【古妖狩人】神鳴る処
●神童
夜都岐神社の暗闇に流れる一条の光がある。
ジグザグに折れ曲がった光は幾重にも枝分かれし、夜帳の中へと掻き消えていく。
微細だが、それは紛れもなく雷光である。紫電の根元にそびえるのは、とぐろを巻いた大蛇と――その上に腰掛ける少年の影。
白の僧衣を纏った少年は指先で稲光を弄いながら、居城を訪ねてきた人間を見やる。
指折り数える。六人。
「あなたが『元興寺』か」
そのうちの一人が問い掛けてくる。
「そうだよ。名前知っててくれてるだなんて、流石俺ちゃん有名人だねぇ」
「では、人を攻撃したというのは本当か?」
詰問に対して、少年は記憶を辿る。数日前、寄ってきた無礼な人間と諍いになったのは確かだ。そのことを言っているのだとしたら頷く他ない。
「んー、一応そうなるのかも」
「この地で閃光の目撃証言がある。これ以上何かおかしな動きを見せるのであれば……」
少年は来客の発言内容が理解できなかった。おかしな動き? そんな粗相はした覚えがない。自分はただ、襲い掛かってきた人間に挨拶代わりの電撃を一発見せてあげただけだというのに。
「でもあの人達、すぐどっか行っちゃったから、超萎えたんだよね。せっかく楽しく遊べそうだったのにさ。おかげさまで……」
少年が指を小さく振ると――六人を取り囲むように、檻の形態を成す青白い雷柱が落ちた。
「こんなふうに力持て余してるんだ。ウズウズしてしょうがないよ」
一瞬、気圧される乱入者達だったが、覚悟を決めたのか臨戦態勢に入る。
何もないはずの虚空から、各々の武器を実体化させて。
「あなたは錯乱しているに違いない。平穏ならぬなら鎮めさせてもらうぞ!」
少年は未だ事情を呑み込めずにいたが、しかし、血が沸き立つのだけは感じていた。
「まあいいや。戦ってくれるっていうんなら俺ちゃんも大歓迎よ。アンタらは逃げ出した奴らと違って、結構やってくれそうだからね!」
蛇の背中から身軽に飛び降りた少年は、遊び相手を見つけた子供のような、嬉々とした表情で対峙する。
本殿の萱葺き屋根が、ざざ、と鳴った。
●幕間
会議室に集められた覚者達は、そこで有り余る冊数の参考文献に囲まれた久方 真由美(nCL2000003)の姿を見た。
「……あっ、すみません。待っていたつもりがお待たせしてしまいました」
調査に没頭していた夢見はこちらに気付くと、特別慌てた様子もなくゆるりと向き直した。
真由美が書物から書き写したメモにはこう記されている。
『元興寺とは是すなはち鬼なり。至大至剛の力を以て天突き動かすこと、まさに雷神のごとし』
また、こうもある。
『人の世に怪異と伝へられる元興寺は本来鬼に非ず。魑魅魍魎を捕らふる英傑なり』
古妖に関する依頼だとは前もって聞かされていたが、どうやらそれは『元興寺』というらしい。メモの内容から察するに、戦闘力に長けた古妖であるようだ。
「古妖狩人の動きは皆さんもご存知かと思います。彼らが刺激してしまったみたいで」
憤怒者自体はあまりの力量差に敵前逃亡したらしい。だが、肩透かしを喰らった元興寺は、久々に訪れた存分に武を奮う機会を逸してフラストレーションが溜まっている状態なのだという。このままにしておくのは、着火寸前の爆弾を放置するようなものだ。
「寺社の騒動に精通した別の覚者組織も対応に向かうことが確認されています。ですが、恐らく彼らだけでは歯が立たないでしょう。それだけ強大な古妖です。ただ」
一度言葉を切る。
「悪意のある相手ではありません。闘争本能を発散させたいだけみたいですから、満足いくまで戦い続ければ、そこで気は済むでしょう」
戦場に介入し、速やかに事態を収束させてきてほしい。
真由美はそう今回の任務について説明した後、古妖に関する情報を述べ始める。
「予知から遡及して色々調べていましたが、元興寺に関する逸話は不思議なものが多いですね。なんでも雷神様の申し子だそうで」
奈良の元興寺に憑いていたことから名を受けたこの古妖は、現在、同じく奈良県内にある夜都岐神社近辺に棲息しているらしい。雷電を自在に操る力を持つことから、神社の主祭である軍神タケミカヅチの姿を投影して祀られているとの話だ。
真由美の解説に寄れば、タケミカヅチもまた奈良を安住の地としたという伝説が残っている。それに擬えられているのだから何かと奈良に縁のある古妖だ。
「元興寺は自身が生む電流と、奉納された剣を武器にしています。剣を捧げる、という信仰の形式は昔から多かったみたいです。タケミカヅチは刀剣の神でもありますからね。それと、ペットの大蛇も行動を共にしています。毒がありますから、こちらにも注意が必要でしょう」
雷、剣、毒。対処すべき脅威は尽きない。
「戦局は厳しくなると予想されますが……皆さんの力を私は信じています」
夜都岐神社の暗闇に流れる一条の光がある。
ジグザグに折れ曲がった光は幾重にも枝分かれし、夜帳の中へと掻き消えていく。
微細だが、それは紛れもなく雷光である。紫電の根元にそびえるのは、とぐろを巻いた大蛇と――その上に腰掛ける少年の影。
白の僧衣を纏った少年は指先で稲光を弄いながら、居城を訪ねてきた人間を見やる。
指折り数える。六人。
「あなたが『元興寺』か」
そのうちの一人が問い掛けてくる。
「そうだよ。名前知っててくれてるだなんて、流石俺ちゃん有名人だねぇ」
「では、人を攻撃したというのは本当か?」
詰問に対して、少年は記憶を辿る。数日前、寄ってきた無礼な人間と諍いになったのは確かだ。そのことを言っているのだとしたら頷く他ない。
「んー、一応そうなるのかも」
「この地で閃光の目撃証言がある。これ以上何かおかしな動きを見せるのであれば……」
少年は来客の発言内容が理解できなかった。おかしな動き? そんな粗相はした覚えがない。自分はただ、襲い掛かってきた人間に挨拶代わりの電撃を一発見せてあげただけだというのに。
