隷属、反転、純粋、虚勢、殺意、楽園―――。
●
雨粒が地上を叩く音が、少し煩わしい。
陽が落ちて闇に包まれた街は、画一的な波長を灯して懸命に存在をアピールする。
遠くに見えるそんな煌びやかな光景に、ノイズが走る。
ただ、寒かった。
座り込んでその光景を幾許と眺めていた男は、ゆっくりと立ち上がった。
傘も差さずに濡れた髪がぺたりと頬に張りついているのを気にも留めず、彼は歩き出す。
「―――あは。あっち、暖かそう」
目指すは、“楽園”。
ゆらりと歩き出す彼の存在感は極めて希薄。
夜光虫の様に光に吸い込まれていく彼は。
そのまま闇の中へと消えていった。
……溢れ出る殺意だけは、残さないままに。
●
ザアザアと雨足は強くなる一方だった。
相も変わらず傘も差さない彼は、けれどこんな夜であった方が都合が良かったのかもしれない。
同心円の中心を彼に取って、外円へ放射状に塗りたくられた、赫。
流れ出ては雨に中和されていく。御蔭で彼の靴底は、思ったよりも汚れていなかった。
てくてくと歩いて、妙に“輝いて目についた”、綺麗なホテルへと足を踏み入れる。
がらんとしたエントランス。白い絨毯を点々と汚しながら歩いていると、チン、とエレベーターの扉が開く音がする。中からは制服を着た中年の男性が現れ、急ぐように走り出す。
その男性は彼を見つけると、短く悲鳴を上げた。
血濡れの少年の姿は、異様に映ったに違いない。
……彼は、そんな中年男性をさっさと解体し終えると、エレベーターに乗り込もうと歩き出す……が。
「貴様、よくも……!」
彼を、突然幾人の覚者が取り囲んだ。
十名は、居る。皆、武装した者達であり、その眼はいずれも、憎悪に満ちた色で彼を見つめていた。
「一体……、何人殺しやがった!」
覚者の一人が銃口を彼に向けたまま、叫ぶように言った。
“彼”は、ほんの少しだけ首を傾げた。
「いっぱい、転がってる……たぶん、いっぱい」
きちんと指折り数えようと思ったけれど、すぐに彼は諦めた。だって、外においてきた数なんて覚えられない。代わりに、両腕を大きく広げて、その量を指し示す。
“いっぱい”。
何の感情も込められずに発せられた無邪気で定性的な分析に、覚者の一人が溜まらずに吠える。
「下衆がァ!」
「止めろ、まだ動くな……っ!」
円列で取り囲むうちの一人が、そのまま彼へと殴りかかる。仲間の制止の言葉など彼には通じない。目の前の“殺人鬼”を。
―――『こんな存在』を、『この世界』に、生かしておくことが、ただ許せない―――!
「―――あは」
熟練の覚者なのだろう。
踏込は早く。
打点は彼の死角で。
攻撃としては完璧だった。……完璧だったのに、次の瞬間にはもう人間の形を成していなかった。
「……馬鹿な」
その呟きは、その場の覚者全員の心中を代弁していた。
“彼”は数百の肉塊に分解され、要素に還元されたソレには何の関心も示さず、朱に染まったバターナイフをシャツの裾で拭った。けれど裾は既に赤黒く酷く汚れていたので、拭き取っても然程綺麗には成らなかった。そして既に“彼”は、そんな『当然の事実』も認識出来ていなかった。
「ね、おじさん」
彼の声に、びく、と覚者の肩が揺れた。舌足らずな言葉尻が、いっそ悍ましかった。
「此処、“楽園”……?」
「―――イカれてやがる」
覚者は気づいた。既に、彼とは真面な会話が成立何てしていない……!
次の瞬間、覚者達は一斉に彼へと攻撃を加える。
タイミングを見計らった、というよりは。
ただただ恐怖に糸を引き千切られたかのように。
―――それが、“深度不明”の破綻者を前に取れる、唯一の行動だった。
鳴り響くサイレンの音。
神々しく輝く街の中心地で、今宵―――饗宴は開かれようとしていた。
雨粒が地上を叩く音が、少し煩わしい。
陽が落ちて闇に包まれた街は、画一的な波長を灯して懸命に存在をアピールする。
遠くに見えるそんな煌びやかな光景に、ノイズが走る。
ただ、寒かった。
座り込んでその光景を幾許と眺めていた男は、ゆっくりと立ち上がった。
傘も差さずに濡れた髪がぺたりと頬に張りついているのを気にも留めず、彼は歩き出す。
「―――あは。あっち、暖かそう」
目指すは、“楽園”。
ゆらりと歩き出す彼の存在感は極めて希薄。
夜光虫の様に光に吸い込まれていく彼は。
そのまま闇の中へと消えていった。
……溢れ出る殺意だけは、残さないままに。
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ザアザアと雨足は強くなる一方だった。
相も変わらず傘も差さない彼は、けれどこんな夜であった方が都合が良かったのかもしれない。
同心円の中心を彼に取って、外円へ放射状に塗りたくられた、赫。
流れ出ては雨に中和されていく。御蔭で彼の靴底は、思ったよりも汚れていなかった。
てくてくと歩いて、妙に“輝いて目についた”、綺麗なホテルへと足を踏み入れる。
がらんとしたエントランス。白い絨毯を点々と汚しながら歩いていると、チン、とエレベーターの扉が開く音がする。中からは制服を着た中年の男性が現れ、急ぐように走り出す。
その男性は彼を見つけると、短く悲鳴を上げた。
血濡れの少年の姿は、異様に映ったに違いない。
……彼は、そんな中年男性をさっさと解体し終えると、エレベーターに乗り込もうと歩き出す……が。
「貴様、よくも……!」
彼を、突然幾人の覚者が取り囲んだ。
十名は、居る。皆、武装した者達であり、その眼はいずれも、憎悪に満ちた色で彼を見つめていた。
「一体……、何人殺しやがった!」
覚者の一人が銃口を彼に向けたまま、叫ぶように言った。
“彼”は、ほんの少しだけ首を傾げた。
「いっぱい、転がってる……たぶん、いっぱい」
きちんと指折り数えようと思ったけれど、すぐに彼は諦めた。だって、外においてきた数なんて覚えられない。代わりに、両腕を大きく広げて、その量を指し示す。
“いっぱい”。
何の感情も込められずに発せられた無邪気で定性的な分析に、覚者の一人が溜まらずに吠える。
「下衆がァ!」
「止めろ、まだ動くな……っ!」
円列で取り囲むうちの一人が、そのまま彼へと殴りかかる。仲間の制止の言葉など彼には通じない。目の前の“殺人鬼”を。
―――『こんな存在』を、『この世界』に、生かしておくことが、ただ許せない―――!
「―――あは」
熟練の覚者なのだろう。
踏込は早く。
打点は彼の死角で。
攻撃としては完璧だった。……完璧だったのに、次の瞬間にはもう人間の形を成していなかった。
「……馬鹿な」
その呟きは、その場の覚者全員の心中を代弁していた。
“彼”は数百の肉塊に分解され、要素に還元されたソレには何の関心も示さず、朱に染まったバターナイフをシャツの裾で拭った。けれど裾は既に赤黒く酷く汚れていたので、拭き取っても然程綺麗には成らなかった。そして既に“彼”は、そんな『当然の事実』も認識出来ていなかった。
「ね、おじさん」
彼の声に、びく、と覚者の肩が揺れた。舌足らずな言葉尻が、いっそ悍ましかった。
「此処、“楽園”……?」
「―――イカれてやがる」
覚者は気づいた。既に、彼とは真面な会話が成立何てしていない……!
