<黒い霧>戦闘物件でGO!
●
人気番組『怪奇物件でGO!』を、どうやら切らなければならないか。いや、そんな事をしても意味はない。覚者どもが、世論を味方につけてしまうだけだ。
番組の第15回として放送予定であった映像が、お蔵入りとなった。封印と言うか、映像データは完全に消去されたはずである。
消されたはずの映像が、動画サイトに投稿されていた。番組スタッフの誰かが、せめてもの抵抗として上げたのだろう。
覚者が6人、巨大な鬼と戦っている。
月岡教授や大島瑠璃子たち、番組スタッフを守ってだ。
覚者どもが、人を守って戦う。そんな映像が存在してはならないと言うのに、当の月岡教授が困った事をしでかしてくれた。
某雑誌のインタビューで、あの動画が本物であると明言してしまったのだ。
自分たちは、本物の鬼に殺されかけた。そして覚者たちに助けてもらったのだ、と。
「つまり、月岡教授には消えてもらわねばならない……と。それも我々の手で」
私の目の前で、男は笑った。
「事の流れ方次第では大島瑠璃子にも? 悲しい話だ。我ら黒霧には、るりりんのファンも大勢いるのだがな」
「世迷い言はよせ、菱崎。貴様たちが人の死を悲しむ心など持ち合わせているはずがあるまい」
私は言った。
「とにかく殺せ。生放送の現場で、月岡教授と大島瑠璃子の両名を可能な限り惨たらしく。覚者が残虐非道の化け物でしかない事実を、全国ネットで晒すのだ」
「我らは覚者ではなく隔者なのだが……まあ同じようなものか。一般人の目には、な」
「次の生放送は、スタジオに覚者を招いて色々と話を聞き、術式を披露してもらうという内容となる……その覚者が、お前たちだ。スタジオ内で、大いに殺戮を行え。楽なものだろう」
「ファイヴの者どもが来なければ、な……念のため、人数は集めさせてもらう」
言いつつ菱崎は、まだ笑っている。
「覚者どもを貶めるため、我ら隔者と手を結ぶ……貴公らイレヴン、よほど追い詰められていると見えるな。まあ仕事ならば引き受けよう。言われずとも我々は血に飢えた化け物、それを世間の連中に教え込んでやるのも悪くはない」
(そうとも仕事だ……我々はな、貴様たちに金で仕事をさせているだけの事! 手を結んでいるわけではない!)
心の中で、私は叫んだ。
(世の愚か者たちが、覚者どもを英雄視し始めている……その事態を止めるため、貴様らを雇わねばならぬ無念! 理解出来るか? 出来るわけがあるまい!)
●
「君は……降板するよう、言われているのでは?」
月岡教授が、まだそんな事を言っている。大島瑠璃子は笑い飛ばした。
「今更そんな事、言いっこ無しですよ。月岡教授の、あのインタビュー……あたし読んですっごく感動したんですから」
「あれは私1人の戯言、るりりんを巻き込むつもりは」
「巻き込まれたわけじゃありません。あたし自分で決めたんです……干されたって構いません。あの人たちの言うようにしか動かない芸能界になんて、未練ありませんから」
教授がなおも何か言おうとする、その前に楽屋の外から声をかけられた。
「大島さん、月岡教授、出番です」
「……行きましょう、月岡先生」
瑠璃子は言った。
「今日は『怪奇物件でGO!』特別編、覚者の皆さんを招いての生放送です。あたしたちを助けてくれた、あの子たちとは別の方々みたいですけど……覚者っていう人たちが正しくて優しい心の持ち主なんだって、みんなに知ってもらうチャンスなんですから」
人気番組『怪奇物件でGO!』を、どうやら切らなければならないか。いや、そんな事をしても意味はない。覚者どもが、世論を味方につけてしまうだけだ。
番組の第15回として放送予定であった映像が、お蔵入りとなった。封印と言うか、映像データは完全に消去されたはずである。
消されたはずの映像が、動画サイトに投稿されていた。番組スタッフの誰かが、せめてもの抵抗として上げたのだろう。
覚者が6人、巨大な鬼と戦っている。
月岡教授や大島瑠璃子たち、番組スタッフを守ってだ。
覚者どもが、人を守って戦う。そんな映像が存在してはならないと言うのに、当の月岡教授が困った事をしでかしてくれた。
某雑誌のインタビューで、あの動画が本物であると明言してしまったのだ。
自分たちは、本物の鬼に殺されかけた。そして覚者たちに助けてもらったのだ、と。
「つまり、月岡教授には消えてもらわねばならない……と。それも我々の手で」
私の目の前で、男は笑った。
「事の流れ方次第では大島瑠璃子にも? 悲しい話だ。我ら黒霧には、るりりんのファンも大勢いるのだがな」
「世迷い言はよせ、菱崎。貴様たちが人の死を悲しむ心など持ち合わせているはずがあるまい」
私は言った。
「とにかく殺せ。生放送の現場で、月岡教授と大島瑠璃子の両名を可能な限り惨たらしく。覚者が残虐非道の化け物でしかない事実を、全国ネットで晒すのだ」
「我らは覚者ではなく隔者なのだが……まあ同じようなものか。一般人の目には、な」
「次の生放送は、スタジオに覚者を招いて色々と話を聞き、術式を披露してもらうという内容となる……その覚者が、お前たちだ。スタジオ内で、大いに殺戮を行え。楽なものだろう」
「ファイヴの者どもが来なければ、な……念のため、人数は集めさせてもらう」
言いつつ菱崎は、まだ笑っている。
「覚者どもを貶めるため、我ら隔者と手を結ぶ……貴公らイレヴン、よほど追い詰められていると見えるな。まあ仕事ならば引き受けよう。言われずとも我々は血に飢えた化け物、それを世間の連中に教え込んでやるのも悪くはない」
(そうとも仕事だ……我々はな、貴様たちに金で仕事をさせているだけの事! 手を結んでいるわけではない!)