「でもあの人達、すぐどっか行っちゃったから、超萎えたんだよね。せっかく楽しく遊べそうだったのにさ。おかげさまで……」
少年が指を小さく振ると――六人を取り囲むように、檻の形態を成す青白い雷柱が落ちた。
「こんなふうに力持て余してるんだ。ウズウズしてしょうがないよ」
一瞬、気圧される乱入者達だったが、覚悟を決めたのか臨戦態勢に入る。
何もないはずの虚空から、各々の武器を実体化させて。
「あなたは錯乱しているに違いない。平穏ならぬなら鎮めさせてもらうぞ!」
少年は未だ事情を呑み込めずにいたが、しかし、血が沸き立つのだけは感じていた。
「まあいいや。戦ってくれるっていうんなら俺ちゃんも大歓迎よ。アンタらは逃げ出した奴らと違って、結構やってくれそうだからね!」
蛇の背中から身軽に飛び降りた少年は、遊び相手を見つけた子供のような、嬉々とした表情で対峙する。
本殿の萱葺き屋根が、ざざ、と鳴った。
●幕間
会議室に集められた覚者達は、そこで有り余る冊数の参考文献に囲まれた久方 真由美(nCL2000003)の姿を見た。
「……あっ、すみません。待っていたつもりがお待たせしてしまいました」
調査に没頭していた夢見はこちらに気付くと、特別慌てた様子もなくゆるりと向き直した。
真由美が書物から書き写したメモにはこう記されている。
『元興寺とは是すなはち鬼なり。至大至剛の力を以て天突き動かすこと、まさに雷神のごとし』
また、こうもある。
『人の世に怪異と伝へられる元興寺は本来鬼に非ず。魑魅魍魎を捕らふる英傑なり』
古妖に関する依頼だとは前もって聞かされていたが、どうやらそれは『元興寺』というらしい。メモの内容から察するに、戦闘力に長けた古妖であるようだ。
「古妖狩人の動きは皆さんもご存知かと思います。彼らが刺激してしまったみたいで」
憤怒者自体はあまりの力量差に敵前逃亡したらしい。だが、肩透かしを喰らった元興寺は、久々に訪れた存分に武を奮う機会を逸してフラストレーションが溜まっている状態なのだという。このままにしておくのは、着火寸前の爆弾を放置するようなものだ。
「寺社の騒動に精通した別の覚者組織も対応に向かうことが確認されています。ですが、恐らく彼らだけでは歯が立たないでしょう。それだけ強大な古妖です。ただ」
一度言葉を切る。
「悪意のある相手ではありません。闘争本能を発散させたいだけみたいですから、満足いくまで戦い続ければ、そこで気は済むでしょう」
戦場に介入し、速やかに事態を収束させてきてほしい。
真由美はそう今回の任務について説明した後、古妖に関する情報を述べ始める。
「予知から遡及して色々調べていましたが、元興寺に関する逸話は不思議なものが多いですね。なんでも雷神様の申し子だそうで」
奈良の元興寺に憑いていたことから名を受けたこの古妖は、現在、同じく奈良県内にある夜都岐神社近辺に棲息しているらしい。雷電を自在に操る力を持つことから、神社の主祭である軍神タケミカヅチの姿を投影して祀られているとの話だ。
真由美の解説に寄れば、タケミカヅチもまた奈良を安住の地としたという伝説が残っている。それに擬えられているのだから何かと奈良に縁のある古妖だ。
「元興寺は自身が生む電流と、奉納された剣を武器にしています。剣を捧げる、という信仰の形式は昔から多かったみたいです。タケミカヅチは刀剣の神でもありますからね。それと、ペットの大蛇も行動を共にしています。毒がありますから、こちらにも注意が必要でしょう」
雷、剣、毒。対処すべき脅威は尽きない。
「戦局は厳しくなると予想されますが……皆さんの力を私は信じています」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.古妖『元興寺』の鎮圧
2.及び、古妖『ウワバミ』の鎮圧
3.なし
2.及び、古妖『ウワバミ』の鎮圧
3.なし
難依頼ですので相応の強敵が登場します。腕試しにどうぞ。
●目的
★古妖の鎮静化
※注釈
今回出現した古妖は人間に対する敵意はないものの、非常に強力な個体です。
現時点で倒しきるのは困難を極めますが、古妖はただただ楽しく戦いたいだけなので、満足すれば大人しく身を引きます。
こちらの力量を誇示し、相手が納得するまで戦い抜けば戦闘を終了させることができるでしょう。
そのための条件は、規定ターン数経過までに全滅しないことです。
ただしこのターン数は敵体力に応じて短縮されます。言い換えれば、敵体力を一定値まで減らせば早期決着も可能ということです。
攻撃と防御、どちらを主体にするかで大きく戦略が異なってきますので、よくよくご相談ください。
●現場について
★夜都岐神社
奈良県にある厳かな空気漂う神社です。広い境内全体がフィールドとなります。
人の寄り付かない深夜間での活動になりますが、友軍NPCが照明を用意しているのである程度視界は確保できます。
これといった制約はないので存分に戦闘に集中できます。
●出現古妖について
★元興寺
がごぜ、と読むこの古妖は、雷神の子供が胎児を依り代にして下界に降りた姿と言われています。
外見は十代半ばの人間の少年に酷似しており、早くに仏門に入ったという逸話からか僧兵装束を纏っています。要は弁慶のような格好です。
雷神の申し子らしく、放電能力に加えて凄まじい怪力を誇ります。
好戦的な性格をしており、前述の通り雷を扱えることからタケミカヅチに擬えて祀られています。
エネミーとしての特徴は範囲火力に優れ、剣を用いた物理属性の通常攻撃も強力です。
『いかずち』 (特/遠/敵全)
『らいげき』 (特/遠/貫3/痺れ)
『かみなり』 (特/遠/列/麻痺)
★ウワバミ
元興寺が飼っている大蛇の古妖です。常時元興寺の前に布陣し、前衛として行動します。
体長は5mほど。牙には毒が通っているため注意が必要です。
生まれた頃から一緒なので元興寺とはとても仲が良く、連携して攻撃してくるものと思われます。