次の瞬間、覚者達は一斉に彼へと攻撃を加える。
タイミングを見計らった、というよりは。
ただただ恐怖に糸を引き千切られたかのように。
―――それが、“深度不明”の破綻者を前に取れる、唯一の行動だった。
鳴り響くサイレンの音。
神々しく輝く街の中心地で、今宵―――饗宴は開かれようとしていた。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.一定数の生存者の救出。
2.水留・澪を日の出時刻までホテル内に抑える。
3.全滅しない。
2.水留・澪を日の出時刻までホテル内に抑える。
3.全滅しない。
<作戦現場状況>
■時刻は午前四時。比較的格式の高いホテル(30階建)。客室数は凡そ七百。
■強力な破綻者が侵入し、ホテル内で無差別殺人を行っています。
→彼には幾つかの『習性』がありますが、その一つとして、
『日の出と共に無差別殺害を止めて街を離れる』ことが分かっています。
■地元警察、AAA応援部隊などが現場の事態収拾に当たっていますが、
被害は拡大を続けています。
→PCには『被害拡大を食い止める事』が求められています。
■また、PCはホテル内に残る『一般市民の救出』が求められています。
→一部の宿泊客は既に退避していますが、大部分の宿泊客はホテル内に残っています。
かなりの人数が、既に殺害されています。
■ホテルの各階にはエレベーターが三基ずつあり、現在も稼働しています。
各階の両端には、非常階段が設置されています。各階には凡そ二十室の客室があります。
■一階の端、従業員専用エリアには、ホテル全体の電気系統を管理する部屋があります。
その他、一般的なホテルに存在する設備が備わっています。
<味方状況>
■地元警察
・市民の誘導退避等を行っています。
・戦力的には一般市民と変わりません。
※敵が異常な力を有する事を理解しており、
積極的に彼に仕掛けることは自重します。
・警察と協力を取り付ける事は状況・交渉次第で可能。
■AAA
・AAAから応援人員が派遣されています。
・十名の覚者が参戦しますが、基本的にPCからの指示が無ければ判定に関与しません。
・急ごしらえの部隊の為、PCと比較して錬度は低めです。
同列の戦力としては期待できませんが、多少の時間稼ぎ位には使えます。
※PCから指示が在れば、無条件で協力。水行五名、火行二名、木行二名、天行一名。
■FiVEの初期人員
・OPで登場していた覚者達。
十名派遣されていましたが、現状では三名しか戦闘継続する体力を残していません。
・残存勢力については、火行二名、水行一名。PCに協力します。
※錬度高めの人員ですが、激しく消耗しており、PC以上の力は出せません。
■NPC
・駁儀 明日香が帯同します。指示が在ればその通り動きます。
<敵状況>
■『水留・澪』(つづみ・れい)
・外見は十代前半の美少年。破綻者。破綻深度不明。
墨染め色の髪が肩まで伸びています。
・捻子が外れたのが先か、破綻して捻子が外れたか。
無邪気な言動、無邪気な思考で、一切の躊躇なく人を殺す事します。
また、自我を殆ど消失しており、今の彼と破綻前の彼とでは全くの別人になっています。
従って、今の彼は殆ど力に支配されている状況です。
其の為、口調は何処か覚束無く、会話が成立しているのかどうかも良く分かりません。
・『光り輝くもの』に惹かれる習性を持っている様です。理由は分かりません。
・陽が昇っている間(含:雨模様)は危害を加える事も無く、
人気の無い場所に逃げ込み悪事を働きません。理由は分かりません。
★戦闘について
・錆びたバターナイフを武器としています。
・流血、失血のBSを付与する攻撃を多用します。注意して下さい。
・近接斬撃が主ですが、特殊属性の遠距離攻撃を用いることもあります。
・正面からまともに戦闘を挑んだ場合極めて危険です。
会敵タイミングや一旦引くタイミング、前衛中衛後衛の配置や回復に留意して下さい。
・基本的に、現在のFiVE人員で撃破できるステータスの敵ではありません。
上記『習性』の為、朝まで持ち堪える事が出来ればPCの勝利となります。
●備考。
・この日の日の出は、凡そ六時です。
皆様のご参加心よりお待ちしております。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
150LP[+予約50LP]
150LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2015年11月08日
2015年11月08日
■メイン参加者 8人■

●
噎せ返る様な血の匂いに、思わず眉を顰めた。その色彩には慣れている。だがその濃度が段違い過ぎた。
「これは、思っていた以上に酷い状況ですね……」
納屋 タヱ子(CL2000019)が辺りを見渡しながら呟いた声に、誰と云わず覚者達は頷いた。
赤、赤、赤――――。
ゲシュタルトは何時だって崩壊している。それにしても。
「責任能力をあるとする為にも、ある程度の『正気』はあって欲しい所だったけれど。
どうもそんな希望的観測を述べている暇も無さそうね」
『アイティオトミア』氷門・有為(CL2000042)はその『少年』と会敵する前に、早速と考えを改めねばならぬ必然性を感じていた。
だが、それは。別の視点で俯瞰すれば、その『少年』は如何しようも無く排除すべき存在だとも解釈出来る。
「どういう行動原理で何を求めてるのか、少し気になる所だけれど……。
これだけの被害を出してるって言うだけで十分ね」
ならば、こいつは敵。ゆえに、殺すべき敵。
自分から全てを奪っていった屑と同じ。
(だから―――殺すわ)
花の様に可憐な容姿に擬態した、明確な殺意。春野 桜(CL2000257)の思考は、既に『少年』を殺害対象と見ていた。
(また破綻者か。珍しくもないが、こいつの習性には……、なるほど、興味はあるな。
経歴を調べてみたい所だ)
一方、別段顔色を変えずに周囲を窺う『鴟梟』谷崎・結唯(CL2000305)。そんな彼女の眼にも聊か興味の色が映る程度には、やはりこの状況は特異であったのだろう。
「FiVEの応援か?」
覚者達の姿に、声が掛かる。『水天』水瀬 冬佳(CL2000762)がそちらへと視線を向けると、其処に立っていたのは、武装した十名の覚者。
「ということは、そちらはAAAの方々という事でしょうか」
「ああ。しかし、これはまた……」
冬佳の問いに頷いたリーダー格の一名が、まじまじと辺りを見つめた。FiVEの面々と似たような感想を抱いているのだろう。
「俺はすぐに電気系統を操作しに向かうが、取り敢えず誰か一名の手が借りたい」
『金狼』ゲイル・レオンハート(CL2000415)がそう言うと、AAAの一人が名乗り出た。「深江だ。宜しく」とその男が手を出すと、ゲイルも頷いて握手をした。
「んじゃ、レオンハートの旦那らにそこらは任せて、俺らは“鬼ごっこ”とでも洒落込みますかね」
まだ半分程残っている煙草をもみ消した『ゴシップ記者』風祭・誘輔(CL2001092)の皮肉げな声は、しかし、幾らか実際的である。
なれば。今宵、現時点を以て始まるのは―――、最悪の“鬼ごっこ”。
(犠牲を出す事を前提に如何に効率よくソレを減らすか。突き詰めれば、状況はそういう事じゃ。
じゃが。切り捨てられた者は何処へ行く。その想いは。何処へ行く。
その“餓鬼”も、何ぞ切り捨てられた者なのか、如何なのか)
らしくない。らしくないが、それでも今ここに在るのは紛れも無く自分。
ならば。『運命殺し』深緋・恋呪郎(CL2000237)はそれを受け止めるしかなかった。
「甘く。……いや。弱くなった。儂は―――」
●
<レオンハートだ。状況を報告する。水留は、二十階からエレベーターに乗って上階へと向かったばかりだ。
奴を閉じ込める為、他に使用者が居なければ、これからエレベーターの電力系統を落とす>
“箱”の中に閉じ込める事で水留の動きを大きく抑える事が出来るのは明白であった。
「では、この辺りでAAAの皆様も分かれて行動しましょう。その方が、効率も良いでしょうし」
タヱ子の言葉にAAAの覚者が頷くと、すぐにチームを分けた。
「んー、因みに僕はどう動こうか?」
「ヌシは儂らに同行じゃの」
駁儀 明日香(nCL2000069)は、頷いて恋呪郎らの方へと歩く。
<追加連絡だ。FiVEの先行組は二十階で待機中の様だ。合流するのなら其方まで向かってくれ>
移動には非常階段を使用する為、水留担当の覚者達が三階東棟の端まで進むと、非常扉から外へと出た。
「……」
十一月に入って間もない深夜。その寒さが流石に結唯の身にも染みたが……、久々に結唯が吸いこんだ新鮮な空気は驚くほど、美味しかった。
●
操作室ではゲイルが監視カメラが捉え、多数のモニターに映し出された各階の状況を確認しながら、ホテル全体の照明を落とすタイミングを見計らっていた。
そして、その横では、AAAの深江がゲイルの得た情報を元に戦闘に巻き込まれないと予想される範囲を計算し、避難誘導の必要な場を警察へ伝えていた。この役割分担は、効果的に宿泊客を退避させるためには非常に有効であったと云える。
「しかし、エレベーター内に閉じ込めれば一先ず安心だな。これで奴も好き勝手出来ないだろう」
同室で待機していた警官のその言葉に、しかし、ゲイルと深江の両者の顔色は決して明るくは無かった。
(水留というこの破綻者。これまでに報告されている破綻者とは、何かが違う気がする。
思い過ごしであれば良いが……)
●
二十階の非常扉を開け、桜は周囲を窺う。
「まだ水留は動いていないのかしら」
桜が天井の方に向かって少し大きめの声で問いかけると、
<少なくとも此方からは奴の動きは確認できていない。先行組はすぐにそちらへ合流するだろう>
桜の声を拾ったゲイルがそう告げる。直後、足音が廊下に響いた。
「増援か……!」
初期人員中、何とか此処まで生き残った三名の覚者の姿を見た冬佳は、眉を顰めた。
全身ずぶ濡れ。それが何色なのかは、自明だろう。
「俺はFiVEの明泉寺。しかし、こんな現場までよく来てくれた」
「此処までお疲れ様でした。
連絡でご存知と思いますが、破綻者は今、エレベーター内に閉じ込められている状況です」
明泉寺と名乗った男が冬佳の言葉に頷いた。
「だが『アレ』は極めて異常。俺達の常識が通用する相手じゃねぇ」
厳しい表情で呟いた明泉寺の言葉に冬佳が反応する。
「その辺りは、詳しく伺いたい所です。知っている範囲でお教え願いたいですね」
「……御嬢さん、あれは最早化け物の域に違いない。
だが、奴の穴があるとすれば、余りに思考が幼稚だ、という点だろう」
「幼稚……ですか」
「物事の認識が極めて曖昧だ。だから、奴が本気で力を振るうという事は、殆ど無い。
そして、お嬢さんらに出来るアドバイスはたった一つだ」
“奴には触れるな”。そういった明泉寺の言葉は、目に見えぬ重量感を伴って冬佳の肩にのし掛かった。
「そういう訳にはいかねぇな」
一瞬場を支配した沈黙を切り裂く声。明泉寺が、険しい表情を崩さないままに誘輔を見遣った。
「俺らは此処へ来た。このまま水留が大人しく拘束されてんのなら、それでいいが、そうでない場合。奴を誰かが抑えなけりゃ、目的は果たせねえ」
「……確かに、その通りだ」
「それに、アンタらの犠牲は無駄じゃねえ、ってこった」
別段仲間意識はねーが、辺り一面肉片と血の海の惨状は胸糞悪ィ。そう続けた誘輔の返答に、覚者の男が暫くして頷く。
「……分かった。俺達も、まだ動ける。力を貸そう」
明泉寺が言った、その時。
―――ガコン。
酷く奇妙な音が、廊下全体に響き渡った。
「今の音は、何だ」
珍しく結唯が口を開いた。訊ねたのは周囲の仲間にでは無く、その声を捉えているであろうゲイルに。
<異常音はこちらでも確認した。だが、モニターでの異常は見られない。
……警戒してくれ。『厭な予感』がする>
―――ガコン。
再度、大きな音。近づいている様に感じたのは、桜の気の所為か。だが今度は、廊下のつりさげ式の照明が揺れているのを、彼女は見逃さなかった。
……厭な予感がするといったゲイルの言葉は、既にこの場の全員が実感していた。
瞬間的に、肌が焦げ付く様な緊張感。何か、良くないものが―――近づいている。
次の瞬間、暗転。
「何故、照明が消えた」
突然暗闇に包まれた周囲。
やはり結唯が落ち着きながらそう問うと、若干の困惑を孕んだゲイルの声がすぐに返ってくる。
<まだ此方は照明の電力系統は触っていない。それに、照明が落ちているのは『そこだけ』だ……!>
「……構えて」
桜がその深い闇を見つめながら言った。
―――ガコン。
漸く有為にはその音が“何か”を切断し、“何か”が滑落している音なのだと理解出来た。
「どれ―――ご対面かの」
恋呪郎は光を放つことが出来る。前衛の彼女を中心に回復する視界。長い廊下の全体を照らすには程遠いが、少し先程度であれば、これで暗視持ち以外を含めて全員が視認する事が出来る。
その光が。暴き出したものは。
「―――あは、明るい……」
深紅の衣服に身を包んだ、美しい少年―――水留澪。
壊れた様な微笑みは、純真無垢に。ああ―――、その虚ろな虹彩は何を映す?
