人肌が恋しくて
●
「うぅ……寒い寒い」
白い息を吐きながら夜道を歩く中年男性。この近くの工事現場で夜間作業をこなした帰りである。
深夜の風は冷たい。先程飲んだホットコーヒーも顔の表面までは温めてはくれないようだ。
マフラーを鼻まで引き上げながら歩いていると、向かいから女性が歩いて来た。
パッチワーク風のマフラーとコートはクリーム色や小麦色と言った素朴な物だったが、たれ目ぎみの目許やふっくらした唇が色っぽい。
目が合うと唇が弧を描き、目がきらりと光ったような気がした。
「あら、いいお肌」
「はっ?」
いきなり何を言うんだと不審に思う男性に構わず、女性のしなやかな指が男性の頬をなぞる。
初対面の人間にこんな事をされたらいくら女性でも何事かと身を引く。いつもの男性ならそうしたはずだが、どう言う訳かこの女性に対してはそんな気になれなかった。
女性の目を見ていると頭がぼんやりとしてきて、なすがままになってしまいそうだ。
「私、人肌が大好きなの。あなたのお肌をじっくり楽しませてほしいわ」
甘い声で囁くように誘われ、男性は夢遊病のようにふらふらしながらも女性について行った。
そして女性と一緒に暗がりへと消えて行く。
翌日、ビルの間にある通路で男性の遺体が発見された。
男性の遺体は全身の皮を剥がれており顔の判別は出来なかったが、所持品から近くの工事現場で働いていた事が分かった。
警察はすぐさま捜査を開始したが、その周辺は深夜になると周辺の商業ビルも無人になり道も人通りが無くなってしまう。
いくら捜しても目撃者がおらず、捜査は難航する事になる。
●
「人皮装丁本と言う物をご存知ですか?」
久方 真由美(nCL2000003)は中世に作られていたと言う奇妙な本の話を始めた。読んで時のごとく、それは人間から剥ぎ取った皮膚で装丁された本の事だ。
現存する物もいくつかあり、亡くなった故人を偲んで遺品としたり犯罪者の記録を記した物に使われたりと、驚いた事に下手物ではあったが普通に技術の一つとして確立していたらしい。
「その人皮装丁本のように人の皮膚を剥ぎ取り、様々な物に加工する隔者を発見しました」
その隔者は常に人の皮膚で作った衣服や小物を身につけ、新しい物が欲しくなると材料のなる「皮膚」を捜し歩くのだ。
「この隔者は人気のない時間帯と場所を前もって調査し、目撃者のいない状況で犯行に及びます」
更に魔眼の技能を持ち、標的を催眠状態にして騒がれずに連れ去ってしまう。
「隔者は逃げ足の早さと神経質なまでの慎重さ捜査の目を掻い潜ってきました。逃がさないためには逃走経路を塞ぐと同時に、逃げる間もなく戦闘に持ち込む必要があるでしょう」
狙い目は標的を確保してから皮を剥ぎ終わるまでの時間だと真由美は言う。
その時ばかりは目の前の「人肌」を楽しむ事に夢中になり、注意散漫になるのだ。
隔者が男性を連れ込み犯行に及ぶのは、接触した場所から少し歩いた脇道。
本来は左右に並ぶ商業ビルの裏口や運搬用通路として使用されている場所だ。
「今回は男性と覚者が接触する前に現場に行く事ができますので、対策を立てる時間はあります」
重要なのが標的となる男性をどうするかだ。
隔者に連れて行かれると、助けに行った際腹いせに殺されてしまう可能性もある。
また逃がす時もさほど広くない通路なので、戦闘の余波に巻き込まれやすい上に、男性は催眠状態で自力で逃げられるかどうか分からない。
「前もって男性と入れ代わると言う方法もありますが、覚者に魔眼は効きませんので誤魔化すにはそれなりの演技が必要ですし、隔者が犯行に及ぶ直前まで抵抗もできません」
下手をして怪しまれるとその時点で逃げられてしまう。
しかし、それさえクリアできれば男性を危険な目に遭わせる必要がなくなるのだ。
「どちらの方法を取るかは皆さんにお任せします。どうかこれ以上犠牲者が増えないよう、皆さんの力を貸してください」
「うぅ……寒い寒い」
白い息を吐きながら夜道を歩く中年男性。この近くの工事現場で夜間作業をこなした帰りである。
深夜の風は冷たい。先程飲んだホットコーヒーも顔の表面までは温めてはくれないようだ。
マフラーを鼻まで引き上げながら歩いていると、向かいから女性が歩いて来た。
パッチワーク風のマフラーとコートはクリーム色や小麦色と言った素朴な物だったが、たれ目ぎみの目許やふっくらした唇が色っぽい。
目が合うと唇が弧を描き、目がきらりと光ったような気がした。
「あら、いいお肌」
「はっ?」
いきなり何を言うんだと不審に思う男性に構わず、女性のしなやかな指が男性の頬をなぞる。
初対面の人間にこんな事をされたらいくら女性でも何事かと身を引く。いつもの男性ならそうしたはずだが、どう言う訳かこの女性に対してはそんな気になれなかった。
女性の目を見ていると頭がぼんやりとしてきて、なすがままになってしまいそうだ。
「私、人肌が大好きなの。あなたのお肌をじっくり楽しませてほしいわ」
甘い声で囁くように誘われ、男性は夢遊病のようにふらふらしながらも女性について行った。
そして女性と一緒に暗がりへと消えて行く。
翌日、ビルの間にある通路で男性の遺体が発見された。