『刺牙』 (物/近/単/出血)
『毒牙』 (物/近/単/毒)
●友軍について
★覚者組織『白と黒』
寺社で妖及び古妖の事件を専門に請け負う、現代の陰陽師とも言うべき覚者組織です。
彼らは夢見から得た情報ではなく事後報告で来ているので、憤怒者が原因であることなど今回の件に関する詳細は分かっていません。
夜都岐神社には六名が派遣されており、構成は水行の暦が二人と火行の彩が四人です。
水行の二人は後衛に位置し味方の回復に専念します。火行の四人は前衛で体術を連打します。
基本的に彼らは戦力に窮しているので、こちらの介入は歓迎すると考えられます。協力を仰げば乗ってくるでしょうし、何なら向こうから支援を頼まれるかも知れません。
共闘関係を結べば彼らは皆様の指示に従いますが、そのまま独自行動を続けさせてもいいです。
なお、こちらの所属を明かす必要はありません。その場しのぎでOKです。
解説は以上になります。それではご参加お待ちしております。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2015年12月06日
2015年12月06日
■メイン参加者 8人■

●寝ずの宴
今まさに、元興寺の雷が『白と黒』の一団に向けて落とされんとする刹那のことである。
「おーっす、ガゴゼさん! 遊びにきたぜ!」
活発な呼び声が束の間双方の手を止めた。
神社に張り詰めた一触即発の緊迫感は介入を受けて尚微塵も削がれることなく、ただ先客の視線だけが声の発信源へと集束した。
「鬱憤溜まってるって聞いたぜ。退屈させたりはしないからオレ達も混ぜてくれよ!」
全員の注目を浴びる鹿ノ島・遥(CL2000227)は、あくまで元興寺にのみ興味の眼差しを送り続けた。その瞳は期待と、何より着火寸前の闘争心で爛々と輝いている。
事態が呑み込めず当惑する他組織の人間には九段 笹雪(CL2000517)が声を掛けた。
「貴方達も元興寺さんの様子見に来たの?」
こちらもまた欲求不満の古妖の噂を聞きつけたのだと、あっけらかんとしたまま説き明かす。
先に口を開いたのは『白と黒』からだった。
誰だ、との問いに緒形 逝(CL2000156)は敵ではないと簡潔に告げた。同時にその特異な機械化部位を示すことで、自分達がこの場において戦力足り得る覚者であることを立証する。
「加勢にきた! 仔細は後だ、今は眼前の脅威に集中するぞ!」
檄を飛ばしつつ、隙を晒すことなく弓を構える『百合の追憶』三島 柾(CL2001148)。
「す、すまない。援軍感謝する!」
少なくとも自分達に害なす存在でない様相だけは理解した『白と黒』は、窮地に瀕していることもあり共闘を二つ返事で承諾した。
して、元興寺である。
しばらくは呆気に取られた顔をして首根っこを刀の峰で叩いていたが、その叩く拍子が次第に小気味よさを演出し始めた。明らかに、感情が昂っている。
「今日はお客さんが多いねぇ。数える指が足りないよ」
嬉しい悲鳴、とはこのことを言うのだろう。元興寺はにたにたと喜びを隠し切れない様子だ。望みの玩具を与えられた児童の表情と、そう変わりはなかった。
「こんなにたくさん付き合ってくれるだなんて、俺ちゃんは幸せ者だね」
「貴方の事情と胸中は把握しています――その上で」
対話する『水天』水瀬 冬佳(CL2000762)の艶やかな黒髪が、幻想的に煌く銀色へと移り変わる。
「全霊を込めて憂さ晴らしにご協力したく思います」
脈々と受け継がれてきた剣を儀式めいた所作で構える。
邪気を祓い、怪異を断つ清澄なる刃。今宵古都奈良の社にて、底知れぬ力を宿す古妖相手に抜くことになるとは、何の因果か。
「それじゃ、お言葉に甘えさせてもらおうかな!」
元興寺は愉快そうに刀を天高く突き上げ、夜空に向けて轟雷を放つ。
猛々しく暗闇を切り裂く稲光が、開戦を告げる狼煙となった。
●百代の戦鬼
覚者達はまず散開し、被害の拡大しない均等な配列に並ぶ。
守護使役が灯した火を目印に、まずは全身に過負荷を掛ける澱んだ霧を生じさせる『裏切者』鳴神 零(CL2000669)の位置は、奥に控える元興寺にまで手の届く最前列だ。
だがそれにはウワバミが障壁になる。体の半身を起こし、自らの巨躯を誇示している。
「もう、君の邪魔はいらないの!」
巨大な野太刀を持て余す零。突き技で一転突破を試みることも出来なくはないが、ウワバミは主人の意図を汲んでか決して同射線上には入らない。
「こいつはおっさんに任せときなさいな。苛立ってる『悪食』の捌け口になってもらわんとね」
同じく前衛の逝はあえてウワバミに照準を絞る。二メートル近い逝の長身すらも超えて縦に開かれた顎から覗く毒牙を、強化した金属製の右腕部で受け止め、相手が噛み付いてきた反動を利用して切り返す。刃は体表をびっしりと覆う鱗と衝突し、およそ有機的ではない高音が響いた。
逝が集中攻撃を受けないよう、両手にナックルを嵌めた鳳 結衣(CL2000914)が横から大蛇を小突く。一瞬注意が向いたところに本命の拳打を叩き込む、二連撃。
「ふふ、おっきな蛇さん、こっちも相手してほしいな」
誘うような眼差しにウワバミが喉を鳴らす。思わず結衣は背筋をぞくりとさせたが、恐怖からくる悪寒ではなく恍惚が理由だった。
「こんな大きいの見たことないから、ちょっと興奮しちゃうかも」
剣に蛇。夢分析なら満点である。結衣は締め付けられる感触を想像して、一人悦に耽った。
その間に守衛をすり抜けた零は元興寺へと一気に接近。
「本気でいくんだから、そっちも本気できてよね」
狐の面の奥で畏まった表情を作る。
手加減はいらない。死なない程度、なんて余興は大嫌いだ。
大柄な得物をあらん限りの力で振り回し、持てる全てを元興寺にぶつける――だが、刀を掲げているのは相手もまた同様。刃側面で受け止めると、零の乾坤一擲の突進を跳ね除けた。恐るべきはその怪力である。零も腕力には多少なりとも自負があったが、それを凌駕していた。
