哀・覚者
「やあ、こんばんは。お姉さんと妹さんには思いっきりキモがられちゃったから、君に話を通すよ。
突然だけどプラモとかフィギュアとか興味ある方? 僕ぁ命賭けててさあ。作ってみた系の動画、いくつか上げてあるから死ぬほど暇な時にでも見てみてよ。
で思うんだけど、これからは3Dプリンタの時代なわけ。
もうね1/100ハイパーグレードとか、わざわざ買いに行ってバカでかい箱オタク丸出しで持ち運ぶ時代じゃないと思うのさ。密林で注文なんてのも古い古い。
データだけネットで売り買いして、3Dプリンタで自前造形。遅かれ早かれ、そうゆう時代になるから絶対。
で僕もパソコンでデータ組んで色々作ってたわけ。主にフリーガンのマシンムーヴアーマーだけど、え? フリーガン知らない? 駆動戦士フリーガン。名前だけ知ってる、あっそう。若者のロボット離れも深刻だなあ。ロボアニメなんてもう僕みたいな中年オタクだけのものなのかなあ。
ま、それはともかく。さっき言ったけど命賭けてたってのは嘘じゃなくて、バイトの給料ほとんど機材や素材買うのに注ぎ込んで、食費とか削りまくってたわけよ。
そしたら見ての通り死んじゃってさあ。
ああ僕、親にはとっくに縁切られてるから死体なんて放ったらかし。部屋の中もう凄い事になってるから。まあ、それはいいんだ。僕が選んだ生き様死に様だからね。
問題はほら、僕の3Dプリンタが勝手に動き出してる。ほらほら何か勝手に作っちゃってるよ。SD挿しっぱなしだからな。
ああ出て来た出て来た。僕が何日も徹夜してデータ作ったザンクとかゾンコックとかフリーガン・ハイバーストとか、物凄い速度で造形されて……何か大きい! ほとんど人間サイズだよ。しかも人襲ってるし。あーあ、遺品整理の業者さんがザンクマシンガンで射殺されちゃった。
やばいやばい、外へ出て通行人まで襲い始めた。みんなバーントマホークで頭カチ割られたり、ビームライフルで灼き殺されたりしている。
そう、これを止めて欲しいんだ。
みんな、言ってみれば僕の子供みたいなもんだけど……構わない、3Dプリンタごとブッ壊しちゃっておくれよ。
やっぱりね、死んだ後まで人に迷惑かけるってのはカッコ悪すぎる。いくら僕みたいなキモオタでもね。
マシンムーヴアーマーは、架空世界の戦争で僕たちを熱狂させてくれる。それだけでいいんだ。現実世界で人殺しをさせちゃあいけない。
やっぱりマシンムーヴアーマーだけで成り立ってる作品なんだよね、フリーガンは。脚本は駄目。何かそれまでのロボットアニメにはなかった重厚な人間ドラマが評価されてる的な話もあるけど、僕は受け付けなかった。だってさあ、主人公がただ砂漠ウロウロしてたりお母さんの所へ帰ったりで全然フリーガンに乗らない話とかあるんだよ? 駄目だよ、ロボアニメがそれじゃあ。あの監督そーゆうとこが全然」
久方相馬(nCL2000004)の顔色が、またしても悪い。
「……大丈夫、今日はただ寝不足なだけ。夢の中で、何か一晩じゅう語り倒されちゃってさあ。もしかしたら今もまだ取り憑かれてるかも知んない。
まあとにかく、そいつの遺品である3Dプリンタが物質系の妖に変わって暴れ出すから止めて欲しいんだ。
何しろ3Dプリンタだからな。同じ物質系の妖を、兵隊として大量生産してくる。人間大の、何とかアーマーだ。
最初は6体いる。うち4体はランク1で、2体がランク2。いくら倒しても、親玉の3Dプリンタが同じようなのをいくらでも作って補充してくるから要注意な。
当然この親玉を最優先で潰す作戦になると思うけど、何とかアーマーどもはもちろんそれを全力で妨害してくる。
こいつらの材料も、ただの樹脂じゃなく、妖の力が入った謎素材だから……無限って事はないと思うけど、放っとけば100匹とか200匹とか湧いて出て来るらしい。材料切れを狙うっていうのは、だからあんまり現実的じゃないと思う。
とにかく人死にを出さないように頼むよ。場所は東京都内、そいつの住んでたアパートの前。遺品整理の業者の人たちがまず襲われてると思うから、助けて欲しい。
あー……何か頭が重い、肩も重い。やっぱ取り憑かれてんのかなあ、今夜も夢に出て来て語りに入っちまいやがるかもなあ。みんなの中にさ、お祓い系の術式とか使える人いない?」
突然だけどプラモとかフィギュアとか興味ある方? 僕ぁ命賭けててさあ。作ってみた系の動画、いくつか上げてあるから死ぬほど暇な時にでも見てみてよ。
で思うんだけど、これからは3Dプリンタの時代なわけ。
もうね1/100ハイパーグレードとか、わざわざ買いに行ってバカでかい箱オタク丸出しで持ち運ぶ時代じゃないと思うのさ。密林で注文なんてのも古い古い。
データだけネットで売り買いして、3Dプリンタで自前造形。遅かれ早かれ、そうゆう時代になるから絶対。
で僕もパソコンでデータ組んで色々作ってたわけ。主にフリーガンのマシンムーヴアーマーだけど、え? フリーガン知らない? 駆動戦士フリーガン。名前だけ知ってる、あっそう。若者のロボット離れも深刻だなあ。ロボアニメなんてもう僕みたいな中年オタクだけのものなのかなあ。
ま、それはともかく。さっき言ったけど命賭けてたってのは嘘じゃなくて、バイトの給料ほとんど機材や素材買うのに注ぎ込んで、食費とか削りまくってたわけよ。
そしたら見ての通り死んじゃってさあ。
ああ僕、親にはとっくに縁切られてるから死体なんて放ったらかし。部屋の中もう凄い事になってるから。まあ、それはいいんだ。僕が選んだ生き様死に様だからね。
問題はほら、僕の3Dプリンタが勝手に動き出してる。ほらほら何か勝手に作っちゃってるよ。SD挿しっぱなしだからな。
