いっけない~! 遅刻遅刻~!
●自然現象
「すげえベーカリーだ! このふわふわ感!」
ゴッツォサン・越後は今年35歳、料理人にして独身男性である。
越後は有名なベーカリーのパンを、朝から長蛇の列にならび、苦心の末、ようやくに手にいれたところであった。
「おっと、そろそろ行かなければ遅刻する。いそがねば!」
越後はこれから集会があった。遅れてはならぬと、食パンをくわえて走りはじめた。
走りながら、しかして、並木通りに目をやる余力はあった。
木々の並びは人工的に整理されたものであるが、自然であっても人工であっても緑はまぶしい。
早朝の時分。閑静とする住宅街は平穏そのものである。
越後は、ここでショートカットのために路地を通る。
直線をつーっと行って、丁字路さしかかり腕時計をみる。
「ほれはらはひはうは(これならまにあうな」
安息ののち、『食パンをくわえながら小走りで角を曲がる』。
その刹那、異変が生ずる!
「いっけない~! 遅刻遅刻~!」
女子高生のような若い声がした。
声を耳にした次、全身に衝撃が駆けぬけた!
「ぐわあああああ!!」
成人男性、宙をまう。血反吐、きりもみ、民家の木々にぶつかり、木々をクッションにして落下する。
何だ!? 俺が一体なにをした!? と考えながら、顔面着地を実施する。
能力者でなければ死んでいた。
口角の出血を袖でぬぐい、心の中でつぶやきながら一体何事かと周囲をみる。
「痛ったー! ちょっと! どこ見てるのよ!」
「ぐわあああああ!!」
瞬息ののち、第二波きたる。
拳。
一回目の体当たりは見逃したが、今回はしかとみる。
かつて、昔のプロレスラーが用いたという、弓を引くがごとく大きく拳をうしろに引いてから繰り出す鉄拳制裁!
女子高生――いやさ。
あれは、『妖』だ、と感じながら、越後は中空で意識を手放した。
●麺麭を口にくわえ、丁字路、曲がるべし
「というわけなんだよ」
久方 万里(nCL2000005)が、きつねいろに焼けたトーストにマーガリンを塗りながら言った。
なにがという訳なのか。
夢見が用意した映像をみて、面々、クエスチョンマークを浮かべながら、何を質問するかと思索をめぐらせる。
「高校生みたいだけど、『妖』だよ? 自然系」
「自然系」
覚者、だれともなく反芻す。
自然系の妖とは、雷、霧、竜巻、水の集まりなどの自然現象の一部が意思を持ったものと定義されていたはずだ。
「なんだか、出現条件みたいなのがあるんだよ」
万里が画用紙に簡単ながら絵を描いた。
「『パンを口にくわえながら路地を走って、曲がり角を曲がる』、そうしないと姿をみせないみたいだね」
ここで思考をしぼりだすがごとく、挙手がでる。
「それをやる人数はどうなる?」
「一人はかならず。何人でもいいとおもうけど、最初にドッカーンって強烈なのをうけるから」
あまりメリットは無いらしい。
「でも、やるひとは何人かに分担しておいたほうがいいかも?」
「というのは?」
「なんかね、『もうこんな時間! 覚えてなさいよ!』っていってまた隠れることもあるみたい」
これは厄介か。
一人は強烈なダメージを引き受けねばならない、加え、また隠れることもあるという。
隠れる、ということは出現条件をまた満たさねばならない。
強烈なダメージとやらも再びである。
「防御、または回避する方法は?」
「おもしろいことすれば何とかなる……かな?」
「おもしろいこと」
言葉、反芻す。
手立てがないわけではないのだろうが、果たしてなにができるか。
ここで、万里はちょっとまじめな顔をして、地図をひろげる。
「住宅街だから、ひょっとしたら人払いをしないといけなくなるかも。でも、『妖』の出現条件をやらない限り出ないみたいだから、しっかり準備する時間はあるとおもうよ」
と話は一旦切れる。
トースターがチンと、のんきな音をたてる。
「そういえば、今回被害にあう人は何?」
「みんなが駆けつけるときには、居なくなっているみたい。気にしなくていいよ」
「すげえベーカリーだ! このふわふわ感!」
ゴッツォサン・越後は今年35歳、料理人にして独身男性である。
越後は有名なベーカリーのパンを、朝から長蛇の列にならび、苦心の末、ようやくに手にいれたところであった。
「おっと、そろそろ行かなければ遅刻する。いそがねば!」
越後はこれから集会があった。遅れてはならぬと、食パンをくわえて走りはじめた。
走りながら、しかして、並木通りに目をやる余力はあった。
木々の並びは人工的に整理されたものであるが、自然であっても人工であっても緑はまぶしい。
早朝の時分。閑静とする住宅街は平穏そのものである。
越後は、ここでショートカットのために路地を通る。
直線をつーっと行って、丁字路さしかかり腕時計をみる。
「ほれはらはひはうは(これならまにあうな」
安息ののち、『食パンをくわえながら小走りで角を曲がる』。
その刹那、異変が生ずる!
「いっけない~! 遅刻遅刻~!」
女子高生のような若い声がした。
声を耳にした次、全身に衝撃が駆けぬけた!