「いい太刀筋じゃん。ばっちり殺す気できてたな」
激突を受けて元興寺は手が痺れたらしく、頻りに振って慣らしている。
元興寺は振っていた掌をそのまま前に翳すと――凄まじい号砲と共に並列に雷柱を突き上がらせ、退けた零と、更にその後ろから追撃を掛けてきていた『白と黒』を一挙に感電させた。針の筵に転がされたような鋭い刺激が、体中の至る箇所に走る。
痛い。痛いがしかし、決して苦痛ではない。むしろ研ぎ澄ませ切れない雑念を吹き飛ばしてくれる。
生粋の戦闘狂に没頭させてくれる。
「貴方みたいな強敵に会えたことに感謝するわ。絶対倒れたくないって気になれるもの!」
零は土を払ってすぐさま起き上がると、刀を握る手に一層の力を込め直した。
雷光が境内全域を照らす。離れた場所に至るまで。
「綺麗な雷。なんだか凄くドキドキするね」
その威力を目の当たりにした笹雪がときめく一方、灰色の羽を背負う寺田 護(CL2001171)は難儀そうに頭の後ろを掻いた。
「冗談みたいな制圧力だな。参考にしようがねぇ」
源素で分類するならば天であるのは間違いないが、解明にはまだ遠い。それだけ人智を超えた破壊力を秘めている。
術への十分な耐性を持つのは自分と、同じく後方支援に徹する笹雪のみ。心身の負担を取り除く安らかな空気を護が展開していなければ、一撃で半死半生にまで陥っても不思議ではない。
「で、今度は傷の治癒か。次から次に世話が焼けるぜ」
柄じゃない、と悪態を吐きながらも、『白と黒』の水行覚者二人と共同しながら精力的に態勢の立て直しに奔走する。どうやら攻撃に回る余裕はないらしく、少々歯痒い顔をした。
「んー、麻痺してる人もいるねぇ。よその人達と……鳴神さんもかな」
体術に特化した面々だけに放置は出来ない。戦力を保つべく笹雪は人形の符を撒き、即座に辺りの空気の浄化を始めるが、効果が絶対でないだけに、しばらくは維持に専念しなくてはならない。
「なるべく固まらないようにね! 一番危ないのだけはきっちり避けてこー!」
手の空かない笹雪はせめてもと、陣形がよく見える位置から注意を飛ばした。
「一糸乱れず、とはよく言いますが」
散ることは揃えることよりも難しい。自分だけでなく味方の動きにも気を配り続ける必要がある。
その点を念頭から外すことなく、冬佳は元興寺への射撃継続に精魂を傾けていた。
水塊を間断なく撃ち出し、着実にダメージを重ねていく。守勢に秀でた面子でない以上、短期決着こそが望ましい。中列にいる以上本来得手とする剣技を披露する瞬間は中々訪れないが、その分、利点もある。
他組織の覚者の配置を含めれば、この距離で戦っている人員が一番少ない。ゆえに最も危険な『かみなり』を喰らう可能性は前後に比べて低く、加えて凶悪な牙を有するウワバミの制止も成立しており、攻撃を受ける頻度は最少。ただ――
「ッ!」
元興寺が気紛れに全方位に雷撃を落としてきた際は別だ。対象が分散しているせいか、後遺症を引き起こすほどの激しい電流でないとはいえ、皮膚を焼き切るような痛覚は本物だ。
「おいおい、こんなとこでくたばってもらっちゃ困るぞ。無理はすんなよ」
「ありがとうございます……ですが、この程度で屈したりはしません」
護が治療の符術に添えて掛けた言葉に対し、気丈に返す冬佳。華奢な体つきに反してタフさに優れた冬佳は、そうそう打ち倒されることはない。
とはいえ楽観視は出来ない。支援に努める後衛組が常に健在だという保証はないのだから。
「まだ行っちゃだめだよ、蛇さん」
それを承知しているからこそ、小さな体ひとつで奮闘する結衣は決して突破だけは許さなかった。可能な限り古妖の分断に尽力していたが、あくまで攻撃を主軸にしていただけに、疲弊の色は濃い。一度列を下げ、息が整うのを待つ。
「こんなとこまで噛み付くだなんて、うふふ、蛇さんったらいやらしいんだから」
大腿部を貫いた傷をうっとりとした紫の瞳で眺める結衣。負傷で荒げた呼吸は喘ぎにも似た艶かしさで、未だ戦意は喪失していない様子だ。
「これが雷神の申し子、か。俺の炎とはまるで違うな」
元興寺の雷をその身で体験した柾は、驚愕と納得が入り混じった口ぶりをする。威力、即効性、範囲。想定はしていたが、いずれも驚嘆に値する。
だが不思議と、恐怖は感じなかった。その力の本質に悪辣なものは見当たらない。
「気が済むまで暴れるのも結構――ただ、俺達は物言わぬ案山子なんかじゃないんでな」
矢を番え、照準を合わせる。狙いは大蛇越しに零達と殺陣に興じる古妖。だが引き絞った弦がまさに弛もうとしたその瞬間、不意の声に柾は狙撃を中座する。
「蛇ばっか殴るのはもう飽きた!」
何度目かも知れないウワバミへの殴打を止めた遥は、元興寺に大声で呼び掛ける。
「ガゴゼ! そんな後ろにいないで、直接やりあおうぜ! あんたの実力を肌で感じたいんだよ!」
せっかくの強敵と相見えたというのに、拳を交わす機会が訪れないのはもどかしくて仕方がない。
挑発された元興寺は周囲の覚者を落雷で払い除けつつ、面白いとばかりに進み出る。
「へっ、そうこなくちゃな!」
霊気を流した布をバンテージ代わりに巻きつけ、傷の深い零と交代して歩み寄る遥。
「さあ真打登場だ! 『十天』が一、鹿ノ島遥! 嘘か真かご先祖はタケミカヅチ! 仲良く闘ろうぜ、親戚!」
口上した雷神の名に元興寺が反応し、ふふんと鼻を鳴らす。
「まるで俺ちゃんみたいな奴じゃないの。気に入った! 楽しもうじゃん!」
刀をくるりと回すと、遥へと斬りかかった。顔を狙った剣閃を遥は見切り、咄嗟に両手を伸ばしてガード。襲ってきたのが類稀な豪腕ゆえに防御の上からでも弾き飛ばされるが、布を硬化させたおかげで目立った外傷はない。
遥は起き上がって地を蹴ると、神具を脚に巻き替えてサポーターとし、待ち構える怪童の腹を渾身の力で穿った。