男性の遺体は全身の皮を剥がれており顔の判別は出来なかったが、所持品から近くの工事現場で働いていた事が分かった。
警察はすぐさま捜査を開始したが、その周辺は深夜になると周辺の商業ビルも無人になり道も人通りが無くなってしまう。
いくら捜しても目撃者がおらず、捜査は難航する事になる。
●
「人皮装丁本と言う物をご存知ですか?」
久方 真由美(nCL2000003)は中世に作られていたと言う奇妙な本の話を始めた。読んで時のごとく、それは人間から剥ぎ取った皮膚で装丁された本の事だ。
現存する物もいくつかあり、亡くなった故人を偲んで遺品としたり犯罪者の記録を記した物に使われたりと、驚いた事に下手物ではあったが普通に技術の一つとして確立していたらしい。
「その人皮装丁本のように人の皮膚を剥ぎ取り、様々な物に加工する隔者を発見しました」
その隔者は常に人の皮膚で作った衣服や小物を身につけ、新しい物が欲しくなると材料のなる「皮膚」を捜し歩くのだ。
「この隔者は人気のない時間帯と場所を前もって調査し、目撃者のいない状況で犯行に及びます」
更に魔眼の技能を持ち、標的を催眠状態にして騒がれずに連れ去ってしまう。
「隔者は逃げ足の早さと神経質なまでの慎重さ捜査の目を掻い潜ってきました。逃がさないためには逃走経路を塞ぐと同時に、逃げる間もなく戦闘に持ち込む必要があるでしょう」
狙い目は標的を確保してから皮を剥ぎ終わるまでの時間だと真由美は言う。
その時ばかりは目の前の「人肌」を楽しむ事に夢中になり、注意散漫になるのだ。
隔者が男性を連れ込み犯行に及ぶのは、接触した場所から少し歩いた脇道。
本来は左右に並ぶ商業ビルの裏口や運搬用通路として使用されている場所だ。
「今回は男性と覚者が接触する前に現場に行く事ができますので、対策を立てる時間はあります」
重要なのが標的となる男性をどうするかだ。
隔者に連れて行かれると、助けに行った際腹いせに殺されてしまう可能性もある。
また逃がす時もさほど広くない通路なので、戦闘の余波に巻き込まれやすい上に、男性は催眠状態で自力で逃げられるかどうか分からない。
「前もって男性と入れ代わると言う方法もありますが、覚者に魔眼は効きませんので誤魔化すにはそれなりの演技が必要ですし、隔者が犯行に及ぶ直前まで抵抗もできません」
下手をして怪しまれるとその時点で逃げられてしまう。
しかし、それさえクリアできれば男性を危険な目に遭わせる必要がなくなるのだ。
「どちらの方法を取るかは皆さんにお任せします。どうかこれ以上犠牲者が増えないよう、皆さんの力を貸してください」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.隔者の撃破
2.男性の五体満足での生存
3.なし
2.男性の五体満足での生存
3.なし
寒い時期は人肌が恋しい季節と言いますが、人肌は人肌でも皮膚です。生皮です。
●補足
皆様が現場に到着してから男性と隔者が接触するまでの具体的な時間は30分くらいと考えて下さい。
成功条件「男性の生存」は、男性が隔者に連れて行かれた後助けた場合でも、覚者が囮になって接触前に立ち去ってもらった場合でも適応されます。
どんな方法を取っても皮膚を剥がされたり重傷を負ったりせずに済めば成功です。
●場所
・表通り
便宜上表通りとしますが、実際は主要道路から外れた道です。
時間は深夜。街灯はありますが、間隔が広いせいで街灯と街灯の間は暗く感じます。
隔者との接触予測地点は街灯の下にある自動販売機の辺り。
そこから少し歩くと、裏道に繋がる曲がり角に入れます。
・裏道
表通りから入れる幅2mくらいの通路。
左右に商業ビルの側壁が続き、側壁が途切れた所が空き地になっています。
側壁とビルの間は人一人潜めるくらいの間隔は空いています。
●人物
・中年男性/男/四十代/一般人
工事現場で夜間作業を担当している土建屋勤務。
子供は成人して県外に、奥さんは夜勤で朝は二人して寝坊と言う生活を送っている。
皆様が現場に到着する頃、自動販売機前でコーヒーを飲んでます。
・綿貫 サキ/女/三十前後/隔者
「人肌」を好み、剥ぎ取った皮膚で様々な物を作るのが趣味。
人肌が欲しくなると好みの「人肌」を捜して歩き、目を付けた人物に「魔眼」を掛け人目のない所に連れ込み犯行に及ぶ。
勘が良く逃げ足も早いが、獲物を手にした途端に人肌を得る事に夢中になって注意散漫になる。
人肌で作ったマフラー、コート、パンプスにハンドバッグと言う出で立ちで男性の反対側から歩いて来ます。
●能力
・綿貫 サキ/隔者
獣の因子(巳)/土行
装備/ブッチャーナイフ(ナイフ系)
ナイフ格闘術を習得しており、近接戦闘が得意。
ステータス的には若干体力が高めで、他はバランス型と言っていい能力値です。
スキル
・猛の一撃(近単/物理ダメージ)
・小手返し(近単/物理ダメージ)
・蔵王(自/物防+30、特防+20)
技能
・魔眼
情報は以上となります。
