【儚語】紳士と聖夜
●血と絶望の交差点
そこは静かな別荘だった。
静寂はのどかなものではなく、血生臭い。
周辺の物陰には頭や胸を吹き飛ばされ、即死した男たちの屍が転がっているのだ。
今生存しているのは、少年と傍で周囲を警戒する付き人の彼だけ。
そして付き人が敵を見つけたのか、静かに物陰から僅かに体を晒し、ガレージ脇の敵を狙う。
胸、頭部と正確な狙いで敵を仕留めるも。
遅れて飛んできた銃声が、僅かに晒されていた彼の胴体を貫く。
「ホーキング!?」
倒れる彼に駆け寄ると、襟口を掴んで物陰に引きずり倒す。
胸に醜い穴が空いた姿は、誰が見ても助からないと察しがつくほどだ。
「護の……目になれて、良かった」
最後の力を振り絞り、銀色の何かを護の手へギュッと握りこませると、彼は無残な躯へと変わった。
少年の中で怒りと悲しみが交じり合い、総身が震えていく。
「……ありがとう、ホークアイ」
鷹の目と名前から付けたあだ名を呟くと、彼のライフルを手に取った。
「どうした、出てきなよ! それとも弟にビビってるの?」
声を張り上げ、敵へと叫ぶ。
こんな仕打ちをするのは誰か、少年には察しつく相手がいた。
「なんか言いなよ? 聞いてるんでしょ、ノエル。このクリスマスカラーのおめでた○ッチの、クソ姉貴!」
『……次言ってみろ、その手足をひき肉にした後、最後の目もえぐり取ってやるよ。ジェントルメン』
拡声器で返された声は、高く冷ややかな音だった。
音声がした方角を物陰から一瞬覗くも、既に影はない。
『紳士として他を護る男になれって、父さんがつけたんだったな。紳士どころかゲイになりやがって……名前を返したら? 護られてばっかりだしな』
護と呼ばれた少年の格好は、確かに言われなければ男と分かりそうにもないものだ。
真っ白の甘ロリに身を包み、頭には白薔薇の飾りがついたヘッドドレスまでしている。
再び声がした方角を覗きこんだが、また姿がない。
後ろにある建物に逃げ込もうにも、咲きほどドアを開けた護衛が、解体された牛肉の塊のようになって転がってきている。
届かぬ希望、完全に囲まれた中、護を絶望が侵食し始めていた。
●選ばれるはどの未来か
「今回は急ぎでお願いしたいことがあります」
一同を部屋に集めた久方 真由美(nCL2000003)が、いつもの柔らかな雰囲気とは異なる緊張を纏って切り出した。
「儚の因子をもった子を助けだしてほしいんです」
それは貴重な存在、未来を見通す力を持った者だ。
「西園寺工業の息子さんなんですが、発現した後、誰かに命を狙われて逃げまわっていたようでして……潜んでいるところに、追手がきたようです」
真由美が手にしたバインダーをテーブルへと差し出す。
そこには西洋人形の様に飾られた少年の写真、その隣には凛々しい目つきをしたオッドアイの少女の写真があった。
「今回助けだして欲しいのがこちらの西園寺 護さん。オッドアイの方は彼を狙っている西園寺 愛留さん、護さんの姉です」
姉が弟の命を狙っている、異常な現実に再び視線は真由美へと集まる。
「ご両親が破綻者の暴走で亡くなられたそうで、それ以降、愛留さんは力を得た人全てを恨むようになったそうです」
同じ姉として、真由美には理解し難いものだろう。
「……ぁ、ごめんなさい、大丈夫です。多分、皆さんが到着した時には、護さんしか生き残っていません。急いで救出をお願いします」
侵入経路は西の湖側から一気にボートで突入し、護の傍へ近寄れるようにするようだ。
余裕のない今は、少女の胸中は後回しだ、失って後悔する未来は迎えたくないだろう。
そこは静かな別荘だった。
静寂はのどかなものではなく、血生臭い。
周辺の物陰には頭や胸を吹き飛ばされ、即死した男たちの屍が転がっているのだ。
今生存しているのは、少年と傍で周囲を警戒する付き人の彼だけ。
そして付き人が敵を見つけたのか、静かに物陰から僅かに体を晒し、ガレージ脇の敵を狙う。
胸、頭部と正確な狙いで敵を仕留めるも。
遅れて飛んできた銃声が、僅かに晒されていた彼の胴体を貫く。
「ホーキング!?」
倒れる彼に駆け寄ると、襟口を掴んで物陰に引きずり倒す。
胸に醜い穴が空いた姿は、誰が見ても助からないと察しがつくほどだ。
「護の……目になれて、良かった」
最後の力を振り絞り、銀色の何かを護の手へギュッと握りこませると、彼は無残な躯へと変わった。
少年の中で怒りと悲しみが交じり合い、総身が震えていく。
「……ありがとう、ホークアイ」
鷹の目と名前から付けたあだ名を呟くと、彼のライフルを手に取った。
「どうした、出てきなよ! それとも弟にビビってるの?」
声を張り上げ、敵へと叫ぶ。
こんな仕打ちをするのは誰か、少年には察しつく相手がいた。
「なんか言いなよ? 聞いてるんでしょ、ノエル。このクリスマスカラーのおめでた○ッチの、クソ姉貴!」
『……次言ってみろ、その手足をひき肉にした後、最後の目もえぐり取ってやるよ。ジェントルメン』
拡声器で返された声は、高く冷ややかな音だった。
音声がした方角を物陰から一瞬覗くも、既に影はない。
『紳士として他を護る男になれって、父さんがつけたんだったな。紳士どころかゲイになりやがって……名前を返したら? 護られてばっかりだしな』
護と呼ばれた少年の格好は、確かに言われなければ男と分かりそうにもないものだ。
真っ白の甘ロリに身を包み、頭には白薔薇の飾りがついたヘッドドレスまでしている。
再び声がした方角を覗きこんだが、また姿がない。
後ろにある建物に逃げ込もうにも、咲きほどドアを開けた護衛が、解体された牛肉の塊のようになって転がってきている。
届かぬ希望、完全に囲まれた中、護を絶望が侵食し始めていた。
●選ばれるはどの未来か
