<黒い霧>暗躍、暗殺部隊
<黒い霧>暗躍、暗殺部隊


●黒霧による暗殺任務、再び
 ビル街を走る黒塗りのベンツ。
 その中に乗っているのは、初老の男性。財界の大物、大瀧・恵三。
 彼が一睨みするだけで、大概の企業のトップは黙ってしまうほどの影響力の持ち主。畏怖される存在ではあるが、彼がいなくなると財界が二分されるのではないかと言われる。その為、彼の存在は財界に必要だと主張する者が多い。
 その反面、大瀧はあらゆる手段で外敵を排除し、この地位までのし上がってきた男。それだけに大瀧を疎ましく思い、いなくなればと考える者も少なくない。

 ベンツはやがて、とあるビルの地下駐車場へと入っていく。
 その日、とある企業の創立50周年のパーティーが開催予定で、大瀧はそのゲストとして招かれていたのだ。
 ベンツを降りた彼はそのまま4人のSPに挟まれる形でエレベーターに向かって歩いていく。
 しかし、そこで、前を行くSP2人へとナイフと手裏剣が飛び、その首を一瞬で貫いた。
 後ろにいたSPもまた1人は首をナイフではねられ、もう1人は刀で斜めに切り裂かれてしまう。
「ぬうっ……」
 瞬く間にSPを全滅させられ、大瀧が呻く。
 そしていつの間にか、大瀧は自身の周りに濃い霧が発生していることに気づく。
「運がなかったね、大瀧・恵三」
 彼の前に現れたのは、涼しい顔をした1人の青年だった。
「き、貴様は……」
 大瀧はどこかでこの男を見た事があった。
 どこかの企業で秘書をしていたのだったか。それとも、別の企業の社長の孫だったか……。
 詳しくは覚えていなかったが、その身に纏う剣呑な雰囲気は直面してすぐ思い出せるほどに覚えている。
「恨むなら、敵を作った自身を呪いなよ」
 青年は手にした飛苦無を煌かせる。麻痺毒のついたその尖端を腹に埋め込まれ、大瀧は身体を痺れさせてしまう。
 麻痺毒に抵抗しようとする大瀧。しかし、次の瞬間、あっけなくその意識は途絶える。霧山がその背から苦無で心臓を貫いたのだ。
 そして、青年は小さく笑い、どこを見るでもなくこう言い放つ。
「見ているんだろう、F.i.V.E.……。止めてみなよ」
 彼は七星剣幹部の1人、『濃霧』霧山・譲(nCL2000146)。口元を吊り上げながら、彼は従える黒ずくめの者達……『黒霧』と共に、霧のごとくこの場から姿を消した。

 会議室へと集められたF.i.V.E.の覚者達。
 現れた中 恭介(nCL2000002)が、新たな依頼を持ち駆ける。
「財界の大物、大瀧・恵三が再び黒霧によって狙われる予知があった」
 彼は財界においてあらゆる手段を使ってのし上がった男だ。多くの人を蹴落とし、今なお路頭に迷う者もいるという話だ。
 それもあって、大瀧に敵は多く、彼は四六時中SPを雇っている。
 その隣の久方真由美(nCL2000003)が資料を配り、さらに補足説明を開始する。
「大瀧氏が黒霧に狙われるのは、これが二度目。しかも、今回は黒霧首領、『濃霧』霧山・譲が現場に姿を見せるようです」
 前回の大瀧氏襲撃の一件を簡単に説明すると、とある財界のパーティーの控え室に詰めていた大瀧氏を黒霧構成員が襲撃してきたというもの。
 この時は覚者達の活躍によって大瀧氏の防衛に成功したが、どうやら敵はまた彼の命を狙っているらしい。
「『濃霧』自ら動いているとあっては、放置するわけにも行かぬだろう」
 恭介が改めて真由美に説明を促すと、彼女は資料を見ながらピックアップしつつ話す。
 『黒霧』は、七星剣幹部だった先代、『濃霧』霧山・貰心が立ち上げた部隊。
 貰心の死因は不明だが、現在はその息子、譲が二つ名と親の基盤を受け継いで実効支配を行うと共に、親が行っていた活動を再開させている。
「情報収集、諜報、潜伏支配などといった黒霧の活動は先代の死後も行われていましたが、ここに来て、暗殺任務も表立って再開させています」
 諜報活動などは表に出ていないようだが、暗殺などは実際に覚者達がいくつか食い止めている。それもあって、霧山は自ら動き出したようだ。
「大瀧氏は某社で開催されるパーティーに参加しようと開催場所のビルへと向かい、その地下駐車場で黒霧の襲撃に遭うようですね」
 大瀧はSP4人に囲まれて移動をしていたが、黒霧は構うことなく襲撃を行う。
 ナイフなどで監視カメラを破壊した黒霧構成員達は速やかにSPを排除、大瀧の命を奪ってその場から離脱する。この工程を僅か1分にも満たない時間でやってのけるから、恐ろしい連中だ。
「霧山はこれまでになく、我々を挑発しているようにも見えるな」
 恭介がそう言うには理由がある。真由美の予知で、霧山が最後にこう告げたからだ。
「『見ているんだろう、F.i.V.E.……。止めてみなよ』と。明らかに私……夢見が視ているのを意識しているようでした」
 絶対の自信を持っている霧山。逆に考えれば、この場を潰せば彼の面目も丸つぶれだ。是が非でも、大瀧氏を守りきりたい。
「相手は強敵だ。気を抜かずに作戦に当たってくれ」
 恭介は覚者達に気を引き締めるよう促し、ブリーフィングを終えたのだった。


