この世にラーメンある限り
この世にラーメンある限り



 晴れた昼下がりの街中を、1匹の妖がてくてくと歩いていた。
 褌一丁、浮き出たアバラに、ばさついた長髪。血色の悪い肌に、黄色く濁った目。
 枯れ枝のような細い手に握るのは、どうやら細長い笛のようだ。
「ケケケ……グゥグゥ……」
 目をぎらぎらと輝かせる不審者に、関わり合っては大変とばかり、人々は皆目をそらす。
 そんな彼らをにやつく目で見まわしながら、妖は笛に手をかけた。
 一輪のアサガオを思わせる、古びた真鍮の縦笛に。

 その笛の名前を即座に言い当てられるのは、音楽関係者くらいだろう。
 だが、奏でられる陽気なメロディーを聞けば、誰しもが気づくに違いない。
 その名は――チャルメラ。

「ケッケッケェ……ピャラピ~ラリ~ピラピラリピ~!」
 するとどうだ。
 チャルメラの音色を追うように、街ゆく人々の腹の虫がメロディーを奏で始めたではないか!
「あれ……なんだか無性にラーメンが食いたくなってきた……」
「は……腹減った……飢死しそうだ!」
「や、ヤバイ死ぬ! ラーメン食わないと死ぬ!」
 ダイエット中のOL、コンビニ店員、買い物中の学生、強盗、警官……通りに立ち並ぶラーメン屋へと我先に殺到してゆく人々の背中で、チャルメラの音色がいつまでも鳴り響いていた。


「なんつーかさ……すっげぇ心苦しい依頼なんだ、俺的に」
 眉間のシワを押さえながら、久方 相馬(nCL2000004)は溜息をつく。
「とある街中のストリートに出現する妖を撃破してほしい。こいつは人間の飢餓を煽る音色を奏でる能力を持っていて、放置すると音色を聞いた者は残らず飢え死にする」
 相馬によると、敵の構成は以下の通りだ。

 まず、リーダー格の「餓鬼チャルメラ」(以下、餓鬼と呼称)。物質系のランク2。
 古びたチャルメラが妖化したもので、物理防御力が極めて高い。
 覚者を発見すると配下を呼び出し、飢餓を煽る音色で後列から攻撃してくる。

 次に、餓鬼チャルメラ配下その1、「亡霊屋台」。物質系、ランク2。
 使い込まれた木製の屋台で、重量に任せた体当たりを前衛から仕掛けてくる。
 攻撃防御ともに高いが、出現するのは1体だけだ。集中攻撃で倒してしまおう。

 そして、餓鬼チャルメラ配下その2、「空飛ぶラーメン」。
 安直極まりない呼称だが、そうとしか形容できない姿なので許して欲しい。
 カテゴリは心霊系のランク1で、出現数は6体。ポジションは中衛だ。
 空を飛びながら、煮えたぎった汁や、麺による締め付けで攻撃してくる。

 覚者が現地に到着するのは、餓鬼がチャルメラを吹いた後。まだこの時点では、音色を聞いた者が飢え死にすることはない。だが、餓鬼は隙あらば人間の飢餓を煽ろうとするので、積極的に妨害を仕掛けないと被害が拡大する恐れがある。
 幸いにも、餓鬼の半径20メートルに人影はない。よほどハメを外して暴れない限り、市民が巻き込まれる事はないだろう。なお今回は妖出現まで時間がないので、挟み撃ちは困難だ。
「事件が起こる区画は、昔はラーメンの屋台で賑わうエリアだったらしい。それが、街の開発で次第に姿を消して……妖達も多分、そうして消えていった店の道具だったんだろう」
 相馬によると、街には今もラーメンの店が立ち並び、昼も夜も客が途切れることはないという。折しも今は街をあげてのイベント期間中で、チケットを持って行けば、どこの店も好きなラーメンを一杯無料で食べられるとのことだ。
「で、これがそのチケットだ。良かったら、帰りにでも使ってくれ」
 それがきっと、妖の供養にもなるだろうしさ――そう言って、相馬は話を終えた。


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:坂本ピエロギ
■成功条件
1.妖の撃破
2.市民の救助
3.なし
ピエロギです。
最近ラーメン食べてないなあ、などと考えていて、ふと思いついたシナリオです。
やや戦闘寄りの内容ですが、よろしければご参加ください。

