二つの予知・10
●
――闇にまた堕ちて、ノイズが、聞こえた。
ああ、また悪夢が始まるんだな。
今度はどんな悪夢なんだろう……。
●光、闇
暗闇を抜けると、眩い光が見えた。
発端は、何だったのだろう。いや、理由は分かっている。
彼女が由紀乃に似ていたから。それがきっかけだった。
彼女はパンドラの箱を開けた自覚はあったようだ。
この会社について、疑問に思ったことが一つあったようだ。
きっかけは些細な事だったらしい。数が合わない。ただそれだけのこと。それが、ここまでの話になるなんてと嘆いていた。
ああ、俺は関わらなければよかったのだろうか。彼女は死んでしまったのだろうか。
時間が戻るのなら、どうか。
気が付くと俺は十字路にいた。
目の前には大きなトラック。
そして――
「おい! コイツ覚者だぞ!」
……無数の銃声が響いた。
●死、再
そして彼は死んだ。逃走虚しく銃で撃たれて。
悪夢は、繰り返す。僅かに形を変えて。何度も、何度も。
いくつもの仮定や条件を加え、引き、如何に変化が起こるかを観測しながら。
手出しはできない。けれども。それが私の出来る最大の役目。
ある時は抵抗を試みるが直後射殺。
またある時はトラックの近くに寄った途端『何か』で崩れ落ちて死亡。
正直嫌な光景だ。だが、私にしか見られないものだから、必死になって見た。
そして……何度か悪夢を繰り返した後。
動かなくなった遺体を、じっと一つの影が見ていた。
おそらく、さっき彼を殺した隊とは別動隊の隊長だろう。
……いや、私はこの男を知っている。
こいつはさっきの女性の遺体を見ていた奴だ!!
「隊長、早く行きましょう。死体は部下に処理させますので」
影はもう一つの影に頷きを返し、ぼそりと言った。
「……分かっている。ここでぼやぼやしていると全て失敗する。
誰がどこで何を見ているか分かったもんじゃあないからな」
――……!!??
――その影の主である男が……再び『こちら』をじっと、見ていた。
遠くからエンジン音が聞こえた。間違いなく、彼が見ていたあのトラックのものだ。
そこで、私は長い眠りから目を覚ました。
●黒、白
「大阪府の医薬品製造工場で事件が発生します。このグループには一人の男性の救出をお願いします」
2件同時の依頼である。『夢見准教授』菊本 正美(nCL2000172)は覚者の視線をまっすぐ見据えて切り出した。
「男性の名前は小川 忠彦。34歳。械の因子持ち。……ええ。私も知っている人物です。以前彼が死ぬ夢を見たもんで……。彼、FiVEに救出された後この工場で警備員をやっていたそうです。死因は銃殺。覚者ですが抵抗を試みても多勢に無勢です。すぐに死ぬことになるでしょう」
――何かが、始まろうとしている。
――だが、不安を見せてはいけない。
――だが、事実は言わねばならない。
……たとえ、どんなに不都合であったとしても。
「注意してください。同時間帯に同じ製薬会社内で2つの事件が発生します。
彼等は私達の『干渉』を想定した上で作戦を練ってきている可能性が極めて高いです。そこでグループを2手に分けて対応して頂くことにしました」
夢見に出来るのは予知に対して、適切な情報を与えるだけだ。
悪夢から誰かを救う、チャンスを掴むために。
「資料はまとめました。私は今からこの2つの事件についての手続きに行きますので、今回の事件についての詳細はその書類をご覧ください。
……私が出来るのは貴方達の実力を信じること、そしてその上で情報を提供することだけです。
……どうか、皆さんご無事で。幸運を祈ります」
――闇にまた堕ちて、ノイズが、聞こえた。
ああ、また悪夢が始まるんだな。
今度はどんな悪夢なんだろう……。
●光、闇
暗闇を抜けると、眩い光が見えた。
発端は、何だったのだろう。いや、理由は分かっている。
彼女が由紀乃に似ていたから。それがきっかけだった。
彼女はパンドラの箱を開けた自覚はあったようだ。
この会社について、疑問に思ったことが一つあったようだ。
きっかけは些細な事だったらしい。数が合わない。ただそれだけのこと。それが、ここまでの話になるなんてと嘆いていた。
ああ、俺は関わらなければよかったのだろうか。彼女は死んでしまったのだろうか。
時間が戻るのなら、どうか。
気が付くと俺は十字路にいた。
目の前には大きなトラック。
そして――
「おい! コイツ覚者だぞ!」
……無数の銃声が響いた。
●死、再
そして彼は死んだ。逃走虚しく銃で撃たれて。
悪夢は、繰り返す。僅かに形を変えて。何度も、何度も。
いくつもの仮定や条件を加え、引き、如何に変化が起こるかを観測しながら。
手出しはできない。けれども。それが私の出来る最大の役目。
ある時は抵抗を試みるが直後射殺。
またある時はトラックの近くに寄った途端『何か』で崩れ落ちて死亡。
正直嫌な光景だ。だが、私にしか見られないものだから、必死になって見た。
そして……何度か悪夢を繰り返した後。
動かなくなった遺体を、じっと一つの影が見ていた。
おそらく、さっき彼を殺した隊とは別動隊の隊長だろう。
……いや、私はこの男を知っている。
こいつはさっきの女性の遺体を見ていた奴だ!!
「隊長、早く行きましょう。死体は部下に処理させますので」
影はもう一つの影に頷きを返し、ぼそりと言った。
「……分かっている。ここでぼやぼやしていると全て失敗する。
誰がどこで何を見ているか分かったもんじゃあないからな」
――……!!??
