【金糸雀の歌】5つの事柄、FiVEのアンチテーゼ
●5つの事柄
1.ラプラスの魔の正体が特定できた。
2.しかしその根拠は夢見の『証言』とそれを元にして調査した事柄のみで、他の罪を立証する決定的証拠は皆無である。
3.だがそれ以上の問題は、ラプラスの魔が覚者を庇って死ぬ未来を夢見が予知したことだ。
4.上記の事実からラプラスの魔の身柄を拘束あるいは危害を加えることは不可能だろう。
5.だがそれでも、ラプラスの魔にどんな言葉をかけるのかは、『貴方』次第だ。
●夢
ノイズ。
僕は考える。正義って何なんだろうと。
多数だろうか。圧倒的な力だろうか。時流に合うことだろうか。
違う。
己の弱さ、不義、獣性、そういう後ろ暗いものを受け入れ、己に正義があるとは決して思わず、ひたすら考え続けることなんじゃないだろうか。
真っ青な空が、見えた。
日本の夏特有の湿度を含んだその重い熱気に汗を掻きながら、僕は視線を戻した。
聞こえるのは、いくつもの悲鳴。とはいえそれは絶叫マシーンから聞こえるものだ。
ここは遊園地。来た理由は特に無い。仕事を終えた後街をふらつくのが、僕は好きなだけ。その結果ここに来ただけ。
騒々しい所は得意じゃない。もう帰ろうと思ったその時、視線を感じた。そこには一人の少年が。
「君、どうかしたの?」
「抜け出した」
事情を抱えた少年らしい。まだ時間はある。僕は、彼に付き合うことにした。
迷子ではないようだ。迷子センターに行こうかと提案したが、首を横に振られた。とはいえだんまりな彼をここで放置するのも気の毒だ。
「あのさ」
僕は近くに見える巨大迷路を指さして、言った。
「僕がおごるから、あのアトラクション行かない?」
30分程度でクリアできると書いてあったし、僕も興味があったから誘ったのだ。
少年は、頷きを返した。
それから1時間後。僕達はようやく迷路を脱出した。あの坊主が居たら鼻で笑われただろう。
「兄ちゃん体力無いね」
少年にもそう言われ、僕は肩を竦めた。
「否定できないね」
とりあえずジュースでも買って飲もうかと誘った所で、僕は足を止めた。
「ああそう。言い忘れてた」
「?」
「僕は兄ちゃんじゃない」
「え」
「コスガ ルイ。ルイでいい」
それから二人で色んなアトラクションに乗った。そのとき、僕等は間違いなく友達だったと思う。
焼けるような日差しの下、くたくたになって、でも二人で過ごした時間は確かに幸せだった。
――でも。
日が傾き始めた頃、異質な悲鳴がその空間に響いた。
見えたのは武装した連中。
空気を震わせるような銃声。間違いない。憤怒者だ。僕は少年を抱きしめて、地面へと伏せさせた。
僕は非カクシャだ。多分この少年もそうだろう。真っ先に狙われているのは外見でカクシャと分かる連中だけ。大人しくしていれば巻き添えになることは……。
「お母さん!」
腕の中で、少年が叫んだ。弾かれて憤怒者の方を見ると、翼の生えた女性が捕まっていた。あれが母親か。
だが、この子を巻き添えにしてはいけない。取り押さえようとした。
だが、僕は肝心な可能性を考え忘れていた。
次の瞬間、少年の右肩が光輝いたのだ。
彩因子だったか……!
少年は僕の拘束を振りほどき、憤怒者に飛び掛かる。
その後のことは、生憎あまり覚えていない。気付けば僕の身体は地面に倒れていた。
……どうやら、僕は撃たれたらしい。別にそれでもよかった。彼等は無事なのだし。
一番の悲劇は、違う者が、お互いを傷つけ、あ う事だ か
●
「小数賀ルイ。有名人ですよ」
『夢見准教授』菊本 正美(nCL2000172)は覚者達に資料を渡してそう切り出した。
知り合いかと問われ、彼は頭をガリガリと掻く。
「やだなぁ。同じ数学者で彼の名前を聞くだけで面識ゼロだよ? 専門全然違うし。私むしろ物理屋ですもん」
10代でアメリカの大学でPhD取って、とんでもない予想を打ち立てまくってる大天才と、日本の私立大学で准教授やってる自分とじゃあ桁数(オーダー)が違うよとぼやいてから資料のページをめくる正美。
「それよりも……ラプラスの魔の正体が小数賀博士である可能性が高い」
ラプラスの魔。イレブンの幹部の一人。覚者のみに効く毒を発見し、覚者にまつわるデマを流布した狂気の人物。
それが、今回覚者を庇って死ぬ? 奇妙な話に空気が沈む。しかし正美は眉間にしわを寄せるばかり。
「でも根拠は私が聞いた声が一緒なことぐらい。それ以外には一切出てこない。捕まえてもそれこそ推定無罪(イグノラムス)でしょ。だから今回は保護してほしい」
釈然としない様子の一部の覚者に、正美は呆れた顔をしていた。
「いっそラプラスの魔については伏せようと思ったけど、それは不誠実だ。でも私が黙ってれば、民間人と変わらなかった筈。
じゃ、幸運を祈る。みんなどうか無事で」
1.ラプラスの魔の正体が特定できた。
2.しかしその根拠は夢見の『証言』とそれを元にして調査した事柄のみで、他の罪を立証する決定的証拠は皆無である。
3.だがそれ以上の問題は、ラプラスの魔が覚者を庇って死ぬ未来を夢見が予知したことだ。
4.上記の事実からラプラスの魔の身柄を拘束あるいは危害を加えることは不可能だろう。
5.だがそれでも、ラプラスの魔にどんな言葉をかけるのかは、『貴方』次第だ。
●夢
ノイズ。
僕は考える。正義って何なんだろうと。
多数だろうか。圧倒的な力だろうか。時流に合うことだろうか。
違う。
己の弱さ、不義、獣性、そういう後ろ暗いものを受け入れ、己に正義があるとは決して思わず、ひたすら考え続けることなんじゃないだろうか。
真っ青な空が、見えた。
日本の夏特有の湿度を含んだその重い熱気に汗を掻きながら、僕は視線を戻した。