「―――速い!」
十メートルは先に居た。ならば。
何故既に、“恋呪郎の目と鼻の先”に立っているというのか―――!
「――――!」
水留は右腕を上げる。バターナイフを握っている腕。声ならぬ雄叫びと共に水留へと飛び掛かった明泉寺が、彼を弾いた。
誘輔の言っていた策を早速と使う機会。視界の狭い中、防火扉の作動スイッチを結唯が押すと、警告ブザーが鳴り響く中、厚い扉が降りてきて水留の背後を遮断した。
これで、二十階の殆どの客室は、少なくとも一旦は水留の脅威を免れる。そして、逆に覚者達は、水留の脅威を一身に受ける事になる。
「上へ! 彼を誘導します!」
タヱ子が声を上げると、暗闇の中発光する恋呪郎が元来た道、即ち東側の非常出口から、外の非常階段の方へと駆ける。
「ああ……灯りが……」
「明泉寺君たちも、急いで」
有為が急かすと、水留が呆けている隙を突いて三名の先行組がタヱ子と共に殿を務めながらゆっくりと東棟の端へと後退する。
「灯りが……」
繰り返し呟いて、水留が立ち上がる。
―――上へ行かなくちゃ。
●
それを鬼ごっこと評したのは言い得て妙だけれど、覚者達にとって不測だったのは、もっぱら“鬼”は水留であるという点だった。
<そのまま二十五階まで逃げ切ってくれ。その階には大広間がある。障害物には事欠かないだろう>
「照明操作の準備はオッケーか?」
<何時でも行ける>
「素晴らしいね」
―――と、誘輔はゲイルへ返したが、決して状況は芳しくなかった。水留の速度が想定以上に速い。
「くっ……!」
肌寒い夜空にカンカンカンと連続して響く。下から迫りくる水留を止めるべく、桜は奴を食い殺す種子を放った。それは、現状し得る唯一の遠距離術式であった。水留はそれを一閃の内に躱しきると、むしろ、だん、と加速した。
既に、パーティの全員が持ちうる自己・他者強化をフルに活かしている。だが、水留の得も言われぬ重圧感が、そんな今できる最大の対処を蝋燭の火の様に心細く感じさせた。
階段の折り返し。その空間の遊びを利用して、「代わるぜ」と誘輔が桜と立ち位置を変える。通り過ぎるように桜が誘輔を抜かすと、最後尾は彼になった。
(破綻者の殺人鬼か。思っていた以上に厄介だな。だが俺も記者の端くれ。
この手の事件にゃ血が騒ぐ。―――馬鹿げた事しでかした動機を知りてェ)
二十四階の表示が見えた。少し段を上った誘輔は、自分達と同じように折り返してきた水留を確認すると機関銃を掃射する。
「……上へ行かなくちゃ」
肩口で揺らす黒髪が艶めかしく、譫言の様に呟くその言葉が、彼の存在を不確かにする。
「―――はん、なるほど確かに、こいつはバケモン染みてらぁ!」
勢いよく吹き出した薬莢の結果として多数の弾丸が水留を捉えた。彼は避けない。確かに直撃した。だがそれが“弾かれている”ことを、誘輔はすぐさま理解した。
思わず可笑しくなり、彼の口角が上がる。敵としては最悪だが……、“ネタ”としては極上に違いない。
●
そこから先は、鬼ごっこというよりは“狩り”に近かった。
「ふふ、大ピンチって奴だね」
薄く笑いながら駁儀が呟いた。迫りくる水留が一度腕を振るえば、それだけで空間が引き裂かれる。壁が崩れ、照明が落ち、堅牢に防御を重ねる覚者達の体躯を削いだ。
二十五階も、殆ど照明が消えており、全体的に暗い。しかし今度は、水留を屋上にまで連れ出す為の誘導だ。
<防火扉を全て作動させる。注意してくれ>
ゲイルがそう言った直後、最後尾の恋呪郎と水留との間に在った幾許の射程の中央を、防火扉が遮断する。やはり重々しい扉。だが、
「物ともしませんか……!」
絶え間なく入れ替わる最後尾―――即ち前衛を療術で以て立て直し続けていた冬佳は、その光景に舌を巻く。防火扉が閉じた瞬間に、その鉄壁が粉砕されたのだから無理も無い。
ぱらぱらと金屑を浴びながら歩を進める水留に、冬佳は口を開く。
「貴方……名前は?」
そんな質問に、水留はふと立ち止まる。
「名前……名前……名前……」
「無駄だ。そいつには自我など既に存在しない」
水留がうーんと腕を組んで考え始めたが、明泉寺はその姿を忌々しく睨みながら冬佳らへ断言する。
(―――ふん。だが、動きは妙に人間臭い)
結唯がそう考えたのと同じく、有為もその距離感を未だ図りかねていた。
(さて、彼はどの程度正気が残っているのか。
……一説には、楽園を追放されるのに自分の意志で罪を犯す事が必要だったそうですが)
“楽園”を求める破綻者。その構図の裏を読み解かんとする有為の眼前で、一人の影が水留の方へと進み出た。
「名前……、“忘れちゃった”」
そう言って破顔した水留の微笑みが、どれだけ無邪気で。恋呪郎はそんな水留を見定め、口を開く。
「輝くモンが欲しいなら。温もりが欲しいなら。儂が相手してやろう」
「温かい、くれるの?」
「望むのなら。―――なに。儂以上に輝くモノなぞ有りはせん。物理的にも光るが、中身もな」
「……危険です、下がって!」
恋呪郎のその雰囲気に嫌な予感を感じたタヱ子が思わず止めるが、
「そう。さっさと死に逝きなさい」
同時に桜も仕掛ける。恋呪郎と桜の両名が、水留と会敵して以来初めて直接斬りこんだ。
「あったかい……くれる。あったかい……」
両名とも動きは早かった。その上、幸運な事に水留はまるで無防備だった。この二人でなくとも、これを絶好の攻撃機会と認識したに違いない。
そして。
「あったかい―――もっと、ちょうだい」
―――そして、今宵の敵は、そんな常識的な感覚が全く通用しない相手であったことを、身を以て理解する。
<―――>
その一部始終をモニター越しに見ていたゲイルも、言葉を失った。
瞼を開いた瞬間には、激しい血飛沫がカメラのレンズにまで飛散していた。
「温かい―――温かい!」
けらけらと高らかな笑い声は、まるで、恋呪郎と桜の身体から流れ出た≪血液≫(ぬくもり)に安堵した、赤ん坊の泣き声。
(“深度不明”の破綻者、記録上、深度三までは正気に戻せた実例があるという話でしたが、
まさか、彼は―――)
だが、と思考を切り替える。今最優先すべきは、水留の攻撃を真面に喰らった二名への対処。
水留へと放たれる弾幕のその間隙を縫って、冬佳が水留を挟んで反対側に倒れた二人の仲間の元へと駆けた。
●
思いきり暴れられると考えていた広間は、今となっては憎々しいほどに檻の様だった。
「おい、水留! よーく聞きな!」
一瞬で、覚者達は数多の傷を負った。既に命数を燃やした者も居る。けれど、諦観の先に待つのは“死”のみ。そんな極めて危険な綱渡りの中、それでも誘輔は、その皮肉げな口調を崩しはしなかった。
「そんなに“楽園”に行きてえってんなら、俺が連れてってやる」
その誘輔の言葉に、水留は今日一番の強い反応を見せた。ぴくり、と肩を震わせた水留は、満面の笑みを浮かべて口を開く。
「ほんと?」
「嘘は言わねえ。もし望むのなら、俺達についてこい」
既に多くの覚者が歩くだけで精一杯だ。だが水留は、大人しく彼等の後をついてきた。二十五階から屋上まで。しかも、階段でだ。
(……日の出は)
結唯が遠くに見える地平線へ視線を移ろわせた。
(日の出が先か、私達が倒れるのが先か)
そんなことを考えるうちに、水留を警戒しながら階段を上っていた結唯ら覚者は屋上へと辿りつく。
「――――」
通常、このホテルの屋上は解放されていない。伽藍と殺風景なコンクリートの一面と、落下防止の柵が設置されているだけの空間。
「―――ああ」
よろよろと水留が歩いていく。覚者達など視界に入っていないかのように、彼等を掻き分けて、水留は歩いていく。
それもその筈だ。彼には、誘輔が用意した“楽園”しか目に入っていない。
高層ホテルの最上階から見降す―――その街の、煌びやかさ。
疲労し。被弾し。異常な敵がすぐ其処に居るというのに。奇妙な時間が流れていた。
「楽園。君にとって、楽園とは何ですか」
日の出まで時間が在った。其れまでこの膠着を持たせられるか。
そんな打算的な考えと、そして、幾らかの純粋な好奇心が、有為の口から漏れた。
「ふつう? 分からない」
“あなたには、分からない”。そう言いたげな声色に、有為は顔を顰める。―――当たり前だ、君の事など何一つと云って理解できないのだから。
「……まあ、一つ確実な事といえば。殺人は罪です、『申命記』にもそう書かれている。
君が人を殺す以上。私達は、君を止めます」
「殺人、つみ……」
水留は、すぐに興味を失った様に視線を眼下の街並みへと戻す。
「あそこ、いきたい」
そして指差し、有為の方へ振り向くと、微笑んだ。
「―――出来ません」
「どうして?」
「君は、罪を受け止めきれないから」
「……いやだ」
いやだ、いやだ。眉を顰めて首を何度も振るう水留は頭を抱え込んだ。
「いやだ―――あ、あはは、あはははっ!!」
明泉寺の言った通り、彼の自我など当の昔に消失していたことを、有為は認めざるを得なかった。
何が、可笑しいのか。腹を抱えて笑い声を上げる水留を見つめながら、有為はオルペウスを持つ手に力を込めた。
<来るぞ……!>
屋上にも監視カメラが設置されている。思わずゲイルが声に出したように、一瞬で張りつめた殺気を、桜も既に感じ取っていた。
「殺す」
桜の声は、驚くほどに冷たい。
「殺す―――殺す殺す殺す殺す殺ス殺す殺す殺ス殺す殺す殺す殺す殺す殺ス」
ならば断罪の時間だ。水留が笑い終わった、その瞬間。
迎え討つ、というには、水留が余りに速すぎた。けれど桜は、その存在を到底認められない。即座に距離を詰めた水留は、その桜の敵意を肌で感じていた。綿貫を振るう腕に、迷いは無い。水留が振り下した腕と重なり、キィンと甲高い音が鳴り響き、
「まずい……!」
冬佳が腕を伸ばすが、間に合う筈も無かった。残響音の後には、腕を弾かれて無防備を晒す桜と、既に二閃目の仕上げに入っている水留の姿があれば、刹那。
「……っ!」
二回目の血飛沫を上げて桜が膝を付く。
こんな下衆に。こんな屑に。何故腕が上がらない。何故あいつを殺せない!
