<冷酷島>壊れた義憤とさまよう力
●約束されなかった島・第三章
『冷酷島』正式名称・黎刻ニューアイランドシティは埋立式人工島である。
本土外に島を作れば妖が現われないという誤った判断によって作られたこの島は、充分な防衛力をもたないために妖によって壊滅してしまった。
この島を人類の手に取り返すためのカギは三つだ。
壱、島外進出をもくろむ妖のコミュニティを全て撃滅すること。
弐、妖の統率をとっているR4個体を見つけ出し撃破すること。
参、島に眠る謎を解明し解決すること。
そして今回は――
●破綻者、ジムカタ コウゾウ
「深度の進んだ破綻者を発見したのですか?」
事務方 執事(nCL2000195)の言葉に、パソコンを操作していた菊坂 結⿅(CL2000432)が首だけで振り返った。かけていたヘッドホンを外し、画面を指さす。
「最初は島に取り残された要救助者かと思ったんだけど、妖をすごい勢いで潰してるの。覚者にしては挙動もおかしいし……見て」
パソコン上で再生された映像は、30台ほどの男性が片腕で妖を消し去ってしまうさまだった。
その映像を見て、執事は。
「……兄さん」
と呟いた。
ここは冷酷島データセンター。
前線基地シェルターからバイパスを繋いだ施設で、島中の監視カメラ映像が集まっている。
そこへ、冷酷島を調査中の覚者たちや、新たに加わった覚者たちが集まっていた。
「前から気になっていたんだよねえ。このカメラの持ち主、やっぱりお兄さんだったんだ」
特殊なデジタルカメラを翳す蘇我島 恭司(CL2001015)。
レトナシリーズと呼ばれるそのデジタル一眼レフカメラはオウテレンズという企業が開発した最新モデルだが、裏で神具化パーツを販売しているということだった。
「兄はその企業の得意先でしたから、最新モデルの神具化パーツを手に入れていたのでしょう。私や社の部下がこの島に取り残されていることは気づいていたでしょうから、恐らく……」
「島に乗り込んで戦ううちに、破綻者化してしまったのですね」
ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)は想像した。
自らの部下や家族を救うために単身で妖だらけの島へ乗り込み、自我を喪うまで戦い続ける男の姿をだ。
「……できることなら、救ってあげたいです」
「同感です。しかし、放置していれば妖を自動的に除去してくれるのもまた事実。皆さんがそれを望むのであれば――」
「だめ、だよ」
深く息を吸って、吐いて。
明石 ミュエル(CL2000172)は語尾を強く発言した。
「助けられるなら、助けたい」
皆の想いは彼女と同じだったようだ。
場の空気が一つになるのを感じて、執事は眼鏡を手で覆った。
「分かりました。私の知る限りの事前情報と、見た限りの予知情報、そしてこの施設で収集した過去情報の全てをまとめてお伝えします」
救えるのなら、それが一番いい。
きわめて困難であったとしても。
名をジムカタ コウゾウ。
火行獣。戦闘レベルはそこそこ高く、発現してから十年以上は妖退治をこなしている。
主に建設作業の邪魔になる妖の撃退で、地形を活かした戦闘が得意だったらしい。
愛用していたのはカメラ型神具だが、今は素手で戦っているので攻撃は大ぶりに、そして野性的なものに変化しているだろう。
能力バランスは物特両刀の火力寄り。ガス欠が欠点だったが破綻者化によって基礎能力が大幅上昇しているためほぼ無尽蔵と見ていい。
部下を家族のように大事にし、今回の事業で大きな功績をあげて会社を大きくしようと考えていたという。ゆえに今回の超妖災害に責任を感じており、単身で乗り込んだ理由もそこにある。
素の性格は大工の頭領といった風で、豪快で気持ちのいい人物として部下からも慕われている。
破綻者としての予測深度は3。
きわめて救出は困難だが、戦い方や気持ちのぶつけ方、そして強い意志をもってすれば可能性はあるかもしれないと言われている。
「皆さんに全て託します。どのような結果になっても、私はそれを受け入れるつもりです。ですができることなら……」
その後のことは口をつぐんで言わなかったが、皆分かっていた。
『冷酷島』正式名称・黎刻ニューアイランドシティは埋立式人工島である。
本土外に島を作れば妖が現われないという誤った判断によって作られたこの島は、充分な防衛力をもたないために妖によって壊滅してしまった。
この島を人類の手に取り返すためのカギは三つだ。
壱、島外進出をもくろむ妖のコミュニティを全て撃滅すること。
弐、妖の統率をとっているR4個体を見つけ出し撃破すること。
参、島に眠る謎を解明し解決すること。
そして今回は――
●破綻者、ジムカタ コウゾウ
「深度の進んだ破綻者を発見したのですか?」
事務方 執事(nCL2000195)の言葉に、パソコンを操作していた菊坂 結⿅(CL2000432)が首だけで振り返った。かけていたヘッドホンを外し、画面を指さす。
「最初は島に取り残された要救助者かと思ったんだけど、妖をすごい勢いで潰してるの。覚者にしては挙動もおかしいし……見て」
パソコン上で再生された映像は、30台ほどの男性が片腕で妖を消し去ってしまうさまだった。
その映像を見て、執事は。
「……兄さん」
と呟いた。
ここは冷酷島データセンター。
前線基地シェルターからバイパスを繋いだ施設で、島中の監視カメラ映像が集まっている。
