新たなる 世界を作るか作れぬか 源素の戦い今大決戦
●
源素とはこの世界に満ちたる自然そのもの。
それを集め始めてからどれだけの年月が経っただろうか。
否、年月を感じるという感覚は既にない。一定サイクルの中で源素を育み、自ら力の及ぶ範囲を広げ、それを何度も何度も繰り返してきた。
星がまだ冷え切る前の炎の大地から――
凍える風が星の表面を冷やす頃から――
冷えた大地が命を育むようになる頃から――
生まれた木々が大気を満ちるようになってから――
天光が活力を与え始めてから――
少しずつ、少しずつ。何度も何度も繰り返される覚醒と睡眠。その度に源素を蓄え、そして成長してきた。
命の誕生も見てきた。古妖の生まれも見てきた。人の生まれも見てきた。やがて人に源素を与え、効率よく争わせることでより多くの成長が出来る事を知った。
人はそれを知り、反抗する。理解不能だ。勝てぬと知りながらも挑み、そして絶望する。もはや慣れたことだ。取るに足らない通過儀礼だと今回も思っていた。
これまでは――
●
覚者の方に流れていく源素。
今まで自分が支配していたものが、取るに足らないと侮っていたモノの方に流れゆく感覚。
『一の何か』は確かにそれを感じていた。
このような事は初めてだった。否、取るに足らないものが叛逆してきたこと自体はこれまでもあった。正義感という感情に流されたつまらない叛逆。それを伏すことなど造作もなかった。
だが、今回は違う。
今まで支配していた源素を奪われ、その流れはむしろあちら側にある。源素をただの力として扱うのではなく、正しく理解したうえでの叛逆だ。
その事実に、ただただ素直に『一の何か』は呟いた。
<素晴らしい>
その叡智。その判断。その行動力。
かつて大河原鉄平が『金』を斬った時のように、自分の想像を超える結果を出す相手には称賛を送ろう。その上で――
<見事だ。斯様な方法を取るとは。
そして認めよう。汝らは敵だ。もはや今時代の源素など要らぬ。汝らを滅ぼすことに力を費やそう>
おおそよ千年周期で源素回収の為に覚醒する『一の何か』。源素を人間に与え、そして人間に育てさせ、それを回収して成長することが目的の存在。
その存在が『源素』よりも『敵を倒す』事を選んだ。
力の奔流が『一の何か』を中心に渦巻く。普通の人ならそれだけで倒れてしまうだろう殺意の風。
だが――覚者達はひるまない。
『一の何か』が得ていた源素の力があることもあるが、これまで培ってきた経験と信念が彼らを支えていた。
今ここに、未来をかけた戦いが始まる――
源素とはこの世界に満ちたる自然そのもの。
それを集め始めてからどれだけの年月が経っただろうか。
否、年月を感じるという感覚は既にない。一定サイクルの中で源素を育み、自ら力の及ぶ範囲を広げ、それを何度も何度も繰り返してきた。
星がまだ冷え切る前の炎の大地から――
凍える風が星の表面を冷やす頃から――
冷えた大地が命を育むようになる頃から――
生まれた木々が大気を満ちるようになってから――
天光が活力を与え始めてから――
少しずつ、少しずつ。何度も何度も繰り返される覚醒と睡眠。その度に源素を蓄え、そして成長してきた。
命の誕生も見てきた。古妖の生まれも見てきた。人の生まれも見てきた。やがて人に源素を与え、効率よく争わせることでより多くの成長が出来る事を知った。
人はそれを知り、反抗する。理解不能だ。勝てぬと知りながらも挑み、そして絶望する。もはや慣れたことだ。取るに足らない通過儀礼だと今回も思っていた。
これまでは――
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覚者の方に流れていく源素。
今まで自分が支配していたものが、取るに足らないと侮っていたモノの方に流れゆく感覚。
『一の何か』は確かにそれを感じていた。
このような事は初めてだった。否、取るに足らないものが叛逆してきたこと自体はこれまでもあった。正義感という感情に流されたつまらない叛逆。それを伏すことなど造作もなかった。
だが、今回は違う。
今まで支配していた源素を奪われ、その流れはむしろあちら側にある。源素をただの力として扱うのではなく、正しく理解したうえでの叛逆だ。
その事実に、ただただ素直に『一の何か』は呟いた。
<素晴らしい>
その叡智。その判断。その行動力。
かつて大河原鉄平が『金』を斬った時のように、自分の想像を超える結果を出す相手には称賛を送ろう。その上で――
<見事だ。斯様な方法を取るとは。
そして認めよう。汝らは敵だ。もはや今時代の源素など要らぬ。汝らを滅ぼすことに力を費やそう>
おおそよ千年周期で源素回収の為に覚醒する『一の何か』。源素を人間に与え、そして人間に育てさせ、それを回収して成長することが目的の存在。
その存在が『源素』よりも『敵を倒す』事を選んだ。
力の奔流が『一の何か』を中心に渦巻く。普通の人ならそれだけで倒れてしまうだろう殺意の風。
だが――覚者達はひるまない。
『一の何か』が得ていた源素の力があることもあるが、これまで培ってきた経験と信念が彼らを支えていた。
今ここに、未来をかけた戦いが始まる――

■シナリオ詳細
■成功条件
1.『一の何か』の打破
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
もはや多くは語りません。決戦を。
●敵情報
『一の何か』(×一)
源素を誰かに与え、そして回収することのできる『何か』です。
大きさ直径500mの巨大な黒い球形です。列、貫通攻撃はダメージが1.5倍に。全体攻撃は2倍になります。
この星に源素が出来た後に生まれ、千年サイクルで他の存在に源素を与え、争わせ、そして回収してきました。おそらくは、有史以前から。この星に生命が生まれる前から。
体力残数に応じて、源素を複合しながら攻撃してきます。
体力100%~70%時の攻撃方法
木『じゅもく』 物遠列 地面から鋭い木が生え、突き刺してきます。
火『ねっぷう』 特遠全 熱風が体力を奪います。
土『おおいわ』 物近貫3 岩の槍が貫いてきます。(100%、75%、50%)
天『かみなり』 特遠列 雷撃がふりそそぎます。
水『おおなみ』 物遠全 大量の水が襲い掛かります。
体力69%~30%時の攻撃方法
木火『曼珠沙華』 特遠全 赤く燃えるような花弁と猛毒。【焔傷】【劇毒】
火土『火山岩雨』 物遠列貫2 燃え盛る岩が降り注ぎます。【ノックB】【致命】100%、50%)
土天『天地爆裂』 特遠列 天と地、同時に爆発したような衝撃波が走ります。【三連】【解除】
天水『氷風乱舞』 特遠全 凍える氷雨が天から降り注ぎます。【凍結】
水木『腐液溶解』 物遠貫3 猛毒の濁流が襲い掛かります。【劇毒】【封印】(100%、75%、50%)
体力29%~5%時の攻撃方法
木火土『神々の黄昏』 物近列 樹木で形成された神々の世界。その終わりと大地の再生。幾多の巨人が滅びの鉄槌を下す。【物防無】
火土天『バベルの塔』 特近列 天と地を繋ぐ文明の塔の破壊。傲慢なりし人に鉄槌を。文明に終わりを。【特防無】
土天水『滅びの洪水』 物遠全 世界を浄化させる大洪水。人は滅びを前に、ただ神にひざまずくのみ。【魅了】【ダメージ0】【反動3】
天水木『疫病の豪雨』 特遠全 未知のウィルスを伝達する雨風。人の時代の終わりを告げる黒い雨音。【無力】【失速】【超重】【劇毒】【大凶】【溜2】【ダメージ0】
体力5%以下の攻撃方法
木火土天水『源素』 特遠全 全ての『行』を凝縮し、解き放ちます。【Mアタック200】【解除】【反動1000】
●奇跡
源素を多くコントロールすることで、覚者一人ずつ、無条件で魂を使った程の奇跡を使えます。これには通常使用した際のようなリソース(規定の命数減少等)は要求されません。また、追加で魂を使う事も可能です。
どう使えばいいかわからない人の為に、下に一例を示します。
・身体能力増加:全ステータスを一気に増幅させます。
・技の強化:使用するスキルの威力をあげます。
・超回復:死んでなければどんな傷だっていやします。
また、奇跡を使っても行えない事を示します。
・死者蘇生:死んでしまった人間はたとえ奇跡でも蘇りません。
・洗脳に近い説得:相手の信念を無理やり変更させることはできません。
・悪意ある他PCへの邪魔:悪意あるとSTが判断すれば、使えません。
●プレイングの書式
今回、多数のご参加が見込まれるために、お手数ですがプレイング書式の統一をお願い致します。
(書式)
一行目:チーム名または一緒に行動したい人のフルネームとID(ないなら未記入)。
二行目:使用される奇跡の概要(ないなら未記入。詳細は四行目以降で)
三行目:自由記入
(記入例)
【これが!俺達の!マッチョ道だ!】
身体能力強化
筋肉を魅せるように脱ぎます。
●場所情報
『一の何か』が作り出した結界の中。何もない真っ白な空間。足場はありますし、明るさも充分です。どれだけ派手な奇跡を起こしても、それが結界外に漏れる事はありません。
事前付与は不可です。
●決戦シナリオのルール
・参加料金は50LPです。
・予約期間はありません。参加ボタンを押した時点で参加が確定します。
・獲得リソースは通常依頼相当です。
・特定の誰かと行動をしたい場合は『御崎 衣緒(nCL2000001)』といった風にIDと名前を全て表記するようにして下さい。又、グループでの参加の場合、参加者全員が【グループ名】という タグをプレイングに記載する事で個別のフルネームをIDつきで書く必要がなくなります。
皆様のプレイングをお待ちしています。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:3枚 銀:5枚 銅:8枚
金:3枚 銀:5枚 銅:8枚
相談日数
10日
10日
参加費
50LP
50LP
参加人数
48/∞
48/∞
公開日
2019年11月06日
2019年11月06日
■メイン参加者 48人■

●
「唯、火としてあれるならば……」
崎守 憂(CL2001569)は自らの因子により身体バランスを崩し、入院近い生活をしていた。そして動けるようになり、FiVEに参入。その後幾多の戦いを経て、今ここにいる。その経緯に関係するのか、戦いは自らの肉体に振り回されるようだった。
(大河原鉄平が【金】を斬ったのならば――この火が源素を燃やせぬはずもない)
そんな憂が肉体の動きに振り回されることなく戦っていた。否、それは別の力が憂の因子の力を上回っているに過ぎない。自らの炎。それが渦巻き、そして肉体の暴走を凌駕するほどの力で場を支配していた。
「火はただそこに。照らし燃やしすべてを燃やしつくしましょう……燃え尽きた後に……新たな芽吹きを願ってただ燃えましょう」
破壊と再生。それが火の力。その火をもって源素を燃やす。今ある『一の何か』の生み出したシステムを焼き払い、そして灰となった場所から新たな世界が生まれるように。
(――そこに私はいないけど)
だがその炎の薪となるには相応のものが必要だ。憂の魂、命、それら全てを焚いてその炎を生み出す。炎は一瞬凝縮し、そして爆ぜるように戦場に広がった。白の結界内を包み込む紅の光。その光が晴れる頃には、『一の何か』が扱う源素の大部分ととそして憂の姿が消え去っていた――
「いくのだー!」
いきなりの仲間の喪失のショックを打ち消すようにククル ミラノ(CL2001142)が叫ぶ。その声に弾かれるように、覚者達は動き出した。
「おう! いっくぞー!」
気合と共に『正義のヒーロー』天楼院・聖華(CL2000348) が抜刀する。自らの体内に渦巻く炎。この場に満ちた火の源素。そして皆の力で奪い返した源素。それら全てを自らの刃に乗せる。両の刃を構え、笑みを浮かべた。
「お前の攻撃には! 想いが足りないんだよっ!」
この世界には大事なヒトがいる。素敵な仲間がいる。守るべき人がいる。聖華はそれを思い浮かべながら、集まる炎を制御していた。否、それは制御ではない、炎の力を束ね、そして同化するように燃え上がる。自らの想いのままに炎を増幅させていく。
「そんな攻撃、当たらないぜ!」
見える。敵の攻撃が丸で止まっているかのように。そして体は思うままに動いてくれる。空気の流れ、敵の動き、味方の動き、源素の流動。全てが聖華の予想通りになる。道筋は見えた。力もある。思いもある。ならばそれを叩きつけるだけだ。
「俺の背負っているもの。俺が目指した想い。そして魂! それら全てをこの一撃に込めて! 必殺、屠竜灰燼剣っ!」
火山に住む龍すら灰にせんがばかりの炎。聖華はその炎を刃に乗せて、一気に振るう。轟音が響き、烈火が戦場を支配した。人の想いを乗せた一打が『一の何か』を大きく削る。
<想い。一個人の心情がここまでの力を生むか>
「そうよ。ゆねるんたちは一人じゃないの!」
『スーパーコスプレ戦士』立花 ユネル(CL2001606)は言ってポーズを決める。そのまま両手を上にあげ、祈るように瞳を閉じる。思いを一つに束ねる様にユネルはこれまで出会った古妖と、そしてまだ見ない古妖に語りかける。
「古妖ちゃん達! 『皆の力を私に分けてくれ!』なの!」
想いに距離は関係ない。想いに時間は関係ない。たとえ白の結界内に閉じ込められたとしても、それを成し遂げるのが奇跡であり、友情なのだから。ユネルの信じる思いが古妖達に共鳴し、その手に力が集まり始める。
「超破眼ビーーーム★! かーらーの! 超岩砕オラオラッシュ!」
打ち出された一打はユネルを助けようと思いを寄せた古妖の心。その想いを受け取り、ユネルは微笑んだ。放たれた光は『一の何か』を穿ち、同時に強化された拳を叩き込む。何度も何度も何度も何度も何度も。
「そして! 魂を一つ墓地に送って超鉄甲掌!」
両手を広げたユネルの軌跡を追うように、土の源素が仲間達に降り注ぐ。展開されるは不可視の盾。脅威から身を守るためのユネルの守り。世界の未来を守るために、攻めも守りも同時にこなす。それこそが――
「魔法少女ゆねるん! ここに爆誕ッ!」
「なつねの全力全開の癒しパワーなの!」
野武 七雅(CL2001141)はスタッフを手に源素を展開する。たとえどれだけの力を得ようとも、 七雅のやることは変わらない。仲間を守るために戦場に立ち、そして癒しの術式を放つ。皆の明日を守るために今までも、そしてこれまでも戦ってきた。
「なつねが皆を助けるのー!」
『一の何か』が与えてくる過剰ともいえる悪影響を七雅の水が洗い流して清めていく。何度洗っても、また侵食してくる『一の何か』の術。強化された力で何度も押し返すが、それでも終わりはまだ見えない。
(これが本当に最後の戦いになるの? これが終われば平和になるの?)