●ロケーション
かつてラーメン屋台で賑わった、市街地のストリート。
現在もラーメン店が立ち並ぶ区画としてそれなりに知られていますが、
すべてテナント型の店舗へと変わっています。

現場は両脇をビルに挟まれた、広さ40メートルほどの歩道です。
リーダー格の妖である餓鬼チャルメラは、道路のちょうど真ん中にいます。
よほどハメを外して暴れない限り、周囲に被害が及ぶ恐れはないでしょう。

●敵
〇餓鬼チャルメラ
古びたチャルメラが妖化したもの。物質系、ランク2。ポジションは後衛。
バッドステータスを付与する能力を駆使して戦います。
攻撃力は中の下レベルです。

使用スキル
・チャルメラの調べ(物近列)
・空腹の奏で(物遠単・減速)
・飢餓の旋律(物遠列貫2・弱体)

〇亡霊屋台
物質系、ランク2。ポジションは前衛。
使い込まれた木製の屋台で、体当たりをメインに戦います。
バッドステータス付与能力はありませんが、攻防共に高いので注意が必要です。

使用スキル
・体当たり(物近単)
・突進(物単貫2)
・押し潰し(物近列貫2)

〇空飛ぶラーメン
心霊系、ランク1。
読んで字のごとく、空を飛んで中衛から攻撃してきます。
単体では雑魚ですが、集中攻撃を浴びると厄介な相手です。

使用スキル
・煮えた汁(特遠単・火傷)
・締め付け(特遠単)

【20170613修正】貫1という表記を貫2へ修正
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(4モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
公開日
2017年06月20日

■メイン参加者 6人■

『冷徹の論理』
緒形 逝(CL2000156)
『探偵見習い』
賀茂・奏空(CL2000955)
『ファイブブラック』
天乃 カナタ(CL2001451)
『天を翔ぶ雷霆の龍』
成瀬 翔(CL2000063)


