果たして兎は哭くのだろうか
果たして兎は哭くのだろうか


●むかしむかし

 ――むかしむかし。あるところにおじいさんとおばあさんがいました。
 ――ふたりはやまにくらしていましたが、ちかくにはこまったたぬきがすんでいました。たぬきはふたりがいっしょうけんめいたがやしたはたけをだめにしたため、おこったおじいさんがたぬきをわなにかけてしまいました。

 その日、私はおばあちゃんの家に遊びに行った。特に理由は無かった。
 ただ、たまには元気な孫の顔でも見せようかなって思っただけだった。

 ――おじいさんはたぬきをこらしめようとしましたが、たぬきが「もうしません」とおばあさんにあやまったため、やさしいおばあさんはたぬきをゆるすことにしました。
 ――しかし、それはたぬきのわなでした。

 家に入った瞬間から、異様な空気は感じていた。いやにしんとしていて、気味が悪かった。
 不安になった私はすぐさま家に上がって居間へと向かった。
 予感は、的中した。




 ――たぬきはおばあさんをころしてしまったのです。





 そこに倒れていたのは、まぎれもなく私のおばあちゃんだった。
 真っ赤な、血が流れていた。顔は真っ青で、ピクリとも動かない。
 なんで。これは嘘なんだ。そう思ってもおばあちゃんは動かない。
 辺りを見回してみて、私は更に凍り付いた。

 私の真後ろには、真っ赤な血に塗れた包丁を持った男がいたのだから。悲鳴を上げる事なんてできなかった。
 必死に逃げた、つもりだった。
 怯えた眼をした男は、私に包丁を振り上げて。


 次の瞬間、私の意識はそこで終わった。

 ――おばあさんをなくしたおじいさんは、おばあさんとなかよしだったうさぎにおばあさんがたぬきにころされたことをいいました。

 つぎニめざメタワたしは、わタしデハなかっタ。
 ワタしは、ヨるのヤみのなかヲひトりあゆンデいた。
 ナぜ、こうしていルのダロウ。それハわからナカッた。
 タダ、わタシにハドウシてもしなけレバイケなイことがアッた。
 あノほうちょうヲモッたオトこヲコロサネばイケナい。それヲカンジテイタ。ナぜそんなことヲスルノカなんテ、ドウデモいいことダッタ。
 ハナはキイタ。メハヤミのナカデもはっキリとみえタ。ミミはトオクトオクノあしおトまでききわけられタ。

 ――おじいさんから事情を聞いた兎は、おじいさんの代わりにおばあさんの敵討ちをすることにしました。

 おとコはかんたンニみつかッタ。

 ――兎は金儲けという口実でタヌキを柴刈りに誘い、その帰り道にタヌキの背負った薪に火打石で火を付けようとしました。 

 かち、カち、かチ。

 ――火打石の音を不審に思ったタヌキは兎に何の音かと尋ねましたが、兎はタヌキの問いに「ここはかちかち山だから、かちかち鳥が鳴いている」と答えました。


 ホのお あかい ホノお。アカ、あか、あカ。

 ――真っ赤な炎が吹きあがりました。

「ぎゃあああああああああああああ!!」

 ――大やけどを負ったタヌキに翌日兎はやけどの薬をわわわたしてあげましたしかしそれはれはれは唐辛辛辛子入りの味噌でしたタヌキは更に苦しみしみます兎は更にタヌキをだだだ騙shsして漁へと行きましたままままんまと大kkkきな泥の船を選んだタヌキは沖へと出たとたんに溶けてけてけていく泥ののの船船船に慌あああてましたタヌキは兎に助助助けを求めますが兎はそんんんんんnなタヌキを櫓ろろろろろrで叩たtたたたたたたたたtttttttたたたたたtたたたたた