皆様のご参加お待ちしております。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2015年12月27日
2015年12月27日
■メイン参加者 6人■

●
深夜。主要道路からの喧騒や並んだ商業ビルからの出入りなどで何かと賑やかな道も、この時間帯となれば人通りは滅多にない。
今自動販売機の前でコーヒーを飲んでいる中年男性もこの近くの工事現場に来てから今日まで帰りに人とすれ違った記憶はなかったのだが、実は今日だけはこの周辺に六人の男女が集まっていた。
ここで起きる事件を阻止しようと集まった覚者である。
『予定通りです。例の男性は自動販売機前にいます』
飛行能力を活かし商業ビルに上がってその様子を見ていた七十里 夏南(CL2000006)が、緒形 逝(CL2000156)へと伝達する。
『あいよ、了解。おっさんと渡慶次ちゃんはそろそろ行くけど、そっちは大丈夫かね?』
自動販売機前の男性に見付からないよう暗がりに潜みながら送受心で他の仲間に連絡を取って行くと、それぞれ準備完了の答えが返って来た。
『裏道のチェック終わりました。備えは万全です』
まず返って来たのが側壁の裏に隠れたクー・ルルーヴ(CL2000403)のものである。
犯行現場になる裏道や付近の地理から潜伏場所、犯人の移動経路になりそうな物も片っ端から確認して来たようだ。
『僕も大丈夫』
クーとは違う場所に隠れている大島 天十里(CL2000303)からも返事が届く。
『少し奥の方だけど開けてる所があったよ。ここで待ってるね』
御白 小唄(CL2001173)は側壁が途切れる所にある空き地を発見し身を隠しているらしい。
『それじゃ、作戦開始と行くか』
最後に渡慶次 駆(CL2000350)からの声を受心し、逝も駆と連れ立って暗がりから中年男性の方へと歩いて行く。
恰幅のいい体つきに反り込みの入った頭の駆と、長身にダークスーツとフルフェイスのヘルメットと言う怪しい事この上ない逝の二人組。昼間に見ても怪しい風体の二人が普段人気のない夜中の道に立っていたとしたらどう思われるだろうか。
「ちょっとすみません」
「ん?……おわっ!」
のそりと身を乗り出した駆と後ろにいる逝に気付いた中年男性は素っ頓狂な声上げた。
思わず飛び退いた中年男性に逝のフルフェイスのヘルメットが近付く。
「脅かして悪いね。この道に妖が出るから早めに帰ってほしいんだよ」
「妖だあ?」
再び素っ頓狂な声を上げる中年男性。
不審な二人組に対する警戒と逝の言葉に対する疑念、そしてわずかな恐怖心を感じた逝はもう一息と駆と二人で身を乗り出す。
「性質の悪い奴さね。見付かる前に帰らないとどうなるかわからんよ?」
「こんな夜中に一人歩けば目立つだろうな」
妖だの何だのと言うより二人に気圧される形で中年男性は黙り込み、気味悪そうに去って行った。
『男性は主要道路の方へ言ったようです』
『ご苦労さん』
逝は念のために男性の行き先を確認していた夏南に礼を返し、同じ事を駆に伝える。
「よし、それじゃあ囮作戦開始だ」
駆が先程の男性のように自動販売機の前に立ち、逝が裏道に身を隠す。
静寂が戻った道に冷たい風が吹き抜けて行く。
●
(やっぱり暗いなあ)
小唄が隠れた空き地には申し訳程度に月明かりが届いているものの、壁にくっつくだけで闇に紛れてしまう。
隔者が来た時に備え狐の耳をぴんと張って周囲の音に集中しているが、聞こえてくるのは風の音ばかり。
(うー。こんな所で待ってるのは怖いけど、我慢我慢……)
怖いと言うならこの後現れる隔者の方が怖い。いや、怖いと言うよりは嫌と言う方が近いか。
同じ人間の皮を剥ぎ、人肌で作った物を身に着けて新たな犠牲者を求める隔者。
(我々も獣の革を利用するのです。好みはどうあれ理解はできますが……)
クーは風で乱れたモブキャップの端を整え、かぎわける能力を使うため守護使役のペッシュを側で待機させる。
(しかし、人を素材として見るなど最早人道を外れた外道です)
その外道の犠牲になるはずだった男性は先程その未来から外すことができた。後は隔者が囮に引っ掛かるのを待つのみである。
『お出ましのようだぞう』
覚者達が到着してから約三十分。
逝からの送受心が届く。
(あれが例の隔者……)
ビルに上がっていた夏南は目の前にある壁を透視し、道を歩く人物の姿を確認した。
長い髪にパッチワーク風の素朴な色合いをした服や小物。ぱっと見は色っぽい顔立ちと衣服の地味さがアンバランスな女性。綿貫 サキと言うのがその名前だ。
彼女の全身を包むすべてが人から剥いだ皮なのかと思うとなかなか不気味である。
(相手の一部を持つと考えれば、正直共感できなくもない趣向だわ。しっかり処理してあれば清潔な訳だし)
彼女の潔癖ぶりを知る人が驚きそうな感想である。
しかし、その潔癖は何も物理的な綺麗、汚いに留まらない。
(見知らぬ他人でやるってのは全く理解できないし、許すつもりもないけれど)
夏南は隔者に攻撃を仕掛けるタイミングをじっと待つ。
一歩一歩、隔者は囮である駆に近付いて行った。
「あら、なかなか逞しいわね」
風が吹くだけだった道に女の声が響く。