■シナリオ詳細
種別:通常(EX)
難易度:難
担当ST:なちゅい
■成功条件
1.大瀧の生存
2.なし
3.なし
 なちゅいです。
 再び、黒霧による暗殺作戦が結構されます。
 しかも、今回は霧山自ら作戦に参加しておりますので、
 作戦の阻止を願います。

●敵……黒霧、7体

 黒霧は以下のスキルを持っています。
・隠密……気配を全く感じさせず、移動することが出来ます。
 覚者であっても、発見は容易ではありません。
・離脱……戦闘が終われば、
 例え戦闘不能になっても戦場から跡形もなく消え失せます。

○霧山・譲(nCL2000146)……20歳、男性。七星剣幹部の1人。
 『濃霧のユズル』という二つ名を持っており、『黒霧』を率いています。
 暦の因子、天行。鋭聴力、面接着を所持。
 持っている飛苦無には、麻痺効果のある液体が塗られています。
 また、30%ほどの確率で2回行動してきます。

 以下のスキルを使用します。
 ・刺殺衝……物近単貫3(30・70・100%)
 1点に集中した気を発し、後方の相手ほど強く射抜きます。
 ・流星乱舞……特遠敵全
 煌く幾つもの流星を敵陣に浴びせます。
 ・真・霧隠れ……体術・特近列・失血
 濃い霧を噴射して自身と近場の敵を包み込み、連続して苦無で切りかかってきます。

○黒霧所属員×6
・小隊リーダー……藤本・円(ふじもと・まどか)。
 27歳女性。翼×水。刀を武器としております。
 力量は覚者の皆さんより、やや上。
 上からの任務を愚直に守る、やや寡黙な女性です。

・小隊員×5
 藤本が率いる小隊です。
 暗部活動を行う組織の末端メンバーで、全員が黒装束を纏っております。
 男×4、(彩×土、怪×木、翼×水、現×天)、女×1(獣(狐)×火)。
 ナイフ、飛び道具を所持。遠近両方に対応してきます。

●NPC
○大瀧・恵三(おおたき・けいぞう)、67歳。
 財界の大物。企業グループを纏め上げ、
 経済団体でも幅を利かせられるほどにのし上がった男です。
 それだけに敵も多く、
 誰が黒霧に暗殺依頼をしたのかもわからぬ状況です。

●状況
 現場はとあるビルの地下駐車場です。
 駐車場は1層のみ。
 入り口は車で入る地上からの緩やかな下り坂、
 そして、ビル内に通じるエレベーター2機と非常階段です。

 100台程度停車できるスペースがあります。
 覚者が現場到着のタイミングでは、
 15台程度がランダムに停車しています。
 一定値以上の攻撃を受けると爆発、
 周囲8マスの位置にいる者にダメージを与えます。
(車は2台が隣り合わせには配置されていません。
 また、スプリンクラーが働く為、ビルに引火することはありません)

 予知では、
 大瀧はSP4人に挟まれて地下駐車場に降り立ったところで、
 潜伏していた黒霧らに襲われてしまいます。
 覚者達は、大瀧の車とほぼ同時に駐車場に飛び込む形。
 黒霧構成員はすでに内部の物陰に潜んでおり、
 F.i.V.E.出現の次のターンに霧山が現れます。

