刀狩る妖出てきた さあ止めろ
●刀を狩る妖
そこは地方にあるさびれた美術館だった。
来客数も少なく、大きな催しもできない。それゆえ、展示されてあるものはほぼ毎年決まっていた。掛け軸、絵画、彫刻、時計などを周期的に入れ替えて出している。
そんな出し物の中にこの町由来の戦国武将の出し物がある。知る人ぞ知る程度の知名度ではあるが、町おこしの意味もあって定期的に展示されていた。当時の武将が使っていた鎧刀などがあり、訪れた観光客も唸りをあげるほどではあった。
そこに――
「妖が出たぞ!」
「逃げろー!」
突如妖の群れが現れる。美術館にいた人々は必至になって逃げ惑う。だが妖に狙われれば抵抗する術はない。その暴力の前に肉片になるのみ……なのだが。
「……生きてる?」
「美術品だけ盗んで……去っていった……?」
疑問に思う人たち。それも当然だろう。
妖は基本的に知性を持たない。目の前に獲物が癒えれば襲い掛かる習性をもっている。それは過去の事件からも明白だ。それが人間を襲わず、美術品だけを盗んで去っていった?
「とりあえず怪我人はいないか? あと被害を調べよう」
幸か不幸か、刀剣類の美術品が盗まれただけである。人的被害も精々が転んで頭を打ったぐらいだった。
●FiVE
「――無事で終わればよかったね、って終わればよかったんだけど」
久方 万里(nCL2000005)そう言って話を一度打ち切った。問題はここからなのだ、とばかりに息を吐く。
「御崎おねえちゃんが言うには『妖の行動としてはおかしい。誰かに命令されているかも』ってことなの。知性のある妖が背後に控えている可能性があるって」
知性ある妖。
それはカテゴライズ的に『ランク4』である。その下のランク3でも言語は喋れるが、知性らしいものはない。知性的には赤子と成人ほどの差があると言われている――もっとも統計を取れるほどランク3や4の妖がいるわけではないのだが。
「とにかく危険な相手なんだけど、だからこそそんな奴の計画を成功させるわけにはいかないんで、刀を奪った妖を倒してほしいの。
妖が向かうルートは割り出せるんで、そこで待ちかまえればいいよ。でも時間をかけすぎると命令した妖が来るみたいなので急いでね」
妖に命令できる妖。
推定ランク4。FiVEでもその交戦記録は少なく、そしてその強さは折り紙付きである。無駄な交戦は避けるに越したことはない。
覚者達は顔を見合わせ、会議室を出た。
そこは地方にあるさびれた美術館だった。
来客数も少なく、大きな催しもできない。それゆえ、展示されてあるものはほぼ毎年決まっていた。掛け軸、絵画、彫刻、時計などを周期的に入れ替えて出している。
そんな出し物の中にこの町由来の戦国武将の出し物がある。知る人ぞ知る程度の知名度ではあるが、町おこしの意味もあって定期的に展示されていた。当時の武将が使っていた鎧刀などがあり、訪れた観光客も唸りをあげるほどではあった。
そこに――
「妖が出たぞ!」
「逃げろー!」
突如妖の群れが現れる。美術館にいた人々は必至になって逃げ惑う。だが妖に狙われれば抵抗する術はない。その暴力の前に肉片になるのみ……なのだが。
「……生きてる?」
「美術品だけ盗んで……去っていった……?」
疑問に思う人たち。それも当然だろう。
妖は基本的に知性を持たない。目の前に獲物が癒えれば襲い掛かる習性をもっている。それは過去の事件からも明白だ。それが人間を襲わず、美術品だけを盗んで去っていった?
「とりあえず怪我人はいないか? あと被害を調べよう」
幸か不幸か、刀剣類の美術品が盗まれただけである。人的被害も精々が転んで頭を打ったぐらいだった。
●FiVE
「――無事で終わればよかったね、って終わればよかったんだけど」
久方 万里(nCL2000005)そう言って話を一度打ち切った。問題はここからなのだ、とばかりに息を吐く。
「御崎おねえちゃんが言うには『妖の行動としてはおかしい。誰かに命令されているかも』ってことなの。知性のある妖が背後に控えている可能性があるって」
知性ある妖。
それはカテゴライズ的に『ランク4』である。その下のランク3でも言語は喋れるが、知性らしいものはない。知性的には赤子と成人ほどの差があると言われている――もっとも統計を取れるほどランク3や4の妖がいるわけではないのだが。
「とにかく危険な相手なんだけど、だからこそそんな奴の計画を成功させるわけにはいかないんで、刀を奪った妖を倒してほしいの。
妖が向かうルートは割り出せるんで、そこで待ちかまえればいいよ。でも時間をかけすぎると命令した妖が来るみたいなので急いでね」
妖に命令できる妖。
推定ランク4。FiVEでもその交戦記録は少なく、そしてその強さは折り紙付きである。無駄な交戦は避けるに越したことはない。
覚者達は顔を見合わせ、会議室を出た。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.二〇ターン以内に妖をすべて倒す
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
タイムアタック。最大の敵は時間です。
●敵情報
・妖(×6)
刀を盗んだ妖の集団です。心霊系妖が一体(ランク3)と、動物系妖が五体(ランク1)です。
何者かの命令を受けているのか、人間を襲おうとはしません。ですが、道をふさぐならその限りではないようです。
・ゴーストライダー(×1)
心霊系妖。交通事故で死亡したバイクのライダーが妖化しました。ランク3。事故の際に首から上が潰れたのか、ライダーの首から上にはなにもありません。
バイクに日本刀がつけられており、それで切り裂いてきます。
攻撃方法
突撃 物近貫3 全速力で突撃していきます。(100%、50%、25%)
ターン 物近列 バイクを回転させ、何度も切り裂いてきます。【二連】【出血】
誘い 特遠単 幽鬼の言葉が死に誘います。【不幸】
轟音 特遠全 怨霊のエンジンが不気味な轟音をあげます。【呪い】【ダメージ0】【溜め1】
ゴーストライダー P 不幸を運ぶ死霊。敵味方を含めた戦場中に存在するバッドステータスの数だけ、命中と反応速度が上昇します。
・シノビ猿(×5)
動物系妖。猿が妖化しましたランク1。美術館から盗んだ手裏剣を隠し持ち、攻撃してきます。
攻撃方法
引っ掻く 物近単 汚れた爪で切り裂いてきます。【毒】
手裏剣 物遠単 手にした手裏剣を投擲します。
●???