「まだ未熟者だけどさ、オレの武だって捨てたもんじゃないだろ?」
タケミカヅチは雷神かつ、刀剣を司る神。雷と武器の扱いにおいて、元興寺に一日の長があることは認めざるを得ない。
しかし、だとして何だと言うのか。タケミカヅチは第一に戦の神、武力の象徴である。『武』とは心技体の総合。日々の鍛錬で磨き上げた体術と、煮え滾る闘志で引けを取る気は更々ない。
ならばこの四肢こそが剣であり、全身を奮い立たせる気迫こそが迅雷である。
「やるなら今か。俺のお灸、受け取ってもらうぞ」
柾は弓を構え直し、大蛇と元興寺が並ぶ瞬間を見極める。機を得て放たれた矢は幅広の衝撃波を纏い、一直線の軌道を描いて飛ぶ。
ウワバミの皮膚を鏃で剥ぎ取ると同時に、翼のように広がった波動が元興寺に確かなダメージを与えた――右頬の傷がその動かざる証拠だ。
「いてて、さっきからアンタらの技は結構効くなぁ。こいつはちょいと辛いね」
頬を伝う血を指で拭い、それを舐めながら元興寺は言葉とは裏腹に、欣喜雀躍して笑う。
「こんなの久々の感覚だ。俺ちゃんも大興奮だよ!」
元興寺の体から溢れ出る雷電が、更にボルテージを上げる。
●神が鳴く鬨
攻撃の多くが元興寺に集中する傍ら、逝は始終一貫してウワバミと対峙していた。結衣と零が一度は下がったことを考えると、前線に絶えず立ち続けているのは彼だけとなる。
土行の術を駆使する彼が頑丈なのもあるが、元興寺と真っ向から戦うのはそれだけリスクが高い。
ただ負傷とは別に逝は疲れた様子を覗わせる。
「どうかなさいましたか?」
結衣と入れ替わった冬佳が案じると。
「いやさ、こいつも冬佳ちゃんのみたく元が御神刀だからか、ここに着いてずっと殺気立っててね。合わないのかな」
気怠げにする逝は腐れ縁、よりは呪縛に近い存在である自らの刀に視線を落としながら呟く。どうにも清浄な場所では機嫌を良くしてくれない。
「ヘソ曲げるのはいいけど、宿主を巻き込むのは勘弁願いたいよ、まったく!」
活力を奪い続ける暴れ馬を、無理矢理言い聞かせるようにウワバミの横腹に叩きつける。硬質の鱗で覆われた背中側に比べれば遥かに手応えがあるが、しかし、一撃で伸してくれるほど柔ではない。二の太刀を浴びせるべく再度振りかぶるも――
「おおうっ!?」
閃光が瞬き、視界が蒼白色に染まった。落雷の轟音が耳に届いたのは、全身を切れ味鋭い電流が疾走してからの出来事であった。
流石の逝といえど身体には限界がある。護の治癒を満足に受けるために一旦後退。
「今のは……」
残留する刺激に冬佳は顔を顰めながらも、出所を辿る。無論元興寺である。
「チャンバラのほうが好きなんだけどさ、皆で一緒に盛り上がりたいから、まとめて相手するよっと!」
尚も電撃を放ち続ける元興寺は、際立って上機嫌である。思う存分力を奮えること、そして、それに応える人間がいることが楽しくて仕方ないらしい。
だが前に出てきている分、覚者にとっても都合は悪くない。冬佳は刀身を鞘に納めた状態で低姿勢を取ると、敵との間合いを詰め抜刀、神速の剣技を見舞う。
逝と位置を入れ替えた柾もまた至近距離から立て続けに連射。加撃の時期を見計らい、味方と足並みを揃える。光線状に射出された貫通性の高い雷撃にも精神力で耐え抜き――
「少しは満足できたか?」
鏃を向ける。
「もうちょいかな!」
元興寺は雷柱を並列に真正面に降らせた。
ダメージは言うに及ばず、神具を掴む手は痺れ、握力が上手く機能しない。剣撃の影響もある遥は息も絶え絶えに、しかし口惜しそうに苦虫を噛み潰して一歩引く。
「欲に忠実な子だね。でも何だかその気持ち分かるかも」
代わりに割って入る結衣。
「さ、あたしも楽しませてよ」
戦闘に快感を見出しているのは何も元興寺だけではない。決して傷は軽くないが、互いにぶつかり合った末に傷つくことは嫌いじゃない。
「正念場か? お前らも気張っていけよ」
他組織の者と手分けして治癒を進める護に負傷はないが、気力は底を尽きかけている。笹雪は状態治療と気力補充の板挟みに遭い、慌しさに忙殺されていた。
「耐えてるんじゃダメ、やるかやられるかじゃなきゃ……!」
打破するしかない――零は決意する。
違う。最初からそうだった。自分は強者と死線上で踊るために来た。だから決意ではなく、再確認に過ぎない。
幾度となく元興寺と刃を交えた彼女の傷は重く、それでも残る気力の全てを振り絞ると、刀を杖にして立ち上がる。
玉砕でも構わない。最後の一撃に全てを注いで――
「くらえぇぇえ!! これで、終わり、だあああァァァァァァ!! 」
野太刀を力任せに振り下ろす。作法、行儀、形式、何もかもを無視した、肉体と胆力だけの純真無垢な斬撃。
それは元興寺を、間違いなく捉えた。僧衣を引き裂き、零の視界の中で血飛沫が舞っている。
――しかしながらその血は。
元興寺のものだけではない。返し刀を浴びたのか、機械化の及んでいない自らの肩口が切り開かれている。多量の血を失い膝を折る零。元興寺は更に歩を進めている。
悔いはない。生涯最高の一太刀を放てたのだから。零は覚悟する。
だが元興寺は、急に刀を放り投げて背伸びをした。
「んー! いい気分だ!」
そのまま大の字に寝転がる。
「遊び疲れて寝ちゃいそうだよ。俺ちゃん、もう大満足!」
子供のような古妖の仕草を、覚者達は互いに顔を見合わせて苦笑しながら眺めた。
ようやく境内が落ち着きを取り戻すと、両者に『古妖狩人』の件を説明して誤解を解く覚者達。
「貴方の伝手を頼らせていただけないでしょうか。古妖に警戒を促したいのです」
冬佳の申し出に元興寺は懐いてくる大蛇の背を撫でながら。
「いいよ!」
とだけ快活に応えた。
「全部片付いた時は奉納品持って詫び入れに来てやるぜ。おう、それから、あんた達もな」
護は『白と黒』の面々にも後の協力を頼んだ。寺社を専門とするだけあり、古妖保護の側面の強い彼らが頷くのは自然な成り行きだった。
「ちょっとお願いしていいかな?」
