【マニコロ】宿命館大学との交渉
●これまでのあらすじ
――俺たち、実はファイヴっていう組織の一員なんだ。ソウガン和尚から貰った滅相銃から『特殊マニ車理論』っていうのを見つけて……。
――神具を独自に生産するにはこの技術の専門家が必要だって結論に至ったんだ。だから専門家である能登博士に接触することにしたんだ。
――接し方も、接してからどう着地するかも任されとる。それでうちら話し合って決めたんや。
――五麟大学と宿命館大学で共同研究ができればいい。そういう着地点にしようと。
――正直に言って、理論を使った神具が作れなくても構わないと思っています。
――それに、今まで黙ってたことで関係が決裂しちまうかもしれないってこともわかってる。けど、全部知って貰った上で仲良くしたいって思ったんだ。
――だが断じて、黒鯨商会のような連中とは違う。ああいった連中から博士と研究を守るのも、私たちが決めた目的の一つだ。
『特殊マニ車理論』の専門家である能登博士に接触すべく宿命館大学へと潜入したファイヴ独立チーム『レイブン』たち。
彼らは打ち解けたばかりの関係者たちに身分と目的の全てを打ち明けた。
偽りによって固められた人間関係は偽りによってしか保たれない。ゆえにこれ以上深まる前に打ち明けてしまうのはベターな選択だったと言えるだろう。
しかし手持ちのカード全てを開示して相手に対応をゆだねることは、『それ以上の対応をしたくないからと関係を打ち切られる』という危険性をはらんだ非常にリスキーな行為でもあった!
果たして能登博士たちの反応は……!?
●
「うん、すっごく面倒くさい話だね」
牛乳をストローで飲みつつ、白鷹はこともなげにそう言った。
そして、白い指を三つ立てる。
「複雑なことは抜きにして、問題になることを三つだけ言うね。
第一に――その話が真実だという証拠がないこと。
第二に――君たちが誰かに利用されている可能性があること。
第三に――ファイヴとの接し方を能登博士だけで決められないこと」
その場には、白鷹をはじめ浅間やトキ、能登博士や谷川といった面々がそろっていた。
勿論、『レイブン』のメンバーもである。
「第一の問題は、私たちが納得さえできれば証拠はいらないんだ。逆に言えば、君たちさえ信用できるならその話が百パー嘘でもいいの」
「嘘でもって……さすがに極端すぎないか?」
「これは第二の問題に絡むね。君たちが誰かに嘘を吹き込まれちゃってる場合、君たちの真偽に意味は無いの。ってか、この場合この世の全ての真偽に意味が無いよね。信じられるならそれでいいんだから」
奏空たちはソウガン和尚やファイヴのことを想った。
誰がどう話しているかは、この際重要じゃない。
大事なのは、誰を信じられるかなのだ。
「能登博士。あなたたちは私たちを信じられないか?」
問いかけに、能登博士は煙草をくわえたまま応えた。
「どうだろ。今のままの付き合い方だったら、別に信用できると思うよ。けど、考えるべきは第三の問題だよね」
「そこは難しい話だな……」
普段からウェイウェイした谷川が珍しく顔をしかめた。
「宿命館大学はファイヴ――その運営母体である五麟大学との接触をさけてきたんだ。これって、『関わり合いになりたくない』ってことだよね。敵対すれば襲われかねないし、味方をすれば自動的に敵が増えることになる」
「おっしゃる通りですわ。関わるということは『巻き込む』ことでもありますから」
胸を押さえるつばめ。
たとえこれが能登博士の独断かつ単独行動だったとしても、宿命館大学が連鎖的に巻き込まれることは避けられないだろう。
「だから、第三の問題を解決するには『もう一つ上』に掛け合う必要があるんだ」
●
『もう一つ上』。
それは、宿命館大学のトップと話をつけるということだった。
勿論そのためにはファイヴもまた『もう一つ上』を出すのが筋となるのだが。
『いや、この件は皆に任せている。俺はこれ以上タッチするつもりはない。皆の意見がそのまま俺の意見になると考えてもらっていいだろう』
中 恭介(nCL2000002)のこのような返答によって、『レイブン』は当案件における全権代理者として宿命館大学の学長と話をすることになったのだった。
これに対して能登は――。
「学長は気むずかしい人だよ。ファイヴのやり方には否定的だし、今のところ交渉するためのカードもない。私たちも弁護はするけど、情に訴えるのはムリだって思って置いてね」
このように語って、会談の日時を伝えてきた。
――俺たち、実はファイヴっていう組織の一員なんだ。ソウガン和尚から貰った滅相銃から『特殊マニ車理論』っていうのを見つけて……。
――神具を独自に生産するにはこの技術の専門家が必要だって結論に至ったんだ。だから専門家である能登博士に接触することにしたんだ。
――接し方も、接してからどう着地するかも任されとる。それでうちら話し合って決めたんや。
――五麟大学と宿命館大学で共同研究ができればいい。そういう着地点にしようと。
――正直に言って、理論を使った神具が作れなくても構わないと思っています。
――それに、今まで黙ってたことで関係が決裂しちまうかもしれないってこともわかってる。けど、全部知って貰った上で仲良くしたいって思ったんだ。
――だが断じて、黒鯨商会のような連中とは違う。ああいった連中から博士と研究を守るのも、私たちが決めた目的の一つだ。
『特殊マニ車理論』の専門家である能登博士に接触すべく宿命館大学へと潜入したファイヴ独立チーム『レイブン』たち。
彼らは打ち解けたばかりの関係者たちに身分と目的の全てを打ち明けた。
偽りによって固められた人間関係は偽りによってしか保たれない。ゆえにこれ以上深まる前に打ち明けてしまうのはベターな選択だったと言えるだろう。
しかし手持ちのカード全てを開示して相手に対応をゆだねることは、『それ以上の対応をしたくないからと関係を打ち切られる』という危険性をはらんだ非常にリスキーな行為でもあった!