●事情
「今回は生物系妖の討伐です」
 そう切り出した久方 真由美(nCL2000003)の顔は、これまた深刻だった。困惑する覚者を見て、彼女は言葉を続ける。
「今回は少々事情があるんです」
 事情とは。そう聞いてくる覚者に真由美は言った。
「3日前に五麟市で起きた殺人事件を知っていますか? その犯人が、元被害者に殺されるんです」
 3日前、五麟市の某所にある民家で殺人事件が起こった。被害者は年老いた女性と彼女の孫娘。
 警察の調べにより、犯人は50代の男性だと分かった。事件そのものは極めてシンプル。原因は近所トラブルだった。迷惑行為ばかりする男性に女性が軽く注意しようとした所、男は逆上。女性を刺殺してしまったという。これらの事実は近隣住民の証言や現場の状況から判明している。孫娘が殺されたのは、彼女がその現場を偶然見てしまったせいだろう。そう考えられている。
 しかし奇妙な事実がここに一つ。
 孫娘の遺体が、通報後忽然と消えてしまったのだ。
 犯人の行方も不明。その上遺体まで――警察がその事実に困惑していた矢先に、今回の夢である。
 つまり、今回の妖はその孫娘の記憶を元に犯人を殺す訳か。その事実に気づいた覚者達の一部は、盛大なため息を吐く。
 彼女もつられて、何ともやるせない顔をしていた。
「当然、警察としては犯人の身柄は無事確保して欲しいそうです。色々思う所もあるでしょうが……よろしくお願いします」


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:品部 啓
■成功条件
1.ランク3生物系妖を1体討伐
2.殺人犯の身柄を無事確保すること
3.なし
今回漢字の情報量の膨大さとその役割の重要性を再認識したSTの品部です。(つまりいつもどおりもじすうたりない)
裁判員裁判が導入される際、小学生達がやった模擬裁判の題材が今回の話の題材にされているかちかち山だったそうです。被告は当然ウサギ。そんな話が今回のシナリオのきっかけ。
閑話休題。

今回の敵は1体のみ。ランク3生物系妖です。
手早く妖を討伐してしまえば、その後現場を通りかかる殺人犯を無事確保することが比較的簡単にできます。
しかし妖の討伐に手間取ると犯人を拘束しつつ妖の攻撃から犯人を守らなければならないので結果的に1,2名の覚者をこの犯人の監視+護衛の為に付ける必要があります。
そのため如何に妖を素早く討伐するかが鍵となるでしょう。

§3日前の事件概要
3日前の午後3時、五麟市の某所にある民家で一人暮らしの70代の女性、佐藤キミ子と10代の女性後藤麻里が遺体で発見される。
後藤麻里は佐藤キミ子の孫娘。麻里は家族に「おばあちゃんの所に行ってくる」と言って家を出た後キミ子宅で遺体で発見されるが、その後遺体が行方不明になる。
最有力容疑者はキミ子の隣人である50代の独身男性。
動機はおそらく隣人トラブルだろうと見られている。
男は度々キミ子に対して迷惑行為を行っており、事件当日キミ子宅から罵声や何かを壊す音が複数回聞こえたのを近隣住民が聞いている。
その他現場にあった凶器の包丁や現場にあったテーブル等からは男の指紋が採取されている。
更に男の行方が不明になっていることから、警察は男が犯人である可能性が高いとして指名手配した。

ここで断言してしまいますが「50代の男」は間違いなく二人を殺した犯人です。警察側は既に男を逮捕するだけの証拠は集めたようで、疑いの余地は一切ありません。
この点についての議論はほぼ不要でしょう。

§交戦場所について
五麟市某所にある公園。時刻は午後10時を過ぎた頃です。移動手段は考える必要はないでしょう。
公園なので近くには街路灯が付いており、視界は良好です。
公園と言っても特にこれと言った遊具がある訳ではなく、強いて言うなら木々と砂場がある程度で開けています。
後衛から遠距離術式等が打てる程度の広さはあります。


§エネミーデータ
後藤麻里(だったもの)
生物系妖。ランクは3。祖母と自身を殺した犯人を探して殺すためにさまよっています。
少女のいで立ちですが、青白い肌を持ち、黒髪は地面に付くほどに伸び、頭からは兎の耳のような白く長い器官が二本伸びています。
簡単な言語は分かるようです。
スキル
・悲嘆(ヒタン)(特遠全・ダメージ0)悲痛な叫びを上げる。命中時対象の物理・特殊攻撃力を下げる。
・怨嗟(エンサ)(物近貫)手の爪を長く伸ばし敵を貫き物理的ダメージを与える。命中時対象のダメージの一部を自らの体力回復に充てる。
・憤懣(フンマン)(特遠列)赤い炎で無差別に焼き払い特殊ダメージを与える。命中時対象のダメージの一部を自らの体力回復に充てる。
・戦慄(センリツ)自身の物理・特殊防御力を上昇させ、体力を回復する。次のターン自身の反応速度が大幅に下がる。
・当惑(トウワク)(特遠単)赤い炎で単体を燃やし特殊ダメージを与える。命中時対処のダメージの一部を自らの体力回復に充てる。
・葛藤(カットウ)(パッシブ)自己の行いに対する『何か』が形となった故の自爆装置とも言えるリミッター。PC達を一定数回以上攻撃した場合、あるいは特定の条件を満たした場合、ターン終了ごとに体力・物理防御力・特殊防御力が大幅に下がっていく。

