夜に鳴く怪鳥の声が胸を裂く
●夜に鳴く怪鳥
鵺。
猿の顔、狸の胴体、虎の手足、蛇の尻尾を持つ獣型の古妖である――と言われているが、本質は異なる。
夜の鳥と名付けられるその古妖は、夜に鳴く不吉を告げる怪鳥であり、『夜の闇の中で鳴く何か』だ。夜と言う闇の中にいる何か。それは『よくわからない者』なのだ。
正体不明の古妖は、その姿を見た者はいない。平家物語にて源頼政が射貫いたとされる鵺も、頼政が『奇妙な声をあげる獣』を想像しての姿だったのかもしれない。
正体不明の古妖。それが鵺。
その姿は、出会う人により変わる。
●FiVE
「鵺退治だ」
久方 相馬(nCL2000004)は集まった覚者に事件に説明を開始した。
「市内の病院に甲高い声をあげる古妖が現れる。その声は病魔を振りまくとかで、入院中の患者に悪影響を与えるようだ。
古妖は病院の屋上に現れる。屋上までは病院に協力してもらって鍵もあけてもらえるから心配しなくていい。ただその――」
歯切れ悪く言って、相馬は頭を掻いた。
「鵺がどんな姿でどんな攻撃をしてくるかはわからない」
「分からない?」
未来を見ると言われる夢見が、わからない?
「この古妖は相対する人間の心理に影響した姿になる。要するにその人が強いと思った存在に、だ。
それは複数の獣が合わさった姿かもしれないし、自分が思う最強の存在かもしれない。師かもしれないし、神かもしれない。単純に逆らえない人間かもしれない」
相馬の説明をかみ砕いて解釈する覚者達。
古妖に決まった姿はなく、己の心のままに変化する。その存在が思う最も強い存在に。故に未来は見えない。定まった未来が存在しないからだ。
「ついでに言うと、仲間の手助けはできない。鵺がそういった結界を張って、一対一の状況にもっていくからだ。自分が強いと思ってる存在と一対一でやりあわななくちゃいけない」
最も姿形を変化させても、強さ自体は変わらない。攻撃方法は多様であっても実力まで変化させることはできないのだ。
「奇妙な相手だが頼むぜ。今回ばかりは情報面での手助けはできそうにない。
敵は己の内に在り、ってやつだな」
肩をすくめる相馬。確かに奇妙な相手だ。
それぞれの思いを胸に、覚者達は会議室を出た。
鵺。
猿の顔、狸の胴体、虎の手足、蛇の尻尾を持つ獣型の古妖である――と言われているが、本質は異なる。
夜の鳥と名付けられるその古妖は、夜に鳴く不吉を告げる怪鳥であり、『夜の闇の中で鳴く何か』だ。夜と言う闇の中にいる何か。それは『よくわからない者』なのだ。
正体不明の古妖は、その姿を見た者はいない。平家物語にて源頼政が射貫いたとされる鵺も、頼政が『奇妙な声をあげる獣』を想像しての姿だったのかもしれない。
正体不明の古妖。それが鵺。
その姿は、出会う人により変わる。
●FiVE
「鵺退治だ」
久方 相馬(nCL2000004)は集まった覚者に事件に説明を開始した。
「市内の病院に甲高い声をあげる古妖が現れる。その声は病魔を振りまくとかで、入院中の患者に悪影響を与えるようだ。
古妖は病院の屋上に現れる。屋上までは病院に協力してもらって鍵もあけてもらえるから心配しなくていい。ただその――」
歯切れ悪く言って、相馬は頭を掻いた。
「鵺がどんな姿でどんな攻撃をしてくるかはわからない」
「分からない?」
未来を見ると言われる夢見が、わからない?
「この古妖は相対する人間の心理に影響した姿になる。要するにその人が強いと思った存在に、だ。
それは複数の獣が合わさった姿かもしれないし、自分が思う最強の存在かもしれない。師かもしれないし、神かもしれない。単純に逆らえない人間かもしれない」
相馬の説明をかみ砕いて解釈する覚者達。
古妖に決まった姿はなく、己の心のままに変化する。その存在が思う最も強い存在に。故に未来は見えない。定まった未来が存在しないからだ。
「ついでに言うと、仲間の手助けはできない。鵺がそういった結界を張って、一対一の状況にもっていくからだ。自分が強いと思ってる存在と一対一でやりあわななくちゃいけない」
最も姿形を変化させても、強さ自体は変わらない。攻撃方法は多様であっても実力まで変化させることはできないのだ。
「奇妙な相手だが頼むぜ。今回ばかりは情報面での手助けはできそうにない。
敵は己の内に在り、ってやつだな」
肩をすくめる相馬。確かに奇妙な相手だ。
それぞれの思いを胸に、覚者達は会議室を出た。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.鵺に挑む(勝利の必要はありません)
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
奇妙奇天烈正体不明。汝の敵は誰ぞ?