そこへ、冷酷島を調査中の覚者たちや、新たに加わった覚者たちが集まっていた。
「前から気になっていたんだよねえ。このカメラの持ち主、やっぱりお兄さんだったんだ」
特殊なデジタルカメラを翳す蘇我島 恭司(CL2001015)。
レトナシリーズと呼ばれるそのデジタル一眼レフカメラはオウテレンズという企業が開発した最新モデルだが、裏で神具化パーツを販売しているということだった。
「兄はその企業の得意先でしたから、最新モデルの神具化パーツを手に入れていたのでしょう。私や社の部下がこの島に取り残されていることは気づいていたでしょうから、恐らく……」
「島に乗り込んで戦ううちに、破綻者化してしまったのですね」
ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)は想像した。
自らの部下や家族を救うために単身で妖だらけの島へ乗り込み、自我を喪うまで戦い続ける男の姿をだ。
「……できることなら、救ってあげたいです」
「同感です。しかし、放置していれば妖を自動的に除去してくれるのもまた事実。皆さんがそれを望むのであれば――」
「だめ、だよ」
深く息を吸って、吐いて。
明石 ミュエル(CL2000172)は語尾を強く発言した。
「助けられるなら、助けたい」
皆の想いは彼女と同じだったようだ。
場の空気が一つになるのを感じて、執事は眼鏡を手で覆った。
「分かりました。私の知る限りの事前情報と、見た限りの予知情報、そしてこの施設で収集した過去情報の全てをまとめてお伝えします」
救えるのなら、それが一番いい。
きわめて困難であったとしても。
名をジムカタ コウゾウ。
火行獣。戦闘レベルはそこそこ高く、発現してから十年以上は妖退治をこなしている。
主に建設作業の邪魔になる妖の撃退で、地形を活かした戦闘が得意だったらしい。
愛用していたのはカメラ型神具だが、今は素手で戦っているので攻撃は大ぶりに、そして野性的なものに変化しているだろう。
能力バランスは物特両刀の火力寄り。ガス欠が欠点だったが破綻者化によって基礎能力が大幅上昇しているためほぼ無尽蔵と見ていい。
部下を家族のように大事にし、今回の事業で大きな功績をあげて会社を大きくしようと考えていたという。ゆえに今回の超妖災害に責任を感じており、単身で乗り込んだ理由もそこにある。
素の性格は大工の頭領といった風で、豪快で気持ちのいい人物として部下からも慕われている。
破綻者としての予測深度は3。
きわめて救出は困難だが、戦い方や気持ちのぶつけ方、そして強い意志をもってすれば可能性はあるかもしれないと言われている。
「皆さんに全て託します。どのような結果になっても、私はそれを受け入れるつもりです。ですができることなら……」
その後のことは口をつぐんで言わなかったが、皆分かっていた。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.破綻者の撃破
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
色々な形に分岐し、場合によってはルートが増える構成となっております。
そんなわけで、飛び入り参加をいつでも歓迎しております。
【シチュエーションデータ】
島中央をうろついている破綻者を強襲、戦闘し、撃破する任務です。
地形としては二車線道路。放置自動車がそこかしこにありますが、戦闘に困るという程ではありません。
それなりに見通しがいいので奇襲は難しいでしょう。
【エネミーデータ】
・ジムカタ コウゾウ
火行獣、深度3の破綻者。
戦闘力はOPにあるとおりです。
【事後調査】
(※こちらは、PLが好むタイプのシナリオへシフトしやすくするための試験運用機能です)
島内は非常に危険なため、依頼完了後は一般人や調査・戦闘部隊はみな島外に退避します。
しかし高い生存能力をもつPCたちは依頼終了後に島内の調査を行なうことができます。
以下の三つのうちから好きな行動を選んでEXプレイングに記入して下さい。
※EX外に書いたプレイングは判定されません
・『A:追跡調査』今回の妖や事件の痕跡を更に追うことで同様の事件を見つけやすくなり、同様の依頼が発生しやすくなります。
・『B:特定調査』特定の事件を調査します。「島内で○○な事件が起きているかも」「○○な敵と戦いたい」といった形でプレイングをかけることで、ピンポイントな依頼が発生しやすくなります。
・『C:島外警備』調査や探索はせず、島外の警備を手伝います。依頼発生には影響しなさそうですが、島外に妖が出ないように守ることも大事です。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2017年08月20日
2017年08月20日
■メイン参加者 8人■

●誰がための力
これまでのあらすじ。
冷酷島の建設にあたっていたGM建設を追うにつれ、島に取り残された社員や社長補佐のジムカタとの関係を築き上げていったファイヴの覚者たち。
そんな彼らが突き止めた新たな事件とは、先んじて島に入って妖退治をしていたジムカタ コウゾウの破綻者化だった。
「僕らに協力してくれてるシツジさんのためにも、今まで一人で妖と戦っていたコウゾウさんのためにも、助け出してあげたいよね」