以上のように攻撃技に回復能力(とはいえ回復量は少量ですが)が付与されている他、危なくなると自身の能力を上昇させつつ回復する、比較的耐久度が高い敵です。
幸いステータス値以外に関わるBSは使ってこない上、火力は低いです。それに『葛藤』の効果により攻撃を受けても耐えきるか、彼女に適切な言葉を掛けることができれば自己崩壊が始まり相当倒しやすくなります。
ですが持久戦の場合は男が現場にやってきます。
妖ですのでどんな人間であっても無差別的に攻撃してきますが、犯人の姿を見つけ次第彼を狙ってくる確率が上がることは否定できません。

§一般人データ
男(50代)
殺人犯です。今回二人を殺した後行方をくらまし、偶然この公園にやってきます。
当然覚者達の姿を見たら逃げ出すので、追いかけて捕まえる必要があります。ですがよほどの鈍足装備でもない限り、追いつくこと自体はかなり容易いです。韋駄天足は不要でしょう。
今回事情が事情なので手錠、腰縄等の拘束具が支給され、使用することが出来ます。また、妖の討伐と犯人確保が成功した場合はFiVE側で警察を手配しますので心配は無用です。

それでは、皆様の参加をお待ちしております。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(5モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
公開日
2016年12月19日

■メイン参加者 8人■

『エリニュスの翼』
如月・彩吹(CL2001525)
『天からの贈り物』
新堂・明日香(CL2001534)
『幸運を告げるブラックサンタ』
レナ・R・シュバルツベーゼ(CL2001547)
『使命を持った少年』
御白 小唄(CL2001173)
『独善者』
月歌 浅葱(CL2000915)
『願いの花』
田中 倖(CL2001407)
『探偵見習い』
賀茂・奏空(CL2000955)

