奇妙な花の種
奇妙な花の種


●謎の古妖
 つまるところ『あなた』はその日謎の古妖に出会って、花を育てることになった。そういう話である。
 それは、女性の姿をした古妖だった。ふくよかで小柄な女性で、にこにこと明るい笑顔を浮かべ、『あなた』を見て一言。
「お花はいかがですか」
 土の入った小さな素焼きの鉢を手渡されたかもしれないし、種の入った袋を渡されたかもしれない。
 でもって、『あなた』はそれを育ててみようと考えて実行に移しただけの話なのだ。それは古妖が持つ力のせいかもしれないし、『あなた』が世話好きだったのかもしれない。そこは人によるところだろう。
 何故古妖が花を育てるよう覚者達にそれを配っているか、そもそも『それ』の正体が何なのかはこの際考えるべきではない。

 結局重要なのは、『あなた』がその植物をどう育てるか、そしてその結果どんな花が咲くかだ。

●『夢見准教授』菊本 正美(nCL2000172)の場合
「あれ?」
 世の中、不思議なこともあるものだ。瞬間記憶を活性化させている正美にとって忘却は無縁だった筈なのに……。
 気が付けば、研究室の机の上に素焼きの鉢があった。大きさは掌に乗る程度。中には土が入っている。そして水をあげても大丈夫なように皿までついていた。
 経緯はよく分からない。ただ何となく、それを育ててみようという気になった。
 とはいえ、植物を育てる機会はあまりない。
 植物が発芽する条件は水、温度、酸素……あと物によっては光の波長だっただろうか。そんなことを思い出しながら、マグカップに水を汲んできて慎重に土を湿らせて。あんまりじめじめさせるのも良くないだろうと思い、日当たりのいい窓辺にそれを置く。
 小さな鉢植えだったので、研究が終わればFiVE本部研究所内の自室に持って帰った。定期的に水はやっているのだから枯れることはないかもしれないが――愛着が湧いたのか、ずっと見守っていたくて、傍に置いておいたのだ。
 数日後の朝。芽が土から顔を出していた。起き抜けの酷い近眼でも見える緑色のそれは間違いない。思わず笑みがこぼれた。西日が酷い研究室内だが、カーテンを開けてたっぷり陽の光を浴びさせた。
「このまま元気に育てよ」
 ふふっと笑みを浮かべて、育った葉を指で優しくなでる。葉に付いた水が、きらきらと光を反射して輝いた。
 植物の成長は早かった。双葉はすぐに葉を大きくし、日に日に背を伸ばす。
 それから数日たった後のこと。つい研究に没頭していつの間にか眠ってしまったのだが――何かに頬をくすぐられ、目が覚めると。
 視界に広がっていたのは、白と新緑。季節外れの、山桜だった。
 枝は研究室所狭しと伸び放題で、頭をあげようにもすぐ上に葉に髪が触れる程だ。現に数回髪をひっかけた。

 白い花が、光を清々しく反射していた。
 暖かい風がさぁと音を立ててカーテンを揺らし、桜の白い花びらを数枚取って正美の下へと届ける。
 新緑色の若葉は枝を揺らし、ひらり、ひらりと花びらを床へとゆっくり落とした。

 呆気に取られた数秒間の筈の出来事。しかし長く感じられるその時間が過ぎた直後。
 一陣の風が窓を通り抜けた。白い花の嵐が視界を覆ったかと思うと
「あれ……?」
 研究室を占領していた木は跡形もなくなっていた。
 残ったのは、数枚の白い花びらと、一本の山桜の枝だった。
 あの鉢植えが消えたのは残念だ。でも。
 その枝は未だ枯れずに研究室の棚に鎮座している。


 古妖はふくよかな身体を揺らしてスキップをし、鼻歌を歌いながら五麟の街を行く。
 温かさには温かさを。笑顔には笑顔を。幸せには幸せを与えるために。
 彼女が何なのかは、誰も知らない。ただ分かっているのは、『あなた』に植物を育ててもらうために向かっているというだけだ。


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:簡単
担当ST:品部 啓
■成功条件
1.植物を育てて花を咲かせる
2.なし
3.なし
STは『最早初夏なのでこのシナリオをやる最後のタイミングだと思った』などと供述しており……。