葛藤は渦巻いて螺旋となり、桜は其処で意識を失った。
「あったかい、いっぱい、あったかい、たくさん!」
満面の白い笑みを返り血で塗りたくった少年は、狂ったように燥ぐ。
「―――させるか」
その先手を取り、結唯が放つ鋭く湧きあがった大地が、直下から水留を襲う。
―――跳躍。高く飛んだ水留がそれを避けた、と認識した時には、彼は結唯の頭上を既に舞っていた。
「勝てなくても敗けねーのが喧嘩の鉄則なんだよ……!」
寸前、逆に水留の身体を貫かんとする誘輔の姿。
「……」
滞空していた水留はちらと視線を彼の方へ泳がすと、そのまま迫りくる誘輔の脚を握り込む。あまりの握力に、誘輔の脚はみしみしと悲鳴を上げた。
「……!」
そのまま力任せに投げられた誘輔は放射線状に落とされ、肺を打つ衝撃に一瞬、言葉を失った。
「……かはっ」
数秒して、漸く呼吸を取り戻が、被弾の大きさにそのリズムは不規則なまま。
(朝日が窓一面に射すまで……!)
だが体に力が入らない。誘輔は憎々しげに己の身体を睨んだ。
(撤退―――撤退すら、出来ない)
冬佳の脳裏に絶望がちらついた。状況は刹那的で、絶望的で。水留は―――“彼女を見ていた”。
水留の大立ち回りは覚者達の陣形を大きく乱している。タヱ子も水留の視線を鋭く嗅ぎ付け、冬佳のカバーへと入る。
ゆらり、と揺らめいた水留の姿は、やっぱり次の瞬間には冬佳たちの前に立っていた。
ぽたり。水留の頬から、桜の血が滴る。間近で見る少女の様な顔は、三日月の様に目を細め、
「あったかい、ちょうだい?」
―――ぞくりと背中を悪寒が走り、直後、凄まじい衝撃がタヱ子を弾き飛ばしたあと、ずん、と冬佳の身体に衝撃が走った。
「―――?」
何が起きたのか。一瞬分からなかった。空白。そして、腹からじわりと広がる熱を、冬佳は自覚した。
ぐん、と冬佳の身体が後ろへ下がると、腹を貫いていたバターナイフが抜け、張りつめていた血液がとめどなく流れ出た。そして、硬直していた冬佳を引き剥がした結唯は、そのまま小龍影光を水留の首へと振り翳す。
冬佳が倒れる音が後ろの方から聞こえてきたのと、自身が握っていた筈のその得物が弾かれ宙を舞っていることを理解するのは同時だった。結唯は即座に間合いを空けようとするが、
「死に急がないで、まあ待ちなよ」
眼前では水留が腕を一閃していたのを確認して、結唯は冷静に自身の敗北を認識しようとしていたが、一向に痛みは来ない。
「私を庇うとは、妙な奴だな」
その代わり、自分と水留との間に滑り込んだ駁儀は両椀を削がれ、水留の強烈な蹴りを喰らうと、結唯ごと巻き込んで後方へと吹き飛ぶ。
「……全く。予定説なんて、今時流行らないでしょうに」
水留は、それならば、救済を求め、そして、終末を齎す『滅びそのもの』だとでも云うのか。
半ば俯瞰的に事態を観測する有為は炎撃を放ちながら、その結論について確かに“予定的”であはあるな、と自嘲した。
「それ程の狂気に至るには、一体、どれ程の罪を犯せば」
気が済むのでしょうか。そう言い切る前に、有為は凶刃の下に斬り伏せられた。
「……」
体勢を整え直したタヱ子と、水留を正面から見据える恋呪郎。
たった数分間の戦闘は、この二人以外の全てが斬り倒された、という結果に集約される。
ゲイルからの連絡はしばらく途絶えている。恐らく、彼は屋上へと向かっているのだろう。
屋上を吹き荒ぶ風は無く。しんと張りつめた早朝の静謐な空気が、ただ凄惨に血で染まった空間に充満していた。
「儂は、ヌシを斬る。何があろうとな」
仁王立ちをした少女は、宣言した。
狂える破綻者が。己らの能力を遥かに超える事は、既に百も承知。破綻深度が幾つなのか、最早関係あるまい。
だが。その“泣きっ面”。
「……」
水留は無言で立ち竦む。彼の瞳から流れ出る紅玉の様に美しい深紅の水滴が、涙の影と重なっていた。
「お養父さん、お養母さん……ごめんなさい」
恋呪郎がその刃先を再度水留の顔に向けたのと同時に、タヱ子は瞼を閉じた。
「でも……、自分を天秤にかけられない」
先に踏み込んだのは、恋呪郎。彼女は、言葉通り、水留を斬る心算だった。
(無理だ……奴は止められん)
血を流し倒れ込んだ明泉寺は、既に声も出ない。だがこの期に及び、正面からあの化け物に立ち向かうなど、自殺行為に等しい事は、既に自明の筈……。
……だが。明泉寺は失念していた。
覚者達には、その生の内、たった三度だけ≪強引な救済≫(デウス・エクス・マキナ)を齎すことが出来る事を―――。
●
「―――?」
今度首を傾げたのは、水留の方だった。
「悪く思うなよ。
―――ああ、この後、儂、死ぬかもしれんから。言いたい事があれば地獄での」
「……え」
恋呪郎の踏込は―――余りに一瞬で。
立場は逆転。水留が気づいた時には、眼前に恋呪郎の鞭が迫っていた。
「っ!」
散る火花。甲高い残響音は辛うじてその軌跡を受け止めた水留の証拠。
「……狂っていた方が。死んだほうが。或いは、ましなのかも知らんが。
所詮、この身は神ならざる身。ヌシを止める為ならば、安かろう―――」
追撃。水留に反撃の隙を与えぬために、恋呪郎は、魂を消費する事で得た反則的な力を以てして只管に鞭を繰り出す。
キン、ギン、ギィンと矢継ぎ早の打ち合いに、明泉寺は目を見開いた。
(奴と―――やりあっている!)