妖に命令をした者です。21ターン目開始時に戦場に到着します。
来る方角は分かるので、成功条件を満たした上で意図して会いに行くことは可能です。相応のペナルティは発生しますが、その分情報が得られるかもしれません。
●場所情報
街郊外の道路。時刻は夕暮れ。足場や灯りなどは戦場に支障ありません。
戦闘開始時、敵前衛に『ゴーストライダー(×1)』。中衛に『シノビ猿(×5)』がいます。覚者と敵前衛の距離は、10メートルとします。
余談ですが、21ターン目に現れる???は、PC後衛に現れます。来る方向が分かっているので、事前に逃げ道は作ってあるものとします。
待ち伏せという事で、事前付与は一度だけ可能とします。
皆様のプレイングをお待ちしています。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2017年03月30日
2017年03月30日
■メイン参加者 8人■

●
「卑しい妖風情が生意気してんじゃないわ!」
一番槍は『紅戀』酒々井 数多(CL2000149)だった。裂帛と共に『写刀・愛縄地獄』を振るい、ゴーストライダーの背後にいる猿の妖に斬りかかる。炎の源素で活力を増した身体で刀を振るい、一気に切りかかる。
「久しぶりの依頼でこんな楽しそうなのは、嬉しいわね」
狐の面をかぶった『介錯人』鳴神 零(CL2000669)がその後に続く。身体を固くして防御力を増し、妖と見間違えそうな装飾の刀を振るう。地を這う蛇のように低く放たれた斬撃が、妖の群れに襲い掛かった。
「刀を集める妖ねェ。どんな妖なんだか」
『妖刀・鬼哭丸沙織』を振るいながら『ボーパルホワイトバニー』飛騨・直斗(CL2001570)がぼやくように口を開く。どういう相手かを想像しながら、最終的には会ってみないとわからない。妖刀を持つ者として、興味深くあった。
(美術館の刀を狙った……所謂『名刀』狙い? それとも……)
戦いながら黙考する『突撃巫女』神室・祇澄(CL2000017)。命令されるように刀を求める妖。刀ならなんでもいいのか、それとも条件があるのか。可能性はいくつか想像できるが、人間の尺度では測りきれないのが妖か。そこから先は分からない。
「ランク4! あー、戦ってみてえ。自分の力がどこまで通じるのか、試してみてえ!」
『雷切』鹿ノ島・遥(CL2000227)は拳を握り、迫ってくるであろう妖の事を口にする。人間を超える身体能力を持つ妖。その上位存在。戦闘に飢える様に見えて、その恐ろしさと危険度は充分に理解していた。叫ぶのは自分を鼓舞するためである。
「剣士ならば強者に挑む。是のみよ」
刀で敵を切りながら華神 刹那(CL2001250)が静かに答える。目の前の敵を葬る。それのみが拙が道と言わんばかりの斬撃。そこに敵がいるなら向かう。そこに戦場があるなら進む。それのみが求めるもの。故に躊躇も無駄もない。
「ランク4の妖か。実際のとこ、あんまり数見たことねーし、出来ることなら顔を拝んでおきてーな」
ゴーストライダーを押さえながら『守人刀』獅子王 飛馬(CL2001466)が頷く。ランク4の数は少ない。そのランクの妖が多数存在しているのなら、日本は一年も経たずに妖に蹂躙されていただろう。それほどの強さなのだ。
「物見遊山で見に行く相手じゃないだろうけどね」
仲間の傷を癒しながら『五行の橋渡し』四条・理央(CL2000070)が息を吐く。ランク4の妖。目の前のランク3よりもはるかに強い個体。何よりも恐ろしいのが、その強さを持つ存在がある程度の知性を有しているのだ。軽々に会いたいものではない。
『キシャアアアアア!』
雄たけびを上げて攻めてくる猿の妖。無言でエンジンをふかすライダー。
何はなくとも彼らを鎮静化しなくてはいけない。それも時間制限付きだ。けして楽な戦いではない。
覚者達は油断なく戦いに挑む。
●
覚者達はゴーストライダーの後ろから援護射撃を行うシノビ猿を集中的に攻撃していた。
前に立つ数多、遥、飛馬、刹那、祇澄がシノビ猿を攻め、中衛の零と直斗がバッドステータスの解除。後衛の理央が体力回復を行う形式だ。
「中衛からは剣届かないからなァ。頼むぜ!」
「いざとなったら出ようか?」
中衛の零と直斗も神具でシノビ猿に攻撃をしようとは思っていたが、距離が離れすぎていることもあり断念する。どのみちバッドステータスが多すぎたため、その回復に専念することになった。
覚者達も懸念した通り、ゴーストライダーはバッドステータスの数だけ強化される。その為、シノビ猿の攻撃対象は中衛の二人を中心に行われた。
「あいたたた。久しぶりなので勘が鈍ったかしら?」
「まだまだやれるぞ!」
命数を燃やして戦場に踏みとどまる零と直斗。
だが覚者の集中攻撃は功を為した。ゴーストライダーにより損傷を受けるも、シノビ猿を全滅させることに成功したのだ。
「あと二分。もう少しで折り返しだよ」
理央が残り時間を告げる。シノビ猿撃退までが一分と数十秒。残りの数は一体。