――その影の主である男が……再び『こちら』をじっと、見ていた。
遠くからエンジン音が聞こえた。間違いなく、彼が見ていたあのトラックのものだ。
そこで、私は長い眠りから目を覚ました。
●黒、白
「大阪府の医薬品製造工場で事件が発生します。このグループには一人の男性の救出をお願いします」
2件同時の依頼である。『夢見准教授』菊本 正美(nCL2000172)は覚者の視線をまっすぐ見据えて切り出した。
「男性の名前は小川 忠彦。34歳。械の因子持ち。……ええ。私も知っている人物です。以前彼が死ぬ夢を見たもんで……。彼、FiVEに救出された後この工場で警備員をやっていたそうです。死因は銃殺。覚者ですが抵抗を試みても多勢に無勢です。すぐに死ぬことになるでしょう」
――何かが、始まろうとしている。
――だが、不安を見せてはいけない。
――だが、事実は言わねばならない。
……たとえ、どんなに不都合であったとしても。
「注意してください。同時間帯に同じ製薬会社内で2つの事件が発生します。
彼等は私達の『干渉』を想定した上で作戦を練ってきている可能性が極めて高いです。そこでグループを2手に分けて対応して頂くことにしました」
夢見に出来るのは予知に対して、適切な情報を与えるだけだ。
悪夢から誰かを救う、チャンスを掴むために。
「資料はまとめました。私は今からこの2つの事件についての手続きに行きますので、今回の事件についての詳細はその書類をご覧ください。
……私が出来るのは貴方達の実力を信じること、そしてその上で情報を提供することだけです。
……どうか、皆さんご無事で。幸運を祈ります」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.憤怒者の撃退
2.小川忠彦の保護
3.トラックを損傷させないこと
2.小川忠彦の保護
3.トラックを損傷させないこと
重複して参加した場合は全ての依頼の参加権利を剥奪し、LP返却は行われないのでご了承ください。
二進数の01は十進数で1、二進数の10は十進数で2。交戦場所が十字と一文字だったり。そんな感じのナンバリング。
さて今回の事件は憤怒者戦です。あれ憤怒者三連続以下略。
【事件資料】
最優先事項:小川忠彦の身柄の保護
不必要とされる行為:
・ガイア製薬の不正調査に関わること(調査のための時間が取れないこと、手続きの複雑さ等から不可能と判断)
・トラック(後述)の追跡および奪還等(最優先事項を達成することが先決と判断したため)
§事件概要
2月某日22時48分。
大阪府(阪神工業地帯)のガイア製薬の工場にて小川忠彦(34歳、後述)が射殺。
彼の救出が最優先事項。
§被害者
小川 忠彦(おがわ ただひこ)
34歳。警備員としてガイア製薬大阪工場に勤務している。
土行 械因子。守護使役は犬。
戦闘の協力を要請することは可能だが、彼に大きな怪我を負わせるのは不可。
使用可能スキルは以下の通り。
・隆槍
・蔵王
・蒼鋼壁
・癒しの滴
・危険予知
・土の心
彼は元憤怒者だが、以前彼FiVEに救出されたことがあるので協力を要請することは比較的容易いと推測する。
・由紀乃について
由紀乃は恐らく小川忠彦の死んだ妹、小川由紀乃のことだと推測される。
同時刻に起きる事件の被害者、石田サトミに容姿が若干似ている。
§事件現場
ガイア製薬大阪工場敷地内の一角。屋外の十字路。
十字路の北側にトラック(後述)が停まっており、南側から忠彦が逃走してくる。
憤怒者Aの内4人が十字路の南側から忠彦を追跡。
憤怒者A、B1人ずつ、計2人2組が十字路の東側、西側から忠彦を挟み撃ちにする形を取る模様。
・トラック
10tトラック。積み荷は何らかの毒物であると推測される。
破壊は不可とする。理由は以下の通り。
小川忠彦が抵抗を試みその際にトラックの一部が破壊された悪夢の中で、憤怒者の一人がトラック内部の何かをいじった所液体が流出。小川が死亡したため。
破壊を試みた場合FiVEの覚者はおろか他への被害が甚大になることが予測される。
ナンバープレートの照合を依頼した所ガイア製薬大阪工場のトラックであることが判明。それ以上の追跡は恐らく不可能。
§憤怒者データ
憤怒者A×6
近接に特化した憤怒者。
特殊なプロテクターを装備しているので耐久力、特に物理攻撃に対して強い。
攻撃手段
特殊警棒:物近単・単体に対して物理ダメージ
特殊警棒(電撃):物近単・単体に対して物理ダメージ。痺れを与える
ショットガン:物近列・列に対して物理ダメージ。物理防御力を下げる。
盾:パッシブ。一定確率でダメージを軽減する。
憤怒者B×2
中・遠距離攻撃に特化した憤怒者。
憤怒者Aに比べ重装備ではないが、火力は高い。
攻撃手段
ショットガン:物遠列・列に対して物理ダメージ。物理防御力を下げる。
スラッグ弾:物遠単・遠距離単体に物理ダメージ。憤怒者Bが持つ攻撃手段の中で最も火力が高い。
閃光弾:物遠全・ダメージ0・命中時対象の命中率を下げる。
小川忠彦の身柄保護のためには上記8名の憤怒者を撃退すれば可能と推測するが、以下の憤怒者と思しき人物が現場周辺で目撃されているので警戒が必要。
§憤怒者データ2
・隊長(本名不明)
男性。恐らく年齢は20代後半から30代。
アサルトライフルを装備し全身に防具を纏った人物。非覚者。
・憤怒者C×3
隊長の部下。隊長とほぼ同装備。
隊長、憤怒者Cの実力は不明。
ただ、明らかに今回の事件に対しFiVE側の干渉を想定した上で行動をしている模様。
なので
・小川忠彦の身柄の保護に時間がかかる
・小川忠彦の保護後安全な場所に連れていない
・憤怒者を深追いする
等の憤怒者に対する対応に手間取ると彼等と交戦せざるを得ないものと思われる。
実力は未知数だが、こちらの手の内がどこまで判明しているか不明なので交戦は出来るだけ回避すべきと判断する。
【PL情報】
・憤怒者相手なので不殺扱いとします
・事前付与は不可。
・小川忠彦は拙作「されど人生は素晴らしい」に登場したNPCですが、単にまた巻き込まれたかーぐらいの話なので拙作の内容を知らなくても全然問題ありません。
