乙女の願いが地獄に届く
乙女の願いが地獄に届く



「お教え下さい……杉田先生に、好きな人はいますか?」
 十円玉が、五十音表の上を移動して行く。「こ」「ん」「や」「く」の各所で止まった。
「え、何……杉田先生、誰かと婚約しちゃってるって事!? ちょっと真奈美、それか裕子! 勝手に動かしてない!?」
「動かしてないって。要するにぃ、杉田先生の事は諦めなさいって事」
「そう言えば杉田先生、彼女がいるって話は聞いた事あるけど」
「そんなのやだー! 次の質問。その女と杉田先生を別れさせるには、どうしたらいいですか?」
「やめなさいよ華菜。そういう質問ヤバいって」
 十円玉が、「あ」「き」「ら」「め」「ろ」の各所で止まった。
「今絶対動かしたでしょ!」
「動かしてないよー。これはぁ、ちゃんとしたお告げ。あんまりゴネてると本当ヤバい事になるよ?」
「ううう……あたし、杉田先生と一緒に、お弁当だって食べたのに……個人授業だって、してもらったのにぃ……」
「補習やってただけじゃないの。さ、もういいでしょ。さっきから華菜ばっかり質問して……次はあたしの番。次のワールドカップ、日本はグループリーグ突破出来ますか?」
 十円玉が「に」「げ」「ろ」の各所で止まった。
「……えーと、これって?」
「ワールドワイドな事はちょっとわかんないのかもね。質問変えよう。私、年収1億円以上のイケメン彼氏と出会えますか?」
 十円玉が、またしても「に」「げ」「ろ」を指し示した。
「ふふん、駄目って事じゃない?」
「ちょっと待って、何かおかしい……」
 気のせいか、教室内の空気が重苦しく澱み始めている。
 どんよりとした、目に見えない何かが、占い遊びに興じる少女3人を取り巻いている。
 真奈美が、口調を改めた。
「……どうか、お教え下さい。今ひょっとして、何かヤバい事が起こっていますか?」
 十円玉が「はい」に滑り動き、続いて「も」「う」「お」「そ」「い」とメッセージを提示する。
 放課後の教室内である。進藤真奈美、佐伯華菜、藤村裕子、この3名以外には誰もいない。
 そのはずであった。
 だが机が1つ、3つ、5つ、砕け散った。黒板に、亀裂が走った。窓ガラスが割れた。
 少女3人が、悲鳴を上げる。だが立ち上がる事が出来ない。華菜の机を3人で囲み、紙の上でひたすら十円玉を動かすだけだ。
 いや違う。十円玉は、少女3人の人差し指を貼り付けたまま、今や勝手に動いていた。「う」「ご」「く」「な」と。
 目に見えぬ空気の澱み、のようなものが、密度を増しながら渦を巻き、目に見える何かとして出現しつつある。そして暴れている。教室内あちこちを破壊し、少女たちにも襲いかかる。
 泣き喚く華菜の頭を引きちぎろうとした何かが、しかしその瞬間、弾かれて吹っ飛んだ。
 謎めいた力が、少女たちを防護している。
 華菜は泣き叫び、真奈美は青ざめて放心し、裕子は座ったまま気絶している。勝手に動き続ける十円玉に、人差し指を触れたままだ。「は」「や」「く」「こ」「い」「な」「が」「く」「は」「も」「た」「ぬ」。


 久方相馬(nCL2000004)は、夢を見た。
「やあ、夢見の少年。私だよ、火車だ。
 君たち人間は、なかなかに興味深い事をしてくれる。地獄からそちらへ亡者を呼び戻そうとは、閻魔王の逆鱗にも触れかねない行為よ。
 どうせならば、亡者などではなく我々を呼び出してみてはどうか? 我ら地獄の魔物を思うさま召喚・使役する秘術があるのだよ。使役の代価としては無論それなりのものが要求されるが、私は君たちにならば無償で呼び出されても一向に構わない。むしろ召喚して欲しい、あっ何をする」