●敵情報
・鵺(×1)
古妖。平家物語には猿の顔、狸の胴体、虎の手足、蛇の尻尾を持つと書かれています。
その本質は『よくわからない何か』です。その存在の心理に合わせて姿を変化させる千変万化の古妖です。
メタな説明ですが、敵は貴方のプレイングに合わせた姿になります。貴方が思う『強い存在』をプレイングに書いてください。それとの勝負になります。攻撃方法なども同じですが、実力は覚者一人分。
勝負の方法も指定できます。単純な殴り合いでもいいでしょう。転がる怪我人をどれだけ癒せるかという物でも構いません。知識による勝負、速度対決、様々です。全ては貴方が望むままに。
また、鵺との戦いは必ず一対一になります。他のPCは手助けできません。数は一ですが、一対一を参加人数分行うと思ってください。
特に指定がなければ、平家物語に準じた複数の獣が混じった姿になって襲い掛かってきます。
その場合の攻撃方法は、
噛み付く 物近単 猿の顔が噛み付いてきます。
切り裂く 物近単 虎の手足で切り裂いてきます。【出血】
毒蛇の牙 物遠単 蛇の尾が噛み付いてきます。【毒】
怪鳥の声 特遠全 凶を告げる鳥の鳴き声。【不運】【ダメージ0】
●場所情報
病院屋上。そこに展開された鵺の結界内。
結界内の状況も『貴方』の心理のままです。つまりプレイングで指定できます。何もなければ、平安時代の夜の京都になります。
事前付与不可。互いの距離は10メートルとします。
皆様のプレイングをお待ちしています。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2017年03月08日
2017年03月08日
■メイン参加者 8人■

●
「とーちゃんか」
『守人刀』獅子王 飛馬(CL2001466)の前に現れたのは、父である獅子王悠馬だった。何度も剣をかわしたが、その全てを捌ききったことは一度もない。
気が付けば、場所も家の道場になっている。父の姿をした古妖が、飛馬の記憶をなぞるように構えた。
それに合わせるように飛馬も神具を構える。
「竜、とはね」
『スポーティ探偵』華神 悠乃(CL2000231)の目の前にあるのは、伝承にある竜だった。華神の家系は竜を祖とし、その血が流れているという。悠乃にとって強さの象徴は竜なのだ。
蛇のような体に鱗を生やし、その巨躯で宙を舞う。鋭き爪は岩をも砕き、吐く炎は鉄をも溶かす。
しかしそれに恐れることなく悠乃は拳を握った。
『A』は死んだ。
スワンプマン――緒形 逝(CL2000156)は言葉なく心の中でそれを反芻する。だが証明はできない。確かに殺した。だが如何にして死んだかがぼやけている。
死者は何も喋らない。故に否定の言葉はない。だが生きていて出会えない可能性をどうして否定できる? 答えがないことは死の証明にはならない。
その『A』が目の前にいる。
「お母さん」
『自殺撲滅委員会』神々楽 黄泉(CL2001332)の前に現れたのは黄泉の母だ。
黄泉が愛用している『燕潰し』も元は母の神具だ。黄泉よりもうまくそれを扱い、そして強い。
「……身長も高くて、スタイルも、良い。ずるい」
黄泉の記憶のままにある母の姿。それは幼い姿の黄泉とはかけ離れた女性らしい姿だった。
『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)の前に立つのは、金髪に目を桃色に発光させた忍者装束の男。奇しくも覚醒状態の奏空と同じ姿だ。
――否、奇しくもではない。
「俺、なんだね」
それは奏空の前世。朧げだが記憶にある前世の存在。
奏空との違いは、その瞳。虚ろに濁った死者の瞳。
「あら、まさか貴方とは、ねぇ」
『悪意に打ち勝ちし者』魂行 輪廻(CL2000534)の目の前にいるのは、何も描かれていない真っ白な仮面を付けた黒髪の男だ。
輪廻の元弟子。とある理由から破門された彼は、師である輪廻に一礼し、構えを取った。
「いくわよん、先輩君」
口調は砕けているが、輪廻の表情は真顔になっていた。
ギーグ・ヴィジランス。
白髪頭の隔者の名は『ボーパルホワイトバニー』飛騨・直斗(CL2001570)の師であり仇でもあった。最終的には仇を討つことが出来たのだが……。
「やっぱりてめぇが来やがったか、糞師匠」
仇。家族を殺し、直斗を誘拐し、育てた存在。不意を突いて殺した相手だ。
「もう一度殺してやる!」
「あえて入院中の患者にあだなすとはな。弱い相手に強く出て、自分が強いと思い込んでる勘違い野郎か、弱い相手をいたぶって喜ぶサド野郎ってとこか」
『花屋の装甲擲弾兵』田場 義高(CL2001151)の前に現れたのは、鵺そのものだった。鵺の行動自体に怒りを感じているがゆえに、その姿が伝承にある鵺のままとなったのか。
猿の顔、狸の胴体、虎の手足、蛇の尻尾を持つ古妖。怪鳥の鳴き声が夜の天幕に響き渡った。
●
飛馬は『父』の打ち込みを剣で捌いていた。飛馬の方からは一切の手出しがない。
これは押されているのではない。相手の攻撃をどれだけ捌けるかと言う巌心流の修行なのだ。
「ちっ、相変わらず読みにくい動きしてきやがんな」
天賦の才を持つ『父』の攻め。それは同じ巌心流の型であるにもかかわらず、非常に読みづらいものだった。剣士の『癖』は流派によりある程度決まる。だが『父』の剣筋はそれに加えて才能的なものも含まれる。
右と思えば左から。かと思えば下から。まるで隼の如く軽やかに剣の軌道が変わり、鷹の如く鋭い一撃が迫る。
剣を受けきれず、飛馬の体に痛みが走る。まだ負けていない。歯を食いしばり刀を握る。
戦力差の表現に『蟻が巨象に挑む』と言うのがある。
悠乃と『竜』の闘いは、まさにそれだった。悠乃の大きさは『竜』の歯一本よりも小さい。勝負になどなるはずがない――
(――どうする?)