果たして能登博士たちの反応は……!?
●
「うん、すっごく面倒くさい話だね」
牛乳をストローで飲みつつ、白鷹はこともなげにそう言った。
そして、白い指を三つ立てる。
「複雑なことは抜きにして、問題になることを三つだけ言うね。
第一に――その話が真実だという証拠がないこと。
第二に――君たちが誰かに利用されている可能性があること。
第三に――ファイヴとの接し方を能登博士だけで決められないこと」
その場には、白鷹をはじめ浅間やトキ、能登博士や谷川といった面々がそろっていた。
勿論、『レイブン』のメンバーもである。
「第一の問題は、私たちが納得さえできれば証拠はいらないんだ。逆に言えば、君たちさえ信用できるならその話が百パー嘘でもいいの」
「嘘でもって……さすがに極端すぎないか?」
「これは第二の問題に絡むね。君たちが誰かに嘘を吹き込まれちゃってる場合、君たちの真偽に意味は無いの。ってか、この場合この世の全ての真偽に意味が無いよね。信じられるならそれでいいんだから」
奏空たちはソウガン和尚やファイヴのことを想った。
誰がどう話しているかは、この際重要じゃない。
大事なのは、誰を信じられるかなのだ。
「能登博士。あなたたちは私たちを信じられないか?」
問いかけに、能登博士は煙草をくわえたまま応えた。
「どうだろ。今のままの付き合い方だったら、別に信用できると思うよ。けど、考えるべきは第三の問題だよね」
「そこは難しい話だな……」
普段からウェイウェイした谷川が珍しく顔をしかめた。
「宿命館大学はファイヴ――その運営母体である五麟大学との接触をさけてきたんだ。これって、『関わり合いになりたくない』ってことだよね。敵対すれば襲われかねないし、味方をすれば自動的に敵が増えることになる」
「おっしゃる通りですわ。関わるということは『巻き込む』ことでもありますから」
胸を押さえるつばめ。
たとえこれが能登博士の独断かつ単独行動だったとしても、宿命館大学が連鎖的に巻き込まれることは避けられないだろう。
「だから、第三の問題を解決するには『もう一つ上』に掛け合う必要があるんだ」
●
『もう一つ上』。
それは、宿命館大学のトップと話をつけるということだった。
勿論そのためにはファイヴもまた『もう一つ上』を出すのが筋となるのだが。
『いや、この件は皆に任せている。俺はこれ以上タッチするつもりはない。皆の意見がそのまま俺の意見になると考えてもらっていいだろう』
中 恭介(nCL2000002)のこのような返答によって、『レイブン』は当案件における全権代理者として宿命館大学の学長と話をすることになったのだった。
これに対して能登は――。
「学長は気むずかしい人だよ。ファイヴのやり方には否定的だし、今のところ交渉するためのカードもない。私たちも弁護はするけど、情に訴えるのはムリだって思って置いてね」
このように語って、会談の日時を伝えてきた。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.宿命館大学の学長と話をする
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
皆さんの働きにより、能登博士とその実地チームおよび研究員との間に人間的なつながりを生むことが出来ました。
この段階でファイヴの身分と目的を明かしたたことにより、能登博士たちは『自分たちの上司のところへ連れて行く』という判断をしました。
能登博士たちの表面的信用は得られたと考えてOKです。
というわけで、これからの解説にうつりましょう。
『宿命館大学と五麟大学で共同研究をしましょう』という訴えを初対面である学長相手にするという大変荷の重い場面です。
なんなら『今回はご提案だけです。考えて置いてくださいね』といってそそくさと帰ってしまうことも可能ですが、永久保留扱いにされる覚悟がいるでしょう。
といってもプレイングのプロ並みのネゴシエーション技術を要求するのは戦闘プレにプロソルジャーの知識を要求するようなもんなので、ここはちょっと特殊なシステムを適用します。
判定はシステム上で行ない、結果はリプレイで(まともに交渉しているように)表現されます。
●交渉カードシステム
・各人にステータスを割り振り、限定された回数だけカードを提示することで相手から望んだカードの提示を促すシステムです。
こちらが提示したカードに対して、相手は『同等のカードを提示する』『相手よりコストの低いカードを提示する』『相手の提示を破棄する』のいずれかを選べます。
このシステムを使って、最終的に相手から望むカードを引き出しましょう。
→今回の場合『両大学の共同研究』というカードが重要目標となります。
・ステータスは『ルックス』『パッション』『ロジック』の三つに合計『10ポイント』を割り振ることで決定されます。
ルックスは外見や立ち振る舞いやマナーなどを含めた総合的な外的印象。パッションは物事に含まれる行動力や情熱など心の強さ。ロジックは物事を説明するための順序や言葉選びを適切に考える技術にあたります。
