黄泉の岩戸
黄泉の岩戸



 八神勇雄では駄目だ。七星剣は保たない。
 単純な暴力に関して言うなら、八神勇雄は確かに最強である。
 あの男にはしかし、何を考えているのかわからないところがある。
 七星剣という組織を一体どこへどのように導くつもりでいるのか、ビジョンを全く示そうとしない。そんなものを持っているのかどうかも不明だ。
 今のままでは、我ら七星剣に未来はない。場当たり的な暴力組織として、下手をすると自滅の道を歩む事となる。
 そうならぬために最も必要なもの。それは、八神勇雄に代わる新しい力だ。
 その力を、私が制御する。
 私こそが、七星剣を導く者となるのだ。私には、七星剣の今後に関する明確なビジョンがある。
「そう、私こそ……私こそがっ、私こそが……ぁ……ッ!」
 それ以外の言葉を私は一切、失っていた。
 視界の隅に、私の右足が転がっている。左腕は見当たらない。
 私の部下たちは手足どころではなく、ある者は生首を転がし、ある者は臓物をぶちまけていた。
 皆、一騎当千の隔者である。
 その全員が今、引き裂かれ、叩き潰され、人の原型を失ってゆく。もはや死体ですらない、肉の残骸と化してゆく。
 1人の女が、舞っていた。
 恐らくは女であろう。身にまとっているのは、巫女装束によく似た女物の衣服である。所々、勾玉で飾り立てられている。
 そんな装束が雅やかにはためき、翻る。
 それに合わせて私の部下たちが、片っ端から砕け散ってゆく。
「う、うわぁああああ助けて、助けて下さい石堂さん!」
「くそっ、話が違ぇじゃねえか! あんたが、こいつをちゃんと操れるって言うからああああッ!」
 部下たちの最後の2人が、叫びながら死んだ。脳髄が、各種臓器が、洞窟の地面に流れ広がる。
 雅やかな装束のはためきと共に、毒蛇のようなものが超高速でうねり舞っているのを、私はようやく視認していた。
 はためく袖から、蛇か、蛸の足あるいは百足か、とにかく細長い凶悪な何かが何本も溢れ出し、超高速で宙を泳ぎ回っている。
 勾玉で飾り立てられた、古代の巫女装束。その中身は、美しい女の身体ではなく、おぞましい肉塊であった。
 その一部が触手状に伸びて、私の部下たちを薙ぎ払い打ち砕いたのだ。
 そんな異形の古妖が、ゆらりと迫り寄って来る。
 私ならば、この古妖を自在に操る事が出来るはずであった。
 怪の因子を持つ私であれば、古妖をことごとく支配下に置く事が出来る。七星剣最強の黄泉である、この私であれば。
 そのはずで、あったのだ。
「やめろ……く、来るな……」
 出血多量でも、私は意識を失う事が出来なかった。
「私だぞ……貴様を、この現世へと解き放ってやったのは……私なのだぞ……」
 島根県某所の、洞窟内。
 黄泉の国と繋がっている、と言われる場所は日本全国いくつも点在しているが、私の知る限り「本物」はこの洞窟だけだ。
 最奥部、行き止まりの岩壁に、その扉はあった。
 一見、単なる巨石である。岩壁の一部でしかない。
 物理的手段では、いかなる重機・爆薬を用いても決して開く事は出来ない、岩の扉。
 かの天岩戸を思わせる、この巨石を動かす事が出来るのは、人外の力に目覚めた者だけだ。
 すなわち覚者、あるいは隔者。
 我々はこの岩戸を動かし、開き、解き放ってやったのだ。
 黄泉の国から現世へと出たがっている、この女を。
 黄泉大神の命令を実行する。そのためにのみ、神話の時代より存在し続けている古妖。
 このまま放っておけば、いずれ八神勇雄を、ファイヴを、滅ぼしてくれるかも知れない。
 その前に今、間違いなく、私が滅ぼされる。
「や、やめろ……やめてくれ、助けてくれぇええ……」
 私の言葉に全く聞く耳を持たないまま、古妖は古妖で言葉を発していた。
「……ひとひに……ちがしら……くびり、ころさん……ちぎりころさ……ん……」
 神話の時代から、その言葉だけを繰り返し、その思考だけを持ち続けてきた女たち。
 この1匹、だけではない。いくつもの禍々しい気配が、開かれた岩戸の奥から漂い出す。
 黄泉の使者たちが、この現世へと現れ出でようとしている。
 止める事は、私にはもはや出来ない。
「ちがしら……くだき、ころさん……」
 古妖の触手が、私の全身を引き裂いているからだ。