 なお、前回大瀧が襲われた一件は、
「<黒い霧>動き出す暗殺部隊」(id=1265)を参考にどうぞ。
 読まなくとも判定に影響はありません。

 それでは、よろしくお願いいたします。
状態
完了
報酬モルコイン
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
(2モルげっと♪)
相談日数
6日
参加費
150LP[+予約50LP]
参加人数
7/10
公開日
2017年10月09日

■メイン参加者 7人■

『星唄う魔女』
秋津洲 いのり(CL2000268)
『探偵見習い』
賀茂・奏空(CL2000955)
『赤き炎のラガッツァ』
ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)
『冷徹の論理』
緒形 逝(CL2000156)

●霧山・譲という男
 ビル街を移動し、現場に急ぐF.i.V.E.の覚者達。その表情は険しい。
「やはり、黒霧は大瀧様の暗殺を諦めてはいなかったのですね」
 三つ編みの少女、『星唄う魔女』秋津洲 いのり(CL2000268)が、皆に聴こえる声で呟く。
 今回の依頼は突発的に、財界の大物、大瀧・恵三を襲い来る黒霧構成員達の撃退だ。
「律儀だねえ。この前の葦原ちゃんの伝言が届いたみたいさな」
 いのりに対して、スーツ姿にフルフェイスを被った『冷徹の論理』緒形 逝(CL2000156)が言葉を返す。
「ようやく、出てきたか」
 吊り目三白眼の黒髪の少年、『歪を見る眼』葦原 赤貴(CL2001019)が前回の護衛任務で、黒霧構成員達に言ったのは……。
『F.i.V.E.を潰したければ、自分で動け。……そう親分に伝えておけ』
 そのせいなのだろうか。その親分が現場に姿を現すという。
「あら……。直接出てくるのね、ユズル」
 銀の長髪を靡かせる、『霧の名の鬼を咎める者』エメレンツィア・フォン・フラウベルク(CL2000496)は、それが姿を現すことに少しばかり驚きを見せている。
「霧山本人が登場か……」
 灰色の髪の少年、『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)は額に皺を寄せる。
 霧山に会うのは初めてとのことだが、彼は仲間を通して様々な噂を耳にしていた。
「自分であまり動かず、配下の者達にいろいろやらせてるって。そんな奴が自ら動くなんてね……」
 七星剣、『濃霧』のユズル。それが直接出向いてくるとなれば、厳しい戦いとなるのは間違いないだろう。
「けれど、何があっても暗殺など行わせません」
 毅然といのりが言い放つ。もちろん、皆、同じ心持でこの任務に参加している。
「あまり、関わっていないからかも知れませんけれど……」
 そんな霧山の話に、穏やかな印象の上月・里桜(CL2001274) だけは少しだけ違う考えを仲間達へと語る。
「なんとなく、霧山・譲という方を憎む気にはなれなくて」
 黒霧という組織に生まれた霧山は、生き延びる為にあんな風にならざるを得なかったのかもしれない。里桜はそう彼の心境を推し量る。
「……やっている事は、認められませんけれど。とにかく、暗殺は止めないといけませんから……」
 結果として、黒霧を止めねばならないという点においては、里桜は仲間と一致している。
「……にしても、テコ入れかね?」
 逝は霧山が動くタイミングが遅かったことに疑問を抱く。面識があるから、任務に支障が出て困る……などと推論を口にしていたが、考えすぎかと彼はそれを一端脇に置く。
「このところ、俺達の活躍で黒霧の失態が続いてるからね。あれは挑発じゃなく、焦ってるのかもしれない」
 奏空は敵の状況をそう分析する。少なくとも、F.i.V.E.の夢見が視た事件は悉く失敗しているのは間違いない。
 それらにおいて黒霧構成員を撃退はせども、未だに1人も捕らえられていないのは、敵が持つスキル『離脱』にある。
 『離脱』は文字通り、戦場から即座に離脱することができるスキル。F.i.V.E.もこれに散々手を焼かされていた。
「今回は、『雷獣地縛』を習得した方もいらっしゃいますし……。今まで通りには行きません」
 黒髪のクォーターの少女、『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)が言う『雷獣地縛』。これこそ、黒霧構成員を戦場に留めることができる、唯一の対策スキル。
 できるならば、構成員を1人でも捕らえ、黒霧についての情報を聞き出したいところだ。
「今回も地団駄を踏んで帰ってもらうぞう」
 逝は腕を鳴らし、見えてきた目的のビルを仰ぐ。
 そんな中、いのりはビルよりさらに上、青空を見上げて。
(いのり達のこの力は、誰かを護る為に使わなければ。そうですわね? お父様、お母様)
 今は亡き両親にいのりは問いかけながらも、戦地に赴くのである。