・トラックを破壊した瞬間失敗扱いです。その上PC全員に重傷判定は容赦なく課しますのでやるならそのおつもりで。
・同一時間帯に起こる『二つの予知・01』とは確かに連動していますがよっぽど致命的なプレイングでもない限り両者の事件が影響しあうということはありません。
・なので『二つの予知・01』側のPCさんと連絡を取るなどのプレイングがあっても不採用とします。
・資料は演出上いちNPCが書いたものという体裁になってますが、以上の情報はPL情報的にも全て真実です。というか信じたげて。准教授泣いちゃうから。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2017年03月09日
2017年03月09日
■メイン参加者 8人■

●抵抗
忠彦は、逃げていた。何とかサトミを追っていた連中を引き付けたものの、それ以上は考えていなかった。
とりあえず周囲の状況は把握できている。逃げ出せば何とかなると思った矢先に見えたのは、十字路。そして一台のトラック。
「まさかあのトラック……」
「おい! いたぞ!」
「!?」
両側から現れた憤怒者達に気付く暇も無く、万事休すか。
そう思った直後のことだった。
「ぐあっ!」
背後から悲鳴が2つ。
「その人を捕まえるつもりなら、僕達を倒してからにしろー!」
『sylvatica』御影・きせき(CL2001110)が放った斬撃が、憤怒者達を捉えて痺れさせたのだ。
「くっ……こいつら……!」
他の2人がショットガンを構えた所に、『願いの巫女』新堂・明日香(CL2001534)の放った雷が降り注ぐ。
「小川さん! 助けに来ました!」
見事感電した二人の身体に痺れが走ったようだ。
「え……?」
「早く私達が来た方へ!」
『調和の翼』天野 澄香(CL2000194)が治癒力を高める香りを周囲に振りまきながら、忠彦に近寄って声を掛ける。
そこに『導きの鳥』麻弓 紡(CL2000623)が祝詞を念じ、忠彦の能力を増強させた。
……だが。それをむざむざ通すほど間の抜けた憤怒者達ではない。
しかし痺れに苦しみながらも彼の進路を妨害した所に……降り注いだのは笑顔。
「こんな時間までバンバンやって、ニポンの民はやっぱり残業長すぎない?」
いや、笑顔の彫られたハンマーだ。『ニポンの民の友』プリンス・オブ・グレイブル(CL2000942)の一撃は憤怒者の一人の盾に深くえぐりこんだ。
突如やって来た新手の敵に注意が向いた所に、今度は双刀の斬撃が。
「忠彦のおっちゃん!」
『守人刀』獅子王 飛馬(CL2001466)の攻撃だ。いや、それよりも。
「おっちゃ……?」
飛馬の言葉に困惑を隠しきれない忠彦をよそに、今度は憤怒者の攻撃が。
しかしそれは飛馬の斬撃で防がれた。
「ぼやぼやすんなよおっちゃん! 早く逃げろよ!」
「だがおっちゃんはないだろ!?」
そんな会話をしている二人をそっちのけで、憤怒者の真上から強烈な一撃が。ばきりと音を立てて防具にめり込んだのを見て、『エリニュスの翼』如月・彩吹(CL2001525)は薄く笑った。
「……いい防具だ」
更に蹴りを入れて、盾ごと憤怒者を蹴り飛ばして一言。
「これなら過剰防衛にはならないよね?」
そんな彩吹の言葉に、返事と言わんばかりに青白い光がプリンスの眼前を通り過ぎて――憤怒者の足元を凍らせた。
『Mr.ライトニング』水部 稜(CL2001272)の一撃だ。
「稜ちゃん、バカ殿ごと凍らせてくれてもよかったのに」
「ツム姫は今日も心が優しい。……余以外に」
ちょっと鼻先凍ったんだけど。というプリンスの声に稜は真顔でボソリ。
「すまんな麻弓。私もグレイブル卿を狙ったんだ」
……きっとジョークだ。
憤怒者の間を抜け、忠彦の周囲を澄香、紡、稜、明日香が囲み、南側へと向かおうとする間、前衛を得意とする覚者達の妨害が功を奏した。
「おおおおおおおっ!」
飛馬の鬨の声で治癒力が高められ、その後繰り出された地面の揺れに、憤怒者達の足場が崩れた。
その戸惑いに隙を与えず、膨大な熱量を帯びたきせきの素早い一撃が。憤怒者の身体が紙の如く吹き飛んだ。
「次はお前らだー!」
明るく無邪気な様子に覇気と呼べるものはない。だがその威力だけが現実離れしたものだ。
「わかった、じゃ余と夜食行こう! 並までならおごるよ?」
と言いつつプリンスも憤怒者のブロックに掛かるが、彼の国庫は只今千円。……国債は多分寸借詐欺かもしれない。
「小川さんの死の運命を……私は何度でも祓ってみせます」
その運命を占うタロットカードを手に2枚携え、澄香は左右からやって来た敵をキッと見据える。
「稜ちゃん左! 澄ちゃん右!」
紡の言葉に澄香と稜は背を合わせる。
「参りましょう」
「……ああ」
次の瞬間、カードから舞った葉が種子となり棘を伸ばし、ショットガンを持った憤怒者に襲い掛かり。稜の持っていた銃から冷気の光が前方の敵ごと巻き込んだ。
その隙を縫って4人の覚者が忠彦を連れて元の南側の道路へ戻る際。すれ違いざまに彩吹が忠彦に一言。
「『ここで死にたくない』だろう?」
「……!」
忠彦が何かを言おうとした隙を狙うように、憤怒者の攻撃が彩吹を狙う。しかしそれは彼女の強烈なカウンターに遮られた。
「……嬢ちゃん、言うね」
「……ふふっ」
紡と明日香が忠彦と同じ後衛へ、忠彦を庇う形で稜と澄香が中衛へ。最前線に彩吹、きせき、プリンス、飛馬が立ちはだかる。
「皆頑張って!」
明日香と紡の祈りで前衛の攻防共に上がった前衛陣の一撃は、憤怒者達の防御をじわじわと崩して行く。
きせきの素早い連撃が襲った所に、プリンスのハンマーの石突を利用した突きが繰り出され、彩吹の二連撃が滑るように入る。飛馬の盤石な守りによって前衛以降にはほとんどダメージが入らない。
そこに中衛陣と明日香の高火力の術式が降り注いだ。
雷が降り注ぎ、敵を弱体化させる香りが周囲を漂い、大波が彼等に襲い掛かる。
紡や澄香、明日香の支援によって覚者達の消耗は軽減される一方で、ショットガンを持った後衛の憤怒者が一人、また一人と崩れる。