聞こえるのは、いくつもの悲鳴。とはいえそれは絶叫マシーンから聞こえるものだ。
ここは遊園地。来た理由は特に無い。仕事を終えた後街をふらつくのが、僕は好きなだけ。その結果ここに来ただけ。
騒々しい所は得意じゃない。もう帰ろうと思ったその時、視線を感じた。そこには一人の少年が。
「君、どうかしたの?」
「抜け出した」
事情を抱えた少年らしい。まだ時間はある。僕は、彼に付き合うことにした。
迷子ではないようだ。迷子センターに行こうかと提案したが、首を横に振られた。とはいえだんまりな彼をここで放置するのも気の毒だ。
「あのさ」
僕は近くに見える巨大迷路を指さして、言った。
「僕がおごるから、あのアトラクション行かない?」
30分程度でクリアできると書いてあったし、僕も興味があったから誘ったのだ。
少年は、頷きを返した。
それから1時間後。僕達はようやく迷路を脱出した。あの坊主が居たら鼻で笑われただろう。
「兄ちゃん体力無いね」
少年にもそう言われ、僕は肩を竦めた。
「否定できないね」
とりあえずジュースでも買って飲もうかと誘った所で、僕は足を止めた。
「ああそう。言い忘れてた」
「?」
「僕は兄ちゃんじゃない」
「え」
「コスガ ルイ。ルイでいい」
それから二人で色んなアトラクションに乗った。そのとき、僕等は間違いなく友達だったと思う。
焼けるような日差しの下、くたくたになって、でも二人で過ごした時間は確かに幸せだった。
――でも。
日が傾き始めた頃、異質な悲鳴がその空間に響いた。
見えたのは武装した連中。
空気を震わせるような銃声。間違いない。憤怒者だ。僕は少年を抱きしめて、地面へと伏せさせた。
僕は非カクシャだ。多分この少年もそうだろう。真っ先に狙われているのは外見でカクシャと分かる連中だけ。大人しくしていれば巻き添えになることは……。
「お母さん!」
腕の中で、少年が叫んだ。弾かれて憤怒者の方を見ると、翼の生えた女性が捕まっていた。あれが母親か。
だが、この子を巻き添えにしてはいけない。取り押さえようとした。
だが、僕は肝心な可能性を考え忘れていた。
次の瞬間、少年の右肩が光輝いたのだ。
彩因子だったか……!
少年は僕の拘束を振りほどき、憤怒者に飛び掛かる。
その後のことは、生憎あまり覚えていない。気付けば僕の身体は地面に倒れていた。
……どうやら、僕は撃たれたらしい。別にそれでもよかった。彼等は無事なのだし。
一番の悲劇は、違う者が、お互いを傷つけ、あ う事だ か
●
「小数賀ルイ。有名人ですよ」
『夢見准教授』菊本 正美(nCL2000172)は覚者達に資料を渡してそう切り出した。
知り合いかと問われ、彼は頭をガリガリと掻く。
「やだなぁ。同じ数学者で彼の名前を聞くだけで面識ゼロだよ? 専門全然違うし。私むしろ物理屋ですもん」
10代でアメリカの大学でPhD取って、とんでもない予想を打ち立てまくってる大天才と、日本の私立大学で准教授やってる自分とじゃあ桁数(オーダー)が違うよとぼやいてから資料のページをめくる正美。
「それよりも……ラプラスの魔の正体が小数賀博士である可能性が高い」
ラプラスの魔。イレブンの幹部の一人。覚者のみに効く毒を発見し、覚者にまつわるデマを流布した狂気の人物。
それが、今回覚者を庇って死ぬ? 奇妙な話に空気が沈む。しかし正美は眉間にしわを寄せるばかり。
「でも根拠は私が聞いた声が一緒なことぐらい。それ以外には一切出てこない。捕まえてもそれこそ推定無罪(イグノラムス)でしょ。だから今回は保護してほしい」
釈然としない様子の一部の覚者に、正美は呆れた顔をしていた。
「いっそラプラスの魔については伏せようと思ったけど、それは不誠実だ。でも私が黙ってれば、民間人と変わらなかった筈。
じゃ、幸運を祈る。みんなどうか無事で」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.憤怒者の撃破
2.小数賀ルイ、松野親子の保護
3.なし
2.小数賀ルイ、松野親子の保護
3.なし
3回予定の第1回目シナリオ。
ラプラスの魔の正体が分かったかと思ったら。
狂気の数学者か、それとも……。
証拠はほぼゼロ。頼りは正美の証言だけ。(もっともラプラスの魔に共感した正美にしてみれば今回の情報を開示するのも勇気が要ったでしょう)
なので論点はラプラスの魔を追い詰めることではなく、小数賀ルイとどう向き合うか。そういう話。
追い詰めなくても、出し抜かれる、裏切られる等のリプレイで不利になることはまずありません(むしろ追及は非推奨です)
OPでも言及してますが正美とルイに接点は一切ないです。彼がルイを一方的に知っているだけ。今回ルイに関してもOPの段階である程度の情報(以下ラプラスの魔のセクションの情報)は正美から教えられています。
尚正美は4月1日に大ボラを言ったせいで身辺調査を食らったので接点が無いのは間違いないです。
§状況
某所にある遊園地。
休憩するための広くスペースが取られた場所に小数賀ルイと松野親子がいます。
聡の傍にはルイが、亜樹の傍には憤怒者が5人程おり、周囲も10人程の憤怒者に囲まれています。
FiVEの覚者が乱入しない場合、飛び出して憤怒者に攻撃を仕掛けた聡が憤怒者一人に攻撃を倒しますが、反撃されかけた瞬間にルイが飛び出して射殺されることになります。
§松野親子
松野亜樹(まつのあき)と松野聡(まつのさとる)の親子。
亜樹は30代後半ぐらい。聡は10歳。
親子3人(聡、亜樹、亜樹の夫で聡の父親(非覚者))で遊園地に来たそうですが、亜樹とその夫の些細ないさかいに居た堪れなくなって聡は抜け出した様子。