ああ出て来た出て来た。僕が何日も徹夜してデータ作ったザンクとかゾンコックとかフリーガン・ハイバーストとか、物凄い速度で造形されて……何か大きい! ほとんど人間サイズだよ。しかも人襲ってるし。あーあ、遺品整理の業者さんがザンクマシンガンで射殺されちゃった。
やばいやばい、外へ出て通行人まで襲い始めた。みんなバーントマホークで頭カチ割られたり、ビームライフルで灼き殺されたりしている。
そう、これを止めて欲しいんだ。
みんな、言ってみれば僕の子供みたいなもんだけど……構わない、3Dプリンタごとブッ壊しちゃっておくれよ。
やっぱりね、死んだ後まで人に迷惑かけるってのはカッコ悪すぎる。いくら僕みたいなキモオタでもね。
マシンムーヴアーマーは、架空世界の戦争で僕たちを熱狂させてくれる。それだけでいいんだ。現実世界で人殺しをさせちゃあいけない。
やっぱりマシンムーヴアーマーだけで成り立ってる作品なんだよね、フリーガンは。脚本は駄目。何かそれまでのロボットアニメにはなかった重厚な人間ドラマが評価されてる的な話もあるけど、僕は受け付けなかった。だってさあ、主人公がただ砂漠ウロウロしてたりお母さんの所へ帰ったりで全然フリーガンに乗らない話とかあるんだよ? 駄目だよ、ロボアニメがそれじゃあ。あの監督そーゆうとこが全然」
久方相馬(nCL2000004)の顔色が、またしても悪い。
「……大丈夫、今日はただ寝不足なだけ。夢の中で、何か一晩じゅう語り倒されちゃってさあ。もしかしたら今もまだ取り憑かれてるかも知んない。
まあとにかく、そいつの遺品である3Dプリンタが物質系の妖に変わって暴れ出すから止めて欲しいんだ。
何しろ3Dプリンタだからな。同じ物質系の妖を、兵隊として大量生産してくる。人間大の、何とかアーマーだ。
最初は6体いる。うち4体はランク1で、2体がランク2。いくら倒しても、親玉の3Dプリンタが同じようなのをいくらでも作って補充してくるから要注意な。
当然この親玉を最優先で潰す作戦になると思うけど、何とかアーマーどもはもちろんそれを全力で妨害してくる。
こいつらの材料も、ただの樹脂じゃなく、妖の力が入った謎素材だから……無限って事はないと思うけど、放っとけば100匹とか200匹とか湧いて出て来るらしい。材料切れを狙うっていうのは、だからあんまり現実的じゃないと思う。
とにかく人死にを出さないように頼むよ。場所は東京都内、そいつの住んでたアパートの前。遺品整理の業者の人たちがまず襲われてると思うから、助けて欲しい。
あー……何か頭が重い、肩も重い。やっぱ取り憑かれてんのかなあ、今夜も夢に出て来て語りに入っちまいやがるかもなあ。みんなの中にさ、お祓い系の術式とか使える人いない?」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.妖の全滅
2.人死にを出さない
3.なし
2.人死にを出さない
3.なし
今回の敵は、物質系の妖と化した3Dプリンタ。自動車並みのサイズに巨大化しており、ゆったりと2足歩行をしながら、人間サイズのマシンムーヴアーマー(駆動戦士フリーガンに登場する戦闘ロボット。全て妖・物質系)を次々と立体印刷し、兵隊として放ってきます。
この動く3Dプリンタが最初に引き連れている兵隊は、以下の通り。
ザンク(ランク1、2体、中衛)
汎用マシンムーヴアーマー。武器はバーントマホーク(物近単)、及びザンクマシンガン(物遠列)。
ゾンコック(ランク1、2体、前衛)
水陸両用マシンムーヴアーマー。格闘戦に秀でる。武器はメタルクロー(物近単)。
フリーガン・ハイバースト(ランク2、1体、中衛)
番組終盤に登場した、主人公機の強化形態。武器は、妖の力を光線として放つビームライフル(特遠単)、ビームサーベル(特近単)、そして背部に装備したビーム砲6問を一斉射するエンジェルウイング・フルバースト(特遠全)。
シャズナー・ヴール専用ザンク(ランク2、1体、前衛)
主人公のライバルが搭乗する機体。赤くて速い。武装はザンクと同じ、加えて必殺のキック(物近単)を放ってくる。
親玉の3Dプリンタ(後衛)は一応、妖のランク2並みの耐久力を持ってはいますが武装はなく、攻撃はしてきません。その代わり1ターンに2体、ザンクかゾンコックのどちらかを高速造形し、戦列に加えてきます。
場所は、孤独死者の出たアパートの前。上記の軍団が、1階中央の部屋から壁と扉を破壊しながら現れたところ、そこが状況開始となります。遺品整理業者3人が、部屋から押し出されて転倒し、腰を抜かし、殺されかかっていますので、まずは彼らを助けてあげて下さい。
アパートの前は月極駐車場で、車がまばらに止まっていますが、戦うには充分な広さがあります。時間帯は昼間。通行人もいます。総数が12体を超えた時点で、13体目以降のマシンムーヴアーマーは通行人を狙うようになります。
それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2017年04月16日
2017年04月16日
■メイン参加者 6人■

●
転ばぬ先の杖として、緒形逝(CL2000156)はハイバランサー及び第六感を発動させた。
「いいねえ、この第六感ってやつは。何かある度に、頭の中でニュータイプ音が」
「何言ってんだかわかんねーよ、おっさん」
そう切り捨てたのは『ボーパルホワイトバニー』飛騨直斗(CL2001570)である。
「それより、ほれ! もう始まってやがる」
アパート1階中央の扉が、壁もろとも破壊されていた。
