうちょっと遊びたいかな」
ガスマスクで顔を覆った紫雨。残虐撃は始まった。
●
「あはははははは!!」
全力を発揮して来た。
手始めに蕾花の後頭部を掴んだ紫雨はそのまま地面にぶつけた。轟音と共にヒビが入り、更に二回三回と地面に頭をぶつけさせながら笑っていた。遂に地面は壊れ、階下へと落ちていく覚者達。幸運だったのはこのビルが改修工事中で一般人がいない事だ。
瓦礫の中。
亮平と行成が左右から刃を流したが、跳躍して回避した紫雨。着地点に待っていた幽霊男の刃を身体に掠めながら、椿の矢を掴んでへし折る。
千陽の弾丸を肩に掠め、入れ替わりで彼を紫雨は掴んだ。ビルの柱に千陽を投げつけてから、蹴りを入れれば衝撃で柱が破壊された。埃と舞う煙の中から業火が舞い上がり、咆哮が聞こえればいのりの身体が縮こまる。
現れ、影を見せた紫雨。
意識の途絶えた千陽を片手で引きずりながら、飛び込んで来た幽霊男へと投げて当てる。
と同時に亮平が二人を受け止め、行成が前へと駆けていく。その間に、アニスと椿、そしてゲイルは回復を唱え続けた。それがせめてもの救いとなるようにと。
長いリーチのある薙刀だ。霧が舞う中の紫雨のシルエットに差し込んだはずだったが、何時の間にか行成より後方を歩いていく紫雨。
いのりの衝撃破と共に幽霊男は駆けた。貫通に巻き込まれた龍へ、更に追撃の零距離弾丸を当てる。亮平も気絶した仲間を「安全な場所に頼む」と後衛に指示しながら、前へと。
後衛には行かせられない。無茶かもしれない、でも無茶でもやるしかない。
亮平はナイフを構えた刹那。両腕の関節が外されていた、空中で落ちるナイフを咥えて紫雨へと刺し込んだ。「お疲れ」と言われた。懐に彼の膝が入ればナイフを口から落として、こと切れていく。
幽霊男は紫雨を掴み、右腕を切断しにかかった。肩までジギルハイドを刺す。
そこでゲイルが、前へ行くと椿とアニスといのりに告げてから、走った。その合間にも、幽霊男の足を紫雨に捕まれ、シーソーの如く地面に叩きつけられていた。
やめろ。そう吼えるゲイルが紫雨を、拘束し。しかしここで紫雨は幽霊男の武器を拾って、自分ごとゲイルを刺したのであった。血を吐きながら笑いまくる彼の狂気を感じた所で、刃は抜かれる。
血飛沫を上げながら、行成は薙刀で紫雨の脇腹を斬った。やり返し、と言わんばかりに蹴られた行成は一段大きなビルの柱にぶつかった。デジャヴを感じる。そう思った時には遅く、再び爆音を奏でながら柱が粉砕され、遂にビルは本格的に上階が崩れ始め、炎の渦が発生していく。
天井が落ちてきて、揺れが激しい。流石にまずいと思ったゲイル達後衛組は、前衛を抱えながら崩れゆくビル内を駆ける。
だが、いのりだけはそうできなかった。
紫雨がいのりを掴んだのだ。
震えてから、杖を前に出したいのり。やっと肺の中の空気を入れ替えて、鈴のような声が響く。
「例えこの身が砕けようと、指一本でも動く限りは貴方に立ち向かいますわ! そして必ず貴方という壁を克服しますわ!」
雀の涙程の雫がいのりの瞳から零れ落ちた。
声が掠れてまで剥き出しにした自分の心。
力で勝てないのならば、心で勝つしかない。
いのりは瞳をぎゅっと閉じ、頭が撫でまわされた。
「名前は? イノリチャン?? そうそう、俺はおまえみたいなのを探してた」
どうやら紫雨には別の目的がひとつあった。
紫雨の心は震えていた。
この小さな少女が持つ心の強さと思いを、認めた。
「これあげる。智雨を倒すには、必要だからさ!」
黒い札。
「使い方はその時に教えてアゲルー。うっわ、なんでビル崩れそうなの??」
「紫雨が暴れたからですわ……」
「遊んだだけだもーん」
●
ビルが崩れかけたお蔭か、一般人達は避難を自主的にしつつ、消防や警察が集まってきていた。
それとはまた別の場所で、紫雨はいのりを抱えて別のビルへ飛び移る。
「言っといてよ、いのりちゃん。俺様、八神にアンタラの事いうつもりねーって」
「ファイヴの名前ですか?」
「ちがーう。狐の獣憑ちゃんとか、怪の因子とかぁ、夢見ちゃんがやらた多いとか、あとはやたら古妖ちゃんと仲が良いこととか。世間的には古妖は脅威だから、仲良くしてるのはあまり宜しくない」
