クリミナルフーエンジョイズ
●空回りのコメディアン
ぺったん。
ぺったん。
ぺったん。
大きな手。大きな手。大きな手。
ぺったん。ぺったん。ぺったん。
大きな手。
大きな手。
大きな手。
とても楽しい。ぺたぺたするのが。てのひらで。こうして。上から。振りかぶって。勢いをつけて。振り下ろす。
その下にいる。何もかもが。つぶれて。ぐちゃぐちゃになって。アスファルトとおなじになって。真っ赤な花が咲く。
とても楽しい。とても楽しい。なんだろうこれ。知らなかった。潰すのはとても楽しい。
怯えた目で見ている。怯えた目で見られている。かちかちと歯の根がうるさい。関係ない。関係がない。
加虐的な悦びはまるで湧き上がってこない。ただ大きくなった、以前よりも大きくなった手のひらで、押しつぶすのが楽しかった。
ぺったんって。ぺったんって。ほら、頭から、見えている。首の骨が耐えられなくて。おかしな方向に曲がって。それは背骨に、腰骨に、膝関節に。伝わって、奇っ怪なオブジェになって。
潰れる。押しつぶされる。骨も肉も血液もわからなくなるほどに。
潰れて、押しつぶれて。広がって。真っ赤になる。
真っ赤な花が咲く。
ばあ。
●外回りのファイアーバグ
「生物系の妖。おそらく、元はサル目の動物だと思われます」
いつもより気分の悪そうな顔色で、夢見である彼女は言った。
まあつまり、そういうことなのだろうと察することにする。妖のほとんどは好戦的なもので、その本能にしたがって行動するものが多い。つまるところ、妖による害とは大体が生命ないし物質的なダメージを伴うもの、人殺しが占めるのである。
それを夢に見る。伝える。仕事であるとはいえ、慣れるものではないのだろう。スプラッタムービーを見れることと、喜々とできることはまるで意味が異なるのだから。
「非常な怪力を持ち、動きも素早いものだと思われます。単独で行動しているので、発見次第確実に殲滅してください」
それではご武運を。とだけ付け加えると、彼女は口元を抑え早々にミーティングルームより出て行った。
ぺったん。
ぺったん。
ぺったん。
大きな手。大きな手。大きな手。
ぺったん。ぺったん。ぺったん。
大きな手。
大きな手。
大きな手。
とても楽しい。ぺたぺたするのが。てのひらで。こうして。上から。振りかぶって。勢いをつけて。振り下ろす。
その下にいる。何もかもが。つぶれて。ぐちゃぐちゃになって。アスファルトとおなじになって。真っ赤な花が咲く。
とても楽しい。とても楽しい。なんだろうこれ。知らなかった。潰すのはとても楽しい。
怯えた目で見ている。怯えた目で見られている。かちかちと歯の根がうるさい。関係ない。関係がない。
加虐的な悦びはまるで湧き上がってこない。ただ大きくなった、以前よりも大きくなった手のひらで、押しつぶすのが楽しかった。
ぺったんって。ぺったんって。ほら、頭から、見えている。首の骨が耐えられなくて。おかしな方向に曲がって。それは背骨に、腰骨に、膝関節に。伝わって、奇っ怪なオブジェになって。
潰れる。押しつぶされる。骨も肉も血液もわからなくなるほどに。
潰れて、押しつぶれて。広がって。真っ赤になる。
真っ赤な花が咲く。
ばあ。
●外回りのファイアーバグ
「生物系の妖。おそらく、元はサル目の動物だと思われます」
いつもより気分の悪そうな顔色で、夢見である彼女は言った。
まあつまり、そういうことなのだろうと察することにする。妖のほとんどは好戦的なもので、その本能にしたがって行動するものが多い。つまるところ、妖による害とは大体が生命ないし物質的なダメージを伴うもの、人殺しが占めるのである。
それを夢に見る。伝える。仕事であるとはいえ、慣れるものではないのだろう。スプラッタムービーを見れることと、喜々とできることはまるで意味が異なるのだから。
「非常な怪力を持ち、動きも素早いものだと思われます。単独で行動しているので、発見次第確実に殲滅してください」
それではご武運を。とだけ付け加えると、彼女は口元を抑え早々にミーティングルームより出て行った。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.妖の討伐