亜樹は水行翼。聡は火行彩ですが、戦闘能力はほとんど見込めません。むしろこの親子が戦闘に巻き込まれるとルイがどういう反応を示すか分からないので、引き離す方がいいでしょう。
§憤怒者データ
憤怒者×15人
5人は松野親子とルイの近くに。10人は彼等の周囲を囲むようにいます。
イレブン程大きい規模の憤怒者ではなく、今回むしゃくしゃして覚者のいそうな遊園地を狙って襲撃に来たという程度です。
スキルは全員同一。
・スラグ弾(物理遠単・出血)
・散弾(物理遠列)
・プロテクター(パッシブ・ダメージを確率で1割軽減)
の3つ。
包囲組10人の射程圏内にルイ達はいます。
包囲は比較的まばらなので、抜けることは相当簡単ですが、抜けた後どうルイ達を保護するか、引き離すかが問題となるでしょう。
§ラプラスの魔(小数賀ルイ)
イレブン幹部。過去のシナリオ(≪悪意の拡散≫2人の思想)で複数の悪事の糸を引く人物として名前が出てきており、悪行については拙作「二つの予知」「3つの概念」等をご覧になると具体的に分かるかと思いますが、今回は「酷いことしたな」程度の認識で全然問題ないと思います。
本名、小数賀ルイ。
26歳。アメリカ人と日本人のハーフ。
性別不明。正美も英文で漁ったそうですがルイの三人称が「He or she」とか「They」とか「Dr.Kosuga」とか記載されてないとかだった模様。
10代で数学の博士号を取得。その後20代前半で日本にやってきて突如覚者と非覚者との問題解決にまつわる運動に参加していたが、数年前に消息不明に。
噂によると隔者に殺されたとか。
運動の内容は穏便。隔者の被害者に対してのケアが主な活動だった模様。しかしルイがとある地域の覚者と非覚者の合同学級に反対の意見を率先して言ったためにルイの意見は一般市民から『差別を助長する』としてバッシングを大々的に受けた。
しかしこの反対理由はそもそも
その地域が隔者の犯罪率が高いことから覚者への偏見が大きかったこと
これは差別や偏見に敏感な傾向にある子供をダシに使う行為で、本来は格差是正措置を取るなり条例や行政が動く問題で、大人が率先して解決すべき問題ではないか
というもの。だがこれでルイのもとに反論だけではなく悪意の手紙や脅迫状が送られることもあった。
しかしルイはこの反論に対して懇切丁寧に反論し論破したために更にヘイトを集めたという何ともな話。
尚、この合同学級は実際に行われたが、数年後にその合同学級で覚者の子供が破綻者となったことで終わった。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2017年08月31日
2017年08月31日
■メイン参加者 8人■

●子供
黒い羽根が、空を舞った。真夏の空に、黒い影が二つ。
「おい!」
一瞬そちらに気を取られた憤怒者達が、空に銃口を向けたその瞬間のこと。
黒い隕石が、落ちた。衝撃と共に、黒い羽根が無数に飛ぶ。
「私たちがお相手するよ」
ひらり、ひらりと舞う黒い羽根の中。『エリニュスの翼』如月・彩吹(CL2001525)は微笑み、倒れた憤怒者の上に立っていた。
完全に、視線を引き付けた。銃口は彩吹に向いている。しかし彼女は一切臆しなかった。翼を大きく広げ、小さく笑う。
「澄香、護衛頼むね」
彩吹に小さく声を掛けられた『世界樹の癒し』天野 澄香(CL2000194)は静かに頷くと、即座に亜樹の元に近寄った。
「大丈夫ですか?立てますか?」
「ええでも、聡が――」
そこまで言った次の瞬間、包囲を縫って『冷徹の論理』緒形 逝(CL2000156)と『眩い光』華神 悠乃(CL2000231)がそれぞれ聡少年とルイの護衛に就いた。
「おっさんが付けば大丈夫よ」
「離脱のお手伝いしますね」
「お前等……!」
更にやってきた覚者達に、憤怒者達の視線が一気に釘付けに。
だが、その直後。隙を突くように、あり得ないほど巨大な水の龍が憤怒者の一人に襲い掛かった。『秘心伝心』鈴白 秋人(CL2000565)の一撃だ。冷気を周囲に纏った秋人は長い髪を揺らし、敵を見据えた。
「ここは俺達が! 早く!」
新たにやってきた敵、しかも上空からも覚者、更に人質まで奪われて混乱する中。真っ赤な炎がごうと音を立て、視界を覆った。
「俺本来は攻撃得意じゃないんだが……」
とぼやきつつやって来たのは『癒しの矜持』香月 凜音(CL2000495)だ。とはいえその威力は強大だ。
「相応の仕置きは受けてもらうぜ?」
しかも範囲が範囲だけに印象は強い。その隙を縫って、バランスを上手く取った逝が聡を抱えて輪を抜けた。
「あたしも!」
『天からの贈り物』新堂・明日香(CL2001534)が叫び、眠りにいざなう空気を漂わせた。しかし、効いている気配がない。じりじりとやってきた憤怒者を見て、澄香は亜樹の手を取ると小声で言った。
「飛びましょう。私が付いています」
亜樹は澄香に頷きを返し、翼を広げる。一瞬憤怒者の注意がそちらに向く。だがそれを一気に引き付けたのは、巨大な雷鳴と光だった。
悲鳴を上げ、痺れに膝をつく憤怒者の横を、悠乃が通った。
「分かり合えない連中からはとっとと逃げた方が正解だからねっ」
笑顔を浮かべ、上機嫌で悠乃はルイを引きつれ逃げる。そして澄香と亜樹は既に天高く。
雷を放った当の本人、『Mr.ライトニング』水部 稜(CL2001272)はしれっとした表情で愛用の荷電粒子砲を肩に担ぎ、周囲を一瞥した。何か言いたげな様子で仲間を見て、敵を見てからボソリ。
「まだ気は抜けん……な」
射程距離内にまだ仲間はいる。全体攻撃に転じるよりも範囲を絞って確実に穴をあける方が賢明だったが――。