最早、両者の打ち合いは視認出来ず。
恐らく。この瞬間、二人は。“究極”の斬り合いを果たしていた。
水留の顔から微笑みが消える。感情を失ったその顔から浮かび上がるのは、
「隷属、反転、純粋、虚勢、殺意―――そういうことかの」
一際強い一打。恋呪郎は左の軸足へと精一杯の力を込め。そのまま踏み出すと、強靭な鞭を放つ。
「―――」
今日一番の衝撃が両者を襲った。最上の力と力が衝突した結果は、寧ろ爆発の様に空間を振動させ、その結果。
「―――かは」
水留が顔を歪める。彼の右腕を、一振りの鞭が貫いていた。
……そして。口から朱を吐いていたのは、恋呪郎の方だった。
「いたい」
ずぶり、と水留が左手でその鞭を引き抜くと、そのまま投げ捨てる。恋呪郎の右胸には、バターナイフが深々と突き立てられていた。限りなく致命傷である。
「なんで?」
水留は不思議そうに自身の腕を見ていた。其処には、皆と同じ紅い液体。
「まだ、終わっていませんよ」
―――魂を犠牲にしたのは、恋呪郎だけではない。
この状況。この犠牲。何かを守るために得た力は、何かを破壊する為の力で。
「避けたら彼が死ぬ。……避けなかったら私が死ぬ。だったら―――」
何時だって私達は選択を迫られてきた。希望は別の希望とせめぎ合い。何時だって何かを失い、何かを傷つけ。自らの命を削りながら、平和とは程遠い可能性に掛けるしかないのだと。
(そして。貴方は)
恋呪郎が倒れた今、タヱ子は駆けた。その速度は、暴虐的に疾く。タヱ子は水留へと肉薄。魂を炉にくべた対価は―――。
「貴方はここで、破滅する」
盾を持ったまま、タヱ子が水留を弾く。そして、
「なんで―――!」
オカシイ、と喚く水留を、そのまま追い遣っていく。屋上の、その端へ。
がしゃん、と激しい音が鳴ったのは、水留の体躯がフェンスへと押し付けられたからだ。平衡する両者の接点―――タヱ子の盾と水留の腕は、そのまま互いの運命を握っていた。
「いたい、くるしい」
がん、がん、とタヱ子の盾が殴られる。その度、内臓を破壊するかのような衝撃が走るけれど、此処で倒れる訳にはいかなかった。
「墜ちなさい……!」
「いや、だ―――やめ―――ろ―――!」
尋常ならざるを力を得たタヱ子の力に、水留が。フェンスが、軋む。
「やめろぉ!」
「―――っ!」
盾が弾かれ、水留の手がそのままタヱ子の左目を貫いた。激痛が彼女を襲うのは、きっともう少し後。けれど、視界の半分を喪失したタヱ子は、逆方向からの水留の攻撃を察知できなかった。
ぐしゃり、と嫌な音が響いて、彼女の美しい左頬が削がれる。
(莫大な対価を支払っても―――勝てない)
それほどの、相手か。間髪入れず。タヱ子の腹部を水留の二撃目が襲った。
「あ―――ぐ」
内臓を抉られる。その激痛と逆流する血液がタヱ子の口腔から噴出する。
(ここまで来て―――)
タヱ子が膝を付く。これで水留はフリー。あと残り二十分、彼は殺戮の限りを尽くすだろう。
「はあ、はあ、は……ぁ……」
魂を消費した二名の覚者を相手取った彼は、流石に肩で息をするが、受けた被弾は戦闘不能に程遠い。
「降りよう……」
ずぶ、とタヱ子の身からバターナイフを抜いて、彼は視線を出入り口へ戻す。
「―――へ」
戻して、気づいた。
其処には。
「―――なんで?」
「言うたじゃろ」
其処には……襤褸雑巾の様な恋呪郎が立っていた。
「何が在ろうと、この鞭でヌシをたたっ斬るとな」
恋呪郎は、途端に疾った。
時間が遅延する。彼女の視界には、呆けた水留の姿があって。
「ご……ふぅ……っ」
恋呪郎は彼へと肉薄する。距離と距離とが零になって。二人の影は重なった。
今度は間違いなく致命傷。恋呪郎の右腹を刺したバターナイフは、そのまま背中へと到達し外へと貫通していた。
「――――」
「なに?」
唇が動くけれど、声は出ず。ただ空気が漏れる音だけが恋呪郎の口から発せられた。
―――これで、よい。
ぐ、と力が入る。水留とて、此度は彼女の攻撃を真正面から被弾した。そのまま、タヱ子と同じように水留を押し返す。
今度は、上手く行く。既にフェンスは半壊。次は、確実に水留を撃滅せしめる。
水留の顔に焦りが生じた。だが、止まらない。死を覚悟した恋呪郎の力は、信じられぬ程に強く。
「あったかい……?」
疑問に思った時点で彼は破滅した。一歩一歩、死の淵へと追いやられ。
―――さあ、行くぞ餓鬼。何、地獄はよう知っておるから、儂に任せればよい。
そして、抱き合う様に。
二人は同時に、屋上から姿を消した。
堕ち逝く二人。水留の視線が、最後にゆっくり恋呪郎と交差した。
「ばいばい?」
―――いや。『また会おう』。
「―――うん」
最後に笑った水留の笑みは、年相応のもので。
そうであるなら。
今際のこの時、彼は本の一瞬だけ、自我を取り戻していたのかも、しれない。
●
「……酷い風景だな」
ゲイルと屋上へと駆けつけた時、其処は血溜まりと化し、全ての覚者が横たわっていた。
すぐに彼は、連れてきていた深江を残りのAAA人員へと連絡させるため走らせる。甘菓子の一つでも口にしたい所だったが、甘党の彼でも、今は食欲が湧かなかった。
何故か二人少ない。首を傾げたゲイルは、ふと、屋上一帯に溜まる血液が燦爛と煌めいていることに気が付き。―――ああ、そうか。
「漸く、日の出か」
けれど、今の彼には、その光は余りに眩しすぎて―――。
待ち望んだその終幕を堪能する前に、ゲイルは瞬間的に“ある仮説”を結論付け、すぐさま一階へと走り戻った。
●
その後、ホテル周辺の捜索が行われ、落下予想地点に大量の鮮血が確認された。
其処には、酷く損傷していた割には何故か綺麗に木陰に横たえられていた少女の死体。
そして――少年の死体は、未だに発見されていない。
噎せ返る様な血の匂いに、思わず眉を顰めた。その色彩には慣れている。だがその濃度が段違い過ぎた。
「これは、思っていた以上に酷い状況ですね……」
納屋 タヱ子(CL2000019)が辺りを見渡しながら呟いた声に、誰と云わず覚者達は頷いた。
赤、赤、赤――――。
ゲシュタルトは何時だって崩壊している。それにしても。
「責任能力をあるとする為にも、ある程度の『正気』はあって欲しい所だったけれど。
どうもそんな希望的観測を述べている暇も無さそうね」
『アイティオトミア』氷門・有為(CL2000042)はその『少年』と会敵する前に、早速と考えを改めねばならぬ必然性を感じていた。
だが、それは。別の視点で俯瞰すれば、その『少年』は如何しようも無く排除すべき存在だとも解釈出来る。
「どういう行動原理で何を求めてるのか、少し気になる所だけれど……。
これだけの被害を出してるって言うだけで十分ね」
ならば、こいつは敵。ゆえに、殺すべき敵。
自分から全てを奪っていった屑と同じ。
(だから―――殺すわ)
花の様に可憐な容姿に擬態した、明確な殺意。春野 桜(CL2000257)の思考は、既に『少年』を殺害対象と見ていた。
(また破綻者か。珍しくもないが、こいつの習性には……、なるほど、興味はあるな。
経歴を調べてみたい所だ)
一方、別段顔色を変えずに周囲を窺う『鴟梟』谷崎・結唯(CL2000305)。そんな彼女の眼にも聊か興味の色が映る程度には、やはりこの状況は特異であったのだろう。
「FiVEの応援か?」
覚者達の姿に、声が掛かる。『水天』水瀬 冬佳(CL2000762)がそちらへと視線を向けると、其処に立っていたのは、武装した十名の覚者。
「ということは、そちらはAAAの方々という事でしょうか」
「ああ。しかし、これはまた……」
冬佳の問いに頷いたリーダー格の一名が、まじまじと辺りを見つめた。FiVEの面々と似たような感想を抱いているのだろう。
「俺はすぐに電気系統を操作しに向かうが、取り敢えず誰か一名の手が借りたい」
『金狼』ゲイル・レオンハート(CL2000415)がそう言うと、AAAの一人が名乗り出た。「深江だ。宜しく」とその男が手を出すと、ゲイルも頷いて握手をした。
「んじゃ、レオンハートの旦那らにそこらは任せて、俺らは“鬼ごっこ”とでも洒落込みますかね」
まだ半分程残っている煙草をもみ消した『ゴシップ記者』風祭・誘輔(CL2001092)の皮肉げな声は、しかし、幾らか実際的である。
なれば。今宵、現時点を以て始まるのは―――、最悪の“鬼ごっこ”。
(犠牲を出す事を前提に如何に効率よくソレを減らすか。突き詰めれば、状況はそういう事じゃ。
じゃが。切り捨てられた者は何処へ行く。その想いは。何処へ行く。
その“餓鬼”も、何ぞ切り捨てられた者なのか、如何なのか)
らしくない。らしくないが、それでも今ここに在るのは紛れも無く自分。
ならば。『運命殺し』深緋・恋呪郎(CL2000237)はそれを受け止めるしかなかった。
「甘く。……いや。弱くなった。儂は―――」
●
<レオンハートだ。状況を報告する。水留は、二十階からエレベーターに乗って上階へと向かったばかりだ。
奴を閉じ込める為、他に使用者が居なければ、これからエレベーターの電力系統を落とす>
“箱”の中に閉じ込める事で水留の動きを大きく抑える事が出来るのは明白であった。
「では、この辺りでAAAの皆様も分かれて行動しましょう。その方が、効率も良いでしょうし」
タヱ子の言葉にAAAの覚者が頷くと、すぐにチームを分けた。
「んー、因みに僕はどう動こうか?」
「ヌシは儂らに同行じゃの」
駁儀 明日香(nCL2000069)は、頷いて恋呪郎らの方へと歩く。
<追加連絡だ。FiVEの先行組は二十階で待機中の様だ。合流するのなら其方まで向かってくれ>
移動には非常階段を使用する為、水留担当の覚者達が三階東棟の端まで進むと、非常扉から外へと出た。
「……」
十一月に入って間もない深夜。その寒さが流石に結唯の身にも染みたが……、久々に結唯が吸いこんだ新鮮な空気は驚くほど、美味しかった。
●