 電車を降り、駅前の商店街へと足を踏み入れると、ラーメン屋の並ぶ大通りが6人を出迎えた。
 醤油、味噌、鳥ガラ、豚骨……腹の虫が悲鳴をあげそうな匂いが立ち込め、通りに並ぶように掲げられる年季の入った暖簾が、歴史の長さを雄弁に物語っている。自分たちが戦いに来たことを、思わず忘れてしまいそうだと上月・里桜(CL2001274)は思った。
「消えていったお店の道具が妖に……ですか。やり切れませんね」
 件の店の主がどんな人物だったのか、里桜は知らない。だが、妖化するほどの念を道具に注いだのだ、ラーメン作りにも強い情熱を持っていたのだろうと思う。
「音色を聞いた者が飢え死にするのでは、放置はできません。私たちで、妖を止めなければ」
「時が移り変わるにつれて、世の中から零れ落ちてしまうものがある。仕方のないことなのでしょうけれど……」
 妖となった道具達に一抹の寂しさを覚えながら、納屋 タヱ子(CL2000019)は通りを見回した。
 時刻は間もなく昼になろうかという頃だ。仕込みを終えた店の前に、開店を待ちかねるように常連客と思しき市民が並んでいる。この街では今もラーメンが愛されていることを、せめて妖に知ってもらえれば――そんなことをタヱ子は思った。
(……ところで、ずっと気になってたのですが。「あの人」、食事の時はやっぱり――)
「アハハ! どうした納屋ちゃん、おっさんの『これ』が気になるかい?」
 タヱ子が見上げる先で、『冷徹の論理』緒形 逝(CL2000156)がフルフェイスマスクを撫でさする。
 逝は常時マスクを被って生きている男である。ラーメンを食す時はなかなか難儀しそうだ。
(緒形さんはラーメンがお好きなんでしょうか。意外な一面を見た気分です)
 タヱ子が依頼に参加したのは、緒形に勧められての事だった。普段買い食いや、義父母以外との外食をしないタヱ子にとって、ラーメンは新鮮な食べ物に映るようだ。
「そろそろ相馬の言ってたとこに到着か? にしても美味そうな匂いだよなー!」
 スマホの位置アプリから視線を持ち上げた天乃 カナタ(CL2001451)が、通りの店をきょろきょろと眺める。どうやら彼の気持ちは、既に戦いの後のラーメンに向いているらしい。
「腹減ったし、丁度ラーメン食いたかったし! チャチャッとやっつけて食いに行こうぜ!」
「いい感じのお昼時! そんな時にチャルメラ聞かせるとは食べてくださいと言ってるようなもの!」
 カナタの隣で鼻息荒く妖打倒に燃えるのは、うどん屋の息子、『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)である。
「妖倒して絶対ラーメンを食べる! 俺達のラーメン食べたい情熱はラーメンの湯気より熱い!」
 うどん屋がラーメン食べたっていいじゃない――そう言わんばかりに、ふんすと鼻息を鳴らし、腕を組む奏空に、『白の勇気』成瀬 翔(CL2000063)がうんうんと同意を返す。
「屋台のラーメンって食ったことねーなあ。どんなんなんだろう、美味いんだろうなー!」
 出てくるのが妖じゃなければなあ……と、翔は心底残念そうな顔をした。
 大食漢の翔にとって、1杯のラーメンなど、ちょっとした軽食のようなものだ。相馬のチケット1枚では、持て余してしまうのは目に見えている。
(出来れば4杯はいきたいな。無理ならせめて大盛りで、一緒に炒飯と餃子も欲しいし……)
 難しい顔をして歩きながら、翔がメニューに思いを巡らせていた、その時だ。
「ケッケッケェ……ピャラピ~ラリ~ピラピラリピ~!」
 餓鬼の奏でるチャルメラが、通りに妖しく鳴り響いたのは。
「おっと、出やがったか。行こうぜ!」
「だねぇ。チャルメラは悪くないと思うが、無差別だから宜しくない……という事にし、あ」
 覚醒し、精悍な青年へと変わる翔。同意を示す逝が、ふいに言葉を切った。彼の視界に映る人々が、我先にとあちこちのラーメン屋に殺到しはじめたからだ。
「ラーメン大! 豚ダブル! 油マシマシで! ダイエット中だけど、1杯くらい平気よね!」
「ラーメン一杯! 金ならあるぞ、さっき盗んだ金だけど!」
「待て、逮捕する!……だがその前にラーメンだ!」
 ダイエットも職務も放り出し、食欲の命ずるままにラーメンへと群がる市民たち。チャルメラの音色によって彼らが正気を失っているのは、火を見るより明らかだ。
「大変だ。このままでは皆、ラーメンの食べ過ぎ……もとい飢え死に……とにかく死んでしまう!」
「やべー。早く倒さねーと、俺たちの分がなくなっちまうぞ!」
「FiVEです! 危険ですから通りから離れてください!」
 慌てる奏空とカナタの隣で、避難を呼びかけるタヱ子。
 彼女の一声と餓鬼のチャルメラによって、瞬く間に通りは無人になった。
「ダメだ、ダメなヤツだ。これ放っといたら死ぬ方が早い」
 逝が直刀「悪食」の切先を、餓鬼の本体であるチャルメラへと向けた。
 チャルメラが木霊するストリートの中央で、にらみ合う覚者と妖たち。
 ガラガラという派手な音と共に、主を失った無人の屋台が覚者の行く手を塞いだ。
 屋台に備え付けられた丼がカチカチと音を立て、次々と宙に舞い上がる。
「悪食や、ご飯だ。こいつらは喰い殺すぞう!」
 もはや一刻の猶予もない。さあ、戦いの始まりだ。