去り際に申し出たのは笹雪である。元興寺の前で自身の『召雷』を天に向けて放つと――
「忙しかったから仕方ないけど、本当はあたしも貴方と撃ち合いたかったんだ。大きいのをひとつ、あたしに頂戴」
元興寺はにやりと笑うと、笹雪の頬を掠めるように雷撃を落とした。間近に迫ったその雷に、編んだ髪を少々焦がしながらも、少女はどこか郷愁を覚える。
「うん、やっぱり古妖って凄いね……好きだなぁ」
邪念も悪意もなく、ある種の爽快さがその光にはあった。
今まさに、元興寺の雷が『白と黒』の一団に向けて落とされんとする刹那のことである。
「おーっす、ガゴゼさん! 遊びにきたぜ!」
活発な呼び声が束の間双方の手を止めた。
神社に張り詰めた一触即発の緊迫感は介入を受けて尚微塵も削がれることなく、ただ先客の視線だけが声の発信源へと集束した。
「鬱憤溜まってるって聞いたぜ。退屈させたりはしないからオレ達も混ぜてくれよ!」
全員の注目を浴びる鹿ノ島・遥(CL2000227)は、あくまで元興寺にのみ興味の眼差しを送り続けた。その瞳は期待と、何より着火寸前の闘争心で爛々と輝いている。
事態が呑み込めず当惑する他組織の人間には九段 笹雪(CL2000517)が声を掛けた。
「貴方達も元興寺さんの様子見に来たの?」
こちらもまた欲求不満の古妖の噂を聞きつけたのだと、あっけらかんとしたまま説き明かす。
先に口を開いたのは『白と黒』からだった。
誰だ、との問いに緒形 逝(CL2000156)は敵ではないと簡潔に告げた。同時にその特異な機械化部位を示すことで、自分達がこの場において戦力足り得る覚者であることを立証する。
「加勢にきた! 仔細は後だ、今は眼前の脅威に集中するぞ!」
檄を飛ばしつつ、隙を晒すことなく弓を構える『百合の追憶』三島 柾(CL2001148)。
「す、すまない。援軍感謝する!」
少なくとも自分達に害なす存在でない様相だけは理解した『白と黒』は、窮地に瀕していることもあり共闘を二つ返事で承諾した。
して、元興寺である。
しばらくは呆気に取られた顔をして首根っこを刀の峰で叩いていたが、その叩く拍子が次第に小気味よさを演出し始めた。明らかに、感情が昂っている。
「今日はお客さんが多いねぇ。数える指が足りないよ」
嬉しい悲鳴、とはこのことを言うのだろう。元興寺はにたにたと喜びを隠し切れない様子だ。望みの玩具を与えられた児童の表情と、そう変わりはなかった。
「こんなにたくさん付き合ってくれるだなんて、俺ちゃんは幸せ者だね」
「貴方の事情と胸中は把握しています――その上で」
対話する『水天』水瀬 冬佳(CL2000762)の艶やかな黒髪が、幻想的に煌く銀色へと移り変わる。
「全霊を込めて憂さ晴らしにご協力したく思います」
脈々と受け継がれてきた剣を儀式めいた所作で構える。
邪気を祓い、怪異を断つ清澄なる刃。今宵古都奈良の社にて、底知れぬ力を宿す古妖相手に抜くことになるとは、何の因果か。
「それじゃ、お言葉に甘えさせてもらおうかな!」
元興寺は愉快そうに刀を天高く突き上げ、夜空に向けて轟雷を放つ。
猛々しく暗闇を切り裂く稲光が、開戦を告げる狼煙となった。
●百代の戦鬼
覚者達はまず散開し、被害の拡大しない均等な配列に並ぶ。
守護使役が灯した火を目印に、まずは全身に過負荷を掛ける澱んだ霧を生じさせる『裏切者』鳴神 零(CL2000669)の位置は、奥に控える元興寺にまで手の届く最前列だ。
だがそれにはウワバミが障壁になる。体の半身を起こし、自らの巨躯を誇示している。
「もう、君の邪魔はいらないの!」
巨大な野太刀を持て余す零。突き技で一転突破を試みることも出来なくはないが、ウワバミは主人の意図を汲んでか決して同射線上には入らない。
「こいつはおっさんに任せときなさいな。苛立ってる『悪食』の捌け口になってもらわんとね」
同じく前衛の逝はあえてウワバミに照準を絞る。二メートル近い逝の長身すらも超えて縦に開かれた顎から覗く毒牙を、強化した金属製の右腕部で受け止め、相手が噛み付いてきた反動を利用して切り返す。刃は体表をびっしりと覆う鱗と衝突し、およそ有機的ではない高音が響いた。
逝が集中攻撃を受けないよう、両手にナックルを嵌めた鳳 結衣(CL2000914)が横から大蛇を小突く。一瞬注意が向いたところに本命の拳打を叩き込む、二連撃。
「ふふ、おっきな蛇さん、こっちも相手してほしいな」
誘うような眼差しにウワバミが喉を鳴らす。思わず結衣は背筋をぞくりとさせたが、恐怖からくる悪寒ではなく恍惚が理由だった。
「こんな大きいの見たことないから、ちょっと興奮しちゃうかも」
剣に蛇。夢分析なら満点である。結衣は締め付けられる感触を想像して、一人悦に耽った。
その間に守衛をすり抜けた零は元興寺へと一気に接近。
「本気でいくんだから、そっちも本気できてよね」
狐の面の奥で畏まった表情を作る。
手加減はいらない。死なない程度、なんて余興は大嫌いだ。
大柄な得物をあらん限りの力で振り回し、持てる全てを元興寺にぶつける――だが、刀を掲げているのは相手もまた同様。刃側面で受け止めると、零の乾坤一擲の突進を跳ね除けた。恐るべきはその怪力である。零も腕力には多少なりとも自負があったが、それを凌駕していた。
「いい太刀筋じゃん。ばっちり殺す気できてたな」
激突を受けて元興寺は手が痺れたらしく、頻りに振って慣らしている。
元興寺は振っていた掌をそのまま前に翳すと――凄まじい号砲と共に並列に雷柱を突き上がらせ、退けた零と、更にその後ろから追撃を掛けてきていた『白と黒』を一挙に感電させた。針の筵に転がされたような鋭い刺激が、体中の至る箇所に走る。
痛い。痛いがしかし、決して苦痛ではない。むしろ研ぎ澄ませ切れない雑念を吹き飛ばしてくれる。
生粋の戦闘狂に没頭させてくれる。
「貴方みたいな強敵に会えたことに感謝するわ。絶対倒れたくないって気になれるもの!」