「こちら馬頭だ。あの手この手で懲罰から逃げ出そうとする火車の阿呆は今、牛頭が連れて行った。改めて話を聞いて欲しい。
 等活地獄の亡者が数名、そちらへ流れ出てしまったのだよ。どうやら死人呼びの儀式を行った者がいる。
 亡者など、そちらでは無力な霊体としてしか存在出来ぬから実害はない。本来はな。だが、この度は違う。
 亡者ども、先頃よりそちらに漂う不可思議な力と融合し……そう、おぬしらの言う「妖」に変わってしまったのだ。
 討伐に我らが出向いても良いのだが、そちらで対処が可能であれば片付けてくれると大いに助かる。
 面倒をかけて本当に申し訳ない。だが人間たちよ、興味本位であの儀式を行ってはならぬ。あれはな、本当に危険なのだよ。
 今回もな……どうやら亡者ども、だけではない。いささか剣呑なるものを呼び出してしまったようだ。何者であるのかは我らにもわからぬ。人間の少女たちを守っているようだが……はて」


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:小湊拓也
■成功条件
1.妖の殲滅
2.なし
3.なし
 お世話になっております。ST小湊拓也です。

 少女たちが占い遊び(紙と十円玉を使うアレです)で呼び出してしまった地獄の亡者たちの霊魂が、妖となりました。

 計7体。全て心霊系のランク2で、攻撃手段は霊体の腕による伸縮自在の格闘戦(特近単、貫通2)であります。

 場所は滋賀県内の中学校。教室の中央で、少女3人(進藤真奈美、佐伯華菜、藤村裕子。全員、非覚者)が机を囲んで占い遊びをしている格好のまま怯えたり気絶したりしており、それを妖7体が取り巻いています。

 教室内は妖によって破壊し尽くされ、机の残骸などが散乱しております。時間帯は夕刻。妖の霊体が不気味に発光しているので、照明的な支障はないでしょう。

 妖たちは破壊と殺戮の限りを尽くそうとしますが、少女3人に危害を加える事は出来ません。3人とも、亡者たちと一緒に呼び出してしまった何者かの不思議な力で守られています。この加護力は3ターン保ちます。3ターンの間、少女たちに妖の攻撃が及ぶ事はありません。ただし、少女たちがその場から動く事も出来ません。
 4ターン目から、妖の攻撃目標に少女3人が加わります。3人とも素人ですので、妖に攻撃されれば回避も防御も出来ず一撃で死亡しますが、味方ガードは可能です。

 少女たちの質問に答え、彼女らを守っていたのが何者であるのかは不明です。十円玉で質問すれば、もしかしたら何か答えてくれるかも知れません。

 それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(3モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
公開日
2018年01月10日

■メイン参加者 6人■

『探偵見習い』
賀茂・奏空(CL2000955)
『ボーパルホワイトバニー』
飛騨・直斗(CL2001570)
『ゆるゆるふああ』
鼎 飛鳥(CL2000093)