「今回は急ぎでお願いしたいことがあります」
一同を部屋に集めた久方 真由美(nCL2000003)が、いつもの柔らかな雰囲気とは異なる緊張を纏って切り出した。
「儚の因子をもった子を助けだしてほしいんです」
それは貴重な存在、未来を見通す力を持った者だ。
「西園寺工業の息子さんなんですが、発現した後、誰かに命を狙われて逃げまわっていたようでして……潜んでいるところに、追手がきたようです」
真由美が手にしたバインダーをテーブルへと差し出す。
そこには西洋人形の様に飾られた少年の写真、その隣には凛々しい目つきをしたオッドアイの少女の写真があった。
「今回助けだして欲しいのがこちらの西園寺 護さん。オッドアイの方は彼を狙っている西園寺 愛留さん、護さんの姉です」
姉が弟の命を狙っている、異常な現実に再び視線は真由美へと集まる。
「ご両親が破綻者の暴走で亡くなられたそうで、それ以降、愛留さんは力を得た人全てを恨むようになったそうです」
同じ姉として、真由美には理解し難いものだろう。
「……ぁ、ごめんなさい、大丈夫です。多分、皆さんが到着した時には、護さんしか生き残っていません。急いで救出をお願いします」
侵入経路は西の湖側から一気にボートで突入し、護の傍へ近寄れるようにするようだ。
余裕のない今は、少女の胸中は後回しだ、失って後悔する未来は迎えたくないだろう。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.西園寺 護 を無事に連れ出す。
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
初めましての方はお初にお目にかかります、再びの方はご愛好いただきありがとうございます。
常陸 岐路です。
オープニングに少し隠し要素があります。
気づいていただけると少し有利になれるかと思います。
【戦場情報】
[概要:別荘とその周辺]
湖の傍に作られた別荘とその周辺、全体的に開けた場所が多いです。
時刻は月光のかかる深夜です。
庭から南と北の森、東の斜面の傾斜が始まるポイントまでは20m離れています。
スタート時は西の湖よりエンジン付きのゴムボートで突入します、ゴムボートは5人乗り用が2台準備されています。
[西:湖]
遮るものはなにもない静かな湖です。岸に到着すると、後述の別荘の裏手に到達します。
また、湖は東側にある斜面からは攻撃が通りづらくなっていますが、北と南の森からは射線が通ります。
[中央、西寄り:別荘]
2階建てのお洒落な別荘です。地雷がセットされ、危険な状態です。
建物を迂回すれば庭に辿り着けますが、途中で隠れる場所がありません。
また、傍に大きなガレージがあります。
[中央:庭]
別荘に隣接した庭です。大型のBBQコンロやバリケードにされたテーブルなどが散乱しています。
木製の物体は撃ちぬかれた跡が残っています。
護は別荘近くのコンクリート壁の裏に隠れています。
[北:森]
木々が生い茂る森です。茂みも濃く、潜みやすい場所です。
[南:道のある森]
北と同じ茂り方をした森です。違う点として車が通れそうな道が通っていることです。
[東:林となった斜面]
木々が生え揃った、斜面のある林です。
茂みはそれほど濃くないですが、庭の様子を見下ろすことが出来ます。
【敵情報】
・憤怒者×7
・西園寺 愛留×1
[概要:憤慨者]
対覚者、隔者、破綻者の為に集まった精鋭達です。
技術はとても高いですが、発現した者に比べ、体力はとても低いです。
アサルトライフル装備が6人、対物ライフル装備が1人です。
30mより近づかれると離れようとします。
[攻撃方法:憤慨者・アサルトライフル装備]
・バースト射撃:正確な狙いで強烈な弾丸を放ちます。攻撃力は高く、有効射程が長いです。
・近距離格闘術:拳銃を組み合わせた格闘術です。格闘術で作った隙を狙って拳銃によるダメージを狙ってきます。攻撃力と命中力は並程度です。
[攻撃方法:憤慨者・対物ライフル装備]
・遠距離狙撃:偏差射撃も可能な技量で狙撃を行います。攻撃力と命中力がとても高いですが、攻撃した次のターンは遠距離狙撃を使うことが出来ません。
有効射程がかなり長いです。
・近距離格闘術:上記同様
[概要:西園寺 愛留]
護の姉であり、長い時間を掛けて護を殺そうと命を狙い続けた憤慨者です。
他の憤慨者と比べても覚者、隔者、破綻者に対する技量がとても高く、一線を画しています。
但し、彼女も人間の域を超えることは出来ないため、体力はとても低いです。
赤と緑のオッドアイ、ピンクゴールドの長い髪が特徴です。
[攻撃方法:西園寺 愛留]
・バースト射撃:上記同様
・ピンポイント射撃:さらに精密な射撃を行います。攻撃力と命中力が高めです、また飛行中の対象には攻撃力と命中力がさらに上昇しますが、次のターンにピンポイント射撃を使うことが出来ません。射程による命中率の低下が緩やかです。
・近距離格闘術:拳銃を組み合わせた格闘術です拳銃を組み合わせた格闘術です。格闘術で作った隙を狙って拳銃によるダメージを狙ってきます。攻撃力と命中力が少し高めです。
●補足
この依頼で説得及び獲得できた夢見は、今後FiVE所属のNPCとなる可能性があります
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2015年10月10日
2015年10月10日
■メイン参加者 6人■

●
西から唸りを上げて接近するゴムボート。
それは護を狙う憤怒者達の耳にも届く、北側の男達がハンドサインで言葉を交わすと一斉に動き出す。