マシンムーヴアーマーの1個部隊が、溢れ出すように室内から現れたところである。
一緒に押し出されて来た遺品整理業者3名が、悲鳴を上げ、逃げ出し、転倒した。
「ゴーストの依頼、動き出す模型……なるほど、これが今の日本ですか」
シャーロット・クィン・ブラッドバーン(CL2001590)が、興味深げな声を発する。
「まさに神秘の国です。ワタシの想像以上」
「あれで日本を判断されるのもなあ」
アパート内から猛然と飛び出してくるザンクやゾンコックを観察しながら、『探偵見習い』工藤奏空(CL2000955)が言った。
「……最初のフリーガンって、あんななんだ。俺、最近のしか知らなくてさ。ロボもかっこいいけど、やっぱ人間ドラマがいいよね。ああこいつ死亡フラグ立ててるー! とか毎回ハラハラドキドキ」
「ロボアニメは俺わかんねえなあ。戦隊モノならともかく……なあ、フリーガンって合体しねえの?」
そんな話をしている奏空と直斗を、『悪意に打ち勝ちし者』魂行輪廻(CL2000534)が、背後から一まとめに抱き寄せる。しなやかな細腕と、豊かな胸で。
「なぁるほど。これが男の子の世界って言うもの? 工藤君も直斗君もォ、こういうのやっぱり好きなのかしらん」
「うわわわわわ、なっ何を」
奏空が、柔らかな頬を赤く染めて慌てふためく。
直斗は、悲鳴を上げていた。
「や、やめろ! やべろォ、やべどぉおおおおおおおッッ!」
悲鳴と一緒に、大量の鼻血が噴出する。
輪廻が、それを面白がった。
「ほぉらほら、これも目くるめく男の子の世界よん。直斗君ってば意識しちゃってる? やぁねえ♪ こないだアリーナで全部見た癖にぃ」
「みっ、見ぜられだんだば!」
「これがゲイシャの伝統芸能……この国の、神秘の1つ」
「ちっ違う、断じて違うよシャーロットさん」
奏空が悲鳴を上げ、そして『癒しの矜持』香月凜音(CL2000495)が軽く頭を掻く。
「……そろそろ助けた方が、良かぁねえか」
転んだまま悲鳴を上げてる遺品整理業者3名に、ゾンコックが襲いかかる。
シャーロットが駆け出し、踏み込んでいた。
刀か斧か判然としない武器が、下から上へと一閃する。
一閃で、ゾンコック2体が叩き斬られていた。滑らかな断面を晒し、崩れ落ちる。
地烈だった。
「人命救助、元所有者から破壊許可あり、斬った相手は血も出ない……」
業者たちを背後に庇い、シャーロットが言い放つ。
「初仕事としては、気分良く向かえそうです!」
「……本当に、初仕事?」
言いつつ逝は、ゆらりと踏み込んで直刀・悪食を跳ね上げた。
ザンク2体が、マシンガンを構えている。その銃口が火を噴く寸前、2体とも砕け散っていた。
逝の地烈は、どうしても『斬る』と言うより『砕く』といった感じになってしまう。
「お前さんの地烈は……おっさんのと比べて、実に綺麗なもんさねえ。戦闘教本に載せたいくらいよ。同志シャーロット、と呼んでもいいかね」
「ワタシ英国人、それも遺伝子レベルで資本主義に染まった家系です。共産圏の思想とは相容れませんよ?」
シャーロットが微笑んだ、その時。
赤い疾風が吹いた。
角の生えた、赤色のザンク。
疾風のような蹴りが、逝の長身を前屈みにへし曲げていた。
「おうっ……こ、こいつは……」
血反吐が、ヘルメットの中で逝の顔面を汚す。
よろめき、だが倒れず踏ん張りながら、逝は護りを念じた。
蔵王・戒。土行の力が、鎧となって全身を覆う。
「さすが赤い死兆星……ザンクとかに乗ってて、まだ強い頃さね」
「だからおっさん、何言ってんだかわかんねえよ……」
言いながら直斗が、ハンカチで鼻をかんでいる。
「ごめん工藤さん……返そうと思って洗ってきたんだけど、また汚れちまった」
「そ、それより鼻血が全然止まってないよ飛騨君」
「あらあら。お姉さんのせいで直斗君、早くも脱落かしらん? ごめんなさいねぇ」
言葉と共に輪廻が、着崩した着物をはためかせる。舞うような踏み込みだった。
踏み込んで行く先で、フリーガンがライフルを構えている。
その銃口から、1条のビームが迸り、輪廻の着物をかすめた。
踏み込みと回避、そして攻撃を、彼女は同時に行っていた。しなやかな美脚が、着物の裾をはねのけて躍動する。
どうやら灼熱化を施し済みのようであった。炎の力を宿した、連続蹴りである。
直撃を喰らったフリーガンが、吹っ飛んだ。
ふわりと片足を着地させながら、輪廻が微笑む。
「天涯比隣……お味はいかが?」
「食い足りねえってさ、お姉さん」
よろりと立ち上がってくるフリーガンを一瞥しつつ、凛音が素早く印を結ぶ。
潤しの雨が、降り注いだ。いくらか怪我をしているらしい遺品整理業者3名と、失血死寸前の直斗、それに内臓の破裂しかけた逝の身体にだ。
麻酔なしで臓物を修理される痛みに、逝はしばし耐えるしかなかった。
●
「人が亡くなった場所……って事だし一応、な」
凛音が、アパートに向かって両手を合わせる。
彼に傷を癒してもらったはずの業者3名が、しかし立ち上がれずにいる。
奏空と凛音が、引きずるように彼らを助け起こした。
非戦闘員の避難は、この2人に任せておけば良いだろう。
「それじゃ、お仕事……正義の味方ごっこ、始めますか」
直斗は、妖刀の切っ先で軽く地面をつついた。
アスファルトが砕け散った。捕縛蔓が地中より生じ、3体の敵に絡み付く。
1体は赤色のザンク、1体はフリーガン。そしてもう1体は、彼らの後方に佇む巨大なもの。
乗用車ほどに巨大化しつつ足を生やした、3Dプリンタである。
その巨体の前面が、まとわりつく蔓を押しちぎりながら扉状に開いた。
ザンクとゾンコックが1体ずつ、飛び出して来て着地しつつ攻撃体勢を取る。
