憎しみに燃える破眼光
●
「えっ。犬神様って、古妖狩人に捕まった事あるんですか?」
連光寺真里が驚きの声を発すると、シーズーあるいはヨークシャーテリアのような老人が頷いた。
「狩人じゃ憤怒者じゃと言うてものう、大半は道に迷うておる者ばかりよ。どこか大勢の集まりに属して安心したい、といったところかの……うむ。心折れる就職活動の結果、怪しげな会社に滑り込んだは良いが、気が付いたら古妖狩人の部隊に配属されておったという者もおる」
「うわ……それって悲惨……」
「そういった者たちの愚痴やら悩み事やら、わしは色々聞いてやったものよ。そのせいかのう、囚われの身でも待遇は悪くなくてのう」
杖を持った毛玉、にしか見えない小さな老人だが、この神社のれっきとした祭神である。悩みを打ち明けたくなる貫禄のようなものが、あるのかも知れない。
真里は、小さく溜め息をついた。
「で……その連中が今、ここにいると」
「ど、どうも……」
若い男が3人、境内の石畳に正座をさせられ、小さくなっている。
真里と同じく、この神社の巫女である菱崎百合奈が、牙を剥いて彼らを威嚇する。
「ちょっと調子良すぎない!? ねえ。古妖狩人のくせに、古妖様に助け求めたりして。自分らが一体何やらかしたのか」
「そう言うな。この者たちは、特に何もしてはおらん」
犬神が言った。
「まあ上の者に命令でもされればのう、わしを縛り上げて解剖でもせざるを得なかったところであろうが……そうなる前に、ファイヴが古妖狩人の組織を潰してくれた。そのせいで、こやつらは行き場を失ってしまったわけじゃがの」
「犬神様、その節はどうも……」
男たちが、おどおどと言った。
「俺たち、その……もう犬神様しか、頼れなくて……」
「助けて下さいぃ……」
元・古妖狩人の男3人が、泣き出した。
犬神が、困り果てている。
「と、言われてものう。わしに、あやつらを退ける力があるでもなし」
あやつら、と呼ばれた者たちが、鳥居をくぐって境内に押し入って来たところである。
法衣をまとい笠を被った、僧形の男が7人。
うち6名が、傘を脱ぎ捨てた。
第三の目が、彼らの額で炯々と輝いていた。
真里と同じ怪の覚者、あるいは隔者たち。
「……返事は変わらぬようだな、御老体」
言葉を発したのは、未だ笠を取らぬ7人目だ。
他6人と比べて長身だが、それに見合った体重はなさそうに見える。大柄な骸骨が、僧衣をまとっているかのようだ。
「我らに与せぬ、と言うのならば、それも良かろう。ただ……その者どもは、引き渡してもらうぞ」
「言われて引き渡すなら、最初から匿ったりはせんよ」
犬神が言った。
「おぬしを止める資格など、わしにはないのかも知れん。が……覚者たちを巻き込むのは、感心せんのう」
「この者たちは、自ら協力を申し出てくれたのだよ。あの御仁の呼び掛けに応えて、な」
嘘ではない事は、この6名の、憎しみに燃えたぎる第三の目を見ればわかる。
「6人とも、私の憎しみに同調してくれた」
長身の骸骨を思わせる男が、笠を取った。
頭蓋骨そのものの禿頭で、第三の目が禍々しく発光している。
「私が古妖狩人から受けた仕打ちを……6人とも、己が事と感じてくれている。私が思いとどまったところで、もはや止められはせんよ」
「……殺す」
怪の隔者6名が、怯え泣く男たちに第三の目を向ける。今すぐにでも破眼光になってしまいかねない、憎悪の眼差し。
「古妖狩人は、殺す……」
「俺たち怪・黄泉が、真っ先にやらねばならない事……」
三ツ目の骸骨のような男が、にやりと笑った。凶悪に、陰惨に。
「なあ狩人たちよ。私の息子の、頭蓋を切り割って第三の目を脳髄もろとも摘出し、ようく調べ上げたところ……何か、有益なものは掴めたのかね? ぜひ見せて欲しいものだ」
「この者たちは、そんな事をしてはいないよ」
声がした。
1匹の白い猫が、そこにいた。数日前から神社で飼っている。
「……思った通り、止まらなくなっているようだな。古妖狩人とは何の関係もない人々にまで君たちの復讐が向けられるのも、まあ時間の問題か」
「貴公らが……よもや、介入するのか」
三ツ目の古妖が、剣呑な声を発する。
「中立であるはずの、地獄の勢力が……」
「地獄からは放逐された身でね」
白い猫が、猫ではないものへと変わってゆく。
「それに……中立とは、誰も助けないという意味ではないよ」
「えっ。犬神様って、古妖狩人に捕まった事あるんですか?」
連光寺真里が驚きの声を発すると、シーズーあるいはヨークシャーテリアのような老人が頷いた。
「狩人じゃ憤怒者じゃと言うてものう、大半は道に迷うておる者ばかりよ。どこか大勢の集まりに属して安心したい、といったところかの……うむ。心折れる就職活動の結果、怪しげな会社に滑り込んだは良いが、気が付いたら古妖狩人の部隊に配属されておったという者もおる」
「うわ……それって悲惨……」
「そういった者たちの愚痴やら悩み事やら、わしは色々聞いてやったものよ。そのせいかのう、囚われの身でも待遇は悪くなくてのう」
杖を持った毛玉、にしか見えない小さな老人だが、この神社のれっきとした祭神である。悩みを打ち明けたくなる貫禄のようなものが、あるのかも知れない。
真里は、小さく溜め息をついた。
「で……その連中が今、ここにいると」
「ど、どうも……」
若い男が3人、境内の石畳に正座をさせられ、小さくなっている。
真里と同じく、この神社の巫女である菱崎百合奈が、牙を剥いて彼らを威嚇する。
「ちょっと調子良すぎない!? ねえ。古妖狩人のくせに、古妖様に助け求めたりして。自分らが一体何やらかしたのか」
「そう言うな。この者たちは、特に何もしてはおらん」