心の中で、私は叫んだ。
(世の愚か者たちが、覚者どもを英雄視し始めている……その事態を止めるため、貴様らを雇わねばならぬ無念! 理解出来るか? 出来るわけがあるまい!)
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「君は……降板するよう、言われているのでは?」
月岡教授が、まだそんな事を言っている。大島瑠璃子は笑い飛ばした。
「今更そんな事、言いっこ無しですよ。月岡教授の、あのインタビュー……あたし読んですっごく感動したんですから」
「あれは私1人の戯言、るりりんを巻き込むつもりは」
「巻き込まれたわけじゃありません。あたし自分で決めたんです……干されたって構いません。あの人たちの言うようにしか動かない芸能界になんて、未練ありませんから」
教授がなおも何か言おうとする、その前に楽屋の外から声をかけられた。
「大島さん、月岡教授、出番です」
「……行きましょう、月岡先生」
瑠璃子は言った。
「今日は『怪奇物件でGO!』特別編、覚者の皆さんを招いての生放送です。あたしたちを助けてくれた、あの子たちとは別の方々みたいですけど……覚者っていう人たちが正しくて優しい心の持ち主なんだって、みんなに知ってもらうチャンスなんですから」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.隔者8人の撃破(生死不問)
2.隔者以外の人死にを出さない。
3.なし
2.隔者以外の人死にを出さない。
3.なし
今回はまず超常現象考察番組『怪奇物件でGO!』生放送のスタジオ内で、ゲスト覚者として呼ばれた黒霧の隔者8人が暴れ出し、司会の月岡教授&大島瑠璃子をはじめ番組関係者を殺そうとしております。
そこへ皆様に乱入していただくところが状況開始となります。黒霧の凶行を、止めてください。
隔者8名の詳細は、以下の通り。
●菱崎巧真
男、28歳、木行彩。前衛。使用スキルは『五織の彩』『深緑鋭鞭』。
●天行暦(3名)前衛。武器は小太刀の二刀流で全員、最初のターンは必ず『錬覇法』を使います。他の使用スキルは『疾風双斬』。
●火行獣・辰(4名)後衛。全員、最初のターンは必ず『灼熱化』を使います。他の使用スキル は『火焔連弾』。
場所は照明のあるスタジオ内。番組関係者が大勢いて混乱しており、彼ら彼女らの避難には覚者のどなたか1名様による、2ターンを消費しての誘導が必要となります。ただしワーズワースをお持ちの方であれば1ターンで可能です。
避難が完了するまでは、この番組関係者たちも黒霧の攻撃対象となります。言うまでもなく全員、素人ですので、隔者に攻撃された場合、回避も防御も出来ずに死にます。
その攻撃を、覚者の方が「味方ガード」で受ける事は可能です。
それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
5/6
5/6
公開日
2017年10月22日
2017年10月22日
■メイン参加者 5人■

●
「待てっ! お前らの相手はオレたちだっ!」
スタジオ内に『ファイブレッド』成瀬翔(CL2000063)の怒声が響き渡る。
騒動は、すでに起こっていた。
大島瑠璃子が悲鳴を上げながら、月岡教授を抱き起こしている。
そこそこ人気らしい女性タレントの細腕に抱かれたまま、月岡は左肩から血を流していた。
ゲストとして呼ばれていた覚者……実は隔者の1人が、いきなり小太刀を抜いて瑠璃子に斬りかかったのだ。
その斬撃を、月岡が肩で受けた。瑠璃子を庇ったのである。
「……確かに、この前の2人だな。あの時は自業自得としか思わなかったけどよ」
両名の盾となって隔者たちの前に立ちながら、『守人刀』獅子王飛馬(CL2001466)は言い放った。
「結構、骨があるじゃねえか。嫌いじゃねーぞ、こういうの」
「君たちは……」
血まみれの肩を押さえながら、月岡が呻く。
「私たちを……また、助けてくれるのか……」
「ホントのこと言ったら潰されるなんて、そんなの絶対おかしいからね! 貴方たちは僕らが守ります」
飛馬と並んで前衛に立ったのは、『新緑の剣士』御影きせき(CL2001110)である。
「さあゲームスタートだよ……っと、その前に。カメラまだ回ってる? 止めた方がいいよ、じゃないと奏空くんがまた調子に」
遅かった。
「1つ、人にはやりたい放題! 2つ、ふざけた悪行三昧! 3つ、みんなの大迷惑! 隔者も妖も、俺たちファイヴがやっつけちゃうよっ!」
明らかにカメラを意識しながら『探偵見習い』工藤奏空(CL2000955)が口上を叫び、ポーズを取っている。
その背後で稲妻が輝き、桜吹雪が舞い、月が雲間から現れた。飛馬は、とりあえず訊いた。
「……おい、何だその演出は」
「いやー、ちょっと術式を応用してね。それより、るりりん! 助けに来たよ!」
「貴方たちは……」
「ファイヴの工藤だよ。覚えてるかな? もう大丈夫だからね!」
瑠璃子が、月岡教授を放り捨てて駆け出した。
奏空が、両腕を広げる。
瑠璃子はしかし、飛馬の首根っこを掴んだまま、奏空の傍を素通りしていた。