七雅の脳裏に浮かぶ疑問。『一の何か』は確かに異質な存在で、人の争いを煽るような事をしていた。だがそうでなくても人は争っていたのでは? 『一の何か』を倒したところで、平和になるかどうかはわからない。人の心こそが争いの原因なのだから――
「…………今は、考えないの。今はなつねはなつねの出来る事を一生懸命頑張るの」
だが七雅はその懸念を振り払う。それは未来に考える事だ。戦いが終わり、その後でどうすれば平和になるか。平和とは悪を倒して得るものではない。善を為して得るものなのだ。だから今は、悪を討つために皆を守ろう。
「『一の何か』……ずっと昔からこんなことをしてきたんだ」
刀を構えて『影を断つ刃』御影・きせき(CL2001110)は戦意を固める。これまで多くのものと戦ってきた。それは悪意ある人だったり、破壊の思考しか持たない妖だったり、人を喰らう古妖だったりした。だが――
「はるか昔から、生命を弄んできた。そんなヤツを――」
きせきは妖による事故で両親を失った。そのトラウマこそ消えたが、それでもその事を忘れるつもりはない。傷ではなく過去の一つとしてそれを受け止め、だからこそ他人の命を何とも思わない存在を――
「許せない」
短く言葉を告げ、『一の何か』に向かうきせき。皆が集めた源素を見に纏い、体中に浸透させる。血流と共に五行が広がり、きせきの動きを増していく。より速く、より強く。思うがままに体は動き、そして想うがままに刃は煌く。
「ここで終わりにするよ!」
何千、何万と続いてきた『一の何か』のサイクル。その度に命は利用されてきた。その循環を断つためにきせきは刃を振るう。三の刃が『一の何か』を裂き、その傷口から炎が生まれる。
「命は……お前の為にあるんじゃないんだ!」
「そうだな。引退した身だが、未来を繋げる橋になれるなら」
「お母さんがいたこの世界を……守る」
『雷麒麟』天明 両慈(CL2000603)と『清純派の可能性を秘めしもの』神々楽 黄泉(CL2001332)はそれぞれの武器を手に『一の何か』を睨む。両慈はこれから生まれる子供の未来を守るため。黄泉は過去に自分を守ってくれた人の世界を守るために。
「精々足掻かせて貰うぞ……!」
仲間達の動向を見ながら両慈は戦いの構えを取る。前世の記憶を呼び起こしながら水の源素を展開する。癒しの力を込めた優しい雨が両慈を中心に展開された。未来で誰も欠けることが無いように。そんな思いを込めて、力を放つ。
(皆は……無事か)
『一の何か』の攻撃が覚者達を蹂躙するたびに、両慈は仲間達を確認して胸をなでおろす。それはかつての喪失の傷。仲間の強さを信頼しながらも、その傷が残っているが故。理解と感情は別なのだ。
「前に、出る」
『超燕潰し』を構えて前に出る黄泉。やるべきことは常に一つ。前に出て、力任せに叩き潰す。それ以外の戦い方など知らないし、それ以外にやれることはない。守ったり癒したりは誰かがやってくれる。自分に出来ることを一生懸命。そうすればきっと――
(でも、輪廻は――)
それでも守れなかった者がいる。失った者がいる。それは力が足りなかったから? それに答えてくれる相手はもういない。もしかしたら今いる仲間も、同じように失うかもしれない。その気持ちはどうしても捨てれないでいた。
「――――まさか」
「……輪廻……」
そんな二人の身体をすり抜ける様に、一つの幻覚が通り過ぎる。幻覚とは思えないほどはっきりとした存在。まるで魂が二人に会いにに来たかのような感覚。そのしぐさも、口の動きも、そして二人だけに聞こえた言葉も、生前の彼女のようで――
両慈と黄泉はその幻に一瞬足を止め、そして同時に動き出す。死者は蘇らない。だから今のは幻だ。
「全く、そういうヤツだったな」
それでいい。想いは消えない。傷は癒えない。それでも生きているなら未来に歩んでいける。足踏みしたって、止まっていてもいい。後ろに向かってもいい。両慈はそんな自由人の想いを受け取った気がした。
「まだまだぁぁぁぁぁ!」
振りかぶる黄泉の一撃。魂を乗せた黄泉の打撃が『一の何か』に強い衝撃をあたえ、その動きを止める。世界を守るために、壊す。矛盾しているようで、同じこと。壊す一辺倒だった少女は、ようやく自らの力の意味を知る。
「輪廻さん……?」
『『恋路の守護者』』リーネ・ブルツェンスカ(CL2000862)もまた、両慈と黄泉が見た幻影を感じていた。その姿から勇気を受け、そして戦場に目を向ける。渦巻く力を自らの強化に使い、荒れ狂う『一の何か』からの脅威に立ち向かう。
「行くぞ」
リーネの隣に立つ『歪を見る眼』葦原 赤貴(CL2001019) は短く言い放つ。言葉はいらない。言葉による確認はいらない。大事な事は行動で示す。傍らに立つ者が盾となるのなら、自分は剣となって敵を穿つ。
「安心して下サイ。貴方が剣ナラ私ハ盾。絶対、絶対守り切ってミセマスネ!」
赤貴の前に立ち、リーネが胸を叩く。迫りくる『一の何か』の力を受け止め、そして背後にいる赤貴に通さない。願ったことはただそれだけ。大事なヒトを奪わせない。ただそれだけの、乙女の願い。それがリーネを支え、そして力を与えていた。
「『オレは、障害全てを貫く剣となってみせる』。言ったことは、やるさ」
リーネの背中を見ながら赤貴は力を溜め続ける。彼女が護ってくれるから、こうして集中できる。土の源素を溜めこみ、束ね、そしてまた重ねていく。かたい岩石に力を加え、さらに圧縮していくイメージで。
「赤貴君! ……カ、カ、勝ったら! 私を幸せにしてクダサイ、デス!」
倒れそうになる意識を保つために、気合を入れて叫ぶリーネ。言った後で悶絶しそうになるが、お陰でどうにか意識は保てた。赤貴からの反応はない。元も無愛想だが、それでもこちらを無視する相手ではないと知っている。
「喰らえ『十拳剣』」
重ねに重ねた赤貴の土の力が顕現する。浮かぶは十の拳ほどの長さを持つ剣。イザナギが黄泉の国からの追っ手を払ったといわれる伝説の剣。剣は源素に寄生する『一の何か』を払うため、真っ直ぐに打ち据えられる。
「全力を注ぎこんだ。……撃った後は、任せる」
「エエエエエエッ!? その、返事ハ! っていうか、了解デス!」
全力を放ってリーネの背中に倒れ込む赤貴。リーネはそれを支え、そして相手の方を見た。もう誰であろうとも大事な物を奪わせはしない。その為にこの力はあるのだから。
「こやって、2人の手を合わせると、どんな奇跡でも起こせそうな気がせん?」
「ふふ、奇跡も二人でならきっと起こせますよ? 那由多さんの頑張りは何時も見てましたからね」
『泪月』椿 那由多(CL2001442)と『深緑』十夜 八重(CL2000122)は横に並んでそんなことを言う。これまで様々な戦いを得てきた二人だからこそ起こせる奇跡。二人だからこそ見る事が出来る光景。二人だからこそ導ける未来。それを思い、同時に息を吸う。
「今日まで一緒に来れた事、感謝しとります。八重さんがおってくれたから、やってこれた……ありがとう」
八重に感謝の言葉を乗せて、源素の力を開放する。那由多の掌に水が集い、天に昇って降り注ぐ雨となる。那由多の源素が含まれた雨は強い癒しの力となって戦場に降り注ぎ、覚者達を癒していく。
「水の加護が、貴女ににありますように……! 本当に、ありがとう八重さん。それしか、言葉があらへん」
これまでであってきた人に感謝を。そしてこれから出会う人に笑顔を。那由多はそう心に決めて奇跡を解き放つ。そしてその隣に彼女がいれば、それはどれだけ幸せな道のりなのだろう。
「私はちょっと後ろから後押ししただけですから。そうやって周りの色々な人のことを素直に力にできる、那由多さんだからです」
那由多から流れる魂の力。その力を受け、微笑む八重、これまでも、そしてこれからも那由多はそうしていくのだろう。その隣でそれを見る事が出来るのなら、それは楽しい旅路になるに違いない。
「那由多さんの力受け取ります」
那由多の魂に上乗せするように八重も魂の力を開放する。那由多の頑張りと自らの想い。二つ重ねて癒しの力に変換する。『一の何か』の猛威から人を救う希望の光。暖かく柔らかい希望の光が解き放たれる。
「行こ、八重さん」
「ええ。行きましょう」
那由多と八重を基点に、光り輝く雨が降り注ぐ。犠牲なく進める未来。皆が幸せになれる世界。そんなおとぎ話のような夢をかなえる為の奇跡。ありえない、と否定するのではなくそれでも歩もうとする乙女二人の希望の声。
「……時が来た、それだけの話だろう」
「よし! 絶対守るぞ!」
【黒橡】の八重霞 頼蔵(CL2000693)と『誓いの剣』天堂・フィオナ(CL2001421)は『一の何か』を前にそれぞれの思いを込める。頼蔵は諦念の内から希望を見出し、フィオナは絶望を撃ち砕くべく勇気を振り絞る。
「無限無窮などまやかし……うつろわざるモノなど無く、終焉こそ必定。だが――」
『一の何か』を見ながら頼蔵は静かに思う。星の創生から生きてきたと思われる存在。そんな相手からすれば、人間など塵芥だろう。利用していいように使うという感性も理解できなくはない。その壮大さを思いながら、しかし譲れないものがある。
「私の楽しみの邪魔をすると言うなら、嗚呼、ヤツには消えてもらうしかない」
享楽的に生きる頼蔵にとって、自らの楽しみを奪われることは我慢ならない。この悪意だらけの世間の中で、それでも人間を信じる呆れるほど愚直で、まぶしいほどに美しい存在。その笑顔(うつくしさ)を歪ませる事は許さない。頼蔵は隣に立つフィオナを見る。
「問題ないぞ……! 諦めが悪いのが、私の取り得だし!」
『一の何か』の攻撃に膝をつきそうになるも、今生で耐えるフィオナ。『ガラティーン・改』を杖に立ち上がり、背筋を伸ばして剣を構えなおす。騎士は常に前を見る。騎士は心折れることなく敵に挑む。諦めない心こそが、騎士なのだと魂が訴えている。
「みなも様……『フィオナ』……前世の私……皆、私に力を!」
フィオナの身体を蒼い炎が包み込む。炎は守りの力となって仲間を包み込み、そして治癒力を活性化させていく。誰かを守るための力。それがフィオナが望んだ奇跡。亡くしたものはもう戻らないけど、今いる者は守ることが出来るから――
「フィオナ、頃合だ――」
「――うん、一緒に行こう!」
頼蔵の合図と同時にフィオナが駆ける。合図はいらない。共に戦い、理解しあった者同士だ。何処を攻め、何処を守るか。言われるまでもなく理解できる。フィオナの攻撃で生まれた隙を頼蔵が埋め、頼蔵の動きに合わせる様にフィオナが剣を振るう。舞踏会のように息を合わせて舞い、途切れることのない剣と弾丸が荒れ狂う。
「これは捨て身とか自己犠牲とか、そんなのじゃなくて――皆と、大切な人と明日へ行く為に、私の全部を懸けるんだ!」
「生きる為に命懸け、全く君らしいよ。……しかし、だから面白い。だから、愛おしい」
覚者達の猛攻が『一の何か』を傷つけていく。力を奪い、少しずつ消滅へと追い込んでいく。
<まだ滅せぬ。汝らこそ滅びゆくがいい>
だが悠久を経た存在はまだ滅びない。源素を用いた猛威が、覚者達を包み込む。
未来をかけた戦いの結末は、未だ決まらない。
●
苛烈な『一の何か』の源素複合術。長く源素を支配していたからこそ使える技に覚者達は体力を奪われる。
だが、その術を見て瞳を輝かせるものもいた。
「お前の毒はボクのモノ! ボクの毒はボクのモノ!」
『毒鴉』天堂・アガタ(CL2001611)である。毒と共に生き、毒と共に進んできたアガタ。その人生は正しい道とは言えないけど、それでもアガタなりに満足している。退屈よりは激動を。そんなアガタだからこそ得られる道もある。
「触れるとヤバイ系の毒? それとも体内に入るとまずい毒? 気体、液体、固体? どんな毒でもアガタさんにかかれば解析しちゃうよ!」
毒使いの隔者として生活していたこともあり、毒に対する知識が深いアガタ。そして倫理的なブレーキがないゆえに、肉体的に詳細なデータを持っている。それ故に毒に対する知識は深い。『一の何か』の燃えるような毒を我が身に受け――
「――いただきっ! 木は火を生ずもので毒こそボクの人生なんだ。ボクに使えぬ道理は無し!」
体内で循環する赤い花弁の毒。その源素的な術式を理解し、そして解き放つ。短い期間に咲く鮮やかな赤い花。その在り方を示すようにこの術もアガタが仕えるのは今この時だけだろう。だが、いずれ完全に我が物にする。それだけの熱意がアガタの中にあるのだから。
「鮮やかに燃える毒の華ときたら、どう考えても可愛いアガタさんが使った方が映えるでしょ?」
「『一の何か』は自分が成長する為に、今までこんな事して来たんだね」
目の前にいる『一の何か』を前に百目木 縁(CL2001271)は息を飲む。人を使って源素を成長させ、それを喰らう。その為に人同士を争わせた。妖を使い人を殺した。大妖を使い、恐怖を与えた。ただ、自分の為だけに。
(僕が山に捨てられて……おじいちゃんとおばあちゃんに出会えたのも『一の何か』がいたからなのかもしれない。でも――)
縁は自分自身の親を知らない。祖父母と呼ぶ人間も血が繋がっているわけではない。だけど二人は間違いなく自分を育ててくれた家族だと言える。そんな祖父母に出会えたのは、もしかしたらこんな時代だったからかもしれないのだ。でも――
「多くの人が苦しんだり、おじいちゃんおばあちゃんが死んだのも、みんな『一の何か』が自分の成長の為だけに殺されたんだ」
縁の祖父母が死んだのは、憤怒者に襲われたからだ。源素を使えない人間の恨みの暴走。それを生んだのも『一の何か』だ。自分自身の為だけに人が争う事を誘発するのなら、そんなことを許してはおけない。
「僕は弱いけど……皆の役に立つんだ!」
決意と共に縁は力を開放する。力は螺旋を描き、『一の何か』の土と火の源素のバランスを崩した。燃える岩が音もなく消え去っていく。
「そうだよ……そんなこと、許しちゃおけない……!」
『ホワイトガーベラ』明石 ミュエル(CL2000172)も静かに怒りに燃えていた。人が人を差別すること。人が人と争う事。そんな事が当たり前の世界を作り、その蜜を吸い上げる。そんな事を許してはおけない。
「みんなが全力を出せるように、最後まで支えるつもりだから……」
ミュエルはその容貌から差別されていた。それは源素や神秘とは関係のない事柄だ。ただミュエルの要望に嫉妬したからにすぎない。そんな人の心の弱さを身をもって知っている。その弱さに漬け込み、争わせる。そんなのは悲しすぎる。皆、その手のひらの上で踊っていたなんて――!