間もなくして覚者一行が岸に辿り着くと、一斉に船を降り、各々の持ち場へと走る。
北側を先行して飛び出したのは『教授』新田・成(CL2000538)だ。
使役を少し前に進ませ、その明かりで視野を確保しつつ、攻撃を恐れること無く走る。
北側に配置されていた男達は、彼の突撃に食らいついた。
派手な銃声とフラッシュは、この闇の中では良い目印でもある。
一射目を肩に受けるも、二射目は体を半身に反らす様にしていなす。
そこかと敵の見当をつければ、更に近づこうと踏み出した瞬間。
「ぐっ……!」
低く大地を震わせるような銃声、東側から響く対物ライフルの音だ。
その弾丸は回避を取った彼の、ほんの僅かな隙をついて胴体を捉えてしまう。
「新田坊、大事ないか!?」
彼の後に続く『運命殺し』深緋・恋呪郎(CL2000237)が確かめるように叫ぶ。
「えぇ……ですが、敵の前で名前を呼ぶのはあまりよくないですね」
冗談じみた言葉交じりに苦笑いを見せられる辺り、問題なさそうだろう。
(「今ね」)
対物ライフルの音を確かめ、『時の賢者』小矢尻 トメ(CL2000264)が走りだす。
次弾装填し、狙い直すまでの間に接近するのが得策と『紅蓮夜叉』天楼院・聖華(CL2000348)と共に、建物を迂回しながら庭を目指す。
(「子供なら撃たないと思ったのかしら」)
東の斜面、ノエルは倍率スコープ越しに二人を眺めながら思うも、何のためらいもなくトリガーを絞った。
「うぐ……っ!」
ダンッ! と鈍い銃声と共に放たれた一点集中の射撃がトメの腕を抉る。
細い腕の中心には当たらなかったものの、黒いドレスにじゅわりと赤が解けていく。
更に南側へと向かう二名も去り、ボートから誰もいなくなると、更に別の銃声が響いた。
ダダンッ、ダダンッと、小気味良くバースト射撃を仕掛けるも、誰も被弾した様子はない。
狙われたのは、彼が突入に使ったボートだ。
ゴム製のボートは穴を開けられ、空気を吹き出しながらしぼんでいく。
「そこに伏せておったか」
北の森、その端ギリギリにある茂みに伏せていたのを捉えると、恋呪郎がコンパウンドボウの弦を引く。
人ならざる者が使う力を得た弓の射撃は、ただ射るだけでも常人には恐ろしい力を発揮する。
矢を避けようと体を起こしたところで腹部を貫かれ、そのまま地面へと勢いで倒れると地面に縫い付けられてしまう。
「がはっ……」
まずは1人、数の有利さが下がってきた。
●
(「こういう地形なら、身を隠しながら回り込む方がいいかと思っていたけど」)
可能なかぎりそうしたほうが良さそうだと、成が受けた出迎えの挨拶を思い出しつつ、『笑顔の約束』六道 瑠璃(CL2000092)が心の中で呟く。
南側は静かなもので、木から木へ、そして茂みを潜ってと進むも敵の動きがない。
使役の力で匂いから方向を探っているので、この先にいるのは間違いなさそうだが……動きがないというのも不気味なものだろう。
(「……凄い怒り」)
桂木・日那乃(CL2000941)は感情を探るレーダーを張り巡らせ、敵の位置を探る。
感じ取れるのは前方に3つの怒りが存在することだ。
だが、その怒りは普通ではない。
怒りを炎と表す言葉があるように、それは赤く燃え盛る剥き出しの感情だろう。
日那乃が感じるのは、炎を缶に閉じ込めたような圧縮された怒り。
それがとても特徴的で、位置がわかりやすいというのは幸いか。
二人が一定の距離を進んだところで、南の静けさが終わりを迎えた。
木の影から黒い影がほんの少しあらわになった瞬間、マズルフラッシュが照りつける。
(「待ち伏せ……!」)
丁度良いところまで引きつけてからの射撃、木を盾に動いていた瑠璃の肩を掠める。
「っ……!」
しかし、真の狙いは彼ではなかったようだ。
一番体躯の小さい日那乃から潰しにかかろうと、彼女には二つの攻撃が襲いかかる。
一撃でよろけたところに、狙いすました胸元への射撃。
覚者でなければ即死であろう、遠慮のない攻撃に日那乃の肺を圧迫した。
(「距離を詰めない、と……!」)
射撃の音と光で大体の位置を確かめれば、更に速度を上げ、二人は敵を追跡していく。
敵も距離を取ろうと移動するが、庭から遠ざかることになり、目論見通り射程から遠ざけていた。
その頃、庭へ向かった二人はコンクリート壁のあるテラスへとたどり着いた。
最初に顔をのぞかせたトメへ、護は咄嗟にライフルの銃口を向ける。
「!?」
コンマ数秒前までは冷えきった目をしたが、同じ歳頃の少女が現れたのは予想外だったのだろう。
目を見開き、トリガーに掛けた指が明らかに緩む。
「大丈夫? 怪我はない?」
心配そうに覗き込むトメに呆気にとられるも、一間置いてから護は静かに頷いた。
「安心してくれ、護。俺らはアンタを救出にきたんだ」
聖華はにっと笑ってみせると、コンクリート壁にバイポットを立て、銃身を安定させていく。
レンズを覗き込み、肩に当てたストックに片手を添え、反動を極力抑える構えを取ると待ち伏せを受けた南側へ牽制射撃を開始する。
弾丸の雨は狙って当てるには難しいところだが、音速が通り過ぎる音と木々にめり込む鈍い音は敵に脅威を感じさせるには十分だ。
「隠れてないと穴だらけになるぜ!」
景気のいい声を敵に浴びせながら弾幕を維持する。
敵も狙って撃ち返そうにも、こうも嵐が吹き抜けては顔を出すのも難しい。
トリガーハッピーに興じる聖華の後ろでトメは護へ事を伝え始める。
「私たちは、ふ、ふぁいぶ というところからきたの」
見た目から想像つかぬほどの歳を重ねているトメだが、どうにも英語やカタカナに慣れない。
頑張って発音するのだが、曖昧な音に怪訝そうに護が首を傾げていた。
「さて、今後はなんと呼べばよいかの?」
