≪結界王暗躍≫結界守るは覚者の使命
●
『結界王』守堂敬護(しゅどう・けいご)は上がってきた報告書を机に戻してため息をついた。
状況は良くない。
自分がFIVEに揺さぶりをかけるために行った支援者の暗殺は、ものの見事に失敗に終わってしまった。むしろ、これではFIVEの信頼性の証明をしてしまっただけで、支援者たちの士気を上げる結果に終わっているではないか。
自分のオフィスでFIVEへの対策を再検討していたが、厄介な相手であると再認識しただけだ。
他の幹部も明白な成果を挙げた者はいない。『七星剣』の戦力は大きい。しかし、統制力に関しては、決して強くないのだ。そうして隙間を、FIVEは的確に突いてくる。
「AAAよりも危険な存在となりつつありますね、FIVE」
守堂は眼鏡を外して、軽く目元を抑える仕草をした。
FIVEは本来、源素に関わる能力の研究を行うための組織で、人に害為す存在への対処は規模に応じたものでしかなかった。それが今や、AAAの代わりに国内における神秘的事件の対応を行うまでに育っている。
八神の考えはさておいて、守堂にしてみるとこれは面白い状況ではない。だからこそのFIVE襲撃計画であり計画は最終段階に入ろうとしている。準備の目途はついており、後はいくつかの必要事項を満たすだけだ。だが、最後の一手を打つに当たって、任せられる隔者はいない。切り札である結界衆を使った上での失敗もある。
「ここは……私自身が出るしかないようだ。阿形、吽形」
「ハッ、ここに控えております」
守堂の声に応じて、一組の男女が姿を現す。返事をしたのは阿形と呼ばれた女性の方だ。いずれも、『結界衆』に所属する実力ある隔者だ。
「人を集めてください。それも、実力者を。今回の作戦は、私が直接指揮を執ります」
守堂の言葉に驚く2人だったが、すぐに頷いてその場から姿を消す。
残された守堂は、軽く眼鏡を直すと立ち上がり、オフィスを後にした。
「八神様、必ずや吉報をお届けします」
そして、部屋から完全に気配が消えた。最初から誰もいなかったかのように。
●
「はーろろん♪ みんな、今日は集まってくれてありがとー!」
集まった覚者達に元気に挨拶をするのは、『イエロー系女子』大岩・麦(nCL2000116)。そして、全員そろったことを確認すると、彼女は発生した事件の説明を始めた。
「うん、『七星剣』の隔者の人が大きな作戦に出る夢を見たの。みんなの力を貸して!」
『七星剣』は知っての通り、日本最大の隔者組織だ。FIVEとは何度も光線を繰り広げている。
麦の渡してきた資料によると、『七星剣』の隔者がとある古い社に襲撃を掛けようとしているとのことだ。この古い社には特異点が観測されており、ご神体を破壊することで地脈に大きな影響を与えることが出来るのだという。
そこまで話して、麦の表情が深刻なものに代わる。
「この作戦なんだけど、『結界王』って人が作戦指揮を執っていて、現場にいるみたい。『結界王』は聞いたことあるかな? 『七星剣』の幹部で、FIVEへの襲撃を計画している人なんだって。何を考えているかは分からないけど、この作戦を成功させちゃうと、大変なことになると思うの」
『結界王』は『七星剣』の中でも特に首領への忠誠心が強い男と言われている。そして、FIVEのことを『七星剣』に仇なす存在として、徹底的に排除しようとしているらしい。今までは裏方で動いていたが、本腰を入れて動こうとしているとのこと。少なくとも、放置してFIVEの利になることはあるまい。
そして社の襲撃には、『結界衆』と呼ばれる、彼の切り札と言える隔者も投入している。危険度の高い任務となることだろう。だが、覚者達でしかこれを止めることは出来ない。
説明を終えると、麦は覚者達を元気良く送り出す。
「無事に帰って来てね? みんなのこと信じているから!」
『結界王』守堂敬護(しゅどう・けいご)は上がってきた報告書を机に戻してため息をついた。
状況は良くない。
自分がFIVEに揺さぶりをかけるために行った支援者の暗殺は、ものの見事に失敗に終わってしまった。むしろ、これではFIVEの信頼性の証明をしてしまっただけで、支援者たちの士気を上げる結果に終わっているではないか。
自分のオフィスでFIVEへの対策を再検討していたが、厄介な相手であると再認識しただけだ。
他の幹部も明白な成果を挙げた者はいない。『七星剣』の戦力は大きい。しかし、統制力に関しては、決して強くないのだ。そうして隙間を、FIVEは的確に突いてくる。
「AAAよりも危険な存在となりつつありますね、FIVE」
守堂は眼鏡を外して、軽く目元を抑える仕草をした。
FIVEは本来、源素に関わる能力の研究を行うための組織で、人に害為す存在への対処は規模に応じたものでしかなかった。それが今や、AAAの代わりに国内における神秘的事件の対応を行うまでに育っている。
八神の考えはさておいて、守堂にしてみるとこれは面白い状況ではない。だからこそのFIVE襲撃計画であり計画は最終段階に入ろうとしている。準備の目途はついており、後はいくつかの必要事項を満たすだけだ。だが、最後の一手を打つに当たって、任せられる隔者はいない。切り札である結界衆を使った上での失敗もある。
「ここは……私自身が出るしかないようだ。阿形、吽形」
「ハッ、ここに控えております」
守堂の声に応じて、一組の男女が姿を現す。返事をしたのは阿形と呼ばれた女性の方だ。いずれも、『結界衆』に所属する実力ある隔者だ。
「人を集めてください。それも、実力者を。今回の作戦は、私が直接指揮を執ります」
守堂の言葉に驚く2人だったが、すぐに頷いてその場から姿を消す。
残された守堂は、軽く眼鏡を直すと立ち上がり、オフィスを後にした。
「八神様、必ずや吉報をお届けします」
そして、部屋から完全に気配が消えた。最初から誰もいなかったかのように。
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「はーろろん♪ みんな、今日は集まってくれてありがとー!」
集まった覚者達に元気に挨拶をするのは、『イエロー系女子』大岩・麦(nCL2000116)。そして、全員そろったことを確認すると、彼女は発生した事件の説明を始めた。
「うん、『七星剣』の隔者の人が大きな作戦に出る夢を見たの。みんなの力を貸して!」
『七星剣』は知っての通り、日本最大の隔者組織だ。FIVEとは何度も光線を繰り広げている。
麦の渡してきた資料によると、『七星剣』の隔者がとある古い社に襲撃を掛けようとしているとのことだ。この古い社には特異点が観測されており、ご神体を破壊することで地脈に大きな影響を与えることが出来るのだという。
そこまで話して、麦の表情が深刻なものに代わる。
「この作戦なんだけど、『結界王』って人が作戦指揮を執っていて、現場にいるみたい。『結界王』は聞いたことあるかな? 『七星剣』の幹部で、FIVEへの襲撃を計画している人なんだって。何を考えているかは分からないけど、この作戦を成功させちゃうと、大変なことになると思うの」
『結界王』は『七星剣』の中でも特に首領への忠誠心が強い男と言われている。そして、FIVEのことを『七星剣』に仇なす存在として、徹底的に排除しようとしているらしい。今までは裏方で動いていたが、本腰を入れて動こうとしているとのこと。少なくとも、放置してFIVEの利になることはあるまい。
そして社の襲撃には、『結界衆』と呼ばれる、彼の切り札と言える隔者も投入している。危険度の高い任務となることだろう。だが、覚者達でしかこれを止めることは出来ない。
説明を終えると、麦は覚者達を元気良く送り出す。
「無事に帰って来てね? みんなのこと信じているから!」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.社にあるご神体を守り切る
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
なんとか暗躍の体を保った、KSK(けー・えす・けー)です。
今回は『結界王』と戦っていただきます。
●戦場
特異点を隠すように作られた古い社。
過去に地脈を安定させるため、ご神体が祀られている。『結界王』の策とは別に、これが破壊されると周辺の自然に悪影響が出る模様。
時刻は夜で、暗くなっています。
隔者の襲撃を迎え撃つ形になります。
●隔者
『七星剣』に所属する隔者達です。
・『結界王』守堂敬護
『七星剣』の幹部を務める青年です。八神に深い忠誠心を持ち、性格は生真面目。FIVEを敵視しています。
能力の詳細は不明ですが、隠密行動を得意とし、近接戦を好むようです。
おそらくは『結界衆』と同様のスキルも用いるでしょう。なお、「八卦の構え」は自身の防御力を上げるスキルのようです。
戦闘開始時には、どこかに潜んで隙を伺っています。警戒するプレイングがないと不意を打たれ、直接ご神体が破壊される可能性があります。戦局が覚者有利になると、彼も戦いに参加するでしょう。
・阿形
『七星剣』に属する天行の精霊顕現です。