だが忘れるな。争うのが人の業(かるま)ならば、手を取り合うのもまた人の業(かるま)。人は弱いからこそ争い、弱いからこそ協力する。ミュエルはその事も知っている。だからこそ、口にするのだ。
「絶対ぜったい、みんなで勝とうね……!」
一人ではなく、皆で。
「カラミンサ・ネペタ――!」
ミュエルの足元に白い花が生まれる。花弁は宙を舞い、香しい風となって戦場に広がっていく。ミュエルの想いを乗せた風は仲間達に届き、その気持ちに応える様に覚者達の肉体は治癒力を増していく。『一の何か』の悪意に負けぬ強い意志を宿すように。
「そうね。『一の何か』の思い通りにはさせない」
『月々紅花』環 大和(CL2000477)は頷き、戦場を見る。自らの為に源素を成長させ、我が物とする存在。源素とは自然の在り方。誰のモノでもないそれを私利私欲の為に利用する。そんな事があってはならない。
「明日香、行きましょう」
守護使役に声をかけ、大和は精神を集中させる。これまで共に歩んできた存在。そしてこれからも共に歩んでいくのだろう。この戦いがどういう結末になり、その後世界がどうあろうともそれだけは変わらない。そう信じていた。
「源素の力は皆のものよ。争いの種になってはいけないわ」
術符を取り出し、宙にばらまくように展開する。ひらひらと舞う術符は花びらのよう。大和を中心として咲く花の如く。しかしそれは一つの結界。符の位置、角度、枚数、書かれている内容。それら全てが意味をなす。
「わたしの中の全精神力を皆に届けて」
大和を基点として、天の源素が符で生み出された結界内を乱舞する。源素は符に当たると別の符に向かって飛び、全ての符を繋ぐように天の光が形を成す。生まれた形その者が意味を生み、力を増幅して解き放たれる。気力を癒す天の光が覚者達に降り注いだ。
「俺も回復に回るぜー」
軽く手をあげて藤森・璃空(CL2001680)が告げる。基本的に厄介事とは一線を引く璃空だが、他人を見捨てられない性分が戦場に足を運んでいた。このままだと、同じような戦いは続く。千年後はおそらく世界中で。
「あんま、植物の皆に負担かけるのも悪ーんだけどなー」
言って因子の力を活性化させる璃空。数多ある植物から力を借り、その成長の力を見名に分け与える力。その力に『一の何か』から奪い取った源素の力を加味した。増幅される植物の力が、仲間達を癒していく。
「これで最後ってことで頼む、な」
章物たちに謝罪をした後に、璃空は『一の何か』を見る。植物よりも古くからある存在。おそらく、そうすることでしか生きていられなかったのだろう存在。病床に伏していた璃空にはなんとなくそれが理解できた。生きる為に、そうしたというのなら。
(それでも、駄目だよなー。その為に俺達が争わなきゃいけない理由はないんだ)
生きる為に戦うのは、誰もが同じだ。同情はできない。生きる為にぶつかり合ったとき、どちらかが生き残るために戦う。それは避けられない事なのだから。
「……奇跡でも、死んだひとは、戻らない……」
大辻・想良(CL2001476)は無駄と知りながらそれを願い、そして届かない事を知った。失った父の魂はもうこの世にはない。転生したか、天に還ったか、それさえも分からない。だからこそ、安堵する。『一の何か』に汚されることがないのだから。
「……父さん、見てて、ね……」
言葉と共に想良は翼を広げる。目の前にいるのは人同士の争いを煽り、妖を発生させた根源そのもの。『一の何か』がいなければ、父は生きていたかもしれない。その怒りを力に変えて、雷撃を解き放つ。
「……うん。皆、頑張って……」
満ちる天の源素を翼に乗せて、羽ばたくようにして散開させる想良。広がる天の力が味方に降り注ぎ、疲弊した気力を満たしていく。他人と強く接点を持たない想良だが、共に戦う仲間を支える意味は理解している。
「……天」
そんな想良を心配するように寄り添う守護使役。それを撫でる様にして、小さく笑みを浮かべた。大丈夫、と安心させるように。自らが、安心するように。
「へっ、気力充分だぜ!」
仲間達の支援を受けて『守人刀』獅子王 飛馬(CL2001466)は笑みを浮かべた。体力気力ともに満ちた状態だが、それでも目の前の存在をどうにかできるかはわからない。だが、きもちだけは負けないと二本の太刀を構える。
(『対の先』『先の先』……そして『後の先』。それこそが巌心流の基礎!)
武術における三つの『先』。それを兼ね備える事こそが巌心流の心構え。技に僅か先んじて交差する事。相手の挙動の瞬間に動いている事。相手の技の後に動くこと。どれいいかというのではない。その三つを組み合わせることが巌心流なのだ。
「俺がいる限り、仲間は誰も傷つけさせない!」
飛馬は誓い、そして刀を構える。それは刀への誓い。祖父と父の名を持つ刃に誓い、仲間を守る。その覚悟と意志が力となり、金剛不壊の壁となる。開眼する『先』により、あらゆる動きは飛馬の前で意味をなさなくなる。
「巌心流、獅子王 飛馬推参! この名前、決して崩れぬ巌と知れ!」
迫る攻撃を弾き、流し、そして受け止める。飛馬の目は『一の何か』の挙動をしっかりとらえ、そして刃の一振りで無に帰す。この動きこそが巌心流の最秘奥。守るという意思を心技体で体現していく。
「五麟学園の保健委員、栗落花 渚参上だよ!」
びしっと保健委員の腕章を掲げる『天使の卵』栗落花 渚(CL2001360)。そのポーズは誰かを癒すこと、誰かを助ける事を誇りに思っている証だ。かつて自分が助けれたように、今度は自分が誰かを助ける番だ。
「みんなー、一気に癒すからねー!」
言って渚は『妖器・インブレス』を構え、戦場を走る。多くの仲間を癒せる位置に陣取り、味方の動きを予測しながら近づいて癒していく。動線の把握、走り回る体力、必要事項の確認。全て医療の現場では必要なことだ。
「まだまだ倒れさせませーん!」
『一の何か』の攻撃で戦線が崩れそうになるのをみて、渚は力を開放する。その背中に生えた6枚の光輝く羽根。その羽ばたきと共に粒子が舞い、仲間達の傷を癒していく。戦場の天使は死を看取るのではない。死を退ける活力を与えるものだ。
「ほらほらー! 傷は何とかするから、頑張ってー!」
鼓舞し、癒し、そして走り回る。渚のそんな姿に元気をもらう者も少なくない。人を癒したいと思う姿そのものが戦う気力を生んでいく。
「……ここまで来たんだ。勝たないとね」
「ええ、きっとうまくいきます」
高比良・優(CL2001664)の言葉に頷く上月・里桜(CL2001274)。些か楽観的な言葉を返す里桜の言葉が、今の優にはありがたかった。ここで勝たなければ、未来は暗澹としたものとなる。ここまでやって勝てないのなら、もう人間には打つ手がないのだ。
「一気に行くよ」
優は場に満ちた源素を見に纏い、身体能力を増す。吸い込む空気がハイカラ全身に駆け巡り、体中を熱く刺激していく。火の術式でさらに肉体を活性化していき、生まれた力を叩きつける様に銃に力を籠める。
「――炎よ」
脳裏に浮かぶのは烈火の赤。全身を駆け巡る熱と赤の光景。優は自分の体が燃えている錯覚を起こす。否、自分自身が焔となって、燃え上がっているのではないかとさえ思った。その熱量を一点に集中させ、引き金を引く。業火の弾丸が銃口から放たれ、『一の何か』を貫いた。
「……っ!」
「大丈夫。しばらく休んでいて」
術式の反動で膝をつく優を守るように里桜が『一の何か』の前に立つ。槌の壁を展開し、大地の加護を身に纏って衝撃に備える。迫りくる『一の何か』の術式を受け止め、それで貰折れることなく里桜は立ち尽くす。
「流石に……楽ではありませんね」
幾多の戦いを経験してきた里桜だが、それでも『一の何か』との戦いは楽観できるものではない。一つ一つの攻撃が重く、受け止めるだけで精いっぱいだ。それでもここで倒れるわけにはいかない。
「祈るように……撃つ」
そんな里桜の姿を見ながら、優は銃を両手で構え、額に押し当てる。その構えは、何かに祈っているかのようにも見えた。祈る相手は神ではない。これまで歩んできた自分の経験にだ。自分ならやれる、という自己暗示で手の震えを押さえこむ。
「結界符・癒!」
里桜は自らを含めて、周囲の者を癒すために符を放つ。符は里桜の意志に従い立体的な陣を展開し、その内部に居る者を癒していく。更に里桜は力を込め、癒しの力を強化して解き放った。『一の何か』の穢れを払い、傷を癒していく。
「ありがとうございます」
回復の術を受けて『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)は頭を下げる。『一の何か』の攻撃は苛烈だ。自分一人だけなら倒れていただろう。ここに集まった人ずべ手に感謝を掲げ、ラーラは魔導書を手にする。
「ペスカ、行きましょう!」
守護使役に声をかけ、ラーラは戦場に立つ。意識すると同時に魔導書に魔法陣が生まれ、その上に炎が展開される。この世界を循環する流転の炎。破壊と再生を繰り返す赤の弾丸を『一の何か』にぶつける。
「まだです……まだ足りません。もっと、強く……!」
ラーラは魔導書にさらに源素を注ぎ込み、更なる火力を求める。ラーラ自身が持つ源素全てを注ぎ込んでもまだ足りない。『一の何か』から奪い取った源素を注ぎ、それでもまだ足りない。ならば――
「これで!」
どくん、と心臓が一つ跳ね上がる。己を構成するエーテルと呼ばれる魔法的要素。ラーラはそれを魔導書に捧げた。それに呼応するように魔導書の魔法陣が崩壊し――そして新たに作り変えられる。魔導書と言う形あるものではなく、魔法陣そのものが神具となって。
「これは……魔力が解放されて――これなら!
良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ!」
ラーラは膨れ上がる魔力を制御することなく解放し、炎を生む。膨れ上がった炎はこれまでの数倍の火力を持つ。それを矢次に解き放ち、『一の何か』の攻撃を圧倒していく。
「……大きい、相手ですね」
「これだけ大きいと、全体が良く見えないねぇ……」
『一の何か』の大きさを前に『想い重ねて』柳 燐花(CL2000695)と『想い重ねて』蘇我島 恭司(CL2001015)はただそう言うしかなかった。物理的な大きさもあるが、そこに秘めている力の『質』も膨大だ。弱体化させてなければ、一瞬で塵芥になっていただろう。
それでも恐怖はなかった。何故なら――
「これが、最後。今までいろいろありましたが、『こんなこともあったね』と遠い未来で笑いましょうね」
「この戦いの結果、妖や古妖がどうなるかはわからないけれど……そうだね、この戦いを笑って話せるようにしよう」
互いの指先が、同時に動いて触れ合う。たとえ相手が強大であったとしても、二人一緒なら怖くない。この戦いは通過点。これから先、二人で歩む未来の一エピソード。
触れ合った指先は、すぐに離れる。燐花は前に。恭司は後ろに。これが二人の立ち位置とばかりに。
「――この動き、ついてこれますか?」
猫のように身をかがめ、戦場を疾駆する燐花。否、それは疾駆ではない。僅か一歩で十歩を進む移動は、もはや獣すら超えている。何よりも驚愕すべきは、燐花自身がその速度に振り回されていない事だ。
だが――それさえも『一の何か』は捕らえ、術式を放つ。
「燐ちゃんを倒させはしないよ」
だが――その動きに呼応する恭司。『一の何か』が放った衝撃波のタイミングをずらすように雷撃を落とし、燐花への直撃を避けさせる。体内に満ちた源素は彼女を守るために。その為だけに、持ちうる力を使う。
「速度を刃に……!」
交差の瞬間に刀を振るう燐花。刃は『一の何か』を削り、斬られ手千切れた部位は無に帰した。だがそれだけでは止まらない。何度も何度も何度も交差し、そのたびに削られていく『一の何か』。戦場に、刃の風が吹き荒れる。
「無茶をしないでくれよ」
だが燐花の動きは身を削る動きだ。本人は何も言わないが、恭司にはそれが見て取れる。その傷を癒すべく、水の源素を解き放った。優しい雨が燐花を包み込む。恭司の力を感じながら燐花は更に速度を増して斬りかかっていく。
「結局のところ、あれは何なのだろうな」
「星に巣食う寄生虫さ。害虫駆除はしっかりやらないとな」
『エリニュスの翼』如月・彩吹(CL2001525)の問いに答える『地を駆ける羽』如月・蒼羽(CL2001575)。それは何とも、と納得し彩吹は肩をすくめた。
「予約済な指輪を彩吹さんに渡すまで世界滅ばれると困るんだよねー」
彩吹に聞こえないように、ぼそっと呟く『呑気草』真屋・千雪(CL2001638)。『一の何か』は世界を滅ぼしはしないが、彩吹がいない世界は千雪にとって滅んだも同然だった。
「何千年も続いてきた、こいつの支配、搾取を止めるんだ!」
「人から搾取することを考えず、人を慈しむことを覚えてくれれば……貴方は今とは違った何かになれたのかもしれませんね」
「お兄ちゃんも、いぶちゃんも、そわお兄ちゃんもすみちゃんも、ほかの仲間たちも、みんなみんな、絶対に守るから!」
『天を翔ぶ雷霆の龍』成瀬 翔(CL2000063)が拳を構え、『居待ち月』天野 澄香(CL2000194)が詮無きことと息を吐く。そしていつもは朗らかな『モイ!モイ♪モイ!』成瀬 歩(CL2001650)が気合を入れる様に拳を突き出した。
「よろしくね 未来のヒーロー」
「おう! 行くぜ!」
彩吹と翔が同時に集めた力を用いて身体能力を強化し、『一の何か』に攻撃を仕掛ける。宙を舞い責める彩吹、そして距離を離して術を放つ翔。二人は円を描くように移動しながら、互いの動きを阻害しないように攻撃を加えていく。
「だけど無理は禁物だよ。歩も澄香、君の相棒……他にもたくさんの人が翔の帰りを待っているんだから」
「任せとけよ! ヒーローは最後に立ってるもんだぜ! それにオレ、将来なりたいものができたしな。こんな所で散るわけにゃいかねーんだ!