秋人と彩吹は即座に敵との距離を詰めにかかった。こちらに注意を惹かねば、民間人をターゲットにされるかもしれない。その思いだけだ。
真っ赤な炎を纏って切り裂く彩吹と、冷気を纏いながら至近距離から弓を撃ち放つ秋人。彼等は互いに視線を合わせると、頷いた。
堅い前衛を民間人保護で2人も失っている以上、そうぼやぼやはしてられない。一気に片付けねば。
「ここは、俺達が頑張らないと。あの人達を傷付ける」
「いつもの3割増しのお説教(物理)でいいよね。水部さん」
「……今回ばかりは許可せざるを得んな」
「眠りで引き付けられると思ったけど……やっぱりそう簡単に行かないか」
「簡単に焼かれてくんねーかな。だりぃしめんどくせー」
「分かり合えないって何?」
悠乃に手を引かれたルイが、ぼそりと聞いた。
「はい?」
一応、憤怒者達の射程からは逃げた所だ。二人は足を止める。
「君があの憤怒者に言った」
「同じ顔してるじゃないですか」
「個体差はあるよ?」
首を傾げられ、そういう意味じゃないのにとごちる悠乃。
「興味ないんです。気持ちをぶつけあって楽しめないじゃないですか。セイギなんてのも所詮流行のお面みたいなもんだし。ミカタ、なんて外部に理由求めてるのも興味ないです」
そこまで言った瞬間、ルイの目が沈んだ赤を帯びたのを彼女は見た。
「何でヒトが繁栄したと思う?」
「道具を使った結果知能が発達して――」
「違う。弱いからだ」
強い語調での、断言だった。一瞬、彼女の表情から笑顔が消える。
「団結し、弱者を守ったから栄えた。かつて繁栄した恐竜も怪我をした個体を守っていた。正義感は弱者救済のための遺伝子レベルの発明だ」
「遺伝的行動は価値観じゃありません」
「本質を見ようよ。発明自体に善悪は無い。真に咎められるべきは濫用や形骸化。救済システムはいわばインフラだ。無ければ人類は簡単に滅びるよ」
悠乃が何かを言おうとしたその瞬間、ルイはすっぱりと。
「助けてくれたのは心から感謝する。でもこれ以上は水掛け論で僕が楽しくない」
「私はあなたに興味があって……!」
ルイは強い勢いで手を振り払うと、半ば睨む形で悠乃を見た。
「君の正しい世界観にとって僕の感性は猛毒だ。君は君一人だけの世界を生きればいい」
毅然とした態度で言われ、彼女は一瞬立ち尽くす。その隙を突いて、残酷な魔物が立ち去って行った。
「何を、分かって……!」
ルイが足早に悠乃の元から去った所で、空から亜樹を連れた澄香がやってきた。
「無事だったんですね……!」
ルイがすぐさま亜樹に抱き着くのを見て、澄香は小さく笑みをこぼす。
「聡は?」
ルイと亜樹の質問に澄香が首を傾げた所で、逝が聡を連れて背後からやってきた。
「や、全員無事なようで何よりさね」
「二人をしばらく守って下さいませんか?」
澄香の問いにルイが頷きを返したのを見て、逝と澄香は仲間の元へと戻ろうとした……のだが。
「?」
「緒形さん」
何かに気づいた澄香が逝に声を掛けた。何事だと思って振り向くと、深々と頭を下げたルイが見えた。
「おっさんは感謝されたのかね?」
「ええ」
澄香ももう一度ルイの姿をちらりと見る。正体はXI幹部の筈だ。
「どうしてあんな方が……」
民間人の保護に当たった3人が戻ってきたとき、憤怒者と交戦していた覚者達は少なからず消耗していた。当然だ。火力で畳みかけるのは正解だったし、そのおかげで民間人の保護に当たった覚者は一切攻撃を受けなかった。
だが、代わりに憤怒者達と戦っていた彼等に矛先が向いたのだから。半数以上は撃破したが、それでもプロテクターのお陰でまだ残っている。
「待たせたかね」
「今、回復します!」
「早く片づけちゃいましょ!」
ようやく3人が加わったことで凜音も回復に専念することができ、攻撃を行う人間が増えたことで他の憤怒者も先程までとは比べ物にならないスピードで昏倒していく。
あまりの勢いに憤怒者が逃げ出しかけたが、そこは秋人や明日香が遠距離で攻撃したために捕まえることが出来た。それを見て、次から次へと投降する始末。
斯くして、少々苦戦はしたものの、憤怒者襲撃事件は全員身柄確保という形で意外とあっけない顛末を迎えることになった。
●魔物
憤怒者達をひとまず撃退し、後処理を然るべき所に任せた後、秋人は周囲を見回した。
「暑いな……」
じりじりと焼ける日差しは変わらない。ルイと話をするのなら何か飲み物、温かいコーヒーでも用意すべきかと思っていた秋人だったが、その後ろから声が聞こえた。
「持ってけ」
稜が、ペットボトル飲料を抱えて立っていたのだ。
「これ……」
「暑いだろ?」
数秒間の沈黙。そして秋人は稜の顔を凝視した。
「さっき買ってきた。早くしないとぬるくなる」
「……」
「何だ」
秋人は思わずクスリと笑い、顔をほころばせた。二人で手分けをして運ぶことに。
二人が行った先には、既に覚者たちとルイ、そして松野親子がいた。澄香の言葉をちゃんと守っていたらしい。
「あのー……」
明日香が口を開く。何か聞きたそうな様子を察知したのか、ルイは聡の頭を撫でた。
「聡。お別れだ」
お別れだ。その言葉に彩吹は妙な重さを感じた。
「え……」
「楽しかった」
「また会えるよな?」
ルイはそれに笑った後、手を振っただけ。
「小数賀さん……」
父親も合流して遠くなっていく松野親子の姿を見ていた澄香が、ぽつりとこぼした。
彼等は車に乗って自宅に帰って行くそうだ。これでひとまず安心だろう。
「……僕の名前、まだ知ってる人がいたんだ」
「あたしたちのこと、わかります……?」
明日香の言葉に、ルイは僅かに首を傾げた後一言。
「FiVEの人達だよね? 先日のAAAの件で活躍したとか」
「改めて、新堂明日香です」
その言葉を聞いてもルイは一切反応しない。ラプラスの魔として報告を受けていると思っていただけに、明日香はまごついた。