『結界衆』という『結界王』の直属組織に属し、隠密行動を得意とします。
妖艶な女性で、慎重な性格です。実力は高めです。
術式を中心的に使い、脣星落霜を得意とします。
「八卦の構え【未解】」「微塵不隠」という独自のスキルを持っているようです。
・吽形
『七星剣』に属する火行の獣憑です。
『結界衆』という『結界王』の直属組織に属し、隠密行動を得意とします。
無口な巨漢で、戦いになると苛烈な性格です。実力は高めです。
体術を中心的に使い、圧撃・壊を得意とします。
「八卦の構え【未解】」「微塵不隠」という独自のスキルを持っているようです。
・戦闘員
『七星剣』に属する隔者達です。『結界衆』ではありませんが、『結界王』と繋がりはあるようです。
体術メインの前衛タイプが6人、術式メインの回復後衛タイプが3人います。いずれも隠密を得意としますが、実力は覚者たちに劣りません。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
150LP[+予約50LP]
150LP[+予約50LP]
参加人数
10/10
10/10
公開日
2017年10月22日
2017年10月22日
■メイン参加者 10人■

●
平穏が破られて久しい国、日ノ本。
源素と妖の力が現れて以来、その平和は水際で守られている。そして今宵も、人の知らぬ影の中で覚者と隔者は戦いの中にあった。
「行けッ!」
『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)の叫びに応じるようにして、現れた稲光が戦場を切り裂く。狙われた隔者は逃げようとするが、わざと人が集まっている辺りを狙ったのだ。互いが邪魔をしてしまい、全員が逃げ切れるわけではない。
しかし、まだ浅い。
事前に夢見から聞いていた通り、敵には実力者が揃っている。
それが分かっているからこそ、奏空も油断をせず、すぐさま次の攻撃の準備に移った。
「まったくもって厄介な状況ですね。幹部自らが来るとは」
『狗吠』時任・千陽(CL2000014)が軽くこぼす。
若いながらも軍人として少なからぬ経験を積んできた覚者だ。戦う相手がどのようなタイプであるかは、矛を交えれば多少なりと分かるつもりだ。
敵はまず、実力者をそろえてやって来ている。そして、高い士気を備えているのは、現場に幹部が着ていることが影響しているのに相違ない。少人数の戦闘において、上位者の存在が士気に関わって来るのはよくある話だ。
しかし、士気というのなら自分達だって負けてはいない。
千陽はその身に宿した英霊の力を存分に引き出し、気を放つ。
激しく源素の力が乱れる中思う存分、『紅戀』酒々井・数多(CL2000149)という少女だ。敵の回復役まで斬りこめないのが残念な所だが、だったら目の前の敵を倒せばいいだけのこと。
自分だって無傷ではいられないが、そんなことは今更だ。
とにかく剣を振り続けていれば、いつかは相手に届く。そうすれば、勝てる。
「八卦の構えかぁ。8つの方向を守り安定させることで防御力を増す感じなのかな?」
「見抜いたか、大した目だ」
隔者の言葉に無言で、一度刀を納める数多。
だが、それは戦意を喪失したからではない。
「どのみち、剥がしてやるけど!」
ため込んだ内なる炎と共に、数多は刃を振り抜く。長期戦になる以上、相手の防御を放置は出来ない。
同じように『獣の一矢』鳴神・零(CL2000669)も一気呵成に決着をつけてやろうとばかりに、激しく刃を振るう。
「今日は結界王と鬼ごっこね。鬼は人間を殺さないといけないわ」
零の手の中にあるのは、刃こぼれだらけの歪な刀。手入れもまともにされていない代物だ。
だが、鉄の塊としての役割は十分に果たしてくれる。そして、放たれた気の弾丸は容赦なく隔者達へと襲い掛かっていった。
例え剣が斬れずとも、例え剣が届かずとも、相手を傷つけることが可能なのが覚者同士の戦いである。余人の常識の通用する所ではない。
「手加減はしないわ、今日はちゃんと殺しに来たの」
月を背にして零は踊る。それを止めることは、そうそう出来るものではない。しかし、その戦いも無傷とは言えず、血を流しながら殺人兵器は踊る。
「鬼ごっこは餓鬼の遊びやで。あれで血は飛ばん。血は血を呼ぶぞ」
そこに癒しの力を宿した雨が降る。
降らしているのは『黒い太陽』切裂・ジャック(CL2001403)だ。狂ったように刃を叩きつける零を睨みつけ、小声で絞り出すような声を出す。人を殺したくない彼にとって、彼女とは方針がそもそも噛み合っていない。
と、そんな時、ふとジャックは隔者の中に見た顔を見つける。
「なあ、そこにいる人らってさ、俺達と会ったことない? って……またお前らかーい!」
押しとどめていた感情が口を突いて出てくる。
元々、ジャックは感情を抑え込むのが苦手なタイプだ。『七星剣』には何度も迷惑をこうむっており、おかげさまでジャックの人間嫌いは治る様子を見せない。むしろ最近は悪化している始末である。おまけに、ここでは殺すの殺さないので心情の不一致。そりゃ、この位叫びたくもなる。
見ると『黒霧』の隔者こそいないものの、実際過去に別の戦場で出会った隔者も紛れている。『結界王』に直属の部下は少ないが、顔の利く相手は多いということなのだろう。
未だ姿こそ見せていないが、その『結界王』との戦いはすでに始まっていた。
直接刃を交えずとも、覚者達に隙を作ることを許さず、この戦場のどこかにいることをジャックは感じ取る。幸い、思い切り叫んだことで少し気は晴れた。
(気配は読めないだろうが、ヒトたるもの、心は失えない生き物だ)
そして、そのぼんやりと感じたジャックの予感は、言葉を介さず『静かに見つめる眼』東雲・梛(CL2001410)の下へと伝わる。
そして、細かな情報は梛を中心として覚者全体に広がっていった。
『教授』新田・成(CL2000538)は細かな音を探り、千陽は土の心を感じ周囲に潜むものを、『月々紅花』環・大和(CL2000477)の守護使役明日香も違和感ある匂いを探す。数多だって、守護使役のわんわんの力を借りて隠れる存在を感じていた。
その全てが梛の下へと伝わり、敵の居所を探す武器となる。
そう、これは刃を交えぬ戦いだ。
『結界王』の狙いは、あくまでも背後にあるご神体の破壊にある。覚者達は隙を見せれば、すぐさま行動に移すことだろう。だが、それをさせないために梛は自分の役割を果たす。
(気合を入れていこうか)
普段はそっけない態度を見せる少年だが、その心根は誠実である。そして今は、その全霊を持って見えぬ敵との戦いを行っていた。
その時、『癒しの矜持』香月・凜音(CL2000495)の視界が何かを捉えた。正しくは見つけたのは守護使役の更紗だ。
(更紗、助かる)
心の中で軽く礼を述べると、スッと位置を影の方向に合わせて移動する。いざとなれば、自分の身を盾にしてでも止めるつもりだ。現状、何をやらかすつもりかは未知数だが、相手の思い通りに事を進めてやるのは趣味ではない。
目に見えない相手に気を張りながら目の前の敵と戦うのは、正直難儀な話だ。浄化物質を作り出しながら、凜音はそんなことを思う。可能ならここで勝負を決めてしまいたい。
(まーあれだ。二度と悪さしません。て言わせてやりてーな。面倒事はもう最後って。無理っぽいが。)
覚者と隔者はぶつかり、互いに技を尽くして戦う。隔者には精鋭が揃っており、真っ向の勝負であれば覚者達も危ないところだった。その中で、最後の差は両者の戦い方にあった。
どちらもある程度の持久戦を覚悟していた。
その中で増援の当てのないFIVEは全力で相手の戦力を削ぎに行っていた。隔者は慎重な攻撃で、着実に覚者達の体力を奪っていく。不利だからこそ、それを自覚して行う攻撃的な姿勢が覚者の牙を研ぎ澄ます。
「俺も守りには一家言ある方なんでな……簡単に抜かせるとは思わねーこった」
『守人刀』獅子王・飛馬(CL2001466)が太刀と脇差を手にして吠える。
どっしりと構えたその姿から発される威圧感は年に似合わないもので、強大な壁として隔者達の前に立ち塞がった。
守りに重きを置く巖心流の名は伊達ではない。
彼の守りがあればこそ、覚者達は戦いに集中することが出来た。おかげで、敵の前衛と後衛にはすでに倒れたものがある。そして、覚者側は傷つきながらも、倒れる者はいない。
その時、飛馬の勘に何かが引っ掛かった。
殺気を感じた方向に刀を振り下ろすと、飛んできた短刀にぶつかる。
「今のを気付きましたか。まずは誉めておきましょう」
「どうやら、しびれを切らしたようですね」
影の中からゆっくりと姿を現す男を成はギリっと睨みつけた。
なるほど、あれ程気を張りながら、気配だけしか感じさせなかった相手だ。その実力が確かなものであるということを、成は確かに感じていた。
今になってようやく捉えられるようになったが、それでも気配が感じられない。これほどの相手であるのなら、今ここで確実に命を奪わなくては後々厄介なことになる。
その成の発した殺気には、思わず奏空ですら震えるほどのものだった。
(先生の殺気が怖いです!)