駆はついにきたなと思いつつ、警戒が顔に出ないように振り向いた。
たれ目ぎみの目元にふっくらした唇。その唇が弧を描き、目に何らかの光が見えた気がした。
「……あら? これは効いてるのかしら?」
隔者は自身の魔眼を使って何人もの獲物を捕らえて来た。その経験から今回の獲物は少々様子が違うように感じたのだ。
しかし、何気なく腕を引いてみればそれに従って大きな体が倒れそうなほど傾き、乱暴に引っ張り上げればそれにも従って起き上がる。
「あら嫌だわ私ったら。こんな事より早くお肌を味わわないと」
気のせいかと思った途端、掴んだ腕から伝わる肌の感触を思う存分楽しみたいと言う欲求が湧き上がって来て、駆の腕を掴み直すといそいそと裏道へと引きずり込む。
(意外と乱暴だな)
駆の体に重みがあるせいか、俵担ぎで引きずられているのだ。つい体に力を入れそうになるのをこらえるのも一苦労である。
「ふふ……ちょっと荒れ気味だけどいい肌だわ。体も大きいし、たっぷり取れそうね」
裏道の側壁に押し付けられたかと思うと頬をなぞられ体の線を辿るように撫でられる。
その感触に耐えつつ、駆は待った。
「今日はちょっと気分を変えて腕から剥ごうかしら」
抜き放たれたブッチャーナイフが裏道からわずかに届く街灯を反射して光る。
指先に刃が近付くのを感じつつ、駆はその時を待った。
不意に頭上が明るくなり、何かが落ちて来る気配を感じる。
「何っ?!」
今まさに駆の皮にナイフを当てようとしていたサキが顔を上げると、目がくらむ程燃える炎が見えた。
咄嗟に飛び退こうとしたが、腕を引っ張られてそれもできない。
何事かと焦るサキに、駆はにやりと笑う。
「どうも初めまして」
そしてさようなら。とでも続きそうな笑みを確認した次の瞬間、ビルの屋上から降下してきた夏南の炎撃が叩き込まれた。
●
「そこまでだよ! その人から離れろっ!」
夏南の炎が消える前に裏道が明るく照らし出され、小唄が空き地から飛び出して来た。
左右の側壁からはクー、逝、天十里が道を塞ぎ、あっと言う間にサキは覚者六人に包囲される。
「悪いけど、ココから先は通行止めだよ! もう逃がさないよ、おばさん!」
いきなりのおばさん呼ばわりに目を丸くしたサキだったが、表情からは余裕が見えた。
「迂闊だったわね。まさか覚者に嗅ぎ付けられてたなんて」
焼け焦げた袖からは布が焼けたのとは違う独特の臭いが漂ってくる。
サキの表情は自身の腕の火傷よりも焼け焦げた袖の方に目を細めた。
「女性の服を破くなんて、ちょっと酷いわね」
「そりゃあ悪かったね。まあソレとは別だがしかし……えらい地味な趣味だな」
二メートル近い長身を自身の力で包みながら、逝はヘルメットの中から笑いを漏らす。
それに対するサキの反応も笑顔だった。
「皮を剥ぐと派手な血飛沫なんて飛ばないものね。あなたはそう言う方が好きなのかしら!」
ガリッと激しく地面を削るような音を立ててサキが飛び出し、逝に向けてブッチャーナイフを振り下ろす。
逝の悪食とサキのブッチャーナイフがぎりぎりと擦れ、鍔迫り合いと言うより刃を使っての力比べのような状態になる。
「まあ地味って言うより、女子力とか言うヤツが微塵も感じられないさね」
「あらそう? これでもパッチワークには自信があるんだけど」
「今どきはビーズ小物が流行ってるらしいぞう?」
そんな状態でも続けられる戯言が打撃音に中断させられる。
横合いからの小唄の鋭い蹴りがサキの脇腹に食い込み、天十里の鎖が叩きつけられた。
「人が話している時に横からはいってくるのは感心しないわね」
「まあそう言わずゆっくりしてけよ姉ちゃん。これでも温めるのには自信があるんだ」
因子の力により若く引き締まった姿に変わった駆の爆裂掌が炸裂する。
「ここからは逃がしません」
追い打ちを掛けるように、クーの少女らしい容姿からは似合わぬ程のプレッシャーが発生してサキの動きを鈍らせる。
「あらあら、こんなにいいお肌がいっぱい。ここまで多いと迷ってしまいそう」
「そんな事で迷うんじゃない!」
「別に趣味にアレコレ言うつもりは無いけど、他人に迷惑をかけるようなのはダメだよ!」
サキのうっとりとした表情を見てしまった天十里と小唄は鳥肌を立てて抗議したが、その表情は変わらない。
二人の攻撃に少々余分な力が入ってしまったのも仕方ないだろう。
「これは駄目だわ。ともかく殺さないと」
サキの言動と表情に「汚らしさ」を感じた夏南が拳を握り締める。
バンテージのように巻かれた符術が活性化された炎と同調して封入された力を発揮し、夏南の拳の威力を上乗せする。
「順番としては半殺しにして、余罪を調べてから殺すつもりだったけど」
「まあ何にせよ殺る事は変わらんよ」
目がどこか違う世界でも覗いてそうなサキの突撃を受ける。十分に防御を固めての事だったが、ブッチャーナイフはざっくりとスーツを切り裂く。
更に刃を進めようとサキの体が前のめりになった瞬間を狙った逝の小手返しがきれいに決まる。
地面から足が浮いた所を狙った駆と夏南の爆裂掌とエアブリットが立て続けに大きなダメージを叩き出し、着地がおぼつかなくなったサキが地面を転がって行く。
