つぎはぎ、滅びを運ぶもの
●
新年も半月が過ぎ、正月気分も抜けて日常が戻ってきた。
そして、あの妖も動き始める。
●
すでに日本には四体の大妖が存在しており、その圧倒的な力で神秘の力で囲われた日本に君臨していた。大妖たちの本性が自分本位であるかぎり、協力してこの国を支配することはないだろう。それでも彼らを倒して数多の妖の頂きに立つというのは容易なことではない。
「けれど、底の岩戸を開き、不毛の海を広げることができたなら?」
千年ものあいだ絶えてなかった霊異の風が日本を席巻するだろう。世間は文字通り、異類妖族の俳御する百鬼夜行の巻と化す。
数十年前に現れた新参者も、古くから幽玄に潜み生きて来た古き者も、そして源力をもつ人間も、不毛の海より来る真の支配者たちに飲み込まれ、消えて行くに違いない。
「裏帰り……日本という霊的国体を正し、あるべき姿に戻したものこそ真の大妖王――いいえ、大妖女王になれるのよ」
顔を覆っていた右手を降ろし、手鏡を持ち返る。
鏡に写る女の顔は、継ぎ目を境に左と右で微妙に肌の色が異なっていた。異なるのは肌の色だけでない。頭蓋骨の内にも二つの異なる脳が収まっている。一つはAAAの元研究者、一つは隔者の脳。どちらも生きていたころからろくでなしだった。
今度は左手を上げて顔の左半分を隠す。
「ま、あんたはうまく隠して正義の味方のふりしていたけどね」
女――パッチワークレディはケタケタと笑った。
「正直、日本がどうなろうと知ったことじゃない。アタシは日々、面白おかしく過ごせればそれでいいの。ね、大福寺ちゃん?」
彼氏のことはゴメンね、助けられなくて。
パッチワークレディが振り返った先、廃寺本堂の前に血で魔法陣が描かれていた。陣の頂点にはそれぞれ、ここへ調査に訪れたファイヴ職員や覚者の生首が置かれている。首から下は、魔法陣の回りをうろつく生物系の妖に食われたのだろう。あちらこちらに牙の跡も生々しい人骨が散らばっている。
陣の中央は大きなガラス瓶が置かれており、おそらくホルマリンだと思われる液体の中に、女の生首が漬けられていた。大妖一夜事件の日に攫われた大福寺だ。こちらはずっと前に殺害されたらしい。
「だいたい出てくるのが早いのよ、ほんと、早い男はいや~ね。遅いのもウザいけど」
にやり。下品に唇を歪ませる。
「この寺……本当は神社だったらしいけど、右の彼女がいうにはこのポイントをふっ飛ばせばレイラインが消滅して封印された渡り舟を手に入れることができるんだって。舟があれば安全に、正気をたもったまま不毛の海を渡って魍魎を支配する玉を手に入れることができるのよ」
彼氏も慌てて岩戸の裏へ逃げ込むことなかったのにねぇ。
パッチワークレディは手鏡を床に叩きつけた。
ガラスが割れて、赤い夕陽を写しながら飛び散る。
闇の中で静かに座っていた男たちが武器を手に立ちあがった。
「そういうこと、では儀式を始めましょう」
●
眩(クララ)・エングホルム(nCL2000164)はため息とともに資料を閉じた。
「なんらかの霊障によって夢見が阻害されていた可能性があるわ。ま、単純に見られなかっただけかもしれないけど」
いずれにせよすでに犠牲者は出てしまった。いまさらどうすることもできない。
『五麟マラソン優勝者』奥州 一悟(CL2000076)と『ゆるゆるふああ』鼎 飛鳥(CL2000093)からそれぞれ報告をうけたファイヴは、ただちに和歌山の廃寺へ覚者三名を含む調査隊を送った。
調査隊は年内には第一次調査を終えて戻る予定だったのだが、年が明けても帰ってこないどころか連絡すら取れなくなっていた。誰かを向かわせようとしていた矢先に眩が、日本沈没の悪夢を見てしまったのだ。
「あなたたちにお願いするのは儀式の阻止。そしてパッチワークレディの討伐よ」
奈良の遺跡――底の岩戸をどうするかはその後検討するという。
「たぶん、永久封鎖になるでしょうね。あちらの妖――彼らは『神』と自称しているけど、ただ、ただ狂っているし。あんなのがたくさん溢れ出して大妖たちとケンカを始めたら日本は本当に沈没してしまうわ」
だから――。
「底の岩戸の秘密を知るパッチワークレディは必ず倒してちょうだい」
新年も半月が過ぎ、正月気分も抜けて日常が戻ってきた。
そして、あの妖も動き始める。
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すでに日本には四体の大妖が存在しており、その圧倒的な力で神秘の力で囲われた日本に君臨していた。大妖たちの本性が自分本位であるかぎり、協力してこの国を支配することはないだろう。それでも彼らを倒して数多の妖の頂きに立つというのは容易なことではない。
「けれど、底の岩戸を開き、不毛の海を広げることができたなら?」
千年ものあいだ絶えてなかった霊異の風が日本を席巻するだろう。世間は文字通り、異類妖族の俳御する百鬼夜行の巻と化す。
数十年前に現れた新参者も、古くから幽玄に潜み生きて来た古き者も、そして源力をもつ人間も、不毛の海より来る真の支配者たちに飲み込まれ、消えて行くに違いない。
「裏帰り……日本という霊的国体を正し、あるべき姿に戻したものこそ真の大妖王――いいえ、大妖女王になれるのよ」
顔を覆っていた右手を降ろし、手鏡を持ち返る。
鏡に写る女の顔は、継ぎ目を境に左と右で微妙に肌の色が異なっていた。異なるのは肌の色だけでない。頭蓋骨の内にも二つの異なる脳が収まっている。一つはAAAの元研究者、一つは隔者の脳。どちらも生きていたころからろくでなしだった。
今度は左手を上げて顔の左半分を隠す。
「ま、あんたはうまく隠して正義の味方のふりしていたけどね」
女――パッチワークレディはケタケタと笑った。
「正直、日本がどうなろうと知ったことじゃない。アタシは日々、面白おかしく過ごせればそれでいいの。ね、大福寺ちゃん?」
彼氏のことはゴメンね、助けられなくて。