そんな様子に、じわじわと追い詰められた憤怒者達はそれぞれ目配せをした。
覚者達が何か嫌な予感を覚えた次の瞬間、閃光が瞬いた。
一瞬ひるんだ直後、憤怒者の一人がトラックに近寄ろうとする。
……が。
超直観を活性化させた彩吹が真っ先にそれに気づいた。
「澄香!」
「ええ! させません!」
刹那、澄香の放った空気の弾丸がその憤怒者の目の前を過った。
「俺達も巻き添えなんて冗談じゃないぜ!!」
その隙を狙って飛馬が再び地面を揺らし、陣形を崩す。
だが他の憤怒者達がブロックに掛かろうとする。
しかしそれを阻んだのは彩吹だった。双刀の二連撃が憤怒者の眼前をすっと過り、彼等をひるませた。
「きせき! 行くんだ!」
「うん!」
彩吹の言葉に風の如く駆けだしたきせきは刀を構え、その憤怒者との距離をあっという間に縮めた。
その赤の瞳は純粋にその憤怒者を見据え。楽しさで弧を描いた唇は静かに言葉を紡いだ。
「……僕達の勝ちだよ」
ひゅ、と風斬り音を立てて、振り下ろされた一撃は盾をも切り裂いた。
「必要以上に構うな! 撤退するぞ!!」
一人の憤怒者が声をあげる。それに弾かれたように彼等はその場から撤収した。
だが、夢見から「深追いすると危ない」と覚者達は忠告を受けている。
彩吹と紡が周囲をていさつしながら、忠彦の地形把握に先導されて彼等は工場を抜け出そうとしたのだが……。
そこでまたバカ王子が一言。
「余ちょっと忘れ物しちゃったから、先行っててくれない?」
「は!?」
「いいからいいから。後で駆けつけ三杯ね?」
訳の分からぬことを言われて仕方なしに覚者達はプリンスを置いて撤収することに。
覚者達の姿が見えなくなった所で、彼はトラックの透視をした。記憶力を増強させその目に状況を焼き付ける。
「ふぅーむ……」
だが、特にこれと言った異常は無い。夢見の予知通りトラックには毒のタンクが積まれているようだ。それ以外は何もなし。バルブからも漏れていない。トラック内にも地図やそれらしい手がかりになりそうなものは何もない。
忠彦が近づいて死んだのは恐らく、憤怒者の流れ弾がトラックを損傷させ内部の液体の毒が流れ、それに触れた為に崩れ落ち、そして更に毒に触れ衰弱死しだのだろう。
しかしこうも手がかりがないとは。プリンスは周囲を見回したのち、明後日の方向を向きこれ以上ない笑みを浮かべて一言。
「良かったら教えてよ?」
だがその問いに答えたのは青い鳥――別名、対王子最終兵器――だった。
きぃぃぃぃぃぃぃぃん……
ごっ。
ジェットの如き音を立てて飛んできた一撃は王子の後頭部にクリーンヒット。
そこで彼の意識は途切れた。
●反逆
忠彦を含めたFiVEの覚者は工場から離れた場所にいた。
「サトミさんは別動隊の皆さんが保護に向かいましたのできっと大丈夫です」
澄香のその言葉に、忠彦は溜息を一つ。安堵か不穏かは伺い知れないが、落ち着いた様子ではあった。そして辺りを見回して一言。
「あの外人は?」
その返答の代わりと言わんばかりに、目の前にその王子の身体がどさりと落ちてきて彼は度肝を抜いた。王子は完全にノビている。
「ゴメン。遅れちゃった」
プリンスの暴走を止める為、紡が彼を蹴り飛ばし飛行でここまで運んできたようだ。
プリンスを気絶させた後、紡がFiVEに連絡を取ってくれたらしく、一応あのトラックはAAAが処理してくれることで話も決まったらしい。ひとまず安心だろうが……。
「バカ王子は械因子だしボクそんなに物理攻撃力高くないからダイジョブ」
とは言われたが、あまりの手荒さに忠彦は呆気に取られた。
だがあのトラックを放置しておくのも何だか気味が悪いし、彩吹や紡の探索能力で憤怒者達が完全に撤退していることは分かってるのでトラックの近くに戻ることに。
……分かっていたことだが、確かに憤怒者達の影は無い。
「アレでテロ起こすんじゃないかなって思ってたけど……」
明日香がポツリ。
「んー。毒物要らなくなったんじゃない?」
意識を取り戻したプリンスがそう返すのを聞いて、稜が忠彦に一言。
「いくつか聞いていいか?」
忠彦は黙って頷きを返した。
「まず今回の経緯。次にアンタはトラックの中身をどこまで知っているか。それとこの会社がその中身についてどこまで関与しているかだ」
「……ああ。分かった」
彼がこの事件に関わったきっかけは石田サトミに偶然出会ったことらしい。
出会い自体は些細な出来事であんまり覚えていない。
だが、その姿が妹に似ていて、つい。色々と世話を焼いてしまうようになり。出会った当時はまだ彼女が危険な調査をしている等知らなかったようだが、まあ親しくなって話を聞いている内に……ほっとけなくなったそうだ。彼女も自分を信用してくれた。
「……で、ある日言われたんだ。『覚者にだけ効く毒を含んだ廃棄物がこの工場で処理されないで、外部に横流しされてる』って」
「あのトラックの中身か?」
飛馬の問いに、忠彦は頷いた。
「じゃあ、過去何度も毒は……」
「どっかに運ばれてる。詳しくは知らねえが」
今度は彩吹の問いにそう返す。
空気が、一気に冷たくなった。
でもって忠彦はサトミを放っておく訳にもいかず、横流しの証拠である記録を奪取するために今日この工場に来たらしい。
だがそれらしい記録は全て、無くなっていた。
先手を打たれたのだ。責任者だった男もつい数日前に失踪同然で辞めて、手がかりゼロ。それでも諦められずサトミが廃棄物の一部を何とか手に入れている内に憤怒者達に見つかり……狙われたという訳だ。
「そこまでして小川さん達を殺したかったの?」
きせきが首を傾げる。果たしてそれにしても消す必要まであるのか。覚者だからという理由で殺すのか。忠彦はその問いに肩を竦めた。
「俺が覚者で秘密を握ってるとかよりも……やっぱり奴等が『憤怒者だから』ってのはあるんじゃないか?」
「小川ちゃん何でそんなこと知って……あ」
途中まで言った紡がある事実に気づき、言葉を止める。
「俺は『元』憤怒者だっての。ウラミツラミ誤解、偏見、差別、はけ口。理由なんざ何だっていい。本当は攻撃性の赴くままに何かを叩きたい、誰かを殴りたいだけ。そんな大馬鹿野郎は過去の俺含めこの世に掃いて捨てるほどいる。だから消す必要まではなくても俺達を殺そうとした」