森の中を突っ切るように東へ全力で移動する敵を追いかけつつ、恋呪郎が成へ問う。
確かにまだ知られたくはない身の都合上、名前を知られるのもよく無さそうなのは彼女もよく分かっている。
「私のコールサインは、プロフェッサーとでも。以後それでお願いします」
痛手を負ったという事実を感じさせぬような柔らかな笑みで、成が答えた。
「……酔狂じゃのう」
軍人じみた相手に掛けた偽名に呆れたように呟いているが、その割には楽しそうに笑っていた。
「ならば儂は玉兎としておこうかの」
恋呪郎も月夜に掛けて答えれば、それはいいですねと成の静かに弾む声が返る。
大分東側へと寄せてきたところで、不意に成はブレーキを掛けた。
東側にいた愛留が森にほど近い斜面まで移動していたのに気づいたのだ。
彼の鋭い聴覚が、ライフルの撃鉄がぶつかる甲高い金属音で位置を察し、続く閃光が裏付ける。
銃声とともに甲高い金属音が森のなかに響き渡り――。
「……化け物が」
スコープから目を離した愛留が、苦虫を噛み潰した様な顔で吐き捨てた。
弾は成の太ももに当たったが、ダメージはそれほど大きくはない。
それもそのはず、当たる瞬間に手にした杖を前に翳しつつ僅かに抜き、弾丸を刃で受け止めたのだ。
当たればいい追い打ちとなったことだろう、味方を囮にした周到な攻撃は不発に終わる。
先程ボートを潰した兵士の事が成の脳には焼き付いていた。
既に動けない重傷を負いながらも彼が叫んだのは、任務を全うせよという自己犠牲の言葉である。
死に瀕しても冷静な兵士、その仲間がただ逃げるだけとは思えるはずがない。
「中々の精兵ですな。連携も良い、状況判断も優れている――が」
キンと鯉口が鞘にぶつかる音を響かせ。
「私のほうが、一手速い」
愛留に見せたのは老練の戦人となった男の笑みであった。
●
南側の攻防は次第に熾烈を極めていく。
不意打ちで位置と距離を確かめた二人が夜闇に紛れ、一気に射程へ飛び込む。
「行かせるわけにはいかない」
瑠璃の声に呼応するが如く、月夜に陰りが掛かった。
美しい夜空に突如掛かった黒い雲は、不自然な速度で彼らの頭上に集まっていく。
小さな雲とはいえ、急激な変化に男達も気づくが既に遅い。
瞬間にして降り注ぐ雷が怒号を響かせ、不規則な動きで輝き、一挙に彼らを貫いていた。
「ぐぁっ!?」
男達の呻き声がその破壊力を物語る。
電流が体を痙攣され、不気味な動きで膝をついたところで更に日那乃が追い打ちを掛けた。
歳頃に似つかわしくない落ち着きで狙いを定めると、音速の水飛沫を放つ。
神秘の力を帯びた水は弾丸の如く硬く鋭くなり、ピシュッと静かに男を貫く。
太腿を貫かれ、激痛に片膝をついているが、未だに日那乃のセンサーから殺気は消えない。
彼女の心に黒い感情は何を感じさせただろうか、眉一つ動かさぬ少女の顔からは窺い知れない。
一番の負傷を負った男は気力を振り絞って後退を開始する。
それに続くように残りの二人も下がっていくが、途中で振り返り木の影を確保すれば再び射撃を放つ。
狙いは再び日那乃、男達もなりふり構う余裕はない。
初弾を避けるも、そこを狙っての二弾目再び日那乃を穿つ。
「く……ぅっ」
腰を撃ちぬかれ、傷口が焼けるように痛む。
先ほどの連携も重なり、少女の意識が少しぼやけ始めていた。
「何となく言いたいことは分かった。でも、あの姉の暴走に付き合わせるのは……できないよ」
トメの説明に理解は示すも、護は素直に頷かない。
ほんの僅かな時間にたくさんの死を見た彼には他社の犠牲が重くのしかかる。
彼に小さな影がかかり、俯いた顔を上げると金のカーテンが掛かり、温もりに包まれた。
「大丈夫。私が絶対、絶対、守ってあげるから……」
抱きしめたままトメは護の頭を優しく撫でる。
呆然としたまま抱きしめられた護は静かに瞳を閉じると、深く呼吸を一つ。
それから口元に笑みを浮かべながら、ゆっくりと彼女の肩に添えて体を離していく。
「ありがとう、でも自分を助けたところでメリットなんて」
「見返りはそうだな、アンタが困ってる人を助ける正義の味方になること。アンタが未来を見通す、俺達が戦う、それだけさ」
変な夢よく見るだろう? と北側へ牽制射撃を繰り返しながら聖華が笑う。
護にも心当たりはあるようで、それでよければと納得したように頷く。
「よし、決まり……っ!?」
説得が終わったところで、再び東側から狙撃が飛来する。
高所からの射撃はバリケードの効力を下げてしまう、場所によっては僅かに壁からはみ出る部分があるからだ。
牽制射撃を黙らせんと一撃が胸の中央を直撃し、勢いで後ろへ転がる体が別荘の壁にぶつかった。
●
北側の戦いも、成の卓越した守りから一気に流れが変わる。
敵側も再び連携しての射撃を繰り出すも、最後の狙いに愛留が放った一発が成の傷を広げた程度だ。
「今度はこちらの番です」
成の居合抜きの如き一撃は衝撃波となって木を貫き、その後ろに潜んだ敵を叩きつける。
「がはぁっ!?」
木ごと穿たれる敵が地面を転がる、そこへ回りこんだ恋呪郎がコンパウンドボウの弦を開放した。
ズドッ! と重たい音を響かせて矢は地面だけを貫く。
敵も慌てて反撃するも、狼狽え弾は悲しく空を貫く。
「温いよのぅ」
ぽつりと恋呪郎が呟く。
攻撃の音が止んだ一瞬のことだ。
「昔から命を狙っとるとかいう割には殺せておらん。何ぞ八つ当たりのようじゃ、そこの娘子が憎いのは誰なんじゃろな」
先程まで向けられていた静かな殺意に熱を帯びていく。
少女は笑う、その方が牙らしいとご満悦に。
「群れていれば想いは腐る。んなヌルい殺意で儂は殺せんよ 」
男二人の気配が一気に鋭く熱くなり、今にも飛びかかりそうだ。
そんな中、少し離れた茂みから愛留が姿を現す。