だが、シノビ猿のように安易に倒せる相手ではない。エンジンが怨嗟の音を立て、バイクについた日本刀が血の雨を降らす。
「さあ、いっちょ終わらせましょうか、さっさとね!」
『鬼桜』を構え、零がゴーストライダーに疾駆する。覚醒して機械化した両腕で刀を振るい、妖を切り刻んでいく。死線に近づけば近づくほど昂る感情。血は滾り、鼓動が強くなっていく。乙女の心に燃え上がる戦闘狂の灯。
見る。如何に妖とはいえ弱点はある。零は戦いの経験からそれを判断し、そこに『刃を向けた。自分自身を竜巻のように回転させて、遠心力を乗せて切りかかる。刀の重さに遠心力が乗り、ゴーストライダーに襲い掛かる。
「相手が心霊系なら術式が得意なボクが攻めないとね!」
理央は回復から転じて攻撃に移行していた。相手はランク3の妖。しかも背後から強敵が迫ってくるという状況だ。防御に徹していれば敗戦濃厚だ。一秒でも早く妖を倒し、任務を果たす。それが理央の役割だ。
符を取り出し、源素の力を籠める理央。符が炎に包まれ、炎の燕が生まれる。燕は風を切って飛び、妖を翼で刻むように飛来する。翼が触れた部分から炎が走り、幽鬼を焼いていく。魂を浄化する送り火。死者を送るのも陰陽師の役割。
「溜め、始めました……来ます!」
ゴーストライダーの行動を観察しながら祇澄は戦っていた。一挙動を欠かさず見て、その上で行動をスキャンする。経験と勘。ただ見るのではなく、観る。重要なのはその違い。相手の行動が推測できるのなら、対策もとれる。
戦いにおける主導権。それを『先』と言う。速さではない。相手の行動に対応し、主導権を取り返す。それが後の先の真意。怨霊の奏でる不協和音を受けて動きを止める仲間達に、それを打ち消す鈴の音を鳴らす。りぃん、と響く音が覚者達を動かす音となった。
「心霊系……やっぱ相性悪いか。でもできるだけの事はやってやるよ」
飛馬は自分の刀術が幽鬼に通じにくいことを感じてぼやいた。相性は悪いが、剣を下ろすつもりはない。やれるだけのことはやる。刀を構え、意識を研ぎ澄ます。防御に長けた巖心流。その教えに忠実に構え、そして妖を見る。
『対の先』……相手の動きを見切り、相手の攻撃と同時に打ち込む『先』を指す。防御とは攻撃する方向に合わせて行動。防御に長けることは、同時に動きを読むのに長ける事でもある。ゴーストライダーの攻撃に合わせ、二本の刀を打ち込む飛馬。
「俺はどうせ敵倒すなら首狩りたい訳よォ。首なしには一切興味ないんでさっさとぶっ倒れてくださってどうぞ」
周囲を警戒しながら直斗が不満そうにゴーストライダーを攻め立てる。首を斬る攻撃を好む直斗にとって、すでに首がないライダーは興味がない。それよりはこちらに迫ってきているであろう妖に強い関心があった。
言葉では蔑んでいるが、ランク3の強さを侮っているわけではない。『妖刀・鬼哭丸沙織』を振り回して印を切り、剣先に稲妻を集める。無き姉の銘を刻んだ妖刀。それを振るい雷の斬撃を飛ばす。電気の蛇がライダーを穿った。
「バイク乗りとやりあったことは何度かあるが、徒歩が騎馬に向かうものではないな」
後ろに下がった刹那が刀を納めて静かに口を開く。戦において騎乗の効果は高い。圧倒的な機動力もあるが、攻撃が自分よりも『上』に居るのが剣士としては辛い。振り下ろされた一撃は重く、そしてこちらの刃は騎乗者に届きにくいのだ。
人格の切り替えは一瞬。睡眠から目を覚ますように、刹那の人格は戦うことに特化した冷徹な刃に変わる。敵を斬るように腕を振るう。その動作と同時に待機中の水分が刃と化し、妖に斬りかかった。続けざまに振るわれる冷たき刃。
「一気に行くぜ! 前座はおとなしくしてな!」
大地を踏みしめ、拳を振るう遥。強敵と戦うことに喜びを感じる遥。ランク3との勝負は確かに歯ごたえがあるが、それさえ使役する存在がいるのだ。戦いの興味はそちらに向くのも已む無きことか。
興味が薄いからと言って、戦いに手を抜く遥ではない。源素を拳に集わせ、空手の構えを取る。幼いころから続け、呼吸するように取れる構え。幾世代も伝え、鍛えられた格闘術と覚者の身体能力。遥の突きは、その結晶を示すがごとく鋭い。
「刀あつめて、あんたら何するつもりなのかしら?」
ランク3の妖に語りかける数多。ランク3なら身振り手振りで意思疎通はできる。そのそぶりを見て判断しようとする数多。刀を掲げる様なポーズをとるライダーのそぶりを見て、相手に献上しようとしていることは察した。
『写刀・愛縄地獄』を手に戦場を舞う数多。一歩踏み込み刀を振るい、二歩踏み込んで刃を突き出す。三歩進んで大上段から振り下ろした。舞い散る桜のように軽やかに。そして燃え盛る焔の様に強く。その技の名は『櫻火繚乱』。その剣舞、櫻と火が繚り乱れるが如く。
『GRAAAAAAAA!』
吼えるゴーストライダー。エンジンを最大出力で回し、勢いよく突撃する。装着している日本刀で迫る覚者を切り裂いていく。呪いの言葉で死に誘い、激しいエンジン音が耳朶を打つ。
「いっつ……! 任せた、センパイ!」