カメラをそっと撫でる『想い重ねて』蘇我島 恭司(CL2001015)。
聞くところによれば、このカメラはジムカタ コウゾウが妖と戦う際に使用していた神具だという。であれば、恭司としてはコウゾウへの義理がもう一つ増えたことになる。
勿論それ以前の問題として、人々のために戦う人間を放っておける彼らでは無い。
「ナナンも頑張るよぉ! 今日はとっても頑張るんだからぁ!」
ホッケースティックを握りしめ、いつになく気合いを入れる『ちみっこ』皐月 奈南(CL2001483)。
人を守るため、責任をとるために戦った人が力に呑まれてバケモノと化すことを、彼女は断固として認められないのだ。
それはかつて黒いヒツジを救ったような、奈南のもつ優しさであり強さでもあった。
一方で、現実的な壁というものもある。『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)は難しい顔をしていた。
「深度3はかなり危険なラインのはずです。因子のバケモノと化す境目とでも言いましょうか……けど、望みはあるはずですよね」
「ええ、私も引き戻した現場に居合わせたことがあります」
眼鏡のブリッジを指で押す『教授』新田・成(CL2000538)。
「しかし……あれはあくまで特殊事例。今回の成功率は決して高くありません。私も人事を尽くしましょう」
「…………」
ラーラと逝のやりとりを暫く聞いていた『冷徹の論理』緒形 逝(CL2000156)が、ヘルメットの側面を指でゆっくりと撫でた。
「倒したいでなく助けたいなのね。わかった、そういうことならお手伝いするわよ。さて、火行の使い手は何が強みだったか……」
一方で、ジムカタ コウゾウの気持ちを深く考えこむ者もあった。
「単身で島に乗り込んで、戦って……その結果、破綻者となったのですね」
『想い重ねて』柳 燐花(CL2000695)は自らの胸に手を当て、深く瞑目した。
彼はどんな気持ちで島へ入ったのか。
どんな過去が、どんな喪失があったのか。
「兄弟……」
大辻・想良(CL2001476)もまた、同じようにコウゾウのことを、ひいてはその弟であるシツジのことを考えていた。
「わたしは、天がおかしくなったらどうするかな……」
暫く考えてから、シツジの言葉を思い出す。
彼は『託す』と言ってくれた。その意味を、深く噛みしめた。
「皆さん。やりましょう」
『プロ級ショコラティエール』菊坂 結鹿(CL2000432)が覚悟の座った声で言った。
「自らの部下を救うためとはいえ、自分を犠牲にするなんて悲しすぎます。それが仕方の無いことだったとしても、避けられない運命だったとしても、ここに私たちが居る限り、まだ確定じゃありません。コウゾウさんのために、その部下の方々のために……今私ができることです! なんとしても救い出しましょう!」
ぎゅっと拳を握る。
遠くから足音が近づいてくる。
身体からめらめらと黒い炎をあげた、四十台後半の男性。否……妖と見まがうような、それは恐ろしいバケモノだった。
フェーズスリー・バンク。本来なら心を殺して倒すべきとされている敵。
それを、彼らは今、救おうとしていた。
●
地面を殴る。
アスファルト製二車線道路に八方の亀裂が走り、その全てから炎が吹き上がる。
半径10メートルにわたり爆発が起こり、地面がまるごと吹き飛んでいく。
周囲の車など言わずもがな、射程内に燐花や結鹿を巻き込んで吹き上がった炎の柱に、成は瞠目した。
「なんという、極端な……」
素早くかつ無理矢理に飛び退き、乗用車のボンネットをクッションにしてぶつかる燐花と結鹿を見て、成は頷いた。
「大ぶりで野性的。事前の情報通りですね。地形を利用して戦うというフシは、この様子ではないでしょう」
命中補正が低いのか、回避力に優れた者が全力で回避しようとすればそれなりに避けることが出来る。しかしその反面で、攻撃を受ければよくて丸焦げ悪くて灰だ。
「スキャニングを行ないますか」
「いえ、必要ないでしょう」
魔導書を握りしめたラーラに横目で合図を送られたが、成は小さく首を振った。
これまでの経験で得た基礎知識として。
破綻者の戦闘能力はあくまで基礎能力が上昇した覚者にすぎないことがわかっている。ジムカタ コウゾウにファイヴのトップランカーを大幅に上回る練度があったのではない限り、未知の術式を使用することはないだろう。
警戒すべきバッドステータスや追加効果があるとすれば、火傷か解除。そしてこの強引なスタイルから推察するに、豪炎撃や火柱といった直接的なスキル構成だろう。
【火傷】効果を放置するのは気分が悪いが、コウゾウの予想ダメージ値と自分たちの平均体力を考えるに、ほとんど誤差のようなものだった。
なにかしらオリジナルスキルでもあれば警戒するところだが、シツジからそういう話は聞いていない。
「まずは体力を削ることを考えましょう。いいですね?」
ぴょんとボンネットの上で立ち上がることで応える燐花と結鹿。
結鹿は円周軌道を走りながら無数に氷の槍を形成、次々に発射していく。
その一方で燐花は真正面から突撃――と見せかけて眼前で直角にカーブ。ジグザグな軌道を描いてコウゾウの周囲を駆け回り、死角を見つけては斬撃を叩き込んでいく。
「火行の猫。柳と申します。貴方を……」
なんと言おうか一瞬迷って、迷う間に七十七回切り込んで、コウゾウを駆け抜け5メートルほど抜けてから、小さく呟いた。