「ガス抜き……か。本当ならひどい話だ」
そう呟く彩吹の目は、笑っていなかった。
「あの、私思ったんですが……」
澄香――栄養学を修めた彼女が渋い顔をしていた。
「このガイア製薬から手に入れられなくても廃棄物……毒の化学的組成によっては、国内外問わず他の工場からも買えますよね?」
「ああ、そうか……」
その指摘に稜も溜息を吐いた。
「廃棄するのもタダじゃない。それが金に変わるなら法律上の善意悪意……つまり覚者に効く毒という事実を把握してるかどうかに関わらず喜んで売る会社だってあるな……」
法規制には時間がかかるし、限度もある。
毒は常に薬になる可能性を持っている。憤怒者と関係があるかどうかに関わらず、『覚者にだけ発症する病気が見つかった時の為に研究したい』と言い出す可能性だってある。
それらのケースを想定して規制を決めるとなれば……更に時間はかかりそうだ。
いや、案外この会社もその手の口実で廃棄物を売ったと言い出すかもしれない。
――知らぬ存ぜぬ、トラックは貸しただけ。と。
実際に追い詰めるとなればグレーは白かもしれない。
仮にグレーが黒になったとしても、それが直接的に憤怒者連中を追い詰めるとは限らない。トップが交代して終わりになる未来は容易に想像が付く。
責任の所在も、真実も、容易く闇へ埋もれていくだろう。
だから、あのトラックは放置されたのだ。今後……いや、今まででもどこからでも入手できるチャンスはあったし、恐らく相当量の毒が現在完了形でどこかにかき集められている。
そして、だからこそ目の前の毒の輸送に失敗するよりもFiVEに尻尾を掴まれる方が恐ろしいと彼等は理解しているのだ。
最悪は、脱した。忠彦を死の運命から救い、奪還できる筈のなかったトラックを奪還した。これは間違いなく覚者達の力があったから出来たこと。
だが、何かがこの奇跡さえをも踏まえた上で全てに手を打っていたら。
果たして、それを誰が予知できようか。
「神様気取り?」
飴を舐めていた紡が頬を膨らませ言う。その言葉に明日香は一言。
「カミサマはこんなことしない。……これはきっと魔物の仕業だよ」
忠彦は苛立たし気に自分の拳を掌に打ち付けた。
そんな彼を見て、明日香は声を掛けた。
「小川さん。一緒に、来てもらえませんか……?」
「……は?」
「このままだと多分また彼等に狙われてしまうから……」
そこまで言って、首を横に振る。
「そうじゃない。あたしは、見知った人が危険な目に遭うのが嫌だから。小川さんにも死んで欲しくない」
だから、お願いします。そこまで言われて忠彦は溜息一つ。彼はネクタイを緩め、空を仰いだ。
「今回の件できっと根無し草だろうしな。ちょっくらFiVEに世話になるか」
「本当!?」
喜んで飛び跳ねそうな勢いの明日香を見て忠彦は笑う。
「言質は取ったからな?」
「……いい弁護士だ」
「至上の褒め言葉痛み入る」
稜との皮肉の応酬に笑顔を返し、飛馬に近寄った。
「ま、つーことで坊主、よろしく頼むぜ?」
「坊主?」
「おっちゃんなんて言ってるからおあいこだ」
眉がつりあがったのを見て、忠彦はニヤリと笑みを返す。
「警備員の民には今度並牛丼おごるよ」
「……そんなこと言って逆にたかる気だろ」
今度は後ろから声が。咄嗟にそうツッコむが、プリンスはどうだろ? と爽やかな笑顔を返すばかり。
そんな時のこと。今度は澄香が口を開いた。
「いつも妹さんが人助けのきっかけって、仲の良いご兄妹だったんですね?」
くすくすと笑われて、忠彦の頬に赤みが差した。
「命のかかった場面で他人を守れる人は好きだよ。私にも兄がいるしね。妹思いのお兄さんには親しみが湧く」
彩吹にまでそう言われ、更に赤くなる。助けを求めてきせきに視線を送るが、彼までニコニコしてて。
「えへへ。小川さん、ぶっきらぼう装ってるけど本当は優しいのは僕も知ってるよ」
「だー! そういうのはやめてくれ!」
逃げ出そうとする忠彦に、再び明日香が口を開いた。
「……でも」
「?」
「怒るのも、恨むのも疲れるし……。あの時みたいに、守る方が小川さんには似合ってる。だから来るって決めてくれて、よかったなって……」
忠彦は遂に、沈黙し背を向けた。
あの子から貰った言葉は、彼に通じただろうか。その背中が何となく、答えを示している気がした。
正直な人だな。明日香は小さく笑った。
「小川ちゃん、所属祝いだよ」
紡から飴を渡され、忠彦は後ろを向いたまま受け取った。
魔物は、今笑っているのだろうか。怒っているだろうか。
いや、笑みも怒りもせず、悲観も楽観もせず淡々とこの現状を観測し、神の如くサイコロを振り、値に応じて駒を動かしているだけなのかもしれない。
だが、果たして。覚者達の背に押されて一人の男の心が動いたことまで――その魔物は予測できただろうか。
わずかに、しかし確かに未来は変わっている。
彼等は知っている。
夢見の予知する未来を変えた先に何があるかを知らないことを。
……なら、きっと。魔物もその未来の先に何があるかなど――絶対に全て知る筈がないのだと。
「打倒! 神様気取りの魔物!」
紡が取った音頭。その言葉に一部の覚者は笑いながら拳を握り、また他の覚者は少し嫌そうに握りこぶしを作る。それに忠彦も振り向き、拳を握った。
「おーーー!!」
声は、夜の闇に消えた。彼等はその闇を見据えた。
しかし、その先には星の代わりにいくつもの煌めく地上の光がある。
魔物を覆う闇は、深い。遠く遠くまでこの世界を覆っている。
――だが、その闇も彼等の放つ光で……いつか晴れるのだろうか。
忠彦は、逃げていた。何とかサトミを追っていた連中を引き付けたものの、それ以上は考えていなかった。
とりあえず周囲の状況は把握できている。逃げ出せば何とかなると思った矢先に見えたのは、十字路。そして一台のトラック。
「まさかあのトラック……」
「おい! いたぞ!」
「!?」
両側から現れた憤怒者達に気付く暇も無く、万事休すか。
そう思った直後のことだった。
「ぐあっ!」