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:小湊拓也
■成功条件
1.古妖・黄泉醜女の撃破(出現しているもの全て)
2.岩戸を元に戻す
3.なし
 お世話になっております。ST小湊拓也です。

 今回の相手は古妖・黄泉醜女。
 場所は島根県某所、洞窟の内部で、岩の広間といった感じの空間であります。広々としてはいませんが、覚者の戦闘行動に支障はありません。ただ暗視、もしくは何らかの照明は必要となるでしょう。

 洞窟の奥では、黄泉へと通じる岩戸が開いております。
 ここから黄泉醜女の最初の1体が出現し、岩戸を開いた七星剣隔者・石堂雅博を殺害したところへ、まずは皆様に駆け付けていただく事になります。そこが状況開始です。

 黄泉醜女は「人間を殺す」以外の行動を一切、取りません。
 攻撃手段は、伸縮自在の触手による、薙ぎ払い(物遠列)、貫通(物近単、貫通3)、乱れ打ち(物遠全)です。

 岩戸が開いたままである場合、3ターン目に2匹目の黄泉醜女が出現。以後3ターン経過と共に1体というペースで際限なく増えていきます。出現した黄泉醜女は、そのターンから前衛として戦闘行動を開始します。

 当然、早急に岩戸を閉じていただくわけですが、この巨石の扉を動かすには腕力ではなく、因子の強さが必要となります。
 具体的には、レベル35以上の覚者の方であれば1ターンで岩戸を閉ざす事が出来ます。レベル34以下の方であれば2ターンが必要、ただし2人がかりなら1ターンで可能です。
 その間もちろん「巨石の扉を動かして黄泉の入り口を塞ぐ」以外の行動は一切、取れません。

 岩戸を閉ざせば黄泉醜女の出現は止まりますが、すでに出現しているものは1体残らず退治して下さい。放っておけば洞窟を出て人を殺しますので。

 それでは、よろしくお願い申し上げます。
 
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(0モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
公開日
2017年10月05日

■メイン参加者 6人■

『ファイブブラック』
天乃 カナタ(CL2001451)
『エリニュスの翼』
如月・彩吹(CL2001525)
『天を翔ぶ雷霆の龍』
成瀬 翔(CL2000063)