だが悠乃は絶望せず、思考を繰り返す。今までの経験とこれまで得た知識をフル回転させ、どう挑むかを考えていた。
迫る『竜』の爪。それを後ろではなく前に出て回避する。そのまま拳を振り上げ、龍の鱗を穿つ。硬い鱗の感覚が神具を通じて伝わってきた。
「いける!」
悠乃は笑みを浮かべて、攻撃を続ける。『竜』はその巨体故に悠乃の動きをとらえきれない。羽虫だけを狙って潰す正確さは持ち合わせていないようだ。だが大雑把な攻撃とはいえ、当たれば大きな傷を負うだろう。油断はできない。
「焦らず、一歩一歩」
戦略の組み立ては終わった。あとは上手く動くのみ。
白い壁。白い天井。白い床。
「ここは昔俺が……」
ここはかつて『俺』が収監されていた場所だ。そして『A』もそこにいる。
『俺』と同じ格好をした『A』。手には悪食と呼ばれる六尺近い直刀を持っている。動きも『俺』と同じように動く。そして二人の間にある机。そこには一枚の紙が置かれてあった。
『事実を』
勝ち得たもののみがそれを見ることが叶う。言葉はない。だが二人はそれを理解していた。
『俺』は『A』なのか。『A』は『俺』なのか。構える剣も術式も何もかも同じだ。『俺』が構える。『A』が構える。『俺』が剣を振るう。『A』が剣を振るう。『俺』が術を使う。『A』が術を使う。
『A』は死んだ。そのはずだ。それを確かめるために『俺』は傷の痛みも忘れ、剣を振るう。
鏡合わせの闘いは続く。『俺』と『A』の戦いが。
細かな技術はいらない。
真っ直ぐ走って懐に入り、力任せに神具を振り下ろす。それが黄泉の戦術。
「あなたは、その姿をしていて、も、私のお母さんじゃない、解ってる」
黄泉は自分の『母』に向け、抑揚のない声で話しかける。
「でも、その姿で出てきた、なら、挑まないと、いけない、気がするの」
感情のない声。
だがそこに神々楽黄泉と呼ばれる少女の、譲れない信念が確かにあった。
近づくことによるリスクを恐れず、ただ真っ直ぐに攻撃を続ける黄泉。『母』はその攻撃を避け、自分が持っているのと同じ『燕潰し』で黄泉を攻める。
「本当のお母さん、なら、私の全力の一撃も、片手で軽々、受け止めてた」
だからこれは『母』ではない。『母』の姿を模した鵺と言う存在。
だから負けない。
奏空の持つ二刀と『前世』の持つ二刀。四本の刀が二人の間で振るわれる。
袈裟懸けに振るった刀を止められたかと思えば、次の瞬間に脳天に向かい突きが飛ぶ。足を狙った一閃は地面で翻り、逆袈裟の一撃に変わる。奏空は刃を刀で受け、時に避け、時に避け切れずに皮膚を裂かれる。
「互角……いや、押されてる!?」
剣筋は読める。動きも把握できる。けして目で追えない相手ではない。
違いがあるとすれば――気迫。
『お前は死ぬ』
『前世』が告げる。奏空の死を。
『俺と同じく、大事な物を守り、死ぬ』
「何を……!」
奏空は反論しようとして、言葉が詰まる。朧げに浮かぶ前世の記憶。その中に主を守る戦いで尽き果てた映像が浮かんだ。
『前世』の気迫は、死を受け入れた者だけが持つ者。死を厭わない捨て身の精神。
それは『今』の奏空には持ち得ぬものだった。
「優秀過ぎて嫌になるわねん」
輪廻は軽口をたたきながら『彼』と拳をかわしていた。軽口をたたくとは言っても、余裕があるわけではない。気を抜けば重い一撃が飛んでくるため、ふざける余裕はなかった。
体術使いの『彼』の動きを封じるために特殊な投げと、長い特殊金属繊維でできた刀で相手を困惑させながら戦う輪廻。『彼』の動きを封じつつ、じわりじわりと攻めていく。
「戦いは力だけじゃないのよん、偽先輩君」
『勉強になります。師匠』
『彼』の返答に、相変わらず真面目ねん、と笑みを浮かべる輪廻。優位を保つ輪廻だが投げと神具による牽制を跳ねのけて放たれる『彼』の攻撃は予想以上に重い。
「ほんと優秀過ぎて嫌になるわねん」
微笑み、再度称賛する輪廻。偽物とはいえ『彼』には色々思う所があるようだ。
「くらいな!」
木の源素を活性化させ、相手の力を弱める香を放つ直斗。
「あんたは接近戦好む傾向があるからな。いきなり斬りつけてくるだろう事は予測済みだぜ!」
『ならこれは読めたか?』
『ギーグ』は手にした剣を直斗に振るう。回るように抜刀し、風のように斬る。それを体現するように『ギーグ』は直斗に斬りかかる。それを自分の刀で受け止め、『ギーグ』とにらみ合う。
『あっさり倒れてくれるなよ。弟子と殺し合う機会なんかそうないのだからな』
楽しむように人を殺す隔者、『ギーグ』。死地を求めるように戦いに身を投じ、相手を挑発する。
『来い。お前の両親を殺した刀で、同じようにお前を刻んでやる』
「うるせぇ、狂った死にたがり! 首狩ってやんよ!」
憎しみしかない師。刀に殺意を乗せて直斗は走る。
「弱ってる人間いじめてうれしいのか? それとも強そうなやつとはやり合いたくないのか?」
『前者だ。病で苦しむ者の怨嗟、甘美なり』
「てめぇが本当に強いというなら、俺とタイマン張ってみろよ! 先に言っとくが、無理しなくていいぞ、俺は見た通り強いからな」
挑発し、術を重ねる義高。三つ目の炎術を重ねようとして、己の失策に気づく。
(しまった……。強化系の術は二つ重ねられない……!)