そして翔と『愛求独眼鬼/パンツハンター』瀬織津鈴鹿(CL2001285)を、飛馬もろとも細腕で思いきり抱き締める。
「ちょっと、あんたたち! 相変わらずまたこんな小さな子供たちに危険な仕事させて!」
「うわわわわ、なっ何だ何だ」
「放すのーっ!」
翔と鈴鹿が狼狽する。
飛馬は、瑠璃子の豊かな胸に顔面を圧迫され、呼吸も発声も出来ずにいた。
奏空が、両腕を広げたまま硬直している。その肩を、きせきがポンと叩いた。
「……奏空くん、お仕事」
「そ、そうだった。皆さん、避難して下さい!」
「おば……お姉さんも、早く逃げるの。それと」
鈴鹿が、瑠璃子の抱擁からするりと抜け出し、月岡教授に歩み寄る。そして片手をかざす。
「前は……邪険にして、ごめんなさいなの」
潤しの雨が、月岡の肩の傷に集中して降り注いだ。
「教授先生も、早く逃げて欲しいの」
「……俺たちが子供なのは、気にしてくれなくていい」
柔らかな胸の圧力から逃げ出しながら、飛馬は言った。
「覚者ってのは多分、半分以上が未成年だ。成人式前に死んじまう奴もいる。そういうもんさ」
「……かっこよさげな事言いながら飛馬君、顔が真っ赤で足元も覚束無いの」
「そ、そんな事は」
圧倒的な柔らかさの余韻を頬に感じながら、飛馬はふらふらと身構えた。
瑠璃子の腕をやんわりと振りほどきながら、翔が咳払いをする。
「……オレはな、戦う時だけは大人になれるから問題ねーよ」
言いつつ翔が覚醒を遂げ、長身の青年と化す。
瑠璃子が、嬉しげに頬を染めた。
「あら、イケメン……」
「いいから、とっとと逃げるの!」
奏空に手際良く誘導されて避難しつつある人々の方に、鈴鹿は瑠璃子を押しやった。
「避難が済むまで、大人しくしていてもらうよ」
きせきが言いながら、隔者たちにマシンガンを向けている。
黒霧の隔者、8人。
そのリーダーである菱崎巧真が、ニヤリと笑った。
「銃ならば……隔者の動きを、たやすく止めておけるとでも?」
「ただの銃じゃない、真夜中のマシンガンさ。君たちのハートを撃ち抜こうって気はないけれど」
「撃ち抜く代わりに、縛り上げるの!」
鈴鹿の術式が、スタジオの床を粉砕していた。
床の破片を舞い上げながら無数の蔓が伸びうねり、隔者8名を絡め取る。
絡み付く捕縛蔓を引きずりながら、しかし菱崎が踏み込んで来た。禍々しく発光する拳を、構えながら。
避難中の番組関係者たちを数名まとめて粉砕するであろう、五織の彩。それを、
「させねえ……!」
無銘の大小を交差させて、飛馬は受けた。
刀身2本で受け止めきれない衝撃が、飛馬の小さな身体を後方へと吹っ飛ばす。
床に激突して受け身を取り、飛馬は即座に立ち上がった。
「……さすが、黒霧ってのは手練れが揃ってやがるな」
微かな吐血で汚れた口元を、不敵に歪めて見せる。
「けどよ……あの『鰹節のカッちゃん』に比べりゃ、何て事はねえぜ」
●
番組関係者たちの避難は、滞りなく終わった。
これで思いきり、術式を振るう事が出来る。翔は印を結び、叫んだ。
「初めましての挨拶代わりに受け取れよ……カクセイサンダー・ドラゴンストォームッ!」
雷龍の舞が、黒霧の隔者8名を直撃する。
菱崎を含む8人はしかし、捕縛蔓に絡まれ、電光の龍に灼かれながらも耐え抜き、戦闘態勢を整えている。
菱崎と共に前衛を務める天行暦の3名は、錬覇法を。後衛の火行獣・辰の4名は、灼熱化を。それぞれ行使し終えたところだ。
「それなら……こっちも、行くよッ!」
二刀を抜き放ちながら、奏空が叫ぶ。
神聖なものが己の身体に満ちてゆくのを、翔は感じた。天衣無縫。武神の加護をもたらす術式である。
「黒霧って確か、七星剣の中でも精鋭部隊……それが落ちぶれたもんだよね、イレブンの言いなりで汚れ仕事とか!」
挑発を口にしながら、奏空はそのまま踏み込んで行った。
「ほんとに黒霧なの!? ただ単にるりりんを生で見たかった人たちじゃないの? それなら、わからなくもないけれどッ!」
地烈。二刀が立て続けに一閃し、隔者たちの前衛4人を薙ぎ払う。
うち暦の3名が鮮血を噴いて揺らぎ、菱崎1人が防御の体勢で踏みとどまる。
「落ちぶれた、だと……我ら黒霧はな、元より泥の中を蛭の如く這い回る存在よ」
鈴鹿による捕縛蔓を引きちぎりながら、菱崎は笑い叫ぶ。
「汚れ仕事で血をすする蛭、それらが我ら黒霧だ。最初からな、これ以上の落ちぶれようなどない所に我々はいる!」
「……だから、どんな酷い事でも出来るって言うの? 力を持たない人たちを襲うような、弱い者いじめも……平気で、出来るって?」
きせきの両眼が、赤く燃え上がる。覚醒そして怒りの眼光。
捕縛蔓が生じ、菱崎そして他7人の隔者たちをさらに縛り上げる。
そこへマシンガンをぶっ放しながら、きせきは吼えた。
「開き直ればいいと思ってる! 君たち隔者の、そういうところが僕は許せないんだっ!」
刃ではなく、銃弾による地烈だった。
覚者2人分の捕縛蔓で縛られ固まった敵前衛が、血飛沫を散らせて踊る。
そこへ翔はカクセイパッドを向けた。
「覚者と隔者は違うって事、証明してやるぜ! 絶対に誰も殺させねぇーッ!」
画面の中で、雷獣が吼えた。電光が生じ、迸る。
鈴鹿が、それに続いた。