「生首ころころ、首ころりん♪ お穴にハマってさあ大変!」
「うさぎが出て来て、こんにちは♪」
「ぼっちゃん、貴様の首おいてけやゴラァ!」
 こんな歌をつい歌ってしまうほど『ボーパルホワイトバニー』飛騨直斗(CL2001570)は首狩りに飢えているようだ。ちなみに、一緒に歌っているのは『ゆるゆるふああ』鼎飛鳥(CL2000093)である。
 直斗が欲求不満を感じているとしたら自分のせいか、と『探偵見習い』工藤奏空(CL2000955)は思わなくもない。気の毒ではあるが、しかし直斗が隔者の斬首などという行為に出たなら止めなければならない。
「あー首首首クビ首! 首狩りてぇー! 今回の敵は何だ、幽霊系か! 物理的に首斬れねーじゃんかよおおお!」
「四の五の言ってねえで仕事やるぞ仕事」
 喚く直斗の首根っこを掴んだまま、『黒い太陽』切裂ジャック(CL2001403)が教室内にずかずかと踏み込んで行く。
「そこにいるのか! 俺の声、聞こえているか!?」
 滋賀県内の、とある中学校。
 夕刻の教室内で、異変が起こっていた。
 中央の席で、女子生徒3名が机を囲んだまま青ざめ固まっている。
 それを、7体の妖が取り囲んでいる。禍々しく燃える霊体で組成された、人型の心霊系妖。
 教室内を破壊し尽くした彼らは、そのまま少女3人に危害を加えようとして、それが出来ずにいるようであった。
 目に見えない、不思議な力が、防壁のように少女たちを囲んでいる。奏空でも感じられる。
 その不思議な守りをもたらしている何者かに、ジャックが語りかけた。
「俺たちが来るまで……その子らを守ってくれて、ありがとうな。あとは任せてもらう!」
 少女3人が、青ざめて半ば気絶しながら、片手の人差し指だけを動かしている。
 いや違う。彼女らの指先を貼り付けたまま、十円玉が勝手に動いて五十音表のあちこちで止まる。「よ」「く」「ぞ」「き」「た」。
「いくらか上から目線なのは、まあ仕方ありませんね」
 上月里桜(CL2001274)が言った。
「きっと由緒ある古妖の方なのでしょう。今、この場にいらっしゃるのでしょうか?」
「いや……えらく遠い所から、力の一部だけを送ってくれとる感じかな」
 ジャックが、同族把握を試みている。
「一部だけやから、長くは保たん」
「早急に勝負をつけなければ、という事ですね」
 濃密に凝り固まって人型を成す七つの霊体を見据えながら、『意志への祈り』賀茂たまき(CL2000994)が気合いを入れる。
「力なき人々に危害を加える事は許しません! 妖の方々、さあ勝負です」
 彼女の言う通り、少女たちを守る防壁が保っている間に妖7体を仕留められれば最良であるが、長引いた場合にも備えておかなければならない。
「それは、俺の役目……」
 奏空は印を結び、守りを念じた。
 少女たちを囲んでいた妖7体が、一斉に飛びすさった。まるで吹っ飛ばされたかの如く、7体ひとまとめに教室の奥、ロッカーの方向へと。
 妖を寄せ付けない、守護空間が発生したのだ。
「このまま守護空間で、壁に押し付けて潰せたりしたら……便利なんだけどね」
 妖7体と少女3人との間に、充分な距離が開いたところで、奏空は守護空間を解除した。
 妖を寄せ付けないための術式に、攻撃力はない。ここからは、討伐のための戦闘行為が必要となる。
 相変わらず青ざめたまま動けない少女たちを、奏空はまとめて背後に庇った。
「地獄へ戻るのは嫌だろうけど……ごめん。ここに、あんたたちの居場所はないんだよ」
 7つの可視霊体を見据える両眼が、桃色に発光する。錬覇法・改。
 妖7体が怒り狂ったかのように揺らめき、奏空に襲いかかろうとする。
「させません……!」