単に植物育てて花を咲かせるだけのシナリオです。何故出そうと思ったのかは品部でさえよく分からない。何でだろう。ただイベシナの場合字数が少ない事だけは分かっていた。それだけだ。
ただ、最近お日柄もよろしいですし植物を育てるって心の命数回復にいいと思うんですよ。

尚古妖については多分今回限り(仮にあっても類似のシナリオで顔出す程度の話)です。メタな話単にこういう役回りの為に出しただけなので大きなストーリーで重要な役割を果たすという可能性は限りなく0に近いです。あしからず。

§植物の概要
・種、あるいは素焼きの鉢を謎の古妖から手渡される
・しばらく育てる(ほったらかすのも手)と花を咲かせる
・木になって巨大に育つ場合もあれば花畑になる場合もあるし、逆に一輪だけぽつりと咲く場合もある(そこら辺はPLさんの自由です)
・その後花(絶対に枯れない)だけが手元に残る
大体そんな感じです。何でそうなるかは誰も知らない。多分これからも絶対分からない。

プレイングには
・いつ(学校から帰ってとか)
・どこで(自宅か、職場か、その詳細とか)
・誰と(別に一人でもいいし、品部の所のNPCは呼ばれれば可能な限り存在は出します。基本個別描写ですが、他PCさんと一緒に育ててもいいと思います。他PCさんやNPCさんは存在を匂わす程度の描写になる可能性が高いです)
・植物をどう育てるか(水あげ過ぎるのか、ちゃんと管理するのか、水遣り忘れてしまいがちなのか)
・どのぐらい育つのか(部屋を覆うとか、ちんまり咲くのかとか)
・どんな花が咲くのか(分からないなら色だけでも指定してもらえば頑張って検索してオススメ植物探します。花はさほど詳しくないけど頑張ります)
等を書いてください。花についてはEx辺りに投げ込むのがいいと思います。

幻想的な話にするもよし、ほのぼのするもよし。植物育てつつ日常を送るもよし。
そこら辺はPLさんのプレイング次第。色々利用方法はあると思います。

是非のんびり育てて下さい。
さあ!ネタは提供した!!頑張って書くから!!

状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:0枚 銅:3枚
(3モルげっと♪)
相談日数
5日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
公開日
2017年06月07日

■メイン参加者 6人■

『天を翔ぶ雷霆の龍』
成瀬 翔(CL2000063)
『冷徹の論理』
緒形 逝(CL2000156)

●炎の花
「これは一体……何の種なのでしょう?」
 不思議な女性から貰った種の入った包みを見て、『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)は首を傾げた。
 試しに袋を開けてみたが、見たこともない種である。図鑑で調べてみたが……それらしいものはないし、周囲の人間も知らないようだ。不信感は、あった。
 だが結局好奇心に勝てずに、育てること。鉢に数粒蒔いた時、興味深そうに守護使役のペスカが寄って来たのを見て、ラーラも一緒に鉢をのぞき込む。
「どんな植物が育つんでしょうね?」

 生真面目なラーラは水遣りを欠かさない。根腐れに気を付けつつ、面倒を見ることに。家にいるときは自分のいる部屋に置いた。……どんな植物なのかが分からないのがちょっと残念だが。
 数日経つと芽が出てきた。ちょこんと出た一枚の葉が可愛らしい。自分と同じぐらい熱心に植物を見ているぺスカにくすりと笑って、ラーラも鉢植えを見た。
「あなたはどんなお花を咲かせるんですか?」
 そう声を掛けてみる。ちょっとゆらりと揺れたのを見て、何だか小首を傾げているように見えた。
「ちょっと、音楽を掛けたりしてみましょうか」
 あまり刺激的な曲は良くないだろうかと思いながら、ペスカと顔を見合わせた。ペスカも同感だったらしい。ラーラは再び笑った。

 数日もしない間に緑色の枝は背を伸ばし、小柄なラーラの背丈を超えた。
「今日はいい天気ですよ。いっぱい光を浴びて大きくなってくださいね」
「私、ちょっと小柄なのが悩みなんです……。どうやったらあなたみたいに大きくなれるんでしょうね?」
「今日は本を借りてきたんです。ちょっと、興味深い内容だったので」
 そんな言葉を毎日掛けながら、毎日適度に水を与えて育てた。未だつぼみを付けないその植物は、どんな図鑑にも載っていない。
「育てば分かると思ったんですけど……あなたはなかなか教えてくれないんですね」
 シャイなんでしょうか。そんな言葉にも植物は黙ったまま。