 七星剣の隔者たちが、食用に適さぬ屑肉となって、洞窟内に散乱している。
 血の臭いに鼻を塞ぎながら『ファイブブラック』天乃カナタ(CL2001451)は、つい軽口を叩いていた。
「おっ、俺……今日の朝飯、ハンバーガーでさぁ。挽肉たっぷりの奴」
「お黙り」
 やんわりと言いながら、『エリニュスの翼』如月彩吹(CL2001525)が溜め息をつく。
「頭が痛くなる事態だね……力の強い化け物なら、そもそも思い通りに操れるわけがないだろうに」
「古妖ってのは」
 呻いているのは『守人刀』獅子王飛馬(CL2001466)である。
「……お気軽に触っちゃいけねえ相手なんだな、やっぱり」
 彼の守護使役が、ふわふわと浮揚して炎を吐き、洞窟内の照明となっている。
 照らし出されたのが、この虐殺の光景だ。
 その中央に佇む怪物を見据えながら、『愛求独眼鬼/パンツハンター』瀬織津鈴鹿(CL2001285)が呟き唱える。
「うるわしき、あがなせのみこと……かく、せば、いましのくにの、ひとくさ……」
「……ひとひに、ちがしら……くびり、ころさん……」
 呼応するかの如く、怪物が言葉を発する。
 勾玉で飾られた巫女装束から、触手の群れが禍々しく伸び現れて獰猛にうねる。
「黄泉醜女……父様母様から聞いた通りなの。おぞましい、彼岸の住人……」
 息を飲む鈴鹿に、『白の勇気』成瀬翔(CL2000063)が問いかける。
「鈴鹿……今のは? 何か、古文の授業で聞くような」
「黄泉大神が地上へ向けて放った、呪いの言葉なの。黄泉醜女は、それを忠実に実行するだけの存在……生あるものを殺める、以外の行動を一切取らない古妖なの」
 鈴鹿の声が、震えている。
「そんなものを呼び出して利用する……なんて……人間は、相変わらず愚かなの」
「そんな人間ばかりではありませんよ。まずはワタシたちで、それを証明しましょう」
 言いつつ『美獣を狩る者』シャーロット・クィン・ブラッドバーン(CL2001590)が、蓮華を抜き放つ。
「今回の敵の名前……ヨモツシコメ、と読むのですね。ただ人を殺すだけの存在であるならば」
 抜き放った刃を、シャーロットは眼前に立てた。
「斬り捨てる、のみ」
「そいつらの出入り口も、塞がねえとな」
 飛馬の鋭い眼光が、黄泉醜女を迂回して洞窟の奥へと向けられる。
 行き止まりの岩壁に、大穴が開いていた。
 その傍らに、大穴を塞いでいたのであろう巨石がある。
 七星剣の隔者たちは、この巨石を動かし、大穴の奥にいた怪物を解き放ってしまったのだ。
「よもつひらさか……とかいうのが、あの中にあるのか? あの世へ行く道……」
 言葉と共に翔が、13歳の少年から23歳の青年へと変化してゆく。
「そんなもの開いて、どうするんだよ……いくら七星剣で権力取ったって、あの世へ行っちまったら意味ねーだろッ!」
 物言わぬ肉の残骸と成り果てた隔者たちを、翔は叱り付けていた。
 もう少し早く来ていれば、助けられたかも知れない。そんな事を思っているのだろう。
 もう少し早く来ていたら、古妖だけでなく七星剣の隔者とも戦わなければならなくなっていた、かも知れないとカナタは思う。その手間を黄泉醜女が省いてくれた、とも思わない事はない。
「とにかく……頼むぜ、飛馬!」
 翔の掲げたカクセイパッドの画面に、落雷の動画が映し出される。
 その電光が画面外に迸り、黄泉醜女を直撃した。
 雷獣。翔はこの術式を、パッドでも素手の印でも使いこなす。
「ワタシたちが敵を抑えます、その間に!」
 自身に錬覇法を施したシャーロットが、踏み込んで斬撃を繰り出す。飛燕の二連撃。
「いる……」
 鈴鹿の額に開いた第三の目が、隔者たちによって開かれてしまった大穴を見据える。
「黄泉醜女が、あの奥から……数、わからない。たくさん、いるの……黄泉比良坂を、上って来るの……!」
「今まだこっちには1匹しか出て来てねえ、その間にあの岩で塞いじまえって事だな」
 天岩戸さながらの巨石を見つめ、飛馬が言う。
「俺に任せな」
「お願いするの飛馬君。邪魔は、させないのっ!」
 第三の目から破眼光を放ちつつ、鈴鹿が叫ぶ。
 雷獣、飛燕、破眼光。3つの攻撃を喰らい、よろめいた黄泉醜女に向かって、彩吹が踏み込んで行った。
「こんにちは……せっかく出て来たのに悪いけど、黄泉の国にお帰り願おうかッ」
 黒い翼を目くらましのように舞わせながら、彩吹は身を翻す。左右の美脚が、連続回し蹴りの形に弧を描く。告死天使の舞。
 その直撃に揺らいだ黄泉醜女が、しかし同時に反撃を繰り出していた。
「ぐぅ……ぇ……っ」
 彩吹が、悲鳴と共に血を吐いた。
 人体を粉砕する触手が、彼女の身体を貫いていた。
 いや違う。刺し貫かれる寸前で、彩吹は身を捻っている。さすがの見切りではあった。
 それでも肋骨が折れ、内臓の何カ所かが破裂したようである。
 黄泉醜女の触手は、彩吹の細い脇腹を擦るように殴打しながら彼女の後方へと伸び、翔それに鈴鹿をも叩きのめしていた。覚者3人の身体を触手が貫通した、ようにも見えてしまう。
 翔が、鈴鹿が、血飛沫を吐いて倒れ伏す。飛馬が叫ぶ。
「お、おい……!」
「構うな!」
 口元の血も拭わぬまま彩吹が、さらに大きな叫びを発した。
「役割……忘れちゃ駄目だよ、獅子王……」
「……わかった!」
 飛馬が駆け出し、黄泉醜女の傍を通過する。
 シャーロットに、彩吹に、翔と鈴鹿に、黄泉醜女は意識を集中させている。飛馬の動きには、気付いていない。
「そうそう。お前の相手は、こっち!」
 言葉と共に、カナタは術符をかざした。
 炎が発生し、轟音を立てて黄泉醜女を包み込む。召炎波だった。
 荒れ狂う炎の荒波に焼かれながら、黄泉醜女はしかし力強く触手をうねらせ、声を発している。
「ひとひに、ちがしら……つぶし、ころさん……」
 何とかいう神様が、黄泉の国でこの怪物たちに追い回されたのだという。
 さぞかし恐かっただろう、とカナタは思った。