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
妖が出現しました。
殺人行為を好み、人を襲っています。
これ以上の被害が出ないよう、討伐を行ってください。
●エネミーデータ
手の大きな猿
・妖:生物系。ランク2。出現数1
・全長2mほどの体格を持った猿型の妖。筋肉質で、手のサイズが異様に発達しています。掴みかかられれば、引き剥がすのは困難かもしれません。
・傷めつけることや、悲鳴よりも、単純に殺害することに悦びを覚えてしまったようです。そのため、視界内で体力が低いと想定できる相手を優先して狙うでしょう。
●シチュエーションデータ
・夕食時の住宅街。
・街灯があるので明かりの心配はありません。
・一般人の乱入はおろか、戦局次第では居住家屋のごく近くで戦闘する可能性も考えられます。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
7/8
7/8
公開日
2015年12月11日
2015年12月11日
■メイン参加者 7人■

●月の影取る猿
はじめに見つけたのは、音と色だった。肉がちぎれる音、骨の砕ける音、そして真っ赤に広がる花。それらを見つけた時、なんと楽しいのだろうと思った。思ってしまった。だからもうひとつ、もうひとつ。赤い花を咲かせようとする。未だに彼は、それがヒトと呼ばれるものだとは知らないまま。
ここ一週間ほどで、急に冷えたものだと思う。冬の到来だ。上着を厚手のものに変え、食事は熱を持ったものが増えた。手袋、マフラー。防寒具をあげていけばまだまだ重装備といえるものは残っているが、冬は始まったばかりである。これからのことを考えると、どこまで調節すればいいものか悩む。それくらいには冷えた夜の頃。
「単純な暴力というのは、始末が悪い。なぜなら、それを上回る暴力で対処するしか無いからです」
『教授』新田・成(CL2000538)が白い息を吐きながら、講義の一端であるかのように声を出した。どれほど複雑な術式よりも、どれほど苛烈な猛毒よりも、ただ単に強いというだけの暴力のほうが恐ろしい。シンプルであるというのはそれだけ適応に長け、それだけ明快であるのだから。
「足りない分は、数と思考で補うしか、ありませんな」
「人殺しの味を占めたサル、か。また厄介なのが出てきたもんだね」
指崎 まこと(CL2000087)の言葉通り、人への害を本能に書き入れてしまった動物は問題である。通り魔と同じだ。全力を持って排除せねばならない。ただ違うとすれば、それが法の下であるのかそうでないのかというだけだ。否、人の法に則っているのだから、それすらも同じであるのかもしれない。
「逃がせば酷いことになる。必ず、この場で殺してしまわないと」
「妖か、相手にしてやろう。古妖狩人やら憤怒者に飽き飽きしていた所だ」
『星狩り』一色・満月(CL2000044)が渡された資料を読み終え、それに火をつけた。人間を相手にするというのはストレスになるものだ。刃を向ける、銃を向ける。殺してしまう。人は慣れるものだというが、それは何かのタガが外れてしまった瞬間だろう。鬼の方に一歩、進めてしまった後なのだろう。
「心置きなく狩れるというのは、楽なものだな。だが気は抜けないがな」
「はて、どこぞの洞窟で見たトロウルに近い類の何がしであるかな」
華神 刹那(CL2001250)のいうそれは北欧の地で残された伝承によるものである。強烈な怪物であったり、愛らしい妖精であったりと地方によってその内容は様々ではあるがなるほど、日本での一般的なイメージは確かに今回のそれに似ているとも言える。しかし神秘的な発症の観測できない諸外国では、それらはただのクリプティッドであるはずだが。
「実に珍奇……ん? 洞窟がどこか、と? さて、どこであったか」
「はっろーん☆ことこちゃん参上! ええと、本格的なお仕事は初めてですっ。よろしくお願いしまぁす!」