どれが有利ということもないので、キャラクターにあった割り振りをして下さい。
・皆さんは『1人につき2回づつ』交渉カードを提示する権利があります。この権利は他人に委譲できません。
カードを提示する順序も指定できますが、『おまかせ』とすることもでき、齟齬があった場合は自動調整されます。
・カードには『100文字まで』の提示内容を書くことが出来ます。
長くても短くても構いませんが、文脈のおかしいものは説得力を損ないます。
これに加えて、提示時の話し方を『台詞形式で』例として追記してください。
台詞はあくまでモーションモデルであって、具体的な手段や手順は要求されません。
・同じ意味のカードが提示された場合、後に提示されたカードは無効となり、権利階数も戻ってきません。
チームで『何を提示するか』を話し合って分担するとよいでしょう。
●交渉カードシステムへの補足
最終段階は『両大学の共同研究』ですが、ここへ至るには最低でも『ファイヴと宿命館大学が関わりをもつ』『能登博士との接触を認める』『能登博士の研究に関わることを認める』のカードが必要になります。
それぞれに至るまでに必要な条件をバラバラに分解して、ひとつひとつ相手から引き出していくことで最終的に目指すカードを引き出すという仕組みになっています。
皆さんは今現在ファイヴの代表として派遣されています。
よって交渉カードに書ける内容は『ファイヴが外部に対してできることのすべて』です。
ただしカードで提示した内容が破棄されない限り必ず実行しなければならないので、システム的に不可能なことや、多くのプレイヤーを承諾無く巻き込む行為などは控えなければなりません。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2017年02月09日
2017年02月09日
■メイン参加者 6人■

●ネゴシエイト
「地球の裏側に三秒足らずで長文を送りつけられるこのご時世、未だに顔を合わせたネゴシエイションが国家を動かしているのは大きく分けて三つの理由があるんだよ」
学長の待つ別棟へと歩きながら、白鷹は指を三つ立てて見せた。
レイブンたちの申し出を受けたときと同じように。
「第一に、人間は嘘をつけること。心にも無い感情を述べられるし、守るつもりのない約束もできる。偽りの理由だとか、偽りの身分だって作れる。だから『ただの約束』を守ることはできないの」
Vサインを『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)の顔に突きつける。
「そんなの人間の常識だよね。本心だけ晒して生きる動物なんて居ないモン。だから第二に、保証を必要とするの。別に約束や感情が嘘でもいいよ、最悪身分だって嘘でもいい。ただし破られた時の保証が確かに存在して、それが確実に行なわれるのであれば約束ができる。意味わかる?」
「ごめん、俺は相手を信じることしかできなくて……」
「あっ、そういうハナシじゃないから間違えないで。お互い肉のついた機械だと思って考えてね。ランダムに嘘をつく機械だと思ってもいいよ。死なないための命綱。わかる?」
「それは、わかる……」
頷いた奏空に、能登が割り込むように指を立てた。
「第三。最低限の保障は『相手がこの約束事に一定のコストをかけている』ってこと。足を運んで顔を見せて、時間を割いて喋るって時点で既に約束事に関心があるっていう事実を作ってるんだね。たまにいるでしょ、メールやSNSの返信はするけど実際会おうとすると無言になる人。顔を見せるってことは、こっちはちゃんと向き合いますよって意志の表明になるの。学長が交渉の場を設けたのも、『そちらの出方次第で向き合うつもりはありますよ』って意志の表明になってるんだねえ」
確かに。もし向き合うつもりすら無いのなら適当な書面をよこしてあしらわれているところだった。
にっこり笑う白鷹。
「私は皆のことだーいすきだよ。けどこれって皆を騙すための嘘かもしれない。利益を奪ったり損害を与えたりするかもしれない。不安になると交流そのものを閉ざして台無しになるから、ちゃんと言っておくのが大事なんだねー」
「実際的な行動や接触もねー」
奏空や『守人刀』獅子王 飛馬(CL2001466)を両脇に抱えてほおずりする能登博士。
この人たちの接触の仕方にグイグイくるものがあるのはこういう理由だったのか……と、今更ながら飛馬はぼんやり理解した。
「そういえば、学長さんのことをまだちゃんと聞いてなかったな。資料は貰ってるけどさ……」
飛馬や奏空は勿論のこと、一定以上の大人付き合いができる『緋焔姫』焔陰 凛(CL2000119)や上月・里桜(CL2001274)もファイヴにて今回のためのネゴシエイト訓練を受けていた。
「立ち振る舞いからなにから、短期間でみっちり仕込まれて……なんか既に肩こってきとるわ」
「今回限りの付け焼き刃ではありますが、ファイヴの全権を代理するに相応しい振る舞いはできるでしょう。ファイヴなりのダメージコントロール、ということなのでしょうか」