●黒霧、強襲
 地上から緩やかな下り坂を降り、一台の黒塗りのベンツがビルの地下駐車場へと入っていく。
 そこは現在、利用者はまばらといった状況。ベンツは空きスペースへと停車するのだが……。
「大瀧様、車から出てはいけません!」
 それと同じタイミング。覚醒して女子高生の姿に成長したいのりが叫ぶ。ボンデージ衣装を纏う彼女は、仲間と共に駐車場へと飛び込んでいく。
「停めろ」
 車内で初老の男、大瀧は運転手に指示を出し、停車させてからSP共々車内で待機する。
(大瀧さん、お久しぶりです。F.i.V.E.です)
 続けて、髪を金色に変色させた奏空が送受心・改を使い、意識を伝達する。彼はそのまま、前回お会いした探偵見習いの工藤だと名乗った。
(F.i.V.E.ということは……)
(はい、黒霧がまた大瀧さんを狙っています。すでにこの駐車場に紛れているはずです)
 察しの良い大瀧のこと。話が早くて助かると奏空がいささか安堵する。
(出来るなら、そのまま来た道を車で逃げて欲しいけど……)
(愚策だろうな。俺を真っ先に狙うのは明白だ)
 これまた、大瀧はすぐ先を読む。のこのこ出て行ったところで、黒霧から逃れられるわけもないことを重々承知していたのだ。
 大瀧は同時に、SPらに小声で何か告げていた。どうやら、車内から出ないこと、そして会場入りが遅れることをイベント主催者へ伝達を任せていたらしい。
(だから、俺達がここで貴方を守って、黒霧を撃退します!)
(うむ、抜かりなく頼む)
 前回の成果もあり、彼は奏空の働きに期待を込めて言葉を投げかけた。
 さて、駐車場内だが、照明があって中はさほど暗くはない。
「隠密は確かに厄介だが、穴も有る……何がとは言わんよ。使ってる以上は知ってるでしょ?」
 逝が聞こえよがしに声を出す。相手はこの駐車場のどこかにいるはずなのだ。
 髪を真紅に染めたエメレンツィアは熱感知で黒霧構成員がどこに潜むかを探り、いのりもまた敵の匂いをかぎわけることでその位置を探る。
(嗅いだ事のある匂いですから、解るとは思うのですが)
 確かに、いのりはそれらしき匂いが駐車場に紛れているのを感じる。だが、位置の確定となると、全ての把握は難しい。
 一方、エメレンツィアは物陰に潜む黒霧の存在に気づく。
「あっちの物陰に2人、それに、そちらの車の陰に1人……」
 それでも、3体。彼女はさらに捕捉を続ける。
 里桜は大瀧が車から降りないことを確認しつつ、感情探査で残りの黒霧の位置を探る。
「……上です」
 どうやら、天井に這いついていたのが2人いたらしい。そいつらは飛び降り、動き始めた。
「後1体は床下よ」
 敵の殺意、忠誠といった感情を感じ取った逝が指摘したとおり、マンホールに潜んでいた1体が飛び出す。そいつは前回、構成員を率いていた、黒霧、藤本・円に間違いない。
「来ます!」
 魔女っ子スタイルに変わったラーラが超視力を働かせ、敵の動きを捕捉しようとする。物陰からも黒い影が飛び出し、大瀧の乗ったベンツへと向かっていた。
「花装に守宮、攻め手を捌いて守っておやり」
 同じく、大瀧の所在を確認した逝はその車を守るように立ち、戦闘機の両翼のごとく変化させた両腕にそれぞれ妖刀を握って構える。
(こういった仕事は信用第一だから、まず信用を無くしてやれば良い)
 失敗が積み重なれば、客は離れる。黒霧とてそれは例外ではないはず。
 そんなことを考えながら、逝は車から降りてきた大瀧をガードする。先ほど、下車したら逝の後ろに向かうよう彼に伝達するよう奏空に依頼していたのだ。
 向かい来る黒い影。黒霧構成員はナイフや飛び道具を煌かせ、大瀧を狙ってくる。