「任された! 遥君は下がってなさい!」
「この、程度、では!」
前衛で戦っていた遥と数多、そして時折理央を庇っていた祇澄が命数を削られる。
「全くやんちゃね。後はよろしく……」
「姉さん……」
バッドステータス回復を行う零と直斗がゴーストライダーの攻撃を受けて意識を失った。
「残り三十秒よ! ちんたらやってたら挟み撃ちになるわ!」
叫ぶ数多。肩で息をしながら、妖の隙をうかがう。落ち着いて、だけど急げ。焦燥を押さえるように意識を研ぎ澄ます。
「問題、ありません。あと少しで、倒せます」
妖をスキャンし続けていた祇澄が、敵の疲弊を伝える。二十秒。このまま攻め続ければ、勝てる。問題はこのまま攻め続けることが出来るか、だ。
「ぶっ倒れるまで殴るまでだ!」
全身の力を絞り出すようにして拳を振るう遥。あと一息。ゴールが見えたマラソンだ。だからこそ焦らない。ペースを崩さず、全力で戦う。
「流石ランク3だ。一撃が重いぜ」
戦闘開始時からゴーストライターを押さえていた飛馬が膝をつく。命数を活力に変え、刀を杖にして立ち上がった。ここが意地の張りどころ。力を込めて切りかかる。
「ボクが決める。朱雀門の燕、急急如律令!」
理央が炎の取りを生み出し、妖を襲うように命じる。翼を広げた鳥はまるで意思があるかのように妖に襲い掛かる。その炎が、妖の恨み諸共燃やし尽くす。
「陰の気を祓うが陰陽道だよ。黄泉に帰れ、妖魅」
理央の言葉が風に消えるよりも早く、ゴーストライダーの霊体は炎に飲まれ消えていった。
●
戦闘終了後、覚者達は残された時間を用いて回復を行う。倒れていた零と直斗を起こし、妖戦で受けた傷をある程度塞ぐ。全快には程遠いが、戦闘行為自体は可能なはずだ。
FiVEの任務はここで終わり。後は美術館から奪われた刀を回収し、ここから逃げるのみ。だが、
「行くのなら止めないけど、無理はしないでね」
理央は刀をカバンに収納し、七人の覚者達から離れるように移動する。理央はこれからここに来るだろう妖に刀を奪われないように、先に撤退するつもりだ。
零、数多、遥、飛馬、刹那、祇澄、直斗はその場に残り、来るであろう『推定ランク4』を待つ。少しでも情報を得るために、危険を承知で接触するつもりなのだ。
「――来た」
最初に気づいたのは誰だったか。道路を歩いてくる人型の妖――のような何か。
顔を含む上半身は黒い包帯で包まれ、包帯で包まれていない口には杭のような鋭い犬歯のみが存在している。目の部分には赤く『目』の紋様が描かれていた。下半身はボロボロのボトムズを履いており、それだけ見れば、奇異な格好だがなるほど人型の妖なのだろう。
だがあまりにも肥大化したその右腕が全てを否定していた。左腕の倍はあろうかと思われる太さを持つその腕には鋭い爪が生えている。その気になれば人ひとりを腕だけで握り潰せそうな、そんな腕。それを引きずるように歩いている。
そして左腕には日本刀を持ち――それを鋭い歯で噛み砕き食べていた。まるで菓子でも食うように。
「日本刀、を……食べてる?」
「はは。意外と笑える理由だったな」
その姿を見て祇澄は言葉を失い、飛馬は場を和ませようと明るく笑い飛ばす。しかし想定外だった。まさか刀を食べるとは。
「刀を集めるから使うかと思ったが……拍子抜けだな」
「んだよ。刀の集合体みたいな存在と思っていたのに」
刹那と直斗は想像していたのと異なる姿形にそんなことを呟く。推測が外れて肩を透かした状態だが、気を抜いたわけではない。
「あなた、大妖『斬鉄』ってやつ?」
できるだけ情報を引き出そうと、数多は妖に言葉を投げかける。その二つ名に反応するように、妖は歩みを止めた。
「あン? 大河原の事か。違ェよ。――死ね」
「っ!? センパイ危ない!」
妖の姿を黙って観察していた遥が数多を庇うように前に立つ。物理的にあの右腕はここまで届かない。遠距離攻撃を仕掛けるにせよ、何らかの動作が必要だ。それを見て、情報を得なくては。その挙動を逃すまいと覚者達は目を凝らし――
「――え?」
だからこそ。
覚者達が次に放った声は驚きだった。
声もなく数多が倒れ伏したのだ。まるで糸が切れた人形のように。
急に事切れたかのように――
「問答無用、ですか!」
「くそ、何をした!?」
目を凝らして妖を観察していた覚者達は、妖が何をしたかを捕らえることが出来なかった。その右腕を振るったのでもなく、何かを飛ばしたのでもない。微動だにせず、数多に『何か』をしたのだ。
「撤退、します!」
倒れた数多に駆け寄る祇澄。まるで死んだかのように肌が冷えた数多を抱え、走り出す。呼吸をしている様子すらない。外傷は何もないのに。
「くそ! よくもセンパイを!」
「巖心流が先に逃げるわけにはいかなねーぜ!」
「ちっ、一撃喰らわしてから離脱するさァ!」
「コイツでもくらってなさい!」
時間を稼ごうと遥、飛馬、直斗が妖に向かい距離を詰め、零が手持ちの神具を投げて飛ばす――よりも早く妖は動いていた。
