【鉱員の挽歌】9番目の的球
●
炭鉱のカナリア、という言葉がある。
ガス検知器が発達していなかった頃、炭鉱では数羽のカナリアを置いていた。鳥は普段囀るものの、ガスが発生すると簡単に死んで黙ってしまうので、有毒ガスが発生していると分かるのだ。
転じて、炭鉱のカナリアとは『先に倒れて危険を知らせるもの』の意味となった。
とは言え今日日、この国では炭鉱そのものが数えるほどしかなくなってしまった。
カナリアは放され空を飛び、自由になろうとも、炭鉱は廃墟と化し雑草に埋もれていく。それが炭鉱の最期であり、坑夫はそこで役目を終える。
それでも坑夫は挽歌を口ずさむ。閉山の日まで。
●
乱雑なノイズの後、僅かに白みがかった映像が見えた。夢を見ているのだと気づく。
目の前には鳥籠が一つ。白いカナリアは、もういない。だが彼はそれに安堵していた。
鳥は自由に空を飛べばいい。男はそう思っていた。
突如容赦なく水を掛けられ、『イグノラムス』杉原 昇平(nCL2000187)は夢から引き戻された。気管に水が入り、ごほごほと咳き込むが連中はお構いなしだ。
「ノビてんじゃねぇよ」
殴られて身体中が痛み、拘束は予想以上にきつい。一度抜け出したせいで警戒がきつくなったのだろう。
「おい。そこら辺にしておけ」
部下を制する竹島の声が聞こえた。幸いなのは、こいつ――竹島修一が情報を横流ししたことに気づいていないことと、今の所自分を殺すつもりはない点か。
――FiVE、俺は俺のしたいようにやる。止めに来るなら、来るといい。
「おい竹島。ニルヴァーナについてだが」
「何?」
●
まさか名無しが言うと思っていなかった。竹島の思ったことはそんな所だろう。
竹島は組織の維持を願っていた。昇平の今の目的とは正反対だ。しかも昇平が覚者と慣れ合おうとしたのは、竹島にとって許されない行いの筈だ。
しかし、昇平があの日屋敷に向かっていたことが功を奏した。
「俺は博士を殺しに行ったんだ」
それは嘘ではない。
覚者を8人も相手にし、隙を突くために大人しくするしかなかった。そういう『筋書』に、竹島は一応は納得した。加えて殺傷能力の上がったニルヴァーナ―対覚者用の毒―の保存場所まで教えると昇平が言ったのだ。
組織維持には強敵と、それを殺せる武器が必要だ。安全圏内で外患の存在をちらつかせ恐怖を煽り、それ以外のことは考えさせず、敵を安全に殺す。それが一番求心力を維持できる方法だ。だからニルヴァーナが必要だった。
「李下に冠を正さずって言うだろ。俺も『仲間』を疑いたくはねえんだ」
仲間、を強調したのはどういう真意があってのことかは昇平は考えなかった。
テロ決行の数日前。昇平は竹島を含むXIの残党を引きつれ首都圏某所にある港を訪れていた。毒は2箇所に保存してある。一方は昇平が担当し、もう一方は竹島が運搬を仕切ることになっていた。
しかしその数十分後、竹島が見たのは――血にまみれた昇平がこちらにやってくる光景だった。
身体中に無数の穴が開き、返り血と自身の血に染まりながらも昇平はナイフを携え、ふらりふらりとやってくる。
これだけの人間が死ねば組織は壊滅する。それでいい。
その後、竹島の叫び声が無残に響き渡った。
●
「ややこしいことになった」
『夢見准教授』菊本 正美(nCL2000172)はそう切り出した。とはいえ今の今までややこしいことしかないのだが……。
閑話休題。FiVE、厳密に言うとAAA宛に郵便が来たそうだ。差出人の名前は杉原昇平。FiVEと繋がりがあると判断してよこしたようだ。
まずいくつかのXIのアジトについてや具体的な毒の輸送ルートなどの明記があったようだが、それより注目すべきことは、覚者達に宛てた手紙があったことだ。
FiVEの人間にこの手紙を渡してくれ、と最初に書いてあった。
そして手紙の本題は、とある罪を認めるもの。小数賀ルイを襲っていた隔者を殺害。その後ルイを拉致監禁して依存状態を作った。結果ルイは悪事に手を染めたのだと。
ストックホルムやリマのようなケース――監禁者と人質の間に共依存や信頼関係が発生することは、正美は知っていた。昇平はそこを突いてきた訳だ。
昇平はルイを庇い、XIや自身の罪と一緒に心中するつもりだろう。
昇平が過去どれだけの罪を重ねてきたかは、正美は知らない。罪の内容によっては心中を選ぶ気持ちも分かる。
……だが。
「まあただこのまま『ハイそうですか』って死なす訳には行かないよね。お人好しで泣き虫だって啖呵を切ったんだから引き下がれないし。……博士の為にも、ね。あの人が悲しむ」
それのどこが啖呵なのかは分からないが、多分冗談か彼なりの理屈なのだろう。
「何があろうとも、多分これで最後になるでしょう。毎度面倒ですが、今回は尚更大変だと思います。
……皆さんどうか無事で。幸運を祈ります」
炭鉱のカナリア、という言葉がある。
ガス検知器が発達していなかった頃、炭鉱では数羽のカナリアを置いていた。鳥は普段囀るものの、ガスが発生すると簡単に死んで黙ってしまうので、有毒ガスが発生していると分かるのだ。
転じて、炭鉱のカナリアとは『先に倒れて危険を知らせるもの』の意味となった。
とは言え今日日、この国では炭鉱そのものが数えるほどしかなくなってしまった。
カナリアは放され空を飛び、自由になろうとも、炭鉱は廃墟と化し雑草に埋もれていく。それが炭鉱の最期であり、坑夫はそこで役目を終える。
それでも坑夫は挽歌を口ずさむ。閉山の日まで。
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乱雑なノイズの後、僅かに白みがかった映像が見えた。夢を見ているのだと気づく。
目の前には鳥籠が一つ。白いカナリアは、もういない。だが彼はそれに安堵していた。
鳥は自由に空を飛べばいい。男はそう思っていた。