パッチワークレディが振り返った先、廃寺本堂の前に血で魔法陣が描かれていた。陣の頂点にはそれぞれ、ここへ調査に訪れたファイヴ職員や覚者の生首が置かれている。首から下は、魔法陣の回りをうろつく生物系の妖に食われたのだろう。あちらこちらに牙の跡も生々しい人骨が散らばっている。
陣の中央は大きなガラス瓶が置かれており、おそらくホルマリンだと思われる液体の中に、女の生首が漬けられていた。大妖一夜事件の日に攫われた大福寺だ。こちらはずっと前に殺害されたらしい。
「だいたい出てくるのが早いのよ、ほんと、早い男はいや~ね。遅いのもウザいけど」
にやり。下品に唇を歪ませる。
「この寺……本当は神社だったらしいけど、右の彼女がいうにはこのポイントをふっ飛ばせばレイラインが消滅して封印された渡り舟を手に入れることができるんだって。舟があれば安全に、正気をたもったまま不毛の海を渡って魍魎を支配する玉を手に入れることができるのよ」
彼氏も慌てて岩戸の裏へ逃げ込むことなかったのにねぇ。
パッチワークレディは手鏡を床に叩きつけた。
ガラスが割れて、赤い夕陽を写しながら飛び散る。
闇の中で静かに座っていた男たちが武器を手に立ちあがった。
「そういうこと、では儀式を始めましょう」
●
眩(クララ)・エングホルム(nCL2000164)はため息とともに資料を閉じた。
「なんらかの霊障によって夢見が阻害されていた可能性があるわ。ま、単純に見られなかっただけかもしれないけど」
いずれにせよすでに犠牲者は出てしまった。いまさらどうすることもできない。
『五麟マラソン優勝者』奥州 一悟(CL2000076)と『ゆるゆるふああ』鼎 飛鳥(CL2000093)からそれぞれ報告をうけたファイヴは、ただちに和歌山の廃寺へ覚者三名を含む調査隊を送った。
調査隊は年内には第一次調査を終えて戻る予定だったのだが、年が明けても帰ってこないどころか連絡すら取れなくなっていた。誰かを向かわせようとしていた矢先に眩が、日本沈没の悪夢を見てしまったのだ。
「あなたたちにお願いするのは儀式の阻止。そしてパッチワークレディの討伐よ」
奈良の遺跡――底の岩戸をどうするかはその後検討するという。
「たぶん、永久封鎖になるでしょうね。あちらの妖――彼らは『神』と自称しているけど、ただ、ただ狂っているし。あんなのがたくさん溢れ出して大妖たちとケンカを始めたら日本は本当に沈没してしまうわ」
だから――。
「底の岩戸の秘密を知るパッチワークレディは必ず倒してちょうだい」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.儀式の阻止
2.パッチワークレディを倒す
3.なし
2.パッチワークレディを倒す
3.なし
・和歌山県、とある山の山中にある廃寺。
その昔は神社だったそうです。
・時間は夕暮れ時。15分で日没です。
・境内いっぱいに血で魔法陣がかかれており、星の頂点にファイヴの覚者と職員の生首が置かれています。
・魔法陣のまわりには生物系の妖、熊や犬、狸などが妖化したものがうろついています。
・パッチワークレディは魔法陣の中央にいます。
・魔法陣の内は穢れの気で満ちており、自然回復が阻害されます。また、1ターンごとにダメージを受けます。
●敵、パッチワークレディ……ランク4
死亡した隔者と元AAA研究員・岩畑(妻)、その他の死体が継ぎ合わせされたもの。
元AAA研究員・岩畑(夫)がAAA解雇後、狂った末に行った実験の産物である。
妖化はまったくの偶然だったが、たまたま強力な個体に変じてしようだ。
ちなみに岩畑(夫)はパッチワークレディによって殺され、他の死体と継ぎ合わされて妖化した末に、『【つぎはぎ】つぎはぎの夜・憤怒』で覚者らによって退治されている。
チェーンソーとロリポップのような棒つき飴(毒)を装備。
【デス・チェーンソー】物近単(失血)
【デス・ロリポップボム】物近列(猛毒)
【甘い息】特近単(混乱)
【死体繰り】……つぎはぎした動物や人の死体を操る。
●敵、妖……生物系、ランク1/3体(熊、犬、狸)
血肉の匂いに誘われて集まってきた妖です。
木々の間に潜んでおり、弱った人見つけると出てきて襲い掛かります。
【ツメ】物近単
【キバ】物近単
●敵、妖……生物系、ランク2/1体(人と犬が継ぎ合わされた妖)
パッチワークレディによって生み出された妖。
人間の顔に犬の胴と耳、人の手足という気持ちの悪い姿をしている。
寺の入口の最前列にいて、魔法陣を壊そうとする者に襲い掛かる。
【ツメ】物近単(出血)
【キバ】物近単(出血)
【叫び】特遠列(呪い)
●敵、憤怒者?……19人(魔法陣を守るべく、寺の入口に4列で布陣しています)
パッチワークレディに洗脳された人間。
パッチワークレディがAAAの武器庫から盗み出し、改良した武器で武装しています。
【電撃棒】物遠単(麻痺)……先端部分から、超強力な電気を発している。
【防護服】術式1回まで無効。
物理防御力もある程度あるので1回ぐらい本気で覚者が攻撃しても死にませんが、攻撃を受けた者は確実に気絶し、その場に倒れます。
●敵、妖・謎の霧……ランク3/1体
心霊系の妖に近いと思われる。人型だが浮遊している。
儀式が進むと大福寺の首を漬けた瓶が割れて発生する。
【青光体】……発光時、神秘攻撃無効。薄いゼリー状の膜で全体が覆われる。
【痺れる触手】……近複物/麻痺。ラーニング不可。
触手で痺れさせて身動きできなくする。ラーニング不可。
【感染と汚染】……近単物/MP・HP吸収。
対象の口や耳、鼻から触手を潜入させ、命を奪い、妖気を流しこむ。ラーニング不可。
【白霧体】……発光していないとき、物理攻撃無効。
【蝕む霧】……近複特/カウンター、錯乱。
霧に触れた者の心を恐怖でむしばむ。ラーニング不可。
●廃寺
ずいぶん前にすたれたらしく、本堂の屋根の一部が崩れています。
仏像や鐘などはとっくに失われてありません。