「温いかどうか試してみろ」
逃げ腰の戦いに飽き飽きしていたことだろう。
「失望させぬでないぞ」
恋呪郎は地面を滑るかのように身を低くし、一気に愛留へ迫る。
到達前に撃ちぬかんと迎撃射撃が飛び交うも、そこはまさに兎、掠める様子すら無い。
愛留はすぐさまライフルから手を離し、後ろへステップを踏む。
コンマ数秒遅れていたらライフルを握る手を、恋呪郎の音速を思わせる蹴りに砕かれていたことだろう。
振りぬき、すぐさま切り返して二連撃目が迫る。
愛留は敢えて距離を詰め、太腿に近いところでそれを受け止めた。
勢いは殺されても常人がくらえばダメージは免れない、確かな手応えを実感する暇もなく愛留が仕掛ける。
合気道の様なモーションで軸足に踏み込んだ足を絡め、斜め後ろへと押し倒したのだ。
仰向けに倒れた恋呪郎に素早く抜かれた拳銃の銃口が迫る。
バック転の如く後ろへ飛び退くと、追い打つ弾丸が全て木々に吸い込まれていく。
反撃に素早く矢を放つと、それは愛留の肩をかすめていった。
●
撃ちぬかれた聖華に目を見開く護。
それを横目に見ると、聖華は胸元に手を当てながら体を起こす。
「どうだ、俺はお前らの攻撃に耐えられる! 撃ち合いになったら、お前らは確実に死ぬぜ!」
軍用車両をも黙らせるライフル弾ですら覚者を確殺するには至らない。
とはいえど、とてつもなく痛い。
それを悟られぬように、彼女は叫ぶ。
その裏ではこっそりとトメが神秘の雫を彼女へ浴びせていき、応急処置を施す。
「復讐が自分の命より大事だっていう奴だけ、突っ込んで来いよ! 相打ち上等で殺してやるからさあ!」
スコープ越しに闘争本能に溢れた聖華が映る。
嗚呼、次で黙らせてやると射手の意識を引きつけていく。
「ここで引きつけて殿するから、二人は早く……ボート壊れてたんだったな」
脱出手段が潰されていたのを思い出せば、聖華が苦笑いを零す。
「車か何か無いかしら?」
予知にあった銀色の存在、トメの問いに護は手に握っていたそれを見せる。
「ガレージに防弾車があるよ」
それだと聖華の表情が満面の笑みに変わった。
「二人はそれに急いでくれ!」
ここは任せろと東へと弾丸を撒き散らし始めれば、炸裂の轟音が連なる。
トメは護の手を引き、ガレージに急ぐ。
時間は少しだけ遡り、北で逆転が始まりつつある頃。
南側は順調に戦線を押し返していた。
雷に水の弾丸、現代兵器ではありえぬ攻撃の連続に敵の連携に乱れが生じ始めている。
索敵に見渡す動きが大振りになり、茂みに潜む瑠璃にも木に張り付く日那乃にもよく見えていた。
(「チャンスだな」)
上へ意識が行っていないうちに再び雲を広げていく。
じわり、じわりと膨らむ雲、稲光と音が回避を誘う可能性もある。
(「今度はわたしから、ね」)
木影からゆらりと姿を晒すと同時に、投げナイフの如く水弾を放つ。
キュンッと押し殺した響きが、敵一人の不意をついて腹部を叩く。
くの字に折れ、膝から崩れる男、傍に居た一人が意識を向けたところで瑠璃も仕掛ける。
闇からの攻撃に敵の意識が散った瞬間、再び落雷が彼らを襲う。
苦悶の声もない、直撃に焦げたような匂いすら漂う。
日那乃が攻撃した一人にトドメとなり、一人目が倒れた。
「下がれ! 下がれ!」
先に後退した一人が日那乃へ向けて牽制射撃を放つ。
距離も離れ、再び木に隠れた少女には弾丸は届かない。
意識を失った仲間を片手で引きずり、もう一人の男も片手でライフルを放つ。
瑠璃への牽制射撃も当たらず掠らず。
二人は、まるで詰将棋のようにラインを押し上げていた。
「あれは」
そんな中、瑠璃が空に光を見つける。
どこからでもよく見える信号弾が赤く煌々と輝いていた。
●
片側の肩を潰された愛留の手には短筒の銃が握られ、空に赤い奇跡を描く。
「変異体共め」
低く言葉を吐き捨てると愛留は後ろへ飛びのき、一気に走りだす。
入れ違うように、残り二体の相手をしていた成が恋呪郎の元に戻る。
「あれを見て逃げ出しましたよ」
信号弾、あれは撤退の合図なのだろうか?
しかし再び鳴り響く銃声を聞きつければ、まだ終わっていないのだろう。
「逃げていくな……」
瑠璃の言う通り、南側の敵もあの光を見た途端一斉に撤退を開始した。
二人の攻撃がよほど脅威だったか後ろ姿を確かめようとすると、弾丸を送りつける程である。
「また、あの銃声」
こちらにも聞こえたようだ。
庭を狙う攻撃に続き、車のエンジン音が聞こえる。
南を制圧した二人は、一度庭の方面へと戻ることにした。
護がコンクリート壁の方へ戻ると、聖華が銃のバイポットを畳んでいるところだった。
一発放った後、敵は撤退。
聖華は二人に狙撃手と車のことを伝えるとガレージへと一緒に向かう。
「最初に倒した人、縛っておかない、と」
最初に倒れたボートを破壊した敵のことだろう。
日那乃はロープを手にすると、急いで男の倒れた場所へと向かった。
「……さっきの、銃声」
たどり着いた先には、頭を吹き飛ばされた男の死体が転がっている。
最後の銃声、あれは味方を撃った音。
口封じとはいえ、容赦のない手段は非殺を考えていた少女の胸を締め付ける。
ぎゅっと下唇を噛みしめると、日那乃はガレージへと戻り、今回の戦いに幕は降りる
だがFiveの戦いはこれからが本番となるであろう。
西から唸りを上げて接近するゴムボート。
それは護を狙う憤怒者達の耳にも届く、北側の男達がハンドサインで言葉を交わすと一斉に動き出す。
間もなくして覚者一行が岸に辿り着くと、一斉に船を降り、各々の持ち場へと走る。
北側を先行して飛び出したのは『教授』新田・成(CL2000538)だ。
使役を少し前に進ませ、その明かりで視野を確保しつつ、攻撃を恐れること無く走る。