元気よく、楠瀬 ことこ(CL2000498)が挨拶をする。見れば、中には自分と同じ初陣にあたる者もいるようだ。害獣の殺処分。そういう言い方をすれば穏やかな話ではないが、やるからにはそれなりの結果を持ち帰りたいものだ。それに、見知った顔もいるようで。親交を深めるには丁度良い機会であるかもしれない。
「時雨ぴょん発見! ひっさしぶりー!」
「さてさて、今回は敵の妖を殺してまえばえぇんやね? やー、最近はうちの力不足もあって、敵やのに殺害したらあかん、殺害しきれんっていう場面が多かったからなぁ……やっぱり、危険な敵は殺害して終わらせてまうんが後腐れもなくてえぇよなぁ」
物騒なことを『柔剛自在』榊原 時雨(CL2000418)はいうが、ここは暴力が解決策として認められている世界だ。余計な恨みを積もらせるよりも、そうしてしまったほうが良いこともある。命を取るという行為に、真摯でないわけではないのだから。
「殺しの喜びに目覚めた妖だなんて害獣以外の何者でもないわ」
人として正しいことを言う春野 桜(CL2000257)の内心はけして温厚なものなどではない。妖というのは、気軽なものだ。人ではないというのは、本当に気軽なものだ。殺しても『殺し』だとカウントされない。そこに誰かの同情心や良心が挟まれない。殺そう。そうだ、殺してしまおう。それが奪うというのなら。いかなる理由であれ奪うというのであれば、殺してしまおう。そこに慈悲などないのだ。
急に、冷たい風が吹いて思わず見を竦ませた。
これ以上冷えて、無駄に動きが鈍ってもたまらない。
歩き出す。夜は深く、闇は深い。
この何処かに、それはただ殺すことだけを目的としてそこにいるのだ。
●両岸の猿声啼いて住まざるに
楽しい、楽しい、楽しい。複雑な感情は持っていない。本能に従うだけだ。食うことと、増えること。そこにひとつ加わっただけなのだ。殺すということ。ヒトを殺すということだ。増えられはしない今。もはや食うことと、増えることだけで生きている。それが万死に値するとも知らずに。
見つけた。
複合マンションの駐車場。自動車の並ぶ中を、ゆっくりとその猿は歩いていた。
異様に巨大な両手が、それをそのものだと告げている。そうでなくとも、こんなところに猿がいれば不審でしか無かったが。
厄介だが、想定できる上では良好であるとも言える。少なくとも、最寄りのスーパーマーケットなんぞに出現されては被害を防ぐのが困難で仕方がない。
それでも、民家の明かりが見える場所。悠長に機会をうかがう暇もない。
●木から落ちれば
理解はできない。理屈はわからない。それだけの脳を持たず、それだけの教育など在らず、それだけの文化など持ち得ない。故に理解不能。どうしてヒトを殺してはいけないのか。それを猿に問うほど、愚かな行為はないのだから。
「弱そうに見える、というなら、この老骨は格好の的でしょうな」
接近。抜剣。攻撃。わざわざ宣言してから攻撃を行うほど、こちらとあちらに明確化されたルールなど存在しない。初手の刹那に関して言えば、向こうからはただの玩具。こちらからは打倒すべき敵である。この違いは大きい。知恵の回らぬ動物相手であれば、それは余計に。
後ろで悲鳴。流石に、この時間で場所が場所だ。猿を蹴りつけて距離を取り、振り返れば買い物帰りと思われる婦人がひとり。
「危険な猛獣です。そこにいては巻き込まれて命を落とします。全速力でお逃げなさい」
はじまったばかりでよかったと思う。まだ戦場はさほど赤くはない。腰が抜けるほどの光景ではないだろう。彼女も素直に頷き、走り去ってくれた。
と、振り向いた矢先に胸ぐらをつかまれる。老体のほうが、逃げる中年よりも御しやすいと思ったのだろうか。思惑に沿い、やや滑稽ですらある。
「私を掴んだ腕は、防御には使えません。ここならね、私の間合いでもあるんですよ」
抜剣。放たれた衝撃。思わぬ反撃に、猿がたたらを踏んだ。
「ほら、こっちを狙って来いよ」
まことが妖に向けた挑発を飛ばす。人が訪れない場所に誘導を、というのも考えたが。これほど居住区に近いのならば不可能だ。万が一、移動中に目移りされても対処に困る。ならば、この場所で自分たちを襲わせるほうがまだマシだろう。