背後から悲鳴が2つ。
「その人を捕まえるつもりなら、僕達を倒してからにしろー!」
『sylvatica』御影・きせき(CL2001110)が放った斬撃が、憤怒者達を捉えて痺れさせたのだ。
「くっ……こいつら……!」
他の2人がショットガンを構えた所に、『願いの巫女』新堂・明日香(CL2001534)の放った雷が降り注ぐ。
「小川さん! 助けに来ました!」
見事感電した二人の身体に痺れが走ったようだ。
「え……?」
「早く私達が来た方へ!」
『調和の翼』天野 澄香(CL2000194)が治癒力を高める香りを周囲に振りまきながら、忠彦に近寄って声を掛ける。
そこに『導きの鳥』麻弓 紡(CL2000623)が祝詞を念じ、忠彦の能力を増強させた。
……だが。それをむざむざ通すほど間の抜けた憤怒者達ではない。
しかし痺れに苦しみながらも彼の進路を妨害した所に……降り注いだのは笑顔。
「こんな時間までバンバンやって、ニポンの民はやっぱり残業長すぎない?」
いや、笑顔の彫られたハンマーだ。『ニポンの民の友』プリンス・オブ・グレイブル(CL2000942)の一撃は憤怒者の一人の盾に深くえぐりこんだ。
突如やって来た新手の敵に注意が向いた所に、今度は双刀の斬撃が。
「忠彦のおっちゃん!」
『守人刀』獅子王 飛馬(CL2001466)の攻撃だ。いや、それよりも。
「おっちゃ……?」
飛馬の言葉に困惑を隠しきれない忠彦をよそに、今度は憤怒者の攻撃が。
しかしそれは飛馬の斬撃で防がれた。
「ぼやぼやすんなよおっちゃん! 早く逃げろよ!」
「だがおっちゃんはないだろ!?」
そんな会話をしている二人をそっちのけで、憤怒者の真上から強烈な一撃が。ばきりと音を立てて防具にめり込んだのを見て、『エリニュスの翼』如月・彩吹(CL2001525)は薄く笑った。
「……いい防具だ」
更に蹴りを入れて、盾ごと憤怒者を蹴り飛ばして一言。
「これなら過剰防衛にはならないよね?」
そんな彩吹の言葉に、返事と言わんばかりに青白い光がプリンスの眼前を通り過ぎて――憤怒者の足元を凍らせた。
『Mr.ライトニング』水部 稜(CL2001272)の一撃だ。
「稜ちゃん、バカ殿ごと凍らせてくれてもよかったのに」
「ツム姫は今日も心が優しい。……余以外に」
ちょっと鼻先凍ったんだけど。というプリンスの声に稜は真顔でボソリ。
「すまんな麻弓。私もグレイブル卿を狙ったんだ」
……きっとジョークだ。
憤怒者の間を抜け、忠彦の周囲を澄香、紡、稜、明日香が囲み、南側へと向かおうとする間、前衛を得意とする覚者達の妨害が功を奏した。
「おおおおおおおっ!」
飛馬の鬨の声で治癒力が高められ、その後繰り出された地面の揺れに、憤怒者達の足場が崩れた。
その戸惑いに隙を与えず、膨大な熱量を帯びたきせきの素早い一撃が。憤怒者の身体が紙の如く吹き飛んだ。
「次はお前らだー!」
明るく無邪気な様子に覇気と呼べるものはない。だがその威力だけが現実離れしたものだ。
「わかった、じゃ余と夜食行こう! 並までならおごるよ?」
と言いつつプリンスも憤怒者のブロックに掛かるが、彼の国庫は只今千円。……国債は多分寸借詐欺かもしれない。
「小川さんの死の運命を……私は何度でも祓ってみせます」
その運命を占うタロットカードを手に2枚携え、澄香は左右からやって来た敵をキッと見据える。
「稜ちゃん左! 澄ちゃん右!」
紡の言葉に澄香と稜は背を合わせる。
「参りましょう」
「……ああ」
次の瞬間、カードから舞った葉が種子となり棘を伸ばし、ショットガンを持った憤怒者に襲い掛かり。稜の持っていた銃から冷気の光が前方の敵ごと巻き込んだ。
その隙を縫って4人の覚者が忠彦を連れて元の南側の道路へ戻る際。すれ違いざまに彩吹が忠彦に一言。
「『ここで死にたくない』だろう?」
「……!」
忠彦が何かを言おうとした隙を狙うように、憤怒者の攻撃が彩吹を狙う。しかしそれは彼女の強烈なカウンターに遮られた。
「……嬢ちゃん、言うね」
「……ふふっ」
紡と明日香が忠彦と同じ後衛へ、忠彦を庇う形で稜と澄香が中衛へ。最前線に彩吹、きせき、プリンス、飛馬が立ちはだかる。
「皆頑張って!」
明日香と紡の祈りで前衛の攻防共に上がった前衛陣の一撃は、憤怒者達の防御をじわじわと崩して行く。
きせきの素早い連撃が襲った所に、プリンスのハンマーの石突を利用した突きが繰り出され、彩吹の二連撃が滑るように入る。飛馬の盤石な守りによって前衛以降にはほとんどダメージが入らない。
そこに中衛陣と明日香の高火力の術式が降り注いだ。
雷が降り注ぎ、敵を弱体化させる香りが周囲を漂い、大波が彼等に襲い掛かる。
紡や澄香、明日香の支援によって覚者達の消耗は軽減される一方で、ショットガンを持った後衛の憤怒者が一人、また一人と崩れる。
そんな様子に、じわじわと追い詰められた憤怒者達はそれぞれ目配せをした。
覚者達が何か嫌な予感を覚えた次の瞬間、閃光が瞬いた。
一瞬ひるんだ直後、憤怒者の一人がトラックに近寄ろうとする。
……が。
超直観を活性化させた彩吹が真っ先にそれに気づいた。
「澄香!」
「ええ! させません!」
刹那、澄香の放った空気の弾丸がその憤怒者の目の前を過った。
「俺達も巻き添えなんて冗談じゃないぜ!!」
その隙を狙って飛馬が再び地面を揺らし、陣形を崩す。
だが他の憤怒者達がブロックに掛かろうとする。
しかしそれを阻んだのは彩吹だった。双刀の二連撃が憤怒者の眼前をすっと過り、彼等をひるませた。
「きせき! 行くんだ!」
「うん!」
彩吹の言葉に風の如く駆けだしたきせきは刀を構え、その憤怒者との距離をあっという間に縮めた。
その赤の瞳は純粋にその憤怒者を見据え。楽しさで弧を描いた唇は静かに言葉を紡いだ。
「……僕達の勝ちだよ」
ひゅ、と風斬り音を立てて、振り下ろされた一撃は盾をも切り裂いた。
「必要以上に構うな! 撤退するぞ!!」
一人の憤怒者が声をあげる。それに弾かれたように彼等はその場から撤収した。
だが、夢見から「深追いすると危ない」と覚者達は忠告を受けている。