 それらは、布陣を固める銀髪となった赤貴が防ぐ。
(退避は仲間に任せればいい。オレは敵の殲滅に集中だ)
 敵を一人でも、一手でも早く削る為、赤貴は鯨骨斧で地を這う連撃を繰り出し、襲い来る敵を纏めて削りにかかる。
 だが、手下だけを相手にしていても埒は明かない。赤貴は依頼の成功を念頭において動いてはいるが、その中で彼はチャンスを狙う。『濃霧』霧山・譲に牙を突き立てる、絶好のタイミングを。
 里桜はその間、守護使役の朧に駐車場内部の車の位置を把握させ、大瀧を守って戦うのに適した場所を探す。
「あちらはどうでしょう」
 停められた車から離れた場所。残念ながら、壁際とは行かなかったが、今黒ベンツのそばにいるよりはと、仲間達にそちらの移動を促す。
「対象近くの車で爆殺されるとか、お間抜けにも程があるもの……」
 とは、黒霧構成員の攻撃を防ぐ逝の談。敵の飛び道具が幾度かヒットした入り口そばの車が煙を上げている。
 それに紛れ、新たな影がこの場に姿を現す。
「パシリ任せでふんぞり返るのは、もういいのか?」
 赤貴がすぐ視線を走らせ、その影に呼びかけた。
「しつこいですね、譲さん。あんまりしつこいと嫌われますよ?」
 ラーラもそちらを注視する。この場に現れたのは、黒霧現首領、霧山・譲だったのだ。
「やはり来たね、F.i.V.E.……」
 構成員達が跪く中、霧山は余裕を崩さず、覚者達の姿を見回す。
 逝は相手の能力を引き出そうと注視する。とはいえ、さすがに抵抗が大きく、ジャミングがありすぎてなかなか把握が難しい。
「このようなビジネスを、決して認める訳には参りませんわ」
 いのりは霧山にきっぱりと言い放つ。
「いのり達が必ず阻止しますから、クライアントへの言い訳でも考えておおきなさい!」
 声を荒げる彼女にも、だからなんだと言わんばかりに見下す。
「アナタにとって、この小物はそれほど大事な標的なのかしら。それとも、この依頼を出した相手がそれほどの上客なのか」
 続いて、エメレンツィアが平然と霧山を見つめる。
「……私達に喧嘩を売りたいだけってことはないわよね。いずれにせよ、絶対に止めてあげるわ」
「しつこいって言葉は、君も大概だね。エメレンツィア」
 瞳を閉じた霧山は愛用の苦無を手にして。
「もっとも、君達が来ることを予測したからこそ……だけどね」
 霧山はすぐに濃い霧を噴射して襲い掛かってくる。その相手は、覚者達が庇う大瀧。逝、赤貴が身構える中で、黒霧構成員達も動き出す。
(大瀧様の居場所は……)
 いのりは事前に想定していたとおり、瞬時に守るべき対象の位置が把握できないと感じて。
「何も見えん!」
 即座に変装、さらに声色を変化させたいのりは、大瀧に扮した。
 そこへ、霧山が襲い来る。涼しい顔で彼は苦無を振るい、的確に相手を……いのりを処理しようとしていく。
 仲間達の対処が遅れてしまったこともあり、いのりは急所を抉られることとなる。
(暗殺等成功させない。例えこの命を賭けてでも)
 想像以上のダメージに、彼女は気を強く持つ。一瞬の隙が命すらも削られてしまう。
 しかも、それすらも一時凌ぎ。敵はその気になれば、覚者であってもやすやすと命そのものを奪う相手だ。
(でも、一時あれば十分ですわ)
 歯を食いしばるいのり。その前に奏空が2本の忍者刀を手に飛び出す。
「大瀧さんは殺させないよ。黒霧の思惑通りになんかさせない!」
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ!」
 ラーラも手に炎を燃え上がらせ、臨戦態勢に入る。
 霧が包み込む駐車場。ラーラの炎はその中で強く存在を主張していた。