鞭を打つ。しなりを利用した武器の特徴は、痛みに主眼をおいているということだろう。
「その力での全力の握り締め、確かに怖い攻撃だ。でもね?」
硬さと重さを持たないというデメリットを跳ね除けるだけのショック。掴みかかってきた巨大な手、その指先をうまく狙い鞭で弾いてやった。
剥がれる爪。切り裂かれる皮。痛みによる苦痛。一瞬、猿の動きが止まる。その隙間を仲間が見過ごすはずもなく、暴力は容赦なく叩きこまれた。
「例えたいした事のない痛みでも、棘がついたものを全力で握り締められるか、って話でね。人なら覚悟で耐えられる、でもこいつは人殺しを楽しむサルでしかない」
巨大なシンボルというものは、得てして攻撃の的になりやすい。
巨大な単眼を持っていればひとまず狙うように、大きな手を持っていれば、それこそが武器だというのならば。ソードブレイク。ひとまずはそこを狙うが人情をいうものである。
目にも留まらぬ斬撃。瞬きすれば見逃してしまいそうな二連を満月は猿の手首に放つ。
猿の悲鳴。だが、浅かったのだろう。少量の血液を撒き散らしながら、怒りを露わにし、反撃を繰り出してくる。
大きな手。武器で受け止めるわけにはいくまい。腕力で敵う相手ではないのだ。奪い去られ、丸腰になる自分が見えている。
二の腕を掴まれた。暴れても万力で挟まれたかのように動くことができない。距離が近い。獣独特の臭さが鼻につく。
腕に異音。次いで、痛みが脳を焼いた。骨の折れた音。猿にとってこれが快感なのだろう、一瞬動きを止めたその耳に齧りつき、そのまま噛みちぎる。
緩んだ拘束から脱出し、無事な腕だけで獲物を構えた。
「そう簡単に潰れない人間は初めてだろう? 楽しめよ……!!」
水弾と氷礫。そのどちらもを試した後、刹那は感慨深げにため息を付いた。
「ふむ、これは面白いものであるね。国外では出来ぬというのがなかなかに残念であるよ」
魔法。術式。ESP。特殊能力。ギフト。どうなような呼び方でも良いが、このファンタジックな力はこの東端の島国でしか使用できないというのだから摩訶不思議なこともあったものだ。
例えばこれも、などど言いながら液体の入ったペットボトルを仲間に投げ渡す。ポーションピッチ。中身は今しがた生成したものだ。傷を塞ぎ、ついた膝を再び立たせるそれも神秘のなせる技である。
傷ついた仲間。そこに率先して癒やしを配布する。よく見ているものだ。だが、技を確かめている段階からもわかるように、そこまで手馴れているわけでもない。リソースは底をつく。出来るだけを絞り出したのだ。
上出来だろう。そう思いながら、刀を構えた。身は低く、殺意を尖らせ、心が切り替わる。冷たく、冷たく。微笑みを絶やさぬまま、生命の尊厳は失われ。ひとつの白刃となる。
空気弾。拡散性を失うまでに圧縮されたそれを猿へと飛ばす。空気である以上不可視のはずだが、それでも猿が反応するのは獣独特の感覚によるものか、それとも神秘故にまた別の何かを感知しているものなのか。
「視界が悪いと戦いづらいなぁ……」
大小様々な自動車が駐車されている以上、開けた場所であるとは言いがたい。時刻としてもまだ帰宅していない家庭もあるのだろう。停まっている車はまばらであった。逆を返せば、長引くほどにひとが襲われる危険性は増すということだが。
懸念はあたったようだ。差し込む横向きのライト。その運転スタンスは褒められるべきだが、怪物が近いとなれば別だろう。事情を知らぬ相手にステルスを期待するのもおかしな話だが。
「あのね。お猿さん見える? あれ、人を食べちゃんだって。食べられたくないなら
逃げてくれると嬉しいなぁ」
その屋根の上に着地し、開いた窓から注意を促した。運転手が慌て、ギアを変更する。
バックします。
曰く、食するならその対象に感謝せよ。曰く、殺すなら殺される覚悟を持て。命の関するひとのスタンスは様々だ。その重さも、意味も多種多様に変化する。
「殺そうとしとるしなぁ……安全なところからちまちま削るんやのうて、うち自身も倒れる覚悟で挑まんと」