零は土を払ってすぐさま起き上がると、刀を握る手に一層の力を込め直した。
雷光が境内全域を照らす。離れた場所に至るまで。
「綺麗な雷。なんだか凄くドキドキするね」
その威力を目の当たりにした笹雪がときめく一方、灰色の羽を背負う寺田 護(CL2001171)は難儀そうに頭の後ろを掻いた。
「冗談みたいな制圧力だな。参考にしようがねぇ」
源素で分類するならば天であるのは間違いないが、解明にはまだ遠い。それだけ人智を超えた破壊力を秘めている。
術への十分な耐性を持つのは自分と、同じく後方支援に徹する笹雪のみ。心身の負担を取り除く安らかな空気を護が展開していなければ、一撃で半死半生にまで陥っても不思議ではない。
「で、今度は傷の治癒か。次から次に世話が焼けるぜ」
柄じゃない、と悪態を吐きながらも、『白と黒』の水行覚者二人と共同しながら精力的に態勢の立て直しに奔走する。どうやら攻撃に回る余裕はないらしく、少々歯痒い顔をした。
「んー、麻痺してる人もいるねぇ。よその人達と……鳴神さんもかな」
体術に特化した面々だけに放置は出来ない。戦力を保つべく笹雪は人形の符を撒き、即座に辺りの空気の浄化を始めるが、効果が絶対でないだけに、しばらくは維持に専念しなくてはならない。
「なるべく固まらないようにね! 一番危ないのだけはきっちり避けてこー!」
手の空かない笹雪はせめてもと、陣形がよく見える位置から注意を飛ばした。
「一糸乱れず、とはよく言いますが」
散ることは揃えることよりも難しい。自分だけでなく味方の動きにも気を配り続ける必要がある。
その点を念頭から外すことなく、冬佳は元興寺への射撃継続に精魂を傾けていた。
水塊を間断なく撃ち出し、着実にダメージを重ねていく。守勢に秀でた面子でない以上、短期決着こそが望ましい。中列にいる以上本来得手とする剣技を披露する瞬間は中々訪れないが、その分、利点もある。
他組織の覚者の配置を含めれば、この距離で戦っている人員が一番少ない。ゆえに最も危険な『かみなり』を喰らう可能性は前後に比べて低く、加えて凶悪な牙を有するウワバミの制止も成立しており、攻撃を受ける頻度は最少。ただ――
「ッ!」
元興寺が気紛れに全方位に雷撃を落としてきた際は別だ。対象が分散しているせいか、後遺症を引き起こすほどの激しい電流でないとはいえ、皮膚を焼き切るような痛覚は本物だ。
「おいおい、こんなとこでくたばってもらっちゃ困るぞ。無理はすんなよ」
「ありがとうございます……ですが、この程度で屈したりはしません」
護が治療の符術に添えて掛けた言葉に対し、気丈に返す冬佳。華奢な体つきに反してタフさに優れた冬佳は、そうそう打ち倒されることはない。
とはいえ楽観視は出来ない。支援に努める後衛組が常に健在だという保証はないのだから。
「まだ行っちゃだめだよ、蛇さん」
それを承知しているからこそ、小さな体ひとつで奮闘する結衣は決して突破だけは許さなかった。可能な限り古妖の分断に尽力していたが、あくまで攻撃を主軸にしていただけに、疲弊の色は濃い。一度列を下げ、息が整うのを待つ。
「こんなとこまで噛み付くだなんて、うふふ、蛇さんったらいやらしいんだから」
大腿部を貫いた傷をうっとりとした紫の瞳で眺める結衣。負傷で荒げた呼吸は喘ぎにも似た艶かしさで、未だ戦意は喪失していない様子だ。
「これが雷神の申し子、か。俺の炎とはまるで違うな」
元興寺の雷をその身で体験した柾は、驚愕と納得が入り混じった口ぶりをする。威力、即効性、範囲。想定はしていたが、いずれも驚嘆に値する。
だが不思議と、恐怖は感じなかった。その力の本質に悪辣なものは見当たらない。
「気が済むまで暴れるのも結構――ただ、俺達は物言わぬ案山子なんかじゃないんでな」
矢を番え、照準を合わせる。狙いは大蛇越しに零達と殺陣に興じる古妖。だが引き絞った弦がまさに弛もうとしたその瞬間、不意の声に柾は狙撃を中座する。
「蛇ばっか殴るのはもう飽きた!」
何度目かも知れないウワバミへの殴打を止めた遥は、元興寺に大声で呼び掛ける。
「ガゴゼ! そんな後ろにいないで、直接やりあおうぜ! あんたの実力を肌で感じたいんだよ!」
せっかくの強敵と相見えたというのに、拳を交わす機会が訪れないのはもどかしくて仕方がない。
挑発された元興寺は周囲の覚者を落雷で払い除けつつ、面白いとばかりに進み出る。
「へっ、そうこなくちゃな!」
霊気を流した布をバンテージ代わりに巻きつけ、傷の深い零と交代して歩み寄る遥。
「さあ真打登場だ! 『十天』が一、鹿ノ島遥! 嘘か真かご先祖はタケミカヅチ! 仲良く闘ろうぜ、親戚!」
口上した雷神の名に元興寺が反応し、ふふんと鼻を鳴らす。
「まるで俺ちゃんみたいな奴じゃないの。気に入った! 楽しもうじゃん!」
刀をくるりと回すと、遥へと斬りかかった。顔を狙った剣閃を遥は見切り、咄嗟に両手を伸ばしてガード。襲ってきたのが類稀な豪腕ゆえに防御の上からでも弾き飛ばされるが、布を硬化させたおかげで目立った外傷はない。
遥は起き上がって地を蹴ると、神具を脚に巻き替えてサポーターとし、待ち構える怪童の腹を渾身の力で穿った。
「まだ未熟者だけどさ、オレの武だって捨てたもんじゃないだろ?」
タケミカヅチは雷神かつ、刀剣を司る神。雷と武器の扱いにおいて、元興寺に一日の長があることは認めざるを得ない。
しかし、だとして何だと言うのか。タケミカヅチは第一に戦の神、武力の象徴である。『武』とは心技体の総合。日々の鍛錬で磨き上げた体術と、煮え滾る闘志で引けを取る気は更々ない。
ならばこの四肢こそが剣であり、全身を奮い立たせる気迫こそが迅雷である。
「やるなら今か。俺のお灸、受け取ってもらうぞ」
柾は弓を構え直し、大蛇と元興寺が並ぶ瞬間を見極める。機を得て放たれた矢は幅広の衝撃波を纏い、一直線の軌道を描いて飛ぶ。