入口は1か所。
周りを木々に囲まれた敷地内は荒れ果てているもののかなり広く、地面に書かれた魔法陣は半径25メートルにもなります。
魔法陣の内は穢れの気で満ちており、自然回復が阻害されます。また、1ターンごとにダメージを受けます。
●儀式の阻止方法
パッチワークレディが封印解除の呪文を言い終える前に、星の頂点からすべての生首を取り外す。
ちなみに生首が1つでも魔法陣に残っている状態で、呪文を半分言い終えると妖・謎の霧が発生します。
●STコメント
パッチワークレディはそうすけが出した過去の依頼に度々顔を出していた妖で、【つぎはぎ】シリーズや底岩戸・現、底岩戸・出の話の締めくくりになります。
失敗すれば大変な事態に……。
全力で倒しちゃってください。
みなさんの参加をお待ちしております。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
相談日数
9日
9日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
サポート人数
1/2
1/2
公開日
2018年02月02日
2018年02月02日
■メイン参加者 8人■
■サポート参加者 1人■

●
「クソ上司! 御馳走なんてどこにもねーじゃねーか! 直ちに謝りやがれください!!」
温かみのない赤色に沈む空に緒形 譟(CL2001610)の叫び声が響き渡る。驚いたカラスたちが枝を離れ、去っていった。
驚いたのは寺の入口に布陣していた狂信者たちも同様で、譟の叫び声にびくりと身をすくめた。全く動じなかったのは最前列の真ん中にいた妖、人犬だけだ。
「ん、部下の目の前に『いる』じゃない。ああ、でも御馳走というにはちと物足りないわね」
『冷徹の論理』緒形 逝(CL2000156)がゆったりとした動作で妖刀を抜いた。木々の上に微かに残る残り陽を吸い取りながら、悪食が姿を現す。
「本当の御馳走はこの男たちの後ろよ」
「マジか?」
上司にとっての御馳走は部下にとっての動く災難でしかないのだが、譟は俄然張りきりだした。
「よっしゃ、道はオレが切り開く! 上司は後からゆっくりきやがれです!」
ちっとも学習しないわね、と言った顔で守護使役のマーシャが譟に凶器と化した工兵のシャベルを降ろす。
同時に、ブンと低く唸るような振動音が寺側から次々と上がった。男たちが長い棒を前につき出し身構える。
「お、お前たち! 何しに来た!」
「何しに来たはねぇだろ、何しに来た、は」
見りゃわかるってもんだ。肩甲骨の間から炎の翼を広げて全身を包み込み、『五麟マラソン優勝者』奥州 一悟(CL2000076)か覚醒する。
一悟もトンファーを構えた。
「あの時はよくもやってくれたな。今度はそうはいかねぇぞ」
あの時というのは奈良にある底岩戸遺跡で任務にあたっていた時のことだ。一悟は近隣民家を回って注意を呼び掛けている時、見た目はごく普通でどこにでもいそうな一般人――実は遠くから覚者たちの動きを探っていた狂信者に襲われ、重傷を負っていた。
「一応、言っとくのよ。死にたくないやつはとっとと失せろ、なのよ!!」
『ゆるゆるふああ』鼎 飛鳥(CL2000093)が水晶のスティックを狂信者たちに突きつける。
「でも、その前に……可愛いウサギさんの活躍を邪魔した報いをキッチリ受けてもらうのよ!」
これに関しては完全にとばっちりの狂信者たちだ。倒れた一悟を発見し、回復に力を使い果たした飛鳥もまた、底岩戸の依頼ではいいとこなしで終わっていた。
「ふん、それはハクシの崇りだ。つぎはぎ様がそうおっしゃっていたぞ!」
「ハクシ? それは岩戸の向こう側に住まう妖の名なのでしょうか」
『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080) は煌炎の書を守護使役のペスカから受け取った。まだ鍵を解くのは早いが、いつでも出せるようにしておいて、とペスカに頼む。
「岩戸の向こうにいながら、こちらの世界に影響を及ぼす……そんな恐ろしい化け物を解き放つわけには参りません。絶対に阻止します!」
やれるものならやってみろ、と人犬が唸り声を上げた。黄色く尖った牙の間から、ねっとりとした唾液か溢れて落ちる。
桂木・日那乃(CL2000941)はいつでも飛び立てるように漆黒の翼を広げた。
「ん……でも、鼎さんは違う、から。サボって、お菓子、買いに行った……から」
でも、そのおかげで奥州さんが助かったけど、とフォローも忘れない。
「あうう、日那乃ちゃん厳しいのよ。頭を使うと甘いものが食べたくなるものなのよ」
「来ます!!」
人犬の初動を見切った『天使の卵』栗落花 渚(CL2001360)が叫ぶ。
太刀『厳馬』と脇差『悠馬』を胸の前で重ねて構えた『守人刀』獅子王 飛馬(CL2001466)が、凶牙を正面から受け止めた。
「く……」
勢いで、赤黒い口の中から肉が腐って溶けたような唾液が飛ばされる。
事前にかけた清廉珀香を消してしまうような悪臭が飛馬の鼻を襲った。
悪臭、それ自体に威力があるわけではないが、思わず体幹が揺れて人犬ごと後ろに崩れる。
狂信者たちが雪崩をうったように一斉に動いた。
『音楽教諭』向日葵 御菓子(CL2000429) に神楽器・タラサを受け渡し、守護使役のカンタが暮れ行く空へ飛び立っていく。
「カンタ、頼むわね」
小さな友を信じ、見送ることなく御菓が奏でるは水龍の導き。
悪しき儀式を阻止するため、勇壮な調べに乗って出現した水龍が狂信者たちの雪崩を押し返す。
「みなさん、最後の最後まで気を緩ませず、大怪我に十分気を付けていきましょうね」
●
「部下ー、おやり」
「うるせえ、くそ上司! オレはできる男。黙って除雪作業を任せやがれです、ウラー!」
譟が流星を降らせながらシャベルをデタラメに振り回す。
バッタバッタと狂信者たちが殴り倒されていく。