「朧、【ていさつ】!」
 里桜が命じると、守護使役の朧が道端の車上にぴょんと飛び乗った。
 一般人が戦いの場に迷い込んだ時に、すぐさま対応するための備えだ。
 ガララララッ――
 息をつく間もなく亡霊屋台が突撃し、最前列から重量をかけて覚者を轢き潰そうと迫る。
 ラーメンの丼がラジコンヘリのように宙を舞い、一斉に攻撃を開始した。
 丼から躍り出た麺と煮えた汁が、前衛の奏空、中衛の逝に降り注ぐ。
「熱っつうっ!」
「おやおや……随分とまあ……伸びる麺さね!」
「屋台は私が。ラーメンを頼みます!」
 里桜の回復を受けながら、防御スキルを積んだタヱ子がラージシールドで屋台の攻撃を受け止める。その小さな体にどれほどの力が宿っているのか、妖を前に一歩も退かない。
(どうやら屋台さんは、納屋ちゃんに釘付けか)
 逝のエネミースキャンが、屋台の標的がタヱ子であることを伝える。
 タヱ子の防御力と、里桜、カナタの回復支援。そして奏空の迷霧があれば当分は凌げそうだ。
(ならば、まず中衛のラーメンを落とすまで)
 そう、逝が結論を下した時だった。
「ちょろちょろすんな、痺れて消えてしまえ! お前らがいるとよけい腹減るんだよ!!」
 大きな低音が轟き、覚者の鼓膜を揺らした。
 雷獣――翔が召還した雷雲である。さらにそこへ、
「雷のトッピング! マシマシでお届け!」
 奏空の更なる雷獣が追い討ちをかけた。極太麺を思わせる稲妻が幾条も空飛ぶラーメンに降り注ぎ、じわじわと妖の体力を削ってゆく。
「まずはラーメンども、お前らからだー!」
 カナタのエレキショットガントレットが軽快な金属音を鳴らし、衝撃波の槍を射出。中衛のラーメンが1体、直撃を受けて消滅した。
「空気投げ!」
 敵討ちとばかりウィリー体勢で迫る屋台の車輪を、逝の足払いが捉え、盛大に転倒させる。
 屋台はすぐ起き上がるも、その動きはどこか緩慢。転倒と一緒に士気を挫かれたようだ。
「みんなの治癒力よ、ぐんぐん上がれ!」
「みんな気張れー! 一人も死ぬなー! 俺は塩ラーメン食うんだー!」
 薬師如来の瑠璃光が蛍めいて飛散し、覚者6人を包み込んだ。奏空の魔訶瑠璃光だ。
 更にカナタの癒しの霧が仲間を包み込み、傷口を塞いでゆく。
「お次はこいつさね!」
 ガッ。
 逝の「直刀・悪食」が屋台のカウンターに突き刺さった。
 引き抜いた刀創が黒く変色し、ジャラジャラという音とともに呪いの鎖が這い出てくる。
「『妖刀ノ楔』! 屋台を縛っておくれ!」
 屋台は鎖を振りほどこうと、ドリフトでもがき始めた。
「夏だし昼だし暑いじゃん? だったら冷やしラーメンのがいいかもなー……っと!」
 カナタが伊邪波を発動した。
 荒波に浚われた空飛ぶラーメンが、1体、2体と地面に叩きつけられ消滅していく。
(敵の状態が、少しでも分かれば……)
 里桜のエネミースキャンが屋台の傷口を観察し、弱点を分析する。特属性のカナタのB.O.T.と、物属の逝の攻撃。より効率が良いのは――
「皆さん、屋台は物理の方が通りそうです!」
「了解だよう」
 最後のラーメンを念弾で撃ち落とし、逝が悪食の切っ先を餓鬼へと向けた。
「さーて。こっからが正念場ってとこだねえ」