北側に配置されていた男達は、彼の突撃に食らいついた。
派手な銃声とフラッシュは、この闇の中では良い目印でもある。
一射目を肩に受けるも、二射目は体を半身に反らす様にしていなす。
そこかと敵の見当をつければ、更に近づこうと踏み出した瞬間。
「ぐっ……!」
低く大地を震わせるような銃声、東側から響く対物ライフルの音だ。
その弾丸は回避を取った彼の、ほんの僅かな隙をついて胴体を捉えてしまう。
「新田坊、大事ないか!?」
彼の後に続く『運命殺し』深緋・恋呪郎(CL2000237)が確かめるように叫ぶ。
「えぇ……ですが、敵の前で名前を呼ぶのはあまりよくないですね」
冗談じみた言葉交じりに苦笑いを見せられる辺り、問題なさそうだろう。
(「今ね」)
対物ライフルの音を確かめ、『時の賢者』小矢尻 トメ(CL2000264)が走りだす。
次弾装填し、狙い直すまでの間に接近するのが得策と『紅蓮夜叉』天楼院・聖華(CL2000348)と共に、建物を迂回しながら庭を目指す。
(「子供なら撃たないと思ったのかしら」)
東の斜面、ノエルは倍率スコープ越しに二人を眺めながら思うも、何のためらいもなくトリガーを絞った。
「うぐ……っ!」
ダンッ! と鈍い銃声と共に放たれた一点集中の射撃がトメの腕を抉る。
細い腕の中心には当たらなかったものの、黒いドレスにじゅわりと赤が解けていく。
更に南側へと向かう二名も去り、ボートから誰もいなくなると、更に別の銃声が響いた。
ダダンッ、ダダンッと、小気味良くバースト射撃を仕掛けるも、誰も被弾した様子はない。
狙われたのは、彼が突入に使ったボートだ。
ゴム製のボートは穴を開けられ、空気を吹き出しながらしぼんでいく。
「そこに伏せておったか」
北の森、その端ギリギリにある茂みに伏せていたのを捉えると、恋呪郎がコンパウンドボウの弦を引く。
人ならざる者が使う力を得た弓の射撃は、ただ射るだけでも常人には恐ろしい力を発揮する。
矢を避けようと体を起こしたところで腹部を貫かれ、そのまま地面へと勢いで倒れると地面に縫い付けられてしまう。
「がはっ……」
まずは1人、数の有利さが下がってきた。
●
(「こういう地形なら、身を隠しながら回り込む方がいいかと思っていたけど」)
可能なかぎりそうしたほうが良さそうだと、成が受けた出迎えの挨拶を思い出しつつ、『笑顔の約束』六道 瑠璃(CL2000092)が心の中で呟く。
南側は静かなもので、木から木へ、そして茂みを潜ってと進むも敵の動きがない。
使役の力で匂いから方向を探っているので、この先にいるのは間違いなさそうだが……動きがないというのも不気味なものだろう。
(「……凄い怒り」)
桂木・日那乃(CL2000941)は感情を探るレーダーを張り巡らせ、敵の位置を探る。
感じ取れるのは前方に3つの怒りが存在することだ。
だが、その怒りは普通ではない。
怒りを炎と表す言葉があるように、それは赤く燃え盛る剥き出しの感情だろう。
日那乃が感じるのは、炎を缶に閉じ込めたような圧縮された怒り。
それがとても特徴的で、位置がわかりやすいというのは幸いか。
二人が一定の距離を進んだところで、南の静けさが終わりを迎えた。
木の影から黒い影がほんの少しあらわになった瞬間、マズルフラッシュが照りつける。
(「待ち伏せ……!」)
丁度良いところまで引きつけてからの射撃、木を盾に動いていた瑠璃の肩を掠める。
「っ……!」
しかし、真の狙いは彼ではなかったようだ。
一番体躯の小さい日那乃から潰しにかかろうと、彼女には二つの攻撃が襲いかかる。
一撃でよろけたところに、狙いすました胸元への射撃。
覚者でなければ即死であろう、遠慮のない攻撃に日那乃の肺を圧迫した。
(「距離を詰めない、と……!」)
射撃の音と光で大体の位置を確かめれば、更に速度を上げ、二人は敵を追跡していく。
敵も距離を取ろうと移動するが、庭から遠ざかることになり、目論見通り射程から遠ざけていた。
その頃、庭へ向かった二人はコンクリート壁のあるテラスへとたどり着いた。
最初に顔をのぞかせたトメへ、護は咄嗟にライフルの銃口を向ける。
「!?」
コンマ数秒前までは冷えきった目をしたが、同じ歳頃の少女が現れたのは予想外だったのだろう。
目を見開き、トリガーに掛けた指が明らかに緩む。
「大丈夫? 怪我はない?」
心配そうに覗き込むトメに呆気にとられるも、一間置いてから護は静かに頷いた。
「安心してくれ、護。俺らはアンタを救出にきたんだ」
聖華はにっと笑ってみせると、コンクリート壁にバイポットを立て、銃身を安定させていく。
レンズを覗き込み、肩に当てたストックに片手を添え、反動を極力抑える構えを取ると待ち伏せを受けた南側へ牽制射撃を開始する。
弾丸の雨は狙って当てるには難しいところだが、音速が通り過ぎる音と木々にめり込む鈍い音は敵に脅威を感じさせるには十分だ。
「隠れてないと穴だらけになるぜ!」
景気のいい声を敵に浴びせながら弾幕を維持する。
敵も狙って撃ち返そうにも、こうも嵐が吹き抜けては顔を出すのも難しい。
トリガーハッピーに興じる聖華の後ろでトメは護へ事を伝え始める。
「私たちは、ふ、ふぁいぶ というところからきたの」
見た目から想像つかぬほどの歳を重ねているトメだが、どうにも英語やカタカナに慣れない。
頑張って発音するのだが、曖昧な音に怪訝そうに護が首を傾げていた。
「さて、今後はなんと呼べばよいかの?」
森の中を突っ切るように東へ全力で移動する敵を追いかけつつ、恋呪郎が成へ問う。
確かにまだ知られたくはない身の都合上、名前を知られるのもよく無さそうなのは彼女もよく分かっている。
「私のコールサインは、プロフェッサーとでも。以後それでお願いします」