まるでそこに覚者達が走ってくるのが分かるかのような動きで巨大な右腕を振るう。鋼鉄を裂くだろう鋭い爪。それは易々と覚者達の肉を裂く――ことはなかった。
「その動き、成程――」
その軌道を止めたのは刹那。手にした刀が剛腕を止めたのだ。
「刀を喰らう化生と思いきや、其の根幹は武道家であったか。失礼であった」
剛腕を刀を振るって押し返す刹那。
「名は?」
「戦蘭丸。九頭竜の将」
刹那の問いに、応じる妖。それは目の前の相手を『敵』と認めたこと。
「拙は華神刹那。存分に死合おう」
「呵々! 活きがいいなァ! 反骨心の高い部下は大好きだぜ!」
魂を燃やし、妖に挑む刹那。その命を燃やし、それを燃料に剣士の極へと進む。
「部下……? そうか。拙が人間だとわからないのか。その眼、見えていないのだな。さりとて見えている。数秒後の未来を識る『先々の先』という事か」
『先々の先』……相手の攻撃の出先を封じる概念。相手が突いてくる、の『あ』の段階ですでに相手への攻撃が終わっている。攻撃と言う気の起こりから判断して行動する武術の一つ。半ば未来予知に近い勘の鋭さ。
それはこの妖の能力の一旦でしかないのだろう。だが、一旦でも情報には違いない。
「FiVEへの報告は任せた」
「でも!」
「拙の望みはただ一つ。剣士として求める極みへ至ること。他は些事也」
故に手出し不要、と刹那は告げる。
覚者達は踵を返し、FiVEへの道を走る。それが華神刹那との永久の別れとなった。
「呵ッ! てめェの死はさぞ美味いんだろうなぁ!」
「この身が真に剣士たれば」
人格を戦う為のモノに変える。一心不乱に剣を振るう存在に。
夢想剣。それは剣の境地の一つ。意識して戦うのではなく、無意識で振るう剣。殺意、戦意、執着、我欲。それらに捕らわれぬ無我の動き。
刹那は今、そこに至る。
そして――
●
妖から離れた場所で。
「死ね? 妖風情が生意気言って――あれ、ここ何処?」
祇澄に抱えられた数多が目を覚ます。今まで死んだような冷たさだったのに、それがまるで嘘であるかのように生命の温もりを発していた。
「仮死状態だった……?」
「いや。仮死からの復活なら多少は肉体にダメージが残る。妖の術の効果範囲から抜け出たから術が解けた、と考えるのが妥当だろう」
「って、私何をされたの? 全然わからなかったんだけど?」
問う数多。しかしそれに答えられる覚者はいない。
得た情報は妖の全容からすれば微々たるものだ。攻撃手段も。目的も。刀を食べる意味も。わからないことだらけだ。
だが、〇と一では大きく異なる。今後戦蘭丸と相対する時に、今得た情報が役に立つかもしれないのだ。
後日談として。
美術館の人達は帰ってきた刀剣類に喜び、業務を再開する。怪我人もなく、不思議な事件だったと今回の件は人々の記憶から風化することになる。
そして華神刹那の姿は、何処にも見られなかった。遺体さえも。
二人が戦った痕跡だけが、痛々しく残されているだけだった――
「卑しい妖風情が生意気してんじゃないわ!」
一番槍は『紅戀』酒々井 数多(CL2000149)だった。裂帛と共に『写刀・愛縄地獄』を振るい、ゴーストライダーの背後にいる猿の妖に斬りかかる。炎の源素で活力を増した身体で刀を振るい、一気に切りかかる。
「久しぶりの依頼でこんな楽しそうなのは、嬉しいわね」
狐の面をかぶった『介錯人』鳴神 零(CL2000669)がその後に続く。身体を固くして防御力を増し、妖と見間違えそうな装飾の刀を振るう。地を這う蛇のように低く放たれた斬撃が、妖の群れに襲い掛かった。
「刀を集める妖ねェ。どんな妖なんだか」
『妖刀・鬼哭丸沙織』を振るいながら『ボーパルホワイトバニー』飛騨・直斗(CL2001570)がぼやくように口を開く。どういう相手かを想像しながら、最終的には会ってみないとわからない。妖刀を持つ者として、興味深くあった。
(美術館の刀を狙った……所謂『名刀』狙い? それとも……)
戦いながら黙考する『突撃巫女』神室・祇澄(CL2000017)。命令されるように刀を求める妖。刀ならなんでもいいのか、それとも条件があるのか。可能性はいくつか想像できるが、人間の尺度では測りきれないのが妖か。そこから先は分からない。
「ランク4! あー、戦ってみてえ。自分の力がどこまで通じるのか、試してみてえ!」
『雷切』鹿ノ島・遥(CL2000227)は拳を握り、迫ってくるであろう妖の事を口にする。人間を超える身体能力を持つ妖。その上位存在。戦闘に飢える様に見えて、その恐ろしさと危険度は充分に理解していた。叫ぶのは自分を鼓舞するためである。
「剣士ならば強者に挑む。是のみよ」
刀で敵を切りながら華神 刹那(CL2001250)が静かに答える。目の前の敵を葬る。それのみが拙が道と言わんばかりの斬撃。そこに敵がいるなら向かう。そこに戦場があるなら進む。それのみが求めるもの。故に躊躇も無駄もない。
「ランク4の妖か。実際のとこ、あんまり数見たことねーし、出来ることなら顔を拝んでおきてーな」