恐ろしさと頼もしさを感じながら、奏空は成へと呼びかける。少年にとってこの老人は、尊敬すべき教師であり、信頼するべき戦友だ。
「ならば俺も、死ぬ気でお付き合いしますよ!」
「えぇ、ありがとうございます」
成は鷹のような目になり、殺気を込めて愛用の仕込み杖を握り締めた。
(大妖の脅威差し迫る今、私には、私の命には時間が無いのですよ)
●
大和は少々、毒気を抜かれたような気分だった。
断片的に聞こえる『結界王』の情報から、前線を好むタイプでないだろうという推測はあった。しかし、姿を見せたのはその予想を超えて、どこにでもいそうな普通の青年だった。
「ようやくご本人様自らお出ましのようね。見た感じは普通の会社員のようだけれども」
そう言いながらも、大和はそこはかとないオーラを感じていた。そもそも、ただの人間がこのような場で一切の気配を感じさせないこと自体が、逆に実力者であることの証明のようなものだ。
アレは間違いなく、笑顔で人にナイフを突きさすことのできる人種である。
「それにしても『結界王』とは大層な名前だよなぁ……」
敵の攻撃が一旦止んだのを見て、凜音は新たに表れた敵、『結界王』に対して目を凝らす。気配は殺しているが、本格的な分析までも防げるわけではないようだ。
「暗躍している輩との付き合いも、そろそろ終わらせたい。ご神体を守る事は勿論だが、できれば何人か捕まえて色々『教えて』貰いたいもんだよな?」
依頼を果たすのは当然のことだが、それ以上の成果を出して咎められることもあるまい。
見たところ、彼は物理攻撃を中心に前衛に立つタイプだろう。おそらくは、付喪で防御力に重きを置いていると思われる。
御大自らやって来たということは、彼の派閥に関しては切羽詰まってきているということだ。確実にその首へと刃は届こうとしている。
「いよいよ御大がご出張のようね。どんなやつか楽しみだわ! ねっ! チカ君、大和さん!」
「数多さん、結界王は七星の幹部よ。あなたは戦闘については冷静な部分はあるけれど、見つけた勢いで飛掛って怪我してしまわないか心配だわ」
『結界王』が姿を見せたことで、戦場は一旦静まる。
そんな中ではしゃいでいるのは数多だ。千陽は嘆息を漏らし、大和はたしなめるも、基本的に戦闘を好む彼女にとって、『七星剣』の幹部ともなれば垂涎の相手だ。だからと言って、そんな扱いをされるのは彼女にとって心外なわけで。
「なによう! そんな戦闘バカみたいな扱いしないでよ!」
「千陽さん、あなたの方が距離は近いわね。数多さんをちゃんと見ておいてね?」
「了解しました大和嬢、無理は……するでしょうからフォローをしておきます」
ぷんすかと怒る数多を放って、大和と千陽は軽くこの後の算段を立てる。
そして、千陽はこのやり取りのおかげで自分の心が落ち着きを取り戻したことを感じていた。深呼吸を行い、いましがたやって来た『結界王』に向かって声を掛ける。
「この地脈がそこまで重要とは思えませんが、ご理由は? 嫌がらせにしては貴方が出てくるほどのこと。よっぽどまでに状況が逼迫しているということでしょうか?」
わざわざ目の前に来て即座に攻撃を開始しない以上、対話は可能だと千陽は踏んでいた。べらべら親切にしゃべるとも思っていないが、出来る限りの情報はつかんでおきたい。最終的に戦いになる可能性が高い以上なおさらだ。
「どうしたの、結界王。らしくないわね、焦っちゃって。冷戦沈着、そして裏から手を回すのが貴方のやり口なはずなのに。今日は表に出て、こっちの夢見の探索に引っかかるなんて雑ね」
「夢見に動きを読まれるのを織り込むと、夢見に読まれた上でも防ぎえない戦力を用意するしかなかった、ということです」
零の言葉に『結界王』が口を開く。
元々、零は『七星剣』所属の隔者だった。『結界王』と直接会ったことこそないものの、裏から動かすことを好むやり口は知っているし、前線に出たという話など、ほとんど聞いたことがない。
そうすると、その答えは一つ。
「そりゃあさ、七星からみれば私達は煙たいだろうよ。だから貴方も焦ってるのよ、早く結果出さないと、八神自ら動くかざるを得ないから。部下が使えないってね。八神自身が前線出ちゃうし、八神から干されるの嫌でしょ貴方。じゃあ死ぬ気で今日、御神体壊さないとね」
「黙りなさい、裏斬者が」
零の言葉は正鵠を突いていた。
『結界王』は八神を戦場に立たせたくないのだ。彼自身は八神の強さを疑っていないのだろうが、戦場ではどのような事態が起きてもおかしくない。だからこそ、彼が戦場に立とうとする前にFIVEを終わらせたい。
わざわざ姿を見せてまでの作戦に踏み切った理由は大方そんなところだろうと、零は読んでいた。
「前にもこうした山の中にあった社が壊された件があったよね。その社も特異点の要に建てられていて、今回も似たような社が破壊されようとしている」
「御神体は地脈を守ってるんね。これを壊して自然を壊し、なんらかの封印を破り、それにFIVEを襲わせる……なんてシナリオか?」
奏空とジャックが推理を述べる。
具体的な所はつかめていないが、ここにあった均衡が崩れるとしているのはおそらく副作用のようなものだ。敵の目的はその先にある。
「そうですね、ここまで来たら、いずれはどの道知られてしまうことだ。知りたいならば、教えてしまうとしましょう」
『結界王』――守堂敬護――と名乗る青年は、ゆっくりと話し始める。夢見に作戦が暴かれるのであれば、語ってしまっても問題ないということだ。同時にそれは、ここで明らかになっても自分が死にでもしない限りは、問題がないという自信でもある。
(結界王……その名の通り恐らく結界を得意とする者なんだろうけど。特異点と結界、この2つが意味するものは)
「ご存知の通り、私の目的はFIVEの殲滅です。そのために使おうとしている道具ですが、少々力を必要とするので、地脈を弄り、力を集めていました。そして、それもこれが最後です」
『結界王』は強力な神具による五麟市への攻撃を目論んでいる。彼の行動はそのための準備だった、ということだ。
「そんなこと、ペラペラ話してええんか?」
「どの道、ここが最後です。古妖が関わってないと知って安心しましたか?」
ご神体が破壊されれば止めようは無いし、破壊を防いだら同じ手は二度と使えない、ということなのだろう。
だが、FIVEを攻撃するだけでなく、周囲を巻き込むことを厭わないこの傍若無人なやり口に、奏空は怒りを抑えきれなかった。
「なるほど、よく分かりました」
話を聞いて成が頷く。
彼が黙って話を聞いていたのは、その方が多く情報が入るからと言う程度の理由に過ぎない。少しでも怪しいと判定していたのなら、対話の途中であっても容赦なく仕掛けたろう。
先ほどから殺気が微塵も揺らいでいないのがその証拠だ。
結局のところ、これもまた覚者と隔者の戦いだった。覚者はFIVEを守るため、少しでも多くの情報を得ようとした。隔者はあえて情報を与えることで、不意を討つ隙を作ろうとした。
これ以上、対話の必要はない。後は真っ向勝負で決着をつけるのみだ。だからこそ、成は勝利のために決意を口にした。
「結界衆に兵無し。この機を我々は逃さない」
「さて、難しい話は終わったわね。貴方強いんでしょ! 私酒々井数多。櫻火真陰流系ギャルよ。お手合わせ、いいかしら?」
話が終わったと判断して、数多は意気揚々と刀を突きつける。
対話の間に十分休憩は取らせてもらった。第2ラウンドを始めるには良いころ合いだろう。その後ろで大和はそっと息を漏らした。
「櫻火真陰流の酒々井数多ですか。話には聞いていましたが、若さに似合わぬ実力者のようだ」