その先で構えていたクーが降槍によって追い打ちを掛けたが、ただ転がったように見えていたサキはその実自分で受け身を取っていたらしい。土の槍がその体を貫かんと隆起してきた瞬間起き上がってブッチャーナイフでそれを防ぐ。
「あなたの肌も色白で素敵ね。少しもらっていいかしら」
「お断りします」
あら残念、と言いつつ腰だめに突き出されたブッチャーナイフをクーのナイフが迎え撃つ。
清潔な白を保っていたメイド服に血の飛沫が染み込んだ。
「思った通り若くて柔らかくていい肌だわ」
うっとりと笑うサキのブッチャーナイフの刃がクーのナイフを掻い潜っていた。
そのまま力を込めて刃を深く潜り込ませようとしたが、背後から迫るものに気付く。
「他に五人いるのを忘れてるだろ」
速度を乗せた天十里の炎撃がサキの体を大きく揺らす。肌の焼ける臭いと音はサキ自身の物も含まれていた。
「今度はこっちだよ、おばさん!」
「甘いわよ、ぼうや」
小唄の攻撃は捌ききられ、逆に小唄が強烈な一撃を受けてしまう。
続く夏南のエアブリットは命中したものの、駆の攻撃は上手く受け流しでもしたか大したダメージが入っていない。
「何かの格闘術を習得してるらしいが、伊達じゃないってことかね」
「あら、よく知ってるわね」
「おっさんもちょっとした物は持ってるぞう」
躍り出る逝に迎え撃つサキ。種類は違えど互いに格闘術を習得した物同士の戦いはなかなかの見物ではあった。
しかし、この場は互いの技術を競う試合ではなく、己の欲望の為に人の命を奪う隔者とそれを止めるために来た覚者との戦いの場である。
包囲された状態で一対一の状態などに持ち込まれれば横合いから、あるいは背後からの攻撃が加わり傷が増えて行く。それに思い至らなかったのはサキと言う隔者がこれまで襲撃に遭う事すらなかったのが原因だろうか。
気付けば無視できない程のダメージが体を重くしており、覚者六人と言えば最もダメージを負っている逝以外はまだ体力に余裕がある者がほとんどだった。
それまで慎重に事を進めていた割には一度物事に熱中すると周りが見えなくなる性質がまともに仇となって返ってきたと言えるだろう。
「逃がさないよ」
今更ながら逃げに入ろうとしたサキに気付いた天十里の鎖が炎の一撃の形で足を止める。
「他人のものを取って、命まで奪っちゃうようなのは絶対ダメ! 絶対に逃がすもんか!」
韋駄天足を使ってまで回り込んで来た小唄の小さな体ですら、ダメージが蓄積したサキには厄介な障害となった。放たれた鋭刃脚を避ける事も叶わず、戦闘で荒れた裏道に倒れ込む。
「趣味に熱中するのは分からないでもないけど、程々にするべきだったわね」
「私刑を下す俺らも俺らだが、ま、バレるようにやったあんたが悪いのさ」
咄嗟に受け身を取って起き上がったサキの腹部に夏南が撃ったエアブリットの強烈な衝撃。
その痛みに耐えて顔を上げた視界一杯に広がるのは、眩しいくらいに燃える駆の炎の一撃。
焼け焦げる肌と髪の臭いと衝撃を感じたと思った次の瞬間、視界は真っ黒に塗り潰されて意識ごと吹き飛ばされた体が冷たく冷えたアスファルトの路地に落ちて行った。
●
「うわ、寒いっ!」
強く吹いた風の冷たさに小唄が悲鳴を上げる。
「先程よりも冷え込んできましたね」
自動販売機で買った温かい飲み物を飲みながら、クーも少し肩をすくめている。
サキが倒れてからF.i.V.Eに連絡を取ったはいいが、本部からの迎えが来るまで待機と言う流れになってしまいこの寒空の下温かい飲み物で凌ぐ羽目になってしまったと言う訳だ。
「まあ倒しましたからあとよろしくなんて放置するわけにはいかんわな」
「どちらにしても責任は持たないといけません」
駆のため息と夏南の台詞も白くなって流れて行く。
「放置して違う騒ぎが起きても大変だし」
天十里も白い息を吐き、かきよせた上着に温かい飲み物を抱えて暖をとっている。
そんな中で平気そうにしているのは逝だった。
「逝さんは寒くないの?」
小唄は自身の暖かそうな尻尾を抱え込みながら平然と立っている逝に聞いてみる。
「死の危険を感じる寒さではないからウォトカ飲めば一発だね」
「えっ」
「まあ死の危険を感じるほどではないのは分かるが」
「ええっ」
さらりと返してきた逝に、世界を放浪したバックパッカーとして何か思い当たる物があったのか駆だけが同意する。
「これくらいなら人肌が恋しくなる程じゃない」
この台詞には全員が苦笑したり顔をしかめたりとそれぞれの反応を返す。
特に説明されずとも自分達が倒した隔者、サキの「趣味」の事を指しているのは分かった。
「まあこれで今後は犠牲になる人もいなくなるだろう」
戦闘で温まった体は動かなくなると途端に冷え込んでしまう。
温かい飲み物をいくら流し込んだとしても、こうも冷たい空気と風に晒されればあまり意味もない。
寒さから守りぬくもりを与えてくれる物が欲しくなるのは仕方ない。
しかし、他人から無理やり奪うぬくもりに何の幸福があろうか。
覚者達は温かい部屋や心地よい睡眠も与えてくれるあたたかな布団など、各々の望むぬくもりを思い浮かべつつ、それを味わえる時間が来るのを待つことにした。