 その翌朝のこと。ぺスカの煙のような尻尾が顔に当たったのに気づき、ラーラは目を覚ました。
「どうか、しましたか?」
 まだ起きるような時間ではない。そう思ってぺスカを見ると、ぺスカは何かをじっと見ている。その視線につられて同じ方角を見て――彼女は驚愕した。

 いつもの場所に置いていた鉢植えに、いっぱいの赤い炎――いや、グロリオサと呼ばれる花が咲き誇っていたのだ。
 普通のそれとは違う。フチが黄色ではなく鮮やかな紅。まるで花火の炎のような、どこか現実離れした美しい炎の花だった。
 まさかこの花が育つとは思っていなかっただけに、思わず呆気に取られた。だが彼女がそっとその葉に触れた瞬間のこと。視界が真っ赤な炎に覆われた。
 咄嗟に目をつぶったのが、不幸だったのか。それとも。
 その青い瞳を開けると、目の前には空になった鉢が。

 しかし彼女はその手にしっかりと赤い炎の花束を、握りしめていた。
「不思議な種でしたね……」
 ぽつりとこぼして、部屋の窓から晴れた空を仰ぐ。赤い花の色が、その青に鮮やかに映えた。

●空の青
 三島 椿(CL2000061)は僅かにぽかんとした後、貰った種を見た。まさか、古妖が種をくれるとは。とはいえどんな花が咲くのか興味を持った椿は、家の花壇にそれを蒔くことにした。
 自宅の庭の花壇には、薔薇と数本の花が。
「皆もこの子が元気に育つよう、よろしくね」
 花壇の前、しゃがんで笑顔を浮かべ、椿は新しい仲間がやって来たことをその植物たちに告げ種を蒔いた。
 普段から花を育てているだけに、椿の育て方は慣れたものだった。朝ニュースで天気予報をチェックした後、水遣りに勤しむ。土と一緒に種が弾かれてしまわないようにとじょうろで静かに水を撒く。
 棘の多い薔薇の木が、種の成長を外敵から守っていて、他の花々が温かい目で見ているみたいだ。そんなことを思いながら、彼女は植物たちと一緒に種が育つのを見守った。
 数日も経たないうちにいくつもの芽が出てきた。
 そろそろ初夏だ。気候の変動も大きい。高く上がる太陽を見て今日は帰ったら水遣りをしなきゃと思いながら、学生課の窓口に行くと、そこにはつぼみが沢山付いた植木鉢があった。それを見て思わず微笑む。
「田中さんも?」
「はい。三島さんも花はお好きですか?」
「ええ。大切にしただけ応えてくれて、綺麗だったり可愛い花を咲かせてくれるし……何より元気を分けてくれる気がして」
 この子はどんな花を咲かせるのだろう。椿が小さく笑ったのを見て、事務員の青年も微笑んだ。

 古妖がくれた種だけあるのか、3日と経たないうちに10cm程度の丈となった植物達を見て、椿は僅かに驚いた。既につぼみもついている。
「この植物……」
 どこかで見た気のする植物が、その名を思い出せない。
 周りの植物たちと一緒に首を傾げつつ見守っていた、その翌朝のこと。
 いつものように水を撒きに花壇に行った椿は、その光景に息を飲んだ。

 彼女の視界に突如飛び込んだのは、庭いっぱいの薄い水色の花。花壇どころではない。足の踏み場もなく、一面に青い絨毯が広がっていたのだ。
 この間恋人と一緒に植物園に行った時も見た、ネモフィラの花だ。あの時の花々よりももっと薄い色だが、風にゆらゆらと揺れながらも無数に咲き誇る。
「綺麗……」
 しかし次の瞬間、朝の冷たい風が椿の髪を大きく揺らし、彼女が思わず目をつぶった直後、
 彼女は再び驚くことになった。

 足を覆わんばかりの花々が、忽然と消えていたからだ。呆然とする彼女の目の前には、取り残されたようにネモフィラの花束があった。
 別れと、感謝の言葉なのだろうか。椿は周りの花々に視線を遣り、名残惜し気に花壇の土に触れた。
「寂しい、わね」
 暫しの沈黙の後、薔薇と他の花々に守られた花束を拾い上げる。花は萎れる様子もなく、ピンと背を伸ばして咲いていた。
「……ありがとう。素敵な花を見せてくれて」
 感謝の言葉を返して、椿はその花を部屋の窓際の花瓶に生けた。
 そろそろ大学に行く時間である。朝の時間はあっという間に過ぎていく。
「行ってきます」 
 青い空と似た水色の花は、窓辺の風に揺られて、椿に手を振った。