「ぐわあああああ!!」
成人男性、宙をまう。血反吐、きりもみ、民家の木々にぶつかり、木々をクッションにして落下する。
何だ!? 俺が一体なにをした!? と考えながら、顔面着地を実施する。
能力者でなければ死んでいた。
口角の出血を袖でぬぐい、心の中でつぶやきながら一体何事かと周囲をみる。
「痛ったー! ちょっと! どこ見てるのよ!」
「ぐわあああああ!!」
瞬息ののち、第二波きたる。
拳。
一回目の体当たりは見逃したが、今回はしかとみる。
かつて、昔のプロレスラーが用いたという、弓を引くがごとく大きく拳をうしろに引いてから繰り出す鉄拳制裁!
女子高生――いやさ。
あれは、『妖』だ、と感じながら、越後は中空で意識を手放した。
●麺麭を口にくわえ、丁字路、曲がるべし
「というわけなんだよ」
久方 万里(nCL2000005)が、きつねいろに焼けたトーストにマーガリンを塗りながら言った。
なにがという訳なのか。
夢見が用意した映像をみて、面々、クエスチョンマークを浮かべながら、何を質問するかと思索をめぐらせる。
「高校生みたいだけど、『妖』だよ? 自然系」
「自然系」
覚者、だれともなく反芻す。
自然系の妖とは、雷、霧、竜巻、水の集まりなどの自然現象の一部が意思を持ったものと定義されていたはずだ。
「なんだか、出現条件みたいなのがあるんだよ」
万里が画用紙に簡単ながら絵を描いた。
「『パンを口にくわえながら路地を走って、曲がり角を曲がる』、そうしないと姿をみせないみたいだね」
ここで思考をしぼりだすがごとく、挙手がでる。
「それをやる人数はどうなる?」
「一人はかならず。何人でもいいとおもうけど、最初にドッカーンって強烈なのをうけるから」
あまりメリットは無いらしい。
「でも、やるひとは何人かに分担しておいたほうがいいかも?」
「というのは?」
「なんかね、『もうこんな時間! 覚えてなさいよ!』っていってまた隠れることもあるみたい」
これは厄介か。
一人は強烈なダメージを引き受けねばならない、加え、また隠れることもあるという。
隠れる、ということは出現条件をまた満たさねばならない。
強烈なダメージとやらも再びである。
「防御、または回避する方法は?」
「おもしろいことすれば何とかなる……かな?」
「おもしろいこと」
言葉、反芻す。
手立てがないわけではないのだろうが、果たしてなにができるか。
ここで、万里はちょっとまじめな顔をして、地図をひろげる。
「住宅街だから、ひょっとしたら人払いをしないといけなくなるかも。でも、『妖』の出現条件をやらない限り出ないみたいだから、しっかり準備する時間はあるとおもうよ」
と話は一旦切れる。
トースターがチンと、のんきな音をたてる。
「そういえば、今回被害にあう人は何?」
「みんなが駆けつけるときには、居なくなっているみたい。気にしなくていいよ」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.『曲がり角の自然現象《じょしこうせい》』の撃破
2.一般人になるべく被害をださないこと
3.なし
2.一般人になるべく被害をださないこと
3.なし
コメディ寄りですが、難易度『普通』です。
おさえるべき点があることをご留意ください。
以下詳細。
●ロケーション
・朝方の住宅街、路地です
・人払いが必要になるかもしれません
・足場は問題ありませんが、やや狭いです
●敵
『曲がり角の自然現象《じょしこうせい》』ランク2
黒髪、お嬢様学校風のブレザーを着用した女子高生――にみえる自然系『妖』です。
知性があるように見えますが、実際は定められた台詞《てんぷれはつげん》を繰りかえすだけなので実のところ全く低いです。
A:
・鉄拳制裁
近接物理貫通2。ノックバック。「この暴力女!」と言いたくなるような勢いで、グーでなぐってきます。痛いです
・遅刻しそうなことを思い出して去る
自付与扱い。使用率低め。
「もうこんな時間! 覚えてなさいよ!」と、その場から消えます。もう一度出現条件を満たさなければいけなくなります。
この間、少しずつ体力を回復します。
・教師から転校生の紹介が始まる
遠距離神秘全体。どこからともなく「何だ、お前達知り合いなのか」という空気読めない教師然とした奴が現れて、BS混乱をまいて去っていきます。
P:
・曲がり角で見知らぬ相手とぶつかる
本エネミーの出現条件を満たすと、神秘攻撃扱いの強烈な一撃をくらいます。
体力または神秘防御力に自信ないと、一撃ピンチくらいの水準。
●その他
ゴッツォサン・越後
特に気にしなくていいです。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2017年05月29日
2017年05月29日
■メイン参加者 8人■

●バミューダトライアングルのように
F.i.V.E.の覚者、現場に急行す。
かく朝方の路地。学生や社会人の通学/通勤時間である。
ひとつ区画を隔てた大通りより、この路地を突っ切ったほうが最寄りの駅まで近い。