●痛
 闇の中。
 電灯が不穏な音を立てながら、チカチカと震えるように静かに点灯している。
 しかし、その下で繰り広げられてた戦いは熾烈なものだった。

 吹きあがる爆炎。
「ぐっ……!」
 『使命を持った少年』御白 小唄(CL2001173)は歯を食いしばり、怒りの如き炎を受け止めて再び駆け出した。
「兎さんはもう止まるべきですよっ」
 小唄の攻撃に続いて、『独善者』月歌 浅葱(CL2000915)が携えた手甲で連撃を妖へと叩き込む。彼女も機動性を犠牲にして妖の攻撃を耐えてはいたが、殺意の塊のような攻撃は一向に留まる様子を見せないことに気づいていた。
 『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)は両手に刀を携え、妖を見据えた。激しい雷霆によって痺れを与えることには成功したが、この様子では気は抜けそうにない。
 公園にこの麻里だったものが現れた瞬間から、彼は感情探査をしていた。しかし見えるのは、膨大な殺意だけだ。もはや存在自体が凶器と言わんばかりの殺意のみ。
 麻里の記憶を乗っ取っている筈なのだが、本能ばかりが膨れ上がりそれしか感じていないということなのだろうか。
「まだ慌てる必要はありませんよ」
 『スーパー事務員』田中 倖(CL2001407)は先程放った猛の一撃で膝を付きながらも、妖を見据えていた。
 幸いながらも倖の放った一撃は、再生能力を奪うことに成功した。これで厄介なものが一つ減ったのだ。
 そこに『黒い太陽』切裂 ジャック(CL2001403)の攻撃が貫いた。とてつもない冷気を帯びたそれは、妖に衝突した瞬間甲高いガラスの砕けるような音を立てて割れた。
「だが……予想以上に厄介やね」
 耐久の高い相手とは分かっていたが、付いた傷が薄いことに背筋を汗が伝った。
「ですが攻撃を止める訳にも行かないでしょう!」
 『幸運を告げるブラックサンタ』レナ・R・シュバルツベーゼ(CL2001547)が携えていた大袋を開けた瞬間、そこから飛び出したのは空気の弾丸。どんと大きな音が空気ごと妖の身体を揺らしたが、傷ついた様子はない。
 更には妖が身体をうずくまらせたことに気づき、『同じ翼を持つ者』如月・彩吹(CL2001525)はひらりと舞って強烈な踵落としを妖に食らわせた。
 ごっ。と、重い音。しかし音が響くばかりで、妖はびくともしない。
「これは、すごいね」
 体内の炎を燃え盛らせ、『翼に笑顔を与えた者』新堂・明日香(CL2001534)の支援によって破壊力を得た筈の一撃が、ここまで簡単に食い止められるとは。
 ひやりと、心臓の裏を冷たい手で触れられるような感覚が彼女を襲う。
 次の瞬間、再び爆炎が無数に吹きあがった。狙われたのは彩吹と倖だ。その身体が吹き飛んだ。
「大丈夫!?」
 思わず明日香は叫んだが、二人とも容易く立ち上がる。
 耐久力は恐ろしい程に高いが、その一方で火力は弱い。それは事実のようだが――それもあくまで自分達が覚者達だからそう感じるだけ。一般人である犯人がここにやってきたらまず一撃で死ぬ。それは彼等も分かっていた。
(やっぱり、声を掛けるしかないのかも……)
 明日香は妖の姿を見据え、そう思った。そんな彼女の考えをよそに、今度は小唄目掛けて妖はその爪を振り上げ、切り裂きにかかる。赤い血が、派手に滲んだ。
 しかし彼はキッと妖を見据え、ガントレットで覆われた拳で殴り返した。炸裂する火薬。硝煙の臭い。しかし爆発が止んでも、妖は長い耳をだらりとさせたまま立っているだけ。
 明日香はその光景にぞっとしたが、首を横に振って今の感情を振り払い、そして声と勇気を振り絞って口を開いた。
「こん、ばんは……? 麻里ちゃん……?」
 今度は浅葱につかみかかろうとした妖の身体が、ピクリと動いた。ただでさえ低威力の一撃は、浅葱にかすり傷を付けただけで終わる。浅葱は得意げに小さく笑った。
「しかとお聞きしましたよっ。今マリと言いましたねっ」
 妖の知覚能力は高かったようだ。明日香の小さな声もちゃんと耳に届いていたようで、思わず声にしたらしい。
「麻里! よく聞くんだ」
 それに続いて、ジャックが声を高らかに上げた。再び妖の身体が震えた。
「祖母はお前に敵討ちなんて頼んでいないんよ。その殺意は麻里のものじゃない」
 ぐらり、と妖の身体が再び揺れた。が、次の瞬間聞こえたのは
「イヤアアアアア!」
 悲痛な叫び。耳から胸を貫くその音は、覚者達の心をも握りつぶす勢いで空気を震わせて彼等の力を奪った。しかし彼等にそんなことは関係ない。
「麻里さん」
 奏空も、話しかけた。ぐらり、と。身体が揺れた。地面にくっついた長い耳も、同じように震えた。
「止めて、欲しいんだよね……? この行いをさ」
 妖から感じる感情は、ほとんどない。見えるのは真っ黒に塗りつぶされた殺意だけ。それでも、彼は声を発した。
 錯乱したように頭を振り、髪を振り乱し、真っ赤な火炎を燃え盛らせる。しかしそれで覚者達の身体は焼け焦げたりしない。
「麻里さんっ。怖いのですねっ」
 今度は浅葱が口を開いた。
「理不尽に憤る心も、恐れて排除する心も正しいものですっ。だから、私が全て受け止めますよっ」
「僕も受け止めるから、もう怖がることはないよ!」
 その言葉に、小唄が続く。
 今度は長い爪が嵐のように振り回されるが、それでも出たのは微かな血ばかり。そんな傷を受けても、彩吹は口を開いた。
「麻里。優しい麻里のまま、家に帰ろう?」
「あ、ウうウウウ……」
「麻里さん、これ以上誰かを傷付ければ……戻れなくなってしまいますよ」
 嘆き始めた妖に倖も声を掛けた。
 もう動きをすることもできず、本当に何かを悩む様に妖は動いた。
「麻里さん、嘆き苦しみを持って罪を犯す事は是としていけません」
 レナも凛とした声で、言い放つ。
 妖の身体は更に震え、膝をつき、そして泣き出すようだった。
 そこに、明日香が声を掛けた。
「麻里ちゃん。……もうさ、やめよ?」
 ウサギは遂に、哭くことを止めた。