犬神が言った。
「まあ上の者に命令でもされればのう、わしを縛り上げて解剖でもせざるを得なかったところであろうが……そうなる前に、ファイヴが古妖狩人の組織を潰してくれた。そのせいで、こやつらは行き場を失ってしまったわけじゃがの」
「犬神様、その節はどうも……」
男たちが、おどおどと言った。
「俺たち、その……もう犬神様しか、頼れなくて……」
「助けて下さいぃ……」
元・古妖狩人の男3人が、泣き出した。
犬神が、困り果てている。
「と、言われてものう。わしに、あやつらを退ける力があるでもなし」
あやつら、と呼ばれた者たちが、鳥居をくぐって境内に押し入って来たところである。
法衣をまとい笠を被った、僧形の男が7人。
うち6名が、傘を脱ぎ捨てた。
第三の目が、彼らの額で炯々と輝いていた。
真里と同じ怪の覚者、あるいは隔者たち。
「……返事は変わらぬようだな、御老体」
言葉を発したのは、未だ笠を取らぬ7人目だ。
他6人と比べて長身だが、それに見合った体重はなさそうに見える。大柄な骸骨が、僧衣をまとっているかのようだ。
「我らに与せぬ、と言うのならば、それも良かろう。ただ……その者どもは、引き渡してもらうぞ」
「言われて引き渡すなら、最初から匿ったりはせんよ」
犬神が言った。
「おぬしを止める資格など、わしにはないのかも知れん。が……覚者たちを巻き込むのは、感心せんのう」
「この者たちは、自ら協力を申し出てくれたのだよ。あの御仁の呼び掛けに応えて、な」
嘘ではない事は、この6名の、憎しみに燃えたぎる第三の目を見ればわかる。
「6人とも、私の憎しみに同調してくれた」
長身の骸骨を思わせる男が、笠を取った。
頭蓋骨そのものの禿頭で、第三の目が禍々しく発光している。
「私が古妖狩人から受けた仕打ちを……6人とも、己が事と感じてくれている。私が思いとどまったところで、もはや止められはせんよ」
「……殺す」
怪の隔者6名が、怯え泣く男たちに第三の目を向ける。今すぐにでも破眼光になってしまいかねない、憎悪の眼差し。
「古妖狩人は、殺す……」
「俺たち怪・黄泉が、真っ先にやらねばならない事……」
三ツ目の骸骨のような男が、にやりと笑った。凶悪に、陰惨に。
「なあ狩人たちよ。私の息子の、頭蓋を切り割って第三の目を脳髄もろとも摘出し、ようく調べ上げたところ……何か、有益なものは掴めたのかね? ぜひ見せて欲しいものだ」
「この者たちは、そんな事をしてはいないよ」
声がした。
1匹の白い猫が、そこにいた。数日前から神社で飼っている。
「……思った通り、止まらなくなっているようだな。古妖狩人とは何の関係もない人々にまで君たちの復讐が向けられるのも、まあ時間の問題か」
「貴公らが……よもや、介入するのか」
三ツ目の古妖が、剣呑な声を発する。
「中立であるはずの、地獄の勢力が……」
「地獄からは放逐された身でね」
白い猫が、猫ではないものへと変わってゆく。
「それに……中立とは、誰も助けないという意味ではないよ」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.古妖・三ツ目入道の撃破(生死不問)
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
古妖・犬神が祀られた神社に、元古妖狩人の一般人3名が逃げ込みました。
狩人への復讐に燃える古妖・三ツ目入道が、その3人の命を狙っております。これを止めて下さい。
入道は、水行怪の隔者6名を引き連れております。
詳細は以下の通り。
●隔者(6人。前衛3、中衛3)
剣・槍・仕込み錫杖と様々な武器を装備しています。使用スキルは『破眼光』『地烈』『潤しの滴』。
●三ツ目入道(1体、後衛中央)
攻撃手段は、錫杖による白兵戦。それに『破眼光』とほぼ同質の怪光線を放ってきます。これには特遠単、特遠列、特遠単・貫通3の計3パターンがあり、全てBS呪いが付きます。
時間帯は真昼、場所は神社の境内。
神社の居候である古妖・火車が、この一団と戦うも劣勢で疲弊消耗し、殺されかけているところへ、覚者の皆様に乱入していただく形となります。
死にかけの火車に回復を施し、戦闘に参加させる事は可能ですが、彼は体力がゼロになれば普通に死にます。攻撃手段は、そこそこの威力を有する炎(特遠、単または列。BS火傷)。
後方では、神社の祭神たる古妖・犬神、それに一応は覚者である巫女たちがいて、一般人3名を守っていますが、はっきり言って戦力外です。
三ツ目入道は、覚者の皆様が御健在のうちは、そちらに手を出そうとする事はありません。
隔者6名は、三ツ目入道と心を同調させ、洗脳に近い状態に陥る事で各能力値が向上しておりますが、入道が倒されれば気絶して戦闘不能になります。
入道も隔者たちも、普通に戦って体力をゼロにする事で生きたまま活動停止に陥ります。その後の生殺与奪は皆様次第。
それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
8日
8日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2018年10月13日
2018年10月13日
■メイン参加者 6人■

●
ああ許せぬ、許し難し。
このままでは、人間の全てに我が憎しみが向いてしまう。わしの憎むべきは、あの者どもだけであると言うのに。
頼む、あの者どもを滅ぼしてくれ。
さもなくば、わしは己を止められぬ。
我が怨みの念が、地上の全てを打ち砕いてしまうのだ。
あの者どもを、あの者どもだけを、どうか殺し尽くしてはくれまいか。どうか、どうか。