「悪い事する人は……めっ! なの!」
少女の額で、第三の目が光を発する。
大量の水が生じ、渦を巻いて龍を成し、黒霧の前衛4人を襲う。
電撃の嵐と水龍の牙を立て続けに喰らった暦3人が、捕縛蔓に捕われたまま倒れ伏し、動かなくなった。
電光と水飛沫を蹴散らすように、しかし直後、大蛇のようなものが跳ねた。
大量の蔓植物が絡み合い、鞭を成したもの。
それが、きせきの身体を打ち据え、絡め取り、締め上げる。
「あう……ッぐ……っっ」
「わからんのか小僧。我らは、それに貴様たちもな、もはや開き直るしかないのだよ」
雷獣と水龍牙に耐え抜いた菱崎が、きせきの細身を深緑鋭鞭で束縛・圧迫している。
「我々にはな、力があるのだ……開き直る以外に、何が出来る? ええおい」
右手で深緑鋭鞭を操りながら、菱崎は左手を掲げた。合図だった。
黒霧の後衛、火行獣・辰の4人が、捕縛蔓で幾重にも拘束されたまま口を開いた。
恐竜の如く牙を剥く4つの大口から、火の玉が吐き出される。火焔連弾だった。
それらが全て、鈴鹿を直撃する。
傷跡だらけの細身が、さらに惨たらしく焼け爛れ、その火傷に大量の火の粉が付着した。
悲鳴も上げずに倒れた鈴鹿を、翔は抱き起こした。
「おい鈴鹿……!」
「……だ、大丈夫……なの……」
苦しげに、鈴鹿は微笑んだ。
「さすが、黒霧さんは抜け目ないの……一番、弱いところへ的確に……攻撃、集中してくるの……」
「鈴鹿は、弱くなんか!」
「嬉しいけど、そういうの要らないの……わたし、まだまだ弱いから……頑張って、強くなって……父様と母様を探すの……」
鈴鹿の声が、震えを帯びる。
「なのに今……父様と母様がいたの……来ちゃいけないって、言ってたの……どうして? 父様と母様が……どうして、そっちに居るの……?」
「……夢……だよ……」
深緑鋭鞭に細首を絞められながら、きせきが呻く。
「お父さんと、お母さんに……会いたいんだよね? だから、夢を見たんだよ……大丈夫、いつかきっと会える……なんて、軽々しくは言えないけれど……」
「みかげ……おにいさん……」
鈴鹿の言葉に弱々しく微笑みを返しながら、きせきは両眼を赤く燃やした。
弱々しく見えて無駄なく鍛え込まれた少年の細身が、力を振り絞って深緑鋭鞭を引きちぎる。
「貴様……!?」
いくらか狼狽した菱崎を、斬撃が襲った。
飛馬の、地烈だった。
「力ってのは、人を守るためにある……」
菱崎のみならず、火行獣の何人かが、鮮血を噴いて揺らぎよろめく。
二刀で残心の構えを取りながら、飛馬は言った。
「それを知ろうともしなかった、昔の俺を見せつけられてるようだぜ……お前ら、隔者って連中を見てるとよ」
●
惨たらしい火傷が、鈴鹿の身体から拭い去ったように消えてゆく。
奏空の、癒力活性だった。
「覚者じゃない一般の人たちを襲うのは、もちろん許さない……だけどね、俺の仲間を!」
「僕の仲間を、傷付けるのも! 許さないよっ!」
奏空の斬撃と、きせきの銃撃が、残り5名となった隔者たちを襲う。剣とマシンガンによる、地烈の嵐。
火行獣4人のうち、3人が倒れて動かなくなった。
1人は、前衛の菱崎を盾にして巧みに立ち回っている。翔には、そう見えた。
自分も、前衛のきせきや飛馬に守ってもらっている。だから偉そうな事は言えない、と翔は思う。
思いながら、カクセイパッドを掲げた。画面の中で、赤色のヒーローが光の剣を構え、振り下ろす。
その斬撃がB.O.T.となって菱崎を貫通し、その背後にいた火行獣の最後の1人をも直撃した。
「ぐっ……ま、まさか……たかがテレビタレントを救うために、これほどの……要人警護レベルの者どもが……来るとは……」
血を吐きながら呻く菱崎を見据え、翔は言い放った。
「要人だろうがタレントだろうが、犯罪者だろうが、オレたちは守る」
実際、妖の襲撃を受けた刑務所に出向いて、受刑者を救った事もある。まあ自慢げに語る事ではなかった。
「この力は、人を守るための力なんだよ。なのに! その力で悪い事をする、お前らみたいな連中がいるから! 普通の人たちとの溝が深くなるんだよ!」
それが、狙いなのか。叫びながら、翔はふと思った。
それが黒霧の、七星剣の、あるいはイレブンの、狙いなのか。
「……気付いたようだな、小僧」
苦しげに微笑みながら菱崎が再び、深緑鋭鞭を発生させる。
「そう……覚者と、そうではない者どもがな、あまり仲良くなっては困るという考え方が……この世には、存在するのだよ!」
緑色の大蛇のように伸びた深緑鋭鞭が、翔を襲う。
いや。翔の前には、飛馬が立ちはだかっている。
盾となって身構える飛馬の全身を、炎のような青い揺らめきが包み込む。
鈴鹿による『蒼炎の導』であった。
「鈴鹿の力もあげるから、ぶっ飛ばしちゃえなの!」
「承知……!」
深緑鋭鞭が、術式に護られた飛馬の身体を打ち据え、ちぎれ飛んで消滅した。
続いて飛来した火焔連弾が、同じく飛馬を直撃しながらも、青い揺らめきに呑まれて消えた。
「お前ら隔者とイレブンの連中……何かしら、利害が一致しちまってるようだな」
飛馬が、菱崎に向かって踏み込みながら抜刀する。
「なら、まとめて叩っ斬るだけだ。巌心流、抜打三段!」