 たまきが、奏空の盾となる形に立って、妖たちと対峙した。
「奏空くんは、私が守ります!」
「た、たまきちゃん……無茶は、しないで」
「大丈夫。私、奏空くんより頑丈なんですよ?」
「そ、そうなんだよね……だけど、たまきちゃんに万一の事があったら……俺……」
「……奏空くんの、その想いだけで私、強くなれます」
「たまきちゃん……」
「奏空くん……」
 笛の音が、高らかに鳴り響いた。
 同時に大量の流水が生じ、奏空の周囲で渦を巻く。
「警告! 警告! 戦闘中のラブコメ行為はファイヴ隊規違反なのよ!」
 飛鳥が、可愛い口にホイッスルを咥えたまま、ステッキを振りかざしている。
「罰則として、抹茶ソフトおごるの刑なのよ」
「そ、そんな規則あったっけ?」
「ああもう何つーか、イチャイチャいちゃいちゃ音が聞こえて来てんぞーどっかからあああ!」
 直斗が悶絶する、と同時に雷雲が生じ、電光が迸リ、妖たちを直撃する。雷獣だった。
「ったく、こっ恥ずかしくて血が出ちまったわ」
 ジャックの右手から鮮血が噴出し、真紅の刃を成し、3つの足音と共に一閃する。
 電熱に灼かれ痙攣していた妖7体が、血の斬撃に薙ぎ払われて激しく揺らいだ。
 そこへ、流水の渦がウォータージェットのように襲いかかる。飛鳥の水龍牙だ。
 7つの可視霊体が、ズタズタに切り裂かれながらも反撃を繰り出して来る。
 妖たちの腕が、一斉に伸びていた。まるで毒蛇の群れのように。
 それら霊体の蛇が、前衛の里桜とたまきを貫通し、中衛のジャックと直斗に突き刺さる。
「…………ッ!」
「う……っ……!」
「ぐゥッ!」
「お……う……ッ!」
 4人が呻き、血を吐いた。
 他3名には申し訳ないと思いつつ、奏空はやはり1人の名を叫んでしまう。
「たまきちゃん!」
「わ、私は平気……」
 可憐な口元を血で汚したまま、たまきは里桜を気遣った。
「……大丈夫ですか? 里桜さん……」
「ふふっ……私もね、たまきさんみたいにね……十代のうちに彼氏が、欲しかった……かなぁ、なんて」
 血を吐きながら、里桜が微笑む。
 美しくも凄惨な笑顔が、妖たちに向けられた。左右の瞳が、白銀色に輝く。
 その眼前に、いつの間にか巨大な岩が浮かんでいた。土行因子の、力の塊。それが、
「女の子たちがね、おまじないや占いに頼りたくなる気持ち……わかるわ、とっても。まあそんな事よりもっ」
 砕け散った。
 岩の破片が無数、妖たちに降り注ぐ。因子の力で組成された岩が、霊体を押し潰してゆく。
 7体もの妖が、歪み潰れながら苦しげに揺らぎ、だが炎のように燃え盛る。憎悪の炎だ、と奏空は思った。
「地獄から迷い出て、妖に変わって……生き返る事が出来た、気でいるのでしょうね」
 里桜が言った。
 銀色の瞳が、エネミースキャンで妖たちの余力を計っている。
「雷獣結界に閉じ込めようかと思いましたが……このまま一気に勝負をつけた方が、手っ取り早いかも知れません。早急に、地獄へ帰してあげましょう」
「そうですね。傲慢な言い草になりますが……あなたたちは、この世にいてはいけない存在なんですっ」
 たまきの強靭な細腕が、教室の床に1本の杭を打ち立てる。
 それは旗竿だった。風もないのに旗が広がり、はためき、光を発する。
「世の理に背くものを、在るべき処へ送り導く。それが私の陰陽道!」
 旗ではなく、大護符であった。
 はためく大護符から力の奔流が生じ、妖たちを直撃する。
 憎悪の炎そのものの霊体の群れが、力に押し流されながら苦しげに揺らいでいる。
 奏空は、数珠を握った。
 亡者たちのために祈る。それは、戦闘の後でも出来る。
 今は、生きている仲間たちのために、癒しを念じる時であった。