交渉における最低限のポイントは既に押さえてある。事前にこちらのもつ大まかな意志を伝えてあるし、そのリアクションから相手が提示するであろう大体の内容も察しがついている。
意外なことかもしれないが、交渉ごとなんてものは始まる前に九割以上が終わっているものだ。
にらみ合いながらアドリブでぐいぐい自分の要求を呑ませるなんていうのはフィクション作品の中だけの話で、片手で大口径拳銃を水平持ちするくらい非現実的な作法なのだ(条件がそろえば無理じゃ無いという意味でもある)。
今から始めるのはその確認。白鷹の三箇条に沿って言うなら『保証』をするための時間なのだ。
『優麗なる乙女』西荻 つばめ(CL2001243)は用意していた資料をぱらりとめくって、小さく息をついた。
「今回は最悪でも空振り。これ以上状況が悪くなることはないですから、そこに不安はありませんけれど……」
「どこまでの成果を獲得できるか。まだ安心はできないな」
『鬼灯の鎌鼬』椿屋 ツバメ(CL2001351)は咳払いを一つ。身なりを整えると、大きな扉の前で立ち止まった。
●愛乃風学長
私立宿命館大学。
日本逢魔化後に設立された、神秘研究のための学術機関である。
非常にデリケートな話なので文脈を省くが、学術を目的としているだけでこれを実際に社会で運用しようだとか何かに利用しようという考え方をしていない。逆に言うとしてはいけない人間たちなのだ。
そんな大学の学長はどのような人物か。
資料を見たレイブン一同は既に知っているのだが……。
「改めてようこそ宿命館大学へ。学長の愛乃風(あいのかぜ)です。歓迎しますわ」
学長は、三十台後半にかかろうかという女性であった。
舞台の主演女優のような堂々とした、そして美しい立ち振る舞い。
有無を言わさない迫力と、堅物を一発で転がしてしまいそうな柔軟さが窺える。
しかし事前に聞いたとおり気むずかしい人間のようで、『お願い』や『脅し』が全く通じないことが、顔を見た瞬間に分かった。
逆に言えばそういうダメージを幾度となく受けて自らを強化し続けてきた人間ということでもある。
レイブンのメンバー、特に奏空たち少年グループは正直に話しておいてよかったとこのときに思った。
「さあ、おかけになって。能登さん、あなたも一緒にいかがかしら」
「いーえー。私はそこに立ってますから」
手を振り、ソファの後ろに立つ能登。白鷹は当たり前のように部屋の外に待機している。
自分たちの立場を明確に示しているのだ。
ファイルを開いて、まるで初めて見るように目を落とす愛乃風。
「皆さんはファイヴという民間団体の方々なのよね。運営母体は五麟大学の考古学研究所。神秘の武器や技術を研究する人間が、それを人間や動物に向けるのは危ないわねえ」
「そうですね。とても危ないことだと思います。イエローケーキを身体に塗ってしまう子供が現われないように、私たちはできることをしなければなりませんね」
里桜は出されたお茶に口をつけてから、おっとりと笑った。
「我々ファイヴも現場的観点から神具の特性を多く蓄積して来ました。この情報はきっと宿命館大学の皆様のお役にたつと思います」
「あらまあ、それは研究者たちも喜ぶわね。学生たちにもきっといい刺激になるわ。ファイヴの皆さんとしては、新しく強力な神具を作ってより強い敵と戦いたいわよね」
「勾玉のことでしょうか。そうですね。戦う力が増えることでできることは増えるでしょう。けれど、増えるだけとも考えられます」
「欲する方はいらっしゃらない?」
「残念ながら、戦力増強を望む方が多数派だと言わざるをえません」
里桜は苦笑して見せた。
「運営母体が大学とはいっても、民間団体だもの。仕方ないわよね」
同じように苦笑する愛乃風。
「あなたはどう考えているのかしら」
「えっと……」
テーブルに置いてあるキャンディをどうしようか迷っていた奏空に、愛乃風がほほえみかけた。
奏空は二度三度頷く。
「俺はその、世の中がもっと良くなったらいいって思います。そういう気持ちで託された技術が沢山あるし、俺もそれに応えたいです」
「そう考えている人は、沢山いるのかしら」
「います! と、思います……。少なくとも、この考えは違うって言われたことは、ないです」
奏空はファイヴのパンフレットとして用いられている資料を開いた。
「ファイヴの活動目的は、『人に害為す存在への対応、探索』『覚者の捜索、確保』『能力開発』です。強くなったり新しい技術を身につけたり、悪い人や妖と戦うのはあくまで手段で、あくまで世の中をよくするためのものだって思います」
「そう。とても素敵な考えね」
にっこりと笑う愛乃風。
……と、ここまでの流れでツバメはこれが『確認作業』なのだということを実感した。
商人同士のトレードやチンピラの口喧嘩とは全てが異なる、微笑みあって会話をするだけにすら見えるこれが、『契約書にサインをするまでの時間』なのだ。
勿論、サインをしないこともできるし、契約書を書き換えることもできる。
全てはこちらの振る舞いにかかっているのだ。
とても短く、とても不確かで、そしてきわめて重要な時間だった。
「あなたは、古妖そのものの因子を持っていらっしゃると聞いたわ」
談笑が続く中、ふと話をふられた。