マシンガンを構えるザンクと、メタルクローを振りかざすゾンコック。
その2体が、たちどころに叩き斬られて滑らかな断面を晒す。
シャーロットの、地烈であった。
「……まだ、力が出せそうな気がするのです。心に浮かぶままに、やってみましょう」
剣のような斧のような武器を構え、見つめながら、彼女は唱えた。
「To be,or not to be:that is not the question」
達人戦闘術。シャーロットの身体に力が満ちてゆくのが、直斗にはわかった。
赤いザンクが、捕縛蔓に絡まれたまま、マシンガンを構えようとする。
そこへ猛然と斬りかかるシャーロットの姿が、直斗の視界の中で、誰かと重なった。
自分たちを退却させるため戦場にとどまり、命を捨てた、1人の女剣士。
思いを馳せている場合ではなく直斗は、遺品整理業者3人が奏空と凛音に半ば引きずられつつも逃げ去って行く様を、ちらりと確認した。
「避難は完了……いかしてもらうぜ雷獣結界!」
雷鳴が轟いた。電光が、ドーム状に戦場を覆っていた。
巨大な3Dプリンタが、またしても開いた。現れたのは2体のザンク。
何がどれだけ量産されようと、電光の結界を越えて通行人を襲う事はもはや出来ない。直斗が健在な間は、だ。
「はん……ここから先に進みたかったら俺の屍を越えていけ! ってか?」
●
フリーガンが、ビームライフルの狙いを覚者たちに定めようとするが、その腕に捕縛蔓が絡み付く。
「ああん、直斗君ってばナイスサポートよん」
輪廻の天涯比隣が、またしてもフリーガンを滅多打ちにする。
有名らしいロボアニメの主人公機が、ひび割れながらもビームサーベルを振るった。返礼の斬撃。
それを、逝が阻む。
「兵器としての性能なら、おっさんも負けないぞう」
妖刀ノ楔が、フリーガンを直撃した。
命中するのが不思議なほど、ひどいフォームである。輪廻は呆れた。
「……あなたって武器の振り回し方ダメダメなのねえ。武闘にして舞踏な、私の戦闘スタイルを見習いなさい♪」
「お前さんのはサービス過剰。下ちゃんと穿いとるんだろうね? 程々にせんと規制が入るぞう」
覚者2人がそんな会話をしている間も、フリーガンは動けない。妖刀で呪いを叩き込まれた機体が、のけぞりながら痙攣・硬直している。
主人公機を援護すべく、ザンク2体がマシンガンをぶっ放した。
赤いザンクと一騎打ちをしていたシャーロットが、鮮血を散らせてよろめいた。覚者でなければ、一瞬にして射殺されているところである。
それは輪廻も同様だ。白い柔肌が、掃射によってあちこち切り裂かれ血飛沫を飛ばす。
「っと……ふふっ、強引なアプローチ……嫌いじゃなけど高くつくわよん」
軽口を叩ける。致命傷には程遠い。
土行の護りをまとった逝が、銃撃の大部分をさりげなく受けてくれたからだ。
その間に、直斗が妖刀を振りかざす。刀身から黒雲が生じ、電光が迸る。
雷獣が、3Dプリンタを直撃した。
電光を撥ね除けるようにして扉が開き、2体のゾンコックが飛び出して来る。
「あゝおやつがいっぱいで嬉しいねえ悪食や! もっと持っておいで、弾幕薄いぞ何やってんの」
突進して来た、その2体を、逝が地烈で粉砕する。
続いて輪廻が、フリーガンにさらなる天涯比隣を叩き込む。
フリーガンの左腕が、蹴り砕かれた。
よろめきながらも、しかし呪いを断ち切るかの如く、フリーガンが翼を広げる。翼のような、6つの砲身。
それらが一斉に、光を放った。
●
赤いザンクが、トマホークを叩き付けて来る。
掃射を受け、よろめきながらもシャーロットは蓮華を振るい、その斬撃を受け流した。
そこへ、光が来た。
フリーガンの翼より放たれた、幾状ものビーム光。それらが、覚者たちを直撃する。
逝が、輪廻が、倒れた。
雷獣結界を守る直斗が、光に身を灼かれ、膝をつきながらも牙を食いしばる。
シャーロットは、歯を食いしばってなどいられなかった。
ビーム光が、身体を通過して行く。体内の様々な箇所を灼きながら。
覚者でなければ、無残な焼死体と化しているところであろう。
焼死体寸前の状態で、シャーロットは倒れていた。
動けない。声も出ない。目は、辛うじて見える。
ザンクの1体が、直斗にマシンガンを向けていた。
倒れ伏したシャーロットにも、同じくマシンガンの銃口が向けられている。赤いザンクによってだ。
直斗が、膝をついたまま妖刀を振るった。
雷雲まとう刃から、電光が走り出す。雷獣。
それが、赤いザンクの右手を直撃する。シャーロットの頭を撃ち砕く寸前だったマシンガンが、帯電しながら地面に落ちた。
一方、直斗に向けられていたマシンガンは、妨げられる事もなく火を噴いていた。
その銃撃を受けたのは、直斗の眼前に飛び込んで来た奏空である。
「あっぐぐぐ……い、痛い……けど間に合ったかなぁ……」
錬覇法を使ったようだが、それで銃撃のダメージを軽減する事は出来ない。
膝をついてしまった奏空、その背後の直斗。倒れたままのシャーロット。よろよろと立ち上がりかけている逝と輪廻。
その全員に、潤しの雨が降り注いだ。
焼けただれた体内に治療を施される、その激痛をシャーロットは噛み締めた。
「ごめん遅くなった。あの業者さんたち、パニクってなかなか逃げてくんなくてさあ」
凛音が、いつの間にかそこにいた。
「……遅れ馳せながら、お仕事させてもらうぜ」
「ああん、傷だらけのお肌が元に戻ってツヤツヤに!」
輪廻が立ち上がり、喜び叫ぶ。
「そう言えば私とあなたって平仮名だと名前おんなじ。でもごめんねぇ? 私ってばキレイ系のイケメンはあんまり趣味じゃないのよん。やっぱ男の子はキレイよりカワイイよね! でもありがとね男ナース君、感謝はしてるわよん」