「貴方が結界王? 思ったより若いイケメンさんね! あなたの思い通りにはさせないから!」
構えに入る数多。
対する『結界王』の姿勢はほとんど変わらないように見えたが、大和の感覚は相手が臨戦態勢に入ったことを感じ取る。
「数多さん、気を付けてね」
互いに顔を見合わせて頷く2人。負けるつもりも倒れるつもりもない。相手の幹部が来たというのなら、その分の成果をいただいて帰るだけだ。
「……よし」
自分達と敵の数を見据え、梛も対話を行っていた時とわずかに位置取りを変える。
全く危ないところだった。相手は親切に話をするように見せかけて、ずっと隙が生まれるのを狙っていた。気を緩める者がいたら、その隙を許さなかったことだろう。
「ここまで来たら、あと一息」
呼吸を整え、隔者達の攻撃に備える梛。
ここからが本番だ。だからこそ、ここで倒れるわけにはいかない。一応、守りには自信があるつもりだ。
梛の持つ第三の目は、静かに輝いて戦場を見つめる。厳しい戦場に変わりは無いが、ここから先へ通してやるわけにはいかない。
その決意は飛馬も同じだ。
「そっちも防御大事にする技使うんだな。敵じゃなければ一つ教えを請いたいとこだけど……じーちゃんやとーちゃんならこう言うだろうな。肝心なことは自分で見て盗めって」
「やれるものならご随意に」
大きく円を描くような構えを取る『結界王』に対して、飛馬は二刀を半身に構えて迎え撃つ。力量は確かに劣っているのかもしれない。だったら、ここから抜いてやるまでの話だ。
皆が戦いに集中できるよう、この場所を守り抜くのが飛馬の役目である。
握る刀は獅子王一族伝来の品。銘も号も知れないが、この刀と共にかけた戦場、自分の積んできた鍛錬のことはよく知っている。
「この刀と磨いてきた技に賭けて、守りきってやる」
その時、風が吹いて葉が舞い散る。
月が照らす中、飛馬の咆哮を合図に最後の戦いが始まった。
●
敵に援軍が入ったことで、一時覚者が押していた戦場は、劣勢へと変わってしまう。
数の優位が大きく揺らいだわけではないが、やはり幹部格の敵が戦場に入ったというのは厄介な話だ。相手は『結界王』の名にふさわしい防御の業を身に着けており、格闘戦を主体に最前線から覚者に挑んでくる。
「なるほど、この国防装置。そう簡単に壊れてはくれませんか」
対する千陽も全身から気力を放射し、敵の肉弾攻撃を防ぐ。相手の回復を早い段階で封じることが出来たのは幸いだった。おかげで、相手の火力を大きく減じることが出来る。
(まったくもって厄介な状況ですね。幹部自らが来るとは)
自分の命は燃え盛っているのを感じる。
ようやく心の中で一息つくが、まだ戦いが終わったわけではない。周りには慎重に見られているものの、実際の所それは臆病の裏返しだ。この状況はとんでもなく恐ろしい。
しかし、彼にはその恐怖を抱えながら戦うだけの勇気と国を愛する心があった。震える体を抑えながら、渾身の気を放つ。先ほどのそれと違って、一点に圧縮された攻撃だ。たとえ、防ぐ壁があろうと穿って見せる、そんな決意を秘めた一撃である。
『結界王』の参戦から、覚者の側は劣勢に陥った。その戦線をギリギリのところで凜音は維持する。すでに攻撃スキルの使用は抑えた。少しでも仲間達を持たせて、勝利へ導くのが支援役の意地である。
(アレは単に防御固めているだけっていうよりも、カウンターも取る構えだな)
『結界衆』全般が防御力の高い相手だが、『結界王』自身はそれに加えてカウンターも入れて来るのがいやらしい所だ。『結界衆』もただ硬いだけでなく、構えを利用して回復しているきらいがある。
だが凜音は、FIVEが以前交戦した幹部である暴力坂に比べると、『結界王』の直接戦闘力は劣るものだと判断した。
だったら、十分戦いようのある相手だ。
「こっちは1人も欠けると大打撃だ。耐えてくれ」
恵みの雨を降らせて、凜音は覚者達の気力を繋ぐ。
傷が癒えたことで飛馬も俄然やる気を取り戻した。元々、彼の場合は持ち前の頑丈さもあって傷そのものは多くない。だが、傷が無いに越したことは無いし、傷が治ると気分はいい。
「結界の要を守ったり、壊したり、そういうのを果たすために生まれたもんなんだろうな」
攻撃を刀で叩き落としながら、飛馬は納得したような顔になる。『結界衆』が意識しているのは、原則守りなのだろう。ただ技を研鑽するだけでなく、万物に通じる八卦を利用したもののようだ。同じように守りの業を鍛錬してきた身としては、素直に納得できるものだ。
ならば、それを学んで自分はその上を目指す。祖父と父の進んだ道のその先こそ、飛馬の目指す場所だ。
飛馬の防御を破れず、隔者の側も次第に焦れてくる。そこで、『結界衆』の女隔者が動き出す。覚者達にも疲労があり、不意を突けば抜けると判断したのだ。そして、それこそ覚者達が長く待っていたチャンスだった。
「いかせないっ!」
女隔者に向かって数多が迎撃に出る。
さらに、自分の体の傷を抑えながら、大和が星を降らせた。疲労がないわけではないが、ここが勝負の分水路になると判断したのだ。
如何に当人の技で傷を治そうと、専業の回復役がいない以上は限界がある。だからこそ、ここで一気に押し込む。
「火と水がそこまで強くないっていうのなら、ありがたいんだけれどもねっ! 大和さん! コンビネーション必殺技決めるわよ!」
「ええ。今夜は本物の星屑が降ってきそうだわ。もちろんわたしが降らせる星が一番綺麗だと思うけれども」
数多の求めに応じて、大和は一層の星の雨を降らせる。その輝きは夜の戦場を束の間、真昼に変える程の光を放つ。
そして、その光の道の中を数多は、体内の炎を高めてひたすら真っ直ぐに駆け抜ける。
確かに相手の構えは強固なのだろう。だったら、それをぶち破るだけの攻撃をぶつけるだけだ。
「「桜火落霜斬!!」」
2人の声が唱和する。
その叫びと共に数多は握った妖刀を振り抜く。
そして、その輝きが収まった時、女隔者の倒れる姿があった。
この一撃はたしかに、流れを覚者の下へと引き寄せる。たしかに、まだ隔者は戦闘力を残しており、『結界王』も健在だ。しかし、メインで回復を担っていた隔者達を倒すことに成功し、敵の主力の一角も崩すことに成功した。
そして、覚者達の側は命数を燃やしながらも、まだ戦闘続行は可能だ。それを裏付けるようにして、大樹の生命力が覚者達に降り注ぐ。
「いけそうだね」
ここでようやく、梛は口元をわずかに歪めて笑う。そう、この回復は彼の仕業だ。切り札的に用意していた技で、これを切ることになった辺り、自分たちの余裕の無さは自覚している。
とは言え、こっちにはまだ回復を行える覚者がいる。粘るだけだったら、まだまだ出来るだけの自信が梛にはあった。
「その技ももらうよ」
短く言って銀の棍を杖代わりに梛は隔者達の前に立ち塞がる。負けるつもりもない。その上で、自分が勝ち得るところまでやるだけだ。
そして、それはこの場にいる覚者達の総意でもある。ご神体を破壊させないことで、地脈を守る。それは当たり前の話だ。だが、その上で作戦を指揮する『結界王』自体を倒すことが成れば、彼の考える作戦は全て崩壊する。
『結界王』もまだ、自分の命が狙われていると気付いていない。今こそが唯一無二のチャンスだ。
ジャックは倒れた女隔者の息があることにほっと息をつく。隔者の中にはすでに冷たい躯と化した者もおり、その事実が彼のか細い神経をかきむしる。
だが、全身を朱に染めながら、渾身の力を振り絞って戦風を呼ぶ祝詞を上げた。
「風よ! 俺達に力を!」
戦の風が吹き荒れる中で、奏空は天に手を掲げる。