次は自分の番だと考えて、ツバメは第三の目を開いてみせる。
「古妖の存在を感知することができる。非常に珍しい因子だと、自覚しているつもりだ」
「そう。自分がどんなものなのか、不安に思ったことはない?」
「特には。はじめこそ驚いたが、こういうものだと思っている。自分の出生や経歴が変わるわけではないしな」
「あら……これは失礼なことを聞いてしまったわね。ごめんなさい」
「いや、いいんだ」
ツバメは首を振って、そして資料のページをめくった。
「ファイヴでは色々なことを経験できたからな。見識も広まっていい」
「危ないこともあったみたいね。怪我はされてない?」
「随分した。奇跡的に命が沢山あったようで助かったが……」
資料には複数の組織の名前が書かれている。七星剣やイレブンといった国家的に危険視された組織に関しても記され、特殊な探索方法を必要とする古妖や隠れ里などの名前もあった。
「身体で知る危険には価値があるが、それを他人に伝えることにも充分な価値がある。そういう使い方が出来るのは、嬉しく思っているかな」
「危険といえば、夢見さんを沢山抱えていらっしゃるとか……」
資料にはファイヴに夢見が複数在籍していることが書かれている。通常、ここには一人でも書かれていれば重要視される部分である。
「沢山集めるのは、苦労したんじゃない?」
「いえ、偶然……幸運に恵まれたと聞いておりますわ」
おっとりと語るつばめ。
「一人だけでは、自分の組織の中で回すのが精一杯ですけれど、こう沢山おりますと外の方々に関する予知も入って参ります」
「私たちのことが分かったら、きっと教えてくださいね」
「ええ、ぜひ」
穏やかに笑い合うつばめと愛乃風。
「ですが、夢見に限らず危ないことがありましたら、ファイヴから切り離された『レイブン』が対応しますわ」
「そうなれば、タダ(無料)というわけにはいきませんね。けれどあくまで大学ですから、そう沢山お金は持っていませんわ」
「ご安心ください。ファイヴは非営利団体ですから」
「あらまあ、お買い得ね」
またも笑いあうつばめと愛乃風。
「けど、危ないことと言っても……どんなことがあるかしら」
話ながら視線を向けられて、飛馬は姿勢を正した。
正したと言うより、硬くなったと言う方が正しいだろうか。
「えっと、悪いやつとかが武器を欲しがったり、そういうのあるんじゃねーかな……です」
「あら、いいのよ。リラックスして、いつもの口調で話して大丈夫」
「す、すんません……」
ぺこりと頭を下げて、飛馬は両手をわたわたとさせた。
言葉にしづらい言葉をジェスチャーに換えているようだ。
「例えば悪い奴がガーって来たとき、俺たちがバーって来て、やっつけることができるよな。それが悪い奴かどうかって、最初に教えることだってできるし、そういうのって役に立つと思うんだ。『レイブン』だけで足りなかったらファイヴの仲間に呼びかけることもできるしな」
「せ……そう、ですね」
凛が喉に何か詰まったようなアクションをしてから、姿勢を整えて話し始めた。
「危険が迫ったときの対応は、二人が話した通りです。ところで、宿命館大学は古妖の研究はしていらっしゃるんですか?」
「古妖の研究はまた別の分野になるわね。私たちは神秘とは別のカテゴリーとして考えています」
「もし役にたつことがあるなら、情報をお見せできると思います」
「そうね。もし必要な時があったら、お願いすることもあると思います」
微笑む愛乃風に、凛も同じように笑ってみせる。
愛乃風はペンを手に取ると、手元の契約書にさらさらとサインをつけた。
「わかりました。『レイブン』の宿命館大学内での行動を認めます。研究に関わる機材や人員が必要な場合は管理者にそのつど確認を取ってください。学内にも通達を出しますので、もし特別にお願いしたいことがあったら連絡を入れさせて頂きますね。その際の報酬額や条件については、そのつど提示させて頂きます」
「ありがとうございます」
そこからはまさに水が流れるが如くである。
頭を下げ。
扉が閉まり。
凛は『ぶへあー』という大げさなため息をついた。
「こ、呼吸が止まるかと思うた……」
「お、お疲れ様……」
背中や肩をさすってやる飛馬と奏空。
里桜もまた、胸に手を当てて深くため息をついていた。
「『笑いあう』という行為がここまでデリケートで重々しいものだとは」
つばめは相変わらずおっとりとした笑顔のままだが、それは普段からこういう振る舞いに慣れているからに過ぎない。
笑顔は日本文化における友好のシグナルであると共に、精神的同意のシグナルでもある。
数秒笑顔でいられる人は沢山いるだろうが、数時間複数種類の笑顔を切り替えながら維持できるひとはそうそういない。しかも、かなり体力を使うのだ。
そういう意味では、つばめはこういった仕事に向いていたのかもしれない。
「ですが、成果は充分でした」
「ああ……」
サインされた契約書の原本を手に、ツバメもまた頷く。
これは、彼らの提示した交渉カードに対して宿命館大学が満額一歩手前のカードを返してきたことを示している。