ウワバミの皮膚を鏃で剥ぎ取ると同時に、翼のように広がった波動が元興寺に確かなダメージを与えた――右頬の傷がその動かざる証拠だ。
「いてて、さっきからアンタらの技は結構効くなぁ。こいつはちょいと辛いね」
頬を伝う血を指で拭い、それを舐めながら元興寺は言葉とは裏腹に、欣喜雀躍して笑う。
「こんなの久々の感覚だ。俺ちゃんも大興奮だよ!」
元興寺の体から溢れ出る雷電が、更にボルテージを上げる。
●神が鳴く鬨
攻撃の多くが元興寺に集中する傍ら、逝は始終一貫してウワバミと対峙していた。結衣と零が一度は下がったことを考えると、前線に絶えず立ち続けているのは彼だけとなる。
土行の術を駆使する彼が頑丈なのもあるが、元興寺と真っ向から戦うのはそれだけリスクが高い。
ただ負傷とは別に逝は疲れた様子を覗わせる。
「どうかなさいましたか?」
結衣と入れ替わった冬佳が案じると。
「いやさ、こいつも冬佳ちゃんのみたく元が御神刀だからか、ここに着いてずっと殺気立っててね。合わないのかな」
気怠げにする逝は腐れ縁、よりは呪縛に近い存在である自らの刀に視線を落としながら呟く。どうにも清浄な場所では機嫌を良くしてくれない。
「ヘソ曲げるのはいいけど、宿主を巻き込むのは勘弁願いたいよ、まったく!」
活力を奪い続ける暴れ馬を、無理矢理言い聞かせるようにウワバミの横腹に叩きつける。硬質の鱗で覆われた背中側に比べれば遥かに手応えがあるが、しかし、一撃で伸してくれるほど柔ではない。二の太刀を浴びせるべく再度振りかぶるも――
「おおうっ!?」
閃光が瞬き、視界が蒼白色に染まった。落雷の轟音が耳に届いたのは、全身を切れ味鋭い電流が疾走してからの出来事であった。
流石の逝といえど身体には限界がある。護の治癒を満足に受けるために一旦後退。
「今のは……」
残留する刺激に冬佳は顔を顰めながらも、出所を辿る。無論元興寺である。
「チャンバラのほうが好きなんだけどさ、皆で一緒に盛り上がりたいから、まとめて相手するよっと!」
尚も電撃を放ち続ける元興寺は、際立って上機嫌である。思う存分力を奮えること、そして、それに応える人間がいることが楽しくて仕方ないらしい。
だが前に出てきている分、覚者にとっても都合は悪くない。冬佳は刀身を鞘に納めた状態で低姿勢を取ると、敵との間合いを詰め抜刀、神速の剣技を見舞う。
逝と位置を入れ替えた柾もまた至近距離から立て続けに連射。加撃の時期を見計らい、味方と足並みを揃える。光線状に射出された貫通性の高い雷撃にも精神力で耐え抜き――
「少しは満足できたか?」
鏃を向ける。
「もうちょいかな!」
元興寺は雷柱を並列に真正面に降らせた。
ダメージは言うに及ばず、神具を掴む手は痺れ、握力が上手く機能しない。剣撃の影響もある遥は息も絶え絶えに、しかし口惜しそうに苦虫を噛み潰して一歩引く。
「欲に忠実な子だね。でも何だかその気持ち分かるかも」
代わりに割って入る結衣。
「さ、あたしも楽しませてよ」
戦闘に快感を見出しているのは何も元興寺だけではない。決して傷は軽くないが、互いにぶつかり合った末に傷つくことは嫌いじゃない。
「正念場か? お前らも気張っていけよ」
他組織の者と手分けして治癒を進める護に負傷はないが、気力は底を尽きかけている。笹雪は状態治療と気力補充の板挟みに遭い、慌しさに忙殺されていた。
「耐えてるんじゃダメ、やるかやられるかじゃなきゃ……!」
打破するしかない――零は決意する。
違う。最初からそうだった。自分は強者と死線上で踊るために来た。だから決意ではなく、再確認に過ぎない。
幾度となく元興寺と刃を交えた彼女の傷は重く、それでも残る気力の全てを振り絞ると、刀を杖にして立ち上がる。
玉砕でも構わない。最後の一撃に全てを注いで――
「くらえぇぇえ!! これで、終わり、だあああァァァァァァ!! 」
野太刀を力任せに振り下ろす。作法、行儀、形式、何もかもを無視した、肉体と胆力だけの純真無垢な斬撃。
それは元興寺を、間違いなく捉えた。僧衣を引き裂き、零の視界の中で血飛沫が舞っている。
――しかしながらその血は。
元興寺のものだけではない。返し刀を浴びたのか、機械化の及んでいない自らの肩口が切り開かれている。多量の血を失い膝を折る零。元興寺は更に歩を進めている。
悔いはない。生涯最高の一太刀を放てたのだから。零は覚悟する。
だが元興寺は、急に刀を放り投げて背伸びをした。
「んー! いい気分だ!」
そのまま大の字に寝転がる。
「遊び疲れて寝ちゃいそうだよ。俺ちゃん、もう大満足!」
子供のような古妖の仕草を、覚者達は互いに顔を見合わせて苦笑しながら眺めた。
ようやく境内が落ち着きを取り戻すと、両者に『古妖狩人』の件を説明して誤解を解く覚者達。
「貴方の伝手を頼らせていただけないでしょうか。古妖に警戒を促したいのです」
冬佳の申し出に元興寺は懐いてくる大蛇の背を撫でながら。
「いいよ!」
とだけ快活に応えた。
「全部片付いた時は奉納品持って詫び入れに来てやるぜ。おう、それから、あんた達もな」
護は『白と黒』の面々にも後の協力を頼んだ。寺社を専門とするだけあり、古妖保護の側面の強い彼らが頷くのは自然な成り行きだった。
「ちょっとお願いしていいかな?」
去り際に申し出たのは笹雪である。元興寺の前で自身の『召雷』を天に向けて放つと――
「忙しかったから仕方ないけど、本当はあたしも貴方と撃ち合いたかったんだ。大きいのをひとつ、あたしに頂戴」
元興寺はにやりと笑うと、笹雪の頬を掠めるように雷撃を落とした。間近に迫ったその雷に、編んだ髪を少々焦がしながらも、少女はどこか郷愁を覚える。
「うん、やっぱり古妖って凄いね……好きだなぁ」
邪念も悪意もなく、ある種の爽快さがその光にはあった。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし

■あとがき■
MVPは最も削った零さんに。