パッチワーク・レディから対能力者ようの武具を与えられているとはいえ、狂信者のほとんどが戦闘経験のない一般人だ。中には学生時代に柔道や空手、剣道をやっていたものも僅かに混じっていたが、やはりというか、覚者相手にまともに戦えるものではない。
もちろん、譟も心得ていて無防備な頭は絶対に打たなかった。
「お前ら、全員騙されてることが解らねえのか! 目をさましやがれ!」
人犬を牽制しつつ、一悟が炎を纏ったトンファーで突撃工兵の除去しそこねた狂信者を殴り倒していく。
腹に重い一撃を叩き込まれた狂信者は、ぐふっ、と血の混じった唾を散らしながら体を折った。からん、と音をたてて電撃棒が石畳の参道に落ちる。
「この物騒なものも折らせてもらうぜ!」
少々、いや、はっきりと怨みを込めて、一悟は落ちた電撃棒の真ん中を踏み砕いた。
――と、殺意に振り返った先に電気を迸らせる電撃棒の先が。
「必殺、ウサギさんグーパァァァンチ!!」
横から飛鳥が電撃棒を突きだした狂信者の脇腹を打つ。
防御服の下から骨の折れる鈍い音がした。
受けた衝撃に口を丸く開いたまま、狂信者が横向きにすっ飛んで行く。
術式のダメージを一回だけ無効化すると夢見は言っていたが、物理的なダメージまでは完全に防ぎきれないようだ。
男は少し先に落ちた。白眼が空を見上げる。
その様子を、薄く空に張りついた月を背にした日那乃が無表情に見下していた。
「人を、殺す……ダメ……みたい、だから…………治す、ね」
日那乃の本音では、妖に与して平和を脅かす馬鹿者たちがどうなろうと知ったことではない。だが、ファイヴに所属する覚者として、最低限のことは守らねばならなかった。だから、夜露を集め、狂信者たちの上に潤しの雨を降らせた。
やさしい雨だれに石の上に伸びた体から、苦痛に満ちた呻き声が流されていく。
「立てる? ……できれば……自力で、逃げて」
狂信者たちがヨロヨロと立ちあがりだす。
覚者たちの左手、木々の間に座る闇の中で当てが外れたハイエナたちが不満気な唸り声を発した。それでも、弱った個体を見極めようと、赤い目を光らせながら木の後ろをウロウロする。
対になった赤い点は二つ。高さから推測して、犬と狸の妖のようだ。
「おや、熊公はどこに――!?」
いきなり逝の右手で木の幹が弾けた。
砕け飛ぶ木片に紛れて、鋭い爪を持つ太い熊の前足がフルフェイスに迫る。
「これこれ、悪食や。よく味わって食べなきゃダメじゃないか」
黒く円が空に開いたと思った瞬間、妖と化した熊の肘から先が消えてなくなっていた。遅れて血――だったものがどっと切り口から噴き出る。
飛馬が人犬の腹を蹴り飛ばした。
無くなった先を小さな目で見つめる熊とぶつかって共倒れる。
「緒形さん、離れて」
逝が飛び退くタイミングに合わせて、ラーラが炎の波を立ちあげた。怒涛の勢いで火の粉を散らしながら、熱波がまだ敵意を見せる狂信者たちと一緒に妖を焼く。
逃げ遅れた一人の狂信者に目をつけた犬と狸の妖が、同時に貧層な背に飛びかかった。
御菓子が水龍を飛ばして飢えた妖を弾く。
すぐに体を立て直して倒れた男に再度食い掛かる犬の鼻面を、飛馬が切りつけた。
ぎゃん、と甲高い鳴き声が響く。
渚は腐りかけた尻尾を膨らませた狸を追い払った。倒れた男の腕を取り、後方へ。
「みなさん、急いで! カンタの話では魔法陣の頂点は五つ、円陣の内に青黒い瘴気が満ち始めているそうです!」
御菓子の言葉に飛馬の声がかぶさる。
「ここは俺たちに任せろ!!」
「頼む!」
一悟が真っ先に狂信者たちの防衛ラインを突破した。譟、飛鳥と後に続く。
「桂木ちゃん、ビスコッティちゃん、先に行っとくれ。おっさんはこの食い残しを片付けてからいくさね」
「ん、わかった……じゃあ、その人犬? 切ってから、いく……ね」
日那乃は星が瞬きに合わせて翼をはためかせ、空気の刃を飛ばして人犬の体を半分に切りさいた。
人犬は上半身と下半身に分かれてもなお、まだ蠢いていた。だが、覚者に戦いを挑むだけの力はもうないようだ。
「栗落花さん……あと、お願い」
ラーラの術で火傷を負った狂信者たちの保護を渚に頼み、日那乃は寺の門の上を飛び越えた。
思いのほか素早い身のこなしで、熊がラーラの前に立ちはだかった。そのまま覆いかぶさるようにして体を倒す。
――ウガ?
「ふっ、残念だったな」
熊の黒い毛の下で、ぽうっと竜の火が浮かぶ。ぐぐっと持ちあがった巨体の下から現れたのはラーラではなく飛馬だった。
犬の妖を鳴かせてすぐ、危機を察した飛馬は一足飛びで熊に迫った。巨体が落ちきる前にラーラの腕を取って体を入れ替えていたのだ。
逝が悪食を熊の背を殺ぎ切るように悪食を振るう。
熊の背から黒い濁った綿菓子のような妖気が立ち上り、長い刃刀身に絡みつきながら吸い込まれた。
腐った骨と皮だけが、出来の悪い張りぼてのように夕闇の底に残された。もはや、動くこと叶わず、虚ろな目を覚者たちに向けるのみ。
「ビスコッティちゃん、行くわよ」
逝とラーラは連れ立って山門を抜けた。
飛馬は熊の骸に近づくと、残しておく価値もない、いや、むしろ害しかないと、太刀を振るった。
乾いた音を立てて熊の骸は崩れ落ちた。青く陰った石畳の上で妖の残滓が渦を巻き、散っていく。その横を渚の 守護使役が灯した火を先導に、悪夢から覚めつつある男たちが通りすぎていった。
あなたたちが見ていたのは悪夢。さっさと忘れてしまいなさい、と御菓子が曲を奏でて見送る。
「さて、こっちも終わらせようぜ」
犬と狸の妖は山門と覚者たちの間でウロウロしていた。御菓子と飛馬の間に恨めしそうな目を向けている。
狂信者たちの姿が見えなくなると、二体はとぼとぼと足を動かして左右に別れ、山門への道を開いた。行け、ということか。
「わたしたちがいなくなった途端、後を追うつもりですね……あなたたちをここに残したまま先には進めません!」
御菓子がタラサの上に弓を乗せると、二体の妖も覚悟を決めたのか、威嚇の唸り声とともに突進して来た。