時雨のスタンスは、その真摯さは互いの生命を平等に扱ったものだと言えるだろう。殺される。その重圧の中でこそ、殺すだけの資格を見出すとでもいうように。
アスファルトから飛び出した蔓が猿を打ち付ける。
「……いやまぁ、うちとしても、殺す相手と直に渡り合える言うんは経験積めてありがたいしな。やっぱり実戦に敵う成長の機会は早々あらへんからねぇ……痛みを伴う方が成長も早いしな」
ドライな死生観である。その平等性に自分を例外としないだけの。
「それにしても、悲鳴や痛めつけやのうて、殺害に悦びなぁ。敵を倒す、逃さないよう、報復しようとしないように殺害するのは仕方ないというか必要な事やけど、それで別に喜びとかは無いかなぁ……」
猿の皮膚表面。冬の寒さを耐えうるだけのその剛毛を土代わりに、種は芽を出した。
急激な成長。驚いたようにキイキイと泣き慌てふためく獣になどなんの情も見せず、それは蔓を猿の自慢の腕に絡みつかせると、容赦なく棘を露わにした。
無理に剥がそうとするが、痛みによる緊張に盛り上がった己の筋肉が、絡みついたそれをさらに自分へと食い込ませる。
やがて花が咲き、棘が刺さってできた傷口から毒の蜜を垂らす。体内をめぐり、それらは生命を蝕むだろう。
残酷な花。それを咲かせた桜は呪詛のように狂気を口にする。
「毒と出血にのた打ち回って死ね。死ねしねしねしね死ね死ね」
衝動にかられ、我を失っているようにも思えるが、その実冷静であるのだろう。傷ついた仲間がいれば攻撃の手を止めてその回復に努めているし、攻撃に夢中に見えても大振りの反抗にはしっかりと対処している。
狂気と無心は違う、ということなのだろう。そうあるのが正常というだけなのだ。
「ねえ早く貴方に会いたいのもっと殺すから早く帰ってきてよあはは」
●鉄道法では猿は乗せられない規則だ
まとめ、総称し、乃ちを持って。ただの害獣である。
『サル目の猛獣が逃げ出しました。危険でしたのでやむを得ず対処しました』
そうプリントされた用紙を、住居者向けの掲示板に貼り付ける。
これでいい。本当に化物が出たと知るよりは、知らぬ間に猛獣が退治されたのだと浸透させたほうがいいだろう。
夜間の出来事なのだ。何人かの乱入者も、その『事実』を元に記憶の補完とするはずだ。
死骸となった猿。異様に大きな手。食うでもなく、守るでもなく、ただ殺すことに快楽を生み出した。
ひとであってすら、許されない、獣ならなおさらだ。
なにものであれ、そこに快楽だけを見出した時、誰もが害獣となるのだ。
了。
はじめに見つけたのは、音と色だった。肉がちぎれる音、骨の砕ける音、そして真っ赤に広がる花。それらを見つけた時、なんと楽しいのだろうと思った。思ってしまった。だからもうひとつ、もうひとつ。赤い花を咲かせようとする。未だに彼は、それがヒトと呼ばれるものだとは知らないまま。
ここ一週間ほどで、急に冷えたものだと思う。冬の到来だ。上着を厚手のものに変え、食事は熱を持ったものが増えた。手袋、マフラー。防寒具をあげていけばまだまだ重装備といえるものは残っているが、冬は始まったばかりである。これからのことを考えると、どこまで調節すればいいものか悩む。それくらいには冷えた夜の頃。
「単純な暴力というのは、始末が悪い。なぜなら、それを上回る暴力で対処するしか無いからです」
『教授』新田・成(CL2000538)が白い息を吐きながら、講義の一端であるかのように声を出した。どれほど複雑な術式よりも、どれほど苛烈な猛毒よりも、ただ単に強いというだけの暴力のほうが恐ろしい。シンプルであるというのはそれだけ適応に長け、それだけ明快であるのだから。
「足りない分は、数と思考で補うしか、ありませんな」
「人殺しの味を占めたサル、か。また厄介なのが出てきたもんだね」
指崎 まこと(CL2000087)の言葉通り、人への害を本能に書き入れてしまった動物は問題である。通り魔と同じだ。全力を持って排除せねばならない。ただ違うとすれば、それが法の下であるのかそうでないのかというだけだ。否、人の法に則っているのだから、それすらも同じであるのかもしれない。