ゴーストライダーを押さえながら『守人刀』獅子王 飛馬(CL2001466)が頷く。ランク4の数は少ない。そのランクの妖が多数存在しているのなら、日本は一年も経たずに妖に蹂躙されていただろう。それほどの強さなのだ。
「物見遊山で見に行く相手じゃないだろうけどね」
仲間の傷を癒しながら『五行の橋渡し』四条・理央(CL2000070)が息を吐く。ランク4の妖。目の前のランク3よりもはるかに強い個体。何よりも恐ろしいのが、その強さを持つ存在がある程度の知性を有しているのだ。軽々に会いたいものではない。
『キシャアアアアア!』
雄たけびを上げて攻めてくる猿の妖。無言でエンジンをふかすライダー。
何はなくとも彼らを鎮静化しなくてはいけない。それも時間制限付きだ。けして楽な戦いではない。
覚者達は油断なく戦いに挑む。
●
覚者達はゴーストライダーの後ろから援護射撃を行うシノビ猿を集中的に攻撃していた。
前に立つ数多、遥、飛馬、刹那、祇澄がシノビ猿を攻め、中衛の零と直斗がバッドステータスの解除。後衛の理央が体力回復を行う形式だ。
「中衛からは剣届かないからなァ。頼むぜ!」
「いざとなったら出ようか?」
中衛の零と直斗も神具でシノビ猿に攻撃をしようとは思っていたが、距離が離れすぎていることもあり断念する。どのみちバッドステータスが多すぎたため、その回復に専念することになった。
覚者達も懸念した通り、ゴーストライダーはバッドステータスの数だけ強化される。その為、シノビ猿の攻撃対象は中衛の二人を中心に行われた。
「あいたたた。久しぶりなので勘が鈍ったかしら?」
「まだまだやれるぞ!」
命数を燃やして戦場に踏みとどまる零と直斗。
だが覚者の集中攻撃は功を為した。ゴーストライダーにより損傷を受けるも、シノビ猿を全滅させることに成功したのだ。
「あと二分。もう少しで折り返しだよ」
理央が残り時間を告げる。シノビ猿撃退までが一分と数十秒。残りの数は一体。
だが、シノビ猿のように安易に倒せる相手ではない。エンジンが怨嗟の音を立て、バイクについた日本刀が血の雨を降らす。
「さあ、いっちょ終わらせましょうか、さっさとね!」
『鬼桜』を構え、零がゴーストライダーに疾駆する。覚醒して機械化した両腕で刀を振るい、妖を切り刻んでいく。死線に近づけば近づくほど昂る感情。血は滾り、鼓動が強くなっていく。乙女の心に燃え上がる戦闘狂の灯。
見る。如何に妖とはいえ弱点はある。零は戦いの経験からそれを判断し、そこに『刃を向けた。自分自身を竜巻のように回転させて、遠心力を乗せて切りかかる。刀の重さに遠心力が乗り、ゴーストライダーに襲い掛かる。
「相手が心霊系なら術式が得意なボクが攻めないとね!」
理央は回復から転じて攻撃に移行していた。相手はランク3の妖。しかも背後から強敵が迫ってくるという状況だ。防御に徹していれば敗戦濃厚だ。一秒でも早く妖を倒し、任務を果たす。それが理央の役割だ。
符を取り出し、源素の力を籠める理央。符が炎に包まれ、炎の燕が生まれる。燕は風を切って飛び、妖を翼で刻むように飛来する。翼が触れた部分から炎が走り、幽鬼を焼いていく。魂を浄化する送り火。死者を送るのも陰陽師の役割。
「溜め、始めました……来ます!」
ゴーストライダーの行動を観察しながら祇澄は戦っていた。一挙動を欠かさず見て、その上で行動をスキャンする。経験と勘。ただ見るのではなく、観る。重要なのはその違い。相手の行動が推測できるのなら、対策もとれる。
戦いにおける主導権。それを『先』と言う。速さではない。相手の行動に対応し、主導権を取り返す。それが後の先の真意。怨霊の奏でる不協和音を受けて動きを止める仲間達に、それを打ち消す鈴の音を鳴らす。りぃん、と響く音が覚者達を動かす音となった。
「心霊系……やっぱ相性悪いか。でもできるだけの事はやってやるよ」
飛馬は自分の刀術が幽鬼に通じにくいことを感じてぼやいた。相性は悪いが、剣を下ろすつもりはない。やれるだけのことはやる。刀を構え、意識を研ぎ澄ます。防御に長けた巖心流。その教えに忠実に構え、そして妖を見る。
『対の先』……相手の動きを見切り、相手の攻撃と同時に打ち込む『先』を指す。防御とは攻撃する方向に合わせて行動。防御に長けることは、同時に動きを読むのに長ける事でもある。ゴーストライダーの攻撃に合わせ、二本の刀を打ち込む飛馬。
「俺はどうせ敵倒すなら首狩りたい訳よォ。首なしには一切興味ないんでさっさとぶっ倒れてくださってどうぞ」
周囲を警戒しながら直斗が不満そうにゴーストライダーを攻め立てる。首を斬る攻撃を好む直斗にとって、すでに首がないライダーは興味がない。それよりはこちらに迫ってきているであろう妖に強い関心があった。
言葉では蔑んでいるが、ランク3の強さを侮っているわけではない。『妖刀・鬼哭丸沙織』を振り回して印を切り、剣先に稲妻を集める。無き姉の銘を刻んだ妖刀。それを振るい雷の斬撃を飛ばす。電気の蛇がライダーを穿った。
「バイク乗りとやりあったことは何度かあるが、徒歩が騎馬に向かうものではないな」