「紫雨も鬼火を連れているじゃないですの」
「俺は! 悪い人だからいいの」
「ですがそれは七星剣としては」
「いーのいーの! その代わり俺の神具の事とかを世間にチクったら、内側から壊すからネ!」
「強迫です……」
「また会お。今日は、楽しかった、ありがとな!!」
油の中に火を投げ入れて、炎が爆発的に広がっていくような。
逢魔ヶ時紫雨の闘気は、肌が震える程、感じる事が可能だ。
それが戦場を満たしきっている。
巡り巡って集いし十人の覚者を前に、正に炎を吐く龍が塔の上で勇者たちを歓迎している様に笑った。
「待って、準備体操するから!」
おいっちに、おいっちに。
紫雨は身体を捻る。その度に胸が揺れていた。なんてこった奴め、ノーブラじゃないか。『BCM店長』阿久津 亮平(CL2000328)は事実に気が付き、頭の中でお店の新メニューを徐に考え始めた。
なんだろうこの空間は一体。という目線で、『落涙朱華』志賀 行成(CL2000352)は見ていた。
『教授』新田・成(CL2000538)が、仕込み杖を地へつけた。
成は、この場で最も老成した人物である。それ故に、潜り抜けた死戦のお蔭で、戦場戦闘戦士は見慣れている。
例えば鉤十字の残党、赤い秘密警察、女王陛下の諜報組織。名立たる『世界の触れてはいけない彼等』は、それこそ清々しい程に強者だ。
だが、それとしてもだ。
眼前の、超最軽量の戦車には肝が冷えた。それは能力者だからと言ってしまえば終わってしまうのかもしれないが。
「それ故に、滾るというものですよ」
「今誉められた気がするぜぃ」
炎で閉鎖された小さな空間は、そこだけ世界から見放されて死で満たされている。
空間内の死では無い。
誰とも顔も知らぬ者達の死だ。
行成の手に汗が滲んだ。
「大丈夫?」
「ああ、ほんと。まだ何もしてないのにな」
三島 椿(CL2000061)の顔が横から彼を覗き込む。
顔色が悪いのはお互い様だ。戦闘が始まる前から、こうなのか?
行成は汗を握り締めた。
身体にぶつけられている絶望感は、何を物語るのか。脳内の危険信号は赤色点滅、逃げろと言うのだ。
以前の『水の祝福』神城 アニス(CL2000023)であれば、現時点で吐き気を催し膝をついていた事だろう。
だがアニスは一歩前へと足を押し出し、女性型の紫雨にお辞儀をひとつこんにちは。
「御機嫌よう、紫雨様。自己紹介がまだでしたね。神城アニスと申します。よろしくお願いいたしますね」
「俺ね、逢魔ヶ時紫雨! あれさっきも言ったっけ」
初めて会った時は、顔が見えなかったから。
「先日氷雨さんにお会いいたしました。とてもいい妹様ですね」
「氷雨ぇ? あー、ひっさびさに聞いたわぁ!! 元気そうだったぁ?」
「ええまあ、それなりに」
「最近どう? 古妖狩人にいじめられたりしたの?」
「ええ、はい、えっと」
ファミレスでドリンクバーを囲みながら話しをする勢いで語られると調子を崩しそうだ。
そんな事よりも。
「そして貴方の事も教えていただきました」
「ガーン!! 何喋ったのあの子ぉぉ!」
氷雨は言っていた。
彼は『三種の神器』のひとつで姿が変わる。
だからこそ、目の前の女性は幻以外の何者でも無いだろう。
それが、剣の仕業か、勾玉の効果か、鏡の悪戯かは分からず。
深緋・幽霊男(CL2001229)は問う。
「初めて会った時も逢魔が時か。ヌシの神具と時間帯は関係あるか? 鏡は太陽、勾玉は月の象徴でもあるが」
「俺様がさぁ、虚言の情報を教える確率は織り込み済みだろ! 言わせんな恥ずかしい!」
●
「いくぞ、逢魔ヶ時紫雨!!」
「おっしゃこーい!」
楽しそうだなぁ……とここだけ、のほほんした亮平が空間の風を操り、味方の防御に適した風向きを送り出す。
「いいよ、売られた喧嘩は買ってやるからさ」
十人で、彼の鼻を明かすのだ。
『狂気の憤怒を制圧せし者』鳴海 蕾花(CL2001006)が苦無を握り、当初、紫雨が立っていた位置まで全力疾走を開始。
だがだが、それより圧倒的にだ。
紫雨は『狗吠』時任・千陽(CL2000014)の前に到達し、女性の顔で彼の顔を下から覗き込んだ。
「は!?」