突如容赦なく水を掛けられ、『イグノラムス』杉原 昇平(nCL2000187)は夢から引き戻された。気管に水が入り、ごほごほと咳き込むが連中はお構いなしだ。
「ノビてんじゃねぇよ」
殴られて身体中が痛み、拘束は予想以上にきつい。一度抜け出したせいで警戒がきつくなったのだろう。
「おい。そこら辺にしておけ」
部下を制する竹島の声が聞こえた。幸いなのは、こいつ――竹島修一が情報を横流ししたことに気づいていないことと、今の所自分を殺すつもりはない点か。
――FiVE、俺は俺のしたいようにやる。止めに来るなら、来るといい。
「おい竹島。ニルヴァーナについてだが」
「何?」
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まさか名無しが言うと思っていなかった。竹島の思ったことはそんな所だろう。
竹島は組織の維持を願っていた。昇平の今の目的とは正反対だ。しかも昇平が覚者と慣れ合おうとしたのは、竹島にとって許されない行いの筈だ。
しかし、昇平があの日屋敷に向かっていたことが功を奏した。
「俺は博士を殺しに行ったんだ」
それは嘘ではない。
覚者を8人も相手にし、隙を突くために大人しくするしかなかった。そういう『筋書』に、竹島は一応は納得した。加えて殺傷能力の上がったニルヴァーナ―対覚者用の毒―の保存場所まで教えると昇平が言ったのだ。
組織維持には強敵と、それを殺せる武器が必要だ。安全圏内で外患の存在をちらつかせ恐怖を煽り、それ以外のことは考えさせず、敵を安全に殺す。それが一番求心力を維持できる方法だ。だからニルヴァーナが必要だった。
「李下に冠を正さずって言うだろ。俺も『仲間』を疑いたくはねえんだ」
仲間、を強調したのはどういう真意があってのことかは昇平は考えなかった。
テロ決行の数日前。昇平は竹島を含むXIの残党を引きつれ首都圏某所にある港を訪れていた。毒は2箇所に保存してある。一方は昇平が担当し、もう一方は竹島が運搬を仕切ることになっていた。
しかしその数十分後、竹島が見たのは――血にまみれた昇平がこちらにやってくる光景だった。
身体中に無数の穴が開き、返り血と自身の血に染まりながらも昇平はナイフを携え、ふらりふらりとやってくる。
これだけの人間が死ねば組織は壊滅する。それでいい。
その後、竹島の叫び声が無残に響き渡った。
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「ややこしいことになった」
『夢見准教授』菊本 正美(nCL2000172)はそう切り出した。とはいえ今の今までややこしいことしかないのだが……。
閑話休題。FiVE、厳密に言うとAAA宛に郵便が来たそうだ。差出人の名前は杉原昇平。FiVEと繋がりがあると判断してよこしたようだ。
まずいくつかのXIのアジトについてや具体的な毒の輸送ルートなどの明記があったようだが、それより注目すべきことは、覚者達に宛てた手紙があったことだ。
FiVEの人間にこの手紙を渡してくれ、と最初に書いてあった。
そして手紙の本題は、とある罪を認めるもの。小数賀ルイを襲っていた隔者を殺害。その後ルイを拉致監禁して依存状態を作った。結果ルイは悪事に手を染めたのだと。
ストックホルムやリマのようなケース――監禁者と人質の間に共依存や信頼関係が発生することは、正美は知っていた。昇平はそこを突いてきた訳だ。
昇平はルイを庇い、XIや自身の罪と一緒に心中するつもりだろう。
昇平が過去どれだけの罪を重ねてきたかは、正美は知らない。罪の内容によっては心中を選ぶ気持ちも分かる。
……だが。
「まあただこのまま『ハイそうですか』って死なす訳には行かないよね。お人好しで泣き虫だって啖呵を切ったんだから引き下がれないし。……博士の為にも、ね。あの人が悲しむ」
それのどこが啖呵なのかは分からないが、多分冗談か彼なりの理屈なのだろう。
「何があろうとも、多分これで最後になるでしょう。毎度面倒ですが、今回は尚更大変だと思います。
……皆さんどうか無事で。幸運を祈ります」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.杉原昇平の生存
2.憤怒者全員の身柄確保
3.なし
2.憤怒者全員の身柄確保
3.なし
泣いても笑ってもシリーズ最終回です。字数制限が恨めしい。あと千文字あったら。
§状況
首都圏某所湾岸地域にある倉庫。午後9時を過ぎていますが、周囲はかなり強い光で照らされていますし、倉庫内も照明で照らされているので暗視等の技能スキルは不必要です。
XIの構成員が使用しているのは2箇所ありますが、こちら側には杉原昇平が運搬を担当している(ことになっている)倉庫の制圧を担当して頂きます。
・倉庫
昇平が提供した情報の中に記載されていた、アジトの一つ。
毒が反応してしまわないようにと太陽光を遮断する必要があるためか、窓はありません。
倉庫を出た周囲にはコンテナ、フォークリフト等が置いてある他、倉庫内には毒のタンク以外にも金属製の古びた棚、鎖、鉄パイプ等がありますが、耐久度は高くありません。
後衛からでも遠距離術式を撃てる程度には広いです。
倉庫には引き戸の入り口が一つ。大きな物資を出し入れするので入り口は相当広いです。
そこから入って一番奥に毒ガスの入ったタンクが複数あります。毒ガスの無毒化については後述する電波増幅器があるので、タンクの近くに寄って十数分もすれば可能でしょう(反応熱が発生して爆発することはないので近づいても問題ないと思います)
§ニルヴァーナと電波増幅器
・ニルヴァーナ
覚者だけに効く毒の正式名称。