「男ナース……ま、いいんだけどね」
凛音は頭を掻き、見回した。
「それにしても、まあ……俺もさ、小さい時はこういうロボットとか嫌いじゃなかったし何かしら集めてたけど。周りに迷惑かけるんなら消えてもらうしかねえ。わりぃな」
●
戦場全域を、奏空は迷霧で包み込んだ。
霧で縛り上げられた赤色のザンクに、逝とシャーロットが双方向から斬りかかる。
妖刀ノ楔と、飛燕。
赤い死兆星の専用機が、原形なき残骸に変わった。
それを一瞥もせずシャーロットが、直斗に声を投げる。
「何故……ご自分を狙う銃撃を無視してまで、ワタシを助けたのですか?」
詰問の口調だった。
「飛騨さんの役目は、生きて雷獣結界を維持する事ではないのですか」
「……あんたを死なせるわけにゃいかねえ。理由は聞くな」
直斗は、雷雲を帯びた妖刀を一閃させた。
電光が、フリーガンの頭部を灼き砕いた。
シャーロットから逃げるように、直斗が叫ぶ。
「よっしゃ、首狩り白兎の本領発揮! 満足したかい姉さん、機械仕掛けの首だけど……」
叫ぶ直斗に、首のないフリーガンがビームライフルを向ける。
「う、動くのかよ……首ねえのに……」
3Dプリンタの巨体に地烈を喰らわせながら、逝が言った。
「たかがメインカメラをやられただけだぞう」
「だから何言ってんだかわかんねーっての!」
悲鳴を上げる直斗に向かって、ビームライフルが光を放つ……寸前で、奏空は踏み込んだ。
「金剛撃……はぁああああああッ!」
雷光をまとう刃が、フリーガンの胸部を貫通する。
その刃が、まとう稲妻を激しく膨張させる。
フリーガンの右腕が、そして翼6枚のうち3枚が、砕け散った。
その破片を蹴散らして走った電光が、3Dプリンタを直撃する。
バチバチと感電しながらも、3Dプリンタがザンクとゾンコックを1体ずつ高速造形する。
そしてフリーガンも、残る3枚の翼からビームを放射せんとしている。
輪廻の着物が、脱げてしまいそうな勢いで翻った。
天涯比隣が、フリーガンを粉砕していた。
「どう工藤君。見えた? 見えちゃったかしらん?」
「な、なななな何が」
そんな会話をしている場合ではなかった。
少し離れた所でザンクの1体が、凛音をげしげしと蹴り転がしている。
奏空は即座に地烈を繰り出し、ザンクを切り刻んだ
「凛音さん!」
「だ……大丈夫」
いじめられっ子のように身を丸めながら凛音が、頭から血を流している。
「助かった……俺ほら、白兵戦とか全然ダメだから」
「……術式関係に偏り過ぎだよ、凛音さんは。もっと身体鍛えなきゃ」
奏空が、続いて輪廻が言った。
「何なら、お姉さんが鍛えてあげよっか? ねえ男ナース君」
「……お気持ちだけ。俺、痛いの苦手なんで」
この2人の名前は、紛らわしいと言えば紛らわしい。
男ナースは論外としても、どちらかにニックネームが必要かも知れない、と奏空は思わない事もなかった。
●
身体を鍛える。これほど面倒な事が、この世に存在するであろうか。
鍛えなきゃ、などと体育会的な事を奏空が言うのが、だから凛音は少し悲しかった。
それはともかく。巨大な3Dプリンタが、どちらかと言うと体育会系の覚者たちが放つ攻撃をことごとく喰らいながらも、ザンクとゾンコックを量産し続けている。
「こ、ここまで頑丈だなんて!」
悲鳴じみた声を発しながら奏空が、地烈を連発する。凛音に痛い事をしようとするザンクやゾンコックを、奏空が片っ端から切り刻んでくれている。
年下の少年に護衛されながら、凛音は軽く右手を振った。水飛沫が飛んだ。
「3Dプリンタねえ……便利な世の中になったもんだとは思うけどよ」
飛沫が、水滴の弾丸となった。
「……妖まで印刷する事ぁねえだろー。便利さと、危険やら何やらは紙一重ってやつ?」
水礫が、3Dプリンタの巨体を穿つ。
それが、とどめの一撃となった。
完全に動きを止め、残骸と化した3Dプリンタを、逝・シャーロット・輪廻が油断なく囲む。
その間に奏空が、ザンクの最後の1体を斬り砕いていた。
「ふう……終わった、かな?」
奏空が、続いて逝と直斗が言う。
「SDもぶっこ抜いて処分せんとね」
「やれやれ……こいつらの親のキモオタ野郎、ある意味バケモノだよな。俺とは違う方向でよ」
「バケモノ退治……始めての、経験です」
シャーロットが、息を切らせている。
「ワタシ、ちゃんと戦えていましたでしょうか?」
「新人ちゃんだから、甘やかしてあげようかなって最初は思ってたけどぉ」
輪廻が微笑む。
「バリバリこき使っていいレベルだって、わかったから。これからも、よろしく頼むわよん?」
「はい! 先輩方の御指導のもと、サムライのように精進するのです!」
「あんまり体育会系のノリは勘弁なー」
凛音が言葉を挟むと、シャーロットが軽く睨んできた。
「香月さんは、もう少し鍛えないと駄目なのです。あと緒形さんも。あなたの剣の振り方、あまりにもひど過ぎます。基本を学び直すべきかと」
逝の剣技は確かに、素人目にも不恰好過ぎる。ただ不思議な事に、敵には命中するのだ。
「おっさんの剣技でもね、出来る事はあるぞう」
戦いが終わったというのに、逝は抜き身を構えている。
「お祓い(物理)とかね。というわけで本日のお仕事第2ラウンド、久方ちゃんを助けに行くぞう」
転ばぬ先の杖として、緒形逝(CL2000156)はハイバランサー及び第六感を発動させた。
「いいねえ、この第六感ってやつは。何かある度に、頭の中でニュータイプ音が」
「何言ってんだかわかんねーよ、おっさん」