蕾花は目をこじ開けて後ろを振り向いた、今の今まで目の前に居たはずだったのに何故そっちに、もう。
「間に合わな……い!!」
未だ、亮平の付与もままならない時。
瞬きをしただけの、一瞬の出来事。
「いっくぜぇぇ!!!」
紫雨の腕が、ふり上がっていた。
「な……」
千陽が何かを言いかけ防御の姿勢を取る刹那。拳は彼の頬を穿ち、グギギィと首から生々しい音が響きながら、変な方向に頭が回転した。
大笑しながら腹を抱えた紫雨。
「あーッ!! 久しぶり、この感覚!! っと?」
「気に入らない!!」
蕾花はUターンし、紫雨の背中に爪を走らせた。宙を斬っていた腕を紫雨は掴み、勢いを逃がしながら彼女を引き寄せる。
「ポイント高いよぉ? 自分と仲間以外は全部ぶち殺って感じのその目ェ」
日々、憤怒者やAAAに憤りを隠せない蕾花。
今や、目の前の紫雨も牙の射程圏内か。
「それであんたは面倒事押し付けたいから試してやると、勝てなきゃ虐殺するってか? あんたも身勝手だな」
「隔者は自由が基本だぜぇ、何言ってるんだぁ! 蕾花ちゃんの組織はぁ、そういう悪い厄災も止めるのがお仕事だろ? 義務だよ、義務ぅ」
力任せに腕を振り切り、蕾花の爪は紫雨の頬に傷をつけた。
相容れない。
そう表現したように彼等は別ちながら。蕾花の瞳の中、紫雨が手招きを繰り返した。
「蕾花ちゃんは。俺様の所まで堕ちてみる? 納得いかないの全部ぶっ飛ばす! そっちのが、お似合いだぜぇ? おいでおいで、不満も全部俺様の中でぶち撒けちゃいなよ」
紫雨と蕾花の合間に影が割って入った。幽霊男が間を斬りながら、瞬時に片手を紫雨へと伸ばしていく。
「誘い文句のわりには色気が無いの」
「彼女いない歴年齢の俺様に色恋期待しちゃいやん! 今言ってて悲しい」
幽霊男の目的は一途。
問い一、彼の幻は本当の幻か?
「よし。乳もませろ。本物か確かめるでな」
「オッケー! おいで! 汚してぇ!」
もみもみ、寄せて。ふかふか、まわして。ぱふぱふ、弾力性確かめて。
……本物!! っぽい。
「で、それが『鏡』かね?」
「そっから先は有料チャンネルより高いぜえ!」
『金狼』ゲイル・レオンハート(CL2000415)と椿、そしてアニスは同時に動いた。
「くそったれ!」
ゲイルは鍛え上げられた両腕で奏でるように五指を動かし、
「すぐに、治します!」
椿は倒れ、口から唾液を零す千陽へと言葉を放つ。
体内に循環する血の流れさえ制御するように、小さな穴へ細い糸を通すように。繊細な術式を組み立て、千陽の意識を守るのだ。
例え小さな力でも。三人一緒に行えば、通常よりも遥かに大きな力になる。
だが三人がかりで動かなければならなくなった事実があった。
アニスは言う。
今宵、彼に力を見せるその方法は、何も物理や特での攻撃のみでは無い。
「私は皆さんをお守り、助ける力で貴方に証明してみせます!」
「いーね! アニスちゃんは見てて飽きないから大好き、俺、大好き!!」
●
「征きましょう共に。一人で戦うのでは無く、組織として」
千陽と入れ替わった成は、腕を横に引きつつ刀を抜く。
同時に地に呼びかけ、蕾花と幽霊男への護りを固めてから見上げた。嗚呼、夕焼け空のグラデーションに一寸の雑影(ノイズ)。
「スゥゥパー!! ミラクルえっと、カカトオトシ!!」
「そのうち舌を噛みますよ」
「それは嫌かも!」
紫雨が踵を高く振り上げ跳躍していた。着地点は勿論、眼下の己であろう。
成は両腕をクロスさせ、それを受ける。足下にヒビが入り、屋上の床は彼を中心に一気に陥没した。
「痛ッ、……?」
千陽の施したシールドが展開されつつ、それにより、紫雨の身体に反射の傷が走った。
また踵と腕の合間に見える水の薄い膜がちゃぷんと波立て、衝撃を和らげていた。
成は、意味あり気に不敵な笑みをひとつ零して、仕込み刀を振り上げた衝撃波で紫雨を引き裂く。
「あだだだ!!」
とか叫び声を上げながら地面にバウンドして吹き飛んでいく紫雨に、追撃、千陽はBerettaM9:3Fを構え、トリガーを引いた。
「これが群だ。仲間というものだ。貴様にはそれがあるのか? 逢魔ヶ時紫雨!」
「まるで俺様がぼっちみたいに!!」
ダァン!! と銃声が響きつつ、されど紫雨は弾丸を歯で止めている。