今回ガス化に成功し、更に毒性も上がりましたが、毒性が上がったことが裏目に出て反応性が高くなり、特定の周波数、更に詳しく言えば覚者が発する電磁波で急速に反応し無毒化してしまう事が判明しました。(尚電磁波での無毒化が有効なのはガスの場合のみです)
この事実はルイと昇平ぐらいしか知らず、他の憤怒者には知らされていないようです。
・電波増幅器
≪悪意の拡散≫で騒動の発端の一部を担った代物。
当時は電波障害を引き起こした疫病神でしたが、皮肉にも今回は上記の理由からXIにとって疫病神になることでしょう。
当時の騒動後FiVE側で増幅器を解析し、同じものを複数用意できたので、今回覚者の皆さんはこれを持っているものとします。
§エネミーデータ
・杉原昇平
イグノラムスと称された男。今回の彼の目的はXIの構成員を抹殺し組織を壊滅させることなので、『壊滅させる』という点はFiVEと目的が一致していますが、彼が協力するか、あるいは邪魔が入ったと判断するかは不明です。プレイング次第でしょう。
前回負った傷が完治していない上、仲間から酷い折檻を受けていたので基本的な能力(特に体力)は下がっています。
しかし攻撃の火力は大幅に上がっているので、耐久は低くとも敵として脅威になりうることに変わりはないです。
イグノラムスの行動を制限する、干渉する等の技能スキル(魔眼、結界、ワーズワースetc.)無効
BSは重力系、鈍化系無効
武器はアサルトライフル、ナイフ。
スキルは以下の通り(ラーニング不可)
機銃掃射(物遠列)
毒炸裂弾(物遠列・猛毒・ダメージ0)
不可知の刃(物近列・流血)
四方投げ(物近単)
現段階ではラプラスの魔一派に関する情報の多くがFiVE側に流出している上、正美の予知では昇平が『8-もう一つの力と正義の数-』側の憤怒者も含めて全員戦闘不能(重体で生き残った人間は数名しかいません。全員殺したも同然です)にして自分も死に、名実ともにXI側を亡ぼすという末路を選びます。
しかしこれは昇平にしてみれば知らない未来ではなく、彼自身が計画し現在進行形で行っていることなので、自身の死も組織の壊滅も覚悟の上です。
ちなみに彼を力ずくで阻止する場合、不殺として扱います(昇平に限らず基本憤怒者は不殺として処理します)ので、撃破を選ぶことも一つの手です。
しかし撃破は必須条件ではありません。
・憤怒者
計25人。
XIの組織維持のため、ルイ側に付かず竹島に与した憤怒者ですが、今回竹島と協力関係を結んだ昇平の下で動く事となりました。昇平については一応信用している者、疑っている者など思うことは人それぞれです。
武器はアサルトライフルを装備
スキルは以下の通り(ラーニング不可)
貫通弾(物遠貫2)
毒炸裂弾(物遠列・毒・弱体)
機銃掃射(物遠列)
プロテクター(パッシブ)受けるダメージの1割を軽減
身柄確保には撃破が必須ですが、拘束具等についてはFiVE側で支給されますのでプレイングで特に明記する必要はありません。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2017年11月17日
2017年11月17日
■メイン参加者 8人■

●
周囲は静かだった。埠頭の周囲は煌々と明かりが灯っているが、波の音しか聞こえない。
『導きの鳥』麻弓 紡(CL2000623)はキッと睨みつけるように倉庫を見据えた。依頼の内容を聞いたときは全くと溜息の一つも吐きたかったが……。
「駄目なわんわんは躾ないと、ね」
とはいえ、言ってる内容だけ聞くと若干緊張に欠けるのだが。
「ねーねーツム姫ー。余達の仕事って結局拉致されたチーフ奪還じゃない? チーフ男じゃん。モチベストップ安じゃん」
その傍らで『アイラブニポン』プリンス・オブ・グレイブル(CL2000942)がぐずる様に言った。紡はいつもの通りごっつんと武器で王子の頭を殴った。
「そーちゃん、基ちゃん、年少組をお願いね」
紡の言葉に、『地を駆ける羽』如月・蒼羽(CL2001575)と『凡庸な男』成瀬 基(CL2001216)が頷いた。
「つーちゃん、怪我には気を付けるんだよ?」
「って、あれ? つむちゃんは――」
蒼羽は状況を理解している一方で、基が耐久の低い彼女を案じる言葉を掛ける。だが本人はそれどころではない様子だ。ぶんぶんとスリングショットを振る様子は声がかけづらい。
「妹が考えすぎじゃないかって杉原さんのこと言ってましたけど――」
「あんなに災難に遭ってるとまあ、考えたくもなるんじゃないですかね?」
どっちにせよほっとけませんけど、と基がポソリと言うと、蒼羽も頷いた。
一方。桂木・日那乃(CL2000941)は小さく首を傾げた。
ルイに「隊長を助けて」と言われたので、彼女はこの場にいる。正美はルイと昇平の幸せを願っていた。それと同じようにルイは昇平の幸せを願っているが……。そこまで考えて、また首を傾げる。自分達の行いは昇平の願いを妨害することだが……幸せとは、一体何なのだろう。
考えている人間は他にもいる。『新緑の剣士』御影・きせき(CL2001110)は愛刀を引き抜き、その刀身をじっと見ていた。
――お前が俺の代わりになってくれ。
辛くとも人は別れを乗り越えられる。
今日は、昇平に言われたあの言葉の答えを持ってきたのだ。高い音を立て刀を完全に鞘へとしまい、静かに一人頷く。
その為に、絶対助ける。
そんな意気込みをしている彼等とはまた違うことを考えていたのが、『教授』新田・成(CL2000538)だ。
今回の件は、FiVEからしてみれば労せずともXIが潰れかけるという話だが。
「まあ、アフターフォローですな」
それだけ一言呟く。
「じゃあ行くぜ」
『真のヒーロー』成瀬 翔(CL2000063)は一人足早に倉庫に向かった。中を透視で見て、状況を確認する。
幸いにも、ひと悶着は起きていないようだ。胸を撫で下ろし、思念を昇平に送った。
(杉原昇平! 聞こえるか!)