「逃がせば酷いことになる。必ず、この場で殺してしまわないと」
「妖か、相手にしてやろう。古妖狩人やら憤怒者に飽き飽きしていた所だ」
『星狩り』一色・満月(CL2000044)が渡された資料を読み終え、それに火をつけた。人間を相手にするというのはストレスになるものだ。刃を向ける、銃を向ける。殺してしまう。人は慣れるものだというが、それは何かのタガが外れてしまった瞬間だろう。鬼の方に一歩、進めてしまった後なのだろう。
「心置きなく狩れるというのは、楽なものだな。だが気は抜けないがな」
「はて、どこぞの洞窟で見たトロウルに近い類の何がしであるかな」
華神 刹那(CL2001250)のいうそれは北欧の地で残された伝承によるものである。強烈な怪物であったり、愛らしい妖精であったりと地方によってその内容は様々ではあるがなるほど、日本での一般的なイメージは確かに今回のそれに似ているとも言える。しかし神秘的な発症の観測できない諸外国では、それらはただのクリプティッドであるはずだが。
「実に珍奇……ん? 洞窟がどこか、と? さて、どこであったか」
「はっろーん☆ことこちゃん参上! ええと、本格的なお仕事は初めてですっ。よろしくお願いしまぁす!」
元気よく、楠瀬 ことこ(CL2000498)が挨拶をする。見れば、中には自分と同じ初陣にあたる者もいるようだ。害獣の殺処分。そういう言い方をすれば穏やかな話ではないが、やるからにはそれなりの結果を持ち帰りたいものだ。それに、見知った顔もいるようで。親交を深めるには丁度良い機会であるかもしれない。
「時雨ぴょん発見! ひっさしぶりー!」
「さてさて、今回は敵の妖を殺してまえばえぇんやね? やー、最近はうちの力不足もあって、敵やのに殺害したらあかん、殺害しきれんっていう場面が多かったからなぁ……やっぱり、危険な敵は殺害して終わらせてまうんが後腐れもなくてえぇよなぁ」
物騒なことを『柔剛自在』榊原 時雨(CL2000418)はいうが、ここは暴力が解決策として認められている世界だ。余計な恨みを積もらせるよりも、そうしてしまったほうが良いこともある。命を取るという行為に、真摯でないわけではないのだから。
「殺しの喜びに目覚めた妖だなんて害獣以外の何者でもないわ」
人として正しいことを言う春野 桜(CL2000257)の内心はけして温厚なものなどではない。妖というのは、気軽なものだ。人ではないというのは、本当に気軽なものだ。殺しても『殺し』だとカウントされない。そこに誰かの同情心や良心が挟まれない。殺そう。そうだ、殺してしまおう。それが奪うというのなら。いかなる理由であれ奪うというのであれば、殺してしまおう。そこに慈悲などないのだ。
急に、冷たい風が吹いて思わず見を竦ませた。
これ以上冷えて、無駄に動きが鈍ってもたまらない。
歩き出す。夜は深く、闇は深い。
この何処かに、それはただ殺すことだけを目的としてそこにいるのだ。
●両岸の猿声啼いて住まざるに
楽しい、楽しい、楽しい。複雑な感情は持っていない。本能に従うだけだ。食うことと、増えること。そこにひとつ加わっただけなのだ。殺すということ。ヒトを殺すということだ。増えられはしない今。もはや食うことと、増えることだけで生きている。それが万死に値するとも知らずに。
見つけた。
複合マンションの駐車場。自動車の並ぶ中を、ゆっくりとその猿は歩いていた。
異様に巨大な両手が、それをそのものだと告げている。そうでなくとも、こんなところに猿がいれば不審でしか無かったが。
厄介だが、想定できる上では良好であるとも言える。少なくとも、最寄りのスーパーマーケットなんぞに出現されては被害を防ぐのが困難で仕方がない。
それでも、民家の明かりが見える場所。悠長に機会をうかがう暇もない。
●木から落ちれば
理解はできない。理屈はわからない。それだけの脳を持たず、それだけの教育など在らず、それだけの文化など持ち得ない。故に理解不能。どうしてヒトを殺してはいけないのか。それを猿に問うほど、愚かな行為はないのだから。