千陽は唇を噛みしめ、紫雨は歯を噛みしめ弾丸を砕いた。
「歯周病になったらどうしてくれるつもりだ、軍服ゥ!」
「大人しく捕まってくれれば、こちらで手配致しましょうか。歯医者」
「やーなこった! 俺様、アンタに捕まったら、脳内いじくりまわされくちゅくちゅされちゃいそう! 『百鬼斬』に言ってるんだよぉ。アンタと俺って似てると思わナーイ?」
その頃、成は両腕を下へ向けていた。
どう足掻いても、両腕が持ち上がらない。
「……馬鹿力ですか」
「いや? 違うよん」
両腕は小刻みに痙攣していた。今の衝撃だけで、両腕の中の骨とやらは粉砕されていたと言う事か。
彼は戯れに身体を振り回しただけで、三人がかりの回復を要する。
間違いなく、紫雨は単純な暴力の脅威として君臨していた。
胸糞悪い。
そう思ったのは、ゲイルの最初の印象だ。
撃退できなければ眼下の一般人が死んでいくだと。それだからこそ、一般人に憤怒者が発生してしまうのだ。
力に固執はしないゲイルでも、力があるからこそ厄災を起こしてしまう紫雨は煩わしいものだろう。
しかし、それは紫雨一人を葬った所で終わる事実では無い。絶えず、永遠の課題としてこの世界に蔓延るものなのかもしれない。
それとは別途。紫雨にせめて一発、吼え面をかかせる為に。ここにある。
「俺の想いを砕けるならやってみろ、このクソ野郎!!」
「アンタの想いってナニ。何故戦っている、何故探偵をやっている?
一般人に手を出すな……ね、俺は俺の意思で血雨を起こしてねぇ。誘導と制御はイコールじゃねえ。
アンタの行動にピッタリな言葉、教えてやる。
正義を盾にした八つ当たりだ。
単純に、ムカつくからぶっ飛ばすって事だろ、いいぜえ、俺はそういうのも嫌いじゃねえよ!!」
一人に集中攻撃をしてこない意味を訳すれば、『すぐ終わったら面白くない』と言いたいのだろう。
にへらと笑う紫雨であるが、闘気と戦気は収まる事を知らず。ただ、そこに一筋の殺意も無い事を椿は感じ取っていた。
弓矢を手に、構えるよりも。
周囲に存在する水の雫に癒しを乞いながら。
……気づいたら行動よりも先に言葉が出ていた。
「今度は自分も誰かを守れる人になりたかった」
今まで兄に守られてきた椿を、反転させる為。組織に身を置く理由もそれ。
一度護ると決めたら、守り抜くのだ。それはまるで、呪いのように。椿の行動を縛っている枷であるのかもしれない。けれど。
例えどんな脅威の相手だろうが。
例え護る相手が自分の事なんか存在さえ、戦っている事さえ気づいてくれなくても……。
揺れ動く気配さえ見せぬ決心。
果たしてそれを誰が嘲笑えるというのだろうか。
「紫雨――!! 私は……私たちは、必ず貴方に勝つ!!」
「そうだ!! 俺様はその目が好きだっぜ!!」
●
戦場に冥王の杖が垂直に立つ。
『誇り高き姫君』秋津洲 いのり(CL2000268)の施した霧の中から、幽霊男の影が現れ、紫雨の影がこれを追う鬼ごっこ。
幽霊男は後退せんと地を蹴ったが、その前に首を掴まれ許されず。
「駄目……駄目です!!」
杖を下から上に振り上げ、いのりの波動が紫雨だけに直撃。仰け反った彼であるが、幽霊男を解放するには至らず。
地面に足が着かず、首だけで持ちあがる幽霊男の身体が宙に揺れた。
だがここまで近接なのなら、なおもむしろ好都合というものでは無かろうか。
「八尺瓊勾玉と八尺とかけてあるんか? 八尺は剣で無く勾玉の象徴なんか?」
「どんな映画でもさー、知り過ぎたら、いの一番に殺されちゃうワケよ。こうやって」
紫雨の片手にくわれ込まれていた幽霊男の首が圧迫されていく。
それでも幽霊男の口は高らかに動いた。
「智雨がヌシの言うとおりなら妹の言と矛盾せんか?」
「何言ったか、俺様知らねえっけど!」
「関わる者を殺したい。居なかったように扱われる、だ。過去に殺されていてもおかしくない」
「何もおかしくねぇよ!」
「曲がりなりにも肉親だろ」
「俺は嫌いじゃねぇよ、氷雨ちゃんのコト! 可愛いしちっこいし」
刹那、びくんと幽霊男の身体が揺れた。
「あン? SAN値激減?」
痙攣する幽霊男を後衛陣へと投げ、ゲイルが受け止めた。
「何をした、紫雨!」