昇平が驚いた表情を見せたのが確認できた。
(あんま驚かないでくれ。悟られると困る。オレは成瀬翔)
成瀬。その名前を聞いて昇平は僅かに身体を動かした。基が前名乗ったのが功を奏したようだ。
(前に何回か会ったんだけど。眼鏡の成瀬はオレの叔父さんな。で、今念を送ってるんだ。心で思ってくれればいい)
(……で、何の用だ)
早くも方法を理解したらしい。話が早いと思いつつ、翔は話を切り出した。
(竹島の所にも仲間が行ってる)
その言葉に、当然ながら返答はない。
(もうお前がXIぶっ潰すのは無理だぜ)
(……だろうな)
意外にも、素直だ。いや、従順すぎる。翔はそれに驚いた。
何かが、おかしい。
「どうだった?」
「いや。素直過ぎてさ……」
紡の質問に対しての返答。それを聞いて、きせきが刀の柄を強く握りしめた。
昇平は承諾した。翔が『博士がお前を助けたがっている』と言うまでもなく、だ。
突入する入り口は一つしかない。そこから入れば即座に憤怒者は集中砲火を浴びせるだろうと昇平は指摘した。
(俺が一発、威嚇射撃をするからその隙を突いて入れ)
とまで言われた。随分なお膳立てだ。
「こっちの要求飲んだフリして憤怒者の民殺すつもりじゃない?」
「翔君が透視してるって知ってたら無闇に動けないでしょ。本当なんじゃないですか。何か他に考えてはいそうですけど」
王子の指摘に、基が返す。
しかし議論している場合ではない。昇平が銃を構えたようなので、即座に突入準備に移る。
直後、一発の銃声が倉庫から響いた。入口の扉をけ破る勢いで突っ込んだ彼等が見たのは、昇平と憤怒者が対峙している光景だった。
完全に昇平にヘイトが向かっている。
危ないと即座に判断したきせきが昇平の前に割って入り、憤怒者に烈波を飛ばす。直後、昇平を守る様に残りの覚者達は彼の前に立ちはだかった。
どうやら余裕がなかったらしい。昇平は緊張の糸が崩れたようにぐらりと崩れて尻もちをつく。
基が蒼羽に黒い有刺鉄線の防護壁を張り巡らせた直後、明らかに耐久の低そうな日那乃目掛けて弾丸が飛ぶ。しかしそれを蒼羽は確実にガードした。
「やだなぁ雑魚……ああ失礼。部下の皆様」
微笑みは崩さぬままの蒼羽の前に出たプリンスがハンマーを唸らせ、最前列の憤怒者に振り下ろした。
「早く投降した方がいいよ! 安全にタイホするから! やめないと余が夢に出るよ! そして居つくよ!」
そして微妙に嫌な投降を勧める始末。
「じゃあ遠慮はいらないねっ!」
次の瞬間蒼羽は無数の光を降り注がせた。威力は低い物の、全体を攻撃するには十分だ。
だが、相手も馬鹿ではない。攻撃せず集中する紡の姿に危機感を覚えたのか、今度は彼女目掛けて弾丸が飛ぶ。ヘイトを狙っていた彼女としては願ったり、だが。
「ぐっ……!」
つぅ、と赤い線が肌に付く。しかし彼女は歯を食いしばり、耐えた。
――痛くは、ない。きっとそれより。
「見たくもない悪夢を見せられる方がよっぽど……
痛い!」
その言葉と共に漂ったのは、眠りを誘う空気。ばたばたと崩れ落ちる仲間を見て、驚愕する憤怒者に襲い掛かったのは、成の衝撃波だった。
何人もの仲間を巻き込み吹き飛ばすその光景に、数人が腰を抜かした。
「失礼。私共の若い衆がどうしても杉原君とお話ししたいと申しておりまして」
ぎらり、と杖の刀の刃をぎらつかせ、しかし表情は普段のままの彼にまた数名の憤怒者が腰を抜かした。
状況は圧倒的だった。昇平は突入した直後から戦闘不能状態だったが、隙を突いて侵入出来たこと、そして紡の艶舞・寂夜が効いて憤怒者が実質的に動けなくなったことが功を奏し、彼等の確保は思いの外容易く行った。
抵抗を止めた憤怒者達に拘束具を付け、電波増幅器を用いてタンク内の毒を無毒化することも比較的あっさりと終わり。
あまりにあっけない終わりを迎える中、昇平はようやく重い腰を上げて立ち上がった。
「終わったんだな……」
「うん」
呆然とした言葉に、頷くきせき。とは言え彼は刀を持ったまま、昇平を見ていた。
しばらくぼんやりとした様子で倉庫の天井の電灯を眺めていた彼は、何度か溜息を吐いた。
これで、本当に終わったんだ。
「隊長さん、何で僕達に素直に協力したの?」
きせきが問う。昇平は数秒間無言の後、空虚な声で言った。
「……さぁな。ただ、な。
俺も、もう、疲れたんだよ……」
その言葉の直後、さも自然に彼はナイフを懐から出し、自分の心臓目掛けてその刃を突き刺そうとした。
高い音と共に、銀色の光が閃いた。
●
何かを弾くような金属音。昇平が持っていたナイフは、風を斬る音と共に回転し床に落ちる。呆気に取られた直後、彼の身体にタックルが飛び、昇平は背中から地面に叩き付けられた。
「何やってんだよバカヤロー!」
タックルをかました翔が怒号を飛ばす。しかし昇平は誰が自分の手からナイフを弾いたのか分からないといった様子で驚くばかり。
「……隊長さんの、わからずや」
ぽそり、ときせきの声が聞こえた。
「なんで自分も周りも悲しくなる方向に動くの!?」
何でと問われても呆然とするだけ。ただ、彼が理解したのはきせきが刀でナイフを弾いたという事実だった。
「ねぇ、昇平さん」
刀を鞘に納め、きせきは昇平に近づいた。
「『誰かがいなくなったことを乗り越える』ことと『代わりを見つける』ことって、全然違うものなんだよ」
「は……?」
「僕がまだパパやママやいなくなった仲間の代わりを見つけられないように、博士には昇平さんの代わりなんていないんだよ」
「そんなの――」
「あの」
今度は日那乃が首を傾げた。
「杉原さん、の、幸せの、なかに……。魔物さん、小数賀さんの、幸せ、……入って、る?」
きょとんと語尾を上げ、訥々と言う。
「小数賀さん。助けてくれたひとを、幸せにしたかった、って。
杉原さんが、死んだら。たぶん、もう、……えっと、希望? が、ない、の」
「……サボテン」
今度は翔がぼそりと口を開いた。出発前、彼は従姉からある情報を得ていた。
「博士、サボテンの鉢大切そうに抱き締めて切なそうだったみたいだぞ! とても悲しそうで、愛しそうな目で見つめてたって!」
サボテン。心当たりはある。暇つぶしの為に買ってきたようなものに。
「あんな、鉢植え一つに……」
言葉こそ素っ気ない物の、口調は酷く困惑している。
「あの人に一生悲しい顔させとくつもりかよ! 生きて寄り添ってやれよっ!」
「僕だって昇平さんが死んだら悲しいよ。ほんとは悪い人じゃないって知ってるんだもん。
……だから、わがまま言わせて。死んじゃやだよ!」
昇平にしてみれば、混乱するしかなかった。
代わりなど他にいるという顔をされ、居て当然だという扱いを受ければマシな方。代わりが居ないと言われてもそれは大体都合のいい代物扱い。