操作室ではゲイルが監視カメラが捉え、多数のモニターに映し出された各階の状況を確認しながら、ホテル全体の照明を落とすタイミングを見計らっていた。
そして、その横では、AAAの深江がゲイルの得た情報を元に戦闘に巻き込まれないと予想される範囲を計算し、避難誘導の必要な場を警察へ伝えていた。この役割分担は、効果的に宿泊客を退避させるためには非常に有効であったと云える。
「しかし、エレベーター内に閉じ込めれば一先ず安心だな。これで奴も好き勝手出来ないだろう」
同室で待機していた警官のその言葉に、しかし、ゲイルと深江の両者の顔色は決して明るくは無かった。
(水留というこの破綻者。これまでに報告されている破綻者とは、何かが違う気がする。
思い過ごしであれば良いが……)
●
二十階の非常扉を開け、桜は周囲を窺う。
「まだ水留は動いていないのかしら」
桜が天井の方に向かって少し大きめの声で問いかけると、
<少なくとも此方からは奴の動きは確認できていない。先行組はすぐにそちらへ合流するだろう>
桜の声を拾ったゲイルがそう告げる。直後、足音が廊下に響いた。
「増援か……!」
初期人員中、何とか此処まで生き残った三名の覚者の姿を見た冬佳は、眉を顰めた。
全身ずぶ濡れ。それが何色なのかは、自明だろう。
「俺はFiVEの明泉寺。しかし、こんな現場までよく来てくれた」
「此処までお疲れ様でした。
連絡でご存知と思いますが、破綻者は今、エレベーター内に閉じ込められている状況です」
明泉寺と名乗った男が冬佳の言葉に頷いた。
「だが『アレ』は極めて異常。俺達の常識が通用する相手じゃねぇ」
厳しい表情で呟いた明泉寺の言葉に冬佳が反応する。
「その辺りは、詳しく伺いたい所です。知っている範囲でお教え願いたいですね」
「……御嬢さん、あれは最早化け物の域に違いない。
だが、奴の穴があるとすれば、余りに思考が幼稚だ、という点だろう」
「幼稚……ですか」
「物事の認識が極めて曖昧だ。だから、奴が本気で力を振るうという事は、殆ど無い。
そして、お嬢さんらに出来るアドバイスはたった一つだ」
“奴には触れるな”。そういった明泉寺の言葉は、目に見えぬ重量感を伴って冬佳の肩にのし掛かった。
「そういう訳にはいかねぇな」
一瞬場を支配した沈黙を切り裂く声。明泉寺が、険しい表情を崩さないままに誘輔を見遣った。
「俺らは此処へ来た。このまま水留が大人しく拘束されてんのなら、それでいいが、そうでない場合。奴を誰かが抑えなけりゃ、目的は果たせねえ」
「……確かに、その通りだ」
「それに、アンタらの犠牲は無駄じゃねえ、ってこった」
別段仲間意識はねーが、辺り一面肉片と血の海の惨状は胸糞悪ィ。そう続けた誘輔の返答に、覚者の男が暫くして頷く。
「……分かった。俺達も、まだ動ける。力を貸そう」
明泉寺が言った、その時。
―――ガコン。
酷く奇妙な音が、廊下全体に響き渡った。
「今の音は、何だ」
珍しく結唯が口を開いた。訊ねたのは周囲の仲間にでは無く、その声を捉えているであろうゲイルに。
<異常音はこちらでも確認した。だが、モニターでの異常は見られない。
……警戒してくれ。『厭な予感』がする>
―――ガコン。
再度、大きな音。近づいている様に感じたのは、桜の気の所為か。だが今度は、廊下のつりさげ式の照明が揺れているのを、彼女は見逃さなかった。
……厭な予感がするといったゲイルの言葉は、既にこの場の全員が実感していた。
瞬間的に、肌が焦げ付く様な緊張感。何か、良くないものが―――近づいている。
次の瞬間、暗転。
「何故、照明が消えた」
突然暗闇に包まれた周囲。
やはり結唯が落ち着きながらそう問うと、若干の困惑を孕んだゲイルの声がすぐに返ってくる。
<まだ此方は照明の電力系統は触っていない。それに、照明が落ちているのは『そこだけ』だ……!>
「……構えて」
桜がその深い闇を見つめながら言った。
―――ガコン。
漸く有為にはその音が“何か”を切断し、“何か”が滑落している音なのだと理解出来た。
「どれ―――ご対面かの」
恋呪郎は光を放つことが出来る。前衛の彼女を中心に回復する視界。長い廊下の全体を照らすには程遠いが、少し先程度であれば、これで暗視持ち以外を含めて全員が視認する事が出来る。
その光が。暴き出したものは。
「―――あは、明るい……」
深紅の衣服に身を包んだ、美しい少年―――水留澪。
壊れた様な微笑みは、純真無垢に。ああ―――、その虚ろな虹彩は何を映す?
「―――速い!」
十メートルは先に居た。ならば。
何故既に、“恋呪郎の目と鼻の先”に立っているというのか―――!
「――――!」
水留は右腕を上げる。バターナイフを握っている腕。声ならぬ雄叫びと共に水留へと飛び掛かった明泉寺が、彼を弾いた。
誘輔の言っていた策を早速と使う機会。視界の狭い中、防火扉の作動スイッチを結唯が押すと、警告ブザーが鳴り響く中、厚い扉が降りてきて水留の背後を遮断した。
これで、二十階の殆どの客室は、少なくとも一旦は水留の脅威を免れる。そして、逆に覚者達は、水留の脅威を一身に受ける事になる。
「上へ! 彼を誘導します!」
タヱ子が声を上げると、暗闇の中発光する恋呪郎が元来た道、即ち東側の非常出口から、外の非常階段の方へと駆ける。
「ああ……灯りが……」
「明泉寺君たちも、急いで」
有為が急かすと、水留が呆けている隙を突いて三名の先行組がタヱ子と共に殿を務めながらゆっくりと東棟の端へと後退する。
「灯りが……」
繰り返し呟いて、水留が立ち上がる。
―――上へ行かなくちゃ。
●
それを鬼ごっこと評したのは言い得て妙だけれど、覚者達にとって不測だったのは、もっぱら“鬼”は水留であるという点だった。
<そのまま二十五階まで逃げ切ってくれ。その階には大広間がある。障害物には事欠かないだろう>
「照明操作の準備はオッケーか?」
<何時でも行ける>
「素晴らしいね」
―――と、誘輔はゲイルへ返したが、決して状況は芳しくなかった。水留の速度が想定以上に速い。
「くっ……!」
肌寒い夜空にカンカンカンと連続して響く。下から迫りくる水留を止めるべく、桜は奴を食い殺す種子を放った。それは、現状し得る唯一の遠距離術式であった。水留はそれを一閃の内に躱しきると、むしろ、だん、と加速した。
既に、パーティの全員が持ちうる自己・他者強化をフルに活かしている。だが、水留の得も言われぬ重圧感が、そんな今できる最大の対処を蝋燭の火の様に心細く感じさせた。
階段の折り返し。その空間の遊びを利用して、「代わるぜ」と誘輔が桜と立ち位置を変える。通り過ぎるように桜が誘輔を抜かすと、最後尾は彼になった。
(破綻者の殺人鬼か。思っていた以上に厄介だな。だが俺も記者の端くれ。
この手の事件にゃ血が騒ぐ。―――馬鹿げた事しでかした動機を知りてェ)
二十四階の表示が見えた。少し段を上った誘輔は、自分達と同じように折り返してきた水留を確認すると機関銃を掃射する。
「……上へ行かなくちゃ」
肩口で揺らす黒髪が艶めかしく、譫言の様に呟くその言葉が、彼の存在を不確かにする。
「―――はん、なるほど確かに、こいつはバケモン染みてらぁ!」
勢いよく吹き出した薬莢の結果として多数の弾丸が水留を捉えた。彼は避けない。確かに直撃した。だがそれが“弾かれている”ことを、誘輔はすぐさま理解した。
思わず可笑しくなり、彼の口角が上がる。敵としては最悪だが……、“ネタ”としては極上に違いない。
●
そこから先は、鬼ごっこというよりは“狩り”に近かった。
「ふふ、大ピンチって奴だね」
薄く笑いながら駁儀が呟いた。迫りくる水留が一度腕を振るえば、それだけで空間が引き裂かれる。壁が崩れ、照明が落ち、堅牢に防御を重ねる覚者達の体躯を削いだ。
二十五階も、殆ど照明が消えており、全体的に暗い。しかし今度は、水留を屋上にまで連れ出す為の誘導だ。
<防火扉を全て作動させる。注意してくれ>
ゲイルがそう言った直後、最後尾の恋呪郎と水留との間に在った幾許の射程の中央を、防火扉が遮断する。やはり重々しい扉。だが、
「物ともしませんか……!」
絶え間なく入れ替わる最後尾―――即ち前衛を療術で以て立て直し続けていた冬佳は、その光景に舌を巻く。防火扉が閉じた瞬間に、その鉄壁が粉砕されたのだから無理も無い。
ぱらぱらと金屑を浴びながら歩を進める水留に、冬佳は口を開く。
「貴方……名前は?」
そんな質問に、水留はふと立ち止まる。
「名前……名前……名前……」
「無駄だ。そいつには自我など既に存在しない」
水留がうーんと腕を組んで考え始めたが、明泉寺はその姿を忌々しく睨みながら冬佳らへ断言する。
(―――ふん。だが、動きは妙に人間臭い)
結唯がそう考えたのと同じく、有為もその距離感を未だ図りかねていた。
(さて、彼はどの程度正気が残っているのか。
……一説には、楽園を追放されるのに自分の意志で罪を犯す事が必要だったそうですが)
“楽園”を求める破綻者。その構図の裏を読み解かんとする有為の眼前で、一人の影が水留の方へと進み出た。
「名前……、“忘れちゃった”」
そう言って破顔した水留の微笑みが、どれだけ無邪気で。恋呪郎はそんな水留を見定め、口を開く。
「輝くモンが欲しいなら。温もりが欲しいなら。儂が相手してやろう」
「温かい、くれるの?」
「望むのなら。―――なに。儂以上に輝くモノなぞ有りはせん。物理的にも光るが、中身もな」
「……危険です、下がって!」
恋呪郎のその雰囲気に嫌な予感を感じたタヱ子が思わず止めるが、
「そう。さっさと死に逝きなさい」
同時に桜も仕掛ける。恋呪郎と桜の両名が、水留と会敵して以来初めて直接斬りこんだ。
「あったかい……くれる。あったかい……」
両名とも動きは早かった。その上、幸運な事に水留はまるで無防備だった。この二人でなくとも、これを絶好の攻撃機会と認識したに違いない。
そして。