●霧の脅威
 襲い来る黒い影。
 霧に紛れて襲い来る暗殺部隊は脅威。狙われた大瀧も場数は踏んでいるようだが、それでも敵の放つ殺気に身をすくませていた様子だ。
(おっさんが大瀧に張り付いて、味方ガードすれば……)
 背後の大瀧をメインで守るのは、後ろに陣取る逝。だが、フルフェイスから冷や汗が首へと流れ落ちる。
(離れない限りは何とかなるかしら)
 今回は後ろからでなく、率先して攻めてくる霧山の攻めに、屈することなく防御を続ける。
 そして、逝の要望もあって、メンバーは少しずつ駐車場に止まった車から離れ、里桜が指定したポイントへと移動していく。
 投擲した黒霧のナイフや飛び道具が突き刺さり、流れ出るガソリンによって今にも引火しそうな車もあるのだ。
 奏空は車の中にいてもらうことも考えたが、今更大瀧に再び車に戻るよう言うこともできないだろう。
「大滝さん、SPの皆さん、前に出ないでくださいね」
 そのまま、奏空は陣形を組み出した後方目掛け、駐車場上部に発生させた雷雲から激しい雷を叩き落とす。
 覚者達が移動したことで陣形を組み直していたが、SP達はその後ろへと下がる。
 壁際でないことが懸念部分ではあるが、ラーラはそのまま治癒力を高める香りを仲間に振り撒く。
 霧山の苦無についた麻痺毒、そして失血と厄介な異常攻撃。ラーラは前方の奏空へと呼びかける。
「奏空さん、いつものあれ、いけますか?」
「はい、いけます!」
 応じた奏空は法薬を宿した瑠璃光を発し、ラーラと合わせて極力仲間の治癒力を高めていた。
 指示が大瀧に出ている事を見たエメレンツィアはSPの状況も確認し、仲間を含めて癒しの雨を降らして彼らのサポートも行う。現状、大瀧の防衛に力を注いでいるが、どこまで持つか……。
(これでは、ケイゾウを逃がせないわね……)
 敵全員を目視してはいるが、エメレンツィアは自分が霧山なら、あえて対象を逃げさせてから部下に仕留めさせるくらいのことはする。現状は動かず攻めるのが最善だろう。
 そこで、いのりが敵に纏めて、恐怖、激情、焦燥といった感情を呼び起こす。さすがに霧山や小隊長の藤本に効果は見られないが、隊員2人を混乱させた。
 それでも、黒霧メンバーに大きな隙をつくるには至らない。
(この騒乱に紛れて、面接着等で背後を取るかもしれない)
 現状、逝が抑える霧山。奏空もそのブロックに回りたいが、構成員が邪魔でなかなか近寄れない。
 フリーになる構成員を赤貴も牽制していた。そいつが覚者達を回りこんで、大瀧を狙うのは明らか。
 丁度、いのりが敵全体に絡みつくような霧で包み込む。黒霧に迷霧は決して効果がないわけではない。
 身体能力を落とす敵を超視力で捉えた赤貴は津波のように炎を巻き起こし、黒霧達を飲み込む。
「なら、こちらにも考えがある」
 そこで、ニヤリと微笑む霧山。この場に煌く流星を呼び起こし、覚者達へと浴びせかけていく。
 逝が大瀧をカバーするが、SP達が纏めて地に伏すこととなってしまう。いのりも先ほどのダメージと合わさり、倒れる身体をなんとか堪えていたようだ。
「悪いねえ……。ちとSP達までは守れんよ」
 バツが悪そうに、逝が倒れるSP達に告げる。できることといえば、精々相手にトドメを刺させないようするくらいか。
「ふん、長期戦覚悟か、上等だよ」
 本気になって攻めてくる霧山。敵であるF.i.V.E.どころか、味方であるはずの藤本ですら身を震わせている。
 前に立つ里桜はそんな霧山に注意を払いつつ、防御シールドを展開して構成員の攻撃に備える。
 その上で、中衛に立つラーラ、エメレンツィアは自分達の力を高める。
「むう……」
 F.i.V.E.と黒霧。削り合いの消耗戦。護られる大瀧はただ、それを見つめる事しかできないでいた。