そう切り捨てたのは『ボーパルホワイトバニー』飛騨直斗(CL2001570)である。
「それより、ほれ! もう始まってやがる」
アパート1階中央の扉が、壁もろとも破壊されていた。
マシンムーヴアーマーの1個部隊が、溢れ出すように室内から現れたところである。
一緒に押し出されて来た遺品整理業者3名が、悲鳴を上げ、逃げ出し、転倒した。
「ゴーストの依頼、動き出す模型……なるほど、これが今の日本ですか」
シャーロット・クィン・ブラッドバーン(CL2001590)が、興味深げな声を発する。
「まさに神秘の国です。ワタシの想像以上」
「あれで日本を判断されるのもなあ」
アパート内から猛然と飛び出してくるザンクやゾンコックを観察しながら、『探偵見習い』工藤奏空(CL2000955)が言った。
「……最初のフリーガンって、あんななんだ。俺、最近のしか知らなくてさ。ロボもかっこいいけど、やっぱ人間ドラマがいいよね。ああこいつ死亡フラグ立ててるー! とか毎回ハラハラドキドキ」
「ロボアニメは俺わかんねえなあ。戦隊モノならともかく……なあ、フリーガンって合体しねえの?」
そんな話をしている奏空と直斗を、『悪意に打ち勝ちし者』魂行輪廻(CL2000534)が、背後から一まとめに抱き寄せる。しなやかな細腕と、豊かな胸で。
「なぁるほど。これが男の子の世界って言うもの? 工藤君も直斗君もォ、こういうのやっぱり好きなのかしらん」
「うわわわわわ、なっ何を」
奏空が、柔らかな頬を赤く染めて慌てふためく。
直斗は、悲鳴を上げていた。
「や、やめろ! やべろォ、やべどぉおおおおおおおッッ!」
悲鳴と一緒に、大量の鼻血が噴出する。
輪廻が、それを面白がった。
「ほぉらほら、これも目くるめく男の子の世界よん。直斗君ってば意識しちゃってる? やぁねえ♪ こないだアリーナで全部見た癖にぃ」
「みっ、見ぜられだんだば!」
「これがゲイシャの伝統芸能……この国の、神秘の1つ」
「ちっ違う、断じて違うよシャーロットさん」
奏空が悲鳴を上げ、そして『癒しの矜持』香月凜音(CL2000495)が軽く頭を掻く。
「……そろそろ助けた方が、良かぁねえか」
転んだまま悲鳴を上げてる遺品整理業者3名に、ゾンコックが襲いかかる。
シャーロットが駆け出し、踏み込んでいた。
刀か斧か判然としない武器が、下から上へと一閃する。
一閃で、ゾンコック2体が叩き斬られていた。滑らかな断面を晒し、崩れ落ちる。
地烈だった。
「人命救助、元所有者から破壊許可あり、斬った相手は血も出ない……」
業者たちを背後に庇い、シャーロットが言い放つ。
「初仕事としては、気分良く向かえそうです!」
「……本当に、初仕事?」
言いつつ逝は、ゆらりと踏み込んで直刀・悪食を跳ね上げた。
ザンク2体が、マシンガンを構えている。その銃口が火を噴く寸前、2体とも砕け散っていた。
逝の地烈は、どうしても『斬る』と言うより『砕く』といった感じになってしまう。
「お前さんの地烈は……おっさんのと比べて、実に綺麗なもんさねえ。戦闘教本に載せたいくらいよ。同志シャーロット、と呼んでもいいかね」
「ワタシ英国人、それも遺伝子レベルで資本主義に染まった家系です。共産圏の思想とは相容れませんよ?」
シャーロットが微笑んだ、その時。
赤い疾風が吹いた。
角の生えた、赤色のザンク。
疾風のような蹴りが、逝の長身を前屈みにへし曲げていた。
「おうっ……こ、こいつは……」
血反吐が、ヘルメットの中で逝の顔面を汚す。
よろめき、だが倒れず踏ん張りながら、逝は護りを念じた。
蔵王・戒。土行の力が、鎧となって全身を覆う。
「さすが赤い死兆星……ザンクとかに乗ってて、まだ強い頃さね」
「だからおっさん、何言ってんだかわかんねえよ……」
言いながら直斗が、ハンカチで鼻をかんでいる。
「ごめん工藤さん……返そうと思って洗ってきたんだけど、また汚れちまった」
「そ、それより鼻血が全然止まってないよ飛騨君」
「あらあら。お姉さんのせいで直斗君、早くも脱落かしらん? ごめんなさいねぇ」
言葉と共に輪廻が、着崩した着物をはためかせる。舞うような踏み込みだった。
踏み込んで行く先で、フリーガンがライフルを構えている。
その銃口から、1条のビームが迸り、輪廻の着物をかすめた。
踏み込みと回避、そして攻撃を、彼女は同時に行っていた。しなやかな美脚が、着物の裾をはねのけて躍動する。
どうやら灼熱化を施し済みのようであった。炎の力を宿した、連続蹴りである。
直撃を喰らったフリーガンが、吹っ飛んだ。
ふわりと片足を着地させながら、輪廻が微笑む。
「天涯比隣……お味はいかが?」
「食い足りねえってさ、お姉さん」
よろりと立ち上がってくるフリーガンを一瞥しつつ、凛音が素早く印を結ぶ。
潤しの雨が、降り注いだ。いくらか怪我をしているらしい遺品整理業者3名と、失血死寸前の直斗、それに内臓の破裂しかけた逝の身体にだ。
麻酔なしで臓物を修理される痛みに、逝はしばし耐えるしかなかった。
●
「人が亡くなった場所……って事だし一応、な」
凛音が、アパートに向かって両手を合わせる。
彼に傷を癒してもらったはずの業者3名が、しかし立ち上がれずにいる。
奏空と凛音が、引きずるように彼らを助け起こした。
非戦闘員の避難は、この2人に任せておけば良いだろう。
「それじゃ、お仕事……正義の味方ごっこ、始めますか」
直斗は、妖刀の切っ先で軽く地面をつついた。
アスファルトが砕け散った。捕縛蔓が地中より生じ、3体の敵に絡み付く。
1体は赤色のザンク、1体はフリーガン。そしてもう1体は、彼らの後方に佇む巨大なもの。