 霊体の手が、体内の何カ所かを冷たく切り裂きながら身体を通過して行った。
 その傷を、奏空の「癒力活性」が癒してくれる。
 麻酔なしで手術をされるような痛みを感じながらも、里桜は言った。
「あ、ありがとう奏空さん……」
「敵が心霊系だからね。俺の戦い方、半分くらい封じられちゃって……こんなサポートが今回メインになっちゃうけど」
 言いつつ奏空が、片手に数珠を引っかけたまま印を結んだ。
「でも戦えないわけじゃあない……ナウマク・サマンダ・ボダナン・インダラヤ・ソワカ!」
 帝釈天。雷帝インドラ。その力が、目に見える放電現象となって迸る。
 妖たちが電光に灼かれている間、直斗が妖刀を抜く。
「……やっぱり俺が前衛に立つべきだった。女の人を盾にする、ってのはどうも……良くねえよ、男として」
「女は、安全な場所に押し込めて守るもの。ですか? 直斗さんとしては」
 里桜は問いかけてみた。
「男の人が、危険な事を何もかも引き受けてくれるなら……ふふっ。確かに、楽でいいですね」
「楽を……しててもらいてえな、女の人には」
 直斗の言葉と共に、妖刀が一閃。凶花の花びらが散り、毒香の嵐が吹く。仇華浸香だった。
 霊体に毒香を混ぜ込まれた妖たちが、苦悶する。
 ある戦いを、里桜は思い返していた。
 直斗が一番、守りたかったのであろう1人の少女が、その戦いで命を落とした。敵の首魁を、道連れにしてだ。
 彼女の思いを今、推し量ることは出来ない。
 だが、やはり守りたかったのではないか、と里桜は思う。あの男が引き起こす戦争から、1人の弟を。
「守る、守ると頑張り過ぎていてはね……貴方を守りたい誰かを、悲しませる事になりかねません。程々にね?」
「…………」
 里桜の言葉に直斗は応えず、ただ雷獣を放ち、妖7体を電光で灼き払った。
 電熱に歪みながらも妖たちが、おぞましく体内を切り裂く霊気の腕を伸ばそうとする。
 だが足音が3度、高らかに鳴っていた。
「程々に、は無理やわ上月。コイツのな、兎のくせにライオンにも噛みついてくスタイルは一生直らん!」
 ジャックの振るう鮮血の鎌が、真紅の弧を描く。
 妖たちが7体まとめて薙払われ、うち3体が力尽きて消滅した。
 直斗が、文句を漏らす。
「ジャックさんには言われたくねえな。人間嫌いぶってるくせに、いっつも人助けで無茶しやがってよ」
「人間嫌いってのはな、助けられる誰かを助けない理由にはならんのよ」
「まったく、ツンデレお兄さんばっかりなのよファイヴの男の人たちって!」
 飛鳥の水龍牙が、残る妖4体を粉砕し押し流す。喩えは良くないが、まるで水洗便所のようではあった。
 水飛沫と霊気の破片が、飛び散りながら消えてゆく。
 消えゆくものを蹴散らしながら、しかし毒蛇のようなものが超高速で宙を裂いた。
 妖の腕。霊体の五指が、里桜に、たまきに、突き刺さる。
 癒えかけていた体内の傷が、抉られ裂けてゆくのを里桜は感じた。
 妖が2体、生き残っている。
 特に強力な個体であるようだ。消滅した他5体を吸収したかの如く、激しく膨張して燃え盛る2つの霊体。
 それらの腕が、大蛇のように伸びて里桜とたまきを貫通し、ジャックと直斗を引き裂いたところである。
「し、しぶといのよ!」
 飛鳥が泣きそうな声を発した。自分が仕留め損ねたせいで、などと思っているに違いなかった。
「大丈夫!」
 吐血の咳をしながら里桜は叫び、術符をかざした。
「これで、決めです……たまきさん、行けますか!?」
「普通サイズの、符が使える……里桜さんは、凄いですね」
 微笑み、いくらか大型の護符を広げながら、たまきが血を吐く。奏空は気が気ではないだろう、と思いながら里桜は攻撃を念じた。
「さあ、地獄へ落ちなさい……こんな言い方は不適切かしら? それなら」
「さあっ、土へ還りなさい!」
 たまきが合わせてくれた。
 土行の力が、教室の床を突き破って隆起する。2本の、岩の槍。
 土行覚者2人分の隆神槍が、妖2体を穿ち裂き、飛散・消滅させた。