深夜。主要道路からの喧騒や並んだ商業ビルからの出入りなどで何かと賑やかな道も、この時間帯となれば人通りは滅多にない。
今自動販売機の前でコーヒーを飲んでいる中年男性もこの近くの工事現場に来てから今日まで帰りに人とすれ違った記憶はなかったのだが、実は今日だけはこの周辺に六人の男女が集まっていた。
ここで起きる事件を阻止しようと集まった覚者である。
『予定通りです。例の男性は自動販売機前にいます』
飛行能力を活かし商業ビルに上がってその様子を見ていた七十里 夏南(CL2000006)が、緒形 逝(CL2000156)へと伝達する。
『あいよ、了解。おっさんと渡慶次ちゃんはそろそろ行くけど、そっちは大丈夫かね?』
自動販売機前の男性に見付からないよう暗がりに潜みながら送受心で他の仲間に連絡を取って行くと、それぞれ準備完了の答えが返って来た。
『裏道のチェック終わりました。備えは万全です』
まず返って来たのが側壁の裏に隠れたクー・ルルーヴ(CL2000403)のものである。
犯行現場になる裏道や付近の地理から潜伏場所、犯人の移動経路になりそうな物も片っ端から確認して来たようだ。
『僕も大丈夫』
クーとは違う場所に隠れている大島 天十里(CL2000303)からも返事が届く。
『少し奥の方だけど開けてる所があったよ。ここで待ってるね』
御白 小唄(CL2001173)は側壁が途切れる所にある空き地を発見し身を隠しているらしい。
『それじゃ、作戦開始と行くか』
最後に渡慶次 駆(CL2000350)からの声を受心し、逝も駆と連れ立って暗がりから中年男性の方へと歩いて行く。
恰幅のいい体つきに反り込みの入った頭の駆と、長身にダークスーツとフルフェイスのヘルメットと言う怪しい事この上ない逝の二人組。昼間に見ても怪しい風体の二人が普段人気のない夜中の道に立っていたとしたらどう思われるだろうか。
「ちょっとすみません」
「ん?……おわっ!」
のそりと身を乗り出した駆と後ろにいる逝に気付いた中年男性は素っ頓狂な声上げた。
思わず飛び退いた中年男性に逝のフルフェイスのヘルメットが近付く。
「脅かして悪いね。この道に妖が出るから早めに帰ってほしいんだよ」
「妖だあ?」
再び素っ頓狂な声を上げる中年男性。
不審な二人組に対する警戒と逝の言葉に対する疑念、そしてわずかな恐怖心を感じた逝はもう一息と駆と二人で身を乗り出す。
「性質の悪い奴さね。見付かる前に帰らないとどうなるかわからんよ?」
「こんな夜中に一人歩けば目立つだろうな」
妖だの何だのと言うより二人に気圧される形で中年男性は黙り込み、気味悪そうに去って行った。
『男性は主要道路の方へ言ったようです』
『ご苦労さん』
逝は念のために男性の行き先を確認していた夏南に礼を返し、同じ事を駆に伝える。
「よし、それじゃあ囮作戦開始だ」
駆が先程の男性のように自動販売機の前に立ち、逝が裏道に身を隠す。
静寂が戻った道に冷たい風が吹き抜けて行く。
●
(やっぱり暗いなあ)
小唄が隠れた空き地には申し訳程度に月明かりが届いているものの、壁にくっつくだけで闇に紛れてしまう。
隔者が来た時に備え狐の耳をぴんと張って周囲の音に集中しているが、聞こえてくるのは風の音ばかり。
(うー。こんな所で待ってるのは怖いけど、我慢我慢……)
怖いと言うならこの後現れる隔者の方が怖い。いや、怖いと言うよりは嫌と言う方が近いか。
同じ人間の皮を剥ぎ、人肌で作った物を身に着けて新たな犠牲者を求める隔者。
(我々も獣の革を利用するのです。好みはどうあれ理解はできますが……)
クーは風で乱れたモブキャップの端を整え、かぎわける能力を使うため守護使役のペッシュを側で待機させる。
(しかし、人を素材として見るなど最早人道を外れた外道です)
その外道の犠牲になるはずだった男性は先程その未来から外すことができた。後は隔者が囮に引っ掛かるのを待つのみである。
『お出ましのようだぞう』
覚者達が到着してから約三十分。
逝からの送受心が届く。
(あれが例の隔者……)
ビルに上がっていた夏南は目の前にある壁を透視し、道を歩く人物の姿を確認した。
長い髪にパッチワーク風の素朴な色合いをした服や小物。ぱっと見は色っぽい顔立ちと衣服の地味さがアンバランスな女性。綿貫 サキと言うのがその名前だ。
彼女の全身を包むすべてが人から剥いだ皮なのかと思うとなかなか不気味である。
(相手の一部を持つと考えれば、正直共感できなくもない趣向だわ。しっかり処理してあれば清潔な訳だし)
彼女の潔癖ぶりを知る人が驚きそうな感想である。
しかし、その潔癖は何も物理的な綺麗、汚いに留まらない。
(見知らぬ他人でやるってのは全く理解できないし、許すつもりもないけれど)
夏南は隔者に攻撃を仕掛けるタイミングをじっと待つ。
一歩一歩、隔者は囮である駆に近付いて行った。
「あら、なかなか逞しいわね」
風が吹くだけだった道に女の声が響く。
駆はついにきたなと思いつつ、警戒が顔に出ないように振り向いた。
たれ目ぎみの目元にふっくらした唇。その唇が弧を描き、目に何らかの光が見えた気がした。