「むしろなんかしたのはそっち。俺の神具でも探ったか? 俺の神具は曲がりなりにも神話クラスの代物だぜえ」
なお、紫雨に関しては何も情報を得られなかった。空っぽである器をみたように。
行成は右から、亮平は左から。
刃で空を掻いて。紫雨は空中に逃げて。着地した所で成の刃が彼に傷を刻む。
ゆらり、揺れた彼に蕾花が接近、苦無を握り締めて差し出し、同じく椿が弓を引いた。
回し蹴りで苦無と矢を弾き、首をコキコキ鳴らしながら、紫雨はいのりを瞳に映した。
龍に睨まれ、びくりと一歩下がったのだが。震えた足は、今一歩前へと踏み出す。
唐突だが、一人の少女の話をしよう。
穏やかな笑顔と、長い三つ編みが似合う少女の話だ。
彼女は恵まれ、何不自由無く生きて死ねる事ができたはずだ。
けれど、平穏よりも別を選んだ。
人一倍優しかった彼女は、能力者として誰かの為に力を使う事を決心したのだ。
勿論、親は猛反対した。
それさえ押し切り、彼女が彼女であるがままに成す為に。
「決めたのです。お父様やお母さまが、かつてそうしたように、いのりの力で誰かを護るのだと!」
「だがな嬢ちゃん、震えてるぜぇ!!」
思いだけでは勝てない事を、十分に知りながら向かい合う。
きっと、世界は思う以上にも優しくない。
小学生という身分で、遥かに不釣り合いな戦場で。
大人の階段を登る少女。
気高く。
そして、諦めず。
「力を持つ者はそれを誰かの為に役立てなければならない。その力は救いを求める者の為に。ファイブに来て多くの理不尽な暴力に苦しめられる人達や古妖を見て、その思いはますます強くなりましたわ!」
見開いた紫雨の瞳。
「お前だ」
そう言った。
距離を詰めた蕾花の苦無と拳が、紫雨を殴りながら斬り飛ばす。バキィ! と無機質な音が響き、かつて無い程に蕾花は攻撃が当たったと確信した。
「……マジか、痛っ! おお? こりゃぁやってくれたな」
「チッ、そのまま素顔を見せてくれりゃよかったんだけどね」
紫雨は右手で、右目の上を抑えていた。僅かに指の隙間から、見える。『女の顔に亀裂が生じている』。
奥には紫雨の本当の顔がいるのだろうが、ヒビは小さく中を伺うのは不可能だ。
「すっげーよ!! 超ビビったわぁ」
顔のヒビをなぞりながら、紫雨は、蕾花、椿、アニス、亮平、幽霊男を順番に観た。
「んじゃあ、ご褒美で。直すついでだし、いっちょ面白いもの見せてやる」
紫雨は右手で顔を触れば、その姿は銀髪の美女から金髪で刺青のある少年の姿になった。
「俺は、なンにでもなるし」
次に顔を触れれば、頭に大きな角を生やし、目がとろんとした女性になった。
「ボクは~何にでも~なれるよー」
次に顔を触れれば、アニスの姿をした紫雨。
「だから、正体不明なんでしょうね……面白そうですから、この姿とかどうですか?」
次に触れ、最後。
この姿となった。
「お気に召したかよ」
「暁さん!!」
アニスは吼えた。
「……暁ぃ? こいつの名前は『小垣斗真(おがき・とうま)』だろ!」
●
行成の耳元で笑いを含んだ声が聞こえる。
薙刀は虚空を裂きながら、その間に手前に居たはずの敵が横から殴ってきた。横腹が凹み、胃液を撒き散らしながら、命を燃やして立ち上がった。
薙刀を再度握り締めて、立ち上がる。そこにはゲイルの回復が彼を守っていた。
「くそっ、回復が追いつかない」
イラつく事だが、紫雨は戦場の被ダメージバランスを握っていた。回復が行き届くようにされているのを何よりゲイルはよく解っていただろう。それでも手を止める事は許されない。前衛陣が、傷つく事を止められないのと同じく。
「倒れるな、倒れない」
言い聞かせる言葉で己を縛る。
激痛の走る身体。けど戦わねば。食いしばる奥歯。甘えぬ。甘えられぬ。
「もう、目の前で誰かを守れないのや嫌だ……ぁああ!!」
背を仰け反らせ、遥か天空に行成の咆哮が木霊した。
「うお!? 兄ちゃん、ゾンビかよお!」
力を籠めるのだ、動け。身体。休んでいる場合じゃねえ。
片腕で投擲した、槍。
「ぅ、ぐ!?」
これが紫雨の右肩に突き刺さった。
「殺されてたまるか、殺させてたまるか……退け……っ!」
「く、くはは! おもしれえ!」
行成の瞳が曇る事は無い。勝つまで戦うのだ。