やむなく土行の術を二つ重ねるのみに留める。斧を構えて、周囲を気にしながら前に出た。
(見ろ見ろ見ろ! 奴の目線や動きをしっかりとらえるんだ!)
相手は傷病者を狙うようなやつだ。真っ向から挑みはしないだろう。毒か、あるいはそれに類するものでじわりじわりとこちらを削ってくるハズだ。それも罠のように周囲に設置して。
勇猛に攻めながら警戒を怠らず、義高は鵺に挑む。
●
「この剣はさっきと同じ筋だ」
飛馬は『父』の放つ刀を受け止める。
「この動きは三手前に見た」
見える。胴から籠手に入る動き。初手の薙ぎを刀で弾く。
「次は脳天から」
解る。次の相手の動きが。数秒後、飛馬の思うままに『父』が打ち込んでくる。
巌心流は防御の剣術だ。
それゆえ後の先と思われがちだが、それは基礎のレベルまででしかない。防御に長けるという事は動きを読むという事。相手の動きを一瞬早く先読みし、それに合わせて動作を起こす。
すなわち『対の先』。同時に動きながら、先読みの差で一瞬早く相手を打つ。その領域だ。
「分かっていたけど、お前はとーちゃんに似ててもとーちゃんじゃねえ」
勝負は終わった、とばかりに構えを取る飛馬。『父』もそれに倣い、刀を納める。
道場の中央で一礼し、勝負の幕が下りた。
「はっ!」
『竜』の近くで踊るように拳を振るう悠乃。その心もまた、闘争で躍っていた
遥かに大きな相手に対し、インファイト。悠乃の得意な距離ではあるが、危険であることは否めない。爪がかすりでもすれば大怪我になるし、炎を吹かれれば避けられないだろう。だから防御もおろそかにはしない。
遠距離の術式を、間合ギリギリから打ち込み攻める戦法もある。危険性はその方が少なく、撤退する時もその方が安全だ。
だが悠乃はそれを選ばない。
それは悠乃がこの距離を得意としていることもある。ギリギリを。一歩ずつ。この距離で相手を知っていくことが性に合っていることもある。
だが最たる理由は竜に対する闘争心からだ。
この『竜』は偽物だけど、それに立ち向かうことに意味がある。『竜』を乗り越え、先に進もう。
そしていずれは本物の竜と――
右肩、腹、足。
『A』が傷ついている場所も『俺』が傷ついている。
回復と防御。それによる長期戦。勝負はつかない。そうと分かっていても『A』と『俺』は戦い続ける。
「最終的に暴力に依る決着へ行き着くのは、おっさんの悪い癖さね」
どこか俯瞰したような逝の声が響く。空虚に、まるでこの場に居ない幽霊の如く。それに構わず『A』と『俺』は互いを喰らいあうように剣を振るう。同時に同じ場所を傷つけ、炎のように命を削って起き上がる。
『A』も、『俺』――スワンプマンも、そしてこの部屋にはいない『おっさん』――逝も、この勝負の意味をうっすらと理解していた。
三存在の剥離。とある事件の後に揺れた故人と沼男と幽霊が。
鵺が心を写し出す『正体不明』の古妖なら、この戦いは逝の心そのもの。
勝負はつかない。当たり前だ。この決着は鵺によってつけられるものではない。
逝自身が答えを見出さなくては、勝負はつかない――
「しほー、なーげーたー。……あれ、間違えた?」
技名を叫び、『母』を投げる黄泉。スキル名間違っているけど、ご愛敬。
真っ直ぐに突貫する黄泉のスタイルは、真っ直ぐであるがゆえにリスクも高い。攻撃を読まれれば、カウンターで大打撃を受けることもある。
本物の母は強い。おそらくカウンターを仕掛けた技そのものを、相手と一緒に砕いてしまうのだろう。
黄泉はまだその領域にはいない。できるのはただ、己の力のままに神具を叩きつけるだけ。防御を捨て、ただ力を込めて、全身の体重を乗せて。
「私が、初めて、お母さんに、両手を使わせた技、出すよ」
母に会うことはもう叶わないけど、母の強さは確かに心に刻まれている。それは目の前の鵺の姿が証明していた。心の中にある強さを追うように、今日も真っ直ぐに突き進もう。
「黄ぉ、泉ぃ、……クラァー、ッシュ!」
潰されるは偽の『母』。天にいる母はその姿を見ていてくれただろうか。
「違う……!」
『前世』の気迫。それを否定する奏空。
主を守って死ぬ。成程それは英雄譚だろう。
命を賭して一つの事をやり遂げた。成程それは美談だ。
「残された者の涙は、悲しみは、誰が癒すんだ!」
奏空は怒りの声をあげて叫ぶ。死は喪失だ。残された者はその傷を負って生きていくことになる。奏空自身、この混迷した日本でそんな悲劇を見ていた。
まだ本当の救いや正義の意味はつかみかねているけど、人を悲しませるようなことはしたくない。
「『今度』は死なない! あの人の為に!」
裂帛と共に神具に雷が落ちる。宿るは雷神帝釈天の力。
「必墜――」
それは死を受け入れた『前世』の気迫を飲み込み、その動きを捕らえる。
「雷撃!」
そして『前世』に叩きつけられる雷霆の如く一撃。そのまま『前世』は膝をつく。
「――なら『次』こそは――」
消えゆく『前世』の声は、風に吹かれて消えた。
魂行輪廻は女である。
それは性別的な意味もあるが、『女』であることを生かして戦っている意味でもある。