「おっと、俺を忘れてもらっちゃ困るぜ」
飛馬は硬化した全身を使って二体を突撃から御菓子を守った。はじき返しざまに妖犬へ小太刀を入れて倒した。
太った体を器用に空中で回して石畳に降り立った妖狸だったが、眼前に迫る龍の咢を覗き見て、すとんと腰を落とした。
水龍の口の中で、上下に分かれた人犬がくるくると回っていた。水龍はへたりんだ妖狸も飲み込んで、幽玄の狭間へ消え去っていった。
●
「あの時やっぱり調べに行けばよかったのよ。そうしていれば犠牲者が出なくてすんだのに……」
飛鳥は体の脇で固くこぶしを握った。
山門を抜けると、ぼうっと青白い炎に包まれた生首と目があった。生首の後ろから斜めに瘴気を噴出す線が出ている。線の先を目で辿ると、別の生首が置かれていた。
御菓子の守護使役、カンタの偵察報告は五芒星。なるほど、確かに首は五つだ。
忌むべき五芒星の中心、山門に背を向けて体のあちこちをつぎはぎした女の妖が立っている。片足を大きなガラス瓶の上に置いて、指で空中に何かを描いているようだ。
譟は聞き耳をたてたが、詠唱の声は聞こえなかった。
「へぇ、中々……派手な見た目じゃね? 弊社じゃ無理ゲー乙だわ……つかクソ上司!」
譟が山門の外に向かって怒鳴る。
フルフェイスを両手でぐわっしとつかんで頭を振る譟の横で、一悟が結界の中心に立つ妖、パッチワークレディーの背を睨みつける。
「しばらく出てこないと思っていたら、とんでもねぇことしてやがった。日本を沈没させてたまるかよ! ここでケリをつけるぜ」
まずは儀式の阻害が最優先。謎の霧を呼び出されてはならない。一度にランク3と4の相手をすることになれば、任務はほぼ失敗だ。
三人は左周りで生首を回収し始めた。
譟が生首を拾い上げてパスする。
一悟は敷地の外に広がる森に注意を向けたまま、生首を腹で受け止めた。
二つ目の首を回収しようとたところで、五芒星陣の内側に注意を払っていた飛鳥が奇声をあげた。
「あばば……大福さんの瓶にヒビが入っているのよ。それに中の水みたいなものも泡立ってるのよ」
だが、いまはどうすることもできない。
三つ目の首を回収しに向かったところで、こんどは一悟が警告の声を上げる。
「犬のやつ、魔方陣から取り除かれた生首を狙ってやがる」
「あすかに任せてなのよ!」
飛鳥はスティックの先を森の中で光る赤い二つの点に向けると、激流をほとばしらせた。
日那乃が山門を飛び越えて入ってきた。やや遅れて、逝とラーラも到着する。
「……回収する、首……ふたつ……ね」
「急ぎましょう!」
三人一組になって、全速力で円を右回りし始める。
覚者たちの姿が無理せず視界に入るようになると、パッチワークレディは詠唱を中断して軽口を叩いた。
「ハ~イ。もっと早く来るかと思っていたわ。首をはずしたところで遅いわよ」
「つぎはぎちゃんや、岩戸を開いてどうするのかね? 向こう側に大した刺激なんて無いし、理解出来ない物ほど詰まらん事は無いでしょ?」
逝は最後に回収した生首を陣の外へ放り投げた。
廃寺の本堂に生首を安置して出てきた一悟がそれを見て、わぁ、と声をあげた。
「奥州ちゃん。回収はあとよ、あと」
「あらら、彼らはあなたたちのお仲間だったよ。ちゃ~んと供養してあげるべきじゃない?」
「供養? あなたの口からそんな言葉が出るとは思いませんでした」
ラーラはペスカから黄金の鍵を受け取ると、煌炎の書の封印を説いた。
御菓子と飛馬、渚の三人に妖犬を倒した飛鳥が合流する。
飛馬、逝の真ん中に渚が入って防御壁を作った。
「なー、そこのお前。お前は何のために力が欲しいんだ? 俺はな、誰かを守る……ただそれだけのために力を磨いてきたんだ。大妖王だか大妖女王だかになりたいのか知らねーけどさ、俺の目の前で好き勝手できると思うなよ 」
パッチワークレディが、にぃぃ、と歯を見せて笑った。
「なぜ? いまの日本がくそ面白くないからよ。大妖たちも七星の連中も、あんたたちファイヴも、みんな日和ってんじゃない。だから、アタシが刺激を与えてあげる。さよなら、日常ってね」
パッチワークレディは瓶の上に置いた足を持ち上げると、力強く踏み砕いた。
同時に覚者たちも隊列を組んだまま、魔方陣の中へ突入する。
高笑いの下で白い靄のようなものが、じわじわと地面から湧き出てきた。
「ヤダー! やっぱ無理ゲーだったじゃねぇか、クソ上司。部下を守りやがれ下さい! 死にたくねえし!」
パッチワークレディが投げた棒つきキャンディ型爆弾が炸裂し、猛毒の紫煙を広げた。
譟が舞音を演じる横で、一悟がトンファーを振るう。
後ろから飛鳥が猛る水龍を、ラーラが灼熱の大虎を召還、陣の中心に解き放つ。
逝が敵をまとめて悪食に喰わせようと腕を振るったが、肘が伸びきる前に回転するチェーンソーに阻まれた。
巨大注射器を突き出した渚の手を、青いゼリー体に変化した謎の霧の触手が打ち据える。
そこへ再び、デス・ロリポップボムが投げ込まれ、戦線が崩壊した。
日那乃が潤しの雨を降らせる。
「さあ、仕上げよ。現れたまえ、磐船!」
阻止せんと飛馬が妖へ果敢に飛び掛った。肩から体当たりをくれてパッチワークレディをつき飛ばす。
謎の霧が青から白へ変じ、広げた霧で覚者たちを巻いた。
その時、奇怪な叫びが聞こえ、空間がずれた。円を割るように一直線に断面が走る。が、ずれは次の瞬間には元に戻っていた。
吐き気をもよおす臭気の中で、御菓子が声の限りを尽くして叫ぶ。
「大福寺さん!! あなたがまだこの世界への愛を持つのなら、ともに戦いましょう! わたしは人も妖もいるこの世界を愛しているんです。お願い!!」
ここで結界が解けてしまえば、日本のみならず世界そのものが地獄に変わる。暴力と狂気と絶望が支配する世界になってしまうのだ。
「あははは、無駄よ。ム――?!!」
青のゼリー体に変わった謎の霧が、飛馬を飛び越えてパッチワークレディに襲いかかった。
再び奇怪な叫びが聞こえ、空間がずれだした。