「あったかい―――もっと、ちょうだい」
―――そして、今宵の敵は、そんな常識的な感覚が全く通用しない相手であったことを、身を以て理解する。
<―――>
その一部始終をモニター越しに見ていたゲイルも、言葉を失った。
瞼を開いた瞬間には、激しい血飛沫がカメラのレンズにまで飛散していた。
「温かい―――温かい!」
けらけらと高らかな笑い声は、まるで、恋呪郎と桜の身体から流れ出た≪血液≫(ぬくもり)に安堵した、赤ん坊の泣き声。
(“深度不明”の破綻者、記録上、深度三までは正気に戻せた実例があるという話でしたが、
まさか、彼は―――)
だが、と思考を切り替える。今最優先すべきは、水留の攻撃を真面に喰らった二名への対処。
水留へと放たれる弾幕のその間隙を縫って、冬佳が水留を挟んで反対側に倒れた二人の仲間の元へと駆けた。
●
思いきり暴れられると考えていた広間は、今となっては憎々しいほどに檻の様だった。
「おい、水留! よーく聞きな!」
一瞬で、覚者達は数多の傷を負った。既に命数を燃やした者も居る。けれど、諦観の先に待つのは“死”のみ。そんな極めて危険な綱渡りの中、それでも誘輔は、その皮肉げな口調を崩しはしなかった。
「そんなに“楽園”に行きてえってんなら、俺が連れてってやる」
その誘輔の言葉に、水留は今日一番の強い反応を見せた。ぴくり、と肩を震わせた水留は、満面の笑みを浮かべて口を開く。
「ほんと?」
「嘘は言わねえ。もし望むのなら、俺達についてこい」
既に多くの覚者が歩くだけで精一杯だ。だが水留は、大人しく彼等の後をついてきた。二十五階から屋上まで。しかも、階段でだ。
(……日の出は)
結唯が遠くに見える地平線へ視線を移ろわせた。
(日の出が先か、私達が倒れるのが先か)
そんなことを考えるうちに、水留を警戒しながら階段を上っていた結唯ら覚者は屋上へと辿りつく。
「――――」
通常、このホテルの屋上は解放されていない。伽藍と殺風景なコンクリートの一面と、落下防止の柵が設置されているだけの空間。
「―――ああ」
よろよろと水留が歩いていく。覚者達など視界に入っていないかのように、彼等を掻き分けて、水留は歩いていく。
それもその筈だ。彼には、誘輔が用意した“楽園”しか目に入っていない。
高層ホテルの最上階から見降す―――その街の、煌びやかさ。
疲労し。被弾し。異常な敵がすぐ其処に居るというのに。奇妙な時間が流れていた。
「楽園。君にとって、楽園とは何ですか」
日の出まで時間が在った。其れまでこの膠着を持たせられるか。
そんな打算的な考えと、そして、幾らかの純粋な好奇心が、有為の口から漏れた。
「ふつう? 分からない」
“あなたには、分からない”。そう言いたげな声色に、有為は顔を顰める。―――当たり前だ、君の事など何一つと云って理解できないのだから。
「……まあ、一つ確実な事といえば。殺人は罪です、『申命記』にもそう書かれている。
君が人を殺す以上。私達は、君を止めます」
「殺人、つみ……」
水留は、すぐに興味を失った様に視線を眼下の街並みへと戻す。
「あそこ、いきたい」
そして指差し、有為の方へ振り向くと、微笑んだ。
「―――出来ません」
「どうして?」
「君は、罪を受け止めきれないから」
「……いやだ」
いやだ、いやだ。眉を顰めて首を何度も振るう水留は頭を抱え込んだ。
「いやだ―――あ、あはは、あはははっ!!」
明泉寺の言った通り、彼の自我など当の昔に消失していたことを、有為は認めざるを得なかった。
何が、可笑しいのか。腹を抱えて笑い声を上げる水留を見つめながら、有為はオルペウスを持つ手に力を込めた。
<来るぞ……!>
屋上にも監視カメラが設置されている。思わずゲイルが声に出したように、一瞬で張りつめた殺気を、桜も既に感じ取っていた。
「殺す」
桜の声は、驚くほどに冷たい。
「殺す―――殺す殺す殺す殺す殺ス殺す殺す殺ス殺す殺す殺す殺す殺す殺ス」
ならば断罪の時間だ。水留が笑い終わった、その瞬間。
迎え討つ、というには、水留が余りに速すぎた。けれど桜は、その存在を到底認められない。即座に距離を詰めた水留は、その桜の敵意を肌で感じていた。綿貫を振るう腕に、迷いは無い。水留が振り下した腕と重なり、キィンと甲高い音が鳴り響き、
「まずい……!」
冬佳が腕を伸ばすが、間に合う筈も無かった。残響音の後には、腕を弾かれて無防備を晒す桜と、既に二閃目の仕上げに入っている水留の姿があれば、刹那。
「……っ!」
二回目の血飛沫を上げて桜が膝を付く。
こんな下衆に。こんな屑に。何故腕が上がらない。何故あいつを殺せない!
葛藤は渦巻いて螺旋となり、桜は其処で意識を失った。
「あったかい、いっぱい、あったかい、たくさん!」
満面の白い笑みを返り血で塗りたくった少年は、狂ったように燥ぐ。
「―――させるか」
その先手を取り、結唯が放つ鋭く湧きあがった大地が、直下から水留を襲う。
―――跳躍。高く飛んだ水留がそれを避けた、と認識した時には、彼は結唯の頭上を既に舞っていた。
「勝てなくても敗けねーのが喧嘩の鉄則なんだよ……!」
寸前、逆に水留の身体を貫かんとする誘輔の姿。
「……」
滞空していた水留はちらと視線を彼の方へ泳がすと、そのまま迫りくる誘輔の脚を握り込む。あまりの握力に、誘輔の脚はみしみしと悲鳴を上げた。
「……!」
そのまま力任せに投げられた誘輔は放射線状に落とされ、肺を打つ衝撃に一瞬、言葉を失った。
「……かはっ」
数秒して、漸く呼吸を取り戻が、被弾の大きさにそのリズムは不規則なまま。
(朝日が窓一面に射すまで……!)
だが体に力が入らない。誘輔は憎々しげに己の身体を睨んだ。
(撤退―――撤退すら、出来ない)
冬佳の脳裏に絶望がちらついた。状況は刹那的で、絶望的で。水留は―――“彼女を見ていた”。
水留の大立ち回りは覚者達の陣形を大きく乱している。タヱ子も水留の視線を鋭く嗅ぎ付け、冬佳のカバーへと入る。
ゆらり、と揺らめいた水留の姿は、やっぱり次の瞬間には冬佳たちの前に立っていた。
ぽたり。水留の頬から、桜の血が滴る。間近で見る少女の様な顔は、三日月の様に目を細め、
「あったかい、ちょうだい?」
―――ぞくりと背中を悪寒が走り、直後、凄まじい衝撃がタヱ子を弾き飛ばしたあと、ずん、と冬佳の身体に衝撃が走った。
「―――?」
何が起きたのか。一瞬分からなかった。空白。そして、腹からじわりと広がる熱を、冬佳は自覚した。
ぐん、と冬佳の身体が後ろへ下がると、腹を貫いていたバターナイフが抜け、張りつめていた血液がとめどなく流れ出た。そして、硬直していた冬佳を引き剥がした結唯は、そのまま小龍影光を水留の首へと振り翳す。
冬佳が倒れる音が後ろの方から聞こえてきたのと、自身が握っていた筈のその得物が弾かれ宙を舞っていることを理解するのは同時だった。結唯は即座に間合いを空けようとするが、
「死に急がないで、まあ待ちなよ」
眼前では水留が腕を一閃していたのを確認して、結唯は冷静に自身の敗北を認識しようとしていたが、一向に痛みは来ない。
「私を庇うとは、妙な奴だな」
その代わり、自分と水留との間に滑り込んだ駁儀は両椀を削がれ、水留の強烈な蹴りを喰らうと、結唯ごと巻き込んで後方へと吹き飛ぶ。
「……全く。予定説なんて、今時流行らないでしょうに」
水留は、それならば、救済を求め、そして、終末を齎す『滅びそのもの』だとでも云うのか。
半ば俯瞰的に事態を観測する有為は炎撃を放ちながら、その結論について確かに“予定的”であはあるな、と自嘲した。
「それ程の狂気に至るには、一体、どれ程の罪を犯せば」
気が済むのでしょうか。そう言い切る前に、有為は凶刃の下に斬り伏せられた。
「……」
体勢を整え直したタヱ子と、水留を正面から見据える恋呪郎。
たった数分間の戦闘は、この二人以外の全てが斬り倒された、という結果に集約される。
ゲイルからの連絡はしばらく途絶えている。恐らく、彼は屋上へと向かっているのだろう。
屋上を吹き荒ぶ風は無く。しんと張りつめた早朝の静謐な空気が、ただ凄惨に血で染まった空間に充満していた。
「儂は、ヌシを斬る。何があろうとな」
仁王立ちをした少女は、宣言した。
狂える破綻者が。己らの能力を遥かに超える事は、既に百も承知。破綻深度が幾つなのか、最早関係あるまい。
だが。その“泣きっ面”。
「……」
水留は無言で立ち竦む。彼の瞳から流れ出る紅玉の様に美しい深紅の水滴が、涙の影と重なっていた。
「お養父さん、お養母さん……ごめんなさい」
恋呪郎がその刃先を再度水留の顔に向けたのと同時に、タヱ子は瞼を閉じた。
「でも……、自分を天秤にかけられない」
先に踏み込んだのは、恋呪郎。彼女は、言葉通り、水留を斬る心算だった。
(無理だ……奴は止められん)
血を流し倒れ込んだ明泉寺は、既に声も出ない。だがこの期に及び、正面からあの化け物に立ち向かうなど、自殺行為に等しい事は、既に自明の筈……。
……だが。明泉寺は失念していた。
覚者達には、その生の内、たった三度だけ≪強引な救済≫(デウス・エクス・マキナ)を齎すことが出来る事を―――。
●
「―――?」
今度首を傾げたのは、水留の方だった。
「悪く思うなよ。
―――ああ、この後、儂、死ぬかもしれんから。言いたい事があれば地獄での」
「……え」
恋呪郎の踏込は―――余りに一瞬で。
立場は逆転。水留が気づいた時には、眼前に恋呪郎の鞭が迫っていた。
「っ!」
散る火花。甲高い残響音は辛うじてその軌跡を受け止めた水留の証拠。
「……狂っていた方が。死んだほうが。或いは、ましなのかも知らんが。
所詮、この身は神ならざる身。ヌシを止める為ならば、安かろう―――」
追撃。水留に反撃の隙を与えぬために、恋呪郎は、魂を消費する事で得た反則的な力を以てして只管に鞭を繰り出す。
キン、ギン、ギィンと矢継ぎ早の打ち合いに、明泉寺は目を見開いた。
(奴と―――やりあっている!)