「止めに参りました」
「召炎波のような便利な全体攻撃スキルはそうありません。一般的な火行使いであるなら、攻撃パターンは列に限るはず。それも前衛から削るオーソドックスなものに」
認識をかき乱しながらコウゾウの周囲を駆け回る燐花たちとは別に、ラーラと恭司は距離をとりながらコウゾウの側面をとっていた。
放置自動車を壁にして、恭司はカメラに望遠レンズを装着する。
「まだ話が通じる雰囲気じゃないね。暫くは戦闘に集中しないと」
自動車の影から身を乗り出し、高速でピントをあわせてシャッターをきる。それだけでコウゾウに呪力が定まり、彼の身体に激しいスパークが走った。
当人を描いた画に釘を刺せば呪いとなるように、画像としてとらえた人物に電子的かつオートマチックな呪いをかけるというのがこの神具カメラの仕組みである。
それも、取り回しやすく設定項目の多いこのカメラは、コウゾウの繊細な戦い方を思わせた。しかし今の彼にその影はない。
「そのレンズ、参考にさせていただきます!」
魔方陣を複数生み出し、それぞれにゆがみを持たせるラーラ。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を。イオ・ブルチャーレ!」
拡大された炎がコウゾウへと浴びせられる。
それに反応したコウゾウは、振り返るまでもなく腕を振るった。
一瞬遅れて大気がいっぺんに燃え上がり、恭司とラーラが炎に包まれる。
とてつもない高熱だ。まるで油で揚げられたかのような気分に、一瞬意識をもっていかれる。
想良が素早く術を結んで迷霧を展開すると、もう少し離れた辺りから恭司たちを手招きした。
「相手の火力が、高いですから、長引くと、大変です」
「そのようですね……けど、知的な行動はしていないようです」
少々余談になってしまうが、全く同じ戦闘力でも頭をどの程度使うかでその脅威度は大きく変わる。
今回の例で言えば、後衛にだけ列攻撃を連射していればかなり早期に両慈たちがリタイアし、回復手段と最大のダメージソースを失ったことだろう。しかしコウゾウは前衛後衛、時には成しかいない中衛へとばらばらに攻撃を仕掛けていた。三手かけてまんべんなくダメージを与えたとしても、恭司はその間に全体回復で十二分にダメージをカバーできてしまうという格好である。
別の面で言えば、想良はコウゾウが放置自動車を投げたり爆発させたりして追加ダメージを狙ってくるのではと警戒していたが、まるでそんな様子はなかった。使ったところで二度手間になるというか、安全性世界一の日本車を爆発するまで一生懸命燃やすくらいなら直接殴った方がずっと良いのも事実である。
余談終わり。
「コウゾウちゃんとお話したいの! 少し時間を稼げないかなぁ?」
奈南がホッケースティックを振り回し、エネルギーでできたディスクをコウゾウに当てながら牽制を仕掛けていく。
問いかけを受けた逝はううむと唸ってから、両手にそれぞれ妖刀を握り込んで防御姿勢をとった。
「おっさんが死ぬ前にカタをつけるんだぞう。でないと、こわいおじさんが来ちゃうからね」
逝は横目で成を見ていったが、なにぶんフルフェイスヘルメットの内側である。奈南は小首を傾げてから、『お願いするねえ!』と呼びかけた。
「緒形君。分かっているでしょうが、説得が無意味だと判断した場合は……」
「ほいほい」
防御を固めて逝はタックルを開始。
避けられないようにと成は微妙な距離からカマイタチを飛ばして牽制を仕掛けた。
これだけの戦闘をこなす成もかなりのものだが、真空の刃を素手で振り払うコウゾウもたいした化け物である。破綻者化する前からこうだったとは思いたくないものだ。
「よっ!」
正面から組み合う形でぶつかる逝。
激しい炎が性を包み、身を焼き焦がしていく。
それまで散漫だったコウゾウの狙いが、逝へと明確に集中していくのが分かった。
「緒形君も自力で回復を続けているようですが、いつまでもは持ちません。限られた時間を、どうか有効に」
成の呼びかけに、奈南たちは一様に頷いた。
●
いかに防御力の高い逝といえど、フェーズ3の破綻者を前に一対一で押さえ込むのは難しい。
身体がぱきぱきと音を立てて燃え、一度は灰になりかけた次第である。
「おっさん、一歩も退いてあげないぞう」
楽しそうな口ぶりだが、状況はまるで楽しそうではない。
逝の身体がマッチ棒のように燃え尽き、しまいにはへし折れてしまうのはもはや時間の問題だった。
そんな中、コウゾウに電撃を浴びせながら想良は鋭く呼びかけている。
反対側からはラーラが炎を浴びせかけ、必死に呼びかけていた。
「シツジさんは無事です。が心配していましたよ。破綻してしまうほどに力を使い続けたあなたの実直さを見込んでお願いします。今度はその真面目さを、元の自分を取り戻すために思い出してください!」
「それとも、このまま、ここにいますか? 戻るほうが、大変かもしれませんし。事態の後始末とか、島の復興とか。けど、妖と戦ってるほうが、楽ですよね。こうして小娘に、侮られたくなかったら、さっさと戻って来て下さい。弟さんも待っていますから」
コウゾウの目は獣のそれだった。一心不乱に逝に食らいつき、焼き、へし折ろうとしている。
そして逝もまた、めきめきと背骨からへし折られていった。
彼を心配しないわけではない。けれど、今はお互いにやるべきことがあった。ラーラは強く拳を握る。