乗用車ほどに巨大化しつつ足を生やした、3Dプリンタである。
その巨体の前面が、まとわりつく蔓を押しちぎりながら扉状に開いた。
ザンクとゾンコックが1体ずつ、飛び出して来て着地しつつ攻撃体勢を取る。
マシンガンを構えるザンクと、メタルクローを振りかざすゾンコック。
その2体が、たちどころに叩き斬られて滑らかな断面を晒す。
シャーロットの、地烈であった。
「……まだ、力が出せそうな気がするのです。心に浮かぶままに、やってみましょう」
剣のような斧のような武器を構え、見つめながら、彼女は唱えた。
「To be,or not to be:that is not the question」
達人戦闘術。シャーロットの身体に力が満ちてゆくのが、直斗にはわかった。
赤いザンクが、捕縛蔓に絡まれたまま、マシンガンを構えようとする。
そこへ猛然と斬りかかるシャーロットの姿が、直斗の視界の中で、誰かと重なった。
自分たちを退却させるため戦場にとどまり、命を捨てた、1人の女剣士。
思いを馳せている場合ではなく直斗は、遺品整理業者3人が奏空と凛音に半ば引きずられつつも逃げ去って行く様を、ちらりと確認した。
「避難は完了……いかしてもらうぜ雷獣結界!」
雷鳴が轟いた。電光が、ドーム状に戦場を覆っていた。
巨大な3Dプリンタが、またしても開いた。現れたのは2体のザンク。
何がどれだけ量産されようと、電光の結界を越えて通行人を襲う事はもはや出来ない。直斗が健在な間は、だ。
「はん……ここから先に進みたかったら俺の屍を越えていけ! ってか?」
●
フリーガンが、ビームライフルの狙いを覚者たちに定めようとするが、その腕に捕縛蔓が絡み付く。
「ああん、直斗君ってばナイスサポートよん」
輪廻の天涯比隣が、またしてもフリーガンを滅多打ちにする。
有名らしいロボアニメの主人公機が、ひび割れながらもビームサーベルを振るった。返礼の斬撃。
それを、逝が阻む。
「兵器としての性能なら、おっさんも負けないぞう」
妖刀ノ楔が、フリーガンを直撃した。
命中するのが不思議なほど、ひどいフォームである。輪廻は呆れた。
「……あなたって武器の振り回し方ダメダメなのねえ。武闘にして舞踏な、私の戦闘スタイルを見習いなさい♪」
「お前さんのはサービス過剰。下ちゃんと穿いとるんだろうね? 程々にせんと規制が入るぞう」
覚者2人がそんな会話をしている間も、フリーガンは動けない。妖刀で呪いを叩き込まれた機体が、のけぞりながら痙攣・硬直している。
主人公機を援護すべく、ザンク2体がマシンガンをぶっ放した。
赤いザンクと一騎打ちをしていたシャーロットが、鮮血を散らせてよろめいた。覚者でなければ、一瞬にして射殺されているところである。
それは輪廻も同様だ。白い柔肌が、掃射によってあちこち切り裂かれ血飛沫を飛ばす。
「っと……ふふっ、強引なアプローチ……嫌いじゃなけど高くつくわよん」
軽口を叩ける。致命傷には程遠い。
土行の護りをまとった逝が、銃撃の大部分をさりげなく受けてくれたからだ。
その間に、直斗が妖刀を振りかざす。刀身から黒雲が生じ、電光が迸る。
雷獣が、3Dプリンタを直撃した。
電光を撥ね除けるようにして扉が開き、2体のゾンコックが飛び出して来る。
「あゝおやつがいっぱいで嬉しいねえ悪食や! もっと持っておいで、弾幕薄いぞ何やってんの」
突進して来た、その2体を、逝が地烈で粉砕する。
続いて輪廻が、フリーガンにさらなる天涯比隣を叩き込む。
フリーガンの左腕が、蹴り砕かれた。
よろめきながらも、しかし呪いを断ち切るかの如く、フリーガンが翼を広げる。翼のような、6つの砲身。
それらが一斉に、光を放った。
●
赤いザンクが、トマホークを叩き付けて来る。
掃射を受け、よろめきながらもシャーロットは蓮華を振るい、その斬撃を受け流した。
そこへ、光が来た。
フリーガンの翼より放たれた、幾状ものビーム光。それらが、覚者たちを直撃する。
逝が、輪廻が、倒れた。
雷獣結界を守る直斗が、光に身を灼かれ、膝をつきながらも牙を食いしばる。
シャーロットは、歯を食いしばってなどいられなかった。
ビーム光が、身体を通過して行く。体内の様々な箇所を灼きながら。
覚者でなければ、無残な焼死体と化しているところであろう。
焼死体寸前の状態で、シャーロットは倒れていた。
動けない。声も出ない。目は、辛うじて見える。
ザンクの1体が、直斗にマシンガンを向けていた。
倒れ伏したシャーロットにも、同じくマシンガンの銃口が向けられている。赤いザンクによってだ。
直斗が、膝をついたまま妖刀を振るった。
雷雲まとう刃から、電光が走り出す。雷獣。
それが、赤いザンクの右手を直撃する。シャーロットの頭を撃ち砕く寸前だったマシンガンが、帯電しながら地面に落ちた。
一方、直斗に向けられていたマシンガンは、妨げられる事もなく火を噴いていた。
その銃撃を受けたのは、直斗の眼前に飛び込んで来た奏空である。
「あっぐぐぐ……い、痛い……けど間に合ったかなぁ……」
錬覇法を使ったようだが、それで銃撃のダメージを軽減する事は出来ない。
膝をついてしまった奏空、その背後の直斗。倒れたままのシャーロット。よろよろと立ち上がりかけている逝と輪廻。
その全員に、潤しの雨が降り注いだ。
焼けただれた体内に治療を施される、その激痛をシャーロットは噛み締めた。
「ごめん遅くなった。あの業者さんたち、パニクってなかなか逃げてくんなくてさあ」
凛音が、いつの間にかそこにいた。
「……遅れ馳せながら、お仕事させてもらうぜ」
「ああん、傷だらけのお肌が元に戻ってツヤツヤに!」
輪廻が立ち上がり、喜び叫ぶ。