閃光そのものの斬撃が、菱崎を襲う。
そして、菱崎ではない者を直撃していた。
ただ1人、残った火行獣。その身体を、菱崎は己の前方に掴み寄せていた。
菱崎の盾となって抜打三段を食らった獣の隔者が、大量の血飛沫を噴いて白目を剥く。
「お前……!」
飛馬が息を呑んでいる間に、菱崎は背を向け、逃走を開始していた。
いや。逃げようとするその身体が、突然の電光に絡み付かれて硬直している。
「ぐわっ……な、何だこれは……」
「……雷獣地縛。あんた方の逃げ足の速さは、よく知ってるからね」
奏空が、まるで死刑執行人のように二刀を構えている。
菱崎が、怯えた。
「ま、待て……」
「殺しはしないよ。あんたたちとは違う」
奏空の激鱗が、菱崎を叩きのめしていた。殺す気で放てば、菱崎など跡形も残らず切り刻まれているであろう一撃だ。
「いくら手練れでもね、仲間を仲間と思わないようなやり方じゃあ……あんた方、俺たちには絶対に勝てないよ」
二刀を鞘に収めながら奏空は、スタジオの天井付近を見上げている。桃色に輝く瞳で、睨んでいる。
この場にいない敵を見据えているのだ、と翔は思った。
●
「飛馬、ごめん……ありがとうな」
翔が何を言っているのか、飛馬はわからなかった。
「オレの、盾になってくれてさ」
「前衛ってのは、それが仕事だ」
飛馬は言った。
「それに、まあ……お前よりも俺の方が、明らかに身体は頑丈だからな。効率を考えても、俺が敵の攻撃を受けるべきだろうよ」
「……オレも、もっと身体鍛えねーとな」
「巌心流の稽古なら、いくらでも付けてやるぜ」
笑いながらも、飛馬は思う。
翔は自分と比べて、身体能力が決して劣っているわけではない。動きの俊敏さは、むしろ飛馬よりも遥かに上だ。
(……わかってるよ。俺は、もっと速く動けるようにならねえとな)
「また、君たちに助けられてしまったな」
戦場と化していたスタジオ内に、月岡教授と大島瑠璃子が戻って来ていた。
「本当に、どうもありがとう……」
「お礼は、僕たちが言わなきゃいけない。あなた方お2人と、それに……あの動画を、世の中に流してくれた人」
きせきが言った。
「だけど、その……大島さんも月岡教授も、大丈夫なの?」
「ファイヴで保護か、それに近い手を打つ必要はあると思う」
言いつつ奏空が、ちらりと視線を動かした。
菱崎以下、黒霧の隔者8名が、死体寸前の有様のまま捕縛拘束されている。雷獣地縛が効いている限り、彼らは逃げられない。
「この連中の確保や尋問なんかもそうだけど……中さんに相談しなきゃいけない事が、いっぱい出て来ちゃったな。イレブンの勢力が、世の中にどれだけ浸透してるのかも調べてみないと」
「あいつら……馬鹿だろ、ほんとに……」
翔が、俯き加減に言葉を漏らした。
「憤怒者って連中さ、もっとちゃんとした……誇りとか矜持とか、そういうもんがあってオレらと敵対してるんだって思ってた。だけど、こんな……隔者と、手を組むようなやり方で」
「イレブンの関係者には今や、君たち覚者を攻撃・糾弾し続ける事で権益を確保しているような方々もいる」
月岡教授が言った。
「後には引けないのだよ彼らはもはや、どんな手を使っても」
「そういう連中と直接、話つけねえと駄目って事か」
翔が、腕組みをした。
「このテレビ局の、お偉いさんなら……」
「今から社長室にでも押し込んで、ぶちのめす……巌心流の心得とはちょいと違うが、やむなしかな」
「お手伝いするの。悪い人は、いなくなった方がいいの」
動こうとする飛馬と鈴鹿を、きせきが止めた。
「駄目だよ2人とも! 気持ちはわかるけど、それじゃ隔者のやり方になっちゃう」
「この局内にいるのは、イレブンでも末端の人々だけだよ」
月岡は言った。
「今回の事を仕組んだ担当者も、とうの昔に逃げ出して……明日あたりには、消されているかも知れない」
「そんな相手に逆らってまで、覚者の味方をしてくれた……あんたらを守るのは、オレたちの使命だな」
翔が、続いて鈴鹿が言った。
「お2人の事は、守るの。夜叉と鬼子母神の娘として、巫女として……わたしが、絶対に」
「待てっ! お前らの相手はオレたちだっ!」
スタジオ内に『ファイブレッド』成瀬翔(CL2000063)の怒声が響き渡る。
騒動は、すでに起こっていた。
大島瑠璃子が悲鳴を上げながら、月岡教授を抱き起こしている。
そこそこ人気らしい女性タレントの細腕に抱かれたまま、月岡は左肩から血を流していた。
ゲストとして呼ばれていた覚者……実は隔者の1人が、いきなり小太刀を抜いて瑠璃子に斬りかかったのだ。
その斬撃を、月岡が肩で受けた。瑠璃子を庇ったのである。
「……確かに、この前の2人だな。あの時は自業自得としか思わなかったけどよ」
両名の盾となって隔者たちの前に立ちながら、『守人刀』獅子王飛馬(CL2001466)は言い放った。
「結構、骨があるじゃねえか。嫌いじゃねーぞ、こういうの」
「君たちは……」
血まみれの肩を押さえながら、月岡が呻く。
「私たちを……また、助けてくれるのか……」
「ホントのこと言ったら潰されるなんて、そんなの絶対おかしいからね! 貴方たちは僕らが守ります」
飛馬と並んで前衛に立ったのは、『新緑の剣士』御影きせき(CL2001110)である。