「私達もここに来ました。もう1人っきりで戦うことなんてないんですよ! 自我を失うほどに力を暴走させなくても大丈夫なんです。私達、単身乗り込んで戦うあなたほどの力は持ってないかもですが、ちょっとは信じてください!」
コウゾウがうなりを上げ、ついに逝をへし折った。
それが逝だったと認識するのも難しいほどにして、ぐるりとラーラへと振り向くコウゾウ。
「耳を傾けてる証拠だ。説得を続けて」
反対側に回り込み、激しいカメラフラッシュを浴びせる恭司。
身体をびくつかせ、コウゾウは恭司へと激しく吠えた。
腕を振り上げるコウゾウ。まとわりついた大量の炎は渦を巻き、巨大な獣の腕となって恭司たちを薙ぎ払っていく。
恭司を反射的に助けそうになった燐花は、恭司が視線だけで何かを訴えてきたことに気がついて、足をとめた。
保護者と非保護者。大人と子供。男と女。そういったあれこれとはまた別の、強い信頼を帯びた目だ。
キッとにらむようにコウゾウを見やる。
「私は、貴方ではありません。貴方がどのような思いを抱いてここを訪れ、
何を思い、考えて今に至ったのか。理解しきれない部分はあります」
うなりをあげて飛びかかるコウゾウ。燐花は素早く横っ飛びに転がって回避。それまで立っていた地面が吹き飛び、後方の自動車が熱で真っ二つに切断されていく。
「ですが、貴方を気にかけている方がいらっしゃいます。お一人で戦い続ける必要はもうないのです。この島で起きてしまった事は覆りませんが、私達と一緒に。事務方さんと一緒にこれからを作っていきませんか?」
しつこくうなり、振り返るコウゾウ。
しかしそのうなり声が、煩わしさに対する威嚇であることが肌で感じられた。
力そのものになろうとしているコウゾウの『なにか』が、人間性を訴えた燐花たちに抵抗しているのだ。
すう、っと大きく息を吸い込む奈南。
「1人で暴れたって、起きちゃった事はどうしようもなくって、取り返せないんだからぁ!」
奈南の必死の叫びに、今度は頭を押さえて振り返るコウゾウ。
戦闘行為から一転して、暴れる獣を落ち着かせるような光景にシフトしはじめている。
「だったら1人で暴れないで、ナナン達と一緒に妖退治をしようよぉ! ナナン達もコウゾウちゃんとなら、頼もしくって、コウゾウちゃんも、1人じゃ無いって思えるのだ! それに責任は1人で取るものじゃ無いってナナンは思うよぉ!」
コウゾウが腕を大きく振りかざし、恭司を振り払ったような炎の巨腕を作り出した。
咄嗟に庇いに入る成。翳した刀もろとも身体を切断され、吐いた血すらも蒸発していった。
「――ッ」
「かまいません、つづけて……!」
成の訴えに、奈南は色々なものを振り払った。
「コウゾウちゃんの弟ちゃんだって凄く心配してたんだよ? コウゾウちゃんの身内は、弟ちゃんだけじゃないんでしょ? 大工さんの偉い人だもん。弟子の人とか、会社の人も、きっとすっごく心配して、コウゾウちゃんだけが悲しいって思うだけじゃなくて、周りも悲しくなっちゃうんだよ?」
コウゾウは見えない何かを振り払うように両腕を振って、後じさりを始めている。
「コウゾウちゃんは周りの人を悲しませる為に戦ってきた訳じゃないんでしょ? だったら自分でも負けない気持ちで戻って来なくちゃダメ! その方が皆幸せになれるんだからぁ!」
更に後じさるコウゾウ。
「今が最低でも、諦めて投げ出しちゃダメ! 投げ出した分だけ、皆が泣いちゃうんだよぉ? それってナナンは凄く悲しいって思うのだ! だからコウゾウちゃん、元に戻るのだ!」
まるで握り拳を叩き付けるかのような呼びかけに、コウゾウはついに何かを手放した。
朦朧とした意識のなか、成はその様子を見てこんな風に考えた。
「彼は、大きくなりすぎた力をただ『大きなだけの力』に抑えるべく抱え込んでいたのかもしれません。ただ妖を倒し続けるだけのキリングマシーンとなれば、島を放棄して『自然浄化』されるのを待てばいい。何なら全てが終わった後に爆撃でもして沈めればいい。けれどもし人の力で島をそのままの形で希望があるのなら……」
「あります!」
結鹿が、自らの魂を限界まで輝かせた。
「コウゾウさん! もし、あまたが自分の命を贖ってでも、妖を退治するというのなら、それは間違っています。誰もそれを望んではいません! あなたが部下を家族のように思っているように、部下にとってもあなたは大事なのです。あなたの命はもう、あなただけのものではないのです!」
コウゾウの放った巨大な炎の腕を、結鹿は巨大な氷の腕で相殺させた。
「それとも、部下の思いなど捨て置いていいというのですか? だとすれば、わたしは随分とあなたを買い被っていたことになります。あなたは部下の方を大事にし、慈しまわれる方だと思っていましたから!」
全身から全てをはき出すかのような膨大な炎が爆発となって現われるが、結鹿はそれを巨大な氷の翼で覆い尽くし、自らの身体そのもので受け入れた。
最後に残ったのは、炎を纏わぬただの人。
ジムカタ コウゾウのみである。
崩れ落ちる彼を抱きとめ、結鹿は祈るように瞑目した。
「おかりなさい」
――ジムカタ コウゾウの生存を確認。保護を完了した。
これまでのあらすじ。
冷酷島の建設にあたっていたGM建設を追うにつれ、島に取り残された社員や社長補佐のジムカタとの関係を築き上げていったファイヴの覚者たち。