 幸いにも、6人が防戦に追い込まれたのは、序盤のうちだけだった。
 すぐさま敵の中衛を沈め、前衛の屋台はバッドステータスで無力化し、後衛にはチクチクと嫌がらせを続けて生命力を削る……覚者たちが役割分担を徹底し、連携を密に取ることで得た成果と言えるだろう。
「にしても、チャルメラの音っ! あれ、聞くと腹減るっ! ただでさえ腹減ってるのにっ!!」
 演舞・舞音で仲間の火傷を回復しながら、翔はそっと腹を抑えた。彼は先ほどから、チャルメラの奏でによる攻撃を受け続けているのだ。
 ガラガラガラッ――
 屋台の妖が、派手に回転しながら再び突っ込んできた。
 目障りな覚者をまとめて引き潰す気らしい。
「ぐぬっ! なんのぉ!」
 屋台の重量に弾き飛ばされ、奏空の体がアスファルトをバウンドする。
 とっさに受身を取って直撃のダメージを殺し、すっくと立ち上がり武器を構える奏空。
 想定よりも傷は浅い。逝と奏空が付与したバッドステータスが効いているようだ。
「お返しだ! 激鱗!」
 奏空の二振りが閃光となってたばしり、「中華そば」と書かれた屋台のノレンを両断した。
「おらー! 焼けちまえー!」
 更にカナタの召炎波が追撃。炎が屋台を包みこみ、提灯とノレンが音を立てて燃え始めた。
「景気づけと行こうか。激痛を伴うが我慢しておくれ!」
 逝が透瘴を発動。気と瘴気を練り上げ、カンフル剤のごとく味方の体に突き立てて傷と状態異常を治癒してゆく。
「一気に決めましょう!」
 里桜の潤しの雨が後を追うように降り注ぎ、仲間達の体は傷一つないまでに回復した。
(しかし納屋のヤツ、すっげーな。どーゆー体してんだ?)
 癒しの霧を発動しながら、カナタはほぼ無傷の状態を保つタヱ子の鉄壁ぶりに舌を巻いていた。
 タヱ子が耐えているのは、カナタや里桜の支援、バッドステータス付与による敵の弱体化といった要素も無視できない。しかし、それらを考慮に入れてもなお、彼女の守りは群を抜いていた。
「納屋さん、屋台抑えてくれててありがとな!」
 礼の言葉と共に、翔は屋台を観察した。
 思ったよりもダメージを負っている。奏空の付与した虚弱が効いているようだ。
「チャルメラとか屋台とか……お前達も使われなくなって寂しかったんだよな、きっと」
 翔は雷獣を再び発動。妖と、かつてそれらを愛した店主に向けて、最後の一言を贈る。
「大丈夫、お前らのラーメンへの思いはしっかり受け取ったからな! だから成仏してくれ!」
 ひときわ大きな落雷が、屋台を激しく撃つ。
 ぶすぶすと煙を立てて、屋台はとうとう動かなくなった。
「分かるよ……お前、昔この辺でまだ屋台が並んでた頃に使われていたチャルメラなんでしょ?」
 ついに孤立し、不利を悟って背を向ける餓鬼の行く手を奏空が塞いだ。
 腰に下げたKURENAIとKUROGANEの柄を握り、激鱗の構えをとる。
「あの頃の風景……賑わいが恋しくて妖になってまで出て来たのか? 俺はその頃の風景は知らないけど……でもね」
 破れかぶれで放たれた餓鬼の一撃が奏空の体を衝撃で揺さぶるも、強い意思に満ちた奏空の目は、餓鬼から瞬時も離れない。
「屋台がなくなってもラーメンは店舗に受け継がれている。皆のラーメン大好きな想いは……どこにも行っちゃいないんだ!」
 奏空が抜いた。
 餓鬼は胴体を横薙ぎに切断され、消滅。
 古びた真鍮のチャルメラがくるくると宙を舞い、アスファルトに転がった。


 かくして妖の消滅によって街は平和を取り戻し、市民も呪いから解き放たれた。
 チャルメラを拾い、古びた屋台を道の脇に片付ける。ぞろぞろと店から出てきた人々は、妖に操られていた事などすっかり忘れ、満足そうに腹を抱えて午後の仕事へと戻っていった。
「お願いですよ旦那ぁ、せめてスープを飲むまで……」
「取調室のカツ丼で我慢しろ。早く乗れ!」
「トホホ、そんなぁ……」
 強盗を連行していくパトカーを見送って、6人の覚者たちは通りの店を見回した。
 既に通りの市民はほとんどラーメンを食べ終えており、今ならばどこも並ばずに入れそうだ。
「さーて、おっさん達はどこに行こうか。目移りするねぇ」
「あそこがいい! 俺の超直感がそう言ってるー!」
 カナタの指差した店のウィンドウには、メニューが手書きでピシッと張り出されていた。
「醤油、味噌、豚骨……ひととおり揃ってそうだな。チクショウ、全部食いたいぜ……」
「それでは、このお店にしましょうか」
 ガララッ、と戸を引いて一行が暖簾を潜ったのは、カウンター席とテーブルが備え付けられた、小ぶりのラーメン屋だった。椅子もテーブルも年季を感じさせる木製で、清潔な店内と手入れの行き届いた厨房からは、店主の誠実な仕事ぶりが見て取れる。
「鶏塩系のシンプルなのが有ると良いんだがねえ。おっさん、ごちゃごちゃしたのはあんまり好きじゃない」
 テーブル席に案内され、水を運んできた店員に6枚分の無料チケットを手渡すと、逝は写真つきのメニューをじっと見つめた。むろんマスクは被ったままだ。
「油そばとかつけ麺は好かん、太麺も断る。何か良さそうなのは……と」
(結構こだわりがおありなんですね、緒形さん)
 タヱ子はというと、何を頼めばいいか迷っている様子だ。大人数で家族以外の人間と外食するなど初めての経験で、どうしても遠慮の方が勝ってしまう。
「俺、醤油ラーメンシャーチューましましで! あと餃子!」
「食べ盛りだねぇ、工藤ちゃんは。おっさんは鶏塩ラーメン、納屋ちゃんは決めたかね?」
「わたしも、緒形さんと同じものを。成瀬さんと上月さんは?」
「オレ、とんこつチャーシューメン大盛り食いたい!」
「私はどうしましょうか……鶏ガラスープの醤油ラーメンがいいかしら?」
 一方カナタはというと、あれこれ迷う仲間達の中で、大人しくメニューを眺めていた。
 妖と戦ううち、ラーメンの匂いで腹が膨れてしまったらしい。
「冷やし中華と迷ったけど塩ラーメンにしとこうかな? 気分的にあっさりめのがいいなー!」
「みんな決まったかね? すみません、注文お願いしますよう」