 駐車場で巻き起こる爆発。
 停められた車に黒霧の飛び道具が命中し、ガソリンに引火してしまったのだ。
 その火を消すべく、スプリンクラーが作動し、F.i.V.E.と黒霧両方の体を濡らす。
 全身を水浸しにする覚者達は、黒霧の力の脅威を実感していた。
 構成員の力はF.i.V.E.の覚者達には劣るが、それは彼らが弱いことを意味しているわけではない。
「……速やかに小隊員を撃破して、数だけでもアドバンテージを獲得すべきですね」
 ラーラは敵の力に気圧されながらも、魔法陣から真紅の猫を呼び出して構成員達へとけしかける。燃え上がる猫は鋭い爪で引っかき、相手の体に痺れを走らせていた。
(迂闊に飛び込めば、足元を掬われる)
 赤貴は後方の大瀧がまだ健在であることを時折確認しながら、痺れによって硬直する構成員を鯨骨斧で切り伏せ、徐々に数を減らす。
 そして、奏空が先日得た雷獣地縛を発動させる。倒れる構成員はこの地に繋ぎ止められ、離脱すらできないようだった。
 できれば、拘束したいが、今は大瀧の身の安全が優先とラーラは炎の塊を出現させて、相手へと飛ばしていく。
 倒れる隊員には目もくれず、小隊長、藤本・円は淡々と刀を操り、前線の里桜や奏空を切りつける。
 応戦する奏空も忍者刀「KURENAI」、「KUROGANE」で連続して斬りかかり、相手の数を減らすことに尽力する。
 ただ、敵が黒霧の小隊だけであれば、覚者達も多少苦戦しても力でねじ伏せられたかも知れない。
「さすがは七星剣、ですね……」
 ラーラが流す汗は、決して自らの操る炎が熱いからではありえない。
 本格的な交戦が初めてとあって、未知数だった霧山の力。その力を存分に発揮した彼を覚者7人がかりでも、抑えきれない。
 父親から七星剣を継いだのは、決して親の七光りだからというわけではない。実力で勝ち得た地位であることを、力で実証していた。
 対する覚者達も色濃く疲労の色を出しながらも、黒霧に対する。
 中衛にいたエメレンツィアは手隙に近場の車でも霧山に突っ込ませようなどと考えてもいたが、さすがにそんな暇もない。癒しの滴や雨を、仲間に振り撒かねばならない状況が続く。
 最初は、生成した岩を構成員達へと叩きつけていた前線の里桜。サポートの為にと彼女も潤しの雨を降らせていたが、それでも厳しい。
 霧山の攻撃は序盤、後方の逝に向いていた。一度、逝が霧山の霧がくれをまともにくらってしまい、命を砕いたタイミング。構成員数が減ったこともあり、霧山の狙いは中衛陣に後退する。
「それで、ユズル。アナタは私達に何の用があるのかしら?」
 接近しての対峙は、彼が『黎明』の一員に成りすまし、F.i.V.E.に潜り込んできた以来だろうか。
「確実にケイゾウを殺す為というよりは、私たちに何か用があってこの場に来た。そうじゃないかしら?」
「邪魔なんだよ、君達は。僕が何をするにしてもね」
 彼に躊躇など微塵もない。エメレンツィアも霧山の攻撃を直接受け、薄れ掛けた意識を強く持ってから実感する。
(ユズルの攻撃力を前に、やっぱり長期戦なんて……)
 だが、ようやく得た機会だからこそ、霧山の意思を確認したかった。
「アナタをここで止められれば、それで良いのだから」
 そして、こうした対峙に、彼もまた意味を見出していることを確認し、エメレンツィアはなぜか嬉しそうに笑う。
「この場は絶対に通さないし、ケイゾウを殺させもしないわよ」
「それはどうかな」
 任務遂行の為、霧山は笑みを湛えたまま、覚者達を倒していく。
 次の瞬間、凶刃は炎の玉を飛ばすラーラにも及ぶ。その身を焦がす彼女も、命の力に頼って立っていた様だ。
 そこで、いのりが冥王の杖を振り上げる。さらに車を爆破させぬよう、彼女は黒霧構成員だけをターゲットとし、星のように輝く光の粒を敵陣に降らせて行く。
 それによってまた構成員が倒れ、奏空は小隊長、藤本へと猛攻を仕掛ける。
 模倣とはいえ、逢魔ヶ時・紫雨の剣技ならば。速度を圧倒的な力に変え、彼は全力で斬りかかった。
「…………っ」
 崩れ落ちる藤本も離脱を使えず、この場でがっくりと倒れ伏した。
 事前の情報によれば、藤本は黒霧に対する忠義の厚い人間とのことだったが、霧山は戦闘の邪魔とばかりにその身体を蹴って見せた。
「結界王とやらとは仲が良くないのかしら。道具の使い方が荒いわよ」
 逝は幾分か余裕ができたのか、岩を纏って身を固める。
 だからといって、敵の猛攻が止んだわけではない。
 霧山は時に気の一突きで複数メンバーを射抜き、全員に降らせる流星は強く覚者達を打ちつける。気を抜けば、あっさり昏倒してしまう。
 回復支援を受けていた里桜、赤貴も一度、霧山が降らせた流星によって倒れ、命を振り絞って立ち上がって霧山に対していた。
(どうせ霧山のヤツは、好きに引っ掻き回して自分の都合で消えようとするだろう)
 鋭い視線を向ける赤貴は攻めくる相手が霧山だけになったことで、決定的なチャンスを狙う。
 それを察した奏空が霧山へと飛び込む。肉を切らせて骨を断つ。素早い動きで霧山の体を斬り付け、血を流す。
「……浅いよ」
 小さく告げた霧山は濃い霧を発し、苦無の連撃を浴びせて奏空を地に沈めた。その傷はかなり深いが、奏空もすぐに飛び起きて敵と対する。
 命すら砕いてでも奏空が作った隙を、赤貴は逃さない。
(一撃でいい、この刃が届くところまでは意地でも踏み込む)
 強く握りしめた拳は、数え切れぬ実践で培った正しき拳。それを、赤貴は正面から霧山へと振るう。
「いつまでも、舐めた真似ができると思うな……!」
 ただ、叩きつけるだけではない。己の全てを、魂すら込めて、赤貴は霧山へとぶつけていく……!!
「ぐっ……!」
 これまで、一度たりとも歪んだことのなかった霧山・譲が初めて、顔をしかめた。
 それは、赤貴の執念というべき呪い。強く、頬に叩きつけられ、霧山の体が地面を強く跳ね、転がる。
 ………………。
 ………………。
 しばしの沈黙。スプリンクラーが、停止した。
「…………」
 ゆっくりと身を起こす霧山に笑いはない。完全に表情を殺した霧山は大瀧を狙って苦無を投げ飛ばしてくるが、逝がそれを打ち落とす。それが、彼の最後の一撃となった。
「やはり、危険な存在だ。F.i.V.E.……」
 そう一言残し、霧山は離脱が使えぬ状況を察して、大きく跳躍して地下駐車場から去っていった。
 里桜が雷獣地縛を働かせてはいたが、どうやら交戦の最中に構成員は目を覚まして自力でこの場から逃れていたらしい。駐車場には2人だけが気絶した状態のままで倒れていた。
「深追いは避けるべきだな」
 赤貴は魂を使った消失感もあってか、力が抜けてしまい、尻餅をついてしまう。
「お宅訪問もしたいさね。この道具に場所を聞かんといかんな」
 息ついてこの場に転がる逝が告げる。その周囲の水溜りに、彼のものと思われる血が色濃く混じっていた。