「これって『トラックにぶつかって来て』って言われてるのと同じですね……」
『プロ級ショコラティエール』菊坂 結鹿(CL2000432)は、ボヤいた。
バンパーとかショックアブソーブとかアクティブアーマーとかがほしいと考える――もっとも、自分がつっこむ役ではないのだが。
実際そのとおりである。
『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)は首をひねる。
「自然系妖ですか…曲がり角を急いで回るとごっつんとぶつかる現象は確かに自然現象と言えなくもないですが……」
此度の『妖』、分類を、もの凄く解しかねていた。
――考えているときに、向こう側から、一般人の男子高校生がパンを咥えて走ってきた。
まさか本当にいるとは。
『献身なる盾』岩倉・盾護(CL2000549)はぼんやりと見ている。
「遅刻しそう、パン咥えて走る、稀な事?」
稀な事が向こうからやってくる。
ひょっとしたら、そういう物《フラグ》を、場所が吸い寄せているのかもしれない。
古来より竜脈と称されるもの、バミューダトライアングルか、あるいは霊障おそろしき恐山か何かなのか。
ラーラはすぐに警告を投げかける。
「現在、近辺には妖が出現する可能性がとても高い状態です。パンを咥えた状態で曲がり角を曲がるのはやめてください」
「!?!?」
一般人は、何言ってるのか分からないような反応する。
「です、よね」
彼は走るのをやめて、じろじろと覚者達をみながら、ゆっくりと角を曲がっていった。
視線が少々痛かった。
『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)は、何を探しながら、ぽかんと述べる。
「なんだか変な妖だよね!」
そういうシチュエーションの少女漫画読みすぎて、そういうのに憧れてしまったのかもしれない、と推理する。
推理をしながら、奏空は塀の向こうをのぞいてみたり、そのまま上にある民家の木を仰ぎみたりしている。
「何か探しているのかい?」
奏空に声をかけたのは『秘心伝心』鈴白 秋人(CL2000565)だった。
「越後さん。――あ!」
探偵見習いの面目躍如。
探そうと思う者がいなければ、永遠にスルーされていたであろうゴッツォサン・越後。
本当は事件が済んだあとにやろうと思っていたことだが、時間があったので、死んでる越後の顔の上に、気付けのためのパンをのせておく。
これでよし。
『冷徹の論理』緒形 逝(CL2000156)は、首をかしげて、アレ《越後》は使えるのかい?と問う。
「打たれ弱い……みたい?」
ラーラが短く答える。
逝は、じゃあだめかと、丁字路に視線を戻す。
「ふむ……テンプレさな。おっさんみたいな不審者には縁遠いものよ、工藤ちゃんとか成瀬ちゃんたちなら兎も角」
ここで『真のヒーロー』成瀬 翔(CL2000063)が、曲がり角の向こう側から走ってきた。
口にパンはくわえていない。
「こっち終わった」
翔は、ワーズワースを用いて、近所に呼びかけ回っていたのだ。
これで近隣は万全。あとは、先ほどの男子高校生のようなイレギュラーへの対処のみとなる。
――今度は、会社員が向こう側から駆けてくるのが見えた。
「ええと……なんだか……これで二人目ですよね」
月影 朧(CL2001599)が術を結びながら呟いた。何かやっぱり変な力が働いているのかもしれない。
「緊張しますが、頑張りたいと……思います……」
イレギュラーの発生を結界にて封ずる。
初めての戦闘。緊張していると自覚しているが、会社員が踵を返して道を戻っていったのを見て、すこし安心した。
「今時、食パンくわえて走る奴なんて……さすがにオレでもやんねーぞ、んなこと」
翔は顔のストレッチを始める。これも作戦だ。
「うん」
奏空はうなずいて『食パンの被り物』を盾護に渡す。
盾護、ぼんやり《いつもの状態》で受けとって、躊躇なく装着す。
これにて準備は整った。
あとは三輪車でコンボイにつっこむが如くである。
トップバッター、盾護!
のんびり、パン一切れにバターをぬる。咥える。
翔も「いつでもいいぜ!」とスタンバイしている。
声に応じ、盾護がたたた、と走る。
覚者、戦闘準備、一斉に力を解放して化身する。
盾護が曲がり角を横に折れた刹那――
どーん! と爆裂音が響き渡った。
●教師! 乱舞す!
盾護、宙を舞う!
「飛んで飛んで飛んで~」
もっしゃもっしゃとパンを咀嚼している。
「飛んで飛んで飛んで~」
やはり、もっしゃもっしゃとパンを咀嚼している。
「回って回って回って~~落ち~る~~」
いささか直球だが、さいごが『落ちる』なのでセーフだ。あとパンは空中で食べきっている。
受け止める役。しかし盾護を尊重し、民家の垣にぶっささるのを見送った。
『ちょっと!!! どこ見て――ぶふぅ!』
怪奇! 翔の変顔!
両手で両目の端と鼻を上下にぐいっと引っ張った顔面にて、女子高生を迎え撃つ!
「成功か!?」
失敗だ。
だが女子高生にナックルアローの構えをとらせない事には成功している!