だが、攻撃は別問題だ。
「名残惜しいけどーこれでーサヨナラだよニーチャン!」
助走をつけて、紫雨の両足が揃う。行成を蹴り飛ばさんとした、
だが、
「こっちだ紫雨!!」
ナイフ片手に、声ならぬ咆哮を上げながら亮平が飛び込んだ。
行成の前に影がかかる、狂った蛇が土を散らして尾を振るう如く、紫雨の身体を受け止めながら拳銃とナイフを持つ両手で彼を殴り、切り、零距離から弾丸を浴びせる。
彼が招く暴虐を決して起こしてはいけないのだと、瞳孔が縦に切れる瞳で紫雨の身体を捕え続けた。
「……痛い」
アニスの身体が震えた。紫雨……否、暁の瞳がアニスに助けを求めて泣いていた。
そう、彼はとっても怖がりで、臆病で、泣き虫で、たまにちょっと変なときはあったけれども。
「痛いよ、アニス……助けて、アニス」
「あ、あっ、ああ」
「アニス、アニス、僕が、分からないの? 僕の事、助けてくれないの?」
目の前の彼が、あの日、遊園地を共に駆けたあの少年と変わらずに見える。
優しい心を持った彼女として、彼女にしか開けない本に手がかかり、開かんとした。傷を、治すのだ。暁の傷を。
「その必要は、無いわよ」
椿が本にかかった手を握り、止めた。
あれは、暁じゃない、紫雨だ。椿の勘は、鋭く。それとしても、彼は『紫雨』である。
「紫雨……私は、貴方の本当に触れたい」
「……へぇ」
本当。それが見せられるのなら良かったのだが。
「じゃあ頑張らないとね! 俺様の本当を見つけるの!」
「そもそも……貴方が本当の紫雨様なのかどうかも私には分かりません。どれだけ凄い力を持っているのかも」
回復を灯し、されども信じる仲間へと向けて。
「ですが都市伝説とかそういうのは関係ないんです……今ここに危機が迫っています。大切な人が居なくなるかもしれないのです……それが私は嫌なんです。だったら守らないとじゃないですか!」
紫雨を目の前にして、なおも言い続けた。
「そして……それが私がここに居る理由なのですから!」
「だよねーわかってた!」
「そんな事、分かりきってたよ」
一周廻って、いつも通りの笑顔に変わった紫雨に亮平は溜息をついた。
「オニーサン、どれくらい人殺してるのぉ? 良い目つきだネ!」
「いやぁ……これは天然ものっていうか」
瞬間、伸ばされた紫雨の右腕が亮平の額まで伸びた。風船が割れるような音がした刹那、彼の身体は後ろへと飛ぶ。
何をしたかと問えば、ただのデコピンで。一般人が受ければ頭が綺麗に粉砕される程度の。
亮平としてみれば、足が折れようと腕が無くなろうと戦う心算だ。だが考えている頭が終わってしまえばどうするのか。
命を燃やして、立ち上がるのだ。
こめかみを貫く激痛に耐え、悲鳴を上げる事も許されず。
「今のは、結構痛かったよ。紫雨」
「でもどうせあいつが治しちゃうじゃん! 俺様は? ねえ、俺様には回復ないの??!」
ゲイルは当たり前だと嘆きながら、回復を続ける。決して止められない行動を。それをする事で、前衛を護り、結果、紫雨を退ける力となるのだ。
亮平に向けて笑った一瞬、その隙を逃さない。間合いを一気に詰めた蕾花。
身体のギアを高め、素早く繰り出す斬撃を放つ。
「お喋りは終わりだ、紫雨!!」
「やべ、ぃぎッ?!」
背中から食い込んでいく鋭利な苦無。血飛沫が噴き出しながら、蕾花の顔を染めていく。
幽霊男の銃剣が前から腹を突き刺した。刃は背中まで貫通しつつ、そして抜く。血霧が周囲に舞いながら、それでもなお、攻撃の手は止まらない。
紫雨は千陽が銃を構えているのが見えていた。下がらんと歩を後ろにつけるとき、背後から成が紫雨の腕を掴みながら刃を押し込んでいく。
「てめぇ!!」
身動きができない。
故に千陽の弾丸は一直線に彼を射抜く。直後のいのりの貫通に紫雨の身体は吹き飛びながら、霧の中へと消えていく。
「今まで自由気ままに勝手を突き通したアンタに団結の力なんざ分からないだろうね」
蕾花は告げた。
煙が膨れ上がり、いずれ風に流され消えていく。
こちらとしては既に体力も精神力も底をつかせる程の、連携プレーに確かな手応えは感じていた。
はずなのだが。
「次から、一対十は止めよう!! 俺様の目はふたつしかないんだよ!