すると、何か光のようなものが奏空を覆っていく。それは武人の神とも言われる、仏の加護だ。その力は世界を守るため戦う覚者達の心を鼓舞し、敵に立ち向かう勇気を与える。
「勝負勝負! 私は壊すことしかできないけれど、悪を野放しにできる程堕ちてはいないわ」
零はそこでタイミングを合わせて、全身の身体能力を爆発させると、圧倒的なスピードでの攻撃を開始する。
これらはいずれも、かつて『七星剣』幹部暴力坂乱暴と逢魔ヶ時紫雨が使ったものだ。だが、それを合わせて使うのはすでに彼らの技ではない。
「こんなクズでも世界は守れるみたいなの。この覚悟をもって、今日、私は獣の一矢を放つのよ。賭けなさいよ、自分の命。私も賭けるわ、己の命!」
人間の身体能力を極限まで引き出す戦い方だ。その威力は尋常のものではない。その攻撃は『結界王』の守りすらも打ち破っていく。
血に染まりながら刀を振るうその姿は、凄惨であるとともに美しくすらあった。
「そうか……あなた達の狙いは、私の命か」
『結界王』の顔色が変わる。
「最早人間同士で小競り合いをしている時ではない。疾く斃れよ、結界王」
成の怪我は決して浅いものではない。
だが、自分の命を燃やすことで勝利を掴めるのなら、決して安くはない。
全身から血を流しながら成が大地に杖を突き立てると、そこから『結界王』の逃げ道を阻むように大地が隆起する。そして、巨大な岩槍はそのまま敵を貫き、動きを封じた。
その時、成の表情が「昔の新田成」のものへと変わる。普段の穏やかな表情からは想像もつかないその表情は、間違いなく彼が本気になった証左だ。
動きを封じられた『結界王』に対して、ここが勝負だとばかり覚者達は攻撃を仕掛ける。
奏空は両手に刃を握り締め、敢然と『結界王』に、そして災厄へと立ち向かう。
「FIVEの少年探偵、力に飲まれるあなたなどに!」
「前回は前世の記憶に飲まれちゃったけど……今回は自分の意思で戦うんだ! 真の目的が何であれ、暴力で日本を支配するなんて言っている奴らを放っておけない!」
奏空の刃が交差するように振り抜かれ、『結界王』の体に深々と突き刺さった。
●
「勝負は預けます」
それが命数を燃やして逃げ去った、『結界王』の最後の言葉だった。覚者達はこの場で命を燃やし尽くす覚悟で戦った。対して、『結界王』はここで命を使い果たすつもりがなかった。
決着の趨勢を決めたのはそこだろう。
『結界王』の命を狙いに行ったことが、結果として隔者側に早い撤退を迫ることになり、この場を守り切ることに繋がった。
あれ程の手傷を負わせたのだ。しばらくは動けまい。いや、あるいはその傷を押して動き出す可能性もあるが。
ともあれ、これ以上ここが襲われないように千陽は、AAAに警護を依頼していた。先の話を聞いた以上、『結界王』を倒すまで放置できたものではない。
「言っとくけど、これ以上殺すのは許さんからな」
ジャックは倒れた隔者達の手当てをしながら、仲間たちに言う。もちろん、情報が欲しいというのもあるが、それ以上に彼がこれ以上の血を見るに堪えられないということだ。
理なくして剣を抜かず、徳なくして剣を握らず。
今のジャックなら、敵を守るために味方と戦うことも辞さないだろう。
「なんとかなったかな」
梛は大きく伸びをする。生憎技を奪うことは出来なかったが、当初の状況を考えれば十分な結果ではある。
それと同時に感じていた。
もはや『結界王』の暗躍は終わった。彼が舞台に姿を見せた以上、次こそは決戦になる。そして、その時はもはや近くに迫っているのだろうと。
平穏が破られて久しい国、日ノ本。
源素と妖の力が現れて以来、その平和は水際で守られている。そして今宵も、人の知らぬ影の中で覚者と隔者は戦いの中にあった。
「行けッ!」
『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)の叫びに応じるようにして、現れた稲光が戦場を切り裂く。狙われた隔者は逃げようとするが、わざと人が集まっている辺りを狙ったのだ。互いが邪魔をしてしまい、全員が逃げ切れるわけではない。
しかし、まだ浅い。
事前に夢見から聞いていた通り、敵には実力者が揃っている。
それが分かっているからこそ、奏空も油断をせず、すぐさま次の攻撃の準備に移った。
「まったくもって厄介な状況ですね。幹部自らが来るとは」
『狗吠』時任・千陽(CL2000014)が軽くこぼす。
若いながらも軍人として少なからぬ経験を積んできた覚者だ。戦う相手がどのようなタイプであるかは、矛を交えれば多少なりと分かるつもりだ。
敵はまず、実力者をそろえてやって来ている。そして、高い士気を備えているのは、現場に幹部が着ていることが影響しているのに相違ない。少人数の戦闘において、上位者の存在が士気に関わって来るのはよくある話だ。
しかし、士気というのなら自分達だって負けてはいない。
千陽はその身に宿した英霊の力を存分に引き出し、気を放つ。
激しく源素の力が乱れる中思う存分、『紅戀』酒々井・数多(CL2000149)という少女だ。敵の回復役まで斬りこめないのが残念な所だが、だったら目の前の敵を倒せばいいだけのこと。
自分だって無傷ではいられないが、そんなことは今更だ。
とにかく剣を振り続けていれば、いつかは相手に届く。そうすれば、勝てる。
「八卦の構えかぁ。8つの方向を守り安定させることで防御力を増す感じなのかな?」
「見抜いたか、大した目だ」
隔者の言葉に無言で、一度刀を納める数多。
だが、それは戦意を喪失したからではない。
「どのみち、剥がしてやるけど!」
ため込んだ内なる炎と共に、数多は刃を振り抜く。長期戦になる以上、相手の防御を放置は出来ない。
同じように『獣の一矢』鳴神・零(CL2000669)も一気呵成に決着をつけてやろうとばかりに、激しく刃を振るう。
「今日は結界王と鬼ごっこね。鬼は人間を殺さないといけないわ」
零の手の中にあるのは、刃こぼれだらけの歪な刀。手入れもまともにされていない代物だ。
だが、鉄の塊としての役割は十分に果たしてくれる。そして、放たれた気の弾丸は容赦なく隔者達へと襲い掛かっていった。
例え剣が斬れずとも、例え剣が届かずとも、相手を傷つけることが可能なのが覚者同士の戦いである。余人の常識の通用する所ではない。
「手加減はしないわ、今日はちゃんと殺しに来たの」
月を背にして零は踊る。それを止めることは、そうそう出来るものではない。しかし、その戦いも無傷とは言えず、血を流しながら殺人兵器は踊る。
「鬼ごっこは餓鬼の遊びやで。あれで血は飛ばん。血は血を呼ぶぞ」
そこに癒しの力を宿した雨が降る。
降らしているのは『黒い太陽』切裂・ジャック(CL2001403)だ。狂ったように刃を叩きつける零を睨みつけ、小声で絞り出すような声を出す。人を殺したくない彼にとって、彼女とは方針がそもそも噛み合っていない。
と、そんな時、ふとジャックは隔者の中に見た顔を見つける。
「なあ、そこにいる人らってさ、俺達と会ったことない? って……またお前らかーい!」
押しとどめていた感情が口を突いて出てくる。
元々、ジャックは感情を抑え込むのが苦手なタイプだ。『七星剣』には何度も迷惑をこうむっており、おかげさまでジャックの人間嫌いは治る様子を見せない。むしろ最近は悪化している始末である。おまけに、ここでは殺すの殺さないので心情の不一致。そりゃ、この位叫びたくもなる。
見ると『黒霧』の隔者こそいないものの、実際過去に別の戦場で出会った隔者も紛れている。『結界王』に直属の部下は少ないが、顔の利く相手は多いということなのだろう。