そんな彼らが突き止めた新たな事件とは、先んじて島に入って妖退治をしていたジムカタ コウゾウの破綻者化だった。
「僕らに協力してくれてるシツジさんのためにも、今まで一人で妖と戦っていたコウゾウさんのためにも、助け出してあげたいよね」
カメラをそっと撫でる『想い重ねて』蘇我島 恭司(CL2001015)。
聞くところによれば、このカメラはジムカタ コウゾウが妖と戦う際に使用していた神具だという。であれば、恭司としてはコウゾウへの義理がもう一つ増えたことになる。
勿論それ以前の問題として、人々のために戦う人間を放っておける彼らでは無い。
「ナナンも頑張るよぉ! 今日はとっても頑張るんだからぁ!」
ホッケースティックを握りしめ、いつになく気合いを入れる『ちみっこ』皐月 奈南(CL2001483)。
人を守るため、責任をとるために戦った人が力に呑まれてバケモノと化すことを、彼女は断固として認められないのだ。
それはかつて黒いヒツジを救ったような、奈南のもつ優しさであり強さでもあった。
一方で、現実的な壁というものもある。『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)は難しい顔をしていた。
「深度3はかなり危険なラインのはずです。因子のバケモノと化す境目とでも言いましょうか……けど、望みはあるはずですよね」
「ええ、私も引き戻した現場に居合わせたことがあります」
眼鏡のブリッジを指で押す『教授』新田・成(CL2000538)。
「しかし……あれはあくまで特殊事例。今回の成功率は決して高くありません。私も人事を尽くしましょう」
「…………」
ラーラと逝のやりとりを暫く聞いていた『冷徹の論理』緒形 逝(CL2000156)が、ヘルメットの側面を指でゆっくりと撫でた。
「倒したいでなく助けたいなのね。わかった、そういうことならお手伝いするわよ。さて、火行の使い手は何が強みだったか……」
一方で、ジムカタ コウゾウの気持ちを深く考えこむ者もあった。
「単身で島に乗り込んで、戦って……その結果、破綻者となったのですね」
『想い重ねて』柳 燐花(CL2000695)は自らの胸に手を当て、深く瞑目した。
彼はどんな気持ちで島へ入ったのか。
どんな過去が、どんな喪失があったのか。
「兄弟……」
大辻・想良(CL2001476)もまた、同じようにコウゾウのことを、ひいてはその弟であるシツジのことを考えていた。
「わたしは、天がおかしくなったらどうするかな……」
暫く考えてから、シツジの言葉を思い出す。
彼は『託す』と言ってくれた。その意味を、深く噛みしめた。
「皆さん。やりましょう」
『プロ級ショコラティエール』菊坂 結鹿(CL2000432)が覚悟の座った声で言った。
「自らの部下を救うためとはいえ、自分を犠牲にするなんて悲しすぎます。それが仕方の無いことだったとしても、避けられない運命だったとしても、ここに私たちが居る限り、まだ確定じゃありません。コウゾウさんのために、その部下の方々のために……今私ができることです! なんとしても救い出しましょう!」
ぎゅっと拳を握る。
遠くから足音が近づいてくる。
身体からめらめらと黒い炎をあげた、四十台後半の男性。否……妖と見まがうような、それは恐ろしいバケモノだった。
フェーズスリー・バンク。本来なら心を殺して倒すべきとされている敵。
それを、彼らは今、救おうとしていた。
●
地面を殴る。
アスファルト製二車線道路に八方の亀裂が走り、その全てから炎が吹き上がる。
半径10メートルにわたり爆発が起こり、地面がまるごと吹き飛んでいく。
周囲の車など言わずもがな、射程内に燐花や結鹿を巻き込んで吹き上がった炎の柱に、成は瞠目した。
「なんという、極端な……」
素早くかつ無理矢理に飛び退き、乗用車のボンネットをクッションにしてぶつかる燐花と結鹿を見て、成は頷いた。
「大ぶりで野性的。事前の情報通りですね。地形を利用して戦うというフシは、この様子ではないでしょう」
命中補正が低いのか、回避力に優れた者が全力で回避しようとすればそれなりに避けることが出来る。しかしその反面で、攻撃を受ければよくて丸焦げ悪くて灰だ。
「スキャニングを行ないますか」
「いえ、必要ないでしょう」
魔導書を握りしめたラーラに横目で合図を送られたが、成は小さく首を振った。
これまでの経験で得た基礎知識として。
破綻者の戦闘能力はあくまで基礎能力が上昇した覚者にすぎないことがわかっている。ジムカタ コウゾウにファイヴのトップランカーを大幅に上回る練度があったのではない限り、未知の術式を使用することはないだろう。
警戒すべきバッドステータスや追加効果があるとすれば、火傷か解除。そしてこの強引なスタイルから推察するに、豪炎撃や火柱といった直接的なスキル構成だろう。
【火傷】効果を放置するのは気分が悪いが、コウゾウの予想ダメージ値と自分たちの平均体力を考えるに、ほとんど誤差のようなものだった。
なにかしらオリジナルスキルでもあれば警戒するところだが、シツジからそういう話は聞いていない。
「まずは体力を削ることを考えましょう。いいですね?」
ぴょんとボンネットの上で立ち上がることで応える燐花と結鹿。
結鹿は円周軌道を走りながら無数に氷の槍を形成、次々に発射していく。
その一方で燐花は真正面から突撃――と見せかけて眼前で直角にカーブ。ジグザグな軌道を描いてコウゾウの周囲を駆け回り、死角を見つけては斬撃を叩き込んでいく。