後ろに下がった刹那が刀を納めて静かに口を開く。戦において騎乗の効果は高い。圧倒的な機動力もあるが、攻撃が自分よりも『上』に居るのが剣士としては辛い。振り下ろされた一撃は重く、そしてこちらの刃は騎乗者に届きにくいのだ。
人格の切り替えは一瞬。睡眠から目を覚ますように、刹那の人格は戦うことに特化した冷徹な刃に変わる。敵を斬るように腕を振るう。その動作と同時に待機中の水分が刃と化し、妖に斬りかかった。続けざまに振るわれる冷たき刃。
「一気に行くぜ! 前座はおとなしくしてな!」
大地を踏みしめ、拳を振るう遥。強敵と戦うことに喜びを感じる遥。ランク3との勝負は確かに歯ごたえがあるが、それさえ使役する存在がいるのだ。戦いの興味はそちらに向くのも已む無きことか。
興味が薄いからと言って、戦いに手を抜く遥ではない。源素を拳に集わせ、空手の構えを取る。幼いころから続け、呼吸するように取れる構え。幾世代も伝え、鍛えられた格闘術と覚者の身体能力。遥の突きは、その結晶を示すがごとく鋭い。
「刀あつめて、あんたら何するつもりなのかしら?」
ランク3の妖に語りかける数多。ランク3なら身振り手振りで意思疎通はできる。そのそぶりを見て判断しようとする数多。刀を掲げる様なポーズをとるライダーのそぶりを見て、相手に献上しようとしていることは察した。
『写刀・愛縄地獄』を手に戦場を舞う数多。一歩踏み込み刀を振るい、二歩踏み込んで刃を突き出す。三歩進んで大上段から振り下ろした。舞い散る桜のように軽やかに。そして燃え盛る焔の様に強く。その技の名は『櫻火繚乱』。その剣舞、櫻と火が繚り乱れるが如く。
『GRAAAAAAAA!』
吼えるゴーストライダー。エンジンを最大出力で回し、勢いよく突撃する。装着している日本刀で迫る覚者を切り裂いていく。呪いの言葉で死に誘い、激しいエンジン音が耳朶を打つ。
「いっつ……! 任せた、センパイ!」
「任された! 遥君は下がってなさい!」
「この、程度、では!」
前衛で戦っていた遥と数多、そして時折理央を庇っていた祇澄が命数を削られる。
「全くやんちゃね。後はよろしく……」
「姉さん……」
バッドステータス回復を行う零と直斗がゴーストライダーの攻撃を受けて意識を失った。
「残り三十秒よ! ちんたらやってたら挟み撃ちになるわ!」
叫ぶ数多。肩で息をしながら、妖の隙をうかがう。落ち着いて、だけど急げ。焦燥を押さえるように意識を研ぎ澄ます。
「問題、ありません。あと少しで、倒せます」
妖をスキャンし続けていた祇澄が、敵の疲弊を伝える。二十秒。このまま攻め続ければ、勝てる。問題はこのまま攻め続けることが出来るか、だ。
「ぶっ倒れるまで殴るまでだ!」
全身の力を絞り出すようにして拳を振るう遥。あと一息。ゴールが見えたマラソンだ。だからこそ焦らない。ペースを崩さず、全力で戦う。
「流石ランク3だ。一撃が重いぜ」
戦闘開始時からゴーストライターを押さえていた飛馬が膝をつく。命数を活力に変え、刀を杖にして立ち上がった。ここが意地の張りどころ。力を込めて切りかかる。
「ボクが決める。朱雀門の燕、急急如律令!」
理央が炎の取りを生み出し、妖を襲うように命じる。翼を広げた鳥はまるで意思があるかのように妖に襲い掛かる。その炎が、妖の恨み諸共燃やし尽くす。
「陰の気を祓うが陰陽道だよ。黄泉に帰れ、妖魅」
理央の言葉が風に消えるよりも早く、ゴーストライダーの霊体は炎に飲まれ消えていった。
●
戦闘終了後、覚者達は残された時間を用いて回復を行う。倒れていた零と直斗を起こし、妖戦で受けた傷をある程度塞ぐ。全快には程遠いが、戦闘行為自体は可能なはずだ。
FiVEの任務はここで終わり。後は美術館から奪われた刀を回収し、ここから逃げるのみ。だが、
「行くのなら止めないけど、無理はしないでね」
理央は刀をカバンに収納し、七人の覚者達から離れるように移動する。理央はこれからここに来るだろう妖に刀を奪われないように、先に撤退するつもりだ。
零、数多、遥、飛馬、刹那、祇澄、直斗はその場に残り、来るであろう『推定ランク4』を待つ。少しでも情報を得るために、危険を承知で接触するつもりなのだ。
「――来た」
最初に気づいたのは誰だったか。道路を歩いてくる人型の妖――のような何か。
顔を含む上半身は黒い包帯で包まれ、包帯で包まれていない口には杭のような鋭い犬歯のみが存在している。目の部分には赤く『目』の紋様が描かれていた。下半身はボロボロのボトムズを履いており、それだけ見れば、奇異な格好だがなるほど人型の妖なのだろう。
だがあまりにも肥大化したその右腕が全てを否定していた。左腕の倍はあろうかと思われる太さを持つその腕には鋭い爪が生えている。その気になれば人ひとりを腕だけで握り潰せそうな、そんな腕。それを引きずるように歩いている。
そして左腕には日本刀を持ち――それを鋭い歯で噛み砕き食べていた。まるで菓子でも食うように。
「日本刀、を……食べてる?」
「はは。意外と笑える理由だったな」