むろん、一度しっかりと交渉した以上は『なあなあ』でコトを済ますことはできないし、『お願い』や『脅し』はもはや通用しない。
不義理を働けば宿命館大学からとてつもない経済的制裁をうけることになるだろう。
最終的な話だが、レイブンの提案した『神具や勾玉、依頼記録や古妖に関する情報の提供』に関しては、ファイヴ側(具体的にはアタリその他)が全所属覚者に影響しうるものとして差し止めを行なったため、『場合によっては提供できることもある』程度に留まっている。
能登博士は『助け船を出すまでもなかったね』と言って、大学の食堂へと皆を案内した。
「それじゃあ、もう暫く研究に付き合ってもらおうかな。地味ーな毎日になるけど、勘弁してね」
「むしろ、それがいいです」
こうして。
ファイヴ(及び五麟大学)と宿命館大学の間に共同研究のパイプが結ばれることになった。
――めでたしめでたし。
――とは、行かぬ世の中である。
「地球の裏側に三秒足らずで長文を送りつけられるこのご時世、未だに顔を合わせたネゴシエイションが国家を動かしているのは大きく分けて三つの理由があるんだよ」
学長の待つ別棟へと歩きながら、白鷹は指を三つ立てて見せた。
レイブンたちの申し出を受けたときと同じように。
「第一に、人間は嘘をつけること。心にも無い感情を述べられるし、守るつもりのない約束もできる。偽りの理由だとか、偽りの身分だって作れる。だから『ただの約束』を守ることはできないの」
Vサインを『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)の顔に突きつける。
「そんなの人間の常識だよね。本心だけ晒して生きる動物なんて居ないモン。だから第二に、保証を必要とするの。別に約束や感情が嘘でもいいよ、最悪身分だって嘘でもいい。ただし破られた時の保証が確かに存在して、それが確実に行なわれるのであれば約束ができる。意味わかる?」
「ごめん、俺は相手を信じることしかできなくて……」
「あっ、そういうハナシじゃないから間違えないで。お互い肉のついた機械だと思って考えてね。ランダムに嘘をつく機械だと思ってもいいよ。死なないための命綱。わかる?」
「それは、わかる……」
頷いた奏空に、能登が割り込むように指を立てた。
「第三。最低限の保障は『相手がこの約束事に一定のコストをかけている』ってこと。足を運んで顔を見せて、時間を割いて喋るって時点で既に約束事に関心があるっていう事実を作ってるんだね。たまにいるでしょ、メールやSNSの返信はするけど実際会おうとすると無言になる人。顔を見せるってことは、こっちはちゃんと向き合いますよって意志の表明になるの。学長が交渉の場を設けたのも、『そちらの出方次第で向き合うつもりはありますよ』って意志の表明になってるんだねえ」
確かに。もし向き合うつもりすら無いのなら適当な書面をよこしてあしらわれているところだった。
にっこり笑う白鷹。
「私は皆のことだーいすきだよ。けどこれって皆を騙すための嘘かもしれない。利益を奪ったり損害を与えたりするかもしれない。不安になると交流そのものを閉ざして台無しになるから、ちゃんと言っておくのが大事なんだねー」
「実際的な行動や接触もねー」
奏空や『守人刀』獅子王 飛馬(CL2001466)を両脇に抱えてほおずりする能登博士。
この人たちの接触の仕方にグイグイくるものがあるのはこういう理由だったのか……と、今更ながら飛馬はぼんやり理解した。
「そういえば、学長さんのことをまだちゃんと聞いてなかったな。資料は貰ってるけどさ……」
飛馬や奏空は勿論のこと、一定以上の大人付き合いができる『緋焔姫』焔陰 凛(CL2000119)や上月・里桜(CL2001274)もファイヴにて今回のためのネゴシエイト訓練を受けていた。
「立ち振る舞いからなにから、短期間でみっちり仕込まれて……なんか既に肩こってきとるわ」
「今回限りの付け焼き刃ではありますが、ファイヴの全権を代理するに相応しい振る舞いはできるでしょう。ファイヴなりのダメージコントロール、ということなのでしょうか」
交渉における最低限のポイントは既に押さえてある。事前にこちらのもつ大まかな意志を伝えてあるし、そのリアクションから相手が提示するであろう大体の内容も察しがついている。
意外なことかもしれないが、交渉ごとなんてものは始まる前に九割以上が終わっているものだ。
にらみ合いながらアドリブでぐいぐい自分の要求を呑ませるなんていうのはフィクション作品の中だけの話で、片手で大口径拳銃を水平持ちするくらい非現実的な作法なのだ(条件がそろえば無理じゃ無いという意味でもある)。
今から始めるのはその確認。白鷹の三箇条に沿って言うなら『保証』をするための時間なのだ。
『優麗なる乙女』西荻 つばめ(CL2001243)は用意していた資料をぱらりとめくって、小さく息をついた。
「今回は最悪でも空振り。これ以上状況が悪くなることはないですから、そこに不安はありませんけれど……」
「どこまでの成果を獲得できるか。まだ安心はできないな」
『鬼灯の鎌鼬』椿屋 ツバメ(CL2001351)は咳払いを一つ。身なりを整えると、大きな扉の前で立ち止まった。