立ち上がった逝が悪食を振り上げて、霧とパッチワークレディを真っ二つに裂く。
地の裂け目から、ぬらぬらと赤黒く塗れ光る腐肉がどろどろとした濁流となって噴出した。
妖たちがあっさりと腐肉に沈み込む。
その後ろに船首がゆるりと突き出る。
「おらーっ!」
一悟が念弾を飛ばし、腐肉を撃つ。
流入が止まった。
「いまなのよ!!」
覚者たちは一丸となってパッチワークレディたちを飲み込んだ腐肉を攻撃。磐船ごと異界へ押し戻した。
つかの間の平和に、青い月が覚者たちの上で輝いていた。
「クソ上司! 御馳走なんてどこにもねーじゃねーか! 直ちに謝りやがれください!!」
温かみのない赤色に沈む空に緒形 譟(CL2001610)の叫び声が響き渡る。驚いたカラスたちが枝を離れ、去っていった。
驚いたのは寺の入口に布陣していた狂信者たちも同様で、譟の叫び声にびくりと身をすくめた。全く動じなかったのは最前列の真ん中にいた妖、人犬だけだ。
「ん、部下の目の前に『いる』じゃない。ああ、でも御馳走というにはちと物足りないわね」
『冷徹の論理』緒形 逝(CL2000156)がゆったりとした動作で妖刀を抜いた。木々の上に微かに残る残り陽を吸い取りながら、悪食が姿を現す。
「本当の御馳走はこの男たちの後ろよ」
「マジか?」
上司にとっての御馳走は部下にとっての動く災難でしかないのだが、譟は俄然張りきりだした。
「よっしゃ、道はオレが切り開く! 上司は後からゆっくりきやがれです!」
ちっとも学習しないわね、と言った顔で守護使役のマーシャが譟に凶器と化した工兵のシャベルを降ろす。
同時に、ブンと低く唸るような振動音が寺側から次々と上がった。男たちが長い棒を前につき出し身構える。
「お、お前たち! 何しに来た!」
「何しに来たはねぇだろ、何しに来た、は」
見りゃわかるってもんだ。肩甲骨の間から炎の翼を広げて全身を包み込み、『五麟マラソン優勝者』奥州 一悟(CL2000076)か覚醒する。
一悟もトンファーを構えた。
「あの時はよくもやってくれたな。今度はそうはいかねぇぞ」
あの時というのは奈良にある底岩戸遺跡で任務にあたっていた時のことだ。一悟は近隣民家を回って注意を呼び掛けている時、見た目はごく普通でどこにでもいそうな一般人――実は遠くから覚者たちの動きを探っていた狂信者に襲われ、重傷を負っていた。
「一応、言っとくのよ。死にたくないやつはとっとと失せろ、なのよ!!」
『ゆるゆるふああ』鼎 飛鳥(CL2000093)が水晶のスティックを狂信者たちに突きつける。
「でも、その前に……可愛いウサギさんの活躍を邪魔した報いをキッチリ受けてもらうのよ!」
これに関しては完全にとばっちりの狂信者たちだ。倒れた一悟を発見し、回復に力を使い果たした飛鳥もまた、底岩戸の依頼ではいいとこなしで終わっていた。
「ふん、それはハクシの崇りだ。つぎはぎ様がそうおっしゃっていたぞ!」
「ハクシ? それは岩戸の向こう側に住まう妖の名なのでしょうか」
『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080) は煌炎の書を守護使役のペスカから受け取った。まだ鍵を解くのは早いが、いつでも出せるようにしておいて、とペスカに頼む。
「岩戸の向こうにいながら、こちらの世界に影響を及ぼす……そんな恐ろしい化け物を解き放つわけには参りません。絶対に阻止します!」
やれるものならやってみろ、と人犬が唸り声を上げた。黄色く尖った牙の間から、ねっとりとした唾液か溢れて落ちる。
桂木・日那乃(CL2000941)はいつでも飛び立てるように漆黒の翼を広げた。
「ん……でも、鼎さんは違う、から。サボって、お菓子、買いに行った……から」
でも、そのおかげで奥州さんが助かったけど、とフォローも忘れない。
「あうう、日那乃ちゃん厳しいのよ。頭を使うと甘いものが食べたくなるものなのよ」
「来ます!!」
人犬の初動を見切った『天使の卵』栗落花 渚(CL2001360)が叫ぶ。
太刀『厳馬』と脇差『悠馬』を胸の前で重ねて構えた『守人刀』獅子王 飛馬(CL2001466)が、凶牙を正面から受け止めた。
「く……」
勢いで、赤黒い口の中から肉が腐って溶けたような唾液が飛ばされる。
事前にかけた清廉珀香を消してしまうような悪臭が飛馬の鼻を襲った。
悪臭、それ自体に威力があるわけではないが、思わず体幹が揺れて人犬ごと後ろに崩れる。
狂信者たちが雪崩をうったように一斉に動いた。
『音楽教諭』向日葵 御菓子(CL2000429) に神楽器・タラサを受け渡し、守護使役のカンタが暮れ行く空へ飛び立っていく。
「カンタ、頼むわね」
小さな友を信じ、見送ることなく御菓が奏でるは水龍の導き。
悪しき儀式を阻止するため、勇壮な調べに乗って出現した水龍が狂信者たちの雪崩を押し返す。
「みなさん、最後の最後まで気を緩ませず、大怪我に十分気を付けていきましょうね」
●
「部下ー、おやり」
「うるせえ、くそ上司! オレはできる男。黙って除雪作業を任せやがれです、ウラー!」
譟が流星を降らせながらシャベルをデタラメに振り回す。
バッタバッタと狂信者たちが殴り倒されていく。
パッチワーク・レディから対能力者ようの武具を与えられているとはいえ、狂信者のほとんどが戦闘経験のない一般人だ。中には学生時代に柔道や空手、剣道をやっていたものも僅かに混じっていたが、やはりというか、覚者相手にまともに戦えるものではない。
もちろん、譟も心得ていて無防備な頭は絶対に打たなかった。
「お前ら、全員騙されてることが解らねえのか! 目をさましやがれ!」
人犬を牽制しつつ、一悟が炎を纏ったトンファーで突撃工兵の除去しそこねた狂信者を殴り倒していく。
腹に重い一撃を叩き込まれた狂信者は、ぐふっ、と血の混じった唾を散らしながら体を折った。からん、と音をたてて電撃棒が石畳の参道に落ちる。