未だ姿こそ見せていないが、その『結界王』との戦いはすでに始まっていた。
直接刃を交えずとも、覚者達に隙を作ることを許さず、この戦場のどこかにいることをジャックは感じ取る。幸い、思い切り叫んだことで少し気は晴れた。
(気配は読めないだろうが、ヒトたるもの、心は失えない生き物だ)
そして、そのぼんやりと感じたジャックの予感は、言葉を介さず『静かに見つめる眼』東雲・梛(CL2001410)の下へと伝わる。
そして、細かな情報は梛を中心として覚者全体に広がっていった。
『教授』新田・成(CL2000538)は細かな音を探り、千陽は土の心を感じ周囲に潜むものを、『月々紅花』環・大和(CL2000477)の守護使役明日香も違和感ある匂いを探す。数多だって、守護使役のわんわんの力を借りて隠れる存在を感じていた。
その全てが梛の下へと伝わり、敵の居所を探す武器となる。
そう、これは刃を交えぬ戦いだ。
『結界王』の狙いは、あくまでも背後にあるご神体の破壊にある。覚者達は隙を見せれば、すぐさま行動に移すことだろう。だが、それをさせないために梛は自分の役割を果たす。
(気合を入れていこうか)
普段はそっけない態度を見せる少年だが、その心根は誠実である。そして今は、その全霊を持って見えぬ敵との戦いを行っていた。
その時、『癒しの矜持』香月・凜音(CL2000495)の視界が何かを捉えた。正しくは見つけたのは守護使役の更紗だ。
(更紗、助かる)
心の中で軽く礼を述べると、スッと位置を影の方向に合わせて移動する。いざとなれば、自分の身を盾にしてでも止めるつもりだ。現状、何をやらかすつもりかは未知数だが、相手の思い通りに事を進めてやるのは趣味ではない。
目に見えない相手に気を張りながら目の前の敵と戦うのは、正直難儀な話だ。浄化物質を作り出しながら、凜音はそんなことを思う。可能ならここで勝負を決めてしまいたい。
(まーあれだ。二度と悪さしません。て言わせてやりてーな。面倒事はもう最後って。無理っぽいが。)
覚者と隔者はぶつかり、互いに技を尽くして戦う。隔者には精鋭が揃っており、真っ向の勝負であれば覚者達も危ないところだった。その中で、最後の差は両者の戦い方にあった。
どちらもある程度の持久戦を覚悟していた。
その中で増援の当てのないFIVEは全力で相手の戦力を削ぎに行っていた。隔者は慎重な攻撃で、着実に覚者達の体力を奪っていく。不利だからこそ、それを自覚して行う攻撃的な姿勢が覚者の牙を研ぎ澄ます。
「俺も守りには一家言ある方なんでな……簡単に抜かせるとは思わねーこった」
『守人刀』獅子王・飛馬(CL2001466)が太刀と脇差を手にして吠える。
どっしりと構えたその姿から発される威圧感は年に似合わないもので、強大な壁として隔者達の前に立ち塞がった。
守りに重きを置く巖心流の名は伊達ではない。
彼の守りがあればこそ、覚者達は戦いに集中することが出来た。おかげで、敵の前衛と後衛にはすでに倒れたものがある。そして、覚者側は傷つきながらも、倒れる者はいない。
その時、飛馬の勘に何かが引っ掛かった。
殺気を感じた方向に刀を振り下ろすと、飛んできた短刀にぶつかる。
「今のを気付きましたか。まずは誉めておきましょう」
「どうやら、しびれを切らしたようですね」
影の中からゆっくりと姿を現す男を成はギリっと睨みつけた。
なるほど、あれ程気を張りながら、気配だけしか感じさせなかった相手だ。その実力が確かなものであるということを、成は確かに感じていた。
今になってようやく捉えられるようになったが、それでも気配が感じられない。これほどの相手であるのなら、今ここで確実に命を奪わなくては後々厄介なことになる。
その成の発した殺気には、思わず奏空ですら震えるほどのものだった。
(先生の殺気が怖いです!)
恐ろしさと頼もしさを感じながら、奏空は成へと呼びかける。少年にとってこの老人は、尊敬すべき教師であり、信頼するべき戦友だ。
「ならば俺も、死ぬ気でお付き合いしますよ!」
「えぇ、ありがとうございます」
成は鷹のような目になり、殺気を込めて愛用の仕込み杖を握り締めた。
(大妖の脅威差し迫る今、私には、私の命には時間が無いのですよ)
●
大和は少々、毒気を抜かれたような気分だった。
断片的に聞こえる『結界王』の情報から、前線を好むタイプでないだろうという推測はあった。しかし、姿を見せたのはその予想を超えて、どこにでもいそうな普通の青年だった。
「ようやくご本人様自らお出ましのようね。見た感じは普通の会社員のようだけれども」
そう言いながらも、大和はそこはかとないオーラを感じていた。そもそも、ただの人間がこのような場で一切の気配を感じさせないこと自体が、逆に実力者であることの証明のようなものだ。
アレは間違いなく、笑顔で人にナイフを突きさすことのできる人種である。
「それにしても『結界王』とは大層な名前だよなぁ……」
敵の攻撃が一旦止んだのを見て、凜音は新たに表れた敵、『結界王』に対して目を凝らす。気配は殺しているが、本格的な分析までも防げるわけではないようだ。
「暗躍している輩との付き合いも、そろそろ終わらせたい。ご神体を守る事は勿論だが、できれば何人か捕まえて色々『教えて』貰いたいもんだよな?」
依頼を果たすのは当然のことだが、それ以上の成果を出して咎められることもあるまい。
見たところ、彼は物理攻撃を中心に前衛に立つタイプだろう。おそらくは、付喪で防御力に重きを置いていると思われる。
御大自らやって来たということは、彼の派閥に関しては切羽詰まってきているということだ。確実にその首へと刃は届こうとしている。
「いよいよ御大がご出張のようね。どんなやつか楽しみだわ! ねっ! チカ君、大和さん!」
「数多さん、結界王は七星の幹部よ。あなたは戦闘については冷静な部分はあるけれど、見つけた勢いで飛掛って怪我してしまわないか心配だわ」
『結界王』が姿を見せたことで、戦場は一旦静まる。
そんな中ではしゃいでいるのは数多だ。千陽は嘆息を漏らし、大和はたしなめるも、基本的に戦闘を好む彼女にとって、『七星剣』の幹部ともなれば垂涎の相手だ。だからと言って、そんな扱いをされるのは彼女にとって心外なわけで。
「なによう! そんな戦闘バカみたいな扱いしないでよ!」
「千陽さん、あなたの方が距離は近いわね。数多さんをちゃんと見ておいてね?」
「了解しました大和嬢、無理は……するでしょうからフォローをしておきます」
ぷんすかと怒る数多を放って、大和と千陽は軽くこの後の算段を立てる。
そして、千陽はこのやり取りのおかげで自分の心が落ち着きを取り戻したことを感じていた。深呼吸を行い、いましがたやって来た『結界王』に向かって声を掛ける。
「この地脈がそこまで重要とは思えませんが、ご理由は? 嫌がらせにしては貴方が出てくるほどのこと。よっぽどまでに状況が逼迫しているということでしょうか?」
わざわざ目の前に来て即座に攻撃を開始しない以上、対話は可能だと千陽は踏んでいた。べらべら親切にしゃべるとも思っていないが、出来る限りの情報はつかんでおきたい。最終的に戦いになる可能性が高い以上なおさらだ。
「どうしたの、結界王。らしくないわね、焦っちゃって。冷戦沈着、そして裏から手を回すのが貴方のやり口なはずなのに。今日は表に出て、こっちの夢見の探索に引っかかるなんて雑ね」
「夢見に動きを読まれるのを織り込むと、夢見に読まれた上でも防ぎえない戦力を用意するしかなかった、ということです」