 料理には卓を囲んで楽しみながら食べるものと、ただひたすら食事だけに集中するものがある。ラーメンは紛うことなき後者の料理だった。
 麺を咀嚼し、スープをすすり、コップの氷水で喉を潤す。時折きこえる箸やレンゲの澄んだ音だけが6人の会話だった。無言だが、雄弁で濃密な会話だった。
「……」
「……」
「すみません、お水ください」
「工藤さん、白ゴマを……サンキュ」
「……」
「替え玉ひとつ」
 俗にラーメンは美味ければ美味いほど、食べる人間が無口になるという。無論、この店のラーメンも例外ではない。気づけば、里桜とタヱ子のラーメンが空になっていた。
「ごちそうさまでした」
「お腹いっぱいです。ちょっとお腹のお肉が心配です……」
 一同の腹がいい具合にこなれ、至福の時が半ばに差し掛かった時である。替え玉が茹で上がるのを待ちながら、ふと奏空は、里桜が手にした笛に目を留めた。
「上月さん、その笛はひょっとして……?」
「ええ。このまま廃棄されてしまうのも忍びなくて――」
 里桜が白い指先でそっと撫でるのは、先程の騒ぎを巻き起こしたチャルメラである。
 目立つ傷もなく、一見すれば今も音色を奏でそうに見えた。
「あ……あんた達。そのチャルメラ、どこで?」
 ふと振り返ると、替え玉を持ってきた店主が驚きに目を見開いている。
「こりゃ妖……ちげーちげー、拾ったんだ。ひょっとしてこの店の?」
「ああ……間違いねえ、こりゃあ先代のだ」
「そうだったんですか。店主さんは、今?」
 店主の男は、震える手で里桜からチャルメラを受け取った。
「随分前に病気でね……道具も供養したかったんだが、どこを探しても出てこなかったんだ」
「良かったらこれ、お受け取りいただけますか?」
「本当かい、ありがとよ。きっと先代も喜んでくれる」
 店主は懐かしそうに、真鍮のチャルメラをそっと吹いた。誰もが知るラーメン屋のあの曲だ。
(いい曲だなあ。元のお店に戻れて本当に良かった)
 どこか郷愁を感じる、それでいて食欲をそそる音色。奏空の脳裏に、夜道の巡るラーメン屋台の光景がありありと描き出される。
 どんなに時代が変わっても、想いは形を変えて受け継がれてゆくのだ。チャルメラを手に屋台を引きながら、今は亡き店主が、瞼の裏でにっこり笑った。
「先代に代わって礼を言おう。今日はタダでいいぜ、好きな物を好きなだけ注文してくれ」
 店主の粋な計らいに、翔が歓声をあげた。
「やったぜ! 醤油もみそも塩も好きだから全部食いたい!! 炒飯と餃子もつけてくれ!」
「成瀬ちゃん、食べ切れるんかね?」
「もちろん! チャルメラ聞いてたら、俄然腹が減ってきた!」
「俺も聞いてたらお腹が減ってきたよ! 緒形のおっちゃん、もう一杯いかない?」
「おう、いいねえ。おっさんも軽く何かいただこうかね」
 暖かな幸せを湛えたチャルメラの調べに、6人の覚者はそっと聞き入っていた。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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