奏空が「ナイスフォーム!」と盾護に声援を送りながら、薬師如来の宿る光で彼を癒やす。
「どんなに可愛い女子高生の姿をしたって所詮は妖!撃破させて貰うよ!」
見た目は女子高生、奏空、少し攻撃を躊躇して、初手は回復に専念す。
奏空の声に重ねるように、秋人は癒しの滴を盾護へと。
「少し厄介な相手だけど、俺のやる事は決まっているから、それを実行するだけだね」
食パン人間――のごとく、食パンかぶり物をした盾護が、垣から頭部を引き抜いて、勢い余って尻餅をついている。
彼の頑丈さは重要だ、と秋人は己の役割を遂行すべく、戦況を鑑みれば、今回は回復のペース配分が重要になると胸裏で反芻した。
逝が抜刀す。いやさ手首から先が刃である。
「……いや、考えたが本当に分からなんだ。理解してやれんで、スマンね」
寝過ごす子が悪い、不慮の事故に出逢いを求める辺り現実逃避しとらんか――と考えてはいたが、この手の類いはどうにも理解できなかった。
「なるほど。自然系、さね」
黒一閃。切り捨てた。その手応えがあった。
『痛ったーい! ちょっとどこみてるのよ!』
だが女子高生の身体、やはり『妖』。
液体のような、あるいは気体のように、切った口が接合したのである。
体力自体が回復するわけではないだろうと分析する。効いているのは効いているのだろう。
「今回は黒沙纒刃を持ってきたのよ。おあつらえ向きさね」
逝の此度の得物、霊験あらたかなり。
結鹿が堂々かく語る。
自然系、実体は不可思議。強い意志が刃となり得物ともなる神秘の手合い――ならば、意志を示さんと。
「『いっけない~! 遅刻遅刻~!』のテンプレはお互いに倒れて、制服のスカートがめくれて、スカートの中身が見えて「やだっ!もぅ~」ってラッキースケベが発生するところまでですよ!」
太刀をすらりと抜き、地を這うように駆け、地より出でる氷の粒を刀身に纏わせる。
ダイヤモンドの煌めきを伴って、女子高生に太刀の一突き。
「でなきゃ、ただの人身事故です、こんなの。わたしは少女漫画読者として、認められません!」
誇りである。
少女漫画読者に至っては、これこそ正義である。ジャスティスである。誉れである。
女子高生の身体、貫かれた状態を嫌がったか、雲散してまた向こう側で顕現する。
『よ、よくも――あ! あなたは今朝の!』
突如として女子高生、こちらを指さして三文芝居を開始した。
ラーラが魔術書から木行の珀香を発している。一旦は様子見である。
本をひらくには少々早い――と考えていたところで、横から教師のような奴が声をかけてきた。
『なんだお前達、知り合いなのか?』
紳士然とした老年が、両手を後ろにまわして、にこやかな表情で突っ立っている。
「あの先生然とした人は何なんですか……街中で転校生紹介を始めないでください」
この空気のよめなさ、精神をかき乱す。
「……これは、幻術?」
『味方がこの先生然としたやつに見えてしまう』幻術だ。と、ラーラは悟る。
すごく攻撃したい。いや、味方――秋人と朧である。
『なんだお前達、知り合いなのか?』
『なんだお前達、知り合いなのか?』
『なんだお前達、知り合いなのか?』
『なんだお前達、知り合いなのか?』
『なんだお前達、知り合いなのか?』
覚者、少々腹が立つ。教師みたいなやつが、なんか一杯いる。殺気立つ。
後衛では、ラーラ、秋人、朧、お互いに殺気立っていたが、幻覚をすぐに振り切って、各人の役割を遂行す。
一巡が終わり二巡目。
翔の横顔に、女子高生の鉄拳制裁が突き刺さる。
『そっちこそどこ見て走っているのよ! もうぅ!!』
「っ!?」
ぶっ飛ばされた翔を、逝がリフティングの如く胸でうけとめる。
「悪いね。こんな受け止め方で」
翔は口角の血を袖でぬぐう。
「こっの暴力女!何しやがるんだ!!」
立体連想陰陽陣、起動す。霊刀より発した波動の弾を浴びせかける。
ところどころを穿つが、女子高生の傷口はすぐに元に戻った。
飛ばされた盾護を、朧が準備してた蜘蛛の巣状のワイヤーが受け止める。
「あ……大丈夫、ですか?」
「だいじょうぶ」
盾護、頭を左右に振って敵へと向かっていく。
殴り飛ばされ、受け止められ、受け止める。
変な教師が乱舞するなかを、河川敷のガチンコ殴り合いのような有様で、戦いは佳境へと発展していく。
『いっけなーい! もうこんな時間!』
――かに見えたが、女子高生は唐突に姿を消し去った。
●ワンモアセッ!ワンモアセッ!