「え、あ……」
「何か?」
「いくつか聞きたいことがあるそうだ」
「取調?」
逝の言葉を聞いたルイの返答に、凜音は思わず身じろいだ。直感的に面倒くささを抱いたのだ。そこで稜が前に出た。
「取調ではありません」
相手が相手だ。一歩間違えば法的な手段を取る可能性はある。その時は稜は頭を下げるつもりであったが。
「じゃあここで立ち話でもいい?」
それは回避されたようだ。
「で、何が聞きたいの?」
ルイの問いに、澄香が口を開いた。
「どうして聡君を庇われたのですか?」
「え?」
首を傾げられ、彼女は少しうろたえた。
「だって聡君は覚者で小数賀さんは非覚者、ですよね? 危険は感じなかったのでしょうか?」
「それはないな」
即答。あまりの速さに凜音が呆れを浮かべた。
「怪我はないみたいでよかったけど、よ」
凜音がおっかなびっくりでポツリ。ルイはそれにおかげさまでと屈託のない笑みを浮かべる。その傍らで彩吹はやや淡々としていた。
「武器を持った相手に無茶をする」
そう言ってから彩吹はにっこりと笑顔を見せて。
「でも、そういう無謀さは嫌いじゃない」
「あの時は僕しかいなかったからね。咄嗟のことだったし」
「では……覚者のことはどう思ってらっしゃるんですか?」
「どうって?」
澄香の問いに、またルイは首を傾げた。
「非覚者の中には覚者をよく思ってない方もいるので」
「その質問が出る時点で辛いよね」
澄香は目を丸くした。
「僕はナードだから酷い目に遭った」
ナード。その言葉に教師である秋人が僅かに顔を歪めた。
「やっぱり、向こうの国は酷いの……?」
彼の声が、かすれた。
「飛び級で僕のナリもこんなだし、よくいじめられた。日本に文通友達がいたから生きてこられたようなもの。彼には感謝してた」
過去形。それに気づいた稜が言葉を遮ろうとした直後。
「彼は隔者に殺されたけれどね」
ルイは臆面も無く言い放った。
情報を更に集めていた稜は知っていた。正美が集めた記事の中にあったのだ。ルイが隔者の被害に遭った人達をケアする活動に加わったきっかけは、親友の死だったと。
「何か……聞いてごめんね」
秋人が思わず言う。しかしルイは特に気にせず首を横に振った。
「もう過去の話。隔者がごく少数だっていうのも理解している。でも、理屈では覚者を理解していても感情が追いつかない人を活動で沢山見た。だから合同学級の件も反対した。時期尚早なんじゃないかって。気づいたら利権だの何だの、泥沼の話になってたけどね」
夕焼けで赤く染まる空に、飛行機が飛ぶ。ルイは空を仰いで、ポツリと言った。
「あのテロのせいで飛行機の利用者数が減って、代わりに自動車を使うようになって……死者が増えた。自動車事故の確率の方が高いのに……結局そんなもの。人は簡単に偏見に支配される。怖さが分かりやすいだけに、怯えちゃうんだ。覚者の存在もそうだと思う」
一瞬、空気が透明になった。
「現代の差別は見えなくなりつつあるけど、結局自然にあるものだ。だから難しいよね」
風だけが、吹く。覚者達は、黙ったままだった。
「もう、いいかなこれで」
ルイのその言葉を受けて、彼等はその場を去ることにした。夕焼けの中、何度も何度も手を振るルイの姿が、遠く遠くに見えた。
「何なんだろうなあいつ……」
発言を控えていた凜音がようやく口を開く。面倒な組織の幹部。それだけの印象だったが、実際に会ってみたら純粋な人物である。訳が分からない。嘘を吐いている様子もない。ただ、相当複雑で、相当面倒なことをやっているのは分かるが。
「狂気の沙汰……か?」
だがそれにしてもあまりに理路整然としている。
何だろう。まるで、子供だ。
「別に何でもいいんでない?」
凜音の言葉に、逝がはっきりと言う。
「おっさんたちの仕事は変わらんよ。最終的にXIは潰す。それだけさね」
あのルイが何を考えていようと逝には関係が無いのだ。見かけこそ人らしくあれど、その判断はどちらか2つに振れる。それしかない。
一方で。
「悪だと、思ってた……」
明日香がぽつりと一言。結局ラプラスの魔として会話をすることはほぼ叶わなかったが、分かった事実も含め、見えてくるのは純粋な人間であるということ。
「悪人なんぞそういるもんか。大体不愉快か不都合な人間だ」
まるで悪役を買って出るように、稜が吐き捨てるように言う。
「不都合な、人間……」
明日香は繰り返すように呟くだけ。自分が悪人だと思っていた人間が、むしろ過去何度も酷い目に遭ってきて。多数の人間が何の悪気も無くルイを傷付けた。きっと、彼等はルイに指摘されたら逆上して更に傷付けたことだろう。
誰しもが陥る、凡庸な悪。
「あたしは、傷付けあいたくない、けど……」
いつかルイと戦わなければならないのだろうか。次は、考えるべき時か。それとも。
その横で澄香も困った顔をしていた。憤怒者と戦うのは嫌だ。しかも、どう見ても憤怒者とは思えない人物が、幹部に。
「ラプラスの魔は淡々としていて、小川さんを殺そうとしたり変なデマを流してる人だって思ってたけど」
澄香は、彩吹の言葉に頷きを返す。
「友達を咄嗟に庇う博士は神でも魔物でもない」
「そうですね……」
そこでふと、澄香はルイと親しかった少年を思い出した。
「父親が非覚者で……母親が覚者で……喧嘩……」
「どうかした?」
ぼそりと一人呟く澄香に、今度は秋人が声を掛ける。
「いえ……。ただ……」
澄香もラプラスの魔の事件に関わっただけに、ルイの言葉一つ一つが響く。
「小数賀さんは、聡君に自分を見たのかもしれませんね……」
あの両親は幸いにも仲良く帰って行った。しかしルイの場合、非覚者と覚者のいさかいに絶望していたら?