それが、今となっては。……分かる筈がない。
「可笑しいよなぁ……」
声が、上ずった。いや、理解できる感情だ。罠も無く、打算も無く、受けるものは。
「博士もお前等も、ホント……何で……何で……。
そこまで優しくなれるんだ……」
そこで遂に彼は言葉を止めた。
●
日那乃の治癒は受けたが、以前の怪我もあるので念の為昇平は病院に搬送されるらしい。尤も「前の怪我も大したもんじゃない」と渋ったところ翔に蹴りを食らった為行く、と言った方が正しいのだが。
「年下の子に心配掛けたら駄目じゃないか」
蒼羽はいつもの表情のまま、昇平に近寄って頭をぐしゃぐしゃと撫でた……というより髪型を崩しにかかっている。あっという間に前髪が崩れた所で、昇平は溜息を吐いた。
「杉原さん、もう少し欲張ってもいいと思うよ」
「……」
「今すぐじゃなくてもいいからさ」
「考えておく」
昇平が素っ気なく返答した後も、更に髪の毛を崩される。手を跳ね除けてもまたすぐに頭を鷲掴みにされ、最終的にぼさぼさにされ。ようやく逃げた先で。
「捕まえた」
紡に腕を掴まれた。何事かと思った直後、彼の腹部にグーパンチが飛ぶ。だがそれは紡の手首がぐき、と鳴って終わった。
「わんわん腹筋鍛えすぎ……」
「突然殴っておいて何――」
言いかけた矢先、今度は低空飛行で浮いた紡がぺち、と小さな音と共に頬を叩いた。
「もう変なこと考えちゃダメだよっ」
「……」
「誰かの隣じゃないと見つからないシアワセだってあるし、それは君だけの話じゃないと思うんだ」
「……」
「だから、めっ」
溜息一つ。自分を大型犬扱いしている紡の手がやはり頭に伸びてわしゃわしゃと撫でた所で、彼は諦めることにした。そろそろ芸の一つでも強制されそうだ。
そこにもう一つ災難が。
「その年で綺麗に死んで思い出に残りたいとか……イヤンッ! 余の方が甘酸っぱさで死んじゃう!」
身体をくねらせるシュールな王子という物体に、一同の白い視線が向けられた。
「後でボクが殴っておくから無視して」
紡にとっては日常である。とはいえ。
「所でチーフ、FiVE宛にあんな手紙送ってきてマジどうするつもりだったの?」
王子が引っかかったのはその点であった。あの手紙は確かに事実をベースにはしているが、難点が2か所ほどある。いずれにせよFiVEが手出しする必要があること。そして、ルイの合意が無ければ成り立たないことだ。
介入については誰かが引き受けるかもしれない。だがルイは昇平の描いたシナリオに首を縦には振らないだろう。
「余のご先祖様は鹿狩りが好きだったんだけど、鹿の子を大切にしてた領民の少年を見て以来狩りを辞めたんだよ?」
「……は?」
「血の通った為政者は誰かの大切なものを絶対にないがしろにしないって事さ。2人で一緒に罪償えばいいじゃない」
どんなにのっぴきならない事情があったとはいえ、責任の一端は彼等にある。
「そう。2人で。分け合えばいいじゃん。お似合いだと思うよ」
そこまで言われて、昇平は溜息を吐いた。
「一ついいか?」
「何? サイン?」
王子のボケはもう無視することにしたようだが、次の瞬間。
「確かに博士は女性だが、その、何でこう一々引っかかる物言いをする?」
衝撃の事実に周囲が沈黙に包まれた。
「准教授、性別不明って言ってなかったっけ……?」
基がそこで声を上げた。
「パスポートを見れば分かるだろう」
その手があったか。正美が調べていたのは主に記事だ。だから性別が分からなかった訳か。基は頷いた後、昇平の肩を軽く叩いて笑う。
「うん。誰かのために生きるって僕嫌いじゃないよ?」
「今のタイミングで聞きたくない言葉だったな?」
「やだなぁそんなこと」
遂にはへらへらと笑いだす基。しかも穏やか二号こと蒼羽がサムズアップしていた。
「うん。僕も応援してるよ」
「お前等!」
黒い眼鏡がげらげらと笑いだし、遂に昇平一人の手に負えない状態に。腹を抱えていた基は涙を浮かべたまま口を開いた。
「でも冗談抜きで今はやりたいこととか考えなくていいんじゃない?
ただ死を選ぶのはやめよ。アレホント面倒。だから死にたくないって思える程度に生きといで」
揶揄されているんだか、本当に応援してくれているんだか。基から差し出された手を見て溜息をつき、仕方なしなしと言った様子で握手を返した。
「改めて友達になってくれ」
その光景を、成は静かに見守っていた。
●
その後。
「あれ。新田先生?」
五麟学園の敷地を歩いていた正美は、成とばったり会った。とはいえ彼の研究室からはやや距離がある。
「先日の依頼の申し入れに行っていまして」
「申し入れ?」
「杉原がFiVEにテロについての情報を提供し、こちらと共闘して未然に防いだこと等から情状酌量の余地がある、と」
成の言葉に、正美は驚いた。目の前の老紳士は表情を変えず薄く微笑むだけ。
「成瀬翔君も同じことを考えていましたが……」
「彼は叔父さんと何かすると聞きました。御影さんも協力するんじゃないですかね」
竹島に接触した班も動き始めている。あの少年と刑事のことだ。きっと人数を集めて行うのだろう。
「それはいいことです。彼の心は若者が癒す」
それにしても、と一呼吸ついてから、持っていた杖をカツリと鳴らして一言。
「何れにせよ償いには時間がかかる。もう私が彼と会うことはないでしょう」
冷たくなり始めた風が、沈黙と共に二人の間を流れる。しかしそれを破ったのは意外にも正美だった。
「新田先生は……ずっとお変わりない気がします」
夢で見た訳ではありませんが、と付け加える目の前の男は、青年の姿だ。直後正美は日那乃の姿に気づき、そちらに向けて手を振る。
「せんせい、おはなし、いい?」
日那乃の言葉に成は、では私はこれでとだけ告げ、踵を返した。
遠くに見えて小さくなっていく成の背を、正美はどこか呆然としながら眺めて。
「ああうん。何かな?」
「自分だけの幸せって、だれかに幸せになってほしい、って、こと?」
首を傾げて言われた問いに、正美は虚を突かれた。彼女の境遇を案じての言葉だったのだが、まさか回り回ってそんな質問を投げかけてくるとは。
「どうだろうね。人それぞれだ」
「それぞれ?」
「誰も見向きもしない道端の花を見て幸せだと思う人もいるからね。でも、誰かを幸せにできて自分も嬉しいなら、誰かを妬むよりずっと皆が幸せになれるよね」
「そう」
「桂木さんは嬉しい? それならいいんだ。でもこれじゃあみんなの幸せか」
「そう、ね」
「でも誰かに幸福になって欲しいって思われることは間違いなく幸せだと思うよ。
……自分だけの幸せか。難しいね」
二人の言葉を遠くから聞きながら、成は小さく微笑んだ。
時は流れる。徐々に冷たくなる空気もしばらくすれば温かい風を運ぶことになるだろう。
そうして、時代は動いていく。