「今度は俺が行くよ!」
奏空である。
シチュエーションとしてはこうだ。
寝坊した→でもまだ寝ていたい→でも学校いかなきゃいけない→朝食もまだだ! なら布団を被りながらパンを食べて学校に行けば――
どーん!! 「ああー!!?」
ムササビ、と形容できようか。
奏空、布団をムササビがごとく広げて空を舞う。朝の日差しはとてもまぶしかった。
『いっけなーい! もうこんな時間』
女子高生、また消えゆ。
「……――」
たちまち、場を沈黙が支配した。
これは天の導きが悪い方向に働いたからに他ならない。
翔が苦笑いをうかべる。
「さ、三回目のドーンはオレ、だな」
血反吐を吐いてピクピクしている奏空を尻目に、パンを咥える。
「可能な限り回復するよ。もう気力が残り少ないけれど」
と、秋人が奏空を介抱しながら回復をほどこした。
朧が狼狽しつつ、できることをしなきゃ、と毒素の術を織る。
ドーン! 「ぐわー」
向こう側で飛ばされている翔を見る。
「……凄く怖い」
あれを自分が受けたら一発昇天だと確信する。
しかし、足を引っ張らない。これも意志の力である。
意志は毒素の術でもって女子高生を蝕む。ラーラの炎に続いて毒が加勢した形だ。
かく、女子高生型の『妖』は階級が二の字《ランク2》である。
『よくいる強めの妖』という位置づけであるが、この能力が並ではない。特に屈強な部類と推測される。
おそらく一年ほど前であれば難しい任務という水準。強さである。
戦闘は、再び削りあい――やがて、ある地点に到達する
「気力が尽きたみたいだ」
「盾護も……」
秋人、盾護、混乱の回復を中心に立ち回っていた面々からの支援が途切れる。
危機である。
混乱による同士討ちにより、そのまま押し切られかねない戦況だ。
「ここらで一気に……殺るかあ」
逝は手を緩めない、いやさ刃を緩めない。無造作に切り刻んで、女子高生の腕をはね上げる。
やはり切り口が接合せんと戻ろうとする――刹那。
銀一閃。『妖』の両腕両足が切断される。
「おや――だれかね?」
ここにいる覚者ではない太刀筋であると知覚する。
一瞬、眼前に男の後ろ姿を知覚できたが、次の瞬間には消えていた。
刀の振り方は知らん。知らんが、これを見逃す刃の男《緒形 逝》ではない。
「――秘技、ソードエアリアルってな。パンの礼ってことで、じゃあな」
ふと上から声がした。
民家の上を見ると、トレンチコートの影が去る様がチラりと見えた。
「ゴッツォサン・越後」
鮭漁において、ラーラのリクエストにより銀一閃、炙りサーモン寿司を作った料理人。
押し切られかねない戦況であったのだが――なるほど、奏空の気付けのパンの仕業か。
覚者、視線を敵へと戻す。
四肢が切断された女子高生は、しかし胴部のみで浮かびあがる。
その顔は不適な笑みをたたえていて――
『どうした! そんなものでは私の五体は苛めんぞ!』
女子高生、混乱す!
その形相は憤怒そのものである。憤怒をたたきつけるかのごとく、女子高生、自らを殴打せしめる!
「なんだか……キャラ変わってる」
結鹿、少々ビビる。ビビりながらも、氷穿牙《ほうせんか》。続けてもう一撃、氷穿牙《ほうせんか》で意志を貫く。
「ちょっとこれ……胸がキュンって――」
奏空、かの強敵の秘技を用いて、女子高生を切り裂く。
「……なんねーーーよ!!」
結鹿と同じく、もう一度!
「済まんね、不審者には向かなんだ。消えておくれ」
逝が、硬度高めし太刀で女子高生の首から上を切り捨てる。
頭部だけになった女子高生にむかって――ラーラは詠唱する。
『鍵』でもって書物をひらく。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ!」
ひとりでにめくれあがるページは、あるページで止まる。
火球が生ず。火球が爆ぜて連弾となり、女子高生を炎上せしめる。
「……足手まといだけには!」
たたみかける。
確実に施されていた朧の毒術がじわじわと削りゆく。
『この私が! この! 私がああああ亜亜亜亞!!!』
定められた言葉《悪役の典型的なやられ台詞》を断末魔のごとく。
頭部のみとなった敵は、毒と炎にまみれ、みるみると空間に溶けるように消えていく。
「雷獣」
だめ押しの一撃、最後は翔の稲光。
電撃に苛まれて、曲がり角の自然現象《じょしこうせい》はついに消滅した。
●いやー酷い目にあった
翔は大きく嘆息した。
「――もうこんな妖出ないといいな」
奏空に同意を求める。奏空も激しく首を縦にふる。
その後、翔は民家にお礼を言って回るつもりだったので、皆とは別れて帰路につく。
「これ、ありがとう」
盾護は、奏空から借りたかぶり物を返す。受け取る。
役に立ったのかは分からないが食パンが食パンを食べている図はちょっと面白かった。
首を傾げている逝。
「あれはなかなか、強いやつさな」
誰が? というのはエネミースキャンを用いた逝のみぞ知る。
「長引くとは思わなかったけれど、みんな無事でなによりだよ」
秋人は終始、後方から戦況を鑑みていた。ときどき、身を挺したくなる危ないところがあって、でもこうして作戦通りに事は終えた。
朧がそわそわしながら誰へ、でもなく尋ねる。
「あの……僕……足でまといに、なっていなかったですか?」
最後は炎と毒の削りきりだ。十分貢献したといえるだろう。
「不思議な自然現象? だったとおもいます」
炎担当のラーラは、この世には不思議なことがたくさんある、という結論を胸裏に響かせる。魔術もしかりである。
「これが最後の女子高校生だとは思えない……世に運命の出会いを求める人がい限り同類が現れ続けるだろう……」
ここに結鹿! フラグを建立す! したり顔、極まれり!