零の言葉に『結界王』が口を開く。
元々、零は『七星剣』所属の隔者だった。『結界王』と直接会ったことこそないものの、裏から動かすことを好むやり口は知っているし、前線に出たという話など、ほとんど聞いたことがない。
そうすると、その答えは一つ。
「そりゃあさ、七星からみれば私達は煙たいだろうよ。だから貴方も焦ってるのよ、早く結果出さないと、八神自ら動くかざるを得ないから。部下が使えないってね。八神自身が前線出ちゃうし、八神から干されるの嫌でしょ貴方。じゃあ死ぬ気で今日、御神体壊さないとね」
「黙りなさい、裏斬者が」
零の言葉は正鵠を突いていた。
『結界王』は八神を戦場に立たせたくないのだ。彼自身は八神の強さを疑っていないのだろうが、戦場ではどのような事態が起きてもおかしくない。だからこそ、彼が戦場に立とうとする前にFIVEを終わらせたい。
わざわざ姿を見せてまでの作戦に踏み切った理由は大方そんなところだろうと、零は読んでいた。
「前にもこうした山の中にあった社が壊された件があったよね。その社も特異点の要に建てられていて、今回も似たような社が破壊されようとしている」
「御神体は地脈を守ってるんね。これを壊して自然を壊し、なんらかの封印を破り、それにFIVEを襲わせる……なんてシナリオか?」
奏空とジャックが推理を述べる。
具体的な所はつかめていないが、ここにあった均衡が崩れるとしているのはおそらく副作用のようなものだ。敵の目的はその先にある。
「そうですね、ここまで来たら、いずれはどの道知られてしまうことだ。知りたいならば、教えてしまうとしましょう」
『結界王』――守堂敬護――と名乗る青年は、ゆっくりと話し始める。夢見に作戦が暴かれるのであれば、語ってしまっても問題ないということだ。同時にそれは、ここで明らかになっても自分が死にでもしない限りは、問題がないという自信でもある。
(結界王……その名の通り恐らく結界を得意とする者なんだろうけど。特異点と結界、この2つが意味するものは)
「ご存知の通り、私の目的はFIVEの殲滅です。そのために使おうとしている道具ですが、少々力を必要とするので、地脈を弄り、力を集めていました。そして、それもこれが最後です」
『結界王』は強力な神具による五麟市への攻撃を目論んでいる。彼の行動はそのための準備だった、ということだ。
「そんなこと、ペラペラ話してええんか?」
「どの道、ここが最後です。古妖が関わってないと知って安心しましたか?」
ご神体が破壊されれば止めようは無いし、破壊を防いだら同じ手は二度と使えない、ということなのだろう。
だが、FIVEを攻撃するだけでなく、周囲を巻き込むことを厭わないこの傍若無人なやり口に、奏空は怒りを抑えきれなかった。
「なるほど、よく分かりました」
話を聞いて成が頷く。
彼が黙って話を聞いていたのは、その方が多く情報が入るからと言う程度の理由に過ぎない。少しでも怪しいと判定していたのなら、対話の途中であっても容赦なく仕掛けたろう。
先ほどから殺気が微塵も揺らいでいないのがその証拠だ。
結局のところ、これもまた覚者と隔者の戦いだった。覚者はFIVEを守るため、少しでも多くの情報を得ようとした。隔者はあえて情報を与えることで、不意を討つ隙を作ろうとした。
これ以上、対話の必要はない。後は真っ向勝負で決着をつけるのみだ。だからこそ、成は勝利のために決意を口にした。
「結界衆に兵無し。この機を我々は逃さない」
「さて、難しい話は終わったわね。貴方強いんでしょ! 私酒々井数多。櫻火真陰流系ギャルよ。お手合わせ、いいかしら?」
話が終わったと判断して、数多は意気揚々と刀を突きつける。
対話の間に十分休憩は取らせてもらった。第2ラウンドを始めるには良いころ合いだろう。その後ろで大和はそっと息を漏らした。
「櫻火真陰流の酒々井数多ですか。話には聞いていましたが、若さに似合わぬ実力者のようだ」
「貴方が結界王? 思ったより若いイケメンさんね! あなたの思い通りにはさせないから!」
構えに入る数多。
対する『結界王』の姿勢はほとんど変わらないように見えたが、大和の感覚は相手が臨戦態勢に入ったことを感じ取る。
「数多さん、気を付けてね」
互いに顔を見合わせて頷く2人。負けるつもりも倒れるつもりもない。相手の幹部が来たというのなら、その分の成果をいただいて帰るだけだ。
「……よし」
自分達と敵の数を見据え、梛も対話を行っていた時とわずかに位置取りを変える。
全く危ないところだった。相手は親切に話をするように見せかけて、ずっと隙が生まれるのを狙っていた。気を緩める者がいたら、その隙を許さなかったことだろう。
「ここまで来たら、あと一息」
呼吸を整え、隔者達の攻撃に備える梛。
ここからが本番だ。だからこそ、ここで倒れるわけにはいかない。一応、守りには自信があるつもりだ。
梛の持つ第三の目は、静かに輝いて戦場を見つめる。厳しい戦場に変わりは無いが、ここから先へ通してやるわけにはいかない。
その決意は飛馬も同じだ。
「そっちも防御大事にする技使うんだな。敵じゃなければ一つ教えを請いたいとこだけど……じーちゃんやとーちゃんならこう言うだろうな。肝心なことは自分で見て盗めって」
「やれるものならご随意に」
大きく円を描くような構えを取る『結界王』に対して、飛馬は二刀を半身に構えて迎え撃つ。力量は確かに劣っているのかもしれない。だったら、ここから抜いてやるまでの話だ。
皆が戦いに集中できるよう、この場所を守り抜くのが飛馬の役目である。
握る刀は獅子王一族伝来の品。銘も号も知れないが、この刀と共にかけた戦場、自分の積んできた鍛錬のことはよく知っている。
「この刀と磨いてきた技に賭けて、守りきってやる」
その時、風が吹いて葉が舞い散る。
月が照らす中、飛馬の咆哮を合図に最後の戦いが始まった。
●
敵に援軍が入ったことで、一時覚者が押していた戦場は、劣勢へと変わってしまう。
数の優位が大きく揺らいだわけではないが、やはり幹部格の敵が戦場に入ったというのは厄介な話だ。相手は『結界王』の名にふさわしい防御の業を身に着けており、格闘戦を主体に最前線から覚者に挑んでくる。
「なるほど、この国防装置。そう簡単に壊れてはくれませんか」
対する千陽も全身から気力を放射し、敵の肉弾攻撃を防ぐ。相手の回復を早い段階で封じることが出来たのは幸いだった。おかげで、相手の火力を大きく減じることが出来る。
(まったくもって厄介な状況ですね。幹部自らが来るとは)
自分の命は燃え盛っているのを感じる。
ようやく心の中で一息つくが、まだ戦いが終わったわけではない。周りには慎重に見られているものの、実際の所それは臆病の裏返しだ。この状況はとんでもなく恐ろしい。
しかし、彼にはその恐怖を抱えながら戦うだけの勇気と国を愛する心があった。震える体を抑えながら、渾身の気を放つ。先ほどのそれと違って、一点に圧縮された攻撃だ。たとえ、防ぐ壁があろうと穿って見せる、そんな決意を秘めた一撃である。
『結界王』の参戦から、覚者の側は劣勢に陥った。その戦線をギリギリのところで凜音は維持する。すでに攻撃スキルの使用は抑えた。少しでも仲間達を持たせて、勝利へ導くのが支援役の意地である。
(アレは単に防御固めているだけっていうよりも、カウンターも取る構えだな)
『結界衆』全般が防御力の高い相手だが、『結界王』自身はそれに加えてカウンターも入れて来るのがいやらしい所だ。『結界衆』もただ硬いだけでなく、構えを利用して回復しているきらいがある。