●愛乃風学長
私立宿命館大学。
日本逢魔化後に設立された、神秘研究のための学術機関である。
非常にデリケートな話なので文脈を省くが、学術を目的としているだけでこれを実際に社会で運用しようだとか何かに利用しようという考え方をしていない。逆に言うとしてはいけない人間たちなのだ。
そんな大学の学長はどのような人物か。
資料を見たレイブン一同は既に知っているのだが……。
「改めてようこそ宿命館大学へ。学長の愛乃風(あいのかぜ)です。歓迎しますわ」
学長は、三十台後半にかかろうかという女性であった。
舞台の主演女優のような堂々とした、そして美しい立ち振る舞い。
有無を言わさない迫力と、堅物を一発で転がしてしまいそうな柔軟さが窺える。
しかし事前に聞いたとおり気むずかしい人間のようで、『お願い』や『脅し』が全く通じないことが、顔を見た瞬間に分かった。
逆に言えばそういうダメージを幾度となく受けて自らを強化し続けてきた人間ということでもある。
レイブンのメンバー、特に奏空たち少年グループは正直に話しておいてよかったとこのときに思った。
「さあ、おかけになって。能登さん、あなたも一緒にいかがかしら」
「いーえー。私はそこに立ってますから」
手を振り、ソファの後ろに立つ能登。白鷹は当たり前のように部屋の外に待機している。
自分たちの立場を明確に示しているのだ。
ファイルを開いて、まるで初めて見るように目を落とす愛乃風。
「皆さんはファイヴという民間団体の方々なのよね。運営母体は五麟大学の考古学研究所。神秘の武器や技術を研究する人間が、それを人間や動物に向けるのは危ないわねえ」
「そうですね。とても危ないことだと思います。イエローケーキを身体に塗ってしまう子供が現われないように、私たちはできることをしなければなりませんね」
里桜は出されたお茶に口をつけてから、おっとりと笑った。
「我々ファイヴも現場的観点から神具の特性を多く蓄積して来ました。この情報はきっと宿命館大学の皆様のお役にたつと思います」
「あらまあ、それは研究者たちも喜ぶわね。学生たちにもきっといい刺激になるわ。ファイヴの皆さんとしては、新しく強力な神具を作ってより強い敵と戦いたいわよね」
「勾玉のことでしょうか。そうですね。戦う力が増えることでできることは増えるでしょう。けれど、増えるだけとも考えられます」
「欲する方はいらっしゃらない?」
「残念ながら、戦力増強を望む方が多数派だと言わざるをえません」
里桜は苦笑して見せた。
「運営母体が大学とはいっても、民間団体だもの。仕方ないわよね」
同じように苦笑する愛乃風。
「あなたはどう考えているのかしら」
「えっと……」
テーブルに置いてあるキャンディをどうしようか迷っていた奏空に、愛乃風がほほえみかけた。
奏空は二度三度頷く。
「俺はその、世の中がもっと良くなったらいいって思います。そういう気持ちで託された技術が沢山あるし、俺もそれに応えたいです」
「そう考えている人は、沢山いるのかしら」
「います! と、思います……。少なくとも、この考えは違うって言われたことは、ないです」
奏空はファイヴのパンフレットとして用いられている資料を開いた。
「ファイヴの活動目的は、『人に害為す存在への対応、探索』『覚者の捜索、確保』『能力開発』です。強くなったり新しい技術を身につけたり、悪い人や妖と戦うのはあくまで手段で、あくまで世の中をよくするためのものだって思います」
「そう。とても素敵な考えね」
にっこりと笑う愛乃風。
……と、ここまでの流れでツバメはこれが『確認作業』なのだということを実感した。
商人同士のトレードやチンピラの口喧嘩とは全てが異なる、微笑みあって会話をするだけにすら見えるこれが、『契約書にサインをするまでの時間』なのだ。
勿論、サインをしないこともできるし、契約書を書き換えることもできる。
全てはこちらの振る舞いにかかっているのだ。
とても短く、とても不確かで、そしてきわめて重要な時間だった。
「あなたは、古妖そのものの因子を持っていらっしゃると聞いたわ」
談笑が続く中、ふと話をふられた。
次は自分の番だと考えて、ツバメは第三の目を開いてみせる。
「古妖の存在を感知することができる。非常に珍しい因子だと、自覚しているつもりだ」
「そう。自分がどんなものなのか、不安に思ったことはない?」
「特には。はじめこそ驚いたが、こういうものだと思っている。自分の出生や経歴が変わるわけではないしな」
「あら……これは失礼なことを聞いてしまったわね。ごめんなさい」
「いや、いいんだ」
ツバメは首を振って、そして資料のページをめくった。
「ファイヴでは色々なことを経験できたからな。見識も広まっていい」
「危ないこともあったみたいね。怪我はされてない?」
「随分した。奇跡的に命が沢山あったようで助かったが……」
資料には複数の組織の名前が書かれている。七星剣やイレブンといった国家的に危険視された組織に関しても記され、特殊な探索方法を必要とする古妖や隠れ里などの名前もあった。