●傷
 麻里。
 何度も呼ばれるその名前に、妖は完全に止まった。
 そもそも、麻里は既に死んだ筈だった。後藤麻里という個体の心臓などとうに鼓動を止め。生命が生命たる維持活動を完全に放棄し。脳の細胞も完全に死滅し。記憶する機能さえ破壊され。ただ破壊衝動の権化がその『記憶』というものを利用して麻里という個体を動かしているだけだった、筈なのに。

 覚者達の言葉が妖をして『魂』を作らしめた。死した一個体を、仮初ながらも人に戻した。覚者達の目には、そう見えた。
「ア、アア……!!」
 そこで奏空は初めて、強い感情を感知した。

 ――怖い。

 次の瞬間、巨大な火柱が天を貫くかの如く燃え盛った。
「これって……」

 妖――いや、『麻里』は頭を抱えたまま地面に膝をつき、そしてうずくまる。

 ――怖いよ……。死にたく、ない……。

 怯え、震える様子で身体を丸める動作を見せた妖に、小唄と彩吹が攻撃を仕掛けようとする。
 だが。

 ――何で、私は死んだの……?

「イヤアアアアアア!」 
 覚者達を襲う、悲痛な叫び。回復は出来ずとも耐久を上げ、相手の火力を奪ったことで妖へのダメージは軽減される。
「このままではまずいですよっ」
 すかさず浅葱が追撃に向かおうとしたが、それを止めたのは倖だった。
「……『彼女』の様子を見ましょう」
 敵の解析をしていた倖は、気づいていた。遂に彼女の妖としての機能が、予想を超える速度で崩壊していることに。そして同じ速さで彼女自ら壊れていくことに。これでは覚者の全力の攻撃を食らえば『麻里』ごと妖は壊れることになるだろう。だから倖はそれを止めた。
 奏空も倖の言葉を受けて感情を探ることに徹した。
「……多分、麻里さんは気付いてるんだ」
 『あれ』は多分麻里とは異質のモノ。だがそこにあるのは間違いなく彼女の感情だった。
「麻里……ようやく帰って来てくれたんやね……」
 泣き崩れる『麻里』をその小さい眼で見据え、ジャックも声を掛ける。

 ――許せない……!

「……そりゃ、許せないよね」
 ぼそりと小唄が呟いた。彼も立ったまま、しかし彼女をじっと見据えた。妖はその赤い瞳をぎらつかせ、爪を伸ばして小唄に襲い掛かろうとした。しかし妖は寸での所でその動きを止め、地面に崩れる。
 はらりはらりと長い髪が落ち、もとの黒髪が見え始めていた。

 ――許せるもんか……! あんなひどい目に!

「ウアアアアアッ!」
 妖は咆哮を上げた。そして真紅の火柱が連続して立ち上る。だがそれさえも覚者達を直撃することない。

 地面につくまでに伸びた兎の耳のような器官が、二つ、ぼとりと落ちた。

「麻里ちゃん……もう、疲れたよね? 怖がるのも、泣くのも、恨むのも、怒るのも……」
 明日香がそう問いかける。その爛々と赤く輝く目は次第に暗く、しかし本来の色を取り戻しつつあって。青ざめた顔には疲れが見えるような気がした。彩吹はそんな『彼女』に柔らかい笑みをふわりと浮かべた。
「大丈夫だ。後は任せて。犯人なら私が代わりにボコボコにしてやるさ」
 ……言っていることは非常に不穏ではあったが。
 『麻里』の記憶と、妖の衝動。矛盾し相対するその二つは妖をあっという間に崩壊させ、地に伏せさせた。

 そんな中、浅葱がゆっくり『麻里』へと近寄った。金の瞳で彼女の姿をしっかり見て、白いマフラーをはためかせて。
 そしてその小さな身体で、思いっきり。
 『麻里』の身体を抱きしめた。
「もう怖くないですよっ」
 彼女の身体からは、震えが伝わった。コワイコワイとうわごとのような声が聞こえたが、それでも浅葱は彼女の背を優しくさする。
「全部、貴女を害する物は消えましたからっ」
 やがて、そんなうわごとのような声も聞こえて、穏やかな呼吸らしき音だけが聞こえてきた。浅葱は微笑み、そしてもう一回。
「ゆっくり今は眠るのですよっ。もう悪夢は見ませんからねっ」
 その言葉に、『麻里』はゆっくりと目を閉じようとした。