●
微かに、だが確かに今、地面が揺れた。
「地震……?」
上月里桜(CL2001274)が息を呑む。単なる地震ではない事を、彼女も感じてはいるようだ。
「ふ……憤っておられる。怒り狂って、おられるのよ」
僧形の古妖が、頭蓋骨そのものの禿頭で第三目を開きながら笑う。
「人間の中で最強の力を持つ、お前たち覚者がな、古妖狩人どもを庇い守る。それが人間という種族の総意という事になってしまった……もはや後戻りは出来んぞ。人間よ、お前たちはなぁ、あの御仁を完全に怒らせてしまったのだよ」
「……違う。それは、違うぞ」
同じく第三の目を額で発光させながら、『鬼灯の鎌鼬』椿屋ツバメ(CL2001351)は言った。
「あの御仁、とお前たちが呼ぶ者の慟哭を、私も聞いた……その者は、確かに激怒している。だが、それ以上に泣いている。苦しんでいる。お前たちが何故それをわかってやれない!?」
ツバメは語りかけた。古妖・三ツ目入道に率いられた、同じく僧形の隔者6人にだ。
「お前たちの第三の目は一体、何のためにある? ただ憎しみを燃やすためか! 古妖の心を、見つめようとはしないのか!」
「……見つめた結果だ、ファイヴの女……」
怪・黄泉の隔者たちが、口々に呻く。あるいは叫ぶ。
「俺たちは、あの御方の心に触れた……怒りに、憎しみに、悲しみに触れた……」
「そして、それは俺たちの怒りに、憎しみに、悲しみになった……」
「全ては……お前らファイヴがな、古妖狩人どもを皆殺しにしなかったせいだぞ!」
「あのクソどもを、何のペナルティもなしに生かしておく! それがな、どれだけの古妖を怒らせ憎ませ悲しませているのか」
「そこまでにしておけ」
三ツ目入道が、錫杖を鳴らした。
「……ファイヴよ、我々はお前たちには感謝している。古妖狩人の組織を潰してくれたのだからな。どれだけ感謝をしても足りぬ。本当に、ありがとう」
「やらなければならない事を、したまでです」
応えたのは『居待ち月』天野澄香(CL2000194)である。
「あの方々を……許してあげて欲しい、とまでは言いません。私たち自身、彼らを許す事は出来ませんから」
「だからといって皆殺しにはしない。そこが、お前たちの思慮深さよ。我々には真似が出来ぬ。羨ましい、と思う」
三ツ目入道が、暗く微笑んだ。
「……我々は、駄目だ。許せぬ相手は殺さずにはおれん。あの御仁も、それで苦しんでおられるのだ。許せぬ相手を殺す、そのために暴れ出したら地上そのものを破壊し尽くしてしまう御仁であるが故に、我々のような者たちが必要となるのだ」
「許せない相手だけを、ピンポイントに狙って殺す。小回りの利く実動部隊……そういうわけだね」
火行因子を燃え上がらせて『天駆』を実行しながら『エリニュスの翼』如月彩吹(CL2001525)が頷く。
「ちょっと親近感が湧くよ。私たちも兵隊だからね……前線で、お前たちを止めるのが仕事だ。戦わなければ止まらないなら、私たちがお相手しよう」
言いつつ彼女は、ちらりと後方に視線を投げた。
「回復の出来るハーレムの王様、負傷者をよろしく」
「ハーレム、ですか……このまま、逃げ出したい気分ですよ」
頼りない声を発しながら篁三十三(CL2001480)が、負傷者1名に肩を貸している。
年恰好は三十三と同じ、に見える青年である。白い衣服は血に染まり、獣の耳も尻尾も弱々しく垂れ下がっている。
獣憑の覚者に見えるが、そうではない。古妖だ。
「さあ……大丈夫ですか、火車さん」
「……無様なところを、見せてしまったな……もう少し戦える、つもりでいたのだが……」
古妖・火車が、苦しげに微笑む。
「君たち覚者には本当に、世話になってばかりだ……すまない」
「あなたは私の知る限り、少なくとも1人の子供と、そのお母さんを助けてくれました」
言いながら里桜が、その優美な細身に土行の護りをまとってゆく。蔵王・戒であった。
「貸し借りというわけではないですけれど、私たちもあなたを助けます……お久しぶりですね、火車さん。あまり無茶はしないで下さい」
「地獄から放逐された身で、もはや何のしがらみもなく人助けをし放題……とでも思っておるのじゃろ」
この場にいる3体目の古妖が、言った。
「人助けならば、この覚者たちの方が遥かに上じゃて。後はまあ、お任せしておくのじゃな」
シーズーかヨークシャーテリアを思わせる、小さな老人。柔らかな獣毛の塊が、杖を持っているようにも見える。
この神社の祭神たる、古妖・犬神である。
彼を頼って神社に逃げ込んだ者たち……現在、境内の片隅で怯え震えている3人の若い男が、今回の人助けの対象であった。
元・古妖狩人の3名。
そちらに、三ツ目入道が錫杖を向ける。
「最後に、もう1度だけ訊いておこう。その者どもを、我らに引き渡しては……くれんのだな?」
「そういう事になるな」
言いながらツバメは、体内の火行因子を活性化した。灼熱化。燃え盛る因子の光が、額に開く第三の目から溢れ出す。
「古妖との繋がりによって得た、この力……お前たち古妖の暴走を止めるために、使わせてもらう」
「火車も犬神様も、人を守ろうとしてくれた。私たちが頑張らないわけにはいかない」
ツバメと並んで前衛に立ちながら彩吹が片手を伸ばし、『天を舞う雷電の鳳』麻弓紡(CL2000623)の首根っこを掴む。
「やるよ紡。ほら、もふもふするのは後」
「犬神さまー」
手足と翼をジタバタと暴れさせながら紡は、犬神の所へ向かおうとしている。
「ぼっボクね、この戦いが終わったら、犬神サマもふもふしに行くんだー!」
「縁起でもない事を言うのはやめて、ほら始めますよ。つむちゃん」