最早、両者の打ち合いは視認出来ず。
恐らく。この瞬間、二人は。“究極”の斬り合いを果たしていた。
水留の顔から微笑みが消える。感情を失ったその顔から浮かび上がるのは、
「隷属、反転、純粋、虚勢、殺意―――そういうことかの」
一際強い一打。恋呪郎は左の軸足へと精一杯の力を込め。そのまま踏み出すと、強靭な鞭を放つ。
「―――」
今日一番の衝撃が両者を襲った。最上の力と力が衝突した結果は、寧ろ爆発の様に空間を振動させ、その結果。
「―――かは」
水留が顔を歪める。彼の右腕を、一振りの鞭が貫いていた。
……そして。口から朱を吐いていたのは、恋呪郎の方だった。
「いたい」
ずぶり、と水留が左手でその鞭を引き抜くと、そのまま投げ捨てる。恋呪郎の右胸には、バターナイフが深々と突き立てられていた。限りなく致命傷である。
「なんで?」
水留は不思議そうに自身の腕を見ていた。其処には、皆と同じ紅い液体。
「まだ、終わっていませんよ」
―――魂を犠牲にしたのは、恋呪郎だけではない。
この状況。この犠牲。何かを守るために得た力は、何かを破壊する為の力で。
「避けたら彼が死ぬ。……避けなかったら私が死ぬ。だったら―――」
何時だって私達は選択を迫られてきた。希望は別の希望とせめぎ合い。何時だって何かを失い、何かを傷つけ。自らの命を削りながら、平和とは程遠い可能性に掛けるしかないのだと。
(そして。貴方は)
恋呪郎が倒れた今、タヱ子は駆けた。その速度は、暴虐的に疾く。タヱ子は水留へと肉薄。魂を炉にくべた対価は―――。
「貴方はここで、破滅する」
盾を持ったまま、タヱ子が水留を弾く。そして、
「なんで―――!」
オカシイ、と喚く水留を、そのまま追い遣っていく。屋上の、その端へ。
がしゃん、と激しい音が鳴ったのは、水留の体躯がフェンスへと押し付けられたからだ。平衡する両者の接点―――タヱ子の盾と水留の腕は、そのまま互いの運命を握っていた。
「いたい、くるしい」
がん、がん、とタヱ子の盾が殴られる。その度、内臓を破壊するかのような衝撃が走るけれど、此処で倒れる訳にはいかなかった。
「墜ちなさい……!」
「いや、だ―――やめ―――ろ―――!」
尋常ならざるを力を得たタヱ子の力に、水留が。フェンスが、軋む。
「やめろぉ!」
「―――っ!」
盾が弾かれ、水留の手がそのままタヱ子の左目を貫いた。激痛が彼女を襲うのは、きっともう少し後。けれど、視界の半分を喪失したタヱ子は、逆方向からの水留の攻撃を察知できなかった。
ぐしゃり、と嫌な音が響いて、彼女の美しい左頬が削がれる。
(莫大な対価を支払っても―――勝てない)
それほどの、相手か。間髪入れず。タヱ子の腹部を水留の二撃目が襲った。
「あ―――ぐ」
内臓を抉られる。その激痛と逆流する血液がタヱ子の口腔から噴出する。
(ここまで来て―――)
タヱ子が膝を付く。これで水留はフリー。あと残り二十分、彼は殺戮の限りを尽くすだろう。
「はあ、はあ、は……ぁ……」
魂を消費した二名の覚者を相手取った彼は、流石に肩で息をするが、受けた被弾は戦闘不能に程遠い。
「降りよう……」
ずぶ、とタヱ子の身からバターナイフを抜いて、彼は視線を出入り口へ戻す。
「―――へ」
戻して、気づいた。
其処には。
「―――なんで?」
「言うたじゃろ」
其処には……襤褸雑巾の様な恋呪郎が立っていた。
「何が在ろうと、この鞭でヌシをたたっ斬るとな」
恋呪郎は、途端に疾った。
時間が遅延する。彼女の視界には、呆けた水留の姿があって。
「ご……ふぅ……っ」
恋呪郎は彼へと肉薄する。距離と距離とが零になって。二人の影は重なった。
今度は間違いなく致命傷。恋呪郎の右腹を刺したバターナイフは、そのまま背中へと到達し外へと貫通していた。
「――――」
「なに?」
唇が動くけれど、声は出ず。ただ空気が漏れる音だけが恋呪郎の口から発せられた。
―――これで、よい。
ぐ、と力が入る。水留とて、此度は彼女の攻撃を真正面から被弾した。そのまま、タヱ子と同じように水留を押し返す。
今度は、上手く行く。既にフェンスは半壊。次は、確実に水留を撃滅せしめる。
水留の顔に焦りが生じた。だが、止まらない。死を覚悟した恋呪郎の力は、信じられぬ程に強く。
「あったかい……?」
疑問に思った時点で彼は破滅した。一歩一歩、死の淵へと追いやられ。
―――さあ、行くぞ餓鬼。何、地獄はよう知っておるから、儂に任せればよい。
そして、抱き合う様に。
二人は同時に、屋上から姿を消した。
堕ち逝く二人。水留の視線が、最後にゆっくり恋呪郎と交差した。
「ばいばい?」
―――いや。『また会おう』。
「―――うん」
最後に笑った水留の笑みは、年相応のもので。
そうであるなら。
今際のこの時、彼は本の一瞬だけ、自我を取り戻していたのかも、しれない。
●
「……酷い風景だな」
ゲイルと屋上へと駆けつけた時、其処は血溜まりと化し、全ての覚者が横たわっていた。
すぐに彼は、連れてきていた深江を残りのAAA人員へと連絡させるため走らせる。甘菓子の一つでも口にしたい所だったが、甘党の彼でも、今は食欲が湧かなかった。
何故か二人少ない。首を傾げたゲイルは、ふと、屋上一帯に溜まる血液が燦爛と煌めいていることに気が付き。―――ああ、そうか。
「漸く、日の出か」
けれど、今の彼には、その光は余りに眩しすぎて―――。
待ち望んだその終幕を堪能する前に、ゲイルは瞬間的に“ある仮説”を結論付け、すぐさま一階へと走り戻った。
●
その後、ホテル周辺の捜索が行われ、落下予想地点に大量の鮮血が確認された。
其処には、酷く損傷していた割には何故か綺麗に木陰に横たえられていた少女の死体。
そして――少年の死体は、未だに発見されていない。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
称号付与
特殊成果
なし

■あとがき■
皆様お疲れ様でした。
納品が大幅に遅延しました事を初めにお詫び申し上げます。
内容については、深度不明の強力な破綻者を相手の救出劇。
味方勢力等を上手に利用した手腕が素晴らしく、一般人の被害は想定の半分以下という判定です。魂使用者が複数名いた事もかなりプラスに効いております。
また、割りと真面目に一発KO並みの強敵でしたため、全体的に命数がかなり減っています。ご自愛ください。
そして、私としては初めての死亡判定を実施することになりました。
せめてもの手向けの花を、送らせて頂きます。お疲れ様でした。
『隷属、反転、純粋、虚勢、殺意、楽園―――。』 へのご参加有難うございました。
納品が大幅に遅延しました事を初めにお詫び申し上げます。
内容については、深度不明の強力な破綻者を相手の救出劇。
味方勢力等を上手に利用した手腕が素晴らしく、一般人の被害は想定の半分以下という判定です。魂使用者が複数名いた事もかなりプラスに効いております。
また、割りと真面目に一発KO並みの強敵でしたため、全体的に命数がかなり減っています。ご自愛ください。
そして、私としては初めての死亡判定を実施することになりました。
せめてもの手向けの花を、送らせて頂きます。お疲れ様でした。
『隷属、反転、純粋、虚勢、殺意、楽園―――。』 へのご参加有難うございました。