周囲は静かだった。埠頭の周囲は煌々と明かりが灯っているが、波の音しか聞こえない。
『導きの鳥』麻弓 紡(CL2000623)はキッと睨みつけるように倉庫を見据えた。依頼の内容を聞いたときは全くと溜息の一つも吐きたかったが……。
「駄目なわんわんは躾ないと、ね」
とはいえ、言ってる内容だけ聞くと若干緊張に欠けるのだが。
「ねーねーツム姫ー。余達の仕事って結局拉致されたチーフ奪還じゃない? チーフ男じゃん。モチベストップ安じゃん」
その傍らで『アイラブニポン』プリンス・オブ・グレイブル(CL2000942)がぐずる様に言った。紡はいつもの通りごっつんと武器で王子の頭を殴った。
「そーちゃん、基ちゃん、年少組をお願いね」
紡の言葉に、『地を駆ける羽』如月・蒼羽(CL2001575)と『凡庸な男』成瀬 基(CL2001216)が頷いた。
「つーちゃん、怪我には気を付けるんだよ?」
「って、あれ? つむちゃんは――」
蒼羽は状況を理解している一方で、基が耐久の低い彼女を案じる言葉を掛ける。だが本人はそれどころではない様子だ。ぶんぶんとスリングショットを振る様子は声がかけづらい。
「妹が考えすぎじゃないかって杉原さんのこと言ってましたけど――」
「あんなに災難に遭ってるとまあ、考えたくもなるんじゃないですかね?」
どっちにせよほっとけませんけど、と基がポソリと言うと、蒼羽も頷いた。
一方。桂木・日那乃(CL2000941)は小さく首を傾げた。
ルイに「隊長を助けて」と言われたので、彼女はこの場にいる。正美はルイと昇平の幸せを願っていた。それと同じようにルイは昇平の幸せを願っているが……。そこまで考えて、また首を傾げる。自分達の行いは昇平の願いを妨害することだが……幸せとは、一体何なのだろう。
考えている人間は他にもいる。『新緑の剣士』御影・きせき(CL2001110)は愛刀を引き抜き、その刀身をじっと見ていた。
――お前が俺の代わりになってくれ。
辛くとも人は別れを乗り越えられる。
今日は、昇平に言われたあの言葉の答えを持ってきたのだ。高い音を立て刀を完全に鞘へとしまい、静かに一人頷く。
その為に、絶対助ける。
そんな意気込みをしている彼等とはまた違うことを考えていたのが、『教授』新田・成(CL2000538)だ。
今回の件は、FiVEからしてみれば労せずともXIが潰れかけるという話だが。
「まあ、アフターフォローですな」
それだけ一言呟く。
「じゃあ行くぜ」
『真のヒーロー』成瀬 翔(CL2000063)は一人足早に倉庫に向かった。中を透視で見て、状況を確認する。
幸いにも、ひと悶着は起きていないようだ。胸を撫で下ろし、思念を昇平に送った。
(杉原昇平! 聞こえるか!)
昇平が驚いた表情を見せたのが確認できた。
(あんま驚かないでくれ。悟られると困る。オレは成瀬翔)
成瀬。その名前を聞いて昇平は僅かに身体を動かした。基が前名乗ったのが功を奏したようだ。
(前に何回か会ったんだけど。眼鏡の成瀬はオレの叔父さんな。で、今念を送ってるんだ。心で思ってくれればいい)
(……で、何の用だ)
早くも方法を理解したらしい。話が早いと思いつつ、翔は話を切り出した。
(竹島の所にも仲間が行ってる)
その言葉に、当然ながら返答はない。
(もうお前がXIぶっ潰すのは無理だぜ)
(……だろうな)
意外にも、素直だ。いや、従順すぎる。翔はそれに驚いた。
何かが、おかしい。
「どうだった?」
「いや。素直過ぎてさ……」
紡の質問に対しての返答。それを聞いて、きせきが刀の柄を強く握りしめた。
昇平は承諾した。翔が『博士がお前を助けたがっている』と言うまでもなく、だ。
突入する入り口は一つしかない。そこから入れば即座に憤怒者は集中砲火を浴びせるだろうと昇平は指摘した。
(俺が一発、威嚇射撃をするからその隙を突いて入れ)
とまで言われた。随分なお膳立てだ。
「こっちの要求飲んだフリして憤怒者の民殺すつもりじゃない?」
「翔君が透視してるって知ってたら無闇に動けないでしょ。本当なんじゃないですか。何か他に考えてはいそうですけど」
王子の指摘に、基が返す。
しかし議論している場合ではない。昇平が銃を構えたようなので、即座に突入準備に移る。
直後、一発の銃声が倉庫から響いた。入口の扉をけ破る勢いで突っ込んだ彼等が見たのは、昇平と憤怒者が対峙している光景だった。
完全に昇平にヘイトが向かっている。
危ないと即座に判断したきせきが昇平の前に割って入り、憤怒者に烈波を飛ばす。直後、昇平を守る様に残りの覚者達は彼の前に立ちはだかった。
どうやら余裕がなかったらしい。昇平は緊張の糸が崩れたようにぐらりと崩れて尻もちをつく。
基が蒼羽に黒い有刺鉄線の防護壁を張り巡らせた直後、明らかに耐久の低そうな日那乃目掛けて弾丸が飛ぶ。しかしそれを蒼羽は確実にガードした。
「やだなぁ雑魚……ああ失礼。部下の皆様」
微笑みは崩さぬままの蒼羽の前に出たプリンスがハンマーを唸らせ、最前列の憤怒者に振り下ろした。
「早く投降した方がいいよ! 安全にタイホするから! やめないと余が夢に出るよ! そして居つくよ!」
そして微妙に嫌な投降を勧める始末。
「じゃあ遠慮はいらないねっ!」
次の瞬間蒼羽は無数の光を降り注がせた。威力は低い物の、全体を攻撃するには十分だ。
だが、相手も馬鹿ではない。攻撃せず集中する紡の姿に危機感を覚えたのか、今度は彼女目掛けて弾丸が飛ぶ。ヘイトを狙っていた彼女としては願ったり、だが。
「ぐっ……!」
つぅ、と赤い線が肌に付く。しかし彼女は歯を食いしばり、耐えた。
――痛くは、ない。きっとそれより。
「見たくもない悪夢を見せられる方がよっぽど……
痛い!」
その言葉と共に漂ったのは、眠りを誘う空気。ばたばたと崩れ落ちる仲間を見て、驚愕する憤怒者に襲い掛かったのは、成の衝撃波だった。
何人もの仲間を巻き込み吹き飛ばすその光景に、数人が腰を抜かした。
「失礼。私共の若い衆がどうしても杉原君とお話ししたいと申しておりまして」
ぎらり、と杖の刀の刃をぎらつかせ、しかし表情は普段のままの彼にまた数名の憤怒者が腰を抜かした。
状況は圧倒的だった。昇平は突入した直後から戦闘不能状態だったが、隙を突いて侵入出来たこと、そして紡の艶舞・寂夜が効いて憤怒者が実質的に動けなくなったことが功を奏し、彼等の確保は思いの外容易く行った。
抵抗を止めた憤怒者達に拘束具を付け、電波増幅器を用いてタンク内の毒を無毒化することも比較的あっさりと終わり。
あまりにあっけない終わりを迎える中、昇平はようやく重い腰を上げて立ち上がった。
「終わったんだな……」
「うん」
呆然とした言葉に、頷くきせき。とは言え彼は刀を持ったまま、昇平を見ていた。