「そう言えば私とあなたって平仮名だと名前おんなじ。でもごめんねぇ? 私ってばキレイ系のイケメンはあんまり趣味じゃないのよん。やっぱ男の子はキレイよりカワイイよね! でもありがとね男ナース君、感謝はしてるわよん」
「男ナース……ま、いいんだけどね」
凛音は頭を掻き、見回した。
「それにしても、まあ……俺もさ、小さい時はこういうロボットとか嫌いじゃなかったし何かしら集めてたけど。周りに迷惑かけるんなら消えてもらうしかねえ。わりぃな」
●
戦場全域を、奏空は迷霧で包み込んだ。
霧で縛り上げられた赤色のザンクに、逝とシャーロットが双方向から斬りかかる。
妖刀ノ楔と、飛燕。
赤い死兆星の専用機が、原形なき残骸に変わった。
それを一瞥もせずシャーロットが、直斗に声を投げる。
「何故……ご自分を狙う銃撃を無視してまで、ワタシを助けたのですか?」
詰問の口調だった。
「飛騨さんの役目は、生きて雷獣結界を維持する事ではないのですか」
「……あんたを死なせるわけにゃいかねえ。理由は聞くな」
直斗は、雷雲を帯びた妖刀を一閃させた。
電光が、フリーガンの頭部を灼き砕いた。
シャーロットから逃げるように、直斗が叫ぶ。
「よっしゃ、首狩り白兎の本領発揮! 満足したかい姉さん、機械仕掛けの首だけど……」
叫ぶ直斗に、首のないフリーガンがビームライフルを向ける。
「う、動くのかよ……首ねえのに……」
3Dプリンタの巨体に地烈を喰らわせながら、逝が言った。
「たかがメインカメラをやられただけだぞう」
「だから何言ってんだかわかんねーっての!」
悲鳴を上げる直斗に向かって、ビームライフルが光を放つ……寸前で、奏空は踏み込んだ。
「金剛撃……はぁああああああッ!」
雷光をまとう刃が、フリーガンの胸部を貫通する。
その刃が、まとう稲妻を激しく膨張させる。
フリーガンの右腕が、そして翼6枚のうち3枚が、砕け散った。
その破片を蹴散らして走った電光が、3Dプリンタを直撃する。
バチバチと感電しながらも、3Dプリンタがザンクとゾンコックを1体ずつ高速造形する。
そしてフリーガンも、残る3枚の翼からビームを放射せんとしている。
輪廻の着物が、脱げてしまいそうな勢いで翻った。
天涯比隣が、フリーガンを粉砕していた。
「どう工藤君。見えた? 見えちゃったかしらん?」
「な、なななな何が」
そんな会話をしている場合ではなかった。
少し離れた所でザンクの1体が、凛音をげしげしと蹴り転がしている。
奏空は即座に地烈を繰り出し、ザンクを切り刻んだ
「凛音さん!」
「だ……大丈夫」
いじめられっ子のように身を丸めながら凛音が、頭から血を流している。
「助かった……俺ほら、白兵戦とか全然ダメだから」
「……術式関係に偏り過ぎだよ、凛音さんは。もっと身体鍛えなきゃ」
奏空が、続いて輪廻が言った。
「何なら、お姉さんが鍛えてあげよっか? ねえ男ナース君」
「……お気持ちだけ。俺、痛いの苦手なんで」
この2人の名前は、紛らわしいと言えば紛らわしい。
男ナースは論外としても、どちらかにニックネームが必要かも知れない、と奏空は思わない事もなかった。
●
身体を鍛える。これほど面倒な事が、この世に存在するであろうか。
鍛えなきゃ、などと体育会的な事を奏空が言うのが、だから凛音は少し悲しかった。
それはともかく。巨大な3Dプリンタが、どちらかと言うと体育会系の覚者たちが放つ攻撃をことごとく喰らいながらも、ザンクとゾンコックを量産し続けている。
「こ、ここまで頑丈だなんて!」
悲鳴じみた声を発しながら奏空が、地烈を連発する。凛音に痛い事をしようとするザンクやゾンコックを、奏空が片っ端から切り刻んでくれている。
年下の少年に護衛されながら、凛音は軽く右手を振った。水飛沫が飛んだ。
「3Dプリンタねえ……便利な世の中になったもんだとは思うけどよ」
飛沫が、水滴の弾丸となった。
「……妖まで印刷する事ぁねえだろー。便利さと、危険やら何やらは紙一重ってやつ?」
水礫が、3Dプリンタの巨体を穿つ。
それが、とどめの一撃となった。
完全に動きを止め、残骸と化した3Dプリンタを、逝・シャーロット・輪廻が油断なく囲む。
その間に奏空が、ザンクの最後の1体を斬り砕いていた。
「ふう……終わった、かな?」
奏空が、続いて逝と直斗が言う。
「SDもぶっこ抜いて処分せんとね」
「やれやれ……こいつらの親のキモオタ野郎、ある意味バケモノだよな。俺とは違う方向でよ」
「バケモノ退治……始めての、経験です」
シャーロットが、息を切らせている。
「ワタシ、ちゃんと戦えていましたでしょうか?」
「新人ちゃんだから、甘やかしてあげようかなって最初は思ってたけどぉ」
輪廻が微笑む。
「バリバリこき使っていいレベルだって、わかったから。これからも、よろしく頼むわよん?」
「はい! 先輩方の御指導のもと、サムライのように精進するのです!」
「あんまり体育会系のノリは勘弁なー」
凛音が言葉を挟むと、シャーロットが軽く睨んできた。
「香月さんは、もう少し鍛えないと駄目なのです。あと緒形さんも。あなたの剣の振り方、あまりにもひど過ぎます。基本を学び直すべきかと」
逝の剣技は確かに、素人目にも不恰好過ぎる。ただ不思議な事に、敵には命中するのだ。
「おっさんの剣技でもね、出来る事はあるぞう」
戦いが終わったというのに、逝は抜き身を構えている。
「お祓い(物理)とかね。というわけで本日のお仕事第2ラウンド、久方ちゃんを助けに行くぞう」
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