蒼羽さん、悪いけど歩頼む!」
翔の言葉に頷く蒼羽。歩と住処を守るような立ち位置を取り、ショットガントレットで『一の何か』の攻撃から仲間を守っていく。広範囲に影響する滅びの攻撃を奇跡の力を拳に集中して弾いていた。
「ありがとうございます。でも無茶は駄目ですからね、全員無事帰還するんですから」
澄香は言いながら意識を集中し、術式を練り上げる。源素そのものから授かった木の術式。神の名を宿す極技。それに奇跡の力を乗せて解き放った。生と死を繋ぐ括りの姫。その力を強化し、生まれる効果を『一の何か』に強く縛り付ける。
「私の持てる力全てで何としてでも、貴方の動きを阻害させて頂きます。仲間達に手は出させません……!」
「そうだよ! あゆみも頑張るから!」
澄香の術で動きを止めた『一の何か』の隙を縫うように歩が癒しの術を展開する。『一の何か』から奪い返した力の塊と、自らの魂を燃やして重ね合わせる。誰も傷ついてほしくないという歩の願いをかなえるように、戦場に居る覚者の傷が癒されていく。
「ほんとの神様、お願いします!」
「ありがとー。お陰で元気になったよー」
軽く手を振る千雪。戦場全体を見ながら動き、如月兄妹の動きを補助するように千雪は動く。基本的には『一の何か』の阻害だが、彩吹の動き次第では庇うつもりでもいた。庇われた彼女はあまりいい顔をしないだろうが、それでもだ。
「ホント、無茶するんだから。まあ、だったら僕が無茶するのもいいよね?」
「『一の何か』も、もう少し違ってれば本当に神様になれただろうにな」
「かもしれません。ですが――」
翔の言葉に頷く澄香。それはもう、ありえない事なのだ。『一の何か』からすれば人間は情をかけるに値しない存在。人間が空気中の窒素や酸素に情を持てないのと同じことだ。
「ああ、だったらこいつを喰らってな! 行くぞ、空丸!」
翔は守護使役と力を合わせ、術を練り上げる。生まれるは天空をかける稲妻の龍。翔の言葉と共に解き放たれた雷撃は、『一の何か』に絡みつき、雷の牙を突き立てる。『一の何か』が悲鳴を上げる事はないが、その一撃は確かにその存在を削り取っていた。
「まだまだ負けないぜ!」
トンファーを十字に構えて『五麟マラソン優勝者』奥州 一悟(CL2000076)が攻撃に耐えていた。己の武器に纏わせた軌跡の光。それを盾にして『一の何か』の攻撃をさばいていた。
「いくぜ! これでもくらいな!」
そしてトンファーの持ち手を回転させて、攻めに転じる。攻防の切り替えが素早いのがトンファーの利点だ。一悟は最前線でトンファーを回転させながら戦線を維持していた。流れる血を源素の炎に変えて、迫る術式を焼き払う事で耐え凌ぐ。
「まだだ……まだだ……!」
幾度となく『一の何か』から攻撃を受け、疲弊する一悟。しかし持ち前の体力と精神力でなんとか堪えていた。今はまだ倒れる時じゃない。そう言い聞かせ、時を待つ。そして――
「今だ! どこかにいる神さま、仏さま。マジ頼む! オレに、オレたちに力を貸してくれ!」
機を見出すと同時に一悟は賭けに出る。今この場に居る覚者達の攻撃を大技に変え、一悟のトンファーの先に集わせる。細く鋭く凝縮したそれを、力の限り叩き込んだ。激しい衝撃が戦場に響き渡る。
「……まだ倒れねぇか……!」
だが予想していたほどの衝撃は生まれなかった。他の覚者と連携を取ってさえいれば、或いはこの一撃で致命的な打撃を与えられただろうが、それでも十分な一撃だ。
<二種混合術では滅びぬか。ならば――>
それでもなお『一の何か』は滅びない。十万を超える年月の間源素を扱ってきた存在は、まだ健在だ。
未来をかけた決戦は、佳境に向かう。
●
三種複合術。
終焉を形どるそれは、その一撃だけで状況をひっくり返しかねない一撃だ。
「ああ、カミサマ」
その一撃を前に『猪突妄信』キリエ・E・トロープス(CL2000372)は祈る。その視界に映るのは『一の何か』が生み出す神々の滅び。それを見てキリエは静かに祈りをささげた。怒りではなく、自愛をもって。
「この敵が、神々の黄昏を、終焉を騙るなど、あってはならないことなのです」
キリエの信仰は――大人しめに言って狂っている。だがそれはキリエ自身が悩み、苦しみ、そして到達したが故の信仰だ。そしてそこにいる神が偽物だとしても、キリエが持つ信心は真っ直ぐで、清らかなものだった。
「ああ、カミサマ。わたくしのからだをお使いください」
真っ直ぐで迷いない心が、奇跡を生んだ。炎がキリエの体を包み込み、自らを贄に燔祭を行う。炎は終焉を告げる巨人を焼き払い、そして世界を形どる樹木さえ灰と化す。灰は灰に、塵は塵に、土は土に。
「わたくしのカミサマは不滅。心ある限り、人がいる限り、神もまた共にあるのです」
自らを巻きにしながらキリエはむしろ喜びを感じていた。この痛みはカミサマがいる証明。この喜びはカミサマを感じているからこそ。人がいる限り、神もいる。神とは人の信心の中にこそ存在するのだ。
「さぁてさて。殿、最後らしいしキリキリ働こうか」
「ツム姫ー、大目玉のつむじ見えた?」
「旋毛って何処よ?」
そんな会話を交わす『アイラブニポン』プリンス・オブ・グレイブル(CL2000942)と『天を舞う雷電の鳳』麻弓 紡(CL2000623)。プリンスが『一の何か』の攻撃を塞いだり、紡が回復や支援を行ったりと火力ではなく後方支援に動いていた。
「チーカマ、かもーん! 民に余達の絆を見せつけてやろう」
プリンスは守護使役に語りかける。龍の力がプリンスの鎧に降り注ぎ、不可視の盾となって顕現する。これまで共に戦った守護使役と共に民の為に前に立つ。これがプリンスの王の意味だ。危険に対し前に立ち、ついてくるものを鼓舞する王。
「戦うのは……任せたよ。ボクの分まで殴ってきてね」
この戦場のどこかに居るだろう相棒や親友のことを思いながら、紡は支援に回る。不安がないわけではない。だがこれまで共に戦って来た仲だ。そこには深い信頼があった。だから心配はしない。戦いを終えて、軽口を叩こう。
「んー。封じる技がかぶってる民はいなさそう? ならよし。『王子ディスターブロウ』!」
念波で連絡を取り合おうとするプリンスだが、皆余裕がなさそうという事に気付いて諦める。だが問題はなさそうと判断して、神具の先端に天の源素を集めた。水と天と木の三種複合術。その繋ぎとなる天の源素を崩すため、天の源素を解き放つ。
「おー、やるじゃん、殿! それじゃあボクも――!」
プリンスが『一の何か』の攻撃を封印したのを見て、紡も今が頃合いかと動き出す。天の源素と水の源素を同時に活性化させ、自分の真上に向かって撃ち放つ。生まれたのは青い稲妻の鳳凰。鳳は戦場を羽ばたきながら癒しの風雨を運び、覚者達の傷を癒していく。
「そしてもーひとつ! 好きなだけ殴ってきて!」
紡は更に術式を展開していく。地面を走る稲妻が仲間達の神具に絡みつき、その攻撃力をあげていく。癒しの雷雨と天罰の稲妻。その両方を同時に展開する。その恩恵を受けた者達が、一気呵成に攻め立てる。
「――来る」
納屋 タヱ子(CL2000019)は『一の何か』の気配に気づき、身構える。渦巻く源素の濃度が増し、死の気配が強くなる。常に戦いの中に身を置いて、防御に徹してきたからこそわかる強い気配。それを感じ取る。
「人が新たなる未来を迎える為に」
二枚の盾を構え、タヱ子は『一の何か』を見る。はるか昔から源素を喰らい、成長してきた存在。それがいる限り、人は争い、そして源素は搾取されるだろう。人が生きる為にあってはならない存在。それを見据える。
「構えて、庇って、耐える。それを四年間やってきた……できる!」
『一の何か』から解き放たれる衝撃波。それは五つの源素を同時に解き放った純粋な源素そのものの爆発。タヱ子は盾を構え、その前に立つ。 天、沢、火、雷、風、水、山、地の八要素がタヱ子の前に顕現する。八卦の力が覚者全員を守るために展開された。
「人は、あらゆる脅威を超えていく……『一の何か』も! その為の、礎となるのなら!」
覚者全員に広がる衝撃をタヱ子一人で受け止める。それはとても耐えられるものではなかった。五行とは自然そのもの。だがタヱ子はそれを耐えきる。守りに関する矜持が、最後の最後で踏みとどまる要因となった。
そして、受け止めた瞬間に動き出した者達がいる
「今だ!」
『涼風豊四季』鈴白 秋人(CL2000565)はタヱ子が受け止めた術式を見る。追い詰められた『一の何か』が放つ源素そのものの爆発。複雑な術式ではあるが、受け止めて動きが止まっているのならあるいは。
「『一の何か』……これまで命を散らしてきた者達の想い。それを受けるがいい」
言って瞳を閉じる秋人。自らの体内をめぐる水の源素。『一の何か』が持つ水の源素。視界を閉じることで、二つの水の感覚がよりはっきりと理解できる。その大きさは違えど、その『流れ』は変わらない。
(……やれるか? いいや、やる!)
秋人は手をかざし、水の源素を手のひらに集める。『一の何か』の水の源素の動きに合わせるように、自らの源素を動かしていく。そして解き放たれた五種混合術に干渉し、その流れを奪い取ろうと力を籠める。
「おお、おおおおお!」
裂帛と共に水を操る力を籠める秋人。ここが正念場。持ちうるすべての力をもって、相手の水に干渉する。圧倒的な差があろうが関係ない。水を操ることに関しては負けられない。それだけの経験を重ねてきたのだから。
「これならいけるぜ!」
『ファイブブラック』天乃 カナタ(CL2001451)は秋人が水の力を奪い取ったのを好機とみて動き出す。今までは戦線維持のために動いていたが、ここが勝負所と攻勢に出る。一呼吸おいて、一歩前に踏み出した。
「その水、捻れ狂え!」
カナタは自らが使う濁流の術式をイメージする。荒れ狂う海の渦。そのイメージのままに自らの水の源素を回転させ、そしてそれを『一の何か』が放った術式の水の部分に宛がった。激しい『水』の差に押しつぶされそうな感覚がカナタを襲う。
「茉莉ちゃんとの結婚ハッピーエンドの為に、あんなヤツに負けるかっつーの!」
その圧力をはねのける様に気合を入れて叫ぶカナタ。大好きな人と幸せになる。その純粋な気持ちが絶望をはねのけ、力を増していく。宿った力が奇跡となって、水の螺旋は激しく上昇して『一の何か』の源素を乱していく。
「よっしゃ! 頼むぜ蒼羽兄!」
「ああ、全てお返しするよ!」
その時を待っていた、とばかりに蒼羽はショットガントレットを構える。暴走した術式に向かい、真っ直ぐに拳を突き出した。奇跡を宿した打撃は暴走する術を『一の何か』に押し返す。
「防御はさせない」
さらに蒼羽は魂を燃やし、はじき返した術を追い越して『一の何か』の防御術に拳を叩きつける。障害があれば殴り倒す。それは如月家の家訓。長兄としてその家訓を示すように、真っ直ぐに拳は叩きつけられる。
「蒼羽さんには色々お許しもらったり、お手伝い頂かないとだし、これくらいわね」
蒼羽の攻撃に合わせる形で千雪も魂を賭して術を解き放つ。足元から蔦を伸ばし、『一の何か』に絡みつけた。その数は十、五十、百、五百、千――。幾重にも絡みついた蔦からは様々な花が咲き、花粉に含まれる様々な成分が『一の何か』を侵していく。
「ほう」「ほう」
「うわぁ、そんな顔しないでよ!」
如月兄妹から鋭い視線を受けて、千雪は頭をかく。自らの存在を削った攻撃に怒っているのだ。てへぺろ、と軽く謝るが後が怖いよなぁ、と千雪は冷や汗をかく。
「『一の何か』……確かに発現により確かに自分達は仲間や絆を得た」
『五麟の結界』篁・三十三(CL2001480)は自分自身の人生を顧みる。確かにFiVEという絆は覚者があって初めてできた。もし『一の何か』がいなければ、今ここにある仲間とは出会ってなかったかもしれない。
「しかし、これまでに起こった数えきれない悲しみを忘れる訳にはいかない」
だが、今まで起きた悲劇を忘れるつもりはない。力をもつ者が暴れ、力無き者が恨み、その差によって人間同士が争い合う。争い合ったのは人間同士だが、それを誘発して良しとしたのはこの存在だ。それを許してはいけない。
「誰も倒れさせやしない。その為に僕はいるんだ!」
言って三十三は水の源素を活性化する。生命を育てる優しき水の力。力尽き果て倒れた仲間に癒しの水を降り注ぐ。その一滴が仲間達の意識を覚醒させ、再び戦う力を与えてくれる。
「こんなことはもう終わりにするんだ! 皆の力で!」
三十三の言葉と共に雨が降る。それは先ほど降り注いだ命の水。一滴生み出すだけでも難しいそれを、雨のように広範囲に降り注がせる。自らの魂を媒介にして、倒れた覚者全てが今立ち上がる。
「強大な存在である『一の何か』を前に怖くないといえば嘘になります」
『星唄う魔女』秋津洲 いのり(CL2000268)は静かに頷き、己の中にある恐怖を認める。幾万の年月を得て成長してきた存在。百年程しか生きられない人間など、文字通り塵芥なのだろう。今まで有用だから生かされてきたにすぎないのだ。
「ええ。『一の何か』は私達を滅ぼす存在ではありません。ですが、未来において人同士の争いを生む種となるのなら!」
いのりが求めるのは未来の平和。その為にこの力はあり、その為にこの身はある。戦う先に平和があるのなら、惜しむことなく戦場に足を踏み入れよう。それが父母の教え。未来の懸け橋となり、平和の礎となるのだ。
「皆様! 力を取り戻してください!」
言っていのりは天を手に掲げる。掲げた先に浮かぶ白い太陽。それは祈りの力が増幅された天の光。太陽の生命力を示すが如くさんさんと輝く光が、覚者達の気力を取り戻す。疲弊して失われた力を取り戻していく。
「あと、もう一歩です!」
「ああ、遥か昔から繰り返され続けた悲劇にここで終止符を打つとしよう」
いのりのことばに頷く『献身の青』ゲイル・レオンハート(CL2000415)。星の創生から続く『一の何か』の行動。それにより生まれた抗争と悲劇。今ここで終止符を打ち、新たなる世界を掴み取るのだ。
「例えどれだけの文明を破壊しようとも、人が生きている限り立ち直れる」
『一の何か』の術式を受けても、仲間達は折れない。それは絶望と希望を知っているからだ。上手くいかない事もある。失いこともある。それでも生きるという事はそればかりではない。何かを得る事も、与える事もあるのだから。
「全ての生命の始まりたるこの深き蒼がある限り、俺達は屈したりなどしない」
ゲイルは意識を自分の内側に向ける。魂に寄り添うよに存在する自らの源素。今まで共にある自らの源素。その深い蒼を手で掬い、そして振りまくように空に投げる。蒼の粒子は奇跡の光となって覚者達に降り注いでいく。
「これは生命の根幹。破壊しか生まない『一の何か』では到達できなかった水の極だ」
ゲイルの生み出した蒼き水が、覚者達の生命を強く活性化させていく。『一の何か』によって受けた傷だけではなく、その攻撃で失った命数までも――!