数秒の沈黙、空白の間――……
そのうち「やめて」と誰かがぼそっと言った。
F.i.V.E.の覚者、現場に急行す。
かく朝方の路地。学生や社会人の通学/通勤時間である。
ひとつ区画を隔てた大通りより、この路地を突っ切ったほうが最寄りの駅まで近い。
「これって『トラックにぶつかって来て』って言われてるのと同じですね……」
『プロ級ショコラティエール』菊坂 結鹿(CL2000432)は、ボヤいた。
バンパーとかショックアブソーブとかアクティブアーマーとかがほしいと考える――もっとも、自分がつっこむ役ではないのだが。
実際そのとおりである。
『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)は首をひねる。
「自然系妖ですか…曲がり角を急いで回るとごっつんとぶつかる現象は確かに自然現象と言えなくもないですが……」
此度の『妖』、分類を、もの凄く解しかねていた。
――考えているときに、向こう側から、一般人の男子高校生がパンを咥えて走ってきた。
まさか本当にいるとは。
『献身なる盾』岩倉・盾護(CL2000549)はぼんやりと見ている。
「遅刻しそう、パン咥えて走る、稀な事?」
稀な事が向こうからやってくる。
ひょっとしたら、そういう物《フラグ》を、場所が吸い寄せているのかもしれない。
古来より竜脈と称されるもの、バミューダトライアングルか、あるいは霊障おそろしき恐山か何かなのか。
ラーラはすぐに警告を投げかける。
「現在、近辺には妖が出現する可能性がとても高い状態です。パンを咥えた状態で曲がり角を曲がるのはやめてください」
「!?!?」
一般人は、何言ってるのか分からないような反応する。
「です、よね」
彼は走るのをやめて、じろじろと覚者達をみながら、ゆっくりと角を曲がっていった。
視線が少々痛かった。
『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)は、何を探しながら、ぽかんと述べる。
「なんだか変な妖だよね!」
そういうシチュエーションの少女漫画読みすぎて、そういうのに憧れてしまったのかもしれない、と推理する。
推理をしながら、奏空は塀の向こうをのぞいてみたり、そのまま上にある民家の木を仰ぎみたりしている。
「何か探しているのかい?」
奏空に声をかけたのは『秘心伝心』鈴白 秋人(CL2000565)だった。
「越後さん。――あ!」
探偵見習いの面目躍如。
探そうと思う者がいなければ、永遠にスルーされていたであろうゴッツォサン・越後。
本当は事件が済んだあとにやろうと思っていたことだが、時間があったので、死んでる越後の顔の上に、気付けのためのパンをのせておく。
これでよし。
『冷徹の論理』緒形 逝(CL2000156)は、首をかしげて、アレ《越後》は使えるのかい?と問う。
「打たれ弱い……みたい?」
ラーラが短く答える。
逝は、じゃあだめかと、丁字路に視線を戻す。
「ふむ……テンプレさな。おっさんみたいな不審者には縁遠いものよ、工藤ちゃんとか成瀬ちゃんたちなら兎も角」
ここで『真のヒーロー』成瀬 翔(CL2000063)が、曲がり角の向こう側から走ってきた。
口にパンはくわえていない。
「こっち終わった」
翔は、ワーズワースを用いて、近所に呼びかけ回っていたのだ。
これで近隣は万全。あとは、先ほどの男子高校生のようなイレギュラーへの対処のみとなる。
――今度は、会社員が向こう側から駆けてくるのが見えた。
「ええと……なんだか……これで二人目ですよね」
月影 朧(CL2001599)が術を結びながら呟いた。何かやっぱり変な力が働いているのかもしれない。
「緊張しますが、頑張りたいと……思います……」
イレギュラーの発生を結界にて封ずる。
初めての戦闘。緊張していると自覚しているが、会社員が踵を返して道を戻っていったのを見て、すこし安心した。
「今時、食パンくわえて走る奴なんて……さすがにオレでもやんねーぞ、んなこと」
翔は顔のストレッチを始める。これも作戦だ。
「うん」
奏空はうなずいて『食パンの被り物』を盾護に渡す。
盾護、ぼんやり《いつもの状態》で受けとって、躊躇なく装着す。
これにて準備は整った。
あとは三輪車でコンボイにつっこむが如くである。
トップバッター、盾護!
のんびり、パン一切れにバターをぬる。咥える。
翔も「いつでもいいぜ!」とスタンバイしている。
声に応じ、盾護がたたた、と走る。
覚者、戦闘準備、一斉に力を解放して化身する。
盾護が曲がり角を横に折れた刹那――
どーん! と爆裂音が響き渡った。
●教師! 乱舞す!
盾護、宙を舞う!
「飛んで飛んで飛んで~」
もっしゃもっしゃとパンを咀嚼している。
「飛んで飛んで飛んで~」
やはり、もっしゃもっしゃとパンを咀嚼している。
「回って回って回って~~落ち~る~~」
いささか直球だが、さいごが『落ちる』なのでセーフだ。あとパンは空中で食べきっている。
受け止める役。しかし盾護を尊重し、民家の垣にぶっささるのを見送った。
『ちょっと!!! どこ見て――ぶふぅ!』
怪奇! 翔の変顔!
両手で両目の端と鼻を上下にぐいっと引っ張った顔面にて、女子高生を迎え撃つ!
「成功か!?」
失敗だ。
だが女子高生にナックルアローの構えをとらせない事には成功している!