 腕力は当然、鍛えている。剣術における重要な要素である事に、違いはないからだ。
 とは言え、まだ11歳である。身体も小さい。
 だが自分が大人であったとしても、この巨石を腕力だけで動かすのは無理だろう、と飛馬は思った。
 七星剣によって開かれてしまった、岩の扉。
 小さな身体でしがみつくようにして、飛馬は巨石の扉を全身で押した。
 拍子抜けするほど、軽かった。
 自分が腕力・体力で巨石を動かしているのではない、と飛馬にはわかる。
 械の因子が、体内で発動機の如く稼働し、力を生んでいる。その力が、この巨大な岩戸を軽々と押し動かしているのだ。
 大穴が、巨石の扉によって完全に塞がれた。
「これで良し……っと」
 飛馬は振り返った。
「新たな敵の出現経路は……塞いでいただいた、ようですね」
 シャーロットがこちらを確認しながら、剣を構えている。
「ならば、総掛かりのお時間です……To be, or not to be. that is not the question」
 構え、佇むその姿が、誰かに似ている。飛馬はふと、そんな事を思った。
 ともかく、シャーロットは疾風となった。
 飛馬の動体視力をもってしても捕捉が容易ではない、白夜の三連撃。黄泉醜女の身体から、どす黒い体液が噴出する。
 高度な自己暗示、のようなものであろうか。今のシャーロットは、攻撃と速度に身体能力の全てが注ぎ込まれている。
 後で過酷な反動が来るのは間違いない、と飛馬は思った。攻撃に重きを置いた戦い方。巌心流とは、ほぼ真逆である。
「飛ばし過ぎたら駄目だぜ、シャーロットさん!」
 血を吐きながら翔が叫び、パッドを掲げ、雷獣を放つ。電撃が、黄泉醜女を直撃する。
 雷と同時に、雨が降っていた。
「人間たちの非礼は、お詫びするの……貴女の怒り、わたしが受け止めるの」
 同じく血を吐き、立ち上がれぬまま、鈴鹿が『潤しの雨』を降らせている。
「だけど……貴女が、生者を殺めるのは……わたしの仲間を、傷つけるのは……許さないの」
 水行の癒しが降り注ぎ、翔の、鈴鹿の、それに彩吹の体内に、染み込んでゆく。
「あっ……痛、いたたたた……破裂した内臓に、しみる……」
 彩吹が悲鳴を漏らしながら、自身に『天駆』を施しているようだ。
「麻酔なしで手術されてるみたい……ねえ瀬織津、ありがたいんだけど、もう少し痛くないバージョンって、ないかな?」
「大人なんだから我慢するの」
「まあ私は頑丈だからね。この程度の怪我は平気、だけど……痛覚がない、わけじゃあなくてっ」
 叫びながら彩吹が、防御の形に槍を構える。
 黄泉醜女の触手が、叩き付けられて来たところである。
 彩吹が、それにシャーロットが、薙ぎ払われて鮮血を散らせた。
「ちがしら……たたき、ころさん……」
「ただ殺すだけ、か……お前みたいな奴から人を守るための、巌心流だ」
 飛馬は駆け出した。
 戦列に戻るための疾駆だが、攻撃のための踏み込みでもあった。
 踏み込みと同時に、抜刀。斬撃の弧が3つ、生じては消えながら黄泉醜女を撫で斬った。
 勾玉と巫女装束をまとう肉塊が、苦しげに痙攣しながら体液を噴く。
 この勾玉は何かに使えないものか、と一瞬だけ思いながら飛馬は呟いた。
「巌心流、抜打三段……」
「……お見事です」
 よろよろと身を起こしながら、シャーロットが褒めてくれた。
「巌心流は、守りの剣術と聞いていましたが……攻撃の剣も、あるのですね」
「俺も普段は盾役がメインだけどな……」
 言いつつ飛馬はつい、シャーロットを見つめてしまった。
「俺……あんたによく似た人を知ってる気がする。その人は、俺たちを庇って」
「気のせいです。それよりも、敵はまだ健在ですよ」
 おぞましく活発に触手を揺らめかせる怪物の姿を、シャーロットは見据えた。
「何とも醜い姿……相手に美しさがないのであれば、せめてワタシたちは美しく戦いましょう」