「身体で知る危険には価値があるが、それを他人に伝えることにも充分な価値がある。そういう使い方が出来るのは、嬉しく思っているかな」
「危険といえば、夢見さんを沢山抱えていらっしゃるとか……」
資料にはファイヴに夢見が複数在籍していることが書かれている。通常、ここには一人でも書かれていれば重要視される部分である。
「沢山集めるのは、苦労したんじゃない?」
「いえ、偶然……幸運に恵まれたと聞いておりますわ」
おっとりと語るつばめ。
「一人だけでは、自分の組織の中で回すのが精一杯ですけれど、こう沢山おりますと外の方々に関する予知も入って参ります」
「私たちのことが分かったら、きっと教えてくださいね」
「ええ、ぜひ」
穏やかに笑い合うつばめと愛乃風。
「ですが、夢見に限らず危ないことがありましたら、ファイヴから切り離された『レイブン』が対応しますわ」
「そうなれば、タダ(無料)というわけにはいきませんね。けれどあくまで大学ですから、そう沢山お金は持っていませんわ」
「ご安心ください。ファイヴは非営利団体ですから」
「あらまあ、お買い得ね」
またも笑いあうつばめと愛乃風。
「けど、危ないことと言っても……どんなことがあるかしら」
話ながら視線を向けられて、飛馬は姿勢を正した。
正したと言うより、硬くなったと言う方が正しいだろうか。
「えっと、悪いやつとかが武器を欲しがったり、そういうのあるんじゃねーかな……です」
「あら、いいのよ。リラックスして、いつもの口調で話して大丈夫」
「す、すんません……」
ぺこりと頭を下げて、飛馬は両手をわたわたとさせた。
言葉にしづらい言葉をジェスチャーに換えているようだ。
「例えば悪い奴がガーって来たとき、俺たちがバーって来て、やっつけることができるよな。それが悪い奴かどうかって、最初に教えることだってできるし、そういうのって役に立つと思うんだ。『レイブン』だけで足りなかったらファイヴの仲間に呼びかけることもできるしな」
「せ……そう、ですね」
凛が喉に何か詰まったようなアクションをしてから、姿勢を整えて話し始めた。
「危険が迫ったときの対応は、二人が話した通りです。ところで、宿命館大学は古妖の研究はしていらっしゃるんですか?」
「古妖の研究はまた別の分野になるわね。私たちは神秘とは別のカテゴリーとして考えています」
「もし役にたつことがあるなら、情報をお見せできると思います」
「そうね。もし必要な時があったら、お願いすることもあると思います」
微笑む愛乃風に、凛も同じように笑ってみせる。
愛乃風はペンを手に取ると、手元の契約書にさらさらとサインをつけた。
「わかりました。『レイブン』の宿命館大学内での行動を認めます。研究に関わる機材や人員が必要な場合は管理者にそのつど確認を取ってください。学内にも通達を出しますので、もし特別にお願いしたいことがあったら連絡を入れさせて頂きますね。その際の報酬額や条件については、そのつど提示させて頂きます」
「ありがとうございます」
そこからはまさに水が流れるが如くである。
頭を下げ。
扉が閉まり。
凛は『ぶへあー』という大げさなため息をついた。
「こ、呼吸が止まるかと思うた……」
「お、お疲れ様……」
背中や肩をさすってやる飛馬と奏空。
里桜もまた、胸に手を当てて深くため息をついていた。
「『笑いあう』という行為がここまでデリケートで重々しいものだとは」
つばめは相変わらずおっとりとした笑顔のままだが、それは普段からこういう振る舞いに慣れているからに過ぎない。
笑顔は日本文化における友好のシグナルであると共に、精神的同意のシグナルでもある。
数秒笑顔でいられる人は沢山いるだろうが、数時間複数種類の笑顔を切り替えながら維持できるひとはそうそういない。しかも、かなり体力を使うのだ。
そういう意味では、つばめはこういった仕事に向いていたのかもしれない。
「ですが、成果は充分でした」
「ああ……」
サインされた契約書の原本を手に、ツバメもまた頷く。
これは、彼らの提示した交渉カードに対して宿命館大学が満額一歩手前のカードを返してきたことを示している。
むろん、一度しっかりと交渉した以上は『なあなあ』でコトを済ますことはできないし、『お願い』や『脅し』はもはや通用しない。
不義理を働けば宿命館大学からとてつもない経済的制裁をうけることになるだろう。
最終的な話だが、レイブンの提案した『神具や勾玉、依頼記録や古妖に関する情報の提供』に関しては、ファイヴ側(具体的にはアタリその他)が全所属覚者に影響しうるものとして差し止めを行なったため、『場合によっては提供できることもある』程度に留まっている。
能登博士は『助け船を出すまでもなかったね』と言って、大学の食堂へと皆を案内した。
「それじゃあ、もう暫く研究に付き合ってもらおうかな。地味ーな毎日になるけど、勘弁してね」
「むしろ、それがいいです」
こうして。
ファイヴ(及び五麟大学)と宿命館大学の間に共同研究のパイプが結ばれることになった。
――めでたしめでたし。
――とは、行かぬ世の中である。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