奏空が「ナイスフォーム!」と盾護に声援を送りながら、薬師如来の宿る光で彼を癒やす。
「どんなに可愛い女子高生の姿をしたって所詮は妖!撃破させて貰うよ!」
見た目は女子高生、奏空、少し攻撃を躊躇して、初手は回復に専念す。
奏空の声に重ねるように、秋人は癒しの滴を盾護へと。
「少し厄介な相手だけど、俺のやる事は決まっているから、それを実行するだけだね」
食パン人間――のごとく、食パンかぶり物をした盾護が、垣から頭部を引き抜いて、勢い余って尻餅をついている。
彼の頑丈さは重要だ、と秋人は己の役割を遂行すべく、戦況を鑑みれば、今回は回復のペース配分が重要になると胸裏で反芻した。
逝が抜刀す。いやさ手首から先が刃である。
「……いや、考えたが本当に分からなんだ。理解してやれんで、スマンね」
寝過ごす子が悪い、不慮の事故に出逢いを求める辺り現実逃避しとらんか――と考えてはいたが、この手の類いはどうにも理解できなかった。
「なるほど。自然系、さね」
黒一閃。切り捨てた。その手応えがあった。
『痛ったーい! ちょっとどこみてるのよ!』
だが女子高生の身体、やはり『妖』。
液体のような、あるいは気体のように、切った口が接合したのである。
体力自体が回復するわけではないだろうと分析する。効いているのは効いているのだろう。
「今回は黒沙纒刃を持ってきたのよ。おあつらえ向きさね」
逝の此度の得物、霊験あらたかなり。
結鹿が堂々かく語る。
自然系、実体は不可思議。強い意志が刃となり得物ともなる神秘の手合い――ならば、意志を示さんと。
「『いっけない~! 遅刻遅刻~!』のテンプレはお互いに倒れて、制服のスカートがめくれて、スカートの中身が見えて「やだっ!もぅ~」ってラッキースケベが発生するところまでですよ!」
太刀をすらりと抜き、地を這うように駆け、地より出でる氷の粒を刀身に纏わせる。
ダイヤモンドの煌めきを伴って、女子高生に太刀の一突き。
「でなきゃ、ただの人身事故です、こんなの。わたしは少女漫画読者として、認められません!」
誇りである。
少女漫画読者に至っては、これこそ正義である。ジャスティスである。誉れである。
女子高生の身体、貫かれた状態を嫌がったか、雲散してまた向こう側で顕現する。
『よ、よくも――あ! あなたは今朝の!』
突如として女子高生、こちらを指さして三文芝居を開始した。
ラーラが魔術書から木行の珀香を発している。一旦は様子見である。
本をひらくには少々早い――と考えていたところで、横から教師のような奴が声をかけてきた。
『なんだお前達、知り合いなのか?』
紳士然とした老年が、両手を後ろにまわして、にこやかな表情で突っ立っている。
「あの先生然とした人は何なんですか……街中で転校生紹介を始めないでください」
この空気のよめなさ、精神をかき乱す。
「……これは、幻術?」
『味方がこの先生然としたやつに見えてしまう』幻術だ。と、ラーラは悟る。
すごく攻撃したい。いや、味方――秋人と朧である。
『なんだお前達、知り合いなのか?』
『なんだお前達、知り合いなのか?』
『なんだお前達、知り合いなのか?』
『なんだお前達、知り合いなのか?』
『なんだお前達、知り合いなのか?』
覚者、少々腹が立つ。教師みたいなやつが、なんか一杯いる。殺気立つ。
後衛では、ラーラ、秋人、朧、お互いに殺気立っていたが、幻覚をすぐに振り切って、各人の役割を遂行す。
一巡が終わり二巡目。
翔の横顔に、女子高生の鉄拳制裁が突き刺さる。
『そっちこそどこ見て走っているのよ! もうぅ!!』
「っ!?」
ぶっ飛ばされた翔を、逝がリフティングの如く胸でうけとめる。
「悪いね。こんな受け止め方で」
翔は口角の血を袖でぬぐう。
「こっの暴力女!何しやがるんだ!!」
立体連想陰陽陣、起動す。霊刀より発した波動の弾を浴びせかける。
ところどころを穿つが、女子高生の傷口はすぐに元に戻った。
飛ばされた盾護を、朧が準備してた蜘蛛の巣状のワイヤーが受け止める。
「あ……大丈夫、ですか?」
「だいじょうぶ」
盾護、頭を左右に振って敵へと向かっていく。
殴り飛ばされ、受け止められ、受け止める。
変な教師が乱舞するなかを、河川敷のガチンコ殴り合いのような有様で、戦いは佳境へと発展していく。
『いっけなーい! もうこんな時間!』
――かに見えたが、女子高生は唐突に姿を消し去った。
●ワンモアセッ!ワンモアセッ!