しばらくぼんやりとした様子で倉庫の天井の電灯を眺めていた彼は、何度か溜息を吐いた。
これで、本当に終わったんだ。
「隊長さん、何で僕達に素直に協力したの?」
きせきが問う。昇平は数秒間無言の後、空虚な声で言った。
「……さぁな。ただ、な。
俺も、もう、疲れたんだよ……」
その言葉の直後、さも自然に彼はナイフを懐から出し、自分の心臓目掛けてその刃を突き刺そうとした。
高い音と共に、銀色の光が閃いた。
●
何かを弾くような金属音。昇平が持っていたナイフは、風を斬る音と共に回転し床に落ちる。呆気に取られた直後、彼の身体にタックルが飛び、昇平は背中から地面に叩き付けられた。
「何やってんだよバカヤロー!」
タックルをかました翔が怒号を飛ばす。しかし昇平は誰が自分の手からナイフを弾いたのか分からないといった様子で驚くばかり。
「……隊長さんの、わからずや」
ぽそり、ときせきの声が聞こえた。
「なんで自分も周りも悲しくなる方向に動くの!?」
何でと問われても呆然とするだけ。ただ、彼が理解したのはきせきが刀でナイフを弾いたという事実だった。
「ねぇ、昇平さん」
刀を鞘に納め、きせきは昇平に近づいた。
「『誰かがいなくなったことを乗り越える』ことと『代わりを見つける』ことって、全然違うものなんだよ」
「は……?」
「僕がまだパパやママやいなくなった仲間の代わりを見つけられないように、博士には昇平さんの代わりなんていないんだよ」
「そんなの――」
「あの」
今度は日那乃が首を傾げた。
「杉原さん、の、幸せの、なかに……。魔物さん、小数賀さんの、幸せ、……入って、る?」
きょとんと語尾を上げ、訥々と言う。
「小数賀さん。助けてくれたひとを、幸せにしたかった、って。
杉原さんが、死んだら。たぶん、もう、……えっと、希望? が、ない、の」
「……サボテン」
今度は翔がぼそりと口を開いた。出発前、彼は従姉からある情報を得ていた。
「博士、サボテンの鉢大切そうに抱き締めて切なそうだったみたいだぞ! とても悲しそうで、愛しそうな目で見つめてたって!」
サボテン。心当たりはある。暇つぶしの為に買ってきたようなものに。
「あんな、鉢植え一つに……」
言葉こそ素っ気ない物の、口調は酷く困惑している。
「あの人に一生悲しい顔させとくつもりかよ! 生きて寄り添ってやれよっ!」
「僕だって昇平さんが死んだら悲しいよ。ほんとは悪い人じゃないって知ってるんだもん。
……だから、わがまま言わせて。死んじゃやだよ!」
昇平にしてみれば、混乱するしかなかった。
代わりなど他にいるという顔をされ、居て当然だという扱いを受ければマシな方。代わりが居ないと言われてもそれは大体都合のいい代物扱い。
それが、今となっては。……分かる筈がない。
「可笑しいよなぁ……」
声が、上ずった。いや、理解できる感情だ。罠も無く、打算も無く、受けるものは。
「博士もお前等も、ホント……何で……何で……。
そこまで優しくなれるんだ……」
そこで遂に彼は言葉を止めた。
●
日那乃の治癒は受けたが、以前の怪我もあるので念の為昇平は病院に搬送されるらしい。尤も「前の怪我も大したもんじゃない」と渋ったところ翔に蹴りを食らった為行く、と言った方が正しいのだが。
「年下の子に心配掛けたら駄目じゃないか」
蒼羽はいつもの表情のまま、昇平に近寄って頭をぐしゃぐしゃと撫でた……というより髪型を崩しにかかっている。あっという間に前髪が崩れた所で、昇平は溜息を吐いた。
「杉原さん、もう少し欲張ってもいいと思うよ」
「……」
「今すぐじゃなくてもいいからさ」
「考えておく」
昇平が素っ気なく返答した後も、更に髪の毛を崩される。手を跳ね除けてもまたすぐに頭を鷲掴みにされ、最終的にぼさぼさにされ。ようやく逃げた先で。
「捕まえた」
紡に腕を掴まれた。何事かと思った直後、彼の腹部にグーパンチが飛ぶ。だがそれは紡の手首がぐき、と鳴って終わった。
「わんわん腹筋鍛えすぎ……」
「突然殴っておいて何――」
言いかけた矢先、今度は低空飛行で浮いた紡がぺち、と小さな音と共に頬を叩いた。
「もう変なこと考えちゃダメだよっ」
「……」
「誰かの隣じゃないと見つからないシアワセだってあるし、それは君だけの話じゃないと思うんだ」
「……」
「だから、めっ」
溜息一つ。自分を大型犬扱いしている紡の手がやはり頭に伸びてわしゃわしゃと撫でた所で、彼は諦めることにした。そろそろ芸の一つでも強制されそうだ。
そこにもう一つ災難が。
「その年で綺麗に死んで思い出に残りたいとか……イヤンッ! 余の方が甘酸っぱさで死んじゃう!」
身体をくねらせるシュールな王子という物体に、一同の白い視線が向けられた。
「後でボクが殴っておくから無視して」
紡にとっては日常である。とはいえ。
「所でチーフ、FiVE宛にあんな手紙送ってきてマジどうするつもりだったの?」
王子が引っかかったのはその点であった。あの手紙は確かに事実をベースにはしているが、難点が2か所ほどある。いずれにせよFiVEが手出しする必要があること。そして、ルイの合意が無ければ成り立たないことだ。
介入については誰かが引き受けるかもしれない。だがルイは昇平の描いたシナリオに首を縦には振らないだろう。
「余のご先祖様は鹿狩りが好きだったんだけど、鹿の子を大切にしてた領民の少年を見て以来狩りを辞めたんだよ?」
「……は?」
「血の通った為政者は誰かの大切なものを絶対にないがしろにしないって事さ。2人で一緒に罪償えばいいじゃない」
どんなにのっぴきならない事情があったとはいえ、責任の一端は彼等にある。
「そう。2人で。分け合えばいいじゃん。お似合いだと思うよ」
そこまで言われて、昇平は溜息を吐いた。
「一ついいか?」
「何? サイン?」
王子のボケはもう無視することにしたようだが、次の瞬間。
「確かに博士は女性だが、その、何でこう一々引っかかる物言いをする?」
衝撃の事実に周囲が沈黙に包まれた。
「准教授、性別不明って言ってなかったっけ……?」
基がそこで声を上げた。
「パスポートを見れば分かるだろう」
その手があったか。正美が調べていたのは主に記事だ。だから性別が分からなかった訳か。基は頷いた後、昇平の肩を軽く叩いて笑う。
「うん。誰かのために生きるって僕嫌いじゃないよ?」
「今のタイミングで聞きたくない言葉だったな?」
「やだなぁそんなこと」
遂にはへらへらと笑いだす基。しかも穏やか二号こと蒼羽がサムズアップしていた。
「うん。僕も応援してるよ」
「お前等!」
黒い眼鏡がげらげらと笑いだし、遂に昇平一人の手に負えない状態に。腹を抱えていた基は涙を浮かべたまま口を開いた。
「でも冗談抜きで今はやりたいこととか考えなくていいんじゃない?