彩吹と紡が周囲をていさつしながら、忠彦の地形把握に先導されて彼等は工場を抜け出そうとしたのだが……。
そこでまたバカ王子が一言。
「余ちょっと忘れ物しちゃったから、先行っててくれない?」
「は!?」
「いいからいいから。後で駆けつけ三杯ね?」
訳の分からぬことを言われて仕方なしに覚者達はプリンスを置いて撤収することに。
覚者達の姿が見えなくなった所で、彼はトラックの透視をした。記憶力を増強させその目に状況を焼き付ける。
「ふぅーむ……」
だが、特にこれと言った異常は無い。夢見の予知通りトラックには毒のタンクが積まれているようだ。それ以外は何もなし。バルブからも漏れていない。トラック内にも地図やそれらしい手がかりになりそうなものは何もない。
忠彦が近づいて死んだのは恐らく、憤怒者の流れ弾がトラックを損傷させ内部の液体の毒が流れ、それに触れた為に崩れ落ち、そして更に毒に触れ衰弱死しだのだろう。
しかしこうも手がかりがないとは。プリンスは周囲を見回したのち、明後日の方向を向きこれ以上ない笑みを浮かべて一言。
「良かったら教えてよ?」
だがその問いに答えたのは青い鳥――別名、対王子最終兵器――だった。
きぃぃぃぃぃぃぃぃん……
ごっ。
ジェットの如き音を立てて飛んできた一撃は王子の後頭部にクリーンヒット。
そこで彼の意識は途切れた。
●反逆
忠彦を含めたFiVEの覚者は工場から離れた場所にいた。
「サトミさんは別動隊の皆さんが保護に向かいましたのできっと大丈夫です」
澄香のその言葉に、忠彦は溜息を一つ。安堵か不穏かは伺い知れないが、落ち着いた様子ではあった。そして辺りを見回して一言。
「あの外人は?」
その返答の代わりと言わんばかりに、目の前にその王子の身体がどさりと落ちてきて彼は度肝を抜いた。王子は完全にノビている。
「ゴメン。遅れちゃった」
プリンスの暴走を止める為、紡が彼を蹴り飛ばし飛行でここまで運んできたようだ。
プリンスを気絶させた後、紡がFiVEに連絡を取ってくれたらしく、一応あのトラックはAAAが処理してくれることで話も決まったらしい。ひとまず安心だろうが……。
「バカ王子は械因子だしボクそんなに物理攻撃力高くないからダイジョブ」
とは言われたが、あまりの手荒さに忠彦は呆気に取られた。
だがあのトラックを放置しておくのも何だか気味が悪いし、彩吹や紡の探索能力で憤怒者達が完全に撤退していることは分かってるのでトラックの近くに戻ることに。
……分かっていたことだが、確かに憤怒者達の影は無い。
「アレでテロ起こすんじゃないかなって思ってたけど……」
明日香がポツリ。
「んー。毒物要らなくなったんじゃない?」
意識を取り戻したプリンスがそう返すのを聞いて、稜が忠彦に一言。
「いくつか聞いていいか?」
忠彦は黙って頷きを返した。
「まず今回の経緯。次にアンタはトラックの中身をどこまで知っているか。それとこの会社がその中身についてどこまで関与しているかだ」
「……ああ。分かった」
彼がこの事件に関わったきっかけは石田サトミに偶然出会ったことらしい。
出会い自体は些細な出来事であんまり覚えていない。
だが、その姿が妹に似ていて、つい。色々と世話を焼いてしまうようになり。出会った当時はまだ彼女が危険な調査をしている等知らなかったようだが、まあ親しくなって話を聞いている内に……ほっとけなくなったそうだ。彼女も自分を信用してくれた。
「……で、ある日言われたんだ。『覚者にだけ効く毒を含んだ廃棄物がこの工場で処理されないで、外部に横流しされてる』って」
「あのトラックの中身か?」
飛馬の問いに、忠彦は頷いた。
「じゃあ、過去何度も毒は……」
「どっかに運ばれてる。詳しくは知らねえが」
今度は彩吹の問いにそう返す。
空気が、一気に冷たくなった。
でもって忠彦はサトミを放っておく訳にもいかず、横流しの証拠である記録を奪取するために今日この工場に来たらしい。
だがそれらしい記録は全て、無くなっていた。
先手を打たれたのだ。責任者だった男もつい数日前に失踪同然で辞めて、手がかりゼロ。それでも諦められずサトミが廃棄物の一部を何とか手に入れている内に憤怒者達に見つかり……狙われたという訳だ。
「そこまでして小川さん達を殺したかったの?」
きせきが首を傾げる。果たしてそれにしても消す必要まであるのか。覚者だからという理由で殺すのか。忠彦はその問いに肩を竦めた。
「俺が覚者で秘密を握ってるとかよりも……やっぱり奴等が『憤怒者だから』ってのはあるんじゃないか?」
「小川ちゃん何でそんなこと知って……あ」
途中まで言った紡がある事実に気づき、言葉を止める。
「俺は『元』憤怒者だっての。ウラミツラミ誤解、偏見、差別、はけ口。理由なんざ何だっていい。本当は攻撃性の赴くままに何かを叩きたい、誰かを殴りたいだけ。そんな大馬鹿野郎は過去の俺含めこの世に掃いて捨てるほどいる。だから消す必要まではなくても俺達を殺そうとした」
「ガス抜き……か。本当ならひどい話だ」
そう呟く彩吹の目は、笑っていなかった。
「あの、私思ったんですが……」
澄香――栄養学を修めた彼女が渋い顔をしていた。
「このガイア製薬から手に入れられなくても廃棄物……毒の化学的組成によっては、国内外問わず他の工場からも買えますよね?」
「ああ、そうか……」
その指摘に稜も溜息を吐いた。
「廃棄するのもタダじゃない。それが金に変わるなら法律上の善意悪意……つまり覚者に効く毒という事実を把握してるかどうかに関わらず喜んで売る会社だってあるな……」
法規制には時間がかかるし、限度もある。
毒は常に薬になる可能性を持っている。憤怒者と関係があるかどうかに関わらず、『覚者にだけ発症する病気が見つかった時の為に研究したい』と言い出す可能性だってある。
それらのケースを想定して規制を決めるとなれば……更に時間はかかりそうだ。
いや、案外この会社もその手の口実で廃棄物を売ったと言い出すかもしれない。
――知らぬ存ぜぬ、トラックは貸しただけ。と。
実際に追い詰めるとなればグレーは白かもしれない。