「……あら? これは効いてるのかしら?」
隔者は自身の魔眼を使って何人もの獲物を捕らえて来た。その経験から今回の獲物は少々様子が違うように感じたのだ。
しかし、何気なく腕を引いてみればそれに従って大きな体が倒れそうなほど傾き、乱暴に引っ張り上げればそれにも従って起き上がる。
「あら嫌だわ私ったら。こんな事より早くお肌を味わわないと」
気のせいかと思った途端、掴んだ腕から伝わる肌の感触を思う存分楽しみたいと言う欲求が湧き上がって来て、駆の腕を掴み直すといそいそと裏道へと引きずり込む。
(意外と乱暴だな)
駆の体に重みがあるせいか、俵担ぎで引きずられているのだ。つい体に力を入れそうになるのをこらえるのも一苦労である。
「ふふ……ちょっと荒れ気味だけどいい肌だわ。体も大きいし、たっぷり取れそうね」
裏道の側壁に押し付けられたかと思うと頬をなぞられ体の線を辿るように撫でられる。
その感触に耐えつつ、駆は待った。
「今日はちょっと気分を変えて腕から剥ごうかしら」
抜き放たれたブッチャーナイフが裏道からわずかに届く街灯を反射して光る。
指先に刃が近付くのを感じつつ、駆はその時を待った。
不意に頭上が明るくなり、何かが落ちて来る気配を感じる。
「何っ?!」
今まさに駆の皮にナイフを当てようとしていたサキが顔を上げると、目がくらむ程燃える炎が見えた。
咄嗟に飛び退こうとしたが、腕を引っ張られてそれもできない。
何事かと焦るサキに、駆はにやりと笑う。
「どうも初めまして」
そしてさようなら。とでも続きそうな笑みを確認した次の瞬間、ビルの屋上から降下してきた夏南の炎撃が叩き込まれた。
●
「そこまでだよ! その人から離れろっ!」
夏南の炎が消える前に裏道が明るく照らし出され、小唄が空き地から飛び出して来た。
左右の側壁からはクー、逝、天十里が道を塞ぎ、あっと言う間にサキは覚者六人に包囲される。
「悪いけど、ココから先は通行止めだよ! もう逃がさないよ、おばさん!」
いきなりのおばさん呼ばわりに目を丸くしたサキだったが、表情からは余裕が見えた。
「迂闊だったわね。まさか覚者に嗅ぎ付けられてたなんて」
焼け焦げた袖からは布が焼けたのとは違う独特の臭いが漂ってくる。
サキの表情は自身の腕の火傷よりも焼け焦げた袖の方に目を細めた。
「女性の服を破くなんて、ちょっと酷いわね」
「そりゃあ悪かったね。まあソレとは別だがしかし……えらい地味な趣味だな」
二メートル近い長身を自身の力で包みながら、逝はヘルメットの中から笑いを漏らす。
それに対するサキの反応も笑顔だった。
「皮を剥ぐと派手な血飛沫なんて飛ばないものね。あなたはそう言う方が好きなのかしら!」
ガリッと激しく地面を削るような音を立ててサキが飛び出し、逝に向けてブッチャーナイフを振り下ろす。
逝の悪食とサキのブッチャーナイフがぎりぎりと擦れ、鍔迫り合いと言うより刃を使っての力比べのような状態になる。
「まあ地味って言うより、女子力とか言うヤツが微塵も感じられないさね」
「あらそう? これでもパッチワークには自信があるんだけど」
「今どきはビーズ小物が流行ってるらしいぞう?」
そんな状態でも続けられる戯言が打撃音に中断させられる。
横合いからの小唄の鋭い蹴りがサキの脇腹に食い込み、天十里の鎖が叩きつけられた。
「人が話している時に横からはいってくるのは感心しないわね」
「まあそう言わずゆっくりしてけよ姉ちゃん。これでも温めるのには自信があるんだ」
因子の力により若く引き締まった姿に変わった駆の爆裂掌が炸裂する。
「ここからは逃がしません」
追い打ちを掛けるように、クーの少女らしい容姿からは似合わぬ程のプレッシャーが発生してサキの動きを鈍らせる。
「あらあら、こんなにいいお肌がいっぱい。ここまで多いと迷ってしまいそう」
「そんな事で迷うんじゃない!」
「別に趣味にアレコレ言うつもりは無いけど、他人に迷惑をかけるようなのはダメだよ!」
サキのうっとりとした表情を見てしまった天十里と小唄は鳥肌を立てて抗議したが、その表情は変わらない。
二人の攻撃に少々余分な力が入ってしまったのも仕方ないだろう。
「これは駄目だわ。ともかく殺さないと」
サキの言動と表情に「汚らしさ」を感じた夏南が拳を握り締める。
バンテージのように巻かれた符術が活性化された炎と同調して封入された力を発揮し、夏南の拳の威力を上乗せする。
「順番としては半殺しにして、余罪を調べてから殺すつもりだったけど」
「まあ何にせよ殺る事は変わらんよ」
目がどこか違う世界でも覗いてそうなサキの突撃を受ける。十分に防御を固めての事だったが、ブッチャーナイフはざっくりとスーツを切り裂く。
更に刃を進めようとサキの体が前のめりになった瞬間を狙った逝の小手返しがきれいに決まる。
地面から足が浮いた所を狙った駆と夏南の爆裂掌とエアブリットが立て続けに大きなダメージを叩き出し、着地がおぼつかなくなったサキが地面を転がって行く。
その先で構えていたクーが降槍によって追い打ちを掛けたが、ただ転がったように見えていたサキはその実自分で受け身を取っていたらしい。土の槍がその体を貫かんと隆起してきた瞬間起き上がってブッチャーナイフでそれを防ぐ。