ゲイルたん! 俺にも回復頂戴!! あ、駄目そ? やだ睨まないで怖い!!」
とことことことこ、と歩いて来た紫雨。
確かにぼろぼろの姿にはなったものの、ぷんすこ怒る余裕があるらしい。
「紫雨、まだ、平気なの?」
「そりゃそうだよ、椿ちゃん! 俺様なんだと思ってるの!」
そうだ、彼は本気では無い。
攻撃もあえて受けていたとすれば底知れない。
「仲間だのなんだの、俺様にねえって決めつけてるけど、あるよ。けどアンタらは群で戦える。だが俺は、一人だ」
「どういう、事だ」
ゲイルは聞き返した。
「少し語ってやる。休憩時間!
えーっと、俺が守ってあげないといけない子達がいるんだよね。なんだっけ、『禍時の百鬼』?
あの子達は弱い子達で、七星剣の中の落ち零れ。
……だもんで、俺が噂で守ってあげないと。俺が正体不明の脅威であり続けないと。
俺様はそいつらの王様として、戦わないといけねーんだ!」
加えて、亮平は機会だと問う。
「八神と上手くやれていないのか?」
「俺達はさ、仲良しこよしの集合体じゃないからさ。俺は八神が不利益喰らう事はしてないから、放任でも許されてるぜぇー」
「楽しく遊ぶ事が出来ないから駒を増やしてみたくなった……とかそういう目的?」
「あぁー? 俺様の事、殺人鬼や、変な性癖の遊び人みたいに思われてる!? あ、駒を増やしたいのはぁ、大正解。
なんてたって、俺様。この日本が欲しい」
地が揺れた。空気が震えた。
「そんじゃまあ、そろそろ俺様も『本気』出しちゃおうかな!」
覚者達は構えた。
「この世界はクソだ。
クソなら俺が全部塗り替えてやる。
俺の絶望、味わってみる?」
だが、ひとつ。
予想外の事が起きた。
「全員屋上から吊るしたら特等席で血雨が視れて楽しいと思わ……、ね? ……あ?」
何かがおかしい。
「それまでです、紫雨」
老成した声が響く。
暁の顔である紫雨が表情を歪め、構えたナイフを落し、
「ここまでの貴方の言葉に、嘘は無かった。ですが、私が欲しい情報はそこではありませんよ」
カラン、という音が渇いた世界に響く。
誰だ。
探っているのは。
誰だ。誰だ。誰だ――!!
「新田……成てめえ!!」
刹那、『成の身体』と『紫雨の身体』が反発したように吹き飛んでいく。
何が起きたのか、それは成が彼の中身を調べに調べていた。それは彼の魂を削ってまでも行われた所業で。
さっきは幽霊男が探りを入れて、反射されたはずだった。
だが、神具が想定していたものより、更に強力な探りを入れたのなら、どうだ。
神話級の神具は、それ相応の力ではないと探れないだろう。だが、それさえ破られたのなら術者もタダでは済まない。
成の身体は痙攣していく。
対して紫雨は、顔から血を流しながら叫んだ。
「てンめえぇええ!! てめぇらはまたそういう事を!! ふざけんなよ、俺に、俺様に、何をした――ッ!!!」
「確かに貴方は、逢魔ヶ時紫雨。ですが、……『本体はここにはいない』。違いますか?」
「――ッ」
「本体は、別にありますね?」
「……ッ」
「貴方はまだ神具を隠している。今発動させているのは姿見が変わる鏡と、数の概念を超えられる神具でしょうか。
日本には古くから、式神や。世界規模なら使い魔など方法はあるでしょう。今更、驚く事でもありま……せ」
そこで成は崩れた。目を真っ赤に染め、鼻から血を流し。脳になんからの異常事態が起きたか。
人は、簡単に二人になったりしない。A地点に存在してても、B地点にも同個体が同時刻に存在するのはあり得ない。
つまり、紫雨は別の場所に居ながら目の前にも存在するとんでもを起こしていた。
「いいよ、分かった。そこまでして探りたい、そこまでして俺を退けたいのは。
けどお前等は、まだ、俺様の掌に転がされていなよ。
いいよ、約束する。
『俺は』五麟に手を出さない。血雨も降らさないよう手を廻す。
口約束なんて、此の世で最も破れやすい契約だけど。
この戦いも。
これからの戦いも。
全部俺様の想定内だ。
けど、俺様、もうちょっと遊びたいかな」
ガスマスクで顔を覆った紫雨。残虐撃は始まった。
●
「あはははははは!!」
全力を発揮して来た。
手始めに蕾花の後頭部を掴んだ紫雨はそのまま地面にぶつけた。轟音と共にヒビが入り、更に二回三回と地面に頭をぶつけさせながら笑っていた。遂に地面は壊れ、階下へと落ちていく覚者達。幸運だったのはこのビルが改修工事中で一般人がいない事だ。