●願いの花
「朝顔以来でしょうか……」
 古妖から貰った鉢植えを眼鏡越しの黒い瞳でじっと見て、『スーパー事務員』田中 倖(CL2001407)はポツリとそう一言。
 最初は植木鉢を家に持ち帰って育てた。日当たりのいいベランダに持っていき、土が湿る程度に注意深く水を遣る。思わずじーっと注意深げに見守るが、水をあげた直後で芽が出る筈もない。夜帰宅しては鉢が乾いていないか確認し、朝になって水を遣る日々。
 そんなある日の晩、いつも通り学園から帰宅した彼は、暗い部屋の中頭を出し始めた芽を見つけた。本当に針の先程度だ。
 おや、と呟いてからじっと愛着を持って見ている間に、静かな部屋の中で倖はポツリ。
「ここにいると寂しいでしょうか?」
 それはむしろ、倖自身の気持ちかもしれなかったが。

 翌朝、意気揚々として鉢を職場である学生課に持っていった。丁度、窓口に何か植物を置こうと考えていたのだ。
「すいませーん。申請した学割の……」
「空野さん。お待ちしてました」
 倖と一緒に、生えたばかりの芽が受付業務に勤しむ。
「これ何すか?」
「僕もよく分かりません。でも可愛いでしょう?」
「そっすね」
「田中さーん!」
「おや成瀬さん」
「ちょっとしおれてさー。何か知らねーか?」
「うーん。ネットで調べてみましょうか?」
「何なら俺が調べ物に付き合うか?」
 そんな賑やかな会話も増えて、職場自体の明るさも増した気がする。
 鉢の水遣りの為に、小さなサイズのじょうろも買った。これでもっと育てやすくなる。
 一般事務以外にも学園中の雑用をこなすのが最早日課になっている倖だったが、仕事の内容によっては疲れる。しかしそれでも鉢の中で小ぢんまりと育つ植物を見ていて癒された。

 それから十日程経った後、学生課の自分の机で懸命に書類を作る倖の姿があった。
「おや准教授」
「どうしたんですか? 最近学園で姿見ないと思ったら」
 正美の言葉に倖は机の上にあるピンク色のペンタスの花束をちらりと見てから、小さく笑った。
「学生課の新人の為のマニュアル作成です。雑用を減らして、本来の業務を全うしようかと」
 それは、あの鉢植えから学んだことだ。今まで盲目的に雑用を含む仕事をしていたが、小さな鉢の中で懸命に育つ植物を見て、自分も見習おうと。花が咲いた直後鉢植えは消えてしまった。だが、残った花が応援している気がしてやることに決めたらしい。
「とりあえず新人に僕のノウハウを教えることから、やってみます」
 育てるってことを覚えたので、実践です。そう言って、どこかくすぐったそうに倖は笑う。正美もつられて笑っていた。

 ――育てるって、楽しいことだ。一緒に育って、自分も変わって行くのだから。

●ミテイルヨ?
 納品した帰りに、茶封筒を渡された『冷徹の論理』緒形 逝(CL2000156)は、はてなと首を傾げた。開けてみると真っ黒な種が十個。見た感じ向日葵の種の様だが。
「油料用かね?」
 再び首を傾げつつ、蒔いてみれば分かるだろうと思って育てることに。店の裏側、住居部分の居間からなら縁側があるので管理もしやすそうだ。
 種を蒔いた所でじょうろで慎重に水を遣り、店番へと戻る。展示ケースに占領された売り場の中、茶を淹れ、茶菓子を用意してポツリ。
「そろそろ、疾蒼と電燐も手入れ時だなあ……」
 そんなことを呟いた次の瞬間。ガタリと大きな音を立てた。咄嗟に何が音の原因か気づいた逝は一言。
「悪食は刀掛けに、塗地は押し入れにお戻り!」
 再びガタリと何かの大きな音が。
「霊障出るから瘴気を垂れ流すのは家の中だけよ!」
 緒形骨董店で一体何が起きているのかは……物騒なのはご理解頂けると思うが。
 みずたまを枕にして店番をしたり、いつも通り預かり物の刃物研ぎをしながら、根を張り出した向日葵の芽にホースで水を遣る。
 そうこうしながら数日して、逝は信じられない光景を目にすることになった。いつも通り縁側に目をやり、そして呆然として。
「……お疲れかしら」
 何せ見たことも無い真っ黒な縁の、向日葵である。確か10個程の種だったのにそれ以上の本数になっている。その上逝の背丈をゆうに超える程の高さだ。相当大輪になるのは間違いない。
「みずたまや。塗地を手入れしようかね?」
 フルフェイスの上のみずたまに声を掛けて作業を始めた彼だが、しばらく没頭した後ふと顔を上げて、驚いた。
「あゝ、咲いたの……!」