仮にグレーが黒になったとしても、それが直接的に憤怒者連中を追い詰めるとは限らない。トップが交代して終わりになる未来は容易に想像が付く。
責任の所在も、真実も、容易く闇へ埋もれていくだろう。
だから、あのトラックは放置されたのだ。今後……いや、今まででもどこからでも入手できるチャンスはあったし、恐らく相当量の毒が現在完了形でどこかにかき集められている。
そして、だからこそ目の前の毒の輸送に失敗するよりもFiVEに尻尾を掴まれる方が恐ろしいと彼等は理解しているのだ。
最悪は、脱した。忠彦を死の運命から救い、奪還できる筈のなかったトラックを奪還した。これは間違いなく覚者達の力があったから出来たこと。
だが、何かがこの奇跡さえをも踏まえた上で全てに手を打っていたら。
果たして、それを誰が予知できようか。
「神様気取り?」
飴を舐めていた紡が頬を膨らませ言う。その言葉に明日香は一言。
「カミサマはこんなことしない。……これはきっと魔物の仕業だよ」
忠彦は苛立たし気に自分の拳を掌に打ち付けた。
そんな彼を見て、明日香は声を掛けた。
「小川さん。一緒に、来てもらえませんか……?」
「……は?」
「このままだと多分また彼等に狙われてしまうから……」
そこまで言って、首を横に振る。
「そうじゃない。あたしは、見知った人が危険な目に遭うのが嫌だから。小川さんにも死んで欲しくない」
だから、お願いします。そこまで言われて忠彦は溜息一つ。彼はネクタイを緩め、空を仰いだ。
「今回の件できっと根無し草だろうしな。ちょっくらFiVEに世話になるか」
「本当!?」
喜んで飛び跳ねそうな勢いの明日香を見て忠彦は笑う。
「言質は取ったからな?」
「……いい弁護士だ」
「至上の褒め言葉痛み入る」
稜との皮肉の応酬に笑顔を返し、飛馬に近寄った。
「ま、つーことで坊主、よろしく頼むぜ?」
「坊主?」
「おっちゃんなんて言ってるからおあいこだ」
眉がつりあがったのを見て、忠彦はニヤリと笑みを返す。
「警備員の民には今度並牛丼おごるよ」
「……そんなこと言って逆にたかる気だろ」
今度は後ろから声が。咄嗟にそうツッコむが、プリンスはどうだろ? と爽やかな笑顔を返すばかり。
そんな時のこと。今度は澄香が口を開いた。
「いつも妹さんが人助けのきっかけって、仲の良いご兄妹だったんですね?」
くすくすと笑われて、忠彦の頬に赤みが差した。
「命のかかった場面で他人を守れる人は好きだよ。私にも兄がいるしね。妹思いのお兄さんには親しみが湧く」
彩吹にまでそう言われ、更に赤くなる。助けを求めてきせきに視線を送るが、彼までニコニコしてて。
「えへへ。小川さん、ぶっきらぼう装ってるけど本当は優しいのは僕も知ってるよ」
「だー! そういうのはやめてくれ!」
逃げ出そうとする忠彦に、再び明日香が口を開いた。
「……でも」
「?」
「怒るのも、恨むのも疲れるし……。あの時みたいに、守る方が小川さんには似合ってる。だから来るって決めてくれて、よかったなって……」
忠彦は遂に、沈黙し背を向けた。
あの子から貰った言葉は、彼に通じただろうか。その背中が何となく、答えを示している気がした。
正直な人だな。明日香は小さく笑った。
「小川ちゃん、所属祝いだよ」
紡から飴を渡され、忠彦は後ろを向いたまま受け取った。
魔物は、今笑っているのだろうか。怒っているだろうか。
いや、笑みも怒りもせず、悲観も楽観もせず淡々とこの現状を観測し、神の如くサイコロを振り、値に応じて駒を動かしているだけなのかもしれない。
だが、果たして。覚者達の背に押されて一人の男の心が動いたことまで――その魔物は予測できただろうか。
わずかに、しかし確かに未来は変わっている。
彼等は知っている。
夢見の予知する未来を変えた先に何があるかを知らないことを。
……なら、きっと。魔物もその未来の先に何があるかなど――絶対に全て知る筈がないのだと。
「打倒! 神様気取りの魔物!」
紡が取った音頭。その言葉に一部の覚者は笑いながら拳を握り、また他の覚者は少し嫌そうに握りこぶしを作る。それに忠彦も振り向き、拳を握った。
「おーーー!!」
声は、夜の闇に消えた。彼等はその闇を見据えた。
しかし、その先には星の代わりにいくつもの煌めく地上の光がある。
魔物を覆う闇は、深い。遠く遠くまでこの世界を覆っている。
――だが、その闇も彼等の放つ光で……いつか晴れるのだろうか。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
『零ケルビンの光』
取得者:水部 稜(CL2001272)
『運命の切り札』
取得者:天野 澄香(CL2000194)
『黒は無慈悲な夜の女王』
取得者:如月・彩吹(CL2001525)
『対王子最終兵器』
取得者:麻弓 紡(CL2000623)
『予測への抵抗者』
取得者:新堂・明日香(CL2001534)
『護りの二刀』
取得者:獅子王 飛馬(CL2001466)
『新緑の剣士』
取得者:御影・きせき(CL2001110)
『狙われた王子』
取得者:プリンス・オブ・グレイブル(CL2000942)
取得者:水部 稜(CL2001272)
『運命の切り札』
取得者:天野 澄香(CL2000194)
『黒は無慈悲な夜の女王』
取得者:如月・彩吹(CL2001525)
『対王子最終兵器』
取得者:麻弓 紡(CL2000623)
『予測への抵抗者』
取得者:新堂・明日香(CL2001534)
『護りの二刀』
取得者:獅子王 飛馬(CL2001466)
『新緑の剣士』
取得者:御影・きせき(CL2001110)
『狙われた王子』
取得者:プリンス・オブ・グレイブル(CL2000942)
特殊成果
なし

■あとがき■
小川忠彦の救出お疲れさまでした。
当初の予定ではまた根無し草が続くものと思っていたので、まさか彼が仲間になるとは思わず……。
予想外の事態が続いたリプレイでした。楽しんで頂けると幸いです。
当初の予定ではまた根無し草が続くものと思っていたので、まさか彼が仲間になるとは思わず……。
予想外の事態が続いたリプレイでした。楽しんで頂けると幸いです。