 カナタの掲げた術符から、霧が発生していた。癒しの霧。
 水行の治癒力が、負傷した体内に心地よく染み込んでゆくのをシャーロットは感じた。
「2人とも、大丈夫かよー」
 術式と共に、カナタが声をかけてくる。
「今回のメンツは、あれだな。女性陣の方が頑丈だから、俺ら男どもが守ってもらう形になっちまってるなー」
「わたし、か弱いの。体育会系の人たちと一緒にして欲しくないの」
「私はバリバリの文系だよ。まあ適材適所というものじゃないかな? 私たちだって、天乃の後方支援にこうやって助けられているわけだし」
 言いつつ彩吹が、カナタのたおやかな手を見つめる。
「でも天乃は、もう少し男らしくしてもいいかもね。マニキュアなんか似合ってるし、女装したら私より美人になるんじゃない? ちょっと許せないかな」
「か、勘弁だぜー。俺、変化だけど、性別が変わっちまうわけじゃねえから……俺って、覚醒しても外見ほとんど変わんねえんだよなあ。願望丸出しで大変身出来る翔がうらやましー」
「が、願望じゃねえぞ! あと10年経ったらオレ本当にこうなるから!」
「身長ってさ、中坊ん時に伸びねえと一生伸びねえらしいぞ」
「これから伸びるって言ってんだろー!」
「おおい、お前ら戦え!」
 飛馬が叫びながら吹っ飛んで来た。黄泉醜女の触手に、殴り飛ばされていた。
「あ……ご、ごめん。よっしゃ行くぜ、カクセイ・ソード!」
 翔の掲げたパッドの画面から、霊刀が生じ、発射された。
 カクセイソード、と言うかB.O.T.が、黄泉醜女に突き刺さる。
 揺らぐ古妖に、シャーロットはすでに斬りかかっている。
「肉の毛糸玉、のような古妖の方……カイトウランマ、と参りましょう!」
 白夜の一撃が、触手の何本かを切断しつつ、巫女装束をまとう肉塊を切り裂いてゆく。
「鮮やかなものだね。快刀乱麻を断つ……ゴルディアスの結び目なんかも、すっぱり断ち切ってしまいそうだ」
 言葉と共に彩吹が、続いて踏み込んで来る。
「みんな元気で結構な事。私も、最年長者の意地を見せないとねっ」
 槍による疾風双斬が、黄泉醜女を直撃する。
 何本か切断しても、あまり数が減ったようには見えない触手の群れが、苦悶と激怒のうねりを見せた。
 反撃に出ようとする黄泉醜女の全身に、蔓植物が絡みつく。鈴鹿の捕縛蔓だった。
「夜叉の巫女、鬼子母神の娘として……この瀬織津鈴鹿、貴女を祓い清めるの!」
「……ひとひに、ちがしら……うがち、ころさん……」
 蔓を引きちぎりながら、触手の群れが一斉に暴れた。
「…………!」
 暴れる触手に叩きのめされながらも、シャーロットは身を捻り、衝撃を逃した。そうしなければ胴体を真っ二つにちぎられていたところである。七星剣の隔者たちは、そうして死んでいったのだ。
 彼らのような死に様は免れたものの、折れた肋骨が体内のどこかに刺さった。
 激痛と吐血を無理矢理に飲み込みながら、シャーロットは地面に激突して受け身を取り、起き上がる。
「……Defeat? I do not……recognize……the meaning of the word!」
「こっ……言葉の意味はわからねえが、とにかく……すげえ自信だな」
 同じく地面に激突しながら、カナタが言う。シャーロットは微笑んだ。
「……実はね、Dead or Aliveの反動が……そろそろ来ているのです……全身の筋肉が、悲鳴を上げています……次の一斉攻撃あたりで、決めないと……」
 翔が、鈴鹿が、彩吹が、同じく触手に殴り飛ばされて倒れ伏し、だが起き上がって来る。そして、飛馬も。
「……任せな!」
 小さな身体で、鮮やかに受け身を取って立ち上がり、踏み込んで行く。
「こんだけ広範囲に攻撃かまされたら、守っててもジリ貧だ。打って出るしかねええ!」
 巌心流・抜打三段が、触手をかいくぐるように一閃して黄泉醜女を直撃する。
 ほぼ同時にカナタが、癒しの霧を発生させていた。
 癒しを得た翔が、両手で素早く印を結ぶ。
「B.O.T.はともかく雷獣は……こっちの方が、しっくり来るかなっ!」
 荒れ狂う電光が、黄泉醜女をバチバチッ! と束縛する。
 電撃に絡め取られた怪物に向かって、シャーロットは疾駆し、
「如月さん、ご一緒に……よろしいですか?」
「ふふっ、私で良ければ」
 彩吹は、跳躍していた。
「あいにくね、食べ物に変わるような櫛や髪飾りは持ち合わせがないから……これを、喰らうといい!」
 彩吹は空中から、シャーロットは地上から、白夜を繰り出していた。
 槍と剣による計6連の攻撃が、黄泉醜女を切り刻む。
「ひとひに……ち……がしら……」
 ズタズタの肉塊と化しつつある古妖を、鈴鹿が、隻眼と第三の目でじっと見据えた。
「汝、黄泉の住人よ。その死の穢れを我が力によって祓い清めん……大人しく、黄泉に還るがいいの」
 言葉と共に水流が生じ、渦を巻き、龍を成す。
 水龍牙が、黄泉醜女を完全な細切れにして押し流す。
 押し流された肉片が、岩戸に激突し、水飛沫の煌めきと一緒になって消え失せた。
 飛馬によって閉ざされた、黄泉の岩戸。
 その向こう側に行けば、死んだ人間に会えるのだろうか。
 一瞬だけ、そんな事を思いながら、シャーロットは倒れていった。