●死闘の果てに……
 なんとか、黒霧を撃退できた覚者達だったが、全員が疲労困憊、ふらふらといった状態。
 それでも、無事な大瀧の姿に、いのりは安堵の息を漏らしていた。
 残念ながら、ほとんどの構成員は戦いが終わる前に目覚め、自力でこの場から逃げ出してしまった。それでも、覚者達は2人を戦闘不能に陥らせた上で拘束に成功する。
「……野放しにはできんし、情報を得られる可能性がないわけではないからな」
「お宅訪問できるといいのだけどねえ……」
 呟く赤貴、逝もかなり消耗し、水浸しの駐車場の床に転がっている。
 大瀧が救急車を手配してくれていたこともあり、覚者達が安静にできる環境は整いそうだ。SP達も重体ではあったが、全員息はある。こちらは助かることを願うばかりである。
 また、F.i.V.E.のスタッフも直に駆けつけるはず。雷獣地縛を覚えたスタッフもいたようで、彼らに捕まえた黒霧構成員を引き渡せば逃げられることはないだろう。
「霧山は上手い言い訳を思いつきましたかしら?」
 依頼人に対し、霧山はどんな対応をするのかと考えるいのり。
「譲さんの面目を潰すことが出来たようですが……。その後はどんな行動にでるんでしょう」
 ただ、飄々とした態度の霧山が次にどんな手を打って来るのか。ラーラは若干の不気味さを覚えずにはいられないのだった。




■あとがき■

魂を投げ打ってでも与えた一撃。

その覚悟は、しっかりと届きました。




 
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