のんびりとした笑顔。着崩した着物。そして豊満な肉体を隠そうともしない格闘動作。
しかして笑顔の裏には刃物があり、芸術ともいえる肢体から繰り出される蹴り技は早く鋭い。母性と魔性を重ね合わせもつ『女』、それ自体を武器にしていた。
対する『彼』は輪廻の弟子である。輪廻の戦い方は熟知していた。心を強くもち、女であると意識せずに拳を振るう。
「ふふ。無理しちゃってん。そろそろ限界かしらん」
『彼』の限界が近いと見るや、輪廻は己の戦闘力を爆発的に向上させる。ヒノマル陸軍のトップより学んだ戦闘術。リバウンドが怖いがそれが来る前に倒しきる。
「さあ。いくわよん」
暴走にも近い力を宿しながらも、輪廻は笑みを浮かべる。いつもと変わらぬたおやかな笑み。
『彼』はその笑顔に、魅入っていた。
「ちっくしょう……! 強いと思っていたがここまでとはな」
『どうした? 私の首はここにあるぞ』
『ギーグ』は疲弊する直斗を見下ろし、自らの首を叩いてみる。
『お前は私には勝てない。不意を突いてようやく勝てただけだ』
「確かにあの時はそうだったさ……だがな、これでどうだ!」
叫び『妖刀・鬼哭丸沙織』を振るう直斗。血を吸い妖刀と化した神具に呪いを込める。共鳴する音はまるで少女が哭くかのごとく。怨嗟を乗せて振るわれる一閃が楔となって『ギーグ』の影を縛った。
『これは……!』
「その首、貰った!」
一閃する刀が『ギーグ』の首を斬る。宙を舞う首だけの師匠が、薄く笑みを浮かべた。
『これで……リペアの所に逝ける。感謝するぜ』
「ちっ……狂人が!」
首が地面に落ちる。憎悪し嫌悪した隔者だが、同じほど感謝を込めて直斗は瞑目した。
鵺の声が響く。周囲を警戒して攻めあぐねる義高を挑発にするように。
鵺は義高の想像通り高い悪意をもっていた。罠はあるかもしれない。そう思い警戒する義高をからかう様にわざとらしく目線を動かし『そこに罠があるかのように』心理誘導する。そこには何もないのかもしれない。だが『あるかもしれない』と思ってしまえば、もうそこには踏み込めない。
「いやらしい奴だな……!」
罠を張る人間は心理戦に長ける。警戒心の高さだけでかいくぐれる罠など二流の作る罠。真の罠師は心理に罠を隠すのだ。
「人間を舐めるなよ! てめえみたいな最低野郎に恐れる俺だと思うな!」
怒りの声をあげて突撃する義高。土の加護を信じ、斧を振るって突貫する。その死角から迫る毒蛇の牙。体内に回る毒は、命数の炎を燃やし浄化する。
「あばよ!」
大上段から振るわれた一撃が、猿の頭を叩き潰した。
●
気がつけば鵺の気配は消えていた。倒したのか、逃げたのかわからない。
覚者達はそれぞれの思いを胸に、帰路についた。
「とーちゃんか」
『守人刀』獅子王 飛馬(CL2001466)の前に現れたのは、父である獅子王悠馬だった。何度も剣をかわしたが、その全てを捌ききったことは一度もない。
気が付けば、場所も家の道場になっている。父の姿をした古妖が、飛馬の記憶をなぞるように構えた。
それに合わせるように飛馬も神具を構える。
「竜、とはね」
『スポーティ探偵』華神 悠乃(CL2000231)の目の前にあるのは、伝承にある竜だった。華神の家系は竜を祖とし、その血が流れているという。悠乃にとって強さの象徴は竜なのだ。
蛇のような体に鱗を生やし、その巨躯で宙を舞う。鋭き爪は岩をも砕き、吐く炎は鉄をも溶かす。
しかしそれに恐れることなく悠乃は拳を握った。
『A』は死んだ。
スワンプマン――緒形 逝(CL2000156)は言葉なく心の中でそれを反芻する。だが証明はできない。確かに殺した。だが如何にして死んだかがぼやけている。
死者は何も喋らない。故に否定の言葉はない。だが生きていて出会えない可能性をどうして否定できる? 答えがないことは死の証明にはならない。
その『A』が目の前にいる。
「お母さん」
『自殺撲滅委員会』神々楽 黄泉(CL2001332)の前に現れたのは黄泉の母だ。
黄泉が愛用している『燕潰し』も元は母の神具だ。黄泉よりもうまくそれを扱い、そして強い。
「……身長も高くて、スタイルも、良い。ずるい」
黄泉の記憶のままにある母の姿。それは幼い姿の黄泉とはかけ離れた女性らしい姿だった。
『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)の前に立つのは、金髪に目を桃色に発光させた忍者装束の男。奇しくも覚醒状態の奏空と同じ姿だ。
――否、奇しくもではない。
「俺、なんだね」
それは奏空の前世。朧げだが記憶にある前世の存在。
奏空との違いは、その瞳。虚ろに濁った死者の瞳。
「あら、まさか貴方とは、ねぇ」
『悪意に打ち勝ちし者』魂行 輪廻(CL2000534)の目の前にいるのは、何も描かれていない真っ白な仮面を付けた黒髪の男だ。
輪廻の元弟子。とある理由から破門された彼は、師である輪廻に一礼し、構えを取った。
「いくわよん、先輩君」