「と、いうことがあってだね。陽に透けても真っ黒で、店の方を一斉に向いてそれはそれは見ごたえがあったのよ」
 所変わって学園内。自身と大体同じ背丈の黒い向日葵を携えてやって来た逝に正美は驚いた顔をしていた。有難いことに残った向日葵を見せに来てくれたらしい。
「おっさんこういうの好きよ。珍しく良い匂いがして」
 その花から漂うのは、海と鉄錆の匂い。
「好き、か……」
「准教授ちゃんはどうよ?」
 正美は向日葵の束と逝を交互に見てから、うんと頷いて一言。
「緒形さんみたいですね。姿形と言い……お友達、なのかな、って」
 緒形さんの感性、私は好きですよ。そう言われても逝のフルフェイス越しの表情は、やっぱり伺い知れないまま。ただ彼もうんと頷きを返した。
「そうか。お友達と来たかね」

●雨上がりの虹/その背を押されて
 学園の寮の前。共通して素焼きの鉢をその手に抱えていた『真のヒーロー』成瀬 翔(CL2000063)と桂木・日那乃(CL2000941)は目を見合わせた。
 古妖から植木鉢を貰ったのはいいものの。
「花なんてアサガオぐらいしか育てたことねーし……」
 とは翔の弁。ついでに言うと水遣りを忘れたせいで咲くのが遅かったというおまけつきである。
 一方、日那乃は宙を浮くマリンに視線をやって困惑を露わにした。植物を見るのは嫌いじゃないが、しかし育てることについての知識は皆無だ。
「……やり方、よく、わからない」
「だよなー」
「とりあえず、水、いっぱい、あげれば、いい?」
 そういいながら植木鉢を蛇口に持っていく日那乃を見て、翔はぎょっとした。
「日那乃! ストップ!」
「何?」
 多分それだけは違う。首を傾げる日那乃に翔は一言。
「図書館で調べて、あと水はじょうろ借りてやろうぜ!」
 日那乃はそれに静かに「ん」とだけ頷きを返した。
 とりあえず乾かすと可哀想という話になり、彼等は鉢植えにたっぷり水をやることに。それはそれは、たっぷり、皿が浸るまで。多ければ多い程いいと思ったのだろう。
 翌日二人は図書館で育て方を調べた……が。当然のように何の植物なのかそもそも分からないので育て方がある筈がなく。
 調べることに飽きて図鑑にもたれかかる翔。それに脇目も振らずページを凝視する日那乃。
「わっかんねー……」
「水、じょうろ、で。やさしく……?」
「それは分かるけどよー……」
 ぺらぺらとページをめくる間にふと、根腐れ という単語を見つけて翔は驚いた。昨日水に浸す勢いで水遣りをしただけに、あの状況はまずいと気づいたのだ。
「水ってやり過ぎでもダメなんだな」
「朝か、夕方に。かわかさない、ていど?」
「まあ、そうなるよな」
 とりあえず何の花が咲くのか分からないが、一緒にラウンジで育てることに決めた。翔は朝ばたばたとしていたため学校から帰って来て夕方に、日那乃は毎朝水遣りを。
 手入れや水遣りをさぼりがちな翔に対し、日那乃は気になってラウンジにやってきてちょこちょこと様子を観察していた。
 芽が出てきたことに先に気づいたのも彼女だ。もっとも、その時も日那乃は黙って凝視していたのだが。
「翔、なんか。しおれて、る……」
「げ。ちょっと事務員さんに相談してくる!」