痛手を負ったという事実を感じさせぬような柔らかな笑みで、成が答えた。
「……酔狂じゃのう」
軍人じみた相手に掛けた偽名に呆れたように呟いているが、その割には楽しそうに笑っていた。
「ならば儂は玉兎としておこうかの」
恋呪郎も月夜に掛けて答えれば、それはいいですねと成の静かに弾む声が返る。
大分東側へと寄せてきたところで、不意に成はブレーキを掛けた。
東側にいた愛留が森にほど近い斜面まで移動していたのに気づいたのだ。
彼の鋭い聴覚が、ライフルの撃鉄がぶつかる甲高い金属音で位置を察し、続く閃光が裏付ける。
銃声とともに甲高い金属音が森のなかに響き渡り――。
「……化け物が」
スコープから目を離した愛留が、苦虫を噛み潰した様な顔で吐き捨てた。
弾は成の太ももに当たったが、ダメージはそれほど大きくはない。
それもそのはず、当たる瞬間に手にした杖を前に翳しつつ僅かに抜き、弾丸を刃で受け止めたのだ。
当たればいい追い打ちとなったことだろう、味方を囮にした周到な攻撃は不発に終わる。
先程ボートを潰した兵士の事が成の脳には焼き付いていた。
既に動けない重傷を負いながらも彼が叫んだのは、任務を全うせよという自己犠牲の言葉である。
死に瀕しても冷静な兵士、その仲間がただ逃げるだけとは思えるはずがない。
「中々の精兵ですな。連携も良い、状況判断も優れている――が」
キンと鯉口が鞘にぶつかる音を響かせ。
「私のほうが、一手速い」
愛留に見せたのは老練の戦人となった男の笑みであった。
●
南側の攻防は次第に熾烈を極めていく。
不意打ちで位置と距離を確かめた二人が夜闇に紛れ、一気に射程へ飛び込む。
「行かせるわけにはいかない」
瑠璃の声に呼応するが如く、月夜に陰りが掛かった。
美しい夜空に突如掛かった黒い雲は、不自然な速度で彼らの頭上に集まっていく。
小さな雲とはいえ、急激な変化に男達も気づくが既に遅い。
瞬間にして降り注ぐ雷が怒号を響かせ、不規則な動きで輝き、一挙に彼らを貫いていた。
「ぐぁっ!?」
男達の呻き声がその破壊力を物語る。
電流が体を痙攣され、不気味な動きで膝をついたところで更に日那乃が追い打ちを掛けた。
歳頃に似つかわしくない落ち着きで狙いを定めると、音速の水飛沫を放つ。
神秘の力を帯びた水は弾丸の如く硬く鋭くなり、ピシュッと静かに男を貫く。
太腿を貫かれ、激痛に片膝をついているが、未だに日那乃のセンサーから殺気は消えない。
彼女の心に黒い感情は何を感じさせただろうか、眉一つ動かさぬ少女の顔からは窺い知れない。
一番の負傷を負った男は気力を振り絞って後退を開始する。
それに続くように残りの二人も下がっていくが、途中で振り返り木の影を確保すれば再び射撃を放つ。
狙いは再び日那乃、男達もなりふり構う余裕はない。
初弾を避けるも、そこを狙っての二弾目再び日那乃を穿つ。
「く……ぅっ」
腰を撃ちぬかれ、傷口が焼けるように痛む。
先ほどの連携も重なり、少女の意識が少しぼやけ始めていた。
「何となく言いたいことは分かった。でも、あの姉の暴走に付き合わせるのは……できないよ」
トメの説明に理解は示すも、護は素直に頷かない。
ほんの僅かな時間にたくさんの死を見た彼には他社の犠牲が重くのしかかる。
彼に小さな影がかかり、俯いた顔を上げると金のカーテンが掛かり、温もりに包まれた。
「大丈夫。私が絶対、絶対、守ってあげるから……」
抱きしめたままトメは護の頭を優しく撫でる。
呆然としたまま抱きしめられた護は静かに瞳を閉じると、深く呼吸を一つ。
それから口元に笑みを浮かべながら、ゆっくりと彼女の肩に添えて体を離していく。
「ありがとう、でも自分を助けたところでメリットなんて」
「見返りはそうだな、アンタが困ってる人を助ける正義の味方になること。アンタが未来を見通す、俺達が戦う、それだけさ」
変な夢よく見るだろう? と北側へ牽制射撃を繰り返しながら聖華が笑う。
護にも心当たりはあるようで、それでよければと納得したように頷く。
「よし、決まり……っ!?」
説得が終わったところで、再び東側から狙撃が飛来する。
高所からの射撃はバリケードの効力を下げてしまう、場所によっては僅かに壁からはみ出る部分があるからだ。
牽制射撃を黙らせんと一撃が胸の中央を直撃し、勢いで後ろへ転がる体が別荘の壁にぶつかった。
●
北側の戦いも、成の卓越した守りから一気に流れが変わる。
敵側も再び連携しての射撃を繰り出すも、最後の狙いに愛留が放った一発が成の傷を広げた程度だ。
「今度はこちらの番です」
成の居合抜きの如き一撃は衝撃波となって木を貫き、その後ろに潜んだ敵を叩きつける。
「がはぁっ!?」
木ごと穿たれる敵が地面を転がる、そこへ回りこんだ恋呪郎がコンパウンドボウの弦を開放した。
ズドッ! と重たい音を響かせて矢は地面だけを貫く。
敵も慌てて反撃するも、狼狽え弾は悲しく空を貫く。
「温いよのぅ」
ぽつりと恋呪郎が呟く。
攻撃の音が止んだ一瞬のことだ。
「昔から命を狙っとるとかいう割には殺せておらん。何ぞ八つ当たりのようじゃ、そこの娘子が憎いのは誰なんじゃろな」
先程まで向けられていた静かな殺意に熱を帯びていく。
少女は笑う、その方が牙らしいとご満悦に。
「群れていれば想いは腐る。んなヌルい殺意で儂は殺せんよ 」
男二人の気配が一気に鋭く熱くなり、今にも飛びかかりそうだ。
そんな中、少し離れた茂みから愛留が姿を現す。
「温いかどうか試してみろ」
逃げ腰の戦いに飽き飽きしていたことだろう。
「失望させぬでないぞ」
恋呪郎は地面を滑るかのように身を低くし、一気に愛留へ迫る。
到達前に撃ちぬかんと迎撃射撃が飛び交うも、そこはまさに兎、掠める様子すら無い。