口調は砕けているが、輪廻の表情は真顔になっていた。
ギーグ・ヴィジランス。
白髪頭の隔者の名は『ボーパルホワイトバニー』飛騨・直斗(CL2001570)の師であり仇でもあった。最終的には仇を討つことが出来たのだが……。
「やっぱりてめぇが来やがったか、糞師匠」
仇。家族を殺し、直斗を誘拐し、育てた存在。不意を突いて殺した相手だ。
「もう一度殺してやる!」
「あえて入院中の患者にあだなすとはな。弱い相手に強く出て、自分が強いと思い込んでる勘違い野郎か、弱い相手をいたぶって喜ぶサド野郎ってとこか」
『花屋の装甲擲弾兵』田場 義高(CL2001151)の前に現れたのは、鵺そのものだった。鵺の行動自体に怒りを感じているがゆえに、その姿が伝承にある鵺のままとなったのか。
猿の顔、狸の胴体、虎の手足、蛇の尻尾を持つ古妖。怪鳥の鳴き声が夜の天幕に響き渡った。
●
飛馬は『父』の打ち込みを剣で捌いていた。飛馬の方からは一切の手出しがない。
これは押されているのではない。相手の攻撃をどれだけ捌けるかと言う巌心流の修行なのだ。
「ちっ、相変わらず読みにくい動きしてきやがんな」
天賦の才を持つ『父』の攻め。それは同じ巌心流の型であるにもかかわらず、非常に読みづらいものだった。剣士の『癖』は流派によりある程度決まる。だが『父』の剣筋はそれに加えて才能的なものも含まれる。
右と思えば左から。かと思えば下から。まるで隼の如く軽やかに剣の軌道が変わり、鷹の如く鋭い一撃が迫る。
剣を受けきれず、飛馬の体に痛みが走る。まだ負けていない。歯を食いしばり刀を握る。
戦力差の表現に『蟻が巨象に挑む』と言うのがある。
悠乃と『竜』の闘いは、まさにそれだった。悠乃の大きさは『竜』の歯一本よりも小さい。勝負になどなるはずがない――
(――どうする?)
だが悠乃は絶望せず、思考を繰り返す。今までの経験とこれまで得た知識をフル回転させ、どう挑むかを考えていた。
迫る『竜』の爪。それを後ろではなく前に出て回避する。そのまま拳を振り上げ、龍の鱗を穿つ。硬い鱗の感覚が神具を通じて伝わってきた。
「いける!」
悠乃は笑みを浮かべて、攻撃を続ける。『竜』はその巨体故に悠乃の動きをとらえきれない。羽虫だけを狙って潰す正確さは持ち合わせていないようだ。だが大雑把な攻撃とはいえ、当たれば大きな傷を負うだろう。油断はできない。
「焦らず、一歩一歩」
戦略の組み立ては終わった。あとは上手く動くのみ。
白い壁。白い天井。白い床。
「ここは昔俺が……」
ここはかつて『俺』が収監されていた場所だ。そして『A』もそこにいる。
『俺』と同じ格好をした『A』。手には悪食と呼ばれる六尺近い直刀を持っている。動きも『俺』と同じように動く。そして二人の間にある机。そこには一枚の紙が置かれてあった。
『事実を』
勝ち得たもののみがそれを見ることが叶う。言葉はない。だが二人はそれを理解していた。
『俺』は『A』なのか。『A』は『俺』なのか。構える剣も術式も何もかも同じだ。『俺』が構える。『A』が構える。『俺』が剣を振るう。『A』が剣を振るう。『俺』が術を使う。『A』が術を使う。
『A』は死んだ。そのはずだ。それを確かめるために『俺』は傷の痛みも忘れ、剣を振るう。
鏡合わせの闘いは続く。『俺』と『A』の戦いが。
細かな技術はいらない。
真っ直ぐ走って懐に入り、力任せに神具を振り下ろす。それが黄泉の戦術。
「あなたは、その姿をしていて、も、私のお母さんじゃない、解ってる」
黄泉は自分の『母』に向け、抑揚のない声で話しかける。
「でも、その姿で出てきた、なら、挑まないと、いけない、気がするの」
感情のない声。
だがそこに神々楽黄泉と呼ばれる少女の、譲れない信念が確かにあった。
近づくことによるリスクを恐れず、ただ真っ直ぐに攻撃を続ける黄泉。『母』はその攻撃を避け、自分が持っているのと同じ『燕潰し』で黄泉を攻める。
「本当のお母さん、なら、私の全力の一撃も、片手で軽々、受け止めてた」
だからこれは『母』ではない。『母』の姿を模した鵺と言う存在。
だから負けない。
奏空の持つ二刀と『前世』の持つ二刀。四本の刀が二人の間で振るわれる。
袈裟懸けに振るった刀を止められたかと思えば、次の瞬間に脳天に向かい突きが飛ぶ。足を狙った一閃は地面で翻り、逆袈裟の一撃に変わる。奏空は刃を刀で受け、時に避け、時に避け切れずに皮膚を裂かれる。
「互角……いや、押されてる!?」
剣筋は読める。動きも把握できる。けして目で追えない相手ではない。
違いがあるとすれば――気迫。
『お前は死ぬ』
『前世』が告げる。奏空の死を。
『俺と同じく、大事な物を守り、死ぬ』
「何を……!」
奏空は反論しようとして、言葉が詰まる。朧げに浮かぶ前世の記憶。その中に主を守る戦いで尽き果てた映像が浮かんだ。
『前世』の気迫は、死を受け入れた者だけが持つ者。死を厭わない捨て身の精神。
それは『今』の奏空には持ち得ぬものだった。
「優秀過ぎて嫌になるわねん」