「よっしゃ! 元気百倍や!」
抜刀した『緋焔姫』焔陰 凛(CL2000119)が気合と共に攻め立てる。世界や未来を救うなんてことは言わない。ただ誰かに支配され、生き方を利用されるという事が許せない。自分の人生は自分のものだ。それを邪魔はさせない。
「あたしが焔陰流次期継承者、焔陰 凛や! これでもくらいな!」
刀を正眼に構え、唐竹、横なぎ、突きの三連撃。何千何万と繰り返してきた鍛錬は、こういう極限の時であっても自分を裏切らない。二〇代続く焔陰流を継ぐという使命感が凛を支えていた。
「にゃんた! 力貸してくれ!」
剣戟を繰り返し、『一の何か』の隙を見出す。それを逃すことなく凛は勝負に出た。守護使役に語りかけ、その力を借りる。凛の中にある源素が膨れ上がり、にゃんたがそこに力を注ぎ込む。膨れ上がった炎は凛の手に納まり、一本の剣と化す。
「灰すら残さず、燃え尽きろ!」
炎のエネルギーを一本の刀身と化す。凛に慣れ親しんだ刃の感覚。それを振るうことなど造作もない。それは獣が跳躍するように自然に、鳥が飛び立つように優雅に。振るわれた朱の一閃は『一の何か』を両断する。
「そうだな。お前がいると俺のダチは安心して暮らせないからな!」
『雷切』鹿ノ島・遥(CL2000227)もまた、世界の平和などにはあまり興味がなかった。共の為。遥が戦う理由はたったそれだけだ。だが理由に大小はない。同じ人間が持つ、同じ想いなのだ。その想いにかける真剣さは、他の誰にも劣っていない。
「サクッとケリつけようか。今までと同じで、だけど新しい明日を迎えるためにな!」
だから遥の拳に迷いはない。これまでと同じように、これからも武術の道を進んでいくのだろう。この先、源素の力を失ったとしてもそれは変わらない。生きている限り、部を学びそして歩んでいく。
「人間が磨きに磨いた拳だ! 千年レベルの研鑽だが、舐めるなよ!」
構え、そして打つ。僅かそれだけの動作を千年単位で良くしてきたのが人間だ。遥の放つそれは世界でも類を見ない練度の動き。それでもまだ遥は自らも未熟と思うだろう。まだ先があると分かっているのだから。
「こいつが人間の『技』だ!」
暴力坂の技法で強化された肉体。その状態で拳を握り、渾身の力を込めて叩きつけた。遥が持ちうる最大の一撃。空間すら揺るがすほどの拳打が放たれた。
「これで終わりだ! 『一の何か』!」
畳みかける様に『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)が刀を振るう。これまで戦ってきた仲間達が切り開いた道。これまで散っていった故人たちの想い。それを感じながら突き進む。
「ライライさん! 皆! 力を貸してくれ!」
前世の力を体におろすように、奏空はこれまで『一の何か』により散っていった者達の魂を集めていた。様々な思いと無念が奏空の心に去来する。その全てを受け止めながら、寄り添う守護使役を優しくなで返す。
「この一刀に、全てをかけて!」
過去の想いを全て受け止め、奏空は刃を振るう。守護使役の絆の力を乗せた一刀は『一の何か』を滅するためだけに生まれた一撃。時の概念すら超えて集まった魂の一撃が、遥かな古代より生きてきた存在の命脈を断つ。
<ふ、ふふふふふ――そうか、これが滅び、か――>
自らの死を悟ったのかそんな声が響き渡る。自分の存在が消えゆく感覚を理解してもなお、そこに人間らしい感情は見えなかった。
「いいや――まだ、終わりじゃない」
だが奏空は静かに言い放つ。
その視線の先には、一人の少女がいた。
●
「『一の何か』……その本質は、何も持たない『生命力』……そのエネルギーなのですね」
消えゆく『一の何か』に向かい、『陰と陽の橋渡し』賀茂 たまき(CL2000994)は静かに言い放つ。それは敵に対する冷たさではなく、消えゆく者に対する憐れみのようでもあった。
「それが源素と反応し、混ざり……溜め込む事で、淀み、歪み……そして貴方が産まれた」
最初は何の意志もない存在だったのだろう。人間が空気の中にある酸素を体内に取り入れるように、『一の何か』は源素を取り入れた。生きる為に。滅びを免れるために。そして自我を持ち、知恵を得た。
「貴方があったからこそ、産まれた生命もあると……そうも思います」
たまきは『一の何か』のような存在がこの世界にあっていいとは思わない。だが、『一の何か』の存在を否定はしない。在る者を否定するのは陰陽師の思想に反している。
「その澱み、ここで祓います」
たまきは消えゆく『一の何か』に触れ、力を籠める。『一の何か』の根源を見つけ、それ以外の存在を取り払っていく。だがその数は多く、数十万年の淀みは容易には祓えない。
「たまきちゃん、俺の力も使って」
たまきの肩に手を当てる奏空。その力を受け、たまきはさらに力を籠める。円環する五行の理に従い、一つずつ丁寧に。黒い霧は少しずつ払われ、最後に残ったのは小さな光。心臓の鼓動のように明滅する『それ』をたまきは抱きしめる様に受け入れる。
「生命として心を得、成長したいと願うなら……私の中においでなさい」
『それ』はその言葉に応えるように明滅し、そしてたまきの体内に溶け込むように消えていった。
「これで終わり――」
「いや……まだだ」
おぞましい気配を察し、覚者達は構えを取る。
たまきが祓った源素の淀みは『一の何か』に制御されていた。言ってしまえば妖を産んだエネルギーそのものだ。祓ったとはいえ、そのエネルギーそのものはこの場に滞留している。
今は意思のない存在だが、これが新たな脅威にならないとも限らない。第二第三の『一の何か』が生まれる可能性を放置はできない――
「――ごめん」
桂木・日那乃(CL2000941)は静かに口を開く。元より言葉少なめな少女だが、その言葉の少なさの中に強い決意を秘めてそこに立っていた。『澱み』に近づき、ゆっくりと手を掲げる。
「わたしは……自分の意志で、あなたを、消す」
守護使役のマリンを抱きながら、日那乃は静かに言い放つ。
「そうすれば、夢見さんたちは悪夢を見なくてすむし、自由に好きなところに行ける」
日那乃の体が水に覆われる。それと同時に日那乃とこの世界の決定的なつながりが消えていく。日那乃がそれを理解したうえで、自らを媒介に術を展開していた。
「それが、夢見さんが見る夢をただの悪夢にするっていう居場所をくれた、全然関係ないのに助けてあげてって言う夢見さんたちみたいな優しいひともいるって教えてくれた、夢見さんたちへの、わたしの、お礼」
悪夢を見て苦しむ夢見がいなくなりますように。そう願う日那乃の心が世界に干渉する。未来の悪夢を洗い流す時間に干渉する水。それが悲劇の原因である『澱み』を巻き込み、この世界から存在を消し去っていく。
「ああ……でも」
最後に悔いる様に日那乃は口を開く。一つだけ、心残りがあった。
「……マリン、ごめん、ね」
その言葉を最後に、日那乃は『澱み』と共にこの世界から消滅した。
そして――
●
白の結界は消滅し、覚者達は神社跡に転移される。
激しい戦いだったが、時間にすれば一秒にも満たなかった。時空から切り離された場所だった、という事なのだろうか。今となってはそれを調べる術はない。
源素を支配していた『一の何か』は消え去り、妖の脅威はこの世界から消えた。これで世界は新たなる世界の一歩を示す。
それがどのような世界になるのか? それは――
「唯、火としてあれるならば……」
崎守 憂(CL2001569)は自らの因子により身体バランスを崩し、入院近い生活をしていた。そして動けるようになり、FiVEに参入。その後幾多の戦いを経て、今ここにいる。その経緯に関係するのか、戦いは自らの肉体に振り回されるようだった。
(大河原鉄平が【金】を斬ったのならば――この火が源素を燃やせぬはずもない)
そんな憂が肉体の動きに振り回されることなく戦っていた。否、それは別の力が憂の因子の力を上回っているに過ぎない。自らの炎。それが渦巻き、そして肉体の暴走を凌駕するほどの力で場を支配していた。
「火はただそこに。照らし燃やしすべてを燃やしつくしましょう……燃え尽きた後に……新たな芽吹きを願ってただ燃えましょう」
破壊と再生。それが火の力。その火をもって源素を燃やす。今ある『一の何か』の生み出したシステムを焼き払い、そして灰となった場所から新たな世界が生まれるように。
(――そこに私はいないけど)
だがその炎の薪となるには相応のものが必要だ。憂の魂、命、それら全てを焚いてその炎を生み出す。炎は一瞬凝縮し、そして爆ぜるように戦場に広がった。白の結界内を包み込む紅の光。その光が晴れる頃には、『一の何か』が扱う源素の大部分ととそして憂の姿が消え去っていた――
「いくのだー!」
いきなりの仲間の喪失のショックを打ち消すようにククル ミラノ(CL2001142)が叫ぶ。その声に弾かれるように、覚者達は動き出した。
「おう! いっくぞー!」
気合と共に『正義のヒーロー』天楼院・聖華(CL2000348) が抜刀する。自らの体内に渦巻く炎。この場に満ちた火の源素。そして皆の力で奪い返した源素。それら全てを自らの刃に乗せる。両の刃を構え、笑みを浮かべた。
「お前の攻撃には! 想いが足りないんだよっ!」
この世界には大事なヒトがいる。素敵な仲間がいる。守るべき人がいる。聖華はそれを思い浮かべながら、集まる炎を制御していた。否、それは制御ではない、炎の力を束ね、そして同化するように燃え上がる。自らの想いのままに炎を増幅させていく。
「そんな攻撃、当たらないぜ!」
見える。敵の攻撃が丸で止まっているかのように。そして体は思うままに動いてくれる。空気の流れ、敵の動き、味方の動き、源素の流動。全てが聖華の予想通りになる。道筋は見えた。力もある。思いもある。ならばそれを叩きつけるだけだ。
「俺の背負っているもの。俺が目指した想い。そして魂! それら全てをこの一撃に込めて! 必殺、屠竜灰燼剣っ!」
火山に住む龍すら灰にせんがばかりの炎。聖華はその炎を刃に乗せて、一気に振るう。轟音が響き、烈火が戦場を支配した。人の想いを乗せた一打が『一の何か』を大きく削る。
<想い。一個人の心情がここまでの力を生むか>
「そうよ。ゆねるんたちは一人じゃないの!」
『スーパーコスプレ戦士』立花 ユネル(CL2001606)は言ってポーズを決める。そのまま両手を上にあげ、祈るように瞳を閉じる。思いを一つに束ねる様にユネルはこれまで出会った古妖と、そしてまだ見ない古妖に語りかける。
「古妖ちゃん達! 『皆の力を私に分けてくれ!』なの!」
想いに距離は関係ない。想いに時間は関係ない。たとえ白の結界内に閉じ込められたとしても、それを成し遂げるのが奇跡であり、友情なのだから。ユネルの信じる思いが古妖達に共鳴し、その手に力が集まり始める。
「超破眼ビーーーム★! かーらーの! 超岩砕オラオラッシュ!」
打ち出された一打はユネルを助けようと思いを寄せた古妖の心。その想いを受け取り、ユネルは微笑んだ。放たれた光は『一の何か』を穿ち、同時に強化された拳を叩き込む。何度も何度も何度も何度も何度も。
「そして! 魂を一つ墓地に送って超鉄甲掌!」
両手を広げたユネルの軌跡を追うように、土の源素が仲間達に降り注ぐ。展開されるは不可視の盾。脅威から身を守るためのユネルの守り。世界の未来を守るために、攻めも守りも同時にこなす。それこそが――
「魔法少女ゆねるん! ここに爆誕ッ!」
「なつねの全力全開の癒しパワーなの!」
野武 七雅(CL2001141)はスタッフを手に源素を展開する。たとえどれだけの力を得ようとも、 七雅のやることは変わらない。仲間を守るために戦場に立ち、そして癒しの術式を放つ。皆の明日を守るために今までも、そしてこれまでも戦ってきた。
「なつねが皆を助けるのー!」
『一の何か』が与えてくる過剰ともいえる悪影響を七雅の水が洗い流して清めていく。何度洗っても、また侵食してくる『一の何か』の術。強化された力で何度も押し返すが、それでも終わりはまだ見えない。
(これが本当に最後の戦いになるの? これが終われば平和になるの?)
七雅の脳裏に浮かぶ疑問。『一の何か』は確かに異質な存在で、人の争いを煽るような事をしていた。だがそうでなくても人は争っていたのでは? 『一の何か』を倒したところで、平和になるかどうかはわからない。人の心こそが争いの原因なのだから――
「…………今は、考えないの。今はなつねはなつねの出来る事を一生懸命頑張るの」
だが七雅はその懸念を振り払う。それは未来に考える事だ。戦いが終わり、その後でどうすれば平和になるか。平和とは悪を倒して得るものではない。善を為して得るものなのだ。だから今は、悪を討つために皆を守ろう。
「『一の何か』……ずっと昔からこんなことをしてきたんだ」
刀を構えて『影を断つ刃』御影・きせき(CL2001110)は戦意を固める。これまで多くのものと戦ってきた。それは悪意ある人だったり、破壊の思考しか持たない妖だったり、人を喰らう古妖だったりした。だが――
「はるか昔から、生命を弄んできた。そんなヤツを――」
きせきは妖による事故で両親を失った。そのトラウマこそ消えたが、それでもその事を忘れるつもりはない。傷ではなく過去の一つとしてそれを受け止め、だからこそ他人の命を何とも思わない存在を――
「許せない」
短く言葉を告げ、『一の何か』に向かうきせき。皆が集めた源素を見に纏い、体中に浸透させる。血流と共に五行が広がり、きせきの動きを増していく。より速く、より強く。思うがままに体は動き、そして想うがままに刃は煌く。
「ここで終わりにするよ!」
何千、何万と続いてきた『一の何か』のサイクル。その度に命は利用されてきた。その循環を断つためにきせきは刃を振るう。三の刃が『一の何か』を裂き、その傷口から炎が生まれる。
「命は……お前の為にあるんじゃないんだ!」
「そうだな。引退した身だが、未来を繋げる橋になれるなら」
「お母さんがいたこの世界を……守る」
『雷麒麟』天明 両慈(CL2000603)と『清純派の可能性を秘めしもの』神々楽 黄泉(CL2001332)はそれぞれの武器を手に『一の何か』を睨む。両慈はこれから生まれる子供の未来を守るため。黄泉は過去に自分を守ってくれた人の世界を守るために。
「精々足掻かせて貰うぞ……!」
仲間達の動向を見ながら両慈は戦いの構えを取る。前世の記憶を呼び起こしながら水の源素を展開する。癒しの力を込めた優しい雨が両慈を中心に展開された。未来で誰も欠けることが無いように。そんな思いを込めて、力を放つ。
(皆は……無事か)
『一の何か』の攻撃が覚者達を蹂躙するたびに、両慈は仲間達を確認して胸をなでおろす。それはかつての喪失の傷。仲間の強さを信頼しながらも、その傷が残っているが故。理解と感情は別なのだ。
「前に、出る」
『超燕潰し』を構えて前に出る黄泉。やるべきことは常に一つ。前に出て、力任せに叩き潰す。それ以外の戦い方など知らないし、それ以外にやれることはない。守ったり癒したりは誰かがやってくれる。自分に出来ることを一生懸命。そうすればきっと――
(でも、輪廻は――)
それでも守れなかった者がいる。失った者がいる。それは力が足りなかったから? それに答えてくれる相手はもういない。もしかしたら今いる仲間も、同じように失うかもしれない。その気持ちはどうしても捨てれないでいた。
「――――まさか」
「……輪廻……」