澄香がタロットカードを掲げ、香気の粒子を飛び散らせる。清廉珀香。
「まあ確かに……もふもふは、絶対に守らなければいけないですよね」
「そーゆう事。もふもふは、お仕事終わるまで我慢がまん。三ツ目ちゃんたち! キミらもねえ、もふもふの御利益で少しは落ち着きなさぁあああい」
紡が翼を広げ、術式の光をキラキラと放散する。それは桜の花びらにも見えた。
澄香と紡。翼人2名による守りの術式が、覚者たちを包み込む。
ほぼ同時に隔者6名が、長槍を振りかざし、剣や仕込み錫杖を抜き放ち、襲い掛かって来る。あるいは術式攻撃の構えに入る。
その襲撃をまとめて押し潰す勢いで、彩吹が羽ばたいた。炎が散った。
「澄香、紡、合わせられる!?」
鍛え込まれた美脚が、炎をまといながら一閃する。
燃え盛る蹴りが、隔者たちを薙ぎ払った。
火の粉と一緒に、花びらが散った。香気が、隔者たちを包み込む。
凶花の毒香。澄香の『仇華浸香』であった。
「親友の連携、翼人トリプルアタックですね……うん。名前はもう少し、それらしいものを考えましょうか」
「ボクらの心の中にいる中学二年生に、ようく相談してねっ」
言いつつ紡が、ぱっと光をばらまいた。
脣星落霜。光の鳳凰が羽ばたいて、隔者6人を打ち払った。
うち何人かが吹っ飛んで倒れ、動かなくなった。
辛うじて死んではいない。
だが。戦いがこのまま続けば、人死にが出ないとも限らない。
「誰かが死ねば、憎しみが残るぞ……」
ツバメは言った。
「三ツ目入道! お前の憎しみは私たちが受ける、だから他の者を巻き込むのはやめろ。憎悪が広がってゆくだけだと、わからないわけでもなかろうが!」
「……巻き込んだわけではない。この者たちは己の意思で、私の心と同調してくれているのだ」
三ツ目入道の禿頭で開いた目が、その言葉に合わせて、禍々しく輝きを増してゆく。
「お前たち人間に関して私は1つ、ものを知った。人間の心には紛れもない正義がある、という事だ。人間は、悪を憎む。悪に対し、際限なく憎しみを燃やす。もはや私では止められんよ」
「……古妖狩人なんざぁ庇ってんじゃねえぞクソゴミどもがぁああッ!」
まだ動ける隔者の1人が、猛然と斬り掛かって来る。
憎しみを宿す『地烈』の斬撃を、ツバメはかわしきれなかった。身体のどこかから、鮮血がしぶいた。
ツバメがよろめいている間、隔者たちが次々と憎悪を燃やし、第三の目を発光させる。
「てめえらよォ、クソどもを皆殺しにしねーたぁどういう了見だ!?」
「組織だけ潰したって意味ねえんだよゴミ虫は1匹残らず殺処分しねーとよォオオ!」
破眼光が、元・古妖狩人の男たちに向かって迸る。
火車に治療術式を施していた三十三が、振り向いて両腕を広げ、彼らを庇った。
そんな三十三を、紡が庇っていた。
翼を広げた彼女の細身に、破眼光が突き刺さる。
香気の粒子と桜の花びらが、舞い散った。
「紡さん……!」
「大丈夫……だよ、さとみん。最初の術式防御が効いてる……ま、痛くないわけじゃないけど……ね」
血を吐きながら、紡は微笑んだ。
「こんなんじゃ全然……ね、ツバメちゃん。本物の破眼光、見せたげて欲しいなぁ」
「……了解した」
ツバメの額で、第三の目が光を放つ。
放たれた破眼光が、三ツ目入道を直撃していた。
「……良かろう、本物を見せてやる」
骸骨にも似た長身を一瞬、よろめかせた入道が、即座にツバメを睨み返す。禿頭で見開いた、三つ目の眼球で。
迸った眼光が、ツバメを貫いていた。
「ツバメさん……!」
里桜の悲鳴が聞こえる。
大丈夫だ、と応える事が出来ず、ツバメは血を吐いた。
●
謝罪。
考えようによっては、これほど傲慢な行為もないであろうと里桜は思う。
今この場で自分ごとき一個人が、人間という種族を代表して頭を下げる。傲慢、以外の何物でもない。
だから里桜は、
(本当に、ごめんなさい……あなたに、こんな苦しみを……)
思いながらも言葉には出さず、代わりに術符をかざして攻撃を念じた。
土行の力が、巨大な岩となって出現した。
「どうか、お願いです……」
巨岩が砕け散り、隔者たちを直撃する。
「古妖狩人だった人たちに、せめて償いの機会を……与えてあげては、いただけませんか?」
「……償いなど、させるわけにはいかんのだよ」
里桜の言葉に、三ツ目入道は答えた。
「謝罪や反省など、されてなるものか。古妖狩人どもにはな、邪悪な侵略者のまま死んでもらわねばならん。命乞いでもしながら、無様にな」
「そんな……」
里桜が息を呑んだ、その時。
火の鳥が羽ばたいた。再生の力そのものである、不死鳥。
それが、負傷したツバメの身体に吸い込まれて行く。
「復讐の名の下に……暴虐を、働こうと言うのか……」
三十三の、治療術式であった。
「……ならば、相応の対処をさせてもらう。貴方は今や被害者ではない、加害者だ」
「何を今更!」
三ツ目入道が、錫杖を振りかざす。
岩の直撃を喰らい、倒れていた隔者たちが、それを合図に立ち上がり、血まみれでよろめきながらも斬り掛かって来る。
それを、彩吹が迎え撃った。すらりと伸びた脚が斬撃の如く一閃し、隔者たちを薙ぎ払う。
澄香が、声をかけてきた。
「人が人を許す事さえ、簡単ではありませんから」
「……そう、ですよね。ひどい事をされた古妖の方々が、人間を許して下さらないのは当然……」
里桜が呟いている間にツバメが、三ツ目入道に向かって猛然と踏み込んで行く。
「復讐に、悦楽を見出してしまうほど……人間を、憎むのも」
隔者の1人が、入道の盾となる形に立ちはだかる。
そこへ、ツバメの掌底が叩き込まれた。閂通し。衝撃が、隔者の身体を貫通して三ツ目入道を襲う。