「さあゲームスタートだよ……っと、その前に。カメラまだ回ってる? 止めた方がいいよ、じゃないと奏空くんがまた調子に」
遅かった。
「1つ、人にはやりたい放題! 2つ、ふざけた悪行三昧! 3つ、みんなの大迷惑! 隔者も妖も、俺たちファイヴがやっつけちゃうよっ!」
明らかにカメラを意識しながら『探偵見習い』工藤奏空(CL2000955)が口上を叫び、ポーズを取っている。
その背後で稲妻が輝き、桜吹雪が舞い、月が雲間から現れた。飛馬は、とりあえず訊いた。
「……おい、何だその演出は」
「いやー、ちょっと術式を応用してね。それより、るりりん! 助けに来たよ!」
「貴方たちは……」
「ファイヴの工藤だよ。覚えてるかな? もう大丈夫だからね!」
瑠璃子が、月岡教授を放り捨てて駆け出した。
奏空が、両腕を広げる。
瑠璃子はしかし、飛馬の首根っこを掴んだまま、奏空の傍を素通りしていた。
そして翔と『愛求独眼鬼/パンツハンター』瀬織津鈴鹿(CL2001285)を、飛馬もろとも細腕で思いきり抱き締める。
「ちょっと、あんたたち! 相変わらずまたこんな小さな子供たちに危険な仕事させて!」
「うわわわわ、なっ何だ何だ」
「放すのーっ!」
翔と鈴鹿が狼狽する。
飛馬は、瑠璃子の豊かな胸に顔面を圧迫され、呼吸も発声も出来ずにいた。
奏空が、両腕を広げたまま硬直している。その肩を、きせきがポンと叩いた。
「……奏空くん、お仕事」
「そ、そうだった。皆さん、避難して下さい!」
「おば……お姉さんも、早く逃げるの。それと」
鈴鹿が、瑠璃子の抱擁からするりと抜け出し、月岡教授に歩み寄る。そして片手をかざす。
「前は……邪険にして、ごめんなさいなの」
潤しの雨が、月岡の肩の傷に集中して降り注いだ。
「教授先生も、早く逃げて欲しいの」
「……俺たちが子供なのは、気にしてくれなくていい」
柔らかな胸の圧力から逃げ出しながら、飛馬は言った。
「覚者ってのは多分、半分以上が未成年だ。成人式前に死んじまう奴もいる。そういうもんさ」
「……かっこよさげな事言いながら飛馬君、顔が真っ赤で足元も覚束無いの」
「そ、そんな事は」
圧倒的な柔らかさの余韻を頬に感じながら、飛馬はふらふらと身構えた。
瑠璃子の腕をやんわりと振りほどきながら、翔が咳払いをする。
「……オレはな、戦う時だけは大人になれるから問題ねーよ」
言いつつ翔が覚醒を遂げ、長身の青年と化す。
瑠璃子が、嬉しげに頬を染めた。
「あら、イケメン……」
「いいから、とっとと逃げるの!」
奏空に手際良く誘導されて避難しつつある人々の方に、鈴鹿は瑠璃子を押しやった。
「避難が済むまで、大人しくしていてもらうよ」
きせきが言いながら、隔者たちにマシンガンを向けている。
黒霧の隔者、8人。
そのリーダーである菱崎巧真が、ニヤリと笑った。
「銃ならば……隔者の動きを、たやすく止めておけるとでも?」
「ただの銃じゃない、真夜中のマシンガンさ。君たちのハートを撃ち抜こうって気はないけれど」
「撃ち抜く代わりに、縛り上げるの!」
鈴鹿の術式が、スタジオの床を粉砕していた。
床の破片を舞い上げながら無数の蔓が伸びうねり、隔者8名を絡め取る。
絡み付く捕縛蔓を引きずりながら、しかし菱崎が踏み込んで来た。禍々しく発光する拳を、構えながら。
避難中の番組関係者たちを数名まとめて粉砕するであろう、五織の彩。それを、
「させねえ……!」
無銘の大小を交差させて、飛馬は受けた。
刀身2本で受け止めきれない衝撃が、飛馬の小さな身体を後方へと吹っ飛ばす。
床に激突して受け身を取り、飛馬は即座に立ち上がった。
「……さすが、黒霧ってのは手練れが揃ってやがるな」
微かな吐血で汚れた口元を、不敵に歪めて見せる。
「けどよ……あの『鰹節のカッちゃん』に比べりゃ、何て事はねえぜ」
●
番組関係者たちの避難は、滞りなく終わった。
これで思いきり、術式を振るう事が出来る。翔は印を結び、叫んだ。
「初めましての挨拶代わりに受け取れよ……カクセイサンダー・ドラゴンストォームッ!」
雷龍の舞が、黒霧の隔者8名を直撃する。
菱崎を含む8人はしかし、捕縛蔓に絡まれ、電光の龍に灼かれながらも耐え抜き、戦闘態勢を整えている。
菱崎と共に前衛を務める天行暦の3名は、錬覇法を。後衛の火行獣・辰の4名は、灼熱化を。それぞれ行使し終えたところだ。
「それなら……こっちも、行くよッ!」
二刀を抜き放ちながら、奏空が叫ぶ。
神聖なものが己の身体に満ちてゆくのを、翔は感じた。天衣無縫。武神の加護をもたらす術式である。
「黒霧って確か、七星剣の中でも精鋭部隊……それが落ちぶれたもんだよね、イレブンの言いなりで汚れ仕事とか!」
挑発を口にしながら、奏空はそのまま踏み込んで行った。
「ほんとに黒霧なの!? ただ単にるりりんを生で見たかった人たちじゃないの? それなら、わからなくもないけれどッ!」
地烈。二刀が立て続けに一閃し、隔者たちの前衛4人を薙ぎ払う。
うち暦の3名が鮮血を噴いて揺らぎ、菱崎1人が防御の体勢で踏みとどまる。
「落ちぶれた、だと……我ら黒霧はな、元より泥の中を蛭の如く這い回る存在よ」