輪廻は軽口をたたきながら『彼』と拳をかわしていた。軽口をたたくとは言っても、余裕があるわけではない。気を抜けば重い一撃が飛んでくるため、ふざける余裕はなかった。
体術使いの『彼』の動きを封じるために特殊な投げと、長い特殊金属繊維でできた刀で相手を困惑させながら戦う輪廻。『彼』の動きを封じつつ、じわりじわりと攻めていく。
「戦いは力だけじゃないのよん、偽先輩君」
『勉強になります。師匠』
『彼』の返答に、相変わらず真面目ねん、と笑みを浮かべる輪廻。優位を保つ輪廻だが投げと神具による牽制を跳ねのけて放たれる『彼』の攻撃は予想以上に重い。
「ほんと優秀過ぎて嫌になるわねん」
微笑み、再度称賛する輪廻。偽物とはいえ『彼』には色々思う所があるようだ。
「くらいな!」
木の源素を活性化させ、相手の力を弱める香を放つ直斗。
「あんたは接近戦好む傾向があるからな。いきなり斬りつけてくるだろう事は予測済みだぜ!」
『ならこれは読めたか?』
『ギーグ』は手にした剣を直斗に振るう。回るように抜刀し、風のように斬る。それを体現するように『ギーグ』は直斗に斬りかかる。それを自分の刀で受け止め、『ギーグ』とにらみ合う。
『あっさり倒れてくれるなよ。弟子と殺し合う機会なんかそうないのだからな』
楽しむように人を殺す隔者、『ギーグ』。死地を求めるように戦いに身を投じ、相手を挑発する。
『来い。お前の両親を殺した刀で、同じようにお前を刻んでやる』
「うるせぇ、狂った死にたがり! 首狩ってやんよ!」
憎しみしかない師。刀に殺意を乗せて直斗は走る。
「弱ってる人間いじめてうれしいのか? それとも強そうなやつとはやり合いたくないのか?」
『前者だ。病で苦しむ者の怨嗟、甘美なり』
「てめぇが本当に強いというなら、俺とタイマン張ってみろよ! 先に言っとくが、無理しなくていいぞ、俺は見た通り強いからな」
挑発し、術を重ねる義高。三つ目の炎術を重ねようとして、己の失策に気づく。
(しまった……。強化系の術は二つ重ねられない……!)
やむなく土行の術を二つ重ねるのみに留める。斧を構えて、周囲を気にしながら前に出た。
(見ろ見ろ見ろ! 奴の目線や動きをしっかりとらえるんだ!)
相手は傷病者を狙うようなやつだ。真っ向から挑みはしないだろう。毒か、あるいはそれに類するものでじわりじわりとこちらを削ってくるハズだ。それも罠のように周囲に設置して。
勇猛に攻めながら警戒を怠らず、義高は鵺に挑む。
●
「この剣はさっきと同じ筋だ」
飛馬は『父』の放つ刀を受け止める。
「この動きは三手前に見た」
見える。胴から籠手に入る動き。初手の薙ぎを刀で弾く。
「次は脳天から」
解る。次の相手の動きが。数秒後、飛馬の思うままに『父』が打ち込んでくる。
巌心流は防御の剣術だ。
それゆえ後の先と思われがちだが、それは基礎のレベルまででしかない。防御に長けるという事は動きを読むという事。相手の動きを一瞬早く先読みし、それに合わせて動作を起こす。
すなわち『対の先』。同時に動きながら、先読みの差で一瞬早く相手を打つ。その領域だ。
「分かっていたけど、お前はとーちゃんに似ててもとーちゃんじゃねえ」
勝負は終わった、とばかりに構えを取る飛馬。『父』もそれに倣い、刀を納める。
道場の中央で一礼し、勝負の幕が下りた。
「はっ!」
『竜』の近くで踊るように拳を振るう悠乃。その心もまた、闘争で躍っていた
遥かに大きな相手に対し、インファイト。悠乃の得意な距離ではあるが、危険であることは否めない。爪がかすりでもすれば大怪我になるし、炎を吹かれれば避けられないだろう。だから防御もおろそかにはしない。
遠距離の術式を、間合ギリギリから打ち込み攻める戦法もある。危険性はその方が少なく、撤退する時もその方が安全だ。
だが悠乃はそれを選ばない。
それは悠乃がこの距離を得意としていることもある。ギリギリを。一歩ずつ。この距離で相手を知っていくことが性に合っていることもある。
だが最たる理由は竜に対する闘争心からだ。
この『竜』は偽物だけど、それに立ち向かうことに意味がある。『竜』を乗り越え、先に進もう。
そしていずれは本物の竜と――
右肩、腹、足。
『A』が傷ついている場所も『俺』が傷ついている。
回復と防御。それによる長期戦。勝負はつかない。そうと分かっていても『A』と『俺』は戦い続ける。
「最終的に暴力に依る決着へ行き着くのは、おっさんの悪い癖さね」
どこか俯瞰したような逝の声が響く。空虚に、まるでこの場に居ない幽霊の如く。それに構わず『A』と『俺』は互いを喰らいあうように剣を振るう。同時に同じ場所を傷つけ、炎のように命を削って起き上がる。
『A』も、『俺』――スワンプマンも、そしてこの部屋にはいない『おっさん』――逝も、この勝負の意味をうっすらと理解していた。
三存在の剥離。とある事件の後に揺れた故人と沼男と幽霊が。
鵺が心を写し出す『正体不明』の古妖なら、この戦いは逝の心そのもの。
勝負はつかない。当たり前だ。この決着は鵺によってつけられるものではない。