だが凜音は、FIVEが以前交戦した幹部である暴力坂に比べると、『結界王』の直接戦闘力は劣るものだと判断した。
だったら、十分戦いようのある相手だ。
「こっちは1人も欠けると大打撃だ。耐えてくれ」
恵みの雨を降らせて、凜音は覚者達の気力を繋ぐ。
傷が癒えたことで飛馬も俄然やる気を取り戻した。元々、彼の場合は持ち前の頑丈さもあって傷そのものは多くない。だが、傷が無いに越したことは無いし、傷が治ると気分はいい。
「結界の要を守ったり、壊したり、そういうのを果たすために生まれたもんなんだろうな」
攻撃を刀で叩き落としながら、飛馬は納得したような顔になる。『結界衆』が意識しているのは、原則守りなのだろう。ただ技を研鑽するだけでなく、万物に通じる八卦を利用したもののようだ。同じように守りの業を鍛錬してきた身としては、素直に納得できるものだ。
ならば、それを学んで自分はその上を目指す。祖父と父の進んだ道のその先こそ、飛馬の目指す場所だ。
飛馬の防御を破れず、隔者の側も次第に焦れてくる。そこで、『結界衆』の女隔者が動き出す。覚者達にも疲労があり、不意を突けば抜けると判断したのだ。そして、それこそ覚者達が長く待っていたチャンスだった。
「いかせないっ!」
女隔者に向かって数多が迎撃に出る。
さらに、自分の体の傷を抑えながら、大和が星を降らせた。疲労がないわけではないが、ここが勝負の分水路になると判断したのだ。
如何に当人の技で傷を治そうと、専業の回復役がいない以上は限界がある。だからこそ、ここで一気に押し込む。
「火と水がそこまで強くないっていうのなら、ありがたいんだけれどもねっ! 大和さん! コンビネーション必殺技決めるわよ!」
「ええ。今夜は本物の星屑が降ってきそうだわ。もちろんわたしが降らせる星が一番綺麗だと思うけれども」
数多の求めに応じて、大和は一層の星の雨を降らせる。その輝きは夜の戦場を束の間、真昼に変える程の光を放つ。
そして、その光の道の中を数多は、体内の炎を高めてひたすら真っ直ぐに駆け抜ける。
確かに相手の構えは強固なのだろう。だったら、それをぶち破るだけの攻撃をぶつけるだけだ。
「「桜火落霜斬!!」」
2人の声が唱和する。
その叫びと共に数多は握った妖刀を振り抜く。
そして、その輝きが収まった時、女隔者の倒れる姿があった。
この一撃はたしかに、流れを覚者の下へと引き寄せる。たしかに、まだ隔者は戦闘力を残しており、『結界王』も健在だ。しかし、メインで回復を担っていた隔者達を倒すことに成功し、敵の主力の一角も崩すことに成功した。
そして、覚者達の側は命数を燃やしながらも、まだ戦闘続行は可能だ。それを裏付けるようにして、大樹の生命力が覚者達に降り注ぐ。
「いけそうだね」
ここでようやく、梛は口元をわずかに歪めて笑う。そう、この回復は彼の仕業だ。切り札的に用意していた技で、これを切ることになった辺り、自分たちの余裕の無さは自覚している。
とは言え、こっちにはまだ回復を行える覚者がいる。粘るだけだったら、まだまだ出来るだけの自信が梛にはあった。
「その技ももらうよ」
短く言って銀の棍を杖代わりに梛は隔者達の前に立ち塞がる。負けるつもりもない。その上で、自分が勝ち得るところまでやるだけだ。
そして、それはこの場にいる覚者達の総意でもある。ご神体を破壊させないことで、地脈を守る。それは当たり前の話だ。だが、その上で作戦を指揮する『結界王』自体を倒すことが成れば、彼の考える作戦は全て崩壊する。
『結界王』もまだ、自分の命が狙われていると気付いていない。今こそが唯一無二のチャンスだ。
ジャックは倒れた女隔者の息があることにほっと息をつく。隔者の中にはすでに冷たい躯と化した者もおり、その事実が彼のか細い神経をかきむしる。
だが、全身を朱に染めながら、渾身の力を振り絞って戦風を呼ぶ祝詞を上げた。
「風よ! 俺達に力を!」
戦の風が吹き荒れる中で、奏空は天に手を掲げる。
すると、何か光のようなものが奏空を覆っていく。それは武人の神とも言われる、仏の加護だ。その力は世界を守るため戦う覚者達の心を鼓舞し、敵に立ち向かう勇気を与える。
「勝負勝負! 私は壊すことしかできないけれど、悪を野放しにできる程堕ちてはいないわ」
零はそこでタイミングを合わせて、全身の身体能力を爆発させると、圧倒的なスピードでの攻撃を開始する。
これらはいずれも、かつて『七星剣』幹部暴力坂乱暴と逢魔ヶ時紫雨が使ったものだ。だが、それを合わせて使うのはすでに彼らの技ではない。
「こんなクズでも世界は守れるみたいなの。この覚悟をもって、今日、私は獣の一矢を放つのよ。賭けなさいよ、自分の命。私も賭けるわ、己の命!」
人間の身体能力を極限まで引き出す戦い方だ。その威力は尋常のものではない。その攻撃は『結界王』の守りすらも打ち破っていく。
血に染まりながら刀を振るうその姿は、凄惨であるとともに美しくすらあった。
「そうか……あなた達の狙いは、私の命か」
『結界王』の顔色が変わる。
「最早人間同士で小競り合いをしている時ではない。疾く斃れよ、結界王」
成の怪我は決して浅いものではない。
だが、自分の命を燃やすことで勝利を掴めるのなら、決して安くはない。
全身から血を流しながら成が大地に杖を突き立てると、そこから『結界王』の逃げ道を阻むように大地が隆起する。そして、巨大な岩槍はそのまま敵を貫き、動きを封じた。
その時、成の表情が「昔の新田成」のものへと変わる。普段の穏やかな表情からは想像もつかないその表情は、間違いなく彼が本気になった証左だ。
動きを封じられた『結界王』に対して、ここが勝負だとばかり覚者達は攻撃を仕掛ける。
奏空は両手に刃を握り締め、敢然と『結界王』に、そして災厄へと立ち向かう。
「FIVEの少年探偵、力に飲まれるあなたなどに!」
「前回は前世の記憶に飲まれちゃったけど……今回は自分の意思で戦うんだ! 真の目的が何であれ、暴力で日本を支配するなんて言っている奴らを放っておけない!」
奏空の刃が交差するように振り抜かれ、『結界王』の体に深々と突き刺さった。
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「勝負は預けます」
それが命数を燃やして逃げ去った、『結界王』の最後の言葉だった。覚者達はこの場で命を燃やし尽くす覚悟で戦った。対して、『結界王』はここで命を使い果たすつもりがなかった。
決着の趨勢を決めたのはそこだろう。
『結界王』の命を狙いに行ったことが、結果として隔者側に早い撤退を迫ることになり、この場を守り切ることに繋がった。
あれ程の手傷を負わせたのだ。しばらくは動けまい。いや、あるいはその傷を押して動き出す可能性もあるが。
ともあれ、これ以上ここが襲われないように千陽は、AAAに警護を依頼していた。先の話を聞いた以上、『結界王』を倒すまで放置できたものではない。
「言っとくけど、これ以上殺すのは許さんからな」
ジャックは倒れた隔者達の手当てをしながら、仲間たちに言う。もちろん、情報が欲しいというのもあるが、それ以上に彼がこれ以上の血を見るに堪えられないということだ。
理なくして剣を抜かず、徳なくして剣を握らず。
今のジャックなら、敵を守るために味方と戦うことも辞さないだろう。
「なんとかなったかな」
梛は大きく伸びをする。生憎技を奪うことは出来なかったが、当初の状況を考えれば十分な結果ではある。
それと同時に感じていた。
もはや『結界王』の暗躍は終わった。彼が舞台に姿を見せた以上、次こそは決戦になる。そして、その時はもはや近くに迫っているのだろうと。