秋人はそれに背筋の寒さを覚えた。
「俺も習った。家庭が機能しないと、わざと暴れて嫌われることで家庭を維持する子供がいるって……」
秋人の言葉に、澄香は目を伏せた。
「でも……俺はそんなことで戦いたくない。何とか、他の方法があればいいのに……」
「何もそんな仲の良くない人達には、私がお説教してやるのに」
――あんな『お別れだ』なんて、重い声で言わなくてもいいのに。
彩吹が握りこぶしを作る一方で、稜は正美から聞いた情報を思い出した。
――小数賀博士の研究は背理法の使い方が鮮やかだって博士の研究に詳しい助教が言ってましたよ。
「背理法……」
まさか。自分の正しさを証明するために、敢えて否定する行動をして、それが成り立たないことを証明するつもりか……?
例えばの話、差別が如何に悪い物かというイメージをルイによって植え付けられたら、人々は……。
彼はこの世で最もおぞましい物を見たかのように、顔を引きつらせた。
真の元凶は、何だ。
仮説はともかくとして、事実FiVEが戦えばあのXI一派は潰れるだろう。そしていずれ最後に犠牲になるのは、さんざ被害者になったルイ自身なのだ。
ルイが悪事を犯したのは間違いない。その罪はいずれ償わねばいけないだろう。しかし、その元凶を考えれば――。
稜はルイの行為を心から評価していた。なのに、そういう人物が一番割を食う。
次の瞬間、稜は力無く言葉を発した。
「よく出来たブラックジョークだ。本気で背筋が寒くなる……!」
いずれ残るのは被害者だけ。
咎められるべきは、そして守るべきは、何だ。
黒い羽根が、空を舞った。真夏の空に、黒い影が二つ。
「おい!」
一瞬そちらに気を取られた憤怒者達が、空に銃口を向けたその瞬間のこと。
黒い隕石が、落ちた。衝撃と共に、黒い羽根が無数に飛ぶ。
「私たちがお相手するよ」
ひらり、ひらりと舞う黒い羽根の中。『エリニュスの翼』如月・彩吹(CL2001525)は微笑み、倒れた憤怒者の上に立っていた。
完全に、視線を引き付けた。銃口は彩吹に向いている。しかし彼女は一切臆しなかった。翼を大きく広げ、小さく笑う。
「澄香、護衛頼むね」
彩吹に小さく声を掛けられた『世界樹の癒し』天野 澄香(CL2000194)は静かに頷くと、即座に亜樹の元に近寄った。
「大丈夫ですか?立てますか?」
「ええでも、聡が――」
そこまで言った次の瞬間、包囲を縫って『冷徹の論理』緒形 逝(CL2000156)と『眩い光』華神 悠乃(CL2000231)がそれぞれ聡少年とルイの護衛に就いた。
「おっさんが付けば大丈夫よ」
「離脱のお手伝いしますね」
「お前等……!」
更にやってきた覚者達に、憤怒者達の視線が一気に釘付けに。
だが、その直後。隙を突くように、あり得ないほど巨大な水の龍が憤怒者の一人に襲い掛かった。『秘心伝心』鈴白 秋人(CL2000565)の一撃だ。冷気を周囲に纏った秋人は長い髪を揺らし、敵を見据えた。
「ここは俺達が! 早く!」
新たにやってきた敵、しかも上空からも覚者、更に人質まで奪われて混乱する中。真っ赤な炎がごうと音を立て、視界を覆った。
「俺本来は攻撃得意じゃないんだが……」
とぼやきつつやって来たのは『癒しの矜持』香月 凜音(CL2000495)だ。とはいえその威力は強大だ。
「相応の仕置きは受けてもらうぜ?」
しかも範囲が範囲だけに印象は強い。その隙を縫って、バランスを上手く取った逝が聡を抱えて輪を抜けた。
「あたしも!」
『天からの贈り物』新堂・明日香(CL2001534)が叫び、眠りにいざなう空気を漂わせた。しかし、効いている気配がない。じりじりとやってきた憤怒者を見て、澄香は亜樹の手を取ると小声で言った。
「飛びましょう。私が付いています」
亜樹は澄香に頷きを返し、翼を広げる。一瞬憤怒者の注意がそちらに向く。だがそれを一気に引き付けたのは、巨大な雷鳴と光だった。
悲鳴を上げ、痺れに膝をつく憤怒者の横を、悠乃が通った。
「分かり合えない連中からはとっとと逃げた方が正解だからねっ」
笑顔を浮かべ、上機嫌で悠乃はルイを引きつれ逃げる。そして澄香と亜樹は既に天高く。
雷を放った当の本人、『Mr.ライトニング』水部 稜(CL2001272)はしれっとした表情で愛用の荷電粒子砲を肩に担ぎ、周囲を一瞥した。何か言いたげな様子で仲間を見て、敵を見てからボソリ。
「まだ気は抜けん……な」
射程距離内にまだ仲間はいる。全体攻撃に転じるよりも範囲を絞って確実に穴をあける方が賢明だったが――。
秋人と彩吹は即座に敵との距離を詰めにかかった。こちらに注意を惹かねば、民間人をターゲットにされるかもしれない。その思いだけだ。
真っ赤な炎を纏って切り裂く彩吹と、冷気を纏いながら至近距離から弓を撃ち放つ秋人。彼等は互いに視線を合わせると、頷いた。
堅い前衛を民間人保護で2人も失っている以上、そうぼやぼやはしてられない。一気に片付けねば。
「ここは、俺達が頑張らないと。あの人達を傷付ける」
「いつもの3割増しのお説教(物理)でいいよね。水部さん」
「……今回ばかりは許可せざるを得んな」
「眠りで引き付けられると思ったけど……やっぱりそう簡単に行かないか」
「簡単に焼かれてくんねーかな。だりぃしめんどくせー」
「分かり合えないって何?」
悠乃に手を引かれたルイが、ぼそりと聞いた。
「はい?」
一応、憤怒者達の射程からは逃げた所だ。二人は足を止める。
「君があの憤怒者に言った」
「同じ顔してるじゃないですか」
「個体差はあるよ?」
首を傾げられ、そういう意味じゃないのにとごちる悠乃。
「興味ないんです。気持ちをぶつけあって楽しめないじゃないですか。セイギなんてのも所詮流行のお面みたいなもんだし。ミカタ、なんて外部に理由求めてるのも興味ないです」
そこまで言った瞬間、ルイの目が沈んだ赤を帯びたのを彼女は見た。
「何でヒトが繁栄したと思う?」