「弱そうに見える、というなら、この老骨は格好の的でしょうな」
接近。抜剣。攻撃。わざわざ宣言してから攻撃を行うほど、こちらとあちらに明確化されたルールなど存在しない。初手の刹那に関して言えば、向こうからはただの玩具。こちらからは打倒すべき敵である。この違いは大きい。知恵の回らぬ動物相手であれば、それは余計に。
後ろで悲鳴。流石に、この時間で場所が場所だ。猿を蹴りつけて距離を取り、振り返れば買い物帰りと思われる婦人がひとり。
「危険な猛獣です。そこにいては巻き込まれて命を落とします。全速力でお逃げなさい」
はじまったばかりでよかったと思う。まだ戦場はさほど赤くはない。腰が抜けるほどの光景ではないだろう。彼女も素直に頷き、走り去ってくれた。
と、振り向いた矢先に胸ぐらをつかまれる。老体のほうが、逃げる中年よりも御しやすいと思ったのだろうか。思惑に沿い、やや滑稽ですらある。
「私を掴んだ腕は、防御には使えません。ここならね、私の間合いでもあるんですよ」
抜剣。放たれた衝撃。思わぬ反撃に、猿がたたらを踏んだ。
「ほら、こっちを狙って来いよ」
まことが妖に向けた挑発を飛ばす。人が訪れない場所に誘導を、というのも考えたが。これほど居住区に近いのならば不可能だ。万が一、移動中に目移りされても対処に困る。ならば、この場所で自分たちを襲わせるほうがまだマシだろう。
鞭を打つ。しなりを利用した武器の特徴は、痛みに主眼をおいているということだろう。
「その力での全力の握り締め、確かに怖い攻撃だ。でもね?」
硬さと重さを持たないというデメリットを跳ね除けるだけのショック。掴みかかってきた巨大な手、その指先をうまく狙い鞭で弾いてやった。
剥がれる爪。切り裂かれる皮。痛みによる苦痛。一瞬、猿の動きが止まる。その隙間を仲間が見過ごすはずもなく、暴力は容赦なく叩きこまれた。
「例えたいした事のない痛みでも、棘がついたものを全力で握り締められるか、って話でね。人なら覚悟で耐えられる、でもこいつは人殺しを楽しむサルでしかない」
巨大なシンボルというものは、得てして攻撃の的になりやすい。
巨大な単眼を持っていればひとまず狙うように、大きな手を持っていれば、それこそが武器だというのならば。ソードブレイク。ひとまずはそこを狙うが人情をいうものである。
目にも留まらぬ斬撃。瞬きすれば見逃してしまいそうな二連を満月は猿の手首に放つ。
猿の悲鳴。だが、浅かったのだろう。少量の血液を撒き散らしながら、怒りを露わにし、反撃を繰り出してくる。
大きな手。武器で受け止めるわけにはいくまい。腕力で敵う相手ではないのだ。奪い去られ、丸腰になる自分が見えている。
二の腕を掴まれた。暴れても万力で挟まれたかのように動くことができない。距離が近い。獣独特の臭さが鼻につく。
腕に異音。次いで、痛みが脳を焼いた。骨の折れた音。猿にとってこれが快感なのだろう、一瞬動きを止めたその耳に齧りつき、そのまま噛みちぎる。
緩んだ拘束から脱出し、無事な腕だけで獲物を構えた。
「そう簡単に潰れない人間は初めてだろう? 楽しめよ……!!」
水弾と氷礫。そのどちらもを試した後、刹那は感慨深げにため息を付いた。
「ふむ、これは面白いものであるね。国外では出来ぬというのがなかなかに残念であるよ」
魔法。術式。ESP。特殊能力。ギフト。どうなような呼び方でも良いが、このファンタジックな力はこの東端の島国でしか使用できないというのだから摩訶不思議なこともあったものだ。
例えばこれも、などど言いながら液体の入ったペットボトルを仲間に投げ渡す。ポーションピッチ。中身は今しがた生成したものだ。傷を塞ぎ、ついた膝を再び立たせるそれも神秘のなせる技である。
傷ついた仲間。そこに率先して癒やしを配布する。よく見ているものだ。だが、技を確かめている段階からもわかるように、そこまで手馴れているわけでもない。リソースは底をつく。出来るだけを絞り出したのだ。
上出来だろう。そう思いながら、刀を構えた。身は低く、殺意を尖らせ、心が切り替わる。冷たく、冷たく。微笑みを絶やさぬまま、生命の尊厳は失われ。ひとつの白刃となる。