その姿を見て祇澄は言葉を失い、飛馬は場を和ませようと明るく笑い飛ばす。しかし想定外だった。まさか刀を食べるとは。
「刀を集めるから使うかと思ったが……拍子抜けだな」
「んだよ。刀の集合体みたいな存在と思っていたのに」
刹那と直斗は想像していたのと異なる姿形にそんなことを呟く。推測が外れて肩を透かした状態だが、気を抜いたわけではない。
「あなた、大妖『斬鉄』ってやつ?」
できるだけ情報を引き出そうと、数多は妖に言葉を投げかける。その二つ名に反応するように、妖は歩みを止めた。
「あン? 大河原の事か。違ェよ。――死ね」
「っ!? センパイ危ない!」
妖の姿を黙って観察していた遥が数多を庇うように前に立つ。物理的にあの右腕はここまで届かない。遠距離攻撃を仕掛けるにせよ、何らかの動作が必要だ。それを見て、情報を得なくては。その挙動を逃すまいと覚者達は目を凝らし――
「――え?」
だからこそ。
覚者達が次に放った声は驚きだった。
声もなく数多が倒れ伏したのだ。まるで糸が切れた人形のように。
急に事切れたかのように――
「問答無用、ですか!」
「くそ、何をした!?」
目を凝らして妖を観察していた覚者達は、妖が何をしたかを捕らえることが出来なかった。その右腕を振るったのでもなく、何かを飛ばしたのでもない。微動だにせず、数多に『何か』をしたのだ。
「撤退、します!」
倒れた数多に駆け寄る祇澄。まるで死んだかのように肌が冷えた数多を抱え、走り出す。呼吸をしている様子すらない。外傷は何もないのに。
「くそ! よくもセンパイを!」
「巖心流が先に逃げるわけにはいかなねーぜ!」
「ちっ、一撃喰らわしてから離脱するさァ!」
「コイツでもくらってなさい!」
時間を稼ごうと遥、飛馬、直斗が妖に向かい距離を詰め、零が手持ちの神具を投げて飛ばす――よりも早く妖は動いていた。
まるでそこに覚者達が走ってくるのが分かるかのような動きで巨大な右腕を振るう。鋼鉄を裂くだろう鋭い爪。それは易々と覚者達の肉を裂く――ことはなかった。
「その動き、成程――」
その軌道を止めたのは刹那。手にした刀が剛腕を止めたのだ。
「刀を喰らう化生と思いきや、其の根幹は武道家であったか。失礼であった」
剛腕を刀を振るって押し返す刹那。
「名は?」
「戦蘭丸。九頭竜の将」
刹那の問いに、応じる妖。それは目の前の相手を『敵』と認めたこと。
「拙は華神刹那。存分に死合おう」
「呵々! 活きがいいなァ! 反骨心の高い部下は大好きだぜ!」
魂を燃やし、妖に挑む刹那。その命を燃やし、それを燃料に剣士の極へと進む。
「部下……? そうか。拙が人間だとわからないのか。その眼、見えていないのだな。さりとて見えている。数秒後の未来を識る『先々の先』という事か」
『先々の先』……相手の攻撃の出先を封じる概念。相手が突いてくる、の『あ』の段階ですでに相手への攻撃が終わっている。攻撃と言う気の起こりから判断して行動する武術の一つ。半ば未来予知に近い勘の鋭さ。
それはこの妖の能力の一旦でしかないのだろう。だが、一旦でも情報には違いない。
「FiVEへの報告は任せた」
「でも!」
「拙の望みはただ一つ。剣士として求める極みへ至ること。他は些事也」
故に手出し不要、と刹那は告げる。
覚者達は踵を返し、FiVEへの道を走る。それが華神刹那との永久の別れとなった。
「呵ッ! てめェの死はさぞ美味いんだろうなぁ!」
「この身が真に剣士たれば」
人格を戦う為のモノに変える。一心不乱に剣を振るう存在に。
夢想剣。それは剣の境地の一つ。意識して戦うのではなく、無意識で振るう剣。殺意、戦意、執着、我欲。それらに捕らわれぬ無我の動き。
刹那は今、そこに至る。
そして――
●
妖から離れた場所で。
「死ね? 妖風情が生意気言って――あれ、ここ何処?」
祇澄に抱えられた数多が目を覚ます。今まで死んだような冷たさだったのに、それがまるで嘘であるかのように生命の温もりを発していた。
「仮死状態だった……?」
「いや。仮死からの復活なら多少は肉体にダメージが残る。妖の術の効果範囲から抜け出たから術が解けた、と考えるのが妥当だろう」
「って、私何をされたの? 全然わからなかったんだけど?」
問う数多。しかしそれに答えられる覚者はいない。
得た情報は妖の全容からすれば微々たるものだ。攻撃手段も。目的も。刀を食べる意味も。わからないことだらけだ。
だが、〇と一では大きく異なる。今後戦蘭丸と相対する時に、今得た情報が役に立つかもしれないのだ。
後日談として。
美術館の人達は帰ってきた刀剣類に喜び、業務を再開する。怪我人もなく、不思議な事件だったと今回の件は人々の記憶から風化することになる。
そして華神刹那の姿は、何処にも見られなかった。遺体さえも。
二人が戦った痕跡だけが、痛々しく残されているだけだった――
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
軽傷
なし
重傷
なし
称号付与
特殊成果
なし