そんな二人の身体をすり抜ける様に、一つの幻覚が通り過ぎる。幻覚とは思えないほどはっきりとした存在。まるで魂が二人に会いにに来たかのような感覚。そのしぐさも、口の動きも、そして二人だけに聞こえた言葉も、生前の彼女のようで――
両慈と黄泉はその幻に一瞬足を止め、そして同時に動き出す。死者は蘇らない。だから今のは幻だ。
「全く、そういうヤツだったな」
それでいい。想いは消えない。傷は癒えない。それでも生きているなら未来に歩んでいける。足踏みしたって、止まっていてもいい。後ろに向かってもいい。両慈はそんな自由人の想いを受け取った気がした。
「まだまだぁぁぁぁぁ!」
振りかぶる黄泉の一撃。魂を乗せた黄泉の打撃が『一の何か』に強い衝撃をあたえ、その動きを止める。世界を守るために、壊す。矛盾しているようで、同じこと。壊す一辺倒だった少女は、ようやく自らの力の意味を知る。
「輪廻さん……?」
『『恋路の守護者』』リーネ・ブルツェンスカ(CL2000862)もまた、両慈と黄泉が見た幻影を感じていた。その姿から勇気を受け、そして戦場に目を向ける。渦巻く力を自らの強化に使い、荒れ狂う『一の何か』からの脅威に立ち向かう。
「行くぞ」
リーネの隣に立つ『歪を見る眼』葦原 赤貴(CL2001019) は短く言い放つ。言葉はいらない。言葉による確認はいらない。大事な事は行動で示す。傍らに立つ者が盾となるのなら、自分は剣となって敵を穿つ。
「安心して下サイ。貴方が剣ナラ私ハ盾。絶対、絶対守り切ってミセマスネ!」
赤貴の前に立ち、リーネが胸を叩く。迫りくる『一の何か』の力を受け止め、そして背後にいる赤貴に通さない。願ったことはただそれだけ。大事なヒトを奪わせない。ただそれだけの、乙女の願い。それがリーネを支え、そして力を与えていた。
「『オレは、障害全てを貫く剣となってみせる』。言ったことは、やるさ」
リーネの背中を見ながら赤貴は力を溜め続ける。彼女が護ってくれるから、こうして集中できる。土の源素を溜めこみ、束ね、そしてまた重ねていく。かたい岩石に力を加え、さらに圧縮していくイメージで。
「赤貴君! ……カ、カ、勝ったら! 私を幸せにしてクダサイ、デス!」
倒れそうになる意識を保つために、気合を入れて叫ぶリーネ。言った後で悶絶しそうになるが、お陰でどうにか意識は保てた。赤貴からの反応はない。元も無愛想だが、それでもこちらを無視する相手ではないと知っている。
「喰らえ『十拳剣』」
重ねに重ねた赤貴の土の力が顕現する。浮かぶは十の拳ほどの長さを持つ剣。イザナギが黄泉の国からの追っ手を払ったといわれる伝説の剣。剣は源素に寄生する『一の何か』を払うため、真っ直ぐに打ち据えられる。
「全力を注ぎこんだ。……撃った後は、任せる」
「エエエエエエッ!? その、返事ハ! っていうか、了解デス!」
全力を放ってリーネの背中に倒れ込む赤貴。リーネはそれを支え、そして相手の方を見た。もう誰であろうとも大事な物を奪わせはしない。その為にこの力はあるのだから。
「こやって、2人の手を合わせると、どんな奇跡でも起こせそうな気がせん?」
「ふふ、奇跡も二人でならきっと起こせますよ? 那由多さんの頑張りは何時も見てましたからね」
『泪月』椿 那由多(CL2001442)と『深緑』十夜 八重(CL2000122)は横に並んでそんなことを言う。これまで様々な戦いを得てきた二人だからこそ起こせる奇跡。二人だからこそ見る事が出来る光景。二人だからこそ導ける未来。それを思い、同時に息を吸う。
「今日まで一緒に来れた事、感謝しとります。八重さんがおってくれたから、やってこれた……ありがとう」
八重に感謝の言葉を乗せて、源素の力を開放する。那由多の掌に水が集い、天に昇って降り注ぐ雨となる。那由多の源素が含まれた雨は強い癒しの力となって戦場に降り注ぎ、覚者達を癒していく。
「水の加護が、貴女ににありますように……! 本当に、ありがとう八重さん。それしか、言葉があらへん」
これまでであってきた人に感謝を。そしてこれから出会う人に笑顔を。那由多はそう心に決めて奇跡を解き放つ。そしてその隣に彼女がいれば、それはどれだけ幸せな道のりなのだろう。
「私はちょっと後ろから後押ししただけですから。そうやって周りの色々な人のことを素直に力にできる、那由多さんだからです」
那由多から流れる魂の力。その力を受け、微笑む八重、これまでも、そしてこれからも那由多はそうしていくのだろう。その隣でそれを見る事が出来るのなら、それは楽しい旅路になるに違いない。
「那由多さんの力受け取ります」
那由多の魂に上乗せするように八重も魂の力を開放する。那由多の頑張りと自らの想い。二つ重ねて癒しの力に変換する。『一の何か』の猛威から人を救う希望の光。暖かく柔らかい希望の光が解き放たれる。
「行こ、八重さん」
「ええ。行きましょう」
那由多と八重を基点に、光り輝く雨が降り注ぐ。犠牲なく進める未来。皆が幸せになれる世界。そんなおとぎ話のような夢をかなえる為の奇跡。ありえない、と否定するのではなくそれでも歩もうとする乙女二人の希望の声。
「……時が来た、それだけの話だろう」
「よし! 絶対守るぞ!」
【黒橡】の八重霞 頼蔵(CL2000693)と『誓いの剣』天堂・フィオナ(CL2001421)は『一の何か』を前にそれぞれの思いを込める。頼蔵は諦念の内から希望を見出し、フィオナは絶望を撃ち砕くべく勇気を振り絞る。
「無限無窮などまやかし……うつろわざるモノなど無く、終焉こそ必定。だが――」
『一の何か』を見ながら頼蔵は静かに思う。星の創生から生きてきたと思われる存在。そんな相手からすれば、人間など塵芥だろう。利用していいように使うという感性も理解できなくはない。その壮大さを思いながら、しかし譲れないものがある。
「私の楽しみの邪魔をすると言うなら、嗚呼、ヤツには消えてもらうしかない」
享楽的に生きる頼蔵にとって、自らの楽しみを奪われることは我慢ならない。この悪意だらけの世間の中で、それでも人間を信じる呆れるほど愚直で、まぶしいほどに美しい存在。その笑顔(うつくしさ)を歪ませる事は許さない。頼蔵は隣に立つフィオナを見る。
「問題ないぞ……! 諦めが悪いのが、私の取り得だし!」
『一の何か』の攻撃に膝をつきそうになるも、今生で耐えるフィオナ。『ガラティーン・改』を杖に立ち上がり、背筋を伸ばして剣を構えなおす。騎士は常に前を見る。騎士は心折れることなく敵に挑む。諦めない心こそが、騎士なのだと魂が訴えている。
「みなも様……『フィオナ』……前世の私……皆、私に力を!」
フィオナの身体を蒼い炎が包み込む。炎は守りの力となって仲間を包み込み、そして治癒力を活性化させていく。誰かを守るための力。それがフィオナが望んだ奇跡。亡くしたものはもう戻らないけど、今いる者は守ることが出来るから――
「フィオナ、頃合だ――」
「――うん、一緒に行こう!」
頼蔵の合図と同時にフィオナが駆ける。合図はいらない。共に戦い、理解しあった者同士だ。何処を攻め、何処を守るか。言われるまでもなく理解できる。フィオナの攻撃で生まれた隙を頼蔵が埋め、頼蔵の動きに合わせる様にフィオナが剣を振るう。舞踏会のように息を合わせて舞い、途切れることのない剣と弾丸が荒れ狂う。
「これは捨て身とか自己犠牲とか、そんなのじゃなくて――皆と、大切な人と明日へ行く為に、私の全部を懸けるんだ!」
「生きる為に命懸け、全く君らしいよ。……しかし、だから面白い。だから、愛おしい」
覚者達の猛攻が『一の何か』を傷つけていく。力を奪い、少しずつ消滅へと追い込んでいく。
<まだ滅せぬ。汝らこそ滅びゆくがいい>
だが悠久を経た存在はまだ滅びない。源素を用いた猛威が、覚者達を包み込む。
未来をかけた戦いの結末は、未だ決まらない。
●
苛烈な『一の何か』の源素複合術。長く源素を支配していたからこそ使える技に覚者達は体力を奪われる。
だが、その術を見て瞳を輝かせるものもいた。
「お前の毒はボクのモノ! ボクの毒はボクのモノ!」
『毒鴉』天堂・アガタ(CL2001611)である。毒と共に生き、毒と共に進んできたアガタ。その人生は正しい道とは言えないけど、それでもアガタなりに満足している。退屈よりは激動を。そんなアガタだからこそ得られる道もある。
「触れるとヤバイ系の毒? それとも体内に入るとまずい毒? 気体、液体、固体? どんな毒でもアガタさんにかかれば解析しちゃうよ!」
毒使いの隔者として生活していたこともあり、毒に対する知識が深いアガタ。そして倫理的なブレーキがないゆえに、肉体的に詳細なデータを持っている。それ故に毒に対する知識は深い。『一の何か』の燃えるような毒を我が身に受け――
「――いただきっ! 木は火を生ずもので毒こそボクの人生なんだ。ボクに使えぬ道理は無し!」
体内で循環する赤い花弁の毒。その源素的な術式を理解し、そして解き放つ。短い期間に咲く鮮やかな赤い花。その在り方を示すようにこの術もアガタが仕えるのは今この時だけだろう。だが、いずれ完全に我が物にする。それだけの熱意がアガタの中にあるのだから。
「鮮やかに燃える毒の華ときたら、どう考えても可愛いアガタさんが使った方が映えるでしょ?」
「『一の何か』は自分が成長する為に、今までこんな事して来たんだね」
目の前にいる『一の何か』を前に百目木 縁(CL2001271)は息を飲む。人を使って源素を成長させ、それを喰らう。その為に人同士を争わせた。妖を使い人を殺した。大妖を使い、恐怖を与えた。ただ、自分の為だけに。
(僕が山に捨てられて……おじいちゃんとおばあちゃんに出会えたのも『一の何か』がいたからなのかもしれない。でも――)
縁は自分自身の親を知らない。祖父母と呼ぶ人間も血が繋がっているわけではない。だけど二人は間違いなく自分を育ててくれた家族だと言える。そんな祖父母に出会えたのは、もしかしたらこんな時代だったからかもしれないのだ。でも――
「多くの人が苦しんだり、おじいちゃんおばあちゃんが死んだのも、みんな『一の何か』が自分の成長の為だけに殺されたんだ」
縁の祖父母が死んだのは、憤怒者に襲われたからだ。源素を使えない人間の恨みの暴走。それを生んだのも『一の何か』だ。自分自身の為だけに人が争う事を誘発するのなら、そんなことを許してはおけない。
「僕は弱いけど……皆の役に立つんだ!」
決意と共に縁は力を開放する。力は螺旋を描き、『一の何か』の土と火の源素のバランスを崩した。燃える岩が音もなく消え去っていく。
「そうだよ……そんなこと、許しちゃおけない……!」
『ホワイトガーベラ』明石 ミュエル(CL2000172)も静かに怒りに燃えていた。人が人を差別すること。人が人と争う事。そんな事が当たり前の世界を作り、その蜜を吸い上げる。そんな事を許してはおけない。
「みんなが全力を出せるように、最後まで支えるつもりだから……」
ミュエルはその容貌から差別されていた。それは源素や神秘とは関係のない事柄だ。ただミュエルの要望に嫉妬したからにすぎない。そんな人の心の弱さを身をもって知っている。その弱さに漬け込み、争わせる。そんなのは悲しすぎる。皆、その手のひらの上で踊っていたなんて――!
だが忘れるな。争うのが人の業(かるま)ならば、手を取り合うのもまた人の業(かるま)。人は弱いからこそ争い、弱いからこそ協力する。ミュエルはその事も知っている。だからこそ、口にするのだ。
「絶対ぜったい、みんなで勝とうね……!」
一人ではなく、皆で。
「カラミンサ・ネペタ――!」
ミュエルの足元に白い花が生まれる。花弁は宙を舞い、香しい風となって戦場に広がっていく。ミュエルの想いを乗せた風は仲間達に届き、その気持ちに応える様に覚者達の肉体は治癒力を増していく。『一の何か』の悪意に負けぬ強い意志を宿すように。
「そうね。『一の何か』の思い通りにはさせない」
『月々紅花』環 大和(CL2000477)は頷き、戦場を見る。自らの為に源素を成長させ、我が物とする存在。源素とは自然の在り方。誰のモノでもないそれを私利私欲の為に利用する。そんな事があってはならない。
「明日香、行きましょう」
守護使役に声をかけ、大和は精神を集中させる。これまで共に歩んできた存在。そしてこれからも共に歩んでいくのだろう。この戦いがどういう結末になり、その後世界がどうあろうともそれだけは変わらない。そう信じていた。
「源素の力は皆のものよ。争いの種になってはいけないわ」
術符を取り出し、宙にばらまくように展開する。ひらひらと舞う術符は花びらのよう。大和を中心として咲く花の如く。しかしそれは一つの結界。符の位置、角度、枚数、書かれている内容。それら全てが意味をなす。
「わたしの中の全精神力を皆に届けて」
大和を基点として、天の源素が符で生み出された結界内を乱舞する。源素は符に当たると別の符に向かって飛び、全ての符を繋ぐように天の光が形を成す。生まれた形その者が意味を生み、力を増幅して解き放たれる。気力を癒す天の光が覚者達に降り注いだ。
「俺も回復に回るぜー」
軽く手をあげて藤森・璃空(CL2001680)が告げる。基本的に厄介事とは一線を引く璃空だが、他人を見捨てられない性分が戦場に足を運んでいた。このままだと、同じような戦いは続く。千年後はおそらく世界中で。
「あんま、植物の皆に負担かけるのも悪ーんだけどなー」
言って因子の力を活性化させる璃空。数多ある植物から力を借り、その成長の力を見名に分け与える力。その力に『一の何か』から奪い取った源素の力を加味した。増幅される植物の力が、仲間達を癒していく。
「これで最後ってことで頼む、な」
章物たちに謝罪をした後に、璃空は『一の何か』を見る。植物よりも古くからある存在。おそらく、そうすることでしか生きていられなかったのだろう存在。病床に伏していた璃空にはなんとなくそれが理解できた。生きる為に、そうしたというのなら。
(それでも、駄目だよなー。その為に俺達が争わなきゃいけない理由はないんだ)
生きる為に戦うのは、誰もが同じだ。同情はできない。生きる為にぶつかり合ったとき、どちらかが生き残るために戦う。それは避けられない事なのだから。
「……奇跡でも、死んだひとは、戻らない……」
大辻・想良(CL2001476)は無駄と知りながらそれを願い、そして届かない事を知った。失った父の魂はもうこの世にはない。転生したか、天に還ったか、それさえも分からない。だからこそ、安堵する。『一の何か』に汚されることがないのだから。
「……父さん、見てて、ね……」
言葉と共に想良は翼を広げる。目の前にいるのは人同士の争いを煽り、妖を発生させた根源そのもの。『一の何か』がいなければ、父は生きていたかもしれない。その怒りを力に変えて、雷撃を解き放つ。
「……うん。皆、頑張って……」
満ちる天の源素を翼に乗せて、羽ばたくようにして散開させる想良。広がる天の力が味方に降り注ぎ、疲弊した気力を満たしていく。他人と強く接点を持たない想良だが、共に戦う仲間を支える意味は理解している。
「……天」
そんな想良を心配するように寄り添う守護使役。それを撫でる様にして、小さく笑みを浮かべた。大丈夫、と安心させるように。自らが、安心するように。
「へっ、気力充分だぜ!」
仲間達の支援を受けて『守人刀』獅子王 飛馬(CL2001466)は笑みを浮かべた。体力気力ともに満ちた状態だが、それでも目の前の存在をどうにかできるかはわからない。だが、きもちだけは負けないと二本の太刀を構える。
(『対の先』『先の先』……そして『後の先』。それこそが巌心流の基礎!)