「……私たちに、出来る事など無いのでしょうか……」
「ふふっ……ねえ里桜ちゃん。私もね、そんなふうに思い悩んでいた事はあります。でも気付いたんです。悩んでいる暇があるなら、何も考えずに身体を動かす。いぶちゃんツバメちゃんのように。その方が、結局は解決に近付けるって」
「一言多いよ、澄香」
「……解決に、近付けていれば良いのだがな」
ツバメが言った。
「入道、お前の憎しみ……私ごときに、何かを言う資格などないのはわかる。本当に……どうすれば、良いのだろうな……」
「どうにも、ならぬ……それが憎しみというものだ!」
入道の禿頭から、またしても眼光が迸る……よりも早く澄香が、紡が、羽ばたいていた。
「させませんよ……つむちゃん、一緒に!」
「ほい。雷のハリネズミちゃん、いくよっ」
暴風の砲弾が、電光の雨が、三ツ目入道を直撃する。エアブリットと雷獣。
それらを切り裂くように、しかし入道の眼光は迸っていた。
土行の護りをまとった身体で、里桜は澄香を庇った。そのつもりだった。
だが入道の眼光は、里桜を、それに澄香をも貫通し、最後衛の三十三に突き刺さっていた。
「うっぐ……す、澄香さん……」
血を吐きながら、里桜は呻いた。
「思い悩む暇があるなら、身体を張る……それはそれで、痛くて苦しいです……」
「でしょう? ふふっ……悩みなんて、忘れるくらいに……」
「お2人とも……大丈夫ですか……」
三十三が、苦しげな声を漏らす。
「くっ、これでは僕は……女性を盾にする、最低の男……」
「……まあ現実的なお話をしましょうか篁さん。私も体力はある方ではないけれど、あなたの身体的耐久力は……それ以下、ですものね。あなたと私なら、盾の役目は私の方です」
里桜は言った。
澄香が笑いながら、タロットカードをかざす。
「ハーレム王の特権、という事でいいと思いますよ三十三くん。いつでも私たちが守ってあげますからね」
木行の癒しの力が、覚者全員に降り注ぐ。まるで木漏れ日のようにだ。
術式治療を受けながら三十三が立ち上がり、略式滅相銃を構えて言う。
「……何と言うか、やるせない気持ちだ。それを、ぶつけさせてもらうぞ三ツ目入道! 貴方の復讐よりも身勝手な思いであるのは自覚しているっ!」
エアブリットの速射であった。
風の銃弾がフルオートで迸り、三ツ目入道を吹っ飛ばす。
間髪を入れず里桜は、足元の石畳に術符を叩きつけた。
土行の力が、地中から槍の如く隆起した。
石畳を突き破って伸びた隆神槍が、空中の三ツ目入道を直撃する。
墜落し、倒れ伏し、もはや立ち上がる力も失ったまま、入道が呻く。
「ぐっ……う……ッ」
「先に言っておきます。殺せ、というのは無しですよ」
里桜が、続いて澄香が言った。
「理由も言っておきましょうか。私たちはね、憎しみと復讐の連鎖を止めたい。ただ、それだけです」
「復讐と泣き寝入りの二択しかない、わけじゃないってね、ボクたち思うから」
紡が言うと、火車と犬神が歩み寄って来た。
「ここまでじゃな、入道よ。おぬしは戦いに敗れた上、命を助けられた。もはや復讐など、する権利はあるまい」
犬神の言葉に、三ツ目入道は応えず、ただ石畳を殴りつけて身を震わせた。
これ以上、言葉をかけるべきではあるまいと里桜は思った。
三十三が、倒れ伏した隔者たちを『癒しの霧』で包んでいる。
この場では、誰も死なずに済んだ。
今はそれで良い、それ以上は望むまい、と里桜は思った。
「毎度の事で済まんのう覚者たち。本当に、世話になった」
犬神が言い、火車が一礼する。
「ありがとう……貴女に助けていただいたのは、2度目だな」
「今日は、猫ではないんですね」
里桜が言うと、三十三の目の色が少しだけ変わった。ギラリと、ほんの少しだけだ。
「火車さん、貴方は……猫、なんですか? 出来れば、その、見せていただけると」
「? 構わないが……」
獣憑のような青年が姿を消し、代わりに白い猫が出現した。
三十三が、息を呑んで屈み込む。
「おお……こ、これは」
「やれやれ、三十三はハーレムよりも猫か」
彩吹が苦笑する。
「私たち、猫以下ってわけだね」
「そ、それは当然、私なんかより猫ちゃんワンちゃんの方が可愛いに決まってます!」
三十三以上に冷静さを失った澄香が、犬神と火車をまとめて抱き締めていた。
●
我に返った澄香が、小さくなって己の翼にくるまった。
「恥ずかしい……」
「まあまあ、気持ちはわかりますから」
里桜が、澄香を慰めている。
紡が、澄香から奪い取った犬神をモフモフといじり回しながら、鼻の下を伸ばしている。火車である白猫からは、何となく距離を取っているようだ。
彩吹は訊いた。
「紡って……猫、駄目だっけ?」
「そういうワケじゃないけど、ちょっとトラウマがねー……翼人なりたてなチビの頃、にゃんこに追い回された事があって」
「……鳥肉、とでも思ったのでしょうか」
「さとみんは時々エグいこと言うよねー」
「では、この白猫は私がもらおうかな」
ツバメが火車を撫で、里桜がそれに加わった。
「ツバメさんは……猫派、でしたっけ?」
「そういうわけでもないが、犬は大型犬の方が好きだ」
言いながらツバメが、ちらりと空を見る。
「入道の言う……あの御仁、なる古妖というのは、やはり」
「河童の親分も言っていた。間違いない、と思う」
彩吹は言った。
「地底の湖に棲んでいて、動くと地上が大変な事になるから自分では動けない……苦しい思いを、しているだろうね」
ああ許せぬ、許し難し。
このままでは、人間の全てに我が憎しみが向いてしまう。わしの憎むべきは、あの者どもだけであると言うのに。
頼む、あの者どもを滅ぼしてくれ。
さもなくば、わしは己を止められぬ。