「この物騒なものも折らせてもらうぜ!」
少々、いや、はっきりと怨みを込めて、一悟は落ちた電撃棒の真ん中を踏み砕いた。
――と、殺意に振り返った先に電気を迸らせる電撃棒の先が。
「必殺、ウサギさんグーパァァァンチ!!」
横から飛鳥が電撃棒を突きだした狂信者の脇腹を打つ。
防御服の下から骨の折れる鈍い音がした。
受けた衝撃に口を丸く開いたまま、狂信者が横向きにすっ飛んで行く。
術式のダメージを一回だけ無効化すると夢見は言っていたが、物理的なダメージまでは完全に防ぎきれないようだ。
男は少し先に落ちた。白眼が空を見上げる。
その様子を、薄く空に張りついた月を背にした日那乃が無表情に見下していた。
「人を、殺す……ダメ……みたい、だから…………治す、ね」
日那乃の本音では、妖に与して平和を脅かす馬鹿者たちがどうなろうと知ったことではない。だが、ファイヴに所属する覚者として、最低限のことは守らねばならなかった。だから、夜露を集め、狂信者たちの上に潤しの雨を降らせた。
やさしい雨だれに石の上に伸びた体から、苦痛に満ちた呻き声が流されていく。
「立てる? ……できれば……自力で、逃げて」
狂信者たちがヨロヨロと立ちあがりだす。
覚者たちの左手、木々の間に座る闇の中で当てが外れたハイエナたちが不満気な唸り声を発した。それでも、弱った個体を見極めようと、赤い目を光らせながら木の後ろをウロウロする。
対になった赤い点は二つ。高さから推測して、犬と狸の妖のようだ。
「おや、熊公はどこに――!?」
いきなり逝の右手で木の幹が弾けた。
砕け飛ぶ木片に紛れて、鋭い爪を持つ太い熊の前足がフルフェイスに迫る。
「これこれ、悪食や。よく味わって食べなきゃダメじゃないか」
黒く円が空に開いたと思った瞬間、妖と化した熊の肘から先が消えてなくなっていた。遅れて血――だったものがどっと切り口から噴き出る。
飛馬が人犬の腹を蹴り飛ばした。
無くなった先を小さな目で見つめる熊とぶつかって共倒れる。
「緒形さん、離れて」
逝が飛び退くタイミングに合わせて、ラーラが炎の波を立ちあげた。怒涛の勢いで火の粉を散らしながら、熱波がまだ敵意を見せる狂信者たちと一緒に妖を焼く。
逃げ遅れた一人の狂信者に目をつけた犬と狸の妖が、同時に貧層な背に飛びかかった。
御菓子が水龍を飛ばして飢えた妖を弾く。
すぐに体を立て直して倒れた男に再度食い掛かる犬の鼻面を、飛馬が切りつけた。
ぎゃん、と甲高い鳴き声が響く。
渚は腐りかけた尻尾を膨らませた狸を追い払った。倒れた男の腕を取り、後方へ。
「みなさん、急いで! カンタの話では魔法陣の頂点は五つ、円陣の内に青黒い瘴気が満ち始めているそうです!」
御菓子の言葉に飛馬の声がかぶさる。
「ここは俺たちに任せろ!!」
「頼む!」
一悟が真っ先に狂信者たちの防衛ラインを突破した。譟、飛鳥と後に続く。
「桂木ちゃん、ビスコッティちゃん、先に行っとくれ。おっさんはこの食い残しを片付けてからいくさね」
「ん、わかった……じゃあ、その人犬? 切ってから、いく……ね」
日那乃は星が瞬きに合わせて翼をはためかせ、空気の刃を飛ばして人犬の体を半分に切りさいた。
人犬は上半身と下半身に分かれてもなお、まだ蠢いていた。だが、覚者に戦いを挑むだけの力はもうないようだ。
「栗落花さん……あと、お願い」
ラーラの術で火傷を負った狂信者たちの保護を渚に頼み、日那乃は寺の門の上を飛び越えた。
思いのほか素早い身のこなしで、熊がラーラの前に立ちはだかった。そのまま覆いかぶさるようにして体を倒す。
――ウガ?
「ふっ、残念だったな」
熊の黒い毛の下で、ぽうっと竜の火が浮かぶ。ぐぐっと持ちあがった巨体の下から現れたのはラーラではなく飛馬だった。
犬の妖を鳴かせてすぐ、危機を察した飛馬は一足飛びで熊に迫った。巨体が落ちきる前にラーラの腕を取って体を入れ替えていたのだ。
逝が悪食を熊の背を殺ぎ切るように悪食を振るう。
熊の背から黒い濁った綿菓子のような妖気が立ち上り、長い刃刀身に絡みつきながら吸い込まれた。
腐った骨と皮だけが、出来の悪い張りぼてのように夕闇の底に残された。もはや、動くこと叶わず、虚ろな目を覚者たちに向けるのみ。
「ビスコッティちゃん、行くわよ」
逝とラーラは連れ立って山門を抜けた。
飛馬は熊の骸に近づくと、残しておく価値もない、いや、むしろ害しかないと、太刀を振るった。
乾いた音を立てて熊の骸は崩れ落ちた。青く陰った石畳の上で妖の残滓が渦を巻き、散っていく。その横を渚の 守護使役が灯した火を先導に、悪夢から覚めつつある男たちが通りすぎていった。
あなたたちが見ていたのは悪夢。さっさと忘れてしまいなさい、と御菓子が曲を奏でて見送る。
「さて、こっちも終わらせようぜ」
犬と狸の妖は山門と覚者たちの間でウロウロしていた。御菓子と飛馬の間に恨めしそうな目を向けている。
狂信者たちの姿が見えなくなると、二体はとぼとぼと足を動かして左右に別れ、山門への道を開いた。行け、ということか。
「わたしたちがいなくなった途端、後を追うつもりですね……あなたたちをここに残したまま先には進めません!」
御菓子がタラサの上に弓を乗せると、二体の妖も覚悟を決めたのか、威嚇の唸り声とともに突進して来た。
「おっと、俺を忘れてもらっちゃ困るぜ」
飛馬は硬化した全身を使って二体を突撃から御菓子を守った。はじき返しざまに妖犬へ小太刀を入れて倒した。
太った体を器用に空中で回して石畳に降り立った妖狸だったが、眼前に迫る龍の咢を覗き見て、すとんと腰を落とした。
水龍の口の中で、上下に分かれた人犬がくるくると回っていた。水龍はへたりんだ妖狸も飲み込んで、幽玄の狭間へ消え去っていった。
●
「あの時やっぱり調べに行けばよかったのよ。そうしていれば犠牲者が出なくてすんだのに……」
飛鳥は体の脇で固くこぶしを握った。