 穿たれ、引き裂かれ、死にかけていた覚者たちも、治療術式をお互いに施し合ってどうにか一命を取り留めた。
「命、落とさんで良かったな」
 泣きじゃくる少女3人に語りかけるジャックの口調が、優しい。
 人間嫌いを公言していた彼が、いくらかは丸くなったのか、ただ相手が女の子だからなのかは、たまきには判断が付かなかった。
「今回は、たまたま俺らが助けに来られたけどな……面白半分で危ない事したら駄目やで? ま、占いをやりたい気持ちわかるけどな。占いの技能とか術式とか、あったら楽しいかな一なんて俺も今思っとるし」
「えーと、こっくりさん、こっくりさん? いらっしゃいましたら、あすかとお話して欲しいのよ」
 飛鳥が、交霊術を使っているようだ。
「あなたが、もしかしての黒幕? なぁんて、あすかちょっと考えてたのよ。ごめんなさい……だけど、どうして女の子たちを守ってくれたのかお訊きしたいのよ」
 返答はない、ようである。
 奏空が、ぽつりと言った。
「……十円玉で質問しないと、駄目なのかも」
「そういう事。やるぞ、直斗」
「え、なっ何で俺が」
 ジャックが無理矢理、直斗を付き合わせた。
 そこに飛鳥を加えた3人が、少女たちの使っていた十円玉に人差し指を置く。
 ジャックが、まずは言った。
「改めて……ありがとうな。俺は切裂ジャック、あんたは? 善狐の類やろか」
 十円玉が動いた。「す」「き」「に」「と」「れ」と。
 しぶしぶ参加した直斗が、続いて問いかける。
「まあコックリさんでもエンジェル様でもいいけどよ。人間の女の子なんか守った理由は何なのさ?」
 十円玉が「せ」「き」「に」「ん」の各所で止まった。
 里桜が、綺麗な顎に片手を当てる。
「責任……この子たちが危ない目に遭ったのは、自分の責任。だから助けた、という事かしら?」
「うーん……こっくりさんを呼ぶための門を利用して、誰かが亡者を送り込んだのかも知れない。あすかは、そんなふうに思ってたとこなのよ」
「もしかして、コックリ様……地獄の関係者の、かなり偉い方の人? とか」
 奏空の言葉に、たまきは応えた。
「地獄、ではないかも知れない。だけど……死の世界と、縁深い……どなたか……」
「え……ど、どういう事?」
「あ、いえ……ごめんなさい奏空くん。私の、うろ覚えの知識だから……」
 たまきは俯いた。
 里桜が、少女たちの方を向く。
「……まあ、とにかく危険だという事だけは理解してもらえたと思います。古妖の方々との接触は、私たちにとっても慎重を要する事。ですからね、みだりに」
「直斗の学校生活、ほんとのところはどうですか?」
 ジャックが質問をしている。
「えー何々、お、ま、え、よ、り、せ、い、せ、き、よ、し……おい直斗、勝手に動かすな!」
「動かしてねえよ! 俺最近ちゃんと勉強してるもん」
「次あすか! あすかが質問するのよ。あのね、たまきお姉さんと奏空お兄さんは今後どんなふうにお付き合い進展」
「わーっ! 一体何訊いてるんだよ!」
 奏空が飛び込んで行く。
 それを見送り、少女の1人が言った。
「あたしたちと同じ事やってる……」
「……あれはね、悪いお手本」
 里桜が、頭痛を堪えるように己の頭を押さえた。こめかみの辺りにピシッと血管が浮かんでいる。
「あの兎さんたち+約1名の真似をしては駄目ですよ」
「でもやっぱり恋愛関係の質問ってしたくなっちゃいますよねえ。あたしもね、杉田先生と」
 恋愛関係。縁結び。男女の仲を、括る。
(それが、こっくり様……くくり様……)
 たまきは、その御名を口にしてしまうところだった。
 狐狗狸さん、つまり動物霊から神託を授かるための儀式である、と言われている。
 だが、もう1つの言い伝えがある。陰陽道関係者の間で、語られている説の1つだ。
 男女の仲を、括る神。
 神話の時代、生者と死者とに分かたれてしまった夫婦神の間を、取り持った存在。
 そうであるかも知れない相手に、ジャックがなおも語りかけている。
「人間の呼びかけに、割と気軽に応えてくれるんやね?」
 恋愛関係の質問には比較的、気軽に答えてくれるのだろう。その正体が、たまきの想像通りであるならばだ。
 それはそれとして、そろそろ質問をやめさせた方が良いかも知れない。
「もしかして……寂しい? なら俺らと友達に、うおおお」
 教室内に散らばる机や椅子の破片が浮かび上がり、ジャックを、直斗を、飛鳥を、奏空を、ちくちくと襲う。
「うわあ、怒ったー!」
「何やってんだよジャックさん!」
「わ、わかったのよ。このコックリ様きっと女の人なのよ!」
「何で俺までーっ!」
 騒動から少女3人を庇いながら、里桜が軽くため息をつく。
「この御方の正体、私にも何となくわかった気がします。もし、そうなら」
「……ええ、黄泉の国とも縁深い方ですから」
 黄泉の国と地獄との間に、いかなる関係があるのかは不明である。共通点は1つ、死者の領域であるという事。
 少女たちの恋愛相談に、彼女がつい気軽に応じてしまった。そのせいで、この現世と死者の国との間に道が開いた。
「今はもう、閉じているようですが……」
 たまきは、十円玉に指を触れた。
「ともかく大変、失礼をいたしました。いずれ改めて御挨拶をさせていただきます。今日はどうか、お帰り下さい……くくりひめ様」

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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