鈴鹿による捕縛蔓を引きちぎりながら、菱崎は笑い叫ぶ。
「汚れ仕事で血をすする蛭、それらが我ら黒霧だ。最初からな、これ以上の落ちぶれようなどない所に我々はいる!」
「……だから、どんな酷い事でも出来るって言うの? 力を持たない人たちを襲うような、弱い者いじめも……平気で、出来るって?」
きせきの両眼が、赤く燃え上がる。覚醒そして怒りの眼光。
捕縛蔓が生じ、菱崎そして他7人の隔者たちをさらに縛り上げる。
そこへマシンガンをぶっ放しながら、きせきは吼えた。
「開き直ればいいと思ってる! 君たち隔者の、そういうところが僕は許せないんだっ!」
刃ではなく、銃弾による地烈だった。
覚者2人分の捕縛蔓で縛られ固まった敵前衛が、血飛沫を散らせて踊る。
そこへ翔はカクセイパッドを向けた。
「覚者と隔者は違うって事、証明してやるぜ! 絶対に誰も殺させねぇーッ!」
画面の中で、雷獣が吼えた。電光が生じ、迸る。
鈴鹿が、それに続いた。
「悪い事する人は……めっ! なの!」
少女の額で、第三の目が光を発する。
大量の水が生じ、渦を巻いて龍を成し、黒霧の前衛4人を襲う。
電撃の嵐と水龍の牙を立て続けに喰らった暦3人が、捕縛蔓に捕われたまま倒れ伏し、動かなくなった。
電光と水飛沫を蹴散らすように、しかし直後、大蛇のようなものが跳ねた。
大量の蔓植物が絡み合い、鞭を成したもの。
それが、きせきの身体を打ち据え、絡め取り、締め上げる。
「あう……ッぐ……っっ」
「わからんのか小僧。我らは、それに貴様たちもな、もはや開き直るしかないのだよ」
雷獣と水龍牙に耐え抜いた菱崎が、きせきの細身を深緑鋭鞭で束縛・圧迫している。
「我々にはな、力があるのだ……開き直る以外に、何が出来る? ええおい」
右手で深緑鋭鞭を操りながら、菱崎は左手を掲げた。合図だった。
黒霧の後衛、火行獣・辰の4人が、捕縛蔓で幾重にも拘束されたまま口を開いた。
恐竜の如く牙を剥く4つの大口から、火の玉が吐き出される。火焔連弾だった。
それらが全て、鈴鹿を直撃する。
傷跡だらけの細身が、さらに惨たらしく焼け爛れ、その火傷に大量の火の粉が付着した。
悲鳴も上げずに倒れた鈴鹿を、翔は抱き起こした。
「おい鈴鹿……!」
「……だ、大丈夫……なの……」
苦しげに、鈴鹿は微笑んだ。
「さすが、黒霧さんは抜け目ないの……一番、弱いところへ的確に……攻撃、集中してくるの……」
「鈴鹿は、弱くなんか!」
「嬉しいけど、そういうの要らないの……わたし、まだまだ弱いから……頑張って、強くなって……父様と母様を探すの……」
鈴鹿の声が、震えを帯びる。
「なのに今……父様と母様がいたの……来ちゃいけないって、言ってたの……どうして? 父様と母様が……どうして、そっちに居るの……?」
「……夢……だよ……」
深緑鋭鞭に細首を絞められながら、きせきが呻く。
「お父さんと、お母さんに……会いたいんだよね? だから、夢を見たんだよ……大丈夫、いつかきっと会える……なんて、軽々しくは言えないけれど……」
「みかげ……おにいさん……」
鈴鹿の言葉に弱々しく微笑みを返しながら、きせきは両眼を赤く燃やした。
弱々しく見えて無駄なく鍛え込まれた少年の細身が、力を振り絞って深緑鋭鞭を引きちぎる。
「貴様……!?」
いくらか狼狽した菱崎を、斬撃が襲った。
飛馬の、地烈だった。
「力ってのは、人を守るためにある……」
菱崎のみならず、火行獣の何人かが、鮮血を噴いて揺らぎよろめく。
二刀で残心の構えを取りながら、飛馬は言った。
「それを知ろうともしなかった、昔の俺を見せつけられてるようだぜ……お前ら、隔者って連中を見てるとよ」
●
惨たらしい火傷が、鈴鹿の身体から拭い去ったように消えてゆく。
奏空の、癒力活性だった。
「覚者じゃない一般の人たちを襲うのは、もちろん許さない……だけどね、俺の仲間を!」
「僕の仲間を、傷付けるのも! 許さないよっ!」
奏空の斬撃と、きせきの銃撃が、残り5名となった隔者たちを襲う。剣とマシンガンによる、地烈の嵐。
火行獣4人のうち、3人が倒れて動かなくなった。
1人は、前衛の菱崎を盾にして巧みに立ち回っている。翔には、そう見えた。
自分も、前衛のきせきや飛馬に守ってもらっている。だから偉そうな事は言えない、と翔は思う。
思いながら、カクセイパッドを掲げた。画面の中で、赤色のヒーローが光の剣を構え、振り下ろす。
その斬撃がB.O.T.となって菱崎を貫通し、その背後にいた火行獣の最後の1人をも直撃した。
「ぐっ……ま、まさか……たかがテレビタレントを救うために、これほどの……要人警護レベルの者どもが……来るとは……」
血を吐きながら呻く菱崎を見据え、翔は言い放った。
「要人だろうがタレントだろうが、犯罪者だろうが、オレたちは守る」
実際、妖の襲撃を受けた刑務所に出向いて、受刑者を救った事もある。まあ自慢げに語る事ではなかった。
「この力は、人を守るための力なんだよ。なのに! その力で悪い事をする、お前らみたいな連中がいるから! 普通の人たちとの溝が深くなるんだよ!」
それが、狙いなのか。叫びながら、翔はふと思った。
それが黒霧の、七星剣の、あるいはイレブンの、狙いなのか。