山門を抜けると、ぼうっと青白い炎に包まれた生首と目があった。生首の後ろから斜めに瘴気を噴出す線が出ている。線の先を目で辿ると、別の生首が置かれていた。
御菓子の守護使役、カンタの偵察報告は五芒星。なるほど、確かに首は五つだ。
忌むべき五芒星の中心、山門に背を向けて体のあちこちをつぎはぎした女の妖が立っている。片足を大きなガラス瓶の上に置いて、指で空中に何かを描いているようだ。
譟は聞き耳をたてたが、詠唱の声は聞こえなかった。
「へぇ、中々……派手な見た目じゃね? 弊社じゃ無理ゲー乙だわ……つかクソ上司!」
譟が山門の外に向かって怒鳴る。
フルフェイスを両手でぐわっしとつかんで頭を振る譟の横で、一悟が結界の中心に立つ妖、パッチワークレディーの背を睨みつける。
「しばらく出てこないと思っていたら、とんでもねぇことしてやがった。日本を沈没させてたまるかよ! ここでケリをつけるぜ」
まずは儀式の阻害が最優先。謎の霧を呼び出されてはならない。一度にランク3と4の相手をすることになれば、任務はほぼ失敗だ。
三人は左周りで生首を回収し始めた。
譟が生首を拾い上げてパスする。
一悟は敷地の外に広がる森に注意を向けたまま、生首を腹で受け止めた。
二つ目の首を回収しようとたところで、五芒星陣の内側に注意を払っていた飛鳥が奇声をあげた。
「あばば……大福さんの瓶にヒビが入っているのよ。それに中の水みたいなものも泡立ってるのよ」
だが、いまはどうすることもできない。
三つ目の首を回収しに向かったところで、こんどは一悟が警告の声を上げる。
「犬のやつ、魔方陣から取り除かれた生首を狙ってやがる」
「あすかに任せてなのよ!」
飛鳥はスティックの先を森の中で光る赤い二つの点に向けると、激流をほとばしらせた。
日那乃が山門を飛び越えて入ってきた。やや遅れて、逝とラーラも到着する。
「……回収する、首……ふたつ……ね」
「急ぎましょう!」
三人一組になって、全速力で円を右回りし始める。
覚者たちの姿が無理せず視界に入るようになると、パッチワークレディは詠唱を中断して軽口を叩いた。
「ハ~イ。もっと早く来るかと思っていたわ。首をはずしたところで遅いわよ」
「つぎはぎちゃんや、岩戸を開いてどうするのかね? 向こう側に大した刺激なんて無いし、理解出来ない物ほど詰まらん事は無いでしょ?」
逝は最後に回収した生首を陣の外へ放り投げた。
廃寺の本堂に生首を安置して出てきた一悟がそれを見て、わぁ、と声をあげた。
「奥州ちゃん。回収はあとよ、あと」
「あらら、彼らはあなたたちのお仲間だったよ。ちゃ~んと供養してあげるべきじゃない?」
「供養? あなたの口からそんな言葉が出るとは思いませんでした」
ラーラはペスカから黄金の鍵を受け取ると、煌炎の書の封印を説いた。
御菓子と飛馬、渚の三人に妖犬を倒した飛鳥が合流する。
飛馬、逝の真ん中に渚が入って防御壁を作った。
「なー、そこのお前。お前は何のために力が欲しいんだ? 俺はな、誰かを守る……ただそれだけのために力を磨いてきたんだ。大妖王だか大妖女王だかになりたいのか知らねーけどさ、俺の目の前で好き勝手できると思うなよ 」
パッチワークレディが、にぃぃ、と歯を見せて笑った。
「なぜ? いまの日本がくそ面白くないからよ。大妖たちも七星の連中も、あんたたちファイヴも、みんな日和ってんじゃない。だから、アタシが刺激を与えてあげる。さよなら、日常ってね」
パッチワークレディは瓶の上に置いた足を持ち上げると、力強く踏み砕いた。
同時に覚者たちも隊列を組んだまま、魔方陣の中へ突入する。
高笑いの下で白い靄のようなものが、じわじわと地面から湧き出てきた。
「ヤダー! やっぱ無理ゲーだったじゃねぇか、クソ上司。部下を守りやがれ下さい! 死にたくねえし!」
パッチワークレディが投げた棒つきキャンディ型爆弾が炸裂し、猛毒の紫煙を広げた。
譟が舞音を演じる横で、一悟がトンファーを振るう。
後ろから飛鳥が猛る水龍を、ラーラが灼熱の大虎を召還、陣の中心に解き放つ。
逝が敵をまとめて悪食に喰わせようと腕を振るったが、肘が伸びきる前に回転するチェーンソーに阻まれた。
巨大注射器を突き出した渚の手を、青いゼリー体に変化した謎の霧の触手が打ち据える。
そこへ再び、デス・ロリポップボムが投げ込まれ、戦線が崩壊した。
日那乃が潤しの雨を降らせる。
「さあ、仕上げよ。現れたまえ、磐船!」
阻止せんと飛馬が妖へ果敢に飛び掛った。肩から体当たりをくれてパッチワークレディをつき飛ばす。
謎の霧が青から白へ変じ、広げた霧で覚者たちを巻いた。
その時、奇怪な叫びが聞こえ、空間がずれた。円を割るように一直線に断面が走る。が、ずれは次の瞬間には元に戻っていた。
吐き気をもよおす臭気の中で、御菓子が声の限りを尽くして叫ぶ。
「大福寺さん!! あなたがまだこの世界への愛を持つのなら、ともに戦いましょう! わたしは人も妖もいるこの世界を愛しているんです。お願い!!」
ここで結界が解けてしまえば、日本のみならず世界そのものが地獄に変わる。暴力と狂気と絶望が支配する世界になってしまうのだ。
「あははは、無駄よ。ム――?!!」
青のゼリー体に変わった謎の霧が、飛馬を飛び越えてパッチワークレディに襲いかかった。
再び奇怪な叫びが聞こえ、空間がずれだした。
立ち上がった逝が悪食を振り上げて、霧とパッチワークレディを真っ二つに裂く。
地の裂け目から、ぬらぬらと赤黒く塗れ光る腐肉がどろどろとした濁流となって噴出した。
妖たちがあっさりと腐肉に沈み込む。
その後ろに船首がゆるりと突き出る。
「おらーっ!」
一悟が念弾を飛ばし、腐肉を撃つ。
流入が止まった。
「いまなのよ!!」
覚者たちは一丸となってパッチワークレディたちを飲み込んだ腐肉を攻撃。磐船ごと異界へ押し戻した。
つかの間の平和に、青い月が覚者たちの上で輝いていた。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