愛留はすぐさまライフルから手を離し、後ろへステップを踏む。
コンマ数秒遅れていたらライフルを握る手を、恋呪郎の音速を思わせる蹴りに砕かれていたことだろう。
振りぬき、すぐさま切り返して二連撃目が迫る。
愛留は敢えて距離を詰め、太腿に近いところでそれを受け止めた。
勢いは殺されても常人がくらえばダメージは免れない、確かな手応えを実感する暇もなく愛留が仕掛ける。
合気道の様なモーションで軸足に踏み込んだ足を絡め、斜め後ろへと押し倒したのだ。
仰向けに倒れた恋呪郎に素早く抜かれた拳銃の銃口が迫る。
バック転の如く後ろへ飛び退くと、追い打つ弾丸が全て木々に吸い込まれていく。
反撃に素早く矢を放つと、それは愛留の肩をかすめていった。
●
撃ちぬかれた聖華に目を見開く護。
それを横目に見ると、聖華は胸元に手を当てながら体を起こす。
「どうだ、俺はお前らの攻撃に耐えられる! 撃ち合いになったら、お前らは確実に死ぬぜ!」
軍用車両をも黙らせるライフル弾ですら覚者を確殺するには至らない。
とはいえど、とてつもなく痛い。
それを悟られぬように、彼女は叫ぶ。
その裏ではこっそりとトメが神秘の雫を彼女へ浴びせていき、応急処置を施す。
「復讐が自分の命より大事だっていう奴だけ、突っ込んで来いよ! 相打ち上等で殺してやるからさあ!」
スコープ越しに闘争本能に溢れた聖華が映る。
嗚呼、次で黙らせてやると射手の意識を引きつけていく。
「ここで引きつけて殿するから、二人は早く……ボート壊れてたんだったな」
脱出手段が潰されていたのを思い出せば、聖華が苦笑いを零す。
「車か何か無いかしら?」
予知にあった銀色の存在、トメの問いに護は手に握っていたそれを見せる。
「ガレージに防弾車があるよ」
それだと聖華の表情が満面の笑みに変わった。
「二人はそれに急いでくれ!」
ここは任せろと東へと弾丸を撒き散らし始めれば、炸裂の轟音が連なる。
トメは護の手を引き、ガレージに急ぐ。
時間は少しだけ遡り、北で逆転が始まりつつある頃。
南側は順調に戦線を押し返していた。
雷に水の弾丸、現代兵器ではありえぬ攻撃の連続に敵の連携に乱れが生じ始めている。
索敵に見渡す動きが大振りになり、茂みに潜む瑠璃にも木に張り付く日那乃にもよく見えていた。
(「チャンスだな」)
上へ意識が行っていないうちに再び雲を広げていく。
じわり、じわりと膨らむ雲、稲光と音が回避を誘う可能性もある。
(「今度はわたしから、ね」)
木影からゆらりと姿を晒すと同時に、投げナイフの如く水弾を放つ。
キュンッと押し殺した響きが、敵一人の不意をついて腹部を叩く。
くの字に折れ、膝から崩れる男、傍に居た一人が意識を向けたところで瑠璃も仕掛ける。
闇からの攻撃に敵の意識が散った瞬間、再び落雷が彼らを襲う。
苦悶の声もない、直撃に焦げたような匂いすら漂う。
日那乃が攻撃した一人にトドメとなり、一人目が倒れた。
「下がれ! 下がれ!」
先に後退した一人が日那乃へ向けて牽制射撃を放つ。
距離も離れ、再び木に隠れた少女には弾丸は届かない。
意識を失った仲間を片手で引きずり、もう一人の男も片手でライフルを放つ。
瑠璃への牽制射撃も当たらず掠らず。
二人は、まるで詰将棋のようにラインを押し上げていた。
「あれは」
そんな中、瑠璃が空に光を見つける。
どこからでもよく見える信号弾が赤く煌々と輝いていた。
●
片側の肩を潰された愛留の手には短筒の銃が握られ、空に赤い奇跡を描く。
「変異体共め」
低く言葉を吐き捨てると愛留は後ろへ飛びのき、一気に走りだす。
入れ違うように、残り二体の相手をしていた成が恋呪郎の元に戻る。
「あれを見て逃げ出しましたよ」
信号弾、あれは撤退の合図なのだろうか?
しかし再び鳴り響く銃声を聞きつければ、まだ終わっていないのだろう。
「逃げていくな……」
瑠璃の言う通り、南側の敵もあの光を見た途端一斉に撤退を開始した。
二人の攻撃がよほど脅威だったか後ろ姿を確かめようとすると、弾丸を送りつける程である。
「また、あの銃声」
こちらにも聞こえたようだ。
庭を狙う攻撃に続き、車のエンジン音が聞こえる。
南を制圧した二人は、一度庭の方面へと戻ることにした。
護がコンクリート壁の方へ戻ると、聖華が銃のバイポットを畳んでいるところだった。
一発放った後、敵は撤退。
聖華は二人に狙撃手と車のことを伝えるとガレージへと一緒に向かう。
「最初に倒した人、縛っておかない、と」
最初に倒れたボートを破壊した敵のことだろう。
日那乃はロープを手にすると、急いで男の倒れた場所へと向かった。
「……さっきの、銃声」
たどり着いた先には、頭を吹き飛ばされた男の死体が転がっている。
最後の銃声、あれは味方を撃った音。
口封じとはいえ、容赦のない手段は非殺を考えていた少女の胸を締め付ける。
ぎゅっと下唇を噛みしめると、日那乃はガレージへと戻り、今回の戦いに幕は降りる
だがFiveの戦いはこれからが本番となるであろう。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし

■あとがき■
お待たせしました、如何でしたでしょうか?
前半こそ猛攻に晒されていましたが、後半に入れば入るほど徐々に押し返し、じりじりと敵を追いやっていく様は、文に起こす間とても楽しかったです。
またご参加いただければ幸いです。
ではでは、ご参加いただきありがとうございました!
前半こそ猛攻に晒されていましたが、後半に入れば入るほど徐々に押し返し、じりじりと敵を追いやっていく様は、文に起こす間とても楽しかったです。
またご参加いただければ幸いです。
ではでは、ご参加いただきありがとうございました!