空気弾。拡散性を失うまでに圧縮されたそれを猿へと飛ばす。空気である以上不可視のはずだが、それでも猿が反応するのは獣独特の感覚によるものか、それとも神秘故にまた別の何かを感知しているものなのか。
「視界が悪いと戦いづらいなぁ……」
大小様々な自動車が駐車されている以上、開けた場所であるとは言いがたい。時刻としてもまだ帰宅していない家庭もあるのだろう。停まっている車はまばらであった。逆を返せば、長引くほどにひとが襲われる危険性は増すということだが。
懸念はあたったようだ。差し込む横向きのライト。その運転スタンスは褒められるべきだが、怪物が近いとなれば別だろう。事情を知らぬ相手にステルスを期待するのもおかしな話だが。
「あのね。お猿さん見える? あれ、人を食べちゃんだって。食べられたくないなら
逃げてくれると嬉しいなぁ」
その屋根の上に着地し、開いた窓から注意を促した。運転手が慌て、ギアを変更する。
バックします。
曰く、食するならその対象に感謝せよ。曰く、殺すなら殺される覚悟を持て。命の関するひとのスタンスは様々だ。その重さも、意味も多種多様に変化する。
「殺そうとしとるしなぁ……安全なところからちまちま削るんやのうて、うち自身も倒れる覚悟で挑まんと」
時雨のスタンスは、その真摯さは互いの生命を平等に扱ったものだと言えるだろう。殺される。その重圧の中でこそ、殺すだけの資格を見出すとでもいうように。
アスファルトから飛び出した蔓が猿を打ち付ける。
「……いやまぁ、うちとしても、殺す相手と直に渡り合える言うんは経験積めてありがたいしな。やっぱり実戦に敵う成長の機会は早々あらへんからねぇ……痛みを伴う方が成長も早いしな」
ドライな死生観である。その平等性に自分を例外としないだけの。
「それにしても、悲鳴や痛めつけやのうて、殺害に悦びなぁ。敵を倒す、逃さないよう、報復しようとしないように殺害するのは仕方ないというか必要な事やけど、それで別に喜びとかは無いかなぁ……」
猿の皮膚表面。冬の寒さを耐えうるだけのその剛毛を土代わりに、種は芽を出した。
急激な成長。驚いたようにキイキイと泣き慌てふためく獣になどなんの情も見せず、それは蔓を猿の自慢の腕に絡みつかせると、容赦なく棘を露わにした。
無理に剥がそうとするが、痛みによる緊張に盛り上がった己の筋肉が、絡みついたそれをさらに自分へと食い込ませる。
やがて花が咲き、棘が刺さってできた傷口から毒の蜜を垂らす。体内をめぐり、それらは生命を蝕むだろう。
残酷な花。それを咲かせた桜は呪詛のように狂気を口にする。
「毒と出血にのた打ち回って死ね。死ねしねしねしね死ね死ね」
衝動にかられ、我を失っているようにも思えるが、その実冷静であるのだろう。傷ついた仲間がいれば攻撃の手を止めてその回復に努めているし、攻撃に夢中に見えても大振りの反抗にはしっかりと対処している。
狂気と無心は違う、ということなのだろう。そうあるのが正常というだけなのだ。
「ねえ早く貴方に会いたいのもっと殺すから早く帰ってきてよあはは」
●鉄道法では猿は乗せられない規則だ
まとめ、総称し、乃ちを持って。ただの害獣である。
『サル目の猛獣が逃げ出しました。危険でしたのでやむを得ず対処しました』
そうプリントされた用紙を、住居者向けの掲示板に貼り付ける。
これでいい。本当に化物が出たと知るよりは、知らぬ間に猛獣が退治されたのだと浸透させたほうがいいだろう。
夜間の出来事なのだ。何人かの乱入者も、その『事実』を元に記憶の補完とするはずだ。
死骸となった猿。異様に大きな手。食うでもなく、守るでもなく、ただ殺すことに快楽を生み出した。
ひとであってすら、許されない、獣ならなおさらだ。
なにものであれ、そこに快楽だけを見出した時、誰もが害獣となるのだ。
了。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし

■あとがき■
悪意しかないと、どうしようもないという例。