武術における三つの『先』。それを兼ね備える事こそが巌心流の心構え。技に僅か先んじて交差する事。相手の挙動の瞬間に動いている事。相手の技の後に動くこと。どれいいかというのではない。その三つを組み合わせることが巌心流なのだ。
「俺がいる限り、仲間は誰も傷つけさせない!」
飛馬は誓い、そして刀を構える。それは刀への誓い。祖父と父の名を持つ刃に誓い、仲間を守る。その覚悟と意志が力となり、金剛不壊の壁となる。開眼する『先』により、あらゆる動きは飛馬の前で意味をなさなくなる。
「巌心流、獅子王 飛馬推参! この名前、決して崩れぬ巌と知れ!」
迫る攻撃を弾き、流し、そして受け止める。飛馬の目は『一の何か』の挙動をしっかりとらえ、そして刃の一振りで無に帰す。この動きこそが巌心流の最秘奥。守るという意思を心技体で体現していく。
「五麟学園の保健委員、栗落花 渚参上だよ!」
びしっと保健委員の腕章を掲げる『天使の卵』栗落花 渚(CL2001360)。そのポーズは誰かを癒すこと、誰かを助ける事を誇りに思っている証だ。かつて自分が助けれたように、今度は自分が誰かを助ける番だ。
「みんなー、一気に癒すからねー!」
言って渚は『妖器・インブレス』を構え、戦場を走る。多くの仲間を癒せる位置に陣取り、味方の動きを予測しながら近づいて癒していく。動線の把握、走り回る体力、必要事項の確認。全て医療の現場では必要なことだ。
「まだまだ倒れさせませーん!」
『一の何か』の攻撃で戦線が崩れそうになるのをみて、渚は力を開放する。その背中に生えた6枚の光輝く羽根。その羽ばたきと共に粒子が舞い、仲間達の傷を癒していく。戦場の天使は死を看取るのではない。死を退ける活力を与えるものだ。
「ほらほらー! 傷は何とかするから、頑張ってー!」
鼓舞し、癒し、そして走り回る。渚のそんな姿に元気をもらう者も少なくない。人を癒したいと思う姿そのものが戦う気力を生んでいく。
「……ここまで来たんだ。勝たないとね」
「ええ、きっとうまくいきます」
高比良・優(CL2001664)の言葉に頷く上月・里桜(CL2001274)。些か楽観的な言葉を返す里桜の言葉が、今の優にはありがたかった。ここで勝たなければ、未来は暗澹としたものとなる。ここまでやって勝てないのなら、もう人間には打つ手がないのだ。
「一気に行くよ」
優は場に満ちた源素を見に纏い、身体能力を増す。吸い込む空気がハイカラ全身に駆け巡り、体中を熱く刺激していく。火の術式でさらに肉体を活性化していき、生まれた力を叩きつける様に銃に力を籠める。
「――炎よ」
脳裏に浮かぶのは烈火の赤。全身を駆け巡る熱と赤の光景。優は自分の体が燃えている錯覚を起こす。否、自分自身が焔となって、燃え上がっているのではないかとさえ思った。その熱量を一点に集中させ、引き金を引く。業火の弾丸が銃口から放たれ、『一の何か』を貫いた。
「……っ!」
「大丈夫。しばらく休んでいて」
術式の反動で膝をつく優を守るように里桜が『一の何か』の前に立つ。槌の壁を展開し、大地の加護を身に纏って衝撃に備える。迫りくる『一の何か』の術式を受け止め、それで貰折れることなく里桜は立ち尽くす。
「流石に……楽ではありませんね」
幾多の戦いを経験してきた里桜だが、それでも『一の何か』との戦いは楽観できるものではない。一つ一つの攻撃が重く、受け止めるだけで精いっぱいだ。それでもここで倒れるわけにはいかない。
「祈るように……撃つ」
そんな里桜の姿を見ながら、優は銃を両手で構え、額に押し当てる。その構えは、何かに祈っているかのようにも見えた。祈る相手は神ではない。これまで歩んできた自分の経験にだ。自分ならやれる、という自己暗示で手の震えを押さえこむ。
「結界符・癒!」
里桜は自らを含めて、周囲の者を癒すために符を放つ。符は里桜の意志に従い立体的な陣を展開し、その内部に居る者を癒していく。更に里桜は力を込め、癒しの力を強化して解き放った。『一の何か』の穢れを払い、傷を癒していく。
「ありがとうございます」
回復の術を受けて『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)は頭を下げる。『一の何か』の攻撃は苛烈だ。自分一人だけなら倒れていただろう。ここに集まった人ずべ手に感謝を掲げ、ラーラは魔導書を手にする。
「ペスカ、行きましょう!」
守護使役に声をかけ、ラーラは戦場に立つ。意識すると同時に魔導書に魔法陣が生まれ、その上に炎が展開される。この世界を循環する流転の炎。破壊と再生を繰り返す赤の弾丸を『一の何か』にぶつける。
「まだです……まだ足りません。もっと、強く……!」
ラーラは魔導書にさらに源素を注ぎ込み、更なる火力を求める。ラーラ自身が持つ源素全てを注ぎ込んでもまだ足りない。『一の何か』から奪い取った源素を注ぎ、それでもまだ足りない。ならば――
「これで!」
どくん、と心臓が一つ跳ね上がる。己を構成するエーテルと呼ばれる魔法的要素。ラーラはそれを魔導書に捧げた。それに呼応するように魔導書の魔法陣が崩壊し――そして新たに作り変えられる。魔導書と言う形あるものではなく、魔法陣そのものが神具となって。
「これは……魔力が解放されて――これなら!
良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ!」
ラーラは膨れ上がる魔力を制御することなく解放し、炎を生む。膨れ上がった炎はこれまでの数倍の火力を持つ。それを矢次に解き放ち、『一の何か』の攻撃を圧倒していく。
「……大きい、相手ですね」
「これだけ大きいと、全体が良く見えないねぇ……」
『一の何か』の大きさを前に『想い重ねて』柳 燐花(CL2000695)と『想い重ねて』蘇我島 恭司(CL2001015)はただそう言うしかなかった。物理的な大きさもあるが、そこに秘めている力の『質』も膨大だ。弱体化させてなければ、一瞬で塵芥になっていただろう。
それでも恐怖はなかった。何故なら――
「これが、最後。今までいろいろありましたが、『こんなこともあったね』と遠い未来で笑いましょうね」
「この戦いの結果、妖や古妖がどうなるかはわからないけれど……そうだね、この戦いを笑って話せるようにしよう」
互いの指先が、同時に動いて触れ合う。たとえ相手が強大であったとしても、二人一緒なら怖くない。この戦いは通過点。これから先、二人で歩む未来の一エピソード。
触れ合った指先は、すぐに離れる。燐花は前に。恭司は後ろに。これが二人の立ち位置とばかりに。
「――この動き、ついてこれますか?」
猫のように身をかがめ、戦場を疾駆する燐花。否、それは疾駆ではない。僅か一歩で十歩を進む移動は、もはや獣すら超えている。何よりも驚愕すべきは、燐花自身がその速度に振り回されていない事だ。
だが――それさえも『一の何か』は捕らえ、術式を放つ。
「燐ちゃんを倒させはしないよ」
だが――その動きに呼応する恭司。『一の何か』が放った衝撃波のタイミングをずらすように雷撃を落とし、燐花への直撃を避けさせる。体内に満ちた源素は彼女を守るために。その為だけに、持ちうる力を使う。
「速度を刃に……!」
交差の瞬間に刀を振るう燐花。刃は『一の何か』を削り、斬られ手千切れた部位は無に帰した。だがそれだけでは止まらない。何度も何度も何度も交差し、そのたびに削られていく『一の何か』。戦場に、刃の風が吹き荒れる。
「無茶をしないでくれよ」
だが燐花の動きは身を削る動きだ。本人は何も言わないが、恭司にはそれが見て取れる。その傷を癒すべく、水の源素を解き放った。優しい雨が燐花を包み込む。恭司の力を感じながら燐花は更に速度を増して斬りかかっていく。
「結局のところ、あれは何なのだろうな」
「星に巣食う寄生虫さ。害虫駆除はしっかりやらないとな」
『エリニュスの翼』如月・彩吹(CL2001525)の問いに答える『地を駆ける羽』如月・蒼羽(CL2001575)。それは何とも、と納得し彩吹は肩をすくめた。
「予約済な指輪を彩吹さんに渡すまで世界滅ばれると困るんだよねー」
彩吹に聞こえないように、ぼそっと呟く『呑気草』真屋・千雪(CL2001638)。『一の何か』は世界を滅ぼしはしないが、彩吹がいない世界は千雪にとって滅んだも同然だった。
「何千年も続いてきた、こいつの支配、搾取を止めるんだ!」
「人から搾取することを考えず、人を慈しむことを覚えてくれれば……貴方は今とは違った何かになれたのかもしれませんね」
「お兄ちゃんも、いぶちゃんも、そわお兄ちゃんもすみちゃんも、ほかの仲間たちも、みんなみんな、絶対に守るから!」
『天を翔ぶ雷霆の龍』成瀬 翔(CL2000063)が拳を構え、『居待ち月』天野 澄香(CL2000194)が詮無きことと息を吐く。そしていつもは朗らかな『モイ!モイ♪モイ!』成瀬 歩(CL2001650)が気合を入れる様に拳を突き出した。
「よろしくね 未来のヒーロー」
「おう! 行くぜ!」
彩吹と翔が同時に集めた力を用いて身体能力を強化し、『一の何か』に攻撃を仕掛ける。宙を舞い責める彩吹、そして距離を離して術を放つ翔。二人は円を描くように移動しながら、互いの動きを阻害しないように攻撃を加えていく。
「だけど無理は禁物だよ。歩も澄香、君の相棒……他にもたくさんの人が翔の帰りを待っているんだから」
「任せとけよ! ヒーローは最後に立ってるもんだぜ! それにオレ、将来なりたいものができたしな。こんな所で散るわけにゃいかねーんだ!
蒼羽さん、悪いけど歩頼む!」
翔の言葉に頷く蒼羽。歩と住処を守るような立ち位置を取り、ショットガントレットで『一の何か』の攻撃から仲間を守っていく。広範囲に影響する滅びの攻撃を奇跡の力を拳に集中して弾いていた。
「ありがとうございます。でも無茶は駄目ですからね、全員無事帰還するんですから」
澄香は言いながら意識を集中し、術式を練り上げる。源素そのものから授かった木の術式。神の名を宿す極技。それに奇跡の力を乗せて解き放った。生と死を繋ぐ括りの姫。その力を強化し、生まれる効果を『一の何か』に強く縛り付ける。
「私の持てる力全てで何としてでも、貴方の動きを阻害させて頂きます。仲間達に手は出させません……!」
「そうだよ! あゆみも頑張るから!」
澄香の術で動きを止めた『一の何か』の隙を縫うように歩が癒しの術を展開する。『一の何か』から奪い返した力の塊と、自らの魂を燃やして重ね合わせる。誰も傷ついてほしくないという歩の願いをかなえるように、戦場に居る覚者の傷が癒されていく。
「ほんとの神様、お願いします!」
「ありがとー。お陰で元気になったよー」
軽く手を振る千雪。戦場全体を見ながら動き、如月兄妹の動きを補助するように千雪は動く。基本的には『一の何か』の阻害だが、彩吹の動き次第では庇うつもりでもいた。庇われた彼女はあまりいい顔をしないだろうが、それでもだ。
「ホント、無茶するんだから。まあ、だったら僕が無茶するのもいいよね?」
「『一の何か』も、もう少し違ってれば本当に神様になれただろうにな」
「かもしれません。ですが――」
翔の言葉に頷く澄香。それはもう、ありえない事なのだ。『一の何か』からすれば人間は情をかけるに値しない存在。人間が空気中の窒素や酸素に情を持てないのと同じことだ。
「ああ、だったらこいつを喰らってな! 行くぞ、空丸!」
翔は守護使役と力を合わせ、術を練り上げる。生まれるは天空をかける稲妻の龍。翔の言葉と共に解き放たれた雷撃は、『一の何か』に絡みつき、雷の牙を突き立てる。『一の何か』が悲鳴を上げる事はないが、その一撃は確かにその存在を削り取っていた。
「まだまだ負けないぜ!」
トンファーを十字に構えて『五麟マラソン優勝者』奥州 一悟(CL2000076)が攻撃に耐えていた。己の武器に纏わせた軌跡の光。それを盾にして『一の何か』の攻撃をさばいていた。
「いくぜ! これでもくらいな!」
そしてトンファーの持ち手を回転させて、攻めに転じる。攻防の切り替えが素早いのがトンファーの利点だ。一悟は最前線でトンファーを回転させながら戦線を維持していた。流れる血を源素の炎に変えて、迫る術式を焼き払う事で耐え凌ぐ。
「まだだ……まだだ……!」
幾度となく『一の何か』から攻撃を受け、疲弊する一悟。しかし持ち前の体力と精神力でなんとか堪えていた。今はまだ倒れる時じゃない。そう言い聞かせ、時を待つ。そして――
「今だ! どこかにいる神さま、仏さま。マジ頼む! オレに、オレたちに力を貸してくれ!」
機を見出すと同時に一悟は賭けに出る。今この場に居る覚者達の攻撃を大技に変え、一悟のトンファーの先に集わせる。細く鋭く凝縮したそれを、力の限り叩き込んだ。激しい衝撃が戦場に響き渡る。
「……まだ倒れねぇか……!」
だが予想していたほどの衝撃は生まれなかった。他の覚者と連携を取ってさえいれば、或いはこの一撃で致命的な打撃を与えられただろうが、それでも十分な一撃だ。
<二種混合術では滅びぬか。ならば――>
それでもなお『一の何か』は滅びない。十万を超える年月の間源素を扱ってきた存在は、まだ健在だ。
未来をかけた決戦は、佳境に向かう。
●
三種複合術。
終焉を形どるそれは、その一撃だけで状況をひっくり返しかねない一撃だ。
「ああ、カミサマ」
その一撃を前に『猪突妄信』キリエ・E・トロープス(CL2000372)は祈る。その視界に映るのは『一の何か』が生み出す神々の滅び。それを見てキリエは静かに祈りをささげた。怒りではなく、自愛をもって。
「この敵が、神々の黄昏を、終焉を騙るなど、あってはならないことなのです」
キリエの信仰は――大人しめに言って狂っている。だがそれはキリエ自身が悩み、苦しみ、そして到達したが故の信仰だ。そしてそこにいる神が偽物だとしても、キリエが持つ信心は真っ直ぐで、清らかなものだった。
「ああ、カミサマ。わたくしのからだをお使いください」
真っ直ぐで迷いない心が、奇跡を生んだ。炎がキリエの体を包み込み、自らを贄に燔祭を行う。炎は終焉を告げる巨人を焼き払い、そして世界を形どる樹木さえ灰と化す。灰は灰に、塵は塵に、土は土に。
「わたくしのカミサマは不滅。心ある限り、人がいる限り、神もまた共にあるのです」
自らを巻きにしながらキリエはむしろ喜びを感じていた。この痛みはカミサマがいる証明。この喜びはカミサマを感じているからこそ。人がいる限り、神もいる。神とは人の信心の中にこそ存在するのだ。
「さぁてさて。殿、最後らしいしキリキリ働こうか」
「ツム姫ー、大目玉のつむじ見えた?」
「旋毛って何処よ?」
そんな会話を交わす『アイラブニポン』プリンス・オブ・グレイブル(CL2000942)と『天を舞う雷電の鳳』麻弓 紡(CL2000623)。プリンスが『一の何か』の攻撃を塞いだり、紡が回復や支援を行ったりと火力ではなく後方支援に動いていた。
「チーカマ、かもーん! 民に余達の絆を見せつけてやろう」
プリンスは守護使役に語りかける。龍の力がプリンスの鎧に降り注ぎ、不可視の盾となって顕現する。これまで共に戦った守護使役と共に民の為に前に立つ。これがプリンスの王の意味だ。危険に対し前に立ち、ついてくるものを鼓舞する王。
「戦うのは……任せたよ。ボクの分まで殴ってきてね」
この戦場のどこかに居るだろう相棒や親友のことを思いながら、紡は支援に回る。不安がないわけではない。だがこれまで共に戦って来た仲だ。そこには深い信頼があった。だから心配はしない。戦いを終えて、軽口を叩こう。
「んー。封じる技がかぶってる民はいなさそう? ならよし。『王子ディスターブロウ』!」
念波で連絡を取り合おうとするプリンスだが、皆余裕がなさそうという事に気付いて諦める。だが問題はなさそうと判断して、神具の先端に天の源素を集めた。水と天と木の三種複合術。その繋ぎとなる天の源素を崩すため、天の源素を解き放つ。
「おー、やるじゃん、殿! それじゃあボクも――!」
プリンスが『一の何か』の攻撃を封印したのを見て、紡も今が頃合いかと動き出す。天の源素と水の源素を同時に活性化させ、自分の真上に向かって撃ち放つ。生まれたのは青い稲妻の鳳凰。鳳は戦場を羽ばたきながら癒しの風雨を運び、覚者達の傷を癒していく。
「そしてもーひとつ! 好きなだけ殴ってきて!」
紡は更に術式を展開していく。地面を走る稲妻が仲間達の神具に絡みつき、その攻撃力をあげていく。癒しの雷雨と天罰の稲妻。その両方を同時に展開する。その恩恵を受けた者達が、一気呵成に攻め立てる。
「――来る」
納屋 タヱ子(CL2000019)は『一の何か』の気配に気づき、身構える。渦巻く源素の濃度が増し、死の気配が強くなる。常に戦いの中に身を置いて、防御に徹してきたからこそわかる強い気配。それを感じ取る。
「人が新たなる未来を迎える為に」
二枚の盾を構え、タヱ子は『一の何か』を見る。はるか昔から源素を喰らい、成長してきた存在。それがいる限り、人は争い、そして源素は搾取されるだろう。人が生きる為にあってはならない存在。それを見据える。
「構えて、庇って、耐える。それを四年間やってきた……できる!」
『一の何か』から解き放たれる衝撃波。それは五つの源素を同時に解き放った純粋な源素そのものの爆発。タヱ子は盾を構え、その前に立つ。 天、沢、火、雷、風、水、山、地の八要素がタヱ子の前に顕現する。八卦の力が覚者全員を守るために展開された。
「人は、あらゆる脅威を超えていく……『一の何か』も! その為の、礎となるのなら!」
覚者全員に広がる衝撃をタヱ子一人で受け止める。それはとても耐えられるものではなかった。五行とは自然そのもの。だがタヱ子はそれを耐えきる。守りに関する矜持が、最後の最後で踏みとどまる要因となった。
そして、受け止めた瞬間に動き出した者達がいる
「今だ!」
『涼風豊四季』鈴白 秋人(CL2000565)はタヱ子が受け止めた術式を見る。追い詰められた『一の何か』が放つ源素そのものの爆発。複雑な術式ではあるが、受け止めて動きが止まっているのならあるいは。
「『一の何か』……これまで命を散らしてきた者達の想い。それを受けるがいい」
言って瞳を閉じる秋人。自らの体内をめぐる水の源素。『一の何か』が持つ水の源素。視界を閉じることで、二つの水の感覚がよりはっきりと理解できる。その大きさは違えど、その『流れ』は変わらない。
(……やれるか? いいや、やる!)