「あなたの肌も色白で素敵ね。少しもらっていいかしら」
「お断りします」
あら残念、と言いつつ腰だめに突き出されたブッチャーナイフをクーのナイフが迎え撃つ。
清潔な白を保っていたメイド服に血の飛沫が染み込んだ。
「思った通り若くて柔らかくていい肌だわ」
うっとりと笑うサキのブッチャーナイフの刃がクーのナイフを掻い潜っていた。
そのまま力を込めて刃を深く潜り込ませようとしたが、背後から迫るものに気付く。
「他に五人いるのを忘れてるだろ」
速度を乗せた天十里の炎撃がサキの体を大きく揺らす。肌の焼ける臭いと音はサキ自身の物も含まれていた。
「今度はこっちだよ、おばさん!」
「甘いわよ、ぼうや」
小唄の攻撃は捌ききられ、逆に小唄が強烈な一撃を受けてしまう。
続く夏南のエアブリットは命中したものの、駆の攻撃は上手く受け流しでもしたか大したダメージが入っていない。
「何かの格闘術を習得してるらしいが、伊達じゃないってことかね」
「あら、よく知ってるわね」
「おっさんもちょっとした物は持ってるぞう」
躍り出る逝に迎え撃つサキ。種類は違えど互いに格闘術を習得した物同士の戦いはなかなかの見物ではあった。
しかし、この場は互いの技術を競う試合ではなく、己の欲望の為に人の命を奪う隔者とそれを止めるために来た覚者との戦いの場である。
包囲された状態で一対一の状態などに持ち込まれれば横合いから、あるいは背後からの攻撃が加わり傷が増えて行く。それに思い至らなかったのはサキと言う隔者がこれまで襲撃に遭う事すらなかったのが原因だろうか。
気付けば無視できない程のダメージが体を重くしており、覚者六人と言えば最もダメージを負っている逝以外はまだ体力に余裕がある者がほとんどだった。
それまで慎重に事を進めていた割には一度物事に熱中すると周りが見えなくなる性質がまともに仇となって返ってきたと言えるだろう。
「逃がさないよ」
今更ながら逃げに入ろうとしたサキに気付いた天十里の鎖が炎の一撃の形で足を止める。
「他人のものを取って、命まで奪っちゃうようなのは絶対ダメ! 絶対に逃がすもんか!」
韋駄天足を使ってまで回り込んで来た小唄の小さな体ですら、ダメージが蓄積したサキには厄介な障害となった。放たれた鋭刃脚を避ける事も叶わず、戦闘で荒れた裏道に倒れ込む。
「趣味に熱中するのは分からないでもないけど、程々にするべきだったわね」
「私刑を下す俺らも俺らだが、ま、バレるようにやったあんたが悪いのさ」
咄嗟に受け身を取って起き上がったサキの腹部に夏南が撃ったエアブリットの強烈な衝撃。
その痛みに耐えて顔を上げた視界一杯に広がるのは、眩しいくらいに燃える駆の炎の一撃。
焼け焦げる肌と髪の臭いと衝撃を感じたと思った次の瞬間、視界は真っ黒に塗り潰されて意識ごと吹き飛ばされた体が冷たく冷えたアスファルトの路地に落ちて行った。
●
「うわ、寒いっ!」
強く吹いた風の冷たさに小唄が悲鳴を上げる。
「先程よりも冷え込んできましたね」
自動販売機で買った温かい飲み物を飲みながら、クーも少し肩をすくめている。
サキが倒れてからF.i.V.Eに連絡を取ったはいいが、本部からの迎えが来るまで待機と言う流れになってしまいこの寒空の下温かい飲み物で凌ぐ羽目になってしまったと言う訳だ。
「まあ倒しましたからあとよろしくなんて放置するわけにはいかんわな」
「どちらにしても責任は持たないといけません」
駆のため息と夏南の台詞も白くなって流れて行く。
「放置して違う騒ぎが起きても大変だし」
天十里も白い息を吐き、かきよせた上着に温かい飲み物を抱えて暖をとっている。
そんな中で平気そうにしているのは逝だった。
「逝さんは寒くないの?」
小唄は自身の暖かそうな尻尾を抱え込みながら平然と立っている逝に聞いてみる。
「死の危険を感じる寒さではないからウォトカ飲めば一発だね」
「えっ」
「まあ死の危険を感じるほどではないのは分かるが」
「ええっ」
さらりと返してきた逝に、世界を放浪したバックパッカーとして何か思い当たる物があったのか駆だけが同意する。
「これくらいなら人肌が恋しくなる程じゃない」
この台詞には全員が苦笑したり顔をしかめたりとそれぞれの反応を返す。
特に説明されずとも自分達が倒した隔者、サキの「趣味」の事を指しているのは分かった。
「まあこれで今後は犠牲になる人もいなくなるだろう」
戦闘で温まった体は動かなくなると途端に冷え込んでしまう。
温かい飲み物をいくら流し込んだとしても、こうも冷たい空気と風に晒されればあまり意味もない。
寒さから守りぬくもりを与えてくれる物が欲しくなるのは仕方ない。
しかし、他人から無理やり奪うぬくもりに何の幸福があろうか。
覚者達は温かい部屋や心地よい睡眠も与えてくれるあたたかな布団など、各々の望むぬくもりを思い浮かべつつ、それを味わえる時間が来るのを待つことにした。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