「火行の猫。柳と申します。貴方を……」
なんと言おうか一瞬迷って、迷う間に七十七回切り込んで、コウゾウを駆け抜け5メートルほど抜けてから、小さく呟いた。
「止めに参りました」
「召炎波のような便利な全体攻撃スキルはそうありません。一般的な火行使いであるなら、攻撃パターンは列に限るはず。それも前衛から削るオーソドックスなものに」
認識をかき乱しながらコウゾウの周囲を駆け回る燐花たちとは別に、ラーラと恭司は距離をとりながらコウゾウの側面をとっていた。
放置自動車を壁にして、恭司はカメラに望遠レンズを装着する。
「まだ話が通じる雰囲気じゃないね。暫くは戦闘に集中しないと」
自動車の影から身を乗り出し、高速でピントをあわせてシャッターをきる。それだけでコウゾウに呪力が定まり、彼の身体に激しいスパークが走った。
当人を描いた画に釘を刺せば呪いとなるように、画像としてとらえた人物に電子的かつオートマチックな呪いをかけるというのがこの神具カメラの仕組みである。
それも、取り回しやすく設定項目の多いこのカメラは、コウゾウの繊細な戦い方を思わせた。しかし今の彼にその影はない。
「そのレンズ、参考にさせていただきます!」
魔方陣を複数生み出し、それぞれにゆがみを持たせるラーラ。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を。イオ・ブルチャーレ!」
拡大された炎がコウゾウへと浴びせられる。
それに反応したコウゾウは、振り返るまでもなく腕を振るった。
一瞬遅れて大気がいっぺんに燃え上がり、恭司とラーラが炎に包まれる。
とてつもない高熱だ。まるで油で揚げられたかのような気分に、一瞬意識をもっていかれる。
想良が素早く術を結んで迷霧を展開すると、もう少し離れた辺りから恭司たちを手招きした。
「相手の火力が、高いですから、長引くと、大変です」
「そのようですね……けど、知的な行動はしていないようです」
少々余談になってしまうが、全く同じ戦闘力でも頭をどの程度使うかでその脅威度は大きく変わる。
今回の例で言えば、後衛にだけ列攻撃を連射していればかなり早期に両慈たちがリタイアし、回復手段と最大のダメージソースを失ったことだろう。しかしコウゾウは前衛後衛、時には成しかいない中衛へとばらばらに攻撃を仕掛けていた。三手かけてまんべんなくダメージを与えたとしても、恭司はその間に全体回復で十二分にダメージをカバーできてしまうという格好である。
別の面で言えば、想良はコウゾウが放置自動車を投げたり爆発させたりして追加ダメージを狙ってくるのではと警戒していたが、まるでそんな様子はなかった。使ったところで二度手間になるというか、安全性世界一の日本車を爆発するまで一生懸命燃やすくらいなら直接殴った方がずっと良いのも事実である。
余談終わり。
「コウゾウちゃんとお話したいの! 少し時間を稼げないかなぁ?」
奈南がホッケースティックを振り回し、エネルギーでできたディスクをコウゾウに当てながら牽制を仕掛けていく。
問いかけを受けた逝はううむと唸ってから、両手にそれぞれ妖刀を握り込んで防御姿勢をとった。
「おっさんが死ぬ前にカタをつけるんだぞう。でないと、こわいおじさんが来ちゃうからね」
逝は横目で成を見ていったが、なにぶんフルフェイスヘルメットの内側である。奈南は小首を傾げてから、『お願いするねえ!』と呼びかけた。
「緒形君。分かっているでしょうが、説得が無意味だと判断した場合は……」
「ほいほい」
防御を固めて逝はタックルを開始。
避けられないようにと成は微妙な距離からカマイタチを飛ばして牽制を仕掛けた。
これだけの戦闘をこなす成もかなりのものだが、真空の刃を素手で振り払うコウゾウもたいした化け物である。破綻者化する前からこうだったとは思いたくないものだ。
「よっ!」
正面から組み合う形でぶつかる逝。
激しい炎が性を包み、身を焼き焦がしていく。
それまで散漫だったコウゾウの狙いが、逝へと明確に集中していくのが分かった。
「緒形君も自力で回復を続けているようですが、いつまでもは持ちません。限られた時間を、どうか有効に」
成の呼びかけに、奈南たちは一様に頷いた。
●
いかに防御力の高い逝といえど、フェーズ3の破綻者を前に一対一で押さえ込むのは難しい。
身体がぱきぱきと音を立てて燃え、一度は灰になりかけた次第である。
「おっさん、一歩も退いてあげないぞう」
楽しそうな口ぶりだが、状況はまるで楽しそうではない。
逝の身体がマッチ棒のように燃え尽き、しまいにはへし折れてしまうのはもはや時間の問題だった。
そんな中、コウゾウに電撃を浴びせながら想良は鋭く呼びかけている。
反対側からはラーラが炎を浴びせかけ、必死に呼びかけていた。
「シツジさんは無事です。が心配していましたよ。破綻してしまうほどに力を使い続けたあなたの実直さを見込んでお願いします。今度はその真面目さを、元の自分を取り戻すために思い出してください!」
「それとも、このまま、ここにいますか? 戻るほうが、大変かもしれませんし。事態の後始末とか、島の復興とか。けど、妖と戦ってるほうが、楽ですよね。こうして小娘に、侮られたくなかったら、さっさと戻って来て下さい。弟さんも待っていますから」