我が怨みの念が、地上の全てを打ち砕いてしまうのだ。
あの者どもを、あの者どもだけを、どうか殺し尽くしてはくれまいか。どうか、どうか。
●
微かに、だが確かに今、地面が揺れた。
「地震……?」
上月里桜(CL2001274)が息を呑む。単なる地震ではない事を、彼女も感じてはいるようだ。
「ふ……憤っておられる。怒り狂って、おられるのよ」
僧形の古妖が、頭蓋骨そのものの禿頭で第三目を開きながら笑う。
「人間の中で最強の力を持つ、お前たち覚者がな、古妖狩人どもを庇い守る。それが人間という種族の総意という事になってしまった……もはや後戻りは出来んぞ。人間よ、お前たちはなぁ、あの御仁を完全に怒らせてしまったのだよ」
「……違う。それは、違うぞ」
同じく第三の目を額で発光させながら、『鬼灯の鎌鼬』椿屋ツバメ(CL2001351)は言った。
「あの御仁、とお前たちが呼ぶ者の慟哭を、私も聞いた……その者は、確かに激怒している。だが、それ以上に泣いている。苦しんでいる。お前たちが何故それをわかってやれない!?」
ツバメは語りかけた。古妖・三ツ目入道に率いられた、同じく僧形の隔者6人にだ。
「お前たちの第三の目は一体、何のためにある? ただ憎しみを燃やすためか! 古妖の心を、見つめようとはしないのか!」
「……見つめた結果だ、ファイヴの女……」
怪・黄泉の隔者たちが、口々に呻く。あるいは叫ぶ。
「俺たちは、あの御方の心に触れた……怒りに、憎しみに、悲しみに触れた……」
「そして、それは俺たちの怒りに、憎しみに、悲しみになった……」
「全ては……お前らファイヴがな、古妖狩人どもを皆殺しにしなかったせいだぞ!」
「あのクソどもを、何のペナルティもなしに生かしておく! それがな、どれだけの古妖を怒らせ憎ませ悲しませているのか」
「そこまでにしておけ」
三ツ目入道が、錫杖を鳴らした。
「……ファイヴよ、我々はお前たちには感謝している。古妖狩人の組織を潰してくれたのだからな。どれだけ感謝をしても足りぬ。本当に、ありがとう」
「やらなければならない事を、したまでです」
応えたのは『居待ち月』天野澄香(CL2000194)である。
「あの方々を……許してあげて欲しい、とまでは言いません。私たち自身、彼らを許す事は出来ませんから」
「だからといって皆殺しにはしない。そこが、お前たちの思慮深さよ。我々には真似が出来ぬ。羨ましい、と思う」
三ツ目入道が、暗く微笑んだ。
「……我々は、駄目だ。許せぬ相手は殺さずにはおれん。あの御仁も、それで苦しんでおられるのだ。許せぬ相手を殺す、そのために暴れ出したら地上そのものを破壊し尽くしてしまう御仁であるが故に、我々のような者たちが必要となるのだ」
「許せない相手だけを、ピンポイントに狙って殺す。小回りの利く実動部隊……そういうわけだね」
火行因子を燃え上がらせて『天駆』を実行しながら『エリニュスの翼』如月彩吹(CL2001525)が頷く。
「ちょっと親近感が湧くよ。私たちも兵隊だからね……前線で、お前たちを止めるのが仕事だ。戦わなければ止まらないなら、私たちがお相手しよう」
言いつつ彼女は、ちらりと後方に視線を投げた。
「回復の出来るハーレムの王様、負傷者をよろしく」
「ハーレム、ですか……このまま、逃げ出したい気分ですよ」
頼りない声を発しながら篁三十三(CL2001480)が、負傷者1名に肩を貸している。
年恰好は三十三と同じ、に見える青年である。白い衣服は血に染まり、獣の耳も尻尾も弱々しく垂れ下がっている。
獣憑の覚者に見えるが、そうではない。古妖だ。
「さあ……大丈夫ですか、火車さん」
「……無様なところを、見せてしまったな……もう少し戦える、つもりでいたのだが……」
古妖・火車が、苦しげに微笑む。
「君たち覚者には本当に、世話になってばかりだ……すまない」
「あなたは私の知る限り、少なくとも1人の子供と、そのお母さんを助けてくれました」
言いながら里桜が、その優美な細身に土行の護りをまとってゆく。蔵王・戒であった。
「貸し借りというわけではないですけれど、私たちもあなたを助けます……お久しぶりですね、火車さん。あまり無茶はしないで下さい」
「地獄から放逐された身で、もはや何のしがらみもなく人助けをし放題……とでも思っておるのじゃろ」
この場にいる3体目の古妖が、言った。
「人助けならば、この覚者たちの方が遥かに上じゃて。後はまあ、お任せしておくのじゃな」
シーズーかヨークシャーテリアを思わせる、小さな老人。柔らかな獣毛の塊が、杖を持っているようにも見える。
この神社の祭神たる、古妖・犬神である。
彼を頼って神社に逃げ込んだ者たち……現在、境内の片隅で怯え震えている3人の若い男が、今回の人助けの対象であった。
元・古妖狩人の3名。
そちらに、三ツ目入道が錫杖を向ける。
「最後に、もう1度だけ訊いておこう。その者どもを、我らに引き渡しては……くれんのだな?」
「そういう事になるな」
言いながらツバメは、体内の火行因子を活性化した。灼熱化。燃え盛る因子の光が、額に開く第三の目から溢れ出す。
「古妖との繋がりによって得た、この力……お前たち古妖の暴走を止めるために、使わせてもらう」
「火車も犬神様も、人を守ろうとしてくれた。私たちが頑張らないわけにはいかない」
ツバメと並んで前衛に立ちながら彩吹が片手を伸ばし、『天を舞う雷電の鳳』麻弓紡(CL2000623)の首根っこを掴む。
「やるよ紡。ほら、もふもふするのは後」
「犬神さまー」
手足と翼をジタバタと暴れさせながら紡は、犬神の所へ向かおうとしている。
「ぼっボクね、この戦いが終わったら、犬神サマもふもふしに行くんだー!」