「シャーロットさん、しっかりして欲しいの」
「大丈夫……では、ないですね。反動が、一気に来ました」
 鈴鹿の膝の上で、シャーロットが苦しげに微笑んでいる。
「無様を晒して、ごめんなさい……戦いが、もう少し長引いていたらと思うと……」
「確かに、もう2匹か3匹も出て来られてたら、危なかったな」
 言いつつ翔は洞窟内を見回し、確認をした。
 敵がいないかどうか、だけではない。
「岩戸を動かすような奴、またいないとも限らねえ……ここを完全に封印する方法とか、どっかにねーかな」
「中さんか御崎先生にでも頼むしかねえんじゃねえかなー……ん? 何やってんの飛馬」
 カナタが問いかける。
 自身が閉ざした巨石の扉に、飛馬は手を触れていた。
「これ、ずっと昔からあるんだよな……何で、因子の力で動かせるんだろうな。因子ってさ、つい最近に出て来たもんだろ?」
 太古の人々が、未来において因子の力や妖が出現する事を想定し、造り上げたのではないか。
 そう思える遺跡の類を、翔も幾度か見てきてはいる。
「俺の頭じゃ、よくわかんねーんだが……ずっと昔、妖やら覚者なんかがいた時代も、実はあったんじゃねえかなって」
「それこそ御崎先生の分野だね。まあ、判明している事を私たちが全部、教えてもらっているとは限らないけれど」
 いくらか不気味な事を言いながら彩吹が、どうやら隔者たちの遺品を拾い集めようとしている。
「遺体は……無理だね。だけど身元がわかりそうなものがあれば。ご家族にでも、届けられるかも知れないし」
「……彩吹さんは優しいの。わたし、その人たちのために何かする気にはなれないの」
 鈴鹿が言った。
「黄泉醜女には祝詞を捧げさせてもらうの。生者に害をもたらす者、だけど……存在を、否定してはいけないの。七星剣の連中は自業自得、だけどまあついでに供養してあげてもいいの」
 シャーロットを膝に寝かせたまま、鈴鹿は祝詞を唱えた。
 古文の授業をもう少し真面目に受けていれば聞き取れたかも知れない、と翔は思った。
「黄泉の出入り口なんてもの、他にもあったら恐ぇーよな……隔者って連中、そういう探索力だけはあんだよなー」
 カナタが言った。
「何つーか、もっと他に活かせってーの。その探索力をよ」
「それが出来ねえから、隔者なんかになっちまったんだよな……」
 残骸と化し、ぶちまけられた七星剣の隔者たちに、翔はそんな言葉をかけるしかなかった。
「何か他に、出来る事……それさえあれば、コイツらだって……」

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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