「今度は俺が行くよ!」
奏空である。
シチュエーションとしてはこうだ。
寝坊した→でもまだ寝ていたい→でも学校いかなきゃいけない→朝食もまだだ! なら布団を被りながらパンを食べて学校に行けば――
どーん!! 「ああー!!?」
ムササビ、と形容できようか。
奏空、布団をムササビがごとく広げて空を舞う。朝の日差しはとてもまぶしかった。
『いっけなーい! もうこんな時間』
女子高生、また消えゆ。
「……――」
たちまち、場を沈黙が支配した。
これは天の導きが悪い方向に働いたからに他ならない。
翔が苦笑いをうかべる。
「さ、三回目のドーンはオレ、だな」
血反吐を吐いてピクピクしている奏空を尻目に、パンを咥える。
「可能な限り回復するよ。もう気力が残り少ないけれど」
と、秋人が奏空を介抱しながら回復をほどこした。
朧が狼狽しつつ、できることをしなきゃ、と毒素の術を織る。
ドーン! 「ぐわー」
向こう側で飛ばされている翔を見る。
「……凄く怖い」
あれを自分が受けたら一発昇天だと確信する。
しかし、足を引っ張らない。これも意志の力である。
意志は毒素の術でもって女子高生を蝕む。ラーラの炎に続いて毒が加勢した形だ。
かく、女子高生型の『妖』は階級が二の字《ランク2》である。
『よくいる強めの妖』という位置づけであるが、この能力が並ではない。特に屈強な部類と推測される。
おそらく一年ほど前であれば難しい任務という水準。強さである。
戦闘は、再び削りあい――やがて、ある地点に到達する
「気力が尽きたみたいだ」
「盾護も……」
秋人、盾護、混乱の回復を中心に立ち回っていた面々からの支援が途切れる。
危機である。
混乱による同士討ちにより、そのまま押し切られかねない戦況だ。
「ここらで一気に……殺るかあ」
逝は手を緩めない、いやさ刃を緩めない。無造作に切り刻んで、女子高生の腕をはね上げる。
やはり切り口が接合せんと戻ろうとする――刹那。
銀一閃。『妖』の両腕両足が切断される。
「おや――だれかね?」
ここにいる覚者ではない太刀筋であると知覚する。
一瞬、眼前に男の後ろ姿を知覚できたが、次の瞬間には消えていた。
刀の振り方は知らん。知らんが、これを見逃す刃の男《緒形 逝》ではない。
「――秘技、ソードエアリアルってな。パンの礼ってことで、じゃあな」
ふと上から声がした。
民家の上を見ると、トレンチコートの影が去る様がチラりと見えた。
「ゴッツォサン・越後」
鮭漁において、ラーラのリクエストにより銀一閃、炙りサーモン寿司を作った料理人。
押し切られかねない戦況であったのだが――なるほど、奏空の気付けのパンの仕業か。
覚者、視線を敵へと戻す。
四肢が切断された女子高生は、しかし胴部のみで浮かびあがる。
その顔は不適な笑みをたたえていて――
『どうした! そんなものでは私の五体は苛めんぞ!』
女子高生、混乱す!
その形相は憤怒そのものである。憤怒をたたきつけるかのごとく、女子高生、自らを殴打せしめる!
「なんだか……キャラ変わってる」
結鹿、少々ビビる。ビビりながらも、氷穿牙《ほうせんか》。続けてもう一撃、氷穿牙《ほうせんか》で意志を貫く。
「ちょっとこれ……胸がキュンって――」
奏空、かの強敵の秘技を用いて、女子高生を切り裂く。
「……なんねーーーよ!!」
結鹿と同じく、もう一度!
「済まんね、不審者には向かなんだ。消えておくれ」
逝が、硬度高めし太刀で女子高生の首から上を切り捨てる。
頭部だけになった女子高生にむかって――ラーラは詠唱する。
『鍵』でもって書物をひらく。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ!」
ひとりでにめくれあがるページは、あるページで止まる。
火球が生ず。火球が爆ぜて連弾となり、女子高生を炎上せしめる。
「……足手まといだけには!」
たたみかける。
確実に施されていた朧の毒術がじわじわと削りゆく。
『この私が! この! 私がああああ亜亜亜亞!!!』
定められた言葉《悪役の典型的なやられ台詞》を断末魔のごとく。
頭部のみとなった敵は、毒と炎にまみれ、みるみると空間に溶けるように消えていく。
「雷獣」
だめ押しの一撃、最後は翔の稲光。
電撃に苛まれて、曲がり角の自然現象《じょしこうせい》はついに消滅した。
●いやー酷い目にあった
翔は大きく嘆息した。
「――もうこんな妖出ないといいな」
奏空に同意を求める。奏空も激しく首を縦にふる。
その後、翔は民家にお礼を言って回るつもりだったので、皆とは別れて帰路につく。
「これ、ありがとう」
盾護は、奏空から借りたかぶり物を返す。受け取る。
役に立ったのかは分からないが食パンが食パンを食べている図はちょっと面白かった。
首を傾げている逝。
「あれはなかなか、強いやつさな」
誰が? というのはエネミースキャンを用いた逝のみぞ知る。
「長引くとは思わなかったけれど、みんな無事でなによりだよ」
秋人は終始、後方から戦況を鑑みていた。ときどき、身を挺したくなる危ないところがあって、でもこうして作戦通りに事は終えた。
朧がそわそわしながら誰へ、でもなく尋ねる。
「あの……僕……足でまといに、なっていなかったですか?」
最後は炎と毒の削りきりだ。十分貢献したといえるだろう。
「不思議な自然現象? だったとおもいます」
炎担当のラーラは、この世には不思議なことがたくさんある、という結論を胸裏に響かせる。魔術もしかりである。
「これが最後の女子高校生だとは思えない……世に運命の出会いを求める人がい限り同類が現れ続けるだろう……」
ここに結鹿! フラグを建立す! したり顔、極まれり!
数秒の沈黙、空白の間――……
そのうち「やめて」と誰かがぼそっと言った。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