「縁起でもない事を言うのはやめて、ほら始めますよ。つむちゃん」
澄香がタロットカードを掲げ、香気の粒子を飛び散らせる。清廉珀香。
「まあ確かに……もふもふは、絶対に守らなければいけないですよね」
「そーゆう事。もふもふは、お仕事終わるまで我慢がまん。三ツ目ちゃんたち! キミらもねえ、もふもふの御利益で少しは落ち着きなさぁあああい」
紡が翼を広げ、術式の光をキラキラと放散する。それは桜の花びらにも見えた。
澄香と紡。翼人2名による守りの術式が、覚者たちを包み込む。
ほぼ同時に隔者6名が、長槍を振りかざし、剣や仕込み錫杖を抜き放ち、襲い掛かって来る。あるいは術式攻撃の構えに入る。
その襲撃をまとめて押し潰す勢いで、彩吹が羽ばたいた。炎が散った。
「澄香、紡、合わせられる!?」
鍛え込まれた美脚が、炎をまといながら一閃する。
燃え盛る蹴りが、隔者たちを薙ぎ払った。
火の粉と一緒に、花びらが散った。香気が、隔者たちを包み込む。
凶花の毒香。澄香の『仇華浸香』であった。
「親友の連携、翼人トリプルアタックですね……うん。名前はもう少し、それらしいものを考えましょうか」
「ボクらの心の中にいる中学二年生に、ようく相談してねっ」
言いつつ紡が、ぱっと光をばらまいた。
脣星落霜。光の鳳凰が羽ばたいて、隔者6人を打ち払った。
うち何人かが吹っ飛んで倒れ、動かなくなった。
辛うじて死んではいない。
だが。戦いがこのまま続けば、人死にが出ないとも限らない。
「誰かが死ねば、憎しみが残るぞ……」
ツバメは言った。
「三ツ目入道! お前の憎しみは私たちが受ける、だから他の者を巻き込むのはやめろ。憎悪が広がってゆくだけだと、わからないわけでもなかろうが!」
「……巻き込んだわけではない。この者たちは己の意思で、私の心と同調してくれているのだ」
三ツ目入道の禿頭で開いた目が、その言葉に合わせて、禍々しく輝きを増してゆく。
「お前たち人間に関して私は1つ、ものを知った。人間の心には紛れもない正義がある、という事だ。人間は、悪を憎む。悪に対し、際限なく憎しみを燃やす。もはや私では止められんよ」
「……古妖狩人なんざぁ庇ってんじゃねえぞクソゴミどもがぁああッ!」
まだ動ける隔者の1人が、猛然と斬り掛かって来る。
憎しみを宿す『地烈』の斬撃を、ツバメはかわしきれなかった。身体のどこかから、鮮血がしぶいた。
ツバメがよろめいている間、隔者たちが次々と憎悪を燃やし、第三の目を発光させる。
「てめえらよォ、クソどもを皆殺しにしねーたぁどういう了見だ!?」
「組織だけ潰したって意味ねえんだよゴミ虫は1匹残らず殺処分しねーとよォオオ!」
破眼光が、元・古妖狩人の男たちに向かって迸る。
火車に治療術式を施していた三十三が、振り向いて両腕を広げ、彼らを庇った。
そんな三十三を、紡が庇っていた。
翼を広げた彼女の細身に、破眼光が突き刺さる。
香気の粒子と桜の花びらが、舞い散った。
「紡さん……!」
「大丈夫……だよ、さとみん。最初の術式防御が効いてる……ま、痛くないわけじゃないけど……ね」
血を吐きながら、紡は微笑んだ。
「こんなんじゃ全然……ね、ツバメちゃん。本物の破眼光、見せたげて欲しいなぁ」
「……了解した」
ツバメの額で、第三の目が光を放つ。
放たれた破眼光が、三ツ目入道を直撃していた。
「……良かろう、本物を見せてやる」
骸骨にも似た長身を一瞬、よろめかせた入道が、即座にツバメを睨み返す。禿頭で見開いた、三つ目の眼球で。
迸った眼光が、ツバメを貫いていた。
「ツバメさん……!」
里桜の悲鳴が聞こえる。
大丈夫だ、と応える事が出来ず、ツバメは血を吐いた。
●
謝罪。
考えようによっては、これほど傲慢な行為もないであろうと里桜は思う。
今この場で自分ごとき一個人が、人間という種族を代表して頭を下げる。傲慢、以外の何物でもない。
だから里桜は、
(本当に、ごめんなさい……あなたに、こんな苦しみを……)
思いながらも言葉には出さず、代わりに術符をかざして攻撃を念じた。
土行の力が、巨大な岩となって出現した。
「どうか、お願いです……」
巨岩が砕け散り、隔者たちを直撃する。
「古妖狩人だった人たちに、せめて償いの機会を……与えてあげては、いただけませんか?」
「……償いなど、させるわけにはいかんのだよ」
里桜の言葉に、三ツ目入道は答えた。
「謝罪や反省など、されてなるものか。古妖狩人どもにはな、邪悪な侵略者のまま死んでもらわねばならん。命乞いでもしながら、無様にな」
「そんな……」
里桜が息を呑んだ、その時。
火の鳥が羽ばたいた。再生の力そのものである、不死鳥。
それが、負傷したツバメの身体に吸い込まれて行く。
「復讐の名の下に……暴虐を、働こうと言うのか……」
三十三の、治療術式であった。
「……ならば、相応の対処をさせてもらう。貴方は今や被害者ではない、加害者だ」
「何を今更!」
三ツ目入道が、錫杖を振りかざす。
岩の直撃を喰らい、倒れていた隔者たちが、それを合図に立ち上がり、血まみれでよろめきながらも斬り掛かって来る。
それを、彩吹が迎え撃った。すらりと伸びた脚が斬撃の如く一閃し、隔者たちを薙ぎ払う。
澄香が、声をかけてきた。
「人が人を許す事さえ、簡単ではありませんから」
「……そう、ですよね。ひどい事をされた古妖の方々が、人間を許して下さらないのは当然……」
里桜が呟いている間にツバメが、三ツ目入道に向かって猛然と踏み込んで行く。
「復讐に、悦楽を見出してしまうほど……人間を、憎むのも」
隔者の1人が、入道の盾となる形に立ちはだかる。