「道具を使った結果知能が発達して――」
「違う。弱いからだ」
強い語調での、断言だった。一瞬、彼女の表情から笑顔が消える。
「団結し、弱者を守ったから栄えた。かつて繁栄した恐竜も怪我をした個体を守っていた。正義感は弱者救済のための遺伝子レベルの発明だ」
「遺伝的行動は価値観じゃありません」
「本質を見ようよ。発明自体に善悪は無い。真に咎められるべきは濫用や形骸化。救済システムはいわばインフラだ。無ければ人類は簡単に滅びるよ」
悠乃が何かを言おうとしたその瞬間、ルイはすっぱりと。
「助けてくれたのは心から感謝する。でもこれ以上は水掛け論で僕が楽しくない」
「私はあなたに興味があって……!」
ルイは強い勢いで手を振り払うと、半ば睨む形で悠乃を見た。
「君の正しい世界観にとって僕の感性は猛毒だ。君は君一人だけの世界を生きればいい」
毅然とした態度で言われ、彼女は一瞬立ち尽くす。その隙を突いて、残酷な魔物が立ち去って行った。
「何を、分かって……!」
ルイが足早に悠乃の元から去った所で、空から亜樹を連れた澄香がやってきた。
「無事だったんですね……!」
ルイがすぐさま亜樹に抱き着くのを見て、澄香は小さく笑みをこぼす。
「聡は?」
ルイと亜樹の質問に澄香が首を傾げた所で、逝が聡を連れて背後からやってきた。
「や、全員無事なようで何よりさね」
「二人をしばらく守って下さいませんか?」
澄香の問いにルイが頷きを返したのを見て、逝と澄香は仲間の元へと戻ろうとした……のだが。
「?」
「緒形さん」
何かに気づいた澄香が逝に声を掛けた。何事だと思って振り向くと、深々と頭を下げたルイが見えた。
「おっさんは感謝されたのかね?」
「ええ」
澄香ももう一度ルイの姿をちらりと見る。正体はXI幹部の筈だ。
「どうしてあんな方が……」
民間人の保護に当たった3人が戻ってきたとき、憤怒者と交戦していた覚者達は少なからず消耗していた。当然だ。火力で畳みかけるのは正解だったし、そのおかげで民間人の保護に当たった覚者は一切攻撃を受けなかった。
だが、代わりに憤怒者達と戦っていた彼等に矛先が向いたのだから。半数以上は撃破したが、それでもプロテクターのお陰でまだ残っている。
「待たせたかね」
「今、回復します!」
「早く片づけちゃいましょ!」
ようやく3人が加わったことで凜音も回復に専念することができ、攻撃を行う人間が増えたことで他の憤怒者も先程までとは比べ物にならないスピードで昏倒していく。
あまりの勢いに憤怒者が逃げ出しかけたが、そこは秋人や明日香が遠距離で攻撃したために捕まえることが出来た。それを見て、次から次へと投降する始末。
斯くして、少々苦戦はしたものの、憤怒者襲撃事件は全員身柄確保という形で意外とあっけない顛末を迎えることになった。
●魔物
憤怒者達をひとまず撃退し、後処理を然るべき所に任せた後、秋人は周囲を見回した。
「暑いな……」
じりじりと焼ける日差しは変わらない。ルイと話をするのなら何か飲み物、温かいコーヒーでも用意すべきかと思っていた秋人だったが、その後ろから声が聞こえた。
「持ってけ」
稜が、ペットボトル飲料を抱えて立っていたのだ。
「これ……」
「暑いだろ?」
数秒間の沈黙。そして秋人は稜の顔を凝視した。
「さっき買ってきた。早くしないとぬるくなる」
「……」
「何だ」
秋人は思わずクスリと笑い、顔をほころばせた。二人で手分けをして運ぶことに。
二人が行った先には、既に覚者たちとルイ、そして松野親子がいた。澄香の言葉をちゃんと守っていたらしい。
「あのー……」
明日香が口を開く。何か聞きたそうな様子を察知したのか、ルイは聡の頭を撫でた。
「聡。お別れだ」
お別れだ。その言葉に彩吹は妙な重さを感じた。
「え……」
「楽しかった」
「また会えるよな?」
ルイはそれに笑った後、手を振っただけ。
「小数賀さん……」
父親も合流して遠くなっていく松野親子の姿を見ていた澄香が、ぽつりとこぼした。
彼等は車に乗って自宅に帰って行くそうだ。これでひとまず安心だろう。
「……僕の名前、まだ知ってる人がいたんだ」
「あたしたちのこと、わかります……?」
明日香の言葉に、ルイは僅かに首を傾げた後一言。
「FiVEの人達だよね? 先日のAAAの件で活躍したとか」
「改めて、新堂明日香です」
その言葉を聞いてもルイは一切反応しない。ラプラスの魔として報告を受けていると思っていただけに、明日香はまごついた。
「え、あ……」
「何か?」
「いくつか聞きたいことがあるそうだ」
「取調?」
逝の言葉を聞いたルイの返答に、凜音は思わず身じろいだ。直感的に面倒くささを抱いたのだ。そこで稜が前に出た。
「取調ではありません」
相手が相手だ。一歩間違えば法的な手段を取る可能性はある。その時は稜は頭を下げるつもりであったが。
「じゃあここで立ち話でもいい?」
それは回避されたようだ。
「で、何が聞きたいの?」
ルイの問いに、澄香が口を開いた。
「どうして聡君を庇われたのですか?」
「え?」
首を傾げられ、彼女は少しうろたえた。
「だって聡君は覚者で小数賀さんは非覚者、ですよね? 危険は感じなかったのでしょうか?」
「それはないな」
即答。あまりの速さに凜音が呆れを浮かべた。
「怪我はないみたいでよかったけど、よ」
凜音がおっかなびっくりでポツリ。ルイはそれにおかげさまでと屈託のない笑みを浮かべる。その傍らで彩吹はやや淡々としていた。
「武器を持った相手に無茶をする」
そう言ってから彩吹はにっこりと笑顔を見せて。
「でも、そういう無謀さは嫌いじゃない」
「あの時は僕しかいなかったからね。咄嗟のことだったし」
「では……覚者のことはどう思ってらっしゃるんですか?」
「どうって?」
澄香の問いに、またルイは首を傾げた。
「非覚者の中には覚者をよく思ってない方もいるので」
「その質問が出る時点で辛いよね」
澄香は目を丸くした。