 ウサギ科の動物――いわゆるウサギは、滅多に鳴かない。声帯が無いのだ。迂闊に鳴くと居場所を知らせることになり、捕食される恐れがあるためだという。もし仮に鳴き叫ぶとしたら、それは恐怖や威嚇の為で、必死になって喉から声を絞り出のだそうだ。

 復讐の為にタヌキを殺そうとしたウサギはもう、いない。そして、『麻里』は最期の最期、命の灯が消えた後になって。遂にぽつりと『声』を漏らした。


 あ  り  が   と。

 電灯がちかちかと鳴りながら光るその下。倖とレナの優しく静かな子守歌が、彼女のもう一つの最期を看取った。

「……どういたしましてっ」
 最後に浅葱はそう返して。
 力尽きて閉じることが叶わなかったその黒い目を、瞼に触れてそっと閉じさせた。
「そしておやすみなさいっ。いい夢をみるのですよっ」
●悼
 その後、犯人はやって来た。奏空の守護使役の能力によって感知した所を覚者に四方から囲まれ、彼は御用となったのだ。

「本当に……貴方があの人たちを殺していなければっ……!」
 明日香は言葉に詰まりながらも、キッと犯人を見据え、手錠を掛けつつそう言った。
 当然、男は突如現れた彼等に驚いたわけで。
「うるせぇ何をごちゃごちゃと!」
 罵声を浴びせてくる男に、覚者達はと言えば……冷たい視線を注いでいた。
「許せない……」
 小唄は怒りに拳を震わせ、男を睨みつけた。今にも殴りかかろうと言わんばかりの殺気だ。
 倖は眼鏡のブリッジを指で押して、男を見下ろす。その瞬間、眼鏡が逆光でギラリと光る。
「……貴方、僕達に感謝すべきですよ? 本当なら今頃、無惨にも焼き殺されていたんですから」
「ホントは命を大事にしない奴が殺されても文句言えねえんだけどな」
 ジャックが続いてそう言い放った。その隻眼には既に光が見えない。
 奏空もその赤い目をわずかに揺らしながらも、犯人を睨む勢いで言った。
「……貴方には法の裁きを受けてもらいますから」
「これはけじめですからねっ。ちゃんと正式な手続きにのっとって裁かれて下さいよっ」
 浅葱も言ってやった所で、そこにやって来たのは。

 彩吹である。彼女はその顔に何も浮かべぬまま――いや、むしろ笑顔さえ浮かべて、男に近寄って来た。
「……お前の顔は覚えたよ」
 黒い翼を最大限広げて、やって来る。風で舞う黒い羽根。暗闇と電灯。二つの色のコントラスト。
「逃げるのなら覚悟するといいよ。私は絶対に逃がさないから。お前を」
 その中を微笑みながら、しかし復讐の三姉妹の如く歩みを進め。土埃を上げながら男の傍にやってきて。

 その脚で、思いっきり。その腹の。




 ……横を踏んづけた。

 その一撃で地面が思いっきり揺れ、クレーターが出来る勢いであったが、それは気にしてはいけないのかもしれない。彩吹は薄く笑ったまま、踵を返して一言。
「ここら辺で一応勘弁してあげるよ」
 あまりの衝撃に男は気を失ってしまい、その後見張る心配もなくなった。
 その後、レナがサンタの袋から石炭を一個取り出すと、男の頭に思いっきりぶつけてやったとか。


 こうしてひとまず、彼等が果たすべき仕事は終わった。後はFiVEの連絡を受けて警察が来るのを待つのみとなった。
 しかし。
「あ」
 奏空が何かを思い出したように口を開いた。
「麻里さんの身体を綺麗にしてあげないと」
「ああ、それならあたしが」
 その言葉に真っ先に反応したのは、明日香だった。
「じゃあ俺も手伝うよ」
「そうしてもらえると本当ならありがたいんだけど……」
 奏空の提案に、明日香はちょっと困った顔をした後、ちらりと彩吹の方を見た。その視線を受けて、彩吹が口を開く。
「麻里は女の子だからね」
 それを聞いた彼はびっくりして、少しまごついた。それを見て明日香も同時にまごつく。
 最終的に男性陣には周囲に変な輩が来ないように見張りを頼むことで話は片付いた。