「……何か、分かっ、た?」
「旦太に調べるの付き合ってもらったら水やりたりねーって話になった」
「あし、た?」
「知り合いのにーちゃん」
 そんなドタバタしたやりとりをしつつ、植物は尚育つ。
 芽が枝を伸ばし、草となってつぼみを付ける翔の鉢植え。それをじっと見ていた日那乃の鉢植えは、木になる勢いでこんもりと生い茂っていた。
「日那乃の鉢植え、何か大きく育ってね?」
 珍しく見に来た翔に、日那乃は静かに頷きを返す。
「かわい、そう?」
「きゅうくつに見えるよなー」
 確かに大きな葉が茂り、鉢との大きさがアンバランスだ。
 ラウンジの庭先に土を見つけたので、今度はその場所とスコップを借りて植え替えをすることにした。ぺたぺた、と日那乃は願いを込めるように植えた後の土を叩く。
「日那乃の、どんだけ育つんだろうな?」
 こんなにでけーとちょっと悔しいけどな。そんなことを言う翔の鉢植えと対照的に木になる勢いで育つ植物。それを彼女はじっと見据えた。
 その夜、大雨が降った。ざあざあと音を立てながら降る雨に、日那乃は夜中起こされて窓の向こうを覗いた。ここからは植物は見えない。でも。

 そんな翌朝。最早日課となった水遣りに行った日那乃は、僅かに驚いた。
「これ、花……?」
 朝日を乱反射し、ダイヤの様に輝く葉の上の水滴。それと同じように虹色の輝きを見せていたのは、いくつもの球のように咲く紫陽花の花だった。青、ピンク、赤、緑、白、紫、黄緑。花の一つ一つは小さいが、様々な色を湛えたグラデーションのその球は、日那乃の頭より大きい。
 雨上がりの晴天の中、いくつもの虹が重なって咲いたようなその花を、日那乃はただ見据えるだけ。やがてスーッとフェードアウトしていくように消えていく紫陽花の木さえも、彼女は黙って見ていた。
 残されたのは、虹色の紫陽花の花束。日那乃は沈黙の中それを拾い上げた。
 静かで冷たい朝の空気が漂う中、小鳥のさえずりだけが聞こえていた。

 それとほぼ同時刻。珍しく朝早く目覚め、ラウンジにやって来た翔は驚いた。青々と茂った葉の中に、桃色がかった白い花がいくつも咲いた鉢植えを見つけたからだ。
「すげー! 咲いてる!」
 思わずダッシュで近寄る。何かのいい香りが、鼻をくすぐった。レモンのような、柑橘類の匂いだ。
 嗅いでいるだけで、元気になるような。誰かに勇気づけられるような。
 ふと手を伸ばし鉢を取ろうとしたその瞬間、鉢植えは霧のように散り――残ったのはレモンタイムの花束だけだった。
 呆気に取られ、黙る翔の空間を、レモンの香りは満たす。
 ただそっとその花を拾い上げ、じっと見る。

 ――自信を持って行っといで。応援しているよ。……いつまでも。

 翔は、誰かに背を押された気がした。そしてその行為に、既視感を覚えた。一瞬首を傾げ、思い起こすが今はまだ思い出せない。
 そうこうしている内に、朝の支度をする時間となっていた。
「やべ! 遅刻する!!」
 翔は駆け足で自室へと戻る。いつものように、朝の時間は過ぎて行こうとしていた。
 窓からは清々しい朝の光が差し込んでいた。レモンの残り香は、風に吹かれて消え。雨上がりの湿った土の匂いが、代わりに運ばれてやってきた。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
『可憐の青』
取得者:三島 椿(CL2000061)
『願いの花』
取得者:田中 倖(CL2001407)
『白の勇気』
取得者:成瀬 翔(CL2000063)
『いつもみてるよ』
取得者:緒形 逝(CL2000156)
『フレイム・リリー』
取得者:ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)
『雨に咲く虹』
取得者:桂木・日那乃(CL2000941)
特殊成果
『ネモフィラの花束』
カテゴリ:アクセサリ
取得者:三島 椿(CL2000061)
『ペンタスの花束』
カテゴリ:アクセサリ
取得者:田中 倖(CL2001407)
『レモンタイムの花束』
カテゴリ:アクセサリ
取得者:成瀬 翔(CL2000063)
『向日葵の花束』
カテゴリ:アクセサリ
取得者:緒形 逝(CL2000156)
『グロリオサの花束』
カテゴリ:アクセサリ
取得者:ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)
『紫陽花の花束』
カテゴリ:アクセサリ
取得者:桂木・日那乃(CL2000941)




 
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