ただ死を選ぶのはやめよ。アレホント面倒。だから死にたくないって思える程度に生きといで」
揶揄されているんだか、本当に応援してくれているんだか。基から差し出された手を見て溜息をつき、仕方なしなしと言った様子で握手を返した。
「改めて友達になってくれ」
その光景を、成は静かに見守っていた。
●
その後。
「あれ。新田先生?」
五麟学園の敷地を歩いていた正美は、成とばったり会った。とはいえ彼の研究室からはやや距離がある。
「先日の依頼の申し入れに行っていまして」
「申し入れ?」
「杉原がFiVEにテロについての情報を提供し、こちらと共闘して未然に防いだこと等から情状酌量の余地がある、と」
成の言葉に、正美は驚いた。目の前の老紳士は表情を変えず薄く微笑むだけ。
「成瀬翔君も同じことを考えていましたが……」
「彼は叔父さんと何かすると聞きました。御影さんも協力するんじゃないですかね」
竹島に接触した班も動き始めている。あの少年と刑事のことだ。きっと人数を集めて行うのだろう。
「それはいいことです。彼の心は若者が癒す」
それにしても、と一呼吸ついてから、持っていた杖をカツリと鳴らして一言。
「何れにせよ償いには時間がかかる。もう私が彼と会うことはないでしょう」
冷たくなり始めた風が、沈黙と共に二人の間を流れる。しかしそれを破ったのは意外にも正美だった。
「新田先生は……ずっとお変わりない気がします」
夢で見た訳ではありませんが、と付け加える目の前の男は、青年の姿だ。直後正美は日那乃の姿に気づき、そちらに向けて手を振る。
「せんせい、おはなし、いい?」
日那乃の言葉に成は、では私はこれでとだけ告げ、踵を返した。
遠くに見えて小さくなっていく成の背を、正美はどこか呆然としながら眺めて。
「ああうん。何かな?」
「自分だけの幸せって、だれかに幸せになってほしい、って、こと?」
首を傾げて言われた問いに、正美は虚を突かれた。彼女の境遇を案じての言葉だったのだが、まさか回り回ってそんな質問を投げかけてくるとは。
「どうだろうね。人それぞれだ」
「それぞれ?」
「誰も見向きもしない道端の花を見て幸せだと思う人もいるからね。でも、誰かを幸せにできて自分も嬉しいなら、誰かを妬むよりずっと皆が幸せになれるよね」
「そう」
「桂木さんは嬉しい? それならいいんだ。でもこれじゃあみんなの幸せか」
「そう、ね」
「でも誰かに幸福になって欲しいって思われることは間違いなく幸せだと思うよ。
……自分だけの幸せか。難しいね」
二人の言葉を遠くから聞きながら、成は小さく微笑んだ。
時は流れる。徐々に冷たくなる空気もしばらくすれば温かい風を運ぶことになるだろう。
そうして、時代は動いていく。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
『天を舞う雷電の鳳』
取得者:麻弓 紡(CL2000623)
『天を翔ぶ雷霆の龍』
取得者:成瀬 翔(CL2000063)
『染まること無き友情』
取得者:成瀬 基(CL2001216)
『羅刹の雷』
取得者:如月・蒼羽(CL2001575)
『うたう王子さまっ!』
取得者:プリンス・オブ・グレイブル(CL2000942)
『潮流を視る者』
取得者:新田・成(CL2000538)
『幸せの在り処』
取得者:桂木・日那乃(CL2000941)
『影を断つ刃』
取得者:御影・きせき(CL2001110)
取得者:麻弓 紡(CL2000623)
『天を翔ぶ雷霆の龍』
取得者:成瀬 翔(CL2000063)
『染まること無き友情』
取得者:成瀬 基(CL2001216)
『羅刹の雷』
取得者:如月・蒼羽(CL2001575)
『うたう王子さまっ!』
取得者:プリンス・オブ・グレイブル(CL2000942)
『潮流を視る者』
取得者:新田・成(CL2000538)
『幸せの在り処』
取得者:桂木・日那乃(CL2000941)
『影を断つ刃』
取得者:御影・きせき(CL2001110)
特殊成果
なし

■あとがき■
皆様全三回のシリーズお疲れ様でした。
説得に戦闘、幸せとは何だろう。誰かにとっての生きる意味。
色々なことが凝縮したプレイングで、字数が足りないことが何よりも悔しいシナリオでした。
恐らく考えられる限り最高の幸福な結末だったと思います。
そしてこれからルイと昇平がどんな未来を進むかは、皆様のご想像にお任せすることにします。
本当に参加ありがとうございました
説得に戦闘、幸せとは何だろう。誰かにとっての生きる意味。
色々なことが凝縮したプレイングで、字数が足りないことが何よりも悔しいシナリオでした。
恐らく考えられる限り最高の幸福な結末だったと思います。
そしてこれからルイと昇平がどんな未来を進むかは、皆様のご想像にお任せすることにします。
本当に参加ありがとうございました