逝自身が答えを見出さなくては、勝負はつかない――
「しほー、なーげーたー。……あれ、間違えた?」
技名を叫び、『母』を投げる黄泉。スキル名間違っているけど、ご愛敬。
真っ直ぐに突貫する黄泉のスタイルは、真っ直ぐであるがゆえにリスクも高い。攻撃を読まれれば、カウンターで大打撃を受けることもある。
本物の母は強い。おそらくカウンターを仕掛けた技そのものを、相手と一緒に砕いてしまうのだろう。
黄泉はまだその領域にはいない。できるのはただ、己の力のままに神具を叩きつけるだけ。防御を捨て、ただ力を込めて、全身の体重を乗せて。
「私が、初めて、お母さんに、両手を使わせた技、出すよ」
母に会うことはもう叶わないけど、母の強さは確かに心に刻まれている。それは目の前の鵺の姿が証明していた。心の中にある強さを追うように、今日も真っ直ぐに突き進もう。
「黄ぉ、泉ぃ、……クラァー、ッシュ!」
潰されるは偽の『母』。天にいる母はその姿を見ていてくれただろうか。
「違う……!」
『前世』の気迫。それを否定する奏空。
主を守って死ぬ。成程それは英雄譚だろう。
命を賭して一つの事をやり遂げた。成程それは美談だ。
「残された者の涙は、悲しみは、誰が癒すんだ!」
奏空は怒りの声をあげて叫ぶ。死は喪失だ。残された者はその傷を負って生きていくことになる。奏空自身、この混迷した日本でそんな悲劇を見ていた。
まだ本当の救いや正義の意味はつかみかねているけど、人を悲しませるようなことはしたくない。
「『今度』は死なない! あの人の為に!」
裂帛と共に神具に雷が落ちる。宿るは雷神帝釈天の力。
「必墜――」
それは死を受け入れた『前世』の気迫を飲み込み、その動きを捕らえる。
「雷撃!」
そして『前世』に叩きつけられる雷霆の如く一撃。そのまま『前世』は膝をつく。
「――なら『次』こそは――」
消えゆく『前世』の声は、風に吹かれて消えた。
魂行輪廻は女である。
それは性別的な意味もあるが、『女』であることを生かして戦っている意味でもある。
のんびりとした笑顔。着崩した着物。そして豊満な肉体を隠そうともしない格闘動作。
しかして笑顔の裏には刃物があり、芸術ともいえる肢体から繰り出される蹴り技は早く鋭い。母性と魔性を重ね合わせもつ『女』、それ自体を武器にしていた。
対する『彼』は輪廻の弟子である。輪廻の戦い方は熟知していた。心を強くもち、女であると意識せずに拳を振るう。
「ふふ。無理しちゃってん。そろそろ限界かしらん」
『彼』の限界が近いと見るや、輪廻は己の戦闘力を爆発的に向上させる。ヒノマル陸軍のトップより学んだ戦闘術。リバウンドが怖いがそれが来る前に倒しきる。
「さあ。いくわよん」
暴走にも近い力を宿しながらも、輪廻は笑みを浮かべる。いつもと変わらぬたおやかな笑み。
『彼』はその笑顔に、魅入っていた。
「ちっくしょう……! 強いと思っていたがここまでとはな」
『どうした? 私の首はここにあるぞ』
『ギーグ』は疲弊する直斗を見下ろし、自らの首を叩いてみる。
『お前は私には勝てない。不意を突いてようやく勝てただけだ』
「確かにあの時はそうだったさ……だがな、これでどうだ!」
叫び『妖刀・鬼哭丸沙織』を振るう直斗。血を吸い妖刀と化した神具に呪いを込める。共鳴する音はまるで少女が哭くかのごとく。怨嗟を乗せて振るわれる一閃が楔となって『ギーグ』の影を縛った。
『これは……!』
「その首、貰った!」
一閃する刀が『ギーグ』の首を斬る。宙を舞う首だけの師匠が、薄く笑みを浮かべた。
『これで……リペアの所に逝ける。感謝するぜ』
「ちっ……狂人が!」
首が地面に落ちる。憎悪し嫌悪した隔者だが、同じほど感謝を込めて直斗は瞑目した。
鵺の声が響く。周囲を警戒して攻めあぐねる義高を挑発にするように。
鵺は義高の想像通り高い悪意をもっていた。罠はあるかもしれない。そう思い警戒する義高をからかう様にわざとらしく目線を動かし『そこに罠があるかのように』心理誘導する。そこには何もないのかもしれない。だが『あるかもしれない』と思ってしまえば、もうそこには踏み込めない。
「いやらしい奴だな……!」
罠を張る人間は心理戦に長ける。警戒心の高さだけでかいくぐれる罠など二流の作る罠。真の罠師は心理に罠を隠すのだ。
「人間を舐めるなよ! てめえみたいな最低野郎に恐れる俺だと思うな!」
怒りの声をあげて突撃する義高。土の加護を信じ、斧を振るって突貫する。その死角から迫る毒蛇の牙。体内に回る毒は、命数の炎を燃やし浄化する。
「あばよ!」
大上段から振るわれた一撃が、猿の頭を叩き潰した。
●
気がつけば鵺の気配は消えていた。倒したのか、逃げたのかわからない。
覚者達はそれぞれの思いを胸に、帰路についた。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし

■あとがき■
かくして天幕は降りる。
鵺は倒れたのかどうか。その生死さえも『正体不明』――
鵺は倒れたのかどうか。その生死さえも『正体不明』――