コウゾウの目は獣のそれだった。一心不乱に逝に食らいつき、焼き、へし折ろうとしている。
そして逝もまた、めきめきと背骨からへし折られていった。
彼を心配しないわけではない。けれど、今はお互いにやるべきことがあった。ラーラは強く拳を握る。
「私達もここに来ました。もう1人っきりで戦うことなんてないんですよ! 自我を失うほどに力を暴走させなくても大丈夫なんです。私達、単身乗り込んで戦うあなたほどの力は持ってないかもですが、ちょっとは信じてください!」
コウゾウがうなりを上げ、ついに逝をへし折った。
それが逝だったと認識するのも難しいほどにして、ぐるりとラーラへと振り向くコウゾウ。
「耳を傾けてる証拠だ。説得を続けて」
反対側に回り込み、激しいカメラフラッシュを浴びせる恭司。
身体をびくつかせ、コウゾウは恭司へと激しく吠えた。
腕を振り上げるコウゾウ。まとわりついた大量の炎は渦を巻き、巨大な獣の腕となって恭司たちを薙ぎ払っていく。
恭司を反射的に助けそうになった燐花は、恭司が視線だけで何かを訴えてきたことに気がついて、足をとめた。
保護者と非保護者。大人と子供。男と女。そういったあれこれとはまた別の、強い信頼を帯びた目だ。
キッとにらむようにコウゾウを見やる。
「私は、貴方ではありません。貴方がどのような思いを抱いてここを訪れ、
何を思い、考えて今に至ったのか。理解しきれない部分はあります」
うなりをあげて飛びかかるコウゾウ。燐花は素早く横っ飛びに転がって回避。それまで立っていた地面が吹き飛び、後方の自動車が熱で真っ二つに切断されていく。
「ですが、貴方を気にかけている方がいらっしゃいます。お一人で戦い続ける必要はもうないのです。この島で起きてしまった事は覆りませんが、私達と一緒に。事務方さんと一緒にこれからを作っていきませんか?」
しつこくうなり、振り返るコウゾウ。
しかしそのうなり声が、煩わしさに対する威嚇であることが肌で感じられた。
力そのものになろうとしているコウゾウの『なにか』が、人間性を訴えた燐花たちに抵抗しているのだ。
すう、っと大きく息を吸い込む奈南。
「1人で暴れたって、起きちゃった事はどうしようもなくって、取り返せないんだからぁ!」
奈南の必死の叫びに、今度は頭を押さえて振り返るコウゾウ。
戦闘行為から一転して、暴れる獣を落ち着かせるような光景にシフトしはじめている。
「だったら1人で暴れないで、ナナン達と一緒に妖退治をしようよぉ! ナナン達もコウゾウちゃんとなら、頼もしくって、コウゾウちゃんも、1人じゃ無いって思えるのだ! それに責任は1人で取るものじゃ無いってナナンは思うよぉ!」
コウゾウが腕を大きく振りかざし、恭司を振り払ったような炎の巨腕を作り出した。
咄嗟に庇いに入る成。翳した刀もろとも身体を切断され、吐いた血すらも蒸発していった。
「――ッ」
「かまいません、つづけて……!」
成の訴えに、奈南は色々なものを振り払った。
「コウゾウちゃんの弟ちゃんだって凄く心配してたんだよ? コウゾウちゃんの身内は、弟ちゃんだけじゃないんでしょ? 大工さんの偉い人だもん。弟子の人とか、会社の人も、きっとすっごく心配して、コウゾウちゃんだけが悲しいって思うだけじゃなくて、周りも悲しくなっちゃうんだよ?」
コウゾウは見えない何かを振り払うように両腕を振って、後じさりを始めている。
「コウゾウちゃんは周りの人を悲しませる為に戦ってきた訳じゃないんでしょ? だったら自分でも負けない気持ちで戻って来なくちゃダメ! その方が皆幸せになれるんだからぁ!」
更に後じさるコウゾウ。
「今が最低でも、諦めて投げ出しちゃダメ! 投げ出した分だけ、皆が泣いちゃうんだよぉ? それってナナンは凄く悲しいって思うのだ! だからコウゾウちゃん、元に戻るのだ!」
まるで握り拳を叩き付けるかのような呼びかけに、コウゾウはついに何かを手放した。
朦朧とした意識のなか、成はその様子を見てこんな風に考えた。
「彼は、大きくなりすぎた力をただ『大きなだけの力』に抑えるべく抱え込んでいたのかもしれません。ただ妖を倒し続けるだけのキリングマシーンとなれば、島を放棄して『自然浄化』されるのを待てばいい。何なら全てが終わった後に爆撃でもして沈めればいい。けれどもし人の力で島をそのままの形で希望があるのなら……」
「あります!」
結鹿が、自らの魂を限界まで輝かせた。
「コウゾウさん! もし、あまたが自分の命を贖ってでも、妖を退治するというのなら、それは間違っています。誰もそれを望んではいません! あなたが部下を家族のように思っているように、部下にとってもあなたは大事なのです。あなたの命はもう、あなただけのものではないのです!」
コウゾウの放った巨大な炎の腕を、結鹿は巨大な氷の腕で相殺させた。
「それとも、部下の思いなど捨て置いていいというのですか? だとすれば、わたしは随分とあなたを買い被っていたことになります。あなたは部下の方を大事にし、慈しまわれる方だと思っていましたから!」
全身から全てをはき出すかのような膨大な炎が爆発となって現われるが、結鹿はそれを巨大な氷の翼で覆い尽くし、自らの身体そのもので受け入れた。
最後に残ったのは、炎を纏わぬただの人。
ジムカタ コウゾウのみである。
崩れ落ちる彼を抱きとめ、結鹿は祈るように瞑目した。
「おかりなさい」
――ジムカタ コウゾウの生存を確認。保護を完了した。