秋人は手をかざし、水の源素を手のひらに集める。『一の何か』の水の源素の動きに合わせるように、自らの源素を動かしていく。そして解き放たれた五種混合術に干渉し、その流れを奪い取ろうと力を籠める。
「おお、おおおおお!」
裂帛と共に水を操る力を籠める秋人。ここが正念場。持ちうるすべての力をもって、相手の水に干渉する。圧倒的な差があろうが関係ない。水を操ることに関しては負けられない。それだけの経験を重ねてきたのだから。
「これならいけるぜ!」
『ファイブブラック』天乃 カナタ(CL2001451)は秋人が水の力を奪い取ったのを好機とみて動き出す。今までは戦線維持のために動いていたが、ここが勝負所と攻勢に出る。一呼吸おいて、一歩前に踏み出した。
「その水、捻れ狂え!」
カナタは自らが使う濁流の術式をイメージする。荒れ狂う海の渦。そのイメージのままに自らの水の源素を回転させ、そしてそれを『一の何か』が放った術式の水の部分に宛がった。激しい『水』の差に押しつぶされそうな感覚がカナタを襲う。
「茉莉ちゃんとの結婚ハッピーエンドの為に、あんなヤツに負けるかっつーの!」
その圧力をはねのける様に気合を入れて叫ぶカナタ。大好きな人と幸せになる。その純粋な気持ちが絶望をはねのけ、力を増していく。宿った力が奇跡となって、水の螺旋は激しく上昇して『一の何か』の源素を乱していく。
「よっしゃ! 頼むぜ蒼羽兄!」
「ああ、全てお返しするよ!」
その時を待っていた、とばかりに蒼羽はショットガントレットを構える。暴走した術式に向かい、真っ直ぐに拳を突き出した。奇跡を宿した打撃は暴走する術を『一の何か』に押し返す。
「防御はさせない」
さらに蒼羽は魂を燃やし、はじき返した術を追い越して『一の何か』の防御術に拳を叩きつける。障害があれば殴り倒す。それは如月家の家訓。長兄としてその家訓を示すように、真っ直ぐに拳は叩きつけられる。
「蒼羽さんには色々お許しもらったり、お手伝い頂かないとだし、これくらいわね」
蒼羽の攻撃に合わせる形で千雪も魂を賭して術を解き放つ。足元から蔦を伸ばし、『一の何か』に絡みつけた。その数は十、五十、百、五百、千――。幾重にも絡みついた蔦からは様々な花が咲き、花粉に含まれる様々な成分が『一の何か』を侵していく。
「ほう」「ほう」
「うわぁ、そんな顔しないでよ!」
如月兄妹から鋭い視線を受けて、千雪は頭をかく。自らの存在を削った攻撃に怒っているのだ。てへぺろ、と軽く謝るが後が怖いよなぁ、と千雪は冷や汗をかく。
「『一の何か』……確かに発現により確かに自分達は仲間や絆を得た」
『五麟の結界』篁・三十三(CL2001480)は自分自身の人生を顧みる。確かにFiVEという絆は覚者があって初めてできた。もし『一の何か』がいなければ、今ここにある仲間とは出会ってなかったかもしれない。
「しかし、これまでに起こった数えきれない悲しみを忘れる訳にはいかない」
だが、今まで起きた悲劇を忘れるつもりはない。力をもつ者が暴れ、力無き者が恨み、その差によって人間同士が争い合う。争い合ったのは人間同士だが、それを誘発して良しとしたのはこの存在だ。それを許してはいけない。
「誰も倒れさせやしない。その為に僕はいるんだ!」
言って三十三は水の源素を活性化する。生命を育てる優しき水の力。力尽き果て倒れた仲間に癒しの水を降り注ぐ。その一滴が仲間達の意識を覚醒させ、再び戦う力を与えてくれる。
「こんなことはもう終わりにするんだ! 皆の力で!」
三十三の言葉と共に雨が降る。それは先ほど降り注いだ命の水。一滴生み出すだけでも難しいそれを、雨のように広範囲に降り注がせる。自らの魂を媒介にして、倒れた覚者全てが今立ち上がる。
「強大な存在である『一の何か』を前に怖くないといえば嘘になります」
『星唄う魔女』秋津洲 いのり(CL2000268)は静かに頷き、己の中にある恐怖を認める。幾万の年月を得て成長してきた存在。百年程しか生きられない人間など、文字通り塵芥なのだろう。今まで有用だから生かされてきたにすぎないのだ。
「ええ。『一の何か』は私達を滅ぼす存在ではありません。ですが、未来において人同士の争いを生む種となるのなら!」
いのりが求めるのは未来の平和。その為にこの力はあり、その為にこの身はある。戦う先に平和があるのなら、惜しむことなく戦場に足を踏み入れよう。それが父母の教え。未来の懸け橋となり、平和の礎となるのだ。
「皆様! 力を取り戻してください!」
言っていのりは天を手に掲げる。掲げた先に浮かぶ白い太陽。それは祈りの力が増幅された天の光。太陽の生命力を示すが如くさんさんと輝く光が、覚者達の気力を取り戻す。疲弊して失われた力を取り戻していく。
「あと、もう一歩です!」
「ああ、遥か昔から繰り返され続けた悲劇にここで終止符を打つとしよう」
いのりのことばに頷く『献身の青』ゲイル・レオンハート(CL2000415)。星の創生から続く『一の何か』の行動。それにより生まれた抗争と悲劇。今ここで終止符を打ち、新たなる世界を掴み取るのだ。
「例えどれだけの文明を破壊しようとも、人が生きている限り立ち直れる」
『一の何か』の術式を受けても、仲間達は折れない。それは絶望と希望を知っているからだ。上手くいかない事もある。失いこともある。それでも生きるという事はそればかりではない。何かを得る事も、与える事もあるのだから。
「全ての生命の始まりたるこの深き蒼がある限り、俺達は屈したりなどしない」
ゲイルは意識を自分の内側に向ける。魂に寄り添うよに存在する自らの源素。今まで共にある自らの源素。その深い蒼を手で掬い、そして振りまくように空に投げる。蒼の粒子は奇跡の光となって覚者達に降り注いでいく。
「これは生命の根幹。破壊しか生まない『一の何か』では到達できなかった水の極だ」
ゲイルの生み出した蒼き水が、覚者達の生命を強く活性化させていく。『一の何か』によって受けた傷だけではなく、その攻撃で失った命数までも――!
「よっしゃ! 元気百倍や!」
抜刀した『緋焔姫』焔陰 凛(CL2000119)が気合と共に攻め立てる。世界や未来を救うなんてことは言わない。ただ誰かに支配され、生き方を利用されるという事が許せない。自分の人生は自分のものだ。それを邪魔はさせない。
「あたしが焔陰流次期継承者、焔陰 凛や! これでもくらいな!」
刀を正眼に構え、唐竹、横なぎ、突きの三連撃。何千何万と繰り返してきた鍛錬は、こういう極限の時であっても自分を裏切らない。二〇代続く焔陰流を継ぐという使命感が凛を支えていた。
「にゃんた! 力貸してくれ!」
剣戟を繰り返し、『一の何か』の隙を見出す。それを逃すことなく凛は勝負に出た。守護使役に語りかけ、その力を借りる。凛の中にある源素が膨れ上がり、にゃんたがそこに力を注ぎ込む。膨れ上がった炎は凛の手に納まり、一本の剣と化す。
「灰すら残さず、燃え尽きろ!」
炎のエネルギーを一本の刀身と化す。凛に慣れ親しんだ刃の感覚。それを振るうことなど造作もない。それは獣が跳躍するように自然に、鳥が飛び立つように優雅に。振るわれた朱の一閃は『一の何か』を両断する。
「そうだな。お前がいると俺のダチは安心して暮らせないからな!」
『雷切』鹿ノ島・遥(CL2000227)もまた、世界の平和などにはあまり興味がなかった。共の為。遥が戦う理由はたったそれだけだ。だが理由に大小はない。同じ人間が持つ、同じ想いなのだ。その想いにかける真剣さは、他の誰にも劣っていない。
「サクッとケリつけようか。今までと同じで、だけど新しい明日を迎えるためにな!」
だから遥の拳に迷いはない。これまでと同じように、これからも武術の道を進んでいくのだろう。この先、源素の力を失ったとしてもそれは変わらない。生きている限り、部を学びそして歩んでいく。
「人間が磨きに磨いた拳だ! 千年レベルの研鑽だが、舐めるなよ!」
構え、そして打つ。僅かそれだけの動作を千年単位で良くしてきたのが人間だ。遥の放つそれは世界でも類を見ない練度の動き。それでもまだ遥は自らも未熟と思うだろう。まだ先があると分かっているのだから。
「こいつが人間の『技』だ!」
暴力坂の技法で強化された肉体。その状態で拳を握り、渾身の力を込めて叩きつけた。遥が持ちうる最大の一撃。空間すら揺るがすほどの拳打が放たれた。
「これで終わりだ! 『一の何か』!」
畳みかける様に『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)が刀を振るう。これまで戦ってきた仲間達が切り開いた道。これまで散っていった故人たちの想い。それを感じながら突き進む。
「ライライさん! 皆! 力を貸してくれ!」
前世の力を体におろすように、奏空はこれまで『一の何か』により散っていった者達の魂を集めていた。様々な思いと無念が奏空の心に去来する。その全てを受け止めながら、寄り添う守護使役を優しくなで返す。
「この一刀に、全てをかけて!」
過去の想いを全て受け止め、奏空は刃を振るう。守護使役の絆の力を乗せた一刀は『一の何か』を滅するためだけに生まれた一撃。時の概念すら超えて集まった魂の一撃が、遥かな古代より生きてきた存在の命脈を断つ。
<ふ、ふふふふふ――そうか、これが滅び、か――>
自らの死を悟ったのかそんな声が響き渡る。自分の存在が消えゆく感覚を理解してもなお、そこに人間らしい感情は見えなかった。
「いいや――まだ、終わりじゃない」
だが奏空は静かに言い放つ。
その視線の先には、一人の少女がいた。
●
「『一の何か』……その本質は、何も持たない『生命力』……そのエネルギーなのですね」
消えゆく『一の何か』に向かい、『陰と陽の橋渡し』賀茂 たまき(CL2000994)は静かに言い放つ。それは敵に対する冷たさではなく、消えゆく者に対する憐れみのようでもあった。
「それが源素と反応し、混ざり……溜め込む事で、淀み、歪み……そして貴方が産まれた」
最初は何の意志もない存在だったのだろう。人間が空気の中にある酸素を体内に取り入れるように、『一の何か』は源素を取り入れた。生きる為に。滅びを免れるために。そして自我を持ち、知恵を得た。
「貴方があったからこそ、産まれた生命もあると……そうも思います」
たまきは『一の何か』のような存在がこの世界にあっていいとは思わない。だが、『一の何か』の存在を否定はしない。在る者を否定するのは陰陽師の思想に反している。
「その澱み、ここで祓います」
たまきは消えゆく『一の何か』に触れ、力を籠める。『一の何か』の根源を見つけ、それ以外の存在を取り払っていく。だがその数は多く、数十万年の淀みは容易には祓えない。
「たまきちゃん、俺の力も使って」
たまきの肩に手を当てる奏空。その力を受け、たまきはさらに力を籠める。円環する五行の理に従い、一つずつ丁寧に。黒い霧は少しずつ払われ、最後に残ったのは小さな光。心臓の鼓動のように明滅する『それ』をたまきは抱きしめる様に受け入れる。
「生命として心を得、成長したいと願うなら……私の中においでなさい」
『それ』はその言葉に応えるように明滅し、そしてたまきの体内に溶け込むように消えていった。
「これで終わり――」
「いや……まだだ」
おぞましい気配を察し、覚者達は構えを取る。
たまきが祓った源素の淀みは『一の何か』に制御されていた。言ってしまえば妖を産んだエネルギーそのものだ。祓ったとはいえ、そのエネルギーそのものはこの場に滞留している。
今は意思のない存在だが、これが新たな脅威にならないとも限らない。第二第三の『一の何か』が生まれる可能性を放置はできない――
「――ごめん」
桂木・日那乃(CL2000941)は静かに口を開く。元より言葉少なめな少女だが、その言葉の少なさの中に強い決意を秘めてそこに立っていた。『澱み』に近づき、ゆっくりと手を掲げる。
「わたしは……自分の意志で、あなたを、消す」
守護使役のマリンを抱きながら、日那乃は静かに言い放つ。
「そうすれば、夢見さんたちは悪夢を見なくてすむし、自由に好きなところに行ける」
日那乃の体が水に覆われる。それと同時に日那乃とこの世界の決定的なつながりが消えていく。日那乃がそれを理解したうえで、自らを媒介に術を展開していた。
「それが、夢見さんが見る夢をただの悪夢にするっていう居場所をくれた、全然関係ないのに助けてあげてって言う夢見さんたちみたいな優しいひともいるって教えてくれた、夢見さんたちへの、わたしの、お礼」
悪夢を見て苦しむ夢見がいなくなりますように。そう願う日那乃の心が世界に干渉する。未来の悪夢を洗い流す時間に干渉する水。それが悲劇の原因である『澱み』を巻き込み、この世界から存在を消し去っていく。
「ああ……でも」
最後に悔いる様に日那乃は口を開く。一つだけ、心残りがあった。
「……マリン、ごめん、ね」
その言葉を最後に、日那乃は『澱み』と共にこの世界から消滅した。
そして――
●
白の結界は消滅し、覚者達は神社跡に転移される。
激しい戦いだったが、時間にすれば一秒にも満たなかった。時空から切り離された場所だった、という事なのだろうか。今となってはそれを調べる術はない。
源素を支配していた『一の何か』は消え去り、妖の脅威はこの世界から消えた。これで世界は新たなる世界の一歩を示す。
それがどのような世界になるのか? それは――
■シナリオ結果■
大成功
■詳細■
軽傷
なし
重傷
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし

■あとがき■
そして、新たなる世界へ――