「僕はナードだから酷い目に遭った」
ナード。その言葉に教師である秋人が僅かに顔を歪めた。
「やっぱり、向こうの国は酷いの……?」
彼の声が、かすれた。
「飛び級で僕のナリもこんなだし、よくいじめられた。日本に文通友達がいたから生きてこられたようなもの。彼には感謝してた」
過去形。それに気づいた稜が言葉を遮ろうとした直後。
「彼は隔者に殺されたけれどね」
ルイは臆面も無く言い放った。
情報を更に集めていた稜は知っていた。正美が集めた記事の中にあったのだ。ルイが隔者の被害に遭った人達をケアする活動に加わったきっかけは、親友の死だったと。
「何か……聞いてごめんね」
秋人が思わず言う。しかしルイは特に気にせず首を横に振った。
「もう過去の話。隔者がごく少数だっていうのも理解している。でも、理屈では覚者を理解していても感情が追いつかない人を活動で沢山見た。だから合同学級の件も反対した。時期尚早なんじゃないかって。気づいたら利権だの何だの、泥沼の話になってたけどね」
夕焼けで赤く染まる空に、飛行機が飛ぶ。ルイは空を仰いで、ポツリと言った。
「あのテロのせいで飛行機の利用者数が減って、代わりに自動車を使うようになって……死者が増えた。自動車事故の確率の方が高いのに……結局そんなもの。人は簡単に偏見に支配される。怖さが分かりやすいだけに、怯えちゃうんだ。覚者の存在もそうだと思う」
一瞬、空気が透明になった。
「現代の差別は見えなくなりつつあるけど、結局自然にあるものだ。だから難しいよね」
風だけが、吹く。覚者達は、黙ったままだった。
「もう、いいかなこれで」
ルイのその言葉を受けて、彼等はその場を去ることにした。夕焼けの中、何度も何度も手を振るルイの姿が、遠く遠くに見えた。
「何なんだろうなあいつ……」
発言を控えていた凜音がようやく口を開く。面倒な組織の幹部。それだけの印象だったが、実際に会ってみたら純粋な人物である。訳が分からない。嘘を吐いている様子もない。ただ、相当複雑で、相当面倒なことをやっているのは分かるが。
「狂気の沙汰……か?」
だがそれにしてもあまりに理路整然としている。
何だろう。まるで、子供だ。
「別に何でもいいんでない?」
凜音の言葉に、逝がはっきりと言う。
「おっさんたちの仕事は変わらんよ。最終的にXIは潰す。それだけさね」
あのルイが何を考えていようと逝には関係が無いのだ。見かけこそ人らしくあれど、その判断はどちらか2つに振れる。それしかない。
一方で。
「悪だと、思ってた……」
明日香がぽつりと一言。結局ラプラスの魔として会話をすることはほぼ叶わなかったが、分かった事実も含め、見えてくるのは純粋な人間であるということ。
「悪人なんぞそういるもんか。大体不愉快か不都合な人間だ」
まるで悪役を買って出るように、稜が吐き捨てるように言う。
「不都合な、人間……」
明日香は繰り返すように呟くだけ。自分が悪人だと思っていた人間が、むしろ過去何度も酷い目に遭ってきて。多数の人間が何の悪気も無くルイを傷付けた。きっと、彼等はルイに指摘されたら逆上して更に傷付けたことだろう。
誰しもが陥る、凡庸な悪。
「あたしは、傷付けあいたくない、けど……」
いつかルイと戦わなければならないのだろうか。次は、考えるべき時か。それとも。
その横で澄香も困った顔をしていた。憤怒者と戦うのは嫌だ。しかも、どう見ても憤怒者とは思えない人物が、幹部に。
「ラプラスの魔は淡々としていて、小川さんを殺そうとしたり変なデマを流してる人だって思ってたけど」
澄香は、彩吹の言葉に頷きを返す。
「友達を咄嗟に庇う博士は神でも魔物でもない」
「そうですね……」
そこでふと、澄香はルイと親しかった少年を思い出した。
「父親が非覚者で……母親が覚者で……喧嘩……」
「どうかした?」
ぼそりと一人呟く澄香に、今度は秋人が声を掛ける。
「いえ……。ただ……」
澄香もラプラスの魔の事件に関わっただけに、ルイの言葉一つ一つが響く。
「小数賀さんは、聡君に自分を見たのかもしれませんね……」
あの両親は幸いにも仲良く帰って行った。しかしルイの場合、非覚者と覚者のいさかいに絶望していたら?
秋人はそれに背筋の寒さを覚えた。
「俺も習った。家庭が機能しないと、わざと暴れて嫌われることで家庭を維持する子供がいるって……」
秋人の言葉に、澄香は目を伏せた。
「でも……俺はそんなことで戦いたくない。何とか、他の方法があればいいのに……」
「何もそんな仲の良くない人達には、私がお説教してやるのに」
――あんな『お別れだ』なんて、重い声で言わなくてもいいのに。
彩吹が握りこぶしを作る一方で、稜は正美から聞いた情報を思い出した。
――小数賀博士の研究は背理法の使い方が鮮やかだって博士の研究に詳しい助教が言ってましたよ。
「背理法……」
まさか。自分の正しさを証明するために、敢えて否定する行動をして、それが成り立たないことを証明するつもりか……?
例えばの話、差別が如何に悪い物かというイメージをルイによって植え付けられたら、人々は……。
彼はこの世で最もおぞましい物を見たかのように、顔を引きつらせた。
真の元凶は、何だ。
仮説はともかくとして、事実FiVEが戦えばあのXI一派は潰れるだろう。そしていずれ最後に犠牲になるのは、さんざ被害者になったルイ自身なのだ。
ルイが悪事を犯したのは間違いない。その罪はいずれ償わねばいけないだろう。しかし、その元凶を考えれば――。
稜はルイの行為を心から評価していた。なのに、そういう人物が一番割を食う。
次の瞬間、稜は力無く言葉を発した。
「よく出来たブラックジョークだ。本気で背筋が寒くなる……!」
いずれ残るのは被害者だけ。
咎められるべきは、そして守るべきは、何だ。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