瓦礫の中。
亮平と行成が左右から刃を流したが、跳躍して回避した紫雨。着地点に待っていた幽霊男の刃を身体に掠めながら、椿の矢を掴んでへし折る。
千陽の弾丸を肩に掠め、入れ替わりで彼を紫雨は掴んだ。ビルの柱に千陽を投げつけてから、蹴りを入れれば衝撃で柱が破壊された。埃と舞う煙の中から業火が舞い上がり、咆哮が聞こえればいのりの身体が縮こまる。
現れ、影を見せた紫雨。
意識の途絶えた千陽を片手で引きずりながら、飛び込んで来た幽霊男へと投げて当てる。
と同時に亮平が二人を受け止め、行成が前へと駆けていく。その間に、アニスと椿、そしてゲイルは回復を唱え続けた。それがせめてもの救いとなるようにと。
長いリーチのある薙刀だ。霧が舞う中の紫雨のシルエットに差し込んだはずだったが、何時の間にか行成より後方を歩いていく紫雨。
いのりの衝撃破と共に幽霊男は駆けた。貫通に巻き込まれた龍へ、更に追撃の零距離弾丸を当てる。亮平も気絶した仲間を「安全な場所に頼む」と後衛に指示しながら、前へと。
後衛には行かせられない。無茶かもしれない、でも無茶でもやるしかない。
亮平はナイフを構えた刹那。両腕の関節が外されていた、空中で落ちるナイフを咥えて紫雨へと刺し込んだ。「お疲れ」と言われた。懐に彼の膝が入ればナイフを口から落として、こと切れていく。
幽霊男は紫雨を掴み、右腕を切断しにかかった。肩までジギルハイドを刺す。
そこでゲイルが、前へ行くと椿とアニスといのりに告げてから、走った。その合間にも、幽霊男の足を紫雨に捕まれ、シーソーの如く地面に叩きつけられていた。
やめろ。そう吼えるゲイルが紫雨を、拘束し。しかしここで紫雨は幽霊男の武器を拾って、自分ごとゲイルを刺したのであった。血を吐きながら笑いまくる彼の狂気を感じた所で、刃は抜かれる。
血飛沫を上げながら、行成は薙刀で紫雨の脇腹を斬った。やり返し、と言わんばかりに蹴られた行成は一段大きなビルの柱にぶつかった。デジャヴを感じる。そう思った時には遅く、再び爆音を奏でながら柱が粉砕され、遂にビルは本格的に上階が崩れ始め、炎の渦が発生していく。
天井が落ちてきて、揺れが激しい。流石にまずいと思ったゲイル達後衛組は、前衛を抱えながら崩れゆくビル内を駆ける。
だが、いのりだけはそうできなかった。
紫雨がいのりを掴んだのだ。
震えてから、杖を前に出したいのり。やっと肺の中の空気を入れ替えて、鈴のような声が響く。
「例えこの身が砕けようと、指一本でも動く限りは貴方に立ち向かいますわ! そして必ず貴方という壁を克服しますわ!」
雀の涙程の雫がいのりの瞳から零れ落ちた。
声が掠れてまで剥き出しにした自分の心。
力で勝てないのならば、心で勝つしかない。
いのりは瞳をぎゅっと閉じ、頭が撫でまわされた。
「名前は? イノリチャン?? そうそう、俺はおまえみたいなのを探してた」
どうやら紫雨には別の目的がひとつあった。
紫雨の心は震えていた。
この小さな少女が持つ心の強さと思いを、認めた。
「これあげる。智雨を倒すには、必要だからさ!」
黒い札。
「使い方はその時に教えてアゲルー。うっわ、なんでビル崩れそうなの??」
「紫雨が暴れたからですわ……」
「遊んだだけだもーん」
●
ビルが崩れかけたお蔭か、一般人達は避難を自主的にしつつ、消防や警察が集まってきていた。
それとはまた別の場所で、紫雨はいのりを抱えて別のビルへ飛び移る。
「言っといてよ、いのりちゃん。俺様、八神にアンタラの事いうつもりねーって」
「ファイヴの名前ですか?」
「ちがーう。狐の獣憑ちゃんとか、怪の因子とかぁ、夢見ちゃんがやらた多いとか、あとはやたら古妖ちゃんと仲が良いこととか。世間的には古妖は脅威だから、仲良くしてるのはあまり宜しくない」
「紫雨も鬼火を連れているじゃないですの」
「俺は! 悪い人だからいいの」
「ですがそれは七星剣としては」
「いーのいーの! その代わり俺の神具の事とかを世間にチクったら、内側から壊すからネ!」
「強迫です……」
「また会お。今日は、楽しかった、ありがとな!!」
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