「俺はちっぽけな覚者だよな……」
 見張りをしていたジャックは一人、ごちた。
 理不尽な死を迎え妖となって甦り、そして犯人を殺すことも叶わず、しかし最後は魂を思い出して散った一つの心。感謝の言葉は呟いたものの。だが結局、彼女は再び笑うことなく眠りについたのだ。
 何も救えなかった。その心に蝕まれそうになった。
 許せなかった。結局、必要とはいえ妖になった彼女の身体を傷つけてしまったことも。
 ――出来る事なら、土下座して遺族たちに謝りたい。彼は強く思った。

「麻里、か……」
 倖と一緒に周囲を見張っていた奏空が、ぽつりと呟いた。思わず倖は聞き返す。
「はい?」
「なんとなく、あの名前が妖にとっての呪いみたいなもんだったんだろうな、って思ったんです」
 呪い。そう言うと禍々しくも感じるが、奏空はそう思った。
 麻里という言葉が彼女を死の淵から一瞬だけ引き上げて、結果的に妖の動きを縛った。そう感じたのだ。

 そこで彼の胸に、ふと今まで感じた感情が、大量に湧き上がって来た。
 言葉に詰まる奏空に倖は何かを察して、一言。
「僕はあちらを見てきますので、ここの見張りは宜しくお願いします」
 倖の姿が消えていったのを見てから、ようやく。奏空の頬を涙が伝った。
 恐怖、怒り、悲しみ、恨み。そして、感謝。それが彼の胸に一気に逆流して、溢れ出る様に涙がこぼれた。
「これは、違うんだ」
 自分が悲しいんじゃない。そうなんじゃなくて。
「麻里さんが、泣いているんだよ……」

 倖も奏空から距離を取って立ち止まり、俯いた。
 いくら押し殺そうとも、苦しいものはある。思わず膝をつき、今すぐにでも泣き叫びそうな程に胸は苦しかった。
 でも、それは彼の意志が許さなかった。一度それを外してしまえば、もう止まらない気がして。
 だが――もう、限界だ。自分を押し殺しているのも。
「でも、少しぐらいなら」
 ぽつりと一言。
「一人で……弱音を吐いてもいいですよね……?」
 その問いに答えてくれる人は、その空間にはいない。それを知っていて、彼は敢えて問うた。
 そして、声を小さくその暗闇に零した。

 小唄は一人、空を仰いだ。
 使命を背負う。そう決めたのは自分なのに。
「…………」
 ずん、と。何かが胸に重くのしかかった気がした。

 持ってきたタオルを公園の水道で湿らせ、埃や傷のついた麻里の遺体を明日香が優しくぬぐう。彩吹がその上から包帯を巻いていった。
 身体はズタズタなのに、麻里の表情は驚くほどに穏やかで。本当に眠っているようだった。

「これで彼女も安心して眠れると思いますよっ」
「傷が見えない方がより美人になりますしね」
 浅葱とレナの言葉を聞き、明日香は改めて思った。果たしてこれは、本当に人助けになったのだろうかと。


 麻里は最期、ありがとうと言った。

 救おうと、人助けをしようとしたのは自分だったのに。絶望の淵に立たされそうになった自分を、逆に麻里が救おうとした。そんな気がした。
 最初の彼女の命が終わった瞬間、自分は助けられなかったのに。その事実が辛かったのに。心から許せなかったのに。


 ありがと。その言葉だけが酷く反響した。
 彼女の心から、熱い何かが、遂にわっとこみ上げた。
「麻里ちゃん……ごめんね……。それに……本当にありがとう……」


 ――救うって、何なんだろうね……?


 未だ明けぬ暗い闇の中。瞬いていた電灯が一度ふっと消え、そして再び点いた。


 その明かりはまるで救いを与える天からの光のように、彼女達をずっと照らしていた。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
『エリニュスの翼』
取得者:如月・彩吹(CL2001525)
『そして彼女は救いを知る』
取得者:新堂・明日香(CL2001534)
『悲嘆の道化』
取得者:切裂 ジャック(CL2001403)
『白い正義』
取得者:月歌 浅葱(CL2000915)
『冷徹の仮面』
取得者:田中 倖(CL2001407)
『誰が為に涙を流す』
取得者:工藤・奏空(CL2000955)
特殊成果
なし




 
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