そこへ、ツバメの掌底が叩き込まれた。閂通し。衝撃が、隔者の身体を貫通して三ツ目入道を襲う。
「……私たちに、出来る事など無いのでしょうか……」
「ふふっ……ねえ里桜ちゃん。私もね、そんなふうに思い悩んでいた事はあります。でも気付いたんです。悩んでいる暇があるなら、何も考えずに身体を動かす。いぶちゃんツバメちゃんのように。その方が、結局は解決に近付けるって」
「一言多いよ、澄香」
「……解決に、近付けていれば良いのだがな」
ツバメが言った。
「入道、お前の憎しみ……私ごときに、何かを言う資格などないのはわかる。本当に……どうすれば、良いのだろうな……」
「どうにも、ならぬ……それが憎しみというものだ!」
入道の禿頭から、またしても眼光が迸る……よりも早く澄香が、紡が、羽ばたいていた。
「させませんよ……つむちゃん、一緒に!」
「ほい。雷のハリネズミちゃん、いくよっ」
暴風の砲弾が、電光の雨が、三ツ目入道を直撃する。エアブリットと雷獣。
それらを切り裂くように、しかし入道の眼光は迸っていた。
土行の護りをまとった身体で、里桜は澄香を庇った。そのつもりだった。
だが入道の眼光は、里桜を、それに澄香をも貫通し、最後衛の三十三に突き刺さっていた。
「うっぐ……す、澄香さん……」
血を吐きながら、里桜は呻いた。
「思い悩む暇があるなら、身体を張る……それはそれで、痛くて苦しいです……」
「でしょう? ふふっ……悩みなんて、忘れるくらいに……」
「お2人とも……大丈夫ですか……」
三十三が、苦しげな声を漏らす。
「くっ、これでは僕は……女性を盾にする、最低の男……」
「……まあ現実的なお話をしましょうか篁さん。私も体力はある方ではないけれど、あなたの身体的耐久力は……それ以下、ですものね。あなたと私なら、盾の役目は私の方です」
里桜は言った。
澄香が笑いながら、タロットカードをかざす。
「ハーレム王の特権、という事でいいと思いますよ三十三くん。いつでも私たちが守ってあげますからね」
木行の癒しの力が、覚者全員に降り注ぐ。まるで木漏れ日のようにだ。
術式治療を受けながら三十三が立ち上がり、略式滅相銃を構えて言う。
「……何と言うか、やるせない気持ちだ。それを、ぶつけさせてもらうぞ三ツ目入道! 貴方の復讐よりも身勝手な思いであるのは自覚しているっ!」
エアブリットの速射であった。
風の銃弾がフルオートで迸り、三ツ目入道を吹っ飛ばす。
間髪を入れず里桜は、足元の石畳に術符を叩きつけた。
土行の力が、地中から槍の如く隆起した。
石畳を突き破って伸びた隆神槍が、空中の三ツ目入道を直撃する。
墜落し、倒れ伏し、もはや立ち上がる力も失ったまま、入道が呻く。
「ぐっ……う……ッ」
「先に言っておきます。殺せ、というのは無しですよ」
里桜が、続いて澄香が言った。
「理由も言っておきましょうか。私たちはね、憎しみと復讐の連鎖を止めたい。ただ、それだけです」
「復讐と泣き寝入りの二択しかない、わけじゃないってね、ボクたち思うから」
紡が言うと、火車と犬神が歩み寄って来た。
「ここまでじゃな、入道よ。おぬしは戦いに敗れた上、命を助けられた。もはや復讐など、する権利はあるまい」
犬神の言葉に、三ツ目入道は応えず、ただ石畳を殴りつけて身を震わせた。
これ以上、言葉をかけるべきではあるまいと里桜は思った。
三十三が、倒れ伏した隔者たちを『癒しの霧』で包んでいる。
この場では、誰も死なずに済んだ。
今はそれで良い、それ以上は望むまい、と里桜は思った。
「毎度の事で済まんのう覚者たち。本当に、世話になった」
犬神が言い、火車が一礼する。
「ありがとう……貴女に助けていただいたのは、2度目だな」
「今日は、猫ではないんですね」
里桜が言うと、三十三の目の色が少しだけ変わった。ギラリと、ほんの少しだけだ。
「火車さん、貴方は……猫、なんですか? 出来れば、その、見せていただけると」
「? 構わないが……」
獣憑のような青年が姿を消し、代わりに白い猫が出現した。
三十三が、息を呑んで屈み込む。
「おお……こ、これは」
「やれやれ、三十三はハーレムよりも猫か」
彩吹が苦笑する。
「私たち、猫以下ってわけだね」
「そ、それは当然、私なんかより猫ちゃんワンちゃんの方が可愛いに決まってます!」
三十三以上に冷静さを失った澄香が、犬神と火車をまとめて抱き締めていた。
●
我に返った澄香が、小さくなって己の翼にくるまった。
「恥ずかしい……」
「まあまあ、気持ちはわかりますから」
里桜が、澄香を慰めている。
紡が、澄香から奪い取った犬神をモフモフといじり回しながら、鼻の下を伸ばしている。火車である白猫からは、何となく距離を取っているようだ。
彩吹は訊いた。
「紡って……猫、駄目だっけ?」
「そういうワケじゃないけど、ちょっとトラウマがねー……翼人なりたてなチビの頃、にゃんこに追い回された事があって」
「……鳥肉、とでも思ったのでしょうか」
「さとみんは時々エグいこと言うよねー」
「では、この白猫は私がもらおうかな」
ツバメが火車を撫で、里桜がそれに加わった。
「ツバメさんは……猫派、でしたっけ?」
「そういうわけでもないが、犬は大型犬の方が好きだ」
言いながらツバメが、ちらりと空を見る。
「入道の言う……あの御仁、なる古妖というのは、やはり」
「河童の親分も言っていた。間違いない、と思う」
彩吹は言った。
「地底の湖に棲んでいて、動くと地上が大変な事になるから自分では動けない……苦しい思いを、しているだろうね」
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