「……気付いたようだな、小僧」
苦しげに微笑みながら菱崎が再び、深緑鋭鞭を発生させる。
「そう……覚者と、そうではない者どもがな、あまり仲良くなっては困るという考え方が……この世には、存在するのだよ!」
緑色の大蛇のように伸びた深緑鋭鞭が、翔を襲う。
いや。翔の前には、飛馬が立ちはだかっている。
盾となって身構える飛馬の全身を、炎のような青い揺らめきが包み込む。
鈴鹿による『蒼炎の導』であった。
「鈴鹿の力もあげるから、ぶっ飛ばしちゃえなの!」
「承知……!」
深緑鋭鞭が、術式に護られた飛馬の身体を打ち据え、ちぎれ飛んで消滅した。
続いて飛来した火焔連弾が、同じく飛馬を直撃しながらも、青い揺らめきに呑まれて消えた。
「お前ら隔者とイレブンの連中……何かしら、利害が一致しちまってるようだな」
飛馬が、菱崎に向かって踏み込みながら抜刀する。
「なら、まとめて叩っ斬るだけだ。巌心流、抜打三段!」
閃光そのものの斬撃が、菱崎を襲う。
そして、菱崎ではない者を直撃していた。
ただ1人、残った火行獣。その身体を、菱崎は己の前方に掴み寄せていた。
菱崎の盾となって抜打三段を食らった獣の隔者が、大量の血飛沫を噴いて白目を剥く。
「お前……!」
飛馬が息を呑んでいる間に、菱崎は背を向け、逃走を開始していた。
いや。逃げようとするその身体が、突然の電光に絡み付かれて硬直している。
「ぐわっ……な、何だこれは……」
「……雷獣地縛。あんた方の逃げ足の速さは、よく知ってるからね」
奏空が、まるで死刑執行人のように二刀を構えている。
菱崎が、怯えた。
「ま、待て……」
「殺しはしないよ。あんたたちとは違う」
奏空の激鱗が、菱崎を叩きのめしていた。殺す気で放てば、菱崎など跡形も残らず切り刻まれているであろう一撃だ。
「いくら手練れでもね、仲間を仲間と思わないようなやり方じゃあ……あんた方、俺たちには絶対に勝てないよ」
二刀を鞘に収めながら奏空は、スタジオの天井付近を見上げている。桃色に輝く瞳で、睨んでいる。
この場にいない敵を見据えているのだ、と翔は思った。
●
「飛馬、ごめん……ありがとうな」
翔が何を言っているのか、飛馬はわからなかった。
「オレの、盾になってくれてさ」
「前衛ってのは、それが仕事だ」
飛馬は言った。
「それに、まあ……お前よりも俺の方が、明らかに身体は頑丈だからな。効率を考えても、俺が敵の攻撃を受けるべきだろうよ」
「……オレも、もっと身体鍛えねーとな」
「巌心流の稽古なら、いくらでも付けてやるぜ」
笑いながらも、飛馬は思う。
翔は自分と比べて、身体能力が決して劣っているわけではない。動きの俊敏さは、むしろ飛馬よりも遥かに上だ。
(……わかってるよ。俺は、もっと速く動けるようにならねえとな)
「また、君たちに助けられてしまったな」
戦場と化していたスタジオ内に、月岡教授と大島瑠璃子が戻って来ていた。
「本当に、どうもありがとう……」
「お礼は、僕たちが言わなきゃいけない。あなた方お2人と、それに……あの動画を、世の中に流してくれた人」
きせきが言った。
「だけど、その……大島さんも月岡教授も、大丈夫なの?」
「ファイヴで保護か、それに近い手を打つ必要はあると思う」
言いつつ奏空が、ちらりと視線を動かした。
菱崎以下、黒霧の隔者8名が、死体寸前の有様のまま捕縛拘束されている。雷獣地縛が効いている限り、彼らは逃げられない。
「この連中の確保や尋問なんかもそうだけど……中さんに相談しなきゃいけない事が、いっぱい出て来ちゃったな。イレブンの勢力が、世の中にどれだけ浸透してるのかも調べてみないと」
「あいつら……馬鹿だろ、ほんとに……」
翔が、俯き加減に言葉を漏らした。
「憤怒者って連中さ、もっとちゃんとした……誇りとか矜持とか、そういうもんがあってオレらと敵対してるんだって思ってた。だけど、こんな……隔者と、手を組むようなやり方で」
「イレブンの関係者には今や、君たち覚者を攻撃・糾弾し続ける事で権益を確保しているような方々もいる」
月岡教授が言った。
「後には引けないのだよ彼らはもはや、どんな手を使っても」
「そういう連中と直接、話つけねえと駄目って事か」
翔が、腕組みをした。
「このテレビ局の、お偉いさんなら……」
「今から社長室にでも押し込んで、ぶちのめす……巌心流の心得とはちょいと違うが、やむなしかな」
「お手伝いするの。悪い人は、いなくなった方がいいの」
動こうとする飛馬と鈴鹿を、きせきが止めた。
「駄目だよ2人とも! 気持ちはわかるけど、それじゃ隔者のやり方になっちゃう」
「この局内にいるのは、イレブンでも末端の人々だけだよ」
月岡は言った。
「今回の事を仕組んだ担当者も、とうの昔に逃げ出して……明日あたりには、消されているかも知れない」
「そんな相手に逆らってまで、覚者の味方をしてくれた……あんたらを守るのは、オレたちの使命だな」
翔が、続いて鈴鹿が言った。
「お2人の事は、守るの。夜叉と鬼子母神の娘として、巫女として……わたしが、絶対に」
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
